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Bloodstained Hand

第五章 なくしてはならぬモノ

 

「うわああああっ!!!」

 

絶叫とともに襲い掛かる悠人。

 

「未熟な…。型が甘いですよっ!」

 

 攻撃のことごとくがかわされる。それも間一髪、というようなものではなかった。

 

 まるで剣を振るう前からその軌跡を読まれているのである。

 

 いや、読まれる以前に悠人は『聖賢』をめったやたらに振り回しているだけにも見える。初めてエトランジェとして剣を握ったときのような、叩きつけるだけの攻撃だ。

 

「『聖賢』ッ!!もっと、もっと力をよこせっ!!」

 

(……)

 

『聖賢』は黙したまま、何も語らなかった。

 

「何で黙ってんだ!何とか言え、このバカ剣ッ!」

 

 それを見て悲しげに言うライアス。

 

「あなたには『聖賢』の声が聞こえませんか?『聖賢』があなたをパートナーとして認めたのは何故ですか?」

 

「…」

 

息を荒げ、なおライアスをにらみつける。

 

「あなたがかつて、『求め』と契約していたのは聞いています。そのときは憎悪が力になったでしょう。それは『求め』が憎しみを望んでいたからです。たとえ負の感情であっても、それが神剣とリンクすれば力を引き出せることは知っているでしょう?」

 

言葉を切るライアス。一応、悠人が自分の話を聞いているのを確認して

 

「ですが…『聖賢』が望んでいるのはそんなことではないはずです。神剣と通じ合わなければ、引き出せる力は激減します。思い出しなさい、あなたが『聖賢』と契約したときのことを…、エターナルになると決意したときのことを…」

 

敵であるはずの悠人を諭すように語るライアス。

 

おそらくこれが素の彼なのだろう。

 

『聖賢』からも悲しげな波長が伝わる。

 

だが、頭に血が上った悠人を静めるには逆効果だった。

 

「うるさいっ!!!殺してやるッ!!」

 

(ユート…ダメ…)

 

 苦痛にあえぎながらも、表情で必死に伝えようとするアセリア。

 

 それすらも悠人には見えていない。

 

(ユート…ッ)

 

 痛みで声が出ないのが悔しかった。

 

「この…ッ、分からず屋めっ!頭を冷やしなさいッ!」

 

 よほど腹に据えかねたのか、声を荒げるライアス。

 

「永遠神剣の真の力…、ご覧に入れましょう!」

 

 

 

「ん〜、トイレ〜」

 

 目を覚ますユーフォリア。しかし、すぐに両親の姿がないのに気づく。

 

「あれ…?お母さん?…お父さん、どこぉ〜?」

 

 ふと、窓から外を見やると山の辺りが夜中なのに不思議なほど明るいことに気づいた。

 

 同時に『悠久』が語りかけてくる。

 

「なあに、ゆーくん?」

 

(ユーフィ、お父さんとお母さんが危ない!あそこに急いで!)

 

「!」

 

父と母の危機。それはユーフォリアが最も恐れることだった。

 

「わかった!…お父さん、お母さん、死なないで!」

 

 幼く、力も両親にはまだ全然及ばない。それでも勇気は立派なエターナルの証だった。

 

 

 

「オーラフォトンビームッ!!」

 

「ルミナス・ディバイダー!」

 

 ザアッ!

 

あたりからイオン臭が立昇る。

 

あれから悠人は必死で攻撃を続けた。神剣魔法を放ったのもこれで四度目だ。

 

が、それらはすべてかわされ、あるいは遮られた。つまり、悠人はライアスに指一本触れることもできないでいたのだ。

 

当然なことで、方や神剣に見放されかけ、方や限界まで剣の力を引きだせる者が闘っているのだ。その気になればたった今でも悠人をマナの塵に帰すこともできるだろう。

 

にもかかわらずライアスは反撃してこなかった。それがますます頭に血を上らせた。

 

「くっ…!!なめるなあッ!!!」

 

 ようやく息が切れてきた悠人だが、一向に攻撃をやめようとはしない。

 

 そんな様子を見て、あきれたような顔をするライアス。

 

「……では、終わりにしましょうか」

 

 腰を落とし、居合いの構えを取る。そして『聖光』が青白く輝く。

 

 『聖光』がマナを取り込んでいるのだ。肉眼でマナが渦を巻いているのが確認できることからも、その量はハンパではない。

 

 そして臨界に達する!同時にカッ、と目を見開く。

 

「行けえええッ!!!」

 

 剣を真横に払うと同時に、怒涛と化したマナがが悠人に遅い掛かる!

 

さらに、その流れの中をライアスは疾走する。

 

傍目には、光のトンネルが悠人とライアスを一直線に結んでいるようにも見える。

 

 オーラフォトンを展開し、衝撃に備える悠人。だが、『聖賢』の加護のないそれはあまりにも貧弱だった。

 

「うおおおっ!!!」

 

 マナの奔流が一瞬でバリアを押し流す。生身でモロに衝撃を受け、地に足をつけることさえおぼつかない。

 

 それでも心を憎悪だけで満たし、意地だけで耐え抜く。

 

一途と言えるくらいのひたむきさであろう。

 

それは悠人のアセリアに対する愛情の深さを物語るものではあったが、同時に彼の未熟さを示すものでしかなかったが…。

 

 

そして、無限にも感じられた時間は過ぎさった。

 

あれだけの衝撃に悠人は身一つで耐え抜いたのだ。

 

だが…

 

 

「…最後まで憎しみにとらわれたままとは…残念です」

 

 その声は悠人に届いただろうか。

 

「ぐ…」

 

 崩れ落ちる悠人。腹には、マナの塊の中から現れたライアスの『聖光』が深々と刺さっている。

 

体から力が抜けると同時に、頭に上っていた血が引いていった。

 

「ユートッ!」

 

 どこにそんな力が残っていたのか、と思うほどの大きな声を上げるアセリア。目には涙が浮かんでいる。

 

それを見てやっと正気に戻る。

 

自分がやったことは結局アセリアを悲しませるだけだった、とようやく気づいたのだ。

 

「アセリア…心配かけて…ごめん…な」

 

 幸い急所は外れている。あるいはライアスがわざと外したのかもしれなかった。

 

 そんな悠人を、どことなくほっとした様子でライアスは見下ろしていた。

 

(キザな…野郎だ)

 

 だが、ライアスの言った言葉を思い出しても今度は憎しみは湧いてこなかった。むしろ大切なことに思い至った。

 

すべての力を大切なものを守るために使う。それこそ悠人が再び剣を取り、永遠の時を生きると決めた理由。

 

 そして、そんな悠人だからこそ主と認めた『聖賢』。

 

 皮肉にもこんな当たり前のことを敵から教わるとは思ってもみなかった。

 

(悪かった…、謝るよ『聖賢』)

 

(少しは成長したようだな)

 

『聖賢』も苦笑交じりに答える。まあ、何はともあれ安心しているのは間違いない。

 

 

 だが、危機が去ったわけではない。むしろ戦力でいえば絶望的だった。

 

(けど…、負けるわけにはいかない!)

 

そう、表情に浮かべアセリアとうなずきあう。

 

(『永遠』よ…、私にユートを守る力をっ!)

 

地に転がる『永遠』に右手を伸ばし、力をこめる。

 

 先ほど悠人が憎しみに染まっていくのを見た『永遠』は、アセリアもそうなのか、と不安げだ。

 

(大丈夫…、私はユートを守りたいだけ。お願いッ!)

 

 そう、強く語りかける。それこそ自分がエターナルになった理由ではないか。

 

アセリアの気持ちが昔といささかも変わっていないことを確認した『永遠』はそれに応えようとする。

 

「私は…ユートを…守ってみせるッ!」

 

 剣を杖にして立ち上がる。それは傷が決して浅くないことを如実に物語っていた。

 

 しかし、『永遠』が力を貸してくれるおかげで傷自体は少しずつ癒えてゆく。

 

何よりも…大切なものを守りたいという気持ちのほうがずっと強かった。この思いがある限り、アセリアが倒れることはありえない。

 

「…!!この力はッ…、私と同じ?いや、私より強いッ!!」

 

 表情を緩めていたライアスだが、ここに至ってもとの引き締まった顔に戻った。

 

 『永遠』が明らかに先とは違う力を発しているのだ。いかに力を引き出しても第三位の神剣が、限界まで力を引き出せる第二位『聖光』に及ぶとは考えられない。

 

 が、それはあくまで理屈に過ぎない。現実は現実。

 

思わず戦慄してしまい、とっさに身構えるライアス。

 

「はあああっ!」

 

 限界までハイロゥを広げ、大きく踏み込むアセリア。接近を許すまいとライアスは『聖光』を振るい、光速の弾を放つ。

 

 

 だが、目視不能なはずの攻撃を確実にかわし距離をつめるアセリア。

 

「な…!?馬鹿なっ!」

 

あり得ないはずの光景を目の当たりにし、愕然とするライアス。

 

だが信じたくなくとも、目の前の現実はそう告げていた。

 

 アセリアは決して光弾の動きを見切っているわけではない。剣を振るうライアスの腕の動きから、その軌道を予想しているのだ。

 

そして、ついに攻撃圏内に到達するアセリア。

 

『永遠』に能う限りのマナが取り込まれ、大気が震える。

 

「やあああっ!エタニティーリムーバー!!」

 

「くっ!ルミナス・ディバイダー!」

 

『永遠』が光の障壁に食い込む。だが、いかに強力な障壁とて時間と空間を丸ごと切り抜くエタニティーリムーバーに耐え得るものではない。

 

ザンッ!!ザンッ!!

 

 一太刀ごとに大きく穴を開けられる。

 

さらに、ライアスによって無理に圧縮されていた空間には、切り裂かれるたびにその軌跡に異次元へつながる門がつくられていった。

 

圧縮された空間を切り抜けば、元に戻したとき本来そこにあったはずの空間まで消されていることになる。そこに次元の裂け目が生まれるのだ。

 

(ユウトよ、これは…少し厄介なことになる。アセリアを止めろ)

 

「もういい!もうよすんだ、アセリアッ!」

 

 危険を察知しとっさに叫ぶ悠人。

 

だが、攻撃に集中しているアセリアには聞こえなかった。

 

 

そして――

 

「ぐああっ!」

 

 ついに壁を突破し、『永遠』が一閃する。

 

 ライアスの肩先を大きく切り裂き、鮮血がほとばしる。

 

 それと同時に、今度こそ力を使い果たしたアセリアは気を失って倒れる。

 

「…さすがは天位、ということですか…っ、ぐぅっ!」

 

 ライアスもひざを突く。

 

 だが、その間にも門はどんどん大きさを増している。拡大するにつれ、そこかしこのものを吸い込んでゆく。

 

(ユウトよ、アセリアが開けた門は危険だ。…ほれ、さっさと助けに行かんか)

 

 犬でも追うようにけしかける『聖賢』。

 

(…やかましい。分かってるよ)

 

 激痛が全身を走りロクに動けない。しかも動くたびに意識が吹き飛んでしまいそうだ。

 

それでも歯を食いしばって、腹ばいになって進む。

 

(絶対…助けてやる…ッ)

 

 何とかアセリアの元にたどりつき、オーラフォトンを広げる。

 

 今度は『聖賢』も力を貸してくれる。これならば、何とか耐えられそうだ。

 

 チラ、とアセリアの顔を覗き込む。

 

気を失っているアセリアはやはり綺麗だった。必ず守りぬかなければならないもののひとつである。

 

「アセリア…、絶対に守ってやるからな…」

 

 ふと見るとライアスも動ける様子ではなく、傷口を押さえている。その手が真っ赤であることが傷の深さをうかがわせた。

 

「おい…、今回は引き分けってことでいいだろ?」

 

「…いいでしょう。次は…手加減しませんよ…」

 

 苦痛に顔をゆがめながら答えるライアス。

 

「ほんっとに、いやな奴…」

 

 苦笑する悠人。

 

 

 

 …だが、その笑みはすぐに消えることになった。

 

「お父さ〜ん、お母さ〜ん!」

 

「!!」

 

 愕然とする悠人。

 

(何でユーフィがこんなとこにッ!いや…それよりもやばいぞッ!)

 

「来るなっ、ユーフィッ!」

 

「えっ…?きゃああっ!!」

 

遅かった。

 

大きく口を開けた門が今にもユーフィを飲み込もうとする。

 

(くっ…!ユーフィを助けなきゃ…、でも今俺が動いたらアセリアが…)

 

第一、激痛でこれ以上動けそうにない。

 

 それでも動くか動くまいかと迷う悠人。無論、決断が下せようはずがない。

 

 

 

―そして

 

「きゃああっ!お父さ〜んっ!!」

 

ついに門がユーフィを飲み込む。

 

「ユーフィーッ!!」

 

そのまま姿が見えなくなった。そして、まるで満足したかのように門は収縮を始める。

 

「くそっ!!」

 

身動きひとつとれず、滂沱と涙を流す悠人。その間にも門は縮み続ける。

 

「俺が…俺があんなことになったばっかりに…っ」

 

 また自分のせいで失ってしまうのか。

 

(一体何度同じことを繰り返せば気が済むんだ、俺はッ!!)

 

 アセリアは救えた。だが、だからといってユーフォリアを失っていいという理屈はない。

 

(はは…、父親失格だな。アセリアになんて言い訳すりゃいいんだよ…)

 

自嘲の念さえ浮かび、空を仰ぐ。

 

先ほどの出来事がまるで嘘のように空は澄んでいる。

 

そんな悠人に冷たくライアスは告げる。

 

「…これで分かったでしょう。あなたの憎しみが不幸にするのは自分だけではないのです。まわりの者まで…巻き込むのです。自分の未熟さを思い知りなさい」

 

これほど厳しく他人に当たるライアスを見ることは滅多にない。

 

悠人はといえば言い返す言葉も無く、ただうなだれるばかりである。

 

 

 

 

「…ですが」

 

しばしの沈黙の後、再びライアスは口を開く。

 

「あなたのアセリアさんへの想いが本物ということだけはよく分かりました。あれだけ一途になれるのですから。アセリアさんも、ね。私をここまで追い詰めるくらいですし。ふふ…本当にうらやましい方々だ」

 

クスリ、と苦痛の表情の中にも微笑をうかべる。さっきの厳しさは微塵も感じさせなかった。

 

「それに免じて…今回だけは手を貸しましょう。彼女を巻き込むのも本意ではありませんからね」

 

くっ、と傷口を押さえながら、何とか立ち上がるライアス。

 

「…え?」

 

「これは貸しにしておきます…。今度おいしい紅茶でもご馳走してくださいね」

 

それだけ言い残すと、自ら消え行く門に飛び込んだ。

 

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