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─聖ヨト暦332年 スフの月 黒 三つの日 昼
 城の一室

 コンコン
 「あの・・・呼ばれてきました」
 「キョウコ殿ですね。どうぞ」
 「し、失礼します」
 ガチャリ
 ドアが開き、硬い様子の今日子が部屋に入ってきた。
 「突然の呼び出し、申し訳ありません」
 扉の前で迎えたレスティーナが頭を下げる。
 「い、いいえ!!これぐらい、なんで・・・も・・・」
 言い掛けた今日子の言葉は、部屋の中央のソファに座っている後ろ姿を見て消えていく。
 「よう、遅かったな」
 その人物は振り返ることなく言った。
 「・・・何で・・あん、たが・・・」
 「簡単さ」
 その人物─闘護は小さく肩を竦めた。
 「俺が殿下に頼んで呼んでもらったからだ」
 「!!」
 今日子は愕然とした表情でレスティーナを見た。
 「その通りです・・・」
 レスティーナは無表情のまま、今日子を見つめた。
 「俺の名で呼び出しても来てくれないと思ってね・・・女王の名を借りたわけだ」
 「・・・」
 「さて、と・・・早速だが」
 「アンタと話す事なんて何もないわよ!」
 そう吐き捨て、今日子は背を向ける。
 スッ・・・
 「出ていくことはなりません」
 レスティーナが扉の前に立ちはだかった。
 「ちょ、ちょっと女王様・・・」
 「あなたとトーゴの間に何があったかは知りません。ですが、これは命令です・・・」
 「・・・」
 「トーゴの話を聞きなさい」
 「・・ふ、ふん!」
 今日子は不愉快そうに鼻を鳴らすと、振り返って闘護を睨んだ。
 「何なのよ。さっさと話して帰らせてよね」
 「第一詰め所の雰囲気はどうだい?」
 「!!」
 闘護の問いに、今日子は唖然とする。
 「どうって・・・アンタ、何言ってるのよ・・・」
 「だから、どうなんだって聞いてるんだ」
 「・・・最悪よ」
 「どう最悪なんだ?」
 「・・・アタシに言わせるつもり?」
 「君から聞きたいんだよ」
 「・・・会話は全然ないわ。エスペリアしかいないし・・・」
 「アセリアは?」
 「ずっと喋ってないわ・・・」
 「悠人と光陰は?」
 「・・・」
 「どうなんだ?」
 「顔を合わせてないわよ!」
 今日子は泣き出しそうな声で叫んだ。
 「何で?」
 「何で・・って・・・」
 「どうして顔を合わせない?」
 闘護はゆっくりと顔を今日子に向けた。
 その表情は、本当に信じられないといったものだった。
 「アンタ・・・」
 「何だ?」
 「アンタが!!」
 今日子は我慢できずに闘護に詰め寄った。
 「アンタが余計なことを・・・」
 「余計なことだと?」
 今日子の言葉を遮るように闘護が呟く。
 「俺がいつ余計なことをしたんだよ?」
 「あ、アンタが・・・悠とアタシの邪魔をしなければ・・・」
 「!」
 今日子の言葉に、一瞬レスティーナの表情が翳ったのを闘護は見逃さなかった。
 『ちっ、聞かせることのないことを聞かせたか・・・仕方ない。岬君を留める為にも、彼女に出てってもらうわけにはいかないからな』
 「しなかったら?どうなってたんだ?」
 闘護は平静を装って問いつめる。
 「ど、どうなってたって・・・」
 「悠人と寝たら?痛みがわかったら?その後は?」
 矢継ぎ早に問いつめる。
 「そ、それは・・・」
 「二人とも、光陰に後ろめたい気持ちで一杯になっただろうな」
 闘護は酷く不愉快そうに嗤った。
 「!!」
 「しかも、光陰のことだ・・・君達を責めることもしないだろう・・・はは、大した友情だ」
 闘護はそう吐き捨てると、ゆっくりと立ち上がった。
 「第一詰め所の雰囲気は最悪だと言ったね。アセリア達は後回しにするとして、君達の方はどうするか」
 闘護は今日子の顔を覗き込んだ。
 「解決方法はある・・・もう、わかってるんじゃないのか?」
 「・・・」
 「わからないのか?」
 「・・・」
 「どっちなんだ!!」
 「!!」
 怒鳴られて、今日子は身を竦ませる。
 「わからないのなら言うぞ」
 「・・・」
 「全く・・・」
 沈黙し続ける今日子に、闘護はため息をつく。
 「答えは・・・ちゃんと告白するんだな」
 「!!」
 驚愕する今日子に、闘護は目は目を丸くする。
 「何だ?解らなかったのか・・・?」
 「・・・解るわけ、ないでしょ?」
 ボソリと呟く。
 「何で?」
 「悠がアタシのこと・・・好きかどうか解らないのに・・・」
 「へぇ・・・じゃあ、光陰はどうなんだ?」
 「光陰は・・・付き合ってるから・・・」
 「付き合ってるか・・・告白したのか?」
 「そ、それは・・・」
 「ふーん」
 口ごもる今日子に、闘護は心底馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
 「じゃあ、君は好きかどうか解らない悠人には告白できないんだ。で、付き合ってる筈の光陰にも、正面から告白してないんだ。はぁ・・・意外だな」
 「な、何よ・・・」
 「いや、普段の君を見てると、もっとハッキリした性格だと思ってたんだけどな。随分と臆病者だったんだ。少なくとも・・・」
 闘護はジロリと今日子を睨んだ。
 「恋については、ね」
 「・・・悪い?」
 今日子は訴えるように言った。
 「悪いね」
 しかし、闘護は冷たく言い放つ。
 闘護の物言いに、レスティーナも僅かに表情を曇らせた。
 『彼女を責めることにもなったか・・・だが、仕方ない』
 「光陰がもっと嫉妬深かったら良かったんだけどね・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「残念ながら、光陰は物わかりが良すぎた・・・それが問題なんだ」
 「どういう・・・意味?」
 「・・・下品な言い方を続ける。ちょっと、我慢してくれよ」
 「・・・」
 「君が悠人ともしも寝ていたら・・・」
 「!!」
 ビクリと身を竦めたのはレスティーナだった。
 今日子は彼女に背を向けていたので、その様子には気付かない。
 「・・・光陰は何も言わないだろう。たとえ、それを知ったとしても・・・ね。違うかい?」
 「・・・多分、そうだと思う」
 「ところが、だ。そうなると・・・君達はずっと心にしこりを残すことになる。なぜなら・・・光陰は君達を責めない。つまり、罪悪感を煽るようなことはしない。だが、責められない方が逆に罪悪感を煽ってしまうことがある・・・特に恋愛は、ね」
 「・・・」
 「じゃあ、光陰と寝ればいいのか・・・残念ながら、それも違う。どうしてだと思う?」
 「・・・アタシが、悠のことを忘れられないから・・・」
 「わかってるじゃないか」
 闘護はニヤリと笑って頷いた。
 「その通りだ。本心を伝えないまま悠人の事を諦める・・・それは容易じゃない」
 「・・・」
 「だからこそ、だ。ちゃんと二人に告白するんだな」
 「告白って・・・どうやって?」
 「本心を伝えればいい。悠人のことが好きなら、悠人に“好き”だと伝える。光陰のことが好きなら、光陰に“好き”だと伝える。それだけだ」
 「でも、それは・・・二人に失礼じゃ・・・」
 「本心を言わずに、いつまでも生温い関係を望む方が失礼だよ」
 【!!】
 今日子だけでなく、レスティーナも闘護の言葉に反応した。
 「つまり、だ。前に進みたいなら・・・告白するんだ。本心を伝えろ」
 「だ、だけど・・・」
 「悠人の気持ちがわからないから尻込みするのか?」
 「・・・」
 「生憎、いま君に必要なのは悠人の気持ちを知ることではない」
 闘護はビシリと人差し指を今日子に突きつけた。
 「本心を伝える勇気・・・これだけだ!!」
 「!!」
 「どうする・・・?」
 「で、でも・・・悠には佳織ちゃんが・・・」
 「他の人間のことなんて気にするな」
 今日子の言葉を遮るように闘護は言った。
 「そんな風に人に譲ってばっかりだからこんな事態になるんだよ。いいか・・・恋愛は戦いだ。誰かを傷つけること、自分が傷つくこと・・・どちらを恐れても駄目だ。覚悟を決めないと前には進まない」
 「・・・アンタ」
 「ん?」
 「そんな風に恋愛を語るけど・・・したことあるの、恋愛?」
 今日子の問いかけに、闘護は肩を竦めて一言。
 「さて・・・どうだろう」
 「どうだろうって・・・」
 「したかどうかは答えないけどね。もしもその時が来たら・・・ちゃんと言うよ。俺は、ね」
 そう言って、チラリとレスティーナを見る。
 「!」
 一瞬目が合うと、レスティーナは顔を赤らめて俯いてしまった。
 『っと・・・ちょっと、あからさまだったな』
 「まあ、俺のことはいい。今は君達の方が重要だからな」
 苦笑する闘護。
 「・・・ねぇ」
 「ん?」
 「もしもアタシが告白したら・・・今までの関係は・・・」
 「終わるね」
 闘護は即答する。
 「間違いなく何らかの変化は生じる。これは仕方ないよ」
 「・・・」
 「だけど・・・」
 俯く今日子に、闘護は優しい口調で語りかける。
 「そこから始まる新たな関係ってのも決して悪いものじゃないと思うよ」
 「そうかな・・・?」
 「最初から弱気になってたら駄目だ」
 「・・・」
 「勇気だ。勇気を持て!」
 「・・・わかった」
 今日子は顔を上げた。
 そこには決意が現れている。
 「アタシ・・・告白してみる」
 「傷つくかもしれないよ?」
 「それでも・・・前に進む為にも・・・告白する!!」
 「・・・OK」
 闘護は満足げに頷いた。
 「だったら、その機会は俺が作る」
 「アンタが・・・?」
 「それぐらいはさせてくれよ」
 「・・・わかった」
 「じゃ、次に呼び出した時はよろしく」

 「失礼しました」
 ガチャリ
 今日子が出ていき、部屋には闘護とレスティーナの二人が残る。
 「ふぅ・・・」
 闘護は疲れたようにため息をついた。
 「トーゴ・・・」
 レスティーナが硬い表情で闘護を見つめている。
 「ん?」
 「さっきの物言いは少し厳しすぎるのではないでしょうか?」
 「さて・・・」
 闘護は肩を竦めた。
 「あれではキョウコ殿が・・・」
 「言ったはずだ」
 レスティーナの言葉を遮るように闘護は言った。
 「居てもらって構わないが、口出しは無用だと」
 「わかっています。ですから、こうして話し合いが終わってから言っているのです」
 「・・・」
 「誰もが、あなたのように強くはないのです」
 「俺は自分が強いとは思ってないんだけどな」
 「いいえ。トーゴは精神的に凄く強い・・・」
 「・・・」
 「もう少し考えるべきではないでしょうか」
 「・・・それはどうだろう?」
 「え?」
 「優しく言おうが厳しく言おうが、結論は同じ。告白しろと言うことになる。あまり時間もかけてられないし、それに・・・」
 「それに?」
 問いかけるレスティーナに、闘護は苦笑する。
 「前に話した時に厳しくしたからね。今更優しくしたところで手遅れだよ」
 「・・・」
 「とにかく、彼女に覚悟を決めさせることは出来た」
 闘護はドアの前まで進み止まった。
 「夕方、またここへ来る」
 「私は公務があるので来ることは出来ませんが・・・」
 「構わないよ。それじゃあ」
 バタン
 そう言い残し、闘護は部屋から出ていった。
 「恋愛は戦い・・・」
 レスティーナは闘護が出ていったドアをジッと見つめる。
 「誰かを傷つけること、自分が傷つくこと・・・どちらを恐れても前には進めない・・・」
 その呟きは誰に聞こえるともなく消えていった。


─同日、夕方
 城の一室

 ガチャリ・・・
 「失礼します」
 光陰は部屋に入ると周囲を見回した。
 「・・・まだ来てないのか?」
 首を傾げつつ、部屋の中央に来る。
 ガチャリン・・・
 「ん・・・っ!?」
 光陰はドアの方を振り返ったまま、硬直する。
 「待たせたな」
 「と、と、と・・・闘護!?」
 「ああ。神坂闘護だ」
 ドアの前には、闘護が立っていた。
 「な、何でお前が・・・!?」
 「用があったからさ」
 「・・・まさか!?」
 「ああ。俺が画策したんだな、これが」
 闘護はニヤリと笑った。
 「お前・・・何で、こんな真似を・・・」
 震える声で尋ねる光陰。
 「お前と話がしたかったからだよ」
 「・・・」
 「ストレートに俺の名前で呼んだら、お前来なかっただろ」
 「・・・ああ、無視したさ」
 「だから、レスティーナの名前を借りたんだ」
 そう言って小さく肩を竦める。
 「・・・」
 光陰は闘護から顔を背けると、ドアの方へ歩き出した。
 「おいおい、どうした?」
 光陰の行く手を塞ぐように闘護は動かない。
 「お前と話すことはない」
 「俺にはある」
 「聞く義理はない」
 「義務はあるぞ」
 「・・・スピリット隊副長として、か?」
 光陰はそう言って振り返る。
 その瞳には、怒りが込められていた。
 「そうだ」
 「・・・」
 「聞くだけ聞け」
 「・・・ちっ」
 光陰は舌打ちすると、壁に背を預けた。
 「手短に済ませてくれよ」
 「お前が素直に答えたらすぐ終わる」
 バタン・・・
 闘護はドアを閉めた。
 「じゃあ、早速始めようか」
 闘護は光陰の顔を覗き込んだ。
 「岬君に告白したこと、ある?」
 「・・・答える義務はない」
 「彼女はお前に告白したことはないと言っていたよ」
 「!お前・・・今日子と話したのか!?」
 「ああ」
 「・・・」
 「で、告白したのか?」
 「・・・してないよ」
 「なんだ。じゃあ、友達からいつの間にか一緒にいたって感じか」
 「・・・」
 「んじゃ、次・・・悠人に岬君が好きだって言ったことは?」
 「・・・ないよ。言わなくても悠人はわかってただろうし」
 「そうか」
 闘護はポリポリと頭を掻く。
 「どうして告白しないんだ?」
 「・・・お前にそんなこと言う必要はないだろ」
 「自信がなかったのか?」
 「・・・」
 「岬君が悠人を選ぶのが怖かったのか?」
 「・・・せぇ」
 「それとも、自分が振られるのが怖かったのか?」
 「うるせぇ!!」
 普段の冷静さを完全に欠いたように、光陰は怒鳴る。
 「お前に・・・お前に口出しされるいわれは・・・」
 「いわれなんてどうでもいい」
 光陰の言葉を遮るように闘護は吐き捨てる。
 「なぁ、お前だって気付いてるんだろ?彼女が悠人のことを好きだって事ぐらい」
 「!!」
 「悠人から彼女を奪う・・・そんな気概はないのか?」
 「・・・」
 沈黙する光陰に、闘護は肩を竦める。
 「はぁ・・・お前は自信家だと思ってたんだけどなぁ・・・」
 「・・・」
 「ったく」
 闘護は呆れたように首を振ると、光陰を睨んだ。
 「そろそろ、その友情を理由に身を引くフリをするのは止めないか?」
 「フリ・・・だと?」
 光陰の顔色が変わった。
 「俺にはそう見えるよ」
 光陰の様子を無視して、闘護は侮蔑の笑みを浮かべた。
 「友情をとるフリをする方が格好いいから・・・本当は、自分に自信がないんだ。岬君に振られるなんて耐えられないから・・・」
 「てめぇ!!」
 ガシィ!!
 光陰は闘護に詰め寄ると、襟首を掴んだ。
 「何だ、この手は?」
 「二度と喋れないようにしてやろうか・・・?」
 光陰はドスのきいた声で呟く。
 「図星か」
 闘護は嗤った。
 「ま、この程度の男だったら、岬君がちゃんと告白しないのも当然か」
 「・・・」
 「格好ばかりつけて実は自信がない・・・駄目男だな」
 「っ!!」
 バシッ!!
 「・・くっ!」
 「何だ・・・この手は?」
 闘護はすました口調で尋ねる。
 突然繰り出した光陰の拳は、闘護の掌に収まっていた。
 「この手も離してくれよ」
 バシィッ!!
 もう片方の空いた手で襟首を掴んでいる光陰の手を払う。
 同時に、受け止めていた拳を放った。
 「っ・・・」
 その勢いで光陰は少しふらつきながら後ろに下がった。
 「暴力で黙らせるのは諦めろ。たとえ神剣出して脅しても、俺は黙らないよ」
 「・・・ちっ」
 光陰は苦い表情で沈黙する。
 「これ以上無駄な皮肉を言うのは止めよう。本題を続けるぞ」
 「・・・」
 「岬君にちゃんと告白する気はあるか?」
 「・・・」
 「あるのか?ないのか?」
 「・・・答える必要があるのか?」
 「答えて欲しい」
 「・・・」
 「光陰」
 「あるよ!」
 光陰は半ばヤケクソ気味に答えた。
 「ああ、あるさ。俺は今日子が好きなんだ!告白したいって・・・っ!?」
 言い掛けた光陰は慌てて周囲を見回した。
 「ま、まさか・・・今日子が・・・」
 「そこまでしてないって」
 闘護は苦笑する。
 「本当か?」
 「疑り深いなぁ」
 「・・・」
 光陰は懐疑的な視線を闘護に向ける。
 「彼女は呼んでない。周囲には誰もいないよ」
 「・・・」
 「続けるぞ」
 闘護は肩を竦めた。
 「告白する気があるなら、俺がその場を用意する」
 「・・・は?」
 「解らないか?告白する場を用意すると言ってるんだ」
 「・・・余計なお世話だ」
 光陰は冷たく吐き捨てる。
 「そんなことは解ってる。本来、こういう事は当人が解決するべきで第三者が口を出すのは筋違いだということも承知している」
 「だったら・・・」
 「だが、当人がいつまで経っても話を進めないんだから仕方がない。グズグズしてると飛び火する」
 「飛び火って・・・」
 「解ってるだろ。悠人にだよ」
 闘護は肩を竦めた。
 「前にも言った通り、君や岬君が傷つくよりも悠人が傷つくことが問題なんだよ」
 「俺達よりも悠人・・・ってことか」
 「そうだ」
 「なぁ、闘護・・・お前、自分が傲慢なことを言ってるって解ってるか?」
 ジロリと睨む光陰。
 「・・・」
 「理解はしてるようだな」
 沈黙する闘護に、光陰は首を振った。
 「一つ、聞いていいか?」
 「何だよ」
 「お前らしくないぞ」
 光陰は探るような目つきで闘護を見つめる。
 「俺が知ってる神坂闘護という人間は、人を傷つけることを平気でするような奴じゃないし、そういうことをする人間を憎む奴だった。どんな理由があっても、な」
 「・・・」
 「こっちの世界に来て・・・変わったのか、お前?」
 「・・・光陰」
 闘護はゆっくりと光陰を見つめる。
 「俺が厳しい人間だったことは・・・知ってるよな?」
 「ああ」
 「俺は傷の舐め合いは嫌いだってことも知ってるよな?」
 「知ってるよ」
 「・・・俺が性的な事について厳格だってことは?」
 「・・・そうなのか?」
 眉をひそめる光陰に、闘護は頷く。
 「お互いに好意を持ってる・・・それだけなら、俺は止めなかったよ。でも、岬君は悠人に慰めて欲しかった・・・それも、そういう行為で、だ」
 闘護は渋い表情を浮かべる。
 「悠人は優柔不断なところがある。迫られれば拒めない・・・それを知っていたかどうかは知らないが、俺はそんなことは許さない」
 「それはお前の考え方だろ」
 「そうだよ。だから邪魔をした後、岬君に俺の考えを伝えたさ。結果、俺の言葉を否定するだけの理由を持っていなかった岬君は何も言えなかった。そして光陰・・・お前も、な」
 「・・・」
 「俺が知っている光陰という人間は、自分に自信を持っている。岬君と付き合っているなら、彼女に正面から告白していたと・・・思っていたんだが、な」
 闘護は続ける。
 「俺だって、恋愛問題に首を突っ込むことが野暮で傲慢なことぐらい承知している。それでも・・・」
 そこで、言葉を止める。
 「・・・それでも、なんだ?」
 「・・・」
 『神剣に呑み込まれたアセリア、過去を知られて拒絶したエスペリア、命の重みを知って苦悩するオルファ、囚われた友の為に戦うことを決意したウルカ、自分のもう一つの顔を知られたレスティーナ・・・』
 沈黙する闘護に、光陰は眉をひそめた。
 「おい、闘護?」
 「あ、ああ・・・」
 『まぁ、詳しく言うのは止めよう。俺の想像だし・・・』
 闘護は首を振った。
 「とにかく、君達の問題は君達だけで解決して欲しいのが本音だけど、それが期待できないんだ。だから、俺が手伝う。余計なお世話だということは解ってるが、な」
 「・・・副長としての義務だから、か?」
 「ああ・・・そうだ」
 「・・・」
 光陰はジッと闘護を見つめる。
 「・・・いや」
 そして、小さく首を振った。
 「他にも理由があるだろ」
 「・・・どうしてそう思う?」
 「なんとなく、な」
 「・・・さて、な」
 光陰の言葉に、闘護は肩を竦める。
 「話を戻すぞ・・・といっても、手伝うといったって大したことは出来ない。俺が出来るのは、告白する場を用意するぐらいだ。そこから先は結局、君達でどうにかするしかないんだが・・・」
 闘護は探るような目つきで光陰を見つめる。
 「出来るか?」
 「・・・ったく、お前の策略通りってのが気に入らないけど・・・」
 光陰はボリボリと頭を掻く。
 「策略なんて大層なことはしてないよ」
 「よく言うぜ」
 「俺はただ、君達をけしかけただけさ。それに乗るか乗らないかは君達が決めたこと。そして君達は乗った・・・って」
 言いかけて、闘護は頭を掻いた。
 「よく考えたら、立派な策略か」
 「・・・ぷっ」
 「・・・ははっ」
 【はははは】

 「それじゃあ、決まったら連絡するよ」
 「ああ。じゃあな」
 バタン
 「ふぅ・・・」
 光陰が部屋から出て行き、残った闘護は安堵のため息をついた。
 『これで、準備は整った。後は、悠人に・・・』
 「いや・・・」
 闘護は小さく首を振った。
 『悠人に知らせるのは止めよう。もしも岬君の想いに気付いてなかったら、そして自分自身の想いが解っていないのなら・・・それは、長い間一緒にいたのに、気付くことがなかった悠人自身の責任だ。答えられないのなら、それは悠人の責任・・・』
 「酷い奴だな、俺は・・・」
 自嘲の笑みを浮かべる。
 『悠人が傷つくかもしれないのに・・・それを当然と考えてる。悠人に岬君のことをどう思ってるか聞いてもいいものなのに・・・』
 「悠人を傷つけることになるかもしれない、か・・・」
 ため息をつく。
 『だが・・・今更、三人の誰かにつくなんてことは出来ない。それはあまりにもアンフェアだ』
 「悠人にも殴られるのを覚悟した方がいいかなぁ・・・」


─聖ヨト暦332年 スフの月 黒 四つの日 深夜
 悠人の部屋

 コンコン
 「はい?」
 「俺だけど・・入って良いか?」
 「闘護か?どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼するよ」
 「どうしたんだ?こんな時間に」
 「ああ。ちょっとな」
 闘護はそのまま窓の方へ歩いた。
 「ん?」
 「ふむ・・・いい天気だ。月もハッキリと見える」
 窓から外を眺める闘護。
 「・・・」
 「月が見えるって事は、ここは宇宙の何処かにある星かな?」
 「・・・何しに来たんだ?」
 訝しがる悠人。
 「すぐ解るよ」
 闘護がそう言った時。
 コンコン
 「ん?だれ・・・」
 「入っていいよ」
 「と、闘護?」
 悠人を先んじて闘護が返事を返す。
 ガチャリ
 「失礼するわよ」
 「うーす」
 「今日子・・・それに、光陰も・・・」
 部屋に入ってきた二人に、悠人は目を丸くする。
 「ど、どうしたんだ。こんな夜中に・・・」
 「すぐ解る」
 後ろで笑っていた闘護が言った。
 「わ、解るって・・・」
 悠人はキョロキョロと三人を見回す。
 「あれ?悠人に知らせてないのか?」
 「ああ」
 「それって、ちょっとズルくない?」
 今日子の言葉に闘護は首を振った。
 「今になって言わないと理解できないのなら、それは悠人が悪い。俺が一押しするのは君達二人だけだ」
 「・・・ま、ここは闘護の言う通りにしようぜ」
 光陰は肩を竦める。
 「・・・そうね」
 今日子は小さくため息をついた。
 「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
 一人、蚊帳の外に置かれていた悠人が慌てて口を挟む。
 「一体何を・・・」
 「すぐ解ると言ったろ」
 ピシャリと言い放つと、闘護は光陰と今日子を見た。
 「では・・・始めてくれ」
 「ええ・・・って、なんだか変な感じよね。“始めてくれ”って言われて始めるのって」
 今日子が苦笑する。
 「だな」
 光陰も肩を竦める。
 「・・・」
 悠人は目を点にしながら呆然としている。
 「ま、とにかく・・・じゃあ、俺から行くぜ」
 光陰は今日子を真っ直ぐ見つめた。
 「今日子・・・俺は、お前が好きだ」
 「!?」
 突然の光陰の告白に、悠人は驚愕する。
 「お前の気持ちを教えてくれ」
 「うん・・・」
 今日子はゆっくりと頷くと、真っ直ぐ光陰を見つめた。
 「あたしは光陰・・・あなたが好き」
 「!!?」
 突然の今日子の告白に、悠人はまたも驚愕する。
 しかし、今日子はそのまま悠人の方を向き直る。
 「悠・・・」
 「な、何だ?」
 「あたし・・・悠のことが好き」
 「!!!?」
 今度は飛び上がる悠人。
 「悠・・・悠はどうなの?」
 「えっ・・・えぇっ!?」
 「悠人。お前は今日子のことをどう思ってるんだ?」
 光陰が問いただす。
 「お、俺が・・・今日子のことを・・・ど、どう思ってるって・・・」
 「正直に答えて」
 今日子がゆっくりと、しかしハッキリとした口調で問いただす。
 「しょ、正直にったって・・・」
 「・・・悠にとって、あたしは何?」
 「きょ、今日子は・・・その・・・」
 固唾を呑んで悠人の回答を待つ今日子と光陰。
 闘護は黙って三人を見つめていた。
 「えっと・・・」
 「悠」
 「悠人」
 「うっ・・・」
 二人に気圧されて、悠人は後退る。
 「と、闘護・・・」
 悠人はすがるように振り返って闘護を見た。
 「逃げるなよ」
 その時、黙っていた闘護がゆっくりと口を開いた。
 「と、闘護・・・」
 「そろそろ答えを出そうぜ・・・ずっと一緒にいたんだ。考える時間はタップリあったはずだぞ」
 「・・・」
 「二人は答えを出した。残りはお前だけだ」
 闘護はそう言って二人を見た。
 【・・・】
 二人とも真剣な眼差しで悠人を見つめている。
 「それとも、お前は二人の真剣な想いを受け止めずに逃げるのか?」
 「・・・」
 「もう一度言う・・・ちゃんと、答えろ」
 「こ、答えろったって・・・」
 「今のお前の気持ち・・・岬君をどう思ってるのか、言葉にすればいい」
 「・・・」
 悠人は振り返って今日子を見る。
 「きょ、今日子・・・」
 「・・・」
 「お、俺は・・・」
 「・・・」
 「その・・・俺、は・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 沈黙してしまう悠人。
 今日子はジッと悠人の次の言葉を待ち続ける。
 『い、いきなりそんなこと言われたって・・・お、俺にとって今日子は、幼なじみだ・・・そ、そう、思ってたんだ、から・・・』
 「・・・お、おさな・・なじみだって・・」
 「・・・それだけ?」
 「そ、それだけって・・・」
 「幼なじみ・・・それだけなの?」
 「・・・」
 沈黙する悠人。
 「・・・そっか」
 今日子は小さくため息をつくと、苦笑した。
 「なぁんだ。幼なじみか・・・アハ、それだけかぁ・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 悠人も光陰も、無論闘護も黙って今日子を見つめる。
 「そっかぁ・・・そうだよね。悠とあたしは幼なじみ。それだけなんだよね」
 「きょ・・・」
 「えへへ。安心した」
 悠人の言葉を遮るように今日子は笑った。
 「うん。これで・・・あたし・・・あれ?」
 ポロ・・・
 「あれ・・・おかしいなぁ・・・なん、で・・・」
 ポロポロ・・・
 「今日子・・・」
 「岬君・・・」
 「じゃ、じゃあね・・・」
 バタン
 そう言うなり、今日子は三人に背を向けて部屋から飛び出した。
 「今日子!!」
 バタン
 光陰がすぐに今日子を追って飛び出す。
 「あ、ちょ・・・」
 ガシッ!!
 慌てて二人を追いかけようとした悠人の肩を闘護が掴む。
 「と、闘護・・・」
 「お前に追いかける資格はない」
 「だ、だけど・・・」
 「岬君は光陰に任せろ。お前の出る幕じゃない」
 「・・・」
 「お前がするべきことは終わった。もう休め」
 そう言って闘護は悠人の肩を離すとそのままドアへ向かった。
 「と、闘護!!」
 「ん?」
 ドアノブに手をかけたまま、闘護は振り返った。
 「どうして二人は・・・こんなことを?」
 「・・・」
 『ここまで来て・・・』
 悠人の問いに、闘護は渋い表情を浮かべた。
 「闘護?」
 「・・・知るか」
 バタン!!
 そう言い残して、闘護は部屋から出て行った。
 「・・・」
 一人、残された悠人は呆然とする。


─同日、夜
 第一詰め所近くの森

 タッタッタッ・・・ザッ
 「はぁはぁはぁ・・・」
 漸く立ち止まった今日子は、木の幹に額をつけた。
 「・・・アハ」
 小さく、力無く笑う。
 「アハハ・・・アハハハ・・・」
 ザッ
 「今日子・・・」
 「・・・光陰」
 振り返った今日子の目には涙が溢れていた。
 「ホント・・・ヤになっちゃうよ・・・」
 「・・・」
 「あたし・・・あた、し・・・」
 「今日子!」
 ガシッ
 「こ、光陰・・・」
 「泣きたかったら・・・我慢するな」
 「う・・・うぅ・・・うわぁあああああ!!」


 「っぐ・・ぐすっ・・・」
 「・・・落ち着いたか?」
 「うん・・・ごめん、光陰」
 「・・・はは」
 小さく笑い出す光陰。
 「・・な、何よ?」
 「いや・・・今日子が妙に女らしく見えてさ。ついおかしくなっちまった」
 「・・・」
 今日子は恨みがましい眼差しを光陰に向ける。
 「・・・悪い」
 「・・・バカ」
 ファサッ・・・
 今日子は再び光陰の胸に顔を埋める。
 「・・・ねぇ」
 「ん?」
 「あたし・・・悠が好き」
 「・・・知ってるよ」
 「でも、光陰も好き」
 「・・・」
 「こんなあたしでも・・・アンタは・・・好きなの?悠のことを忘れられないあたしが・・・」
 「俺は、そういう今日子が好きなんだ」
 ガシッ・・
 強く抱きしめる光陰。
 「こう・・・いん・・・」
 「好きだ・・・今日子」
 「・・・あたし、も・・・光陰が、好き・・・」
 体を離し、見つめ合う二人。
 そして、二人の唇が近づいていき・・・

 「・・・」
 『とりあえず、これでこっちは大丈夫・・・だな』
 その様子を、離れたところで隠れてみてた闘護は安堵の息をついた。
 『二人とも吹っ切れたみたいだし、これで・・・』
 「おい、闘護」
 「!?」
 突然呼びかけられ、闘護は身を竦ませた。
 「そこにいるんだろ」
 そっと様子を窺うと、光陰が真っ直ぐ闘護の方を向いていた。
 「・・・気付いてたのか?」
 闘護は観念して姿を現した。
 「いや・・・今、気がついた」
 「そうか・・・って、勘かよ!?」
 闘護の突っ込みに、光陰は肩を竦める。
 「お前のことだから、様子を見に来ると思って適当に言ってみたんだが・・・」
 「お前なぁ・・・」
 「・・・どこから見てたの?」
 今日子が恐る恐る尋ねる。
 「告白したところから」
 「それじゃあ、あたしが泣いてたのは・・・」
 「・・・泣いてたのか?」
 「ああ、そりゃあもう」
 聞き返す闘護に、光陰がコクコク頷く。
 「こ、光陰!!」
 「へぇ・・・見てみたかったな」
 「っ!!」
 今日子は真っ赤な顔で闘護を睨んだ。
 「ま、それはともかく・・・」
 闘護は肩を竦めると、二人に歩み寄った。
 「どうやら、お互い吹っ切れたみたいだな」
 「・・・さて、な」
 「・・・」
 とぼける光陰と真っ赤な顔で黙り込む今日子。
 「ってことは、だ・・・」
 闘護は小さく笑った。
 「俺の仕事は終わったな」
 「そうだな」
 「ええ・・・それじゃあ」
 今日子はスタスタと闘護に歩み寄った。
 「神坂君」
 「ん・・・」
 二人は見つめ合い・・・
 パシィーン!!
 今日子の平手打ちを左頬に受けて、闘護は僅かに右に仰け反った。
 「闘護」
 「ああ」
 光陰が、すぐに体勢を整えた闘護に歩み寄る。
 バキィ!!
 「がっ!!」
 ドサッ!!
 光陰の拳を右頬に受けて、闘護は景気よく吹っ飛んだ。
 「ハァ・・・スッキリした」
 「これで、今までの分はチャラな」
 今日子と光陰は清々しそうに言った。
 「いつつ・・・そいつは、よかった」
 闘護はムクリと起きあがると、殴られた頬をさすった。
 「そう言えば、悠人には殴られてないのか?」
 「悠人に殴られる義務はないな」
 「どうしてよ?」
 「・・・あの鈍感、君達の告白の理由を聞いてきたんだよ」
 【・・・】
 「じゃあ、俺は帰るよ」
 闘護はそう言って二人に背を向けた。
 「待って!!」
 「ん?どうした、岬君」
 闘護は立ち止まって首だけを向けた。
 「その・・・ありがと、闘護」
 「・・・」
 闘護は目を丸くする。
 「悠や光陰、それに他のみんなもそう呼んでるんでしょ。あたしも名前で呼ぶからね」
 「・・いいよ」
 闘護は小さく笑った。
 「じゃあ、闘護。アンタもあたしのこと“今日子”って呼んでよ」
 「わかった」
 「それじゃあ、お休み」
 「お休み、闘護」
 「ああ」
 闘護が去っていき、その場には光陰と今日子が残る。
 「・・・アイツに借りが出来たな」
 「そうね・・・」
 二人は肩を寄せ合いながら呟いた。


─聖ヨト暦332年 スフの月 黒 五つの日 朝
 第一詰め所、食堂

 「あ・・・」
 食堂に入った悠人は、既に席に着いていた光陰と今日子の二人と視線があった。
 「よう」
 「おはよ、悠」
 「あ、ああ・・・おはよう」
 妙に明るい二人の様子に、悠人は面食らってしまう。
 「どうした、悠人?」
 「い、いや・・別に・・」

 結局、悠人はそのまま深く追及できなかった。


─同日、昼
 ラキオス城、城内

 悠人、光陰、今日子はレスティーナに呼び出されて謁見の間へ向かった。
 その途中・・・

 「よう、闘護」
 廊下を歩いていた闘護を見つけた光陰が声をかけた。
 「おう」
 振り返った闘護は手を振った。
 「お前も呼ばれたのか」
 「ああ。というか、俺が君達を呼ぶように進言したんだ」
 「あたし達を?どうして?」
 「今後の処遇について・・・わかるだろ」
 闘護はニヤリと笑った。
 「成る程・・・」
 光陰は納得したように頷く。
 「どういうこと?」
 「俺と今日子が今後どうするかってことだろ?」
 「そうだ。なぁ、悠人」
 「・・・」
 「悠人?」
 「・・あ、ああ」
 悠人は慌てて頷く。
 「何をボケッとしてる?」
 「わ、悪い・・・」
 「ったく・・・」
 闘護は肩を竦めた。
 「シャキッとしろ、シャキッと!」
 バン!
 「っと・・!?」
 背中を叩かれ、悠人は前につんのめる。
 「な、何するんだよ!?」
 「これぐらいでふらつくなよ」
 「“闘護”の言う通りよ。悠、ちょっとたるんでるんじゃないの?」
 「・・・へ?」
 今日子の言葉に、悠人は目を丸くした。
 「どうした、悠人?」
 光陰が問いかける。
 「今日子・・・お前、今“闘護”って・・・」
 「ええ、言ったわよ。それがどうしたの?」
 今日子が呆れたように言う。
 「どうしたって・・・」
 「“今日子”が俺を“闘護”と呼んで何か問題があるのか?」
 闘護が尋ねる。
 「べ、別に・・って“今日子”!?」
 素っ頓狂な声を上げる悠人。
 「何で闘護が・・・」
 「“闘護”があたしを“今日子”と呼んでおかしいの?」
 「そ、それは・・・おかしくは・・・ないけど・・・」
 「だったら、それでいいじゃない」
 今日子はそう言うと、闘護と光陰に視線を向けた。
 「行くわよ」
 「ああ」
 「おう」
 「・・・」
 呆然とする悠人をおいて、三人は歩き出した。
 「・・・あ・・ま、待ってくれよ」
 少しして我に返った悠人は、慌てて三人を追いかける。


─同日、昼
 謁見の間

 「キョウコ殿。コウイン殿。二人をユートを隊長とするスピリット隊に正式配属します。私にとって、この大地の未来の為に戦う者は、全て同志です。過去の出来事は未来への礎として、同じ道を歩みましょう」
 レスティーナは歓迎の表情で言った。
 「俺達は悠人達と同じ目的だ。帝国の、秋月瞬の手から、佳織ちゃんを取り戻す。そして元の世界に帰る。それが達成されるように、そっちが協力してくれる。それなら俺らも全力で戦うぜ。レスティーナ」
 「こら、光陰!女王様を呼び捨てなんて」
 嗜める今日子に、レスティーナは笑顔で首を振った。
 「よいのです。キョウコ殿も、私にとっては客人です。レスティーナとお呼び下さい」
 「偉い人ってのは、そういうの気にしないんだよ。呼び方なんてのは、本質を見失わせるだけの物に過ぎないって事がよく解っているんだな」
 「確かに・・・そうかもな」
 光陰の言葉に闘護が同意する。
 「それなら遠慮なくね。アタシも堅苦しいのは苦手だからさ」
 さっきまでの態度はどこへ行ったのか、今日子はサッパリした口調で言った。
 「レスティーナ、私も同じ。帝国がどうとかじゃない。佳織ちゃんを助けて、悠達と帰ること。その為ならば、なんでもするから。こき使ってよね」
 「二人とも、俺の部下って扱いになるけど、文句は言わないようにな。特に今日子!」
 悠人がビシリと指摘する。
 「言わないわよ!何でそこで私に振るかな」
 「ふむ、今日子だと言いそうだからだろ?」
 「一言多い!!」
 バシッ!!
 見事に光陰の脳天にハリセンが炸裂する。
 「いてっ!お前なぁ・・・ここを何処だと思っているんだよ!」
 レスティーナも目を丸くする。
 「ああ、彼らの掛け合いは気にしないでくれ」
 闘護がフォローする。
 「ふふふ・・・三人は仲が良くていいですね。そのあなた達のチームワークに期待しています」
 レスティーナは微笑む。
 「いよいよ帝国との直接対決となります。新しいエトランジェの力に期待します」
 「正直言って、俺と闘護だけじゃちょっと帝国と戦うのはキツかったんだよ。コイツらがいてくれれば随分楽になると思う。これから大変だけど、よろしくな。二人とも!」
 「ああ。こっちこそよろしく頼むぜ、悠人」
 「まーかせなさいって!悠こそアタシの足、引っ張らないでよ?」
 頷く二人。
 「さてと。じゃあ、編成について話したいんだが・・・提案がある」
 闘護が挙手した。
 「何です?」
 「実は、スピリット隊副長の役職を光陰にゆずりたい」
 【!?】
 闘護の言葉に、レスティーナをはじめ、悠人、光陰、今日子は目を丸くした。
 「どうしてですか?」
 「やはり、副長も前線で指揮を執れないと駄目だ。俺は、自由に前線とラキオスを行き来できない。だが、光陰ならばエトランジェだから可能だ。それに・・・」
 闘護は光陰を見た。
 「彼は、マロリガンのスピリット隊を統率していた。リーダーとしての能力・・・個の力はもちろん、采配、知謀等は兼ね備えている。副長としての職務を十分にこなせるだろう」
 「では、トーゴ。あなたはどうするのです?」
 「俺は参謀にまわる」
 「参謀・・・ですか?」
 「前線で指揮を執るのは悠人や光陰に任せて、俺は内務や作戦立案に力を入れる。その方がいいと思うんだ」
 闘護はレスティーナに視線を向けた。
 「どうだろう?」
 「では、トーゴは戦場には出ないということですか?」
 「いいや、出る時もあるよ。ただ、前線・・・というか、最前線の戦場で指揮を執るのは、悠人と光陰がメインになって、俺がサブになるということだよ」
 「・・・コウイン殿は、どうですか?」
 「俺は構わないけどさ・・・ラキオスのスピリット達は受け入れてくれるのか?」
 光陰の問いに、闘護は頷いた。
 「説得は俺がやる。レスティーナと悠人が認めてくれれば、可能なんだ」
 闘護はレスティーナ、次いで悠人を見た。
 「どうだろう?」
 「俺は良いけど・・・」
 悠人はそう言ってレスティーナを見た。
 「・・・わかりました。コウイン殿をスピリット隊副長に任命しましょう。トーゴにはスピリット隊参謀を任せます」
 「申し出、受け入れてくれて感謝する」
 闘護は頭を下げた。
 「光陰・・・いいのか?」
 悠人の問いかけに、光陰は肩を竦めた。
 「言っただろ。俺は構わないさ」
 「大丈夫なの、光陰なんかで?」
 「大丈夫だ。光陰を信じろ」
 今日子の問いに、闘護は力強く頷く。
 「しかし、トーゴ。参謀であるということは、今後はラキオスで待機すると?」
 「いや、そんなことはない。おそらく・・・前線に張りつくことになるだろう」
 【?】
 闘護の言葉に、四人は首を傾げる。
 「作戦立案を担当すると言っただろ。部隊編成やどこから攻めるか・・・そういうことを伝える為には、前線に近いところにいる必要がある」
 闘護は光陰を見た。
 「副長をお前に任せたのは、指揮をする人間が戦えないと・・・士気が上がらないんだ」
 そう言った闘護の表情は、微妙に悔しげだった。
 【・・・】
 「っと・・・悪い。嫌みな言い方したな」
 重くなった空気を振り払うように闘護は明るい声で言った。
 「とにかく、そういうわけだ。じゃあ、俺はセリア達の説得をする。悠人、お前はエスペリア達に伝えておいてくれ」
 「あ、ああ・・・」
 悠人がエスペリアの名前を聞いて僅かに眉をひそめたのを、闘護は見逃さなかった。
 『まだ仲直りしてないのか・・・ったく』
 心の中でため息をつく闘護。


 悠人と同等の力を持つこの二人が加わってくれたことは、ラキオスにとっては良いことに違いないだろう。
 しかし、悠人も闘護も本当のところを言えば、光陰も今日子も危ない目にはあって欲しくなかった。
 エトランジェの力は強いとは言え、所詮は人間だし、戦闘になれば怪我もする。
 とはいえ、悠人と闘護の二人では強大な帝国のスピリット達や瞬に対抗するのはかなり厳しい。
 今は、仲間が加わったことに期待と喜びを感じる悠人と闘護であった・・・


─聖ヨト暦332年 スリハの月 青 一つの日 昼
 サーギオス帝国

 「やぁ、佳織・・・ん、何をしているんだ?」
 いつものように佳織の部屋にやってきた瞬は、机に積み上げられた本に首を傾げた。
 「あ・・・」
 佳織は顔を上げた。
 「ええと、歴史を勉強しているんです。この世界がどういう風に出来てきたのか、ちゃんと見てみたくて」
 「佳織は真面目だな」
 瞬はにこやかに笑う。
 「だけど、そんなものはもう必要ない。これからの世界は僕が動かす。僕が歴史を作るんだから。佳織はただ、僕の隣にいればいい」
 「・・・」
 瞬の言葉に、佳織は顔をしかめた。
 そんな様子には気付かず、更に言葉を続ける。
 「今日辺り、ラキオスとマロリガンがどうなったか解る」
 「・・・え?」
 ラキオスに反応して、佳織が顔を上げる。
 それを正面から見ながら、瞬はニヤニヤと笑った。
 「さぁ、どうなってるかな。アイツが死ぬか、それとも碧達が死ぬか・・・」
 「・・・」
 佳織はキッと睨み付ける。
 それが面白くなくて、瞬は顔をしかめた。
 「いい加減目を覚ませ。アイツらは運命に遊ばれるだけの弱者だぞ!」
 「お兄ちゃんは弱くありません!今日ちゃんも、それから碧先輩も!」
 「さて、どうかな・・・」
 コンコン
 「シュン様、失礼いたします!」
 兵士が入ってくる。
 「どうした?」
 「ラキオス、マロリガンの戦争が終結しました」
 「!!!」
 瞬は佳織の顔をチラリと見る。
 それからニヤリと笑って先を促した。
 「どうなった?」
 「マロリガンは壊滅・・・エトランジェは生き残り、ラキオスに運ばれた、とのことです」
 「あ・・・」
 「なんだと!?」
 兵士の報告に、佳織の顔が輝く。
 対照的に、瞬の顔は怒りに染まった。
 「あいつらは殺し合っていたはずだろう!それなのに何で、全員生き残っているんだ!!」
 「え・・・は、はぁ・・・私はこう伝えられただけですので・・・」
 「チィッ・・もういい、下がれっ!!」
 「は、はっ!」
 瞬の怒りに恐れのようなものを浮かべたまま、兵士は部屋を出ていった。
 「良かった・・・みんな、生きてる・・・」
 「くそっ!これじゃ、佳織の目を覚ましてあげられないじゃないか・・・アイツらめ・・・!!」
 瞬は悔しそうに叫ぶ。
 「まぁいい。弱い奴らが寄り集まっただけだ。ククク・・・全員まとめて殺してやる・・・!!」
 「・・・」
 「佳織をたぶらかしてた奴らはみんな僕が・・・待ってるんだよ、佳織。そうしたらきっと目が覚めるから」
 狂気に染まる声が耳を打つ。
 その顔を見るのが辛くて、佳織は目を逸らした。
 戦う理由、それが頭の中でグルグルと回る。
 「全部、私のせい・・・?」
 「佳織が気にすることは何もないさ。アイツら・・・あんな奴らの為に心の一欠片すら動かす理由はないんだ。そう・・・佳織は僕の為に生きればいいんだから・・・」
 「・・・っ」
 自分が戦う理由になっている。
 佳織には、そのことがよく解った。
 「どうすれば、いいのかな・・・」
 自分のすべき事。
 それが解らず、佳織は思い悩むのだった。





 聖ヨト暦332年 スフの月
 戦力を失ったマロリガンは、ラキオスに和議を申し入れた。
 形としてはそうだが、事実上の降伏である。
 戦いの中、新たに得た二人の仲間。
 【空虚】の今日子と【因果】の光陰。
 悠人と闘護にとって、これ以上ないほど心強い二人だ。
 後は帝国・・・瞬を倒して、佳織を助け出すだけだった。

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