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Bloodstained Hand

第二章 穏やかな一日

 

「やっぱ、懐かしいな…」

 

「そうだな…」

 

 感慨深げに声を漏らす一組の男女。

 

 悠人とアセリアである。

 

「ここが、お父さんが生まれた世界なの?」

 

「ああ、そうだよ。ぜんぜん違う世界になってやしないかと思ったけど、案外変わんないもんだな。」

 

 

 

話は少しばかりさかのぼる。

 

ちょうど三人が、パンフをあさるのに疲れて一休みしていたときだ。

 

ふと、アセリアが

 

「ユート、約束、覚えてる?」

 

「約束?」

 

(何だっけ?ええと……。まさか、あれか?!)

 

「料理の…練習か?」

 

恐る恐る口を開く悠人。

 

「あ…。じゃあ、それもお願い」

 

(違ったのかよッ!!)

 

 こぶしを握り締め、激しく悔やむ悠人。しかしもう手遅れである。

 

が、とりあえず気を取り直してたずねる。

 

「…じゃあ、本当はなんだったんだ?」

 

「うん。ハイペリアにもう一度連れて行ってほしい」

 

(…そうだった。あのときはアセリアが倒れてそれどころじゃなかったんだよな。それでもアセリアはハイペリアから離れるのが残念そうだった…)

 

 そんな過去を思い出し、黙ったままでいる悠人を見て首を傾げるアセリア。

 

「ユート?」

 

「ああ、悪い。そうだな、次にくるときは二人で思いっきり遊びまわろうっていったもんな。それに…まだハイペリアの夕日を見せてないからな」

 

これほどの旅先は他には絶対にないだろう。

 

「あれから百年くらいたつのか…。変わり果ててなきゃいいけどな」

 

「大丈夫…。ユートが守った世界だから。変わっていても良い世界には違いない」

 

 にっこり微笑むアセリア。

 

(面と向かって言われるとなんか照れるな…)

 

 頬をぼりぼり掻く悠人であった。

 

「じゃあユート、ユーフィの夕食を作って」

 

「えっ…?」

 

「ユートの分は私が作る」

 

「ちょっと待て!ここは家族平等に苦しみを分かち合うべきだと…」

 

「ユーフィを殺す気?」

 

 と、ジト目で悠人を見る。

 

「……」

 

(絶対に確信犯だ…)

 

 翌日、悠人が寝たきりであったことは言うまでもない。

 

 

 

とまあ、そんなひと悶着の後、神木神社の境内に立つ三人である。

 

今回門が開いたのもやはりここだった。つくづく縁の深いことである。

 

「ユート、まずどこへ行く?」

 

「う〜ん…決めてなかったな。どうしよう?」

 

と悩んでいると、ユーフォリアが視界に入る。

 

「…ユーフィ、動物好きだったよな?」

 

「うん、大好き!」

 

まぶしいばかりの笑顔である。

 

「じゃ、今日は動物園に行ってみるか?」

 

「どーぶつえん?」

 

「ああ、リスやウサギもたくさんいるぞ」

 

「ホント!?」

 

「アセリアも、いいよな?」

 

「うん。ユーフィがうれしいなら、私もうれしい」

 

「じゃ、しゅっぱ〜つ!」

 

 そういって悠人はユーフォリアを肩車した。

 

 

 

「…報告ではこのあたりのはずですが…」

 

辺りを見回すライアス。人を探しているようである。

 

「すみませ〜ん、写真とってもらえますか?」

 

二人組みの女性が声をかけてくる。

 

「ええ、いいですよ」

 

同じ頼みをされたのは、もうこれで五回目である。

 

それでもいやな顔ひとつしないで引き受けるあたり、人間ができているというかなんというか…。

 

シャッターを切り、カメラを返すライアスに

 

「あのう…お一人でしたら一緒にお茶でも…」

 

 と誘うが、さすがにこれには

 

「すみません、仕事がありますから…」

 

 と答えるのだった。

 

 なおも残念そうな二人を残し、歩いてゆくと

 

「このガキが!謝ってすむと思ってんのかぁ!?」

 

という声。

 

何事かと駆け寄ってみると、人ごみの中心には美しい青い髪をした少女と、いかにもな感じのチンピラがいた。

 

「…ごめんなさい」

 

見れば少女は今にも泣き出しそうな顔で男に謝っている。

 

「テメェがぶつかったせいで、火傷しちまったじゃねえか!」

 

男は自分の頬と、地面に転がるタバコを交互に指さしてわめき散らしている。

 

 野次馬たちは男に圧倒されて「まあまあ…」となだめる者さえない。

 

(…仕方ありませんね)

 

と、たまりかねて

 

「謝っているのですから許してお上げなさい。こんな小さな子がやったことではないですか。大の大人がみっともないですよ?」

 

「うっせえ!この優男が!」

 

いきなり殴りかかってきた。

 

軽くそれをいなし、腹部に一撃を見舞う。

 

ドサッ

 

男は声も上げず地に崩れた。

 

「まあ、気絶させただけですから大丈夫とは思いますが…すみません、一応救急車を呼んでやってくれますか?」

 

と、近くの野次馬に話しかける。

 

その男が走っていったのを確認して

 

「大丈夫でしたか?」

 

少女に声をかける。

 

ぐすっ、としゃくりあげながら

 

「怖かったよぅ…」

 

 と、しがみついてきた。

 

その姿を見て、ライアスは優しく背中をたたいてやり

 

「大丈夫…もう怖がることはありませんよ」

 

 と慰めるのだった。

 

「一人で来たのですか?」

 

 ふるふると首を振る。

 

「ううん。お母さんたちとはぐれちゃって…それで走ってたらさっきの人にぶつかって…」

 

「わかりました。ご両親を探すのを手伝いましょう」

 

パッと少女の表情が明るくなる。

 

「ホント!?」

 

それには黙って微笑を返すのだった。

 

 

 

「ユーフィ!」

 

「お父さん!」

 

と、悠人の元に駆け寄るユーフォリア。

 

アセリアもほっとした表情をしている。

 

「怖かった…けどあの人が助けてくれたんだよ?」

 

 そういわれて悠人はライアスの存在に気づく。

 

「あ、どうも…本当に娘がお世話になりました」

 

「いえ、大したことはしていませんよ」

 

「ん…ありがとう」

 

不器用ながらも精一杯の感謝を示すアセリア。

 

「では、私はこれで失礼します。」

 

 背を向けるライアスに

 

「ありがと〜!」

 

 と声が届く。

 

(…よいのか?さっきのが今回のターゲットであろう?)

 

『聖光』が語りかけてくる。

 

(ええ。せっかくの家族団欒を今壊すことはないでしょう。また明日にでも出直しますよ)

 

(そなたらしいな)

 

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