第四話 それぞれの、想い
<自分にあてがわれた部屋で>
「はあぁぁ〜。こっちに来てようやく息がつけるぞ」
ごろん、とベッドにころがり一息ついた。
「いろいろあったもんなぁ。いきなり召喚だかなんだかされて、永遠神剣っていう得体の知れない剣を持ってて…」
《…おい》
「バジルとノアに出会って、敵に襲われて、俺達を逃がすために犠牲になって死んだ…ノア」
彼女の死に顔を鮮明に思い出す。
(………)
「ま、そんで変な喋る剣と契約して…」
《おい》
「そのへんてこな剣のおかげで、どうにかこうにかバジルの国まで逃げてこれたんだけど…」
《契約者よ》
「実際、バジルの国がいい国なんて分からないわけだし。信じて良いんだろうかね…」
《無視するな》
「まぁ確かに、襲ってきた奴等は人の命を命と思っていなかった訳だし、何より殺されそうになったし」
《無視するなと言うに》
「……ま、なるようにしかならないか」
《………》
「ん?どうした?」
《誰が得体の知れない喋るへんてこな剣だ!!?》
今にも飛び掛ってきそうな迫力だなぁ…
「ああ、刀だったね」
さらっと軽く流す。
《そういう問題ではない!!さっきから聞いておれば好き勝手言いおって!》
「まあまあ、謝るから落ち着けって」
《お前という奴は…》
コンコン。
「はい?」
「私です。早百合です」
「ああ。開いてるから入ってきな」
「あの…失礼します」
ドアが開き、遠慮がちに早百合が入ってきた。
「ちょっとお話、いいですか?」
「いいよ」
備え付けのイスに座り、疑問符を浮かべて聞いてきた。
「ところで、あの、拓真さん? 今、誰と話していたのですか?」
「こいつ。この剣」
持っていた『覚醒』を早百合に投げて渡す。
「きゃっ! ………剣、と?」
訝しげな顔をする。ま、普通はそうだろうね。
《…契約者よ。少しは私に畏敬とか、そういう気持ちを持て》
「いいじゃん。別に」
《こんなのが新しい契約者とは…》
「こんなのっていうな!」
「………。私には何にも聞こえないです…」
早百合が首を傾けながら『覚醒』を返してくる。
「へ? そうなの?」
《永遠神剣の声は基本的に己の契約者にしか聞こえないのだ。神剣どうしを共鳴させたり、精神空間で直接話したりする以外はな》
「ふぅん。他人には普通、聞こえないんだってさ」
「そうですか…」
「で、話って何?」
「えっ…と……」
早百合はうつむき、聞きにくいのか、少しの間黙り込む。
「………拓真さん。その… 永遠神剣と契約して、どうでしたか?」
「どうって?」
急に早百合の声のトーンが下がり、俺は姿勢を正す。
「バジルさん言ってましたよね? 私も拓真さんも、『エトランジェ』だって」
「うん」
「私も、拓真さんのような力を持つことができる…ってことですよね?」
「そう、だと思う」
うつむいたまま、暗い声で続ける。
「………私は、この世界が怖いです。…人を傷つける事、人を殺せる事。 …それが、普通にできる世界」
手で顔を覆う。泣いて…いる?
「………力があるから人を傷つける。力があるから人を殺せる! そんなの嫌! 絶対、嫌! 私は、剣なんていらない! 力なんて欲しくない!」
(……早百合は争いごとが嫌いだもんな。俺と、悠華のケンカにいっつもおろおろしてたし…)
《力の使い方は己次第。人を傷つけるも守るも心ひとつで決まる。……まぁ今のあやつに判れ、とは無理なことだがな》
(………)
「早百合、お前は剣を持たなくていい。俺が守るから」
「え?」
俺の言葉に顔を上げる。
「俺は人を傷つけるために神剣と契約したんじゃない。傷つけようとする奴から皆を守るためなんだ。
そんで、早百合の分も俺が強くなる。早百合が剣を持たなくてもいいように。誰も傷つけなくてもいいように」
「拓真さん…」
顔に光が灯る。よかった。
「もっとも、まだまだ弱いけどね〜」
「…くす」
「あ、笑ったな」
「す、すみません」
「いいっていいって。よ〜し、じゃあ今日はもう寝るか。いろいろあって疲れたし」
「ええ、そうしましょう。おやすみなさい、拓真さん」
微笑んで立ち上がり、出口へ向かう。
「おう、おやすみ」
俺も笑顔で送り出す。
早百合は部屋から出る直前、顔だけを俺のほうに向け、
「あの、拓真さん。ありがとうございます。………とっても、嬉しかったです」
ぱたん。 たたたたっ
真っ赤になって走っていった。
「………」
《顔、赤いぞ》
「うるさい」
「…………」
真夜中、俺は小さな物音で目が覚めた。
「……ね……」
人の声らしい。
「………あ…」
窓の外から聞こえてくる。
「…き…と………」
そっと外を見てみると、澄み切った星空を見上げる一人の少女がいた。
「……マナになっても、私のこと、見ていてね………ノア…」
年相応につぶやく少女。
「ぜったい、だよ。みて、いてね………のあぁ……」
その小さな背中に、普段の凛々しい気配はどこにも無い。
「ずっと、いっしょに、いたかったよぉ……」
………俺は窓辺から離れた。
<翌朝、食堂にて>
朝食をとりながらバジルの話を聞いていた。内容は各国の状勢だ。
話をするバジルの目が真っ赤だったが、あえて気付いていないふりをした。
「つまり、フドレアーっていう帝国と、ユースラウムっていう宗教国家と、リペディウム=アガパンサス同盟がまがりなりにも均衡を保っているわけだ」
「はい。他、弱小国はそれぞれに、服従や同盟といった形で国家を保っています」
「ずいぶん長い間、膠着状態が続いているようですね」
「………半年前です。その膠着が破れたのは」
俺は噛んでいた物をぐっと飲み込む。
「突如、フドレアーとユースラウムに『エトランジェ』が召喚されたのです。
『エトランジェ』なんて伝説の存在だ、所詮噂話だと、誰もが一笑に付しました。
しかし、すぐに『エトランジェ』の力を思い知りました。
ユースラウム本国の異教徒弾圧政策に異を唱えた同盟国フーリアの防衛隊が、たった一人の『エトランジェ』により壊滅させられたのです。
結果、フーリアという国は残っていますが、実質ユースラウムの植民地になっています」
「…………」
「フドレアーも『エトランジェ』の力で国内を制定したようです。このままでは、いつこの国に攻め込まれてもおかしくありません。
そこで私達は、カミルレ秘蔵の白スピリット『光明』のミサキの力で新たなエトランジェの出現を予知し、探していたのです」
「神剣の力で…って、そんなこともできるのか!?」
「『光明』が特殊なのです。この神剣はカード型で、未来予知ができるのです。しかも、的中率は100%です」
「すげー」「すごい…」
俺と早百合が同時に呟く。
「欠点は、結果が出ることが稀、ということですか。何でも占えるというわけではないそうです」
「あらら…」
「その結果、私はタクマさまとサユリさまにお会いできたということです」
「そうか、だから敵国領内まで潜入していたのか」
「ええ。エトランジェの力は強大で、戦況に大きく影響します。ですから、他者を征服することを良しとする国の手に渡らないようにと、我が君主はお考えです」
「………ちょっといいですか?」
何か気になったのか、早百合が訊ねる。
「はい、なんでしょうか」
「フドレアーとユースラウムに一人ずつ、私と拓真さん。エトランジェとして召喚されたのは4人。ですけど、私達二人と一緒にいた友達は全員で6人なんです」
「そうだ。俺と早百合、村雨に智哉に大輝、あと悠華だ。数が合わない」
「!! ムラサメさまに…、ダイキさま…?」
バジルが声を上げる。
「知っているのか!?」
「………すみません、私からは…何も言えません」
バジルは言い難そうに、俺達から顔を背ける。
「頼む!何か知っているんだろ!?教えてくれ!」
「バジルさん、教えてください!」
「………すみません」
「「………」」
俺達はうつむく。あいつらの情報が聞けそうだったのに…。
バジルは、突然立ち上がり、食堂から出て行く。
俺達はうつむいたまま、足音が遠ざかって行くのを聞いていた。
ふと気付くと、机の上にはメモが置いてあった。
【すぐに逢えますよ】
たった一言だが、十分だった。
「ありがとう」
既にいないバジルに礼を言った。
その後、俺と早百合はバジルに連れられて、国王に謁見しに城へと向かった。
この町からまだ離れているそうだが、夕方には着くらしい。……………走れば(汗
<ユースラウム、神前の間>
紅い壁、紅い天井、紅い絨毯、紅い玉座に、紅い調度品。
全てが鮮血のように紅い部屋に、老女と少女がいた。
「エトランジェよ、やけに嬉しそうじゃな。何か良いことでもあったか?」
玉座に座る老女が正面に鎮座する少女に問うた。
「ふふ、探し人が見付かったの…」
足元を見詰めたまま、少女は答える。
「ほう、確かタクマ…とか言ったか」
「そう。あたしの大切な人…。やっと、やぁっと見付けた…」
老女を見上げ、にやりと笑う。無垢な赤子のように。老獪な妖孤のように。
「じゃが、アガパンサスに逃げたと聞いたが?」
「もちろん、追いかけるよぉ」
立ち上がり、外へ向かおうとする。
「エトランジェよ。まだ、機は熟していない。もうしばし待て」
老女の言葉に少女の顔が歪む。
「まだ?まだなのぉ?どのくらいぃ?」
しばし思案の後、答える。
「…十日、というところよの」
「あと、十日ね……うふ、うふふふふ…」
遠足を待ちきれない子供のように笑い出す。
「存分に闘え、そして異教徒は根絶せよ。神の使徒、『浄化』のエトランジェよ!」
「あはははははははは!!」
少女の笑い声が紅い部屋に木霊する。
<アガパンサス城、謁見の間>
バジルの言うとおり、夕方にアガパンサス城に到着した。
そのまま、俺達は国王に謁見となった。
「バジル・ブラックスピリット、只今帰還致しました。ロフィル閣下」
「うむ、非常に危険な任務、よくやった」
玉座に佇む壮年の、しかし、瞳に力強い光を持った男が応えた。
「ノアの件は……報告を聞いたとき我が耳を疑った。本当に残念だ」
「…彼女も任務が成功し、本望と思います」
「………そちらの二人がエトランジェか」
「はい」
俺は顔を上げ、名を名乗った。
「春日拓真だ」
「神楽早百合です…」
「私はロフィル=エム=アガパンサス。この国の政を任されている」
王様は名乗りの後、頭を垂れた。
「まずは、連れ去るようなまねをしたことを謝ろう。すまなかった」
「いや、そんな…。頭を下げられるようなことでは…」
「それで、この世界の状況は知っておるか?」
「だいたいはバジルから聞きました」
「そうか、ならば本題に移ろう」
ふうっ、と溜息をつき、後を続けた。
「単刀直入に言おう。わが国の戦力になってはもらえぬか?」
俺を見詰めてくる。
「それは、戦争に加担しろという事ですか?」
しっかりと見詰め返し、言葉を返した。
「強制はしない。ただ、断ると言うのならば、残念だがこの城で軟禁させてもらう」
「強引ですね?」
「すまないが、他国に渡すわけにはいかないのだ…。鬼と悪魔と言われようとも、民の為なのだ」
俺から目を逸らし、自分の言葉を苦々しく噛み締めている。
「………」
「すぐにとは言わない。十日、時間を与える。よく考えてくれ」
「分かりました」
「それまで私の客人として、丁重にもてなそう」
「失礼ですが、王様、一つよろしいでしょうか?」
早百合が突然、口を開いた。
「なんだね?」
「月代悠華・村雨猛・柊智哉・楠原大輝の四名の名を御存知でしょうか?」
「ほう、なぜ?」
「その者達は、召喚される前に私達と一緒にいたのです。もしかしたら同じようにこちらに来ているのではないかと思い、お聞き致しました」
王は少し考え、
「そうか、知り合いか。ならば、知る権利はあろう。二人だけ、知っておる」
「本当か!?」
「ムラサメ・タケルとクスハラ・ダイキは我が同盟国、リペディウムのエトランジェとして滞在しておる。二人とも無事じゃ」
やった、と早百合に目配せする。
王は俺達の様子に目を細め、微笑んだ。
「後日、会いに行くがいい。手続きはしてやろう」
「「ありがとうございます!」」
この王様、結構いい人なんだなぁ。
「ふむ。では、バジルよ。二人を客室に案内しろ」
「はい。ではタクマさま、サユリさま。こちらです」
玉座に背を向け、退出する。俺の心の中には仲間を見つけた嬉しさでいっぱいだった。
「(悠華ちゃん……どこにいるのかな………)」
「ん?何か言った?」
「い、いいえ。別に何も」
だから、ほんの少し悲しい表情をした早百合にまったく気付かなかった。
「(きっと、無事だよね…)」
<どこかの木の上>
純白のローブに身を包んだ女性が夜の闇に浮かぶ月を見上げていた。
「あと、二人…」
欠け始めた月は未だ満月の輝きを残している。
「歪みが、訪れる…」
月光は穏やかに世界を照らす。
太陽が、目覚めるまで…。
つづく
人物&神剣紹介C
ミサキ・ホワイトスピリット
永遠神剣第十位『光明』の主。リペディウム同盟国、カミルレ所属。
カミルレの最重要人物で、本国および同盟国含めて知るものはごく一部のみ。神剣の能力で占世を行う。
博識で物静か。一人でいることを好み、あまり他人を寄せ付けない。
永遠神剣第十位『光明』
タロット型の永遠神剣。能力は未来予知。ただし、確定した未来しか予知できないため、結果が出ることはあまり多くない。
また、戦闘にはまったく向いておらず、アタック・ディフェンス・サポート全てのスキルを持ち合わせていない。
ほとんど自我がなく、神剣と契約者の会話は無い。ただただ契約者に力を与えるのみの存在である。
ロフィル・エム・アガパンサス
現アガパンサス国王。良心的な賢王で、人望は厚い。有能な者は重用するため、近辺には人間・スピリット関係なく付き添う。
戦争をよく思っていないが、このままでは未来永劫戦争が続くと考え、世界を統一して平和を得ようと考える。
そのことで、専守防衛・現状維持のリペディウムと論争している。
あとがき
今回はタイトルにもあるように、いろんな人のいろんな想い(企みも含む)を書いてみました。
登場人物を振り返って見ますと、………なんか、いい人ばっかですね。悪い人が全然いない。
それに、ときどきバジルとサユリが被る。…問題だろ、それは。
そんなわけで、人物の書き分けが今後の課題です。がんばれ!自分!もっと文章に厚みを!
(補足というか注釈:今回、年齢に触れるところがありましたが、バジルの年齢は14歳です。かなり大人びている中学生のような感じと思ってください。ちなみにノアは16歳、タクマたちは17歳です)
と、いうところでお開きにします。それでは今回も読んでいただき、ありがとうございました。