第五話 再会
「それでは、この部屋を自分のものだと思ってご自由にお使いください」
バジルと城のメイドに連れられて通された部屋は、なんていうか…いわゆるスウィートルームだった。(入ったことないけど)
寝室X2・リビング・テラス・大浴場つきの最上級の豪華さだ。
…うちのアパートの1フロアー分くらいあるぞ。さすが、お城だな…。
「……俺達、こんなすごい部屋使っていいのか?」
「……分不相応な気がしますぅ…」
隣で早百合も呆気に取られている。
そりゃそうだろな。こんなの一般人にとっちゃ雲の上の話だからなぁ…。
「大丈夫ですよ。お二方はロフィエル王のお客人なのですから。それから御用の際は、こちらのベルでお呼びください」
「あ、ああ……」
「それではごゆっくりおくつろぎください」
失礼します。と言ってメイドは出て行った。
「あ〜…………」
「うぅ〜………」
後にはどうしたら良いか何も思いつかない二人と、そんな二人を面白そうに見るバジルが残った。
「2〜3日すれば慣れますよ。とりあえず今夜は疲れた体を休めたらいかがでしょうか?」
「…そうだな。何はともあれ寝るか」
「え、ええ。そうですね」
「俺はこっちの部屋を使うから、早百合はそっちな」
「はい」
「それでは、私はこれで失礼致します。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
「ありがとうございました。おやすみなさい」
ぱたん。と、ドアが閉まる。さて、と…
「………目が冴えちまって眠れそうにないから、ちょっと散歩してくるわ。早百合は先に寝てていいぞ」
「そうですか。では、先に休ませてもらいますね。いってらっしゃい」
「ああ、ちょこっと行ってくる」
「よっと…」
部屋から出た俺は、近くの窓から外に出た。ここは中庭だろうか。
そして、隠していた『覚醒』を取り出す。
《感心だな。隠れて特訓か?》
「そんなところ。少々付き合ってもらうぞ」
《良いだろう。厳しく行くぞ》
「え〜と…、お手柔らかにしてもらえると嬉しいのですが…」
《却下》
「ぐ……」
《昨日のセリフは出任せか?》
「わかったよ!なんでもやってやらぁ!!」
《よし、ではまず素振り2000回X6set》
「え?」
《その後、腕立て・腹筋・スクワット200回X10set》
「あの…」
《そうだな…城周5週ランニングで、とりあえず初日は締めるか》
「…地獄の特訓こーす?」
《さあ、いけ!》
「ホントに…?」
《さあさあ!!》
「まじで…?」
《さあさあさあ!!!》
「………。」
《とまあ、冗談はこれくらいにして》
「ですよね!?冗談ですよね!?」
《ああ。半分でいいぞ》
「半分でもできるかあぁぁぁぁぁぁ!!!」
…………。
<三時間後>
「ぐあ〜。死んだ〜…」
《なんだ、だらしない。全部1セットに負けてやったではないか》
「その1セットが半端じゃないだろうが!?」
《強制はしてないだろう?》
「じゃあ少しでも休むと突然起こる激しい頭痛は何だ!?」
《気のせいだろ?》
「気のせいであってたまるか!!ばっちりすっきりテメーのせいだろ!?」
《ばっちりすっきり我のせいだ》
「開き直りやがったなコラ!!」
《まぁお詫びに明日からは真面目に戦闘訓練をしてやろう》
「…今日のはなんだったんだ?」
《只のイジメ》
「やっぱりそうか!?」
《冗談だ。今日は契約者の決意の程度を知りたかっただけだ》
「は?」
《見事なほど、硬い決意をしたな。我も出来得る限り力を貸そう》
「む〜…」
いきなり真面目モードかよ。怒れなくなったじゃないか。
「………。ああ、頼むぜ、相棒」
<翌日>
「拓真さん、起きてください。朝ですよ?」
「あ〜。すぐ起きますよ〜」
とは、返事したものの、体中が筋肉痛でまるっきり動けぬ。
ちょっと体を動かすだけで全身に電気が流れるようだ。
微妙に布団の中で蠢いていたら、部屋に入ってきた早百合と目が合う。
「拓真さん?」
「なんでもなひ」
ばっちり目が合っているのにまったく起きないので不思議がっている。
このままじゃ明らかに不審だなあ。覚悟を決めて起きるか。
(くおりゃあああああ!!!)
声には出さずに力いっぱい起き上がる。
と、とたんに全身の筋肉が悲鳴を上げる。
(ぎにゃあああぁぁ!!?)
声に出さずに絶叫しながら引きつった笑みを浮かべ、早百合に挨拶する。
「お、おはやう…」
「あ、はい…。おはよう…ございます…?」
やった。俺はやりました…。ミッション・コンプリートです、大佐…。
頭の中に意味不明なエンドテロップを流しながら、寝室を出ていく。
………某自動車会社のマスコットロボットみたいに中腰でも気にしない。
「………???」
そして、部屋には硬直したままの早百合が残された。
「それでは、お二人とも今日のご予定は決まっていないのですね?」
朝食をとりながら今日の予定を考えていたところ、バジルに訊ねられた。
「そうだな。さしあたって特に…」
「でしたら、この国のスピリットの皆を紹介したいのですが、どうでしょうか?」
「それ、いいな。興味あるし。早百合はどうだ?」
「ええ、構いません。私も興味あります」
「では、早速…」
ごバン!!!
突然部屋のドアが開いた。というか、蹴り開けられた?
「バジル、居る!?」
開いた入り口には赤髪・赤目(つまりはレッドスピリット)の女性が立っていた。
「ここはエトランジェ様の部屋なんですよ。アストラさん…」
バジルは、かなり困った顔をしながら(呆れながら?)アストラと呼んだスピリットに注意をした。
「おっと、失礼。って、そんな場合じゃないんだ!」
かなり緊急の事態なのか、落ち着きがまるで無い。
「三人とも!ロフ王がお呼びだ。すぐ謁見の間へ行け!」
「ロフ王が?分かりました。お二人とも、行きましょう」
「急ぎみたいですね」
「わかった」
<謁見の間>
俺と早百合、バジル、アストラの四人は謁見の間に入って行ったが、ロフィエル王の横に一人の男が居るのに気付いた。
その見覚えのある人物は、やはり聞き覚えのある声で話しかけてきた。
「拓真、早百合。まさかここに君達がいるなんてな…」
「「大輝!?」さん?」
俺達の驚きの声がハモる。
「ああ」
大輝は相変わらず、端的にそっけなく答える。
「お前、どうしてここに?元気だったか?リペディウムに居るんじゃなかったのか?俺達は許可もらって…。あ、村雨は居ないのか?一人か?」
まくし立てる俺を遮り、大輝が話す。
「一度に訊ねすぎだ。それに、今は急ぎだ。積もる話は後にしろ。まず話を聞け」
そう言って王に話を促す。
「再会の場面に水を挿してすまないが、君達に聞いてもらいたい」
「…緊急事態、なのですね?」
緊張の面持ちでバジルが訊ねる。
「ああ、まずいことになった。………昨日、何者かにリペディウム国王が暗殺された」
「「!?」」
「犯人は分からぬ。だが、最後に会った人物というのが……エトランジェ・ムラサメ」
「貴族院と第一王子バスクス、いや、バスクス新国王は最重要容疑者としてあいつを拘束した」
「そんな!あいつはそんなことするやつじゃ…!」
「…そう、あいつであるはずが無い。しかし、貴族院の奴等はエトランジェという存在を忌諱している。ろくに調べずに犯人に仕立てられても不思議ではない」
「何を落ち着いているんだ!おい、村雨は無事なのか!?」
「…大丈夫だ。如何に奴等が無能でも、貴重な戦争の道具を捨てはしないさ」
「どういう…ことだ?」
言葉の意味が分からず、聞き返す。
「まさか、猛さんは…!?」
ロフィエル王はそうだ、と頷き、後を続ける。
「…穏健な前国王と違い、バスクス新王は典型的な過激思考・戦争主義者だ。すぐに他国との戦争を始めるだろう。
その際に戦力となるのはスピリットとエトランジェだ」
「この国はロフ王の手腕で、スピリットと人間の差別はほとんど無いが、他国は違う。スピリットは戦争の駒で消耗品なんだ。
そして、スピリット以上の力を持つエトランジェも同じ扱いだ。人間ではないのだからな」
「そんな…」
「要するに、自分の想像も及ばない力を持っている奴は排除したいのさ。人間なんてたいていそんなものだろう?」
「…村雨はどうなるんだ?」
「バスクスの考えそうなことは、弱みを握り奴隷のように戦わせる。だろうな」
大輝は床をにらみつけ、続ける。
「あいつはお前と同じで、他人に甘い馬鹿だからな。弱みなどいくらでも作れる」
「村雨と、戦うことになるかも知れないってことか?」
「可能性としては高い。けれど僕は、それ以前にあいつに人殺しになって欲しくない」
「大輝…」
「そのためには、なんとかリペディウムが他国侵略に踏み出す前にバスクスを殺さなければならない」
「………!!」
俺も早百合も息を飲んだ。
つい先日まで一緒に学校へ通っていた人物から『殺す』という単語がごく自然に出たのだ。
殺しあうのが、ここでは普通なんだろうか…?
俺もそれが普通になってしまうんだろうか…?
「今、リペディウムとの同盟を破棄してしまうのは、損ばかりで得することはなにもない。…戦力の要のエトランジェが居なくなれば戦争は起こせぬと思うのだが?」
「…エトランジェが居なくても、遅かれ早かれ戦争を始めます。僕としては第二王子のザックスにリペディウムを率いて欲しいですね。バスクスが居て才能の芽が出せていない状態です。亡きガジュフ王の遺志を継げるのは彼だと思います」
俺が考え事をしている間にロフィエル王と大輝の話は進んでいく。
「ふむ、あの王子ならば良き方向に進めそうだな。……本当はこんなことはしたくないのだが、リペディウムの民のためにバスクスを暗殺せねばならない、か……」
「僕も、そう考えています」
「では、そなたをリーダーとして作戦を行わせる。我が国から適当な人材を割り当てさせよう」
「…この作戦は、アガパンサスとリペディウムの友好関係を崩さないために少数で潜入・遂行が好ましい。だから…」
大輝が俺のほうを向き、見つめる。
「拓真、手伝ってくれるな?」
「…分かった、協力しよう。国の事なんかさっぱりだけど、なにより村雨の為だしな」
「ふ、感謝するよ」
大輝はようやくちょっと、微笑った。
「ところで、二人で行くのか?かなり不安なのだけど?」
「最小小隊、つまり三人でチームを組む。だからあと一人だな」
「だったら私が…」
「早百合はダメだ。神剣と契約してないから危険だ。城で待っていてくれ」
「…はい」
「神剣と契約していない……?」
大輝は俺の言葉にいぶかしむが、それについて特に聞いてこなかった。
「僭越ですが、その役割はルミナがよろしいのではないでしょうか?」
「ちょ〜っと問題あるけど、隠密行動なら便利じゃない?」
今まで黙っていたバジルとアストラが声をはさむ。
「ふむ、ルミナか…。実力は問題ないのだが、な」
バジルとアストラの案に、ロフ王は考え込んだ。
「どんなやつだ?」
この国に明るくない大輝はバジルに訊ねる。俺も、興味ある。
「ルミナ・ブルースピリット。永遠神剣第八位『怨嗟』の主です」
「悪い子じゃあ無いんだけど、ちょっと問題持ち。ま、会ってみりゃ分かるさ」
「そうだな、後で紹介してくれ」
「…まあよかろう。作戦開始日時は三日後とし、詳しい内容は追って連絡する。それまでしっかりと準備を行うがよい」
「はい」
「了解した」
<アガパンサス・スピリットの館>
あの後、俺と早百合、大輝はバジルとアストラの案内でスピリットの暮らしている建物にやって来ていた。
「どうぞ、お入りください」
バジルが扉を開け、俺達を招いた。
「失礼しまぁぁっっ!?」
丁寧に断りを入れて入ろうとしていた俺はアストラに突き飛ばされた。
「いて〜な!なにすんだよ!?」
「堅苦しいって!そんなん気にするのは世界一のド真面目大王バジルだけさ!!」
「……ド真面目大王…?…」
視界の端に、がっくりと膝を付いてうなだれるバジルが写る。
「……なにやらバジルがショックを受けているみたいですが?」
「……うぅ……」
「あー、えーと、その、すまん。言い過ぎた」
「うう……こんな性格だもん…。しかたないじゃないですかぁ……ぐす…」
「ほら、ごめんって!今日もいい天気だろ?泣いてちゃ損するぞ?」
「ううう〜、泣いてません……」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
スピリットの館(結構大きい)の入り口で、半泣きになっているバジルに、フォローになっているのかいないのか
よく分からないことを言うアストラと、何もできずに居るエトランジェ3人。かなり奇妙な光景だ。
「…こんなとこで足を止めていられないのでな。さっさと案内して欲しいのだが?」
「そ、そうだよバジル!行くぞ!」
「うう……私なんてほっといてください…。アストラさんだけでも行けますでしょう……」
「あ〜もう、仕方ないなぁ。悪いけど、置いてくよバジル」
「ううう〜……」
もはや本泣きになっているバジルを残し、俺達は中に入っていった。
…そんなにショックだったんだ……。
「で、突き当りがルミナの部屋さ。この時間ならたぶん居るだろ」
アストラは、全員を紹介する前にとりあえずルミナだけ先に紹介すると言った。
「人事異動とかには全然興味無いから、パーティとか騒ぎ事とかには出てこない」らしい。
……俺達が来るのは騒ぎ事なのか?
「その割にやたらと人に戦闘訓練をつき合わさせるし。ま、そんな奴だね」
そんな事を話しながら、ルミナの部屋の前に着いた。
と、急に部屋の中から神剣の気配が立ち上った!
「これは…!?」
「…なんてドス黒い力だ!!」
「??」
俺と大輝は身構え、早百合は(神剣の気配は分からないが)後ろに下がる。
「まずい、いつもの発作か!!」
何が起こっているのかアストラは知っているらしく、部屋の中に駆け込む。
「ルミナ!!」
「アストラ?……何の用?」
部屋には、ベッドに寝転がるブルースピリットが一人。この黒い気配に全く気にせず本を読んでいた。
彼女はアストラを一瞥し、また本へと視線を戻す。
「何の用って……。お前――そんなに神剣から干渉されてたら心配するだろうが!?」
「平気。いつものことだから」
「……本当に、大丈夫なんだろうな?」
「別に。それよりそんな人間ばかり連れて何の用?」
本を閉じて体を起こし、ほの暗い青の瞳で俺達を眺める。
「あ、ああ。お前の、新しい任務さ―――」
任務の内容を聞き、ルミナはベッドから降り、神剣を掴む。
「そう、わかった。面白くなさそうだけど、何もしないよりマシかな」
と、ルミナは大輝に近寄り神剣を突きつける。
「何の真似だ?」
あまり驚いた様子も無く、大輝は問い返した。
「エトランジェ、御手合せ願おうか」
「…いいだろう。広い所へ出るぞ」
ルミナは返答を聞くとすたすたと部屋を出て行った。それに大輝も続く。俺は慌てて追いかけた。
「ちょ、おま、大輝!いきなりそんな…」
「あいつの実力を見るいい機会だ。それに…あいつは神剣に飲まれかけている」
「神剣に……飲まれる?」
「そう、永遠神剣は精神を侵すんだ」
後ろから声がする。アストラだ。早百合も付いて来ている。
大輝は振り返らずに話を続ける。
「己を強く保てることができればいいのだが、心というものは不安定なもの…。心を飲まれれば戦いのみにしか快楽を得られず、神剣の声に従って人を殺すだけになる」
「ルミナは弱くない!あいつの神剣『怨嗟』の干渉力が強いんだ」
突然、アストラが声を荒げる。
「私が知る限り、『怨嗟』からの干渉は、戦闘中以外ほとんど一日中だ。さらに時々さっきみたいな、大きな発作が起きるんだ。でも、ルミナのハイロゥは黒く染まりきっていない。あいつは、強いんだ」
ああ、だから「何もしないよりマシ」なのか…
「………手合せをしたがるのは、苦痛からの逃避か?」
少しの沈黙の後、大輝は振り返ってアストラに訊く。
「無意識に…だと思う。いまのあいつはほとんど感情を奪われている状態で、苦痛を感じていないみたいなんだ。でも、やっぱりつらいんだと思う」
「ふん………訓練だと思って付き合ってやるよ」
「ありがとう、ダイキ様」
「『様』は嫌いだ」
大輝のそんな言葉に、アストラは肩をすくめた。
「以後、気をつけるよ」
そんなやりとりを見ながら早百合は俺にそっと耳打ちしてきた。
「……大輝さんって、本当は優しいんですね。あの…冷たいというか他人に興味が無い、みたいな人だと思っていました」
「自分じゃ認めないだろうけどね」
笑いながら答えを返すが、早百合の顔は暗い。
「…………拓真さん、『永遠神剣』って何でしょうか…」
急に声のトーンが落ちた。たぶん、こっちが本題だったんだろう。
「力を与えてくれる代わりに、心を捧げる必要があるなんて…。本当に『神様』の剣なのでしょうか…」
「さあ…、どうなんだろうな…。わかんないよ……」
俺は絶対、神剣に飲まれない。皆で無事に元の世界に帰るんだ。
新たな気合を入れ、先に行ってしまっている大輝とアストラ、さらにもっとずっと前のルミナを追いかけた。
続く
あとがき
今回は、三人目のエトランジェを出しました。大輝(だいき)は、なかなかイレギュラーな神剣を持っていて、それなりに強いです。とりあえず、修行不足の拓真よりは比べ物になりません。もちろん弱点もあるのですが…。次回はルミナと大輝の戦闘から始まります。おまけで、拓真とアストラの訓練も入れるつもりです。…本当は今回でそれらを書きたかったのですが、長ーーーくなってしまいましたので切りました。
それにしても、自分は戦闘を書くのはすらすらとできるのですが、物語を進めるのはどうしても苦手で人物の会話だけになってしまうのが悩みです。もっと描写がうまくできるようにしたいです〜。
それでは、今回は以上です。できれば、次回もよろしくお願いします。