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─聖ヨト暦332年 スフの月 黒 一つの日 夕方
 ラキオス城下町

 「ふぅー、これがラキオス名物のヨフアルかぁ」
 今日子はヨフアルを手に持ち頬張る。
 「やっぱマロリガンに比べると、ヨーロッパみたいで洒落てるね、ラキオスは」
 悠人は今日子と光陰を連れて城下町に来ている。

 マロリガンとの戦いが終わり、ラキオスへ戻った悠人達は、その合間を縫って、悠人は光陰と今日子を街へ連れ出したのだ。
 かつては敵であった二人に対し、処刑を求める声も少なくはなかったが、悠人と闘護の提案と本人達の申し出もあり、ラキオスのスピリット隊に配属する方向で説得が行われていた。
 ちなみに闘護はその頃、城で文官、武官達への説得をしていた。

 『やっぱり、国によって違うんだな・・・』
 二人の様子を見て悠人は思った。
 二人はマロリガンと砂漠周辺しか見ていなかったからか、北方の小国の風景は珍しいらしく、随分と楽しんでいるようだった。
 特に今日子は、昔からヨーロッパに行きたいと言い続けていただけのことはあり、ラキオスの風景に興奮している。
 「マロリガンは砂漠地方ってノリを残していたからな」
 光陰は今日子とは違い、はしゃぐことなくガラス瓶に入ったネネジュースを飲んでいた。
 「この国は本当にヨーロッパっぽいな。服装もそうだし。マロリガンの辺りは、砂漠だけあって、やっぱり中東のイメージだよな」
 「んぐっ・・・そうそう。料理も辛い物ばっかりだったしね。あたし達の世界とそんなに違わないもんなんだね」
 口に残ったヨフアルを呑み込んでそう言った。
 「ねぇ、悠。なんかジロジロ見られている見たいなんだけど」
 辺りをチラリと見ながら、そう小声で呟く。
 悠人がラキオスのエトランジェであることは、もうかなりの人間が知っている。
 そして今日子達も永遠神剣を腰に下げている。
 目を引くのも当然だった。
 「ま、俺達はエトランジェだからな。そりゃ目立つだろ?こんなデカイ物抱えてりゃな」
 「・・・それでも、なんか感じ悪い!」
 今日子は不機嫌そうに呟いた。
 「仕方ないさ。俺達は、この世界の人間から見たら化け物みたいなもんなんだから」
 光陰は肩を竦めた
 「この国でもそうなんだ・・・」
 「レスティーナのお陰で、今は随分とマシになったけどな。それでも、俺達ってその気になれば一人で街一つ壊せるくらいなんだぜ?みんなが怖がるのも無理ないさ」
 悠人はそう言って首を振った。
 「そんなことはいいからさ。もっと色々な所案内するよ」
 「悠人、スピリットの館に行ってみたいぞ」
 今度は光陰が小声で俺に囁く。
 「気になっている娘がいるんだ!」
 目を光らせる光陰。
 『大体言いたいことは解る・・・ターゲットは明らかにオルファだ。それ以外は考えられない』
 呆れる悠人。
 「光陰?あんた何を考えているのよ?」
 訝しげに光陰を見つめる今日子。
 「いや、別にな。悠人が世話になっているスピリット達に挨拶しときたいだけさ。なぁ、悠人」
 肩を抱き、同意を求めてくる。
 『コイツは本当に懲りないヤツだ』
 「ま、いいけどさ。今日子はどうなんだ?」
 「うん。確かに悠の世話してくれているスピリット達には興味があるなぁ」
 「よし、行こう。すぐ行こう!決定〜っ」
 やたらと張り切る光陰。
 『この浮かれようを見ていると、何となくオルファの危機を感じるけど・・・』
 「・・・ま、仕方ないか」
 『ともかく、二人が来たがっている以上、止めても無駄だな』
 悠人は長年のつきあいからなる諦めを持って、素直に案内した。


─同日、夕方
 第一詰め所

 館の前まで来ると、二人の期待が目に見えて解る。
 『ったく・・・』
 悠人はため息をつくと、ノブに手を伸ばした。
 ガチャ
 「ユート様。お帰りなさいませ」
 リビングの方からエスペリアが声をかけてくる。
 「・・・ユート様って」
 今日子が何か疑わしいといった目で悠人を見つめる。
 「な、なんだよっ。お前だって、あっちの国でキョーコ様って言われていたろ?」
 何となく焦る悠人。
 『これまで佳織以外の女の子がこの館に踏み入れたことがなかっただけに、何か見られてはいけない物を見せているような・・・』
 心の中で変なことを考える。
 「あ、よくいらっしゃいました。キョーコ様、コウイン様。どうぞ、こちらへ」

 リビングで一息つく。
 テーブルの上には、エスペリア手作りのお菓子とお茶。
 素朴だが飛びきり美味いお茶に、今日子は感動していた。
 一通りのもてなしが終わって、エスペリアは改めて、二人に挨拶する。
 「キョーコ様。コウイン様。私、ラキオスのスピリット、エスペリアと申します。以後、お見知りおきを」
 「えっ・・・あ、と・・・う、うん。あ、アタシは岬今日子。よろしくね、エスペリア」
 柔らかな物腰で挨拶をするエスペリアに、今日子は虚をつかれたようだった。
 「お菓子もお茶も本当に美味しいよ。一流店にぜんっぜん負けてないわ」
 握手を求める今日子に、エスペリアはチラリと悠人の方を向く。
 『多分、スピリットが人と握手して良いのかって聞いてるんだろうな。だったら・・・』
 悠人はコクリと頷く。
 エスペリアの顔は輝き、今日子の右手を両手で包み込む。
 「よろしくお願いいたします」
 「俺は碧光陰。知っているとは思うが、マロリガンでエトランジェをやっていた。よろしくな」
 続いて光陰が小さく手を挙げた。
 「はい。お二人ともユート様のご友人です。私にとっても、主人のような存在です。何なりとお申し付け下さいませ」
 そう言って深々と頭を下げる。
 『いつも通りの態度・・・だけど、口調が少し冷たい気がする・・・』
 悠人は違和感を感じ、小さく眉をひそめる。
 「それでは、失礼します」
 エスペリアは頭を下げて台所へ行った。
 「・・・ちょっと、悠・・・」
 エスペリアが去って、今日子がジロリと悠人を睨んだ。
 『ん?』
 「なんだよ」
 「なんか、ただならぬものを感じるんだけど?一体ここで、どんな生活を送ってんのよ、アンタは!」
 「べ、別に何でもねーよ。今日子が何を想像しているのか知らないけど。至って普通の生活だ。寮みたいなもんだって」
 「・・・信じられないわね。こ〜んな美人と一緒に生活しているなんて。しかも御主人様だって」
 「そんなこと言ってないだろ?勝手に作るな」
 悠人と今日子がそんなやりとりをしている時だった。
 「あ、パパ」
 ヒョッコリとドアの隙間からオルファリルが顔を覗かせた。
 「あ、オルファ」
 「お帰りなさい、パパ」
 オルファリルはトコトコと悠人の側に駆け寄る。
 「パパ・・・?」
 オルファリルの悠人の呼び方に、今日子が眉をひそめる。
 「あれ?このお姉ちゃんとお兄ちゃん・・・」
 「こんにちわ」
 光陰がオルファリルに生暖かい笑みを向けた。
 「パパ。この人達って・・・」
 「・・・はっ!!」
 瞬間、今日子は我に返ったように顔を上げると、悠人を睨んだ。
 「ちょ、ちょっと!ちょっと来なさい、悠っ!!」
 今日子は我に返ると、悠人の耳を掴んだ。
 「いてててててて、耳引っ張るな」
 「パパ!」
 「ごめんね!ちょっとコイツ貸してね。すぐに戻すから。ね?」
 手を合わせて拝む仕草。
 「でも・・・」
 「大丈夫。すぐだから。ね?」
 「うん、わかった。それまでエスペリアお姉ちゃんのお手伝いしてくるから」
 パタパタと台所にかけていくオルファリル。
 光陰の、何か生暖かい視線がオルファリルの一挙一動を監視している。
 「やれやれ」
 悠人は呆れた様子で首を振った。
 「やれやれ、じゃないっつーの!」
 グィッ!!
 「いでっ!」
 今日子がまたも悠人の耳を急激に引っ張る。
 「なにすんだよ!」
 「パパって何よ。さぁ〜、一体どういう事なのか、このお姉さんに説明してご覧なさい?」
 今日子がジロリを悠人の目を覗き込む。
 『目が据わっている・・・ヤバイ・・』
 「おい、誤解だって!オルファがパパって呼ぶのは癖で、別に本当の父親ってわけじゃねーって!第一、佳織の友達だぞ、オルファは」
 冷や汗を額に浮かべつつ、悠人は必死で言い訳をする。
 「ほんと〜?・・・どうも信用できないんだけど」
 「本当だっつーの!!」
 『ああもう!どうすれば信じてくれるんだろう!?』
 疑い深い今日子に悠人は懊悩する。
 『大体、今日子はいつもそうなんだよな。元の世界でもそうだ。勝手に突っ込んできて、勝手に失敗して、勝手に怒り出す・・・』
 「殴られる俺の身にもなれっていうんだよなぁ・・・まったく、このガサツさは少し直した方が良いんじゃないか?」
 ピクンッ!
 今日子の眉が跳ね上がる。
 「・・ゆ・・・ゆ・・・」
 怒りのオーラが部屋を充満していく。
 『あ・・・ヤバイ・・・』
 悠人はマナが危険領域に達するのを感じた。
 『っていうか、何で怒ってるんだろう・・・?』
 「・・・あ、今、口に出してたか」
 深く納得する悠人。
 「このアホんだらーーーーーっっ!!!」
 ズッドーーーーン!!


─同日、夜
 悠人の部屋

 「ん・・・」
 「パパ、大丈夫?」
 オルファリルが悠人の顔を心配そうに覗き込む。
 「オ、オルファ・・・あ、あれ、俺・・・?」
 『俺・・・ベッドに寝てる。何で、だ?』
 「お加減はいかがでしょうか。身体の方はもう大丈夫だと思いますけれど」
 隣に座るエスペリアは、癒しの力を使い続けている。
 「エスペリア・・」
 ボンヤリと輝く掌を離し、エスペリアは一息つく。
 いつも通りの柔らかな笑みだ。
 「ああ・・・多分、もう大丈夫・・・だけど」
 『イマイチ記憶がはっきりしない。酷い目にあった気はする・・・けど、なんでだろう?』
 「パパ、凄かったんだよ。ドーンって雷が飛んできて、だーんってパパが吹き飛んで・・最後は、壁にバーンって!エスペリアお姉ちゃんが心配して大変だったんだよ?」
 オルファリルがジェスチャーを交えて説明をしてくれる。
 『どうも俺は、雷に打たれた後、ハリセンで吹き飛ばされたあげく、壁に叩きつけられたのか・・・道理で背中が軋むわけだ。よく死ななかったなぁ、俺・・・』
 エスペリアがゆっくりと席を立つ。
 ずっと癒しの力を使っていた為か、疲れが顔に表れていた。
 「もうお体は大丈夫だと思います。少々、お休みなった方がいいかと思います。もう夜遅くですし・・」
 「え?でもオルファ、今日はパパをずっと看病したいよぉ・・・」
 「ダメです。オルファが横にいたら、ユート様も眠れないでしょう?それに、あなたは明日の朝にランサへ行くでしょう?」
 「そっか・・・そうだよね」
 エスペリアに窘められ、オルファリルは小さく頷く。
 「パパ、それじゃまた明日ね」
 カチャ
 エスペリアとオルファリルが部屋の外に出て行く。
 「ふぅ〜〜」
 既に時は夜になっていた。
 マナの光が部屋に差し込む。
 カチャ・・・
 『あれ?エスペリアかな?』
 「忘れ物・・・って今日子か」
 今日子がやたらとしおらしく部屋に入ってきた。
 「悠、ご、ごめん。いつもの調子のつもりだったんだけど。なんだか大変なことになっちゃって」
 今日子は入り口の所でモジモジと立ち止まっている。
 『何だ?いつもなら部屋に乗り込んでくるのに・・・』
 「なんだよ。反省なんかして、気持ち悪いな。今日子って感じがしないぞ」
 反省という言葉に、程遠い存在である今日子が、こんなに落ち込んでいるのは珍しい。
 悠人はベッドから上半身を起こす。
 エスペリアの力によって、もう身体の痛みは何もない。
 『むしろ、倒れる前より良くなってるな』
 身体に問題がないことを確認すると、ベッドから起きあがり、部屋の中央にあるテーブルの所に行く。
 そこにはエスペリアが用意してくれた、ポットがある。
 カップが二つ用意されているのは、こんな事態を予想してのことだろうか。
 両方のカップに注ぐと、甘い香りが立ち上る。
 「今日子も座れよ。はい、お茶」
 「うん、ありがと」
 今日子はカップを持ち、悠人が今まで寝ていたベッドに座る。
 『なんだか様子がおかしいな・・・俺が受けたダメージの大きさに、流石に驚いたのか?いや、それにしても少し変だ』
 俯いてカップの水面を見つめ続けている今日子。
 「そういえば、光陰はどうしたんだ?アイツって今下にいるのか?」
 「ううん。光陰は、さっき女王様に呼ばれたみたい。朝方になるって言ってた・・・」
 「そっか」
 『多分、マロリガン側の情報関係だろうな・・・』
 納得する悠人。
 『そうか、今日は光陰は戻ってこないのか』
 部屋の中は静かだった。
 もうエスペリア達も、さっさと休んでしまったのか、物音は一つもない。
 僅かな風で窓が揺れる音と、無言でお茶を啜る音。
 室内の音はそれしかない。
 そのせいか、二人は変な緊張感に包まれていた。
 「・・・ね、悠・・・あ、あのさ・・・あたし・・・」
 「ん・・・?」
 「・・・あはは。なんでもない、なんでもない・・・」
 何か言おうとして口を開きかけては、途中で止める。
 『何か、今日子らしくないな・・・』
 小さく首を傾げる悠人。
 「ふぅ・・・」
 「・・・今日子」
 「な、なに?」
 ビクッ、と大袈裟に反応する今日子
 『ますますおかしい・・・』
 「お前もしかして、何か悩み事でもあるんじゃないか?」
 「・・・!!・・・はぁ〜・・・悠に心配されるようじゃ、あたしもまだまだよね」
 「おっ、珍しく素直だよな〜。本当に悩んでたのか。よし!今日子にいつも相談に乗ってもらってたもんな。俺でよければ相談してくれよ」
 「・・・なんかさぁ、あたしヤな事ってずっと憶えてるのよね」
 「ヤな事?」
 「ま、よーするに、剣に使われてた時のことなんだけどね・・・」
 「・・・」
 「あたしさぁ、あの時のことなーんか細かく憶えてんのよ。悠と戦ったことも・・・違う国のスピリットと戦ったことも」
 そこまで言った今日子は、フゥ・・・と一旦言葉を切って、ベッドに仰向けになる。
 いつもの今日子とはほど遠い、小さく弱々しい喋り方。
 『何というか、奇妙な感覚がする。現実味が薄い・・・というか、不思議な感じだ』
 少しだけ心臓の鼓動が早くなっていることを悠人は感じていた。
 「それがね・・・剣がやったからって言うには、凄く生々しくあたしの中に残ってるのよね・・・」
 今日子は悠人を見た。
 「ね、悠・・・」
 「・・ん?」
 「アンタさ・・・初めてスピリットを斬った時、どう思った?」
 「・・・なっ、なんだよ・・・それ!?」
 「あ、あはははは・・・ごめん、変な質問しちゃって・・・」
 突然訳のわからないことを口走る今日子。
 『本当に今日子は変だ・・・剣の影響はもうないはずなのに、どうしちまったんだ?しかも、こんな時に限って光陰の奴がいないし・・・』
 「今日子・・・さっきからちょっとお前、おかしいぞ?」
 「・・・そう。おかしいんだよ、あたし」
 いつもと同じ今日子の声。
 だが、何かが違う。
 『何か、深い暗さというか重い感じがする』
 「あたしさ・・何か、おかしいんだよ。戦ってる時、楽しくてさぁ・・・剣振ってる時なんて凄い興奮しちゃってた」
 淡々と喋る今日子。
 かえってそれが痛々しく聞こえて、悠人は口を挟めなかった。
 「初めてスピリットを斬った時・・・凄く、気持ちよかったんだ・・・ふふっ」
 影の落ちた、暗い笑い方をする今日子。
 「あたしさ・・・変態の殺人鬼、みたいなもんだよ・・スピリットを沢山斬り殺して・・・悠も一杯傷つけて・・・それで、気持ちよかった・・・って言ってるんだもん」
 右腕で顔を隠し、涙を流す今日子。
 無理矢理言葉を絞り出すその姿が痛々しい。
 「違う!!」
 「・・・!!」
 悠人は思わず叫んでしまった。
 『でも違う・・・今日子はそんな奴じゃない!!』
 悠人は頭を振った。
 「・・・あのさ、確かに今日子も俺も、それに光陰だってもう立派な人殺しかもしれない。剣で何かを切った時に気持ちよく感じるのは俺だって同じだ・・・何となく解る。それが、永遠神剣の力なんだ。それに・・・戦わなきゃ俺達が死んでたってのも、解る。平和な国で人を殺すのは犯罪だと思う。でも・・・戦わないと殺されるような国に、俺達はいるんだ」
 『自分の覚悟・・・いや、自分を誤魔化す為の言葉、か。くそ・・・上手く、言えない・・・』
 悠人は心の中に生まれた迷いを隠すように言葉を紡いだ。
 「・・・で、でもさ、悠・・・」
 「・・・俺は、死にたくないんだ。それに今俺が死んだりしたら、佳織が悲しむと思う・・・だから、俺は戦う。戦って・・・元の世界に、絶対帰ってやる」
 「・・悠・・・」
 「・・・確かに、人殺しは許される事じゃないとは思う。でも・・・それでも俺は死ぬわけにはいかない。戦わなきゃ殺されるんならおれは戦う。わけわかんないところで、訳わかんないまま殺されるなんて俺は絶対にイヤだ!」
 悠人は拳を握りしめた。
 「それに、今佳織を助けられるのは俺だけなんだ。俺は・・・佳織を救い出して、元の世界に帰りたい・・・!!」
 「・・・」
 「せっかくテストあれだけ頑張って、掃除当番やらずに済んだのに、こっちで殺されるなんて嫌だろ?な!今日子。お前だって元の世界に帰りたいよな?」
 「そりゃあ、あたしだって・・・」
 「あ・・・でも、そうだな。落ち着くまで休むのもいいんじゃないか?俺と光陰は戦うからさ。今日子は気持ちの整理を優先させとけよ。早く佳織を救い出してみんなで帰れるように、俺も頑張るからさ」
 悠人はそう言ってニヤリと─無理に─笑った。
 『今日子が戦ってくれる方が有り難い。けど、無理矢理戦わせたくないんだ。そんなの・・・神剣と同じだ』
 悠人がそう思っていると、今日子は泣きはらした顔のまま、こちらをキョトンと見ていた。
 「・・・すごいね、悠は」
 「な、なんだよ、いきなり?」
 「だってさ、こんなワケわかんない状況なのに、ちゃーんと元の世界のことまで考えてるんだもんね・・・大したもんだよ、ホント・・」
 そう言って涙を流す今日子。
 『さっきまでの暗い顔をして流してた涙と、今流している涙は、何か違う・・・』
 漠然と悠人は思った。
 「ねぇ、悠」
 「ん?」
 「アンタさぁ・・・あたしと戦ってる時、どうだった?
 「どうって・・・そりゃ、いやだったよ」
 今日子の瞳に、一瞬だが後悔、罪悪感、そして惑い。
 様々な感情が浮かんで消えていった。
 そして、やけに穏やかな顔をする。
 「・・・あたしはね、ちょっと違ったんだ。悠と戦える・・・うん、悠を自分の手で傷つけることが、楽しかった」
 「へ・・・?」
 『穏やかな顔をして何を言っているのか、コイツは?やっぱり、根っから凶暴なのだろうか・・・?』
 今日子の言葉に、悠人は眉をひそめる。
 「あ〜もう、ホントやだ。あたしってばもっとサッパリした性格のつもりだったのに、実際は全然違ったのよね・・・」
 「なんの話だよ?それ」
 「・・・」
 悠人の言葉を聞いていないのか、返事をする様子がない。
 『うーん・・何だ、今日の今日子は?なんだか普通の女の子みたいだ。普段のガサツでいい加減で力強いイメージがないぞ』
 困惑する悠人。
 「悠さぁ・・・Hしたこと、ある?」
 「!?」
 『突然何を言い出すんだ、コイツは!』
 見慣れた今日子の聞き慣れないセリフに、悠人は少し息苦しくなったような気がした。
 「あたし、したことない。なんかさ、初めての時って・・・結構痛いんだって」
 「・・・」
 『どう反応しろってんだ?』
 突然振られた生々しい話題に、悠人は一瞬思考が停止してしまった。
 「あたしって・・・ホントは痛いの、凄い苦手なのよね・・・だからなるべくなら、そういう思いはしたくない。でも・・・なんかず〜っと、痛い思いをしないようにして過ごしてて、痛いってどういうことかわかんなくなっちゃった」
 悠人の目から視線を逸らすことなく、話し続ける今日子。
 『なんだか、こちらから目を逸らすわけにはいかない雰囲気だ』
 「今日子・・・」
 「ホント・・バカなの、あたし」
 ゴクリ・・・
 目を伏せて苦笑する今日子の顔が、やけに大人っぽく見えて、悠人は思わず唾を飲み込んでしまう。
 「だから、悠・・・あたしにさ・・・痛いっていうことを思い出させてよ・・・」
 心臓が跳ね上がる。
 『俺だって、この流れで今の言葉の意味がわからないほど鈍感じゃない、けど・・・』
 「そ、そんなことしなくたっていいだろ!?俺は、今日子が無事だったら、それでいいんだ」
 「あはは・・・優しいね、悠。でも、それじゃあたしの気が済まないんだってば。なんかこれって卑怯だって解ってるけど・・・このままじゃ、悠と話すのにも遠慮しちゃう。そんなのイヤ・・・」
 少し潤んだ大きな瞳。
 普段とは違う、あまりにも弱い姿。
 『なんだ・・・?どうしてこうなった・・・?心臓が強く鼓動を刻み、その音が外に聞こえそうだ・・・』
 「悠、さ・・・あたしのこと、嫌い?」
 ベッドの今日子に、悠人は吸い寄せられる気がした。

 その時だった。

 コンコン
 【!!!】
 突然のノックの音。
 「おい、悠人。いるか?」
 「と、闘護!?」
 「か、神坂君!?」
 「おっと、岬君もいたのか。ちょうどいい。話があるんだけど・・・入っていいか?」
 「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
 慌てて身を起こす今日子と悠人。
 「い、いいぞ」
 「い、いいわよ」
 ガチャリ
 「失礼するよ」
 闘護が入ってくる。
 「な、何か用か?」
 焦りが抜けないのか、悠人は裏返った声で尋ねる。
 「光陰と岬君の今後についてだが・・・とりあえず、第一詰め所に住むことになった」
 闘護は今日子を見た。
 「いいかい?」
 「え、ええ・・・わかったわ」
 「光陰には、さっきこっちに来る途中で会ったから、その時に言っておいたよ」
 「そ、そうか・・・」
 「あ、あの!!わ、私戻るからね」
 「きょ、今日子」
 「部屋割りはもう決まってるの?」
 「エスペリアが空いてる部屋を使っていいって言ったから・・・」
 「そうか」
 「じゃ、じゃあね」
 バタン
 今日子は慌てて部屋から出て行った。
 それを見届けると、闘護は悠人の方を振り返った。
 「報告はそれだけだから」
 「あ、ああ・・・」
 「じゃ、お休み」
 ガチャリ
 闘護はそう言い残して部屋から出ていった。
 「・・・」
 『な、何だったんだ・・・?』

 バタン・・・
 悠人の部屋から出た闘護は、早速扉が閉じたばかりの部屋を見つめる。
 「・・・」
 そして、ゆっくりと歩いていき・・・
 コンコン
 「・・・はい」
 「神坂だけど・・・ちょっと、いいかな?」
 カチャ・・・
 「何よ・・・?」
 今日子は扉を少しだけ開け、隙間から窺うように覗き込む。
 「少し話があるんだけど・・・」
 「話・・・?」
 「そう。あまり他の人に聞かれたくないんでね・・・外で、話させてもらえないか?」
 「・・・」
 今日子は無言で訝しげに闘護を見つめる。
 「どうしても・・・話したいんだがなぁ」
 闘護は困ったように頭を掻いた。
 「・・・いいわよ」
 しばし考えて、今日子は頷く。


─同日、夜
 第一詰め所近くの森

 「雲一つない・・・月が綺麗だねぇ」
 闘護は空を見上げた。
 「・・・話って何?」
 後ろに突っ立っている今日子が尋ねた。
 「・・・さっきさ」
 闘護は振り返る。
 「悠人と二人で・・・何を話してたの?」
 「!あ、アンタに関係ないでしょ!!」
 「悠人に迫ってただろ」
 「!!!」
 今日子は目を見開いた。
 「あ、アンタ・・・聞いてたの?」
 「ああ」
 「ど、どこから・・・?」
 「悠人に謝ってた所・・・というより、君が入ってすぐ俺も悠人の部屋を尋ねたんだ」
 「・・・」
 「君が悠人に迫った時に入ったのは、もちろんわざとだ。解ってるかもしれないけど」
 「・・・なんで」
 「ん?」
 「何で・・・邪魔したのよ?」
 「したかったから」
 「!!」
 「君が悠人に迫った・・・悠人がその誘惑に乗りかけた・・・だろ?」
 闘護はニヤリと笑った。
 「だから、邪魔をした」
 「だ、だから何で邪魔をしたのよ!?」
 「したかったからって言ってるだろ?」
 「ふざけないで!!」
 今日子は詰め寄る。
 「これは私と悠人の問題よ。アンタに関係ないでしょ!!」
 「そうでもない」
 「ど、どうしてよ!?」
 「悠人はスピリット隊の隊長だ。悠人が動揺すると、部下にしわ寄せが来る」
 「・・・」
 「ふぅ・・・」
 無言の今日子に対し、闘護は肩を竦めた。
 「悠人に甘えるな」
 「なっ・・!?」
 「君がどんな気持ちで悠人に迫ったかは・・・全部聞いた。その上で言わせてもらう」
 闘護はジロリと今日子を睨んだ。
 「甘ったれるな」
 「!!あ、アンタにそんなことを言われる筋合いはないわ!!」
 「・・・だったら、何故光陰に甘えない?」
 「!!!」
 闘護の言葉に、今日子は雷に打たれたように震えた。
 「何故光陰に甘えない?何故光陰に相談しない?」
 「そ、それは・・・」
 「何故悠人に甘える?光陰に甘えない?」
 「・・・」
 「君は光陰と付き合っていた・・・と、俺は思ってた。だが、今回の行動は・・・」
 「アンタには関係ない・・・」
 「・・・確かに、他人の恋愛感情に口を出すのは野暮だな」
 「・・・」
 「じゃあ、本題に入ろう」
 闘護は真剣な顔つきになる。
 「今の悠人は精神的にかなり参ってる・・・佳織ちゃんのことだけじゃない」
 「アセリア・・・って子のこと?」
 「・・・それは俺にも原因があるな」
 闘護は苦い表情で唇を噛んだ。
 「意識が剣に乗っ取られたって・・・」
 「・・・それだけじゃない」
 「えっ・・・?」
 「表面に出てない分だけで、実際は考えなければならないことが沢山ある」
 『オルファやウルカ・・・レスティーナ・・・レムリアのこともあるだろうし、出てる分ではエスペリアのことも・・・』
 闘護は拳を握りしめる。
 「・・・神坂君?」
 闘護の様子に今日子は眉をひそめた。
 「あ、いや・・・とにかく、悠人はいろんな事で頭がいっぱいなんだ」
 「・・・」
 「だから、これ以上あいつの悩みを増やしたくない・・・」
 「・・・私が相談したら、悠は迷惑なの?」
 今日子は震える口調で尋ねる。
 「アセリア達は頼る者が悠人しかいない。だが、君には光陰がいる」
 「・・・」
 「悠人しか頼れる者がいないのなら構わない・・・が、悠人以外に頼れる者がいるなら、そちらを頼って欲しい。隊長に負担をかけるのはこれ以上避けたいんだ」
 「・・・」
 「・・・何故、光陰を頼らない?」
 闘護の再度の問いかけに、今日子は空を見上げて呟いた。
 「これ以上、光陰に迷惑をかけたくないから・・・」
 「迷惑?」
 「こっちの世界に来てからさ。光陰、あたしのためにずっと頑張ってくれた・・・なのに、あたしは何も光陰にしてやれない」
 今日子は闘護を見た。
 その表情には申し訳なさと悔しさが浮かんでいる。
 「だから・・・あたしは、光陰に頼らないの。それに・・・」
 「それに?」
 「これ以上、光陰に頼ったら・・・あたしは、あたしを許せなくなる」
 「・・・」
 「だから、せめて何か罰を受けるまで・・・」
 「罰?」
 闘護は眉をひそめた。
 「聞いてたんでしょ・・・私、痛みがなんなのか・・・わかんなくなったの」
 「・・・」
 「だから、もう一度・・・痛みって何なのか思い出したくて・・・」
 「・・・ふざけるな」
 「!?」
 「なんだよそれ・・・じゃあ、何だ?自分を傷つけるために悠人に抱かれる、ということか?はっ!!」
 闘護は怒りの表情を今日子に向ける。
 「何様のつもりだ?」
 「・・・」
 「なるほど。確かに悠人ならば迫られたら拒めないかもな。なんだかんだ言って、そういうことには優柔不断で甘い。流される可能性は十分ある」
 馬鹿馬鹿しそうに笑う。
 「・・・」
 「だがな」
 闘護はジロリと怒気のこもった視線で今日子を睨んだ。
 「そういう気持ちでそういうことをするべきだと思うか?」
 「・・・」
 「それは、傷の舐め合いだ。何の解決にもなりはしない!!」
 「・・・アンタに」
 「ん?」
 「アンタにアタシの気持ちなんて解るわけないわ!!」
 「ああ、わからないね。人の好意に甘えるばかりの人間の考えなんて、わかりたくも無い」
 「!!!」
 怒りに絶句する今日子。
 「今後も同じような気持ちで悠人に迫ってみろ。絶対に邪魔をしてやる」
 悠人は吐き捨てるように言った。
 「っ!!」
 今日子は闘護に背を向けると、逃げ出すように走り出した。
 「・・・」
 『言い過ぎた・・・か』
 闘護は頭を掻いた。
 『頭に血が上ってしまった・・・けど、これは容認できない』
 「あんな気持ちでセックスなんてしたら、後悔するのがオチだと思うし・・・」
 小さくため息をつき、空を見上げた。
 『だが、こうなったらやるところまでやるしかないな。そうじゃないと無責任だ』
 「・・・殴られるのは、覚悟しないとな」


─聖ヨト暦332年 スフの月 黒 二つの日 朝
 第一詰め所

 「ごちそうさま・・・」
 「キョーコ様、お茶は・・・」
 「いらない」
 今日子はエスペリアの勧めを断って立ち上がると、食堂から出ていった。
 「・・・どうなされたのでしょうか?」
 エスペリアが呟いた。
 「酷く元気がないようですが・・・」
 「さ、さぁ・・・?」
 悠人は慌てた口調で答えた。
 「・・・」
 エスペリアは納得いかない様子で首を傾げた。
 「そ、それよりオルファは・・・?」
 悠人が話を変えると、エスペリアは一瞬眉をひそめたが、すぐに真面目な表情に戻った。
 「オルファですか?オルファは朝早くにランサへ向かいました」
 「ランサに?」
 「はい」
 「そ、そうか・・・」
 「コウイン様とキョーコ様には既に挨拶をしていますから、ご安心ください」
 そう言って、エスペリアは一礼すると台所へ行った。
 「・・・」
 『少し口調が硬いというか・・・怒ってるのかな?』
 一人になった悠人は首を傾げた。


─同日、昼
 ラキオス城

 ガチャリ・・・
 「ふぅ・・・」
 廊下に出た光陰は、疲れたように息をついた。
 「よう、光陰」
 「あれ?闘護」
 その時、前方から闘護が近づいてきた。
 「随分と長引いたみたいだな」
 「ああ、漸く終わったよ」
 「そうか・・・これから帰るのか?」
 「ああ」
 「ちょうどいい。じゃあ、外まで一緒に行こう」
 「いいぜ」
 二人は並んで歩き出す。
 「マロリガンの今後はどうなるのかな?」
 闘護が尋ねた。
 「多分、最高議会は廃止されるんじゃないのかな」
 「・・・話によると、最高議会は完全な世襲制らしいね」
 「ああ。新しい風を吹き込む為にも、最高議会は廃止する意向みたいだな、女王は」
 「そうか・・・」
 「ところで、お前は何しに来たんだ?」
 「ん?」
 「こんな話をしに来たのか?」
 「もちろん、そうじゃないよ」
 「じゃあ、何だ?」
 「夕方、第一詰め所近くの森で待ち合わせられないか?」
 「・・・別にいいけど。今じゃないのか?」
 「疲れてるだろ。暫く休んでからでいいよ」
 「そうか・・・わかった。夕方だな」
 「ああ。じゃあな」
 「ああ」


─同日、夕方
 第一詰め所近くの森

 「・・・遅いな」
 闘護は空を見上げた。
 既に夕焼けの色に染まっている。
 「・・・闘護」
 「ん?」
 声のした方を見ると、光陰が突っ立っている。
 「おう、光陰」
 「・・・」
 光陰は無言闘護を見つめる。
 その表情には静かな怒りが浮かんでいた。
 「どうしたんだ?そんな怖い顔をして」
 闘護は冷静に尋ねる。
 「お前に聞きたいことがある」
 「何だ?」
 光陰はゆっくりと闘護に近づいた。
 「今日子に・・・何をしたんだ?」
 「話をしただけだ」
 「話?」
 「ああ」
 闘護は肩を竦めた。
 「岬君がどうかしたのか?」
 「・・・俺と目を合わせようとしない」
 「ふーん」
 「・・・何の話をしたんだ?」
 「岬君は悠人とどう接していた?」
 「俺の質問に・・」
 「どう接していたか、聞いているんだ」
 光陰の言葉を遮るように闘護は言った。
 「俺がお前を呼び出したのは、お前の質問に答える為じゃない。俺がお前に質問する為だ」
 「・・・」
 厳しい表情で睨む光陰に、闘護は苦笑する。
 「心配するな。ちゃんと質問には答えるさ・・・ただ、先に俺の質問に答えてくれ」
 「・・・よそよそしかったよ」
 「成る程」
 「今度は俺の質問に答えろ」
 「いいよ」
 闘護は軽い口調で言った。
 「昨日の晩、岬君が悠人に迫ったから、邪魔して説教した」
 「!!」
 「じゃあ、次は俺の質問だが・・・」
 「闘護!!」
 ガシィッ!!
 光陰は闘護の胸ぐらを掴み上げた。
 「てめぇ・・・何のつもりだ!?」
 「何のつもり・・だと?」
 闘護はジロリと睨んだ。
 「それは俺のセリフだよ」
 バシッ!!
 闘護は光陰の腕を乱暴に払いのけた。
 「何故、岬君を助けない?」
 「何ぃっ!?」
 「彼女は苦しんでるようだ。悠人に迫ったのは、その苦しみを悠人に癒して欲しい・・・いや」
 闘護は暗い笑みを浮かべた。
 「お互いに傷の舐め合いをしたかったんだろうな」
 「・・・」
 「幸い、直前に俺が邪魔をしたが・・・もし俺がいなかったらどうなってたんだろうねぇ?」
 「闘護・・・お前・・・」
 「どうした、光陰?」
 「今日子と・・・悠人の・・・邪魔を・・・?」
 「そうだ」
 「何で・・・」
 「悠人に甘えようとしたから」
 「!」
 「ただでさえ、悠人は背負ってるものが多い・・・これ以上、余計なものを背負わせたくなかったんだよ」
 「よ、けい・・な・・・だと?」
 「ああ。余計なものだ」
 「闘護!!」

 ガシィッ!!

 「・・・何の真似だ」
 「てめぇ・・・」
 闘護は光陰の拳を易々と受け止めていた。
 「今日子の苦しみが・・・余計なものだってのか!?」
 「どうして悠人に甘えるんだ?」
 「何ぃ!?」
 「お前がいるのに・・・どうして悠人に甘えるんだ、彼女は?」
 「・・・」
 「どうして、お前に甘えないんだ?」
 闘護の言葉に、光陰の拳から力が抜けていく。
 「なぁ、光陰・・・どうしてなんだ?」
 「それは・・・今日子が・・・」
 「悠人を好きだから、か?」
 「・・・」
 「沈黙、ね・・・まぁ、それはいい。恋愛感情をとやかく言う気はないんだ」
 闘護は肩を竦めた。
 「だけどね・・・悠人に甘えるのは邪魔をするよ」
 「・・・闘護」
 「お前に甘えればいいのに、悠人に甘える・・・好き嫌いは別にして、だ。今の悠人は背負っているものが多い。さっきも言ったようにね。解るだろ?」
 「・・・佳織ちゃん・・・」
 「他にもあるね」
 「アセリアって子のこと・・・だろ」
 「まだまだあるなぁ」
 「・・・」
 「わからない?だったら答えを言おう」
 闘護はニヤリと笑った。
 「はっきり言うと、第一詰め所のメンバー全員」
 『プラス、レスティーナ』
 心の中で付け加える。
 「要するにだ・・・今の悠人には余裕が少なすぎる。これ以上、背負うものが増えると潰れるよ」
 「・・・」
 「そういう時、仲間は助けてやるべきだよな・・・違うかい?」
 「それは・・・」
 「佳織ちゃんはともかく、アセリア達は悠人にしかおぶされない。だが岬君は、悠人だけじゃない。お前にだっておぶされるだろ」
 「・・・」
 「だったら、お前が背負え」
 「・・・そうしてきたつもりだ・・・」
 「つもり、だろ?つもり」
 「・・・」
 「ちっともそうなってないんだよ。彼女はお前ではなく悠人に頼った・・・それがその証拠だ」
 「・・・」
 「口ばかりじゃお話にならない。ちゃんと行動しろよ」
 「・・・」
 「はっきり言って、彼女が悠人に迫るのはスピリット隊副長として甚だ迷惑だ。悠人の心を惑わさないように・・・」
 「いい加減に・・・」
 「ん?」
 「いい加減にしろっ!!」

 ガシィッ!!

 「だからさぁ・・・何の真似だよ?」
 突き出された拳を受け止めながら、闘護は尋ねる。
 「人の心の中に土足で踏み込んでくるな!!」
 光陰は怒りの表情で闘護を睨み付けた。
 「だったら、踏み込まれないようにしろよ」
 「何だと!?」
 「いいか。俺はラキオス王国スピリット隊副長として、隊長が困ったことにならないように行動してるんだよ。はっきり言うと・・・」
 闘護は心底バカにしたように嗤った。
 「お前や岬君の気持ちなんて知った事じゃないんだ」
 「!!!!」
 怒りで絶句する光陰。
 「お前達が隊の和を乱すような真似をするなら・・・俺は何処までも邪魔をしてやる」
 バシッ!!
 受け止めていた拳を叩く。
 「絶対に、な」
 「っ!!!」
 光陰は怒りの表情で背を向けるとそのまま走り去った。
 「・・・」
 一人残った闘護は肩を竦める。
 『ちょっとやりすぎたか・・・いや、まだまだ、これからだ・・・』
 闘護は首を振った。
 『もう少し二人に揺さぶりをかけて・・・ケリを付けさせないと』
 「まだ、殴られるには早すぎるよ」


─同日、夜
 闘護の部屋

 闘護は食事を終え、部屋で書類をまとめていた。

 コンコン
 「はーい?」
 「トーゴ様、セリアとハリオンです」
 ドアの向こうからセリアの声が聞こえた。
 「おう、どうした?」
 「少しお話が・・・入ってよろしいでしょうか?」
 「いいよ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 「しますね〜」
 扉が開き、セリアとハリオンが入ってきた。
 「二人とも、どうしたんだい?」
 闘護は書類から目を上げた。
 「実は、マロリガン共和国のエトランジェの処遇についてですが・・・」
 「光陰と岬君のこと?」
 「はい。第一詰め所に住むことになったんですよねぇ〜?」
 「ああ。こっちは人が多いからね。向こうは少ないし、それに悠人の側にいた方がいいと思ったんだ」
 『まさかこんな事になるとは思わなかったけど』
 心の中で付け足す。
 「トーゴ様・・・彼らは信用できるのですか?」
 セリアは硬い表情で尋ねた。
 「・・・どうして、そう思うんだい?」
 「神剣の支配から逃れられたとはいえ・・・幾度となく我々を襲った二人です」
 「ふむ・・・」
 「いくらユート様とトーゴ様のお知り合いでも、館に住まわせるのは・・・」
 「甘すぎる、かい?」
 「はい・・・」
 「・・・ハリオン、君も同じ意見かい?」
 「セリアほど反対してる訳じゃないですよ〜」
 ハリオンはいつもののんびりした口調で答える。
 「ただ、もしもの時を考えるとちょっと心配で〜」
 「ん〜」
 闘護は頭を掻く。
 「ただねぇ・・・エトランジェである以上、普通に牢獄に放り込んでも意味がないんだよな」
 【・・・】
 「それに、光陰はどうやら神剣の強制力に耐えられるらしい」
 「ええっ!?」
 闘護の言葉に、セリアが唖然とする。
 「あらあら、それじゃあトーゴ様と同じですか〜?」
 「俺とはちょっと違うと思うけど・・・ま、どちらにせよ強制力が効かないから、自由に動けるのは間違いないね」
 「な、ならば尚更・・・」
 「あの二人については俺に任せてくれ」
 セリアの言葉を遮るように闘護は言った。
 「ま、任せるとは・・・?」
 「ちょっとな・・・あの二人を放っておけないんだよ」
 「それは、二人がラキオスの敵、ということですか・・・?」
 「いや、違う」
 「では、何ですか〜?」
 「どうも、あの二人は・・・微妙にすれ違ってるようだ」
 【すれ違い?】
 「それをどうにかしないと、悠人にまで影響が出てくる」
 【・・・】
 「だからしばらくの間、俺に任せてくれ」
 「トーゴ様・・・」
 「何か考えがあるんですか〜?」
 「・・・一応、ね」
 「どんな考えですか・・・?」
 「それは秘密だ」
 【・・・】
 「さて・・・」
 闘護は立ち上がった。
 「二人の件は俺が動く。君達は・・・手を出さないで欲しい」
 「・・・私達はお役に立てないのですか?」
 「いや、そういう事じゃないんだ」
 セリアの問いに、闘護は首を振る。
 「俺が蒔いた種なんだ・・・だから、俺はそれを最後まで責任持って面倒を見なくちゃいけない」
 「一人で背負う必要はありませんよ〜」
 「そうもいかない」
 ハリオンの言葉に、闘護は首を振る。
 「どうしてですか〜?」
 「・・・俺は、二人の心を引っかき回すことになる」
 闘護は拳を握りしめた。
 「それは・・・どういうことです、か?」
 「平たく言えば、二人を傷つけるって事だよ」
 【・・・】
 「こんな事を君達に手伝わせるわけにはいかない」
 闘護は二人を見た。
 「だから、絶対に手を出さないで欲しい・・・例えば、俺が二人に殴られたとしても、だ」
 「・・・わかりました。私達は手を出しません〜」
 ハリオンがゆっくりと答えた。
 「ハ、ハリオン!?」
 セリアが驚きの表情でハリオンを見る。
 「トーゴ様はやると仰ってるんですから、私達は見守ることにしましょう〜」
 「で、でも・・・」
 「大丈夫。トーゴ様はちゃんとやり遂げますよ〜。ねぇ、トーゴ様?」
 「ああ」
 ハリオンの問いに、闘護は強く頷く。
 「ほらね〜」
 「・・・」
 「セリア。ハリオンの言う通り、俺は最後までやり遂げる。だから・・・俺を信用してくれ」
 闘護は真剣な表情でセリアを見つめる。
 「わ、わかりました・・・」
 セリアは少し照れた様子で視線を逸らした。
 「ありがとう」
 闘護は頭を下げた。

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