─不明
「第三位!!」
『す、凄いっ!!悠人の【求め】をも上回る位じゃないか!!』
錫杖―【自由】の回答に闘護は驚愕する。
〔あなたは・・・なぜここに来たのですか?〕
「そ、それは・・・」
【自由】の問いに、闘護は言葉を詰まらせる。
「俺は自分の住んでいた世界から、別の世界へ向かった途中で・・・仲間とはぐれて」
〔・・・〕
「それで、気がついたらここに・・・」
〔『門』を抜けたのですね?〕
「ああ」
〔・・・そうですか〕
「あ、あの・・・!」
闘護は【自由】を見つめた。
「力を・・・貸してもらえませんか?」
〔・・・〕
「俺は永遠神剣を持った者同士の戦いに身を置いています。ですが、俺は神剣を持っていません・・・何故かマナによる攻撃には耐性がありますが、こちらから攻撃することが出来ないのです」
〔・・・〕
「先日、出会った敵は・・・とてつもない強さでした」
闘護は、現代世界へ飛ばされる直前に見た大男を思い出す。
「今の俺の能力など何の意味もなさない、絶対的な強さを持つ者・・・」
ゴクリと唾を飲み込む。
「いずれ戦うことになると思います・・・そのためにも、強い力が必要なのです!!」
闘護は拳を握り締めた。
「お願いします!!」
〔・・・〕
暫しの沈黙。
「どうか・・・俺に力を!!」
深々と頭を下げる。
そして・・・【自由】はゆっくりと言った。
〔・・・それは出来ません〕
─聖ヨト暦332年 コサトの月 赤 三つの日 朝
第一詰め所、食堂
ガチャリ・・・
「ただいま・・・」
「ユート様!!」
食堂からエスペリアが飛び出してきた。
「エスペリア・・・」
「ユート様!!」
トン・・
エスペリアはそのままユートの胸に飛び込んだ。
「本当に・・・本当に、ご無事で・・・良かったです・・・」
「エス、ペリア・・・」
「ほん、とう・・・に・・・」
潤んだ目で悠人の顔を見上げるエスペリア。
「心配・・・かけてすまなかった」
「ユート様・・・」
エスペリアは少し安心した笑みを浮かべて悠人から離れた。
「・・・ユート様、アセリアはどこにいるのですか?」
「!!」
「ウルカはユート様から直接聞くように、と・・・」
「・・・っ!」
悠人はエスペリアから顔を逸らした。
「ユート様・・・?」
「・・・ゴメン」
「え・・?」
「後で・・・話すから・・・少し、休ませてくれ」
「ユート様・・・」
「ゴメン・・・」
悠人の表情に、エスペリアは優しい笑みを浮かべた。
「はい・・・わかりました」
「・・・ゴメン」
─不明
「!!」
【自由】の答えに、闘護は目を見開いた。
「な、何故ですか!?」
諦められず、なおも食い下がる闘護。
〔私はあなたを選ぶことができません・・・あなたを選べないのです〕
「選べ・・・ない?」
〔・・・はい〕
「な、何故です!?どうして俺を選べないのですか!?」
〔・・・〕
闘護の問いに、【自由】は沈黙する。
「何故・・・俺は・・・駄目なのですか?」
唇をかみ締める。
〔・・・〕
しかし、【自由】から答えは返ってこない。
「・・・わかりました」
闘護は小さく、しかし失望のこもった口調で呟いた。
「ならば、もうあなたに用はない」
そう言って、闘護は【自由】に背を向けた。
〔どこへ行くのですか?〕
「ファンタズマゴリアへ向かう。ここにこれ以上いる必要は無い」
〔どうやって?〕
【自由】の問いに、闘護の動きが止まった。
「・・・」
〔『門』を開くには、時機を選ぶか、強大な力、術が無くては不可能です。あなたに、それらのどれか一つでもあるのですか?〕
「・・・」
闘護は沈黙する。
〔無いのであれば・・・目的の世界に入ることは不可能です〕
「だったらどうしろというんだ!?」
闘護は我慢できずに叫んだ。
「俺はこんなところで時間を浪費してる暇なんて無いんだ!!早く戻らないと・・・」
〔私が力を貸しましょう〕
「・・・え?」
【自由】の提案に、闘護は唖然とする。
「力を貸すって・・・」
〔あなたを契約者として選ぶことはできませんが、あなたに力を貸すことは出来ます〕
「・・・」
〔私を取りなさい〕
【自由】に導かれるままに、闘護は【自由】を掴んだ。
〔あなたが向かう世界・・・あなたは一人でその世界へ向かっていたのですか?〕
「い、いや・・・悠人とアセリアの三人だった」
〔二人は神剣を持っていますか?〕
「持ってる。第四位【求め】と第七位【存在】だ」
〔二つの永遠神剣が入った世界・・・先ほど一つ確認しました。おそらく、そこでしょう〕
「ど、どうやって行く?」
〔私が門を開きます〕
パァアア・・・
そう言うなり、【自由】が輝きだす。
「え、え・・・!?」
すると、周囲の景色が歪み始めていく。
〔私にしっかりと掴まっていてください〕
「あ、ああ・・・」
〔行きますよ!〕
【自由】の声が聞こえた瞬間・・・
ゴォオオオオオオオ!!!!
「うわぁああああ!!!」
闘護は、ものすごい力に引きずられるような感覚と共に意識を失った。
─見覚えのある、洞窟
「・・・う・・・ぅ・・・」
闘護はゆっくりと目を開けた。
「こ、こ・・・は・・・?」
はっきりしない意識のまま、周囲を見回す。
「・・・何も、見えない?」
闘護の視界は真っ暗だった。
『ちょ、ちょっと待てよ。どうなって・・・』
〔問題ありません〕
「!?」
混乱しかけた闘護の心に、【自由】の声が響き渡る。
『【自由】の感触がある・・・』
闘護は自分が【自由】を握っている感覚を確認した。
「問題ないって・・・ここはどこなんだ?」
〔洞窟でしょう。門番のいない門を開けました〕
『門番のいないって・・・どこだろ?』
闘護は頭を振る。
「って・・・何も見えないぞ。真っ暗だ」
〔何か光を発するものはありませんか?〕
「光・・・そうだ!!」
闘護は右手を【自由】から話すと、懐に突っ込む。
「確か内ポケットにライターが・・・あ、あったあった!!」
闘護は懐からライターを取り出した。
「これなら・・・」
シュッ・・シュッ・・・シュッ、ボッ!!
「うぉっ!?」
突然視界が明るくなり、闘護は慌てて目を閉じた。
「くぅ・・・眩しい、なぁ」
闘護はゆっくりと目を開ける。
「ここは・・・」
ライターをかざしながら、闘護は周囲を見回す。
そこは、ゴツゴツした岩に囲まれた大きな空間だった。
「・・・あれ?ここって確か・・・守り龍の寝床じゃないか!」
闘護は眉をひそめた。
「何でこんなところに・・・?」
〔ここには門があります〕
「門・・・そういえば・・・」
闘護はゆっくりと記憶を掘り起こす。
「“我はサードガラハムの門番。ゆくぞっ!!”」
『守り龍は“サードガラハムの門番”と名乗っていた・・・』
「サードガラハムの門番・・・そうか。門番っていうのは、異世界を結ぶ門の番をするわけか」
闘護は頷く。
「こりゃラッキーだ。ラキオスまですぐだし」
闘護は【自由】を見た。
「ファンタズマゴリアに返してくれてありがとう。本当に助かった」
〔いいえ、大したことではありません〕
「そんなことはない。俺に出来ることがあったら、何でもするよ」
ブルッ・・・
闘護の言葉に、【自由】は小さく震えた。
〔では・・・一つ、お願いがあります〕
「何だ?」
〔私が契約するに相応しい者を・・・ここへ連れてきてほしいのです〕
「あなたと契約するに相応しい者・・・?」
【自由】の言葉に、闘護は眉をひそめた。
〔はい〕
「相応しいと言っても・・・どうやって決めるんだ?」
〔あなたに任せます〕
「任せるって・・・基準は?」
〔特にありません。強いて言うなら・・・あなたが認めた者です〕
「俺が認めた・・・?」
闘護は目を丸くする。
「俺が認めるって・・・何を認めるんだ?」
〔私の契約者に相応しいと認めることです〕
「・・・」
〔いなければいないで構いません〕
「・・・いいのか、俺が選んで?」
〔はい。最終的には私が選びますから〕
「・・・成る程」
【自由】の言葉に、闘護は納得したように頷く。
『俺が選んでも、【自由】が拒むこともあるわけだ』
「要するに、俺はあなたが契約者と選ぶ候補を連れてくればいいんだ」
〔はい。私はあなたがここを去ってから結界を張ります。あなたが私を呼べば結界を解きましょう〕
「もしも、俺が一緒に来れなかったらどうすればいい?」
〔あなたが候補を連れてきた時にその場に居ない、もしくは居ることが出来ない場合は、私の名とあなたの名を伝えるようにしてください〕
「わかった。引き受けよう。ただ、あまり期待しないでくれよ」
〔ありがとうございます〕
「それじゃあ、俺は行くよ。えっと・・・どうしておけばいいんだ?地面に置いておけばいいのか?」
闘護は【自由】を見つめる。
〔大地に突き刺してください〕
「わかった」
ガスッ!!
闘護は【自由】を振り上げると、一気に柄を地面に突き刺した。
「これでいいかい?」
〔はい〕
「それじゃあ、俺は・・・」
〔待ってください。あなたに言っておきたい事があります〕
【自由】の言葉に、闘護は掴んでいた手を離すのを止める。
「俺に?」
〔はい。永遠神剣をあまり触れないようにしてください〕
「・・・え?」
【自由】の言葉に、闘護は首を傾げる。
「あまり触れるなって・・・どういう意味だ?」
〔あなたが永遠神剣を触れると、触れた永遠神剣が弱ります〕
「弱る・・・?」
〔あなたは触れた永遠神剣のマナを吸い取ってしまうのです〕
「!?」
【自由】の言葉に、闘護は驚愕する。
〔ですから、弱っている永遠神剣に触れてしまうと・・・神剣の心を維持するマナも吸収してしまい、その永遠神剣の心を消滅させてしまう可能性があります〕
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
闘護は慌てて【自由】の言葉を遮る。
「お、俺がマナを吸い取る・・・?」
〔そうです〕
「そ、そんな能力が俺にはあるのか・・・?」
〔はい。ですから、あなたは体内に膨大なマナを保有しているのです〕
「・・・」
〔そのマナを用いることで、あなたは傷ついた体を瞬時に回復させることが可能なのです。そういう経験をしたことはありませんか?〕
「・・・ある」
闘護は唖然とした表情で呟く。
〔ですから、あなたは・・・〕
「待ってくれ!!」
闘護は叫ぶ。
「だ、だったら・・・どうして、俺からはマナを感じられないんだ?仲間や敵からも、マナを感じられないって言われたんだぞ!?」
〔・・・〕
「どうしてなんだ!?」
闘護は問い詰めるように【自由】に顔を近づけた。
〔マナを感じることが出来るのは、今、私に触れているように、永遠神剣に直に接触した場合、その永遠神剣に感じ取られることがあるのです〕
「直に触れる・・・」
『確かに、直に神剣と触れた記憶は無い・・・篭手や鎧を通してならあるが・・・』
闘護は難しい表情を浮かべる。
「じゃあ、実際に永遠神剣に触れたら、俺からマナを感じ取られるのか?」
〔いいえ。おそらく、高レベルの神剣・・・少なくとも、三位以上でないと感じ取られることはありません〕
「三位・・・」
〔ですから、神剣には出来るだけ接触しないでください〕
「あ、ああ・・・って!?」
闘護は【自由】を掴んでいる手を見た。
「も、もしかして・・・今、俺が掴んでいるあなたは・・・」
〔・・・はい。マナを吸い取られています〕
「す、すまない!!」
バッ!!
闘護は慌てて【自由】から手を離した。
「だ、大丈夫か!?」
〔大丈夫です〕
【自由】の言葉が闘護の心の中に響いた。
〔マナを吸い取るといっても、少量を徐々に、というレベルです〕
「そ、そうか・・・」
〔ですが、弱った神剣の場合は、それでも致命傷になります〕
「わかった、気をつけるよ。神剣の心が死んだら、神剣の力は消えるんだろ?」
〔いいえ。そうではありません〕
「・・・え?」
【自由】の回答に、闘護は眉をひそめた。
〔神剣の心と神剣の力は別のものです。神剣の力は神剣そのものです。そして心は神剣に宿ります。心を失った神剣は、神剣の力を持った空の存在なのです〕
「じゃあ・・・神剣の心がなくなっただけで、力自体は残る、と?」
〔ですが、契約者の心が神剣と同化している場合は、神剣の心が消滅すると契約者の心も消滅します〕
「・・・成る程」
『心が完全に同化してるから、か』
頷く闘護。
〔神剣の心が契約者を支配している場合、もしくは逆に契約者が神剣の心を支配している場合は、契約者の心は消滅しません〕
「ふむ・・・ん?」
『待てよ・・・ってことは・・・!?』
【自由】の説明を聞いていた闘護の頭の中に、閃くものがあった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・それってつまり、神剣の心が消滅しても、契約者の心と同化していなかったら契約者は助かるってことだよな!?」
〔そうです〕
「と、いうことは・・・契約者の心が神剣に呑み込まれかけたとしても、まだ完全に呑まれていなかったら・・・そしてその状態で、神剣の心を破壊すれば・・・」
〔契約者の心は無事です〕
「そして、俺は神剣の心を破壊・・・いや、消滅させることが出来る!!」
闘護は確信に満ちた表情を浮かべた。
「ならば、俺は神剣に飲み込まれかけた契約者を助けることが出来る・・・そうだな、【自由】!!」
〔契約者が完全に飲み込まれていなければ・・・可能です〕
「よしっ!!」
闘護は両拳を握り締めた。
「いける・・・いけるぞ!!」
〔ただし、その場合は神剣を弱らせなくてはなりません。その為には戦いを避けることは出来ませんよ〕
「弱らせる・・・それは俺がしなくてもいいんだろ?」
闘護は【自由】を見た。
「俺以外の誰かが弱らせて、止めを俺が刺す・・・それでいいだろ?」
〔はい〕
「OK。これなら・・・岬君を助けることが出来る!!」
闘護は【自由】に向かって頭を下げた。
「ありがとう!!絶対に、あなたが選ぶに相応しい者を連れてくるよ!!」
〔お願いします。では、今から結界を張ります〕
「わかった。じゃあ!!」
闘護はもう一度礼をすると、走り出した。
そして、その場には【自由】が残る。
〔御武運を・・・我が恩人よ〕
「くっ・・・」
『眩しいな』
洞窟から出た闘護は、頭上から降り注ぐ光に目を細めた。
「日が高い・・・昼か」
小さく呟いて、周囲を見回す。
『・・・誰もいないみたいだな』
「とりあえず、ラキオスに戻ろう」
─聖ヨト暦332年 コサトの月 赤 三つの日 昼
ラキオス城、城門
「お、お前は・・・ストレンジャー!?」
衛兵は闘護を見るなり驚愕の表情で叫んだ。
「・・・」
『随分と驚いてるみたいだな・・・大分時間が経ってるのか?』
衛兵の様子に闘護は小さく肩をすくめた。
「い、今までどこに行っていた!?」
「事情があって暫く留守にしていた」
「じ、事情?」
「機密なんで詳しくは言えない。中に入って良いか?」
「ちょ、ちょっと待て!」
衛兵は慌てて詰め所に戻っていく。
残された闘護は頭を掻いた。
「あ、しまった・・・今日の日付を訊くのを忘れてた」
暫くして、衛兵が戻ってきた。
「おい。女王殿下がお待ちになっている。直ぐに謁見の間に来るように、とのことだ」
「・・・了解した」
闘護は返事をして歩き出す。
しかし、直ぐに立ち止まって振り返った。
「なぁ。今日の日付を教えてくれないか?」
「今日の?今日はコサトの月、赤の三つの日だ」
「年は?332年か?」
「ああ」
「・・・二週間か」
「え?」
「いや、なんでもない」
闘護は首を振ると、頭を下げた。
「教えてくれてありがとう」
そう言い残し、謁見の間へ向った。
─同日、昼
謁見の間
「トーゴ!!」
謁見の間に入った闘護を見て、玉座に座っていたレスティーナは立ち上がった。
『随分と驚いているみたいだな・・・まぁ、二週間も音信不通だったら当然かな』
そう思いながら、闘護はいつもの場所まで歩むと頭を下げた。
「神坂闘護、ただいま帰還しました」
「・・・」
しかし、レスティーナは驚愕の表情のまま沈黙する。
「・・・殿下?」
顔を上げた闘護は訝しげにレスティーナを見つめた。
「・・・あなたは本物のトーゴですか?」
「はぁ?」
レスティーナの問いかけに、闘護は素で変な声を上げた。
「ユートから、あなたは異世界に飛ばされたと聞きました・・・ですが、今、ここに、あなたはいる。これはどういうことですか?」
『異世界に飛ばされた・・・か』
闘護は頬をポリポリと掻いた。
「今から二週間ほど前・・・私は、悠人、アセリアと共にかつて私や悠人がいた世界に突然転移しました」
「それもユートから聞きました。そして、あなたはユートたちと共に世界を超えようとして・・・行方不明になったと聞いています」
「行方不明・・・ですか」
闘護は腕を組んで考え込む。
「悠人は既に帰還しているんですね?」
「ええ。昨日、アセリアと共に・・・」
その時、レスティーナが微妙に眉をひそめたが、考え込んでいた闘護は気づかなかった。
「昨日・・・」
『じゃあ、俺は一日遅れで戻ってきたのか・・・一日なら許容範囲だな』
小さく安堵の息をつく闘護。
「私は確かに二人とはぐれました。しかし・・・」
そこで、少し言葉を止める。
『【自由】の存在は・・・伏せておこう。いざというときの切り札になるかもしれないし・・・』
「・・・運よくこちらの世界に帰還することができました」
「運よく・・・ですか?」
「はい。“運がよかった”からです」
「・・・」
訝しげな眼差しを向けるレスティーナに、闘護は小さく肩をすくめた。
「悠人とアセリアは?」
闘護は話を変えるように質問した。
「ユートは第一詰め所に戻った筈です。ですがアセリアは・・・」
レスティーナは僅かに目を伏せた。
「アセリアに何かあったのですか?」
「・・・アセリアが神剣に呑まれた可能性があります」
「!!」
レスティーナの言葉に闘護は目を見開いた。
「まだはっきりとは言えませんが・・・現在、ヨーティア殿をはじめ研究者達に調査して貰っています」
「ど、どうして神剣に呑まれたんですか!?」
「わかりません・・・ユートはこちらへ戻ってくる時にアセリアの力を借りたと言っていましたが・・・」
「力を・・・借りた?」
闘護は口元に手を当てて考える。
『力を借りた・・・そう言えば、こちらへ戻ってくる時に空間が歪んで・・・それを保つ為に悠人とアセリアが力を合わせた・・・』
「共鳴・・・と言っていたが・・・」
「トーゴ?」
「・・・いや、なんでもありません」
『情報が少なすぎる。これでは憶測も出来ない』
闘護は首を振った。
「アセリアは調べて貰ってるとして・・・悠人はどうしていますか?」
「・・・ユートはアセリアと貴方の事で塞ぎ込んでいます」
「・・・そうですか」
闘護は小さくため息をついた。
『悠人の性格なら当然か・・・仲間を犠牲にして自分だけ助かるなんて事を望む男じゃないからな』
「わかりました。では、私は悠人に会いに行きます」
「・・・ユートをよろしく頼みますよ」
レスティーナの言葉に闘護は頷いた。
―同日、昼
第一詰め所
コンコン
「誰かいるか?」
闘護は玄関の扉をノックする。
ガチャッ・・・
「はい、どちら・・・」
「やぁ、エスペリア」
「!!!」
中から顔を出したエスペリアは、驚愕の表情で固まってしまった。
「・・・そんなに驚かないでくれよ」
苦笑する闘護。
「ト、トーゴ・・様!?い、いつこちらへお帰りに!?」
「今日だよ」
「今日・・・?」
「あがらせてもらうよ」
「は、はい・・・」
困惑するエスペリアをよそに、闘護は中に入った。
「さて・・・悠人は?」
「ユート様は自室に・・・」
「そうか。失礼するよ」
そう言って、闘護はエスペリアをおいて階段を上がっていった。
―同日、昼
悠人の部屋
コンコン
「悠人、いるか?」
暫く、沈黙。
コンコン
「悠人?」
再び沈黙。
『寝てるのか?』
ドンドン!
「悠人、寝てるの・・・」
バタン!!
「っ!!」
突然勢いよく扉が開いた。
「・・・とう、ご?」
「ああ」
闘護はニヤリと笑う。
「どう・・・して・・・」
「無事かって?ま、いろいろあってね・・・その説明もあるし、他にも聞きたいことがある。中に入っていいか?」
「ふぅ・・・」
椅子に腰掛けると、闘護はゆっくりと息をついた。
「・・・」
テーブルを挟んで対面に座っている悠人はジッと闘護を見つめている。
「まずは、俺の話・・・だな」
闘護は両腕をテーブルの上に置いた。
「悠人。お前が俺がいないことに気づいたのはいつだ?」
「・・・こっちの世界に戻った時だ」
「そうか・・・」
「俺は、あの・・・『門』を通り抜ける時にいなくなったと思ったんだ」
「その通りさ」
悠人の言葉に闘護は頷いた。
「『門』を通り抜けている時に、突然嵐みたいなのに巻き込まれただろ。あの時に、お前とアセリアの手をつかんでいた右手の掌が汗で滑って吹っ飛ばされたんだ」
「・・・それで、どうなったんだ?」
「気がついたら変な場所にいた」
「変な場所?」
悠人は眉をひそめた。
「ああ。空間の狭間というか・・・とにかく、そこで気がついてね。その後、そこから抜け出してファンタズマゴリアに戻ってきたんだ」
「どうやって?」
「それは・・・」
悠人の問いに、闘護は言葉を止める。
『【自由】については・・・悠人にも伏せておこう。俺だけの秘密にした方が切り札としての威力が増すだろうし・・・』
「・・・それは秘密だ」
「秘密・・・?」
「ああ。ちょっとね・・・」
「・・・」
「悪いな」
訝しげに見つめる悠人に、闘護は苦笑する。
「敢えて言うなら・・・運がよかったんだよ」
「運?」
「そうだ」
闘護は頷くと、テーブルの上に身を乗り出した。
「ところで、アセリアについてだが・・・」
「っ!」
闘護の問いかけに、悠人はビクリと身をすくめた。
「・・・神剣に呑まれた可能性があると聞いた」
「・・・」
「そうなのか?」
「・・・ああ」
悠人はコクリと─力無く─頷いた。
ガシャン!!
【!?】
部屋の外から大きな音がした。
二人は立ち上がると、ドアを開けた。
ギィィ・・・
「エス・・・ペリア・・・」
悠人は目の前の人物を凝視する。
「どう・・・いう、ことです・・・か?」
扉の外でエスペリアが震えていた。
足下には、砕けたカップとポットが散乱している。
「ユート様・・・どういう事ですか?アセリアが神剣に呑まれたって・・・」
「・・・知らないのか?」
闘護の問いにエスペリアは震えたまま首を振った。
「私は何も・・・」
「・・・悠人」
闘護は扉から顔─エスペリアを凝視していた─を出している悠人を見た。
「詳しく話して貰おうか」
「・・・」
悠人は小さく頷いた。
「とりあえず、下に降りよう」
闘護はそう言って、砕けたカップの欠片を拾い始めた。
─同日、昼
第一詰め所、食堂
「ふぅ・・・」
椅子に座り、闘護はゆっくりと息をついた。
「・・・」
闘護の対面には、無言で座っている悠人がいた。
台所からは、先程帰還したエスペリアがお茶の支度をする音が聞こえてくる。
「しかし・・・」
闘護は難しい表情を浮かべる。
「アセリアが神剣に呑み込まれた・・・ファンタズマゴリアへ戻る時に力を使いすぎたことが原因、か」
「っ!!」
『くそっ!』
ドンッ!!
悠人が力を込めた拳でテーブルを叩く。
「悠人・・・」
「俺が安易にヤツの挑発に乗らなかったら・・・」
『アセリアの力を使わせずに済んだのに!!テムオリンが言った通りだ・・・結局、俺は誰一人も守ることは出来なかった』
拳を強く握りしめる。
エスペリアが落としたカップとポット、そして零れたお茶を掃除している時に研究所からイオがヨーティアからの中間報告をしにやってきた。
それによると、アセリアは神剣に呑み込まれており、その原因として神剣の力を使いすぎたことが考えられるという。
「それなのに、自分だけはこうしてのうのうと・・・」
「ユート様。落ち着いて下さい、というのは無理だと思いますが、それでも、どうか」
その時、台所からエスペリアがお茶を運んできた。
「エスペリア・・・」
カチャ・・・
「このお茶はユート様用の物なんです。研究に研究を重ねた自信作なんですよ?」
「・・・」
「トーゴ様も、どうぞ・・・」
「ありがとう」
闘護は一礼してカップを口にする。
「・・・うん、美味い」
闘護はそう言って悠人を見る。
「悠人。お前も飲めよ」
「・・・ああ」
悠人はそう呟いて目の前に置かれたカップを見つめる。
『俺のために淹れてくれたお茶。・・・だけど、俺はこれを飲むに値する人間なんだろうか?』
自分を責める。
『だけど・・・気持ちを無視することも出来ない』
悠人はカップを取り、一口飲む。
「ああ・・・これは美味いな。有り難う」
「リュールゥ」
エスペリアは小さく頭を下げた。
『この前、悠人と喧嘩をした事など微塵も感じられないな・・・まぁ、当然か。今は喧嘩をしている場合じゃない』
二人の様子に、闘護は内心安堵する。
「神剣に呑み込まれる・・・魂を食われる・・・」
『それは心を失うということだ。俺も【求め】からの強烈な圧迫を知っている・・・』
悠人は側に立てかけてある【求め】を見つめる。
『力の全てを帰還に費やす。それがアセリアが神剣に望んだことだったんだ。代償は、アセリアの心・・・』
「エスペリア・・・アセリアの心は・・戻るのか?」
悠人は絞り出すように尋ねる。
「・・・」
闘護も真剣な表情でエスペリアを見た。
エスペリアはしばし沈黙した後、冷静に話し始めた。
「私達より前の代のスピリット達も、ハイロゥが黒く染まりました。スピリット達は意志を失った代わりに強い力を手に入れたと言います。文献を調べても黒く染まったハイロゥが、再び白くなったという記録は、ありません」
『以前セリアから聞いた通りか。まぁ、力の強くなったスピリットを、わざわざ元に戻す支配者などいない・・・武器として優れているのは、間違いなくそっちだからな。そんなことを試みる者がいなかったというのが正しいんだろう』
苦い表情を浮かべる闘護。
「ヨーティア様も方法を探して下さっています。私達は待ちましょう。後はアセリアを見守ることしかできませんが」
「俺の・・・俺のせいなんだ」
悠人は唇を噛み締めた。
「ユート様、ご自分を責めないで下さいません」
「そうだ。俺にだって責任はある」
闘護が慰めるように言った。
「・・・ハイペリアで何があったのか・・・教えて頂けますか?」
エスペリアの問いに、悠人は顔を上げた。
「少し長い話になるけど・・・」
「はい」
テムオリンとの戦いのこと、小鳥のこと、時深のこと。
そしてアセリアが剣の力を解放したこと・・・
全てを話し終わるまで、エスペリアはずっと口を開かずに、ただ悠人と闘護の言葉に耳を傾け続けた。
一通りの説明を終え、悠人は温くなったお茶を口に含んだ。
話の区切りがついたことを理解したエスペリアは、深いため息をついた。
「・・・そうだったのですか。私はアセリアの判断は間違ってなかったと思います」
「・・・」
闘護は小さく目を閉じて沈黙する。
「いや、俺の判断が間違っていたんだ。未熟だったんだ・・・あいつらが言っていたように!!」
ドンッ!!
悠人は語気を荒げて机の上に拳を叩きつける。
「俺は・・・何をやってるんだろ」
「悠人・・・」
「ユート様・・・」
「アセリアをこんな目にあわせて・・・闘護も失いかけて・・・何をやってるんだろう・・・?」
「悠人」
自問する悠人の肩に、闘護は手を置いた。
「こんな事を言う資格はないんだろうが・・・」
前置きをして、闘護は語り出した。
「アセリアはお前を助けようとして力を使ったんだ。多分・・・神剣に飲み込まれることは覚悟していたと思う。その上でお前を助けようとしたんだ」
「闘護・・・」
「アセリアは望んでお前を助けたんだろう・・・だから、助かったお前が自分を責めることはするな。そんなことをアセリアは望んでいないと思う・・・」
「その通りです」
エスペリアは荒れる悠人に反して、両手でそっと血の滲んだ拳を包み込む。
「アセリアは、生きるために力を使ったのでしょう。どんな形にせよ、ユート様の側にいるために・・決してアセリアは後悔はしていないと思います」
「・・・そんなの勝手だ」
『アセリアの気持ちは解る・・・と思う。俺が同じ立場だったら、同じ事をしていただろう。でも納得することなんか出来ない。出来るもんか・・・』
悠人は後悔の念に囚われ、無言で温くなったお茶を啜る。
「・・・」
『そうだ。アセリアは恐らく・・・いや、ほぼ間違いなく悠人の為に力を使ったんだろう』
沈黙していた闘護は考える。
『そういう意味では、俺も悪いんだろうな・・・俺さえいなければ、使う力も少なくて済んで・・・無事に帰ってこれたかもしれないんだから』
テーブルの下で拳を強く握りしめる。
『【自由】は神剣に完全に呑み込まれていなければ助けることは可能だと言っていた。アセリアは完全に呑み込まれてしまっている・・・』
「どうしたらいいのか・・・」
小さく首を振って考え込む闘護。
「エトランジェの二人が何者なのか・・・気になります」
その時、エスペリアが呟いた。
「二人か・・・あんなに強い敵は初めてだったよ。神剣の共鳴振動がなければ、多分駄目だったと思う」
悠人は深刻な表情で頷く。
「今日子や光陰、俺達よりも数段上だった」
『奴らはまだ本気を全く出していないようだった。子供と大人・・・次元の違う強さだった』
悠人は想像して身震いした。
「まだこの世界にエトランジェがいる、ということですね。ラキオスのユート様。マロリガン共和国のキョウコ様とコウイン様。そして・・・」
「サーギオスの瞬だな」
「はい。私達が把握しているエトランジェはユート様を含めて四人だけです・・・トーゴ様を除いて」
エスペリアの言葉に闘護が頷く。
「佳織様は神剣をお持ちではないですし。伝えられているエトランジェの神剣は四本・・・それ以上、剣があるということでしょうか」
「俺とアセリアが出会った二人は永遠神剣を持っていた。しかも自在に世界を移動しているように見えた」
「このことは女王陛下にご報告した方が良いですね。帝国の差し金の可能性もありますから」
「そうだ、な・・・ゴメン。今は冷静に考えられない」
『俺達の知らない、別の何かが動いているかも知れない・・・だけど、今は・・・』
「・・・ユート様」
「悠人・・・もう、休んだ方がいい」
「ああ・・・すまない」
悠人は小さく頷き部屋へ戻っていった。
「・・・男の持っていた神剣は巨大な黒剣、女の持っていた神剣は杖だったそうだ」
二人になり、闘護が呟いた。
「男はファンタズマゴリアから俺達の世界に飛んだ時に戦った奴で間違いないだろう・・・姿は俺も憶えてないが、悪寒・・・いや、圧倒的な存在感は憶えている」
「圧倒的な存在感・・・ですか?」
「ああ。悪寒なんてレベルじゃなかった」
思い出して闘護は身震いする。
「トーゴ様はその二人を見ていないのですね?」
エスペリアの問いに、闘護は頷く。
「向こうの世界へ飛んだ時は、あっという間に光に包まれて何も見えなかったし、その二人の所へ向かったのは悠人だけだ」
「・・・」
「それに・・・確か杖を使う女」
チィン・・・
闘護は既に飲み干したカップを指先で弾いた。
「ヨーティアから聞いた話だが・・・ある男女に帝国のスピリットが瞬殺されたらしい。やったのは男だが、女は杖を持っていたそうだ。多分、同一人物だろう・・・」
「・・・」
「俺は思うんだがな・・・」
闘護はそう言って天井を見上げた。
「その二人は・・・エトランジェじゃない気がする」
「エトランジェではない・・・ですか?」
闘護の言葉にエスペリアは眉をひそめた。
「少なくとも、男の方はね。奴から感じた圧倒的なパワー、いや存在感と言っていい。あんな存在感・・・俺は秋月君を除いて、判明している全てのエトランジェと接触したが、あれほどのものを感じたことはない。それに・・・」
そこで苦い表情を浮かべる。
「神剣のレベルだけを見ても、悠人の【求め】はこの世界でもトップクラスだ。その悠人ですら歯が立たない・・・エトランジェとは思えない」
『【自由】を除いて、だが・・・』
心の中で呟く。
「・・・だとすれば、由々しき事態です」
エスペリアの口調は重かった。
「再び私達の前に立ちふさがる可能性は・・・」
「なければ・・・いいんだが、な」
『【自由】の助力を得られない以上、もしも戦うことになれば・・・俺達は間違いなく、敗北する』
闘護も深刻な表情を浮かべる。
─同日、昼
第二詰め所、食堂
ガチャリ・・・
「ただい・・」
「トーゴ様!!」
ドン!!
「っと!?」
突然の衝撃に闘護はふらついた。
「トーゴ様・・・トーゴ様・・・」
「せ、セリア・・・」
衝撃の正体は、胸に飛び込んできたセリアだった。
「本当に・・・本当に、ご無事で・・・良かった・・・」
「・・・心配かけてすまなかった」
嗚咽を漏らすセリアの背中を、闘護は優しく撫でた。
暫し、セリアは闘護の胸の中で小さく肩を振るわせる。
そして、漸くセリアが落ち着いた頃・・・
「セリア」
「は、はい・・・何でしょうか?」
「今、ここには誰が残っている?」
「私とハリオンです。ハリオンは今、ラキオスの警備にまわっていますが・・・」
「他は?」
「前線・・・ランサにいます」
「そう、か・・・」
小さく呟く闘護。
ガチャリ・・・
「ただいま帰りました〜」
「ん?ハリオンが帰ってきたみたいだな」
闘護はゆっくりとセリアから身を離すと振り返った。
「セリアは帰ってますか・・・あら〜?」
食堂を覗き込んだハリオンは、闘護を見つけて目を丸くした。
「ただいま、ハリオン」
「お帰りなさい、トーゴ様〜」
ハリオンは普段通りののんびりした口調で挨拶を返す。
「街の警備は終わったのか?」
「はい。異常はありませんでした〜」
「そうか」
闘護は安心したように頷く。
「そうそう、ヨーティア様がトーゴ様に研究室に来るように言っていましたよ〜」
「ヨーティアが?さっきイオに会ったけど何も言ってなかったけど・・・」
「今はアセリアの検査で忙しいから、夕方に来て欲しいそうです〜」
「了解した」
頷く闘護。
「ところでセリア。昼食はどうなっていますか〜?」
「・・・あ」
ハリオンの問いかけに、セリアは言葉を失う。
「あらあら、まだ用意してないんですか〜?」
「ご、ごめんなさい。すぐに支度を・・・」
「ちょっと待った」
台所へ駆け込もうとするセリアを闘護が制止する。
「トーゴ様・・?」
「昼食は俺が作ろう」
そう言って、闘護はセリアの側を通り過ぎて台所へ向かおうとする。
「ま、待って下さい!帰ってきたばかりのトーゴ様にそんなことをさせるわけには・・・」
「俺は大丈夫だよ」
闘護はニヤリと笑った。
「それに、今まで心配させたからね・・・これぐらい、させてくれよ」
「トーゴ様・・・」
「・・・だったら、お言葉に甘えましょうか〜」
ハリオンがのんびりと言った。
「何てったって、セリアを泣かせたんですからね〜。ちゃんと、責任を取って貰わないと〜」
「ちょっ・・!?ハ、ハリオン!!」
ハリオンの暴露にセリアは顔を真っ赤にする。
「そうか・・・すまなかった、セリア」
闘護は深々と頭を下げた。
「と、トーゴ様・・・」
「セリアだけじゃありませんよ〜。ヒミカや他のみんなもずっと心配してたんですからね〜」
「・・・ああ。本当にすまなかった」
闘護はハリオンに向かって頭を下げた。
「本当ですよ〜」
「ハリオン・・・?」
ハリオンの様子が微妙におかしい事に気付き、闘護は顔を上げた。
「もう〜・・・心配してたんですからね〜・・・」
ハリオンの瞳には涙が浮かんでいた。
「ハリ・・オン・・・」
「二度といなくならないでくださいよ〜」
「・・・すまなかった」
闘護は再び─さっきよりも深く─頭を下げた。
─同日、夕方
ヨーティアの研究室
「失礼するよ」
「おう、来たか」
部屋に入ってきた闘護に対し、ヨーティアは顔を机上に向けたまま答えた。
「ハリオンから言付けを受けて来た・・・って、何をしているんだ?」
「ふふん」
ヨーティアは得意げに鼻を鳴らした。
「これはな・・・秘策さ」
「秘策?」
闘護は机上を覗き込む。
そこには、びっしりと何かが書かれていた大きな紙が広げられていた。
「何だ、これは・・・」
「おっと」
闘護が読もうとした瞬間、ヨーティアは素早く紙を丸めてしまった。
「お、おいおい・・・見せてくれないのか?」
「言っただろ。秘策だってな」
ヨーティアは意地悪そうに笑って紙をしまった。
「もう少しで完成する。その時にレスティーナ殿やユートを交えて説明してやるよ」
「・・・ったく」
闘護は呆れたように肩を竦めた。
「それで・・・俺に何の用だ?」
「随分な言いぐさだねぇ」
闘護の物言いに、ヨーティアは眉間に皺を寄せた。
「ユートとアセリアが戻ってきたのにあんただけは戻ってこないってんだから・・・」
「・・・心配をかけたのなら、すまなかった」
闘護は素直に頭を下げる。
「・・・別に心配何てしてやいないさ」
そう言いつつも、ヨーティアは微妙に赤く染まった顔を見られたくないのか、闘護から顔を背けていた。
「そうか・・・」
それには気付かず、闘護は小さく頷いた。
「しかし・・・」
ヨーティアは再び闘護を見つめる。
「どうやってこっちに戻ってきたんだ?私が知る限り、『門』は簡単に開くはずがない」
「・・・それは秘密だ」
「秘密?どうしてだ?」
「・・・」
闘護はポリポリと頭を掻いた。
「トーゴ?」
「事情があってね・・・それについては語る気はない」
「事情?」
「それも秘密だ」
闘護はそう言って手を振った。
「・・・これ以上聞いても無駄みたいだね」
「ああ」
「ったく・・・」
呆れたようにヨーティアは首を振った。
「わかってんのか?あんたの持ってる情報にどれだけの価値があるのか・・・もしかしたら、あんたやユートが元の世界に戻る為に必要な情報かも知れないんだぞ?」
「・・・だが、言うわけにはいかないんだ。いざというときの為にも、ね」
「強情な奴だね・・・」
「すまない」
ヨーティアはため息をついた。
「まぁいい。とりあえず・・・」
ヨーティアはニコリと─安堵と喜びの浮かんだ─笑みを浮かべた。
「無事に帰ってきて良かったよ」
「心配をかけてすまなかった」
闘護は再び頭を下げた。
「ユートにはもう会ったらしいな」
「・・・大分ヘコんでたよ。アセリアのことで自責の念に駆られているようだ」
「お前はどうなんだ?」
「・・・正直、自責はした」
ゆっくりと呟く闘護。
「だが、いつまでもそんなことをしている訳にはいかない」
「・・・それで?」
「反省はした。だから、次を考える」
「・・・強いねぇ」
ヨーティアは肩を竦めた。
「ホント、お前は強い。ユートとは違う・・・」
「俺と悠人が揃ってヘコんでたらマズイだろ」
「確かにね。だけど、そう簡単に割り切れることか?」
「アセリアについては・・・彼女自身が“悠人を助けたい”と望んだんだろう。ならば、その意志を無駄にすることは出来ない」
「だから、次を考える、か・・・」
ヨーティアはため息をつく。
「その強さが少しでもあのボンクラにあればなぁ・・・」
「俺の考え方が強さなのか、冷たさなのか・・・微妙だがな」
闘護は肩を竦めた。
「そこまでわかってるのなら、いいんじゃないか」
しかし、ヨーティアは闘護を責めなかった。
「・・・」
「話を変えるが・・・戦況は知っているか?」
「いや」
闘護は首を振った。
「お前達がいなくなる二週間前までは、マロリガンとラキオスの戦線はほぼ膠着状態だった。だが、お前達がいなくなってからマロリガンのエトランジェが参戦してきた」
「!!」
「結果、ラキオスは押されている・・・あまりうまくないな」
「そういうことか・・・成る程、ラキオスに残っているスピリットが少ない筈だ。殆どが前線に出ているのか」
「ああ。だが、安心しろ」
ヨーティアはニヤリと笑った。
「マロリガンの議会はスピリット隊に対するエーテル供給量を戦時中にもかかわらずあまり変えていない。それに、どうやらそのエトランジェがスピリットの訓練をしているようだね」
「・・・」
「こっちがなかなか崩れないから、向こうも更にスピリットを投入してくる。エトランジェは、その投入するスピリットの訓練のために後方に下がるだろう」
「となると・・・俺達が戻ってきたことで、戦線は俺達がいなくなる以前に戻るか・・・」
「ああ。まぁ、アレをどうにかしないとスレギト以西に進軍することは不可能だがな」
「“マナ嵐”か・・・何か方法はないのか?」
「・・・ふふん」
闘護の問いかけに、ヨーティアは得意げに笑った。
「あるのか?」
「それは秘密だ」
「秘密って・・・」
「もう少ししたら教えてやるよ。レスティーナ殿やユートを含めてな」
「・・・先に教えてもらえないのか?」
「ヤダね。お前は素の反応をするから面白くない」
「なんだよ、それ・・・」
闘護は眉をひそめた。
「ま、もう少しだ。それまで待て」
「・・・わかったよ」
闘護は仕方なさそうに肩を竦めた。
─聖ヨト暦332年 コサトの月 赤 五つの日 夜
城の一室
「残酷ですが、今アセリアを戦列から外すことは出来ません。アセリアの戦闘力は我が国にとって必要不可欠。それはユートも解っているはず」
レスティーナは屹然とした口調で言った。
アセリアの意識はまだ戻らない。
それどころか悠人達にすら反応しなくなってきている。
これ以上戦場に行けば、本当に戻ってくることが出来なくなる。
戦いは精神を食いつぶしてしまう為、それを防ぐ為にアセリアを戦わせない。
ただそれだけが、現在考えられる治療法だった。
しかし、レスティーナの答えは拒絶だった。
「それはわかってる。でも今のアセリアは戦える状態とは言えないだろ」
『半分は嘘だ・・・状態で言うなら、戦いには向いている。ただ、俺が戦わせたくないというだけ・・・』
心の中で懺悔する悠人。
「三人が抜けていた期間にマロリガンは戦力を増強しています。今叩かなければ、砂漠での戦いは泥沼となるでしょう。神剣に魂を飲まれようとも、戦いには影響を及ぼすことはない。それはエスペリアも解っているでしょう。むしろ力が強くなることも」
「はい・・・それは、その・・承知しています」
レスティーナの問いに、言い辛そうに答えるエスペリア。
右手で左手の肘を強く握っていた。
「・・・」
闘護は腕を組み、鋭い眼差しをレスティーナに向けたまま沈黙していた。
『戦うことは厭わないだろう・・・それが、神剣の意志だから。だけど、帰還の際にマナを消費して、体力も限界の筈だ。こんな状態で戦わせるなど、許せるもんか!!』
「こんな状態でもアセリアを戦わせるっていうのか!!俺の世界から帰ってきたばかりで消耗しているんだぞ!!」
悠人は我慢できず叫ぶ。
しかしレスティーナは、あくまで冷静に返す。
「アセリアのマナは回復しています。訓練士達の見解は一致しています。戦いには影響はありません」
「そんなバカな!!」
「ユート、これ以上議論するつもりはない。アセリアは戦闘員としてこのまま運用します。今はマロリガンを討つこと。帝国を討つこと。それが最優先です」
レスティーナは淡々と事実を述べていく。
「・・・俺は反対だ」
その時、闘護が腕を組んだままゆっくりと言った。
「トーゴ。あなたが反対しようと、これは既に決まった・・・」
「俺は、参謀として反対しているんだ」
レスティーナの言葉を遮るように闘護は言った。
「・・・どういう意味だよ?」
悠人が尋ねる。
「確かに、神剣に呑み込まれたスピリットの強さは認めるさ。だがな・・・」
闘護はジロリとレスティーナを睨んだ。
「そうなったスピリットは本能に従う。人間の命令に忠実に従い、戦うことに迷いがない・・・それはいいとしよう。だが、問題は本能に従うということだ」
「・・・何が言いたいのですか?」
「こっちが“戦うな”と言っても、勝手に戦う可能性があるだろ」
そう言って、闘護は肩を竦めた。
「そんなことをされたら作戦もへったくれもあったもんじゃない。そんな奴は兵士失格だよ。そんな状態のアセリアを戦闘に参加させることは作戦を立案する人間として賛成しかねる」
「それは・・・」
「確かに・・・トーゴ様の言うことにも一理あります」
闘護の言葉に、悠人とエスペリアは納得したように頷く。
しかし、レスティーナは首を振った。
「・・・それでも、アセリアには戦って貰います」
「作戦に支障が出るとしても、か?」
「戦力としては貴重です」
レスティーナは真正面から闘護を見て言った。
「・・・ならば、アセリアを最初から外して作戦を立てるしかないな」
拒まれることを予想していたのか、闘護は特に動揺した様子はない。
「よろしくお願いします」
レスティーナは頭を下げた。
「く・・・」
刹那の望みを砕かれ、悠人は唇を噛み締める。
「焦る気持ちは解っています。こちらでも出来る限りの手を尽くします。アセリアを見捨てるような事は決してしません。信じて下さい・・・彼女は戦友なのですから」
レスティーナは理解を求める口調で言った。
「・・・解った。でも約束してくれ。アセリアに無理はさせない、と」
「約束します。エスペリア」
レスティーナはエスペリアと闘護を見た。
「アセリアのことをお願いします。出来るだけ支援してあげて下さい」
「承知いたしました」
「トーゴも、よろしくお願いします」
「了解した」
「・・・」
『畜生・・・やっぱり俺は迷惑をかけるだけで、アセリアも佳織も、守ることは出来ないのか!!』
ポン
「悠人」
苦悩する悠人の肩を闘護が叩いた。
「言っただろ・・・自分一人を責めるな」
「闘護・・・」
「一人が背負える荷物なんてたかが知れている。何でもかんでも背負おうとすれば潰れるだけだ」
【・・・】
闘護の言葉には、悠人だけでなくエスペリアやレスティーナも耳を傾けていた。
「そういう時はな・・・誰かに荷物を分けるんだ」
「分けるって・・・誰に?」
「決まってるだろ?仲間や友人に・・・な」
そう言って、闘護はニヤリと笑った。
「困った時に助け合える関係を結べるのは、そういう存在だよ。だから、な」
闘護はレスティーナやエスペリアを見た。
「アセリアのことは俺や彼女たち、それにここにいない仲間が背負ってくれる」
「・・・」
悠人は二人を見つめる。
「も、もちろんです、ユート様!!」
「そうです。アセリアは大切な仲間ですから!!」
「エスペリア・・・レスティーナ・・・」
「悠人」
闘護は悠人の肩に置いた手に力を込めた。
「もっと仲間を頼れ」
「・・・ありがとう、みんな」
そう言った悠人の顔には、救われたような笑みが浮かんでいた。
「それじゃあ、戻るよ」
「そうしろ。俺は今後について少し二人と話がある」
闘護はそう言ってレスティーナとエスペリアをチラリと見た。
「だったら、俺も残った方が・・・」
「いいよ。お前は休んどけ」
「でも・・・」
「さっきの言葉を忘れたのか?仲間を頼れって言ったことを」
「・・・わかったよ」
悠人は一礼して部屋から出て行った。
「・・・ふぅ」
闘護は一息つくと、レスティーナとエスペリアを見た。
「二人とも、ありがとう」
「え?」
「トーゴ?」
困惑する二人を置いて、闘護は続ける。
「アセリアのことは悠人と俺に責任がある。君達に任せるのは筋違いなんだが・・・」
【そんなことはありません!!】
二人が同時に闘護の言葉を遮った。
「私はユート様の負担を少しでも軽くできるのならば何でもします!!」
「私もです。少しでもユートの苦しみを軽くすることが出来るならば構いません!!」
「わ、わかった、わかった」
二人の剣幕に、闘護は慌てて頷く。
「二人の決意はよーくわかった。それじゃあ、任せるよ」
【はい!!】
元気よく頷く二人。
「ったく・・・悠人も幸せ者だな」
『エスペリアだけじゃなく・・・レスティーナからもこれだけ心配されてるんだから』
微妙に苦笑する闘護。
「も、勿論トーゴ様も、何かあったら直ぐに言って下さい」
「そ、そうですよ。貴方も大切な仲間なのですから」
闘護の様子を拗ねたと取ったのか、二人は慌ててフォローする。
「ふふふ・・・ありがと、二人とも」
闘護は苦笑しながらも、小さく頭を下げた。