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─聖ヨト暦333年 エハの月 黒 五つの日 昼
 闘護の部屋

 「ふぅ・・・」
 ベッドに横たわりながら、闘護はため息をついた。
 『猛抗議、か・・・』
 「ま、当然かもしれん」
 小さく呟く。

 マロリガンでの事件から、マロリガン側は百人近くの人間を殺した闘護に対して強い恐怖感とラキオスへの嫌悪感を露わにしているという。
 現在、レスティーナはマロリガンへの交渉を続けているのだが・・・

 「予想はしていたが・・・やはり、俺がネックになったか」
 『さて・・・あとはレスティーナが俺の策を採用するか否か、だな』
 天井を見上げながら考える。
 コンコン・・・
 「はーい?」
 「おう、闘護。入っていいか?」
 「光陰か・・・どうぞ」
 ガチャリ
 「よう」
 「どうした、光陰?」
 闘護はムクリと起きあがると、椅子を勧めた。
 「まだ悠人達が戻ってないのに、どうしてここにいるんだ?」
 「今日の朝、こっちに戻ってきたんだ」
 光陰は勧められた椅子に腰掛ける。
 「悠人達が戻ってきたんでな。その報告を受けるためにさ」
 「そうか・・・」
 「大した成果は得られなかったらしい。それから・・・」
 光陰は深刻な表情を浮かべた。
 「変な少女と出会ったらしい」
 「変な少女?」
 「テムオリンと名乗っていたそうだ」
 「テムオリンだと!?」
 闘護はベッドから飛び上がった。
 「・・・元の世界で会ったらしいな」
 光陰はジロリと闘護を睨んだ。
 「・・・悠人から聞いたんだな。夏君を襲った二人組について」
 「ああ。とてつもない強さで、何もできなかったらしい」
 そう答えた光陰の口調は重かった。
 「・・・俺はそいつらを見てないんだ。だから、どんなヤツかは外見しか聞いてない、が・・・こちらの世界でも歯が立たないということか」
 そう言って、闘護は俯く。
 「他に悠人は何か言ってなかったか?」
 「いや。その後は光に包まれて、気がついたら遺跡の中で倒れていたそうだ」
 「そう、か・・・」
 「死者は勿論、負傷者もゼロだった」
 「不幸中の幸い・・・ってとこか」
 「不幸かどうかは微妙だがな」
 光陰は肩を竦めた。
 「・・・悠人はどうしたんだ?」
 「レスティーナの所だ。報告に行ってる」
 「他のメンバーは?」
 「ヨーティア達研究者はみんな研究所に戻ったよ。エスペリアはアセリアを連れて第一詰め所に行った」
 「オルファはどうしたんだ?」
 「オルファ?」
 闘護の問いに、光陰は首を傾げる。

 「誰だ、オルファって?」

 「誰だって・・・オルファだよ。何言ってんだ?」
 闘護は眉をひそめる。
 「知らないぜ、オルファなんて」
 光陰は目を丸くして答える。
 「知らないって・・・オルファだよ!オルファリル=レッドスピリット!!」
 「レッドスピリット?ラキオス王国にはヒミカとナナルゥ以外にレッドスピリットなんていないぞ」
 「なっ・・・!?」
 闘護は絶句する。
 「何、言ってんだよ・・・光陰」
 「それはこっちのセリフだよ。何ボケてんだ、闘護?」
 「・・・」
 「ん?おい、闘護?」
 光陰は固まっている闘護の眼前で掌を振ってみる。
 「・・・光陰」
 「っと」
 慌てて手を引っ込める。
 「悠人は・・・今、レスティーナの所に行ってるのか?」
 「ああ。そう言ったろ」
 「後でここに来るように伝えてくれ」
 「?あ、ああ・・・わかった」
 「他に何かあるか?」
 「いや・・・もうないけど」
 「そうか・・・すまないが、少し考えることが出来た。一人にしてくれないか?」
 「いいぜ。じゃあな」
 光陰は頷くと、部屋から出て行った。
 一人になった闘護はゆっくりと呟く。
 「どういう・・・ことだ?」


─同日、夕方
 闘護の部屋

 コンコン・・・
 「闘護、いるか?」
 「どうぞ」
 ガチャリ・・・
 「光陰に言われてきたけど・・・どうしたんだ?」
 部屋に入った悠人は、窓の外を眺めている闘護に尋ねた。
 「なぁ・・・悠人」
 闘護はゆっくりと振り返る。
 「オルファって名前・・・知ってるか?」
 「オルファ・・・?」
 ドクン・・・
 『あれ・・・?』
 悠人は胸を押さえる。
 「知ってるか?」
 「・・・いや、知らないけど」
 「そうか・・・」
 悠人の回答を聞いて、闘護は落胆したようにため息をついた。
 「何だ、そのオルファって・・・?」
 「・・・知らないなら別、に・・・っ!?」
 言いかけた闘護は、悠人の腰に視線を向けた瞬間、固まった。
 「ど、どうした、闘護?」
 「そ、それ・・・」
 闘護は震える指で悠人の腰を指さした。
 「ん?これか・・・?」
 悠人は腰からはみ出ていた黄色い何かを引っ張り出した。
 「そ、そのリボン・・・」
 「ああ・・・遺跡から出た時に、何故か持ってたんだけど・・・」
 「か、貸してくれ!!」
 「あ、ああ・・・」
 バシッ
 闘護は半ばひったくるように悠人からリボンを取った。
 そして、まじまじとリボンを見つめる。
 「こ、これは・・・」
 『間違いない・・・これはオルファのリボン!!』
 震える手でリボンを触る闘護に、悠人は首を傾げる。
 「知ってるのか、それ?」
 「・・・悠人」
 闘護は顔を上げると悠人にリボンを差し出した。
 「これは肌身離さず持ってろ。いいな」
 「あ、ああ・・・」
 突き出されたリボンを、悠人は困惑気味に受け取る。
 「座ってくれ」
 「ああ・・・」
 闘護に勧められ、悠人は椅子に座る。
 闘護もテーブルを挟んで対面の椅子に腰を下ろした。
 「光陰から既に話は聞いた。テムオリンに遭ったらしいな」
 「・・・ああ」
 テムオリンという言葉に、悠人の表情が翳る。
 「向こうでは勝てなかったが、こっちでもそれは変わらず・・・か?」
 「・・・」
 無言で頷く悠人。
 「そうか・・・」
 「正直・・・どうして生き残れたのか、不思議なくらいだ」
 悠人は自分の両手を見つめる。
 「光に包まれて・・・それで気がついたら、テムオリンはいなくなっていた」
 「光・・・」
 『もしかして・・・オルファが何かしたのか?』
 闘護は腕を組んで考え込む。
 「結局・・・無駄足になっちまったな」
 悠人は苦い表情で呟いた。
 「アセリアの治療法も見つからなかった・・・小鳥の仇も倒せなかった・・・くそっ!!」
 ドンッ!!
 悠人は思わず、テーブルに拳を叩きつけた。
 「俺は・・・何なんだ!!」
 「・・・」
 『それだけじゃない・・・オルファもだ。それも、“存在そのもの”が・・・失われた』
 闘護は拳を握りしめる。
 「・・・闘護」
 悠人は俯いていた顔を上げる。
 「ん?」
 「レスティーナから聞いたけど・・・マロリガンでお前、何か事件を起こしたって・・・」
 「あぁ・・・」
 「何をしたんだ?」
 「下らんことを考えた馬鹿共を蹴散らした・・・それだけだよ」
 「何だよ、それ?」
 「・・・さて、な」
 悠人の問いに、闘護は肩を竦める。
 コンコン・・・
 その時、ノックがした。
 「ん?誰だ?」
 「アタシよ」
 「今日子?どうぞ」
 ガチャリ・・・
 「あ、悠もいたんだ」
 部屋の中にいた悠人に、今日子は少し目を丸くする。
 「俺に何か用か?」
 「アタシじゃないわよ。レスティーナがアンタを呼んでるの」
 そう言って、今日子は闘護を指さす。
 「レスティーナが?」
 「マロリガンでの処遇についてって言ってるけど・・・」
 「・・・そうか」
 闘護は肩を竦める。
 「処遇って・・・どういうことだよ、今日子?」
 悠人の問いかけに、今日子は首を振った。
 「知らないわよ」
 二人の視線が闘護に向く。
 「知りたいなら・・・二人ともついて来いよ」
 闘護はゆっくりと言った。
 「いいのか?」
 「ああ」
 「アタシ達がいてもいいの?」
 「別に構わないさ。いずれ知ることだし」
 【?】
 闘護の言葉に、悠人と今日子は首を傾げる。


─同日、夕方
 ラキオス城

 「ん・・・闘護じゃないか」
 「よう、光陰」
 謁見の間に向かう途中の廊下で、闘護達は光陰と出会った。
 「どうしたんだ?」
 「レスティーナに呼ばれたんだよ」
 そう言って、闘護はチラリと後ろにいる今日子を見た。
 「レスティーナに?」
 「マロリガンでの処遇について、な」
 闘護の言葉に、光陰の眉がピクリと動く。
 「決まったのか?」
 「さぁな。行ってみたら解るだろう・・・何なら、お前も来るか?」
 「俺が、か?」
 「処遇次第では、面倒なことになりかねないからな・・・」
 そう言った闘護は苦い表情を浮かべる。
 「闘護。一体、マロリガンで何があったんだ?」
 「あれ?聞いてないのか?」
 「アタシも知らないんだけど・・・」
 「今日子もか」
 悠人と今日子の言葉に、闘護と光陰は目を丸くする。
 「何度かこっちに戻ってこなかったか?」
 「ええ。アセリアの世話で戻ったけど・・・何も聞いてないわよ。何があったのよ?」
 「・・・ちょっとな」
 そう言って、闘護は歩き出す。
 悠人達三人も、闘護の後をついていく。
 「人間を殺しただけだ」
 【!?】
 「百人近く殺したって聞いたが?」
 【!!?】
 闘護と光陰の言葉に、悠人と今日子は驚愕する。
 「ど、どういうことだよ!?どうしてそんなにも殺したんだ?」
 「俺を狙ったからだ」
 「アンタを・・・?」
 「どうやら、マロリガンのトップがサーギオスと密約を交わしてたらしい」
 「闘護を殺せば、現在の身分を保障し、ラキオスに攻め入るってな」
 「何だと!?」
 闘護と光陰の説明に、更に驚く二人。
 「その為に、わざわざ俺を使者にするよう言ってきたんだよ。怪しいとは思ってたけどね」
 そう言って、闘護は肩を竦める。
 「そ、それでアンタは・・・」
 「ああ。俺を殺す為に雇われた暗殺者や傭兵が襲ってきてね・・・皆殺しにした」
 【皆殺し!?】
 「そうだ・・・っと」
 いつの間にか、四人は謁見の間の入り口に到着していた。
 「さぁて・・・どうなることやら」
 半ば他人事のように、闘護は呟いた。


─同日、夕方
 謁見の間

 「トーゴ。そなたに五日間の謹慎を命じます」
 【!?】
 レスティーナの言葉に悠人や光陰達はもちろん、謁見の間にいた文官、武官全員が驚愕する。
 「・・・わかりました」
 一人、闘護は冷静に返事をした。


─同日、夕方
 ラキオス城、廊下

 「と、闘護!!」
 先を歩く闘護に追いついた悠人は慌てて声をかけた。
 「何だ?」
 立ち止まった闘護はゆっくりと振り返る。
 「何だって・・・お前、怒ってないのか?」
 「怒るって?」
 「レスティーナの命令に、だよ」
 追いついた光陰が言った。
 「何でお前が謹慎処分を受けるんだ?」
 「簡単さ。人を殺したからだ」
 闘護は当然とばかりに答える。
 「人を殺したって・・・殺したのは暗殺者なんだろ!?」
 納得がいかない悠人は声を荒げる。
 「だが、殺しすぎた」
 しかし、闘護は冷静に答える。
 「百人殺したのはまずかったな・・・マロリガン側から強い抗議が来たらしい」
 「抗議って・・・おまえ、殺されかけたんだぞ!!どう考えたって向こうが悪いじゃないか!!」
 「怒鳴るな、悠人」
 「っ・・・」
 「闘護。何で、アンタはそんなに冷静なのよ?」
 今日子の問いに、闘護は肩を竦める。
 「やりすぎたのは事実だからな」
 「だが、これはどう考えても理不尽だろう」
 光陰が渋い表情で呟く。
 「それが、人間とストレンジャー・・・いや、人間と化け物の違いなんだろ」
 闘護は冷静な口調で言った。
 「化け物がいる国と手を結ぶなんて事を誰が望みたがる?」
 「化け物って・・・」
 絶句する悠人を無視して闘護は続ける。
 「だから、レスティーナは化け物を制御することが出来る事を知らしめる為に、謹慎処分を下したんだ」
 「・・・お前はいいのか?」
 「何がだ、光陰?」
 「そんな理不尽な命令を素直に聞いて・・・お前は納得するのか?」
 「別に。処刑されないだけマシじゃないのか」
 闘護は他人事のように肩を竦めた。
 「幸い、まだ帝国とラキオスは交戦状態に入っていない。たかが五日ならば、それほど問題にはならないだろう」
 そう言って、闘護は不愉快そうな笑みを浮かべた。
 「殺したのが人間じゃなくてスピリットだったら、向こうも抗議してこなかったんだろうけどね」
 【・・・】
 「ま、襲われた時に“この状況を利用してやろう”と考えたから、こうなることはむしろ望んでたんだけどさ」
 「・・・どういうことだ?」
 悠人が訝しげに尋ねた。
 「俺を狙ったのは、サーギオスに支援を受ける為だという。と、いうことは・・・向こうはラキオスの力を信用していない。言い換えれば、ラキオスよりも帝国と結託した方が生き残れると考えたんだろう」
 【・・・】
 「ならば、ラキオスの力・・・いや、ラキオスというよりも、レスティーナの力を示せば、向こうも大人しく従うと考えたのさ。そこで、俺は大暴れした」
 「自分が化け物であると知らしめて、レスティーナはそんな化け物を支配することが出来る・・・と?」
 光陰の言葉に、闘護はニヤリと笑った。
 「そういうことだ。マロリガンの議会に所属する議員は殆ど生き残っている。全員を追放するだけだと、マロリガンの国民に不安が残る。ならば、ラキオスという国に従えば大丈夫だということを知らしめる必要があるんだ」
 「・・・そこまで考えてたの?」
 今日子が驚愕の表情で闘護を見つめた。
 「後半は後付だが、前半・・・少なくとも、俺の強さを誇示し、その上でレスティーナを認めさせることはな」
 【・・・】
 唖然とする悠人と今日子。
 「それに・・・」
 そこで、闘護は眉間に皺を寄せる。
 「俺を襲ったのは傭兵や暗殺者だ。だったら、俺に殺されたって文句は言えないだろ。俺を殺すことが仕事なんだからな」
 【・・・】
 「政治的にも、俺が処分を受ければマロリガンも処分を受け入れるだろう。議会は解散して、長老は隠居して貰う・・・万事、丸く収まるって訳だ」
 「お前一人が貧乏くじを引いて、か」
 「別に構わないさ。この程度の貧乏くじ」
 光陰の言葉に闘護は肩を竦める。
 「たかが五日だ。幸い、戦力ダウンは・・・っ!」
 『オルファがいなくなっていたんだ・・・既に戦力ダウンしてたか!』
 言いかけて、闘護は唇を噛み締める。
 「闘護?」
 「どうしたんだ?いきなり黙って」
 「あ、ああ・・・何でもない」
 悠人と光陰の問いかけに、闘護は慌てて首を振った。
 「だけど・・・いいのか、本当に?」
 悠人がまだ納得していないという表情で尋ねる。
 「いいんだよ。大体な・・・理由はどうあれ、俺がやったのは虐殺も同然だ。罰を受けて当たり前なんだ」
 「虐殺をしたかった訳じゃないんでしょ?」
 「そりゃな」
 今日子の問いに頷く闘護。
 「闘護。アンタ・・・したくもないことをして、受ける必要のない罰を受けるっていうの?」
 「結果的にそうなるな」
 闘護はしれっと答える。
 「なぁ、闘護。何だかお前・・・泥ばっかり被ってないか?」
 「被ってるよ」
 光陰の言葉を肯定する闘護。
 「何で?」
 「被りたいから」
 【・・・】
 闘護の答えに、絶句する三人。
 「俺一人が泥を被って丸く収まるなら、それでいいじゃないか」
 「よくないって!!」
 「よくないわよ!!」
 悠人と今日子が同時に闘護の言葉を否定する。
 「お前一人が酷い目に遭ってるじゃないか!」
 「そんなの理不尽じゃないの!!アタシは納得できないわよ!!」
 「・・・」
 激高する二人に、闘護は小さく頭を掻く。
 「・・・言っても無駄だよ」
 一人、冷静に様子を見ていた光陰がゆっくりと口を開いた。
 【光陰・・・】
 悠人と今日子の視線が光陰に向く。
 「闘護は全部納得してやってるんだ。だろ?」
 「ああ」
 即答する闘護。
 「だったら、何を言ったって聞かないさ。自己犠牲の固まりだな、お前は」
 「そんなつもりはないね」
 光陰の言葉を、闘護は即座に否定する。
 「じゃあ、何だよ?自分から泥を被りたいなんて奴が、どうして自己犠牲じゃないんだ?」
 「別に自分を犠牲にしてるとは思わない」
 闘護は肩をすくめる。
 「俺は俺の望むことをしている。もっと言うなら、俺の望む結末のために行動しているんだ。そこに、自分がどうなってもいい・・・なんて考えは、基本的にない」
 【・・・】
 「俺は“レスティーナがマロリガンを掌握できる”という結末を望んだ。その為には、俺を襲った暗殺者を虐殺する必要・・・いや、虐殺した方がその結末に近づくと判断してやっただけ」
 「・・・つまり、必要だからやった、と?」
 「わかってるね。そういうこと」
 光陰の言葉に、闘護はニヤリと笑う。
 「確かに、自分の望む結末のために自分が死ぬ必要があるのならば、俺は死ぬ。だけど、それはあくまでも最終手段さ」
 闘護は肩をすくめる。
 「そもそも、望む結末に到達する道が一つとは限らない。俺はね、可能性が1%でもあるならば、もっとも良い過程・・・犠牲もなく、誰も不幸にならない道を選ぶ」
 【闘護・・・】
 「だったら・・・」
 光陰が鋭い視線を闘護に向けた。
 「もしも、そんな可能性の低い賭けに乗って・・・失敗したら?」
 「その時はその時さ。反省して、次の望む結末を見つける」
 闘護の回答に、光陰は目を丸くした。
 「・・・あっさりしてるな」
 「俺は後悔したくないんだ。いつまでも過去に囚われるつもりはない。まぁ、一時的にそういう状態になるときはあるけど・・・なぁ?」
 そう言って、闘護は悠人を見る。
 「え・・・?」
 「イースペリアの“マナ消失”については、流石にね・・・」
 「あ・・・」
 当時の闘護の様子を思い出し、悠人は唇をかみしめる。
 「とにかく、俺は望む結末のために行動してるだけ。その過程で泥を被る必要があるのなら、喜んで被るさ」
 そう言ったとき、第一詰め所と第二詰め所への分かれ道に到着した。
 「さて・・・俺は第二詰め所に戻るよ。じゃあな」
 闘護は軽く手を挙げて三人に背を向けた。
 「あ、ああ・・・」
 「え、ええ・・・」
 「・・・またな」
 悠人、今日子、光陰の三人は去っていく闘護の背をジッと見つめる。
 そして、闘護が廊下の奥に消えて・・・
 「どこまであんな考えが続くのか・・・」
 光陰がボソリと呟いた。


─同日、夜
 第二詰め所、食堂

 バン!!
 「どうしてトーゴ様が処分を受けるんですか!?」
 ヒミカが叫ぶ。
 「そうですよ〜。トーゴ様は何も悪くないんですから〜」
 ハリオンも、少し硬い口調で言う。
 「・・・」
 闘護は少し居心地が悪そうに沈黙する。

 夜になって、前線からセリア、ヒミカ、ハリオンが帰還した。
 セリアはそのまま第一詰め所へ行き、ヒミカとハリオンは第二詰め所へ戻った。
 そこで、二人は闘護の処遇を聞いたのだが・・・

 「トーゴ様!?」
 沈黙する闘護に業を煮やし、ヒミカがズイッと顔を近づける。
 「どうしてですか?」
 「そうした方が丸く収まるからだよ」
 闘護は冷静な口調で答える。
 「セリアから説明を受けてないのか?」
 「受けました!でも納得できません!!」
 「・・・困ったな」
 闘護は頬を掻くと、他の面々に視線を向ける。
 「俺は処分を受けることを覚悟してやったんだ」
 【・・・】
 闘護の言葉に、全員睨み付けるような視線を闘護に向ける。
 「・・・」
 『参ったな・・・素直に納得してくれそうにない。こうなったら、あまり良い手段ではないが・・・』
 「いいかい。俺が殺したのは人間だ」
 闘護はゆっくりと全員を見回した。
 「そして、俺はストレンジャー。この世界では、人間ではない」
 言い聞かせるように語る闘護。
 「“スピリットを殺す”ことと違って、“人間を殺す”ことは、この世界では極めて凶悪な罪なんだよ。だからこそ・・・俺は裁かれなければならない」
 闘護は微妙にアクセントをつけて説明する。
 「それが・・・常識だ」
 闘護は全員を見回す。
 「わかったか?」
 「・・・嘘です」
 その時、ヒミカがボソリと呟いた。
 「嘘って・・・」
 「トーゴ様は嘘をついています」
 ヒミカは顔を上げた。
 その表情は確信を持っているものだった。
 「トーゴ様は人とスピリットを差別しません。ですが、先ほどの話は明らかに差別を強調していました」
 「不自然ですよね〜」
 ハリオンもコクコクと頷く。
 「二人とも・・・」
 『ちょっとあからさますぎたか・・・』
 闘護は苦い表情で頭を掻く。
 ガチャリ・・・
 「トーゴ様」
 「セリア・・・」
 部屋に入ってきたのはセリアだった。
 「二人とも・・・いえ、誰もが理解しています。トーゴ様がどういう思いでそのような嘘をついたのか・・・」
 「・・・」
 「全てトーゴ様が責任を取り・・・罪を被る、と」
 セリアはゆっくりと闘護に近づく。
 「ですが、そのようなことをして私たちが安心すると思いますか?」
 【・・・】
 セリアの言葉にヒミカとハリオンも真剣な表情で闘護を見つめる。
 「トーゴ様?」
 そしてセリアは闘護の前に立った。
 「真実が・・・知りたいのか?」
 闘護はゆっくりと─探るような目つきで─セリアを見つめた。
 「・・・はい」
 「君たちもか?」
 「はい」
 「ええ〜」
 ヒミカとハリオンも頷く。
 「・・・わかった」
 闘護は小さく頷くと、三人を見回した。
 「まず、君たちは大きな勘違いをしている。たとえあの場にセリアがいたとしても、暗殺者を殺すのは・・・あくまで俺だ。なぜなら、君たちラキオス王国のスピリットは、人間を殺せない」
 【!】
 「そして、マロリガンでターゲットとなっていたのはあくまで俺一人・・・もっと言うなら、俺だけが驚異だったわけだ」
 闘護は小さくため息をついた。
 「もしも俺が誰一人殺さずに逃げたら・・・マロリガンはラキオスの使者が職務を放棄したというだろう。無論、そうなれば結局俺は裁かれるだろうね」
 【・・・】
 「逆に暗殺者だけでなく、暗殺を画策した奴ら・・・マロリガンの政治家どもを殺せば、今度はマロリガン内部での反発が激しくなり、今後の統治が難しくなる」
 闘護はそこで一息つく。
 「よって、折衷案として・・・使者である俺の命を狙ったとして、マロリガンの議会にその責任を取らせて解散させる。一方で、使者でありながらトラブルを起こした俺を処罰することで、ラキオスの面目を立たせる。それが筋書き」
 【・・・】
 「・・・と、いうのが建前だ」
 そこで、闘護は肩をすくめた。
 【・・・は?】
 「今言ったのはこじつけが大半。少なくとも、マロリガンで思いついた事じゃない」
 【・・・】
 唖然としている三人をおいて、闘護は続ける。
 「最初からマロリガン側が罠を仕掛けているのは予想できたし、それに対してどうするか。まさか俺を暗殺するとは思わなかったが・・・」
 闘護はポリポリと頭を掻いた。
 「あの虐殺・・・確かに策略の部分もあったが、ムカついたって気持ちも存在した。それは確かだ」
 【・・・】
 「たとえ僅かでも私情を挟んで実行した虐殺だ。君たちを巻き込むわけにはいかない・・・それが本音、だな」
 言葉を切り、闘護は三人を見回す。
 「納得したか?」
 【・・・】
 無言の三人に、闘護は苦笑する。
 「混乱しても仕方ないか・・・ただ、俺は俺がしたいようにした。それに君たちを巻き込むわけにはいかないし、巻き込みたくもない。何より・・・」
 そこで、闘護は唇をかみしめる。
 「俺の理想を実現するためには、スピリットに汚名を着せることだけは絶対に避けなければいけないんだ」
 「トーゴ様の理想・・・?」
 「なんですか、それは〜?」
 ヒミカとハリオンが尋ねた。
 「・・・人間とスピリットの共存」
 答えたのはセリアだった。
 「ですね・・・トーゴ様?」
 「・・・そうだ」
 セリアの問いに、闘護はニヤリと笑った。
 「俺の最終目的は戦いを終わらせるだけじゃない。その先・・・スピリットが人間と共存できる世界の創設だよ」
 「スピリットと人間の・・・」
 「共存・・・ですか〜」
 ヒミカとハリオンは感嘆の口調でつぶやいた。
 「君たちがケーキ屋で働くように勧めたのも、その一環だ」
 【・・・】
 「俺はあくまで俺の目的を実現するために行動している。その過程で君たちがどう思うか、どう感じるかは俺が関知することではないし、するべきじゃない。ただ、君たちが自分たちのために俺が罰を受けると感じるなら・・・それは違う」
 闘護は三人をゆっくりと眺めた。
 「俺はあくまで俺の目的のために罰を受ける。君たちをかばうつもりはない」
 少し強い口調で言い切った。
 「どうかな?まだ、納得できないか?」
 【・・・】
 沈黙する三人に、闘護はため息をついた。
 「何か言いたくなったら、遠慮なく俺のところに来てくれ」
 闘護はそう言うと食堂から出て行った。
 そして、その場にはセリア達三人が残る。
 「・・・トーゴ様の言ったことを総合すると・・・私たちのために行動している訳じゃない。だけど、やっていることは私たちのためになること・・・よね?」
 ヒミカが二人に問うた。
 「そうですね〜」
 「厳しい言い方だったけど・・・わざと言ってるみたいだったわ」
 ハリオンとセリアが頷く。
 「自分のために行動している。だから、私たちが罰を受ける必要はない・・・」
 「でも、結果的に私たちのためになっているのなら・・・割り切れないわ」
 「当然ですよ〜。私たちは家族なんですから〜」
 ハリオンが真面目な表情とのんびりした口調で言った。
 「だけど、どう言ったらトーゴ様に通じるかしら・・・?」
 ヒミカが難しい表情を浮かべて首を傾げる。
 「う〜ん・・・難しいですね〜」
 ハリオンも困ったように首を傾げる。
 「私たちを信用しているとかしてないとかじゃない・・・もっと根本的な問題なのよ」
 セリアの呟きに、二人の視線がセリアに集まる。
 「トーゴ様は自分のしたいようにしている。その結果が私たちのためになるとしても、自分がしたいようにしてるだけだから・・・すべて自分の責任だと考えるのね。そしてそれが・・・トーゴ様の考え方なのよ」
 【・・・】
 「だったら・・・トーゴ様の考え方を変えないと意味がないわ」
セリアは二人を見回した。
 「どうやって?」
 ヒミカの問いに、セリアは首を振った。
 「・・・わからない。だけど、そうしないと・・・」
 セリアは深刻な表情を浮かべた。
 「いつか・・・取り返しのつかないことになるわ」


―同日、夜
 第一詰め所、食堂

 「トーゴ様が謹慎・・・ですか」
 悠人の説明を聞いたエスペリアは沈痛な面持ちで呟いた。
 「ああ。闘護は五日間、第二詰め所から動けない」
 悠人はそう言ってため息をついた。
 「幸い、まだ帝国との戦争は始まってないし、五日間なら大丈夫だろうけど・・・」
 「そういう問題じゃないでしょ!」
 今日子が腹立たしげに叫んだ。
 「もう!どうして闘護はああやって何でもかんでも先走るのよ!!」
 「・・・自分本位で動いてるからな、闘護は」
 光陰の呟きに、全員の視線が光陰に集まる。
 「それに、自分がしたいことをしていると自覚してるんだ。何を言ったって無駄だな」
 「コ、コウイン様!」
 「ちょっと光陰!」
 「それは冷たくないか?」
 三人の非難に、光陰は小さくため息をついた。
 「言っておくが、自分のしたいことをするってことは、その責任をすべて自分で背負うってことだ。少なくとも、闘護はその覚悟を持っている・・・だからこそ、何を言っても無駄なんだよ」
 【・・・】
 複雑な表情で沈黙する三人に、光陰は苦い表情を浮かべた。
 「闘護の考えを変えたいなんて思わない方がいいし、放っておいた方がいい」
 「・・・実感がこもってるわね。何かあったの?」
 今日子の問いに、光陰は小さくため息をついた。
 「以前、あいつが音大の推薦を決めた後に部活をやめるって話をしたんだけどな・・・」


 「へ?なんだって・・・?」
 「聞こえなかったのか?吹奏楽部をやめて吹奏楽団に練習生として参加させてもらうんだ」
 「・・・どうして吹奏楽部をやめるんだ?」
 「どうしてって・・・」
 「まだ学生生活は長いんだぜ。いくら音大への推薦がほぼ決まってるからって、やめることはないだろ?」
 「言ったろ。本格的な楽団の練習に参加するからね。部活に時間を割く余裕がなくなったんだ」
 「お、おい、闘護。それはちょっと身勝手じゃ・・・」
 「両方やって両方中途半端にするぐらいなら、片方を切る。そうしないと、両方に迷惑をかけることになりかねない」
 「・・・」
 「それに・・・吹奏楽団と部活なら、前者の方が間違いなく実力がつく。ならば、そちらを選ばないことはないだろ」


 「・・・で、闘護はその後すぐに佳織ちゃんと出会ったんだ」
 【・・・】
 「あいつは、佳織ちゃんのフルートに興味を持って、彼女の指導をするって言ったんだ。そしたら・・・」


 「なぁ、闘護。お前、佳織ちゃんにフルートを教えてるからクラブには顔を出してるんだよな?」
 「ああ」
 「それで、吹奏楽団の練習にも行ってるのか・・・キツいだろ」
 「吹奏楽団の話は辞めたよ」
 「・・・え?」
 「練習に参加したら、クラブに顔を出す暇なんてないだろ」
 「じゃあ、部活だけ参加してるのか?」
 「いや、最近は佳織ちゃんの指導ばかりしてるな」
 「・・・お前、自分の練習はどうしてんだ?」
 「暇を見つけてやってるさ」
 「おいおい、大丈夫なのか?」
 「腕は落とさないようにしてる。だが、そんなことよりも今は佳織ちゃんのレベルアップの方が重要なんだよ」


 「・・・ってな感じでな。自分よりも佳織ちゃんのことばかり考えていたんだ」
 光陰は肩をすくめた。
 「あいつにとって一番大切なのは目的さ。目的が変われば、それまでの全てをあっさりと捨てる・・・そういう奴なんだ。自分のことすらどうでもいいと考える。そんな奴をどう説得するんだ?」
 「・・・そんなの、迷惑なだけよ」
 今日子が絞り出すように呟く。
 「だって・・・闘護は自分の都合で他人に干渉してるんでしょ。それって身勝手よ」
 「だったら迷惑だと言えばいい」
 そう言って光陰は三人に背を向けた。
 「もっとも・・・そう言ったところで引き下がるとは限らないし、そう言えるかどうかも知らないが、な」
 光陰はそう言って食堂から出て行く。
 【・・・】
 残された三人は、複雑な表情を浮かべて沈黙した。


 結局、五日間の謹慎を受け入れた闘護の代わりに、悠人がラキオスに待機することになった。


─聖ヨト暦333年 チーニの月 青 三つの日 昼
 悠人の部屋

 「ふぁぁぁ・・・」
 外を眺め、大あくびをする。
 『たまにはこうしてのんびり過ごすのも良いな・・・』
 エーテルジャンプは再転送を行うのに時間がかかる。
 この僅かな時間が悠人達の休憩時間となっていた。
 「いつもこうだといいんだけどな」
 『戦う者としてはよくない考えかもしれないけど・・・』
小さく首を振った。
 「エスペリアが暇そうにしてたら、お茶でも淹れて貰おうかなぁ・・・」
 『探しに行こうか』
 そう思い、歩き始めた時だった。
 「・・・ん?」
 『あれは・・・』
 遠目に煙がモウモウと立ち上っている。
 「敵襲・・・いや、火事か何かか・・・?」
 『ここからではよく解らないな・・・おいバカ剣。何か解るか?』
 〔・・・神剣や妖精の気配は感じられない〕
 悠人は難しい表情を浮かべる。
『気配がないからといって、襲撃じゃないというわけじゃないし・・・まぁ、とりあえず、現場に行ってみるしかないか』
 悠人は全速力で走り出した。


─同日、昼
 ラキオス城下町

 ザワザワ・・・
 現場は騒然としていた。
 怒号や泣き声、野次馬の噂話があちこちから聞こえる。
 「敵はいないみたいだな」
 『流石に、スピリットに襲われているなら、こんなにも野次馬はいないだろうし・・・何かの事故だったのか・・・?』
 悠人は疑問に思いつつ、民衆の救助に回った。


 「・・・」
 『ラキオスの陰謀を糾弾する』
 そう題された爆発事件の声明文が見つかったのは、次の日のことである。
 内容はイースペリア壊滅の時の事実であり、大体において正しかった。
 まず間違いなくサーギオス帝国の謀略だろう。
 だがそんなことなど、家族を失った者達には意味がない。
 非難の目は、自然と統治者であるレスティーナへと向かった。


―聖ヨト暦333年 チーニの月 青 四つの日 昼
 闘護の部屋

 「ふーん・・・なるほどね」
 セリアの報告を聞いて、闘護は小さくため息をついた。
 「トーゴ様・・・どうなさいますか?」
 「どうって・・・何が?」
 「この声明文が見つかり、レスティーナ様への非難が起こっています」
 「ふーん・・・」
 闘護の気のない返事に、セリアは眉をひそめた。
 「あの・・・トーゴ様?」
 「何?」
 「どうなさるのですか?」
 「・・・何が?」
 「レスティーナ様への非難です。このまま放置しておくつもりですか?」
 「ああ。というか、俺にできることなんて何もない」
 セリアの問いに、闘護は肩をすくめて答える。
 「ですが、このままでは・・・」
 「犯人が捕まらないなら話は別だが・・・まだテロが起こって時間もたってない。もう少し様子を見るべきだな」
 「・・・」
 「不満そうだね」
 沈黙するセリアに、闘護は苦笑する。
 「何が気に入らないんだ?」
 「・・・レスティーナ様に危険が迫るかもしれないんですよ?」
 「それを防ぐのは衛兵の役目だろ」
 闘護はボリボリと頭をかいた。
 「人間同士の争いだ。俺たちが介入する義務はないし、何より・・・」
 「っ!」
 そこで、闘護は鋭い眼差しをセリアに向けた。
 「人の上に立つ以上、そういう目に晒される覚悟はするべきだし、しなくてはならない」
 「ですが、イースペリアの“マナ消失”はレスティーナ様ではなく・・・」
 「民衆はそんなこと知らない」
 セリアの言葉を遮るように闘護は言った。
 「民衆にとって重要なのは、“誰がやった”じゃない。“誰が責任を持つ”か、だ」
 「・・・」
 唇をかみしめるセリアに、闘護は小さく肩をすくめた。
 「セリア。君だって理解できるだろ?納得できなくても、ね」
 「・・・はい」
 「だったら、そういうことだ」


─聖ヨト暦333年 チーニの月 青 五つの日 昼
 悠人の部屋

 コンコン。
 悠人が部屋でくつろいでいると、誰かが尋ねてきた。
 「・・・どうぞ」
 カチャ・・・
 「失礼します」
 「ああ、エスペリアか。何か用事か?」
 「はい。レスティーナ様がお呼びです」
 「レスティーナが?」
 『なんだろう?これが二人きりで話を、とかだったら色々と期待するんだけど・・・』
 心の中で呟く。
 「この間の爆発の首謀者と会談をするので供をせよ、とのことです」
 「ああ・・・アレか」
 多くの被害者を出した昨日の爆発事件。
 忘れたくても忘れられるものではない。
 『だが待てよ、ということは・・・』
 「それって、危険じゃないのか?」
 「・・・ええ、危険です。でも、だからこそユート様、そしてトーゴ様も呼ばれたのだと思います。側近の方も止めてらっしゃいましたし、私も同意見なのですけど・・・」
 眉間に皺を寄せた。
 常識家であるエスペリアにしてみれば、リスクが大きすぎて安心できないのだろう。
 「解った。行ってくるよ」
 「謁見の間で話を聞かれるそうです。それでは、レスティーナ様をよろしくお願いします」
 「大丈夫。何かあっても、レスティーナには指一本触れさせないさ」
 悠人が頷くと、エスペリアはニッコリと微笑んでくれた。
 『まぁ、油断は出来ないな』
 ペコリと一礼し、エスペリアは部屋を出て行く。
 悠人は手早く服装を整えると、謁見の間へ向かった。


―同日、昼
 闘護の部屋

 コンコン
 「どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 扉が開き、ヒミカが入ってきた。
 「レスティーナ様がお呼びです。先日の事件の首謀者と会談をするとのことで・・・」
 「首謀者と会談?」
 『テロリストと話し合うのか?』
 闘護は書類から目を上げた。
 「ユート様も呼ばれています。おそらく、護衛かと・・・」
 「ふーん・・・」
 『面白い。テロリストの言い分には興味がある』
 闘護は立ち上がった。
 「わかった。すぐに行こう」


─同日、昼
 謁見の間

 玉座に座るレスティーナ。
 悠人と闘護はその左右に控える。
 普段とは打って変わって、ビリビリした雰囲気が謁見の間を包んでいた。
 先王の時から、レスティーナをずっと気遣ってきた側近が心配の声を上げる。
 「わかっています。しかし、私は聞かねばなりません」
 揺るぎない意志。
 レスティーナの声には有無を言わさぬ迫力があった。
 側近もそれ以上のことが言えず、礼をして下がる。
 『やっぱりレムリアとは思えないよなぁ・・・』
 レスティーナの様子を見つつ悠人は思う。
 『明るさや素直さが影を潜めている為、あれは夢だったんじゃないかな・・・』
 不謹慎だと知りつつ、悠人はそんなことを考えていた。
 一方、闘護は悠人とは全く別のことを考えていた。
 『何故テロリストと話し合うのか・・・そして、その場に俺と悠人を呼んだのか?』
 周囲に探るような眼差しを向ける。
 『テロリストといえど所詮は人間・・・護衛にしたって、俺や悠人を呼ぶ必要もないだろうし・・・』
 心の中で首を傾げる闘護。

 ギィィ・・・

 その時、重い音を立てて、正面の扉が開く。
 六名の兵士に取り囲まれながら、一人の男が入ってくる。
 開き直っているのか、この状況に怯えている様子はなかった。
 「では、話を聞きましょうか」


 男は、イースペリアの“マナ消失”について語り出した。
 そして、それによって家族を失ったこと・・・
 その復讐として、今回の爆破テロを実行したこと・・・
 ラキオス、ひいてはレスティーナに対する憎しみを隠すことなく語った。


 「・・・言いたいことはそれだけですか」
 全てを聞き終えたレスティーナは冷たく言い捨てる。
 「そなたの言うことは認められない。どのような事情があろうと、このラキオスで起こした事件は決して許されない。私達は未来の為、この大地の為に戦っています。多少の犠牲でそれが実現できるなら、それを厭いはしません」
 凛とした瞳で男を睨み付ける。
 「そなたに処分を下します。罪なき者を巻き込んで復讐を実行したこと、目を瞑ることは出来ません。死をもって償うべし」
 男にショックを受けた様子はなかった。
 復讐を実行した時に、既に命は捨てていたのだろう。
 『ちょ、ちょっと待てよ!!』
 「陛下、それはあまりに・・・」
 「黙りなさい!エトランジェ如きが口を挟む問題ではありません!」
 「・・・!!」
 納得できず再考を促そうとした悠人の言葉を、ピシャリと遮る。
 そこには一片の容赦もなかった。
 「・・・連れて行きなさい」
 レスティーナが冷たい声で命じる。
 「独裁者に死を!!」
 男は大声で叫んだ。
 「・・・」
 レスティーナは何も言わず、男を睨み付けた。
 「ハハハハ・・・」
 哄笑しながら、男は連れて行かれる。
 「・・・おい」
 その時、闘護が口を開いた。
 闘護の声に、周囲の視線が闘護に向けられる。
 男も、男を連れて行こうとした兵士達も足を止めて闘護を見ていた。
 「貴様に聞きたいことがある」
 「ふん・・・人間でもない虐殺魔神に言うことはないな」
 男は吐き捨てた。
 だが、闘護は男の言葉に反応することなく淡々と語り出した。
 「貴様はイースペリアの事件で大切なものを奪われ、ラキオスを憎んでいた。そして復讐を実行した」
 抑揚のない口調で続ける。
 「そして、ラキオスへの復讐として先日の爆破テロを起こした。その為に、イースペリアの事件とは何の関係もない人間が犠牲になった」
 表情のない瞳で男を見つめる闘護。
 「そのことについて、さっきの話を聞く限り“やむを得ない犠牲だった”と考えている・・・そう解釈した。違うか?」
 「・・・何が言いたい?」
 男は探るような目つきで闘護を睨んだ。
 「俺の解釈は正しいのか?それとも間違ってるのか?」
 闘護は再度尋ねる。
 「・・・答える義務はない」
 男は吐き捨てると闘護に背を向けた。
 「関係のない民衆を巻き込んだ爆破テロと、戦争に直接関わっていなかったイースペリアの住民を巻き込んだ大爆発」
 闘護は小さく首を傾げた。
 「何が違うんだ?」
 「・・・全然違うな」
 男は再び闘護の方を向いた。
 「俺は無関係な住民を巻き込んだ戦争を始めたそこの女が許せないのさ。だから、復讐したんだ」
 「無関係な住民を巻き込んだ貴様の行為とどう違うんだ?」
 闘護はため息をついた。
 「俺にはそれが理解できない」
 「・・・化け物に理解できるわけがないさ」
 男はバカバカしそうに呟いた。
 「俺が理解しているのは、今回貴様が実行した爆発テロによって、貴様と同じように大切なものを失った人間が生まれたこと、だ」
 「!!」
 闘護の言葉に、男はキッと闘護を睨み付けた。
 しかし、闘護は何ら表情を変えることなく言葉を続ける。
 「貴様はレスティーナの戦争を上の勝手な都合によるもので、その為に犠牲が生まれることが許せないと言った。だが、今回の事件で生まれた犠牲は貴様の勝手な都合ではないのか?」
 「・・・黙れ」
 「貴様は自分の都合で無関係な人々を傷つけた。そのことを理解しているのか?」
 「黙れっ!!」
 【!?】
 男が飛び出しそうになり、兵士達が慌てて取り押さえる。
 「トーゴ!!」
 「・・・」
 レスティーナの制止に、闘護は沈黙する。
 「早く・・・連れて行きなさい」
 【はっ!!】
 兵士たちは闘護を睨み付ける男を引っ張った。
 「最後に一つ言っておこう」
 そこで再び、闘護が口を開く。
 謁見の間にある全ての視線が再び闘護に向いた。
 「貴様は罪を償うという思考を持ってないだろう。そもそも、今回の事件を罪だと思っていないようだからな。だから、贖罪などという言葉は当てはまらない。そして貴様が死刑になったところで、貴様が壊したものは戻ってこない」
 淡々と続ける闘護。
 「貴様の死は何の意味も価値もない。ラキオスにとって、貴様の死刑は極めて無駄な労力でしかない」
 そこで、バカバカしそうに肩をすくめた。
 「無駄死に、無駄死刑、無駄、無駄、無駄・・・本当に、無駄な存在だな、貴様は」
 「俺は無駄じゃない!!」
 「無駄だね。自分のしたことの責任が取れないならば、最初からすべきではなかった」
 闘護がそう言った時だった。
 「っ!!」
 「・・・?」
 『何だ・・・今の表情は』
 悠人はレスティーナの表情が一瞬苦しげなものに変わったことに気づいた。
 しかし、そのことに気づかなかった闘護はそのまま続ける。
 「身の程をわきまえるべきだったな」
 「ぐっ・・・」
 「俺の話は以上だ。連れってくれ」
 闘護の言葉に、兵士は我に返ったように頷き、憤怒の表情で闘護を睨む男を引きずっていった。
 そして、謁見の間には気まずい沈黙が広がった。
 「ユート・・・トーゴ」
 それを破るように―いや、破ろうと―レスティーナが口を開いた。
 「御苦労、でした」
 感情のない口調。
 「・・・」
 『おかしい・・・何だか無理をしてる気がする。けど・・・なんて言ったらいいんだ?』
 違和感を感じつつ、悠人は礼をする。
 「失礼する」
 一方、闘護は特に表情を変えることなく礼をした。
 そして、そのまま二人は謁見の間から立ち去っていく。


―同日、昼
 ラキオス城城内

 「・・・闘護」
 「ん?」
 隣を歩く闘護に悠人は声をかけた。
 「さっきの話・・・何だったんだ、あれは?」
 「何って?」
 「何であんなことを言ったんだ?」
 「自分がやったことを理解してるかどうか知りたかった。それだけだ」
 闘護は肩をすくめた。
 「復讐するのは勝手だが、その後どういうことになるか・・・それを理解しているかどうか聞きたかったんだ」
 「・・・」
 「結果は聞いての通り。身勝手な論理で人を傷つけた・・・それだけだ」
 闘護はつまらなさそうに言う。
 「だけど・・・“マナ消失”で大切なものを失ったんだろ」
 「それはあの男の都合だ」
 悠人の言葉を闘護は切り捨てる。
 「復讐もあの男の都合。だが、そのおかげであの男のように大切なものを失った者が生まれた」
 「・・・」
 「復讐自体を否定する気はない。だが、実行するならばその後のことを覚悟してやるべきだ。あの男にはその覚悟が足りなかった・・・それが許せない」
 闘護は拳を握りしめる。
 「自分のしたことの重さ、その責任・・・それを理解しないまま復讐する。俺はそれが許せない」
 「・・・」
 「確かに、あの男がラキオスに復讐する方法はテロ以外にはなかったかもしれん。だが、だからといってテロを実行していいわけがない」
 「・・・おまえの言ってるのは正論だと思うよ。だけど・・・」
 絞り出すような口調で悠人は呟く。
 「俺だって・・・佳織を殺されたら復讐すると思う・・・」
 「・・・」
 「本当にあれでよかったのか?考え直す必要は・・・」
 「皆無だ」
 悠人の言葉を闘護は遮った。
 「仮に温情を与えれば、今度はあのテロで大切なものを失った誰かが同じことを繰り返すかもしれん。そういう負の連鎖は断ち切らなくてはならない」
 闘護は厳しい眼差しを悠人に向けた。
 「それが、人の上に立つ者の義務だ」
 「・・・だけどレスティーナは・・・」
 「彼女とて、自分が女王であること、人の上に立つ立場にあることは承知している。それだけの覚悟はある」
 闘護は確信に満ちた口調で言った。
 「だからこそ、温情を与えることなく、お前の嘆願も一蹴したんだ」
 「・・・」
 『だけど、最後のあの顔・・・』
 「おい、悠人・・・どうしたんだ?」
 浮かない表情の悠人に、闘護は眉をひそめた。
 「い、いや・・・」
 「そうか・・・まぁ、とにかく。この件はこれで終わりだ」
 そうこうしているうちに、二人は詰め所への分岐点に到着した。
 「じゃあな」
 「あ、ああ・・・」
 去っていく闘護の背を見ながら、悠人は難しい表情で呟く。
 「本当にレスティーナは・・・苦しんでないのか・・・?」

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