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―聖ヨト暦333年 チーニの月 緑 三つの日 昼
 ミネア

 帝国との開戦が迫った頃、闘護はミネアへの救援物資の運搬に参加した。
 その仕事の合間に、セリアとナナルゥが手伝っている孤児院へ寄ってみることにしたのだが・・・

 「・・・ん?」
 孤児院の近くの広場に足を踏み入れた闘護は、目を丸くした。
 広場では、子供達が元気よく遊んでいる。
 「セリア・・・?」
 相手をしているのはセリアだった。
 セリアは子供達の世話をしつつ、注意深く周囲に気を配っていた。
 「・・・なるほど」
 『第二詰め所でスピリットの世話をしているから、子供達の世話も上手だよな』
 納得して頷く闘護。
 「トーゴ様、ですか?」
 その時、後ろから声をかけられた。
 「やあ、シエラさん」
 そこにいたのは、孤児院の保母を務めるシエラだった。
 「どうなさったのですか、こんな所へ?」
 「二人の様子を見に来たんだが・・・」
 闘護は再び子供達に視線を向ける。
 「ナナルゥじゃなくてセリアが世話をしているのか?」
 「はい・・・ナナルゥさんは子供達に何をされても怒らないので、代わりに注意していたセリアさんがいつの間にか面倒を見るようになりました」
 シエラが闘護の隣に立ち、子供達に暖かい眼差しを送る。
 「ナナルゥは?」
 「ナナルゥさんには、食事や買い物のお手伝いをしてもらっています」
 「そうか・・・」
 闘護は安心したように頷くと、子供達に背を向けた。
 「お二人に会わないんですか?」
 「ああ。それじゃあ、二人をよろしく」
 「あ、はい」
 会釈をして、闘護はその場を立ち去った。


─聖ヨト暦333年 チーニの月 黒 三つの日 昼
 ラキオス城下町

 『最近、身の回りで変化が起きてる・・・』
 明らかな態度で、悠人はそれを自覚させられていた。
 『前は嫌われてるって思った者になのにな』
 街を歩いていて、色々な人に話しかけられる。
 顕著なのが子供の場合で、悠人がたじろぐほど積極的だ。
 『この前なんかペタペタ触られて、あのバカ剣が参ってたもんな・・・あの時の微妙に不快そうな意志と来たら・・・』
 「くくく・・・」
 思い出し、小さく笑う悠人。
 「ま、子供っていうのはああいうもんか」
 『ただ、それでも以前は親が止めていたんだよな。失礼だからとかではなく、危険だからという意味で・・・少しは信用されたのかな』
 フゥと息をつく。
 『こうなったのも、レスティーナによるところが大きいだろうな。あの分け隔てのない姿を見れば、誰でも自分を振り返るし。』
 「他にも、いくつかの理由があるよな・・・」
 『その中でも、マロリガンとの戦いの終結時、大陸の壊滅を食い止めたことが大きかったんだ・・・実際、大陸中央部には避難勧告が出ていたし、エーテルコアの暴走が止まったのはギリギリだった。凱旋した時も、今までにないくらい歓迎されたしなぁ』
 他にも悠人の境遇を宣伝に使われた、等の理由も考えられる。
 『だが、とにかく居心地は良くなった。館のみんな、スピリットに対する態度も、ほんの少しずつだけど良くなりつつあるし・・・すぐには無理でも、いつかは解決するのかもしれない』
 そこで、僅かに表情を翳らせる。
 『だからって、今までの扱いを忘れることは出来ないけど・・・』


 投げかけられる声に答え、悠人からも話しかける。
 そうこうしているうちに、高台まで来ていた。
 「ふぅ・・・」
 喧噪もやや遠い。
 吹き抜ける風の気持ちよさに、悠人は思わず目を細めた。
 「ここは、平和だな・・・」
 戦場は離れた場所だ。
 そのお陰で、首都は平和だった。
 「理不尽に人が死なない・・・当たり前の筈なんだけど」
 『これまでは、その当たり前がなかった。そして、余裕が出来たからこそ、より俺を受け入れやすくなったんだろうな・・・』
 「結局・・・みんな、気の良いヤツらだよな」
 小さく呟く。
 『世界中の誰もがいい人。そんな佳織理論も、今なら少し信じられるな・・・あれ?』
 そこまで考えて、はたと止まる。
 『“みんな”の意味が、かなり広がっている・・・ここにきた時は、俺と佳織と・・・後はせいぜいエスペリア達だけだったのに・・・そこにレスティーナが加わり、ラキオスの人たちが加わり、今はどれくらいの範囲になっているのだろうか?』
 「いつの間にか、守りたいものが増えてる」
 『今はまだ、それをどうして良いかわからないけど。戦いはまだ続いてる・・・今すぐ出さなきゃいけない答えじゃないはずだ』
 悠人は、暫くの間風に当たり続けた。


─聖ヨト暦333年 アソクの月 青 一つの日 昼
 謁見の間

 「時は来ました・・・我がラキオス王国は、神聖サーギオス帝国に宣戦を布告します」
 レスティーナが重々しく言った。
 謁見の間に集まった悠人達スピリット隊をはじめ、文官、武官全員が緊張した面持ちでレスティーナを見つめる。
 「あらゆる困難を乗り越えてきた私達ならば、必ず理想を実現できるでしょう。最後の戦いです・・・皆さん、私に力を貸して下さい」


─聖ヨト暦333年 アソクの月 赤 一つの日 昼
 悠人の部屋

 「・・・」
 「・・・」
 苦い表情で悠人と闘護はテーブルの上で頭を突き合っていた。
 話していたのはアセリアについてだ。
 「アセリアの自我が神剣の中に消えてから、既に長い時間が経過している・・・」
 闘護がボソリと呟いた。
 「けど・・・意識を戻す方法は見つからない・・・」
 悠人が苦い表情のまま言った
 『ソーン・リームでも、方法は見つからなかった。それどころか、オルファが消えてしまった・・・』
 「行き詰まってしまった・・・か」
 闘護は唇を噛み締める。
 「俺もアセリアの部屋を何度も訪れて面倒を見てる・・・だけど、「うん」と返事をすることもないんだ・・・」
 『俺はどうしたらいい・・・アセリアの為に、俺は何が出来る?』
 悠人は悔しそうに拳を握りしめる。
 『焦っても何も出来ない。いくらアセリアに呼びかけても、あの、星空を見た時のような笑顔は見られない・・・』
 「くそっ!!」
 ダンッ!
 強く机の上に拳を振り下ろす。
 トントン
 「ユート様、いらっしゃいますか?」
 「っ・・・」
 「エスペリア・・・」
 「トーゴ様もいらっしゃったんですか?」
 「ああ。えっと・・・」
 闘護は悠人を見る。
 「あ、ああ。どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 ドアが開き、エスペリアが入ってくる。
 その顔には、疲れがありありと浮かんでいた。
 『無理もない、か・・・エスペリアはほぼ毎日アセリアの側で様子を見ているんだから』
 悠人は唇を噛んだ。

 少しでも手がかりがないか、アセリアに変化はないか。
 その上で毎日の家事と、訓練と、戦いとをこなしている。
 今日子や第二詰め所のメンバーも手伝っていたが、やはりいつも側にいるエスペリアに負担は大きくかかっていた。

 「ユート様、ヨーティア様がお呼びです。急ぎ、研究室まで来るように、と。トーゴ様と私も呼ばれていますので、一緒に参りましょう」
 「俺やエスペリアもか・・・」
 「珍しいな・・・なんの話だろう」
 「申し訳ありません。そこまでは伺っていません」
 エスペリアは頭を下げる。
 『こういう席にエスペリアが呼ばれるのは滅多にない。いつもは俺と闘護、ヨーティア、レスティーナという面子だ。ってことは・・・いつもと違う内容なのだろうか?もしかして、アセリアのことでは・・・?』
 悠人はほのかな期待をする。
 アセリアの精神の回復がヨーティアの研究内容の一つとなっているだけに、悠人の心が逸るのも無理はなかった。
 「もしかしたら・・・アセリアのことかもしれない。急ごう、二人とも」
 「ああ」
 「はい!」
 三人は急ぎ準備をして、王城へと向かった。


─同日、昼
 ヨーティアの研究室

 研究室にはすでにレスティーナが来ていた。
 普段のメンバーにエスペリアを加え、ヨーティアは口を開いた。

 「今日、来てもらったのは他でもない」
 「あ、ああ・・・」
 いつもの口調のヨーティアに、焦っていた悠人は肩すかしを食らった気分になる。
 「帝国との戦いが始まって以来、私達の台所事情はとても苦しいものになっている。それは諸君もわかっている通りだ」
 ヨーティアが切り出した話に、悠人は内心ガックリした。
 『アセリアの事じゃないのか・・・』
 「ユート様・・・」
 机の下で悠人の手をそっと握ってくれるエスペリア。
 焦らずに行きましょう、そう語りかけてくるようだった。
 『エスペリア・・・ありがとう。大丈夫だ』
 悠人は少し強く握り返す。
 安心したエスペリアの手がゆっくり離れる。
 『そうだ。今は、この話に集中しないと・・・』
 「ユート、ちゃんとヨーティア殿の話を聞いていますか?」
 レスティーナが注意する。
 「ああ、ご、ごめん」
 「シャキッとしろ、ボンクラ!これはアンタにとっても重要なことなんだからな」
 報告書のような物を深刻な顔で捲りながら、ヨーティアは吸っていた煙草を灰皿に押しつける。
 「悪い・・・ちょっと考え事していた」
 『大切なことはいっぱいある。気を抜くわけにはいかないんだ』
 悠人の言葉にヨーティアは肩を竦める。
 「まぁいい。ユートのぼんやり癖は、今に始まった事じゃないしね」
 右手に持った筆の柄で、頭を掻きながら投げやりに言う。
 「さっき言ったように今、ラキオスのマナ事情はまったくもって楽観できない。帝国と、正面から思いっきりやりあうにはね」
 相変わらず散乱した机の上に、報告書をポンと放り投げる。
 山積みになった大量の本の上に落下して、フワリと白い埃の煙が立ち、やはりエスペリアは顔をひくつかせた。
 「マロリガン周辺のマナも、今は俺達が持っているじゃないか。それでも帝国との戦いには足りないのか?」
 悠人は素直な疑問をヨーティアにぶつける。

 北方から、中央部にかけてのほぼ全ての国は、今やラキオスの制圧下にある。
 占領下になっていないのは、北東のソーン・リーム中立自治区だけだ。

 「単純に制圧した国土で言えば、現状は私達の方が多いかもしれません」
 それに答えたのは、意外にもレスティーナだった。
 「ただ、私達は国民に対して、ある程度以上のエーテルを解放しています。全てを軍事利用するわけにはいきません」

 レスティーナは支配下に置いた領地にも、ラキオス城下と同等のエーテルを供給している。
 エーテルは公平分配する・・・これはレスティーナが王位についた時の宣言にあったことだ。

 「レスティーナ殿は、倹約させつつも最低水準の生活は保障しているからね。全部の街に適応させると、なかなか財布が辛くなるんだ。ま、そこが私達の腕の見せ所なんだけどね」
 新しい煙草に火をつける。
 さっきの煙草も、まだ先が少し焦げた程度。
 『悩んでいる時の癖なのか?』
 悠人は心の中で呟く。
 ヨーティア自身、レスティーナの意見に賛成しているので批判めいたことは言わない。
 むしろ、この苦労を楽しんでいるかのようだ。
 「痛みは必要です。ですが、犠牲にしてはならないものもあります。一部の人々にだけ苦痛を与えるのならば、それは帝国と同じ事となりましょう」
 屹然とした態度でレスティーナは言い切る。
 「そうだな」
 沈黙していた闘護が頷く。
 「親帝国であったダーツィ大公国などは、かなりエーテルを制限された生活を強いられていた。人民を犠牲にして戦争をするというのなら、俺は降りる」
 闘護はハッキリと言い放った。
 「・・・そうだな」
 『俺もレスティーナの方針には大賛成だ。誰かを犠牲にすることでまでに進む・・・出来るだけ、そんなことはしたくない。好き嫌いの部分でもそうだし、犠牲にさせられた方が恨みを持つことも容易にわかる』
 悠人は納得したように頷いた。
 「ま、そういうわけだ。私もレスティーナ殿の考えには賛成だね。さて、そこでだ・・・」
 言葉を切ると、ヨーティアは机の横に立てかけてあった地図を取り出す。
 それは、いつもこの類の会議に使われる大陸全土の地図で、帝国の南部の街に赤いマークが付けられている。
 『ヨーティアがこういう話の切り出し方をしている時は、二種類しかない。自分の素晴らしい発明を披露する時と・・・俺にもの凄く面倒なことを依頼する時だよな』
 悠人は注意深くヨーティアの一挙手一投足を見つめる。。
 「この街は、確か帝国領のリーソカだな。ここに何があるんだ?」
 悠人が尋ねる。
 「ここは私が所属してたメトラ研究室がある街でね」
 ヨーティアは悠人の背中に廻り、肩を揉み出す。
 『何だか嫌な予感が・・・』
 悠人のこめかみに汗が浮かぶ。
 「チョロッと忍び込んで、取ってきて欲しいものがあるのさ。なっ!頼む!」
 パン!
 肩を両手で叩いて、とんでもないことを言い出した。
 『帝国に潜入するだって?チョロッと、何て気楽なもんじゃない!!それが出来るならば、俺は佳織を救いに飛び込んでるぞ!!』
 「冗談だろ!帝国の、しかもこんな奥地には入れるか!」
 悠人は我慢できずに叫んだ。
 「法皇の壁を越えるのだって大変だし、大平原を補給無しで突破なんて・・・第一、俺が歩いてたら、神剣の気配ですぐにばれる。無理だ。無理」
 「失礼ですが、私ものその計画は難しいと思います。帝国のスピリット達は皆、神剣との同化が進んでいます。私達だけが、一方的に看破されるかと」
 珍しくエスペリアが意見する。
 エスペリアは、話の流れを静かに聞いていることの方が多いのだが、流石に今回の無謀な作戦には、口を出さずにはいられなかったのだろう。
 「ヨーティア殿、危険すぎます。よほどのことでなければ単独潜入などと・・・ヨーティア殿らしくありません」
 レスティーナも静かに反論する。
 「・・・それが一般的な意見だろう」
 闘護の言葉に、全員の視線が闘護に向く。
 「だが、そんなことは自明の理・・・その上で提案しているんじゃないのか?」
 闘護はヨーティアを見つめる。
 すると、ヨーティアは肩を竦める。
 「そういうことだ」
 そう言って、ヨーティアは全員を見回す。
 「確かに、帝国への潜入は無謀な上に非常に危険だ。それに見合うものでなければ意味がない」
 頭をポリポリと掻きむしり、後ろを向いた。
 「巨大なマナ結晶体。それが見返りだ」
 「その結晶とは・・・どれくらいの量のマナを持っているのですか?」
 「・・・私が知っている限りで、五十人以上のスピリットが、この結晶の為に犠牲になっているはずだ。エーテルジャンプ関連施設の、一つや二つなら、間違いなくお釣りがくるよ」
 ヨーティアの声は重く辛そうだった。
 「成る程、それは・・・確かに・・・帝国の手に・・渡すわけにはいきませんね。戦況を左右するに値するものですね・・・」
 考え込むレスティーナ。
 『危険な賭だが・・・確かにそんなにも大量のマナが見返りなら、考える価値はある』
 闘護も真剣な表情で考える。
 『だが賭に負ければ、結晶のことが明らかになり、ラキオスにとっては大打撃となるし、更に言えば、悠人達も殺されてラキオスの戦力自体が激減してしまう可能性も十分にあり得る』
 「ヨーティア。一つ、聞いていいか?」
 闘護が問いかける。
 「何だい?」
 「何故、こんな情報を今更になって教えるんだ?」
 闘護の問いに、悠人達の視線が二人に集まる。
 「・・・償いじゃないけどさ」
 ヨーティアはゆっくりと語り出す。
 「・・・せめてスピリット達の供養と解法の為に、結晶を使ってやりたいんだよ」
 そう言ったヨーティアの目には悔恨があった。
 「それとだ。私が持ってきてもらいたいものの本命は結晶じゃない。スピリットと神剣の関係性の実験資料だ」
 ヨーティアはゆっくりと言った。
 「半分は吹っ飛んじまったが、まだ結構な数は残ってる。隠した資料の中に、アセリアの精神を引っ張り上げる手がかりがあるかもしれない」
 ヨーティアは真顔で悠人を凝視する。
 「私はもうスピリットを何かの犠牲にしたくない。アセリアを助けてやりたいんだ。アセリアの心に語りかけ、神剣の深層まで入り込める波長・・・それさえ解ればなんとなるはずさ。あとは、それと合う神剣があればいい」
 「じゃあ、アセリアは帰ってこれるのか!?」
 「ゆ、ユート様!!」
 悠人とエスペリアは手を繋ぐ。
 『アセリアが帰ってこれるかもしれない!!』
 悠人は喜びを抑えきれなかった。
 「成る程・・・賭に乗る価値はあるな」
 闘護も納得したように頷いた。
 「ユート。これで、この作戦を行う意味が出来ました」
 レスティーナが口を開いた。
 「まずはマナの結晶体を手に入れること。そしてアセリアを助ける為の資料を手に入れてきなさい。これは命令です・・・どちらも無事に持ち帰るのです。その両方ともが、このラキオスにとって勝利をもたらす鍵となるでしょう」
 あくまで国益の為、そうレスティーナは言っている。
 『だけど、レスティーナもヨーティアもアセリアのことを考えてくれている・・・それが嬉しい』
 悠人は心の中で喜んだ。
 「だが大きな問題があるぞ」
 闘護が口を開いた。
 「隠し場所にたどり着き、そして脱出することが出来るのかどうか、だ」
 「わかってる。作戦はこうだ」
 ヨーティアが地図に視線を落とした。
 「マロリガン南部から、ミスレ樹海を東部に横断する。そしてオリン大地に侵入する」
 ヨーティアは指で地図をなぞった。
 「完全に帝国の懐だ。警戒も並大抵じゃない。その為に、潜入能力だけじゃなく機動力を持った人員じゃないとダメだ。そこで、今回の人員は三人。ユートとトーゴ・・・そしてアセリアだ」
 「何だと!?」
 悠人は目を丸くして叫んだ。
 「俺と悠人とアセリアの三人でか!?」
 闘護も信じられないという表情だ。
 「そんな!それはいくら何でも無理だっ!今の状態じゃ、アセリアはまともに行動できない!俺は反対だっ!!」
 「ヨーティア様、今のアセリアは適任ではありません!代わりに私が行きます」
 悠人が言うと、エスペリアも強い口調で反対する。
 「神剣の本能に行動が左右されるアセリアを連れて行くのは危険だ」
 闘護も首を横に振る。
 「特に、今回のような潜入任務の場合、敵に発見されたら勝手に向かっていくかもしれん。それでは、お話にならないだろ」
 「悪いがそういうわけにはいかん。敵に発見され追われた時を考えると、飛行できるハイロゥを持つ青のスピリットが必要なんだ。黒のスピリットでは飛距離にも高度的にも欠ける」
 三人の意見に、ヨーティアは首を振った。
 「それに相手の魔法を封じることが出来る。派手な赤魔法の撃ち合いをしてむやみに敵を引きつけることもない。だから潜入作戦に適任なんだ」
 「理屈ではな。だが、それなら他のブルースピリットでも・・・」
 「誰を連れて行く?」
 闘護の言葉を遮るようにヨーティアは尋ねる。
 「帝国の奥地に潜入するんだ。それなりの戦闘能力も必要になるぞ」
 「それは・・・」
 『戦闘能力の点から、ネリーとシアーは駄目だ。セリアを・・・いや、セリアを外すと、内務に支障が出る』
 ヨーティアの問いに、闘護は難しい表情で考え込む。
 「・・・ラキオスのスピリットでは、アセリア・・・しか、いない・・・か」
 苦い表情のまま闘護は呟く。
 『実際は戦える・・・だが、戦いすぎることが問題だ。もしもの時に逃げることすら出来なかったら・・・』
 「駄目だ!アセリアは戦える状態じゃない!!」
 悠人が叫ぶ。
 「・・・決めました」
 ずっと顎に手を当てて、思考に沈んでいたレスティーナが口を開く。
 決意を込めた瞳が悠人達を見た。
 『・・・まさか!?』
 「作戦通り、ユート、トーゴ、アセリアの三人でミスレ樹海へ」
 キッパリとアセリアの作戦参加を決定した。
 「そんな!どうしてなんだ!?」
 「アセリアが一番強い力を持っているのは、他でもないユートならば解っていることでしょう。今回の任務は、今後の戦いを左右するもの。感情だけでは動けません。任務に必要な能力を持っているのはアセリアとユートとトーゴしかいないのです。人員の変更を考えるつもりはありません」
 反論は許さない。
 そんな迫力の込められた言葉だった。
 「ぐっ・・・」
 『いくらこれからの為といっても、アセリアを危険にさらすのは我慢できない!!もう一度、二人でハイペリアに行くと約束したんだ。それを果たす為にも、無理に戦わせることはしたくなかったのに・・・!!』
 悠人が唇を噛んで口を閉ざしていると、ヨーティアがいつになく真面目な口調で話しかけてきた。
 「二人とも、すまん。アセリアを守ってくれ。そして・・・必ず生きて帰ってきてくれ。そうすれば必ず心を取り戻してみせる。天才の名にかけて、必ずだ!!約束しよう」
 そっと、悠人と闘護の肩を握りしめる。
 その姿には、いつもの余裕がなかった。
 『ヨーティアにとっても苦渋の決断なのか・・・俺だけじゃないんだ・・・みんな、こんなにもアセリアのことを想ってる』
 悠人は拳を握りしめる。
 『俺達は仲間なんだ。そんな当たり前のことを忘れていた・・・』
 「・・・わかったよ。何とかしてみるさ。正確な位置と潜入方法を教えてくれ」
 「えらい!やっぱり男の子はそうじゃなくっちゃ!!」
 ヨーティアは安堵の混じった声で言った。
 「トーゴもいいな?」
 「ま、仕方ないか。それに、いざとなれば俺が囮になるさ」
 闘護は苦笑しつつ答える。
 「その代わり、バックアップはちゃんと頼むぞ」
 「任せておきな。この地図より精度の高い地図をすぐに用意するよ。リーソカについたら、地図通りの場所に行ってくれるだけでいい」
 「解った」
 闘護と悠人は、机の上の地図を見る。
 『目的地の赤い丸の場所は、幸いにも解りやすそうだ・・・』
 「やってみよう」
 悠人はゆっくりと呟いた。
 『これは、アセリアを取り戻す為の戦いでもあるんだ。どうにかして俺が守り抜いてみせる』
 心の中で誓う。
 「ユート、トーゴ。この作戦を行っている期間は、同時に大規模な陽動作戦を行います。その準備はエスペリアに全任します。どちらの作戦にも、ラキオスは全面協力を惜しむことはありません。全力を尽くして任務を果たして下さい」
 「はっ!!こちらはお任せ下さい」
 エスペリアは力強く言ってくれた。
 「危険な賭ですが・・・ユート、トーゴ。成果を期待します」
 【はっ!!】
 レスティーナの激励に、悠人と闘護は強く頷いた。

 すでに帝国と戦争が始まっていたため、作戦はすぐに実行に移された。


─聖ヨト暦333年 アソクの月 黒 五つの日 夜
 ミスレ樹海

 旧マロリガン領より、悠人、闘護、アセリアの三人は、広大なミスレ樹海へと入った。
 方向感覚はおかしくなり、マナの濃度も不安定。
 これが不可侵と言われる所以である。

 『でも、俺は取り戻してみせる・・・アセリアの純朴な笑顔を』
 悠人は拳を握りしめる。
 『ユート、解ってるね。この先、樹海内はイオの【理想】を使っても、交信することが出来なくなる。ユートとトーゴとアセリアだけの作戦となる。解ってるか?確認するか?』
 ヨーティアからの通信に、悠人は眉をひそめた。
 「解ってるよ。いいってば」
 『ユートのボンクラ頭はあまり信用できないからね。ちゃんと確認しておこう』
 ヨーティアは失礼なことを言う。
 『ユートとトーゴとアセリアは、樹海内の封印の道を南東に移動し、帝国領リーソカに潜入。そして旧メトラ研究室より、マナ結晶と関連資料を奪取すること。同時にエスペリア殿達が、リレルラエル周辺で陽動作戦を行う。その隙に潜り込むんだ』
 「ああ、地図もあるし・・・まぁ、本当に正しいものならばだけど。方角はバカ剣があるから何とかなる。それよりも帝国が俺達の動きに気付く可能性はないか?」
 『ま、大丈夫だろ。気付かれるとしたら、帰りの道のりって事になるだろうね。樹海からの大規模な戦闘行動は不可能だって、帝国の連中も知ってるだろうし、何よりこの森には不可侵という『掟』のようなものが、帝国にはあるからね・・・非科学的なことに、龍の祟りがあるって怯えてるのさ』
 「掟か。この森は確かに変な気配がするけど・・・潜入が楽なのは何にせよ、助かることだ」
 『言っておくけど、アンタら抜きで行う陽動にも限界がある。出来る限りの速さで遂行してくれ』
 「ああ、朗報を待っていてくれ!必ずアセリアを元に戻す手がかりを手に入れてくるさ」
 『おう。がんばっといで!』
 「行ってくる!」
 『マナの導きがあらんことを、ってね』
 それを最後に、ヨーティアからの声は途切れた。
 「さて・・・行こうか」
 ジッと沈黙していた闘護が顔を上げた。
 「ああ。絶対に成功させるぞ」
 悠人の言葉に、闘護はコクリと頷いた。


─聖ヨト暦333年 レユエの月 青 一つの日 夜
 ミスレ封印の森西部

 パチパチと焚き火の音が響く。
 悠人、闘護、アセリアの三人は焚き火を囲んで身を休めていた。
 「アセリア・・・もうすぐ、元に戻れるからな」
 「・・・」
 悠人が話しかけても反応はない。
 アセリアにとって焚き火の前にいるのも、冷えた体を温める以外に理由はないのだ。
 「・・・そういえば興味ないみたいに見えても、ずっと俺達の話を聞いてたよな」
 ふと、アセリアの様子を見つめながら悠人は呟いた。
 『いつの間にか近くにいて。いつの間にか話を聞いていて。そして、笑顔まで見せてくれるようになっていたのに・・・』
 パチンッ
 組んでいた木が倒れ、音を立てた。
 悠人は焙っていた干し肉をナイフで切り分け、一方をアセリアに渡す。
 アセリアは何の感慨も漏らさず、それに齧り付いた。
 「んぐっ・・・んっ、んっ・・・」
 「慌てるなって。ほら、水筒はここに置いとくぞ」
 「はむっ・・・んむ・・・」
 悠人の言葉に反応することなく干し肉を貪るアセリアを見つめ、闘護は小さく俯く。
 『悠人の声は、多分届いていない・・・届いても、アセリアは何も気にしない』
 「・・・」
 小さく唇を噛み締める。
 悠人はアセリアの姿を悲しそうに見つめていた。
 『今のアセリアは食事を終えると、目を閉じて眠るだけだ。敵を殺すことと、身体を維持すること以外に興味がない・・・』
 闘護の考えた通り、アセリアは食事を終えると瞳を閉じて横になった。
 『悪化してるな・・・』
 「手遅れになるんじゃないか?」
 不安に苛まれ、悠人は呟いた。
 「・・・」
 そんな悠人を、闘護は何も言わずに見つめる。
 「・・・いや」
 悠人は首を振った。
 『間に合う・・間に合わせてみせる!』
 無垢なままの寝顔を見て、悠人は決意を新たにした。
 その表情を見て、闘護は安心したように小さく頷いた。


─聖ヨト暦333年 レユエの月 青 三つの日 夜
 リーソカの街 メトラ研究所付近

 「アセリア、戻るぞっ!!」
 悠人と闘護は目標であった資料とマナ結晶を入手した。
 研究所の者に騒がれてしまったから、すぐに追っ手がやってくるだろう。
 『アセリアを残して、二人で街に潜入したのは正解だったな』
 心の中でガッツポーズを取った悠人。
 いざ潜入してみると、街には多くのスピリットがいた。
 『今のアセリアを連れて行ったらと思うと背中が寒くなる』
 「アセリア!!」
 「・・・」
 反応がない。
 「仕方ない・・・」
 悠人はアセリアの腕を引いて走り出した。
 闘護もその後をついて行く。
 「とにかく今は、一歩でも遠く離れよう」
 「ああ」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 『早く帰ろう・・・そして、帰ってきてくれ』
 「アセリアが帰ってくるのを待ってるんだぞ。俺も・・・みんなも・・・!!」
 「・・・」
 悠人の問いかけにもアセリアは無反応だった。
 「今の状態では、どう話しかけても無駄、か・・・」
 「・・・あとは一刻も早く帰って、ヨーティアに託すしかない』
 闘護と悠人は苦い表情を浮かべながらも撤退を急いだ。


 キィーン
 「・・・っ!!」
 『前方に神剣の気配・・・いや、前だけじゃなく、左右・・・それから後方も!!』
 「しまった!青と黒のスピリット達か!!」
 「何っ!?」
 悠人の叫びに、闘護が驚愕する。
 「まずいぞ。翼を持つ彼女たちの移動力は、俺達なんて比較にならない」
 「こっちもアセリアの翼で飛んでいければ・・・」
 悠人は歯がみする。
 「どうする・・・前方のスピリット達を倒して離脱するか?」
 「いずれ追いつかれるだろうけど、完全に囲まれなければ、まだ戦いようはある」
 悠人の提案に闘護が頷く。
 キィーン!!
 「ウゥァ・・・アーーーッ!!」
 その時、アセリアが突然大声で叫ぶ。
 「なっ・・・」
 「アセリア!?」
 ブォン!!
 神剣を抜き、ハイロゥを展開するアセリア。
 多数の神剣の気配に気付いたからなのは間違いない。
 「くそっ。何で敵だって事はわかるんだ!!」
 「まずいぞ・・・アセリアの感覚の鋭さが仇になる!!押さえるんだ!!」
 ガシガシッ!!
 悠人と闘護は左右からアセリアを押さえ込んだ。
 「アセリア!」
 「逃げるぞ、アセリア!!」
 「ンッ・・・クゥッ!!」
 大きく剣を構え、悠人と闘護が二人がかりでもビクとも動かない。
 【存在】の放つ鈍い光が、いかにも不吉だった。
 ザッ、ザザッ!
 三人がもみ合っている間に、帝国のスピリット達がやってくる。
 「やばい・・近づいてくる!!」
 闘護のこめかみには冷や汗が浮かんでいる。
 「くっ・・・こうなったら、戦うしかないのか!?」
 「くそっ!!」
 悠人と闘護がそれぞれ臨戦態勢を整えようとする。
 その瞬間、アセリアを抑えている力が弱まった。
 「ハァッ・・・ハァッ・・・!!」
 バシィッ!!
 【!?】
 その隙に、アセリアは二人をふりほどく。
 そして、二人が臨戦態勢を整えるより早く、アセリアが敵の真ん中へ飛び込んでゆく。
 「待て、アセリア!」
 「アセリアァーーーッッ!!」

 バサァッ!!
 【!?】
 突然飛び込んできたアセリアの姿に、帝国のスピリットは驚愕の表情で硬直する。
 「ウァアアアアッッ!!!!」
 ズバァアッッッ!!
 【ァアアアアッッ!!!】
 凄まじい一撃。
 あっという間に三人のスピリットが上半身と下半身が真っ二つになる。
 ダンッ
 アセリアはそのまま地面に足をつけるや否や、残っている帝国のスピリットに向かって飛び込んだ。
 「イァアアアア!!!」
 ザシュッ!!

 【・・・】
 悠人と闘護は、言葉を失っていた。
 「これが・・・本当にアセリアなのか?」
 闘護が信じられないという表情で呟いた。
 アセリアの凄まじい斬撃によって、足が飛び、首が千切れ、敵スピリット達の五体がバラバラになって吹き飛ばされた。
 「元々強かったとはいえ、この力は常軌を逸している・・・」
 『それに、目を覆いたくなるような程、凄惨だ・・・』
 闘護はゴクリと唾を飲み込んだ。
 剣を納めたアセリアは、肩で大きく息をしていた。
 『確かに・・・アセリアはずっと戦ってきた。だけど、それは戦いを好んでいたからではない・・・だが、これでは・・・!!』
 「アセリア、もういい!早く逃げるぞ!!」
 悠人はアセリアに駆け寄った。
 「・・フ・・・ア、ハ・・ア・・・ハハ・・・・アァアアアアッッ!!!」
 キィーン!!
 一際強く【存在】が光を放つ。
 場にいた者を殺し尽くしたアセリアは、再び人形のように・・・
 ドサッ・・・
 「え・・・?」
 ・・・ならなかった。
 二人の目の前で、アセリアはゆっくりと崩れ落ちた。
 「な、なんだ・・・?」
 「嘘だろ・・・アセリア!おい、アセリアッ!!」
 悠人が近づき、抱きかかえても反応はない。
 まるで寝ているように瞳を閉じて動かなかった。
 キィーン!!!
 「な・・・敵の気配!?」
 【求め】の震えに悠人が叫んだ。
 「まだ来るのか!!」
 「くそっ!」
 悠人は気を失ったアセリアを背負った。
 「急ぐぞ!!」
 「・・・悠人」
 その時、闘護は拳を握りしめ、決意の表情を浮かべていた。
 「何だよ!早くここから・・・」
 「俺が時間を稼ぐから、お前はアセリアを連れて逃げろ」
 「・・・え?」
 闘護の言葉に、悠人は唖然とする。
 「ほら、さっさと行け」
 そう言って、闘護は来た道─帝国のある方角─の方を向いた。
 ガシッ
 「ま、待てよ!!」
 バシィッ
 「議論をしている暇はないんだ」
 肩を掴んだ悠人の手を闘護は叩いた。
 「だ、だけど・・・!!」
 「俺はお互いに生き延びる最善の方法を言ってるんだ」
 「え・・・?」
 闘護の言葉に、悠人は目を見開いた。
 「俺ならスピリットの攻撃にも耐えられるし、俺一人なら逃げやすい。そして、俺が敵を引きつけている間にお前はアセリアと安全圏に逃げられる」
 そう言って、闘護はニヤリと笑った。
 「わかったか?」
 「闘護・・・」
 ポン
 闘護は悠人の肩に手を置いた。
 「アセリアを頼むぞ」
 「・・・わかった」
 悠人はコクリと頷くと、闘護に背を向けて走り出した。


 ガササッ!!
 【!?】
 「遅かったな」
 飛び込んできた五体のスピリットを前に、闘護は不敵に笑った。
 「さぁ、俺の相手をして貰おうか!!」
 闘護はゆっくりと構えた。
 【・・・】
 スピリット達は顔を見合わせると、小さく頷きあう。
 「どうした?来ないならこっちから・・・」
 バッ!!
 「!?」
 その刹那、五体の内、三体のスピリットが闘護を飛び越えた。
 「ま、待て!!」
 バァン!!
 「ぐっ!?」
 追いかけようと背を向けた闘護の背を、黒い衝撃波が襲った。
 「ぐぅっ・・・」
 たまらず、闘護はよろけてしまう。
 その間に三体のスピリットは遙か彼方へ行ってしまっていた。
 「くっ・・お前達・・・」
 闘護は苦い表情で残った二体のスピリットを睨んだ。
 「ストレンジャー・・・」
 「!?」
 一方のスピリットの呟きに、闘護は目を見開いた。
 「逃ガサナイ・・・」
 「・・・俺の正体を見抜いていたわけ、か」
 唇を噛み締め、構え直す。
 『まさか俺がストレンジャーであることを判別できるとは・・・しくじったな』
 「仕方ない・・・」
 ジリ・・・
 一歩、摺り足で間合いを詰める。
 『こうなったら出来る範囲で敵を引きつける!!』
 「行くぞ!!」
 ダッ!!


─同日、夜
 ミスレ封印の森 東部

 「・・・ふぅ・・」
 悠人はアセリアを背負いながら、やけに歪で樹齢が何年かわからないほど巨大な気によりかかる。
 悠人達に追っ手がかかり、ミスレ樹海に飛び込んでから、既にかなりの時間が経過していた。
 闘護と二手に分かれても、悠人達への追っ手は止むことはなかった。
 スピリットや兵士達との連戦に次ぐ連戦。
 全く休む暇はなく、ただ逃亡を続ける。
 『くそ・・・あいつらいつまで追いかけてくるんだ。このままじゃ、樹海を抜けるまでもつかどうか・・・』
 ミスレの森に逃げ込んでから、神剣経由での交信も出来ない。
 この森は何か特殊な気配に包まれていた。
 リュケイレムの森の二倍以上の距離。
 『アセリアを抱え、追っ手を撒きながらとすると、旧マロリガン領までどれだけかかることか・・・』
 ゴクリと唾を飲み込む。
 『佳織を救う!アセリアだって必ず元に戻す!その為には、どんな状況になろうと諦めてたまるか!!』
 悠人は強く心の言い聞かせる。
 キィーン
 〔契約者よ〕
 「・・・」
 あまりの疲労に、【求め】の声にすら反応は出来ない。
 そんな悠人の状態などお構いなしに、【求め】は言葉を続ける。
 〔汝は今危機に瀕している〕
 『何をわかりきったことを・・・』
 心の中で吐き捨てる。
 『死を目前にし、有効な作戦は何一つ無い。これが危機じゃなかったら、何だってんだ』
 〔汝は、我の求めを遂行する義務がある。この場で消滅することは許されない〕
 『なら・・・どうしろっていうんだよ』
 〔あのスピリットを見捨てればよい。汝一人なら、何とかなるであろう〕
 『ごめんだな。俺はアセリアを見捨てない』
 キィーン!!
 【求め】が強烈な頭痛を発する。
 「ふん・・・」
 これが脅しだとわかる悠人は、薄く笑うだけだった。
 『無駄だぜ。そんなことをしたって言うこときくか!!』
 キィーン!!キィーン!!キィーン!!
 暫く【求め】は強制力を放ち続けたが、悠人はあまりの疲労にその苦痛すら遠く感じる。
 諦めたのか、やがてそれも止まった。
 『だから無駄だって言っただろ』
 〔・・・〕
 ふて腐れたように沈黙する【求め】。
 「ったく・・・」
 その人間くさい反応に、悠人は思わず苦笑してしまう。
 『なぁ、バカ剣・・・アセリアの心って、もう元に戻らないのか?』
 〔その妖精の心は【存在】の精神の淵で一つになっている。自力で抜け出すのは不可能だろう〕
 『諦めろって事か・・・それでも俺はアセリアを犠牲にする気は毛頭無いんだ』
 歯を食いしばる。
 『誰かを犠牲にしないと成り立たない選択なんてまっぴらだ!!例え、アセリアが自力でどうにか出来ないにしても・・・』
 「ん?」
 『・・・待てよ。自力でって事は、誰かが助けてやれば何とかなるんじゃないか?』
 ふと、悠人の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
 『昔、アセリアがやったように、俺が心に潜って起こすことは出来るんだろう?』
 〔・・・〕
 【求め】は何の意志も発せず、何か深い思考に沈んでいる。
 沈黙は、何か可能性を残していることを示しているようであった。
 〔結論から伝える。あくまで可能性に過ぎないが、確かに妖精の心を【存在】から切り離すことは出来るかもしれない・・・その為には、汝ではなく、我が働きかける必要がある。その間は、我を振るうことは出来ない。意味はわかるな?契約者よ〕
 【求め】からの回答。
 『剣の力が使えない・・・』
 「その間、俺はエトランジェではなく、ただの人間に戻るってことか」
 ゴクリと唾を飲み込む。
 『人の力で、スピリットや兵士達と戦わないといけない。ただのごく普通の学生として・・・』
 「でも!!」
 『手をこまねいても死ぬだけだ。俺はアセリアと生きて、佳織を救える可能性に賭ける!!』
 悠人の心に迷いは無かった。
 なぜなら、それは死ぬ為ではなく、生きる為の選択だったから。
 「なら頼む。アセリアの心を取り戻してくれ。少しの間なら俺が時間を稼ぐ!!」
 〔・・・危険な賭だ。おそらく汝は生き残れまい〕
 「ふっ・・・」
 【求め】が自分の身体を心配していることが無性に可笑しくて、悠人の口元に笑みが零れた。
 「・・・なぁ、バカ剣。お前の今の求めは何だ?」
 〔汝が死なぬ事だ。【誓い】は今だ、忌々しい精霊光を放ち続けている。我は、それを破壊しなければならない〕
 「へ・・・んじゃあ、アセリアを救出できたら、俺はお前の求めを払ってやる。それであいこだろ?」
 悠人は愉快そうに笑った。
 「俺だってアイツは許せない。佳織を助ける為にも、必ず奴は倒すさ。だけど、その為にはアセリアがいなくちゃ駄目だ。お前だって【誓い】を砕きたきゃ、アセリアを一生懸命呼び戻してくるんだ。な、お前の為でもあるんだぜ?」
 〔・・・〕
 ふと、悠人は【求め】が笑ったような気がした。
 いつも冷酷に淡々と答えるだけのバカ剣が、この状況を楽しんでいるかのようだった。
 〔よかろう。この戯れ、我の予定にはない。面白い〕
 何とか【求め】を納得させた悠人は、一休みできて、人目につかない場所を探すべく、再び歩き出した。


─同日、夜
 ミスレ封印の森 東部

 ジャリ・・・ジャリ・・・
 「はぁ・・はぁ・・・」
 荒い息をつきながら、ゆっくりと森の中を進む闘護。
 その体は血まみれで、所々に切り傷や擦り傷、打撲跡があった。
 「くそっ・・・」
 『人間も来るとはな・・・スピリットよりも厄介だ』
 苦い表情を浮かべる闘護。
 帝国のスピリット達の神剣魔法では致命傷を受けることはない闘護だが、人間の攻撃─剣や矢など─によって幾つもの傷痕があった。
 しかも、神剣魔法を受ける際に体力を消耗する為、疲労の蓄積も無視できない所まで来ていた。
 ザッザッザッザ・・・・
 「ちっ・・・」
 『新手か・・・』
 ゆっくりと後ろを振り返る。
 『距離はあるが・・・』
 「止めた方がいい・・・な」
 そう呟き、近くの茂みに隠れた。


 ザッザッザッザ!!
 十人の兵士が音を立てて森の中を駆けてくる。
 ビシッ
 「ぐっ!?」
 その時、先頭に立つ一人が突然仰け反って倒れた。
 【!?】
 他の九人の兵士は突然の出来事に棒立ちになった。
 ビシビシビシ!!
 【ぎゃああああ!!】
 立て続けに三人の兵士が悲鳴を上げて倒れた。
 ビュッ!!
 突然、側の茂みから“何か”が飛び出し・・・
 ドゴォッ!!ズガァッ!!
 「ぐほっ!!」
 「がはっ!!」
 呻き声を上げて二人の兵士が倒れる。
 【!?】
 残った四人の兵士は飛び出した何かを凝視する。
 「人間のみか・・・助かったよ」
 その何か─闘護はゆっくりと呟いた。

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