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Bloodstained Hand

第四章          光と闇の中で

 

「…来ましたね」

 

 真夜中の闇の中ポツリ、とつぶやく。

 

 ここは町から20キロほど離れた山麓である。

 

その男を見て悠人は声を上げる。

 

「あ、あなたは昼間の…」

 

「ええ、その節はどうも」

 

「それよりここは危ない!どこかへ避難してくれ!」

 

「ほう…、なぜです?」

 

「詳しくは言えないが今から戦いが始まる!巻き添えを食わないように早く!」

 

「お心遣いありがとうございます。ですがその心配は無用ですよ?」

 

「え?」

 

「それにしても、少し剣の気配を現しただけで気づくとはさすがですね」

 

 そういって神剣をかざす。

 

 真夜中なのに、男の周りだけはパアッ、と明るくなった。

 

 と同時にマナが凝縮するのを悠人は感じた。

 

「改めて自己紹介しましょう。私の名はライアス。ロウ・エターナルの一人です。」

 

「そして、これが私の神剣『聖光』。位は第二位で、あなたの『聖賢』と同じはずです」

 

いまだに状況がよく飲み込めていない悠人だが、かろうじてこれだけは尋ねた。

 

「……。一応聞いておくけど、何しに来た?」

 

「ええ、あなた方に神剣を手放していただくために」

 

「?この世界を消しに来たんじゃないのか?」

 

「え?何のことです?」

 

 相手の意外な反応に戸惑う悠人。だが、どちらにせよ衝突は避けられそうにない。

 

「なんにせよ、神剣を渡すわけにはいかない。俺はこれからもすべてを守っていかなくちゃならないんだ」

 

「ふぅ…、聞き分けのない人だ。まあ、だからこそ巻き添えを食う人がないようここへ呼んだわけですが」

 

 言葉を終えた瞬間、ライアスの目つきが変わった。

 

「…行きます!」

 

「こんなとこでくたばってたまるかよッ!!行くぞ、アセリア!」

 

「うんッ!」

 

「ホーリーッ!!」

 

二人を聖なる光が包み、体のうちから力が湧き上がる。

 

「うおおおッ!!」

 

 ギィンっ!

 

 悠人の渾身の一撃を真っ向受けてたつライアス。

 

 そして、つばぜり合いをする二人にアセリアが割って入った。

 

「たあああっ!」

 

 ハイロゥの加速力を生かした高速の一撃。

 

「ぐっ!」

 

 何とか悠人をはじきとばし、回避しようとしたライアス。が完全には避けきれず、ツーと頬に一筋の血が流れる。

 

 さらに休む間を与えず、左右同時に切りかかる悠人とアセリア。

 

「はあっ!」

 

 ライアスは気合をこめた一振りで、同時に二本の剣をはじき返す。

 

「…やりますね。見事な連携だ」

 

 心から感心した声を上げるライアス。

 

「では…こちらから仕掛けます!」

 

 地を蹴り悠人に飛び掛る。しかし、見切れない速さではなく冷静にオーラフォトンを展開する悠人。

 

 キィィンッ!

 

激しくバリアは揺さぶられるものの、貫通するにはいたらなかった。

 

態勢の崩れたところに、すかさずアセリアが切り込む。

 

今度はそれを予想していたのだろう、ライアスはすばやく後退した。

 

再び二合、三合と切り結んで行く三人。

 

だが、回数を重ねるたびに一方的にライアスが傷を負ってゆく。

 

いずれも致命傷には程遠いが、悠人たちが優勢なのは明らかだった。

 

(一対二ならいけるッ!)

 

「アセリア、このまま一気に決めるぞっ!決して勝てない相手じゃない!」

 

 力強くアセリアもうなずき返す。

 

「…このままでは分が悪いですね」

 

 と、少し考え込むそぶりを見せるライアス。だが意を決したように

 

「…いいでしょう、本気を見せましょう」

 

 そういうと、『聖光』を胸の前にかざし詠唱を始める。

 

「『聖光』よ、我に力を与えよ。闇を切り裂く一筋の光芒となれ」

 

 

「ディバイン・アンセムッ!!」

 

「なっ!!・・・」

 

 『聖光』から空のかなたまで届くかのような強烈な光が放たれる。そして光の粒子がライアスの身を包んでゆく。

 

 ライアスを中心とし、あたり一面が真昼のように明るくなる。

 

 その場にいることすら恐れ多く感じられるほどの神々しさ。

 

 そして…圧倒的なマナがあたりにほとばしる。

 

 その効果がホーリーの比でないことは明らかだった。

 

「これならば、いい試合になるでしょう。行きます!」

 

一気に距離を詰めるライアス。

 

(速いッ!!)

 

 辛うじてかわす悠人。確かに剣尖は悠人の手前数センチの空を切り裂いたはずだった。だが…

 

「ぐあっ!」

 

 弾き飛ばされる悠人。

 

(な…何が起きたんだ?)

 

 アセリアも呆然としている。

 

「ふふ…理解できていないようですね」

 

 地に転がる悠人を見下ろして言う。

 

「光の粒子には、ごくわずかな質量しかありません。ですが、極限まで凝縮すればその質量はかなりのものになります。そして、その名のとおり無限の光を放つ『聖光』はそれを可能にします。いま、私が剣から発した光弾がそれです」

 

くっ、と呻き立ち上がる悠人。

 

「へっ…、ご説明どうも。でもいいのかよ、手の内明かして?」

 

「わけも分からないまま負けたくはないでしょう?第一、光速で飛んでくる弾を回避する術はありません」

 

「そいつは…どうかな?」

 

(とは言ったものの…どうするかな)

 

(ユウトよ)

 

(うわっと!なんだよ『聖賢』)

 

(この戦い…、分が悪い。やつと『聖光』の精神のリンクが強すぎる)

 

(精神を飲まれてるってことだろ?ロウ・エターナルなら当たり前じゃないか)

 

(いや…、そうではない。やつの精神はまったく飲まれてはおらん。たとえて言うならば…。そうだな、アセリアと『永遠』によく似ている)

 

 そう言われ,ライアスの顔を見るユウト。確かに神剣に意思を奪われたもの特有の曇った目ではなかった。

 

ライアスは二人が動かないのを怪訝そうに見ている。

 

「…?かかってこないならこちらから行きますよ?」

 

 今度はアセリアに向かって切りかかる。

 

「…んっ!」

 

 避けきれないことを瞬時に判断し、バリアを広げようとする。

 

 が、それを見越したライアスは『聖光』を振るいアセリアめがけて光弾を放つ。

 

 アセリアも『永遠』でそれを受け止める。幸いマナの薄い世界だけあって、光弾の威力自体はそれほどでもない。

 

 だが、そのせいで態勢を崩してしまった。

 

 バリアを展開するものの、完全に張り終える前にライアスの攻撃が殺到する。

 

(…強いッ!!)

 

 一太刀ごとに、幾重にも張り巡らしたオーラフォトンが切り裂かれてゆく。

 

(さっきユートと闘ったときはこんなに強くなかったはずなのに…)

 

 考えるうちにも攻撃の手は休まらない。

 

「アセリアッ!」

 

 とっさに援護に回ろうとする悠人。

 

 そんな悠人にチラリ、と一瞥を与えると攻撃は続けたまま左手をかざす。

 

「ルミナス・ディバイダー!!」

 

 後一歩で剣が届く、まさにそんなギリギリの距離で悠人の前に光の壁が立ちはだかった。

 

「こんなものッ!!」

 

だがいったん壁に切り込むとものすごい負荷がかかり、『聖賢』を抜く事も刺すこともできなくなった。

 

「ぐうっ、このくらい跳ね除けて…!」

 

「無駄です、さっきも言ったでしょう。無限の光子を凝縮するには無限の圧力が必要なのです。今のあなたは潜水服をつけずに深海の底にいるのと変わらないのですよ。身動きが取れないのは当然です」

 

 一方アセリアは、とどまることを知らぬライアスの猛攻を必死でしのいでいたが、既に限界に達していた。

 

 そして修復が間に合わずついにバリアの一点が破れる。

 

「そこだっ!」

 

 大きく右袈裟に切り下ろす。

 

「う…あッ?」

 

あまりの速さに何が起きたかわからなかった。

 

だが、一秒、二秒とたつにつれ猛烈な痛みが左肩から右脇腹を襲い始め、服を真紅の血が染め上げてゆく。

 

「う…っくぅ…。うう…」

 

 あまりの激痛に『永遠』を取り落とし、その場にうずくまる。瞳には涙が浮かんでいた。

 

ようやく光の障壁が消え、中の様子が確認できるようになった悠人が見たのは最愛の人が血まみれで倒れる寸前の姿だった。

 

「アセリアッ!?」

 

「…大丈夫、これくらい…」

 

 そう答えるアセリアだが、声の弱々しさが言葉を裏切っていた。

 

 駆け寄ろうとする悠人の前に立ちはだかるライアス。

 

「大丈夫です。傷は浅くはありませんが、致命傷ではないはずです」

 

 しかし、その言葉は悠人に届いてはいなかった。

 

 わなわなと肩を震わせる悠人。

 

「……ふざけるな」

 

「え?」

 

 眉をひそめるライアス。

 

「ふざけんなッ!!!お前は絶対にゆるさないっ!」

 

ドス黒い殺意が湧き上がる。それはエターナルになると決めたときに捨てたはずのものなのに…。

 

愛するものを目の前で傷つけられた怒り。愛するものを失う恐怖。

 

長い時を経たとはいえ、それらに耐えられるほどには悠人の心はまだ成長していなかった。

 

「うわああああっ!!!」

 

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