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―聖ヨト暦333年 コサトの月 青 三つの日 夜
 サーギオス領 トーン・シレタの森

 ザザザッ!!
 【・・・】
 目の前に立ちふさがった数体のスピリット達。
 「くっ・・・!!」
 『彼女たちもソーマに・・・』
 やりきれない思いが悠人の胸に広がる。
 「ユート殿・・・今は進む時です」
 隣に立つウルカが【冥加】の柄に手を置いた。
 だが、その表情に小さな苦悩が浮かんでいるのを悠人は見逃さなかった。
 「・・・わかってる」
 『そうだ・・・今はエスペリアを助けることだけを考えろ!!』
 唇をかみしめ、【求め】を構える悠人。
 「来るぞっ!!」
 闘護が叫んだ刹那。
 ダッ!!
 一気にスピリット達が悠人達に襲いかかる!!


 ドーン!!!ガキーン!!!
 「ふむ・・・予想通りとはいえ、しつこいですねぇ」
 ソーマはヤレヤレと肩をすくめる。
 「ですが、それもまた面白い」
 そう言って、後ろを振り返った。
 「・・・」
 そこには、うつろな瞳をしたエスペリアがいた・・・


 「うぉおおおおおおっ!!」
 ズバッ!!
 迷いを抱えたまま剣を振るう悠人。
 最後の一人もマナの霧へと帰った。
 〔契約者よ。【献身】の気配はすぐそこだ〕
 「向こうか・・・行くぞ!!」
 「はっ!!」
 「ああ!!」
 三人は走り出した。


 そして、森の奥に見えた小さな小屋。
 その側にソーマと共にエスペリアが立っていた。
 「エスペリアッ!!」
 「来ましたね」
 ソーマは悠人の方をチラリと見た。
 「ですが・・・少し、遅かったかもしれませんねぇ」
 「なにっ!!」
 「ねぇ、エスペリア?」
 ソーマはそう言って隣にいるエスペリアを見た。
 「まさか・・・」
 エスペリアの瞳は光を失っていた。
 「案外、簡単でしたね。魔法で勇者殿が死ぬ光景を一刻ほど繰り返して見せたらこの通りですよ」
 人形のようになってしまったエスペリアを見て、クックッと心底楽しそうに笑う。
 「泣きもせず、怒りもせず、突然こうなるというのは予想していませんでしたが、なかなか良いものです。これからは別の楽しみを、と思っていたのですがね」
 「ソーマ・・・貴様はぁ・・・っ!!!」
 激昂する悠人。
 「・・・」
 『意識は消失しているか・・・だが、死んではいない』
 一方、闘護は冷静な表情でエスペリアを見つめていた。
 「それにしても・・・」
 ソーマはウルカをマジマジと見つめた。
 「私の趣向・・・どうでしたか?」
 「・・・」
 「かつての部下に剣を向ける・・・フフフ、さぞかし愉快な見物でしょうねぇ」
 「やめ・・・」
 「語ることはそれだけか?」
 止めようとした悠人の言葉を遮り、ウルカは冷めた口調で尋ねた。
「ならば、これ以上の言葉は不要」
 ウルカはゆっくりと神剣の柄に手を置いた。
 「フフフ・・・お待ちなさい。とりあえず、持ち主が来たのなら一度返すとしましょうか。あなたが死んだら、改めて私のものとしますよ」
 「!!」
 ウルカを制止し、ソーマはエスペリアの肩を軽く押す。
 その勢いのままトコトコと歩いてきて、悠人の胸にぶつかって動きを止めた。
 「どういうつもりだ?」
 エスペリアを抱きしめながら、ソーマを睨み付ける。
 「なに。勇者殿とはきちんと決着をつけようと思いましてね」
 「く・・・」
 悠人はエスペリアを見つめる。
 「エスペリア・・・エスペリア!!」
 呼びかけても、軽く頬を叩いても反応はない。
 「・・・」
 『意思が完全に消えてる・・・生ける屍同然、か』
 冷静な表情のまま、闘護はエスペリアからソーマに視線を向けた。
 「ムダですよ。エスペリアの心は完全に壊れました」
 「許さない・・お前だけは、許さないっ!!」
 「では、とっておきの場所へと案内しましょう。我々が決着をつけるのに相応しい場所へねぇ」
ドォオオオンッッ!!
 言葉が終わると共に、壁に大穴が開く。
 そこから飛び込んできたスピリットが、ソーマを抱えて飛び去っていった。
 「待て、ソーマっ!!」
 「まだ逃げるか」
 冷静に呟く闘護。
 「あいつを逃がすわけにはいかない!!追うぞ、二人とも!!」
 「はっ!!」
 「ああ」
 悠人はエスペリアの手を引くとソーマを追って走り出した。
 ウルカと闘護も悠人の後を追って走り出す。


─同日、夜
 サーギオス領 トーン・シレタの森

 タタタッ・・・
 森の中をひた走る三人。
 エスペリアは、悠人に腕を引かれるままに走る。
 『エスペリア・・・』
 「くそっ!!」
 「・・・」
 『怒り心頭の様子・・・神剣に呑み込まれなければいいんだが・・・』
 明らかに怒っている様子の悠人に、闘護は小さく眉をひそめた。
 『ウルカを苦しめ、エスペリアをこんな姿にしたソーマ・・・』
 「許せるものか・・・!!」

 飛べる限り逃げると思ったソーマ達だが、降り立った場所は意外なほど近い。
 悠人達はすぐに追いついた。
 「もう逃げなくていいのか?」
 悠人が怒りを込めて切り出す。
 だが、悠人達を見るソーマの顔には笑みがあった。
 「フフフ・・・アハハハハハ・・・」
 笑い声が響く。
 パァアアアアアア!!
 その瞬間、目の前が光に包まれた。
 「なにっ!!」
 光が晴れると、そこには無傷のスピリット達。
 漆黒のハイロゥを展開し、ソーマを守るように立っていた。
 「エーテルジャンプ・・・だな」
 「ほう。よくご存じで」
 闘護の言葉に、ソーマはニヤリと笑った。
 「いかにも。これは、かの天才学者ヨーティアが帝国に残した技術ですよ。尤も、研究は中途半端で、跡を継いだ学者が実用化した物ですが」
 「ふん。貴様らには過ぎた代物だ」
 挑発気味に吐き捨てる闘護。
 「ユート殿、トーゴ殿・・・妙です」
 その時、ウルカが周囲を見回しつつ呟いた。
 「何か罠でもあるのか?」
 闘護がソーマから視線を外すことなく尋ねる。
 「ん・・・?」
 『なんだ・・・妙な違和感がある』
 悠人は眉をひそめた。
 〔契約者よ。この地は妙だ。マナが不安定すぎる〕
 悠人の頭の中に響く【求め】の警告。
 「・・・ここは一体なんだ?」
 「私に有利な場所。それだけですよ」
 悠人の問いに、ソーマは不敵に笑う。
 「さて・・・愛するエスペリアが切り裂かれる様を見たくないなら、しっかりと守ることですね」
 「くっ・・・!!」
 悠人はエスペリアを後ろに下げた。
 「安心しろ」
 「闘護・・・」
 「俺がいる限りエスペリアが切り裂かれることはない」
 闘護は一歩下がってエスペリアを庇うように立った。
 「とっとと死ね、下衆が」
 そして、ソーマに向かって吐き捨てた。
 「・・・」
 ウルカが【冥加】に手を置き、前に進み出た。
 「フフフ・・・さぁ、勇者殿とその仲間を切り刻みなさい」
 ダッ!!
 ソーマの声と同時に、スピリット達が飛びかかった。
 「うぉおおおおお!!!」
 「はっ!!」
 悠人とウルカも一気に飛び出した。

 ガキーン!!ガキガキーン!!!

 「これは・・・」
 『神剣魔法の威力が安定していない・・・』
 エスペリアを庇いながら戦況を見守る闘護は眉をひそめた。
 『同じ神剣魔法をウルカと敵が放っても、その威力がその都度違いすぎる』
 「マナの不安定さが原因か・・・」
 ウルカだけでなく、悠人が放つ神剣魔法、そして敵スピリットが放つ神剣魔法。
 同じ神剣魔法でも、その都度威力がまちまちだった。
 「だが・・・それならば力で戦えばいい」
 『数は圧倒的に不利だが、力は上だ。勝てる・・・はず』
 悠人とウルカの二人は、それぞれ複数のスピリットを相手に戦っていた。
 一対多の戦いながら、二人は決して押されていない。
 それは、神剣そのものの力と、二人の技量が敵を上回っているからだ。
 『だが、ウルカは精神的疲労が大きい・・・悠人もダメージが完全に回復していない。短時間で一気にカタをつけないと厳しい。ならば・・・頭を狙えば』
 「・・・」
 闘護は眼前の戦いの後ろにいるソーマに視線を向けた。
 「・・・フフフ」
 ソーマは愉快そうに戦況を見ていた。
 その表情は、敗北など絶対にあり得ないと信じ切っているものだった。
 「ちっ・・・」
 『余裕の表情も苛つくが、それ以上に苛つくのは隙がないってことだ』
 闘護はゆっくりと右半身を後ろに引き、エスペリアを庇いながら飛び出す構えをした。
 スッ・・・
 「っ!」
 しかしその直後、ソーマも体勢を僅かながら闘護に向けた。
 「フフフ・・・」
 「くっ・・・!」
 『ダメだ・・・狙えない。飛びかかる前にやられる』
 悔しそうにソーマを睨む闘護。
 「私を狙うのはいい作戦ですが、その前・・に・・・」
 言いかけたソーマの表情が凍り付く。
 「ん?・・・あっ!?」
 闘護も、声を上げた。

 いつの間にか、悠人達の戦いが終わっていた。
 そして、その結末は・・・

 「はぁっ・・・はぁっ・・・」
 『勝てた・・・』
 悠人は肩で息をしながら、ソーマを見る。
 ここまで追いつめられることは予想していなかったのか、流石に色を失っていた。
 「ソーマ・・・もうお前に明日はない!!」
 「くぅっ、な、何をしているのです!早くあの者達を滅ぼしなさいっ!!」
 「苦し紛れの言葉を・・・っ!?」
 言いかけた悠人は目の前の光景に絶句する。
 【・・・】
 ザッ・・・ザザッ・・・
 致命傷一歩手前の筈のスピリット達は立ち上がると黒い衝撃波を生み出し始めたのだ。
 バァアアア!!
 攻撃の向かう先は、エスペリア。
 「させるか!!」
 闘護がエスペリアの前に仁王立ちになる。
 バシュウウウウ!!!
 三本の衝撃波が闘護を直撃した。
 「むっ・・・!!」
 凄まじい音と共に、闘護の体からマナの霧が吹き上がった。
 「闘護!?」
 「トーゴ殿!?」
 神剣を地面に突き立て、荒い息を立てている悠人とウルカの叫び。
 「大丈夫・・・だ」
 霧が晴れ、姿を現した闘護は全く変わった様子がない。
 「エスペリアにも魔法は届いていない」
 「そ、そうか・・・」
 シュゥウウウウウ・・・
 傷ついた身体で限界を超えたスピリットが息絶えて、マナの塵と化す。
 「・・くっ!?」
 ガクッ!!
 その途端、ウルカが両膝を地面についた。
 「ウルカ!?」
 「ユート殿・・・すみませぬ。手前は・・もう・・・」
 ドサッ!!
 言いかけたまま、ウルカは地面に倒れた。
 「ウルカ!!」
 駆け寄った闘護はすぐにウルカの状態を確認する。
 『呼吸はある・・・弱ってるけど、マナも感じる・・・』
 「意識を失っただけだ。大丈夫」
 闘護は小さく頷いた。
 「そうか・・よかっ・・・」
 ガクッ!!
 「うっ・・・!?」
 悠人が突然、地面に膝をつく。
 「悠人!?」
 「体・・・が・・」
 『くっそぅ・・・動かない・・・』
 疲労が限界に達し、意志に反して体を休めようとする。
 「ふふふ・・・そう、やはりそうです。勇者殿もラスクも私には勝てない!道具を道具と見られない者に、この私が負けるはずがないのです!!アハハハハハハッ!!!」
 ソーマは悠人を指さし、狂ったように笑う。
 「さぁ・・・とどめを刺しましょうか」
 ソーマが剣を抜き、ゆっくりと悠人に近づく。
 「待て!!」
 シュッ・・ドスッ!!
 「ぐっ!?」
 飛び出そうとした闘護の腹に、小さな短剣が突き刺さった。
 「あなたの相手は後ですよ」
 ソーマがニヤリと笑う。
 「くっ・・・これぐらいで・・・っ!?」
 ガクッ!!
 短剣を引き抜こうとした闘護の体が突然崩れ落ちる。
 「闘護・・!?」
 「から、だが・・・・しび・・・」
 震える口調の闘護。
 「その短剣にはしびれ毒が塗ってあります」
 「ぐぅ・・・」
 『くそっ・・・こんな、もの!!』
 痺れる手で短剣を引き抜こうとする闘護。
 しかし、その動きは酷く緩慢だった。
 「さぁ、勇者殿。終わりの時です・・・」
 その間にも、ソーマが一歩、一歩と悠人に近づく。
 「くっ・・・うぉおおお!!」
 『立て!!立たなければ、エスペリアが!!』
 ググッ・・・
 悠人は気力を振り絞り、何とか立ち上がった。
 「ほぅ・・・流石ですねぇ。ですが、何故です?何故立っていられるのですか?」
 嘲笑しながらソーマは尋ねた。
 「俺だって・・・そんなことは、わからない」
 朦朧とする意識の中、悠人は呟いた。
 「だが、スピリットを道具としてしか見ていないお前なんかに俺は負けたくない。俺は・・・エスペリアが好きだ!!愛してる!!お前なんかに渡してたまるかっ!!」
 「フフフ・・・しかし、もうあなたは限界・・・ここで死ぬべきなのです!!」
 ソーマは剣を振り上げた。
 ズバッ!!
 「ゆう・・・とっ!!」
 震える声で叫ぶ闘護。
 「ぐっ!!」
 ソーマの剣を悠人はかわすことも出来ず、袈裟懸けに斬られる。
 しかし、それでも倒れない。
 「ほう・・・まだ、死にませんか」
 感嘆の口調で呟くソーマ。
 「死なない・・・俺は、死なない・・・」
 「いいえ・・・死ぬんです。あなたは今ここで、己の愚かさを呪いながら・・・それが相応しい!!」
 ソーマは狂喜の笑みを浮かべ、剣を振り上げる。
 『俺の首を・・・くそっ・・腕が・・動かない・・・!』
 「エスペリア・・・エスペリアーーッッ!!」
 「あなたのすることは全てムダなのですよ!!一度心を失ったスピリットにそれが戻ることは決して・・・」

 「ユー、ト・・・さま・・・」

 「・・・!?」
 「!?」
 「っ!?」
 微かな声だった。
 しかし、その場にいた全員にその声がハッキリと聞こえた。
 「そんな馬鹿な・・・こんな事起こるはずがない!!信じられない、あり得ない・・・これは嘘です!!」
 狼狽え、数歩後退る。
 ソーマの顔は驚愕に彩られていた。
 「エスペリア!!」
 「ユート様・・・ユート様ぁっ!!」
 泣き笑いのような声。
 パァアアアアア・・・
 小さな祈りが大地のマナに届いた。
 癒しの光が優しく悠人達を包む。
 「ユート様・・・」
 「エスペリア・・・良かった・・・」
 悠人は胸の中のエスペリアを抱きしめた。
 「うっ・・・」
 「ウルカ!」
 光を浴びたウルカが目を覚ました。
 「ユート殿・・・それに・・・エスペリア殿も・・・」
眼前の悠人とエスペリアに、ウルカは安堵の笑みを浮かべた。
 「奇跡・・・だ、な」
 短剣を抜き終え、立ち上がっていた闘護が小さく呟いた。
 「ば、馬鹿な・・・」
 ソーマは目の前の光景を信じることが出来ないといった表情を浮かべていた。
 「ソーマ・・・」
 悠人はゆっくりとソーマを睨んだ。
 「ひ、ひぃっ!?」
 ソーマは悲鳴を上げて悠人達に背を向けた。
 「待てっ・・・くっ!」
 『痛い!!身体が・・・!!』
 追おうとした悠人は、苦痛に頬を引きつらせた。
 「任せろ」
 いつの間にか闘護が悠人の前に立っていた。
 「奴は俺が引き受けた。お前はエスペリアとウルカと共にしばらく休んでろ」
 「闘護・・・だけど、毒は・・・?」
 「大丈夫だ。もう痺れも消えた」
 「・・・」
 「それに、ソーマはスピリットじゃない。だったら俺でも殺せるからな」
 小さく―自嘲が含まれた―笑みを浮かべ、闘護は走り出した。


 ザザザザッ!!
 「ひ、ひぃっ!!!」
 ソーマは脇目もふらず、一目散に森の中を逃げ続ける。
 「逃がさん・・・!!」
 それを追う闘護は、次第に差を縮めていく。
 そして・・・

 ガシッ!!
 「はぁはぁはぁ・・・」
 「ここまでだ」
 ついに、闘護はソーマを巨木の前に追いつめた。
 「はぁはぁ・・・あ、貴方は・・・」
 「ストレンジャー・・・」
 「っ!!」
 ガシャン!
 闘護の簡潔な自己紹介で十分だったのか、ソーマはビクリを身を震わせ、持っていた剣を落とした。
 「スピリットを食い物にする下衆が・・・」
 闘護は一歩前に進む。
 「ひ、ひっ!!」
 ソーマは必死の形相で下がろうとするが、巨木がその行く手を阻む。
 「な、何故です!!」
 「・・・?」
 「何故、スピリットと人間の共存などを夢見るのです!?」
 「・・・何を言っている?」
 闘護は足を止め、訝しげにソーマをにらみつける。
 「スピリットは人形なのです!!所詮、性のはけ口や戦闘においてしか役に立たない存在なのです!!何故それがわからないのですか!?」
 「・・・」
 ソーマの半ば暴言ともいうべき言葉を、闘護はジッと聞く。
 「そのような歪な存在をどうして認めるのです!?」
 「何・・・?」
 『歪な存在・・・?』
 「そうです!!」
 闘護が反応すると、ソーマはすがるように言葉を続ける。
 「たかが人形ごときが我々人間よりも優秀であるはずがないのです!!この世界は我々人間のものなのです!!」
 「・・・」
 「スピリットごときと共存するなど、あまりにも愚か!!愚かなことなのです!!それがわからないのですか!?」
 いつの間にか、ソーマの口調は訴えるようなものになっていた。
 「そうです!!スピリットが人間より優秀などあってはならないのです!!人間より優れた存在など滅びてしまえばいい!!いや、滅ぼすべきなのです!!」
 「貴様・・・」
 『スピリットに対する憎悪・・・いや、コンプレックスか?』
 いつの間にか、闘護の心に充満していた怒りは消え去っていた。
 「何より、我々より優秀である存在が、我々の命令に絶対服従など・・・そんなことはあり得ないのです!!そんな歪な存在など、消えてしまえばいい!!人間はそのような歪な存在に劣っているわけがないのです!!」
 「・・・」
 『なるほど・・・スピリットへの嫉妬、劣等感が、いつの間にか憎悪に変わっていた・・・そして、その鬱屈した思いがスピリットへの仕打ちにつながっていた・・・』
 闘護は小さく唇をかみしめると、ゆっくりとソーマを睨んだ。
 「おい・・・」
 「ひっ!?」
 「失せろ・・・」
 声をかけられ、身をすくめるソーマに、闘護は心底馬鹿馬鹿しそうに吐き捨てた。
 「・・・へ?」
 「最早貴様は殺すに値しない・・・二度と俺達の前に現れるな」
 そう言って、闘護はソーマに背を向けた。
 「わ、私を見逃すと・・・いうのですか!?」
 「言ったはずだ」
 首だけソーマに向ける。
 「殺すに値しない、と・・・」
 「な、何故です・・・情けですか!?」
 「それ以下だよ」
 そう言って、闘護は心底くだらなさそうに笑った。
 「負け犬を殺しても無駄だから、だ」
 「!!!」
 闘護の言葉に戦慄するソーマ。
 しかし、闘護はそれに興味を示すこともなく振り返った。
 「じゃあな、負け犬。勝手に野垂れ死ね」
 吐き捨てると、闘護はゆっくりと歩き出した。
 「わ、たし・・・が・・・負け、犬・・・?」
 ソーマはゆっくりと腰の剣に視線を落とす。
 「負け犬・・・私、が・・・?」
 緩慢な動作で落とした剣の柄に手を置く。
 「・・・違う・・・」
 カチャ・・・
 「違う!!」
 ダッ!!

 ドシュッ!!

 「・・・がっ・・!!」
 「・・・こうなったか」
 闘護は冷めた口調で呟いた。
 「・・・グホッ!!」
 ソーマは口から血が噴き出した。

 ソーマが闘護に飛びかかった瞬間、闘護は素早い動きで振り返ると、ソーマの剣をかわしてそのまま手刀をソーマの胸に向かって突き出したのだ。

 ズズズ・・・
 闘護はゆっくりと手刀をソーマの胸から抜いた。
 「グッ!!ゴホッ!!」
 ピシャッ!!
 ソーマの口から吹き出た血が闘護の顔面にかかる。
 しかし、闘護は眉一つ動かさず、胸から手刀を引き抜いた。
 ズボッ・・・ドサッ!!
 「ガハッ!!」
 仰向けに倒れたソーマは、再び血を吐いた。
 「挑発に乗るだけの気概はあったのか・・・ならば、何故屈折した?」
 闘護はゆっくりとソーマを見つめる。
 「あ、あなた・・・なら・・・わか、る・・・はず・・・」
 虫の息にも関わらず、ソーマは闘護に語りかける。
 「スピリ・・ト・・・・と、共・・に・・戦って・・・その実・・力・・差に・・・」
 「・・・」
 闘護は何も言わず、ソーマの言葉に耳を傾ける。
 「絶・・望・・・しません・・・か・・・?」
 ソーマはすがるような視線を闘護に向ける。
 「勝てない・・・のに・・・言うこと・を・・聞く・・・いび・・つ・・・さ、に・・・」
 「したって仕方ないだろう」
 闘護はゆっくりと呟いた。
 「絶望したって実力差が埋まる訳じゃない。だったら、他のことに力を注ぐさ」
 「・・・ふ、ふ・・・そう、ですか・・・」
 闘護の答えに、ソーマは小さく笑う。
 「あ・・なた・・・は・・・っ!!」
 言いかけたソーマの体がビクリと痙攣する。
 そして、そのまま二度と動かなかった。
 「・・・」
 闘護はゆっくりと俯いた。
 シュゥウウウウウ・・・・
 「ん・・・?」
 ふと、闘護は顔についた血が蒸発していることに気づいた。
 「これは・・・」
 見ると、ソーマの体も金色の光を伴って消滅していく。
 「マナの光・・・まさか、ソーマは・・・エトランジェなのか?」
 呆然と見つめる闘護の前で、ソーマの体は跡形もなく金色のマナとなって散っていった。
 「・・・」
 闘護は、ソーマが消えた地面を見つめた
 「・・・俺はソーマと同じ立場にいるかもしれん」
 ゆっくりと呟いた。
 「常人を超える力を持ちながら、スピリットには勝てない・・・ジレンマ、コンプレックス・・・俺の中にそれが全くないと言えば・・・多分、嘘になる」
 そう言って、闘護は自分の手を見つめる。
 『だが、俺はあの男と同じにはならない。無いものは、どうやったって無い。ならば、俺は次を考える。いつまでも無いものに固執はしない』
 瞳を閉じる。
 「ソーマは己の弱さに負けた。だが、俺はそうはならない。弱さに飲み込まれたりはしない・・・絶対に!!」
 拳を握りしめた。


 ザッザッザ・・・
 「闘護・・・」
 森の奥から姿を現した闘護に、悠人は安堵の息をついた。
 「遅くなってすまん。みんな大丈夫か?」
 「はい・・・ユート様が私を呼んでくれましたから・・・」
 悠人の左側に寄り添っているエスペリアが呟いた。
 「手前も・・・ユート殿が隣にいますから・・・」
 悠人の右側に寄り添っているウルカが呟いた。
 「・・・悠人。お前は?」
 「ああ・・・もう、大丈夫だ」
 「そう、か」
 「ソーマは・・・?」
 「・・・」
 悠人の問いに、闘護は無言で肩を竦める。
 「殺したのか?」
 「・・・ああ」
 「そうか」
 悠人は小さく頷く。
 【・・・】
 エスペリアとウルカはそれぞれ無言で俯いた。
 「スピリットを踏みにじるような外道だったんだ・・・当然の報いだよ」
 「・・・いや」
 闘護は首を振った。
 「・・・え?」
 「スピリットを意のままに支配し、己の欲望を満たす・・・そんな奴はいなかった」
 闘護はそう言って、空を見上げる。
 「いたのは・・・越えられない壁に絶望し、抱いた劣等感に呑み込まれた哀れな負け犬さ」
 【・・・】
 「最後は・・・気概を見せたが、な」
 沈黙する三人を置いて、闘護は続けた。
 「・・・何が、あったんだ?」
 悠人の問いに、闘護は空を見上げた。
 「別に・・・」
 「別にって・・・」
 「神剣を持たぬが故の苦悩・・・その成れ果ての一つを垣間見た。それだけだよ」
 そう言うと、闘護は小さく肩をすくめて三人を見た。
 「帰ろうか」
 「ああ・・・っと」
 ガクッ!!
 「悠人!?」
 「ユート様!?」
 「ユート殿!?」
 突然膝から崩れ落ちる悠人。
 「力が・・・入ら・・・ない・・・」
 『意識が・・とおの・・く・・・』
 ドサリ


─聖ヨト暦333年 コサトの月 赤 一つの日 夕方
 悠人の部屋

 『俺は、闇の中を浮かんでいる・・・』

 『昇っているのか、落ちているのか、止まっているのか・・・それさえもわからない』

 『俺はどうしたんだ・・・?指の一本すら満足に動かない・・・もしかして、死んだのか?』

 『だけど、ソーマは倒せた・・・エスペリアは助かる』

 ギュッ

 『右手に暖かい感触。この手は・・・知っている。俺はこの手を・・・その持ち主の女性を守りたいと思っていた』

 「ユート様・・・」

 声に導かれ、悠人は目を開く。
 「く・・・」
 目に入ったまぶしさに、悠人は思わず手を翳そうとした。
 「っ・・!」
 その瞬間、悠人の肩に痛みが走る。
 「・・・ユート様?」
 心配そうに悠人を覗き込んでくる顔。
 『笑ってないな・・・』
 「無事・・・か?」
 「・・・え?」
 悠人から漏れた声に、エスペリアは一瞬キョトンとした。
 「それはっ・・・それは私のセリフですっ!!どうして、あんな無茶をされるんですか!?」
 「・・・エスペリアを助けたかったから」
 悠人は未だ意識のハッキリしない頭で素直に答えた。
 そして軋む体を動かして、どうにか起きあがる。
 「そんな・・・私なんかの為に・・・」
 「なんかってことはないだろ。俺にとって、エスペリアはとても大切な人なんだから」
 『そうだ。それは紛れもない俺の本心だ』
 「っ・・・!!」
 だが、それを聞いたエスペリアは泣きそうな顔をして、悠人の膝にすがりついた。
 「・・・何故、私達は戦うのでしょう?何故、道具などに生まれてしまったのでしょう?」
 「エスペリア・・・」
 「道具に過ぎないなら・・・心なんて要らないのに!」
 胸にしがみついて泣きじゃくる。
 そこに、いつものエスペリアの姿は無かった。
 「傷ついてる姿を見ると、胸を締め付けられるみたいでこんなに辛いのに・・・それに、私が愛した人は・・・皆、死に呼ばれてしまう!!」
 血を吐くような告白。
 哀しみに染められてしまった心。
 『どうして・・・エスペリアはこんな悲しみに苦しめられなければならないんだ・・・』
 心の中に生まれた痛みに、悠人は唇を噛みしめる。
 「・・・ソーマが言ったように、私はきっと魔女なんです」
 エスペリアは目を伏せた。
 両の瞼から涙がこぼれ落ち、服に暗く染みを落とす。
 エスペリアがここまで感情的になる姿を見せることは初めてだった。
 「そんなことないよ」
 「いいえ、私は魔女です!!」
 エスペリアは首を振った。
 「それに、ソーマが憎いのに・・・ラスク様の仇なのに・・・それなのに、逆らうことも出来なかったんです!!だからまた、ユート様がこんな目に・・・」
 「俺なら大丈夫だからさ」
 悠人が宥めようとしても、エスペリアは首を振る。
 それは、ずっと心の奥に秘めていたものが、表面に浮き上がっているようだった。
 「私なんて、心も身体も汚れています・・・きっと、夜の方が本当の私・・・淫らで・・・陰湿で・・・死を呼ぶ。呪われた魔女なんです」
 「エスペリア、それは・・・」
 「違うなんて言わないで下さい・・・許したりなんかしないでください。また私・・・甘えてしまいそうになってしまいますから・・・」
 自嘲の言葉を吐き出し続けるエスペリア。
 『ある意味で、呪いという言葉は正しいかもしれない・・・エスペリアは過去の自分に囚われ、自らを呪っているんだ。俺はどうにかして、そこから助け出したかった・・・』
 「もう誰も愛したくなかった・・・愛した人が死ぬところなんて見たくないんです・・・それなのにどうして!!」
 エスペリアは真正面から悠人を見つめる。
 「どうしてユート様は私の前に現れたのですか!?どうして私なんかに優しくして下さるのですか!?」
 「・・・」
 「私には誰かを愛する権利なんて無いのに・・・愛して良いはず無いのに・・・ユート様が、私の中でどんどん大きくなっていくんです!!」
 悠人の胸を、細い腕が叩く。
 『痛みはない・・・なのに、心が切り裂かれるようだ・・・』
 「冷たくして下されば・・・もっと奴隷のように扱って下されば・・・想いは秘めていられたのに・・・いつも、笑っていられたのに・・・」
 涙を浮かべ、言葉を紡ぐエスペリア。
 『エスペリアも、俺と同じなんだ・・・自分が嫌いで・・・自分が憎いのに、それでも生きることしかできなくて・・・』
 悠人はしがみついて泣き続けるエスペリアを強く抱きしめた。
 「ユート様・・・」
 エスペリアが小さく悠人を呼ぶ。
 『小さな身体。あんな思いを抱き続けるには、あまりにも小さすぎる。俺にそれを軽くすることは出来るのだろうか?・・・いや、重さの攻めて半分くらいは持ってやりたい。こっちに来てからずっと、俺の重荷の半分以上を持っていてくれたのだから』
 「エスペリア・・・俺さ、言いたいことがあったんだ」
 ビクン。
 エスペリアの肩が震える。
 それは、悠人の言葉を聞いてもらえている証拠だった。
 「佳織が連れて行かれた後、エスペリアを殴っちまっただろ?ずっと謝りたかったんだ・・・こっちの言葉で。でもさ、照れくさくて言えなかったんだ・・・ゴメン」
 「そ、そんなこと!!いいんです・・・私、何も気にしていません!!」
 「本当に?」
 「はい!!」
 エスペリアは当然とばかりに頷く。
 「・・・俺も同じなんだ。昔のことなんて気にしてないよ」
 「・・・え?」
 「俺は元の世界ではずっと疫病神って言われてきた。家族がみんな不幸になっていくんだ・・・きっと佳織だって、俺のせいで何度も辛い思いをしている筈なんだ。大切な人が自分のせいで傷つくってのは辛いよ・・・」
 「ユート様・・・」
 「でもさ・・・この世界で一つだけわかったことがあるんだ。自分が一番不幸って顔は格好悪いってね」
 エスペリアは悠人の言葉に耳を傾ける。
 『何処かで聞いた境遇・・・その程度にでも考えてくれればいいんだ』
 「今だってさ・・・エスペリアがいて、みんながいて、俺は生きていて、佳織だって生きてる・・・まだ希望はある。何も終わっちゃいないんだ」
 「はい・・・」
 頷くエスペリア。
 弱いが、意志の光もあった。
 「それに・・・エスペリアは嫌いかも知れないけれど、俺は・・・その、なんだ・・・」
 「・・・?」
 「よ、夜のエスペリアだって・・・嫌いじゃない。ていうか、その・・好き・・・だし。区別なんてしてない」
 「え・・・」
 エスペリアが顔を上げる。
 『う・・・顔が熱くなってくる・・・』
 「そりゃ、エスペリアが辛そうにしてたりして、俺も辛かったけど・・・仕方なくだってのも解ってたし・・・」
 「あ・・・」
 「俺も気持ちよかったから・・・つい流されちゃったし・・・その、ゴメン!!」
 『あのとき断ってれば・・・ずっと思ってたんだ』
 悠人は謝って、頭を下げる。
 「そんなこと・・・ユート様が謝られることなんて・・・」
 「俺、優しくされるのって慣れてなくて・・・だから、色々甘えちゃってたんだと思う」
 「私、に・・・?」
 「愛してもらって不幸だなんて、俺は思わない。ラスクだってきっと同じ気持ちだって・・・ちょっと妬けるけどさ」
 照れくさくなり、悠人は最後に少し冗談めかしてしまう。
 「ユート様・・・」
 しかし、エスペリアには伝わった様子だった。
 呆然として、悠人の顔を見つめる。
 「ユート様は、スピリットの私を・・・汚れている私を、受け入れて下さるのですか?」
 「汚れてなんかいるもんか・・・そのことは俺が一番知ってるさ。それに・・・エスペリアの方が先に、俺を受け入れてくれたんだろ?」
 真顔で告げる悠人に、エスペリアの目に涙が浮かぶ。
 『でも、この涙はこれまで流れてきたものとは性質が違う』
 「エスペリアの全てを愛してる。過去も、スピリットであることも、全部。俺は・・・絶対に置いていかないから」
 「・・・っ、ユート様ぁ・・・」
 エスペリアの泣き顔が悠人に近づく。
 『涙で濡れたその顔が、とても綺麗に見える・・・』
 「ん・・・ぅん・・ふ・・・」
 「んむ・・・」
 悠人はいきなり唇をふさがれる。
 咄嗟に対応できないまま、舌が絡みついてきた。
 「んふ・・・ぁ、んちゅ・・・」
 唇を通して、エスペリアの心が悠人の心に流れ込んでくる。
 情熱的なのに優しいキスだった。
 「・・・んん」
 唇が離れる。
 エスペリアは微笑んで、ジッと悠人を見た。
 「本当ですね・・・?本当に私を置いてどこへも行かれないのですね・・・?信じても・・・いいんですよね?」
 何度も念を押してくる。
 悠人が頷くたびに、涙はこぼれ続けた。
 「どうしましょう・・・嬉しくて、涙が止まりません。こんなの初めてです」
 「・・・うん」
 エスペリアを見ながら、心が満たされていく。
 『ラスクもこういう事を伝えたかったんだろうな・・・自分がここにいることが出来て良かった・・・』
 「ユート様が好きでした・・・出会った時からずっと」
 エスペリアは続ける。
 「少しやんちゃで、頼りなくて、我が儘で・・・弟っていうのはこんなものなのかなって」
 指で涙を拭き、クスリと笑うエスペリア。
 「そう・・・ユート様にとってのカオリ様のような感じだと思います」
 「ちぇっ・・・それはちょっと面白くないぞ」
 拗ねてみせる悠人。
 『だけど、俺にとってもエスペリアは年上の女性だった』
 「ふふ・・・すみません。でも、ユート様が変わってしまうのは怖かったです。今までの人と同じようになるんじゃないかって・・・そう思うと、震えが止まりませんでした」
 少しだけ、エスペリアの顔が曇る。
 『エスペリアに刻まれた恐怖は、それ程深かったんだ・・・』
 心の中で呟く悠人。
 「ですが、ユート様は変わりませんでした。ずっと私達を見守ってくれて・・・嬉しかったです」
 「俺の方こそ・・・ずっとエスペリアに守られて、だからどうにかここまで来られたんだ」
 「そんなこと・・・」
 エスペリアは恐縮して頭を振る。
 優しい眼差しが悠人を見つめていた。
 「一日ごとに、私の中でユート様がかけがえのない人になっていって・・・私は怖くなってきました。このまま愛してしまったら、ユート様はきっといなくなっちゃうって」
 「そんなことない・・・俺は、どこにも行かないよ」
 「はい・・・ユート様を信じます。そして、ユート様を愛する私を信じてみます」
 心からであろう笑顔がエスペリアの顔に浮かんだ。
 『まるで出会った頃のような、春の陽光にも似た優しさ・・・』
 「・・・また見られた」
 「・・・え?」
 「俺が好きになったのは、その笑顔なんだ」
 エスペリアの顔をじっと見つめる悠人。
 『いきなりこんな世界に放り出された俺に、初めて安らぎをくれたのはこの笑顔。辛さを見せず、親身になって言葉を教えたり、世話をしたりしてくれたエスペリアの笑顔だった』
 「苦しい時も、不安になった時も・・・俺はエスペリアに助けられてたんだ」
 「ユート様・・・私も、ユート様に沢山助けられてきました」
 至近距離で見つめ合う二人。
 「ユート様・・・夜の私を見せてもよろしいでしょうか・・・」
 コンコン
 【!?】
 突然のノックの音。
 二人は慌てて離れる。
 「エスペリア殿。ユート殿は意識を取り戻されたか?」
 「ウ、ウルカ!?」
 「ユート殿!?」
 バタン!
 勢いよく扉が開き、ウルカが飛び込んできた。
 「ユート殿、お気づきになられましたか!!」
 「あ、ああ・・・」
 ウルカは悠人の側―丁度、悠人とエスペリアの間―に入り、悠人の手を握った。
 「身体の調子はどうですか?」
 「えっと・・・まだ痛みはあるけど、もう大丈夫だよ」
 「そうですか・・・」
 安堵の表情を浮かべるウルカ。
 その瞳には、涙が浮かんでいた。
 「その・・・心配かけてゴメン」
 悠人の言葉に、ウルカは首を振った。
 「ユート殿が無事で何よりです。本当に・・・本当に良かった・・・」
 「ウルカ・・・」
 互いに見つめ合う悠人とウルカ。
 「・・・コホン」
 【!】
 突然の咳払いにハッとしてそちらの方を向く二人。
 見ると、エスペリアがジト目で二人を見つめていた。
 「お二人とも、随分と仲がよろしいですね」
 「え・・・い、いや・・・」
 「手前はユート殿に剣を捧げた身。常にユート殿のお側にいます故」
 口ごもる悠人をおいて、ウルカが答える。
 「・・・ユート様」
 「は、はひ!」
 怒気―いや、殺気とも感じられる気配―を漂わせながら、エスペリアはゆっくりと悠人に身を寄せた。
 「どういうことか・・・詳しく教えていただけませんか?」
 「・・・えっと・・・」
 『怒ってる!!エスペリアは何故か怒ってる!!』
 心の中で絶叫する悠人。
 「ユートさ・・・」
 コンコン
 言いかけたエスペリアの言葉を遮るようにノックの音。
 「だ、誰だ!?」
 「ユート?」
 ガチャリ
 扉が開き、入ってきたのは・・・
 「アセリア!?」
 「ユート。気がついたか」
 アセリアはトコトコと悠人の側に寄った。
 「ん・・・」
 そして、ジロジロと悠人の全身を見回す。
 「・・・肩」
 アセリアの視線が悠人の肩で止まった。
 「大丈夫か?」
 「あ、ああ・・・」
 「そうか」
 アセリアは小さく頷く。
 「アセリア。あなたがどうしてここにいるのですか?」
 その時、今まで黙っていたエスペリアが少し冷えた口調で尋ねた。
 「トーゴに言われた」
 「トーゴ様に?」
 「ユートが気がついたら伝えてくれと言われた」
 「俺に?」
 「ん・・・」
 アセリアは頷く。
 「“せ・・・ま・・・ら・・”」
 「ちょ、ちょっと待て!?」
 言いかけたアセリアの言葉を、悠人は慌てて止めた。
 「何語を喋ってるんだ??」
 「トーゴは“ニホンゴ”と言ってた」
 「ニホンゴ・・・日本語!?」
 「ユート殿。ニホンゴとは・・・?」
 「あ、ああ・・・俺がいた世界の言葉だけど・・・」
 ウルカの問いに答えつつ、悠人は首を傾げた。
 「・・・アセリア。とりあえず、続きを言ってくれ」
 「ん・・・」
 頷くと、アセリアは再び語り出した。
 「“れ・・・て・・・も・・こ・・と・・・わ・・・れ”」
 「・・・それだけ?」
 「ん」
 コクリと頷くアセリア。
 「えっと・・・」
 『“せ・・ま・・ら・・れ・・て・・も・・こ・・と・・わ・・れ・・・”って』
 「“迫られても断れ”!?」
 言葉の意味を理解し、悠人は素っ頓狂な声を上げた。
 「ユ、ユート様!?」
 「ユート殿!?」
 「ユート?」
 悠人の様子に―アセリアですら若干―目を丸くする三人。
 「闘護のヤツ・・・どういうつもりだ?」
 「それと・・・エスペリアとウルカ」
 首を傾げる悠人をよそに、アセリアはエスペリアとウルカを見た。
 「ユートが意識を取り戻したら、リレルラエルへ戻る」
 「えぇ?」
 「はっ・・?」
 唖然とするエスペリアとウルカをおいて、アセリアは続けた。
 「トーゴが言ってた」
 「で、でもユート様の看病が・・・」
 「ハリオンとヒミカが来る」
 エスペリアの言葉を遮るようにアセリアが言った。
 「・・・みんな」
 悠人は三人を見回した。
 「闘護の命令に従ってくれ」
 「ユート様・・・」
 「闘護の真意はわからないけど・・・今は、闘護の言うとおりにしてくれないか?」
 悠人は頭を下げた。
 「・・・わかりました」
 エスペリアは渋々といった表情で頷く。
 「ウルカ、アセリア。行きましょう」
 「はっ」
 「ん」
 三人は悠人を見た。
 「それでは・・・失礼します、ユート様」
 「失礼します。今はゆっくりお休みください」
 「ん・・・無理しないで」
 「ありがとう、みんな」

 バタン

 「・・・」
 『どういうことだ?』
 一人になった悠人はゆっくりとベッドから出ると、そのままベッドの縁に腰掛けた。
 「迫られても断れ・・・迫られるっていったら・・・」
 『多分・・・さっきのエスペリア、だよなぁ』
 先程の事を思い出し、顔を赤らめる悠人。
 『迫られて、それを断る・・・あれ?そういえばアセリアの時も・・・』
 「闘護は・・・するなと言った・・・」
 眉をひそめる。
 『俺とアセリアの問題に・・・口を挟んだ。だけど、あの時の闘護の表情は凄く・・・苦しそうな・・・』
 「どうして・・・闘護は俺とアセリア達の間に口を挟むんだ?」

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