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─聖ヨト暦332年 ソネスの月 黒 五つの日 深夜
 ダスカトロン砂漠

 「・・・トーゴ・・・!!」
 ユサユサ・・・
 「トーゴ・・・トーゴ!」
 ユサユサユサ・・・
 「・・・う・・」
 「トーゴ!!」
 「ぅ・・・ニ、ム・・・」
 目を開けた闘護の視界に、涙目のニムントールのアップが入った。
 「トーゴ・・・よかった」
 ニムントールは安堵の息をついた。
 「お、れは・・・」
 闘護はゆっくりと体を起こそうとする。
 「無理しないで」
 ニムントールはそう言って闘護の背中に手を当てて起こした。
 「ニ、ム・・・マナ、嵐・・は?」
 「大丈夫・・・もう過ぎたよ」
 「そう、か・・・」
 安堵の表情を浮かべ、闘護は目を閉じた。
 「トーゴ!?」
 「・・・すー・・・」
 「・・・」
 小さく聞こえる寝息に、ニムントールは眉をひそめた。
 「なんだ・・・」
 そっと横たえると、小さく苦笑する。
 「えっと・・・」
 そして、周囲を見回す。
 「これからどうし・・っ!!」
 キィーン!!
 その時、【曙光】が震えだした。
 「敵・・・!?」
 ニムントールは西の空を見上げた。
 すると、小さな物体が二人の方へ向かってくる。
 「・・・トーゴ」
 ニムントールは横たわっている闘護の頬に手を当てた。
 「絶対・・・守るからね」
 そう呟き、【曙光】を力強く握りしめた。


 トサトサトサッ・・・
 「・・・一人か」
 降り立ったマロリガンのスピリットの一人が呟く。
 「・・・」
 ニムントールは彼女たちを睨み付ける。
 「よくマナ嵐の中を生き延びたものだ」
 別のスピリットが簡単を含む口調で言った。
 「・・・いや」
 リーダー格らしきスピリットが首を振る。
 ザッ・・・
 背後の音に、ニムントールは振り向いた。
 「っ!!」
 そこには・・・闘護が立っていた。
 「マナを感じない・・・人間、でしょうか?」
 「いや・・・おそらく、噂のストレンジャーだろう」
 「・・・敵、か」
 闘護がゆっくりと呟く。
 「我々はマロリガン王国所属、稲妻部隊。私はクォーリンです」
 「俺、は・・・」
 ザッ・・・
 ふらつきながらも、闘護は歩き出した。
 「かん・・ざか・・・とう・・ご・・・」
 ザッ・・・ザッ・・・
 「ト、トーゴ・・・」
 ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・
 「ニムに・・・指・・一本・・・触れさせん・・」
 闘護はニムントールの前に仁王立ちになった。
 【・・・】
 その様に、クォーリン達は棒立ちになる。
 その時だった。
 「!東方より強大なマナを感知!!」
 稲妻部隊の一人が叫んだ。
 「敵か!?」
 「数三・・・いや、四!!こ、これは・・・!?」
 「どうした!?」
 「この力・・・エ、エトランジェです!!」
 「“求め”のユートか!!」
 クォーリンは唇を噛み締めると、闘護とその後で呆然としているニムントールを睨んだ。
 「どうやら我々の方が不利のようですね・・・」
 「・・・」
 「撤退する!!」
 そう言うなり、稲妻部隊のスピリットが次々と西へ向かって飛翔していく。
 「失礼」
 クォーリンも最後にそう言って去っていった。
 そして、その場には闘護とニムントールの二人だけになる。
 ドサッ・・・
 「・・・っはぁ」
 ニムントールは脱力して地面にべったりと腰を落とした。
 「はぁっはぁっ・・はぁ・・・」
 荒い息をつくニムントール。

 「トーゴ様!!ニム!!」
 少しして、ファーレーン、アセリアが飛んできた。
 「ニム!!」
 着くなり、ファーレーンはへたり込んでいるニムントールに駆け寄る。
 「お姉ちゃん・・・」
 「ニム!!怪我はない!?」
 ファーレーンはすぐにニムントールの身体を調べる。
 「うん・・・」
 「よく“マナ嵐”を無事で・・・」
 「トーゴが・・・守ってくれたんだ・・・」
 ニムントールはそう言って、未だに立ち続けている闘護を見上げた。
 「トーゴ様・・・」
 「・・・」
 ファーレーンの問いかけに、闘護は何も答えない。
 「・・・トーゴ様?」
 闘護の様子がおかしい事にファーレーンは気付いた。
 立ち上がると、ゆっくりと闘護の肩に手を置いた。
 「トーゴ様・・・?」
 「・・・」
 「?」
 ファーレーンは闘護の正面に回り込んだ。
 「トーゴさ・・・ま・・?」
 闘護の顔を見るなり、ファーレーンの顔色が見る見るうちに変わる。
 「お姉ちゃん・・・?」
 「トーゴ様!?」
 ファーレーンは闘護の肩を揺さぶった。
 グラッ・・・
 その瞬間、闘護の身体がゆっくりと傾く。
 「トーゴ様!!」
 慌ててファーレーンは闘護の身体を支えた。
 「トーゴ!?」
 ニムントールもすぐに闘護の側に駆け寄る。
 「・・・」
 ただ一人、アセリアは何も言わずに突っ立っているだけだった・・・

 少し遅れて・・・

 「闘護!!」
 「ユート様!!」
 三人の元に、悠人とウルカが到着した。
 「ファーレーン!!闘護は・・・」
 「そ、それが・・・」
 ファーレーンは膝枕で寝かせている闘護に視線を落とした。
 「闘護!!」
 「トーゴ殿!!」
 悠人とウルカが駆け寄る。
 「闘護!!しっかりしろ、闘護!!」
 悠人は闘護の身体を揺さぶった。
 「・・・ぅ・・」
 「闘護!?」
 「トーゴ様!!」
 闘護の瞼が震える。
 「闘護!!」
 「ぅぅ・・・ぁ・・・?」
 瞼がゆっくりと開く。
 「闘護!!」
 「・・・ゆ・・ぅ・・・と・・・?」
 「闘護!!俺がわかるか!?」
 「・・・ゆ・・・う・・と・・・」
 スッ・・・
 闘護は震えながら右手を挙げた。
 「闘護!!」
 悠人はすぐにその右手を握る。
 「スレ・・・ギ・ト・・・へ・・・い・・そげ・・・」
 「!?」
 「はや・・・く・・・」
 ギュッ・・・
 闘護の右手に力が入る。
 「わかった。すぐに向かう!!」
 「たの・・む・・・・ぞ・・・」
 闘護は小さく笑い・・・そして瞳を閉じた。
 「闘護!!」
 「トーゴ様!!」
 「トーゴ!!」
 「トーゴ殿!!」
 ウルカ、ニムントールも闘護の側に駆け寄った。
 「・・・すぅ・・・」
 「・・・闘護?」
 「すぅ・・・くぅ・・・」
 闘護の口から聞こえる小さな寝息。
 「・・・寝た、のか?」
 「みたい・・・です」
 ファーレーンの言葉がスイッチとなったのか。
 【っはぁ〜・・・】
 四人は一気に脱力してしまう。
 「とにかく・・・闘護の言う通り、すぐにスレギトへ向かおう」
 【はい!!】
 悠人の言葉にウルカとファーレーンが頷く。
 「ニムのことは・・・」
 「・・・」
 悠人の視線に、ニムントールは俯いてしまう。
 「スレギトに到着してからにする。いいな?」
 「・・・はい」
 「よし。それじゃあ、ウルカ。戻って進軍するようにエスペリア達に伝えてくれ」
 「承知しました」


─聖ヨト暦332年 シーレの月 青 二つの日 昼
 スレギト

 「・・うぅ・・・」
 闘護の瞳がゆっくりと開く。
 「こ、こ・・・は・・・」
 闘護の視界に入ってきたのは、板張りの天井だった。
 「くっ・・・」
 闘護はゆっくりと起き上がる。
 「ここは・・・どこかの部屋、か」
 周囲には、テーブルと椅子、そして箪笥が一つ置いてある。
 『誰かが運んでくれたのか・・・』
 「だが・・・ここはどこだ?」
 闘護は立ち上がると、ふらついた足取りでドアに近づいた。


 ガチャリ・・・
 扉を開けて廊下に出ると、いくつかのドアが視界に入った。
 「宿、か・・・」
 「・・・」
 「ん?何だ・・・?」
 その時、誰かの声が聞こえた。
 「・・っ・・・!」
 ダン
 少し大きな声と物音。
 「・・・向こうか」
 ふらついた足取りで闘護は音のする部屋へ向った。

 コンコン・・・
 「誰ですか?申し訳ありませんが、今は取り込み中なので用事は後にしてください」
 ノックの後に帰ってきたのは、セリアの酷く機嫌の悪い口調。
 「セリアか?」
 「・・え?」
 闘護の返事に、セリアが妙に間の抜けた声を上げる。
 バタン
 そして直ぐに扉が勢いよく開き、驚きの表情をしたセリアが顔を出した。
 「ト、トーゴ・・様!?」
 「おう」
 【トーゴ様!?】
 部屋の中から複数の声が重なって聞こえた。
 「も、もうよろしいのですか?」
 「多少、体が重いが大丈夫だ。それより状況が知りたいんだけど・・・」
 そう言うと、扉を少し開けて部屋の中を覗き込んだ。
 「取り込み中ということだが・・・ん?」
 闘護の言葉が止まる。

 部屋には、セリアの他にヒミカ、ハリオン、ファーレーン、そしてニムントールがいた。
 だが、彼女達の配置が異様なのである。
 ニムントールがテーブルの一番端―部屋の奥に座っており、他の三人がニムントールを取り囲むように左右の椅子に座っていた。

 「・・・何をしてるんだ?」
 闘護はゆっくりと尋ねた。
 「・・・ニムに、ヘリヤの道での勝手な行動について話を聞いてました」
 ヒミカが硬い口調で答える。
 「勝手な行動・・・?」
 「一人で偵察に出たことですよ〜」
 ハリオンも真剣な口調で言った。
 「ニムの勝手で・・・トーゴ様も重傷を負われたのですから」
 後ろでセリアが呟いた。
 「・・・なぁ、セリア」
 闘護は振り返らずに声をかけた。
 「ここは・・・スレギトか?」
 「は?は、はい」
 突然話を変えられて、セリアは少し混乱しつつ頷く。
 「ってことは・・・無事にここに到着したのか」
 「・・・はい」
 「『抗マナ化変換装置』の設置は?」
 「急いで技術者達が取りかかっています」
 「そうか・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「で、その間にニムへの詰問をしてる訳か・・・」
 そう言って、闘護はゆっくりとドアの側の壁に背を預けた。
 「俺も参加したい」
 「と、トーゴ様が、ですか?」
 闘護の提案に、ファーレーンが目を丸くする。
 「いいよな?」
 「そ、それは・・・構いませんが」
 「じゃあ・・・」
 闘護はニムントールに視線を向ける。
 「っ!」
 その視線に気付き、ニムントールはビクリと身を竦めた。
 「どうして先走ったんだ?」
 闘護の問いかけに、他の四人の視線がニムントールに集中する。
 「・・・」
 「どうしてなんだい?」
 沈黙するニムントールに、闘護はもう一度─努めて優しい口調で─尋ねた。
 「・・・トーゴが・・」
 「俺が?」
 「・・・お姉ちゃんを・・・取っていくから・・・」
 「私を・・・?」
 ニムントールの言葉に、闘護とファーレーンは目を丸くする。
 「そ、それって・・・」
 「ま、まさか・・・」
 信じられないといった様子のセリアとヒミカ。
 「あらあら、ヤキモチを妬いてたのね〜」
 ハリオンが核心を突く。
 「ニ、ニム・・・あ、あなたは・・!!」
 「だってお姉ちゃんが!!」
 ファーレーンの言葉を遮るようにニムントールが叫ぶ。
 「お姉ちゃんが・・・トーゴとばっかり話して・・・」
 言いながら、ニムントールの瞳に涙が浮かぶ。
 「全然・・ニムに・・・構って、くれない・・・から・・・」
 ポタポタとテーブルの上にニムントールの涙がこぼれ落ちた。
 「・・・成る程。確かに俺にも原因はある、かな」
 闘護の呟きに、全員の視線が闘護に集まる。
 「結果的にニムを独りぼっちにさせたんだから」
 「そ、それは・・・!!」
 言いかけたヒミカを闘護は手で制す。
 「言っただろ。“結果的に”と」
 「・・・トーゴ様」
 セリアが口を開いた。
 「例えわざとでなくても、例え“結果的に”でも、ニムの行動は許せるものではありません」
 「じゃあ、どうする?」
 「罰を与えるべきかと・・・」
 「っ!」
 “罰”という言葉に、ニムントールは身を竦めた。
 「罰ねぇ・・・謹慎にでもさせるのか?この大事な時機に?」
 「それは・・・ですが、これでは他の者に示しが・・・」
 「他の者なんて、君達や第二詰め所のみんなと第一詰め所のみんなだけだろ」
 闘護は肩を竦める。
 「他のヤツらは気にしないだろうさ。スピリットが一人、危険な目にあった“程度”ではね」
 そう言った闘護の口調は酷く不愉快そうだった。
 「君達は納得いかないのか?ニムに罰を与えないのは」
 「私は別に構いませんよ〜」
 ハリオンがのんびりした口調で答える。
 「ニムがもうこんな事は二度としないって約束してくれたらですけどね〜」
 「ふむ・・・他のみんなは?」
 「トーゴ様はどうなんですか?」
 ヒミカが逆に尋ねた。
 「俺か?」
 「はい。今回の件で一番危険な目に遭われたのはトーゴ様ですから」
 「ふむ・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「俺もハリオンと同じだな。二度とこんな事をしないのなら・・・今回は大目に見てもいい」
 そう言って、闘護はニムントールに視線を向ける。
 「どうせ、俺がしたのは“マナ嵐”からニムを庇っただけだからな」
 【え?】
 闘護の言葉にニムントールとファーレーンが目を丸くする。
 「ん?何か変なことを言ったか?」
 「あの・・・稲妻部隊と対峙したとニムから聞きましたが・・・」
 「へ?何それ?」
 闘護は首を傾げる。
 「・・・憶えてないの?」
 「俺が憶えているのは、ニムを庇って“マナ嵐”を背中に受けていたところまでだよ」
 【・・・】
 ニムントールとファーレーンは唖然とする。
 「こうやって無事なんだから“マナ嵐”は耐えきったんだろうけど・・・その後、何かあったのか?」
 「トーゴ様とニムを稲妻部隊が襲撃してきたんです」
 ファーレーンが答える。
 「その時・・・トーゴがニムを庇って・・・」
 ニムントールの言葉に、闘護は首を傾げる。
 「・・・よく憶えてないな」
 【・・・】
 闘護の回答に二人は絶句する。
 「ニムを庇ったって・・・どう庇ったんだ?」
 「・・・ニムと稲妻部隊の間に立って・・・」
 「稲妻部隊はその後、私とユート様、それにアセリアとウルカがトーゴ様達に近づいていたことに気付いて撤退しました」
 「トーゴ、ユートが来たら目を覚まして・・・スレギトへ向かえって言ったよ」
 「そういえば・・・そんなことをしたような・・・」
 『ハッキリ思い出せない・・・』
 ニムントールとファーレーンの説明に闘護は小さく首を傾げる。
 「うーん・・・まあいい。それで、その後はどうしたんだ?」
 「トーゴ様の言葉通り、すぐにスレギトへ向かいました」
 「ここに到着したのは?」
 「今日の朝ですよ〜」
 「到着したら、すぐにトーゴ様をこの宿に運びました」
 ハリオンとヒミカが答える。
 「ユート様は、エスペリア達と共に装置の設置に、私達はトーゴ様の世話を任されました」
 「そうか・・・で、俺の世話と同時に、ニムの処遇を考えていたって事か。ふむ・・・」
 そう言って、闘護は再びニムントールに視線を向ける。
 『罰か・・・罰を与えるよりも、むしろ今、ニムにして欲しいことは・・・』
 「ニム。反省してるか?」
 「・・・うん」
 「二度と勝手な行動はしない・・・約束、出来るか?」
 「・・・うん」
 ニムントールの返事に、闘護は僅かに目を丸くした。
 『随分素直だな。まぁ、その方が助かるけど』
 「よし。それじゃあこの件は以上だ。いいね、みんな」
 闘護は全員を見回した。
 「はい〜」
 ハリオンがのんびりと頷く。
 「トーゴ様がそう仰るなら・・・」
 ヒミカが渋々頷く。
 「ニム。次はないからね」
 セリアが少し厳しい口調で言った。
 「ニム・・・」
 ファーレーンは立ち上がると、ニムントールの正面にかがみ込んだ。
 「お姉ちゃん・・・」
 「反省、したわね?」
 「うん・・・」
 「二度と、勝手なことはしないわね?」
 「うん・・・」
 「・・・ニム」
 スッ・・
 「えっ・・・?」
 ファーレーンはそっとニムントールを抱きしめる。
 「ごめんなさい・・・」
 「お・・ねえ・・ちゃん?」
 突然の抱擁に、ニムントールは目を丸くした。
 「寂しい思いをさせてごめんなさい・・・自分のことばかり考えて、ニムのことをおろそかにしてたわ・・・」
 「・・・う・・・うぅ・・・うわぁああーん!」
 我慢の限界を超えたのか、ニムントールはファーレーンの胸の中で泣きじゃくる。
 その様子を、呆れ半分、安堵半分で闘護達は見守っていた。


─同日、夕方
 スレギト

 スレギト制圧と同時に、ヨーティアの開発した『抗マナ化変換装置』を設置した。
 不格好で、洗練されているとは言い難いその形は、まさに試作品と呼ぶに相応しい。

 『これで、あのマナ嵐が収まってくれれば・・・ヨーティアの話の通りなら、起動すればすぐに効果があるらしいけど・・・』
 装置を見上げながら悠人は思った。

 昼間にもかかわらず、スレギト周辺はまるで夜のようになっている。
 マナの異常増大が、光を遮断してしまうらしい。

 ブゥゥゥゥゥゥーーーーーン!!
 巨大な低温が鳴り響く。
 『効いてくれ!!』
 悠人は心の中で強く叫ぶ。
 何かが放出されるわけではない。
 ただ機械は、同じ起動音を続ける。
 ちゃんと効果があるのかすらわからない。
 『だ、大丈夫だろうな・・・』
 機械が動き出し、10分ほどが過ぎた時だった。
 「ユート殿!!空が・・・」
 ウルカが闇に包まれた砂漠を指さした。
 「空が・・・蒼くなっていく」
 夜の様に暗かった砂漠がうっすらと、光を取り戻していく。
 『少しずつ、マナの異常増大が感じられなくなる』
 「・・・ってことは!?』
 「やりました・・・マナ嵐が消えていきます!」
 離れた所で装置を見守っていたエスペリアが叫んだ。
 「!やった!!」
 悠人は片手を突き上げた。
 「流石だぜ、ヨーティアっ!!」
 ウワァアアアア!!!
 王国から派遣されてきた技術者達が歓声を上げる。
 「これでマロリガン本国へ進軍できるぞ!!」
 悠人も思わず感嘆の声を上げた。

 そして、マロリガンのマナ障壁はその機能を失った。


─同日、夜
 スレギト

 バタン
 「闘護!!」
 「よう、悠人」
 部屋に入った悠人を、闘護は元気な姿で出迎えた。
 「もう大丈夫なのか?」
 「ああ。特に問題はない」
 「そうか・・・」
 悠人は心底安堵した様子で頷く。
 「装置の設置も終わったみたいだな」
 「ああ!マナ障壁は消えたよ!!」
 「よし。これで先に進めるな」
 闘護の言葉に悠人はコクリと頷く。
 「もう少ししたら夕食だ。その後、今後の進軍経路について相談したい」
 「わかった。それじゃあどこに集まる?」
 「ここでいいだろう。エスペリアとセリアを参加させるからな」
 「あ、ああ・・・」
 微妙な表情を浮かべる悠人を、闘護はジロリと睨む。。
 「いいな」
 「わ、わかったよ・・・」


 そして夕食後・・・
 宿舎として借りている宿屋の一室に、悠人、闘護、エスペリア、セリアの四人が今後の事について相談する為に集まった。

 「研究部から報告があります」
 エスペリアが手に持っている紙に視線を落とした。
 「これまでは敵のマナ障壁によって、首都マロリガンに近づくことが出来ませんでした。ですが、ヨーティア様の抗マナ化装置によって無効化されました」
 エスペリアの言葉に三人が頷く。
 「敗走を始めたマロリガンを追撃します」
 四人は視線をテーブルの上に広げられた地図に向けた。
 「敵は三つの道全てに分散しています」
 エスペリアはスレギトに人差し指を置いた。
 「北、中央、南・・・どの道も、一筋縄ではいかないでしょう」
 言いながら、北、中央、南の道をなぞった。
 「俺は北を提案する」
 闘護の言葉に、三人は視線を闘護に向けた。
 「理由は前にエスペリアとセリアに説明した通りだ。多少遠回りでも、守りが手薄の可能性が高い方が結果的に早い」
 「ふむ・・・」
 「それに・・・光陰の性格からみて、こっちに主力を配置する可能性はある。主力といっても、兵数じゃない。恐らく・・・マロリガンでもトップクラスの実力者を、な」
 「・・・今日子、か?」
 「さて・・・」
 悠人の呟きに闘護は肩を竦める。
 「稲妻部隊かもしれん。どちらにせよ、少数だが精鋭だ」
 「・・・中央はどうなんだ?」
 「数が多い・・・突破に時間がかかるだろう。こっちの疲労も激しい」
 闘護はそう言って首を振った。
 「遠慮したいね」
 「・・・俺は」
 悠人は唇を噛み締める。
 「今日子達と・・・戦いたく・・・」
 「だったら帰れ」
 闘護はジロリと悠人を睨んだ。
 「っ・・!!」
 「生憎・・・どのルートを選んでも、マロリガン首都に到達するまでに岬君達と戦うことは避けられないと思うぞ」
 「どうして・・・?」
 「仮に中央のルートを選べば、進軍に手間取っている間に攻めてくる。その時、疲労している俺達が不利なのは・・・わかるよな?」
 「・・・」
 「だったら、北のルートを通って・・・敢えて、彼女たちと“だけ”戦う方が効率がいいし、危険も少ない」
 「・・・」
 沈黙する悠人に、闘護はヤレヤレとため息をついた。
 「ったく・・・エスペリア、セリア。君達はどう考える?」
 「私はトーゴ様の意見に賛成です」
 「私も・・・トーゴ様の意見が正しいと思います」
 セリアとエスペリアがそれぞれ答える。
 「そうか」
 闘護は頷くと、悠人を見た。
 「悠人」
 「・・・わかったよ」
 苦い表情のまま、悠人は渋々頷いた。


─同日、深夜
 スレギト

 「ふぅ・・・」
 真夜中、目が覚めた悠人は宿から抜けて外に出た。
 『これからが本番、か・・・』
 「光陰・・・今日子・・・」
 空を見上げながら呟く。
 「・・・っ・・・」
 「ん?」
 『何だ・・・泣き声?』
 悠人は声のした方に向かった。

 そして・・・開けた場所に、その泣き声の主はいた。
 「うぅ・・・ひっく・・・」
 「オル、ファ・・・?」
 そこではオルファリルが一人、座り込んで震えていた。
 「パ、パ・・?」
 悠人の声に気付き、オルファリルは顔を上げた。
 「オルファ・・・どうしたんだ?」
 「パパァ!!」
 ポフッ
 近寄った悠人に、オルファリルは立ち上がるとその胸に飛び込む。
 「パパァ〜、なん、で・・ひぐっ・・どう・・して、なの?何で・・・ハクゥテも・・・パパの友達も消えなくちゃ、いけないの?」
 「オル、ファ・・・」
 「誰のせいなの・・・?ねぇ・・ぅう・・」
 オルファリルの悲痛な声が響く。
 「・・・こんな世界にしちまった誰かが悪いんだ」
 悠人はオルファリルの肩を抱いた。
 「みんなを戦わせて、今日子も光陰も戦わせて・・・佳織だって」
 悠人の声に怒りが混じる。
 「別に憎しみ合ってないのに・・殺し合いたくなんてないのに!!」
 「パパ・・・」
 「俺は世界をこんな風にした奴が憎いっ・・・」
 【求め】に視線を降ろす。
 『今日子と【空虚】のマナを吸い、更に強大になった神剣・・・振り下ろすべき所は何処なのだろう。元凶・・・そう呼べる者がいれば、まだ楽だったのに』
 心の中で苦悩する悠人。
 「オ、オルファの胸、まだ・・ちっちゃいから・・・ぐすっ、パパの哀しいのをぉ、受けきれないけど・・・」
 涙をボロボロと流しながらも、オルファリルは必死になって続ける。
 「でも、でもぉ〜・・・」
 「さんきゅ、オルファ。オルファが代わりに泣いてくれたから、俺は大丈夫だよ」
 悠人はポンとオルファリルの頭に手を乗せた。
 「パパ・・・」
 「・・・まだ、止まって良い時じゃないんだ」
 『悲しむのも、悔やむのも、今は心にしまい込もう。ただ完全な破滅を逃れることだけを考えなければ・・・そうしなきゃ、いけない』
 心の中で強く思う。
 「オルファ」
 「うん・・・うん!」
 悠人の言葉に応えるように、オルファリルは強く、強く頷いた。

 次の日・・・
 悠人達はニーハスを経由するルートでマロリガン首都を目指し、スレギトを出発した。
 総力戦ということで、悠人と闘護、そしてラキオス王国スピリット隊のスピリット全員で進軍することになった。
 短期決戦を狙い、悠人達はかなりのスピードで進軍していく。
 闘護の読み通り、北のルートは兵力が少なかった事も幸いした。
 スレギトを出発して5日後、ニーハスを通過してマロリガン首都へ向かった。


─聖ヨト暦332年 シーレの月 赤 三つの日 夕方
 マロリガン共和国 執務室

 ガチャン、バタン
 「・・・」
 クェドギンは執務室に入るなり、不機嫌さを露わにしながら、ため息を漏らした。
 「よっ」
 「お前か・・・勝手に入るなと何度・・・ふっ、まぁいい」 
 執務室に戻ったクェドギンを迎えたのは、気配を完全に消し、本棚に寄りかかる光陰だった。
 何度言っても勝手に部屋に入る光陰に、もはや驚くこともなくなり、クェドギンは呆れながらも笑みを零してしまう。
 「んでどうだった?議会の連中は。少しは俺達にエーテルを回す気になってくれたかい?」
 議会は戦争をけしかける割には、国内の生活水準を高めるためのエーテルを大量に消費する。
 スピリット隊に回すエーテルは多いとは言えない。
 スピリット達への負担も大きいし、実際それでは軍事国家に対抗できるわけがない。
 「・・・ふん、そううまくはいってくれんよ」
 クェドギンは肩を竦めた。
 「和平を結べ、とのことだ。ラキオス、帝国どちらでもいいらしい。保身しか考えない老人共の言いそうなことだ」
 そう言って、首を振った。
 「切り札のマナ障壁が突破されたんだ。焦るのも無理はない。そして当然ながら、スピリット隊へのエーテル配分が増えることはない」
 「へっ・・・エーテルは仕方ないにせよ、和平とは随分と今更な話じゃないか?受け入れられると、本気で思っているのか?」
 光陰は嘲った口調で尋ねた。
 「本気だろうな。この世界の人間の特性だ」
 クェドギンは皮肉な笑みを浮かべた。
 「最悪の状況が訪れつつあっても、まだ希望を失わない。それが希望というものではなく、ただの妄想であることに気がつかずにな・・・!!」
 そう言って嘲笑する。
 まるで、この世界の人間全てに絶望しているかのように。
 「なぁ・・・そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?大将が掴んでいることを」
 光陰はクェドギンを見つめた。
 「何を知っている?今度の戦いが始まったら・・・二度と会うことも出来なくなるかも知れないからな」
 光陰は、冗談の様に呟く。
 しかし、クェドギンにはそれがただの冗談ではないことがわかっていた。
 おそらく、次の戦いが最後の戦いになるであろう事も、いやというほど理解しているのだ。
 「・・・そうだな。お前ならば大丈夫だろう」
 クェドギンは、机の中から一本の煙草を取り出す。
 古びた煙草は、以前にも光陰が見た物と同じだった。
 「ラキオス王国のことをどう思う?」
 クェドギンの突然の問いに、光陰は少し困惑した表情になる。
 「よくやってると思うぜ。あんな小国が、あれだけの修羅場をくぐり抜けたんだ。今だって、マナ障壁を乗り越えてきた。あの女王も、若いのによく人をまとめている」
 光陰は素直に言った。
 事実、光陰と今日子がこの世界に現れた時、ラキオス王国は戦略的に危険な国とは思われていなかった。
 議会ではダーツィ大公国の方が危険視されていたくらいだ。
 ただ一人、クェドギンだけがラキオス王国のことを気にしていたのである。
 「若く聡明で美しい女王。それを助けるエトランジェ。美しく・・賢く・・また、高い能力を秘めたスピリット達・・・」
 そこで、クェドギンの眉が、僅かにひそめられた。
 「・・・世紀の天才とうたわれたヨーティア・リカリオン」
 ヨーティアの名前が出た時に、クェドギンの表情に微かに浮かんだ変化を、光陰は見逃さない。
 「女王は、帝国により父王を暗殺され、エトランジェは義妹を帝国に拉致されている。エトランジェは痛みに耐えつつ、それでも真っ直ぐに戦い続けて、勝利を重ねている。ラキオスの民衆達は、エトランジェに対しての考えも変わりつつある。聖ヨト時代の勇者と、その姿を重ねて・・・な」
 「・・・」
 『佳織ちゃんの為に、傷ついても剣を振るい続ける・・・悠人の性格じゃあ、命を奪ったことを素直に割り切ることは出来ないだろうな・・・』
 「ちぇっ・・・」
 小さく舌打ちする。
 『確かに、俺じゃ主役にはなれない、か・・・まぁ、いい。クールな二枚目は、脇役って相場が決まっているからな』
 光陰は思わず苦笑する。
 今日子の為と割り切り、スピリットを斬ることも躊躇しないのは、確かに強さだ。
 だが、苦悩を抱えて戦う悠人の様に共感を呼ぶことはない。
 そこが決定的な差なのだと、光陰自身も理解している。
 『悲劇の勇者と女王が、理想を掲げ帝国に立ち向かう・・・この世界に伝わるおとぎ話の主役達そのものだよな』
 光陰の笑みが皮肉混じりのものになる。
 「・・・おかしいと思わないか?」
 ふと、クェドギンの問いかけに光陰は目を丸くした。
 「おかしい?」
 「出来過ぎているんだ。全てが。まるで運命の糸に結びつけられた様に」
 そこで、クェドギンは言葉を一旦切った。
 「話を変えてみよう・・・」
 クェドギンは光陰を見た。
 「紅茶を飲むつもりだったのに、突然水を飲むことを思い立つことがあるだろう?」
 「・・・?」
 『どういう意味だ?』
 光陰は突然、全く違う話題にすり替えたクェドギンの意図が読めなかった。
 クェドギンは言葉を続ける。
 「これが急な心変わりという奴だ。疑問に思うことなどない。とても些細なことだからな」
 クェドギンは笑った。
 「どうしてそう思い立ったのか?何故、行動を切り換えたのか?だが理由など、自分でもわかるはずがない。答えは何となく、としか言いようがないからだ」
 煙草の先端に溜まった灰を、トンと灰皿に落とす。
 「それ自体が現在というものに与える影響は、極めて少ないと言えるだろう。だから人間は自由に生きていられる。だが・・・それがもし意図的に行われているとしたら?そして・・・その影響範囲が大きかったら・・・?」
 「・・・」
 「世界中の人間全員が、何となくネネの実を栽培しなかっただけで、その年にネネの実は一つも収穫できない。一人ずつの、何となくの結果でな。偶然と呼ぶにはあまりに都合がいい結果だとは思わんか?」
 「・・・」
 『つまり、無意識ごと操られてる・・・それも、少数じゃなく、大陸に生きるほとんどの人間が・・・か?』
 光陰はゴクリと唾を飲み込んだ。
 「前にも言っただろう。俺は運命に逆らう、とな」
 クェドギンは笑った。
 その笑みは、挑戦的なものだった。
 「誰かが用意した運命の先など見たくもない」
 そう言って、拳を握りしめる。
 「俺は誰も信用しない。なぜなら、俺だけが、俺自身の思考すらも疑っているからだ」
 「・・・どうして俺だけに話す?」
 光陰が探るような目つきで尋ねた。
 「お前だけではないさ。ストレンジャーにも話したよ」
 「闘護にも・・・?」
 「奴については、興味半分な所もあったが・・・お前は違う」
 そこで、クェドギンは挑戦的な笑みを浮かべた。
 「お前も俺と同じように、運命に嫌われているようだからな。与えられた役割に、甘んじるつもりはなかろう?」
 クェドギンの言葉の意味。
 『踏み台のまま、役割を全うするのか、それとも・・・』
 「・・・ったく、嫌な話を聞いちまったな。これじゃ死刑宣告と変わらないじゃねぇか」
 憮然とした表情で、光陰はクェドギンを睨む。
 その反応にクェドギンは笑う。
 「ふふ、俺の意志が勝つか、運命が勝つか・・・最後の戦いだ。俺はこの日の為に生きてきた」
 机の中の煙草を一本。ポケットにねじ込み立ち上がる。
 その表情には何の迷いもない。
 ゆっくりと執務室の扉へと向かう。
 すれ違い際に光陰は声をかけた。
 「止めても・・・無駄だよな?」
 「・・・すまんな」
 クェドギンは笑った。
 それは、先程の挑戦的なものではなく、侘びのものだった。
 「俺の意志は誰のものでもない。誰にも・・・止めることは出来んよ」
 そう言い残して、クェドギンは退出した。
 残された光陰は頭を掻きむしる。
 「チッ・・・確かに気持ちいいもんじゃねぇな」
 暫くして、ため息をつき、苦笑する。
 「しゃあねぇ。大将がやるって言うんなら、つき合うしかねぇか」


─聖ヨト暦332年 シーレの月 赤 四つの日 昼
 マロリガン

 「ん?」
 『西の空がおかしい・・・何が、というわけではないんだけど・・・』
 「・・・何だ、この感じ?」
 突然、違う種類の違和感が悠人を襲う。
 「どうした、悠人?」
 隣を歩いている闘護が尋ねた。
 「あ、ああ・・・」
 『剣から伝わってくる妙な振動・・・凄く遠くにある剣に共鳴してる様な、妙な感覚。しかもこの振動には覚えがある・・・これは・・・』
 【求め】に顔を近づける。
 「な、なんだ?」
 『剣が鳴っている?いや、違うぞ・・・!あの後頭部を強打された様な頭痛を伴う声とは違う』
 「?」
 悠人の行動に、闘護は首を傾げる。
 「・・・」
 『ただ純粋に普通の音の様なものが聞こえる』
 悠人は眉をひそめた。
 『ユ・・ト・・、おい・・ぇん・・に・・・ちゅう・・ろ』
 「!!」
 『間違いない、ヨーティアの声だ!でも小さくて全然声が聞こえないぞ』
 「ヨーティアか?ゴメン、よく聞こえないんだけど!」
 「ヨーティア?」
 悠人の呟きに、闘護はますます困惑する。
 しかし、悠人は気にせずに【求め】を見つめる。
 『・・ゅうちゅ・・・ろ・・ユ・・・ト、けん・・・しきを・・・だ・・』
 「?」
 『集中しろ?剣に?うぅ・・・いきなりそんなこと言われても・・』
 「あっ!!」
 悠人はおもむろに剣を電話機の様に耳に当てた。
 『これならイメージ的にも集中しやすい気がするぞ』
 「???」
 隣で闘護が完全に混乱している事にも気付かず、悠人は集中した。
 「これならどうだ?ヨーティア、聞こえるか?」
 『ああ、よく聞こえるよ。大した集中力じゃないか!』
 ヨーティアの声が聞こえる。
 『イオに頼んであんたの剣に共鳴させて音を伝えてるんだよ。一対一でしか使えないけど、便利だろ?』

 イオは戦闘以外にも使える変な魔法を一杯知っている。
 お湯と一瞬で沸かしたり、逆に氷にしたりするものなどを見たエスペリアは、かなりショックを受けていたものだ。

 『以前拡声器の様に声を増幅させる魔法を使って、イオと作業の監督をしていたのは見たことはあったが、まさかこんな事まで出来るなんて・・・』
 素直に感嘆する悠人。
 「悠人。さっきから何してんだ?」
 一方、闘護は完全に置き去りにされた様子で尋ねた。
 「いや、ヨーティアと話してるんだ」
 「ヨーティアと?どうやって?」
 「神剣から聞こえてくるんだよ。イオの魔法らしい」
 「へぇ・・・凄いな、それ」
 「ああ。電話みたいなもんか?」
 「成る程・・・ところで」
 闘護は冷静な表情で悠人を見つめる。
 「電話と違って、そんな大きな剣を耳に当てて大声を出す姿ってさ・・・端から見ると怪しさ満点だぞ」
 「・・・」
 「せめて、もう少し小さな声で話した方がいいと思うぞ」
 「・・・わかったよ」
 苦虫を噛み潰したような表情で悠人は答える。
 『今、どの辺なんだ?』
 その時、ヨーティアから再び声が帰ってきた。
 「今は砂漠の最西部だ。もうすぐ荒野に差し掛かる」
 『そうか・・・よく聞け。ちょっとマズイ事態になった』
 ヨーティアの声が深刻なものになる。
 『情報部から降りてきたものだ。マロリガンのエーテル変換施設が暴走を始めたらしい。マロリガンの動力中枢に、じゃんじゃんマナが流れ込んできている。長くは持たないね』
 「!!向こうの空はそれか」
 『さっき感じた妙な気配・・・マナの高ぶり、永遠神剣が興奮している様な感じ。あれはイースペリアの時と同じものか!!』
 悠人は西の空を見上げた。
 「イースペリアの時の様に、帝国が絡んでるのか?」
 『いーや、どうやら大統領本人の仕業らしい』
 ヨーティアは答える。
 『大統領は今、マロリガンのエーテル変換施設に立てこもっているようだ!』
 「どうして、大統領がそんなことを!?国力も戦力も五分・・・いや、ラキオス以上かも知れないのに」
 『あの大統領は北方五国の王達とは違う、切れ者だと思ってた・・・それなのにどうして、こんな自殺行為を?』
 困惑する悠人をよそに、ヨーティアは続ける。
 『・・・議会も混乱しているらしいね。真意はわからない。ミエーユ、ガルガリンのエーテルも、全て首都マロリガンに流れ込んでいってるのが観測されたよ。マロリガンの動力中枢は、かなり厚意の永遠神剣だ。暴走によって引き起こされるマナ消失現象は、マロリガン全土を巻き込むだろうさ』
 「・・・」
 『マナの消失現象は大量の命を消し去る。その上、一度消失したマナは大地に帰ってこない・・・命の総量が減ってしまうんだぞ』
 悠人の剣を握る手に、力がこもる。
 『何も出来ないまま、イースペリアの人々の命が失われた。それも俺達が引き起こしたマナ消失現象で・・・』
 「くそっ!!同じ失敗はしない!!」
 『命は簡単に消していいものじゃない!みんなの命は、みんなのものなんだ。人の命もスピリットの命も、数字じゃないだろう!?勝手に弄んでいいものじゃないって、何故わからない!!』
 「ヨーティア、教えてくれ!臨界まで後どれくらい猶予がある?」
 『イースペリアのものに比べて巨大だから、まだもう少し時間はある。ただ引き返している時間はない。それは前と同じだけどね。ユート、わかってるな?』
 「ああ・・・あんな事、もう一度起こしてたまるか」
 拳を握りしめる。
 『どうしてこんな事をする気になったのかわからない。その辺りはこちらでも探りを入れてみるよ。ユートは急いで、首都までたどり着くんだ!』
 「わかった」
 『あの大統領のことだ・・・ただの動力中枢の暴走とは思えない。私達の想像してることとは別の目的があるのかも知れない。何かわかり次第、また連絡を入れる』
 声が途切れ、悠人は【求め】を耳から離した。
 「・・・」
 「悠人。ヨーティアは何だって?」
 ヨーティアの声が聞こえない闘護は尋ねた。
 「急いでマロリガンに向かわないと、マナ消失が起こる」
 悠人の言葉に、闘護の表情が変わった。
 「・・・誰がそんなものを引き起こそうとしてるんだ?」
 「クェドギンだ」
 「・・・クェドギン、だと?」
 「ああ。ヨーティアがそう言ってた・・・何故かはわからないって言ってた」
 「・・・」
 『どういうことだ?マナ消失を起こす理由・・・まさか自分たちが助かるとは思ってないだろう。と、なると自爆・・・か?』
 闘護は口元に手を当て考える。
 『ならば、何故自爆をする?大統領は運命を変えると言っていた。自爆すれば変えることにはならない・・・ん?』
 「まてよ・・・」
 闘護は眉をひそめた。
 『もしも・・・ラキオスに勝てないことが決定的になったとしたら・・・運命を変えることが出来ないと確信したならば・・・運命そのものを破壊しようとする・・・?』
 「・・・まさか」
 「おい、闘護。どうしたんだ?」
 悠人の問いかけに、闘護は青ざめた表情で悠人を見た。
 「悠人・・・大統領を止めるぞ」
 「あ、ああ・・・」
 闘護の迫力に、悠人はたじろきながら頷いた。


─聖ヨト暦332年 シーレの月 赤 五つの日 夜
 マロリガン領 駐屯地

 「ふぅ・・・」
 『稲妻部隊との連戦は堪えるよな・・・それに、なかなかマロリガンに近づけない・・・』
 「くそっ」
 苛つきを抑える為にも、深呼吸して空を見上げる。
 「機嫌悪そうだな・・・どうした?」
 ふと、隣に闘護が来た。
 「砂漠って空が綺麗だとかいうけど、ホントだ・・・この世界にも、宇宙ってあるのかな?」
 悠人は視線を空に向けたまま尋ねる。
 「さて・・・どうだろう?」
 闘護はそう答えて悠人の隣に座った。
 「アセリアは空の向こうにハイペリアがあると言ってた・・・」
 「・・・」
 アセリアの名前が出た時、二人の表情が僅かに翳る。
 「ここも地球と同じように惑星で、宇宙空間には別の惑星もあるのかな?」
 「・・・空間として考えると、そうは思えないな」
 「どうして?」
 「この大地はマナに支配されているだろ。俺達の世界にはマナが希薄だった・・・俺達の世界にある月には空気はないけど、マナのようなエネルギーはないだろ?まぁ、発見されてないだけかも知れないが・・・」
 「・・・考えてみると、エネルギーを巡る戦争を繰り返しているのは、俺達の世界も同じだよな」
 そう言って、悠人は頭を下げた。
 「・・・別の世界に来て、こんなにも広大な大地に放り出されて、何故俺達と光陰達が戦うことになったんだろう・・・」
 「・・・」
 悠人の呟きに闘護は沈黙する。
 キィーン・・・
 『【求め】がまた・・・鳴っている』
 神剣同士の共鳴。
 『それも【空虚】と【因果】に対するもの・・・殺意を持って、俺にせがむ』
 悠人は小さく唇を噛んだ。
 『【求め】の憎悪は、距離が近づくほどに膨れあがっている。心を奪われない様に、俺はただただ耐え続けなければならないんだ。だけど・・・』
 「・・・戦うしかないのか?」
 悠人はそう呟くと、再び空を見上げた。
 「・・・お前は佳織ちゃんを助け出す為に。光陰は岬君を守る為に。どちらも譲れない」
 闘護はゆっくりと言った。
 「もしも、どちらしか選べないとしたら・・・」
 「できるかよ、そんなこと」
 闘護の言葉を遮るように悠人は言った。
 キィーン・・・
 〔契約者よ。我の求めは神剣の破壊。我の憎しみに答えよ〕
 「うるさい、バカ剣!!」
 頭の中に響く【求め】の言葉を一喝する。
 「決断しなければならないのか・・・?」
 「・・・迷いを持ったまま戦って勝てるほど、光陰達は甘い相手ではない」
 悠人の問いに、闘護は冷静に答える。
 「わかってるさ・・・本気で挑んだって、勝てるとは限らないんだ」
 『よくて五分以下・・・だろう』
 悠人は両拳を握りしめる。
 「だけど・・・」
 悠人は闘護を見つめた。
 「犠牲にしていいはずがないんだ。いくら、佳織を助ける為だとしても・・・」
 「・・・」
 「まだ間に合う・・・今日子を神剣から解き放つことだって、絶対に出来る・・・!!そうなったら、光陰だって戦う理由がなくなるはずだ」
 悠人は【求め】を掴んだ。
 「戦うのは避けられないかもしれない・・・だけど、それは二人を殺すという意味じゃない。いくら【求め】が俺を唆そうと、それだけは認めるわけにはいかないんだ!!」
 そしてゆっくりと立ち上がると、【求め】の柄を強く握りしめる。
 「よく聞けよ、バカ剣!!俺は今日子も光陰も助け出す。佳織だってアセリア達だって、誰一人殺させはしない。絶対に、お前の言いなりなんかになったりはしない!!」
 「誰も犠牲にしない、か・・・贅沢だな」
 闘護は苦笑する。
 「そうさ。確かに傲慢だろうけど・・・そう思って何が悪い!!」
 「・・・」
 「みんなで帰らなきゃ、意味なんてないんだ!!!」
 キィーン!!
 「っ!!」
 いつもの様に、強烈な頭痛に襲われる。
 「無駄だ・・・バカ剣!!」
 『お前が何を望もうと・・・必ず、みんなで生き残ってみせる!!』
 笑って済ませられるものではないが、それでも心を決めた今、その程度で気持ちは揺るがない。
 悠人は【求め】を腰に差した。
 「覚悟した、か」
 闘護はそう言って立ち上がる。
 「悠人。どんなことがあっても・・・その決意は揺らがないか?」
 「ああ!!」
 「・・・OK。ならば、トコトン付き合うぜ」
 闘護はニヤリと笑って悠人に手を差し出した。
 「・・・ありがとう、闘護」
 悠人も笑顔で差し出された手を握り替えした。
 「悠人。絶対に、光陰と岬君を助けよう」
 闘護の言葉に、悠人は力強く頷いた。


─聖ヨト暦332年 シーレの月 緑 一つの日 夕方
 マロリガン領 荒野

 「・・・マナが重くなってきています」
 セリアが呟いた。
 「マナが・・・?それってつまり・・・」
 「暴走の時が近づいて来ている・・・のか?」
 闘護の言葉を継ぐように悠人が尋ねた。
 「おそらく・・・」
 セリアの言葉に、エスペリアが頷く。
 「急ぎましょう!このままでは、大陸全土がこの砂漠のようになってしまいます」
 「わかってる!」
 『イースペリアの過ちを繰り返してたまるか!今度こそ止めてやる。罪を消すことは出来ないけど、償うことは出来るはずだ』
 悠人はチラリとエスペリアを見る。
 「・・・ユート様」
 『過去も、何もかもを呑み込んでやるんだ』
 「参りましょう!」
 ウルカの言葉に悠人は頷いた。

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