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─聖ヨト暦332年 ルカモの月 青 三つの日 昼
 マロリガン 宿の一室

 コンコン
 「セリア、いるか?」
 「どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼するよ」
 「お待ちしておりました、トーゴ様」
 部屋に入った闘護を、セリアが一礼して迎える。
 「兵士からここにいるって聞いたが・・・城に入れてもらえなかったのか?」
 「はい。正使であるトーゴ様のみ城へ通すと言われました」
 「・・・随分だな」
 闘護は口元に手を当てて考え込む。
 「何故トーゴ様のみなのでしょうか?」
 「さて・・・」
 セリアの問いに、闘護は頭を掻いた。
 「とにかく・・・こっちは所詮、ただの小間使いだ。書簡を受け取ってもらえなければ話にならない」
 「では・・・」
 「向こうの言葉に従おう」
 闘護はそう言って荷物を床に置いた。
 「君はここで待機してくれ。もしもなにかあったら・・・その時はすぐにラキオスへ戻れ」
 「なっ・・!!」
 闘護の命令に、セリアは唖然とする。
 「で、ですがトーゴ様は・・・」
 「俺は大丈夫だ。単独で逃げられる」
 「し、しかし・・・」
 尚も言いよどむセリアに、闘護は真剣な表情を浮かべた。
 「おそらく・・・これは罠だ。だが、俺たちに任務を放棄する権利はない」
 「・・・」
 「罠に飛び込むのは俺一人だ。君にはいざというときの伝令を任せる・・・いいな?」
 「は、はい・・・」
 闘護の強い口調に、セリアはたじろきながら頷いた。


─同日、昼
 マロリガン

 再び城へ入った闘護は、兵士に案内されて城の一室に連れて行かれた

 「こちらへどうぞ」
 ガチャリ
 案内の兵士が扉を開けると、闘護はゆっくりと中に入った。
 「ここは・・・」
 闘護は部屋の中を見回す。
 『妙に簡素だな・・・装飾品もほとんど無い。ソファとテーブルだけ、か』
 「暫くお待ちください」
 そう言って、兵士は扉を閉めた。
 「・・・」
 闘護は小さく肩をすくめる。
 『これは・・・罠か?』
 ゴクリと唾を飲み込み、注意深く周囲を見回す。
 『扉は1、2、3・・・4』
 闘護はソファに近づくと、注意深く調べた。
 『・・・ソファには何もないか。テーブルにも仕掛けはなさそうだな』
 小さく息をつく。
 その時・・・
 ガチャガチャガチャ
 「!?」
 部屋の外から甲冑の擦れあう音が聞こえてきた。
 『まさか・・・』
 闘護はゴクリと唾を飲み込む。
 バタン!!
 程なく、勢いよく扉が開き、十人の武装した男達が部屋に雪崩れ込んできた。
 「ストレンジャーのトーゴだな!?」
 先頭にいた男が闘護に向かって叫んだ。
 「・・・だったら?」
 「死ね!!」
 そう叫ぶなり、男達は闘護に飛びかかった。
 「ちっ!!」
 ダンッ!!
 闘護は迫り来る男達を回避するため、床を蹴って天井にぶら下がっているシャンデリアの上に乗った。
 【!?】
 闘護の跳躍力に驚愕する男達。
 「何故俺を殺す?」
 シャンデリアから男達を見下ろしながら尋ねる。
 「お前さんを殺せば、帝国がマロリガンに力を貸してくれるから、だとさ」
 先頭にいた男が答える。
 「帝国?今更帝国が力を貸してどうする」
 「さぁな。ただ、お前さんの首と引き換えに帝国は雇い主の身分を保証してくれるんだとよ」
 「・・・お前達の雇い主は議会の長老か」
 闘護の言葉に反応することなく、数人の男達が弓を構えた。
 「観念しな。お前さんはスピリットの攻撃には無敵でも、俺達人間の攻撃はダメージを喰らうんだろ?」
 「随分と詳しいな・・・それも雇い主からの情報か」
 「・・・撃て!!」
 ヒュンヒュンヒュン!!
 男達の放った矢が闘護に向かって飛んでいく。
 「っ!!」
 ダン!!ガキン!!
 闘護は矢をかわす為にシャンデリアを蹴った。
 ガシャーン!!
 「うわぁっ!!」
 反動で落下したシャンデリアが男達の近くで砕け散る。
 トン・・・
 「・・・」
 そのまま、闘護は床に着地する。
 「て、てめぇ・・・」
 シャンデリアの欠片で負った傷をかばいながら、男達は闘護を睨む。
 「・・・ふふふ」
 すると、闘護は肩を震えて笑い出した。
 「ん?何がおかしい?」
 「ふふふ・・・俺を殺す、だと?」
 闘護はゆらりと顔を上げた。
 【!!!】
 そして、その表情に男達は後ずさる。
 闘護の顔に浮かんでいるのは笑み・・・それも、凄まじく迫力のある笑みだった。
 「ただの人間であるお前達がストレンジャーを殺す・・・だと?」
 ゆっくりとポケットに手を突っ込んだ。
 「笑わせるな!!!」
 刹那、憤怒の表情で叫ぶと闘護は飛び出した。

 二分後・・・

 「・・・さて、と」
 闘護は開いているドアの隙間から廊下を覗き込んだ。
 『・・・いない、か』
 敵兵がいないことを確認すると、音を立てずに部屋から出て行った。
 部屋には、小さな穴があいた躯が数体転がっていた・・・

 タタタ・・・
 『む・・・』
 進行方向から無数の足音が聞こえ、闘護は歩みを止める。
 『敵・・・か?』
 周囲を見回す。
 『あれだ』
 視界に入った扉に、闘護は素早く近づく。
 ギィ・・・
 わずかな隙間から中を覗いた。
 『誰も・・・いない、か』
 スッ・・・
 闘護は素早く部屋の中に滑り込んだ。
 「ここは・・・」
 部屋には、ソファとテーブル、それにいくつかの調度品が置かれている。
 『ここも応接間のようだな・・・』
 「さて・・・」
 闘護は敵がいないことを確認すると、腕を組んで考え込む。
 『ここから逃げるのは簡単だが・・・奴らの企みがわかった以上、次の行動を考える必要がある』
 「何故、帝国の誘いに乗ったか?」
 ゆっくりと呟いた。
 『自分達の利権を守るため・・・だろうな』
 「ならば、それを諦めさせる必要がある・・・」
 闘護はポケットに手を突っ込んだ。
 ジャラリ・・・
 忍ばせてある鉄球がぶつかり合って音を立てた。
 『武器はこれだけ。さっき使った分を引いても、まだ百発ぐらいはあるだろう』
 「暗殺は可能・・・だが」
 『統治のことを考えるといい方法ではない。もう少しスマートな方法は・・・』
 眉間にしわを寄せる。
 『奴らが自分からラキオスに従うように事を運べばいい。即ち・・・』
 「ラキオスの力・・・いや、レスティーナの力を示す必要がある」
 タタタ・・・・
 「っ!?」
 『音が近づいてきてる・・・時間が無いか』
 部屋に迫る足音に、闘護は唇を噛んだ。
 『とりあえず奴らをどうにかして・・・』
 「ん?」
 その時、闘護の頭の中に閃くものがあった。
 『奴らは人間・・・俺はストレンジャーだ。相手を従えるのに有効な方法は・・・恐怖だ。圧倒的な恐怖を奴らに叩きつけ、その恐怖をレスティーナが治めれば!?』
 「少なくとも・・・レスティーナに対して畏怖の感情は抱かせられる・・・奴らを従えさせられるかもしれない、か」
 タタタタタタタ!!
 「ちっ・・・もう時間が無いか」
 『ならば・・・これしかない!!』
 闘護はポケットの中にある鉄球を握り締めた。


―同日、夕方
 マロリガン城下町

 コンコン・・・
 「セリア、いるか?」
 バタン
 「トーゴさ・・・ま・・?」
 扉が開いて現れたセリアは、闘護の姿をとらえた途端に絶句した。
 「中に入れてくれないか?」
 「・・・」
 闘護の言葉に無言のセリア。
 「・・・入るよ」
 闘護は仕方なく、セリアになるべくふれないようにして横をすり抜けて部屋の中に入った。
 「そ、その姿は・・・」
 振り返ったセリアは恐る恐る尋ねた。
 「ああ、俺は大丈夫だよ」
 肩をすくめる闘護。
 「で、ですがその大量の血は・・・」
 震える指で闘護の体を指差す。
 セリアの指摘通り、闘護の体には大量の血が付着している。
 両腕両足に胴体はもちろん、顔面にも血飛沫が着いている。
 「全部他人の血だよ。俺を殺そうとした奴らの、ね」
 冷静に答える闘護。
 ドンドン!!
 「トーゴ=カンザカ!!いるのか!!」
 「ああ、いるよ」
 バタン!!
 凄まじい勢いで扉が開き、数人のマロリガンの兵士が乗り込んできた。
 「トーゴ=カンザカ!!殺人容疑で逮捕する!!」
 兵士の一人が大声で叫んだ。
 すると、闘護は肩をすくめて一言。

 「失せろ」

 「なっ・・・!?」 
 闘護の言葉に、兵士がたじろぐ。
 「帰って上司に伝えろ。“ラキオスの使者を暗殺しようとした事について、その理由を明確にせよ”とな」
 「き、貴様!!立場を・・・」
 「死にたいのか?」
 【!?】
 闘護の容赦の無い言葉に、兵士だけでなくセリアも身を引いた。
 「事と次第によっては、マロリガンの解体ではすまなくなると伝えておけ」
 「・・・」
 「わかったらさっさと行け」
 闘護の言葉に、兵士は数歩後ずさりするも、顔を見合わせて困惑する。
 それを見た闘護は、苛立たしげに兵士達を睨んだ。
 「行けと言ってるのがわからないのか!?」
 【ヒ、ヒィッ!?】
 ダダダダッ!!
 兵士達は完全に怯えて逃げ出すように部屋から出て行った。
 「ったく・・・」
 闘護は小さく首を振る。
 「・・・ト、トーゴ・・さ、ま」
 「・・・怖かったか?」
 「っ!」
 闘護の問いかけに、セリアは息を呑む。
 「怖かったみたいだな」
 「い、いえ・・・そ、その・・・」
 「別にいいよ」
 言い淀むセリアに、闘護は肩をすくめる。
 「とりあえず、体を拭きたいから一人にしてくれないか?」
 「は、はい・・・」

 バタン・・・
 「ふぅ・・・」
 セリアが部屋から出て行き、一人になった闘護は小さく息をつく。
 『まさか百人以上いるとはな・・・』
 「それほど、俺を恐れていたということか・・・」
 苦い表情で呟く。
 闘護を襲った暗殺者は全部で128人いた。
 すべてを全滅させようとした闘護だが、最後は用意していた鉄球もすべて使い切り、素手で戦わなくてはならなくなった。
 「ったく・・・洗濯して落ちるのか、これ?」
 体に付いた血をサッとなでると、パラパラと乾いた分が床に落ちた。
 『とりあえず、着替えるか』
 ゆっくりと闘護は服を脱ぎ始める。
 「さて・・・」
 上半身全裸になった闘護は、ため息をついて呟いた。
 「向こうがどう出るか、だな」


 その後・・・
 ラキオスから別の使者が来ることになり、闘護はセリアと共に報告のためにラキオスへ帰還する事となった
 その道中、二人はほとんど言葉を交わすこともなかったという


─聖ヨト暦332年 ルカモの月 緑 二つの日 昼
 エストム山脈

 ラキオスを出発して約一ヶ月が経過した
 既にエーテルジャンプ装置で先行していた悠人達スピリット隊は、ヨーティア達技術者と合流し、一路ソーン・リームへと向かっていた

 「・・・今回はただの調査任務か」
 楽な表情で悠人は言った。
 「ソスラスに到達すればいいんだな。間に敵がいなければいいけど」
 「ふんふんふ〜〜ん♪」
 ソーン・リーム中立自治区の台地に向かう森の道。
 悠人達は遺跡調査の為に、殉教者の道と名付けられた林間道を行軍していた。
 今回の作戦は調査という地味な任務。
 いつもならば、調査や探索看破といった地味な仕事を嫌うオルファリルだったが、今日はいつになく上機嫌だった。
 「オルファ、なんか良いことあったのか?」
 「へへ〜、ひ・み・つ・だよ〜」
 悠人が問いかけると、ますます上機嫌になった。
 もっとも、テンションが高いのはそんなに珍しい事じゃない。
 「コレッしてくれたら、教えてあげるよ〜♪」
 親指をグッと立てて言う。
 『・・・こりゃ、いつもどころのテンションじゃないな』
 悠人は後方から技術者を率いているヨーティアの元に行く。
 「なぁ、ヨーティア・・・オルファがあのことを知っているって事はないよな?」
 オルファリルがこの世界において重要な存在であること。
 混乱を避ける為に、このことは悠人とヨーティア、レスティーナ、そして部分的ではあるがウルカしか知らない。
 闘護ですら、まだ知らされていなかった。
 「知ってるはずないだろ?今回の調査目的は、あくまで表向きはマナ結晶体の探索と学術調査なんだから」
 「だよなぁ・・・」
 ヨーティアの答えに悠人は頷く。
 『戦時下に学術調査を行うのは少し変な気もするけど、レスティーナ曰く、戦時下だからこそ新たな技術や知識が生まれるってことらしい・・・皮肉な話だけれど』
 「ふんふんふ〜〜ん♪」
 相変わらず上機嫌に、エスペリアに抱きついているオルファリル。
 「・・・」
 『けど・・・なんだろう、嫌な予感が・・・する』
 オルファリルの様子に、悠人は漠然とした不安を覚えた。


─聖ヨト暦332年 ルカモの月 黒 五つの日 昼
 ソーン・リーム遺跡内部

 チリチリチリ・・・
 「ん?」
 『僅かに【求め】が反応している。けど、いつものスピリットの気配を感じる時とは違う・・・まるで何かに怯えるような・・・どうした、バカ剣?』
 〔・・・〕
 『おい、答えろよ。何かが迫っているのか?』
 【求め】は沈黙を続ける。
 ブルブル・・・
 ただ剣が震えるだけ。
 「なぁ・・・オルファ」
 「ん?な〜に、パパ。どうしたの?何かあった?」
 「剣が微かだけど震えているんだ・・・オルファは何か感じないか?」
 「ううん。何にも。【理念】は何も喋らないよ?」
 『俺の気のせいか?いつもやかましく警報を鳴らす【求め】も声を出さないし・・・多分、気のせいなんだろう』
 悠人は気を取り直すように首を振った。
 「ほほほ〜〜〜、なるほどなるほど・・・」
 壁を触ったり、謎の計器を見ながらヨーティアはしきりに頷いている。
 『何度「ほ〜」と「なるほど」を聞いたことか・・・』
 「なんか嫌な感じはする・・・」
 悠人は小さく首を振った。
 『外は極寒のソーン・リーム台地。それなのに、何故かこの遺跡の中は暖気で充満している。これは・・・』
 「炎の力が・・・強い?」
 周囲を見回す。
 『ここでは確かに炎の力を強く感じる。しかも、自然のマナというよりも、永遠神剣のそれに近い感じだ・・・』
 カタカタ・・・
 『何だ?これは・・・やはり怯え・・・?』
 悠人が考えた時だった。

 「何か捜し物ですか?」

 頭上から声が聞こえる。
 狭い空間の中の為、やけに反響がかかり大きな声として響き渡った。
 そしてゆっくりと、悠人達の前に小さな人影が降り立つ。
 「はじめまして、皆さん」
 現れたのは、佳織やオルファよりも幼い感じのする少女。
 ダボダボとした白い魔法使いのような服と、同じく魔法使いのような長い杖を持っている。
 「お、お前はっ・・・!?」
 反射的に悠人は剣を構える。
 「おや?あなたですか・・・」
 少女は少し驚いた表情を浮かべる。
 「テムオリン!!!」
 悠人が怒りの声で叫んだ。
 「フフフ・・・私はこの遺跡の番人・・・いえ、所有者というべきかしら」
 少女─テムオリンは首を傾げて笑った。
 その時だった!
 キィィィィィィィィン!!!
 「うぉっ!な、なんだっ!?」
 「・・・!!」
 「・・な、剣の悲鳴が・・・いたぃっ!・・・きゃぁっっ!!」
 「・・お姉ちゃん!パパ!!」
 皆の悲鳴が辺りに響く。
 「ぐっ!?」
 頭を鉄の棒でぶん殴られたような、凄まじい衝撃!!
 神剣達が悲鳴を上げ、ガンガンと貫くような頭痛が悠人達を襲う。
 「ど、どうしたんだ!おい、みんな!!」
 「この遺跡に足を踏み入れることはなりません」
 テムオリンはゆっくりと言った。
 「ここは私達の聖地のような物。あなた達が踏み入れて良い場所ではありません」
 「くっそぉ・・・てめぇ!!!」
 悠人は歪む視界のまま睨み付ける。
 『小鳥を傷つけた・・・絶対に許せない敵!!』
 心の中で荒れ狂う憎悪。
 しかし、その憎悪のみに囚われている悠人は気付いていなかった。
 【求め】が悠人の憎悪に反応することなく、怯えるようにブルブル震えていることを。
 「戦おうとすることなど無駄です。あなた達では私には勝てません・・・エトランジェ、それはわかっているでしょう?」
 少女はクスリと笑うと、悠人達に向かって歩み寄ってくる。
 そして片手をゆっくり上げた。
 シュォオオオオオオ・・・
 「!!!」
 掌にマナの力が収束していく。
 膨れあがっていく異常な力。
 『マズイッ!!俺達はともかく、ヨーティアや調査隊が・・・!!』
 「ヨーティア!下がれ、下がるんだ!!!」
 「ユート様!みんな、私のシールドの中にっ!!はやくっ!!」
 「エスペリア!俺も一緒にやるぞ!!」
 「はい!マナの輝きを、みんなを守る楯となって!!」
 「永遠神剣の主の名において命ずる!精霊光よ、光の楯となれ!!」
 悠人とエスペリアのシールドが前面に展開する。
 「これで行けるか!?」
 「クスクス・・・甘いですわ」
 少女の掌から光が放たれる。
 ゴオオオオオオ!!!
 『こ、これは!?』
 悠人達のシールドにぶつかった瞬間、凄まじい圧力が襲いかかる。
 「くぅ・・なんだコイツは・・エトランジェか!?」
 『元の世界で戦ったときより強い・・・強すぎる!!』
 「・・・っ!ダ・・ダメ・・・支えきれません!!」
 少女から放たれる閃光。
 悠人達が二人がかりでも防御するのが精一杯だ。
 圧倒的な力の差がそこにあった。
 「遺跡の番人・・・ってことは、コイツがエターナル!?」
 ヨーティアが声を上げた。
 『エターナル?ヨーティアが話していた仮定の存在・・・こいつ?』
 「ひ、人じゃないか!」
 戦慄する悠人達の前から、少女はスッと消える。
 そして、間をおかずヨーティアの前に出現した。
 「あなたが賢者ヨーティア殿ですか・・・初めてお目にかかりますわ。私はテムオリン・・・法皇テムオリンと申します」
 少女はゆっくりと微笑んだ。
 「あなたの知力は、我々エターナルにとっても良しと出来るものではありません。ここで滅んで頂けると助かるのですけど・・・?」
 「フン・・・生憎まだ宿題が山積みでね。悪いけどここで死ぬわけにはいかないのさ・・・アンタ達が何を企んでいるのか知らないけどね」
 「ウフフ・・・でも、あなたなら解るでしょう。神たるエターナルに勝てることはない、ということが」
 ザッ!!
 「ヨーティアお姉ちゃんには触れさせない!!」
 その時、オルファリルが二人の間に割って入る。
 テムオリンと名乗った少女は、オルファリルにゆっくり近づいていく。
 「久しぶりですね。リュトリアム・・・今はオルファリル、でしたか?」
 そう言って、テムオリンは侮蔑の視線をオルファリルに向けた。
 「弱々しい情けない姿です。まったく嘆かわしいですわ」
 「?オルファはリュト・・・何とかじゃないもん!!来るなぁ!!!」
 「フフ・・・時深の仕業ですね」
 オルファリルの気勢を嘲笑うようにテムオリンは笑った。
 「私達のコマを勝手に動かすとは・・・とても彼女らしいですわ。あのスピリットを差し向けたのも時深ですわね。残念ながら、黒き守護者は私たちのコマになって貰いましたけど・・・クスクス」
 『時深?倉橋時深?何故、コイツは時深のことを知っているんだ?そうだ・・・前にも、こいつは時深の名を知っていた・・・』
 テムオリンの言葉に、悠人は眉をひそめた。
 「そのおかげで封印が守られているわけですが・・・さて」
 テムオリンはゆっくりと再び視線をオルファリルに戻した。
 「リュトリアム・・・私と一緒に来て貰いましょう。あなたは元々、私達のモノなのですから」
 「えっ?」
 「相手するんじゃないよ!オルファ!!何があっても、アンタは私達の家族なんだ!!!」
 全てを知っているかのようにヨーティアが叫ぶ。
 目を丸くして、困惑するオルファリル。
 「さすがヨーティア殿ですね。ここまで私達のことを知る人間は初めてです」
 テムオリンは、僅かに驚きの表情を浮かべた。
 「リュトリアム・・・あなたは私達の子供ですわ。この世界に、スピリット達を作る為に作られた存在。それが・・・あなた」
 『くそっ!オルファ!!身体が動かないっ・・・この圧力は一体なんだ!?』
 悠人もエスペリアも、うずくまって動けない。
 悠人達を無視して、オルファリルにテムオリンは話し続ける。
 「・・・じゃ、オルファのパパとママって・・・?」
 「ホホホ・・・そんなもの、最初からいませんわ」
 「!!・・・う、うそ・・・そんなの・・やだ・・・」
 テムオリンの言葉に、オルファリルは愕然とする。
 「オルファの・・本当のパパと、ままは・・・パパみたいに温かくて・・・優しくて・・・そんな人じゃないの?」
 「あなたは、私達の道具として生み出された存在に過ぎませんわ。スピリット達は、愚かな人間同士を戦わせる為の道具なのですから。家族なんて、必要ありませんわよね?」
 笑顔を見せるテムオリン。
 その晴れやかとも取れる笑顔は、非情でとても邪悪に見えた。
 「愚かな人間と、無知なスピリット・・・私達の予定通りにマナを食いつぶしてくれました。そして本当に愚かなことに、ヨーティア殿のような希有な存在は爪弾きにする」
 テムオリンは哀れむように首を振った。
 「本当・・・とても愚かですわ。人間という存在は、どこの世界でも変わりませんわね・・・」
 「全ては永遠神剣の為・・・ってわけかい?」
 ヨーティアは奥歯を噛み締める。
 「その通りです」
 テムオリンはゆっくりと頷いた。
 「私達は剣の意志に選ばれた存在。全てのマナを一つの剣とする為に・・・全ては第一位の永遠神剣の為・・・!!」
 杖をシャンと鳴らす。
 『コイツは何を言っているんだ。何が選ばれた存在だっ!!』
 悠人は結界に逆らい、震えつつ立ち上がろうとする。
 シュォオオオオ・・・
 「あら・・・?」
 立ち上るオーラフォトンに、テムオリンも振り返った。
 「驚きましたわ!下等な剣しか持たない人間如きが、私の結界に逆らうとは・・・」
 「お前らだって、所詮は剣に使われているだけじゃないか」
 悠人の顔に怒りの色が浮かぶ。
 「所詮、道具だと?予定通りだと?剣の言いなりになっているヤツらがッ!!!」
 「ユート様!駄目ですっ!!」
 エスペリアの制止も聞かず、悠人は立ち上がり剣を構える。
 「オルファを連れて行かせはしないぞ・・・!!」
 「パパ・・・」
 「なかなかの力ですわ。時深が入れ込むのも解る気がしますわね」
 意外だったのか、テムオリンはやや驚いたようだった。
 「精神的な脆さはともかく、鍛えれば少しは使えるかもしれませんね」
 シャラン
 テムオリンが杖を振る。
 「瞬との対決を最後まで見たかった気もしますが、そろそろ退場して頂きましょう」
 コォオオオオオオ・・・
 突然、眼前に巨大な魔法陣が出現した。
 「!!何て大きなオーラフォトンだ。こら、やめろ!ユートッ!死ぬぞ!!」
 「知るかよ!!!これ以上、こいつらの好きにさせてたまるか!!!」
 『こいつは絶対に許せないんだ!!!』
 ヨーティアの制止を無視して悠人は剣を構えた。
 「では・・・消滅しなさい」
 テムオリンのオーラフォトンにマナが集束していく。
 「いやぁあああああああああっっ!!!」
 ドクンッ!!

 『あれ?どうしたんだろ・・・オルファ・・・』
 『久しぶりです・・・我が主、リュトリアム様』
 『あなたは誰?』
 『私は永遠神剣【再生】です。あなたと共に歩む為に生まれた存在です』
 『えっ?オルファ、自分の剣を持っているよ』
 『リュトリアム様の本当の剣は私です。その剣は別の物』
 『そうなんだ・・・あとオルファはリュトリアムじゃないよ。オルファリルだよ』
 『解りました。オルファリル様。ずっとオルファリル様が帰ってくるのを、お待ちしておりました』
 『オルファを?どうして?』
 『オルファリル様の、真の力を取り戻していただくためです。それは私の真の力を覚醒させることでもあります』
 『真の力・・・』
 『私はオルファリル様の為だけに存在しています。神剣に使えるわけではありません。私はオルファリル様の決定に従います』
 『・・・』
 『私を呼んで下さい。ここならば、今ならば、呼びかけに答えることが出来ます』
 『じゃ!パパ達を助けることは出来る?みんなを、お姉ちゃん達を助けられる?あの人をやっつけられる?』
 『真の力を取り戻したならば。ただ・・・』
 『いい!なんでもいい!!みんなを、パパを助けられるなら、オルファはどうなってもいいもん!!』
 『解りました、オルファリル様。私は永遠神剣【再生】。魂を燃やし、浄化し、命を生み出すもの』
 『【再生】よ。オルファに力を貸してっ!!』
 カァアアアアアアアアーン!!!

 それは一瞬の出来事だった。
 悠人に向けて放たれた光。
 その光は、悠人へと到達する前に炸裂した。
 「っ!!【再生】も勝手なことを・・・私に逆らうなど・・・!!
 「な・・・何が起こった!?・・・っ!オルファ!!」
 悠人は眩しさに目を細める。
 逆光の中にオルファリルの姿があった。
 両手を広げて正面をきっと見据えている。
 小さな身体の前には、純白に輝く美しい双剣が宙に浮いていていた。
 「パパ・・・オルファね、自分が何か解っちゃった・・・・」
 オルファリルが呟いた。
 「オルファが・・・みんなのママだったんだ。えへへ・・・笑っちゃうね」
 テムオリンから放たれる光がより一層力を増した。
 オルファリルの表情がまた真剣な物に変わる。
 髪を留めているリボンが切れ、長い髪が大きくなびく。
 丈夫なはずのスピリットの服も、たまらずボロボロになっていった。
 「危ないから下がってろ!!オルファーーッ!!」
 叫ぶが、下がらない。
 オルファリルは構わず言葉を続けた。
 「あとね・・・オルファも佳織の気持ちがすご〜くよくわかるんだよ。パパの好きと、オルファ達の好きは違うんだよ」
 振り向かずに笑う。
 「だから約束だよ。また逢えたら・・・オルファのこと女の子としてみてね!!」
 その目には涙が光っている。
 「その時はオルファも、パパじゃなくて・・・お姉ちゃん達みたいに、ユートさんって呼ぶんだから!!」
 立ち上がり、オルファリルに駆け寄ろうとする悠人。
 「やめろぉぉぉっ!オルファ!やめるんだぁっ!!!」
 悠人は自然と叫んでいた。
 「・・・ううん。これしか方法はないんだもん。オルファしか、今じゃ無理だから・・・だから、パパ・・・ごめんなさい」
 「覚醒・・・計算外でした。時深もやりますわね。この覚醒時の力は・・・私でも防ぎきれませんわ」
 オルファリルはテムオリンを睨み付ける。
 「消えちゃえぇぇぇぇっっっ!!!」
 バァアアアアアアーン!!!
 「一旦、退散しますわ」
 オルファリルの絶叫と同時に、神剣から眩い光が広がる。
 悠人達の視界が完全にホワイトアウトしていった。
 「オルファ・・・お、れ・・・何かが・・・消えていく・・・」
 自分の心の中から、何かが抜け落ちていく。
 そんな感覚を残しながら、悠人の意識は消えた。


 聖ヨト暦332年 ルカモの月 黒 五つの日
 悠人達はソーン・リーム台地より帰還した。
 謎の少女との戦い。
 何か強烈な光に包まれ、その後の記憶はない。
 目が覚めた時には、全員が遺跡の中で倒れていた。
 ヨーティアをはじめとする悠人達『二人』と調査団は、何か違和感を抱えたまま王都に帰り着いた。


─聖ヨト暦332年 エハの月 赤 一つの日 昼
 謁見の間

 王都に帰還した闘護は、すぐに謁見の間に呼び出された。
 そして、マロリガンで起きた事件の一部始終をレスティーナをはじめとするら来雄の重臣達に報告した。

 「・・・以上です」
 報告を終えた闘護は頭を下げた。
 【・・・】
 闘護の報告に、謁見の間にいる全員が絶句していた。
 「・・・ト、トーゴ」
 「はっ」
 「し、しばらく・・・詰め所で待機しなさい」
 震える声でレスティーナは命令する。
 「了解しました」
 闘護は無表情のまま頷いた。


―同日、昼
 闘護の部屋

 バタン・・・
 「・・・ふぅ」
 部屋に戻ると、闘護はいつも事務処理を行っている机についた。
 「さて・・・次は、と」
 引き出しから紙を出すと、ペンを持つ。


 コンコン
 「セリアかい?」
 「・・・はい」
 「どうぞ」
 ガチャリ・・・
 「失礼します・・・」
 セリアはゆっくりと遠慮がちに中に入ってきた。
 「いいタイミングだ」
 そう言って、闘護は手に持っていた封筒を閉じた。
 続いて闘護は立ち上がると、セリアに向かって封筒を突き出した。
 「セリア。これを・・・」
 「・・・」
 セリアは無言で封筒を受け取る。
 「レスティーナに届けてくれ」
 「女王陛下に・・・ですか?」
 闘護の言葉に、怪訝な顔をするセリア。
 「そうだ。直接渡してくれ」
 「・・・わかりました」
 セリアは封筒を懐に入れる。
 「頼むよ」
 「はい・・・失礼します」
 頭を下げて、セリアは部屋から出て行った。
 「・・・ったく」
 一人になり、闘護は小さく肩をすくめた。
 『セリアまで怖がらせてどうするんだ・・・』
 「困ったな、どうも・・・」


―同日、夕方
 ラキオス城の一室

 「これをトーゴが・・・?」
 「はい」
 レスティーナはセリアから受け取った封筒を凝視する。
 「直接渡すようにとのことです」
 「・・・」
 レスティーナは封を切ると、中に入っている手紙を取り出して目を通した。
 「・・こ、これは・・・!」
 「!?」
 見る見るうちに表情をこわばらせるレスティーナに、セリアも目を丸くした。
 「こんなことを、考えて・・・」
 「・・・」
 黙っているが、何か聞きたそうに見つめるセリアに、レスティーナは手紙を差し出した。
 「あなたも・・・読んだ方がいいでしょう」
 「私も・・・ですか?」
 「ええ」
 「・・・わかりました」
 セリアは手紙を受け取ると、早速中に目を通した。
 すると、先程のレスティーナと同じく、見る見るうちに表情がこわばっていく。
 「・・・こ、これは!?」
 手紙の内容は、以下のようなものだった。


 『今回の件について、その真意をここに記す

  マロリガンで私の命を狙った暗殺者を全滅させたことは、故意で行ったことである。
  どうやら、帝国から私の命と引き換えに手を組むという約束をとりつけていたらしい。
  無論、今更証拠を求めたところで既に隠滅されているだろう。
  そこで、今回私の行為を以ってマロリガンに対し要求すべきだと考えた。
  即ち、「人間を虐殺できる化け物を殿下は従える」という図式をマロリガン側に知らしめるのである。
  そうすることで、マロリガン側は殿下、ひいてはラキオスの要求を飲まざるを得ないと思われる。
  何より、マロリガンのスピリットは既にラキオス支配下にあり、彼らには人間という戦力しか存在しない。
  ただし、その為には私という「化け物を従える」ということ、つまり私を従えているということを示す必要がある。
  そこで、今回の件について、私を厳罰に処してもらいたい。
  そうすることで、殿下が私を御することができることを示し、マロリガンにラキオスの要求をすべて受け入れさせることができると考えられる。

  以上が、私の策である。
  無論、殿下がこの策を採用するかどうかの判断は、殿下に委ねる』


 「トーゴは・・・わざと虐殺したようですね」
 レスティーナは重い口調で呟いた。
 「・・・だから、あんなことを・・・」
 セリアが小さく呟く。
 「あんなこと?」
 「マロリガンで、宿に戻ってきた時のことです」

 セリアは闘護が兵士達にとった行動を説明した。

 「脅迫じみた言い方・・・ですか」
 「はい」
 「おそらく・・・それも策略の一部でしょう」
 レスティーナは呟くと、手紙をセリアに渡した。
 「トーゴに返してください」
 「・・・レスティーナ様」
 手紙を受け取ったセリアは、探るような目つきでレスティーナを見た。
 「どうなさるおつもりですか?」
 「・・・まだ、結論を出すことはできない・・・そう、トーゴに伝えてください」
 「・・・わかりました」


―同日、夜
 闘護の部屋

 「・・・以上です」
 「わかった」
 セリアの報告を聞いて、闘護は頷いた。
 「それから、これを・・・」
 「ん・・・」
 差し出された手紙を受け取ると、闘護はセリアの顔を覗き込む。
 「中身、見た?」
 「はい」
 「そうか・・・」
 闘護は小さく頷くと、手紙を上着のポケットにしまった。
 「まぁ、下策と言われたら下策だからな。迷って当然だろう」
 「・・・」
 「ん?どうした、セリア」
 「・・・申し訳ありませんでした」
 そう言って、頭を深々と下げる。
 「おいおい、どうした?」
 「トーゴ様の真意も知らず、失礼な態度を・・・」
 「失礼って・・・俺を避けたことか?」
 「・・・」
 「構わないさ。別に」
 無言のセリアに、闘護は肩をすくめた。
 「あの状況で、あんな姿をしてたら誰だってビビる。君の反応は当然のものだ」
 「で、ですが・・・」
 「むしろ、謝るのは俺の方だよ」
 闘護はそう言って頭を下げた。
 「何も伝えなくてすまなかった」
 「・・・」
 「その場しのぎで考え付いた策だったからね・・・説得する自信がなかった」
 「・・・そんなの」
 俯いたセリアの体が小さく震える。
 「ん・・・?」
 「そんなの、勝手です!!」
 「っ!?」
 セリアの叫びに、闘護は目を丸くした。
 「私はトーゴ様の副官として同行していました。なのに・・・なのに・・・」
 震えるセリアの瞳に涙が浮かぶ。
 「・・・」
 「どうして!!どうして私に何も言わなかったのですか!?」
 セリアは沈黙する闘護に詰め寄った。
 闘護は小さく頭をかくと、ゆっくりとセリアを見つめた。
 「・・・君は何も知らなかった」
 「・・・え?」
 「君は何も知らなかった」
 そう言って闘護は立ち上がると、懐から先ほど受け取った手紙を取り出した。
 「君は、マロリガンで起こった事件について何も知らない。即ち、無関係だ」
 ボッ・・
 闘護は手紙にランプの火をつけた。
 「だから、君はこの事件について、何の処分も受けない」
 燃えゆく手紙をテーブルの上に置かれたカップに入れた。
 「それだけだ」
 そう言って闘護は椅子に腰を下ろした。
 「・・・トーゴ、様・・・」
 「この件に関して、これ以上言うことはないよ」
 闘護は瞳を閉じた。
 「納得出来ようが出来まいが、ね」
 「・・・わかり、ました」
 セリアは小さく呟くと、闘護に背を向けた。
 「失礼・・・します」
 バタン・・・
 セリアが部屋から出て行き、闘護はゆっくりと瞳をあけた。
 「納得・・・出来ないよな」

 次の日からセリアは前線に出たため、第二詰め所には闘護のみが残ることとなった。
 これは、悠人とエスペリアがいないので、アセリアの世話をするスピリットが第二詰め所から派遣されることになっていたためである。
 マロリガンから使者が来たのは、それから半月後だった・・・

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