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─聖ヨト暦332年 スリハの月 赤 二つの日 昼
 第一詰め所 食堂

 「えっと・・・」
 悠人は、食卓についているメンバー─神剣に呑み込まれたアセリアとマロリガンに行っている光陰と今日子を除いた、エスペリア、オルファリル、ウルカの三人─を見渡した。
 「闘護がスピリット隊副隊長の座を光陰に譲って自分は参謀になると提案したんだ」
 【・・・】
 「それで・・・みんなはどう思う?」
 「私は構わないと思います」
 エスペリアが控えめな口調で賛成の意を表す。
 「ですが、その場合はトーゴ様の内務に関する負担が大きくなる恐れがありますが・・・」
 「それは大丈夫。第二詰め所のみんなに仕事を振り分けるそうだ」
 「みんな・・・セリア以外にも、ですか?」
 エスペリアは心配そうな表情を浮かべた。
 「ああ。自分の仕事をみんなに引き継がせるって言ってたから・・・セリアと二人で教えるそうだ」
 「そうですか・・・それなら大丈夫ですね」
 安堵の表情になるエスペリア。
 「オルファとウルカはどうだ?」
 「オルファは構わないよ」
 「手前も構いませぬ」
 オルファリルもウルカもあっさりと賛成する。
 「そうか」
 悠人は安心したように頷いた。


─聖ヨト暦332年 スリハの月 赤 三つの日 朝
 謁見の間

 次の日、悠人は闘護とマロリガンから戻ってきた光陰を連れて、レスティーナに謁見した。
 そして、闘護と光陰の処遇について、スピリット隊のメンバー全員が賛成したことを報告した。

 「スピリット隊全員の了承を得られましたか。ならば、問題はありません」
 悠人と闘護の報告を聞いたレスティーナはゆっくりと頷いた。
 「コウイン殿をスピリット隊副長に、闘護をスピリット隊参謀に正式に任命します」
 【はっ!!】
 レスティーナの言葉に、三人は頭を下げた。


─同日、朝
 ラキオス城城内

 「ふぅ・・・これで、配置換えは終わりだな」
 悠人が安堵の息をつく。
 「ああ。とりあえずは、な」
 悠人の右隣を歩く闘護が頷く。
 「だが、これからが大変だ」
 悠人の左隣を歩く光陰が肩をすくめた。
 「いくら納得したとはいえ、いきなり俺が副長になったことをすぐに受け入れられるかどうかはわからんからな」
 「大丈夫だって。みんな賛成したんだから。なぁ、闘護」
 「ああ。まぁ、お前の実力はわかってるんだ。大丈夫だろ」
 「俺の実力、ねぇ・・・」
 光陰はポリポリと頭をかく。
 「君と今日子の力は、悠人との戦いで証明済みだからね。期待してるぞ」
 闘護はそう言ってニヤリと笑う。
 「期待を裏切らないように頑張るさ」
 「だけど、あまり無茶するなよ。お前たちに何かあったら・・・」
 「お前もな」
 悠人の言葉を遮るように光陰が言った。
 「俺たちは全員無事に元の世界に帰る・・・だろ?」
 「そうだな」
 光陰の言葉に頷く闘護に対し、悠人は小さくうつむく。
 「わかってるさ・・・だけど、まだこの世界でやることが残ってる」
 「佳織ちゃんを助ける、か」
 「それだけじゃないよ、光陰。他にもある」
 そう言って、闘護は悠人を見つめる。
 「だよな、悠人?」
 「ああ・・・」
 悠人はコクリと頷く。
 「・・・そうか。だったら、全部片づけないとな」
 「ああ」
 「そうだな」
 光陰の言葉に、悠人と闘護は頷いた。
 「さぁてと。これからどうするんだ?」
 闘護は二人に尋ねる。
 「とりあえず、光陰と今日子と三人で町に出る予定だけど」
 「そうか」
 「闘護は何かあるのか?」
 光陰の質問に、闘護は首を振った。
 「別にないよ。せいぜい、飯の当番ぐらいか」
 「じゃあ、俺たちと一緒に町に出ないか?」
 「遠慮する」
 悠人の提案に、闘護は首を振った。
 「どうして?」
 「幼なじみ三人、水入らず・・・ってのは変か。まぁ、とにかく・・・君たちだけで行ってきなよ」
 「そんなこと気にしなくったって・・・」
 「いいからいいから。じゃあな」
 闘護はそのまま二人をおいて行ってしまった。
 「・・・気を使わなくてもよかったのにな」
 「ああ」
 悠人と光陰は、お互いに顔を見合わせた。


─同日、昼
 ラキオス城下町

 結局、二人は今日子を誘って三人で城下町に出た。
 そこで光陰は、マロリガンでの事を悠人に語り出した。
 砂漠の真ん中に今日子と二人、突然放り出されたこと。
 スピリットに連れてられたマロリガンで、クェドギンにあったこと。
 そして、そこで議会の策略によって今日子が神剣を持たされたこと。
 その結果、今日子が神剣に飲み込まれてしまったこと。
 その事態に対応するため、クェドギンから神剣を受け取った光陰が今日子を押さえたこと。
 そして、光陰にマロリガンのスピリットを預けられたこと・・・マロリガンのために戦うことを決意したこと。
 光陰は、全てを語った。

 「・・・とまぁ、こんなことがあったわけだ」
 話し終えた光陰は、ゆっくりと息をつく。
 悠人は、自分や佳織と比べても、光陰や今日子達は厳しい状況だったのだということがよく解った。
 『だって、俺達が殺し合いなんかしてたんだもんな・・・お互いが守るべきものを守る為に、命を懸けていたんだ』
 「だけど、やっぱりゾッとするな・・・本当にみんな無事でよかった」
 「まぁね。でも、過ぎたことは気にしないでいいじゃない」
 「ん・・・」
 「そうだぞ、悠人。部下って扱いになるのはいいけどな、それならそれで、きちんとして貰わないと困る」
 「そうそう、光陰の言う通り!」
 「・・・解ってる。まず俺がしっかりしないとな」
 「あー・・・いや、ちょっと待て」
 悠人の言葉に、光陰が首を振る。
 「ん・・・?」
 「悠人はいつも自分一人で抱え込むからな。この際だから言うが、もっと周りに頼るべきだぞ?」
 言い方は軽い。
 だけど表情は真面目そのものだった。
 光陰は、真剣に悠人を心配してくれている。
 「光陰、俺は・・・」
 「そりゃ、お前の考えてることも解ってる。向こうにいた頃から続けてる、自分たちだけで生きようって決意も本物だろうしな」
 光陰は肩を竦めた。
 「でも、だからこそ、利用しようとしてくる大人を、逆に利用してやらなきゃいけなかったんだ」
 「・・・」
 「あっちにいたこと、こう言えなかったのは、きっと遠慮があったからなんだろうな」
 「・・・サンキュ、光陰。元の世界に戻ったら、佳織と話してみることにするよ」
 いつも適当なことを言って軽い感じを作っている光陰が、真面目に悠人に忠告してくれているのだ。
 「珍しい・・・光陰がまともなこと言ってる・・・」
 今日子が感心したように呟く。
 「逆境にあってこそ、人間は本質が見えるものだからな」
 「その割には、ラキオスに来た瞬間、オルファちゃんにいたくご執心だったみたいじゃない?」
 「グ、やっ、あれは・・・」
 突然、光陰がしどろもどろになる。
 それは昔とちっとも変わらない光景だった。
 「・・・マロリガンの頃の光陰ってどんなだったんだ?」
 「普段にないくらい格好良かった気がするけど・・・【空虚】のせいで、その部分の記憶がおぼろげなのよねぇ」
 今日子は首を傾げた。
 「あ、やっぱりただの夢なのかも」
 「ま、待て待て!今はちょっと気が抜けてるだけで、あの辺りの俺は極めてシリアスだったぞ!?」
 慌てて光陰が訂正を求める。
 「・・・と、言ってるけど?」
 「さぁねぇ・・・常にスピリットの娘と一緒にいたみたいなのは覚えてるんだけど」
 今日子の言葉に、悠人はため息をつく。
 「・・・光陰・・・お前って、やっぱり・・・」
 「大将に鍛え上げろって言われたんだから仕方ないだろ!?これでも生き残るのに必死で、手なんか出してる暇無かったんだぞ」
 「当たり前のことを偉そうに言わないの!」
 スパーン!
 「いでっ!」
 ハリセンが光陰の後頭部に直撃する。
 以前悠人に深刻なダメージを与えたのを考慮してか、今日は雷はなかった。
 「まったく・・・助けるのは当然でしょうが」
 「うぅ・・・もっと可愛げがある彼女がいい・・・」
 ぼやく光陰。
 「・・・本当に昔と同じなんだな」
 「ん・・・?」
 光陰が顔を上げた。
 「何だか、随分長い間戦ってたみたいな気がしてさ」
 「まぁ、戦う理由もなくなったし。すぐに佳織ちゃんも助けて、本当に元通りにしようぜ」
 「早く佳織ちゃんを救い出さなきゃね」
 「そうだな」
 今日子の言葉に光陰が同意する。
 「で、そうなると、今こうして休んでるのが不安になってくるんだけど・・・」
 「休息はしっかり取るべきだと思う」
 悠人が確信を持って言った。
 「他の国は知らないけど、ラキオスではエトランジェやスピリットにも、きちんと休日があるんだ。自分のコンディションをちゃんと整えておくのも、戦う者としての役目のような気がする」
 「え・・・悠?」
 悠人の真面目な様子に、今日子は目を丸くする。
 「・・・確かに、人間の代わりに戦争してるんだ。それぐらいあっても、罰は当たらないだろうな」
 そう言って、光陰は悠人を見つめる。
 「でも悠人。しばらく会わないうちに落ち着いたなぁ。前だったら、すぐに飛び出してっただろ?」
 「・・・それはそうかもしれない」
 悠人は呟いた。
 「確かに、ラキオスでずっと戦って、ただ戦い続けるだけじゃ駄目だとは感じたよ。俺達やスピリットだけがただ頑張っても、意味がないとも言われたしな」
 「意味?」
 今日子が首を傾げる。
 「本当に大陸の運命を懸けた戦いなら、スピリットだけに任せるのは間違っている。もし人間とスピリットが一緒に戦うことが出来れば、手を取り合うことが出来れば・・・その先には、きちんとした形での共存の道があるはず。レスティーナはそう言ってたよ」
 「共存の道、ねぇ・・・本当にちゃんと考えてる人なんだ」
 「そうだな。それに考えるだけじゃなくて、実行もしてる。俺達とあまり年も違わないってのにさ」
 そう言って悠人は苦笑する。
 「俺とレスティーナはお互いを利用する立場だけど、その考えには協力したいと思う」
 『それに俺には、ずっと一緒に戦ってきた仲間達がいる。この戦いで、少しでもみんなが幸せに近づけるなら・・・』
 「・・・この戦いに、色々な物を賭けてるんだな」
 光陰の言葉に悠人は頷く。
 「ああ。俺にもレスティーナにも理由がある。だから、負けられない」
 「へ〜〜。案外、悠も考えてるのね」
 「はは、今日子が何も考えてないだけじゃないか?」
 スパーン
 「ぐぁっ!!」
 『どうして、危険と解ってる発言を・・・』
 うずくまる光陰を後目に、今日子は悠人に視線を向けた。
 「あっちは置いといて・・・それじゃ、悠は納得してるのね」
 「・・・ああ」
 小さく頷く悠人。
 『納得は・・・している。だけど、焦っていないといえば嘘になる・・・』 
 「帝国と正面から戦うなら、準備も大変だろうししさ」
 悠人の言うとおり、現在ラキオスは帝国との戦いに備え、準備を進めている。
 「そうなると、今は待つしかない」
 「そうよね・・・あ、じゃあさ、せっかくだから、アタシがまだ会ってない娘達を紹介してよ」
 「会ってないって・・・ああ、第二詰め所のみんなか」
 「そうそう。これから一緒に戦うんだから、覚えておきたいじゃない?」
 「おっ、それは俺も興味あるぞ」
 今日子の言葉に乗っかかるように光陰が言うが、その顔には下心見え見えの笑みが浮かんでいた。
 「可愛い子いるんだよな?」
 「光陰、あのな・・・」
 「アンタはまたぁ・・・っ」
 怒りのせいか、今日子はバチバチと雷を身に纏い始める。
 悠人は、巻き添えを食らわないようにコッソリと離れた。
 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て今日子!じょ、冗談だ・・・ほんのじょ・・・」
 「問答無用!え〜〜いっ、天誅〜〜!!」
 ズパーンッ、バリバリバリバリ!!
 「ぎゃああああああ」
 弱めのスピリットならマナの霧になってしまいそうなハリセンの一撃を受けて、光陰は昏倒した。
 『光陰、お前って・・・』

 光陰が意識を取り戻したのは、しばらくたってのことだった。
 『間抜けな死因のエトランジェとして、イヤな名の残し方をせずに済んでよかった・・・』
 「お前、ほんっとに懲りないよな」
 「く、素直すぎたかっ・・・」
 「ほほぉ、まだそんなこと言うのかね?」
 臨戦態勢を整える今日子。
 「い、いいえっ!!」
 「それで悠、どこ行くわけ?」
 「とりあえず、第二詰め所に。そこで紹介するよ」
 「うむ!いやぁ、楽しみだなぁっ!!」
 「・・・」
 『な、なんで光陰、いつになくテンションが高いんだろう?』
 「おやおや、碧君。やっぱり懲りてないみたいだね〜」
 「あっ」
 引きつる光陰。
 『え、笑顔だけど、青筋浮かべてる・・・』
 「いや、俺はきちんと親睦を・・・」
 「親睦は結構。でもどうして、そんなに力が入ってるのかしら?」
 バチバチバチバチ
 今日子の怒りに引かれて、空気が電気を帯びる。
 悠人は慌てて仲裁に入った。
 「な、なぁ今日子・・・」
 「ケンカはいけませんよ〜?」
 突然割ってはいる声。
 「・・・へ?」
 「ケンカはいけません。もぅ〜、原因は何ですか〜?」
 怒った(ような?)表情を浮かべたハリオンが、今日子と光陰の間に入った。
 「え、あ〜〜」
 「え〜と・・・」
 突然のんびりと話しかけられ、二人とも調子が狂ってしまう。
 『っていっても、この子はいつもこんな感じなんだよなぁ・・・』
 「ハリオン・・・どうしたんだ、こんなとこで?」
 「今日はお休みなんですよ〜。いいでしょう〜、ユート様」
 「いや、休みは俺も同じなんだけど・・・」
 「す、すみません、ユート様!」
 「あ、ヒミカ」
 そこへ、ヒミカが駆けつけてきた。
 「ハリオン、だから言ったじゃないの。ユート様達はご友人同士で休日を楽しんでらっしゃるんだって」
 「あらあら〜。それならやっぱりケンカはお止めしないと〜」
 「だから、ケンカじゃないのよ!」
 「あ、あははははは・・・」
 常に礼儀正しいヒミカだが、相手がハリオンとなると、流石にペースを乱されてしまうらしい。
 『しかし、手間が省けるというか、何というか・・・とりあえず、この二人を紹介してしまおう』
 「光陰、今日子、紹介するよ。こっちが赤スピリットのヒミカ」
 悠人の紹介に、二人は背筋を伸ばして光陰と今日子を見た。
 「【赤光】のヒミカです」
 「もう知ってるみたいだけど、悠の友達で今日子よ。よろしく」
 「光陰だ。これから副隊長になるけど、よろしく頼むな」
 「はい。キョウコ様とコウイン様ですね。ラキオスとユート様達のために力を尽くしますので、こちらこそ、よろしくお願いします」
 二人とヒミカは友好的に挨拶した。
 キビキビした態度と、ストライクゾーンからのズレによって、光陰も好青年のような態度でいられてるらしい。
 「それで、こっちが緑スピリットのハリオン」
 「【大樹】のハリオンです〜。癒しの魔法が得意なので、ケガをされたら私のところにいらしてくださいね。あ、でも〜、遊びたくなったときとかでもいいですからね」
 ハリオンは矢継ぎ早に言葉を続ける。
 「え〜と、遊びも色々得意なんですよ〜。子供達と遊んであげるのも楽しいですし、やっぱり無邪気な様子を見ているだけで心が和みますよね〜。そうそう〜、今練習をしているものもありまして〜」
 「ハリオン、皆さんが困ってらっしゃるじゃないの!」
 しびれを切らし、ヒミカが遮る。
 「あらあら〜、お困りですか〜?それは困りましたね〜」
 【・・・】
 ハリオンの独特のしゃべり方と、話術(?)は、切り上げるタイミングがわかりづらい。
 今日子も光陰も初めて受けて、かなり戸惑っているようだった。
 『むぅ・・・ここは隊長である俺が何とかしないと!』
 「え〜と、まぁ、ちょっと変わってるけど、優しくて性格は良いから・・・」
 「え、ええ。ちょっと変わってるけどね」
 「・・・個性のうち、だな」
 何とも微妙な表現で察する二人。
 『無理もない気がするけど』
 「そういえば、二人はどこに行くんだ?」
 「はっ・・・?あ、いえ、それは・・・」
 「ふふふふふ〜〜♪」
 少し慌てるヒミカと、世にも幸せそうなハリオン。
 「なになに?なんか面白いところがあるの?」
 今日子が興味津々な様子で尋ねる。
 「はい〜。今日はお菓子屋さんに勉強に行くんですよ〜」
 「お菓子屋さんに勉強か・・・ヒミカも?」
 「た、ただの付き添いです。私など、戦い以外に役に立つこともありません!」
 「そんなことないですよ〜・お菓子屋のご主人も、力仕事してもらえて助かるし、ケーキ作りも筋が良いって・・・」
 「そ、そんなことは言わなくていいからっ!!」
 慌ててハリオンの言葉を遮るヒミカ。
 「へぇ、ヒミカがね・・・・」
 『闘護から、二人がお菓子屋に勉強しにいってることは聞いてたけど・・・』
 感嘆したように悠人はヒミカを見つめる。
 「タイミングを計る訓練・・・そう、これも訓練です。私は赤スピリットですから、火加減を見るのも得意ですし!!」
 ヒミカは妙な言い訳をするが、ハリオンはそれをぶちこわすように言葉を続ける。
 「ヒミカの焼いたケーキって、本当にふわふわで美味しいんですよ〜」
 「ハリオンッ!!」
 『へぇ、そうなのか・・・何となく、ヒミカはそういうの苦手だと思ってしまったが、そうでもないんだ。ヒミカ、すまん』
 心の中で謝罪する悠人。
 『・・・しかしこの二人の会話は、妙にかみ合っている気がする。昔から一緒にいるというが、それも頷けるなぁ』
 そんなことを考えている悠人に、ヒミカは話を変えようと質問をする。
 「と、ところで、ユート様はどちらへ?」
 「光陰や今日子に第二詰め所のみんなを紹介しようと思ってさ」
 「あ、それでしたら、今晩はうちの方で食事をされてはいかがですか?」
 「邪魔じゃない?」
 ヒミカの提案に、今日子が遠慮する。
 「俺も含めて、三人も増えるけどいいのか?」
 「食堂は広いですから、少々増えても大丈夫です。それに、今日の当番はトーゴ様ですから、融通を利かせてもらえると思います」
 「ふぅーん、闘護が作るんだ。じゃあ、お邪魔しようかなぁ」
 「それでは今夜、お世話になります」
 昔の癖なのか、光陰は両手をあわせてヒミカに告げる。
 「それでは、決まりですね〜。夕食後のお茶には、特製のお菓子も出せると思いますから、期待してくださいね〜」
 「あはは、楽しみにさせてもらうわね」
 「はい〜」
 今日子の言葉に、ハリオンは自信たっぷりに頷いた。
 「あ、じゃあ荷物が増えすぎるんじゃないか?大変なら迎えにくるけど・・・」
 悠人が心配するが、ハリオンはにっこり笑って首を振る。
 「フフ・・・大丈夫ですよ。ユート様は優しいですね〜」
 ナデナデナデ
 悠人の頭を撫でるハリオン。
 「いや、それはいいから・・・」
 頭をそらそうとしても、しっかりとついてくるハリオンの手。
 『いや、みんな見てるからやめて・・・ハリオン・・・』
 「悠・・・何で撫でられてるの?」
 妙な物を見るような今日子の視線。
 『うぅ・・・視線が痛い・・・ていうか、何で未だに弟扱いなんだろう?』
 「こ、こら、ハリオン!」
 ヒミカが慌てて注意するが、ハリオンは意に介さない。
 「お姉さんを気遣ってくれるなんて、ユート様は本当に優しいですねぇ〜」
 「お姉さん・・・」
 「悠人、お前・・・」
 固まる今日子と光陰。
 「ハ、ハリオン、時間は良いのか?」
 悠人の問いに、ハリオンの動きが一瞬止まる。
 その瞬間を逃さず、悠人はその手から逃れた。
 「時間・・・ああ〜、そろそろです」
 ハリオンは少し残念そうに呟く。
 「それでは失礼します。あ、もうケンカしちゃダメですよ〜?」
 ハリオンは光陰に向かって、ちょっと怖い(ようにしようと努力した?)表情を見せる。
 「あ、ああ・・・」
 毒気を抜かれたように光陰は頷く。
 「女の子とケンカするような男の子は、メッてしちゃうんですからね?」
 「わ、わかった」
 「はい。よくできました〜」
 (なでなでなで)
 満足そうに頷くと、背伸びをして光陰の頭を撫でる。
 それから、クルリと踵を返した。
 「さて、ヒミカ。行きましょう〜♪」
 「あ、ちょっと、ハリオン・・・ユート様、それでは失礼します」
 スタスタと歩いていくハリオンと、こちらに一礼してそれを追うヒミカ。
 悠人達は、呆気に取られたまま、二人の背中を見送った。
 「いや〜、やっぱりラキオスのスピリットはいいわね」
 「ああ、まったくだ。良い性格してる」
 二人につられて悠人も笑う。
 稲妻部隊のことは極力考えないことにして。
 『俺にとってみんなが家族同然なのと同じで、光陰達には稲妻部隊が家族だったかもしれないんだよな・・・』
 心の中で呟く。
 『流石に、直接聞くことは出来ない。だけど、戦いに区切りがついたら、一度話をしようと思う。命を奪ってしまった者の一人として、そこから逃げちゃいけない気がするんだ・・・』
 「・・・」
 「悠、なにボーッとしてんの?
 「おいおい、まさか城に帰る道を忘れでもしたのか?ボケるにはまだ早いぜ、悠人」
 二人の突っ込みに、悠人は首を振った。
 「誰がだ」
 「それじゃ、さっさと行くわよ。どうせなら、夕食までにみんなと知り合っておきたいしね」
 「ああ、わかった」
 三人は歩き出した。
 「なぁ、悠人・・・俺には、お前が何を考えてるかなんてわからん」
 その時、光陰がそっと悠人の側によって話しかけた。
 「だがな、今は俺たちがいることを忘れるなよ」
 「え・・・?」
 「自分だけで抱え込むなって言っただろ?」
 「そうそう。佳織ちゃんを助けたいのはあたし達も一緒なんだから」
 「光陰・・・今日子・・・」
 『償わなきゃいけないものはたくさんある。だけど、俺には二人が・・・それに他の仲間だっていてくれる』
 悠人は拳を握りしめる。
 「絶対に助け出そうぜ」
 「もちろん、この三人でね」
 「・・・ああ!!」
 励ますように、肩を叩いてくれる二人。
 『その存在を、本当にありがたい。戦うことに疲れは感じてるけど、大丈夫。俺は、まだいける』
 悠人は空を見上げた。
 『もうすぐだ。あと少しだけ待っててくれ、佳織・・・』


─同日、昼
 第二詰め所、食堂

 「はじめまして、【静寂】のネリーだよ!!」
 「こ、【孤独】の・・・シアー」
 「し、【失望】のヘリオンです!よろしくお願いします!!」
 「【消沈】のナナルゥです」
 食堂に集まった四人は、光陰達にそれぞれ自己紹介する。
 「悠の友達の今日子よ。これからよろしく」
 「同じく、光陰だ。よろしくな」
 光陰達もそれぞれ頭を下げる。
 「光陰には、闘護に変わってスピリット隊の副長を務めてもらうから」
 悠人が補足説明をする。
 「は、はい。これからよろしくお願いします!」
 ヘリオンが頭を下げる。
 「さて、自己紹介も終えたし・・・」
 グゥウウ〜
 「あ・・・」
 言いかけた悠人の腹が大きな音を立てる。
 「そういえば、そろそろ昼食の時間か」
 光陰がさりげなくフォローに近い形で口を挟む。
 「第二詰め所では、誰が食事を作るの?」
 「トーゴ様だよ。だけど、今はいないよね」
 「うん・・・用事で出てった」
 今日子の問いにネリーとシアーが答える。
 「あれ?それじゃあ、昼食はどうするの?」
 「トーゴ様が出て行く前に支度をしていました」
 「行く前に・・・ってことは、もしかして人数分だけしか用意してないのか?」
 【・・・】
 悠人の問いに、ネリー達は沈黙する。
 「それじゃあ、俺たちの飯は・・・」
 「無いって事・・・?」
 「・・・」
 光陰と今日子の視線に、悠人は深刻な面持ちで全員を見回す。
 「・・・誰か、まともに料理できないか?」
 悠人の問いに帰ってくるのは沈黙ばかり。
 前線待機や他の用事で、戦力の半数はラキオスにいない。
 そして、今日に限ってはいない者達が重要だった。
 「え〜と・・・」
 「ネリーは出来ないよ」
 「シアーも〜」
 「す、すみません・・・自信ないです・・・」
 悠人の言葉を先んじるように、あっさりと敗北宣言を出す面々。
 悠人は残った一人に僅かな期待をかけて聞いた。
 「ナナルゥはどうだ・・・?」
 「調理を試みたことがありません」
 「そ、そうか」
 「命令ならば、やってみます。そうした場合、食材を無駄にする可能性もありますが」
 「・・・いや、そんな無理しなくていいよ」
 つまり、この場にまともな料理人などいない。
 ちょっとだけなら闘護が作り置きしてくれた物があるけど、流石に足りなかった。
 「それで、結局飯はどうなるんだ、悠人?」
 黙って聞いていた光陰が尋ねる。
 「どうなるもなにもなぁ。いつもは最低一人くらい食事担当が残ってるんだけど・・・いっそのこと、市場に行って屋台か何かで済ますか?」
 「なるほど、それもいいかもな・・・ちょっと残念だけど」
 「はぁ・・・肝心の闘護がいてくれたらなぁ」
 悠人はため息をついた。

 第二詰め所でご飯を作れるのは、セリア、ヒミカ、ハリオン、ファーレーンと闘護の五人である。
 このうち、ヒミカとハリオンは先ほど悠人達とすれ違った時に言った通り、ケーキ屋へのアルバイト。
 ファーレーンはニムントールと共に前線へ出ており、セリアは哨戒任務で戻ってくるのは夕方だった。
 そして、本来今日の食事を作るはずの闘護が、急用で昼前に出て行ってしまったのだ。
 無論、用事で出て行く前に昼食の準備はしていったのだが、あくまで第二詰め所にいる人数分─即ち、ネリー、シアー、ヘリオン、ナナルゥの四人分しか用意していなかったのだ。

 「これじゃ、やっぱり町に出るしかないよなぁ」
 光陰がため息混じりに呟く。
 「そうだな」
 『さてと、どうしたものだろうか』
 みんなして考え込む。
 「仕方ない。ここはあたしが何とかする!」
 その時、今日子が突拍子もないことを言った。
 「・・・は?」
 「お、おいおい、マジか今日子?」
 目を丸くする悠人と光陰。
 しかし、今日子は自信満々に胸を叩いた。
 「マジもマジ、大マジよ。今こそ、アタシの料理の腕を披露してあげる」
 「お〜〜、かっこいい〜〜♪」
 「いい〜〜♪」
 自信満々の今日子に、みんなから尊敬の視線が集まる。
 「お、おい光陰・・・今日子の料理ってどうなんだ?」
 悠人は不安げに光陰に尋ねたが、光陰は首を振る。
 「知らん・・・完全に未知数だ」
 「そうか・・・」
 光陰の言葉で、不安ばかり増していく。
 『というか、料理と今日子がどうしても結びつかない』
 ゴクリと唾を飲み込む悠人。
 「さてと、それじゃ誰か手伝ってくれる?出来れば、調味料とか食材の知識のある人がいいんだけど」
 「それじゃヘリオンだよ。お料理の勉強してるんだもんね〜」
 「え・・・えぇっ!?」
 ネリーの提案に、当のヘリオンが素っ頓狂な声を上げる。
 「がんばって〜♪」
 シアーがのんきに応援をする。
 「オッケー、それじゃヘリオンに決定。お願いね」
 「わ、私はまだその、勉強中で・・・まだまだ食べていただけるような状況では・・・」
 「大丈夫だって。頼むのはサポートだから」
 「あぅ・・・あ、誰か助けてください〜!」
 半泣きで声を上げるヘリオン。
 そこへ・・・
 ガチャッ
 「ん、誰か帰ってきたのか?」
 部屋の外で音がした。
 そのまま足音が近づいてきて・・・
 ガチャリ
 「あれ?」
 扉が開き、顔を出したのは闘護だった。
 「闘護!」
 「悠人。それに光陰と今日子も・・・どうしたんだ?」
 「丁度よかった!!」
 悠人が急いで闘護に駆け寄る。
 「な、何だよ?」
 「俺たちの昼食を作ってくれないか?」
 「はぁ?」
 悠人の提案に、闘護は訝しげに悠人を見つめる。
 「どういうことだよ?」
 「実は・・・」

 悠人はかいつまんで事情を説明する。

 「・・・というわけなんだ」
 「ふーん・・・君が昼食を作ってくれるの?」
 闘護は悠人の横から今日子を見つめた。
 「ええ。文句ある?」
 少し挑戦的に言う今日子に、闘護は首を振った。
 「いや、こっちとしても助かるよ」
 「と、闘護!?」
 「悪いけど、俺はすぐ出なくちゃいけないんだ」
 そう言って、闘護は他の面々に視線を送る。
 「それじゃあ、昼食は今日子に任せるから」
 【は〜い】
 ネリーとシアーが声をそろえて返事をする。
 「はい」
 ナナルゥも頷く。
 「と、トーゴ様ぁ・・・」
 一方、今日子からサポートを任されたヘリオンは、助けを求めるように闘護を見る。
 「今日子のサポート、頼むよ」
 「で、ですが〜・・・」
 「大丈夫。今まで勉強してきたことをやるだけだよ」
 そう言って、闘護は今日子を見た。
 「台所にある食材はどれを使ってもいいから」
 「ええ、わかったわ」
 「但し・・・」
 そこで、闘護は少し意地悪い笑みを浮かべた。
 「食べれる物を作ってくれよ」
 「当たり前でしょ!」
 今日子の憤慨した表情に苦笑すると、闘護は再びヘリオンに視線を送った。
 「期待してるからね、ヘリオン」
 「期待・・・トーゴ様が・・・私に、期待してくれるんですか?」
 「ああ。頑張ってくれ」
 「は・・はい!!頑張ります!!」
 先ほどまでの泣きそうな表情はどこへやら。
 ヘリオンは力強く返事をした。
 「それじゃあ、またな」
 闘護はそう言ってリビングから出て行ってしまった。
 「さあ、それじゃあ始めるわよ、ヘリオン」
 「は、はい!!」
 今日子とヘリオンはそのまま台所へ消えていく。
 「・・・大丈夫かな?」
 「わからん・・・」
 悠人と光陰は心配そうに呟いた。
 「ユート様〜、ご飯出来るまで遊ぼ〜〜♪」
 「あそぼ〜〜♪」
 ネリーとシアーが悠人にまとわりつく。
 「あ、こら」
 「ふふふ〜〜♪」
 「ふふふ〜〜♪」
 左右から、二人が抱きついてくる。
 コミュニケーションの取り方としてオルファリルを参考にしたらしく、よくこうして全身でぶつかってくるのだ。
 「クッ、悠人・・・なんてうらやましい・・・」
 「うらやましいって言われてなぁ」
 「やぁ、ネリーちゃん、シアーちゃん。悠人は忙しいみたいだから、俺と一緒に遊ぼうか」
 下心見え見えの笑みを浮かべて光陰が近づく。
 「やぁ〜〜」
 シアーが首を振る。
 「ユート様のほうがいいもん」
 ネリーはそう言って悠人に体を寄せる。
 「ね〜〜♪」
 シアーもネリーと同じく体を寄せる。
 「そんなこと言わずにさぁ・・・っ!?」
 バリバリバリバリバリ!!
 「ぎゃぁあああああっ」
 なおも言い寄ろうとした光陰に、キッチンから伸びてきた稲妻が直撃した。
 「無、無念・・・」
 プスプスといい感じに焦げながら、その場に倒れる。
 「・・・お前って・・・」
 光陰が沈黙したところで、悠人は向こうの様子を探ることにする。
 コッソリと覗き込むと、ネリー達もそれに倣う。
 「ネリーも見る〜」
 「シアーもぉ〜〜♪」
 「見ても良いけど、静かにな」
 【はぁ〜い】
 「・・・ん、やってるやってる」

 二人とも、思ったよりもずっと手際よく作業をしている。
 指示を出してるのは、今日子のようだ。
 『いやまぁ、メンバーを考えれば当然か』
 納得する悠人。
 「ヘリオン、塩辛いのってどれ?」
 「あ、こっちです・・・えっと、たくさん入れると少しえぐみが出てしまうので注意してください」
 「オッケー、オッケー。じゃあ、甘いのは?」
 「これです。え〜と、それから香り付けのハーブは・・・」
 「あー、それはいらない」
 「は・・・?」
 「ほら、それって食欲増進とかそういう効果でしょ?みんなお腹空かせてるんだから、そんなのいらないってば」
 「はぁ、そう言われてみれば・・・あの、でも基本が・・・」
 「基本は基本。人生は臨機応変にいくものよ」

 「・・・ヘリオンが妙な影響を受けなきゃいいけど」
 ヘリオンはスピリット隊の中で一番と言っていいほど真面目なのだ。
 『今日子の存在が悪影響になるような気がしないでもない・・・ような』
 「はぁ・・・なんか俺、保護者みたいだな」
 「確かに、ヘリオンちゃんは妹っぽい魅力があるな。その気持ちはわかるぞ、悠人」
 光陰の言葉に、悠人は心底心配した表情で光陰を見つめる。
 「・・・なぁ、そろそろそういうの止めないと、本当に今日子に殺されるぞ?」
 「なに、可愛いものを愛でる気持ちは悪行じゃない。それにほら・・・今日子はあっちの会話に集中してる」
 「目を盗んでるだけだろ、それって・・・」
 ため息をつき、悠人は再び視線を今日子達に向ける。

 「そういえば、ヘリオン」
 「はい、なんですか?」
 「スピリットも恋ってするもんなの?」
 「・・・・・・はい?」
 ヘリオンは文字通り目を丸くする。
 「恋よ恋、恋愛話。女の子がする話っていったらこういうものでしょ?」 
 「れ、れれ、恋愛と言われましても〜〜。そうだっ、お料理を早く完成させましょう!!」
 「それが、しばらくは火にかけてるだけなのよね。というわけで、一番普通そうなヘリオンに聞きたいなって」
 今日子は意地悪そうな笑みを浮かべる。
 「私じゃなくてもいいじゃないですか〜〜」

 『女の子』な会話をする二人。
 その様子に、悠人は戦慄した。
 「なんか、女の子っぽい話してるな」
 「いつもは恥ずかしがって表に出さないけどな。まぁ、ヘリオンちゃんがからかいやすそうってのもあるんだろうさ」
 光陰は肩をすくめる。
 「・・・俺、こういうの知らなかった」
 「悠人はニブイからなぁ・・・いや、でもそれは、今日子の方も似たようなものか」
 そう言って、光陰は小さく俯く。
 「本当にニブイ・・・二人ともな」
 「光陰・・・」
 一瞬だけ、二人の表情がかげる。
 だが、光陰はすぐに明るくなった。
 「その辺はおいとくとしても、確かに恐ろしいな」
 「恐ろしい〜〜♪」
 「おそろしい〜〜♪」
 ネリーとシアーが光陰の真似をする。
 「・・・」
 悠人は複雑そうな表情を浮かべつつ、再び視線を台所へ向けた。

 「えーと、あ、そうだ!手が空いちゃったなら、もう一品増やすのはどうですか?」
 「ん〜〜、もう品数は作っちゃんったんだけどなぁ」
 「でもほら、皆さんに喜んでもらうために!」
 「えーと、ヘリオン・・・?そんなに慌ててるって事は、好きな人いるって事よね?」
 「なぁぁあああっ!」
 ガチャーン、パリーン!
 ヘリオンは今日子の断定に驚き、手にした皿を落とした。
 「き、きき、決めつけないでくださいよっ」
 「いや、動揺してるし、思いっきり」
 「うぅ・・・」
 顔を真っ赤にして俯く。
 反応が初々しくて、可愛らしい。

 『ヘリオンって好きな人いるんだ・・・』
 「くぅ〜〜、いいなぁ、ああいう素直な反応って」
 物思いに耽る悠人に対し、光陰はストレートな感想を口にする。

 「ねえねえ、それってやっぱり身近な人よね?」
 「も、もういいじゃないですか!それより、キョウコ様はどうなんですか?」
 「あたし?あ、え〜と・・・」
 恥じらっていたヘリオンが反撃に転じた。
 しかし、そこにも慣れが見えるあたり、普段からみんなに言いくるめられてるのかもしれない。
 「キョウコ様とコウイン様は恋人なんですよね?」
 「う〜ん・・・まぁ、一応・・・そうなのかな?」
 「うらやましいです!告白はどっちからだったんですか?」
 「え、それは・・・」
 ヘリオンも女の子というか、この手の話題は好きらしい。
 予想もしてなかったせいだろう、今日子の方が押されていた。
 「告白は・・・一応、光陰から、だけど・・・」
 「ふわぁ・・・コウイン様はどんな風に告白したんですか?」
 「どんな風って・・・」
 そこで、今日子は複雑な表情を浮かべる。
 「その・・・」
 言いよどむ今日子を、ヘリオンは興味津々な目つきで見つめる。
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・ひ、秘密」
 「えぇっ!?」
 ガクッ
 引っ張られて肩すかしを食らったヘリオンは思いっきりずっこける。
 「そ、そんなぁ・・・」
 「お、男と女は複雑なのよ!」
 失望感漂うヘリオンを、今日子は半ば強引に押し切る。

 【・・・】
 その様を悠人と光陰もまた、複雑な表情で見つめる。

 「あ、そろそろ仕上げしなきゃ。ヘリオンもお願いね」
 「は、はい、頑張りましょう!」
 二人は気を取り直し、忙しく動き始める。
 それを確認して、悠人と光陰はテーブルに戻った。
 その間に、不思議な沈黙を残して。


 「さぁ、どうぞ!!」
 テーブルの上に並んだ料理を見せつけるように、今日子は胸を反らした。
 しかし、その出来はというと・・・
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 沈黙する悠人と光陰とヘリオン。
 「いただきます」
 「ちょっと待て!何も疑問に思わないのか!?」
 「食事ではないのですか?」
 こともなげに言うナナルゥ。
 「いや、確かに今日子はそう主張してるけどな・・・」
 「悠・・・それ以上文句言ったら殺ス」
 「・・・はい」
 迫力のある視線を投げられ、悠人はあえなく沈黙する。
 「彩りを散らしてみた目をよくしようと頑張ったんですけど、力及びませんでした・・・ごめんなさい、ユート様」
 「い、いや、ヘリオンは頑張った。うん。きっとすごく頑張ってくれたんだと思う」
 悠人は、ションボリとうなだれてるヘリオンを励ます。
 『性格的にもさっきの様子からも、手を抜くとは思えないし・・・』
 そう思いつつ、再びテーブルに視線を戻す。
 『ぐ・・・しかしまぁ・・・もしかして、ヘリオンがしてくれたフォローとは、魚の口に生けられた花だったり、紫色のスープに入った赤いフルーツらしき物だったりするのだろうか?』
 ゴクリと唾を飲み込む。
 『センスは微妙・・・かもな』
 「まったく、食べる前から文句ばっかり言って・・・」
 今日子が不平を漏らす。
 「いや、だってなぁ・・・って、あれ?そういえばネリーとシアーはどこに行った?」
 「シアーがお腹痛くなったと、二人で帰りました」
 ナナルゥが説明する。
 「・・・そうか」
 『逃げたな』
 小さくため息をつく悠人。
 ガチャリ
 「ん?」
 その時、玄関から扉が開く音がした。
 そして、そのまま足音がリビングへ近づいてくる。
 ガチャ
 「ただいま」
 「闘護!」
 『このタイミングで帰ってくるのか!?』
 覚悟を決める前に戦慄する悠人。
 「そろそろ今日子の昼食、が・・・」
 言いかけた闘護の言葉は、テーブルに視線を移した瞬間止まった。
 「あら、丁度いいわ。闘護も食べてちょうだい」
 今日子が嬉しそうに勧める。
 「・・・」
 そんな今日子を、闘護は複雑な表情で見つめる。
 「あら、なによ?」
 「・・・いや」
 闘護は小さく首を振ると、空いてる席に着いた。
 「と、闘護・・・」
 「いいのか・・・?」
 悠人と光陰が心配そうに闘護を見つめる。
 「まぁ、大丈夫だろ。ナナルゥも食べてるし」
 そう言って、ナナルゥに視線を向ける。
 「ナナルゥって・・・うわ」
 「うぉっ」
 「あむ、パクパク」
 何の躊躇もなく、目の前の料理(?)を口に入れているナナルゥに吃驚する悠人と光陰。
 「な、ナナルゥ、味はどうなんだ・・・?」
 「普段と同水準だと判断します。美味、というのでしょうか」
 「マジか・・・」
 唖然とする悠人。
 「ふふん〜。さぁ、悠も食べてみなさいって」
 「ゴクリ・・・そ、それじゃ」
 悠人は恐る恐る謎の料理の数々を取る。
 そして覚悟を決めて一口・・・
 「・・・美味い」
 目を丸くする。
 「でしょう〜♪」
 「なんか、詐欺にあった気分だ」
 「なんでよっ!」
 憤慨する今日子を尻目に、闘護と光陰も料理に箸を付ける。
 すると、みるみるうちに目を丸くした。
 「ふむ・・・香りも味もいいじゃないか」
 「ああ、美味いぜ」
 見ると、ナナルゥやヘリオンまでも夢中になって食べている。
 「まさか・・・こんなに美味しいなんて・・・」
 ヘリオンが信じられないような口調で呟いた。
 「・・・だな」
 悠人が同意する。
 「アタシはね。残り物とか、そういうの使って料理するの得意なの。そりゃ、見た目は不格好な物も多いけど、お腹に入っちゃえば一緒でしょ?」
 「確かに、そうですけど・・・」
 納得しそうなヘリオン。
 「納得しないでくれ」
 闘護がしっかりした口調で釘を刺す。
 「料理は見た目も重要だ。手本にするなら、エスペリアやセリア達のものを頼む」
 「え、あ、はい・・・」
 頷くヘリオンに、今日子が恨みがましい視線で闘護を睨む。
 「ちょっと、それじゃあたしがちゃんと出来てないみたいじゃない!」
 「どこが“ちゃんと”出来てるんだ?」
 渋い表情で答える闘護。
 「そりゃあ、こういうのは個性だから君自身が作る分には構わないけど、これを手本にされるのはね・・・」
 「確かに、佳織も見た目をすっごく気にしてたしなぁ」
 「それは佳織ちゃんの料理でしょ。あたしの場合は見た目より味、これね」
 同意する悠人に、今日子は自信たっぷりに答える。
 「いや、その理屈はおかしい」
 「なんでよっ!!」
 はっきり否定する悠人に、憤慨する今日子。
 「全く・・・」
 闘護は小さく肩をすくめて、熱心に食べ続ける光陰に視線を向ける。
 「大変だな、光陰も」
 「なぁに。大丈夫さ」
 光陰はニヤリと笑った。
 「あらかじめ念仏は唱えておいた」
 「念仏って・・・お前、全然信用して無いじゃないか」
 「こんな時だからこそ、御仏にすがってみるのさ。効果もあるもんだ」
 「そこっ!!ゴチャゴチャうるさい!!」
 バキッ!!
 「がはっ!!」
 飛んできたハリセンが直撃して、光陰は崩れ落ちる。
 「一言多いなぁ」
 「アンタも多いわよ!!」
 しれっとする闘護につっこむ今日子。
 「は、はは・・・」
 「あ、はは・・・」
 「ぱくぱく・・・」
 引きつった笑みを浮かべる悠人とヘリオン、そしてそんなことを全く意に介さず食事を続けるナナルゥ。
 混迷を極める昼食はこうして過ぎていくのだった。

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