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After the Eternal War ――閉ざされた大地で――
第二章 騒乱の呼び声

《ラース》

 ロウ・エターナルとの決戦の後、レスティーナは大陸全土に教育機関をつくった。いや、つくりまくったと言っていい。

 これは特にヨーティアの希望でもあり、頻繁に「凡才は育てなきゃ伸びない」とレスティーナに直談判を持ち込んでいたようだ。

 実際問題、永遠戦争の影響もあり、機能を停止してしまっていた学校や教育機関の数は少なくなかった。

 それに加えて、スピリットたちにマトモな教育をする施設は皆無だった。今までは戦い方を教えれば事足りただろうが、これからはそういうわけにはいかない。

 そういうわけで、ここラースにも新たに学校が建てられることとなった。

 ここはスピリットと人間は共学(?)で、現在ではオルファをはじめとし、ネリー、シアー、ニムントール、ヘリオンの四人、旧ラキオススピリット隊のいわゆる年少組が通っている学校でもある。

 ちなみに、一応国立ではあるが、この世界の学校はすべて国が管理しているため、「国立」ということ自体には大した価値もブランドもないことを、一言付け加えておこう。

 以下は、晴れて一年生として入学したオルファたちの、ごく平凡な一日の様子である。




「ねえねえ、オルファお姉ちゃん!」

 そう言って勢いよく駆け寄る少女。顔に満面の笑みを浮かべて、その小さな体から元気を発散しまくっている。

 いわば、走る太陽。

「ん〜………なあに〜、リュカ?」

 それとは対照的に、いつもの元気をどこに置き忘れたのか、机に頬杖をついたまま、オルファは眠そうに答えた。

「どうしたの?オルファお姉ちゃん、今日の授業参観、すっごく楽しみにしてたのに………。体の調子が悪いの?」

 そんな心配顔のリュカをよそに、オルファは頬をかきながら、少しばつが悪そうに答えた。

「てへへ………実は、そればっかり気になってね、昨日は全然眠れなかったんだ」

「な〜んだ。えへへ、でも初めての授業参観、楽しみだな〜♪」

「うん、オルファも勉強してるとこ、エスペリアお姉ちゃんにい〜っぱい見てもらうんだ♪」

 生まれて初めての授業参観に、期待に胸を膨らませるオルファとリュカ。

 その様子は、ごくありふれた「仲の良い友達」でしかない。

 だが、その枠を「人間」と「スピリット」という段階に拡張するために、この大陸の人間はどれだけの時間を要するのかは、まだまだ分からない。

 もちろん、この二人に関して言えば、スピリットと人間、などという垣根は存在しないのだが。

 同じように喜びや楽しみ、そして悲しみも共有できる………ある意味、この二人は未来の人間とスピリットの理想像なのかもしれない。

 さて、話を戻そう。

 和やかに会話していた二人だが、そんなムードを一瞬でぶち壊すメンツがやってきた。

 開口一番、

「オルファには負けないよ!ネリーなんか、今日のために「予習」までやったんだから!」

「ネ、ネリー………やめようよぉ」

 相変わらずの負けん気の強さを発揮し、オルファを挑発にかかるネリー。その隣では、いつものようにシアーがネリーを抑えようとはするのだが………

「ふ〜んだ!ネリー、いつもは宿題サボってるくせに。今日だけ真面目ぶったって駄目なんだから!えーと………そう!『学問は一日にして成らず』だもんね!あっかんべーだ!」

 毎度のことだが、オルファの使う慣用句はどこかおかしい。

 だが、この場合、その妙な言い回しが見事に状況にあっているものだから、かえってネリーを煽る結果になってしまった。

「むっか〜!いい子ぶっちゃって………。シアーも何か言ってやりなさいよ!」

「え、ええ〜!?」

 突然話題を振られて、シアーは明らかに戸惑っている。助けを求めるようにキョロキョロと辺りを見回している。

 そして、見つけた。

「あ………ニム〜〜」

 シアーはワラをもつかむ気持ちで、知らぬ存ぜぬの姿勢を保っていたニムントールに声をかけた。

 だが、返ってきた返事は実にそっけない。顔も向けずに放たれた言葉は、

「………バッカみたい」

 この一言で、今度はオルファ&ネリーの矛先がニムントールに向くこととなった。

「ふ〜んだ!カッコつけたって、オルファ知ってるんだから!ファーレーンお姉ちゃんが来てくれるって聞いてから、ニムはず〜っと「はやくお姉ちゃんに会いたいなぁ」って言ってたの!」

「あ、それネリーも聞いた〜!昨日だって、「早く明日にな〜れ、早く明日にな〜れ」って………。うるさくて仕方なかったんだから!ね〜、シアー?」

(………こくこく)

「な、何よ!別にいいじゃない!嬉しかったんだから………」

 オルファとネリーの思わぬ逆襲に、さすがのニムントールもたじたじである。頬を赤くしてうつむいてしまった。

 それを見て、調子に乗った二人はさらに囃し立てる。

「ニムの寂しがり屋〜!!」

「ニムのお姉ちゃんっ子〜!!」

「………ムカつく」

 だが、このとき、オルファとネリーは気づくべきだった。

 リュカとシアーが、音もなくその場を離れていったことに。

 気づけば、オルファとネリーの背後に一人の女性が立っていた。

「コホン」

 その女性はわざとらしく………というか、最後通牒代わりに、一つ咳払いをしてみせた。

 もちろん、ニムントールをからかうのに夢中になっている二人が気づくはずもなかったが。

 そして、二人が声を合わせてこう言った瞬間。

「「悔しかったらなんか言い返してみなさいよ〜〜!」」

 ガンッ!!ゴンッ!!

「「っ〜〜〜〜〜〜!!!!」」

 声にならない悲鳴を上げ、頭を抑えながら、オルファとネリーはその場にうずくまった。

「いった〜い………。もう、誰!?………って」

「………あ」

 抗議の声をあげようとして、出来たてのタンコブをさすりながら振り向く二人。だが、二人がそこに見たのは――――

「………」

 阿修羅のような形相の先生。どれくらい恐ろしいかというと、今日子がブチ切れたときの35パーセント増し(当社比推定)といったところだ。

「「あ、あはは………」」

 ごまかそうと、必死で乾いた笑いを見せる二人だが、もはや手遅れである。

「さっさと席に着きなさい!もう始業のベルは鳴っていますよ!!」

「「は、は〜い………」」

 先生のありがた〜いゲンコツをいただいて、すごすごと席に戻る二人であった。

 それを見たリュカとシアーが、こっそり笑っていたのはナイショである。




 そんな朝の喧騒の後、ようやく授業参観が始まった。

 教室の後ろには、ところ狭しと保護者が詰め掛けている。

 ちなみに、オルファたちスピリットは、それぞれ旧ラキオススピリット隊のメンバーに保護者代わりになってもらっている。

 たとえば、オルファはエスペリア、という具合だ。

「では、この問題が解ける人ーー?」

『はーい!!』

 担任の呼びかけに、教室中のほとんどの生徒が、我先にと手を上げた。

 中には両手を挙げたり、張り切りすぎて椅子から立ち上がったりしている子もいる。

「はーい!先生、オルファ分かりまーす!!」

「ネリーも!ネリーも分かりまーす!!」

 ………その張り切りすぎたメンバーに、この二人が含まれていることは言うまでもない。

 朝の出来事はすでに忘却の彼方、といった感じのはしゃぎぶりだ。

「は、はーい………」

 珍しいことに、シアーまで手を上げている。

「あぁ、オルファったら………」

 朱を注いだように、顔を真っ赤の染め上げたエスペリアは、恥ずかしそうにつぶやいた。

「やはり、こない方がよかったのかしら………」

 セリアもまた、ネリー&シアーの保護者として、生徒の父兄の一人に混じっているが、早々と退散したくなってしまったようだ。

「はーい………」

 ニムントールは、教室の後ろに控えるファーレーンの方をちらちら見ながら、小声で手を上げていた。

「ふふ、二ムったら………」

 その仕草がどことなく可愛らしくて、教室の後ろに控えるファーレーンも思わず笑みをこぼした。

 そんな中、教室の片隅で一人モジモジしている生徒がいた。

「あ、あぅ………」

 ヘリオンである。

 周りの勢いに圧倒されたのか、机に広げた教科書とノートを相手ににらめっこをするばかりだった。

 よく見れば、身を丸めるようにして、先生の視界から少しでも外れようと、健気な努力をしているではないか。

 彼女のおとなしい性格から察するに、そのままこの時間が過ぎればいい、と思っていたのかもしれない。

 だが、そうは問屋(筆者)がおろさない。

「くぉら、ヘリオン!!せっかくアタシが見に来てんだから、少しはいいトコ見せなさい!!」

「は、はいぃぃぃぃ!?」

 教室中の生徒が、一斉に声をそろえたとしてもこれほどの大声は出ないだろう、と思えるほどのドラ声。

 教室中の視線が、その音源に注がれる。

「さぁ、この今日子おねーさんに、バシーンと一発、花を持たせなさいよ!!」

 ………なぜ、今日子がここに?

 すべては、つい先日、ソスラスから戻ってきた今日子に、今日の授業参観のことをしゃべったネリーに原因がある。

 先に述べたように、ここに通っているスピリットは、今回、旧ラキオススピリット隊のメンバーに保護者代わりに来てもらっている。

 ちなみに、誰に来てもらうかは、本人が決めた。オルファは当然のようにエスペリアに頼んだし、ニムントールも、ゼィギオスに派遣されているファーレーンに会う絶好のチャンスとばかりに、手紙を書き送った。セリアは、ネリー(&シアー?)に拝み倒された。

 で、ヘリオンは、ハリオンに頼んでいたのだが………

「え、授業参観!?面白そうね………。ねね、ハリオン、今日のおやつ上げるから代わってくれない?」

 その一言で、あっさりとハリオンは、保護者の座を今日子に譲った。むしろ、ヘリオンがおやつ一回分で売られたと言う方が正しいかもしれない。

 さて、そういうわけでヘリオンにとっては恐怖の授業参観になってしまったわけだが―――

 ヘリオンは、今日子の突然の激励(?)に、条件反射的に立ち上がっていた。

 そして、(本人にとっては残念なことに)ばったりと先生の視線に出くわしてしまった。

 先生の側から見れば、普段、おとなしくて発表しない生徒を優先して指名したいのは当然なわけで、

「はい。では、ヘリオンちゃん」

「え………ええぇぇぇぇ〜!?」

 予想だにしない事態に、すでにヘリオンは気が気でない。訳も分からず、目を白黒させている。

『いいなぁ〜、ヘリオン』

 周囲の生徒からは、一様に羨望の眼差しが注がれるが、本人にしてみればそれどころではない。

 とりあえずその場しのぎに、パラパラと教科書やノートをめくってみるものの、動転している彼女が答えられるはずもなく、

「あの………分かりません………」

 消え入りそうなほど、か細い声で訴えるのが精一杯だった。

「えー………じゃ、じゃあ、誰か他の人………」

 ちょっと罪悪感があったのか、先生も気まずそうに言うほかなかった。

 再び騒然となる教室。

 そんな中、教室の後ろに立つエスペリアのそばに、一人の女性が歩み寄ってきた。

「こんにちは、エスペリアさん」

「あ、これは………リュカ様のお母様」

「もう………様はつけないでって言ったでしょう?何だか、寂しいじゃないですか」

「あ、すみません………」

「では、もう一度。こんにちは、エスペリアさん?」

「はい、こんにちは。リュカちゃんのお母さん」

 そう言って、二人は笑いあった。

「ふふ、相変わらずオルファちゃん、お元気ですね」

「はい、それはもう………。元気すぎて困ってしまうくらいです」

「リュカもそうなんですよ。学校から帰ってきたと思ったら、すぐに遊びに行ってしまって………この前なんか、日が暮れても帰ってこなかったんですから」

「まあ………。それは、さぞ心配だったでしょう?」

「うふふ………最初のうちは心配しましたけど、最近では慣れっこになっちゃって。帰ってきたらこっぴどく叱ってやりました。ちっとも言うことを聞いてくれませんけど」

「オルファもです………。学校に通うようになって、ますます私の言うことを聞いてくれなくなってしまって。お友達と遊ぶのが楽しくて仕方ないんでしょうけれど………」

「やんちゃ盛り、ということですね」

「はい」

 そう言って、再び視線を教室に向ける二人。

 そこでは、ちょうどリュカが元気に発表しているところだった。

「はい、正解です」

 先生の声にあわせて、教室中が拍手に包まれた。リュカは嬉しそうに母親に向かってVサインをして見せた。

 リュカの母も、にっこりと笑みを浮かべてうなずいてみせる。

 エスペリアも、リュカの満面の笑みを見て、自分のことのように喜んでいた。が、ふと思い出したように、

「あ、そういえばオルファが「今日はリュカのうちに泊めてもらうの〜♪」と言っていましたが………よろしいのですか?もし、ご迷惑でしたら………」

「いいえ、迷惑だなんて。たいしたおもてなしは出来ませんけど、それで良ければ。それに………オルファちゃんには、一度、きちんと謝っておきたいんです」

 そう言って、リュカの母は、少し表情を曇らせた。

 ―――謝る―――

 それは、悠人がファンタズマゴリアに召喚されて間もない頃。オルファが、ラースに哨戒任務でやってきたときのことだった。

 そこで、リュカとオルファは初めて出会った。オルファの歌にひかれて、リュカが話しかけたのだ。

 その歌は、「再生の歌」。スピリットしか歌うことのない歌。

 リュカはオルファの歌声にすっかり魅せられてしまい、「お母さんに聞かせたいから教えて」と頼み込んだ。

 あいにく夕暮れ時だったため、オルファは歌の出だしの部分だけをリュカに教え、その日は別れた。「また明日」と約束して。

 だが、次の日リュカがオルファの前に現れることはなかった。

 家に戻ったリュカに歌を聞かされた彼女は、リュカが再びオルファと会うことを許さなかったのだ。

 理由は簡単。「スピリットだから」

 その時は、そう答えることに何の疑問もなかった。「スピリットは汚らわしい」、それが「常識」だったから。

 彼女は、「行かせて」と泣いて頼むリュカを無理やり押し込め、それ以来ついに二人が会うことはなかった。

 オルファとリュカが、この学校に通うようになるまで。

 二人はの入学式の時、実に二年ぶりの再会を果たした。その時の二人の喜びぶりといったらもう………。

 そして、リュカの母はこのとき初めて、オルファやエスペリアと―――つまり、スピリットという種―――に触れ合って………自分の浅はかさを思い知らされた。

 スピリットはどこも違わない。自分たち人間と一緒なのだ、と。

 悠人たちの活躍により、スピリットに対する偏見は彼女の中でも小さくなってはいた。だが、完全に払拭し切れていたかというと、決してそうではない。

 それが、直に接してみて、初めて理解できたのだ。

 同時に、自分がオルファに対して何をしてしまったのかをも。

「本当に………謝って許されることではないと思います。それでも………あなたたちは、私たちとこれから歩んでいく仲間だから………謝りたいんです………」

 心からの謝罪を口にするリュカの母。

 そんな彼女に、エスペリアは最高の笑顔で答えた。

「いいえ、そう思ってくださるだけで十分です。過去は過去、それに囚われていては、未来をつかむことは出来ません。私も………自分の過去と決別しましたから………。どうぞ、これからもよろしくお願いしますね」

 ふとエスペリアの脳裏をよぎる、彼女の初恋の相手。そして………汚らわしい思い出。

 それを乗り越えたからこそ、今のエスペリアの言葉には、何にも勝る重みがあった。

「ありがとう………」

 そして、エスペリアは、リュカの母のような人に出会うたび、スピリットと人間はともに歩むことが出来る、そう確信するのだった。



《ラキオス城・会議場》

 漆黒の闇。

 夜は暗い、などと決めたのは一体誰だろうか。

 つい二ヶ月前までは、町全体が煌々と輝いていたのに。

 どこに行っても、造り物の太陽が道を照らしてくれていたのに。

 真昼のような夜、それが当たり前だった。

 だが、それはエーテルの灯が消えたこの世界には、二度と戻ってこないものであった。

 日暮れとともに、町全体が静寂を迎える。

 あるのはただ、街灯がわりに置かれた松明の明かりのみ。

 そんな中、首都ラキオスの中心に位置する、ただ一点だけは、相変わらず赤々と松明をともし、かつてと変わらぬ明るさを保っていた。

 ガロ・リキュア初代女王こと、レスティーナが居城、ラキオス城である。

 そんなラキオス城の中でも、ひときわ大きく華麗な部屋、そこは喧騒に包まれていた。

 ………

 ……

 …

「ですから!やつらの要求など飲めたものではありません!!」

「待て待て、そう簡単に結論を急いでよいものだろうか?ここは多少の譲歩を見せてでも、ことを穏便に運ぶべきだろう?」

「何をバカな………!そんなことをすれば、ますますこちらが甘く見られるばかりだ。我らの権威がガタ落ちになってしまう」

 もはや議論の体すらなしていない、この無意味な水掛け論。

 長方形のテーブルの、最も上座に位置するレスティーナは、はぅ、とため息を漏らす。

 延々二時間も、この自分たちの利権のことしか考えていないバカ貴族どもにつき合わされ続けたのだから無理もないが。

 もともとは、ガロ・リキュアが現在直面している問題を話し合う会議だったはずだ。

 それが、いつの間にかこんなばかげた論争に摩り替わっている。

 もはや聞く気も失せたレスティーナは、その雑音を聞き流していた。

 その間も、貴族どもの議論はヒートアップしてゆく。

「………何だと、この若造が!貴様ごとき、私の手にかかれば、一夜にして家も財もなくす羽目になるのだぞ!!」

 よくもまぁ、レスティーナの面前でこんな毒を吐けたものだ。

 もちろん、権力乱用および脅迫の名の下に、この老貴族はひどい処分を受けることになる。

 が、それは別のお話。

 すでに我慢の限界を超えたレスティーナは、あきらめるように部屋を出て行った。

 おろかなことに、その姿に気づいたものは誰もいなかったという。

 だが、扉をくぐるや否や、沈んだ彼女の気分を一気に明るくする声が聞こえてきた。

「よう、お疲れのご様子だな、女王さんよ」

「お久し〜〜♪レスティーナ、元気してた?」

「コウイン、それにキョウコ………」

 扉を開いた瞬間、レスティーナの視界に飛び込む二つの影。

「ま〜ったく、ホントに貴族ってのは何考えてんだろうねぇ………。一度、コイツで根性叩きなおしてやろうかしら?」

「………よせ、今日子。それやったら、本気であいつら死にかねんぞ?」

 ポンポンと、手のひらの上で必殺のハリセンを弄ぶ今日子を、半ば本気でたしなめる光陰。

 いつも通りの二人のやり取りに、レスティーナも思わず笑みをこぼす。

「二人とも、随分到着が早かったですね」

「そいつは随分なご挨拶だな。急いでラキオスに戻って来いって言ったの、レスティーナじゃないか。そのせいで俺がどれだけの苦労をしたと………」

 大げさに肩をすくめて見せる光陰。

「………何か、あったのですか?」

「ああ、もう聞くも涙、語るも涙だ。すべては、このじゃじゃ馬………」

 レスティーナから手紙が届いた夜を思い出す。

 光陰はその日、今日子のせいで、留守中の仕事分担やら何やらの手配を一人でやらされるハメになった。

 しかも、日の出前には、睡眠たっぷりの今日子にたたき起こされ、実質二時間も睡眠を取れないまま、ソスラスからラキオスへの、なが〜い旅路につかされたのだ。

 これでは光陰でなくとも、愚痴のひとつもこぼしたくなる。

 だが、哀れな破戒僧には、そんなささやかな抵抗すら許されることはなかった。

「光陰君?それが、君の遺言ということでいいのかね?」

 ジト目で睨みつける今日子。

 無論、ここで人生を終えるつもりのない光陰に、これ以上先を続けることは出来ない。

「ま、細かいことは言いっこなし。おかげでアタシはヘリオンたちの授業参観に出られたわけだし」

「そりゃ、お前はいいだろうよ………」

「ふふふ………では、行きましょうか。もう皆も集まっているでしょうし」

 そういって、謁見の間へと向かう三人だった。



《ラキオス城・謁見の間》

「皆さん、忙しい中お呼びたてしてすみませんでした」

 一国の女王が、いきなり謝罪をするというのも珍しい光景だろう。

 だが、ここにいる全員が、そんなレスティーナを好ましく思っていた。

 旧ラキオススピリット隊、現スピリット親善大使の面々である。

「レスティーナ様、そのようなことは皆、気にしていませんから」

「そうですとも。それに、全員に集合がかけられるとはよほどのこと。どうぞお気になさらないで下さいませ」

 ヒミカ、それにエスペリアが続けてレスティーナをフォローする。

「……ん。別に、レスティーナは悪くない」

「………問題、ありません」

 アセリア&ナナルゥの無口組も、淡々と同意する。

「それで、早速ですが………今回集まった理由を聞かせていただきたいのですが」

 場の空気が落ち着いたのを察して、セリアが口火を切った。

「はい、まずはこれを………」

 と、レスティーナが取り出したのは、一通の書状。

 それを中心に、全員が輪のように集まる。

 だが、それを開いた瞬間、全員が口を閉ざしてしまった。正確には、事の意外さに唖然となった、と言う方がいい。

 ふぅ、と疲れきった様子でレスティーナが口を開く。

「さっきの会議も、このことについて話し合う予定だったのですけどね………」

「けどよ、俺たちを呼んだってことは、始めっからあいつらに期待してたわけじゃないんだろ?」

 と、会議室の方向を親指で示し、レスティーナの心底を見透かしたように言う光陰。

「………そういうことです。彼らの無駄な見栄の張り合いに付き合うより、あなたたちに相談した方がいいのは分かりきっていますから」

 レスティーナも苦笑しながら答えた。

「まあ、形だけはアイツらを議論に参加させたことにしとかないと、あとあとうるさいからな。けど、レスティーナ自身は、結論を出しちまってるんじゃないか?」

 そう言うや、光陰は書状ををつかみ、ヒラヒラと振ってみせた。

「『黒い翼』………近頃じゃ、結構有名な賊だ。ま、俺はそのネーミングセンスの無さが記憶に残ってたわけだが」

 その書状の差出人………いや、その集団。

 『黒い翼』と名乗る義賊である。

 ここ最近勢力を得た熱狂的なエーテル信奉者の集団で、日夜エーテル技術の復活を求めて暴動を起こしたりしている。

 だが、実際の話、義賊とは名ばかりで、その実態は浮浪者や夜盗の集まりと変わるところはない。

 ここ最近の犯罪率上昇、その一翼を担っているのは間違いないと言われている。

「で、そいつらがついに宣戦布告ってか?」

「残念ながら………そう受け止めるしかありませんね」

 その書状の文面は以下のようなものだった。

『親愛なるレスティーナ女王陛下に申し上げる。我ら、『黒い翼』とその同志一同、昨今の民草の苦しみぶりにひどく心を痛めている。それというのも、エーテルの放棄などという、この上ない愚行によることは明々白々、一点の疑いもない。生活の術を奪い、日々の豊かさを奪って何が統治者たろうか。ましてや、その愚行を取り仕切る張本人が、聡明さで名高いレスティーナ女王陛下とあってはなおさらである。我々は、ここにエーテルの解放を強く求める。なお、この要求が認められない場合、我ら『黒い翼』とその同志一同、一斉に義のために立ち上がることとなる』

「………随分とお約束な要求だな」

 相手にするのもアホらしいとばかりに、ため息をつく光陰。

「………ったく、自分たちが普段やってることは棚に上げて、どこに『義』があるってんだよ。第一、『義』の意味も分かってねえくせに。国語の勉強からしなおして来い」

「アンタみたいな煩悩男には、まず『人生』を勉強しなおしてきて欲しいんだけどねぇ〜」

 すかさず突っ込みを入れる今日子。

「うふふ………相変わらず仲がよろしいことで〜〜♪」

「こ、こら、ハリオン!」

 明らかに場違いな発言をするハリオンを、あわててヒミカがたしなめる。

「しかし………所詮は夜盗の群れ。一国相手に戦争を仕掛けるなど、手前には正気とは思えませぬ」

 ウルカは腕を組み、思案顔のままつぶやいた。

「ま、こういう手合いはゲリラ戦法でこっちの疲弊を待つってのが、古今東西のお約束みたいなもんだ。さすがに、この目でテロを拝める日が来るとは思ってなかったがな」

「それで〜、レスティーナ様はどうされるおつもりですか〜?」

 相変わらずおっとりした口調でたずねるハリオン。これでも一応、本人なりに真面目なつもりらしい。

「まさか、相手の要求を呑むなどということは………!」

 真剣な眼差しで詰め寄るヒミカ。答えによっては、席を蹴立てて出て行くことも辞さない様子だ。

「まさか………無論、拒否するつもりです。もちろん、エーテルの放棄が反発を買っていることも、それが今回の事態を招いたのも分かってはいます。 それでも………エーテルの復活は、この世界の存続を願う者として絶対に認められませんから。少なくともその点については、ここに集まってくれたあなたがたは理解してくれると信じていますが」

 レスティーナはぐるりと一同の顔を見渡す。

 賛同の声をあげる者、無言でうなずく者。反応はそれぞれだったが、全員が真剣な眼差しをしていた。

 それを見て安心したレスティーナは、今度は申し訳なさそうに口を開いた。

「ただ、そうなれば衝突は避けられません。しかし、無関係の人々が巻き込まれることだけは絶対に避けねばなりません。ですから、申し訳ないのですが………もう一度、あなたたちに力を貸していただきたいのです」

 そう言って、レスティーナは何のためらいもなく頭を下げた。

 それを見たエスペリアが、優しく声をかける。

「レスティーナ様………。私は、レスティーナ様のお気持ちは分かっているつもりです。ですから、どうか頭をお上げください」

「ありがとう、エスペリア………」

 ゆっくりと顔を上げるレスティーナ。その表情は、この場いるものにしか見せたことのない、親しみと信頼に満ち溢れていた。

「は〜〜い。私もお手伝いします〜〜」

「レスティーナ様の覚悟、よく分かりました。私でできることなら、喜んで!」

 あくまでも明るく答えるハリオン。それとは対照的に、ヒミカは決意をみなぎらせ、真剣そのものの表情だ。

「………ん。大丈夫、私はレスティーナを信じてる」

「………私も同様です」

 やはり無口なアセリア、ナナルゥだが、かつてとは明らかに違う。二人とも、自分の意思というものをしっかりと持つようになっていた。

「私も戦います。二ムたちを………守りたいですから」

「手前の剣、もう一度レスティーナ殿にお預けいたします。存分にお使いください」

「反対意見を出す余地などないと思いますよ、レスティーナ様?もちろん、私も協力させていただきます」

 少し顔を赤らめながら答えるファーレーン。腕組みをし、目をつむったまま、落ち着いた口調で言うウルカ。セリアもまた、レスティーナの遠慮する様子を少しからかうように答えた。      

「ま、アタシは言うまでもないけど。せっかくロウ・エターナル追い払ったってのに、エーテル使ったせいでこの世界が駄目になるなんて、冗談じゃないんだから。そいつらが襲ってきたら、この今日子様の必殺ハリセンで返り討ちにしてやるわ♪」

 今日子は自慢のハリセンを、パシーン、と手のひらにぶつけて見せた。

「というわけで、全会一致と。良かったな、レスティーナ女王陛下さんよ?」

 あくまでも軽く、それでいて頼りがいを感じさせる声で、光陰が締めくくった。

「………」

 レスティーナは無言で一礼した。この場では、感謝を表すのに言葉は必要なかったから。

「では、各自担当地区に戻って警備を強化、ということでよろしいでしょうか?」

 あくまで冷静に言うセリア。どんなときでも必要なことを抑えている彼女は、こういう場に欠くことのできない存在と言っていい。

「はい、お願いします。私も、最大限の支援をいたしますから」

 レスティーナの言葉を皮切りに、めいめいが自分の考えを述べ始めた。

「あのさ、具体的に警備の強化って何をすればいいの?まさか日中、神剣をぶら下げて街中を練り歩くわけにはいかないでしょ?」

「そうですね………そんなことをすれば、町の人たちを無意味に不安がらせるだけですし………」

 今日子の素朴な問いに、エスペリアは素直に相槌を打った。

「いえ、まさか昼間から騒ぎ出すことはないでしょう。ですから、昼間の仕事はそのままで、夜間の見回りを増やせば十分かと思いますが」

「それと〜〜万一に備えて、町の人たちの避難経路も考えておいたほうがいいですよね〜?」

 ファーレーン、ハリオンの提案に皆がうなずく。

 だが、そんな中、一人光陰だけが違うことを考えていた。

 そして、珍しく真剣な顔で口を開いた。

「なぁ、みんないいか?」

 全員の視線が光陰に集まる。それを確認し、光陰はおもむろに続けた。

「これはあくまで俺の考えだが、今回に限っては、場合によって町の人間が敵に回る可能性があるかもしれない。っていうのも、向こうには『エーテルの開放』って大義名分があるからな。レスティーナにゃ悪いが、この大陸の人間のほとんどが、エーテルの復活を望んでるってのは否定できないからな」

 あごをさすりながらつぶやく光陰の言葉に、その場の空気が沈む。

 特に、ラキオスから遠い場所に派遣されている者にとって、エーテル封印に関しての反発の強さは身にしみて感じているだけに、その言葉の意味は十分に理解できた。

 そして、さらに光陰が言葉を続けようとした、まさにその瞬間。

 ドンッ、とけたたましい音を立てて開かれた扉から、一人の兵士が飛び込んできた。

「レスティーナ様!………」

 が、全速力で駆けてきて息が上がったのか、その一言を吐いただけで、兵士は後の言葉が続かない。

 そんな兵士をレスティーナは一喝する。

「不甲斐ない!それしきで任務を果たせずしてどうするのですか!早く報告をなさい!」

「はっ………」

 その言葉に打たれたのか、大きく呼吸を整えながらも、一言一言はっきりと兵士は告げた。

「ゼ、ゼィギオスが………襲撃されたそうでございます!!」

「な、何ッ!!」

 誰よりも早くその言葉に反応したのはウルカだった。

「町の南から火の手が上がり………」

「レスティーナ殿、御免ッ!!」

 だが、そのときにはすでに、ウルカは報告を続ける兵士を跳ね飛ばし、謁見の間を後にしていた。

(ミュラー殿………!)

 無論、ミュラーの実力を信頼していないわけではなかった。

 それでも、自分が留守にしたのを狙ったかのような、このタイミングのよさはどうだろう。

 訳もなく高まる焦りを胸に、一路ゼィギオスに向け、漆黒の空を翔けるウルカだった。

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