―聖ヨト暦３３３年 エクの月 黒 四つの日 夜
リレルラエル
コンコン
「誰だ？」
「私です」
「セリアか・・・どうぞ」
ガチャリ
「失礼します」
部屋に入ったセリアは一礼する。
「どうしたんだ？」
「明日、ユート様とウルカがこちらへ戻ってくるとのことです」
「二人とも？」
「はい」
「そうか・・・」
『とりあえず、大丈夫・・・かな』
小さく頷く闘護。
「それから・・・前線からの報告です」
セリアは深刻な表情を浮かべた。
「帝国は、ソーマズフェアリーを本格的に戦線に投入してくるそうです」
「ソーマズフェアリー・・・」
セリアの報告に、闘護は眉をひそめた。
「我が軍はリレルラエルの制圧を終えたばかりです。侵攻の準備もまだ整っていないうちに我々を攻撃するつもりでしょうか？」
「・・・戦略的に見れば、その可能性が高いね」
「戦略的に・・・ですか？」
「下衆がわざわざ前に出てくるというのが引っかかる」
腕を組み、考え込む闘護。
「下衆・・・ソーマのことですか？」
「ああ。奴の噂は聞いたことがないか？」
「・・・妖精趣味を持つ、と」
眉をひそめて答えたセリアに、闘護は肩をすくめた。
「その時点で、俺は下衆と認識する」
そう言って、ため息をついた。
「それにしても・・・スピリットでもないくせに、前線に積極的に出てくる・・・ラキオス軍を叩くだけなのか・・・それとも、他に何か目的があるのか？」
「他に目的・・・ですか？」
「それが何かはわからないが・・・警戒する必要はあるな」
「すぐに手配します」
「頼む。部隊編成は光陰と相談して決めてくれ」
「はい！」
セリアは一礼して部屋から出て行った。
「さて・・・」
一人になり、闘護はゆっくりと天井を見上げた。
「下衆が何を企んでいるのか・・・」
―聖ヨト暦３３３年 コサトの月 青 二つの日 夜
リレルラエル 宿の一室
夕食後、闘護は部屋で書類をまとめていた。
そして、それも一段落ついた頃・・・
コンコン
「誰だい？」
「アタシよ」
返ってきたのは今日子の声だった。
「今日子か・・・どうぞ」
ガチャリ
「失礼するわよ」
小さく頭を下げて中に入ってくる今日子。
「お風呂が空いたからね」
「ん・・・わかった」
「それと・・・」
コンコン
今日子の言葉を遮るようにノックの音がした。
「誰だ？」
「俺だよ。ちょっといいか？」
「光陰か・・・どうぞ」
ガチャリ
「失礼するぜ・・・って、あれ？」
部屋に入った光陰は、中にいた今日子を見て目を丸くした。
「今日子もいたのか」
「何よ。いたら悪いの？」
少しムッとした口調の今日子に、光陰は慌てて手を振った。
「そんなことないさ。というか、どっちかというとグッドタイミングかな」
「何かあったのか？」
闘護の問いに、光陰はニヤリと笑った。
「俺たちの宿舎が完成したよ」
「宿舎・・・ああ、空き家を改造して造るって言ってたヤツか」
「それで、引っ越しの準備をするように伝えに来たんだ」
「そんな話、アタシは聞いてないけど・・・」
首を傾げる今日子に、光陰は小さく肩をすくめた。
「ああ。今日子には、後で言いに行くつもりだったからな」
「なるほど。だからグッドタイミングだった訳か」
納得したように頷く闘護。
「用件はそれだけだ。それじゃあ・・・」
コンコン
光陰の言葉を遮るように、三度ノックの音。
「誰だ？」
「俺だけど・・・」
「悠人か。どうぞ」
ガチャリ
「しつれ・・・って、あれ？光陰、それに今日子も・・・」
部屋に入ってきた悠人は、室内にいた二人を見て目を丸くする。
「よう、悠人」
「悠も闘護に用なの？」
「あ、ああ・・・明日の見回りについて少し相談したくて・・・」
「見回りについて？何か問題があるのか？」
闘護の問いに、悠人は首を振った。
「いや、そうじゃなくて・・・明日の見回りは、俺一人で行きたいんだけど」
「あれ？明日の見回りは闘護とウルカとお前の三人で行く予定だったんじゃないのか？」
「光陰の言うとおりだ。何故、一人で行きたいんだ？」
「・・・トーン・シレタの森まで行ってみたいと思うんだ」
【トーン・シレタの森！？】
悠人の言葉に、三人は目を丸くする。
「いくら何でもそれは行き過ぎでしょ！？」
「今日子の言うとおりだ。いくら何でも、そりゃちょっと無茶だ」
反対する今日子と光陰に対し、闘護は探るような視線で悠人を見つめた。
「理由は・・・？」
「・・・ソーマズフェアリーが投入されたって聞いたからだ」
悠人はゆっくりと語り出した。
「俺は・・・ソーマが許せない。だから、先手を打ちたいんだ」
「その為に、戦場になる確率の高い場所を見ておきたい・・・か？」
「ああ」
「一人で行く理由は？」
「動きやすいし、敵に見つかったときに逃げやすい」
「・・・ふむ」
闘護は小さく頭をかいた。
「ちょ、ちょっと！？まさか許可するつもりじゃないでしょうね！？」
今日子の問いに、闘護は肩をすくめた。
「理由は納得できるからな。だが、一人はちょっと危険すぎる。せめて二人だな」
「誰にするんだ？」
光陰の問いに、闘護は首をひねった。
「そうだな・・・俺も、ある程度戦場になる場所を直に確認したい」
「じゃあ、お前と悠人で行くのか？」
「・・・いや」
闘護は首を振る。
「二部隊、偵察に向かわせよう。トーン・シレタの森は広いからな」
「二部隊って・・・お前と悠人以外に誰が行くんだ？」
「俺はウルカと行こう。悠人は・・・そうだなぁ」
闘護は壁に貼ってある編成表に視線を向けた。
「明日空いてるのは光陰と今日子とエスペリア・・・それにナナルゥとヘリオン、か」
「俺が行こうか？」
光陰が提案するが、闘護は首を振った。
「いや。俺と悠人が抜けるとなると、副官のお前には残っていてもらわないと困る」
「アタシは？」
「戦力的に見て、今日子もリレルラエルで待機しておいてほしい。もしもの時に備えてな」
「じゃあ、誰が行くのよ？」
「むぅ・・・」
『ナナルゥとヘリオンでは、危険が大きい・・・と、なると』
闘護は悠人に視線を向けた。
「・・・エスペリアと一緒に行ってくれるか？」
「エスペリアと、か？」
僅かに眉をひそめる悠人に、闘護は小さくため息をついた。
「他にいないんだ。いいな？」
「・・・わかった」
悠人の返事を聞いて、闘護は小さく頷いた。
「用件はそれだけか？」
「ああ」
「そうか・・・って、あれ？そういえば・・・」
闘護は今日子に視線を向けた。
「光陰が入って来た直前に、何か言いかけてなかったっけ？」
「あ、ああ・・・大したことじゃないんだけど・・・」
今日子は少し言いにくそうに闘護を見つめる。
「アンタ、お風呂はどうしてるの？」
今日子の問いに闘護は眉をひそめた。
「どうしてるって・・・どういう意味だ？」
「第二詰め所ってアンタ以外は全員女の子でしょ」
「ああ」
「じゃあ、いつ入ってるのよ？」
「いつって・・・」
闘護はポリポリと頭をかいた。
「何でそんなことを聞くんだ？」
「それは・・・」
今日子はチラリと光陰と悠人を見た。
「第一詰め所だとみんな自由に入ってるから、時々かち合うのよね」
「ふーん」
「ずっと前から気になってたんだけど・・・アンタはどうしてるの？」
「みんなが入り終わってから入ってるよ」
「何ぃ！？じゃあ、お前はネリーちゃんやシアーちゃんたちの入った残り湯に浸かって・・・」
「やかましぃ！！」
ドゴーン！！
「ぎょええええええ！！！」
今日子のライトニングハリセンを食らって地面に突っ伏す光陰。
「はぁはぁ・・・下らないこと言うんじゃないわよ」
「同感だ」
今日子の言葉に頷く闘護。
「生憎、湯にはあまり浸からない」
【え？】
闘護の言葉に、今日子だけでなく、悠人や復活した光陰も目を丸くした。
「どういうこと？」
「第二詰め所には俺以外に９人のメンバーがいる。全員が入った後の湯が綺麗だと思うか？」
「綺麗に決まってるじゃないか！！なんてったって、ネリーちゃんたちが・・・」
「やかましぃ！！」
ドゴーン！！
「ぎょええええええ！！！」
今日子のライトニングハリセンを食らって、再びダウンする光陰。
「はぁはぁ・・・ま、まぁ光陰の言ったことはともかく、汚いならお湯を張り替えれば・・・」
「もったいないだろ。俺一人の為に」
今日子の言葉を遮るように闘護は言った。
「俺は体さえ洗えればそれでいいんだ。だから、お湯に浸かることはない」
【・・・】
闘護の言葉に、今日子だけでなく、悠人や復活した光陰も唖然とする。
「そんな顔をするなよ」
三人の様子に苦笑する闘護。
「でも、第一詰め所では入ってたじゃないか」
「あの時は俺とお前、あとはアセリアとエスペリアとオルファだけだったからな。言っとくが、俺は別に風呂が嫌いって訳じゃないんだ」
闘護は肩を竦めた。
「お湯が綺麗だったら普通に入るさ」
「はぁ・・・もったいないなぁ」
光陰が呆れたように首を振る。
「せっかくの残り湯が・・・」
「下らん」
しかし、闘護は一言で切り捨てる。
「大体、第二詰め所にいる男は俺一人だ。パーセンテージで言えば、男は全体の１０％だぞ。後回しにして当然だろうが」
「それでいいのか？」
悠人の問いに、闘護ははっきり頷いた。
「ああ、構わないよ。俺は詰め所の管理人だからね」
そう言って、闘護は渋い表情を浮かべた。
「大体なぁ・・・風呂なんて順番を決めておけば男女がかち合うことなんて起こらないはずだ。それをしないのはどうしてだ？」
「そういえば・・・」
「変ねぇ・・・」
光陰と今日子が首を傾げる。
「悠人。エスペリアと相談して決めたらどうだ？」
「・・・確かに、そうした方がいいな」
闘護の提案に、悠人は頷いた。
「俺も、変質者呼ばわりはされたくないし」
「俺は、かち合ってもいいけどなぁ」
対照的な悠人と光陰の意見。
「こ〜う〜い〜ん〜」
「あ・・・つい、本音が・・・」
殺気立つ今日子を前に、後ずさる光陰。
「覚悟はいい〜？」
ゆっくりとハリセンを振り上げる今日子。
「待て！」
そこへ、闘護が制止の声を上げた。
「た、助けてくれ、闘護！！」
「何よ。邪魔するっていうの？」
救いを求める光陰と、怒りの表情の今日子に闘護は一言。
「やるなら外でやれ」
ドーン！！
「ったく・・・懲りないな」
「そうだな・・・」
部屋の外で鳴り響く轟音に、闘護と悠人はため息をついた。
─聖ヨト暦３３３年 コサトの月 青 三つの日 夕方
サーギオス領 トーン・シレタの森
次の日、悠人、闘護、エスペリア、ウルカはトーン・シレタの森へ偵察に向かった。
悠人はエスペリアと、闘護はウルカとそれぞれチームを組んだ。
そして悠人とエスペリアは、森の奥へと足を踏み入れていた。
しかし、悠人はエスペリアと共に偵察することに一抹の不安を覚えていた・・・
『嫌な予感・・・ってだけじゃ、納得してくれなかったか』
歩きながら、悠人は難しい表情を浮かべる。
『確信があるわけじゃないけど・・・それでも嫌なものは嫌なんだよな。警戒してないと・・・』
周囲を注意深く見ながら歩く。
「ん？」
その時、ギラリと森の奥の何かが反射した。
ヒュンッ！！
「なっ！？・・・くっ！！」
ドスッ！！
素早く身を引いて避けると、悠人のいた場所にクナイのような小さな刃物が刺さっていた。
「アレを難なくかわしますか・・・いやぁ、見事・・・」
「ソーマ・・・ッ！！」
「お久しぶりですねぇ・・・勇者殿、それからエスペリア」
「・・・っ！」
エスペリアが息を呑むのがわかった。
悠人は背中に庇うように前に出る。
「・・・何故こんな所にいる？」
「なぜ、とは？」
ソーマは人を食ったような笑みを浮かべた。
「私の部隊に私がいて、何かおかしいところでも？」
「神剣を持たないお前が前線に出ても役には立たないだろう。それに・・・スピリットを道具にするお前が、肩を並べて戦おうとするとも思えない」
ソーマのニヤニヤ笑いを正面から見据える。
悠人はその裏にあるものを探ろうとするが、実のない笑顔に阻まれ、どんな意図も読みとれなかった。
『けど、これはチャンスだ。ソーマさえ倒してしまえば、操られているに過ぎないスピリット達とは戦わなくてよくなるはず・・・！！』
悠人は神剣の切っ先をソーマに向ける。
「確かに。私は非力な凡人ですからねぇ・・・では、目的を明かすとしましょう」
それを気にする風もなく、ソーマはエスペリアに視線を向けた。
「実は、そこのエスペリアに用がありまして」
「エスペリアに手出しはさせない！！」
「フフフ・・・勇者殿にそのような力がありますかねぇ・・・」
酷く愉快そうにソーマは笑った。
「なんだとっ！？」
「弱い者は、所詮何も守れないのですよ。昔のことですが、私の知り合いにもそんな人間がいましたよ」
「ほざけっ！！」
『エスペリアの為にも、一刻も早く倒さないと』
剣を大上段に構え、一直線に走る。
「！！ユート様、敵がっ！！」
ザザザッ！！！
その時、ソーマの後ろから数人のスピリットが飛び出てきた。
「ちっ！！」
『起きやがれ、バカ剣・・・力を貸せっ！！』
ガキン！！ガキンガキン！！
「ユート様っ！！」
「大丈夫だっ・・・これくらい、はぁあああっっ！！」
ぶつかり合う剣から火花が散った。
ガキン！！ガキン！！
「くっ！！」
だが一人の相手と斬り結ぶことは出来ず、一人を弾いては別の一人と戦うことを強いられる。
「さて、エスペリア・・・いえ、『エス』と呼んだ方がいいですか？」
戦う悠人たちをおいて、ソーマはエスペリアに再び視線を向けた。
「・・・っ！！私は・・・私はあなたを許しませんっ、ソーマ！！」
エスペリアは震えながらも神剣を構える。
「おやおや、私をですか」
「・・・」
大袈裟なジェスチャーで肩を竦めるソーマ。
エスペリアは、それを睨み付けていた。
「ラスクの仇ですか・・・それとも」
チラリと悠人に視線を向ける。
悠人は斬りかかるタイミングを掴もうとするが、敵スピリットには隙がない。
ジリジリと二人を包囲してくるように動いた。
「あなたには関係ありません」
「冷たい言葉を言うものですねぇ・・・自分が何をしたかも知らずに」
「・・・私が何をしたというんですか」
「知らないのですか。ならば教えましょう」
ソーマはニヤリと笑った。
「あなたは魔女なのですよ」
「っ！！！」
ギンッ！！
悠人はスピリットの一人へと突っ込み、囲いを出る。
体勢を立て直すべく、そのまま悠人はエスペリアの前に戻った。
「ふざけたことを！エスペリアのどこが魔女だって言うんだ！！」
「ククク・・・現に私の心を奪い、ラスクの心を奪い、そして勇者殿の心を奪っているではないですか」
ソーマはエスペリアに視線を向けた。
「エスペリア・・・最後にはあなたの為に、皆死んでいくのです。この私ですら例外ではないでしょう」
「！！！」
雷に打たれたように震えるエスペリア。
「死ぬ・・・みん、な？」
「違うっ！！お前がラスクを殺したんだ！！エスペリアは何も・・・」
「悪くないとでも言うんですか？」
悠人の言葉を遮るようにソーマは問いかける。
「その理由がエスペリアを手に入れる為だったとしても！！」
エスペリアは画面蒼白になっていた。
『まずい・・・またソーマに引っ張られている。このままでは前と同じだ・・・それは何とか阻止しないと！！』
「はぁああああっっ！！」
悠人は神剣を構えて飛び出した。
「ム・・・」
ソーマが眉間に皺を寄せる。
ガキーン！！
「っ！！」
「・・・」
悠人の突進は目標に到達する遥か手前でスピリットに阻まれた。
「くそっ・・・どけぇっ！！」
「あ・・・ユート様！！」
「何故、たかだかスピリットのあなた一人に、勇者殿がああまでするかわかりますか？」
エスペリアは首を振る。
いよいよ笑みを深めたソーマはニヤけた口を開いた。
「それはあなたに魅入られてしまったからですよ。だからああして命を投げ出すような真似をする・・・ラスクもそうだったでしょう？」
「あ・・・あ・・・」
永遠神剣を握る手が震える。
『自分を責める傾向のあるエスペリアにとって、ソーマの言葉は神剣で切られるよりも・・・！！』
「聞くな、エスペリアッ！！そんなの口から出任せに決まってる！！」
「ククク・・・勇者殿は優しいですねぇ・・・」
「ソーマァァッッ！！」
あざ笑うソーマを、悠人は憤怒の表情で睨んだ。
「ああ・・・勇者殿はラスクによく似ていますよ。本当にねぇ。私には絶対に勝てないところなど、特に」
「ユ、ユート様、後ろですっ！！」
ザシュッ！！
「な・・・っ！！」
背中に熱い感覚。
そしてその直後、激痛に変わる。
振り向いた悠人の視界に入ったのは、四体目のスピリット。
「なんだ、と・・・？」
「ユート様！！」
ブンッ！！
エスペリアは駆け寄りながら、今まさに悠人を切ったスピリットに斬撃を見舞う。
あっさりとかわされてしまうが、何とか悠人と合流する。
「すみません。私が満足にサポートできなかったばかりに・・・」
「気にするなって・・・このくらい大丈夫だからさ」
「マナよ、傷を癒して・・・アースプライヤー！！」
パァアアアアア・・・
エスペリアは傷に手を当て、魔法を使う。
「・・・なっ！？」
『いつもならすぐ治るのに、痛みが和らぐだけ・・・？』
悠人と同じく、エスペリアも信じられない表情を浮かべる。
「傷が治らない・・・どうして・・・？」
「あなたは魔女ですからねぇ・・・愛を傾けてくる相手には死でしか答えられないのでしょう？」
ソーマは楽しそうに笑った。
「フフフ・・・魔女たる所以、でしょうねぇ」
「やめろっ！！」
『状況はどんどんやばくなってる！！エスペリアは追いつめられていくし、俺にはそれを庇う余裕が・・・どうする・・・どうすればいい？』
悠人が悩んでいる内に、更に一体のスピリットが戻ってきた。
これで、５対２となる。
エスペリアの援護もあまり期待できない状況では、悠人一人で何とかなる戦力差ではなかった。
「エスペリア、私の元へ来ませんか？」
「！！！」
ソーマの言葉にエスペリアはビクリを身を震わせた。
「人とスピリットは結ばれぬ定め。ですが、私ならば、あなたをスピリットとして愛することが出来ます」
「っ・・！！」
ギリッ・・・
勝手な言いぐさに、怒りで悠人の奥歯が鳴る。
「道具として扱うことが愛することだとでも言うのかっ！？」
「ええ、当然です」
ソーマが目で合図を送ると、スピリット達は一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「くっ・・・！！」
ある者は空中から、そしてある者は地上から。
良く訓練された動きで、手強い。
「くそっ！！」
「っ！！」
ガキン！！ガキン！！ガキガキガキン！！！
必死にスピリット達の神剣を受ける悠人とエスペリア。
意志の力が薄いせいか、太刀筋自体が読みやすいことだけが二人にとって救いだった。
「ふむ・・・さすがさすが。よく耐えられる」
ソーマは肩を竦めるとエスペリアを見た。
「エスペリア、あなたはどうなのです？勇者殿の為に何が出来ます？」
「私、私は・・・」
「また他人の背に隠れて、死に追いやりますか？」
「エスペリア、あんなヤツの言う事なんて聞くな！！」
「ユート様・・・」
不安げな視線。
『まともに話を聞いてもらえそうにない・・・自分よりも他人を思いやるエスペリアだからこそ、ソーマの言葉の効果は大きすぎる！！』
悠人は小さく唇をかみしめソーマを睨む。
『どうする・・・一か八か仕掛けるか？』
そう考えて、小さく首を振る。
『いや、駄目だ。賭にしては分が悪すぎる』
依然として、ソーマは余裕を持った笑みを浮かべている。
それが悠人を更に苛立たせた。
「さぁ、どうします、エスペリア？」
「私はあなたのところになど行きません・・・けど・・・」
エスペリアの言葉歯切れが悪かった。
もしかすると、ソーマの策にはまってしまったかも知れない。
悠人も二人のやりとりが気になって、戦いに集中できなかった。
「ユート様っ・・・危ないっ！！」
ヒュン！！！
「うわっ！！」
バシュッ！！
死角からの攻撃を、エスペリアのハイロゥが受け止める。
「サンキュ、エスペリア」
「いえ。このくらいしか出来ませんから・・・」
『でも、やりにくいな・・・』
注意力が散漫になっているということもあった。
そして、そこに気配の薄いスピリット達からの攻撃。
『それに・・・このスピリット達には、何の罪もないんだ』
常について回るジレンマ。
いつもいつも、真に倒さなければならない相手は目の前に出てこない。
今日のようにソーマという明確な敵がいるのは珍しいことだった。
「ユート様、ここは一度退いた方が・・・」
「そう・・・だな」
『あまりに戦力差がありすぎる。このままでは・・・』
バババッ！！
その時、エスペリアに攻撃が殺到した。
悠人を気にするあまり、自分の防御がおろそかになっていたのだ。
「エスペリアッ！！」
「え・・・きゃっ！！」
悠人はエスペリアを横から抱きかかえ、地面を転がる。
シュッ・・・！！！
「っ！！」
刃が悠人の肩をかすめる。
「ユート様！？」
「大丈夫だ・・・エスペリア、怪我はないか？」
「は、はい・・・」
「素晴らしい・・・素晴らしいですよ。その自己犠牲、本当にラスクにそっくりです」
全く警戒したそぶりを見せないソーマ。
『隙が見えた！！今なら、ソーマを倒せる！！』
「うぉおおおっっ！！」
悠人は一気に駆け出した。
ソーマに肉薄する。
薄ら笑いを浮かべる顔に神剣を突きつけようと手を伸ばした。
「フフフ・・・」
ヒュッ・・・
「なっ！？」
突然舞い降りる黒い翼。
ソーマを守るように立つスピリットに対して、切っ先が僅かに鈍った。
その瞬間を、スピリットは見逃さなかった。
パァアアアア！！！
「っ！？」
漆黒のハイロゥが一瞬光、黒い矢を放つ。
至近距離で放たれたそれをかわす方法は、悠人にはなかった。
ザシュッ！！
「っ！！！」
悠人の右の脇腹に鋭く強い衝撃。
初めてソーマと交戦した時と同じパターンだった。
「く・・・ぅ・・・！！」
「ユート様っ！！」
ザザザッ
駆け寄ろうとするエスペリアの前を塞ぐスピリット達。
「どいてくださいっ・・・ユート様がっ！！」
「勇者殿は誰の為にこうなったんでしょうねぇ？」
「！！！」
「ほら、あなたは魔女でしょう？」
「私が・・・ユート様は私のせいで・・・」
呆然と呟くエスペリア。
「そんなこと信じるな！！」
「でも・・・！！」
エスペリアは泣きそうな顔で悠人を見る。
こうも素直に感情を出すのは珍しい・・・いや、もしかすると心が幼かった時代に立ち戻っているのかもしれない。
「エスペリア、あなたのせいで人が死ぬ。また、ね」
「やめて下さい！ユート様を・・・ユート様を助けて！！」
「ふむ・・・難しい話ですね。私はサーギオスの人間で、勇者殿は敵国の戦士。普通なら助けるわけにはいきません」
ガシィ！！
「ぐぁっ！」
悠人は抵抗し、声を出そうとするが、その度に背中を強く踏みつけられる。
肺の息を全て吐き出してしまい、うめき声を上げることしかできない。
「フフフ・・・しかしですよ。私は勇者殿の戦いぶりにいたく感動しました」
そう言って、エスペリアに笑みを向ける。
「どうでしょう。あなたが私の元へ来るなら、一度だけ勇者殿の命を見逃しますよ」
「え・・・？」
「だめ・・・くぉっ！！」
制止しようとする悠人の背を、ソーマは更に力を込めて踏みつけた。
「さぁ、どうします？」
エスペリアは唇を引き結び、悩む。
「くっ・・・！！」
『背負い込んでしまう性格だからこそ、その苦悩はどこまでも深い・・・どうしたらいい！？』
その時・・・
「悠人！！」
「ユート殿！！」
森の奥から、闘護とウルカが血相を変えて駆けてくる。
「む・・・これはこれは」
ソーマは小さく肩をすくめると、側にいたスピリットに小さく合図を送る。
スッ・・・
すると、スピリットは音も立てずに悠人の側に近づくと、首元に神剣を突きつけた。
「っ・・！！」
「ユート様！！」
ザザザザザッ！！！
「悠人！！」
「ユート殿！！」
「新手ですか・・・おやおや？」
飛び込んできた闘護とウルカを前に、ソーマは愉快そうに笑った。
「これはこれは・・・お久しぶりですねぇ、ウルカ」
「ッ・・・貴様・・・」
ソーマを視認したウルカの表情が強ばる。
「それにそちらは・・・神剣を持たないところを見ると、あなたが噂のストレンジャーですか」
「・・・」
闘護はソーマを一瞥しただけで、すぐに悠人に視線を向けた。
「下手な動きは勇者様の為になりませんよ」
「ユートど・・・っ！？」
言いかけたウルカは、悠人に神剣を突きつけるスピリットを見て言葉を失う。
「ウルカ・・・ほら、あなたには懐かしい顔でしょう」
『ウルカに懐かしい・・・まさか！？』
悠人は視線だけをスピリットに向ける。
悠人の脳裏に浮かぶのは、元部下の亡骸を抱えたウルカの姿。
あの時の慟哭が悠人の耳に蘇る。
「ソーマ・・・貴様の、仕業だったのか」
「行き場所がなかったのでね。あなたの部下達は、私が引き取ってあげたのですよ」
ソーマは横柄に言う。
『こんな仕打ちをして・・・笑っている・・・』
悠人の心にすさまじい憎しみが生まれる。
【求め】も悠人の怒りに反応し、ゆらりと青い炎を上げた。
そして、ウルカの表情は色を無くしていた。
「あ・・・あ、ぁ・・・」
目の前のスピリットは、ウルカの元部下達。
衝撃の度合いを見ても、それは明らかだった。
「しかし、流石は世に聞こえたウルカ隊。私の手駒として、最高です」
「部下に・・・何を、した？」
「特別なことは何も・・・それも、私にしてはですが。すぐに従順になってくれましたよ。あなたもそこに並んでくれれば良かったのですがねぇ」
ニタニタと嫌な笑いを浮かべる。
「・・・下衆め」
闘護が酷く冷たい口調で吐き捨てた。
「ソーマ・・・お前は最低だな・・・！！」
下からにらみつける悠人を、ソーマは涼しげに眺めた。
「その目、態度・・・とても懐かしいですよ。かつて、私に挑んできた愚か者によく似ています」
「くっ・・・」
神剣を突きつけられ身動きがとれない悠人はウルカに視線を向けた。
「・・・」
「・・・ウルカ？」
悠人の呼びかけに、ウルカは反応しない。
ショックが大きすぎたのかも知れなかった。
「ハハハハッ！！漆黒の翼ともあろうものが、恐怖で足でも竦みましたかっ！それとも哀しみですか？あれほど私が、人間らしい感情など邪魔になるだけだと教えてあげたのに！！」
「・・・」
高笑いをあげるソーマ。
それに対しても、ウルカは無言だった。
「・・・」
スッ・・・
「人の忠告は聞くものですよ」
「っ・・！！」
前に出ようとした闘護に、ソーマは鋭い視線を向けた。
「ふふふ・・・スピリットではないとはいえ、それぐらい見抜けぬほど私は愚かではありませんよ」
「・・・」
『こいつ・・・隙がない！？』
戦慄する闘護。
「下手に動けば勇者殿がどうなるか・・・わかるでしょう？」
ソーマは肩をすくめた。
「さて。このまま漆黒の翼の苦しみを見物するのも悪くはありませんが・・・エスペリア」
「っ・・！！」
突然声をかけられ、エスペリアはビクリと身をすくめた。
「これはチャンスなのですよ。勇者殿を殺されたくないなら、私に魂と肉を捧げなさい」
「・・・」
エスペリアは悠人を見つめた。
「やめ・・・行くな・・・」
「ユート様・・・ごめんなさい」
「！！！」
「エスペリア殿・・・」
ウルカの呼びかけにも、エスペリアは小さく首を振った。
「・・・」
闘護は一瞬視線を送るものの、すぐにソーマと悠人に戻した。
「ユート様もラスク様も殺してしまうなんて・・・そんなの嫌なんです。そんなの・・・私、耐えられません」
「決心がつきましたね？」
コクリと、エスペリアは頷いた。
「ですから、ユート様・・・さよなら、です・・・」
エスペリアの顔には笑みが浮かんでいる。
苦悩と向き合いながら前へ進もうという顔ではなく、ただ諦めた顔。
「くっ・・・！！」
悠人はそんなエスペリアを見てられなくなり、視線を地面に下げた。
「トーゴ様、ウルカ・・・みんなによろしくお願いします」
「エスペリア殿・・・っ！」
「・・・本気か？」
視線を動かすことなく尋ねる闘護。
「はい・・・」
「・・・」
それ以上語ることはないとばかりに、闘護は構えた。
エスペリアはそのまま悠人に視線を向けた。
「カオリ様ともとの世界へ帰れるよう、祈っています。そして・・・もし私が立ちふさがることになったら、その時は・・・」
ペコリと礼をする。
「フフフ・・・それでは行きましょうか」
ソーマとエスペリアを囲むようにして、スピリットが翼を拡げた。
「では、勇者殿、ウルカ、そして・・・」
瞬間、ソーマの手がぶれる。
「っ！！」
ほぼ同時に闘護の手もぶれた。
ガキンッ！！！
【！？】
その刹那、ソーマと闘護の間で激しい金属音が鳴った。
「ほう・・・」
「・・・ただの下衆ではないようだな」
感嘆するソーマと悔しげな闘護。
ソーマの放った短剣を、闘護は指弾で叩き落としたのだ。
「フフフ・・・神剣を持たない者にしては、なかなかのようですね」
「・・・」
「それでは、失礼します」
そして、悠人を押さえつける一体を残して、そのまま飛び去っていく。
「エスペリアーーッ！！」
悠人の叫びに反応して、エスペリアがこちらを見る。
笑顔だった。
ただ、その中には何もないカラッポの笑顔。
「・・・」
闘護はソーマたちの飛び去った方向を無言でにらみつけている。
その姿が完全に見えなくなると、悠人の上にいた一人も撤退しようと神剣を引いた。
その刹那・・・
「・・・」
シュッ・・ズバッ！！！
「ぁ・・・」
悠人を押さえつけていたスピリットが金色の霧と化す。
ウルカの神速の居合は、防御する暇すら与えることなく、かつての部下をマナの霧に変えた。
「ウル、カ・・・」
「・・・」
呆然とウルカを見上げる悠人と無言で見つめる闘護。
「手前は、負けませぬ・・・手前の理想と、部下達の夢みたこと・・・それを実現するまでは・・・」
ウルカの手は、自然と髪留めに伸びる。
多分、亡き部下達のことを考えながら。
「ウルカ・・・」
立ち上がった悠人は、よろめくウルカを抱きしめる。
頭を押し当てられた肩に、涙の熱さを感じた。
「少し・・・休むか？」
「立ち止まる暇など、ありませぬ」
ウルカは首を振った。
「だから・・・今しばらく、肩を貸して下さい。すぐに立ち直ります故・・・」
「・・・わかった」
『表面的には、すぐに立ち直ってしまうのだろう・・・それがウルカだから』
悠人は頷くと、ウルカの肩に手を置いた。
『だけど、ずっと思い悩むのだろう・・・それもウルカだから』
「・・・うっ、うぅっ」
サラサラした銀色の髪を撫でる。
悠人にそうされることで、ウルカはよりポロポロと涙をこぼしてしまう。
『支えたい・・・いや、俺が支えないと・・・少しでも楽になってくれれば・・・』
ウルカが落ち着くまで、ずっと悠人は頭を撫で続けた。
「・・・落ち着いたか」
二人から背を向けていた闘護がゆっくりと呟いた。
「・・・はい」
「悠人。いけるか？」
「ああ・・・何とかいける」
「だったら、次の任務だ」
闘護は振り返ると、厳しい表情でゆっくりと言った。
「ああ・・・エスペリアを助ける！！」
『助け出す・・・絶対に！！あんな言葉が別れの言葉であってたまるか！！』
悠人はそう言って闘護とウルカを見た。
「力を貸してくれ、二人とも！！」
「はい！」
「おう」
悠人の言葉に二人は力強く頷いた。
「バカ剣。ソーマたちを追跡することは出来るか！？」
悠人は【求め】に語りかけた。
〔それは難しい。あの者達は、神剣の気配そのものを隠す術を知っている〕
「ちっ・・・」
『くそっ！一体どこに連れて行かれたんだ』
悠人の脳裏にソーマの顔が浮かぶ。
「早くしないとエスペリアが・・・・そうだ！！」
『エスペリアは気配を隠す方法を知らないはずだ！！エスペリアの【献身】の気配を追跡できるか！？』
〔ふむ・・・成る程、【献身】とやらの気配はまだ残っている。急がねば消えるが〕
「じゃあ急ぐぞ！！俺達をそこまで連れて行ってくれ！！」
悠人は興奮して叫んだ。
だが、急く悠人に冷や水を浴びせるように【求め】が囁く。
〔やめておくのだ。今の汝の実力では、あの者を助けることは難しい〕
「なにぃ！？」
〔前にも言ったが、あのソーマという者、妖精を上手く使う。それに汝の目的は、あの佳織という者を救うことだろう？〕
「ぐっ・・・！」
〔我の目的は、あくまで【誓い】を砕くこと。たかだか妖精を救う為に、自らを犠牲にし、義妹を救うのを諦めるというのか？〕
『誰が佳織を諦めるなんて言った！！俺が今話しているのはエスペリアのことだ。グダグダ言ってないで追跡しろっ、このバカ剣！！』
〔汝の力ではソーマは倒せない。あの者には迷いがない。自らの為に、人を殺し、妖精も殺す。それに比べると、汝は妖精を一人消滅させるだけでも迷う。それでは勝つことは出来ない〕
【求め】は冷静に止める。
「おい、【求め】はなんと言ってる？」
悠人の様子に、闘護が我慢できず尋ねる。
「・・・俺では勝てないって・・・」
「何で？」
「ソーマはスピリットを巧く使うから・・・」
「理由になってないだろ」
「・・・それに、迷いがない。人でもスピリットでも殺すって・・・」
「だから理由になってない。下衆が何であろうと関係ない」
闘護は吐き捨てる。
「大体、勝てようが勝てまいが助けに行くんだろ？」
「ああ。そのつもり・・・」
〔契約者よ！！〕
キーーーーーーーーーンッ！！！
「っ！！！」
悠人の答えに対して【求め】は拒否反応を起こす。
「ユート殿！！」
「悠人！！」
「まっ・・ける・・・かっ！！」
『俺は・・・佳織もエスペリアも諦める気はないんだ！！』
地面を踏みしめて、自分を奮い立たせる悠人。
噛み締めた奥歯が、ギリギリと鳴った。
「もう、どっちかだけを取るっていう話はやめだ・・・」
悠人はいつの間にか心ではなく、声に出していた。
「比べられるものじゃない」
自身に言い聞かせるように呟く悠人。
「へへ・・・どうせ迷うのはわかってるんだ。それなら、自分の思い浮かぶままに飛び込んでやるさ」
『今はエスペリアを助けたい！！ソーマのせいで、俺のせいで、心身共に傷ついたエスペリアを力一杯抱きしめてやりたい！！』
【・・・】
ジッと悠人を見つめる闘護とウルカ。
いつの間にか悠人は笑っていた。
『きっとラスクも同じ気持ちだったんだろう・・・エスペリアの為に何かをしてやりたい。人の心を癒して、自分を傷つけるエスペリア。彼女を救いたい。それだけなんだ』
「それを魅入られたっていうなら、それもいいさ。俺はエスペリアが好きなんだ。他に理由なんていらない」
全てを吹っ切ったように呟く悠人。
『俺はエスペリアを助ける。そして・・・』
「ソーマを倒す！！」
〔・・・わかった〕
悠人が叫んだ瞬間、【求め】からの警告である頭痛がピタリと止んだ。
〔そこまでならば止めはすまい。だが契約が果たされず汝が倒れることは許さぬ〕
「・・・」
〔我が力の一部を解放する・・・ゆくぞ〕
カァアアアアアアアーン！！！
「ぐぅっ！？」
「悠人！！」
「ユート殿！！」
【求め】から悠人に力が入り込んでくる。
『何度も感じた魂を削られる感覚っ！！だけど・・半端じゃないっ！？』
「くっぁっっっっっっ！！！ま、負けるかぁああああ！！！」
悠人は叫ぶことで意識を繋ぐ。
その代わりに【求め】から流れ込む力が、身体に漲っていく。
力に己の身体を焦がされる感覚。
悠人は、それに倒れることなく耐えきった。
「っくぁ！！」
悠人は一瞬、ビクリと身体を反らせ、荒い息をつく。
〔ふむ・・・膝を突くことすらない、か〕
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」
「悠人」
「ユート殿・・・」
駆け寄ってきた二人に、悠人は小さく笑った。
「行くぞ、エスペリアを・・・エスペリアを助けるんだっ！！」
「・・・ああ！！」
「・・・はい！！」
朦朧とする意識の中、悠人は歩き出した。
『【求め】がエスペリアの気配を追跡する・・・まるで地面に道が出来ていくかのように、どこに向かえばいいかが明確に浮かんでくる・・・』
「くっ・・・はぁ、はぁっ・・・」
歩き出した途端、悠人は肩で息をつき始めた。
『倒れてたまるか・・・待っていてくれ、エスペリア！！』
「・・・エスペリア、必ず助けるっ！！」
─同日、夜
サーギオス領 トーン・シレタの森
悠人、闘護、ウルカの三人は、ソーマを追って暗闇の中を駆け抜けていく。
「くっ・・・」
「大丈夫ですか、ユート殿？」
痛みに眉をひそめる悠人にウルカが心配そうに声をかけた。
「ああ、これぐらい・・・なんてことないさ」
心配をかけさせまいと、悠人は笑って答える。
「しかし・・・」
「本人が大丈夫と言ってるんだ。大丈夫だろう」
隣を奔る闘護がウルカの言葉を遮る。
「そうだな、悠人？」
「ああ。大丈夫だ」
「・・・」
「心配かけてすまない・・・けど、本当に大丈夫だ」
「・・・わかりました」
ウルカはゆっくりと─悠人の気遣いを理解して─頷く。
「・・・なんでだ・・・なんで、あんなヤツに従うんだ・・・」
悠人は絞り出すような声で言った。
〔あの者が、それだけ妖精を扱う術に長けているということだろう〕
「それはもう何度も聞いた・・・だけど、そんな問題じゃない」
【求め】の答えに、悠人は首を振る。
『スピリットが人に従うこと。この世界での常識だというが・・・納得いかない』
「スピリットだから従うなんて・・・間違ってる」
〔だが、契約者よ・・・〕
「・・・誰がなんと言おうと、納得できないんだ！！」
絶叫する悠人。
「負けるか・・・負けて、たまるか・・・」
『エスペリアを助け出して、もう一度笑顔を見たい。その為なら、俺は這ってでも進んでやる』
「エスペリアの気配はどうなってる？」
闘護が尋ねた。
「ちょっと待ってくれ」
悠人は【求め】に意識を集中する。
「・・・近づいてる・・・だけど・・・」
「だけど？」
「少しずつ・・・弱くなってる・・・」
「まさか、エスペリア殿の身に・・・！？」
ウルカが堅い口調で呟いた。
「わからない・・・とにかく、急ごう！」
「ああ！」
「はい！」