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―聖ヨト暦333年 ソネスの月 赤 四つの日 夕方
 シーオス

 サレ・スニルを目指して進軍を開始した悠人率いる第一部隊は、行く先に潜む帝国軍を打ち破りながら進んでいく。
 そして、リレルラエルを出発して十日後・・・

 「やぁっ!たぁっ!」
 ガキン!!ガキン!!
 「ウッ・・・クッ・・・!!」
 アセリアの激しい斬撃に、敵スピリットは完全に受けに回っていた。
 ズッ・・
 「ッ!?」
 一瞬、足下を滑らせたスピリットの隙をアセリアは見逃さない。
 「てやぁあ!!!」
 バキャン!!ズバッ!!
 「ッ・・!!」

 「たぁああ!!!」
 ガキン!!!
 「ムッ・・!!!」
 ギシッ・・・ギシィ・・・
 エスペリアの神剣と敵スピリットの神剣がぶつかり、鍔迫り合いになる。
 「くぅ・・・やぁ!!!」
 ガィーン!!!
 エスペリアは強引に剣を振り、相手の剣を弾いた。
 「ア!!」
 「はぁああ!!!」
 万歳の格好となるスピリットの肩口に向けて剣を振り下ろす。
 ズバァッ!!
 「ァアアア!!!」

 「ふっ・・・!!」
 ウルカが鞘に収まった神剣の柄に手を置いたまま敵スピリットの間をすり抜けていく。
 ズバズバズバッ!!!
 『・・・!!!』
 シュゥウウウウ・・・・
 ウルカがすり抜けた直後、次々とスピリット達が切り刻まれていく。

 「はぁはぁはぁ・・・」
 『あと少し・・・!!』
 肩で息をしつつ、【求め】を構えて眼前のスピリット達を睨む。
 『・・・』
 十人のスピリット達は悠人の隙を窺いつつ、ジリジリと間合いを詰めてくる。
 「くっ・・・」
 『十対一・・・厳しいか!』
 既に剣を交えて、その実力を理解している悠人は間合いを取ろうと後ろに下がる。
 「ユート!!」
 「ユート様!!」
 「ユート殿!!」
 ザザザッ!!
 「みんな!!」
 そこへ、アセリア、エスペリア、ウルカが飛び込んできた。
 「ユート。もう少し」
 「一気に突破しましょう!!」
 「手前らも全力を尽くします」
 「みんな・・・」
 自分の前に立つ三人の背を見て、悠人の心に熱いものがこみ上げてくる。
 「行くぞ、みんな!!」
 「ん!!」
 「はい!!」
 「承知!!」

 そして・・・日が落ちる頃、戦いはラキオス軍の勝利に終わった。


―同日、夜
 シーオス

 「ユート様、帝国軍はサレ・スニルに退却しました」
 エスペリアが手元の資料に目を落とす。
 「被害状況は、スピリット隊がヘリオンが負傷しましたが既に治療済みです。ラキオス軍は重傷者が12人、軽傷が54人です」
 「死者は無かったか・・・」
 悠人は安堵の息をついた。
 「帝国軍の捕虜が20人・・・彼らは一カ所に集めて見張りをつけています」
 「戦う気はまだあるのか?」
 「はい」
 「そうか・・・」
 「武器は取り上げています。念のためにアセリアとウルカも見張りに付いています」
 「頼む」
 エスペリアは頷いた。
 「すぐにここを出発してサレ・スニルへ向かった方がいいかな?」
 「いえ、予定よりも大分早くシーオスに到着しました。まずは体勢を整えた方がいいかと思います」
 「それじゃあ、しばらくこの村に滞在しよう。その間、付近に潜む帝国軍の掃討をする」
 「わかりました」


─聖ヨト暦333年 ソネスの月 緑 二つの日 夕方
 帝都サーギオス 皇帝の間

 いつものように部屋で本を読んでいた佳織は、瞬の使いの者に連れられて、皇帝の間へとやってきた。
 「ふふ・・・凄いぞ佳織、見てくれ!」
 得意げな顔で佳織を出迎えた瞬が、嬉しそうに辺りを見回す。
 「・・・」
 皇帝の間には、相変わらず皇帝の姿はない。
 だが、広々とした皇帝の間を埋め尽くすほどに、鎧で身を固めた騎士達と、大臣達のような貴族が並んでいる。
 彼らの視線は部屋の一点・・・瞬にだけ注がれていた。
 そして、瞬が手を横に伸ばすだけで、室内の全員が跪く。
 唯一、佳織だけを除いて。
 「ここにいるのは、全員僕の臣下といってもいい連中さ。みんなが僕の支配を望んでいるんだよ。そう・・・僕にはそれだけの力があったんだ。フフフ・・・だから僕は選ばれた。この【誓い】を持って戦う戦士としてね!!」
 瞬に注がれる視線に含まれているものには、大きく分けて二つのものがあった。
 一つは、純粋な畏敬の念。
 居並ぶ騎士達から、瞬は心酔されているということだろう。
 そしてもう一つは─恐怖の念。
 大臣達の中には、明らかな恐怖の眼差しで瞬を見るものが何人も存在していた。
 「だからね、佳織。僕は正しい行いをしなくちゃならない。下らないヤツらに騙されてる佳織の目を覚まさせることは、僕にとって正しいことなんだ」
 瞬は佳織を見た。
 「僕はこっちの世界に来てから、自分が正しいと思うことをやってきた。その結果、こんなにみんなが僕のことを必要としてる!これは凄いことだと思わないか!?」
 凄まじい笑い─それは狂気を含んでいる─を浮かべた。
 「今の僕には、力も権力もある。正しいことを当たり前にやっている僕だから、みんなに必要とされているんだよ。だけどあいつらは、そんな力なんて無い。みんなに必要とされていないんだよ!!」
 熱に浮かされるように喋り続ける瞬を、佳織は呆然と見つめるしかなかった。
 「・・・」
 『この人は何を言っているんだろう?目の前にいるはずなのに、随分遠くにいるように見えるよ・・・』
 佳織は勇気を振り絞って口を開いた。
 「・・・そんな力、いりません。お兄ちゃんと今日ちゃん達・・・みんな無事だったんだもの」
 「ふん。ほんの少しだけ生きながらえただけさ」
 佳織の言葉を聞いて、つまらなさそうな顔をする瞬。
 「大丈夫・・・僕自身がアイツらを正してやる。【誓い】もそうしなきゃいけないって言ってるしね・・・」
 誰にともなく呟く瞬。
 瞬は笑みを浮かべながら、ゆっくりと佳織に迫る。
 「フフフ・・・」
 「・・・」
 その場にいる全員の視線が集まる中、佳織は気圧されるように後ろに下がる。
 「さぁ・・・来るんだ」
 「あ・・・」
 瞬は佳織の細い肩を両手で押さえ、正面から目を合わせるようにする。
 「アイツのことなんか忘れるんだ。僕ならば佳織を幸せにしてやれる。僕には力がある。ここでも、元の世界でも・・・力、金、権力、全てだ。全てがあるんだ!!」
 「・・・」
 得意そうに語る瞬を、佳織は冷めた気持ちで眺めていた。
 肩を強くつかむ瞬の腕に、嫌悪感を表して。
 「アイツが、僕と勝っているものは何一つ無い。僕とアイツが戦えば、すぐ解ることさ!!」
 瞬は凄まじい笑みを浮かべた。
 「【誓い】は僕に力をくれるんだ。アイツが持っている剣なんかよりも、ずっと強くて、ずっと頼もしい。これこそ僕に相応しいものだ。ククク・・・」
 自分に酔うように、勝ち誇った笑みを浮かべる。
 「・・・違う」
 我慢できなくなり、佳織はゆっくりと口を開いた。
 「ん・・・何がだい?何でも言っていいんだ。僕ならば佳織の好きなことを何でも叶えられるんだから」
 「・・・違う・・っ」
 「それじゃわからない。ほら、言ってくれ」
 「違うっ!!」
 佳織は突然暴れ始める。
 だが、強く掴まれた肩は非力な佳織には引き剥がすことは出来なかった。
 それでも、瞬を正面から見つめ、屹然と言い放つ。
 「違う・・・お兄ちゃんとあなたは違うっ!!」
 強い口調。
 瞬をキッと睨み、叫ぶ。
 普段の佳織とはかけ離れた、もっと言うならば、以前の佳織ならここまで激することはあり得ないほどの激情。
 「当然だよ。間違いなく僕の方が優れてるさ。アイツとは違う」
 「そうじゃないっ、そういう意味じゃないのっ!!」
 「どうしたんだ?何を言ってるんだ、佳織・・・?」
 佳織の態度に、瞬は驚きを隠せない。
 瞬にとって、自分の言うことにここまで反発されたのは初めてだったのだ。
 「お兄ちゃんはあなたに無いものを持っている・・・それはとても大事で、絶対に必要なもの」
 『お兄ちゃん・・・自分をずっと守ってくれた人。優しくて、鈍くて、だけどみんなに信頼される人』
 生まれて初めてかもしれない、怒りの感情の発露。
 「他人を思いやって、他人の為に悩んで・・・他人の為に傷つくことが出来る!!」
 佳織は瞬に言葉を叩きつけた。
 「な・・佳織・・・?」
 「あなたに・・・それが出来るのっ!?」
 『何故この人は他人を蔑むのか。どうしてこの人は自分以外の人間を、これほどまで憎んでいるのか・・・私には理解できない・・・』
 「ぼ、僕は・・・優れている!優れた人間は他人なんか必要としない!他人なんかいらないんだ!!僕がアイツより能力があるっている証拠なんだよ!!」
 「そんなの関係ないっ!どれだけ能力があっても、私は秋月先輩よりお兄ちゃんがいいっ!!」
 佳織の言葉を聞いた瞬間、瞬が笑い出す直前のような顔をしたまま硬直する。
 「・・・っ、黙れっ!!」
 そして、すぐに怒りに代わり、掴んだ肩を突き飛ばした。
 「きゃっ・・・!!」
 瞬は佳織の細い首へと腕を伸ばす。
 ゆっくりと力を込め、締め上げていった。
 「あぁ・・・うぅ・・ぅっ!!」
 「嘘だろ、佳織・・・冗談だよ、なぁ・・・僕よりアイツがいい・・・?そんなはずがない。あるわけ無いんだ!!」
 腕に少しずつ力が込められ、僅かに身体が持ち上がってゆく。
 よりキツく喉が絞められ、佳織は潰れた悲鳴を上げた。
 「ぐぅっ・・う、う、うぅぅっっ!!」
 「優れた者にこそ人は惹かれる・・・そうだろ、佳織?違うのかい!?だから、優れている僕の方には佳織は惹かれなきゃいけないはずなんだっ!!」
 「く・・あぅ・・・ぐぅぅっっ・・・」
 「なのにどうして佳織はまだ目を覚ましてくれないんだよ!何でアイツの方がいいなんて言うんだよぉっ!!」
 「お、ぉ・・・お兄ちゃんは、あなたなんかに・・・負けない・・・負けないんだからぁっ!!」
 薄れ行く意識の中、佳織はどうにか逃れようと暴れる。
 だが、いくら爪を立てても、その力は緩まない。
 「な、なんだとぉぉっ!!」
 「んっ・・・んん」
 「ごめんね佳織・・苦しいかい?でもね、僕のせいじゃないんだよ。佳織が当たり前のことを認めないから、こんな事になっちゃうんだよ」
 力を込める瞬。
 「ね?苦しいだろ・・・苦しいなら認めてくれ。僕の方がアイツより素晴らしいと!!」
 「認め・・・ない・・ん・・・認めない、ん・・・だから・・・」
 「・・・認めるんだっ!!」
 「ぐぅっ・・・ぅっ・・・」
 無理な体勢のまま首を振り、ひたすら否定を貫く。
 瞬の顔が怒りに染まった。
 だが、もう少し力を込めようと思った瞬間、佳織の抵抗が無くなった。
 意識を失いかけたのだ。
 「・・・チッ」
 舌打ちをして力を緩める。
 漸く解放された佳織は、激しく咳き込みながら崩れ落ちた。
 「く・・・げほっ、けほっ・・こほっ・・・」
 『どうして・・・どうして私には力がないの・・・お兄ちゃんに迷惑ばかりかけて・・・!?』
 苦しそうに喉を押さえ咳を繰り返すことしかできない。
 瞬は佳織から離れ、天を仰ぐ。
 「ククク・・・ハハハ!!そうか、そうだったんだ!アイツがいる限り、また佳織はおかしくなってしまう・・・そりゃそうだよな・・・ハハハハハ!!!」
 突然、怒りの表情が消え、何かを理解したような晴れやかな顔になる。
 「アイツがいるからいけない。この【誓い】の言う通り、アイツも、あの剣も消滅させればいいんだ。そうすれば佳織も解ってくれる!目を覚ましてくれる!佳織・・・僕がアイツからお前を守ろう。ここにいさえすれば絶対に安全だ」
 「・・・」
 佳織は倒れたまま、瞬を見上げる。
 もはや返す言葉もなかった。
 「佳織を守れるのは僕だけだ。そうだ・・・全部【誓い】の言う通りにするだけでいいんだ。力も権力も、【誓い】の言う通りにするだけで簡単に手に入ったじゃないか・・・」
 瞬は続ける。
 「今までが順調過ぎただけなんだ。佳織がそんな簡単に手に入るなんて思っていた僕が間違っていた。佳織を手に入れる為にはアイツを倒さないと・・・あの剣も壊さないと・・・そうだ・・・アイツとあの剣が僕を邪魔してるんだ。くそっ、剣は一つじゃなきゃならないのに・・・」
 突然、訳のわからないことをしゃべり出す瞬を見て、佳織はゾッとした。
 神剣からは、これまでにないほどの赤い光が立ち上っている。
 「秋月、先輩・・・あの光は・・・」
 佳織の問いかけも瞬には届かない。
 「そうだ・・・アイツを殺せばいい。剣も壊そう。全部綺麗にして消してしまえば佳織も救われる・・・」
 皇帝の間の人間達も見えていない。
 佳織の姿も見えていない。
 いや、もはや瞬は、誰の姿も見ていないようだった。
 パァッ!
 皇帝の間が、一瞬剣の光に包まれる。
 『光に何度も食われ、瞬は元の心を失ってしまったのかもしれない・・・』
 佳織はその光景が、まるで瞬がその光に食べられているかのように見えた。
 だがもう目を逸らすことはしない。
 「お兄ちゃん・・・私も・・・負けないから・・・」
 狂ったように笑い続ける瞬を見上げ、佳織は思った。
 『私は私でいよう。恐怖に呑み込まれないように。狂気に身を任せたりしないように』
 佳織はしっかりと瞬を見据え、自分の戦いを改めて決意した。


―聖ヨト暦333年 ソネスの月 緑 三つの日 夕方
 セレスセリス

 【ヤァアアアア!!!】
 「・・・ふっ!!」
 5体のスピリットと光陰が交錯する!!
 ズバァッ!!!
 【ァアアア・・・】
 光陰の繰り出した一閃の元に、あっと言う間にスピリット達はマナの霧と化す。
 「・・・悪く思うなよ。俺に出会ったお前らの運が悪かったんだ」
 そう言って、光陰は手を合わせた。

 「ライトニングファイア!!!」
 ドゴォオオッ!!
 凄まじい炎の柱が闘護を覆い尽くす。
 闘護を押しつぶそうと炎の柱が細くなっていく。
 「くっ!!」
 バシュウウ!!!
 しかし炎が闘護に触れた瞬間、凄まじい煙が闘護の身体から吹き出す。
 そして、炎が完全に消えると同時に闘護が飛び出した。
 「うぉおおお!!」
 【!!】
 突進してくる闘護に、スピリット達が身構える。
 「でやぁ!!」
 一気に距離を詰めると、スピリットの一人に拳を繰り出す。
 ドゴン!!
 「ぐっ!!」
 闘護の拳を神剣で受け止める。
 シュウウ・・・
 「ッ!?」
 闘護の拳と神剣が接している箇所から白い煙が立ち上る。
 【ハッ!!】
 動きが止まった二人の左右から別のスピリットが闘護に飛びかかる。
 「っ!!」
 左右からの挟み撃ちに、闘護は両腕でガード体勢を取る。
 ガキガキーン!!
 「くっ!!」
 左右からの同時攻撃を、籠手で受け止める。
 「ヤァッ!!」
 その隙に、先程闘護の一撃を受けたスピリットが神剣を闘護の胸に突いた。
 ドゴッ!!
 「ぐぅっ!!」
 【!?】
 突きを受けて呻き声を上げる闘護と、神剣が刺さっていない事に驚愕するスピリット達。
 「こ、のぉっ!!」
 ガシガシィッ!!
 【!!】
 動きを止めたスピリット達を、闘護は腕を振って払いのけた。
 「くっ・・・」
 『なんて衝撃だ・・・刺さらなくても痛みは半端じゃないぞ』
 闘護の額に脂汗が浮かぶ。
 【ヤアアアッ!!】
 直後、スピリット達が同時に闘護に向かって飛び出す。
 「っ!!」
 『ガードを・・!!』
 反射的に両腕を顔面の前でクロスさせる。
 ドゴガキドゴドゴガキドゴッ!!
 「ぐっ!!!」
 ガードの上、ガードの無いところをスピリット達の剣戟が容赦なく襲う。
 「闘護!!」
 「トーゴ様!!」
 そこへ今日子とセリアが飛び込んでくる。
 バババッ!!
 あっと言う間にスピリット達は後ろに下がった。
 「く・・そ・・・っ!!」
 ガクッ
 両腕をダラリと垂れ下げ、片膝をつく。
 「闘護!?」
 「大丈夫ですか!?」
 二人は慌てて闘護に駆け寄った。
 「俺はいい。それより・・・来るぞ」
 闘護は顎で距離を取ったスピリット達を示した。
 「セリア!!」
 「はい!!トーゴ様は下がってください!!」
 「・・・ああ」
 セリアの言葉に従い、闘護は後ろに下がっていく。
 「くそっ!!」


―同日、夕方
 セレスセリス

 日が落ちる直後、ラキオス軍はセレスセリスを陥落させた。
 すぐに光陰は宿営用の建物の接収等の庶務を始めた。

 パチリ・・パチリ・・・
 「っつ・・・!」
 籠手を外した闘護は顔をしかめた。
 ゆっくりと袖をまくると、現れた腕は赤く腫れていた。
 「・・・やはりか」
 『痛みが引かん・・・これが妖精騎士の実力か』
 赤く腫れた場所をさする。
 ズキッ!
 「ぐっ!!」
 呻き声を上げ、俯く。
 「つつっ・・・」
 闘護は胸のあたりを押さえる。
 『こちらの痛みも収まらないか。このレベルは・・・』
 「セリア達と同じか、それ以上・・・か」
 「何がそれ以上なんだ?」
 「!?」
 突然の声に、闘護が顔を上げる。
 「随分と沈んでるな」
 「光陰・・・」
 「宿営用に接収した宿にも行かずに、こんなところで何をしてるんだ?」
 「・・・」
 闘護は無言で地面に落ちている籠手を拾おうとかがみ込む。
 ズキッ!
 「がぁっ!?」
 「闘護!?」
 突然胸を押さえて蹲る闘護に、光陰が駆け寄った。
 「どうしたんだ!?」
 「な、何でも・・ない・・・」
 「何でもなくないだろ!!」
 光陰は強引に闘護を前に向かせると、服をはだけさせた。
 「くっ・・・!」
 「これはっ!?」
 露出した闘護の胸は、真っ赤になっていた。
 「おい、闘護。これは・・・」

 「何・・・してんの?」

 【!?】
 闘護の背後からの声に、二人が振り向く。
 するとそこには、唖然とした表情の今日子、セリア、ヒミカ、ファーレーン、微妙に楽しそうなハリオン、そして相変わらず無表情のナナルゥがいた。
 「コ、コウイン様・・・」
 「トーゴ様と・・・」
 「何を・・・しておられるのですか?」
 強ばった声のセリア、ヒミカ、ファーレーン。
 「こ、これは・・・」
 「あらあら〜怪しいですね〜」
 光陰の言葉を遮り、ハリオンが楽しそうに言う。
 【・・・】
 微妙な視線が二人に注がれる。
 「・・・闘護」
 「・・・光陰」
 二人は何か悟ったような表情で見つめ合う。
 「闘護・・・」
 「こう・・・」
 ズキィッ!
 「ぐっ・・・!」
 「!?」
 「悪い、光陰。どうやら・・・ボケるのもキツいみたい、だ」
 ガクッ!!
 「闘護!?」
 膝から崩れ落ちる闘護を、慌てて光陰は支えた。
 「闘護!?」
 【トーゴ様!?】
 今日子達も慌てて駆け寄る。
 「おい、闘護!!」
 「すまん・・・今になって痛みが、来た・・・みたいだ」
 「どうしたのよ、いった・・・っ!?」
 【!?】
 今日子達も、闘護の胸を見て息を呑む。
 「ちょっと闘護!?これは・・・」
 「さっきの戦いで、相手の神剣を受けたときに・・・な」
 今日子の問いに、闘護は痛みに顔をしかめつつ答える。
 「ハリオン!すぐに手当を頼む!!」
 「はい〜!」
 光陰の命令にハリオンが頷いた。


―同日、夕方
 セレスセリス 宿営用の宿

 「どうですか〜?」
 「ん・・・気持ちいいよ」
 ハリオンの問いに、闘護はゆっくりと答える。

 闘護はベッドの上に寝かせられていた。
 上半身は裸、下半身も太ももまで露出させている。
 そして、肌の見える箇所の殆どに氷水の入った革袋を載せられていた。

 「でもよく我慢してましたね〜」
 ハリオンが驚きと呆れの混じった口調で呟く。
 「体中腫れ上がっていますよ〜。少し動いただけでも痛かったはずですよね〜」
 「戦闘中は殆ど気にならなかったんだが、戦いが終わって冷静になると一気に来たな」
 「一気に来たなじゃないですよ〜。しばらくは絶対安静ですからね〜」
 ハリオンがのんびりした口調ながらも言い切る。
 「いいですね〜?」
 「・・・わかったよ」
 少し不服そうに闘護は答えた。
 「それじゃあ、私は失礼しますね〜」
 バタン
 「・・・はぁ」
 ハリオンが出て行き、闘護はため息をついた。
 「予想以上だな・・・」
 『いくら大陸に名だたる妖精騎士とはいえ、ここまでダメージを受けるとは思ってなかった』
 体中に載せられた革袋を見つめる。
 「俺のアドバンテージもそろそろ終わりか」
 『これ以上戦いに参加することに限界がある以上、次の手を考える必要があるが・・・その手があるかどうかもわからない』
 再びため息をつき、天井を見上げる。
 「どうするか・・・?」


─聖ヨト暦333年 ソネスの月 黒 五つの日 昼
 帝都サーギオス 佳織の監禁部屋

 「戦いを・・・止めないと・・・」
 あの時から、瞬は佳織の所にやってくることはなかった。
 それでも不安が消えたことは一日もない。
 首に手を当てた。
 そこにはまだ瞬の手の感触があるようで、佳織は身震いする。
 「このままじゃ・・・大変なことになっちゃう・・・」
 何とか止める方法はないだろうか?
 佳織はそればかり考えていた。
 バタン!
 「佳織・・・っ!!」
 「っ!?秋月・・・先輩・・・」
 佳織の声が震える。
 再会してからこれまでに、瞬はどんどん変わっていった。
 他人を嫌い、蔑むというのは前と変わらないものの、これまで以上に他人の言うことを聞かなくなり、会話がしづらくなった気がする。
 「ごめん佳織、一番簡単な方法を忘れてたよ・・・!!」
 「え・・・?」
 「ああ、どうして最初にこれをやらなかったんだろう。そうすればもっと早く佳織に解ってもらえたのに。さっ、行こうっ!!」
 明るい口調とは裏腹に、強い力で一気に引っ張られ、佳織は顔を歪ませた。
 「やっ・・・ぁくっ・・・秋月先輩・・・っ!!」
 「ほら、急ごうよ!僕はグズグズしてるのは嫌いなんだ」
 腕を掴み、引きずるようにする瞬。
 もう以前の瞬とは違う、どう考えても普通じゃない。
 佳織はそれでも瞬に抵抗するが、本気の瞬には全く通じない。

 佳織の悲鳴を聞きつけた側近達が、続々と皇帝の間に集まってこようとする。
 「どけっ!お前達なんか呼んでないんだよっ!!言われた時だけ来ればいいんだ。存在する価値のない虫ケラの分際で・・・」
 それを瞬は鬱陶しげに払いのける。
 「僕にはやらなきゃならない大切なことがあるのに・・・僕は佳織の目の前でアイツを・・・【求め】を殺さなきゃならないんだから!!」
 「!!!!」
 「そうしなきゃ、いつまでも佳織が騙されたままになっちゃうんだ。それは良くない・・・」
 瞬の言葉に、佳織の顔が凍り付く。
 何か良くないこと、それが目の前に現れつつあるようだった。
 「おい・・・そこのお前、エーテルジャンプを起動させろ」
 いきなり瞬に命令され、その男は目を白黒させる。
 「聞こえなかったのか!今すぐ【求め】の所に僕たちを送れと言ってるんだ!!さっさとしろ!僕はグズが嫌いだって言っただろ!!」
 その男は弾かれたように走り出す。
 「佳織・・・もうすぐだ・・・もうすぐだよ・・・」
 再び引っ張られる佳織。
 「んっ、く・・・やぁっ・・・」
 城の全体が軽く振動を始めた。
 これは、エーテルジャンプシステムが起動したことを示していることになる。
 瞬の顔に、笑みが広がる。
 「アイツを殺す・・・そこが僕たちのスタートになるんだ。行こう、佳織。僕は佳織の為にもアイツに勝つ・・・」
 いくら逃げ出そうともがいても、しっかりと掴まれた腕は振りほどくことが出来ない。
 佳織はこの上ない無力感を感じながら、エーテルジャンプ施設を見上げた。
 「くぅっ・・・お兄ちゃん・・・」


─同日、夜
 シーオス 森の中

 キィーン!!
 「!!」
 『怒り、憎しみ、恐れ、苛立ち・・・そして歓喜・・・様々な感情が流れ込んでくる』
 それは、突然やってきた。
 『これは・・・抵抗が一切無く、それが体内に充満していく・・・【求め】の意志か!!だが・・っ!!』
 「やめろ、バカ剣!!」
 悠人は気合いを込め【求め】を怒鳴りつける。
 「っと・・!!」
 強制力が弱まり、悠人は体の自由を取り戻した。
 「いきなり何をするんだ、お前は!?」
 問いかけても言葉すら返してこない。
 『様子が変だ・・・怒りや憎しみ・・・あまりにも原始的な感情のみが返ってくる』
 キィーン!!
 「っ!?」
 言葉を返すことも億劫だと言わんばかりに、【求め】は悠人にイメージを送ってきた。

 「・・・これは!!」
 だが、そのお陰で悠人は瞬時に、完璧に理解した。
 『何故コイツがこんなにも感情を爆発させているのか。そして、こんなに強烈な殺意を抱いているのか・・・』
 「瞬と・・・【誓い】か・・!?」
 【求め】の柄を握りしめる。
 『瞬と【誓い】がすぐ側まで来ている・・・』
 キィーン!!
 神剣の力を少し開放しただけで、まるで引っ張られるかのように強く引き寄せられる。
 剣の力を開放したことによって、再び心の中に【求め】の意識が入り込んでくるが、今度は抵抗しなかった。
 『【求め】の意識を認めるほど、俺の力が強くなる・・・それなら、全ての意識さえ乗っ取られなければいい』
 「ここで瞬と決着をつけることが出来るなら・・・っ!!」
 悠人は走り出した。


 『・・・近い。隠そうともしない神剣の・・・いや、【誓い】の気配』
 少し開けた森の一角。
 そこに・・・
 「瞬!!貴様ぁぁ!!」
 「遅かったな・・・もっと早く来るものと思っていたのにさ。待ちくたびれちゃったよ」
 ニヤニヤと余裕の表情を浮かべる瞬。
 「安心しろよ・・・もう待つ必要はなくなるぜ」
 悠人は歯をむき出して笑う。
 『【求め】の力を引き出しすぎたか、凶暴性が膨れあがっているみたいだ・・・やっとコイツをぶった斬ることが出来ると思うと、大きな笑みが浮かぶのを止められない』
 「お・・・お兄ちゃ・・ん・・?」
 「佳織っ・・・良かった、無事なんだな!!」
 「う、うん・・・」
 歯切れの悪い返事をする佳織。
 随分と顔色も悪く、どこか辛そうだった。
 「瞬・・・お前、佳織に何をしたっ!!」
 ゴォオオオ・・・
 神剣から漏れだしたオーラが、森の木々を大きく揺らす。
 「ふん・・・何かしているのはそっちだろう?佳織が怯えるのも解る・・・随分といい表情押しているじゃないか。少し見直したよ、悠人」
 「何だと?俺に怯える・・・?表情・・・だと?」
 『何を言っているんだ?そうだ・・・何故佳織は俺の方に逃げてこないんだ?それどころか、なるべく俺と目を合わせないようにしているようにも見える・・・』
 「アハハ・・・ハハハハハハッ!!」
 混乱する悠人を見て、瞬は笑い出した。
 「佳織はちゃんと気付いているじゃないか。お前が、恐ろしい殺戮者だってことにさ!!」
 「違う!!俺は別に殺したくて殺してる訳じゃない!!」
 「へぇ・・・よく言う。私利私欲の為にスピリットを殺しまわってる奴が」
 「何だと!?」
 「所詮お前も偽善者なんだよ。あのレスティーナとかいう女王気取りのバカ女と同じだ」
 瞬は不愉快そうな表情を浮かべた。
 「大義名分を掲げて、その影では何をしている?世界の為の戦いといいつつ、スピリットを使って侵略と破壊を繰り返してるだけじゃないか!!」
 瞬は悠人をジロリと睨んだ。
 「お前も同じだ。佳織の為に何匹ものスピリットを殺して、力を手に入れたんだろ?そしてその力で僕を殺そうとしている・・・自分の為に。佳織を手に入れる為に、お前は沢山の者を踏みにじってきたんだ」
 「それを・・・貴様がそれを言うのかっ!貴様がぁっ!!!」
 我慢できず、怒号を上げる。
 「当たり前だ!ずっとずっと、僕の佳織を騙し続けた男がっ!!」
 「俺は佳織を騙してなんかいないっ!!」
 「自分でそう思っている奴が一番タチが悪い。思った通り、お前は最悪の人間だ!!だが、それももう終わりだ!お前の化けの皮は剥がした。後は佳織の目を覚ましてやるだけだ」
 悠人の言葉に、瞬は頬を歪めて笑った。
 『見ているだけで気分が悪くなる。もう限界だ』
 「・・・いいだろう、決着をつけてやる。だが聞け、瞬」
 少し冷静さを取り戻した悠人は瞬を睨んだ。
 「確かにレスティーナも俺も、罪は犯してきた。それも一つや二つじゃない・・・それは認める。だけどな、俺達はお前みたいに罪の意識を無くしたりはしない!踏みにじったものだって忘れるつもりはない!!」
 悠人は今にも飛び出していきそうな足を、意志の力で押さえつける。
 「・・・」
 「自分の信じた者の為に戦うことを、俺はやめない。例え世間に正義と思われなくてもいい。俺はレスティーナやアセリア、それにみんなと共に、この世界の未来を守る為に戦ってやる!」
 小さく呼吸をおく。
 「俺は今、自分がやっていることが間違っているとは思わない」
 「・・・随分と口は達者になったじゃないか」
 瞬は苛立たしそうに悠人を睨んだ。
 「だが、力もないくせに正義だ未来だ言うことだけは言う・・・僕はそういう種類の弱者が特に嫌いなんだ!その中でも、お前は一番目障りなんだよっ!!」
 「知るかよ!俺だって、お前のことなんか嫌いだっ!!」
 互いの殺気がどんどん膨れあがってゆく。
 『すぐに押さえきれなくなるだろうその衝動が、心地いい・・・身体の奥底から力が沸き上がってくるこの感覚』
 既に悠人の目には、小さく震え、後退る佳織も入らなかった。
 「僕は手に入れる・・・欲しい物を全部っ!僕と佳織だけの為に、この世界を作り替えるんだっ!!お前なんか僕の足下で・・・足掻いてろぉぉっっ!!」
 カッ!!
 瞬は真っ赤に輝く【誓い】を構える。
 「お前の好きにはさせない・・・絶対にだっ!!」
 カッ!!
 蒼く輝く【求め】。
 悠人はすっかり慣れた神剣を握りしめ、瞬を睨み付ける。
 「はぁぁぁぁあああああっっ!!!」
 「うおぉぉぉぉおおおおっっ!!!」
 ザザッ・・・!!!
 同時に飛び出す。
 ガキーン!!
 「うぉおおおお!!!」
 「ぐぉおおおお!!!」
 ゴォオオオオオオ!!!!
 【求め】と【誓い】がぶつかる部分を中心に凄まじいマナの波動が周囲に散っていく。
 「でやぁあ!!」
 「このぉお!!」
 ガキガキガキガキン!!!
 凄まじい剣戟。
 「っ・・!!」
 『秋月先輩・・・お兄ちゃん・・・!!』
 見ているしかない佳織はカタカタと震えていた。
 「くっ・・そぉ!!」
 ガキーン!!
 「ぐぅ・・・っ!!」
 悠人の一撃を受けて後ろに下がる瞬。
 「はぁっ・・はぁっ・・・っ!」
 悠人は肩で息をしながら、瞬を見る。
 どちらにもダメージは無かった。
 「ふん・・・その程度か」
 「なんだとっ!?」
 「本気を出すまでもない・・・相手にならないよ、お前なんか!なのに何故、いつも僕の邪魔をする!?」
 「うるさい!お前の方が俺の邪魔なんだ!!」
 「ふん。貴様のような奴がいるから、佳織だって迷惑する・・・こんな風に」
 瞬は佳織に向けて、スッと剣を翳した。
 「え・・・?」
 次の瞬間─
 カッ!!
 「・・・!?」
 佳織の顔色が変わった。
 「あぐっ・・・う、ぅぅ・・・」
 顔をしかめ、苦しそうに身体をよじる。
 「佳織っ!?お前・・・佳織に何をした!?」
 「僕は無駄なことをするのが嫌いなんだよ。今のお前を殺しにわざわざやってきたっていうんじゃ、あまりにもバカらしい。だから僕はお前に本気を出させてやろうと思ったんだ」
 「ふざけるな、答えになってないぞ!!」
 「なってるんだよ!!」
 「っ!?」
 「今、佳織はゆっくりと死に向かっている。僕が剣の力で、佳織の周りの空気を少しずつ消しているんだ」
 「なん・・・だ、と・・・?」
 悠人の顔から血の気が引いた。
 「やめろ、今すぐにっ!!」
 『くそっ・・・佳織には手を出さないと思っていた俺が甘かった!!』
 動揺する悠人を、瞬は酷く冷静な表情で見つめた。
 「やめさせたきゃ、本気を出せよ。僕を殺す為に全力で来るんだ!そうすれば無駄なじゃなくなる・・・お前が僕を殺せば佳織は助かる。僕がお前を殺しても佳織は助かる」
 「っ!?」
 『な、なんだ?何を言ってるんだ!?』
 次第に瞬の瞳が紅くなっていく。
 「ほら、どっちにしろ、佳織は助かるし、どっちにしろ決着はつくんだ。一番いい方法がこれなんだよっ!!」
 「おま・・・え・・・!?」
 『コイツ、言っていることとやってることがメチャクチャだ。マトモじゃない・・・』
 「ぅ・・・うぐっ・・・」
 佳織は苦しみながら、膝をついた。
 「ぉ・・・お、兄ちゃ・・・ん・・・くぁ・・・」
 「佳織っ!待ってろ・・・!!」
 「大切な佳織をこんな目に遭わせたお前を・・・僕は殺す!!」
 既に瞬の目の色は尋常ではなかった。
 場を呑み込む圧倒的な狂気がそこにあった。
 「殺してやる・・・殺して佳織を助ける・・・そうしないと僕の大切な佳織が死んじゃうんだ。貴様のせいでなぁぁっ!!死ねぇぇぇっっ!!!」
 「死ぬのは、お前だ・・・!!」
 瞬の狂気に負けじと、悠人は【求め】の柄を握りしめた。
 『俺はどうなってもいい・・・力をよこせ、バカ剣・・・アイツと【誓い】を砕くのがお前の望みなんだろう!?俺とお前の求めを、見せてやるんだ!!』
 「全力以上を出してみろっ!!バカ剣っ!!!」
 カァン!カァン!カァン!カァン!・・・シュゥウウウ
 「ふぅうう・・・・・」
 『心が、魂が、闇の色に染まっていく・・・俺の意識を悔い、力を得ることの歓喜が押し寄せてくる』
 しかし、今の悠人はその流れに抵抗しない。
 全身を包む怒りにまかせた。
 意識も遠くならない。
 『【求め】と俺の目的が一致している今、強制力を働かせる必要もないのか・・・いや、そんなことはどうでもいい』
 「うおおぉぉぉぉっっ!!」
 雄叫びを上げる。
 『全身に力が漲ってゆく・・・信じがたいほどの力。いつもの数倍、いや数十倍かもしれない。これなら・・・!!』
 「消えろ、瞬っ!!」
 「死ねっ!死ねよ、お前っ!!佳織の目の前で惨めったらしく死んでしまえぇぇぇっっっ!!!」
 同時に二人が飛び出す!!
 ガキーン!!!
 「ぐぉおおおおお!!」
 「ヌグァアアアア!!!」
 ゴァアアアアアアア!!!!!
 鍔迫り合いになり、先程以上に凄まじいマナの波動が吹き荒れる。
 「死ね!!死ねぇ!!」
 「ぐっ・・・!!」
 ギシシィ・・・
 瞬の剣に悠人の剣が押され始める。
 「ほら、死ね!!死ねよ!!」
 「くっ・・・そぉおお!!」
 ギシシ・・・
 『なんて・・力だ・・・!!』
 更に力を込めてくる瞬に、悠人の顔に汗が浮かんでくる。
 「もう少しだ!!死ね!!」
 「ぐぐぅ・・・!!」
 ギシシ・・・
 【求め】の刃がいよいよ悠人に触れようとする。
 その時・・・
 「お・・・にぃ・・・ちゃ・・・ん・・・!!」
 「っ!!」
 『佳織!!』
 うめくような小さな声。
 しかし、悠人ははっきりと聞き取った。
 『そうだ・・・佳織を・・・佳織を助けるんだ!!』
 「う・・・ぉおおおおおお!!!」
 ギシィ!!
 「ッ!?」
 「俺は・・・負けない!!!」
 ガシーン!!!
 「なっ!?」
 悠人の渾身の力を込めた一撃が、【誓い】を弾く。
 「うぉおおお!!!」
 間髪入れず、悠人は体勢を崩した瞬をめがけて【求め】を振り下ろした。
 ズバァッ!!
 「くっ・・・!」
 よろめく瞬。
 「っはぁ・・・!!」
 『手応えはあった!瞬のオーラフォトンの盾は粉々になったはずだ』
 カァーン!!
 「っ!!ゴホッ!!ゴホッ!!」
 瞬の能力が消え去り、苦しそうに咳き込む佳織。
 その姿を見て、悠人の心の中に再び新たな怒りが湧き起こる。
 「お前は・・・お前だけは許さない!!」
 シュウウウ・・・
 力を集中させる。
 剣全体がオーラに包まれ、眩しく輝き始めた。
 シュオオオオオ
 地面に走る紋様。
 それが力を増幅させ、破壊の力を極限まで高める。
 『瞬をこの世から消し去る・・・ただ、その目的の為に!!』
 「瞬!!これで終わりだ!!」
 「虫ケラの分際で、僕に・・・僕に・・ッ!!」
 憤怒の表情で悠人を睨み付ける瞬。
 「残念だったな、瞬!その虫ケラにお前は殺されるんだ!!塵となって、消えろぉぉぉぉっっ!!!」
 悠人は弧を描くようにして、神剣を頭上に構える。
 「・・・〜〜っっ!!」
 瞬に目がけて、一気に振り下ろ─
 ピタッ!!
 「・・・っ!!」
 「良かった・・・佳織も僕も死んじゃいけない・・・二人とも助かるには、この方法が一番だった」
 「瞬・・・お前は・・・っ!!!」
 【求め】は佳織の眼前、数センチの所で止まっていた。
 いや、悠人が全力で止めたのだ。

 悠人が神剣を振り下ろす直前、瞬は後ろにいた佳織を引っ張り出して自分の前に立たせたのだ。
 もしも悠人がそのまま振り下ろしていれば、【求め】は佳織の身体ごと瞬を叩き斬っていただろう。

 「う・・・くっ・・・」
 悠人の頭の中を佳織が連れ去れれた時のことが駆けめぐる。
 『もう、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない・・!』
 過去の過ちから生まれた躊躇。
 その隙を、瞬は見逃さなかった。
 「やっぱり僕は正しかったぁぁぁっっっ!」
 ザシュッ!!
 悠人の脇腹に瞬の【誓い】が突き刺さる。
 「ぐぅっ・・・う、ぁっ・・・」
 「ぉ、お・・・にいちゃ・・・」
 眼前で泣いている佳織。
 「あ・・・あ、あぁ・・・っぐ・・」
 『身体に・・力が・・・入ら・・ない・・・・』
 ズシャッ
 佳織の泣き顔と瞬の笑いを前に、悠人は崩れ落ちていった。
 「かお、り・・・」
 「お・・・お兄ちゃん・・・っ!!!」
 『・・・ダメだ、意識を失うわけにはいかない。身体を・・・』
 カランカラーン・・・
 手放された【求め】が音を立てて地面に転がる。
 「ハハハハハハッッ!!見なよ佳織、このマヌケな姿を!!!やっぱり僕の方が上!!お前が下だったんだっ!!!」
 「あ・・・あ、あ・・・・」
 『瞬と佳織のやりとりが随分遠くから聞こえてくる・・・』
 腹の痛みに引っ張られて、体中が縮こまってしまったのか、悠人は腕を伸ばすことも出来ない。
 指先で地面を引っ掻くだけだった。
 「はぁ、あ・・・お兄・・・ちゃん・・・」
 「佳織は正しかったんだよ!剣に呑み込まれて化け物になりかけたコイツなんかについて行かなくてさ!!」
 「ち、ち・・・がう・・・」
 混濁する意識の中、悠人は、瞬の言葉だけは懸命に否定した。
 「さぁ、止めを刺さないと・・・これ以上、佳織をたぶらかせないようにね・・・」
 「あっ・・・!あ、秋月先輩っ・・やめ、やめてくださいっ!!!」
 『もういい、佳織・・・俺に構わず逃げろ・・・みんなの・・・仲間の所まで行けば、お前は助かる』
 「ガ・・ゴホッ・・」
 口に出して喋ったつもりが、実際に出たのは呻き声と血の泡だけだった。
 『ダメだ・・・もう、意識も・・・』
 「!!や、やめてくださいっっ!!殺さないで、ください・・・私、なんでもしますっ!!!」
 「・・・」
 その言葉に、瞬の動きが止まった。
 「お兄ちゃんの側に戻らない・・・ずっと、秋月先輩の側にいますからっ!!」
 「本当かい!?佳織、とうとう解ってくれたんだね!?」
 瞬の顔に笑顔が浮かぶ。
 「佳織が目を覚ましてくれたなら、こんな奴わざわざ殺す必要ないよ!無駄だし、第一僕が手を下す価値がない。帰ったら部隊を送り込んで、この辺りを焼き払わせよう!そうだ、それがいい!!」
 「は・・・い・・・」
 瞬の満足そうな声。
 佳織の苦しそうな声。
 「よかった・・・これで、佳織も元通りになってくれた・・・やっぱり僕の方が正しかったんじゃないか。さぁ、一緒に帰ろう、佳織!・・・おっと」
 そこで、悠人を一瞥する。
 「じゃあな、悠人。クク・・・もう聞こえてないかな?お前はここで惨めったらしく死んでいけ・・・!!力ある者の望みは叶えられ、力のない者は死んでゆく・・・いいよね、シンプルでさ」
 もはや反論する気力すらも悠人には残っていない。
 いや、もはや考えることも出来なくなってきた。
 『ひたすらにダルく、何も考えたくない・・・もう何がどうでもよくなってきた・・・』
 足音が遠くなり、二人の気配が遠ざかってゆく。
 『行ってしまう・・・だけどもう何をしようとも思えない・・・佳織、怖がらせて・・・ゴメン、な・・・』
 それを最後に、悠人の意識は落ちていった。

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