作者のページに戻る

─聖ヨト暦332年 コサトの月 赤 二つの日 昼
 ラキオス

 悠人達が出現した場所は、ラキオス国内の見覚えのある場所だった。
 悠人がこの世界に出現した森・・・あの時とは違い、辺りは明るい。
 悠人は意識がないアセリアを抱えて森の出口へと歩き続けた。
 【求め】の力はまた感じられなかった。
 おそらく『門』を潜ることによって力を放出しきったのだろう。
 森から出るとラキオスの城がそびえる丘が悠人の視界に飛び込んできた。
 そして・・・街の門にはヒミカとハリオンの姿があった。

 「ユート様!ご無事だったのですね!!」
 「アセリアも一緒だったんですね〜」
 アセリアを肩で支え歩く悠人に、ヒミカとハリオンが駆け寄ってくる。
 「・・・」
 近づいてくるにつれて、二人は悠人の様子がおかしい事に気付く。
 「ユート・・・様?」
 「あらあら〜?」
 俯いたまま黙り込んでいる悠人。
 「もしかして・・・アセリアが!?」
 ヒミカは血相を変えて悠人の側に駆け寄ると、背負われているアセリアを見た。
 「・・・息はあります」
 「眠っているだけですね〜」
 遅れて、アセリアの様子を観察したハリオンが安心したように言う。
 「・・・」
 しかし、二人に返事をすることなく悠人は俯いている。
 「ユート様・・・?」
 「どうしたんですか〜?」
 「・・・闘護は」
 「えっ?」
 「闘護は・・・どうした?」
 「トーゴ様ですか?それが〜」
 悠人の問いに、ハリオンは困ったように首を傾げた。
 「ユート様達が行方不明になるのと同じ頃に・・・行方がわからなくなっています」
 「・・・二人とも」
 ガシッ・・・
 悠人はアセリアをヒミカに押しつける。
 「えっ?あっ?わっ!」
 ヒミカは慌ててアセリアの空いている方の肩を支えた。
 「アセリアの意識が戻らないんだ・・・治療を頼む」
 そう言って、アセリアから離れる。
 「ユ、ユート様!?」
 困惑するヒミカを置いて、悠人は歩き出した。
 「どこへいらっしゃるのですか〜?」
 「・・・レスティーナの所に行く」
 そう言い残し、悠人は呆然とする二人を置いて歩き出した。


─同日、昼
 謁見の間

 「ユート!!」
 謁見の間に現れた悠人を、レスティーナは驚愕と安堵の表情で迎えた。
 「二週間もの間、一体どこにいたのですか!?」
 「・・・俺とアセリア、それに・・・」
 言いかけて、悠人は唇を強く噛み締めた。
 「ユート・・・?」
 「闘護、は・・・元の世界にいた」
 「元の・・・世界?」
 「ああ・・・」
 悠人は震えたまま頷いた。
 「・・・」
 その様子に、レスティーナは深く質問することが出来ない。
 「・・・詳しい話は明日にしましょう」
 結局、レスティーナは心配そうに悠人を見つめたままそう言うのが精一杯だった。
 「今しばらく、休息を取りなさい」
 「・・・」
 「ですが・・・」
 レスティーナは優しい笑みを浮かべた。
 「無事に帰ってきてくれて・・・本当によかった」
 「・・・」
 「それで、トーゴとアセリアは?」
 レスティーナの問いかけに、悠人は唇を噛んだ。
 「・・・アセリアは、ハリオンとヒミカに預けた」
 「大丈夫ですか?」
 「息はあるから・・・疲労してるだけだと思う」
 「そうですか・・・」
 安堵の息をつくレスティーナ。
 「トーゴは?」
 「・・・」
 「・・・ユート?」
 沈黙する悠人に、レスティーナは小さく首を傾げた。
 「トーゴはどうしたのですか?」
 「・・・」
 「ユート・・・?」
 レスティーナは、悠人の様子のおかしさに眉をひそめた。
 「・・・わからない」
 「え・・・?」
 「わからないんだ・・・」
 「わからないとは・・・どういうことですか?」
 「だからわからないんだよ!!」
 悠人は首を振って絶叫した。
 その叫びに、レスティーナだけでなくその場にいた文官、武官も唖然とする。
 「元の世界からここに帰ってくる時はいたんだ・・・だけど、こっちの世界に戻って気付いたら・・・いなかったんだ」
 「いないって・・・」
 「アセリアはすぐ側にいた・・・だけど、闘護はどこを探してもいなかった・・・多分・・・」
 そこで、悠人は口をつぐんだ。
 「多分・・・何です?」
 「・・・どこか別の世界に飛ばされた・・・と、思う・・・」
 「別の・・世界?」
 レスティーナは反芻するように呟く。
 「ユ、ユート様!!」
 その時、ヒミカが血相を変えて謁見の間に駆け込んできた。
 「ア、アセリアが・・・」
 「アセリア・・・アセリアがどうしたんだ?」
 「そ、それが・・・」


─同日、昼
 アセリアの部屋

 「アセリア。おい、アセリア!」
 「・・・」
 アセリアは焦点が定まらない目で、ボンヤリと下を見ている。
 悠人の言葉はまるで届いていないようだ。
 「ずっとこの調子なんです〜」
 ハリオンが微妙に困った表情を浮かべて言った。
 「俺達のことが解らないのか・・・?」
 アセリアを真正面から見つめながら悠人が呟く。
 「・・・おそらく、神剣に取り込まれたのではないでしょうか?」
 セリアが苦い表情で言った。
 「神剣に・・・?」
 悠人は呆然とした表情のままセリアを見上げた。
 「神剣に取り込まれた者は・・・心を失い、永遠神剣の意志に従うだけの存在に・・なります」
 セリアは沈痛な面持ちで呟いた。
 「・・・どうして、どうしてこんな事になっちまったんだ。返事をしてくれよ・・・アセリア」
 悠人は訴えるように言ってアセリアの肩をガクガクと揺らす。
 「ユート様!!」
 「いけません、そんなことをしては!!」
 慌ててヒミカとセリアが止めるが、悠人は止めない。
 「アセリア!アセリア!!」
 「・・・ユー・・・ト・・・」
 その時、アセリアの口から小さな呟きが聞こえた。
 「アセリア!俺の声が聞こえるか?」
 「敵を・・・殺・・・す。もっと・・・マナを」
 「!!」
 ボソボソと小声で発せられた言葉。
 『【求め】から感じる永遠神剣の意志と同じ・・・マナを求め、敵対する存在の消滅だけを願う意志・・・っ』
 「何でだよ・・・一緒に帰るって約束したじゃないか。こんな心だけ忘れてきたみたいに・・・!!」
 悠人は真っ直ぐアセリアを見つめる。
 「小鳥とだって約束しただろ?アセリア・・・くそっ」
 悠人の瞳に涙が浮かぶ。
 「なんで・・・だよ・・・なんで・・・」
 「ユート様・・・」
 「なんで俺だけが・・・なんでアセリアと闘護が・・・」
 「・・・トーゴ様?」
 悠人の呟きにヒミカが反応する。
 「ユート様。トーゴ様がどうかされたのですか・・・?」
 「っ!!」
 ヒミカの問いかけに、悠人は一瞬ビクリと身を竦めた。
 「ユート様?」
 「どうしたんですか〜?」
 悠人の態度に、セリアとハリオンも眉をひそめた。
 「闘護は・・・」
 握った拳が震えていた。
 「もう・・戻ってこない」
 【・・・え?】
 セリアとヒミカが同時に目を丸くした。
 「どうしてですか〜?」
 「闘護は・・・消えた・・・」
 「消えたって・・・どういう、ことですか?」
 悠人の震える声に、ヒミカが恐る恐る尋ねる。
 「俺とアセリアと・・・ファンタズマゴリアに・・帰る途中で・・・」
 「ちょ、ちょっと待って下さい!!元の世界ってどういうことですか?」
 「話が見えませんよ〜」
 セリアとハリオンが話を遮った。
 「・・・俺とアセリアと・・闘護は・・・元の世界に戻ったんだ」
 「元の世界・・・ユート様達の世界、ですか?」
 セリアの言葉に悠人は頷く。
 「俺達は元の世界から・・・ファンタズマゴリアに戻ろうと・・・『門』をぬけた・・・俺達三人で・・・」
 【・・・】
 「三人・・・三人で抜けた・・・はずなんだ・・・」
 悠人は頭を両手で抱え込んだ。
 「三人で・・・闘護も一緒だった・・・一緒・・・だった・・・」
 小さくなっていく悠人の声。
 「どうして・・・いないんだ・・・どうして・・・」
 その姿に、セリア達は何も言葉をかけることが出来なかった。


─同日、夕方
 城の一室

 アセリアの状態について、セリアは報告の為にレスティーナへの謁見を求めた。
 するとレスティーナは、内密にと城の一室にセリアを呼んだ。
 そこには、やはりレスティーナに呼ばれたイオもいた。
 レスティーナは、先にイオに悠人達の帰還と闘護に何かあったことを伝えていた。
 三人が部屋に揃うと、セリアは早速アセリアの状態について説明を始めた。

 「アセリア、が・・・神剣に呑み込まれた、と?」
 レスティーナは呆然とした表情でセリアを見つめた。
 「調べてみないとハッキリとは言えませんが・・・おそらく、は」
 セリアは頭を下げたまま答えた。
 「何故アセリアが神剣に・・・ユートは何と言っているのですか?」
 レスティーナの問いかけに、セリアは首を振った。
 「何も・・・かなり精神的に参っている様子でした」
 「そう、ですか・・・」
 レスティーナは口元に手を当てて考える仕草を見せた。
 「・・・ですが、説明して貰わなければなりませんね」
 「・・・」
 「セリア。明日、ユートに城へ来るように伝えて下さい」
 「わかりました」
 「イオ殿」
 「はい」
 ずっと沈黙していたイオが顔を上げた。
 「明日、ヨーティア殿に他の研究者と共にアセリアを検査するよう伝えて下さい」
 「わかりました」
 「それから、イオ殿。明日、ユートの話をヨーティア殿の代理として一緒に聞いて下さい」
 「はい」
 「セリアにも同席して貰います。構いませんね?」
 「わかりました」
 セリアが頷く。
 「・・・それにしても」
 レスティーナは不安そうな表情を浮かべた。
 「トーゴがいない・・・どういうことかしら?」
 「・・・ユート様は消えたと言っていました」
 レスティーナの呟きに、セリアがボソリと言った。
 「消えた・・・?」
 「こちらへ戻ってくる時に・・・いなくなった、と」
 セリアの口調は震えていた。
 「どういう・・・ことですか?」
 尋ねたレスティーナの口調も僅かに震えている。
 「わかりません・・・そのことを話しかけて、ユート様は口をつぐまれて・・・」
 答えたセリアは、口調だけでなく身体も震えていた。
 「・・・そう、ですか」
 セリアの様子に、それ以上レスティーナも尋ねることは出来なかった。


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 その日は、ヒミカと交代する予定だったウルカが戻ってくる日だった。
 ヒミカがいつまで経っても来なかった為、ウルカは一足先にラキオスへ戻ったのだ。
 そしてウルカは、そのことを知らされて第一詰め所に来たヒミカから悠人達について聞かされた・・・

 「アセリア殿が・・・神剣に?」
 ウルカは唖然とする。
 「ええ。明日、詳しく調べることになると思うけど・・・」
 「・・・二人は今、どちらに?」
 「ユート様もアセリアも今は部屋で休んで・・・いえ、待機してるわ」
 ヒミカは小さく首を振った。
 「・・・」
 「エスペリア達はまだ前線に・・・?」
 「・・・はい。ランサにはナナルゥ殿とネリー殿のみが待機しております。エスペリア殿は明日にはランサへ帰還しますが・・・」
 「そう・・・」
 ウルカの言葉にヒミカは唇を噛み締める。
 「ヒミカ殿。このことは・・・」
 「遅かれ早かれ伝えなければならないわ・・・」
 「・・・」
 「ウルカ。あなたは、後で来るハリオンと一緒にユート様とアセリアの世話をお願い」
 「承知しました」
 「私はこれからランサへ向かうわ。エスペリアには明日ラキオスへ戻ってくるよう伝えるからね」
 「・・・ヒミカ殿。一つ、よろしいですか?」
 「何?」
 「先程の話の中で・・・トーゴ殿が消えたというのはどういうことですか?」
 ウルカの問いに、ヒミカは困った表情を浮かべた。
 「・・・わからない」
 「わからない・・・?」
 「詳しくはユート様に聞くしかないけど・・・今日は無理だと思う」
 ヒミカはそう言って首を振る。
 「そう、ですか・・・」
 「ウルカ。後はお願いね」
 「はい。ヒミカ殿も・・・」
 「ええ・・・」


─同日、夜
 ヨーティアの研究室

 コンコン
 「あぁ、開いてるよ」
 ガチャリ
 「失礼します、ヨーティア様」
 「ん?イオじゃないか。どうしたんだ?」
 「ユート様が戻られました」
 「なにぃ!?」
 イオの言葉に、ヨーティアは音を立てて椅子から立ち上がった。
 「やっと戻ってきたのか・・・あのボンクラ、どこをほっつき歩いてたんだ」
 悪態をつくものの、その表情には安堵の色が浮かんでいた。
 「アセリア様も共に戻ってきたとのことです」
 「アセリアもか?何だ、アイツ・・・二人でこの二週間、何をしてたんだぁ?」
 嫌みな笑みが浮かぶ。
 「ただし、トーゴ様が行方不明とのことです」
 「・・・え?」
 イオの一言が笑みを凍らせた。
 「ど、どういうことだい?トーゴも二人と一緒だったのか?」
 「はい。ユート様の話によると、ユート様はアセリア様、トーゴ様と共に元の世界に戻っていたとのことです。そして、こちらへ戻ってきた時に、トーゴ様は見つからなかったということです」
 「見つからなかったって・・・」
 「詳しいことはわかりません」
 「だったら、今すぐボンクラを連れてこい。私が問いつめてやる」
 「・・・それは無理です」
 イオは顔を伏せた。
 「どうして?」
 「ユート様は現在、かなり精神的なショックを受けているそうです。今日は休ませた方がいいと・・・」
 「それは・・・レスティーナ殿が?」
 「はい」
 「・・・そうか」
 ヨーティアは小さくため息をつくと、椅子にドカッと腰を下ろした。
 「それから・・・」
 そこで、イオは僅かに俯いた。
 「アセリア殿の意識が戻らないそうです」
 「アセリアの?どういうことだ?」
 ヨーティアは眉をひそめた。
 「神剣に取り込まれた可能性があります」
 「!!」
 「明日、ヨーティア様も含めて研究者の方々に調べて欲しいとのことです」
 「・・・わかった」
 深刻な表情を浮かべてヨーティアは頷いた。


─同日、夜
 闘護の部屋

 「・・・」
 「セリア」
 「っ!」
 机を触れていたセリアは慌てて手を放す。
 「ハ、ハリオン・・・」
 ドアの側で、ハリオンが立っていた。
 「勝手にトーゴ様の部屋に入ったら怒られますよ〜」
 「・・・」
 ハリオンの言葉にセリアは小さく俯いた。
 「セリア」
 「わかってるわ・・・そんなこと」
 セリアの声は震えていた。
 「どうして・・・」
 「?」
 「どうして、トーゴ様が!?」
 振り返ったセリアの目には涙が浮かんでいた。
 「どうしてトーゴ様が帰ってこないの!?」
 「セリア・・・」
 「どうして・・・どうして・・・」
 スッ・・・
 ハリオンは震えるセリアの身体を優しく抱きしめた。
 「セリア」
 「ハリ、オン・・・」
 「あなたはトーゴ様を信じますか〜?」
 「トーゴ様、を・・・?」
 「そうです〜」
 ハリオンは頷くと、セリアの顔を正面から見据えた。
 「私はトーゴ様が帰ってくると信じていますよ〜」
 「え・・・?」
 ハリオンの言葉に、セリアはキョトンとした。
 「だって、そうでしょ〜?トーゴ様はイースペリアでも生き残ったんですよ〜」
 「そ、それは・・・」
 「だから、今回もちゃんと帰ってくるわよ〜」
 「・・・」
 「あらあら?セリアはトーゴ様を信じられないの〜?」
 「そ、そんなことは・・・」
 「そんなことは?」
 「ない、けど・・・」
 「・・・セリア」
 ハリオンは優しい笑顔をセリアに向けた。
 「大丈夫ですよ〜」
 「ハリオン・・・っ?」
 その時、セリアはハリオンの手が僅かに震えていることに気付いた。
 「大丈夫・・・絶対に、大丈夫ですよ〜」
 「ハリオン・・・そうね」
 セリアは小さく笑った。
 「トーゴ様は絶対に帰ってくる・・・絶対」
 「そうですよ〜」
 二人はゆっくりと─お互いに言い聞かせるように─頷いた。


─同日、夜
 第一詰め所、食堂

 「出来ましたよ〜」
 台所からハリオンが料理の載った皿を運んできた。
 「どれも精が付く物ばかりですからね〜」
 「これは美味しそうです・・・」
 ウルカが感嘆の声を上げた。
 「ハリオン殿は料理がお上手ですね・・・感服いたしました」
 「お世辞を言っても何も出ませんよ〜」
 「いいえ、世辞ではありませぬ」
 「もう、ウルカったら〜」
 ハリオンは頬を染めながら照れたように手を振った。
 「ユート様とアセリアには元気をつけて貰わないといけませんからね〜」
 「・・・はい」
 明るいハリオンとは裏腹に、ウルカの口調は重かった。
 「トーゴ様が帰ってきた時に、2人があのままではビックリしますからね〜」
 「ハリオン殿・・・」
 「ウルカもそう思いませんか〜?」
 「・・・はい。そうですね」
 そう言ったウルカの口調は、僅かながら明るさを取り戻していた。
 「それでは、私はアセリアに持っていきますから、ウルカはユート様にお願いしますね〜」
 「承知しました」


─同日、夜
 アセリアの部屋

 コンコン
 「アセリア?」
 コンコン
 「アセリア?入りますよ〜」
 ガチャリ・・・
 「失礼します〜」
 ハリオンはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
 「アセリア・・・」
 「・・・」
 アセリアはベッドの上に座り込んでいた。
 「アセリア、起きてますか〜?」
 「・・・」
 ハリオンの問いかけに何の反応も示さない。
 「アセリア?」
 ハリオンは料理の載ったお盆をテーブルの上に置くと、アセリアの側に寄った。
 「アセリア?」
 「・・・」
 「起きてますか〜?」
 「・・・」
 「寝ていますか〜?」
 「・・・」
 「困りましたね〜」
 困り笑いを浮かべると、ハリオンはそっとアセリアから離れた。
 「ご飯は置いておくので、お腹がすいたら食べて下さいね〜」
 そう言い残し、ハリオンは静かに部屋から出た。


─同日、夜
 悠人の部屋

 コンコン
 「ユート殿。夕食を持ってきました」
 ウルカの言葉に返事は無い。
 「・・・失礼します」
 ガチャリ・・・
 明かりもつけず、真っ暗な部屋。
 中に入ったウルカは、ベッドの上に座っている悠人を見つける。
 「ユート殿・・・失礼します」
 「・・・」
 悠人はウルカの言葉に反応することなく、ただジッとしている。
 「・・・食事は置いておきます」
 そう言って、ウルカは食事の乗った盆をテーブルの上に置いた。
 「・・・ウルカ」
 彼女の背に向けて、悠人が小さく呟いた。
 「何でしょう?」
 「何で・・・俺だけ無事なんだろう?」
 振り向いたウルカに、悠人は小さい声で問いかける。
 「・・・」
 「アセリアは神剣に飲み込まれて・・・闘護は消えて・・・なんで、俺だけここにいるんだろう?」
 「ユート殿・・・」
 「なぁ、ウルカ。教えてくれ・・・何でなんだ?」
 悠人の問いかけに、ウルカは唇をかんで悠人から目をそらした。
 「・・・その答えはユート殿自身が見つけなくてはならないと思います」
 「俺自身・・・が?」
 「はい」
 ウルカはまっすぐ悠人を見つめた。
 「少なくとも・・・ユート殿がそのように苦しんでいることを、アセリア殿もトーゴ殿も望むとは、手前には思えません」
 「・・・」
 「手前が言えることはそれだけです」
 ウルカはゆっくりとドアに近づいた。
 そして、ドアノブに手をかけたとき・・・
 「ウルカ」
 再び、背後から悠人が声をかけた。
 「・・・サンキュ・・」
 「・・・いえ」
 小さく返し、ウルカはドアを開いた。
 「失礼します」
 ガチャ・・・
 ウルカが出ていき、再び悠人は一人になる。
 「・・・」
 『俺は・・・』


─同日、夜
 第一詰め所、食堂

 ガチャリ・・・
 「お帰りなさい、ウルカ」
 食堂では、ハリオンが椅子に座っていた。
 「ハリオン殿・・・アセリア殿は?」
 ウルカの問いに、ハリオンは首を振った。
 「反応はありません〜」
 「そう、ですか・・・」
 「ユート様はどうでしたか〜?」
 「大分参っておられる様子です・・・」
 「そうですか〜」
 2人はため息をついた。
 「お二人の世話は手前がします」
 「お願いしますね〜」
 ハリオンの言葉にウルカは頷いた。


─聖ヨト暦332年 コサトの月 赤 三つの日 朝
 城の一室

 次の日・・・
 城の一室に、レスティーナは悠人を呼んだ。
 用件は、悠人とアセリア、そして闘護の身に何が起きたのかを悠人自身から聞く為である。
 他に、前日呼ばれたセリアとイオがいた。


 「ユート、大丈夫ですか?」
 「・・・ああ」
 レスティーナの問いかけに、悠人は憔悴した顔のまま頷く。
 「では・・・一体何があったのか、詳しく話して下さい」
 「・・・二週間前の夜だ」
 悠人はゆっくりと話し始めた。
 「俺とアセリアは城の周りを警備していた・・・その時、妙な大男が俺達に攻撃を仕掛けてきたんだ」
 「妙な大男?」
 「ああ。そいつは大きな剣を持って・・・その剣を第三位【無我】って呼んでた」
 【第三位!?】
 レスティーナとセリアが同時に驚愕の声を上げた。
 「それで、俺とアセリアは神剣を共鳴させて迎え撃ったんだ。そしたら、光に包まれて・・・気がついたら、元の世界にいた」
 悠人はそこで少し言葉を切った。
 「俺とアセリアは、一旦俺の家に行った。それで、次の日になって・・・アセリアの調子が悪くなった」
 「アセリア様の調子が突然悪くなった・・・ということですか?」
 イオの問いかけに悠人は頷く。
 「ああ。【求め】が言うには、俺の世界はマナが希薄らしい・・・スピリットや神剣には住みにくい世界なんだ」
 「・・・ユート様」
 その時、セリアが遠慮がちに口を開いた。
 「何だ・・・?」
 「・・・トーゴ様はどうなったんですか?」
 セリアの問いに、レスティーナがハッとした。
 「そういえば、ここまでトーゴは出てきていませんが・・・」
 「闘護は・・・よくわからない」
 悠人は首を振った。
 「よくわからない?どういうことです?」
 「俺達が向こうの世界に来た次の日の朝、突然現れたんだ・・・闘護自身も、どうやって戻ったのかは知らないと言っていた。ただ・・・」
 「ただ?」
 「俺とアセリアが大男と戦った時に俺達を包み込んだ光に触れたと言っていた・・・多分、その時に巻き込まれたんだと思う」
 【・・・】
 「俺達は、アセリアの看病を知り合いに頼んで、こっちの世界に戻る方法を探した。そして、その方法がわかったんだ」
 「どのような方法ですか?」
 レスティーナが尋ねた。
 「ある時刻に、俺達が現れた場所で神剣の力を開放すればいい・・・それまでに、神剣を使わなければ、無事に戻って来れた・・・筈なんだ」
 悠人は拳を握りしめる。
 「・・・神剣を使ったのですか?」
 「・・・」
 レスティーナの問いに無言の悠人。
 「使ったんですね・・・?」
 「仕方ないだろ!!」
 【!?】
 悠人の突然の絶叫に全員が驚く。
 「小鳥が人質に取られたんだ!!使うなって言われても戦うしかなかったんだ!!」
 【・・・】
 「そうさ・・・戦うしかなかったんだ・・・」
 後悔に満ちた口調。
 「・・・コトリというのは誰ですか?」
 セリアが尋ねた。
 「佳織の友達だ。アセリアの看病を手伝って貰った・・・」
 「さらったのは誰なのですか?」
 レスティーナが尋ねた。
 「俺とアセリアを襲った大男だ。それともう一人・・・」
 想像して、悠人はブルリと身を震わせた。
 「外見は少女だった。だけど、とんでもない強さだった・・・」
 「・・・ユートよりも強い、と?」
 レスティーナの問いに、悠人は苦い表情で頷いた。
 「多分、俺では勝てない・・・いや、誰も勝てないと思う」
 【・・・】
 悠人の言葉に三人は絶句する。
 悠人が勝てないということは、その二人に対抗する策がないということを意味するからである。
 「トーゴ様でも勝てないんですか・・・?」
 セリアが遠慮がちな声で尋ねた。
 「わからない・・・」
 「わからない?」
 「闘護はその二人と戦ってない・・・動けなかったアセリアの守りを任せたから・・・けど」
 悠人はそこで言葉を句切った。
 「闘護じゃ勝てない・・・戦えない闘護には・・・無理だと思う」
 「・・・」
 悠人の答えに、セリアは言葉を失った。
 「・・・では、そのコトリという少女は・・・?」
 「・・・」
 レスティーナの問いかけに、悠人は一瞬目を見開き、次いで顔を背けた。
 「・・・」
 沈黙し、震える悠人。
 「・・・レスティーナ様」
 イオがゆっくりと首を振った。
 レスティーナは小さく頷くと、話題を変えた。
 「・・・ユート。あなたとアセリアはどうやって戻ってきたのですか?」
 「・・・『門』を通ってきた」
 「『門』?」
 「異世界同士を結びつける門・・・だと思う。俺も詳しくはわからない・・・ただ、幾つもの世界が見えた・・・『門』はそれらと繋がってると・・思う」
 「では・・・あなたとアセリアは『門』を通ってこの世界へ戻ってきたのですね?」
 レスティーナの問いかけに悠人は頷く。
 「・・・トーゴも、『門』を通ったのですか?」
 「!!」
 ビクリと震える悠人。
 「・・・そうなのですね」
 「・・・ああ。通った・・・俺達と一緒に通った・・・筈なんだ」
 悠人は拳を握りしめた。
 「『門』を通ってた途中で空間がおかしくなって・・・俺の力だけじゃどうしようもなくて・・・アセリアから力を借りて・・・」
 言いながら次第に俯いていく。
 「その時は確かに一緒にいたんだ。だけど・・・こっちの世界に戻ってきた時には・・・」
 「・・・いなかったのですね?」
 レスティーナの問いに、悠人はコクリと頷いた。
 「ユート様」
 それまで沈黙していたセリアが口を開いた。
 「トーゴ様の行方は・・・」
 「・・・」
 悠人は首を振った。
 「『門』を通る時にはいたのに、戻ってきた時にはいなかった・・・ユート達とはぐれた、ということですか?」
 「・・・」
 悠人はコクリと頷く。
 「原因は・・・わからない、と?」
 「ああ・・・」
 「そう、ですか・・・」
 「・・・確かにいたんだ」
 悠人はボソリと呟いた。
 「俺達と一緒に・・・『門』をくぐった・・・筈なんだ・・・」
 呟きながら、身体が震え出す。
 「・・・」
 レスティーナは頷くと、震える悠人の肩に手を置いた。
 「っ!!」
 悠人は一瞬とビクリと身を竦める。
 「ユート・・・」
 ゆっくりと、優しく悠人の両肩を抱きしめる。
 「大丈夫・・・トーゴは生きています」
 「え・・?」
 レスティーナの言葉に悠人はゆっくりと顔を上げる。
 悠人の目に映ったレスティーナの顔は、優しく微笑んでいた。
 「トーゴは簡単に死ぬような人ではありません」
 「レス・・ティー・・・ナ・・・」
 「彼は何度も死地から生還してきました。今度も必ず・・・」
 ギュッ
 「っ・・・」
 レスティーナの手に力がこもる。
 「必ず・・・戻ってきます!」
 「レスティーナ・・・」
 「必ず・・!!」
 力強く言い切るレスティーナ。
 「・・・ありがとう、レスティーナ」
 悠人は自分の手をレスティーナの手に重ねた。
 「ありがとう・・・ありがとう・・・」
 潤んだ目のまま感謝の言葉を続ける悠人に、レスティーナは優しく笑いかけた。
 その様子に、セリアは小さな安堵の表情を浮かべ、イオは優しく微笑んでいた。


 「じゃあ・・・」
 「失礼します」
 バタン
 悠人とセリアが部屋から出ていった。
 「レスティーナ様。私も失礼します」
 残っていたイオが頭を下げて出ていく。
 そして、部屋にはレスティーナが一人残った。
 「・・・」
 レスティーナは無言でソファに座り込む。
 「・・・うっ・・・」
 途端、嗚咽を漏らしうずくまる。
 「うぅ・・・うう・・・っ」
 肩を振るわせる。
 足下にはポツポツと涙がこぼれていた。
 「トーゴ・・・君・・・・」


─同日、朝
 第一詰め所

 バタバタ・・バタン!!
 「ユート様!?」
 「エスペリア殿!!」
 食堂に駆け込んできたエスペリアを迎えたのはウルカだった。
 「ウルカ。ユート様は!?」
 「レスティーナ殿に呼ばれて城へ向かわれました」
 「城・・・」
 クルッ
 「お待ちください!!」
 背を向けたエスペリアをウルカは制止する。
 「エスペリア殿はどこまで知っていますか?」
 「どこまで・・・?」
 ウルカの問いに、エスペリアは振り返った。
 「ヒミカから、ユート様とアセリアが戻ってきたことだけど・・・」
 「ユート殿とアセリア殿が帰還したこと・・・それだけですか?」
 「他に何があるのですか?」
 「・・・」
 ウルカは苦い表情のまま小さく俯いた。
 「ウルカ・・・何が、あったのですか?」
 「・・・詳細はユート殿から直接聞いた方がいいでしょう」
 「・・・」
 不安な眼差しでウルカを見るエスペリア。
 「手前は城の警備に出ます」
 「え、ええ・・・」
 「それでは、失礼します」
 頭を下げ、ウルカは食堂から出て行く。
 一人、残されたエスペリアは困惑と不安の入り交じった表情を浮かべ立ちつくしていた・・・


─不明

 「うぅ・・・あれ?」
 『なんだ・・・』
 闘護は恐る恐る目を開けてみた。
 「こ、これは・・・?」
 視界に飛び込んできたのは、複雑怪奇な模様で構成された空間だった。
 青、赤、黄色、緑・・・無数の色が混ざり合って形成されたマーブル模様に覆われた空間。
 闘護はその空間を浮遊していた。
 「ど、どこだ・・・ここは?」
 周囲を見回そうと首を動かした。
 「っと!?」
 すると、体が首を動かした方向に回転し始める。
 「う、うわっ!!」
 慌てて闘護は手足をばたつかせた。
 と、今度は体が上下にばたつき始める。
 「な、なんだこりゃ!?」
 闘護は必死の形相で体勢を立て直そうとした。

 五分経過・・・

 「はぁはぁはぁ・・・」
 『プールの中にいるみたいだ・・・下手に動くと、動きっぱなしになるな・・・』
 ようやく落ち着いた闘護は、ゆっくりと首を動かした。
 「何だろう?無重力空間・・・か、ここは?」
 眼前に広がる空間には、様々な色が混ざり合っており、その色の境界もかなりあやふやになっている。
 「うぐ・・・」
 『何だか気持ち悪くなってきた・・・』
 眉間に皺を寄せる。
 『早く出た方がいいな・・・だけど』
 「ここはどこなんだ?」
 瞳を閉じて考える。
 『確か・・・俺は、悠人とアセリアと一緒に『門』を通っていた』
 記憶の糸をたぐる。
 『で・・・空間が不安定になって、悠人とアセリアが神剣の力で安定させた、すると・・・流れが急になって・・・俺は悠人とアセリアの両手を掴んだ』
 「そうだ・・・掴んでた手が、汗で滑ったんだ・・・それで離れて・・・」
 思い出したように呟く。
 『しくじったなぁ・・・腕を掴めば、耐えられたかもしれない・・・』
 唇を噛み締める。
 「・・・俺はどこに飛ばされたんだろう?」
 目を開けて、ゆっくりと周囲を見回した。
 「おーい!!誰かいませんか!!」
 半ばヤケクソ気味に叫ぶ。

 その時だった。

 〔・・・こちらです〕
 「!?」
 『誰だ!?』
 その時、何者かの声が闘護の耳に入った。
 「どこだ!?どこにいる!?」
 〔こちらです・・・〕
 『後ろ・・?』
 闘護はゆっくりと振り返った。
 「そっちか?」
 〔こちらです・・・〕
 闘護の問いかけに、同じ返事が返ってくる。
 「・・・」
 『行ってみるか・・・』
 一抹の不安を胸に、闘護は声のした方に進もうと体を動かした。

 「ん?あれは・・・」
 暫く進むと、前方に銀色の棒が見えた。
 『何だ、アレ?』
 闘護は注意深くそれに近づいていく。
 「これは・・・」
 『棒・・・いや、杖、か?』
 闘護は目の前の棒を見つめた。
 長さは2メートル強はあるだろう。
 闘護の体勢から見て上には5pほどの先の尖った珠が付いており、その下に直径10pのリングがついていた。
 更にリングは棒で半分に分かれており、直径5pほどのリングが左右に三つずつ、六つぶら下がっている。
 『何だか・・・そうだ、本で見たことがある』
 「錫杖・・・だな」
 〔そう呼ばれています〕
 「!?」
 突然、棒から声が発せられた。
 『ぼ、棒が喋った!?』
 闘護は慌てて身構える。
 「な、なんだこれ!?」
 〔私は意志を持つ錫杖・・・〕
 棒―錫杖はゆっくりと言葉を発した。
 「意思を持つ・・・まさか!?」
 闘護は錫杖を凝視する。
 「永遠・・・神剣?」
 〔その通りです〕
 「!!」
 錫杖の答えに闘護は戦慄する。
 「永遠神剣・・・」
 闘護はゆっくりと錫杖に手を伸ばした。
 そして、触れた瞬間・・・
 ブルッ!!
 ブワァッ!!
 〔!?〕
 「っ!?」
 錫杖が大きく震え、同時に闘護は全身の気が逆立つような感覚に襲われた。
 「な、なんだ!?」
 〔あ、あなたは!?〕
 闘護と錫杖の声が重なる
 「お、俺がどうしたんだ・・・?」
 闘護は恐る恐る尋ねる。
 〔・・・あなたは誰ですか?〕
 ふと、錫杖は先ほどに比べて低いトーンの声で尋ねた。
 「俺は・・・神坂闘護」
 〔かんざか・・・とうご・・・〕
 「あんたは・・・第何位で、なんて名前なんだ?」
 闘護の問いに、錫杖は暫し沈黙する。
 「・・・答えてくれないのか?」
 〔・・・いえ〕
 錫杖についているリングがシャランと音を立てた。
 〔私は【自由】・・・第三位【自由】〕

作者のページに戻る