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─聖ヨト暦332年 シーレの月 緑 二つの日 夕方
 マロリガン共和国 首都

 首都マロリガンは混乱の渦の中だった。
 マロリガンを脱出しようとしている人々と、何処に逃げても無駄だと諦めきっている人々が入り交じっている。
 街の中は荒れ、本当に世界の終わりのような光景だった。
 もはや他国のエトランジェが侵入していても、人は誰も気にすることはない。

 「酷いな・・・」
 悠人が周囲を見ながら呟く。
 「だが、好都合だ。俺達の邪魔をしないからな。今のうちに行くぞ」
 「そうだな・・・エーテル変換施設はあそこか」
 空を見ると城の奥の方に、金色の色がはっきりと見える。
 命が消える時に現れる光と、まったく同じものだった。
 夕日と重なり、鮮やかな色の空になっている。
 『美しすぎる空は、世界の終焉を予見するようにも見えるな・・・』
 ふと、悠人は思う。
 キィーン
 「っ!」
 その時、悠人の神剣が振動した。
 「どうした?」
 「ヨーティアからのエーテル通信だ!!」
 悠人は慌てて神剣を引き抜き、刀身に耳を付ける。
 「ヨーティアかっ!?」
 『ユート、生きてるか?』
 「なんとかな」
 『状況は解ってるかい?』
 「ああ・・・何となく、だけどな。なんだか嫌な感じが膨れあがってる。辺りのマナも薄くなってきた気がする・・・臨界が近いな・・・」
 『こちらでも計測している。もう時間は本当にない』
 ヨーティアの声には緊迫した雰囲気があった。
 『いいかい?今から言うことをよく覚えておくんだ。解除暗号が明らかになった。暗号は【トヤーア】』
 「トヤーア・・・」
 「トヤーア?自由か・・・確か、ヨーティアの吸っていた煙草と同じ名前だな」
 闘護が呟く。
 『それにもう一つ悪い知らせだ。スレギトとデオドガンから流れたエーテルと、マロリガンの動力中枢にある動力結晶から算出されたマナ消失現象の効果範囲が予想された』
 ヨーティアはそこで少し言葉を切る。
 『影響範囲は、ほぼ大陸全域。クェドギンの本当の切り札はコレだったんだ。もうここまで来ると、マロリガンの動力中枢を直接止めるしか暴走を食い止める手段はない。とにかく動力中枢に辿り着いてくれ。解除の指示は直接私が出す。今、この大陸の命運を握っているのは、お前だ』
 悠人は西の空をもう一度見据える。
 「いきなり、大陸全体かよ」
 悠人はポツリと呟く。
 「どういうことだ?」
 ヨーティアの会話の聞こえない闘護は尋ねた。
 「マナ消失の影響は大陸全土に及ぶらしい」
 「ということは・・・阻止に失敗したら世界は滅ぶな」
 そう呟いた闘護のこめかみには冷や汗が浮かんでいた。
 『俺達と佳織・・・それに今日子と光陰。そして・・・大陸全体。肩にのしかかるものは決して軽くないな・・・』
 「いきなり世界を救うのはお前だ、って言われてもなぁ・・・」
 悠人は頭を掻く。
 『以前、龍と戦わされた時にも感じた、強い非現実感。でもあの時は自分の命とエスペリア達だけだったのだ。それがいきなり「世界」にスケールアップしている・・・』
 感慨に耽る悠人をおいてヨーティアは続ける。
 『次の通信は、中枢に潜り込んでからだ。悪いが、そっちから連絡を入れてくれ。一度、イオの【理想】に対して思念を飛ばしてくれれば、そのままこちらから折り返す。いいね!』
 言うだけ言って、ヨーティアは通信を打ち切った。
 『どうやってイオに思念を飛ばすのかはよく解らないが、とにかく時間がないことは解る。どうにかしないと、みんな死ぬんだ・・・』
 「逃げることも隠れることも出来ないっていうのは、こういう事か・・・」
 「・・・だな」
 闘護は小さく肩を竦めた。
 「どうしようもないなら、やってみるしかないよな・・・行くぞ、みんなっ!!」


─同日、夕方
 マロリガン共和国 防衛施設

 防衛施設の人間は、ほぼ全員逃げ出した後だった。
 本来は最重要であるはずのエーテル変換施設を守るものですら、既にいなかった。
 それでも警戒を緩めず、悠人達は慎重に奥へと進んでいく。

 「な、なんだ!?」
 悠人は周囲を見回して唖然とする。
 マロリガンにおけるエーテル変換施設の動力中枢は、ラキオスやイースペリアのものとは、明らかに違うものだった。
 「まるで何かの遺跡のようだな。機械の内部とは思えない奇妙な空間だ」
 闘護も眉をひそめていた。
 静寂に満ちた不可思議な空間。
 「ここは・・・一体・・・?ラキオスのやつとは、全然違う・・・」
 悠人はボソリと呟いた。
 『雰囲気が他の施設とは違う・・・何か特別なのか?』
 「ヨーティアなら何か知っているかもしれないな・・・」
 悠人は神剣に耳を付け、意識を集中する。
 イオの神剣【理想】に意識を送る。
 「・・・」
 『これでいいんだろうか?自分では送ったつもりだけど、イマイチ実感がないな・・・』
 迷っている悠人とは裏腹に、闘護達は固唾を呑んで悠人を見つめていた。


 『・・ユート』
 「来た!」
 「ヨーティアか!?」
 闘護の問いに悠人は頷く。
 『よっ、ユート。到着したのかい?まだ何とかこの世は存在しているようだね』
 軽口を叩いてくるヨーティアに、少しだけ悠人の心が軽くなる。
 「マロリガンの施設に侵入した。だけど、どうもおかしな場所なんだ。なんか遺跡みたいな感じで・・・こう・・・」
 悠人は辺りを見回す。
 入った建物の大きさより、遙かに広がりを感じた。

 悠人は事細かに説明する。
 ヨーティアは要領を得ないであろう話を静かに聞き、人と通り終わったところで口を開いた。

 『・・・詳しく説明している時間はないが、それも帝国の失われた技術の一つだ。そんなもんまで持ち出しているとは・・・ね』
 平静を装うとしているが、動揺を隠せていないまま、言葉を続けるヨーティア。
 『よく聞け!その空間は通常の空間とは違う。その中では、特定の振動数を持つ神剣の力を数倍に増幅させる効果がある。適合したスピリットは、凄まじい力を得る。派手な出迎えが待っているから用心が必要って事だ』
 【・・・】
 ヨーティアの言葉を待たず、エスペリア達が厳しい表情で奥を見つめていた。
 『暗闇の向こうに、強大な力が溢れている。おそらくは最終防衛戦を張っているスピリットか・・・』
 「うぅ・・・遠慮したいもんだ・・・でも」
 悠人はゴクリと唾を飲み込む。
 『敵の感覚・・・神剣の気配を隠そうともしていない。おそらく、正面から迎え撃つ気なんだろうな・・・』
 「進むしかないか。残り時間は、後どれくらいある?」
 『後一時間も保たないだろうね。本当にギリギリだ』
 ヨーティアは答える。
 『【求め】を通じて、状況は計測しているからね。何かあったらすぐ連絡してくれよ』
 そこで、言葉を切る。
 『どうにかして・・・クェドギンを、止めてやってくれ』
 不意に飛び出した、大統領の名。
 そこに込められた寂しさに、悠人は少しだけ好奇心を刺激された。
 『二人の間に、過去何かがあったのかな?それを追求する権利は、俺にはないわけだけど・・・今は先に進み、どうにかして暴走を食い止めるだけだ』
 悠人は頭を振り、思考を元に戻す。
 『来るぞ、ユート!本当に危険な連中だから、手を抜かすんじゃないよ!!』
 「大丈夫、解ってるっ!!」


─同日、夕方
 マロリガン共和国 首都

 ジャリッ・・・
 「ふぅ・・・何とか間に合ったみたいだな」
 キョロキョロ・・・
 「ちっ・・・こりゃ、急がないと」


─同日、夕方
 マロリガン エーテル変換施設内

 「なんなんだ、このスピリットは!?まるで獣じゃないか!!」
 闘護が叫ぶ。
 『纏っているマナも異質で、暴走寸前の変換施設に似てる・・・理性は完全に失われ、剣の意志すらも感じないなんて・・・』
 「普通じゃ・・・ない!?」
 隣で荒い息をつく悠人も驚愕の表情を浮かべていた。
 『帝国にはマナ結晶体を使うことで、意図的に神剣を暴走させる技術も研究されてたんだ。ただ・・・スピリットも神剣も、使い捨てになるけどね』
 悠人の頭の中に、ヨーティアの声が響く。
 「スピリットを使い捨てに・・・だって?」
 「何だと?」
 悠人の呟きに、闘護は眉をひそめた。
 『・・・人のやる事じゃないよ』
 ヨーティアの声は怒りに満ちていた。
 『確かに・・・そんなのやっていい事じゃない』
 「そんなことまで・・・」
 悠人は剣を強く握り直した。
 「胸くそが悪いな・・・ちっ!」
 闘護も舌打ちする。
 「ユート様!!敵が来ます!!」
 その時、エスペリアが叫んだ。
 「くそっ・・・!!」
 悠人は苦い表情で剣を構えた。
 「迎え撃つぞ!!」


─同日、夕方
 マロリガン エーテル変換施設内

 タタタ・・・
 「どうやら、大将は最後の勝負に出たみたいだな・・・」
 タタタ・・・
 「間に合ってくれよ・・・」


─同日、夕方
 マロリガン エーテル変換施設内

 「くっ・・・こんな所で足踏みしてる暇はないってのに!!」
 悠人が叫んだ。
 「っ・・・ユート様!!トーゴ様!!」
 その時、エスペリアが二人の前に出た。
 「ここは私達に!!ユート様とトーゴ様は先に動力部へ向かって下さい!!」
 「なっ!?」
 エスペリアの言葉に、悠人が絶句する。
 「今は一刻を争う時です!!何としても、“マナ消失”を止めなければ・・・!!」
 そう叫んだエスペリアの顔には、かつて犯した己の過ちを二度と繰り返してはならないという決意が浮かんでいた。
 「エスペリア・・・」
 「エスペリア殿の言う通りです。ここは我々に任せてお二方は先へ!!」
 ウルカが叫ぶ。
 他のスピリット達も、決意の表情で頷いた。
 「・・・わかった。頼むぞ、みんな」
 悠人はそう言って闘護を見た。
 「行くぞ!!」
 「了解!!」
 二人は駆け出す。


─同日、夕方
 マロリガン共和国 首都近辺の荒れ地

 「・・・うぅ・・・」
 「キョーコ様!!」
 「あ・・・れ・・・?」
 目を開けた今日子の視界には、心配そうに見つめるスピリット達が映った。
 「キョーコ様、私達が見えますか?」
 「あなた達・・・は・・・」
 「私達は稲妻部隊です」
 「いな・・・づま・・・?」
 「はい。私はクォーリン。稲妻部隊の隊長です」
 クォーリンはゆっくりと今日子の身体を起こした。
 「あつっ・・・」
 身じろぎをすると、今日子は僅かに顔をしかめた。
 「だ、大丈夫ですか!?」
 「へ、平気平気」
 心配そうなクォーリンに、今日子は笑顔で言った。
 「それより・・・」
 今日子はマロリガン首都の方角を見つめた。
 「空が・・・」
 「・・・エーテル変換施設が臨界に近づいています」
 「臨界?」
 「はい・・・今、ラキオスのスピリット隊が暴走を止めに・・・」
 「ラキオス・・・じゃあ悠がっ!?」
 今日子の言葉にクォーリンは頷く。
 「こ、こうしちゃいられ・・・」
 ガシッ!
 起きあがろうとする今日子を、クォーリンが押さえつける。
 「ちょ、ちょっと・・・放してよ!」
 「いけません!!そのお体で無理をなさっては!!」
 「だって悠がっ・・・!!」
 「コウイン様が向かいました!!」
 「え・・・?」
 クォーリンの言葉に、今日子は目を丸くする。
 「光陰・・・が?」
 「はい。ですから、待ちましょう・・・」
 「・・・」
 スッ・・・
 今日子の身体から力が抜ける。
 「わかったわ・・・」
 今日子の答えに、クォーリンは小さく頷く。
 「頼んだわよ・・・光陰、悠・・・」


─同日、夕方
 マロリガン エーテル変換施設内

 「はぁはぁ・・・み、みんな。大丈夫・・・?」
 エスペリアは神剣を杖代わりにしながら、周りを見た。
 「はぁはぁ・・・」
 「ふぅふぅ・・・こちらは、大丈夫、です」
 「はぁはぁはぁ・・・疲れたよぉ」
 アセリア、ウルカ、オルファリルが荒い息をついていた。
 「はぁはぁはぁ・・・こちらも全員無事です」
 「で、ですが・・・これ以上は・・・」
 セリアとヒミカは後ろで消耗している仲間達を見た。
 「あうぅぅ・・」
 「も、もう、駄目です・・・」
 「きゅぅううう・・・」
 床にへたり込んで目を回しているネリーとシアーとヘリオン。
 「はぁはぁ・・・治療は終わりましたけど〜・・・疲れましたぁ〜」
 「はぁはぁはぁ・・・休息が、必要、です」
 背中あわせに腰を下ろしているハリオンとナナルゥ。
 「イタタ!お、お姉ちゃん、痛いよ・・・」
 「はぁはぁ・・が、我慢しなさい。もう少しで終わるから・・・」
 荒い息をつきながらニムントールの手当をするファーレーン。
 全員、連戦に次ぐ連戦で満身創痍だった。
 「どうすれば・・・」
 エスペリアは唇を噛み締めた。
 その時・・・
 「おい、大丈夫か?」
 「あ、あなたは・・・!?」


─同日、夕方
 マロリガン エーテル変換施設内

 「はぁ、はぁ・・・」
 「ふぅ、ふぅ・・・」
 悠人と闘護は疲労した身体を引きずりながら、前に進む。
 「はぁ、くっ・・・なんてマナだ。こんなんで、戦えるのか・・・」
 悠人が苦い表情で呟いた。
 マナの力が強く出る為か、傷の治りは普段よりも早い。
 だが、双方の攻撃力も増す為に、怪我そのものが大きくなってしまっていた。
 そして、傷は癒えやすくなるが、気力は回復しない。
 「悠人。神剣の気配は・・・?」
 「どうやら・・・なさそうだ」
 「ってことは・・・」
 「ああ。もうすぐだ・・・もうすぐ中心部に着く」
 『だが、限界は近い。俺自身もそれは同じだ・・・』
 闘護に答えながらも、悠人は疲労困憊の状態であった。
 「くそっ!!」
 『気合い入れろよ、俺!今日子と光陰と約束したんだ・・・必ず生きて帰るって。そして、佳織を助けだしてみせる・・・!!』
 パチン!!
 悠人は自分の頬を引っぱたいた。
 「闘護、行くぞ!!」
 「ああ!!」
 二人は走り出した。


─同日、夜
 変換施設 動力中枢

 巨大なマナ結晶体に神剣が突き刺さっている。
 「これは・・・イースペリアで見たのと同じだ」
 「これが動力中枢・・・か」
 悠人と闘護がゆっくりと呟いた。
 「やはり来たか。いや・・来させられたというべきか」
 クェドギンは、操作盤の前にいた。
 まるで、悠人達が来るのが解っていたように笑う。
 「また会ったな。エトランジェ、【求め】のユート、そしてストレンジャー、カンザカトーゴよ」
 予想以上に冷静な姿。
 『追いつめられてるのに、何でそんなに冷静なんだ・・・?』
 心の中に沸き上がる漠然とした不安。
 悠人は頭を振ってそれを追い出すと、クェドギンを睨んだ。
 「何故、こんな事をする!全てを破壊することになんの意味があるんだ?」
 「お前は、その【求め】に従い、戦いを続けている。義妹を帝国のエトランジェから救う為らしいが・・・その先に何があるのか、解っているのか?」
 「・・・」
 『佳織を救う為の戦い・・・それに迷いはない』
 嘲笑を込めた問いに、悠人は沈黙で答える。
 「・・・いや、解っていないだろうな」
 クェドギンは小さく首を振ると、闘護に視線を向けた。
 「ストレンジャーよ。お前はどうだ?」
 「・・・それは、神剣に従った戦いをすることについてなのか?それとも、レスティーナに従って戦うことについて、か?」
 闘護の問いかけに、クェドギンは一瞬目を丸くし、次いで愉快そうに口元を歪めた。
 「無論、前者だ。後者は既に答えを貰っているからな」
 「・・・」
 闘護は小さく頷く。
 『神剣はマナを求める。マナはこの世界に存在する命そのもの。そして、神剣は全てを殺してマナを奪えという・・・【求め】が言うには、全てを殺してでもという。つまり・・・』
 「世界の破滅・・・」
 「!?」
 闘護の答えに驚愕したのは悠人だった。
 「わかっているのか・・・ならば何故戦う?」
 「世界の破滅は、あくまで運命の一つに過ぎないと思っているからだ」
 闘護はハッキリとした口調で言い切った。
 「俺は運命が一本道だとは思わない。至る所に支流があると思っている。神剣に従い続けた時の運命の到達点は世界の破滅だろうが・・・どこかで、神剣の意志に抗えば到達点は変わると信じている」
 「・・・そうか」
 クェドギンはゆっくりと─安心したように─頷いた。
 「だが・・・今のお前達は所詮、神剣に操られ行動しているに過ぎない。神剣が求めるように・・・神剣が望む世界を築く為に。それはストレンジャー・・・貴様とて、な」
 クェドギンはそう言って二人を睨んだ。
 「俺の敵はお前達などではない。もちろん、帝国ですらない。世界の中心となる神剣そのものだ」
 そう言って、クェドギンは巨大な神剣を見た。
 「この【禍根】はお前達が持つ神剣とは違う。意志を持たない永遠神剣・・・何処で欠落したのか解らぬが、人が持てる唯一の神剣」
 右手に持つ神剣を翳す。
 「人の意志と、剣の意志、どちらが未来を握るのか・・・」
 クェドギンは、左手に持つ大きなマナ結晶を掲げる。
 キィーン!!
 その瞬間、手に持つ【禍根】とマナ結晶が共鳴を始めた。
 高音が空間を支配し、マナ結晶は脈動を始める。
 その背後にある動力結晶も、輝きを増していった。
 『あの小さな結晶に、マナが集中していく!?』
 悠人は驚愕の表情を浮かべて剣を構えた。
 ゴゴゴゴゴ・・・
 あまりのマナの高ぶりに、部屋そのものが大きく震える。
 結晶の色が青から赤色へと変わり、白い輝きを増していく。
 光の中で人の姿が浮かび上がっていった。
 「・・・遠くない未来、この世界は確実に滅びを迎えるだろう。だがそれは永遠神剣の思惑によってなのだ。そんなものが運命だというなら、俺はそれに抗おう!今、人の手で、この世界を消し去ることでな!」
 クェドギンが光の中に消えていく。
 「神剣に生かされて、神剣の思惑通りに生きるなど、あってはならない。俺達は生かされているのではない・・・生きているのだ!!!」
 カッ!!
 光の中、クェドギンは確かに笑ったように見えた。
 少しずつ、その形を崩していく。
 『お前達が勝ったなら、俺の意志を継いでくれ』
 最後に、言葉がイメージとして悠人達に伝わってきた。
 『神剣に抗えと・・・俺達にそう言ってるのか。だけど、ならどうして戦いを選ぶ?協力する道だって、絶対にあっただろうにっ!!』
 「くそっ!!」
 悠人は【求め】の柄を強く握りしめた。
 「恐らく・・・神剣に抗うことが無理だと絶望したんだろうな」
 闘護が苦い表情で呟く。
 「だけど・・・!!」
 「異世界の存在である俺達とは違うから・・・この世界の存在だからこそ、その絶望は計り知れないものだったんだろう・・・納得は出来ないが」
 「くっ・・・」
 歯がみする悠人。
 「悠人・・・俺達が今すべき事は・・・む?」
 「・・どうし・・・ん?」
 さっきまでクェドギンの立っていた場所に、いつの間にか影が一つあった。
 意志無き目をした一人の白いスピリット。
 永遠神剣【禍根】の切っ先をこちらに向けている。
 「あれは・・・っ!」
 『全てを破壊する・・・だと?』
 伝わってきた衝動に、悠人はゴクリと唾を飲み込んだ。
 「勝ったならっていうのは、コイツにか・・・」
 「クェドギンの最後の賭け・・・絶望の残滓、か」
 闘護はそう呟いて構えた。
 『破壊を食い止める為に、スピリットを斬る・・・割り切れないけど、迷っている暇なんて無い』
 「いくぞ!俺は・・・絶対に生き延びてやる!!」
 「ああ!!」
 二人は一気に飛び出した。
 「・・・!!」
 白のスピリットは神剣を二人に向けた。
 ゴォオオオオ!!!!
 【なっ!?】
 その瞬間、光る竜巻が発生して二人に襲いかかる。
 ゾクゥッ!!
 『ぐっ!!悪寒・・・だがっ!!』
 「くっ!!」
 悪寒を振り切り、闘護が悠人よりも前に出て竜巻を受け止めようと両腕を開いた。
 バシュウウウウウウ!!!
 「ぐぅうううっ!!」
 白い煙が闘護の身体から吹き出ていく。
 だが・・・
 シュッ・・・シュシュッ・・・
 「ぐっ・・・!!」
 闘護の身体が所々裂け始める。
 「闘護!!」
 悠人が闘護の横に飛び出した。
 「ゆう、と・・!!」
 「レジスト!!」
 バァアアアアアア!!!
 レジストのオーラが二人を包み込んだ。
 バババババババ!!!
 「うっ・・・オーラが・・・」
 「削られて・・・くっ!!」
 闘護と悠人の呟き通り、悠人の展開したレジストのオーラが光の竜巻と相殺しあって消滅していく。
 「!!」
 白のスピリットは更にマナを高めた。
 ピキピキピキ・・・バーン!!
 均衡が破れ、レジストのオーラがはじけ飛ぶ。
 同時に、光の竜巻も消滅した。
 「ぐぉおお!!」
 「うわぁっ!!」
 ズザザッ
 その衝撃に、悠人と闘護はうめき声を上げるも、地面には倒れずに踏ん張る。
 「はぁはぁ・・・くそっ!!なんて強さだ」
 悠人が悔しそうに叫ぶ。
 「奴の攻撃・・・スピリットの癖に、エトランジェ並みの威力だ」
 闘護の両腕には、所々火傷の様な傷跡があった。
 「二人じゃ・・・辛いな・・・」
 『せめて・・・あと一人、いてくれたら・・・・』
 悠人は唇をかむ。
 「・・・」
 イオはゆっくりと神剣を構えた。
 「っ!来るぞ!!」
 悠人は【求め】を構えた。
 「ちっ!!」
 闘護も構えた。
 「・・・」
 イオは神剣を振り上げた。
 「!!」
 そして振り下ろした瞬間・・・
 バアアアア!!!
 二人の周囲が光りだす。
 「くっ!!またこの技か!?」
 「くそっ!!」
 光は二人を包み込んでいき・・・
 バァン!!!
 「・・・あれ?」
 闘護は目を丸くした。
 「これは・・・?」
 悠人も、突然の変化に困惑する。
 二人を覆っていた光が消え、代わりに緑色の薄い膜が二人を包み込んでいた。
 「おいおい、何やってんだよ」
 そして、二人の後方から聞こえる声。
 「おい・・・」
 「・・・まさか!?」
 二人は同時に振り向く。

 「よぉ・・・助けは必要か?」

 そこには、巨大な剣を担ぎながら不敵に笑っている男・・・
 【光陰!!】
 「間に合ったみたいだな」
 その男―光陰は二人の下へ駆け寄った。
 「そんなに動いて、大丈夫なのか!?」
 悠人の心配に、光陰はニヤリと笑った。
 「当たり前だろ。あの程度でどうにかなる俺じゃないぜ」
 「その割に、悠人との一騎打ちが終わった直後は随分とヘロヘロになってたが?」
 闘護が突っ込む。
 「ま、あの時はな。けど、もう大丈夫だ」
 光陰はそう言ってイオを見た。
 「あれが、大将の慣れ果てか・・・」
 表情に陰りを覗かせて呟く。
 「・・・ああ」
 悠人が頷く。
 「悪いが・・・感傷に浸る暇はないぞ」
 闘護が言った。
 イオは、新たに現れた光陰を敵とみなしたらしく、神剣を構える。
 「わかってるよ」
 光陰は肩をすくめると、【因果】を構えた。
 光陰の身体から立ち上るオーラは、さっきの戦いでの傷を感じさせない。
 「岬君はどうした?」
 「大丈夫、アイツも無事さ・・・俺よりは傷が深いがな」
 そう言ってニヤリと笑う。
 「まぁ、じゃじゃ馬姫にはちょうどいいお仕置きだぜ」
 「・・・よかった。本当によかった」
 心底安堵する悠人。
 「ったく・・・剣の精神を殺すなんてな。とんでもないことを考えつくぜ」
 そう言って、光陰は闘護に視線を向けた。
 「さて・・・」
 その視線に、闘護は肩を竦める。
 「それに、いくら治療したり、俺や闘護のフォローがあったとはいえ、今日子をあそこまで追いつめるとはな・・・普段、ボンヤリしているが、たまに俺の予想を大きく超えていくな、悠人は」
 光陰は悠人に視線を向けた。
 「なんだよ、それ。今、そんなこと言ってられるなんて、随分余裕あるじゃないか」
 「それはお互い様だ」
 悠人と光陰は、不敵に微笑みあう。
 『バカ剣、もう【因果】にちょっかい出すなよ!!』
 〔【因果】は戦いを放棄した。【空虚】もだ。我々が争う理由は、今はない。我の敵は、今や【誓い】のみ〕
 「後は、暴走を止めるだけだ」
 悠人は剣を構えた。
 「ああ」
 光陰が剣を構えながら悠人の左に並ぶ。
 「そうだな」
 闘護が戦闘態勢を整えて悠人の右に並ぶ。
 『闘護と光陰がいる・・・それだけで、何だか不安が消えていく・・・』
 白いスピリットは眼前に迫っている。
 『危機は続いているはずなのに、何とかなるんじゃないのかな』
 不思議と、悠人の心の中に安心と自信が生まれてくる。
 「・・・佳織を助ける為に、ここで負けるわけにはいかない。頼んでいいか、二人とも」
 「勿論だ」
 闘護は即答する。
 「俺は、お前から奪い取らなくちゃならないモノもある・・・決着は元の世界で付けるとしよう」
 そう言って光陰はニヤリと笑う。
 「今は佳織ちゃんの為にも、悠人の面倒見てやるさ」
 「ぬかせ」
 つられて悠人も笑みを浮かべた。
 「戦力は揃ったな」
 闘護も不敵に笑っていた。
 「ああ。二人とも、行くぞ!!」
 ダッ!!
 悠人の叫びと同時に、三人は飛び出した。
 「!!!」
 イオは神剣魔法を発動させる。
 バァアアア!!!
 三人の周囲が光りだす。 
 「任せろ!!」
 闘護が二人の前に躍り出た。
 「うぉおおおお!!!」
 そして、両手を広げてマナの竜巻を受け止める。
 バシュウウウウウ!!
 竜巻が闘護の両手の中で少しずつ小さくなっていく。
 「ふ、二人とも・・・行けっ!!」
 【!!】
 闘護の言葉に押されるように、二人は飛び出した。
 「・・・」
 それを見たイオは神剣を構えると、一気に二人に向かって飛び出す。
 そして、悠人と光陰の距離があと十メートルに迫ったところで、イオと悠人はそれぞれ神剣を振り上げた。
 「させるか!!」
 その時、悠人が減速し、光陰が加速する。
 「うぉおお!!」
 イオとの距離を一気に縮めた光陰は、イオの前に躍り出ると、【因果】を振り上げた。
 「!!」
 イオは、光陰に向かって一気に神剣を振り下ろす。
 【因果】と【禍根】はそのまま交錯して・・・
 ガキーン!!!
 二人の神剣が凄まじい音を立てて止まる。
 「ぐっ!!!」
 「!?」
 己の一撃を止められたイオは硬直した。
 その刹那、光陰の後ろから悠人が飛び出す。
 「!?」
 悠人の姿が視界に入った為か、イオの意識が光陰から離れた。
 「むんっ!!」
 ガィン!!
 その隙に、光陰は受け止めていたイオの神剣を頭上に弾き、そのまましゃがみ込む。
 「!」
 神剣を弾かれたイオは、万歳した状態になる。
 「でやぁあああ!!!」
 そこへ、悠人は【求め】を振り下ろした。

 ズバァアッ!!

 「・・・ぁ・・・」
 イオは、小さなうめき声を上げた。
 【求め】は、イオの左肩から右腰にかけて、袈裟懸けに斬ったのだ。
 ドサッ・・・
 イオは万歳のまま後ろに仰向けになって倒れた。
 「はぁはぁはぁ・・・」
 ガッ・・
 悠人は【求め】を地面につく。
 「やった・・・か」
 しゃがみ込んでいる闘護は顔を上げた。
 「・・・」
 シュゥゥゥ・・・・
 イオの体が金色に輝き、蒸発していく。
 「・・・」
 光陰は無言でその様子をじっと見つめていた。
 そして、ついにイオの体は完全に蒸発して消滅した。
 【・・・】
 三人は、しばらくその様を見て沈黙した。
 『クェドギンは人に扱える唯一の神剣と言っていたが・・・これで本当に、扱えたことになるのだろうか?』
 そう考えて、悠人は首を振った。
 『わからない・・・だけど、今は』
 無言のまま結晶体の操作盤の前に立つ。
 闘護と光陰も悠人に続いて操作盤の前に出た。
 「ヨーティア、全部終わったよ。解除方法を教えてくれ」
 悠人はイオの【理想】へと意志を飛ばす。
 『・・・』
 だが、沈黙が帰るだけでヨーティアの声はない。
 『まさか、こんな重要な時に使えなくなったのか!?』
 「ヨーティア、どうした?何かあったのか?」
 再び少しの沈黙があって、やっと返事が返ってきた。
 『・・・そうか。よくやったよ、ユート。だが、まだ終わりじゃない。時間がないから手早くいくよ』
 『・・・何だか沈んでいるみたいだけど・・・?』
 首を傾げる悠人。
 「どうした、悠人?」
 「い、いや・・・なんでもない」
 闘護の問いかけに慌てて返答する悠人。
 しかし、心の中ではヨーティアの態度に対する疑問が消えなかった。
 『普段の快活なヨーティアからは想像も出来ない。何かから目を背けようしてるみたいだ・・・』

 ヨーティアの指示に従い、悠人、闘護、光陰は操作盤を操作していく。

 シュオン
 「ふぅ・・・」
 悠人が額に浮かんだ汗を拭う。
 「よし。最後は暗号を入れて解除するんだな」
 闘護が操作盤に手を置いた。
 「ヨーティア、何とか、最後まで来たぞ」
 『うん。何とか時間内だな。後は暗号を入れて解除すれば、圧縮されたマナは元に戻り拡散する』
 「わかった」
 『暗号は『ラスフォルト』だ』
 「『ラスフォルト』?この前に言っていた解除暗号と違うじゃないか。大丈夫なのか?」
 悠人は首を傾げた。
 「闘護。ラスフォルトってどういう意味だ?」
 「“気高き者”・・・だ」
 「“気高き者”?」
 『ま、勘だな』
 懐かしがるようなヨーティアの声。
 勘と言いながら、確信があるように悠人は思えた。
 「・・・信じていいんだな?」
 『人は自由を求めても、あらゆるしがらみから解放される事はない。生きている限り、真の自由などあり得ないのだ。それでも自由を求めて戦う者は、気高き者と言えるだろう・・・ってさ』
 ヨーティアは懐かしむような声で言った。
 『昔、誰かさんが好きだった言葉でね・・・問いかけなんだよ。お前達は、気高き者か?ってな。私の勘は当たるんだぞ』
 「・・・」
 『クェドギンは、神剣に運命を操られていると言っていた。本当の自由を追い求める・・・クェドギンは本当にそうだったのだろうか?そして、俺達は・・・』
 「悠人。迷ってる暇はないぞ」
 物思いに耽る悠人に闘護が言った。
 「そうだな・・・」
 「じゃあ、『ラスフォルト』で行くぞ」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 そして、闘護はヨーティアの言った通りに解除暗号を入力する。
 キィーン・・・・
 入力が終わったと同時に、緊急を表す赤い水晶が安全を表す蒼い光に戻った。
 「マナが拡散していく・・・」
 光陰がゆっくりと呟いた。
 「終わった・・・か」
 悠人は安堵のあまり、その場でへたり込む。
 「暴走は止められた、か」
 闘護も安堵の息をつく。
 『・・・な、言っただろう。言葉の使い方がなっちゃいないのさ。お前と同じでね』
 ヨーティアは誰が、とは言わなかった。
 「・・・」
 「どうした、悠人?」
 「いや・・・何でもない」
 悠人は首を振った。
 「・・・」
 その隣で、光陰が水晶をジッと見つめていた。
 「光陰?」
 「どうしたんだ?」
 「・・・いや」
 悠人と闘護の問いかけに、光陰は首を振った。
 「大将は負けたんだな・・・」
 小さく呟く。
 「・・・だが、クェドギンの意志は死んでいない」
 闘護がゆっくりと言った。
 「人間は神剣の意志に負けない・・・俺は信じている」
 【闘護・・・】
 「お前達はどうだ?」
 「・・・ああ。負けないさ」
 悠人はコクリと頷く。
 「光陰、お前は?」
 「そうだな・・・負けるわけには、いかないよな」
 光陰も自分に言い聞かせるように呟く。
 二人の回答に、闘護は満足そうに頷いた。
 『クェドギンの意志・・・神剣に抗う、か』
 「神剣に抗う・・・か」
 悠人は戦う前に聞いた言葉を呟いた。
 「人間は神剣に生かされてるんじゃない。生きてる・・・」
 闘護は戦う前に聞いた言葉を呟いた。
 「人間の意志は人間のもの・・・それが運命ならば、抗うべき・・・」
 光陰が思い出すように呟く。
 「考えてみれば、それが当然なんだよな・・・自分の意志を自分以外に決められるなんて、間違ってる」
 悠人が強い口調で言った。
 「・・・だがな、悠人。自分で決めたと思っていたことが、実は操られていたとしたらどうだ?」
 光陰が尋ねる。
 「自分すら疑えってのか?随分とエグい考えだな」
 闘護が嫌悪を含む口調で呟く。
 「違うか、闘護?」
 「自分が操られているかどうかなんて解るもんか。例えば、だ。自由って言葉を考えてみろ。自分で自分の進む道を決められる事を自由と称するのなら、お前の考え方では真っ向から否定することになるだろ」
 「・・・案外、自由ってのは“自由”じゃないのかもな」
 光陰は悟ったような口調で言った。
 「“人は自由を求めても、あらゆるしがらみから解放される事はない。生きている限り、真の自由などあり得ないのだ。それでも自由を求めて戦う者は、気高き者と言えるだろう”・・・か」
 悠人がボソリと呟いた。
 「ん?」
 「なんだ、それ?」
 その呟きに、光陰と闘護が反応する。
 「あ、ああ。ヨーティアが言ったんだ」
 「ヨーティアが?」
 「いや・・・誰か、ヨーティアが知っている人間の言葉だと思う」
 「・・・クェドギンの言葉、じゃないのか?」
 「・・・かもしれない」
 闘護の言葉に悠人が頷く。
 「なるほど・・・“人は自由を求めても、あらゆるしがらみから解放される事はない。生きている限り、真の自由などあり得ないのだ”か。そう言われたら何も言い返せないな」
 闘護は苦笑する。
 「だからこそ、“それでも自由を求めて戦う者は、気高き者と言えるだろう”と言ったんだろ。大将は」
 「おそらくね。例え手に入らないものだとしても、諦めることなく求め続ける・・・その生き様は気高いと思うよ」
 「・・・ああ」
 「そうだな・・・」
 闘護の言葉に頷く悠人と光陰。
 タタタタ・・・
 「ユート様、トーゴ様!!」
 その時、動力室にエスペリアが駆け込んできた。
 「エスペリア!」
 「はぁはぁ・・・暴走は!?」
 「大丈夫。装置は停止したよ」
 「そ、そうですか・・・」
 闘護の答えにエスペリアは心底安堵した表情を浮かべた。
 闘護はエスペリアの元に駆け寄った。
 「みんなは?」
 「は、はい。全員無事です。既に、ラキオス軍も入城しています」
 「そうか・・・議会の制圧も完了したみたいだな」
 「既に議会はその機能を停止しているようです」
 「ま、当然か」
 『世界が滅ぶって時に呑気に議会を開くわけないしな』
 闘護は頭を掻いた。
 「マロリガンのスピリットは・・・」
 言いかけて、後ろにいる光陰をチラリと見た。
 「もう降伏の指示を出しているよ」
 「そうか」
 頷き、再びエスペリアの方に向き直った。
 「と、なると・・・俺達は街の要所を兵士達と押さえていけばいい、か」
 「はい」
 「ふむ・・・」
 そこで、闘護は片手を口元に置いて考える。
 『ここから先は、スピリット同士の戦いもほとんど無いだろうし・・・』
 チラリと後ろにいる悠人と光陰を見た。
 『彼らには多分、気になってることがあるだろうからな・・・』
 ニヤリと笑い、小さく頷く。
 「トーゴ様?」
 その様子にエスペリアは眉をひそめた。
 「あ、ああ・・・何でもないよ」
 慌てて闘護は手を振ると、エスペリアを見た。
 「じゃあ、軍と合流しよう。君は他のメンバーを連れて先に行ってくれ。あと、兵士を何人かこっちによこすように言っておいてくれ」
 「わかりました」
 エスペリアは一礼して、動力室から出ていった。
 「ふぅ・・・おい、二人とも」
 闘護は振り返った。
 「動けるか?」
 「ああ。大分回復した」
 「こっちもだ」
 悠人と光陰が答えると、闘護は頷く。
 「そうか・・・だったら」
 闘護はそこでニヤリと笑った。
 「残りの仕事は俺達でやっとくから、お前達は岬君の所へ行け」
 【!!】
 闘護の言葉に、驚愕する二人。
 「彼女のこと、気になってるんだろ?」
 「そ、それは・・・」
 口ごもる悠人。
 「お前達の力を必要とすることはもう無いと思う。だから、気にせず行けよ」
 「・・・いいのか?」
 遠慮がちに尋ねる光陰。
 「いいよ」
 「だ、だけど・・・」
 「・・・」
 「ったく・・・」
 惑う二人に、闘護は小さくため息をつくと、キッと二人を睨んだ。
 「ここは俺に任せろ。二人とも行け!!」
 【!!】
 「岬君の容態を調べに行くのも必要な仕事だ。遠慮なんかするな」
 「・・・わかった」
 「悪いな」
 二人は闘護の所へ駆け寄った。
 「それじゃあ頼む」
 「何かあったらすぐに連絡してくれ」
 「はいはい。ほれ、行ってこい」
 ポンポン
 闘護は二人の肩を軽く叩いた。
 「ああ!!」
 「サンキュ!!」
 走り去っていく光陰と悠人の後ろ姿を見つめながら、闘護は小さく苦笑する。
 「全く・・・女は男の思考を鈍らせる天才だな」


─同日、夜
 マロリガン共和国 首都近辺の荒れ地

 悠人と光陰は逸る気持ちで今日子の元に走った。
 「はぁ・・今日子、無事・・・か?はぁ・・・」
 「大丈夫だろ?神剣の意識が消えている。それならなんとでもなるさ」
 「はっ・・はっ・・、なんだよ、ふぅ・・やけに、余裕、じゃないか・・・」
 「鍛え方が違うんだよ、お前とはな!ったく、これくらいで息が切れていて、よく俺に勝てたな」
 「へっ・・・運が悪かったんだろ、光陰のさ・・・」
 眩しい夕日の中、逆光に映る人影が大きく手を振っている。
 見覚えのあるシルエット。
 その横には膝を立てて座るスピリットの二人。
 「な?今日子は結構強いんだぜ?いつも殴られている俺が言うんだ。間違いない」
 「そうだな・・・あいつは殺されたって、死ぬもんかよ・・・ちなみに、俺もかなり殴られてるぞ。お前の方からも、何とか言ってくれ」
 軽口を叩きながら、悠人の目の前が涙で滲む。
 今日子は元気に立ち上がり、脳天気に両手を振っていた。
 「心配かけやがって・・・なんだ、あの態度は。たまにはしおらしくしろってんだ。またいつも通りに戻っているじゃないか」
 「しょうがないって。あれが今日子なんだからさ。俺達が助けたことなんて、きっと当然のことと思っているよ。あいつはそういうヤツさ」
 「あーあー・・・なんつーか、俺達のお姫様って訳か。まったく身勝手なもんだぜ」
 走りながら、二人は顔を見合わせる。
 「なんだかんだ言っても、俺達はそんな今日子のことが好きなんだな」
 「だな」
 今日子も二人に向かって走り出す。
 これまで自分を呪縛していた剣を放り出し、両手を広げ全速力で。
 「悠っ!光陰っ!!!」
 悠人と光陰は飛び込んでくる今日子を、しっかりと受け止める。
 「ただでさえ針金頭なのに、砂で酷いもんだな」
 悠人が今日子の頭を一撫ですると、パラパラと砂が舞い落ちた。
 「うるさい!悠達が遅かったからこんなになったんだってば!こっちの世界のシャンプーは、あたしには合わないのにさ」
 文句を言うが、決して怒ってはいなかった。
 目尻には涙が浮かんでいる。
 「まったく、手間かけさせんなよな。こんな世界までやってきて、お守りなんて冗談じゃないぜ」
 「光陰〜っ!あんたがしっかりしてないからこうなったんでしょうが!!」
 バシーン!!バリバリ、ドゴーン!!
 今日子のハリセン攻撃、エトランジェバージョンが炸裂した。
 オーラフォトンを纏った電撃のハリセン攻撃。
 直撃の後に、空中から雷の一閃が炸裂する。
 『・・・今日子の新たな必殺技か?』
 戦慄を憶える悠人。
 「ぐぁあぁあああっっ!!」
 瞬時にシールドを張ったにもかかわらず、光陰はノックアウトされる。
 『人間に食らわせたら、多分死ぬ・・・』
 悠人はブルリと身を震わせた。
 「ふふふ・・・久しぶりの今日子スラッシュ!どんなもんよ?」
 得意げに鼻を鳴らす今日子。
 まだハリセンは電気を帯びてパリパリと音を発していた。
 「おまえな・・・今の自分の力をちゃんと考えてやれよな。光陰だったからいいけど、他のヤツが食らったら死ぬぞ?ホントに」
 「ぐ・・・うぅ・・・」
 地面に倒れたままプスプスと煙を上げていた光陰が、何とか起きあがる。
 「突っ込みに手加減なんて、ありゃしないわよ。どんな状況でも全力でいかないとね!!」
 無茶苦茶な理屈をこねる。
 『全力っていったって限度というものがあるだろ・・っていうか、今の突っ込みじゃなくて攻撃だ』
 口に出す勇気はないので、心の中で突っ込む悠人。
 ちなみに、スピリット達は半ば唖然とした様子で三人を見つめていた。
 「・・・悠、光陰」
 突然かしこまる今日子。
 『な、なんだ?』
 逆に心の中で構える悠人と光陰。
 「さんきゅ!ありがとう。アタシ、帰って来れました」
 今日子はそう言って頭を下げる。
 素直に礼を言う今日子なんて、二人は今まで数えるほどしか見たこと無かった。
 「本当に・・・もう、大丈夫なんだよな?」
 悠人が心配そうに尋ねるが、今日子は元気よく頷いた。
 「もう、神剣に呑み込まれること無いわ。もしまた心を奪おうとしてきたら、殴ってやるんだから!!」
 まるで簡単なことのように言う。
 『神剣の誘惑に耐えることの辛さは解っている・・・決して簡単な事じゃない。それでも、出来ると信じていれば、きっと出来る筈なんだ』
 悠人は心の中で呟く。
 『今日子と光陰。この世界で再会して戦い、今はこうして無事でいるんだ』
 「やっと、問題の一つが片づいたな・・・」
 笑顔で悠人は言った。
 「あれ・・・神坂君は?」
 その時、周囲をキョロキョロと見回していた今日子が尋ねた。
 「闘護は首都で制圧作戦を続けてるよ」
 悠人の回答に今日子は目を丸くした。
 「え?じゃあ、悠達は・・・」
 「先に今日子に会ってこいってさ」
 光陰が肩を竦めて笑った。
 「そっか・・・神坂君にはちゃんと礼を言わないとダメなんだけど・・・」
 「憶えてるのか?」
 悠人の問いかけに、今日子は頷いた。
 「何となく、だけどね。耳元で“消えろぉ!!”って叫んだでしょ」
 「あ、ああ」
 「まぁ、闘護が一番の功労者なんだよな」
 光陰がポリポリと頬を掻いた。
 「今日子を助ける方法も、言ったのは闘護だし」
 「あれ?それじゃあ、アタシを助けたのは神坂君なんだ」
 「おいおい、俺達だって必死だったんだぜ」
 「そうだぞ。ったく・・・」
 「わかってるわよ」
 憤慨する光陰と悠人をなだめる今日子。
 「・・・でも、これで残るは佳織を助けて元の世界に帰ることだけだ」
 『きっと、それも不可能じゃない。帰る方法がわかった訳じゃないけど、何とかなる。そんな気がする・・・』
 悠人は心の中で強い確信を抱いていた。
 「悠人よ。俺達もついて行くぜ。今日子がまともになったなら、俺の次の目標は麗しの佳織ちゃんだ。敵だったとか、そういうのは水に流してくれ。な?」
 光陰の提案に、悠人は目を丸くする。
 「い、いや、俺は良いけど・・・お前、いいのか?また戦うことになるぞ。しかも次は瞬が率いる帝国相手だ」
 「望むところさ。俺は常々、秋月とは喧嘩してみたかったからな。今なら全力でやれるさ」
 「悠、アタシも手伝う。ちょっと・・・戦いはイヤなんだけどね・・・」
 今日子の言葉に、悠人は慌てて手を振った。
 「え?いや、無理するなよ。嫌いなことをわざわざすることもないだろ?」
 「お、珍しく格好付けたな、悠人。そう言えば・・・この三人組で集まるのも久々だよなぁ」
 「ま、お姫様を守るナイトには、ちょ〜〜っと二人とも頼りないけどね。しょーがない、我慢してやるか」
 「どっちかというと、じゃじゃ馬なお姫様に振り回される家老って感じだよな」
 「そこ!」
 スカッ・・・
 稲妻を帯びた電光石火のハリセンが、光陰に当たることなく空を切る。
 光陰が神剣の力を使って、瞬間的に自らの動きを早めたのだった。
 「ふっ、俺だってそう何度もくら・・・」
 ドゴーン!!
 「甘い!ハリセンはダミー。真実の一撃は雷なのさ」
 「ぐ、マジ・・・っすか?」
 【あははははは】
 光陰の黒こげになった姿に、悠人も今日子も腹を抱えて笑う。
 『どれくらいぶりだろう。こんな馬鹿なことをして、頭が悪くなりそうなくらい笑ったのは。ていうか、神剣の力をこんな馬鹿なことに使うのも、きっと俺達くらいのものだろう』
 悠人は心の中で呟く。
 『戦乱の大地で三人が再会し、今こうして、昔のように笑いあえるなんて、思ってもいなかった』
 「今回ばかりは、マナの導きに感謝しないと、な」


─同日、夜
 マロリガン共和国 首都

 「スピリット隊は全員休憩させる」
 「なに!?まだ、制圧が終わっていない箇所があるんだぞ!!」
 闘護の提案に、軍士官が声を荒げた。
 「彼女たちは連戦で限界だ。どうせ反抗するスピリットもいないんだから、軍だけで充分だろう?」
 「だが・・・!!」
 「それにもう日が暮れる」
 士官の言葉を遮り、闘護は空を見上げた。
 「制圧が終わってない以上、夜は危険だ。その時になって戦えない方が危険だろ?」
 「むっ・・・」
 「暴徒の鎮圧は大体終わったが、制圧にはもう一日必要だ。不測の事態に備える意味でも、彼女たちには休息を取らせる。いいな?」
 「・・・わかった」
 士官は渋々引き下がった。
 「ふぅ・・・」
 一人になり、闘護は側にある崩れた壁の上に腰を下ろした。
 『ったく・・・人間同士の戦いにスピリットを引っ張り出すなよな』
 ヤレヤレと首を振った。
 「それにしても・・・」
 闘護は周囲を見回した。

 現在、闘護達が陣を張っているのは首都にある広場だった。
 動力施設の暴走による混乱は大分収まったものの、至る所で暴動や破壊活動が行われた為、ラキオス軍は制圧と平行して暴動の鎮圧も行っていた。

 『街を制圧するというのは時間がかかるな』
 「まぁ、人間は簡単に降伏してくれる分・・・俺達の世界よりは楽なんだろうが」
 皮肉っぽく呟いた。
 「トーゴ様!」
 「おう、セリア」
 「はぁはぁ・・・こ、今後の指示は?」
 駆けつけてきたセリアは、荒い息を整えながら尋ねた。
 「ん・・・全員休んでくれていい。ただ、夜に襲撃があるかもしれん。一応、そのことを留意しておいてくれるよう伝えてくれ」
 「わかりました」
 セリアは一礼して再び走り去っていく。
 「・・・さて、と」
 『俺も休もうかな・・・』
 闘護は軽く肩を回した。


 サッ・・・
 「ふぅ・・・」
 「お帰り、闘護」
 「ん?悠人、光陰、それに・・・」
 テントに入った闘護を迎えたのは、悠人、光陰、そして・・・
 「えっと・・・こんにちは」
 「・・・ああ。こんにちは、岬君」
 照れくさそうに挨拶をする今日子に、闘護は微笑んだ。
 「その様子を見る限り、もう大丈夫のようだね」
 「ええ。ありがとう、神坂君」
 今日子は深々と頭を下げた。
 「あなたが助けてくれなかったら・・・私は神剣に呑み込まれてたかも知れなかった」
 「“かも”、な」
 闘護は小さく肩を竦めた。
 「それはあくまでも予想できる未来の一つに過ぎない。そして、未来はそうはならなかった・・・それでいいじゃないか」
 闘護はニヤリと笑って言った。
 「神坂君・・・」
 「とりあえず、君と光陰の件は片づいたと判断するよ」
 闘護は悠人を見た。
 「首都の制圧は明日で終わる。エスペリア達は既に休ませておいたよ」
 「わかった。えっと・・・」
 悠人はチラリと光陰と今日子を見た。
 「二人は・・・一応、お前の監視下に置いておく。いいね、二人とも?」
 「ああ、構わないぜ」
 「アタシもいいわよ」
 「悠人もいいな?」
 「わかった」
 「それじゃあ・・・」
 闘護はテントの端に置かれた簡易ベッドに腰掛けた。
 「俺は休むから、君達も休んでくれ」
 「ああ。今日は全部任せちまってすまなかった」
 悠人はペコリと頭を下げる。
 「気にするなって。それじゃあ、お休み」
 闘護は優しい笑みを浮かべて言った。

 次の日・・・
 首都の制圧が完了し、悠人達スピリット隊はラキオスへの帰還を命じられた。
 また、闘護の提案により光陰と今日子は捕虜としてラキオスへ連れてくることとなった。

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