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─聖ヨト暦332年 スリハの月 赤 五つの日 朝
 ヨーティアの研究室

 コンコン
 「ヨーティア、ウルカを呼んできたぞ」
 悠人がヨーティアに捕まったのは、三十分程前のことだった。
 一応の結論が出たから、ウルカと一緒に来て欲しいとのことで、こうして連れてきたのだ。
 『結論って、アレのことだよな・・・』
 以前、ウルカが【拘束】の精神支配に苦しめられていた時、闘護がヨーティアに相談していた。
 結局、ウルカは自分自身の力で神剣に打ち勝ったわけだけど、どうやらその後も調査を進めてくれていたらしい。
 「ん、ご苦労さん。入っていいよ」
 「おう」
 ガチャリ
 許しが出たので、ドアを開けて中に入る。
 「そこら辺、適当に座って」
 「恐れ入ります」
 適当とは言うが、今日は座るだけのスペースが空けてあった。
 悠人とウルカは、迷うことなくそこに座る。
 「お茶とかは出した方がいいかい?」
 「いえ・・・気遣いは無用です」
 かつてヨーティアに相談したことについては、ウルカにも伝えてある。
 内容にも気がついているらしく、ウルカの声は低かった。
 「そう?じゃ、構わずにいこうか」
 ヨーティアはゆっくりとウルカを見た。
 「本当はトーゴにも聞いておいて欲しかったんだが、朝から出てったっきり連絡がつかなかったんでね・・・とりあえず、アンタ達にだけ先に話しておく」
 「ああ」
 「はい」
 二人とも頷くと、真剣な表情でヨーティアを見た。
 「結論から言うとだ。ウルカだけは、他のスピリットとは明らかに違うね」
 ヨーティアはあっさりとそう告げる。
 「・・・っ!?」
 「ならば、手前は・・・」
 ウルカはゆっくりと言葉を紡ぐ。
 落ち着いているようには見えるが、内心がどうなのかはその表情からは読みとれない。
 「そうだね・・・ウルカのことの前に、まずはオルファの方の話からしよう。その方が解りやすいから」
 「オルファのこと・・・?」
 「今まで調べて解った限りのことを話そう。ああ、言っておくけど、これは現時点で事実に近いだけで、絶対的な真実じゃない。その辺りを間違えないように」
 ヨーティアはそう前置きをする。
 「あ、ああ・・・」
 「・・・はい」
 悠人とウルカは共に頷いた。
 『しかし、オルファもか・・・』
 予想外の名前が登場したことに、悠人はゴクリと唾を飲み込んだ。
 「いいかい?オルファの持つ因子。永遠神剣の構成はおかしいんだ。色々とね」
 ヨーティアはゆっくりと言った。
 「他のスピリット達。大学で見た帝国のスピリットも、このラキオスのスピリットも、そしてイオも・・・みんなオルファの因子を劣性として受け継いでいる。まるで、皆がオルファの娘みたいなもんだよ・・・」
 【・・・】
 「そして、その因子を調べれば、ある程度の年齢は解るんだけどね・・・オルファが誕生してからは、ゆうに一万年の時が流れているのが解った」
 「い、いちまんねん〜〜!?」
 「なっ・・・!?」
 ヨーティアの言葉に、二人は唖然とする。
 『最年少に見えるオルファが一万歳!?』
 ヨーティアは続ける。
 「一万年というのは短く見積もってだ。それ以上の計測が今の私には出来ないのだからな。ことによっては、十万年・・・いや、百万年ということもあり得るぞ」
 「・・・勘弁してくれ」
 『俺の思考を遙かに超えてる・・・実感を持って考えられるような数字じゃないって』
 悠人はため息をついて首を振った。
 「そして問題は・・オルファの【理念】の誕生年数と、オルファの持つ因子と誕生年数があってないんだ。オルファの誕生自体は・・・」
 そこで、ヨーティアは難しい表情を浮かべた。
 「驚くべき事に、この大陸発生とほぼ同時くらいになるんだ」
 【!?】
 ヨーティアの言葉に、悠人とウルカは驚愕する。
 「そして、スピリットの持つオルファの因子と、生まれてから経過している時間を考えると、一つの結論に辿り着く・・・」
 ヨーティアは小さく息を吸って、ゆっくりと二人を見回した。
 「オルファは、多分全てのスピリットの母体だ」
 「・・・なんだって!?」
 「それは・・・!?」
 ヨーティアの言葉に、衝撃を受ける悠人と絶句するウルカ。
 「てことは、スピリットってオルファが増やしてるのか!?」
 「いや、そうじゃないよ。あー、なんて言ったらいいかな」
 ヨーティアは頭をボリボリと掻いた。
 「オルファは参照元なんだ。そのコピーのような存在として、多くのスピリットは生まれたって訳だ」
 「そんな・・・」
 ヨーティアの語る衝撃の言葉に、悠人は呆然とする。
 「そして、オルファの因子の複製を全てのスピリットが持っているということ・・・ここには、未だもってウルカ以外の例外はいない」
 【・・・】
 「大体、スピリットが生まれる瞬間を見た者はいない。これは私の予想だけど、どこかで生み出された後、エーテルジャンプのようなもので各地に送られるんだろうね」
 「・・・」
 『スピリットは、剣を抱いた状態で突然現れる・・・それがこの世界の常識だ。確かに、常識だから、俺はその理由を考えようとはしなかったし、他の多くの人もしなかった・・・』
 悠人は小さく息を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
 「じゃあ、オルファは・・・」
 「・・・自然の存在じゃないだろうね」
 重い口調で答えるヨーティア。
 「前に言っただろう?スピリットは、あまりにも人に都合が良すぎるってさ」
 ヨーティアは肩を竦める。
 「私は、何処かの誰か・・・ことによっては他の世界のものが、何らかの理由で作り出したんじゃないかと思ってる。目的の一つ、もしくは目的の為に必要なのが、スピリットなんじゃないのかね」
 ヨーティアの言葉は、十分に説得力を持っていた。
 『常に広い視野で全体を見ようとする態度は凄いな・・・』
 心の中で感嘆する悠人。
 「だけど、他の世界って・・・」
 「ユート。アンタだって他の世界から来てるだろう?」
 「そうだけどさ・・・いきなり作り出した存在とか言われても実感がないよ」
 悠人は思わずウルカの顔を見たが、似たような感じだった。
 「そして、ウルカについても同じ事が予測できる」
 二人の様子をおいて、ヨーティアは続ける。
 「ヨーティア殿、ならば手前も・・・」
 「・・・ああ」
 ウルカの問いに、ヨーティアは頷きを返した。
 愕然としているウルカの様子を見ながら、更に衝撃的なことを告げる。
 「ただ、やはり誰かが何らかの目的の為に作り出したって可能性が強いね」
 「作られた・・・」
 ショックを隠せないウルカ。
 ヨーティアは、敢えて淡々と言葉を続ける。
 「エーテル技術、スピリットの存在、この世界に起きていることは、過去との繋がりが見えないものが多いんだ。それが何者かの介入で、存在することに意図があるとするなら、かなり色々な部分が考えやすくなるのさ」
 「意図・・・」
 『数万年前に遡るとオルファの誕生、エーテル技術の成立にスピリットの発生・・・それら全てで何かを意図する者がいるなんて考えられない・・・』
 あまりにも大きな話に、悠人は言葉を失った。
 「それにね・・・広いところを見れば、もっと他の存在を感じる部分もあるんだ。例えば、聖ヨト時代に現れた四人の来訪者もそうだな」
 「そういえば・・・そいつらも突然現れてるんだっけ」
 「ああ、そうだ」
 エトランジェの出現は、常に突然の出来事。
 前兆も何もありはしないのだ。
 「手前は・・・知らぬ内に何者かの為に戦わされていたのでありましょうか・・・?」
 「・・・わからない」
 漠然とした不安が、悠人とウルカを包む。
 『自分で選んだはずの戦いが、他者の思う通りに運んでいるなんて・・・信じられない・・・信じたくない』
 小さく拳を握りしめる悠人。
 「まぁ、結局のところ、まだまだ仮説の域はでないんだ。より詳しい分析をするには、もっと時間がかかるからね」
 「ああ」
 「せいぜい暗くなりすぎるな。真実は全然別のものかも知れないんだから」
 「・・・わかってる」
 「はい・・・」
 返事をする二人。
 『真実は別にあるかも知れない・・・そうは言っても、ヨーティアが確証のないことをこうやって話すとは思えない。多分、今話していることが、そのまま真実である可能性はかなり高い・・・』
 悠人は深刻な表情で考え込む。
 「・・・まぁ、話がどういう風に転んでも、お前達ならどうにかするだろう?」
 ヨーティアはニヤリと笑った。
 「それくらいの強さは期待してる。だからこそ、私は話したんだからね。見立て違いだった、何て思わせないでくれよ」
 「ヨーティア・・・」
 「特にユートは悩むのが様になる訳じゃないんだし、気をつけるんだね」
 何気なく酷いことを言いながら、ヨーティアが立ち上がる。
 「ユート、ウルカ・・・解るとは思うけど、これはまだあまり大きな声で言えることじゃないんだ。くれぐれも、外には漏らさないように。いいね」
 僅かに顔を曇らせる。
 何かを思い浮かべ、辛そうに首を振った。
 「特にオルファには、まだ少し辛いかも知れないから」
 「ああ・・・わかったよ」
 『みんなと違うこと、それは大きなストレスになる。俺達でこうなんだ・・・オルファがどのくらいのショックを受けるのか解らない。あの笑顔が消えてしまうところは見たくない・・・』
 悠人は強く頷いた。
 「それじゃ、頼むよ」
 「・・・ヨーティア殿、頼みます」
 「はいはい、任せときなって」
 いい加減にも頼もしげにも見える様子で頷くと、ヨーティアはさっさと作業を再開する。
 そのまま、悠人とウルカは言葉少なく、研究室を後にした。


─同日、昼
 謁見の間

 「・・・」
 レスティーナは手元の書簡を訝しげに見つめて沈黙している。
 「レスティーナ女王陛下、返答を」
 使者らしき男がゆっくりと頭を下げる。
 「・・・トーゴを呼びなさい」
 レスティーナは硬い口調で控えている兵士に言った。


─同日、昼
 第一詰め所、食堂

 「ふぅ・・・」
 『手前は・・・一体・・・』
 ヨーティアの話を聞いて、小さくない動揺を抱えたウルカは食堂で考え込んでいた。
 「ウルカお姉ちゃん」
 ふと、声をかけられたウルカはゆっくりと顔を上げた。
 「オルファ殿・・・」
 食堂の入り口でオルファリルが嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
 「ねぇねぇ、ウルカお姉ちゃん。一緒に城下町に行かない?」
 「手前と、ですか?」
 「うん。美味しいお菓子があるってネリーが教えてくれたんだ。一緒に買いに行こうよ」
 「・・・わかりました」
 ウルカは頷くと、ゆっくりと立ち上がった。


─同日、昼
 城下町

 ジャラリ・・・
 「っと・・・」
 『結構な重量だな・・・まぁ、仕方ないか』
 闘護は背負っている麻袋をチラリと見た。
 『暇なうちに用意しておかないと、いざというときに困るとはいえ・・・鉛は重い』
 「ふぅ・・・」
 息をつき、ゆっくりと歩き出す。
 闘護が背負っている麻袋には、指弾用の鉛球が大量に入っていた。
 これは、マロリガン戦の間に消費した球を補給しなかったため、今回まとめて発注したのだ。
 『早く帰って整理を・・・』
 「・・・!」
 「ん・・・?」
 その時、闘護の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 『この声・・・オルファか?』
 闘護は声のした方に向かって歩き出した。


 ガヤガヤ・・・
 『随分と騒がしいな・・・ケンカか?』
 闘護は喧噪の中をかき分けていく。
 その時だった。
 「お父さんとは夫婦になれないんだぞ!」
 突然、子供の叫び声が闘護の耳に入った。
 「何だ?」
 人混みを抜けた闘護の視界に入ったのは、男の子とオルファリル、ウルカの三人だった。
 だが・・・
 『何だ・・・?』
 オルファリルの表情は、普段見せる笑顔など全くなく、ただ呆然としていた。
 ウルカも、そんなオルファリルを翳りのある表情で見つめていた。
 「それはいけないことなんだ!!父さんとは夫婦なんかになれないんだ!!お前みたいな子供は一生夫婦になんてなれないんだ!!」
 子供は尚も叫び続ける。
 「・・・」
 そして、オルファリルは呆然と子供の言葉を聞いていた。
 「おい」
 【!?】
 闘護がゆっくりと重い口調で放った声に、その場の空気が一気に張りつめた。
 「トーゴ殿・・・」
 「何をしている?」
 闘護は声を返したウルカに視線を向けた。
 「往来で喧嘩か?」
 「こ、これは・・・」
 「違うのか?」
 「・・・」
 ウルカが言葉を継げないでいると、闘護は子供に視線を向けた。
 子供は闖入者である闘護をキッと睨み付けた。
 『自分が悪いことをしてないと言わんばかりだな・・・ならば』
 「部下に何か用か?」
 「!!?」
 闘護の言葉に、子供はビクリと身をすくめた。
 「何か、用かと、聞いているんだが?」
 「っ!?」
 闘護の迫力に気圧され、子供の瞳に涙が浮かぶ。
 「ふん・・・」
 『これで十分だろう』
 馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らすと、闘護はオルファリルとウルカの方を向き直った。
 「行くぞ」
 「は、はい・・・」
 「・・・」
 「お、オルファ殿」
 ウルカに背を押され、オルファリルは怖ず怖ず頷いた。

 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 三人は、しばし無言で歩き続けた。
 そして、第一詰め所と第二詰め所への分かれ道に差し掛かった頃・・・
 「何があった?」
 歩きながら、闘護は振り返らずに尋ねた。
 【・・・】
 闘護の問いに無言の二人。
 闘護は立ち止まると、ゆっくりと振り返った。
 「ケンカにしては随分と変なことを言っていたな」
 【・・・】
 二人は立ち止まるものの、ウルカは横を向き、オルファリルは俯いて闘護から視線をそらす。
 「・・・自分たちが何であるか、忘れてないよな?」
 闘護は少し厳しい視線を二人に向けた。
 「君たちはスピリット・・・それも、ラキオス王国のスピリット。いわば、この世界のスピリットの代表だ。軽はずみにケンカするのは・・・」
 「だって!!」
 闘護の言葉を遮るようにオルファリルが叫んだ。
 「だって・・・オルファとパパのこと、冷やかしたから」
 「オルファ殿・・・」
 ウルカが気遣うように声をかける。
 「みんなの悪口を言って・・・それは我慢したよ。だけど、オルファがパパのこと好きだって言ったら・・・」
 オルファリルの瞳にジンワリと涙が浮かぶ。
 「パパとオルファは夫婦になれないって・・・」
 「・・・俺が乱入したのは、その直後か」
 闘護は小さくため息をついた。
 「トーゴ殿。オルファ殿は子供に何もしてませぬ。ですから・・・」
 「わかってるよ、ウルカ」
 ウルカの言葉を制すと、闘護はしゃがみ込み、オルファリルと同じ高さの視線で彼女の顔を見つめた。
 「自分が悠人と夫婦になれない・・・そう言われたのがショックだったのか」
 「・・・トーゴ」
 「ん?」
 「オルファは・・・パパを好きになっちゃいけないの?」
 オルファリルは真剣な表情で闘護を見つめる。
 「オルファは・・・パパと夫婦になれないの?」
 「・・・」
 闘護は瞳を閉じた。
 『オルファは悠人に・・・恋愛レベルの好意を・・・抱いてる、か。ならば・・・』
 「俺がその問いに答えることは・・・出来ない」
 そう言って、ゆっくりと瞳をあけた。
 「どうして・・・?」
 「オルファ。君の問いは、君と悠人にしか答えを出すことは出来ない。俺がどう答えても・・・それは意味がないんだ」
 そう言って、闘護はゆっくりと立ち上がった。
 「俺から言えることはそれだけだ・・・」
 「トーゴ・・・」
 「じゃあな」
 そう言い残し、闘護は去っていった。
 「・・・オルファ殿。戻りましょう」
 「・・・うん」
 ウルカの言葉にオルファリルは小さく頷いた。


─同日、夕方
 スピリットの館周辺

 『よしっ、と』
 木々から漏れる夕日の光
 しゃがみこむ悠人の前には、小さな墓石があった。
 碑名には聖ヨト語で『ハクゥテ』と書かれている。
 悠人はあまり文字は読めないのだが、こればかりは人に聞くこともなく解った。
 とても拙い字。
 あまり文字を書くのが得意でないオルファリルが、エスペリアから習って書いた物だった。
 下手くそな字だけど、精一杯の気持ちが伝わってくる。
 悠人は、極短い間だけ家族だったエヒグゥ、ハクゥテの墓参りをしていた。
 『お前の分も、オレがオルファを守るからさ。天国・・・ハイペリアから見守ってやってくれよ』
 手を合わせて拝み、立ち上がる。
 「くぅぅ・・・っ」
 悠人は空に向かって背伸びする。
 『ハクゥテが逝ったのも、こんな夕焼けの時間だっただろうか』
 「さて、と。そろそろ戻るか」
 悠人は小さく呟いた。
 『今日はオルファと少し話そう。何となく声が聞きたくなった・・・』


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 「・・・ふぅ」
 食堂ではウルカが一人、お茶を飲んでいた。
 「おす、ウルカ」
 「ユート殿、はい」
 悠人を見て一礼するウルカ。
 朝の話が影響してるのか、二人の間に小さな堅さがあった。
 「えっと・・・エスペリアはどこにいるんだ?」
 「城下町へ買い物に行きました」
 「そうか・・・オルファは?」
 「・・・自室にいると思います」
 そう言ったウルカの表情は、僅かに翳っていた。
 しかし、悠人はそれに気付かず頭を下げる。
 「そっか・・・ありがとう、ウルカ」
 「いえ」
 ウルカは一礼し、再びお茶を飲む。
 「俺、部屋にいるから。何かあったら呼んでくれ」
 「わかりました」


─同日、夕方
 悠人の部屋

 ガラリ・・・
 「ふぅ・・・風が気持ちいいや」
 窓を開け、風を身に受ける。
 『ハクゥテの死・・・それがオルファにどれだけ衝撃を与えたのか・・・』
 唇を噛み締める。
 『俺がし向けたんだ・・・俺はこれからオルファに何をしてやれるのかな』
 「あの小さな身体で、オルファはどれだけの物を背負っているんだろう」
 悠人は呟く。
 「ヨーティアはオルファがスピリットの全ての母体・・・大陸と同じ誕生年数だって言っていた」
 『一体、どういう事なんだ・・・【求め】もオルファに関しては、不思議な警戒心を抱き続けていたことは確かだけど』
 ボリボリと頭を掻く。
 「っと・・・最近、オルファのことばっかり考えてるな」
 『ヨーティアの話もあるけど、出来の良すぎる妹分二人・・・ずっとお兄ちゃんをしていたことのせいだろうか?』
 悠人は何となく窓から、頭を出して冷やしてみる。
 トントン・・・
 その時、ノックの音がした。
 「はい?」
 「パパ・・・ちょっとい〜い?」
 ドア越しに少し元気のないオルファリルの声。
 「ああ、入ってくれ。鍵は開いてるからさ」
 「うん。じゃあ、お邪魔するね」
 ガチャリ・・・
 元気のない様子でオルファリルは部屋に入ってきた。

 ハクゥテを失ってから、オルファリルは少し落ち込み気味になってしまった。
 ボンヤリと一人空を眺めている時間が増えていた。
 いや、増えたより出来たというべきか。

 「どうした?って別に用事がなくてもいいんだけどさ。俺も今暇だったし」
 「パパ・・・座っていい?」
 「ああ、いいよ」
 『以前の太陽そのものだった頃とは変わったな・・・』
 オルファリルは、どこか弱々しく寂しい笑顔を浮かべたまま座る。
 「・・・ハクゥテのお墓にお花あげてくれたの、パパだよね?ありがとう」
 「ああ、ついさっきな」
 「ハクゥテ・・・ハイペリアに行けたかな・・・」
 「今頃はハイペリアでオルファを見守っているさ」
 『そう願わずにはいられない・・・』
 オルファリルの問いに、悠人は答える。
 「うん・・・」
 悠人の答えにオルファは微笑んだ。
 そしてため息混じりに言葉を続ける。
 「オルファは・・・もうハクゥテと会えないんだね。オルファ、ハイペリアには行けないから・・・」
 椅子に座ったまま足をブラブラとさせる。
 「オルファはパパと違ってスピリットだもん。死んだら、マナになっちゃうだけ・・・」
 「どうしたんだよ。オルファらしくないぞ、そんな暗くなっちまって」
 オルファリルは沈黙で答える。
 『どうしたんだろう。今までに比べても、明らかに様子がおかしい・・・』
 「もし、悩みがあるんならなんでも相談に乗るぜ?俺はオルファのパパなんだからさ」
 それでもオルファリルは口を開こうとせずに、思い詰めたように床を見つめている。
 悠人も何も言うことが出来ずに、暫く会話が止まる。

 「・・・パパ」
 長い時間の末に、オルファリルはやっと小さく呟いた。
 「パパは・・・パパは、オルファのこと、どう思う?」
 「ん?どう思うって何だ?」
 「・・・今日ね。城下町にウルカお姉ちゃんと行ったの。そこでね。街の男の子にね。パパのこと冷やかされたの」
 「・・・」
 『俺達もスピリットも、ラキオス国内ですらただの戦争道具と思っているヤツらが沢山いる。減ったとはいえ、いなくなった訳じゃない・・・』
 小さく拳を握りしめる悠人。
 「そしたらケンカになっちゃって・・・あ、でもでも、オルファは手出ししてないよ?」
 オルファリルは慌てて手を振った。
 「オルファ、強いから我慢しないと駄目なの。パパの悪口も、エスペリアお姉ちゃんの悪口も、アセリアお姉ちゃんのも、ウルカお姉ちゃんのも我慢したよ」
 怒りを思い出して震える。
 小さな手は強く握られ、それを表に出さないように唇を噛み締める。
 「でも、もう一つ言われたの・・・」
 「・・・」
 「『パパ』とは・・・お父さんとは夫婦になれないんだぞ!って。それはいけないことなんだって。パパとは『夫婦』になれない。オルファみたいな子供は、一生『夫婦』になれないんだって」
 「オルファ・・・」
 『一生『夫婦』になんてなれない・・・言った者は、それがどれだけ人を傷つけるのかわかっていないんだ。俺も鈍感な方だが、それでもオルファにそんなことを言うなんて・・・』
 悠人は心の中で憤る。
 「・・・ね、パパ・・・オルファ、パパのこと、好きになっちゃいけないの!?」
 オルファリルは立ち上がり大きな声を上げる。
 「アイツらの言うことなんか気にするなよ。そりゃ確かに父と娘だと夫婦にはなれないけど・・・俺はオルファのこと好きだぜ」
 珍しく激情に駆られたオルファをなだめようとする悠人。
 しかし、悠人の言葉が余計に火に油を注いだ。
 「違うもん!パパの好きと、オルファの好きは違うもん!エスペリアお姉ちゃん達と、同じ好きだもん!!」
 「!」
 悠人はその言葉に衝撃を受けた。
 『オルファが俺のことを好きだって?いや、その前にエスペリア達と同じって・・・ああっ、もう・・どこを重点的に驚けばいいんだ!?』
 「オルファはパパのこと大好きだよ!?パパの為だったら何でも出来るもん」
 立ち上がったままのオルファリルは、ゆっくりと股間の前掛けの部分を持ち上げる。
 顔は真っ赤で、羞恥心に必死に耐えながら、悠人から視線を外さない。
 「な、なにやってんだよ!オルファ」
 「男の子達が言ってた。本当に好きなら、オルファとエッチできるはずだって。赤ちゃんを作れるって」
 そう言って股間に伸ばしたままの手が、小さな秘部を隠していた布を取り払う。
 耳まで赤くなっているオルファリル。
 『初めて会った時なんて、素っ裸で飛びつくことに何の抵抗もなかったはずなのに・・・』
 心の中で呟く悠人。
 しかし、時間は止まらない。
 オルファリルの独白が続く。
 「・・・恥ずかしいけど。大丈夫だよ。パパになら、平気・・・パパとなら」
 絞り出すような声。
 まだ何も生えてない部分が露わになっていた。
 悠人は目を逸らす。
 『・・・ヤバイ・・・今のオルファの顔はパパと騒いで懐いていたものじゃない。俺に純粋な思いをぶつけてくる、一人の女の子だ。俺の気持ちは・・・』
 悠人は唇を噛み締める。
 「オルファ、スピリットだけど・・・オルファ、パパと赤ちゃん作れるもん!!」
 悲痛な声で叫ぶ。
 「パパは・・・オルファじゃ駄目?」
 「オル、ファ・・・」
 『俺は・・・オルファが好きだ。その好きは・・・どうなんだ?』
 悠人の心の中を様々な想いが駆けめぐる。
 『オルファを大切にしたいと思う理性・・・今ここで抱きたいという欲望・・・それを超越した愛しさ』
 「俺、は・・・」
 『俺は・・・オルファを好きだ。その好きは・・・オルファの言う好きと同種、なのか・・・?』
 ゴクリと唾を飲み込んでオルファリルを見つめる。
 「パパ・・・」
 オルファリルは真っ直ぐ悠人を見つめていた。
 『俺はオルファが好きだ・・・だけど・・・』
 その時、悠人の心の中に別の女性が現れた。
 『アセリア・・・エスペリア・・・ウルカ・・・レスティーナ・・・佳織・・・』
 「俺、は・・・」
 「パパ・・・」
 オルファリルの真摯な眼差し。
 『駄目、だ・・・』
 「・・・ごめん、オルファ」
 悠人は小さく頭を下げた。
 「パ、パ・・・」
 「今は・・・オルファの想いに答えられない」
 「え・・・?」
 悠人は顔を上げると、オルファリルの顔を見つめる。
 「俺・・・オルファが好きだ。だけど、その好きがオルファと同じ好きかどうか・・・まだ、わからないんだ」
 「わから・・ない?」
 「ああ」
 「わからないって・・・どうして?」
 「俺、今までそういうことをちゃんと考えてなかったんだ・・・」
 『だから、今日子の告白・・・想いもわからなかった・・・』
 悠人は小さく俯く。
 「そんな中途半端な気持ちで、オルファの想いに答えることは出来ない・・・」
 「パパ・・・」
 悠人は顔を上げると、真っ直ぐオルファリルを見つめた。
 「時間を、くれないか?」
 「じか、ん・・・?」
 「ああ。俺に考える時間をくれ・・・」
 「・・・」
 「都合のいいことを言ってるのは解ってる。だけど・・・」
 「・・・うん」
 オルファリルは小さく頷く。
 「オルファ・・・」
 「オルファ、待つよ・・・」
 「・・・ごめん」
 悠人は深々と頭を下げた。
 「ううん。オルファもごめんなさい。パパを困らせて」
 「そんなことない!!俺が鈍感だから・・・」
 悠人の言葉に、オルファリルは首を振った。
 「いいの・・・オルファ、待つから・・・でも、一つだけ、オルファのお願い、聞いてくれる?」
 「何だ?」
 「オルファを・・・抱きしめて」
 「・・・わかった」
 ファサ・・・
 悠人はオルファリルを優しく抱きしめる。
 「パパ・・・暖かい」
 「オルファ・・・」
 「パパ・・・大好き」
 気持ちよさそうに目を瞑るオルファリルの頭を、悠人は優しく撫でた。


─同日、夕方
 第二詰め所周辺

 「漸く到着・・・」
 詰め所が見えて、闘護は小さく伸びをする。
 「・・・で・・・」
 「・・・ん・・・・ら・・・」
 「ん?」
 その時、闘護の耳に話し声が聞こえてきた。
 『誰だろう・・・小屋の裏から聞こえる』
 興味を覚えた闘護は、声のする小屋の方へ向かった。

 「・・・ニムは・・・」
 「・・お姉ちゃんの・・・」
 小屋に近づくと、話し声が鮮明になる。
 「この声・・・」
 『ニムとファーレーンか?』
 闘護はそっと裏側をのぞいてみる。
 すると、そこには真剣な表情のファーレーンと困惑気味のニムントールがいた。

 「もちろん、今すぐじゃないわ。でも、これからずっとこのまま戦い続けるつもりなの?」
 「それは・・・面倒くさいけど・・・」
 「いずれ戦いは終わるのよ。そろそろ、その後のことも考えないと・・・」
 「・・・お姉ちゃんはどうするつもりなの?」
 「・・・まだわからない・・・けど、多分、スピリット隊を辞めると思う」
 「・・・」

 「・・・」
 『戦争が終わった後のことを話してるのか?』
 聞き耳を立てつつ、闘護は眉をひそめる。

 「お姉ちゃんは戦うのは・・・イヤなの?」
 「・・・」
 「だったら、トーゴに頼んだら・・・」
 「違うわ、ニム。私はみんなのためにだったら戦う・・・でも、戦うことだけを目的にしたくないのよ・・・」
 「・・・」
 「ニム。あなただってみんなのために戦うことは嫌いじゃないでしょ?」
 「面倒くさいけど・・・イヤじゃない」

 『プライバシーに関わる話だったか。さて・・・どうするか』
 闘護は小さく身じろぎをする。
 ポキッ・・・
 「っ!?」
 その時、不用意に足を動かしてしまい、地面に落ちていた小枝を踏み折ってしまった。
 「誰!?」
 音に気づいたファーレーンが声を上げた。
 「・・・」
 『仕方ない・・・』
 闘護は小さく首を振ると、裏に出た。
 「ト、トーゴ様・・・」
 「トーゴ・・・」
 「よう」
 唖然とする二人に、闘護は小さく頭を下げた。
 「トーゴ様・・・もしかして、さっきの話を・・・」
 「君が、戦争終了後にスピリット隊を抜けるってところからだよ」
 「!!」
 ビクリと身をすくめるファーレーン。
 「別に、そのことで君を叱責する気はないさ・・・ま、あまり大っぴらに話すべきことでは無いと思うが」
 「・・・」
 「気持ちはわかるけど、ね」
 俯くファーレーンに、闘護は小さく苦笑する。
 「戦うことだけを目的にしたくはない・・・それについては俺も賛成だ」
 「トーゴ様・・・」
 闘護の言葉に、ファーレーンは顔を上げた。
 「というか、戦うことだけを目的にする・・・それじゃあ、バーサーカーと変わらない」
 「バーサーカー?」
 「何それ?」
 首をかしげる二人に、闘護は肩をすくめる。
 「狂戦士・・・要するに、神剣に精神を飲み込まれたスピリットと同じだと考えればいい。それと大差ないよ」
 【・・・】
 「もちろん、そんなものになって欲しいとは微塵も思ってない。だから、君の戦いに対する考え方は問題ない。ただ・・・」
 そこで、闘護は申し訳なさそうに頭をかく。
 「今、君に抜けられると・・・帝国との戦いに支障が出るのも事実なんだ」
 「トーゴ様・・・」
 「いずれ戦いは終わる。それまで・・・力を貸してもらえないか?」
 闘護は頭を下げた。
 「・・・頭を上げてください、トーゴ様」
 ファーレーンがゆっくりと優しい口調で言った。
 「私は今、スピリット隊を抜けるつもりはありません」
 「・・・そうか」
 「私が心配しているのは、あくまで戦いが終わった後のことです。ですから、今は・・・戦います」
 ファーレーンは力強く言い切った。
 「お姉ちゃん・・・」
 「・・・ありがとう」
 闘護は再度頭を下げた。
 「・・・トーゴ」
 「ん?何だい、ニム?」
 「トーゴは・・・戦うことが好きなの?」
 ニムントールの問いに、闘護は小さく首を振った。
 「別に好きじゃない。嫌いって訳でもないが・・・まぁ、回避できる戦いは回避するようにしている。だが、回避できないなら戦うしかないだろ」
 「でも、トーゴはスピリットと戦えない・・・」
 「確かにね。それに、光陰と今日子の加入で、俺が戦場で戦う必要性は減った・・・というか、無理に戦う必要が無くなった、かな」
 「・・・回避できる戦いは回避すると、仰いましたね」
 沈黙していたファーレーンが口を開いた。
 「無用な争いは避けるべき・・・ということですか?」
 「そうだ」
 ファーレーンの言葉に闘護は頷いた。
 「誰かを傷つけること自体は、俺も好きじゃない。ただ・・・そうだなぁ」
 闘護はゆっくりと空を見上げた。
 「必要であれば、というより・・・戦おうとする相手・・・もっと言うなら、俺を殺そうとする奴ならば、遠慮無く俺も殺す」
 【・・・】
 「なぜなら、命を奪おうとする者は、自分も命を奪われる覚悟を持つべきであり、それが当然だと俺は思っている」
 「殺すことを厭わないと・・・いうことですか?」
 「ああ」
 ファーレーンの問いかけに、闘護は頷いた。
 「ただ、勘違いして欲しくないのは・・・俺は、殺したり奪ったりすることは嫌いだ。戦うことと殺すことを違うと定義した上で、だけどね」
 「・・・どういう意味?」
 ニムントールが首をかしげた。
 「要約したら、『自分の目的を達成するために必要であれば、殺したり奪ったりすることを厭わない。だが、殺すこと、奪うこと自体は嫌い』ってことだ」
 「・・・なんか、ヘン」
 「に、ニム!」
 「いや、多分ニムの言うとおりヘンなんだ」
 ニムントールを窘めるファーレーンだが、闘護は首を振った。
 「自分の目的を達成するために、自分が嫌いなことをする。それはある意味矛盾しているからな」
 「トーゴ様・・・」
 「だからこそ、自分がしたことから目を背ける真似は絶対にしないようにしている」
 闘護はそう言って二人を見つめた。
 「これが俺の信念だ。理解出来たかい?」
 【・・・】
 沈黙する二人に、闘護は小さく苦笑する。
 「まあ、他人の考え方を理解するのは容易じゃないし、理解しなくてはならないものでもない」
 「そうなの・・・?」
 「ああ。要は、自分の信念を確立すること。そして、その信念を裏切らないこと。それが重要なんだ」
 闘護はそう言うと二人に背を向けた。
 「もしも、今の自分に迷うことがあるならば、自分の信念・・・何をしたいのか、何をなさねばならないのか、今一度確認してみたらいいと思うよ」
 【・・・】
 「じゃあ、俺は先に戻るよ」
 闘護は歩き出そうとした。
 「あ・・ま、待ってください!!」
 その時、ファーレーンが慌てて呼び止める。
 「ん?まだ何かあるのかい?」
 立ち止まり、振り返る闘護。
 「あの・・・昼過ぎにレスティーナ様の使者が来て、トーゴ様に城へいらっしゃるようにと・・・」
 「昼過ぎに?」
 「はい。戻り次第、城へ来るようにと仰ってました」
 「ふーん・・・わかった。連絡、ありがとう」
 闘護は小さく首を傾げつつ歩き出した。


─同日、夕方
 謁見の間

 「スピリット隊参謀、神坂闘護。推参しました」
 闘護はゆっくりと頭を下げた。
 「トーゴ。そなたに新たな命を下します」
 「はっ」
 「本日の夜、王都を発ってマロリガン共和国王都へ向かい、最高議会に親書を届けなさい」
 「・・・は?」
 レスティーナの命令に、闘護は顔を上げて眉をひそめた。
 「今日の夜・・・ですか?」
 「そうです」
 「・・・」
 『いくら何でも急すぎないか?それに・・・』
 闘護は腑に落ちない表情でレスティーナを見た。
 「私を使者に・・・何故ですか?」
 闘護の問いに、レスティーナは頷く。
 「最高議会より、そなたを指名してきました」
 「・・・」
 「親書は既に用意してあります」
 「・・・了解した」
 闘護は首を傾げつつ頷いた。


─同日、夜
 闘護の部屋

 部屋に戻った闘護は、セリアとヒミカを呼んだ。
 同時に、すぐに出立の支度をする。

 「何故トーゴ様が選ばれたのでしょうか?」
 ヒミカが腑に落ちない表情で尋ねた。
 「俺も知りたいよ」
 荷造りをしながら闘護は肩を竦めた。
 「使者なんて、誰でもいいだろう・・・しかし、向こうは俺を指名した」
 「何かの罠・・・でしょうか?」
 「おそらく、ね」
 セリアの言葉に闘護は頷く。
 「親書の内容は知らされてないが、おそらく最高議会を廃止、もしくは解散する事が書かれているだろう」
 「共和国はそのような条件を呑むのでしょうか?」
 セリアは難しい表情を浮かべた。
 「呑まざるを得ないさ。呑まないなら、俺達が再び攻め込むことになるだろう。しかも、今度はマロリガンのスピリットも、だ」
 闘護はニヤリと笑う。
 「光陰達エトランジェをはじめ、マロリガンのスピリット隊はすべてこちらの支配下に入ったからね。抵抗は不可能だ」
 「ですが、それならば尚更・・・彼らは何か企んでいるのでは?」
 「・・・セリアの言う通りだろうな」
 闘護は肩をすくめる。
 「俺を指名してきたのも・・・おそらくは、何か考えあってのことだろう」
 「な、ならば私達も・・・」
 「わかってる。だから君達二人を呼んだんだ」
 ヒミカの言葉を遮るように闘護は言った。
 「セリア。君も一緒に来てもらう」
 「はい!!」
 セリアは力強く頷いた。
 「ヒミカ。君には俺がいない間、第二詰め所の管理を任せる」
 「わかりました」
 ヒミカも力強く頷く。
 「まぁ、俺たちが戻るまでに帝国と開戦することはないだろう。むしろ、潜入工作の類が心配だ」
 「はい、王都の見回りを強化します」
 「頼む。エスペリアと相談してローテーションを組んでくれ」
 闘護の言葉にヒミカは頷いた。
 コンコン
 「トーゴ様、いらっしゃいますか?」
 その時、ノックの音と共にヘリオンの声が部屋の外から聞こえてきた。
 「ああ、どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 扉が開き、ヘリオンが怖ず怖ず入ってきた。
 「どうしたんだ?」
 「あの・・・ヨーティア様から、研究室に来るようにと連絡が・・・」
 「今すぐ?」
 「は、はい。朝にも一度、イオ様が呼びに来ました・・・」
 「朝・・・俺が出てってから?」
 闘護の問いに、ヘリオンはコクリと頷く。
 「あの・・・トーゴ様が帰って来なかったから連絡できなくて・・・」
 申し訳なさそうなヘリオンに、闘護は苦笑する。
 「別に君は悪くない。行き先を伝えもせずに、今まで戻ってこなかった俺が悪いんだから」
 そう言って、闘護は口元に手を当てて考えこむ。
 「俺はすぐに出なくちゃならない。ヨーティアの呼び出しは、急ぎだったかい?」
 「え、えっと・・・急いでくるようにとは言ってなかったと思います」
 「そうか・・・じゃあ、戻ってからにしよう」
 そう言って、闘護はヘリオンを見た。
 「ヘリオン。悪いけど、ヨーティアに任務で行けないと伝えて欲しい。いいかい?」
 「は、はい。わかりました」
 「ヒミカも一緒に行ってやってくれ」
 「はい」
 二人の返事を聞いて、闘護は荷物の入った袋を担いだ。
 「じゃあ、俺は行く。セリアは、エーテルジャンプで先行してくれ」
 「わかりました」
 闘護の命令に、セリアは頷いた。


 次の日、闘護はマロリガンの首都へ向けて出発した。
 セリアはエーテルジャンプ装置を使用して一足先に首都へ向かった。


─聖ヨト暦332年 スリハの月 緑 三つの日 昼
 ヨーティアの研究室

 帝国との戦いを控える大事な時期なのにもかかわらず、悠人、エスペリア、オルファリルは特別任務を言い渡された。
 内容はソーン・リーム台地の遺跡調査。
 サルドバルトの西部ミスル山脈の頂上付近にある台地。
 ソーン・リーム中立自治区によって管理されている極寒の地らしい。

 『そういえば、ヨーティアが隠れ家を構えていたのも、ソーン・リーム台地の麓に当たる場所だった。ヨーティアの研究対象なのだから、気になるのは解るけど・・・』
 「特別任務って今の状態で大丈夫なのか?遺跡調査なんて、とてもじゃないけど、この時期にする必要があるとは思えないんだけど」
 悠人は素直に疑問をぶつけてみた。
 「ソーン・リームに点在する遺跡は、ある大きな疑問に対する答えに繋がるんだ。この大天才のテーマの一つである『永遠神剣とスピリットの起源』のね」
 「それにしたって、この時期にやるのは危険じゃないか?敵の攻撃だって激しいし、部隊の中核がぬけるのは・・・」
 「その辺は抜かりなしさ。元のアジトにエーテルジャンプのクライアントを用意してある。行くも帰るも簡単なもんさ」
 悠人の肩を叩き片目を瞑るヨーティア。
 「それでも、戦いが終わった後でもいいだろ?」
 「・・・いや。この戦いは帝国を倒せば終わりなんて、そんな簡単な物じゃない。おそらくもっと根が深いのさ」
 ヨーティアは真剣な表情で語り出す。
 「お前にも話しておこう。これはレスティーナ殿にも報告したことだ」
 難しい顔をするヨーティア。
 『うぅ・・マジになられると、途端に不安になってくる・・・』
 「・・・なにかあったのか?」
 「オルファに関してだ」
 「オルファ?」
 「前に言ったろ。オルファは全てのスピリットに共通した因子を持っている」
 「ああ・・・確か、オルファが全てのスピリットの母体だって・・・」
 「そうだ。オルファをオリジナルとして、個性を付けられた継承体が、この世界のスピリット達だ」
 ヨーティアは腕を組む。
 「他のスピリットが何故オルファを複製元としたのか、それはおいておこう。遙かに重要なことは、オルファがいつ、どうして誕生したかということだ」
 「・・・」
 「そして、オルファの因子が持つ年齢と、ソーン・リーム遺跡の年齢が同じなんだ」
 「ソーン・リーム遺跡と同じ?この前は、この大陸と同じだって言ったじゃないか」
 「そうだ。つまり、ソーン・リーム遺跡はこの大陸が生まれたと同時に作られたことになる」
 ヨーティアはそこで言葉を切った。
 「オルファは自然に作られた存在ではない。だが、それでも生み出した存在はいるだろう。ソーン・リーム台地には、オルファの父親や母親に当たる存在がいるかもしれない」
 ヨーティアはゆっくりと言った。
 「オルファに父親と母親がいるかもしれないのか!?それを知ったら、オルファは喜ぶぞ!!」
 『俺をパパと呼ぶくらいに、オルファは家族という物に憧れを抱いているんだから!!』
 悠人の顔に笑みが浮かぶ。
 「だといいけどね・・・私ゃ、そんな甘いモンじゃないような気がしてならないんだよ」
 ボソリと呟く。
 その表情は決して明るい物ではなかった。
 キンッ
 『ん・・・?【求め】が鳴った・・・』
 「あくまで仮定の存在の話をしよう」
 その音が聞こえないヨーティアは、そのまま話を続けた。
 「この大地を、始まりから現在まで、何らかの形で干渉を続けている者がいるとすれば、あらゆるものは説明がつく。人のように世代を重ねれば、何処かに必ず、揺らぎが生まれる。一つの揺らぎは小さなものでも、時間と共に誤差は大きくなっていく・・・気の遠くなるような時間を人間が調節するのは、ほぼ不可能と言えるんだ」
 ヨーティアは机の上に座り、煙草に火をつける。
 「私は運命という物は信じていない。なぜなら、生を受けた物は、それぞれに個別の意志を持ち、それぞれの意志に従い行動していると思っているからだ。本能という物も、その個別の意志であり、外部から干渉された物ではない、というのが私の考えだ」
 ヨーティアは煙を吹く。
 「だけどもし、私達を何らかの意図によって、気の遠くなるような時間をかけて望む方向に導いている者がいるとするならば・・・寿命からも時間からも開放された、揺るがない意志を持った永遠の存在・・・『神』・・・『エターナル』」
 スゥと煙草を吸うと、ゆっくりと煙を宙に浮かばせる。

 エターナル、永遠に変わらない意志を持った存在。
 永遠神剣も、不滅の剣という意味から名付けられたらしい。

 「・・・」
 『クェドギンを倒した後に、闘護と光陰が話していた・・・自分の意志だと思っているものが、実は操られていたとしたら・・・』
 悠人は腰の【求め】を見つめた。
 『俺は佳織の為に戦っている。決して、この剣の求めを叶える為じゃない』
 「俺は・・・佳織の為に、俺自身の為に戦っている」
 言いようのない不安に襲われ、悠人は声に出さずにはいられなかった。
 「まだ仮定の話だ。だが憶えておいてくれ。帝国より、遙かに大きな敵がいるかもしれない」
 「・・・ああ」
 「だが、今回の調査でもしかしたら・・・」
 ヨーティアは、そこで小さく咳払いをした。
 「アセリアの治療に役立つことがわかるかもしれん・・・」
 「何だって!?」
 悠人は身を乗り出す。
 「そんながっつくな。これだって、あくまで“もしかしたら”の話だよ」
 ヨーティアは僅かに身を後ろに引きつつ答える。
 「でも・・・可能性があるんだろ!?」
 「ああ。さっき言ったように、ソーン・リーム遺跡には永遠神剣やスピリットについての情報が眠っている。その中にはアセリアの治療に役立つものがあるかもしれん」
 「そうか・・・!!」
 悠人は拳を握りしめた。
 ヨーティアは真剣な表情で悠人を見つめる。
 「今度の調査は、帝国との戦いの先にある物を知る為だ。手、抜くなよ」
 「わかった。それじゃあ準備を始める」
 「頼んだよ」
 ヨーティアの言葉に、悠人は力強く頷いた。
 「それにしても・・・トーゴも間が悪いねぇ」
 ふと、ヨーティアは眉間にしわを寄せた。
 「闘護?あいつ、確かレスティーナの命令で昨日の夜にマロリガンへ向かったって言ってたんじゃなかったか?」
 「ああ。昨日、お前とウルカに話した事をあいつにも伝えようと思ったんだがな・・・急ぎの任務じゃ仕方ない」
 ヨーティアはため息をつく。
 「闘護はエーテルジャンプ装置を使えないから、戻ってくるのは二ヶ月近く先になるけど・・・」
 「確かにね。だけど我々もこの調査の為に一ヶ月以上ラキオスを留守にするから・・・ま、戻ってから話すさ」
 ヨーティアは肩をすくめて言った。


 3日後、悠人はエスペリア、オルファリルとヨーティアを含む技術者を伴ってソーン・リームへと出発した。
 ヨーティアをはじめとする技術者はエーテルジャンプ装置を使用することが出来ないため、彼らは陸路から目的地へ向かうこととなった。

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