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─聖ヨト暦332年 コサトの月 黒 一つの日 昼
 城の一室

 コンコン
 「スピリット隊副長、神坂闘護。推参しました」
 「どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 部屋に入るとレスティーナが立っていた。
 「わざわざ呼び出して申し訳ありません」
 そう言ってゆっくりと頭を下げた。
 「いえ」
 闘護は首を振った。
 「私一人に用があるとのことですが・・・」
 「はい・・・」
 レスティーナはゆっくりと闘護に歩み寄った。
 「トーゴ・・・」
 闘護の方が身長が高いので、レスティーナは闘護を見上げる。
 「はい」
 「・・・トーゴ君」
 「・・・はい」
 ファサッ・・・
 「っと・・・」
 「よかった・・・本当に無事で・・・」
 「レス・・レムリア・・・」
 「ずっと心配で・・・ホントに・・よかった・・・」
 「・・・すまなかった」
 胸の中で嗚咽を漏らすレムリアの背中を闘護は優しく撫でた。
 「トーゴ君・・・」
 「ん?」
 レムリアは涙に濡れた顔で闘護を見上げると、優しく微笑んだ。
 「お帰り・・・」
 「・・・ただいま」
 闘護も優しく微笑む。
 「えへへ・・・ずっと言いたかったんだけど、なかなか二人っきりになれなくって言えなかったんだ」
 「お互い忙しかったからな」
 闘護は肩を竦めた。
 「でも、これでスッキリしたよ」
 レムリアはクルリと一回転して闘護から離れた。
 フワァ・・
 その刹那、ドレスの裾がめくれ上がってチラリと下着が見える。
 「っと・・」
 闘護は素早く目を逸らした。
 「あれ?どうしたの?」
 闘護の素振りに、レムリアが首を傾げた。
 「いや、何でもないよ」
 努めて冷静に闘護は答える。
 「ん〜?怪しいなぁ」
 レムリアはジト目で闘護を睨む。
 その様子に、闘護は小さくため息をついた。
 「ったく・・・何があったか知りたいの?」
 「うん」
 「ふぅ・・・」
 闘護は頭を掻くと、レムリアをジッと見つめる。
 「レムリア・・・」
 「何・・・?」
 トンッ
 「と、トーゴ君!?」
 闘護に両肩を掴まれ、レムリアはハッと身体を強ばらせる。
 「レムリア・・・」
 「う、うん・・・」
 息を呑むレムリア。
 闘護は真剣な表情のままゆっくりと口を開く・・・

 「下着が見えたぞ」

 「・・・へ?」
 闘護の言葉に、レムリアの目が点になる。
 「さっき一回転した時にスカートがめくれて下着がチラッと見えた」
 「・・・!!!」
 レムリアの顔が一気に赤くなる。
 「気をつけろよ」
 「ばっ・・・ばか!!」
 ポンッ!!
 「ばか!!えっち!!」
 ポンポンポン!!
 真っ赤になったまま、闘護の胸を何度も叩く。
 「だ、大丈夫だって」
 「何が大丈夫なの!!」
 「見えた瞬間、すぐに目を逸らしたから」
 「!!!ぜんっぜん大丈夫じゃないよ!!」
 さっきまでの感動的な空気はどこへやら。
 トンチンカンな会話を続けながら、二人は暫しじゃれ合った。


─聖ヨト暦332年 コサトの月 黒 二つの日 昼
 ヨーティアの研究室

 「よく集まってくれた諸君!」
 そう言いながら、集まった者達の顔をぐるりと見渡す。
 集まったのは悠人、闘護、レスティーナの三人。
 相変わらず本に埋もれている部屋。
 この人数が集まるのはなかなかに辛かった。
 「今日、呼んだのは他でもない。これを見てくれ!」
 バサッ!
 勢いよく、一枚の巨大な図面をテーブルに広げる。
 『うぅ・・何でこんなにテンションが高いんだ』
 悠人はヨーティアの元気の良さに少し引いてしまう。
 『殴り書きのような文章に、いくつもの見たことのない数列・・・か?』
 「これは・・・」
 図面に目を落とした闘護が尋ねた。
 「マロリガン攻略の切り札だ!」
 ヨーティアの目は充血し、疲労の色は濃い。
 だが、瞳の光は強く、今広げている物に対する自信がうかがえた。
 「ヨーティア殿、これは・・・?」
 「かねてより設計に着手していた『抗マナ変換装置』さ。まだ試作品で、機能は限定されているけどね」
 ゴテゴテとした外観で、お世辞にも格好いいとは言えない。
 「抗マナ変換装置・・・以前話していた、エーテル化できないマナを作り出す装置か」
 「どうして抗マナ変換装置が、マロリガン戦と関係するんだ?これは戦いを終えてから必要な物だろう?今使ったら、俺達だってエーテル不足になって戦えなくなるぞ」
 『ラキオスのマナを、抗マナ化してしまったら建設などに使うことも出来なくなってしまうだろうし』
 悠人が尋ねる。
 「まぁ最後まで説明を聞け」
 ヨーティアは手を振った。
 「さて、現在マロリガン侵攻の最大の壁・・・それはダスカトロン大砂漠中央部から、マロリガン北部に向かって展開しているマナ障壁だ。これがある限り、強烈な嵐の壁によって侵攻は出来ない。更に!更にだ!!」
 ヨーティアは悔しそうに拳を握りしめる。
 「猪口才なことに、私を貶めようと罠まで張ってあった。それもわざわざ、罠に行き着くまでを私が作業しやすいように作ってあったんだ!大天才をコケにしてくれたことを、後悔させてやるっ!!」
 興奮して拳を振り上げながら熱く語る。
 三人はポカンとした表情で、怒りに震えるヨーティアを見ていた。
 それに気がついたヨーティアは、一つ咳払いをすると、照れ隠しなのか、何事もなかった様に冷静を装う。
 「コホン・・・それはさておきだ」
 興奮を咳払いで誤魔化した後、一息ついてから言葉を続ける。
 再び三人も聞く体勢になった。
 「確認になるが、マナ障壁とはマロリガンの保持している『マナ障壁発生装置』によって人為的に作り出されている。コイツは二つの装置から成り立っている」
 ヨーティアは壁に掛けられた地図に赤いペンで印す。
 一つはデオドガンに、もう一つはスレギトという村。
 「んで、その装置の間にマナ嵐を引き起こすって訳だ」
 スゥーと拠点間に赤いラインを引く。
 そこが、現在マナ障壁のあるエリアだった。
 「このマナ嵐は、スピリットやエトランジェに致命的な影響を及ぼす。解除されない限り、突破は不可能だと言っていい。だがマロリガンのスピリット達は通過している。これは決められたときだけ解除している、と考えるのが自然だろうね・・・ま、こっち側だけが圧倒的に不利だってことさ」
 ここまでは三人とも聞いていた内容だ。
 マナ障壁はいかなる物で、どのような影響を与えているかの確認である。
 「さて、次に説明することはマナ障壁発生装置の特徴だ」
 ヨーティアは再び全員を見回した。
 「送信側からエーテルを急激に流してマナに戻し、対となる受信側がそのマナを取り込む。送信機のエーテルがつきたら、受信側と送信側を切り替えることで半永久的に使えるってわけさ。本来はその間にマナ消失空間を作らなくてはならないから、広範囲で使うことは出来ないが、あの砂漠っていう所が問題だ・・・よく考えられるね、なかなかだよ」
 一旦言葉を切るヨーティア。
 そして再び地図を指さす。
 「装置はどちらもエーテル変換装置を保っている。周辺のマナを強力に吸収し、エーテル化して放出する」
 そこで、ヨーティアはニヤリと笑った。
 「それならばマナを使用不可能にしてしまえば、エーテルは得られない。マナ障壁は展開しないって訳だ。そこで登場するのが・・・」
 「その抗マナ化装置、ということですか」
 レスティーナの言葉の言葉に、ヨーティアは頷く。
 改めて、三人は設計図らしき図面に視線を戻す。
 抗マナ・・・現在のエーテル変換技術では、決してエーテル化できない全く別の物質。
 本来は、世界からエーテル技術を消滅させ、争いの火種を消すための平和への切り札という。
 図面を見る限り、ガラクタの様にも見える。
 『そんな物が、理想を実現させる・・・本当に出来るのか?全然わからん』
 訝しむように見つめる悠人に対し、闘護とレスティーナはいつも以上に真剣な眼差しで、数々の数式やメモを見つめていた。
 「抗マナ化すれば、マナを変換できなくなる。あの装置は、エーテル不足になって、ただのガラクタに変わる。当然、抗マナ化した地域のマナは、私達も使えなくなるけどね・・・ふふふふ・・・ふふふふふ・・・この弱点までは克服できなかった様だね。ふふふ、甘い甘い。ふふ、ふふ」
 ヨーティアは俯きながら、ブツブツと呟く。
 図面の端を握りしめながら、不気味に笑った。
 その様子に、悠人は恐怖を感じて冷や汗を浮かべる。
 『やっぱり、生粋に負けず嫌いってヤツなんだろうなぁ。でも流石は天才・・・よくもまぁ、こんな物を。敵だってこんな物を作るとは予想してないだろうな』
 「じゃ、これでマロリガンに突入できるって訳だな?」
 「ああ!その通り。この装置はもう完成してる。こいつを、スレギトで稼働させるんだ」
 悠人の言葉に、ヨーティアは勢いよく顔を上げる。
 自信に満ちた不敵な笑顔で背を向けて研究室の奥へと向かう。
 「周囲のマナを抗マナに変化させてしまえば、あの不愉快で不細工な代物は、ただのガラクタになる!」
 ヨーティアは研究室の奥の、倉庫の扉を開ける。
 暗闇から現れたのは3mほどの高さの螺旋状の物体。
 三人は螺旋を見上げる。
 黒く光る機械には静かな迫力が宿っている。
 「凄い・・・確かに天才にしか思いつかないし実現できないな。こんな方法は」
 「ふふふ・・・その通りだ!!」
 闘護の言葉にヨーティアは得意げに言った。
 「本当に有り難うございます。ヨーティア殿、お疲れ様でした。ゆっくり身体をお休め下さい」
 レスティーナは螺旋から視線を戻し、深々と礼をする。
 「なぁに、礼には及ばないさ。やんなきゃいけないことが前倒しになったってだけだからね」
 ヨーティアは両手を白衣のポケットに突っ込み照れくさそうに笑った。
 「ま、さすがにちょっと眠らせてもらうわ。このままじゃ美人が台無しになっちまうよ」
 軽口を叩きつつ片目を瞑ってみせる。
 レスティーナも微笑みを返した。
 ヨーティアは悠人と闘護に向き直る。
 「ユート、トーゴ!親友を助けるんだろ?そういうのは嫌いじゃないよ。頑張ってきな!」
 ヨーティアはニヤリと笑った。
 「可能性が少しでも残されているならば、決して諦めることはない」
 【・・・】
 「自分を信じることだ。この戦い、私も決着をつけたい」
 「ああ!サンキュ!ヨーティア」
 『今日子、光陰、佳織・・待ってろ。必ず助け出してみせる!!』
 「感謝する」
 『これで、マロリガンに攻め入ることが出来る・・・【自由】の言葉に賭ける事が出来る・・・』
 悠人と闘護は頭を下げた。
 「あ〜、ユート、トーゴ。ちょっと待て。お前達は残れ。ちょっと・・・話がある」
 【?】
 「いいからとても重要な話だ。いいかい?レスティーナ殿」
 「わかりました。後を頼みます」
 レスティーナは軽く会釈すると、部屋から出て行った。


─同日、夕方
 ヨーティアの研究室

 レスティーナは城に戻り、研究所には悠人と闘護とヨーティアだけが残された。
 「おっと・・・こっちじゃなかったかな」
 ヨーティアは、ゴソゴソと汚い棚の中を漁っている。
 「ユートのエーテルジャンプは、今晩だったね」
 「何かまだ重要なことがあるのか?」
 「さて・・・レスティーナにさえ言えないこと・・・一体なんだろう?」
 「・・・よし!見つけた」
 二人が小声で会話をしていると、ヨーティアは本棚らしき棚の一番下辺りから、何か木箱を取り出した。
 そして、真剣な表情でつかつかと二人に向かって歩いてくる。
 『一体、何が・・・』
 『大きさは短剣くらいは入るな・・・まさか、新しい神剣か!?』
 ヨーティアの木箱に興味を抱く悠人と闘護。
 トン
 テーブルに置かれた木箱は、薄汚れているが、汚れがこびりついていることはない。
 丁寧に何度も出されては、木箱の表面を拭いていたのだろう。
 「いよいよ、これを開ける時がきたか」
 【・・・】
 二人はゴクリと唾を飲み込む。
 「・・・」
 厳重に封印された釘を、釘抜きで一本ずつ抜いていく。
 キィーキィーと木箱が軋む様を、二人は無言で見つめた。
 全ての釘が取り除かれ、役目を終えた釘は無造作に地面に音を立てて落ちる。
 「今日こそ、相応しい日だ」
 開いた木箱からおもむろに何か、瓶の様な物を取り出す。
 「・・・って、瓶そのものじゃないか」
 悠人が突っ込む。
 ヨーティアがまるで愛し子を抱くかの様に抱きしめているのは、ウィスキーの瓶その物だった。
 コルク栓を引き抜き、テーブルに無造作に転がっていた三つのグラスにトクトクと注いでいく。
 グラスに少しだけの、澄んだ茶色の液体。
 「しかも・・・それってお酒じゃないのか?」
 「え、お酒!?」
 「ああ、トーゴの言う通り酒さ。ほら、たまには一杯つき合え」
 微妙に薄汚れたグラスの一つを悠人に、もう一つを闘護にに差し出す。
 「イオも飲まないし、流石にレスティーナ殿をつき合わせるわけにはいかないからね」
 「あのな、俺だって酒は・・・」
 「いいからいいから。男だろ?」
 「理由になってないぞ」
 「相変わらず固いねぇ、トーゴは。いいからつき合えって」
 結局、二人はグラスを受け取ることになった。
 「これってウィスキーか?」
 「ウィスキー?そんな名前ではないな。これはアカスクだ。蒸留酒だ」
 「蒸留酒・・・って、何だ?知ってるか、闘護?」
 「いや・・・知らないな」
 闘護が酒の香りを嗅ぎながら答える。
 「まぁ、どっちにしろ・・・この香りは多分ウィスキーだろ。父さんが飲んでたお酒と同じ匂いだ」
 「ほぉ。語源は何だ?」
 「さぁ。知らない」
 「へぇ、トーゴが知らないのか・・・ユート、お前は?」
 「し、知ってるわけないだろ?ウィスキーなんて飲んだことないし・・・」
 悠人の物言いに、ヨーティアは呆れたようにため息をつく。
 「これだからボンクラなんだ。日々、色々な物に関心を持ってだな・・・」
 「ああ、いいからいいから。飲めばいいんだろ」
 ヨーティアに嫌みを言われ、悠人は半ばヤケになってグラスの液体を喉に流し込む。
 「ゴクッ・・・ッ!!」
 その瞬間、悠人の口の中に何とも感じたことのない味が広がった。
 「ンクッ・・ングッ・・・プハッ!!」
 しかめっ面を浮かべながらも、どうにか飲み込む。
 「はぁはぁ・・・っ!!」
 途端に、喉を押さえる。
 「おい、大丈夫か?」
 「うえぇ・・喉が熱い・・・」
 「いい飲みっぷりだな。気に入った。ドンドンいけ!」
 「な、何だよ、この味?」
 「これが大人の味ってヤツだ。果実酒飲んでいるようじゃ、まだまだ甘い甘い」
 「こんなのがウマイのかよ?」
 悠人の問いかけに、ヨーティアは大きく頷いてみせる。
 「・・・」
 『そうか、美味いのか・・・』
 何故か納得する悠人。
 「ほれ、トーゴ。お前も飲め飲め」
 「・・・」
 ヨーティアに急かされて、闘護も仕方なくグラスに口を付ける。
 「ん・・・んく・・・む・・?」
 半分ほど飲み干して、闘護はグラスから口を離すと驚いた表情を浮かべた。
 「どうした、トーゴ?」
 「・・・美味いな」
 「えぇ!?」
 闘護の言葉に、悠人は目を丸くする。
 「いいねぇ。大人の味のわかる奴は。ほれ、残りもグイッといけ、グイッと!」
 闘護は頷くと、グラスの残りを一気に煽った。
 「ゴクッ・・・ふぅ・・・いや、確かに美味い」
 「おうおう、いい飲みっぷりだねぇ。ジャンジャン行こう・・・ん、ユート。何ボケッとしてんだ。お前もドンドン飲め!」
 「あ、ああ」
 悠人は慌てて二杯目に手を付ける。


 「なぁ、二人とも」
 「・・・んぁ?」
 悠人とヨーティアは、酔っぱらって呂律が回っていない。
 「なんだ?」
 一方、闘護は全く酔っていないのか、普段通りの口調で返事をする。
 ヨーティアはグラスを見ながら話し始めた。
 「凡才って意味を知ってるかぁ?」
 「凡才ぃ・・・?知ってるよ・・・普通のヤツって事だろぉ?」
 「それがどうしたんだ?」
 「・・・まぁ、普通はそうだなぁ。でも私は違う。凡才ほど怖いものはない」
 「なんだよ、それ?」
 悠人が尋ねる。
 「私が言う凡才はな。自らの能力を平凡と認め、その上で高みを目指す人間のことだ。力を見極められないヤツは、ただのバカだ。才を語る以前の問題さ。そんなバカが世界に多いけどねぇ・・・」
 「自分を知ることが出来る者か・・・」
 納得したように頷く闘護。
 「何の話だよ」
 悠人は首を傾げる。
 「天才の想像を遙かに超える凡才がいるって話さ」
 ヨーティアはグラスを傾けた。
 「昔、研究員時代にそんな奴がいたのさ。無茶して足掻いて、とにかく必死に私に食らいついてきた。天才に勝てるはずがないのにな・・・へへっ」
 遠い過去を懐かしむ様に微笑むヨーティア。
 『こんな表情で過去を語る姿は・・・初めてだな』
 「今はどうしているんだ?」
 悠人はやや虚ろになりながら尋ねてみる。
 「ちょっとした事件があってね。責任取らされて追放され帝国を去った・・・それっきりさ。後で研究資料が持ち出されていたことがわかって大騒ぎになったけどね。抜かりのない奴だった・・・何処か、あんたらと似てるよ」
 ヨーティアは二人をジッと見つめる。
 「周りがすぐに見えなくなる所とか、不器用な所はユートにそっくりだよ・・・何でもかんでも自分一人でやろうとしたり、頑固なところはトーゴと同じだね」
 【・・・】
 『例のマロリガン共和国の技術者の事だろうな・・・』
 『この口ぶりは・・・男性か。さて、技術者・・・ん?』
 頭の回らない悠人に対し、闘護は何か引っかかるモノがあった。
 「うぅ・・・少し、飲み過ぎた。下らないこと喋っちまったよ」
 ヨーティアは小さく頭を振った。
 「これからは戦いはもっと辛くなる・・・飲み込まれるな。神剣にも、自分にも。お前達の意志は、お前だけの物だからね」
 『俺の意志は・・・俺の物・・・つまり』
 「他人が決めた運命に踊らされるのは許せない・・・か」
 「・・・はは、やっぱり似てるねぇ」
 闘護の呟きに、ヨーティアが笑う。
 「そうなのか?」
 「ああ・・・ホント、よく似てるよ」
 そう言ってグラスを小さく振る。
 アカスクがチャプと踊った。


─聖ヨト暦332年 ソネスの月 青 一つの日 朝
 謁見の間

 謁見の間には巨大な機械が持ち込まれていた。
 ヨーティアが持ち込んだ、この装置。
 何でもエーテルジャンプの理論を応用した、一部の光情報だけを転送する物・・・悠人達が話したテレビが原案だそうだ。
 今日のレスティーナの言葉は、国中の人間が聞くことになる。
 これからの戦いは、大陸の命運をかけた物と言っていい。
 『俺も、レスティーナも引くことは出来ない。前に進むことしかできない・・・』
 『決戦の時、か・・・俺の最大の目的は光陰と岬君を助けること、になる。その為にも立ち止まるわけにはいかない・・・』
 心の中で覚悟を決める悠人と闘護。
 ギィイイイイーン・・・
 不愉快な音を機械が発し始めたのと同時に、玉座のレスティーナは立ち上がり、話し始めた。
 「私達は、一つの大きな決断を迫られています。帝国がこの戦いに介入してきた今、マロリガンを先に落とさなければ、帝国との戦いに勝つ術はないでしょう。とはいえ・・・大砂漠中央部のマナ障壁を解除した先に何が待っているのかわかりません。どんな犠牲が出るかもわかりません・・・それでも、進まない限り・・・未来はないのです」

 マナ障壁の解除。
 それによって帝国のスピリット達も、マロリガンに侵入することが出来るようになる。
 兵力に勝る帝国に勝つには、解除と同時に砂漠を駆け抜けるしかなかった。
 マロリガン領に入ってからも、かなりの距離を進まなければ、首都へとたどり着けない。

 「補給なしで、一気に・・・か」
 悠人は小さく呟いた。
 『一発勝負の総力戦。分がいいとは言えないが、それでもやるしかない!』
 悠人は顔を上げ、隣に並ぶ闘護を見る。
 すると、闘護と視線があった。
 「・・・」
 『大丈夫だよ』
 小さく、不敵に笑う闘護。
 「・・・」
 『そうだな・・・』
 それを見て、悠人も小さく頷いた。
 「首都マロリガンに続く道には、稲妻部隊とエトランジェが待ちかまえているでしょう。我が国のスピリット隊にとっては危険な任務となります・・・ですが、彼らの勝利なくして、我々に未来はないのです!!」
 レスティーナは強い口調で続ける。
 「今日より、生活用に確保してあるエーテルを一部、軍事強化に回します。私達一人一人が戦う者です。決してスピリット達だけが、この戦争の戦士ではありません。この国の・・・いえ、平和な未来を掴むため、この大地に存在する全ての者が戦士なのです」
 レスティーナは一旦言葉を切り、息を吸い込む。
 謁見の間の、いやラキオス中の者達が、次の言葉を待った。
 「これより、マロリガンを陥落させます!!スピリット隊隊長エトランジェ、【求め】のユートよ!」
 「はっ!」
 「ダスカトロン大砂漠のマナ障壁を解除し一気に進軍。そのまま首都マロリガンを陥落、その間に現れる、あらゆる驚異を排除せよ」
 『何が待っているかはわからない。確実に言えるのは、稲妻部隊、今日子と光陰だ。俺は今日子達を、剣の支配から救い出してみせる・・・そして、佳織を瞬の手から取り戻すんだ!』
 その場で立ち上がり【求め】を掲げる。
 「はっ!この大地の未来のために!!」
 闘護も立ち上がり、右手を胸に添えた。
 「御意に!!」
 『必ず岬君を・・・そして、光陰を助け出す!!』
 心の中で決意する。
 「スピリット隊は前線へ赴き、作戦を展開せよ!マロリガンとの戦いに決着をつけます!!」


─同日、昼
 闘護の部屋

 「・・・よし、こんな所だろう」
 編成表を書き終えた闘護は小さく伸びをした。
 「ふぅ・・・いよいよ、マロリガンとの決戦か」
 闘護は立ち上がると、窓の外を覗いた。
 『この戦いの目的は二つ。一つはマロリガンを攻略すること。そしてもう一つは光陰と岬君を助けること』
 ゆっくりした動作で腕を組む。
 『岬君を助ける方法は、【自由】の言った通りにやってみるしかない。そうなると、彼女を弱らせる必要がある・・・』
 「悠人だけでは荷が重いかもしれない・・・」
 小さくため息をついた。
 『かといって、スピリットでは更に荷が重い・・・と、なると・・・』
 「先に光陰を説得して味方に引き込む・・・か」
 そう言ってポリポリと頭を掻いた。
 「光陰が先に攻め込んでくる事を願うしかないな・・・」


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 食堂には、悠人、闘護、エスペリアの三人が集まった。

 「作戦を説明いたします」
 エスペリアはテーブルの上に広げられた地図を見つめる。
 「ヨーティア様が開発した『抗マナ発生装置・試作器』をスレギトに配置します。抗マナ化することで、マナ嵐を中和する作戦です」
 そう言って、スレギトを指さす。
 「『抗マナ発生装置』は、ユート様の部隊が運用することになります。トーゴ様、編成は・・・」
 「わかってる。これが編成表だ」
 闘護は頷くと、地図の上に一枚の紙を置いた。
 「部隊は三つだ。第一部隊は悠人、エスペリア、アセリア、オルファリル、ウルカ。第二部隊は俺、ヒミカ、ニムントール、ファーレーン、ネリー、第三部隊は、セリア、ハリオン、ナナルゥ、シアー、ヘリオンだ」
 「装置を運ぶのは第一部隊なのか?」
 「ああ。第二部隊は第一部隊のすぐ後を追う。フォロー役だな」
 「第三部隊は補給担当ですか・・・トーゴ様。何故、このような編成にしたのですか?」
 「第一部隊は先鋒だから、一番強くした。第二部隊は第一部隊の後続の進軍路を確保する為に、防御に主眼を置いている。第三部隊は補給担当だから、移動力の高いウィングハイロゥを持つスピリットをメインにしたんだ」
 そう言って、闘護は小さく肩を竦める。
 「本当は、第三部隊はウィングハイロゥを持つ者だけで固めたかったんだが・・・そうなると、車を使わないと運べない物資を守るスピリットが不足するからね」
 「ネリーが第二部隊にいるのはどうしてだ?」
 「伝令係さ。前線を飛び回るから、シアーよりも攻撃力の高いネリーを選んだ。セリアは第三部隊の隊長を任せなくてはならないからな」
 「ふーむ・・・」
 「まぁ、実際は第一部隊と第二部隊は一緒に行動することになるだろう。それに各部隊でまた二、三人の小隊に分けることになるだろうが、それは各々任せるよ」
 「・・・私はこれでいいと思います」
 エスペリアが頷く。
 「悠人はどうだ?」
 「俺も構わないよ」
 「よし。じゃあ、後は任せるぞ。俺は一足先にランサへ向かうからな」
 「第一部隊がスレギトに到着し、装置を発動させ、障壁が消えれば作戦は成功です」
 エスペリアは悠人と闘護を見た。
 『むっ・・・』
 その一瞬、エスペリアが悠人と視線を外したのを闘護は見逃さなかった。
 「危険な任務です。それに・・・いえ、進みましょう。私達に出来ることをしましょう」
 エスペリアの言葉に悠人と闘護は頷く。
 「では、私は出立の準備を行うので失礼します」
 そう言って一礼すると、エスペリアは地図を直して食堂から出て行った。
 そして、食堂には悠人と闘護の二人が残る。
 「・・・闘護」
 「ん?」
 「エスペリアの様子・・・どうだろう?」
 「さて、な」
 悠人の問いかけに、闘護は小さく肩を竦めた。
 「何か気になることでも?」
 「・・・」
 『何があったかは聞くまでもないか。まだ喧嘩したままのようだな・・・』
 「ったく・・・公私のケジメはつけろよな」
 沈黙する悠人に、闘護はため息をついた。
 『アセリアやオルファのこと・・・考えることが沢山あるとはいえ、エスペリアのことは完全にプライベートだ。俺が口出しすることじゃない』
 「俺は手助けしないからな。自分でどうにかしろ」
 そう言い残し、闘護は食堂から出て行った。
 一人、残された悠人は唇を噛み締める。
 「くそっ・・・」
 『どうしろって・・・どうすればいいんだよ?』


 次の日の朝、闘護は『抗マナ発生装置』の輸送隊と共にラキオスを出発、ランサへ向かった。
 一方、悠人はエーテルジャンプ装置を利用して着々と戦いへの準備を進めていた。
 だが、エスペリアと仲直りをすることはなかなか出来なかった・・・


─聖ヨト暦332年 ソネスの月 赤 三つの日 朝
 ランサ

 【トーゴ様!!】
 「みんな」
 駐屯地に入ると、闘護の元にヒミカ達スピリットが駆け寄ってきた。
 「はぁはぁ・・・お待ちしておりました、トーゴ様」
 先頭に立つヒミカが頭を下げた。
 「遅くなってすまなかった。コイツを運ぶのに手間取ってしまった」
 そう言って、闘護は後ろにある車の荷台に積んである装置を顎で差した。
 「これが『抗マナ発生装置』ですか・・・」
 「うわぁ・・・」
 「大きい・・・」
 ウルカ、ネリー、シアーが感嘆の口調で呟いた。
 「これをスレギトに設置すれば“マナ嵐”は止められる」
 闘護はニヤリと笑うと装置を軽く叩いた。
 「トーゴ様・・・」
 その時、荷車の周りにいた兵士の一人が闘護に声をかけた。
 「ご苦労だった。休息を取ってくれ」
 「はっ!!」
 敬礼すると、他の兵士を連れて宿舎の方へ行った。
 「トーゴ様。我々は既に準備を終えています」
 「そうか。他のみんなは?」
 「セリアとエスペリアは進軍経路の確認を、ファーレーンとニムとヘリオンは補給の準備を行っています。ユート様はハリオンと共に一旦ラキオスに帰還していますが昼にはこちらに戻ってきます」
 「ナナルゥとオルファは?」
 「・・・アセリアの世話を」
 僅かに沈んだ口調で答えるヒミカ。
 「そう、か・・・」
 闘護は小さく頷いた。
 「とりあえず、セリアとエスペリアに会おう。二人はどこに?」
 「宿舎にいます」
 「わかった」
 闘護は四人に会釈して宿舎に向かった。

 コンコン
 「誰ですか?」
 「神坂闘護だ」
 「どうぞ」
 ガチャリ
 「失礼するよ」
 部屋に入ると、セリアとエスペリアがテーブルの上に広げた地図を前にしていた。
 【遠路をご苦労さまでした】
 「少し遅れてしまった。申し訳ない」
 闘護は小さく頭を下げた。
 「いえ。こちらも準備が終わったのは昨日の夜ですから」
 セリアの言葉に闘護は頷くと、早速地図を覗き込む。
 「経路の確認をしていると聞いたが・・・」
 「はい」
 闘護の言葉にセリアが頷く。
 「スレギトへ向かうには、やはりヘリヤの道を進むしかないだろうな」
 闘護はテーブルの上に立つと、早速地図に視線を落とす。
 「はい。問題はそこから先です」
 エスペリアが言った。
 「ルートは三つだな・・・北か、中央か、南か・・・」
 「南は侵攻経路と大幅に異なるので、北か中央にするべきだと二人で話していました」
 「ふむ・・・二人はどっちがいいと思う?」
 闘護が尋ねた。
 「私は北のルートを通るべきではないかと思います」
 エスペリアが提案した。
 「理由は?」
 「遠回りになりますが、中央に比べて守りが薄いと思います」
 「ふむ・・・セリアは?」
 「私は中央のルートを通るべきかと思います」
 セリアが提案した。
 「理由は?」
 「攻撃は激しいと予想できますが、尤も短い進軍経路だからです」
 「ふむ・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 『どちらも正論だ・・・が、俺が望むルートは・・・』
 「遠回りだが守りが手薄な北のルート、最短経路だが守りが厚い中央のルート・・・」
 【・・・】
 『光陰ならば・・・どう考える?』
 闘護は腕を組む。
 『光陰は争いを好む性格ではない・・・守りを固める傾向にある。と、なると・・・』
 「・・・なぁ、二人とも」
 闘護は二人を見た。
 「守りを固める事を旨とする人間が指揮官で、数個の大隊と単独で一個大隊並みの戦闘能力を持つ部下が一人、それぞれいる場合・・・どう配置する?」
 「守りを固める事を旨とする指揮官が・・・」
 「数個の大隊と単独で一個大隊並みの戦闘能力を持つ部下一人がいる場合・・・ですか?」
 「ああ」
 エスペリアとセリアの言葉に頷く闘護。
 「・・・最短経路には戦力を割く必要がありますね」
 「ならば・・・数個の大隊はそちらに配置するのではないでしょうか」
 セリアの言葉を継ぐようにエスペリアが答える。
 「それで?」
 闘護が先を促す。
 「もしもの時を考えて・・・遠回りのルートも守ろうとする・・・」
 「一個大隊並みの戦闘能力を持つ部下がいるのなら、そちらに配置するのでは・・・?」
 エスペリアの言葉を継ぐようにセリアが答える。
 「成る程・・・説得力はある」
 闘護は頷く。
 「と、なると・・・」
 『岬君を配置するとすれば・・・』
 そして、地図に視線を落とした
 「北、だな・・・」
 そう言って、指で北のルート─スレギトからニーハスを経てマロリガンに到達する道筋─をなぞった。
 「北、ですか・・・」
 「ああ。大軍を相手にすると結果的に時間がかかる。だが、一個大隊並みとはいえあくまで一人だ。打ち破ることも可能だろう」
 『予想でしかない、が・・・可能性は高いはずだ』
 心中で呟く闘護。
 「まぁ、どちらにせよ・・・これは“マナ嵐”をどうにかしてからの話だがな」
 【はい】
 闘護の言葉にエスペリアとセリアは頷いた。


 「トーゴ様!!」
 荷物を降ろしていたファーレーンが声を上げた。
 「トーゴ・・・?」
 「・・・」
 ファーレーンの声に、ニムントールとナナルゥが顔を上げる。
 「おう、みんな」
 闘護は小走りで三人の元へ駆け寄った。
 「遠路はるばる、ご苦労様です」
 「いや、少し遅れたからね」
 「・・・昨日着くはずだった」
 ニムントールがボソリと呟く。
 「ニム!!」
 「いや、ニムの言う通りさ」
 嗜めるファーレーンを闘護は宥めた。
 「ですが・・・」
 「いいって。それより、準備はもう終わっていると聞いたが・・・」
 「はい。運んでいるのは、技術者の希望する物資です」
 「技術者・・・装置の設置に必要な?」
 「はい」
 「そうか・・・どれくらいで終わる?」
 「今日中には・・・」
 「わかった。みんな、頼むぞ」
 闘護はそう言って、立ち去っていた。
 「さぁ、二人とも。早く仕事を終わらせましょう」
 ファーレーンは二人を見る。
 「はい」
 「・・・」
 ナナルゥは素直に返事をするが、ニムントールは小さく頷くだけだった。
 ファーレーンはそのまま荷物を持って行ってしまう。
 ナナルゥも遅れて、荷物の運搬に戻った。
 「お姉ちゃん・・・トーゴとばっかり話して・・・」
 残されたニムントールの呟きは、空に消えていった・・・


─同日、昼
 ランサ

 ガチャリ
 「闘護!!」
 「おう、悠人」
 闘護は立ち上がった。
 「昨日着くって予定だったけど・・・何かあったのか?」
 「いや、装置が思いのほか重くてね・・・手間取ったんだ」
 「そうか・・・」
 「それより、何でランサに戻ってたんだ?」
 「定例報告だよ」
 「それだけか?」
 「他に何があるんだ?」
 「まぁ、別にないけど・・・それより、何でハリオンと一緒に行ったんだ?」
 「・・・」
 「エスペリアと一緒に行かなかったのは何でだ?」
 「・・・エスペリアは、進軍経路の打ち合わせで忙しかったからだよ」
 闘護から視線を外して悠人は答えた。
 『まだ仲直りしてないのか・・・』
 「作戦行動に支障を来すようなことはするなよ」
 「わかってるよ」
 苦い表情で悠人は答えた。

 次の日・・・
 いよいよ、悠人達ラキオス軍はランサを出発、スレギトへ向かった。
 ヨーティアの切り札、『抗マナ発生装置』をスレギトに設置することが最初の目的である。


─聖ヨト暦332年 ソネスの月 黒 五つの日 夜
 ダスカトロン砂漠

 日も落ち、空には満点の星々が輝く下で・・・
 悠人達は行軍を続けていた。

 「悠人」
 隣を歩いていた闘護が声をかける。
 「何だ?」
 「そろそろ小休止を取らないか?」
 「小休止?夜の間に進軍しておかないと昼間は辛いだろ」
 「確かにな。だが、そろそろ彼女たちは限界だろう」
 闘護の言葉に悠人は後ろを振り返った。
 エスペリアをはじめ、グリーンスピリットやブルースピリットはかなり疲れている様子である。
 「幸い、ここら辺には多少岩がある。奇襲に対して身を隠すことも出来る」
 闘護の言う通り、現在悠人達のいる場所にはいくつかの大きな岩が転がっていた。
 「・・・そうだな」


 「ふぅ・・・」
 「大丈夫か?」
 一息ついていたファーレーンに闘護が声をかけた。
 「トーゴ様。私は大丈夫です」
 「そうか」
 闘護はファーレーンの側で休んでいるニムントールを見た。
 「ニム。君は?」
 「平気・・・」
 「そうか」
 闘護は頷くと、再びファーレーンに視線を戻す。
 「ファーレーン。偵察を頼みたいんだが・・・ちょっと、いいか?」
 「は、はい」
 ファーレーンは立ち上がると、闘護と一緒に悠人のいる方へ行ってしまった。
 「・・・」
 ニムントールは、ファーレーンが闘護、悠人と何か話している様子をジッと見つめていた。
 「ファーレーンとトーゴ様って仲がいいよね」
 「!?」
 背後から現れたネリーに、ニムントールは慌てて飛び上がった。
 「ネ、ネリー」
 「はい、ニム」
 ネリーは水袋をニムントールに差し出した。
 「あ、ありがと・・・」
 ニムントールは少しぎこちない動作で水袋を受け取ると、早速呷った。
 「ねぇねぇ、ファーレーンってトーゴ様が好きなんだよね」
 「ぶっ!!」
 ネリーの言葉に、ニムントールは景気よく口に含んだ水を吐き出した。
 「わっ!!汚いなぁ」
 「げほっげほっ・・・ネ、ネリー!!」
 ニムントールはキッとネリーを睨んだ。
 「何でお姉ちゃんがトーゴを好きなの?」
 「え?違うの?」
 「ち、違うに決まってるでしょ!!トーゴが隊長だから話してるの!!」
 「そうかなぁ・・・?」
 ネリーは首を傾げる。
 「ネリーもトーゴ様が好きだから、ファーレーンも一緒だと思ったのになぁ」
 「・・・」
 ネリーの言葉に、顔をしかめて沈黙するニムントール。
 「ニム?どうしたの、そんな怖い顔して?」
 「な、なんでもないよ!!ほら!!」
 「え?え??」
 ニムントールは強引に水袋をネリーに押しつけた。
 「もういいでしょ!ほら、早く向こうに行ってよ!!」
 「??」
 追い立てられてネリーはヒミカ達の所へ行ってしまった。
 「・・・ムカつく」
 一人、残ったニムントールはボソリと呟く。
 「隊長だからって・・・お姉ちゃんと沢山話して・・・」
 神剣の柄を強く握りしめる。
 「・・・偵察なら、ニムにだって出来るんだから!!」


 「・・・ということだ。マナ嵐は周期的に発生するとヨーティアは言っていた。問題は、いつ嵐が来るか、何だ」
 闘護は難しい顔のまま頭を掻いた。

 闘護がファーレーン、悠人と話していたのは今後の進軍についてだった。
 本来ならエスペリアも参加させるところだが、疲労していることと悠人自身が遠回しに拒んだ為、参加していなかった。

 「ファーレーン。君に頼む偵察というのは、マナ嵐の所在なんだ」
 闘護の言葉にファーレーンは真剣な表情で頷く。
 「私が斥候としてマナ嵐を探索するということですね?」
 「ああ。人員が割けないから、君だけになるが・・・構わないか?」
 「勿論です」
 ファーレーンは力強く頷いた。
 「もしもの時はすぐに退却してくれ。いつ嵐が来るかわからないからな」
 「はい」
 「・・・闘護。本当にファーレーンだけで大丈夫か?」
 悠人が心配そうに尋ねた。
 「移動速度を考えれば、ウィングハイロゥを持つ青か黒のスピリットだろ。だが、ここでは青のスピリットは消耗が激しい。となると、黒だけど・・・」
 闘護は離れたところでへたり込んでいるヘリオンを見た。
 「ヘリオンは体力が少ないから無理は出来ないし、かといってウルカと一緒だと、こっちの戦力ダウンが無視できなくなる」
 「俺やお前がいれば・・・」
 「逃げる時の話だよ」
 悠人の言葉を遮るように闘護は言った。
 「ファーレーン。いくら君でも、マナ嵐を発見して急いで俺達に報告して、その後飛べない誰かを運んで更に飛ぶことは厳しいだろ?」
 「・・・はい」
 少し悔しそうにファーレーンは頷く。
 「逃げる時のことを考えるのか?」
 「当然だろ。マナ嵐にぶつかったらどうなるか・・・わかってるはずだ」
 「むぅ・・・」
 「ここにいるメンバーでウィングハイロゥを持つのは四人。ハイロゥを持ってないのは六人」
 闘護は悠人を見た。
 「俺と悠人を除いても四人。偵察する一人を除くと、運べる人数は三人だ。オルファとニムは一人に運んで貰うとしてもギリギリだろ」
 「確かに・・・」
 「そうなりますね」
 闘護の言葉に頷く悠人とファーレーン。
 「撤退については、現状ではギリギリの人数だ。何より、アレを守らないといけない」
 そう言って、闘護は後ろに止めてある台車の上に載せられた装置を指さす。
 「わかってると思うが、逃げるのは最後かつ最悪の選択だ。逃げる時はあの装置を放棄しなくてはならない。そうなれば・・・ラキオスに待ってるのは敗北だ」
 【・・・】
 「あの装置を運びながらマナ嵐をやり過ごす為には、ヤツらにマナ嵐を発生させて、それを事前に察知し、その上でかわさないといけない」
 「・・・私の役目は重要ですね」
 ファーレーンは真剣な口調で呟く。
 「ああ。頼むぞ」
 「はい!!」
 ファーレーンは強く頷いた。
 「ユート様!!」
 その時、エスペリアが血相を変えて駆け込んできた。
 「どうした?」
 「はぁはぁ・・・ニ、ニムが・・・」
 「ニムが?どうかしたのか?」
 「い、いないんです!!」


 【・・・】
 ニムントールがいた筈の場所を、悠人と闘護、そしてファーレーンはジッと見つめていた。
 「ついさっきまでいたんですが・・・」
 「いつの間にかいなくなった、と」
 闘護の言葉にエスペリアは頷く。
 「探してきます!!」
 「待て!!」
 ガシィッ
 飛び出そうとしたファーレーンの腕を闘護が咄嗟に掴んだ。
 「は、放して下さい!!」
 「君には斥候の任務があるだろう。無駄に体力を使わせるわけにはいかない」
 「無駄・・・ですって!?」
 ファーレーンは血相を変えた。
 「ニムは私にとって妹も同然なんです!!だから・・・」
 「そんなことはわかってる」
 ファーレーンの言葉を遮るように闘護は言った。
 「だが、君を行かせるわけにはいかないんだ」
 「で、でも・・!!」
 「俺が行く」
 【!?】
 闘護の提案に、三人は驚愕の表情で闘護を見た。
 「ま、待てよ!!」
 最初に我に返った悠人が叫んだ。
 「いくらお前でも、一人でなんて・・・」
 「ニムは徒歩だろ。俺でも追いつけるだろう」
 「そ、それなら私が直接行った方が早いと・・・」
 「さっき言っただろ。君には重要な任務があるから体力を使わせないと」
 「で、ですがトーゴ様お一人では危険すぎます!!」
 「エスペリア。むしろ、俺一人の方が自由に動き回れるし、スピリットの攻撃が効かないから安全なんだよ」
 【・・・】
 三人とも、全て闘護に言い返されて沈黙する。
 「納得したな。じゃあ、俺はすぐに行く」
 闘護はファーレーンの腕を放すと悠人を見た。
 「俺達が戻ってくるまでここに待機しておいてくれ。ただし・・・一時間待っても戻ってこない場合は進軍するんだ」
 「なっ・・・!?」
 絶句する悠人を無視して闘護は続ける。
 「俺達はここで留まってるわけにはいかない。早くスレギトを落として装置を設置しなくてはならないんだ。いいな」
 言い聞かせるような口調。
 【・・・】
 そして、それが正しい事を理解している三人は何も言えない。
 「じゃあ、行ってくる」
 闘護はそう言うなり駆け出した。
 三人はその後ろ姿を苦さと悔しさの混じった表情で見つめていた。


─同日、夜
 ダスカトロン砂漠

 タタタタタ・・・
 「はぁはぁはぁ・・・」
 夜空の下に広がる砂漠をニムントールは進む。
 「に、ニムにだって・・・」
 額に浮かぶ汗を拭う。
 「偵察、くらい・・・出来るんだ、から!!」

 ニムントールが飛び出して三十分ほどが経っていた。
 砂漠は平地ではなく丘陵地帯なので、仲間のいた場所は既に見えなくなっていた。
 マナの薄い地帯ではグリーンスピリットの疲労は他のスピリットに比べて極めて大きい。
 強がっていてもまだ幼い彼女にとって、砂漠での行軍は決して楽なものではない。
 それでも、彼女は意地を張り続ける・・・それが、自分を窮地に追い込んでいることを知らずに。

 「はぁはぁ・・・」
 荒い息をつきながら進むその速度は、次第に落ちていく。
 最初はかなりの速度で走り続けていたものの、今は早足レベル程度であった。
 「な、何もない・・・はぁはぁ・・・」
 ガシッ
 神剣【曙光】を地面に杖代わりに突き刺し、荒い息を吐く。
 「大分、来たし・・・そろそろ、帰ろ・・・」
 ニムントールはゆっくりと来た道を振り返った。
 「・・・あれ?」
 ニムントールの視界に、小さな影が入った。
 「誰・・・まさか、敵!?」
 すぐに神剣を構えて臨戦態勢を整える。
 影は急速にニムントールに近づいてきた。
 「・・・あれ?」
 しかし、影がハッキリしてくるにつれて、ニムントールの緊張は解けていく。
 ザッザッザ・・・
 「はぁはぁはぁ・・・漸く、追いついた・・・」
 「トーゴ・・・」
 ニムントールの側に来た影─闘護は荒い息をつきながら安堵の表情を浮かべた。
 「何しに来たの?」
 「君を連れ戻しに来た」
 闘護の言葉にニムントールはムッとする。
 「・・・何で?」
 「勝手に飛び出したからだ」
 「・・・」
 流石にそれについては己の非を感じていたのか、ニムントールはプイッとそっぽを向いた。
 「はぁ・・・まったく」
 ニムントールの態度に闘護は苦笑する。
 「説教は戻ってからにしよう。今は・・・」
 ヒュオオオオオ・・・
 「ん・・・これは?」
 「風・・・?」
 突然一陣の風が通り抜ける。
 その刹那だった。
 ゾクゥッ!!!
 「!!!」
 闘護を襲う凄まじい悪寒。
 「どうしたの、トーゴ?」
 「・・・ニム。何か感じないか?」
 「感じるって・・・」
 「神剣の気配だ。近くにいないか?」
 「えっと・・・」
 ニムントールは神剣を構えて目を閉じた。
 「・・・あれ?」
 「・・・全く感じないか?」
 「う、うん・・・」
 「ちっ・・しくじった!!」
 闘護が叫んだその時・・・
 「あぁ!?」
 ニムントールが北の空を指さした。
 「・・・来たか」
 闘護が力無い口調で呟く。
 北の空に、虹色のオーロラが現れていた。
 「ト、トーゴ・・・あれって・・・」
 「マナ嵐だ」
 簡潔に答える闘護。
 『今来たか。ここから逃げるのは・・・無理だな』
 ニムントールを追って走った距離はかなりある。
 『嵐が到達するのに一分。嵐の圏内から逃げるのに必要な時間は・・・一時間近く、か』
 互いに消耗している以上、行きよりも帰りの方が走る速度は極端に遅い。
 「ど、どうしよう・・!?」
 ニムントールは真っ青な表情で闘護にすがった。
 『逃げるのは無理。悠人のようにバリアを張るのも無理だ。ニムのバリアでは・・・多分保たないだろう。他に方法は・・・む?』
 「俺の力・・・」
 闘護は自分の掌を見つめる。
 「トーゴ・・・?」
 「・・・どちらにせよ、他に方法はない、か」
 ガシリ
 「きゃっ!?」
 呟くと、闘護はニムントールの両肩を掴んで真正面に立った。
 「ニム・・・頼みがある」
 「たの、み・・・?」
 「君の命・・・俺に預けてくれ」
 「え・・えぇ!?」
 みるみる顔を赤くするニムントール。
 「頼む。俺達が助かる為にも・・・」
 「・・・ニム達が助かる為に?」
 コクリと頷く闘護。
 「ニム・・・」
 「・・・わかった」
 小さく頷くニムントール。
 「よし。それじゃあ、すぐに寝てくれ」
 「へ・・・?」
 闘護の言葉にニムントールはポカンと口を開ける。
 「早く!!神剣を抱いてうずくまれ!!」
 「あ・・う、うん」
 ドサッ・・・
 訳がわからないまま、神剣を抱いて地面にうずくまる。
 ガバッ!!
 その上に、闘護が覆い被さる。
 「きゃっ!!」
 「静かに!!」
 真剣な表情で叫ぶ。
 「う、うん・・・」
 闘護の剣幕にニムントールは素直に頷いた。
 闘護は完全にニムントールを覆うように体勢を整える。
 「いいか。目を閉じて、力を抜くんだ」
 「力、を・・・?」
 「絶対に力を入れるな。神剣魔法も絶対に使わないでくれ」
 「・・・」
 「わかったな?」
 「う、うん・・・」
 「よし」
 闘護が頷いた時だった。
 カッ!!
 空が光った。
 『来るっ!!』
 ドォオオオオオ!!!
 襲い来るマナの衝撃波。
 シュォオオオオオ!!!
 「ぐぅううう・・・!!」
 闘護の─衝撃波がぶつかっている─背中から凄まじい量の白煙が吹き出す。
 「トーゴ!?」
 「動くな!!」
 「っ!!」
 身じろぎしようとしたニムントールを一喝する。
 シュオオオオオオオオオオオ!!!
 「ぐぐっ・・・ぐぅう・・・」
 『力が・・・抜けて、いく・・・』
 なおも煙を吹き出し続ける闘護。
 しかし、その表情は次第に苦悶のものになっていく。
 「トーゴ!!トーゴ!!」
 悲鳴を上げるニムントールに、闘護は笑いかけた。
 「だ、大丈夫・・・大丈夫だ・・・」
 『耐えろ・・・耐えるんだ、俺!!』
 闘護は心の中で強く、強く叫んだ。

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