─闘護の夢
「ふぅ・・・そろそろ部室に行くか」
「おい、神坂」
「ん?秋月君か」
「お前、佳織と親しいそうだな」
「・・・そうか?」
「とぼけるなよ!」
「別にとぼけちゃいないさ。何を根拠にそんなことを言うんだ」
「お前が部室で佳織と話してるところを見たんだよ」
「ふーん・・・それで?」
「佳織に近づくな!!」
「どうして?」
「お前みたいなヤツが佳織の側にいると、佳織が迷惑するんだよ」
「どういう根拠でそんなことを言うんだ?」
「ふん、僕には解るんだ。お前に佳織は似合わない。佳織に相応しい男は僕だけさ」
「相応しいって・・・何を言ってるんだ?」
「とぼけるなよ。佳織を狙ってるんだろうが」
「・・・おい」
「!な、何だよ・・・」
「どうやら勘違いしているようだから言っておくがな・・・俺は、彼女のフルートに惹かれたんだ。もっと彼女に上手くなって欲しいから、フルートを教えているだけだ」
「ふん。口では何とでも言えるさ」
「秋月君。俺は怒るのは嫌いだがな・・・その手の侮辱は大嫌いなんだ。それ以上の暴言は許さない」
「何だ、図星か?」
「・・・そういう君こそどうなんだ?」
「何・・?」
「君こそ、佳織ちゃんを狙って・・・」
ガシィッ!!
「おい、神坂。調子に・・・」
「それはこちらのセリフだ」
ガシッ!!
「ぐっ・・!!」
「俺は、彼女に対して君の言うような下心は持っていない」
バシッ!!
「っ!!」
「俺は彼女のフルートに興味があるから、彼女に近づいた・・・それだけだ。それ以上でも以下でもない」
「ふ、ふん!!」
「君はどうなんだ?彼女にそういう下心が・・・」
「それ以上侮辱するのなら、ただではすまんぞ」
「・・・そうか。失礼した」
「とにかく!あまり佳織に馴れ馴れしくするな!!」
「君の心配は杞憂だよ」
「ふ、ふん・・・!!」
─聖ヨト暦332年 スリハの月 青 二つの日 朝
闘護の部屋
「・・・む」
闘護はゆっくりと目を開けた。
「夢、か・・・」
ムクリと起きあがる。
『秋月君と佳織ちゃんについて言い争った時、か・・・』
「彼の佳織ちゃんへの思いに下卑たものはない・・・その確信は間違ってない・・・筈だ」
小さく頭を振った。
「起きよう・・・」
─聖ヨト暦332年 スリハの月 青 三つの日 昼
サーギオス帝国
「ふむ・・・ストレンジャー、ですか」
手元の書類を見ながら、ソーマは小さく息をつく。
「成る程・・・なかなか厄介な存在ですねぇ」
呟き、書類をテーブルの上に放る。
「スピリットと人間の共存などと下らないことを・・・」
吐き捨てるソーマの目には、嫌悪の色があった。
コンコン・・・
「誰です?」
「はっ!!マロリガンより使者がいらしてます」
「マロリガン・・・?」
「急ぎ届けるようにと、この書簡を・・・」
兵士はソーマに書簡を差し出した。
「ふむ・・・どれどれ?」
ソーマは書簡を受け取ると、早速中に目を通す。
「これは・・・」
ソーマの目が小さく動く。
「・・・その使者は今どこに?」
「城の一室にて待たせてありますが・・・」
「ここへ連れてきなさい」
「はっ!!」
バタン
兵士は敬礼して部屋から出て行った。
「これはこれは・・・利用できますねぇ」
一人残ったソーマは、邪悪な笑みを浮かべた。
─聖ヨト暦332年 スリハの月 青 四つの日 昼
第二詰め所、食堂
「さて・・・今日、みんなに集まってもらったのは他でもない」
闘護は食卓を囲んでいるメンバーを見回した。
この日、前線─マロリガン─から全員が戻っていた。
これは、闘護が重大な報告があると知らせた為である。
重大という言葉に、集まったメンバーは真剣な表情を浮かべていた。
「今後の指針についてと、俺の立場について・・・報告しておくことがある」
「トーゴ様の立場、ですか?」
ファーレーンが尋ねた。
「ああ。だが、まずは今後の指針についてだ」
闘護は手元の書類に目を落とした。
「まず、マロリガンについてだが・・・和平を結ぶという形に落ち着くようだ」
「和平・・・ですか?」
ヒミカが眉をひそめた。
「そうだ」
闘護は肩を竦めた。
「戦争自体はこちらの勝利も同然だが、向こうの政権まで押さえ込んだ訳じゃないからね。それに、マロリガンは強大だ。こちらが上から支配するというのは容易じゃない」
「・・・つまり、和平は和平でも、ラキオスに有利なもの・・・ということですね?」
「そういうことだ」
セリアの言葉に、闘護は頷く。
「互いに使者を送って、和平条件も詰めてある。数日中には、向こうからの使者が来て、それに対してこちらが使者を送って調印・・・それで終わり、だ」
そう言って、闘護は全員を見回した。
「これも、君達が頑張ってくれたおかげだ・・・本当に、御苦労だった」
ゆっくりと頭を下げる。
「そ、そんな!頭をお上げください!!」
闘護の振る舞いに、ヒミカが慌てて叫ぶ。
「そうですよ〜。トーゴ様こそ、大変だったじゃないですか〜」
ハリオンがのんびりした口調で言った。
「我々は我々のするべきことをしたまで。トーゴ様が頭を下げる必要はありません」
セリアが真面目な口調で言った。
「・・・これは副隊長としての礼じゃないよ」
闘護は頭を上げた。
「君達の仲間として、の礼さ」
【・・・】
「本当に、ありがとう」
闘護は再び頭を下げた。
【トーゴ様・・・】
「これからしばらく休暇を与えられた。ゆっくりと体を休めてくれ」
闘護はそう言って頭を上げる。
「次に・・・マロリガンのスピリットについて、だが」
闘護は書類を捲る。
「まず、マロリガンのスピリット・・・稲妻部隊も含め、彼らにはマロリガンの守備を任せることになった。よって、我々とは別の部隊として行動をしてもらう」
【・・・】
「そして・・・マロリガンのエトランジェの処遇だが・・・」
“エトランジェ”の部分で、セリア、ハリオンが反応する。
「彼らには我々と共に戦ってもらうことになった」
「私達と、ですか?」
「そうだ、セリア」
「では、今後彼らはどこに住むんですか〜?」
「第一詰め所・・・今まで通り、だな」
「・・・トーゴ様」
その時、ヒミカが少し遠慮がちに挙手した。
「何だい?」
「彼らは・・・その・・・」
「大丈夫。君達だって、マロリガンで加勢に来てくれたことを覚えてるだろ」
口ごもるヒミカを先んじるように闘護は言った。
「彼らは既に四神剣の呪縛から解き放たれている。敵対する理由はないよ」
『神剣だけじゃなく、人間関係の点からも・・・』
心の中で呟く闘護。
「それに、彼らは悠人と佳織ちゃんの幼なじみだ。もう俺達と敵対することはないさ。何しろ・・・」
そこで、闘護はセリアを見た。
「彼らが俺達と敵対する理由・・・神剣に呑み込まれていた今日子が自我を取り戻したんだからね」
「・・・では、信じても大丈夫だと?」
「ああ。俺が保証する」
闘護は自信満々に自分の胸を叩いた。
「わかりました。トーゴ様が仰るなら大丈夫ですね」
ヒミカが安堵の口調で言った。
「うんうん。トーゴ様が大丈夫って言ったら大丈夫だよね〜」
「だいじょうぶ〜」
「私も、トーゴ様を信じます!!」
ネリー、シアー、ヘリオンが口々に叫ぶ。
「トーゴが言うなら・・・」
「その人達を信頼します」
ニムントールとファーレーンがそれぞれ同意を示す
「トーゴ様の言葉に従います」
ナナルゥもゆっくりと言った。
「・・・ありがとう」
闘護は小さく─安堵したように─笑った。
「じゃあ、最後・・・これが一番重要なんだが」
闘護は書類を捲った。
「そのマロリガンのエトランジェの一人・・・光陰に、ラキオス王国スピリット隊の副隊長を任せることになった」
【!?】
闘護の言葉に、全員驚愕の表情を浮かべる。
ナナルゥですら、僅かながらも目を見開いた。
「で、俺はスピリット隊の参謀になる」
「ど、どうしてですか!?」
たまらず、セリアが問うた。
「前線で指揮を執る者は、戦えないと駄目だ。無論、指揮能力や作戦立案の能力も必要なんだが・・・」
闘護は小さく息をつく。
「光陰は、マロリガンでスピリット隊の隊長を務めていた。能力の面では問題ない。そして・・・俺と違って、スピリットに攻撃することが出来る」
【・・・】
「ならば、俺は内務や作戦立案に集中した方が効率がよい。それが理由だ」
ガタッ!!
「で、ですが!!」
ヒミカがたまらず椅子を蹴って立ち上がる。
「おっと、勘違いはしないでくれよ。俺も前線には出るさ」
闘護が手で制す。
「参謀になってラキオスに張りつくって訳じゃない。ただ、今までのように前線で指揮をする者が増えるだけだ」
「・・・つまり、今までと変わらない、と?」
「うーん・・・どうだろう?」
セリアの問いに、闘護は首をひねる。
「指揮官は悠人と光陰がメインになる。俺はあくまでサブ、ということになるからね」
【・・・】
「反対なら、遠慮無く言ってくれ。君達全員の同意が無ければ、この話は無かったことにするから」
闘護は全員を見回した。
「・・・反対です」
セリアがゆっくりと、しかしハッキリとした口調で言った。
「何故だい?」
「マロリガンのエトランジェが・・・」
「光陰だ」
セリアの言葉を遮るように闘護が言った。
「・・・コウイン様が副隊長になること自体は反対しません」
全員が注目している中、セリアは続ける。
「ですが、トーゴ様が参謀になるということは・・・戦いよりも、作戦立案や内務処理を引き受けることになるのではありませんか?」
「メインの仕事はそうなるな」
「では・・・マロリガンを制圧し、ラキオスの国土が大幅に増えた今・・・これまで以上にトーゴ様の負担が増えるのではありませんか?」
「・・・」
沈黙する闘護をおいて、セリアは続ける。
「トーゴ様は働き過ぎです。スピリット隊の内務だけでなく、詰め所の管理、交渉・・・これ以上無理をすれば、体を壊してしまわれるのではないでしょうか」
「俺はそれほどヤワじゃないよ」
「いいえ」
気楽な様子で笑う闘護だが、セリアは首を振る。
「トーゴ様は働き過ぎです」
「確かにそうですね〜」
セリアの言葉に同意するように、ハリオンが口を開いた。
「トーゴ様は何でもかんでも自分でやろうとしますからね〜。もう少し私達を頼ってくれてもいいんじゃないでしょうか〜」
「・・・ハリオンの言う通りだと思います」
ヒミカも遠慮がちながら頷く。
「私達は頼りないですか?」
「・・・ちょっと待った」
闘護は渋い表情で話を止める。
「論点がズレてないか?俺は、光陰に副隊長を任せることを認めてくれるかどうか・・・」
「その結果、トーゴ様の負担が増えるのであれば、反対だと・・・そう言ってるんです」
闘護の言葉を遮るようにセリアが言った。
「どうなんですか、トーゴ様?」
ヒミカの問いかけに、闘護は小さくため息をついた。
『これからはマロリガンの統治にも関わってくる。内務管理も領土が増えた分、比例して増える』
「・・・おそらく、増える」
「ならば、賛成できません」
セリアはキッパリと言い切った。
「そうですね〜」
「私も反対です」
ハリオン、ヒミカもそれぞれ反対する。
「・・・他はどうかな?」
三人をおいて、闘護は他のメンバーを見回す。
「トーゴ様は働き過ぎだよね。大丈夫かなぁ・・・」
「うん・・・心配」
ネリーとシアーがそれぞれ呟く。
「今よりもっと働くのはちょっと・・・体を壊してしまいます」
ヘリオンが遠慮がちに、しかしハッキリと主張する。
「トーゴは無茶するから・・・やめた方がいいと思う」
「私もニムと同意見です」
ニムントールとファーレーンも反対の意を示す。
「・・・全員、反対か」
『こうなると、ごり押しでこの人事を進めても良くないな』
闘護はため息をついた。
「俺の負担が・・・増える、か」
そう呟き、闘護は頭を掻いた。
「だったら・・・俺の負担が増えなければ、賛成してくれるか?」
【・・・】
沈黙するメンバーに、闘護は眉をひそめた。
「おいおい、それじゃあ、どちらにせよ反対するのか?」
「それは・・・トーゴ様の負担が減るのであれば・・・」
セリアが遠慮がちに答える。
「そうですね〜。トーゴ様が楽できるのなら構いませんよ〜」
「そうね」
ハリオンの言葉にヒミカが同意する。
「俺の負担が減ればいい、か・・・」
闘護は顎に手を置いた。
「俺の負担・・・」
『作戦立案に編成、内務に庶務、第二詰め所の管理業務・・・俺の負担を減らす為には・・・』
闘護は全員を見回した。
【・・・】
『・・・いや』
小さく首を振る。
『俺の仕事を彼女たちに振り分けるというのは・・・俺の勝手だよな』
「どう、するか・・・」
「トーゴ様」
考え込む闘護に、セリアが静かに─しかし、強さのある口調で─声をかける。
「ん?何だ、セリア」
「何故、私達を頼らないのですか?」
「・・・え?」
セリアの言葉に、闘護は目を丸くした。
「何故私達を頼らないのですか?私達はそれほど信頼されてないのですか?」
「・・・」
「セリアの言う通りです」
絶句する闘護をおいて、ヒミカも非難の混じった視線を闘護に向ける。
「トーゴ様は何もかも全て一人でやってしまわれます」
「そうですね〜」
ハリオンが頷く。
「いくら副隊長でも、何もかも背負いすぎですよ〜。もっと私達を頼ってもいいんじゃないんでしょうか〜?」
「・・・」
闘護は少し居心地が悪そうにそっぽを向いた。
「トーゴ様」
セリアが硬い口調で詰め寄った。
「・・・君達には君達にしか出来ない仕事がある」
闘護は小さく肩を竦めた。
「だから・・・」
「トーゴ様の仕事はトーゴ様にしかできないことなのですか?」
闘護の言葉を遮るようにセリアが尋ねた。
「私達には出来ない仕事なのですか、それは?」
「・・・出来るよ」
「ならば・・・」
「君達にも出来るが、俺“でも”出来る仕事だ」
今度は、闘護がセリアの言葉を遮った。
「君達にしか出来ない仕事ではない。君達でも、俺でも出来る仕事だ。だから俺がしている」
闘護はセリアを見つめる。
「セリア。俺は君達を信頼している。だからこそ、君達にしかできない仕事を任せているんだ」
「その為に、トーゴ様の負担が増えるのですか?」
「それは・・・」
「どうして、トーゴ様は自分で何もかも背負おうとするのですか?」
セリアは詰め寄った。
「私達にしかできない仕事ばかり私達にさせて、それ以外の仕事は全て自分で・・・そんなことを続ければ、体を壊してしまいます!!」
ダン!!
【!?】
セリアの興奮した様子に、ヒミカ達メンバーは吃驚する。
「・・・」
「トーゴ様!!」
「俺の仕事は誰にでも出来る。だが、その量は半端ではない」
闘護は冷静な口調で言った。
「セリア。確かに君の言う通り、何もかも俺一人でするのは無理があるし、間違っている。じゃあ、そういう理由で君達に任せる・・・それが出来ると、思っているのか?」
「・・・トーゴ様は出来ないと?」
「すぐには無理だ」
闘護は肩を竦めた。
「内務については、既にセリアに任せている。作戦立案についてもね。だけど、それはあくまでセリアだけだ」
そう言って、闘護は他のメンバーを見た。
「俺の仕事は誰でも出来ると言っても、すぐに出来る訳じゃない。一ヶ月は勉強しないと無理だ。その余裕が無かった・・・少なくとも、今まではね」
「・・・今は、どうですか?」
ファーレーンが遠慮気味な口調で尋ねた。
「・・・」
『時間は多少ある。だが、その為に彼女たちの負担を増やすことになるが・・・』
闘護は全員を見回した。
『確かに、いつまでも俺一人でするのは限界がある。彼女たちにも覚えて貰う必要はある・・・だが、それは簡単なことではない』
「俺の仕事は・・・」
ゆっくりと、闘護は口を開いた。
「戦いのように命がかかってる訳じゃない。だが、その重要性は決して戦いよりも軽くはない」
闘護はセリアを見る。
「セリア。君ならば解る筈だ。内務は楽な仕事ではないと」
「・・・はい」
セリアの返答に頷くと、闘護は全員を真剣な眼差しで見つめた。
「それでも・・・やる、覚悟はあるか?」
【・・・】
闘護の言葉の重さが伝わったのか、全員神妙な表情で沈黙する。
「・・・あります」
口を開いたのはヒミカだ。
「私もありますよ〜」
「やり遂げてみせます!」
ハリオンとファーレーンがそれぞれ続く。
「はいは〜い。ネリーもやるよ!」
「シ、シアーも・・・」
「が、頑張ります!!」
ネリー、シアー、ヘリオンも強い口調で言った。
「ニムだって・・・やれるよ」
「全力を尽くします」
ニムントール、ナナルゥと、全員が肯定の答えを出した。
「・・・本気、だな?」
【はいっ!!】
「・・・わかった」
闘護はゆっくりと頷いた。
「俺の仕事を割り当てていく。詳細は後で伝えよう」
そう言って、闘護は再び全員を見回した。
「じゃあ、改めて問おう・・・光陰の副隊長任命と、俺の参謀任命について」
─同日、昼
闘護の部屋
ガタン
「ふぅ・・・」
椅子に腰を下ろすなり、闘護は大きなため息をついた。
『疲れた・・・説得というのは本当に疲れる・・・』
「さて・・・」
闘護は紙とペンを取った。
『光陰と俺の処遇の説得は成功した。次は仕事の割り当て、か・・・』
「どうするか・・・」
コンコン
「トーゴ様、セリアです」
「どうぞ」
ガチャリ
「失礼します」
「ああ。かけてくれ」
闘護に勧められ、セリアは椅子に腰掛けた。
「早速だが、割り当てについて・・・」
「トーゴ様、一つよろしいでしょうか?」
立ち上がった闘護を、セリアは真剣な眼差しで見つめる。
「何だい?」
「トーゴ様は私達を信用していらっしゃるのですか?」
セリアの問いに、闘護は一瞬目を丸くし、次いで頷いた。
「勿論だ」
「では・・・信頼、していらっしゃるのですか?」
「・・・」
『さっきと同じような質問だが・・・その真意は・・・』
二つ目の問いに、闘護はジッとセリアを見つめる。
「トーゴ様・・・」
「・・・戦いの点では、ね」
闘護はそう言うと、紙とペンを持ってセリアが席に着いたテーブルの側に寄った。
「では・・・」
「それ以外・・・少なくとも、内務の点で信頼しているのは君とエスペリアだけだよ。もっとも・・・」
そう言って、苦笑する。
「現時点では、の話だが」
「・・・」
「未来は解らないよ」
言いながら、闘護はセリアの対面の席に着いた。
「もしかしたら、他のみんなについても信頼するかもしれない・・・しないかもしれない」
「私達次第、というわけですね」
「そうだ。大丈夫か?」
「勿論です」
セリアは頷くと、真っ直ぐ闘護を見つめる。
「みんな、トーゴ様を見返してやろうと意気込んでいます」
「そうか・・・期待してるよ」
「はい」
返事をしたセリアは微笑んだ。
「・・・ま、こんなところだな」
闘護は紙に書き込まれた割り当て表を見て頷く。
「セリア。君はどう思う?」
「最善だと思います」
セリアも紙に視線を落としつつ頷く。
『ハリオンとファーレーンとニムントールには内務、ヒミカとナナルゥには作戦立案、ネリーとシアーとヘリオンには第二詰め所の庶務を任せる。問題は・・・』
「みんながどれくらいの期間で仕事の要領を呑み込んでくれるか、だな」
「大丈夫です」
闘護の不安を、セリアは自信に満ちた口調で一蹴する。
「そうか・・・よし」
闘護は立ち上がると、本棚を漁り始めた。
「エスペリアのノートを使って、俺と君で指導していく」
「エスペリアにも指導を頼みますか?」
「うーん・・・」
ドサッ
数冊のノートを本棚から引っ張り出し、闘護はテーブルの上にそれらを置いた。
「エスペリアについては少し待ってくれ」
「?何故ですか?」
「ちょっとね・・・」
『悠人と仲直りして、落ち着いてからの方がいいだろうし・・・』
心の中に浮かんだ不安を告げず、闘護は言葉を濁した。
「とりあえず、ノートを各グループに配っておいてくれ」
「わかりました」
セリアは立ち上がると、ノートを持った。
「それでは失礼します」
ガチャリ
セリアが部屋から出て行き、闘護は椅子に座り込む。
「ふぅ・・・」
『悠人の奴・・・エスペリアと仲直りしたのか?』
─聖ヨト暦332年 スリハの月 青 五つの日 夕方
第一詰め所近くの森
「・・・ということだ。とりあえず、第二詰め所の説得は終わったよ」
「ああ・・・」
闘護の説明に、悠人は気のない口調で返事をする。
「で、第一詰め所の方は?」
「あ、ああ・・・まだ・・・」
「まだ?どうしてだ?」
「今、第一詰め所にはアセリアと・・・エスペリアしか、いないから」
「・・・」
「ウルカとオルファが・・・戻ってきたら話そうと思ってる」
「・・・エスペリアと仲直りしたのか?」
「!!」
闘護の問いかけに、悠人はビクリと身を竦めた。
「・・・まだだったのか」
「・・・」
現代へ飛ばされる直前にした喧嘩を境に、悠人はエスペリアを直視できなくなっていた。
食事や戦いはいつも通りに行っているが、悠人達はどこか事務的になっていた。
現代から戻ってからしばらくは、アセリアのこともあってある程度は悠人と話していた。
しかし、マロリガンとの戦いが終わり、一段落ついてからはお互いに目を合わせようともしなくなっていた。
『鈍いのも、ここまでくると犯罪モノだな・・・ったく』
「いい加減にしろよ」
ウンザリした口調で闘護は言った。
「光陰と今日子はマロリガンのスピリット達への説明でマロリガン・・・いや、確かスレギトに行ってるんだよな」
「・・・ああ」
「ってことは、第一詰め所にはお前とアセリアとエスペリアの三人だけか」
「・・・そうだよ」
「だったら、ちょうどいいじゃないか。さっさと仲直り・・・」
「だから!!」
闘護の言葉を遮るように悠人は叫んだ。
「どうしたらいいか解らないから・・・困ってるんじゃないか!!」
「・・・付き合ってられん」
闘護は首を振ると、悠人に背を向ける。
「とにかく、さっさと仲直りしろ」
そう言い残し、闘護は去っていった。
「・・・だから、どうやったらいいんだよ」
縋るような悠人の呟きは、空に消えていった・・・
─同日、夜
悠人の部屋
「はぁ・・・俺、どうしたらいいんだろ」
途方に暮れる悠人。
『酷いことを言ってしまった自覚はある。俺にスピリットの苦しみなんて解るわけがない・・・それなのに知ったようなことを言って傷つけてしまった』
大きくため息をつく。
『その上、エスペリアがもっとも触れて欲しくない部分に、ズカズカと土足で踏み込んだのだ。エスペリアと喧嘩をするなんて考えたこともなかっただけに、自分がどうして良いのか解らない・・・』
「頭を冷やそう・・・」
椅子から立ち上がる。
『今はエスペリアと同じ館にいるだけで辛い・・・』
─同日、夜
第一詰め所周辺
悠人はブラブラと外を歩く。
風は少しずつ冷たくなってきていた。
この世界の季節は解らないけど、気候の変化が、この世界に辿り着いてからの時間を感じさせた。
『エスペリアと会って、もう随分と経つんだな・・・』
夜空を見上げる。
『今でもハッキリと憶えている、エスペリアとの出会い・・・エスペリアが献身的に尽くしてくれたからこそ、俺は生活できている』
拳を握りしめる。
『戦いで、佳織のことで、何より日々の生活の中で、俺はエスペリアに頼り切っていた。それなのに、どうして傷つけたりするんだ』
「くそっ・・・!」
─同日、夜
ラキオス城城内
悠人は行くあてもなく、城の中を歩く。
衛兵が怪訝そうな顔をしていたが、今の立場になった悠人にわざわざ文句をつけてはこない。
『随分と偉くなったもんだよな・・・』
悠人の口元に、自虐的な笑みが浮かんだ。
「ユート。このような時間にどうしたのですか?」
その時、対面から驚きの表情を浮かべたレスティーナが近づいてきた。
「・・・陛下。外の空気を吸いに出ていただけです」
「そうですか」
こんな時間まで会議が押したのだろうか、顔には疲れが見えていた。
レスティーナは悠人の顔を見ると、少し考え込む素振りを見せてから口を開く。
「・・・ユート。少し時間を下さい」
「?は、はい」
レスティーナは悠人を促すと、廊下からそのまま外へ出た。
「良い夜ですね。月の光が、私達に力をくれる・・・そのように感じます」
目の前を歩くレスティーナ。
悠人は、背中を眺めたまま無言で歩いていた。
レスティーナは正装のまま。
石畳の道を通ってきたとはいえ、服の裾は汚れてしまった。
だがレスティーナはそんな事を気にする素振りも見せず、空を仰いだ。
「レスティーナ、服が汚れているけど・・・」
ここならば兵士もいない。
悠人はいつものようにレスティーナを呼び捨てにして、背中に声をかける。
「良いのです。息抜きも必要です」
レスティーナはゆっくりと振り返る。
「このような月の日にずっと会議室に籠もるのも、不健康というものです。そう思いませんか?」
そう言って微笑む。
「・・・」
『レスティーナとレムリア・・・同一人物だってわかって・・・俺は彼女をどう見てるんだろう・・・』
ふと、先程まで迷っていたエスペリアの事とは、全く別の事が悠人の頭の中を過ぎる。
「ユート・・・?」
「あ、は、はい・・・」
再び問いかけられ、悠人は慌てて頷く。
「・・・ユート。戦いには慣れましたか?これまで随分と長い時間を戦に費やしてきました。剣を持つ、その意味を理解しましたか?」
レスティーナの突然の問い。
『戦いに慣れる・・・それはどういう意味なんだろう?』
「やっぱり・・・慣れないな」
悠人は首を振った。
『どれだけ戦いを続けても、勝利した時の後味は良くない。スピリット達が憎いわけでもなく、俺はただ自分の為に殺しを重ねているだけなんだ・・・慣れることなんてあるわけがない』
陰りのある表情を浮かべた悠人を、レスティーナは心配そうに見つめた。
「まだ迷いがありますか?」
「迷い・・・というより、俺がスピリット達を殺す理由が見つからないんだ」
悠人は自分の両手を見つめる。
「佳織の為ってのは解っているつもりだけど。それでも俺は・・・」
「戦う理由にはなりませんか?」
「戦う理由にはなっても、殺す理由にはなってない気がする・・・特に最近はそう思うよ」
『がむしゃらにただ戦っていた頃に比べて、今はファンタズマゴリアのことを考えることもある。佳織の為ならば、どんな犠牲を払ってもいい・・・そう思っている筈なのに』
「胸の奥でジャリジャリとした何かが、戦う度に溜まっていく気がするんだ」
悠人は本音を吐露した。
『俺は佳織の為ならば、仲間であるみんなすら犠牲にするのだろうか?』
「俺は自分がしていることが、よく解らないんだ・・・」
考え込む悠人を見て、レスティーナはクスリと笑ってから真面目な顔をして語りかけた。
「私には戦う理由があります」
「・・・」
「この世界は血を流さなくてはなりません。人は平和的な解決をするには、罪を犯し続けました。反省を重ねたとしても、過去の罪は消える物ではありません。神ではない私達に、時計の針を戻す術はないのです・・・罪を償う為には、同等の痛みを必要とします」
「俺達は平和にするって言いながら、やっていることは戦争だ。本当にこれで正しいのか?」
『戦争を繰り返して得た平和。そんなものが正しいものなんだろうか?侵略や征服と呼ばれるものなんじゃないのか?』
苦い表情で聞き返す。
「ふふ。こんな話は城では出来ませんね」
レスティーナは愉快そうに笑った。
「エトランジェと女王が、こんな時間に、こんな場所で密会をしていることだけでも問題だというのに。臣下や国民に聞かれたら、不安になってしまいます」
レスティーナはクスクスと笑い、クルリと背中を向ける。
月の光が金色のティアラに反射して煌めく。
そして空を見上げて、言葉を続けた。
「正しい、正しくないではありません。大切なのは過去と現在、そして未来から目を背けないことです」
「・・・」
「時は繋がっています。過去から紡がれる数々の糸が、現在の私達の足場を築いているのです」
風が吹く。
レスティーナの黒い髪が大きくはためく。
左手で揺れる髪を押さえて、頭だけで振り返った。
「私が女王としてここにいることも。ユートが、この世界でカオリを救おうとしていることも。全ては繋がっているのです」
『過去があるから、今ここに立っている・・・そして、その過去から目を背けない・・・前に闘護が言っていたことだ・・・』
悠人の脳裏に闘護の姿が浮かぶ。
「過去を認めて、過ちを精算しなければなりません。私がその役目を負うと決めたのです。独裁者と罵られようと、大罪人と歴史に名を残そうと。父の犯した罪は、子として生まれた私の罪。背負い続けなければなりません。それが・・・私の戦う理由です」
レスティーナの目には強い意志が宿っている。
『自分の道に迷いはない。そんな強さを感じる・・・』
「過去を見つめろ、か」
悠人は空を見上げた。
『俺の過去は何だろう。両親の死、そして二回目の両親の死。佳織を助けたことで背負った【求め】。今の戦いは、その代償だ』
腰の【求め】に視線を向ける。
『認めなくちゃいけないのか・・・自分のせいで引き起こされた事態だと』
拳を握りしめる。
『だけど俺はそれを認めるどころか、エスペリアにあたったりして・・・幾度となく、俺は慰められた・・・エスペリアはただ俺を救ってくれたのに』
「そっか。今度は俺の番なんだな」
悠人の心の中に小さな答えが浮かんだ。
『エスペリアの過去に何があったのかは問題じゃない。心の傷を、ほんの少しでも癒す為に何が出来るのか?それが大切だったんだ』
悠人の様子に、レスティーナは静かに、満足げに頷いた。
「ユート。私はそろそろ行きます。皆が心配してしまいます」
「サンキュ、レスティーナ。馬鹿な俺でも、やっと言いたいことが解った」
「なんのことでしょう」
レスティーナはとぼけたように言う。
「エトランジェとして、戦う者の心得を伝えただけです。迷いは剣を鈍らせます。ユートには、私の為に働いて貰わねば困ります」
左手で前髪を触った後に、真剣な表情でそう言った。
それは、レスティーナが悠人やエスペリア達の前で嘘をつく時の癖だ。
「俺、エスペリアとよく話してみる」
無言で頷くレスティーナは、優しい目をしていた。
「城まで送るよ」
「いいですから、エスペリアの元に。言ったでしょう。こんな時間にエトランジェと逢い引きしていたなどと、皆に知られるわけにはなりません」
冗談めかして笑う。
「こう見えても私は素早いんです。人としては、ですが」
二人だけ、という状況が開放的にしているのだろうか。
いつもと比べて、声に感情が籠もっている。
『やっぱり、レスティーナはレムリアなんだ・・・もしかしたら、これが本当の彼女かもしれない』
「ありがとう、レム・・レスティーナ」
「!・・ほ、ほら。早くエスペリアの所に・・・!」
レスティーナは一瞬、呆けたような表情を浮かべ、慌てて悠人を急かす。
「解った。それじゃあ、エスペリアの所に行ってくる!」
悠人はレスティーナとすれ違い、館の方に走り出した。
「ふぅ・・・」
レスティーナは自分の胸に手を置いた。
「もぅ・・・こんな時に間違えないでよ」
赤く染まった頬を、小さく膨らます
「はぁ・・・ユート君・・・っ!」
突然、レスティーナは自分の胸を押さえて身をかがめる。
「駄目・・・泣いちゃ駄目・・・私はレスティーナだから・・・」
震えながら、小さく、自分に言い聞かせるように呟いた。
─同日、夜
館の庭
「はぁっ・・・はぁっはぁっ・・・!!」
全力で走るせいで、息が切れる。
『仲直りしないと・・・エスペリアに謝るんだ・・・!!』
しかし、今の悠人にはそんなこと気にもならない。
『喧嘩をしたかった訳じゃない。エスペリアに、寂しいことを言って欲しくなかったんだ。もう少しだけでいい、俺を頼って欲しかった』
荒い息をつきながら、悠人は第一詰め所へ急ぐ。
『俺を信じて欲しかっただけなんだ・・・』
─同日、夜
第一詰め所
詰め所に着くなり、悠人は廊下を音を立てて走ってエスペリアの部屋に駆け込んだ。
バタン!!
「エスペリアッ!!」
「っ!?ユ、ユート様!?」
ノックもせずに飛び込んできた悠人を見て、驚くエスペリア。
だが悠人は、間髪入れず頭を下げた。
「ごめんっ!!」
「・・・は?」
いきなり大声で謝罪すると、エスペリアはパチパチと瞬きを繰り返した。
最近の事務的な調子を忘れたように、キョトンと素の表情をしている。
「え・・・えっと・・・」
「エスペリア・・・この前は本当にゴメンっ!!」
「この、前・・・あ・・・」
漸く気づき、エスペリアが顔を伏せた。
「よく知りもしないのに、酷いこと言っちゃって・・・悪かったって思ってた。だから謝りに来たんだ。本当に悪かった・・・」
もう一度、悠人は頭を下げる。
エスペリアは悠人の様子に戸惑いながらも、意を決したように悠人を見つめた。
「ユート様・・・私も同じです。勝手にいじけちゃって・・・それで、ユート様に酷いことを言ってしまって・・・」
「いや、でも俺が・・・っ!!」
「本当に、すみませんでした・・・!」
「・・・」
そう言って勢いよく頭を下げるエスペリアに、今度は悠人が言葉を失う。
ただお互いが謝っただけなのに、最近感じていた気まずさが全て氷解していくのを、悠人は感じた。
「怖かったんです・・・私は人じゃないのに、このままじゃ人と同じなんじゃないかって、そんな希望を持ってしまいそうで・・・世界の全ての人が、ユート様のような方ではないのに」
「エスペリア・・・」
『それはエスペリアの・・・いや、この世界の闇。この間はその闇を軽々しく否定してしまって、エスペリアを追い込んでしまったんだ。もう、同じ間違いは出来ない』
心の中で呟く悠人。
「ソーマ・・・様のことだって・・・」
「・・・」
ソーマの名前を出した瞬間、僅かにエスペリアの表情が歪む。
『っ・・・心が痛い・・・あれ?・・・なんだ、これ?』
心の中に湧いた感情に、悠人は小さく首を傾げる。
『同情じゃない・・・不思議な感情が、チクチクと心を刺す』
困惑する悠人をよそに、エスペリアは懺悔するように呟く。
「言わなきゃ解らないのに・・・勝手に解って貰おうとしていたんですよね・・・」
「ああ。俺も・・・もう少し、エスペリアに頼って欲しいって思うよ」
「頼るなんて、そんなこと・・・」
「いきなりとは言わないし、エスペリアがそう言ういのに慣れてないのは解ってる。だけどさ・・・」
「・・・はい。少しだけ、頑張ってみます」
エスペリアはコクリと頷いた。
「では、ユート様・・・私は・・その、私のことを知って欲しいです・・・」
そこで、頬を赤く染める。
「・・・ユート様だけには」
「え・・・?」
「昔のこと・・・聞いてください。あまり、面白い話ではないと思いますけど・・・」
真っ直ぐに悠人の目を見る。
視線には、まだ迷いが含まれていた。
「エスペリア・・・ああ、わかった」
「それでは、お茶を淹れてきます」
「え、わざわざそんな・・・」
「いえ、淹れさせてください。長い話になりますから・・・」
表情は穏やかだった。
ゆっくりと立ち上がり、すれ違う。
「少しの間、お待ちくださいませ」
─同日、夜
第一詰め所、食堂
コポコポコポ・・・
悠人の目の前で、エスペリアがお茶を淹れている。
『ハーブのいい香りだ・・・けど、いつもみたいに安らいだ気分にはならないな・・・』
「・・・」
エスペリアの表情はどう見ても暗かった。
『さっきはああ言ってたけど、相当に辛い話なんだろうな・・・』
「・・・どうぞ」
「ありがとう」
悠人はカップを受け取る。
お互いに一口だけ飲むと、沈黙が訪れた。
『相変わらず、エスペリアのお茶は美味い・・・けど、そんなありきたりの言葉さえ口に出来ない・・・』
数分間の沈黙が続いた後、漸くエスペリアは口を開く。
「さて、どこから話しましょうか・・・」
目を伏せ、空中に視線を投げる。
胸には、何度か悠人も見たボロボロの手帳を抱いていた。
「最初から、頼むよ・・・俺、まだ何も知らないから」
憂いのある表情を、悠人は正面から見る。
『聞くと決めたのだから、全てを知りたい・・・』
「はい」
エスペリアはコクリと頷いた。
エスペリアは語り出した。
かつて、ラキオス王国のスピリット隊を率いていたソーマという男を。
ソーマはスピリット達を犯していたことを。
自分も、ソーマの性教育を受けていたことを。
そして、ある日・・・
戦術指南役として赴任してきたラスクという男との出会い。
ラスクから教えられた知識・・・心の中に生まれたラスクへの思慕。
そして・・・ラスクの死。
ソーマから投げかけられた「自分がラスクを殺した」という言葉。
ソーマと共に去っていったスピリット達。
「・・・これが、私の過去です」
「・・・」
エスペリアの話は、悠人の予想を超えていた。
レスティーナから妖精趣味のことは聞いていたのに、それでも尚ショックは大きい。
『聞いてはいけないことだったのか・・・?』
漠然とした不安が悠人を襲う。
「・・・軽蔑、しましたか?」
「・・・え?」
エスペリアの声は、話し始めた時よりも、もっと沈んでいた。
「それでもいいと思います。私達はスピリットですから」
「ちょっ・・・!俺はそんなこと・・・」
否定しようとする悠人に、エスペリアは首を振る。
どこかスッキリしたような、それでいて悩みが深くなっているような、複雑すぎて悠人には正確に読みとれない。
「少しでも知っていただけたなら・・・私は満足です」
「エスペリア・・・」
『少しは近づけたのだろうか?これで、俺を頼ってくれたことになるのだろうか?』
心の中に浮かぶ疑問をおいて、悠人は尋ねる。
「前に話してた、エスペリアに色々教えてくれた人って、そのラスクって人だったんだな」
「はい、そうです」
エスペリアの返事に、悠人は小さく頷く。
『そうか・・・あの時、表情が沈んだわけが解った。エスペリアは、未だにその死を引きずってるんだ』
「・・・」
「・・・」
二人の間に気まずい空気が流れる。
『どういう事を話せばいいんだ?ソーマが元隊長であることは解った。でも、それは俺が一番知りたかったことじゃない・・・』
「お茶・・・お茶のお代わりは、いりませんか?」
「いや・・・いいよ」
答えて席を立つ。
『今日はエスペリアのことを知ることが出来たんだ。もう、最近のギクシャクした感じは消えているはず・・・その、はずだ』
「それじゃ、俺は戻るよ」
「そうですか・・・では、また」
エスペリアに見送られて、悠人は部屋の外に出る。
『近づこうとしてるし、エスペリアも受け入れてくれてる。距離は近くなってる・・・筈だよな』
心の中で呟く。
『今はまだ、お互いにショックがあるだけだ。明日になれば、またいつも通りに話が出来る・・・』
そう思いながら、悠人は自分の部屋へ戻った。
─聖ヨト暦332年 スリハの月 赤 一つの日 朝
闘護の部屋
コンコン
「・・・ん?誰だい」
「俺だ」
「悠人か・・・どうぞ」
ガチャリ
「どうしたんだ、こんな朝早くに?」
机の前に立っていた闘護はドアの方を振り返る。
「ああ・・・一応、お前に報告しようと思ってな」
「報告?」
椅子を勧めつつ、闘護は尋ねる。
それを手を振って遠慮すると、悠人は小さな笑みを浮かべた。
「昨日さ・・・エスペリアと仲直りしたよ」
「・・・そうか」
闘護は小さく頷くと、机に手を置いた。
「それじゃあ、光陰と俺の人事について、説得しといてくれよ」
「わかってる」
悠人は力強く頷いた。
「用件はそれだけだ。お前には心配かけたからさ、先に伝えておこうと思ってな」
「わかった。わざわざありがとう」
「こっちこそ、すまなかった。じゃあな」
「ああ」
バタン
悠人が出ていき、一人になった闘護は苦笑する。
「ったく・・・仲直りの報告なんて、後であった時にでもしてくれればよかったのに」
『わざわざここまで来て報告してくれるところが、悠人の真面目さ何だろうけど』