―聖ヨト暦333年 ホーコの月 赤 五つの日 夜
法皇の壁
日が落ち、ラキオス軍は法皇の壁を挟んで帝国側に陣を敷いた。
そして、光陰、今日子、エスペリア、セリアの四人に兵士達への指示を任せ、悠人は自分のテントに闘護を呼んだ。
「入るぞ、悠人」
「ああ」
簡易の椅子に座っていた悠人は腰を上げた。
「遅くなってすまない」
「いや・・・それよりも腕は大丈夫か?」
心配そうに尋ねる悠人に、闘護は肩をすくめた。
「ああ。もう平気だよ」
「だけど、さっきの手は・・・」
「この通りだ」
闘護は包帯を巻き付けた両手を見せた。
「包帯を巻いてるが、痛みはもうない。明日の朝には包帯を外す」
「そうか・・・」
「それよりも、これからのことだ」
闘護の言葉に悠人は頷いた。
「今日は疲労を考えて陣を張ったが、ここで時間をつぶすことは得策ではない」
「光陰とセリアも同じことを言ってた。すぐに出発した方がいいよな」
「ああ。明日の朝には出発しよう」
「そうだな」
闘護の提案に、悠人は頷いた。
次の日の朝、ラキオス軍は進軍を再開した。
そして、数日後・・・
―聖ヨト暦333年 ホーコの月 黒 一つの日 昼
リレルラエル
「アークフレア・・・!」
バァアアアアア!!!
【ウァアアアアアア!!!】
ナナルゥが詠唱を終えた瞬間、周囲が燃え上がり、悲鳴を上げるスピリット達。
「今よ!!」
「はい!!」
その隙に、セリアとファーレーンがスピリット達に向かって飛び込んでいく。
「はぁああああ!!!」
「やぁああああ!!!」
ズバズバズバズバッ!!!
【アアア!!!】
二人の繰り出す斬撃を受け、マナの霧と化していくスピリット達。
【!!!】
その二人の左右から別のスピリットが飛び込んできた。
「させないっ・・!」
二人の後方で、ニムントールが神剣を構えた。
「ウィンド・・ウィスパー!!」
ヒュウウウウウ!!!
セリアとファーレーンの周りに幾重もの風が生まれる。
ガキガキガキーン!!
【!?】
スピリット達の攻撃が、風の壁にはじき返された。
「ファーレーン!!」
間髪入れず、セリアが叫ぶ。
「行きます・・・ロウアーレジスト!!」
バァアアアアア・・・
【ウァッ!!】
ファーレーンの神剣魔法によって発生した黒い霧が、残っているスピリット達にまとわりつく。
「アポカリプス・・・!!」
シュゥウウ・・・ドゴォオオオオオ!!!!
【アアアアアアアア!!!】
激しい爆発に包まれ、残っていたスピリット達があっという間に蒸発していく。
「フレイムシャワー!!」
帝国のレッドスピリットが詠唱を終えた瞬間、ヒミカ達に炎の飛礫が襲いかかる。
「さっせないよー!!アイスバニッシャー!!」
シュウウウウウウ!!!
ネリーの神剣魔法によって、炎の飛礫が瞬時に凍結する。
「行くわよ!!」
「は、はい!!」
タンッ!!
直後、ヒミカとヘリオンがスピリット達との間合いを詰める。
「やぁああああ!!」
「たぁああああ!!」
ズバズバズバズバッ!!
【アアアアアアア!!!】
あっという間に数体のスピリットが二人の神剣の錆となる。
「ッ・・・!!」
その時、レッドスピリットが二人から間合いを取った。
「インシネレート!!」
ゴォオオオオオ!!!
その直後に神剣魔法を詠唱すると、凄まじい炎が現れた。
「くっ・・!!」
「きゃっ・・・!?」
体勢が整っていなかった二人に、炎が襲い来る。
「ア、アイスバニッシャー!!」
シュゥウウウウウ・・・
後方に下がっていたシアーの神剣魔法が発動し、炎は二人にぶつかる直前で凍結した。
【!?】
詠唱した敵スピリットは、自分の魔法を凍結させられて硬直する。
「今っ!!」
ダンッ!!
その隙に、ヒミカが一気にスピリットに向かって飛び込んだ。
「やぁああっ!!」
ズバッ!!
「アアアア!!!」
袈裟懸けに真っ二つにされたスピリットは、絶叫と共に散っていく。
「次・・っ!!」
間髪入れず、奥にいるスピリットに向かって飛び込むヒミカ。
「やぁああああっ!!」
【ッ!!】
キン!!ガキン!!キィンキィン!!
激しい斬り合いを結ぶヒミカとスピリット達。
「ヒミカ、前に出すぎですよ〜!」
後方にいたハリオンが駆けつけてきた。
「む、無茶です!!」
ヘリオンの叫び通り、ヒミカを囲むスピリットが多すぎた。
ガキン!!ギィーン!!
「つっ・・くっ・・・!!」
次第に押し込まれていくヒミカ。
「ヒミカ!!」
「ヒミカさん!!」
ネリーとヘリオンが加勢に入ろうと飛び込んでいく。
ガキィーン!!
「っ・・しまっ・・・!?」
しかし、その直後にヒミカは神剣を弾かれて体勢を崩されてしまう。
「ヤァッ!!」
ザシュッ!!
「あぐっ・・・」
そこへ繰り出された敵スピリットの一撃が、ヒミカの脇腹を裂いた。
更に、敵スピリットはそのまま神剣を振りかぶる。
「っ!!」
「ヒミカさん・・・っ!!」
ヘリオンは神剣を敵スピリットに向けた。
「離れて・・・ディバインインパクト!!」
バァアアアアーン!!!!
「アァッ!!」
ヘリオンの神剣から放たれた黒い衝撃を受け、敵スピリットは吹き飛ばされた。
「くぅっ・・・」
ザッ・・・
痛みをこらえきれず、地面に片膝を就くヒミカ。
「ヒミカさん!!」
「ヒミカ!!」
駆け寄ってきたヘリオンとネリーが、ヒミカを庇うように立った。
「ヒミカには指一本ふれさせないからね!!」
「そ、そうです!!」
【!?】
二人の気迫に押され、囲んでいたスピリット達が一歩下がる。
「み、みんなぁ!!」
「お待たせしました〜」
遅れてシアーとハリオンが駆けつけてくる。
「シアー、ヘリオン、いっくよぉ!!」
「う、うん!!」
「は、はい!!」
ネリー、シアー、ヘリオンが周囲のスピリット達に向かって飛びかかった。
その間に、ハリオンがヒミカに近寄る。
「ヒミカ、傷を見せてくださいね〜」
ハリオンはそう言うなり、ヒミカの返事も聞かずに裂傷部分に手を置いた。
「すぐに治しますからね・・・アースプライヤー!」
パァアアアアア・・・
暖かい光がハリオンの手から発し出され、ヒミカの傷を照らし出す。
「どうですか〜?」
「え、えぇ・・・大丈夫・・・」
「もう少しですからね〜・・・はい、完了です〜」
傷が完全に癒えると、ハリオンは詠唱を止めた。
「ありがとう、ハリオン」
「いいえ〜。それよりも、一人で先走ってはダメですよ〜」
「ゴ、ゴメン・・・」
「わかればいいんですよ〜。さぁ、私たちも行きましょう〜」
「ええ!!」
「ようし・・・もう少しだ」
リレルラエル内部に突入した闘護は、周囲を見渡した。
「だが・・・なんだこの町は。住民は避難しているからここには誰もいない。にもかかわらず、この空気・・・」
闘護は眉をひそめた。
『妙に重い・・・いや、澱んでいるように感じる・・・』
「闘護!!」
「悠人!!」
そこへ、ウルカとエスペリアを伴った悠人が駆けてきた。
「状況はどうなっている!?」
「スピリット隊は全員進入している。兵士も雪崩れ込んでる」
「じゃあ、戦いは・・・」
「ああ。俺たちの勝利で終わる」
「そ、そうか・・・」
闘護の言葉に、悠人は安堵の表情を浮かべた。
「ユート様、まだ戦いは終わっていません」
「エスペリア殿の言うとおりです。安心するのは早いかと」
悠人の様子に、エスペリアとウルカが窘める。
「そうだ。制圧が完了するまで油断するなよ」
「す、すまない」
素直に謝る悠人。
「みんな頑張ってるんだ。一気に行くぞ」
「ああ!!」
【はい!!】
そして日も傾き駆けてきた頃・・・戦いはラキオス軍の勝利で幕を閉じた。
―同日、夕方
リレルラエル
戦いが終わり、避難していた住民が町へ戻ってきた。
【・・・】
彼らは、ラキオス軍を歓迎しなかった。
積極的に嫌うこともなく、淀んだ視線を向けられる。
そんな町中を、悠人、闘護、光陰の三人は歩いていた。
「ここじゃ、レスティーナの理想も意味がないんだな」
苦い表情を浮かべる悠人。
「ちっ・・・なんだよ、ここは?」
吐き捨てるように闘護は呟いた。
『ただ、エーテルを消費するのに慣れた民衆はどこまでも無気力で、堕落しきっている』
「与えられるものが全て・・・なんだな」
悠人はゆっくりと言った。
「だが、例外もいる」
光陰が難しい表情を浮かべた。
「スピリットと軍人は、異常なほど活力に富んでいる」
「何なんだ、この国は・・・?」
悠人は信じられないという口調で呟いた。
「住民は与えられたものを享受するだけ、活力があるのはスピリットと軍人のみ」
「・・・異常だな」
光陰が呟く。
「国としては最悪だな。というか・・・国かよ、ここは」
闘護は吐き捨てるように言った。
「反発や暴動でも起きるんならともかく、そんなものを起こす根性もないだろうな」
「・・・機嫌が悪いな、闘護」
悠人の言葉に闘護は不愉快そうに肩をすくめた。
「まあな。俺はこういうのが大嫌いなんだ。自分で決める意志を放棄して、ただ流されるままにしか生きようとしない無気力な連中ってのがな」
「相変わらず厳しいな、お前は。だが、誰もが強い訳じゃないんだぜ」
光陰の指摘に、闘護は首を振った。
「それはわかっている。だが、この国は限度を超えすぎている」
闘護は周囲に視線を向けた。
「あまりに不自然だよ・・・そう思わないか?」
【・・・】
沈黙する悠人と光陰。
「自分の生き方を他人に委ねる。軍人を除いて、な」
闘護は歩き出した。
悠人と光陰も、それに続き歩き出す。
「何故か軍人はやる気満々だ。戦いたい・・・というか、殺したいって気迫だよな、あれは」
「・・・不自然、だと?」
光陰が尋ねる。
「ああ。多分、この軍人に“どうして戦いたいんだ?”と尋ねたら、まともな答えは返ってこないだろうね」
「どういう意味だ?」
悠人が眉をひそめた。
「以前クェドギンは、この戦いが仕組まれたものだと言っていた。もしもその予測が正しければ、おそらく・・・戦う者の意志もまた、仕組まれた可能性がある」
「大将の言葉を信じてるのか?」
「そう考えると、いろいろと納得がいくんだ。たとえば・・・」
闘護はふと、悠人と光陰を見つめる。
「どうして、お前達は戦うことになったんだ?」
「え?」
「どういう意味だ?」
闘護の問いに、首をかしげる悠人と光陰。
「だから・・・どうして、マロリガンで悠人と光陰が戦うことになったんだ?」
「それは・・・光陰が今日子を助けるために・・・だろ?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「秋月君はサーギオスでかなりの地位を築いているらしい」
闘護は、突然話を変える。
「らしいな。やりたい放題って話だ」
光陰が補足する。
「悠人は今でこそ、ラキオスでは英雄扱いされてりう。だが、最初は佳織ちゃんを人質に取られて戦ってたんだ」
再び、話を変える闘護に、悠人と光陰は訝しげな視線を向けた。
「何が言いたいんだ、闘護?」
「戦う理由だよ」
そう言うと、闘護は小さく肩をすくめる。
「ま、今更だけどね・・・もしも、俺がマロリガンに現れたらどうかな、と思ってさ」
「お前が・・・?」
「マロリガンに・・・?」
悠人と光陰は再び首をかしげる。
「光陰と今日子がどういう経緯で神剣を持ったのかは以前悠人から聞いた。それで思ったんだがな・・・」
そこで、少し口調を低くする。
「すごく都合がいいと思わないか?」
「・・・うまい具合に俺たちが争いあうようになってる、か?」
光陰の言葉に、闘護は頷く。
「そうだ。もしも、俺がマロリガンに光陰と一緒に現れたとしよう。そうなったら・・・」
「多分、マロリガンに俺が与することはなかった・・・だろうな」
「光陰・・・」
「俺もそう思うよ」
複雑な表情を浮かべる悠人をよそに、闘護は頷く。
「おそらく、俺と光陰が神剣の主になって・・・後は、マロリガンから即脱出、ってとこだな」
そう言って、闘護は悠人の【求め】に視線を向ける。
「少なくとも、神剣に飲み込まれたとして・・・いや、そんな予想はどうでもいい」
言葉を切り、再び悠人と光陰に視線を戻す。
「俺が言いたいのは、“四神剣が争える”ように契約者が散らばったってことなんだ」
「その都合の良さ・・・」
闘護の言葉を継ぐように光陰が呟く。
「お前が気になったのはそれか」
「そういうこと」
頷いて、闘護は悠人を見た。
「クェドギンが言っていただろ。永遠神剣の思惑で世界が滅ぶ、ってな・・・そして、お前達の神剣の関係とその予測を兼ね合わせると、ある仮説が浮かんでくる」
語る闘護の表情が、次第に深刻な物に変化していく。
「四神剣の争いは、世界に重大な影響を及ぼす・・・そして、その為に俺たち・・・いや、お前達はこの世界に召還された」
【・・・】
「そして、それを実行したのは多分、神剣自体ではなく・・・別の黒幕だ。だとすれば・・・俺たちの真の敵はそいつらだ」
「なんで神剣じゃないって思うんだ?」
悠人が尋ねる。
「光陰の契約方法だよ」
闘護はそう言って光陰を見た。
「光陰は、今日子を助けるために神剣を取った。ここで重要なのは、光陰が神剣を取ったこと自体に神剣の意志はないって所だ。今日子を止めるために、神剣を取るしかないという事態に追い込まれた・・・もしもそうなっていなかったら、光陰が神剣を取るとは限らなかっただろ?」
【・・・】
「そんなあやふやな状況・・・神剣にとって不確実な方法だ、それは」
闘護は肩をすくめる。
「神剣が契約者を呼び寄せると仮定すると、そこが納得できないんだ。まるで、契約“せざるを得ない”状況下に神剣を用意している・・・と感じる」
「そいつが黒幕・・・だと?」
光陰が神妙な面持ちで尋ねる。
「ああ。そして、おそらく・・・悠人」
闘護は悠人をジッと見つめる。
「お前はその黒幕に・・・会ってる」
「えっ!?」
「何だと!?」
驚愕する悠人と光陰をおいて、闘護は言葉を続ける。
「元の世界に飛ばされるきっかけになった大男・・・元の世界で・・・夏君を襲った女・・・テムオリン」
『そいつはオルファを消した・・・!!』
心の中ので呟き、闘護は唇をかみしめる。
「そいつらが怪しいと俺は踏んでいる」
「テムオリン・・・元の世界と、ソーン・リーム台地で戦った敵・・・」
その名を呟き、悠人はゴクリと唾を飲み込む。
「今でも、よく無事で戻れたと思う・・・運がよかったよ」
「・・・運じゃないさ」
闘護が苦い表情を浮かべて呟いた。
「え?」
「運じゃない・・・絶対に、な」
「どういうことだよ?」
光陰の問いかけに、闘護は小さく首を振った。
「今の君たちに言っても理解できないよ」
「そんなの聞いてみないとわからないだろ」
「何か知ってるのか?」
問い詰める光陰と悠人に、闘護は頭をボリボリとかきむしる。
「・・・命をかけて悠人を守ろうとした少女の想い」
「・・・え?」
「なんだ、それ?」
首を傾げる二人に、闘護は小さくため息をついた。
「わからないなら、これ以上語ることはない・・・語る権利もない」
【・・・】
「話を戻そう」
闘護は沈黙する二人を見た。
「テムオリン達が黒幕と仮定する。すると・・・新たな疑問が浮かんでくる。なぜ、奴らはお前達を戦わせたのか?」
「さっき言ってた、世界を滅ぼすためじゃないのか?」
光陰の問いかけに、闘護は難しい表情を浮かべた。
「ならば、どうして世界を滅ぼすんだ?そんなことをして、何のメリットがあるんだ?」
「この世界を憎んでいる、というのはどうだ?」
「・・・全てのマナを一つの剣とする為に・・・全ては第一位の永遠神剣の為」
光陰の問いに答えたのは悠人だった。
「なんだそれ?」
「テムオリンが言ってたんだ・・・どういう意味だ?」
悠人と光陰は、視線を闘護に向ける。
「・・・わからん」
しかし、闘護は首を振る。
「世界を滅ぼすことと、マナを一つの剣とすること、そして第一位永遠神剣・・・はっきり言って、何がどうつながってるのかサッパリわからん」
「一緒に行ったヨーティアは何か言ってなかったのか?」
光陰が尋ねると、悠人は首を傾げた。
「えっと・・・確か、永遠神剣の為だって・・・」
「永遠神剣の為?」
光陰は自分の持つ【因果】に視線を向けた。
「他には何か言ってなかったのか?」
闘護の問いに、悠人は首を振った。
「覚えてない・・・」
「うーん・・・これだけじゃ何もわからん」
光陰はポリポリと頭をかいた。
「仕方ない。もう少し情報を得てから考えることにしよう。今、最優先すべき事は打倒帝国だからな」
「・・・そうだな。闘護の言うとおりだ」
光陰は小さく頷いた。
「悠人も、いいよな?」
「ああ。全ては佳織を助けてから考えよう」
悠人の言葉に頷くと、闘護は再び二人を見回した。
「とりあえず、ここを拠点に帝国に攻めることになる」
「補給はどうするんだ?」
悠人が尋ねた。
「一応、ケムセラウトからの街道は確保できている。それから、ここにエーテルジャンプのクライアントを設置する」
「どれくらい時間がかかる?」
光陰の問いに、闘護は腕を組み考え込んだ。
「そうだな・・・おそらく、二、三週間というところだろう。その間に、リレルラエル周辺の帝国軍を排除する」
闘護がそう言ったとき、司令所として接収した宿に到着した。
「詳細は、夕食後にエスペリア達を集めて話そう」
「わかった。それじゃあ」
「またな」
三人はそれぞれ思い思いに散っていった。
―同日、夜
リレルラエル 宿の一室
ガチャリ
「遅くなってすまん」
鞄を持った闘護が部屋に入ったときには、悠人達五人が既に揃っていた。
「珍しいな。お前が一番遅いなんて」
光陰が目を丸くしつつ言った。
「ラキオス軍との会議が少し長引いてね」
そう言って、闘護は席に着いた。
「何か問題が?」
セリアの問いかけに、闘護は小さく肩をすくめた。
「町の雰囲気が良くないから、早く出たいと。気持ちはわかるが・・・」
「説得してたのか」
「ああ。それに手間取ってね」
悠人の言葉に闘護は頷いた。
「それについては、後で少し説明してくれ。とりあえず、全員揃ったんだし始めようぜ」
「そうだな」
光陰の言葉に頷くと、悠人は全員を見回した。
「みんなのおかげで、リレルラエルを落とすことが出来た
「はい。これで帝国の壁に亀裂を走らせたことになります。ここを橋頭堡として、南方へと展開しましょう」
エスペリアの言葉に、悠人が頷く。
「ああ、本番はこれからだ。まず、ここを拠点にして戦う体勢を整える。闘護、説明を頼む」
「ああ」
闘護は立ち上がると、鞄から数枚の書類を取り出した。
「これから帝国との戦いに備え、ここリレルラエルにエーテルジャンプ装置を設置する。既に着工しており、完成は約二週間を見ている」
言いながら、何かの図が書かれている書類を隣に座る悠人に回す。
「装置の設置作業と平行して、ケムセラウト=リレルラエル間の街道を完全に掌握する。特に、法皇の壁は厳重な警戒をしておく必要がある。ここの守備には、我々本隊所属以外のスピリットを配置する」
続けて、書類をめくる。
「装置の設置が完了し、補給路を確保して長期戦の準備が完了次第、戦闘を再開する」
「その準備が終わるのに、どれくらい時間がかかるの?」
今日子が回ってきた書類を見つつ尋ねた。
「一ヶ月・・・と見ている」
「では、その間に我々がすることはリレルラエルを完全に制圧することですね」
「そうだ。ケムセラウト=リレルラエル間の街道をはじめ、リレルラエル周辺を警戒、敵を見つけた場合は速やかに排除する」
セリアの言葉に、闘護は頷いた。
「以上が、今後の予定だ。何か質問はあるか?」
【・・・】
「何もないなら、さっき光陰が言ったラキオス軍について説明する」
闘護はそう言うと、小さく息をついた。
「結論から言うと・・・長期滞在はしない方がいい。この町の澱みが伝染すると厄介だ」
闘護の言葉に、全員難しい表情を浮かべた。
「多分、他の帝国の町もこんな感じだろうが・・・これは、本気で改革していかないと駄目だろう。まぁ、それは戦いが終わってからの話なんだが・・・」
「変わるでしょうか・・・?」
エスペリアの問いに、闘護は肩をすくめた。
「それはレスティーナ次第、だな」
その後、ラキオス軍はリレルラエル制圧の完了と、設備の設置を開始した。
そして、しばらくして・・・事件は起こった。
―聖ヨト暦333年 エクの月 緑 二つの日 夜
サーギオス要塞攻略戦
街道近く、既に使われていないはずの砦に、兵が伏せているとの報告があった。
そこで悠人達は、最小限の人数での突入を敢行した。
幸い神剣の気配は少なかった。
『さっさと落としてしまえば、それだけ被害は小さくなるんだ』
「いくぞっ!!」
悠人は先頭を切って走る。
人間の兵士が何人かいたが、一睨みするだけで逃げていった。
『このまま行けば・・・勝てる!』
「・・・ユート殿!」
「ん・・・なっ!!」
ガキィィンッ!!
悠人は死角から突き出された剣を跳ね上げる。
切っ先が前髪をかすめるのも気にせず、身体を半回転させて胸元を狙った。
「なにっ・・・!?」
必殺の気合いを込めた剣が、空を斬る。
仕掛けてきた何者かは、その時には大きく飛び退いていた。
「・・・かなりの手練れだな」
他の帝国のスピリットと同様、漆黒のハイロゥを持つ者達。
それが、今攻撃してきた者を含めて三体。
油断無く神剣を構える。
『ここは戦うしかない・・・か』
「サンキュ、ウルカ・・・今のはヤバかった」
「・・・」
「・・・ウルカ?」
「・・・あ・・・まさ、か・・・」
様子がおかしい。
チラリと後ろを見ると、ウルカはショックを隠そうともしていなかった。
「どうした、ウルカ!?」
「・・・」
ウルカは、無言で前に出た。
顔からは血の気が引いている。
「神剣に・・・魂を食われた・・か」
「・・・ウルカ?」
「あそこにいるのは、手前の部下・・・です」
「なっ・・・!?」
ヒュンッ!!
スピリットが間合いを詰める。
ガキィン!!
ウルカはその攻撃を、鞘に収めたままの剣で弾いた。
「くっ・・・【冥加】、手前はどうすれば・・・答えてくれ・・・【冥加】・・・!!」
ギィンッ、ギィンッ!!
流れるような連撃を、ウルカはどうにか避ける。
その技量は凄まじいの一言に尽きるが、それとていつまでも続けられるものではなかった。
「ウルカ・・たぁっ!!」
我慢できず、悠人は横合いから手を出す。
ガキィン!!
硬い金属音を立てて、神剣同士がぶつかった。
『ウルカは満足に戦えない・・・部下を助ける為・・・それが戦う理由なんだ!!』
「下がれ、ウルカッ!!」
ガキィン!!
叫び、悠人はウルカに迫っていた剣を弾き飛ばす。
『俺が戦い、倒すしかない・・・例え、それを理由にウルカから恨まれるとしても。それでも俺は、仲間に傷ついて欲しくないんだ』
「来いっ!!」
ギリ。
『知り合いの大切な人を斬る・・・くそっ!!ウルカにも嫌われる・・・よな』
悠人の奥歯が音を立てる。
「ユート殿っ・・・!!」
「止めないでくれ・・・止められない、戦いなんだ・・・」
「・・・違います・・・手前が・・・手前が、せねばならぬのです」
ウルカが悠人の横に並ぶ。
いつもと同じ、居合の構え。
だが、いつもと違い、添えられた手はカタカタと震えていた。
「涙よ・・・しばし・・・流れるな・・・手前が、自分の手で・・・斬らねばならぬ、故・・・」
ウルカの目には、哀しみがある。
【・・・】
スピリット達の目には、何もない。
『何で・・・何でこんなことになるんだ!?運命の悪戯なのか?そんな言葉で、納得できるもんか!!』
悠人は心の中で叫ぶ。
「手前に出来る・・・最後の、手向け・・・参る!!」
タッ・・・シュパァッ!!!
「この一刀で・・・許せ」
【・・・】
ウルカの【冥加】は、スピリット達を易々と切り裂いた。
シュウウウウウ・・・
三人の内二人は、即座に霧と化す。
最後に、安らいだ笑みを残して。
そして、そこがウルカにとっても限界だった。
「あ・・・ぁ・・・」
カラン・・・
ウルカの剣が落ちた。
「あ・・あ、あ・・・」
最後の一人は、すぐには霧にはならなかった。
だが神剣を砕かれ、致命傷を受けていることは解る。
そのスピリットは、足を引きずりながらも、優しい目をしてウルカの元に歩み寄る。
『正気を、取り戻している・・・?』
神剣が砕かれたからか、それとも死の間際故か、悠人にはわからなかった。
ウルカの腕の中に、スピリットは倒れ込んだ。
今になって流れ始めたウルカの涙が、傷ついた肌を濡らす。
「しっかり・・・しっかりして、くれ・・・」
「たい・・・ちょう・・・」
「何があった・・・手前がいなくなってからっ!?簡単に神剣に負けるような・・・そんなお前達ではなかった筈っ!!」
「・・・」
微笑み、首を振る。
「どうすればいいっ・・・どうすれば助かるっ!?答えてくれ、【冥加】・・・【冥加】・・・!!!」
「・・・」
スピリットはやはり、微笑みのまま首を振った。
『解っている・・・今という時間が、束の間の出来事でしかないことを』
悠人は唇をかみしめた。
スピリットは、震える腕を自らの後頭部に回す。
力は弱く、二度ほど空を切った後、指先が髪留めに触れた。
だが、それを外すことも出来ないらしい。
流れ出すマナが、僅かな動きすら阻んでいるようだった。
「・・・」
スピリットはウルカに囁く。
離れた位置の悠人には、その声は届かない。
ただ、しきりに髪留めをウルカに渡そうとしていた。
『完全にマナの霧へと変わる前に・・・』
スピリットの想いを痛いほど感じ、悠人の唇をかみしめる力が強くなる。
死の途上にあるスピリット。
ノロノロと動く唇を、ウルカは必死の表情で見る。
「あ、あぁっ・・ぁ・・・」
ウルカは泣きながら、何度も頷く。
言葉を忘れたように、泣くことしか知らないように。
その時、スピリットの髪留めを差していた腕が、ダラリと垂れ下がった。
パァアアアアア・・・
金色の光が、全身を包み始める。
スッ・・・
ウルカは少女のように泣きじゃくりながら、言われた通りに髪留めを引き抜いた。
「・・・」
スピリットのどこまでも澄んだ微笑み。
シュゥウウウウ・・・・
髪留めが渡るのだけを待っていたように、人の形が崩れ、瞬く間に金色の霧となった。
「え・・・あ、あ、あぁ・・・」
抵抗を失う腕。
さっきまで身体のあった場所を、涙が通り抜けた。
「うわぁあああああああっっっ!!!」
ウルカの瞳から止めどなく、大粒の涙が零れる。
血液の一滴までがマナへと還り、全てが嘘だったような─そんな、同胞へと向けられて。
「何故・・・何故、戦わねばならない・・・!!守る為に・・・それなのに何故、守るべきものに剣を向けねばならない・・・!?」
「・・・」
慟哭するウルカに、悠人は声をかけられなかった。
「ユート殿・・・どうして、手前らは争わねばならぬのでしょうか・・・?スピリットだから・・・ただ、それだけなのでありましょうか・・・?」
重ねられる悲痛な問いかけ。
『俺は・・・どう答えたらいいのだろうか』
自問する悠人に、ウルカは更に問いかける。
「手前の剣は・・・どこへ向かうべきなのでしょうか・・・?いっそ、己へ向かうものなら・・・」
「駄目だっ!!」
「・・・っ!!」
虚無的な言葉に、悠人はつい叫んでしまった。
「それだけは、駄目だ・・・髪留め、受け取ったんだろ・・・あのスピリットが、どんな気持ちだったか解らないのか!?」
『俺は声を聞いた訳じゃない。それでも、あの表情と様子を見たら、どういったものなのかは解る・・・絶対に、ウルカが生きることをこそ望むはずだ』
強い口調で悠人は言った。
「きも・・・ち・・」
ウルカは残された髪留めを眺める。
生気の戻らぬ瞳に、虚ろな感情が揺れていた。
「俺に立派なことは言えないけどさ・・・それでも、あのスピリットが何を考えていたか、それだけは考えてやってくれよ」
ウルカに渡った時の嬉しそうな顔。
それが、悠人の脳裏に焼き付いていた。
「・・・っ、くっ!!」
再び、ウルカの瞳から涙が流れ出す。
今はただ、流れるに任せるしかない。
悠人には、側にいることしかできなかった。
―聖ヨト暦333年 エクの月 緑 三つの日 朝
リレルラエル
「ウルカの部下が、か・・・」
悠人の報告を聞いた闘護は苦い表情を浮かべた。
「神剣に飲み込まれたらしい・・・戦うしかなかったんだ・・・」
懺悔をするように悠人は呟いた。
「自分を責めるな、悠人」
光陰が悠人の肩を優しく叩いた。
「それでウルカは?」
「・・・塞ぎ込んでる」
闘護の問いに、悠人は絞り出すような声で答えた。
「そう、か・・・」
闘護は腕を組み、ゆっくりと目をつぶった。
「・・・悠人」
「ん・・・?」
「ウルカと共にラキオスへ戻れ」
闘護の提案に、悠人は顔を上げた。
「戻れって・・・」
「そんな精神状態じゃ戦えないし、戦わせるわけにはいかない。お前はウルカが・・・」
そこで、言葉を切る。
「・・・妙な真似をしないように見張ってくれ」
「妙な真似って・・・」
「・・・仲間の後を追う、か」
光陰が呟いた。
「光陰・・・」
「ウルカの性格からして、その可能性は否定できないからな・・・」
「そういうことだ」
光陰の言葉に闘護が頷く。
「それに、自害とはいかなくても・・・自傷行為に走る可能性はあるだろう」
「・・・」
「悠人。ウルカがそういう行為に走らないよう注意しろ」
「あ、ああ・・・わかった」
「無論、言うまでもないだろうが・・・“自分を抱いてくれ”なんて言われたら必ず断れよ」
「なっ・・!?」
目を丸くする悠人に、闘護はため息をつく。
「何を焦ってる?」
「な、何って・・・お、お前、何でそんなことを・・・」
「一度、“そういうこと”をしかけただろ」
闘護はジロリと悠人を睨む。
「うっ・・・」
言葉を詰まらせる悠人。
「・・・」
光陰は無言で二人から視線を外していた。
「悪いが、そういう真似を許容することはできない。流されるなよ」
「・・・」
無言の悠人に、闘護はため息をついた。
「いいか。自傷行為で贖罪をしていると勘違いするバカが多いがな。そういうのはただの自己満足・・・少なくとも、ウルカの仲間がそんなことを望んでいるのか?ウルカが苦しむことを」
「そ、それは違う!!」
我慢できず、悠人は叫んだ。
「彼女たちはウルカが苦しむことなんて望んでない!!」
「だったら、理解できるだろ」
闘護は少し安心したように頷いた。
「今回のことは、確かにウルカにとっては辛いものに違いない。彼女がそれを乗り越える手助けをすることは構わない・・・が、彼女が自分に対して罰を望むのならば、それは間違っている」
強い口調で闘護は続ける。
「もしも罰を望むなら、戦いを終わらせることに尽力するべきだ。この戦争の犠牲になった者の為に・・・な」
「・・・」
「わかったな?」
念を押すように尋ねる闘護。
「・・・ああ」
悠人は苦い表情のまま頷いた。
その後、悠人が部屋から出て行き、闘護と光陰が残った。
「・・・なぁ、闘護」
「ん?」
「悠人は割り切れないと思うぜ」
光陰は難しい表情を浮かべた。
「守ろうとした者を倒してしまったウルカを救えるのは悠人だけだ。それはわかる。けど、その為に悠人は苦しむだろう」
「だからどうした?」
闘護は無表情で尋ねた。
「・・・俺は、傷の舐め合いを否定する気はない」
光陰は闘護に宣言するように言った。
「誰しも弱い部分がある。それをお互いに補うためには、そういう行為も必要だと思う」
「・・・」
「お前の言っていることが間違ってるとは言わない。だが、全て正しいとは・・・」
「悠人が誰かと“そういう行為”に出ることは許さない」
光陰の言葉を遮るように闘護は言った。
「誰であろうと、どんな理由があろうと、俺は悠人と“そういう行為”に及ぶことは許さない。もしも、“そういう行為”に出ようとするなら、妨害する」
「・・・何だよ、それ?」
光陰は苛立ちの含む口調で尋ねた。
「お前、何でそこまで・・・」
「一人の女の子がいた」
再び光陰の言葉を遮り、闘護は呟いた。
「その女の子は好きな人を守り命を賭して・・・誰からも忘れ去られた。好きな人からも・・・」
闘護はゆっくりと光陰を見つめた。
「だが、忘れたから何もかも関係ない・・・その女の子の気持ちはどうでもいい・・・そう思うか?」
「・・・」
「俺はそうは思わない」
沈黙する光陰をおいて、闘護は首を振った。
「だから、その女の子が命を賭したこの戦いが終わるまで・・・俺は、その女の子の想いを尊重する」
「・・・」
「この戦いが終わるまで、悠人と誰かが結ばれることは許さない。絶対に、な」
闘護は迷いのない表情で言い切った。
「・・・誰だよ。その女の子って?」
光陰の問いに、闘護は首を振った。
「言ったはずだ。誰からも忘れ去られた、と」
「じゃあ、何でお前は覚えてるんだ?」
「そんなことは知らない」
「・・・その女の子ってのは、お前の想像上の存在じゃないのか?」
光陰は疑うような視線を闘護に向ける。
「それはない」
「どうしてそう言い切れる?」
「彼女がいたという証拠がある。俺の記憶以外に・・・物的証拠が、な」
「物的証拠?」
「ああ。それがある限り、彼女は確かに存在したと言い切れる」
闘護はそう言って小さく肩をすくめた。
「そして、彼女が命を賭してまで悠人を守ろうとした想い・・・この世界を救うまで、俺はその想いを尊重し続ける」
「・・・名前も教えてくれないのか?」
光陰の問いかけに、闘護は小さくため息をついた。
「オルファ・・・オルファリル=レッドスピリット」
「オルファリル?それって、確か悠人達がソーン・リーム台地から戻ってきたときにお前が言っていた名前だよな?」
光陰の言葉に、闘護は頷いた。
「そうだ。何か知ってるか?」
「・・・いや」
光陰は首を振った。
「だろうな」
予想していたのか、闘護は小さく肩をすくめた。
「俺が知る限り、誰も彼女の名を覚えていない・・・存在したことは間違いないのに、な」
「・・・」
「だが、ならばこそ・・・覚えているのが俺だけならば、俺は彼女の想いを尊重していく。例えそれが俺のわがままだとしても・・・」
闘護は強く言い切った。
「お前・・・その娘のことが好きだったのか?」
「好き・・・俺が?」
光陰の問いかけに、闘護は目を丸くした。
「随分とその娘を気にかけているじゃないか。特別な感情を持っていたんじゃないのか?」
「特別な感情ねぇ・・・自覚はないな」
闘護は頭をかいた。
「じゃあ、お前がその娘を気にかけるのは・・・」
「ただのわがまま、だな。理由は納得できないから」
光陰の言葉を継ぐように闘護は言った。
「だったら・・・俺はお前に賛成できないな」
光陰は肩をすくめた。
「邪魔をしたいなら、お前一人でやれ」
「ああ、そのつもりだよ」
光陰の言葉に、闘護は首を振った。
「誰かに手伝ってほしいとは言わん。これは俺のエゴなんだ」
―聖ヨト暦333年 エクの月 黒 二つの日 夜
悠人の部屋
「はぁぁ・・・」
悠人はベッドに横になり、大きく息をつく。
ウルカの元部下との戦いから、既に数日が経っていた。
結局、あれから悠人とウルカはエーテルジャンプでラキオスに戻った。
理由として、一つには悠人に連戦の疲れが出ていたこと。
そしてもう一つが─
『ウルカ・・・』
ウルカは憔悴していた。
自らに刃を向けることこそ無いが、食事も殆ど取らず、緩やかに死に向かっているようにも見える。
そして、それを思いとどまらせているのは悠人ではない。
『俺は・・・死人すら利用してるのか・・・』
部下から貰った髪留め。
それを日に何度も見ながら、ため息をつくようになった。
あのウルカが、だ。
「なんとか、しないと・・・」
『ウルカのことが気になる。俺に出来ることなら、何とかしてやりたい・・・』
そこまで考えて、悠人は苦笑する。
「ったく・・・いつの間にこうなったんだろうな」
『真面目で、危なっかしくて、ほっとけない。最初はただそれだけの筈だったのに・・・』
コンコン。
小さくノックの音が響く。
「ん・・・開いてるよ」
ガチャ
ドアが開き、ウルカが顔を覗かせる。
「・・・どうしたんだ、ウルカ」
「・・・」
起きあがった悠人に対し、ウルカは表情を動かさなかった。
まるで、【拘束】に意識を奪われた時のように。
「ユート殿・・・手前はどうすれば、よいのでしょうか?」
「え・・・」
「みんな・・・死なせてしまいました・・・手前がふがいなかったせいで、あのような取り返しのつかないことに・・・手前のっ!!」
「ウルカッ!!」
悠人は思わずウルカを抱きしめてしまう。
放っておくには、あまりにも頼りなく、あまりに切なかった。
「あまり、考えすぎるな・・・」
「しかし・・・手前がすぐに助けに行けば、あるいは・・・それなのに・・・ラキオスでの暮らしに溺れ・・・戦いから離れられると考え・・・その為に、犠牲にしてしまった・・・」
身を切られるような懺悔の言葉。
『どれだけ悔いても、自分で納得することはないだろう』
悠人は心の中で呟く。
「ユート殿、手前に罰を・・・与えて下さい。手前一人がのうのうと生きるなど・・・出来ませぬ」
「待てよ・・・もう、十分に苦しんだだろ・・・?」
「足りませぬ・・・命を失った者に対し、あまりに・・・」
ウルカはするすると服を脱ぎ始める。
動きはたどたどしく、明らかに慣れていない。
『・・・慣れてるはずがないか』
「ユート殿、手前に罰を・・・」
声は震えている。
「お願い・・・します」
一糸まとわぬ姿になると、目を瞑り、ベッドに横になる。
「駄目・・・だ」
悠人は心の底から絞り出すような声で言った。
「ユート、殿・・・」
「・・・俺、今のウルカを抱くことは出来ない」
「・・・」
縋るような視線を向けるウルカ。
しかし、悠人は目をそらすことなく、真正面からウルカを見つめた。
「自分を許せない気持ちは・・・俺にもわかる。だけど、自分を傷つけても・・・駄目なんだ」
「・・・」
「俺さ・・・元の世界に戻ったときに、大切な友達を傷つけて・・・アセリアも苦しめて・・・その時思ったんだ。自分が死ねばいいのかって・・・」
「!」
ウルカは小さく身を震わせた。
「けど、駄目なんだ・・・そんなことをしたって、失われたものは取り戻せない・・・」
悠人は自分に言い聞かせるような口調で続ける。
「自分を傷つけることは・・・ただの自己満足・・・そんなことをしても、誰も喜ばない・・・そんなこと、誰も望まない」
「ユート・・・どの・・・」
ウルカはゆっくりと身を起こした。
「ウルカ・・・今はまだ、自分を許せないかもしれない。だから・・・まずは、自分に出来ること・・・しなくてはならないことを考えたらどうかな?」
「手前のすべきこと・・・」
「そう。自分を許せないなら、その罪を償うことを・・・」
「ユート殿・・・」
ウルカは自分の胸元に両手をおいた。
「手前の剣を捧げても、よろしいでしょうか?」
「俺に・・・か?」
「・・・はい」
「いいのか?もう、戦わなくてもいいんじゃないか?」
『ウルカは戦いが好きだと言っていた。確かに、それは正しいのだろう。だが、決して殺し合いが好きなわけじゃないんだ』
悠人の言葉にウルカは首を振った。
「いいえ。手前の役目も・・・為さねばならぬことも、まだあります。その方向は、ユート殿達と同じ向きだと思うのです」
「ウルカは、それで大丈夫なのか?」
「手前一人では、無理かもしれませぬ。ですが、ユート殿と共に歩む道ならば、きっと」
ウルカは迷いのない瞳を悠人に向けた。
「・・・解った。ウルカ、一緒に戦おう。俺達なら多分、誰よりも良いパートナーになれるさ」
「はい・・・手前も、そう思っておりました」
顔を見合わせて笑う。
『そうだ、俺達はここからまた出発するんだ』