作者のページに戻る

─西暦2008年 12月21日 14:12
 高嶺家 リビング

 天気は快晴。
 悠人達が再びこの世界の大地を踏んでから、3日が経過した。

 「ふぅ・・・」
 悠人は椅子に座るなりため息をつく。
 『お粥は出来た。アセリアが起きたときに温め直せばすぐに食べられるし・・・』
 悠人は台所のテーブルで、時深の葉書を眺めていた。
 闘護と共に、何度も何度も穴が開くほど眺めた葉書の文面。
 殆ど面識がないような、倉橋の一族の巫女である時深。
 悠人達がファンタズマゴリアに行き、そして再び帰るための鍵。
 【求め】も【存在】も、相変わらず何の反応も見せない。
 『俺は何か大きな渦の中の、パズルの1ピースに過ぎないのかな・・・そんな気がしてきた・・・』
 「“自分を信じて下さい”・・・か」
 いつか聞いた時深の言葉、そして、宮司さんの言葉が悠人の脳裏を過ぎる。
 『自分を信じろ、か。難しいな・・・俺の何を信じたら良いんだろう?』
 目を閉じて考える。
 『【求め】の力?いや、別に自分の力というわけじゃない。俺は俺自身の何を信じられるんだろう・・・』

 コチコチコチ・・・

 「もう、こんな時間か・・・」
 時計は14時30分を回っていた。
 「小鳥のヤツ遅いな・・・家でつかまったのかな」
 小鳥は朝方、悠人と看病を交代して一旦家に戻った。
 着替えを取りに行ったのと、栄養のある物を小鳥の母親が作ってくれたらしいので、それを持ってくるという。
 『もしかしたら疲れて寝てしまったのかも知れない。俺は体力には自信あるけど・・・小鳥には辛いよな』
 「けど、闘護はそろそろ帰ってくる頃だな」
 闘護は昼前に“調べたいことがある”と言って図書館へ行っていた。
 ジリリリリリリン
 「ん?電話・・・」
 突然鳴り出した電話に、悠人は小さく首を傾げつつ受話器を取った。
 「はい、高嶺です」
 「悠人か?」
 受話器から聞こえてきたのはよく知った男の声。
 「闘護か。どうしたんだ?」
 「ああ。実は、そっちに戻るのが遅くなりそうだ」
 「何かあったのか?」
 「いや、もう少し調べたいことがあってね」
 「・・・もしかして、何か手がかりが?」
 僅かな期待を持って尋ねたが、闘護からの返答は否定だった。
 「残念ながら、ファンタズマゴリアに戻る方法については進展無しだ」
 「・・・そうか」
 「調べたいのは個人的な興味についてだよ」
 「個人的な・・・?」
 「そうだ。で、戻るのは夕方になると思うんで、連絡したんだ」
 「わかった」
 「じゃあな」
 ガチャ・・・プー、プー、プー
 「ったく」
 悠人は受話器を戻す。
 『何を調べたいんだか・・・まぁ、いいか』
 「さて・・・と。暫くアセリアの横についていよう」

 「“・・・ユート”」
 アセリアは目を覚ましていたが、明らかに昨日よりも衰弱していた。
 大剣を振るい、敵と戦っていたときの姿は見る影もない。
 首を悠人に向けることすら、億劫のようだった。
 「“どうだ?具合は”」
 意味のない質問。
 聞かなくたって良くないことくらいわかっていた。
 それでも悠人は、声をかけずにはいられなかった。
 「“・・ん。少し・・・食べたい・・・”」
 「“食べられそうか?”」
 「“・・・ん・・食べる・・・”」
 起きあがろうとするのを手で制する。
 「“無理して起きあがらなくていい。俺が持ってくるから、ちょっと待ってろ”」
 「“・・・うん”」

 悠人は急いでキッチンに戻り、さっき作ったお粥を火にかける。
 冷蔵庫から卵を取り出して割り落とし、半熟になるまで待ってから器によそう。
 あまり熱くても食べにくいと思い、団扇で風を送り少しだけ冷ます。
 『前に佳織に教わったことを忠実に守っているなぁ、俺』
 何となく得意な気持ちになる悠人。
 適度に冷めた所でコップにスポーツドリンクを注ぎ、布巾とお粥の器をお盆に乗せると、早速アセリアの下へ向かった。

 「“これなら栄養価も高いし、食べやすいはずだ。味は向こうと同じくらいの薄目にしといたから・・・”」
 「“・・・ん”」
 アセリアは起きあがって自分で食べようとするが、力が全く入らないのか、へたり込んでしまう。
 「“無理に起きあがらなくていい。俺が食べさせてやるからさ”」
 悠人はスプーンで半熟卵を崩し、お粥と混ぜる。
 一応フゥフゥと口で冷ましてまずは少しだけ食べさせる。
 「“・・・ん。おいしい・・・”」
 スプーンの一口を何回かに分けて飲み下してゆく。
 だが、横のままなのだから、これでいい。
 少しずつ、少しずつ、食べさせてゆく。
 「“もう少しだからさ、頑張ろうぜ。明日には元の世界に帰れるんだ”」
 「“・・・もう・・・帰るのか”」
 何故か残念そうな顔をするアセリア。
 「“いやなのか?”」
 「“もっと・・・ユートの、世界・・見たい・・・”」
 「“そっか・・・”」
 こんな状態でもこの世界が見たいというアセリア。
 『確かに、アセリアは前からハイペリア・・・俺のいた世界、即ちこの世界が見たかったと言っていた。なのにこんなことになってしまうなんて・・・』
 小さく唇を噛む悠人。
 『色々、気付かされたよな・・・世間の嫌な面もさんざん見てきたつもりだったし、仕事をしてお金をもらうという意味も理解しているつもりだった。世間一般の、大抵のことを「わかっているつもり」になっていたんだ』
 器に視線を落とす。
 『だけどそれはとんでもない思い違いだった。普通のちょっとうるさい女のことだと思っていた小鳥が、実は凄い奴だということも今までわからなかった。自分では出来ると思っていたことが、本当は何も出来ないということも改めて知った』
 器を持つ手に力がこもる。
 『何もわかったいなかった・・・何も知らなかったんだ。この世界にだってまだまだ色々面白い所もあるだろうし、他の国だって行ってみたら必ず何かが見つかるだろう。変わり映えのしない灰色の日常なんかじゃない。そう感じるのは、俺が周りをちゃんと見ようとしなかったからだっただけなんだ』
 悠人は少し冷ましたお粥をアセリアの口にゆっくりと運ぶ。
 「“また・・・一緒に来ような。その時は思いっきり遊び回ろう”」
 悠人は出来る限りの笑顔を作った。
 「“結構面白いと思うぜ、この世界は”」
 「“・・・ん”」
 顔色は悪いままだったが、アセリアは悠人の言葉を聞いて、目を輝かせた。
 『必ず見せてやるからな、アセリア。絶対に・・・!!』


─西暦2008年 12月21日 18:00
 高嶺家 リビング

 ガチャリ
 「お邪魔します」
 玄関から闘護の声が聞こえた。
 「ああ」
 台所でアセリアの看病用のタオルを用意していた悠人は作業をしながら声をかける。
 「夕食、買ってきたよ」
 リビングに現れた闘護の手には、弁当屋の袋があった。
 「悪いな。代金は・・・」
 「いいって。それより、アセリアは?」
 袋をテーブルに置いて早速尋ねる。
 「・・・変わってない」
 「良くも、悪くも・・・か?」
 「ああ」
 「そうか・・・」
 闘護は小さくため息をつくと、椅子に腰掛けた。
 「期日は明日・・・それまで保ってくれれば・・」
 「保つさ!」
 闘護の言葉を遮るように悠人は叫んだ。
 「絶対に・・・!!」
 「・・・そうだな。変なことを言ってすまない」
 「いや・・・」
 タオルと桶を持って、悠人がリビングに出てきた。
 「俺はもう少しアセリアの側にいるから、お前は先に食っててくれ」
 「わかった」
 悠人がアセリアのいる部屋に入ると、闘護は袋から弁当を一つ取り出し、早速食べ始めた。
 「モグモグ・・・」
 『しかし・・・“出雲”、か』
 咀嚼しながら、闘護は考える。
 「モグモグ・・ゴクン」
 『地名にある“出雲”・・・だが、そこに“出雲”という組織があるのか?』
 「半日調べても、結局何もわからなかったし・・・」
 呟くと、再び箸を動かす。
 「パクッ・・モグモグ・・・」
 『しかし、どうして俺は“出雲”に興味を持ったんだろう?もしかして・・・ファンタズマゴリアの経験で、現実と幻想の境界が変わったから、かな』
 心の中で首を傾げつつ、闘護は食事を進める。
 「ムシャムシャ・・・」
 『それにしても・・・今の悠人はアセリアのことで頭がいっぱいだな』
 小さく笑う。
 『オルファの事や、エスペリアと喧嘩したことも忘れてるみたいだし・・・レスティーナのことに至っては、これっぽっちも考えてないかも』
 「ゴクン・・・ふぅ」
 箸を止めて、闘護は首を振った。
 「・・・今はフェアじゃない、か」
 『悠人が落ち着いて考えることが出来るようにならないと・・・狡いよな』


─西暦2008年 12月21日 22:45
 高嶺家 リビング

 12月21日、午後10時45分。
 コチコチコチ・・・
 時計の音だけがやけに響くリビング。

 「・・・なぁ、悠人」
 闘護は対面に座っている悠人を見つめる。
 「夏君・・・どうしたんだろうか?」
 闘護は心配した表情を浮かべている。
 「向こうからの連絡もないし、携帯もつながらない」
 「ああ・・・もう12時間以上経ってる・・・」
 『あの小鳥から連絡がない・・・なんてことあるだろうか?』
 悠人は不安そうな表情を浮かべた。
 「彼女の家に連絡してみないか?」
 「そうだな・・・確か、佳織の連絡網に小鳥の家の番号あったよな・・・」
 悠人は立ち上がると、電話の下の住所録や何やらが入った箱を引っかき回す。
 少しして、悠人は綺麗な透明なシートに挟まった手作りの電話番号リストを見つけた。
 「これこれ。佳織が作ってたヤツだ」
 几帳面な佳織は、よく使う番号のリストを自分で作ってシートに入れていたのだ。
 「ええと、夏小鳥・・・っと・・・あ、あったあった」
 受話器を取り上げ、その番号を入力する。
 トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・
 ガチャ。
 「あ、夜分遅くすみません。夏さんのお宅でしょうか?高嶺と申しますが・・・」

 「はい・・あ、どうもすみませんでした。失礼します」
 ガチャ。
 「おい、悠人」
 立ち上がっていた闘護の表情には焦燥の色があった。
 『昨日から、小鳥はずっと家に帰ってない!?もうこの家を出てから半日以上になるんだぞ?』
 「そんな馬鹿な!!」
 悠人は首を振った。
 「悠人・・・まさか、彼女の身に・・・」
 「・・・」
 『小鳥は何処に消えた?あの小鳥が約束を中途で投げ出すなんて考えられない』
 悠人はゴクリと唾を飲み込む。
 キーン!!!
 「ぐあっ!!」
 その時、悠人の頭の中に強烈な、しかも鋭い音が響き渡る。
 「悠人!?」
 「こ、これは・・【求め】の振動!!」
 「何!?神剣が目覚めたのか?」
 二人は側に立てかけてある【求め】を見つめた。
 〔・・・契約者よ・・・〕
 「今まで何寝てたんだっ!このバカ剣」
 〔この世界はマナが希薄なのだ。居心地が悪い世界だ〕
 「ざけんなっ!早く帰るぞ。アセリアが危ないんだ」
 〔ふむ・・・あの娘もマナが無いと消滅するからな。・・・だが〕
 「?」
 〔今は・・・それどころじゃないぞ。この世界に来る前に戦った、アイツがこの世界に来ている〕
 「アイツって・・・まさか、あの黒い大男か!?」
 〔そうだ。近くにいる・・・〕
 「っ!!」
 「おい、悠人・・・あの化け物がいるのか・・・?」
 「まさか・・・」
 二人の顔が青くなっていく。
 『消えた小鳥。そして、近くにいるというあの男・・・まさか・・・小鳥は!?』
 〔それはわからぬ。だが・・・永遠神剣の気配がする〕
 「くっ!!」
 悠人は唇を噛む。
 「最悪だ・・・夏君はあの化け物につかまったかもしれないのか?」
 闘護は震える声で呟く。
 「・・・多分」
 『しかも俺のせいで!!』
 悠人は拳を握りしめる。
 『助けに行かなきゃいけないが、あの男の力は尋常じゃない。俺が一人でアイツと戦えば・・・きっと、生きて帰れない』
 「闘護。お前はここに残れ」
 「何!?」
 悠人の言葉に闘護は唖然とする。
 「バカを言うな!!俺も一緒に・・・」
 「アセリアを一人にするつもりか!?」
 「!!」
 「俺もお前もいなくなったら、アセリアはどうなる!?」
 「ぐっ・・・」
 「頼む・・・彼女を守ってくれ」
 「悠人・・・」
 「闘護」
 悠人は闘護の両手を握りしめた。
 「頼む・・・」
 「・・・わかった」
 絞り出すような声。
 「夏君を・・・頼むぞ」
 悠人は小さく頷くと、【求め】を睨んだ。
 「アイツがそこにいる理由・・・」
 『それは・・・』
 〔待ち伏せであろう〕
 「小鳥がいなくなって、アイツの気配が現れた・・・この世界まで追ってきたアイツが、小鳥をさらって俺を待ち伏せしているということか?」
 〔そう考えるのが自然といえよう。あの娘もそこにいるだろうな。もう殺されているかもしれないが・・・〕
 「ふざけたことを言うな、バカ剣!!」
 悠人は怒鳴った。
 「くそっ、回りくどい事をしやがって!!」
 『畜生、何で俺自身を襲わない!?もし小鳥の身に何かあったりしたら・・・自分の身よりもそっちの方が怖い』
 悠人は覚悟を決めたように首を振った。
 「罠とわかっていても、行くしかない!」
 〔契約者よ。行くのか?力を蓄えていたから、我は戦うことは出来る〕
 「決まってるだろっ!!場所はわかるな?」
 悠人は冷蔵庫の脇に置いておいた【求め】を手に取る。
 「これは・・・」
 『自分の手にしっくり来る感覚が戻ってる。それに力が漲ってくる。戦場にいたファンタズマゴリアの日々へと、心と身体が帰っていくような気がする・・・』
 制服の上着を着てから、剣にかけてあったラキオスの戦士の正装をその上に羽織る。
 〔お前の思考の中にいる『学園』という場所だ。そこから同族の力を感じる。隠していない・・・よほどの自信があるのだろうな〕
 「ふざけやがって!!」
 吐き捨てると、悠人は【求め】を腰に付けながら、佳織の部屋のドアを開けた。
 闘護も悠人に続く。
 そして二人は眠るアセリアの横に立つ。
 今は穏やかな寝息を立てて眠っているが、額の汗を見る限りでは、決して安らかな眠りでないことを物語っていた。
 「少しの間だけだから・・・待っててくれよ。すぐに戻ってくるから」
 『小鳥を救い出して、必ずここに帰ってくる・・・必ず!!』
 「闘護。お前はここに残ってくれ。もしも、アセリアを狙って敵が来た時は・・・」
 「任せろ。彼女には指一本触れさせない」
 「・・・頼む」
 悠人は闘護に向かって軽く頭を下げると、部屋から出た。
 玄関を出ようとして、ふと、写真が目に入る。
 写真には悠人の実の両親と、佳織の実の両親が写っている。
 『義父さん、義母さん・・・必ず佳織は連れ戻す。もう少し待っていてくれよな』
 小さく頭を下げた。
 『父さん、母さん。俺は後悔しないように戦うよ。だから少しの間、アセリアを守ってくれ・・・』
 家の鍵を閉めて道に出る。
 夜の10時を過ぎれば、殆ど人通りはない。
 悠人は少しだけ神剣の力を解放した。
 「行くぞ!バカ剣っ!!」
 〔契約者よ、心しろ。おそらく最強の相手だ〕
 「ああ、確かにな・・・でも俺は小鳥を助ける。そしてアセリアとあの世界に帰るんだ。こんな所で死ぬつもりなんて全くない!!」
 そして、全力で走り出す。
 風景が凄まじい勢いで後ろに流れてゆく。
 恐ろしいことに、普通に走っているだけなのにもかかわらず、悠人は高速で走る車以上の速度を叩き出していた。
 『この世界でも永遠神剣の力は、尋常じゃない能力を俺に与えてくれるのか・・・逆を言えば、敵も永遠神剣を持っているのだから、能力をこっちの世界で問題なく発揮できるということか・・・』
 そこまで考えて、悠人は首を振ると速度を上げた。
 「・・・待ってろ小鳥っ!無事でいてくれっ!!」

 部屋に残った闘護はベッドの側にある椅子に腰を下ろした。
 「アセリア・・・」
 「“・・・”」
 アセリアは苦しそうな表情を浮かべて眠っていた。
 『大分参ってる・・・下手に動かすのもよくない、か・・・だが、彼女を守らなければ・・・』
 「たとえ、命を賭けることになったとしても・・・」
 そう言って、己の掌を見つめる。
 『悠人達が手も足も出ないような化け物・・・戦えない俺では盾にすらなれないだろうが・・・』
 「それでも・・・守ってみせる」
 拳を強く握りしめる。
 「絶対に!!」


─西暦2008年 12月21日 23:00
 学園への道

 『強力な神剣の気配・・・』
 「間違いなくあの男の・・・!」
 悠人は拳を握りしめた。
 『だけど・・・この間とは、少し雰囲気が違う気もする・・・よく解らないが、行くしかないか』
 悠人は全速力で歩き慣れた道を走り抜けた。


─西暦2008年 12月21日 23:30
 学園前

 悠人の慣れ親しんだ学園。
 深夜だからか、それとも敵が潜んでいるからか、大きな校舎がやけに禍々しい圧迫感を与える。
 『ここに小鳥がいる・・・きっと』
 〔契約者よ。気付かれたようだ。永遠神剣の気配が消えた。探せということらしい〕
 「そんなに死ぬほど教室の数があるわけでもない。すぐに見つけ出してやるさ。行くぞ!!」
 悠人は閉じている校門を飛び越えて中に入った。


─西暦2008年 12月21日 23:35
 学園内

 『どこだ・・・どこにいる?』
 悠人は神経を集中させて、校内を探し回る。
 一体どこから襲ってくるかわからないという中で、僅かな気配を察知するため、神経を張りつめて慎重に歩き回るというのは予想外に大変なことだった。
 「中に入ると、意外に広いもんだな・・・」
 『通い慣れてるせいで、この建物の中のことは随分詳しいつもりだったのだが、いざこうして歩き回ってみると、意外に園内というのは広い。まぁ、二つの学部が繋がっているから、というのもあるが・・・』
 〔用心しろ。契約者よ。気配を消していても、隠しきれないほどの力を感じる〕
 『何処かわかるか?』
 〔おそらくは・・・〕
 【求め】は悠人の頭の中にイメージを送ってきた。
 『見覚えのある教室・・・ここは・・・』
 「ふざけやがって・・・わざわざ俺の教室かよ!!」
 怒りがこみ上げてくる。
 『こっちをからかって遊んでいるんだ・・・くそっ!!』
 「三階だ。行くぞ」
 悠人は階段を急いで駆け上がっていく。


─西暦2008年 12月21日 23:38
 悠人の教室

 ゆっくりとドアを開ける。
 「・・!?」
 教室の中に充満している生ぬるい空気。
 悠人は目の前の光景に目を疑った。
 「・・・悠人・・先輩・・・見ないで、下さい・・・お願い・・っ!!」
 「遅かったな・・・【求め】の契約者。あまりにも・・あまりに遅い。この娘の心が壊れてしまうかと思ったぞ」
 「そうですわね・・・今も理性が壊れる寸前ですから」
 クスクスと笑う小鳥と同じくらいの外見をした少女。
 悠人は動転して、何が起きているのかわからなかった。
 下半身裸の小鳥に、やはり下半身裸の少女がいやらしく邪悪な笑みを浮かべて小鳥の内腿に口をつけている。
 それだけでも異常な光景だが、もっと異常なのはその二人の身体に黒い男の彼方此方から出る異形の触手が絡みついているところだ。
 触手はそれぞれが命を持っているかのように、小鳥の身体をヌメヌメと這い回っている。
 触手に這い回られ、少女に愛撫されている小鳥は、身体をビクビクと痙攣させ、悦楽の声を漏らす。
 その表情は痛みと哀しみと、そして快楽で歪んでいた。

 「あ・・あぁ・・悠人・・先輩・・・」

 「んぁ・・・や、やっ・・てぇ・・・は・・あふ・・みな・・いで・・」

 「うぁ・・あん・・・あ・・ぃ・・ぃぃ・・あぁ!!」

 あえぎ声に混じる微かな悲鳴。
 『何だ?どうして、こんな事になっている?』
 目の前の光景が理解できない悠人。
 しかし、すぐに混乱を吹き飛ばす程の怒りが心を満たしていく。
 『よくも小鳥を・・・!!』
 「きさまらぁーーーっっ!!!」
 怒りの表情のまま、悠人は黒い男に斬りかかっていた。
 「うぉおおおおお!!!」
 小鳥を捕まえている触手ではなく、直接男の頭部を狙って渾身の一撃を叩きつける。
 キィン!!
 何か、硬い金属に当たって跳ね返されるような感覚。
 振り下ろした剣は、眉一つ動かさずに展開させた、男のオーラフォトンによって阻まれた。
 「こんなものぉーーーーっ!!!」
 悠人は更に剣に力を込める。
 悠人の心に反応した【求め】がより強い力を解放していくにもかかわらず、オーラフォトンのシールドは揺るぎもしない。
 「フッ・・・まだ大した力ではないな。テムオリン様、どういたしますか?」
 男は横目でテムオリンと呼ばれた少女を見た。
 「そうですわね」
 少女は小さく首を傾げた。
 「せっかくこの娘も高ぶっていることですし・・・最後までしてあげなさい」
 「承知いたしました」
 大男は頷くと、悠人に向かって左手を突き出した。
 「【求め】の契約者よ。しばしそこで見ているがいい」
 ドンッ!!
 「ぐぁっ!!」
 男の左手から何か黒い衝撃波が放たれたかと思うと、俺は教室の端まで吹っ飛ばされていた。
 その衝撃で机がガタガタと倒れて、窓ガラスが割れた。
 「かは・・・っっ!!」
 『呼吸が・・・出来ないっ!?いや、そもそも身体が全然動かない・・・!!おいっ!バカ剣・・・何とかしろよ』
 〔・・・〕
 「おっ、おい!?」
 『【求め】も気絶したのか?』
 悠人の心の呼びかけに答えない。
 「く・・・身体が動かない・・何だ・・・この力は」
 『これもオーラフォトンの力なのか?何かに縛り付けられて、身体が全く動かない・・・動かそうと力を入れても、激しい強制力で首をも動かすことさえおぼつかない!?』
 「クスクス・・・私の精神拘束から、貴方程度では逃れられません。そこでこの娘の愛らしい姿を見物していなさい」
 テムオリンは、まだ未発達の小鳥の秘部を指でゆっくりと解してゆく。
 既に密に濡れた薄桃色の花弁を、指で刺激していく。
 わざわざ悠人に見せるように・・・ゆっくりと。

 「はぁ・・やめて・・きゃふ!あ・・うっ・・はうぅ!!」

 「や・・やだ!・・あぅ・あ!はっ・・いやぁ」

 「や・・やだ!あぅ・・あ!はっ・・いやぁ」

 声を出すことも出来ずにその姿を見つめる悠人を、黒い男が傲然と見下ろす。
 軽蔑とも哀れみともつかぬ表情を浮かべ、口を開く。

 「悔しかろうな・・・力のない戦士など、周りを不幸にするだけだ」
 「この娘は・・まんざら不幸じゃありませんわよ。こうやって得難い快楽を受けているのですから・・・」

 「ん・・ぁ!っ、くふぁ・・やだよぉ・・やだ・・あ・・はぁ!!」

 「はぁん・・いい・・な、なん・・で?・・・あぁ・・はぁ・・・ひぃ・ふぁ」

 「なんで、・・こん、な・・きもち・・いい・・の?」

 「や・・っだめ・・ぇ・・・へんに・・ん・・へんになっちゃうよぉぉ」

 「いいのっ・・いいのぉ・・そこが気持ちよくて・・」

 「声が・・でちゃう・・・ん・・・あ!・・きゃう!!」

 「ここ・・ですの?」

 「ああ!きもち・・いいよぉぉぉ!」


 『・・・また俺は助けられなかった。また俺は・・・!!』
 気も狂わんばかりの怒りが悠人の心を支配していく。
 タキオス達に対する怒りなのか、それとも自分に対する怒りなのかすら、悠人にはわからなかった。
 「っぁあああああ〜〜っっっ!!」
 喉の奥から叫び声が漏れ出すのを、止めることが出来ない。
 『許せないっ!!許せる事じゃないっっ!!許してはいけないっっっ!!!』
 〔契約者よ。我の力を必要とするか?〕
 【求め】が悠人に語りかけてくる。
 『助けだと?そんなんじゃ足りない!!お前の力を全て俺によこせ!!・・・こいつらを殺してやるっ!!こいつらのマナを全部吸い尽くして見せろ!!!!!』
 「俺に力を!!!!」
 「おや?なかなか、この坊やもやりますわね。私の結界を自力で・・・成る程。あの時深が目をつけるわけですね。でも・・・」
 タキオスの放った精を、自らの膣の中から指で掬い、そしてペロリと舐める。
 外見と裏腹に妖艶な仕草が、とてもアンバランスで存在してはならないものに見える。
 「こんな事で自制できないようじゃ、私たちには必要ありません。タキオス・・・」
 「はい」
 タキオスはそっと小鳥を抱きかかえ、少し離れた床に横にする。
 小鳥は放心状態になり、自らの裸体を隠すこともない。
 目から光は失われていた。
 「さて・・・そろそろ決着をつけるとするか。【求め】の契約者よ」
 いつの間にかタキオスは触手を全てその体内に戻し、逞しい人間の身体に戻っていた。
 未だにタキオスの身体からは強烈な力が発せられているが、今の悠人はこの程度で怯まない。
 『こいつらが許せないっ・・・こんな奴らに振り回されたことも許せないし、何よりも小鳥を救うことが出来なかった自分に腹が立つ!!』
 「殺してやるっ!!!」
 悠人の手の中の【求め】が強く振動する。
 今までにない強烈な振動。
 剣から力が流れ込んでくる。
 溢れていく力が、悠人の心の理性を押し流していく。
 悠人の心を支配するのは、純粋な殺意と憎しみ。
 それを意識した瞬間、奥底から力が沸き上がってくる。
 『この力ならっっ!!!』
 【求め】を振りかぶる。
 「うぉおおおお!!!」
 そして、一気に飛び出す。
 「ぬんっ」
 タキオスは全く怯む様子を見せず、むしろゆっくりとしたかけ声と共に大剣が水平に振られる。
 シュォオオオ!!!
 発せられる衝撃波。
 空間が裂けるのではないか、と思わせる一撃。
 「そんなものっ・・・今の俺に効くかぁっ!!!」
 悠人は衝撃波そのものを斬りつける。
 大上段から振り下ろした剣が空間を切り裂く。
 ズバッ!!!
 【求め】の一撃が、タキオスの衝撃波を打ち破る。
 ドゴォオオオオオオーン!!!
 轟音が鳴り響き、教室中の机が吹き飛ぶ。
 「ほぅ・・・!なかなかやる。テムオリン様・・・その娘を」
 「・・またタキオスの悪い癖、ですわね」
 テムオリンは呆れた口調で呟いた。
 「いいですわ。存分におやりなさい」
 テムオリンは手を振ると、小鳥の身体が宙に浮く。
 「貴様、小鳥をどうする気だ!!」
 「どうもしない・・・お前と勝負がしたいだけだ。その娘がいると集中できぬであろう?」
 剣を正段に構えるタキオス。
 「剣を構えろ。永遠神剣同士の本当の戦いを教えてやろう」
 「後悔させてやる!小鳥にしたことの報いをさせてやる!!」
 悠人は【求め】を握りしめる。
 壮絶な力が身体に溶け込んでくる。
 【求め】の声は聞こえない。
 悠人の意識と剣の意識が解け合っていた。
 『剣の心・・・【求め】の意志が解る・・・』
 〔破壊しろ・・・【誓い】を壊せ・・・全てのマナを我の手に・・・。〕
 『これが【求め】の心・・・殺伐としているが、とても純粋な願い。欲望というよりも、本能のようなものだ・・・』
 「行くぞ!目の前の敵を消滅させるっ!!」
 使ったことのない力が頭の中で形作られていく。
 『オーラフォトン、ハイロゥ、永遠神剣、そしてマナ・・・今は何もかもの原理が解るようだ・・・神剣の力の、もっと有効な使い方だって・・・!!』
 バァアアアアア!!!
 「ぬぅ・・・ッ!この・・力は!」
 悠人が放った凄まじい閃光は、槍となってタキオスのみを貫こうとする。
 タキオスは剣をかざし、防御のためのオーラフォトンを展開していく。
 「いっけぇえええええっっ!!」
 ドォオオオオオオオーーーーン!!!
 光が突き刺さり、刹那の静寂の後、真っ白の光の爆発に部屋が包まれる。
 悠人自身も信じられないくらいの強大な力。
 白煙が晴れていく。
 「・・・」
 剣を支えにしているものの、未だタキオスは健在だった。
 「ぐっ!!」
 『それなら、何度だって叩き込んでやる!』
 「これほどまでの力を、まだその身で・・・面白い!名は何という?」
 タキオスはあくまで戦いを楽しむようにニヤリと笑った。
 「俺は高嶺悠人・・・ラキオスのエトランジェ、【求め】のユートだ!!」
 大男に向かって叫ぶ。
 『この名前を忘れさせるものか!!』
 「お前達は何者だ?サーギオスのものか!それともマロリガンのものか!?」
 「ふぁぁ・・どっちでも構いませんわ、そんなこと。ま・・・どちらかというとサーギオス・・ですわね。今はあっちの方が有力ですから」
 テムオリンはこれまでの戦いを、まるで退屈な遊びを見ていたように欠伸をした。
 「さて、茶番も終わりにいたしましょう。タキオス、帰りますわよ」
 テムオリンが手を前に翳すと、空間から杖が現れた。
 『あれは永遠神剣!?杖型なんて聞いたことがないぞ!?』
 新たに現れた永遠神剣に悠人は目を見開いた。
 「はっ!悠人よ、いずれまた剣を交えよう。その時を楽しみにしている!」
 「まぁ、目的は果たしたわけですから、この退屈な時間にも意味があったということでしょう。タキオスならば、良い運動になったでしょうけど・・・」
 そう言って杖を一振りする。
 ブゥーン
 空間にポッカリと穴が開き、青い光のトンネルが現れる。
 「一つ教えて差し上げますわ」
 テムオリンは視線を悠人に向けた。
 「貴方は感情に流されて力を使った。その結果、その娘もスピリットも救うことが出来なくなりました。何が大切なものかを判断も出来ないようじゃ、何も出来ませんわよ?」
 そして、嘲りの笑みを浮かべる。
 「時深の邪魔をしようかとも思いましたけど、こんな坊やに何を期待しているのやら・・・」
 「テムオリン様・・・門が閉じます」
 「まぁその娘は大切にしてあげなさい。貴方が傷つけたのですから・・・ね」
 悠人に嘲笑を向ける。
 『あ・・・俺、は・・・【求め】の力を・・・使ってしまった!?』
 悠人はハッとする。
 『それ、は・・・帰るための方法だったのに・・・』
 打ちひしがれる悠人に二人は背を向けた。
 「では、ご機嫌よう・・・もう逢うことはないと思いますけど」
 青いトンネルの中に姿を消す。
 二人を追うように、門も姿を消す。
 この空間に残されたものは・・・虚無感に立ちつくす悠人と、全裸で気を失う小鳥だけだった。


─西暦2008年 12月22日 3:10
 高嶺家 リビング

 12月22日 午前3時10分

 悠人は自宅に戻ってきていた。
 気を失った小鳥は、悠人のベッドで眠っている。
 戦いの後、小鳥に上着を掛けて人目につかないように気をつけながら、悠人の自宅まで運んだ。
 その間に、小鳥は何度も怯えたような寝言を呟き、その都度悠人の胸元を、小さな手でキュッと握りしめた。
 その手に力が入るたびに、どうしようもない後悔と哀しみが押し寄せてくる。
 「小鳥・・・ごめんな・・・」

 家に帰り着いた悠人を迎えた闘護は、悠人に抱かれた小鳥を見て、身を震わせた。
 「蒸しタオルを用意する」
 そう言って台所へ向かった。
 そして、悠人は闘護の用意した蒸しタオルで小鳥の身体を拭ってやった。
 それは、タキオスの触手から出た粘液と精、それにテムオリンの唾液に汚れた身体を少しでも綺麗にしてやりたいと強く思ったからだった。
 気休めにもならないけど、悠人と闘護にはそれくらいしかできない。

 カチャ・・・
 「悠人・・・替えのタオルを持ってきたよ」
 出来るだけ音を立てないように注意しながら闘護が入ってきた。
 「ああ・・・」
 悠人は小鳥の身体を拭い続けながら、振り返ることなく答える。
 闘護は静かに悠人の側に来ると、小鳥を見ないように二人に背を向けた。
 「うぅ・・や・・だ・・・たすけ・・て・・・」
 胸や股間を拭うと、体を震わせて苦しげに呻く。
 だが二人は耳を閉ざすわけにはいかなかった。
 これは自分たちが招いた結果だから。
 『俺が、安易に助けを求めてしまったばかりに・・・!!』
 『俺がこの世界に来た時に、すぐ二人の所へ向かっていれば・・・彼女を巻き込むことはなかったのに!!』
 二人の心に渦巻くのは後悔の念。
 その上、悠人は唯一の帰れる可能性であった【求め】の力までも使ってしまった。
 小鳥を助けられず、アセリアを助ける術も失った。
 「俺は・・何なんだよ・・!!」
 「・・・くそっ!!」
 情けなくて涙も出ない。
 ただただ襲いかかる後悔。
 心から、自分達の愚かしさを呪った。
 「いっそこの剣で・・・!」
 『自分自身を貫けば償いになるのだろうか?』
 悠人はチラリと側に立てかけてある【求め】を見つめた。
 「下らない考えは捨てろ」
 二人に背を向けながらタオルを用意していた闘護が絞り出すような声で言った。

 闘護が二人に背を向けているのは、出来るだけ小鳥の裸を見ないようにしている為である。
 それは、小鳥が悠人ならともかく自分には裸を見られたくないと思っている・・・小鳥の、悠人に対する想いを理解していたからだった。

 「・・・わかってるさ」
 『逃げ道として自殺することに何の意味がある?俺が死ねば間違いなくアセリアも消滅してしまうだろう。責任を放棄して勝手に自殺することなんて、許されないんだ』
 「・・く・・・っ!!」
 唇を噛むしかない自分。
 「・・・それじゃあ、俺は新しいタオルを持ってくるよ」
 「ああ・・・」
 ガチャリ
 闘護は静かに部屋から出た。
 「・・ゆうと・・・せんぱい?」
 その音に気付いたのか、小鳥の目がゆっくりと開いた。
 「あ・・・小鳥・・目が覚めた・・・か?」
 『顔を合わせるのが辛い・・。でも、背けちゃダメだ。それだけは解る。ここで目を背けたら、俺はもうどうしようもない・・・』
 悠人はなるたけ表情を崩さないようにして小鳥を見た。
 「悠人先輩は・・・無事だったん・・ですね?良かった・・・」
 「あぁ・・・俺は大丈夫だ」
 「助けてくれてありがとうございます」
 小鳥は小さく笑った。
 「・・怖かった・・・です。凄く、怖かった・・・」
 「ごめんな・・・また俺が・・・」
 「それ以上は言っちゃダメです。悠人先輩!」
 悠人の言葉を遮る。
 「凄くショックで・・・ずっと・・・忘れられないと・・思うけど・・・」
 小鳥は小さく唇を噛み締める。
 「佳織だって、怖い思いしてたんですから。私だって・・・負けてられません!!」
 元気に見えるように、小鳥は話す。
 『小鳥・・・俺に心配かけまいとして・・・』
 小鳥の態度に悠人は胸が張り裂けそうになる。
 「私は大丈夫ですから、アセリアさんについていてあげて下さい」
 「・・・」
 「もう少し・・・もう少しだけ眠らせて下さい。そうしたら明日にはまた・・・元気な私に戻りますから・・・お願いします・・・」
 「わかった・・・後で何か食べ物置いておくからさ。少し食べろよ」
 「はい!あと身体拭いてくれて有り難うございました!サッパリしました」
 「いや・・勝手に身体見ちまった・・・ごめんな、小鳥」
 悠人は小さく頭を下げた。
 「アセリアの所か、キッチンにいるからさ、何か必要だったら呼んでくれ。すぐに持っていくからさ」
 「ありがとうございます・・・悠人先輩・・ありがとう・・ございます」
 小さくなる声。
 悠人は返す言葉が思いつかなかった。
 それでも、最大限言葉を選んで話しかける。
 「ごめんな・・・小鳥。お休み・・・」
 その瞬間、小鳥がうくっ、としゃくり上げる声が聞こえたような気がして、悠人はドキッとしてしまう。
 『あのいつも明るい小鳥が泣く所なんて今まで見たことなかったし、見たくなかった・・・』
 その微かな声は、ドアの閉じる音にかき消され、それ以上聞こえてくることはなかった。


─西暦2008年 12月22日 11:23
 高嶺家 リビング

 12月22日 午前11時23分
 悠人と闘護は台所のテーブルについていた。
 どちらもアセリアのことは心配だし、小鳥のことを思うと心を痛めていた。
 しかし結局、どちらにも声をかけられず、こんな所でくすぶっていた。
 「とにかく帰ろう・・・ここにいたら、また小鳥を巻き込んでしまう」
 悠人の呟きに闘護は頷く。
 「そうだな・・・それにアセリアだって限界だ」
 闘護は苦い表情を浮かべた。
 「さっき見てきたが・・・生気を完全に失い疲れ切っていた。あまり汗も流さなくなっている。多分・・・」
 言いかけて、闘護は唇を噛んだ。
 「・・・もう保たない・・・後がないんだ」
 「・・・」
 『この世界に存在するだけで、命が削られてゆく。マナが希薄だというこの世界では、スピリットであるアセリアは、蜻蛉より儚いんだ・・・』
 ガチャリ
 「悠人先輩、神坂先輩、おはようございます!今日はいい天気ですね」
 ドアの開くことがして、小鳥が出てきた。
 昨日よりは少し元気そうに見えた。
 しかし、眠れなかったのだろう・・・目の下のクマがそれを物語っていた。
 「朝方、勝手にお風呂使わせてもらっちゃいました!タオル・・佳織のか悠人先輩のか解らなかったんで、適当に使わせてもらっちゃいました」
 「全然、構わないよ。それよりも・・・身体は大丈夫か?」
 悠人は僅かに震える声で尋ねた。
 『昨日の出来事で、何か身体に異常とかはないだろうか?エスペリアのような癒しの力を、俺は持っていない。永遠神剣同士の戦いは、持たない者にとっては驚異以外の何者でもないんだから・・・』
 しかし、小鳥は首を縦に振った。
 「はい!身体は平気です。怪我もカスリ傷程度でしたから。あと・・・」
 言い淀む。
 いつも明朗快活な小鳥が珍しい。
 「昨日のこと・・・私から言います。悠人先輩、神坂先輩。昨日のことは気にしないで下さい」
 【・・!!】
 「佳織が戦っていて・・・悠人先輩も神坂先輩も戦っていて・・・私の大好きな人たちが、みんな戦っているんです」
 小鳥は真っ直ぐ二人を見つめる。
 「初めてがあんな事になっちゃってショックだけど・・・ええと・・ああと・・・」
 少し視線を泳がせる。
 「上手く言えないけど・・・私も戦います!!」
 言葉を続けていく。
 そのうちに、小鳥の目に力が戻ってきた。
 「悠人先輩達やアセリアさん達の戦いに比べれば、大したことないけど・・・私も昨日の出来事と戦います。悠人先輩も神坂先輩も、自分たちの戦いを頑張って下さい!!」
 グッと拳に力を込める。
 「私って神経は図太いんですから!」
 そしてニコリと笑った。
 「さっ、そろそろ準備しないと!!」
 【・・・】
 『強い・・・本当に夏君は強い・・・』
 『多分、今だって無理して笑っているんだと思う。でも、無理してでも笑うことが出来るという強さは、とてもじゃないけど俺には真似できない・・・』
 小鳥の様子に、闘護と悠人は心が熱くなった。
 「小鳥・・・絶対に佳織は連れて帰る」
 「そうですよ、悠人先輩!」
 「悠人。アセリアを・・・」
 「ああ」
 「神社には私も行きます。見送らせて下さい・・・あっ!」
 「どうした、夏君?」
 「私、タクシーを呼んでおきます。今のアセリアさんだと神社までもキツイと思いますから」
 小鳥はすぐに電話帳を、電話台の下から取り出す。
 そしてパラパラと捲り始める。
 「・・・頼もしいな」
 「ああ・・・じゃあ、俺はアセリアを起こしてくる」
 「あ、待ってくれ、悠人」
 背を向けた悠人を、闘護は呼び止めた。
 「ここにある物で、何か借りていっても良いかな?」
 「借りるって・・・まさか、ファンタズマゴリアに持っていくのか?」
 「ああ。役に立つかもしれないからね」
 「いいけど・・・大した物はないぞ」
 「悪いな」
 ガチャリ
 悠人は手を振ってアセリアの休んでいる部屋へ入っていった。
 「さて・・・」
 ガチャン
 「先輩、タクシーはすぐに来るそうです」
 受話器を置いて小鳥が報告する。
 「そうか」
 返事をすると、闘護は周囲を見回した。
 「何か無いか、何か無いか・・・と・・・ん?」
 闘護は、台所の隅に置いてある“物”を見つけた。
 「これは・・・」


 「“アセリア・・・”」
 「“・・・ん。ユート”」
 「“あ、あれ?”」
 昨日まで返事の声が聞こえないくらい小さく、か細い声だったのに、普通に聞こえる大きさだった。
 アセリアは立ち上がって、悠人を見ていた。
 『昨日までとてもじゃないけど起きあがれそうもなかったのに・・・しかも、いつの間にかスピリットの服に着替え終え、いつもの鎧まで身に纏っている。そして腰の鞘には【存在】・・・成る程・・・神剣の力を使ったのか』
 「“・・行こう。みんな・・・待ってる”」
 顔色は未だにとても悪いし、立っていてもフラフラしていてとても本調子には見えない。
 だがそれでも神剣の力は、アセリアに随分と力を取り戻させていた。
 「“解った、行こう・・・いや、帰ろう。ファンタズマゴリアへ”」
 「“うん”」
 佳織の部屋を出るときアセリアはゆっくりと室内を見回した。
 この風景を胸に刻むように一つ一つを見つめる。
 「“ん!”」
 そして満足げに頷いた。

 ガチャリ
 「お、早かったな」
 「わぁ!その格好がアセリアさんの本当の服なんですよね?カッコイイ〜〜〜!!」
 小鳥は目を輝かせる。
 「この綺麗な服の生地って何で出来ているんですか?この鎧も重そう〜・アセリアさんってこんなに華奢なのに、こんな物も着けて動けるんですね!凄いなぁ〜」
 アセリアの周りをチョロチョロしながら、いつもの小鳥トークが炸裂している。
 「“・・・ユート。小鳥は・・・なんて言っている?”」
 はしゃいでいる小鳥に、困惑を隠せない様子のアセリア。
 『これだけ周りで目をキラキラさせて動き回られればなぁ・・・』
 「“まぁ・・・何だ。アセリアが凄いってさ”」
 『かなり要約した感はあるが、まぁ遠からずといった所だろ。実際に小鳥はそう思っているのだろうから問題はない』
 「・・・くっくっく」
 意味を理解してる闘護は、悠人の回答に小さく笑った。
 「う〜〜〜ん。服と相まって、凛々しくて可愛くて・・・どうしよう〜〜、素敵だなぁ〜〜〜」
 顔を赤くして、照れるように頭を振る。
 『どうもしなくていいんだけどな』
 「これだけの美少女相手だと・・・若さで押し切る以外に方法がないんだけど。こんな綺麗なお姉さんがいたらなぁ〜」
 「小鳥と・・・」
 「アセリアの姉妹・・・?」
 悠人と闘護は顔を見合わせ・・・
 【ぷっ!!】
 同時に吹き出してしまった。
 『似合っているような、ものすごい違和感のような・・・』
 「“・・・ユート、トーゴ?”」
 「“まぁ・・・気にしなくていいや”」
 悠人は自分の服に袖を通しつつ、笑いながらそう言った。
 「悠人。これ、借りていいか?」
 立ち上がった闘護が掌に載せた物を見せる。
 それは、小さなライターだった。
 「え?そんなものでいいのか?」
 「どうせ機械関係は持っていったって電池がなきゃ動かないし、バラしたところで説明できるわけないし、作れるわけでもない。だったら、こういう単純な構造の物の方が便利だ」
 「そんなもんか・・・?まぁ、いいけど・・・そんなものならあげるよ」
 「いいのか?」
 「どうせ百円足らずで買ったんだろうし」
 「ありがとう、悠人」
 闘護は礼を言うとそのライターを内側のポケットに入れた。
 「よし」
 悠人は服を着替え、【求め】腰に差す。
 「行くぞ!!」
 「おう」
 「“うん”」
 「はい」

 ガチャ・・・
 家の鍵を閉め、表に出る。
 『見慣れたはずの風景がやけに眩しく感じられるな・・・』
 「小鳥、タクシーは?」
 「抜かりはないです!呼んでありますから、もうすぐ着くと思います」
 「しかし・・・」
 闘護は自分の、そして悠人とアセリアの格好を見る。
 「俺達やアセリアの格好でタクシーに乗るのか・・・」
 「・・・うーん」
 闘護の呟きに悠人も微妙な表情を浮かべた。
 『向こうの世界にいたときはこの格好をしていても、アセリアの格好を見てもそれほど違和感はなかったのだが・・・』
 「まぁ、仕方ないか・・・」
 結局、闘護は納得したように肩を竦めた。
 「そうだな・・・けど・・・」
 悠人はふと、こちらの世界に帰ってきてからの事を思い出す。
 『こっちの世界に帰ってきて、自分の感覚も少しこの世界の常識に近くなって・・生きていることに気付いて、不思議に思えるな・・・』
 「さんきゅ、小鳥。何か色々世話になったな・・・」
 『この数日間─俺にも、闘護にも、アセリアにも、小鳥にも色々なことがあった・・・みんな一生忘れない数日間だと思う』
 悠人は小鳥を見つめる。
 「本当に助かったよ。ありがとう」
 『それぞれの戦いを背負った辛い思い出と、ささやかな交流。願わくば、後者の方が強くあって欲しい』
 闘護も小鳥を見つめる。
 「悠人先輩、神坂先輩?まだ終わった訳じゃないんですから!」
 悠人の手と闘護の手とアセリアの手をまとめると、その上に自分の両手を重ねて強く握る。
 『小鳥の笑顔に何度も助けられた・・・アセリアを看病してくれたというだけではない。自分の家にいるはずなのに、迷子になってしまっていた俺たちを助けてくれた・・・助け、つなぎ止めてくれたのは小鳥だった』
 「そうだな・・・まだ終わりじゃないんだよな」
 悠人はゆっくりと頷く。
 『俺達はファンタズマゴリアに戻って、佳織ちゃんや光陰、岬君・・・そして秋月君達を連れて帰ってこなくちゃならないんだ』
 「ああ。仕切直しだ」
 闘護も力強く頷いた。
 『確かに不安はある。悠人は【求め】の力をタキオスとの戦いで使ってしまった。時深の伝言では、決して力を使うな・・・と言われていたが・・・』
 悠人は【求め】をチラリと見た。
 『でも俺は後悔はしていない。あの場で小鳥を助けられなくて、何が永遠神剣だ』
 心の中で呟く。
 『もしあそこで戦ってマナが足りないというなら、その足りない分は俺が何とかしてみせる。根拠のない自信だけど、時深の言葉・・・』
 「『自分の力を信じろ』・・・少しだけ、意味がわかった気がするよ」
 悠人の言葉に、闘護は小さく頷いた。
 『【求め】にただ頼り切るんじゃない。【求め】の力を俺が引き出すんだ。何とかなるように祈るだけじゃない。なんとかするんだ』
 「ただ、それだけのことだったんだ」
 「・・・どうやら吹っ切れたようだな」
 悠人の顔を見て闘護はニヤリと笑った。
 「夏君を襲った敵については、戻ってから放してくれ」
 「ああ・・・あ、小鳥」
 ふと、小鳥が道路の向こうでタクシーが呼んでいた。
 小鳥が大きく手を振り、場所をアピールする。
 「・・・俺達とアセリアの格好はものすごく派手で目立つんだけどな」
 「うぅ・・・何か変なトコロで緊張してしまう」
 「“ん?”」
 ちょっとした居心地の悪さに闘護と悠人は恐縮し、一方のアセリアは二人の様子が理解できず首を傾げていた。


─西暦2008年 12月22日 15:05
 神木神社

 12月22日 午後3時5分

 神社。
 悠人と闘護とアセリア、そして小鳥は、かつてファンタズマゴリアへと飛んだ場所に立っている。
 『ここが俺にとって、始まりの場所・・・』
 悠人は地面を見つめながら感慨にふける。
 「悠人先輩・・・『門』ってどうやれば見えるんですか?」
 「えーと・・・『門』っていっても、多分目に見える形がある物じゃないような気がする。俺は二度『門』をくぐり抜けたんだけど、なんていうか・・・よくあるブラックホールみたいなもんじゃないかな・・・えっと、闘護?」
 「俺は殆ど憶えてないんだがな・・・・」
 闘護は頭をポリポリと掻いた。
 「確か、金色の柱が立ち上がって・・・そこに触れたら飛ばされたって感じだ」
 「よくわかんないですねぇ。よーするに」
 「突然光の柱みたいなのが出来て、それに飲み込まれるとなんか何処かに飛ばされるという感じだなぁ、うん」
 「じゃあじゃあ、どうやって『門』を見つけるんですか?」
 小鳥の問いに、悠人と闘護は顔を見合わせる。
 「・・・どうやって見つける、悠人?」
 「・・・変な話だけど、神剣を持ってるとその気配って、何となくだけど解るんだ。だから時間が近づけば、神剣を通して解る・・・筈だ」
 「・・・凄く、不安になってきたんですけど・・・」
 小鳥はジトッとした目で悠人を見つめる。
 『うぅ、そんな目で見ないでくれ。これしか情報がないんだってば・・・』
 「“・・ユー・・ト。なんだか・・不安・・・”」
 小鳥とアセリアの視線が悠人に突き刺さる。
 「“そ、そんなことないぞ!”」
 『うぅ・・・確かに俺だって不安がない訳じゃない。いや、むしろ不安だらけだ』
 「・・・悠人宛の手紙には、ここにいればいいと書いていた。神剣の力を開放しろと書かれていたことから・・・おそらく、何かが起こるから、それに干渉しろっていう意味じゃないのかな」
 闘護が腕を組みつつ言った。
 「そ、そうだな・・・わざわざ時深が手紙で知らせてくれたくらいだ、必ずこの場所に『門』は現れるって!」
 悠人が闘護の言葉に便乗するように言う。
 「それにおそらく・・・チャンスは一度きりだろうな」
 そう言った闘護の口調は重かった。
 「ああ」
 しかし、悠人は力強く頷くと、小鳥とアセリアを見た。
 「小鳥、アセリア、大丈夫だ。必ず『門』はここで開く。ほんの少しでも気配が見つかったら、必ず捕まえてみせる」
 拳を突き出し、グッと握る。
 「悠人先輩、頑張ってくださいっ!」
 「おうっ!」
 「“アセリア。君も【存在】で『門』の気配を探ってくれ”」
 「“・・ん。わか・・った”」
 スチャッ・・・
 闘護の言葉に頷くと、アセリアは重そうに剣を引き抜く。
 『いつもなら、【存在】を身体の一部のように扱えてたのに・・・』
 その様子に、闘護は小さく眉をひそめた。
 「3時20分・・・よし、始めよう」
 悠人は【求め】を引き抜き、構える。
 隣には、剣を地面に突き立てた鎧姿のアセリア。
 『端から見たらものすごい光景かも知れないな・・・幸い、昼間にこの辺を通る人間は少ないが』
 二人の姿に闘護は苦笑する。
 『タキオスとの戦いで消耗してしまった力。全てが時深の言葉通りだとしたら、【求め】の力を解放してしまった俺たちは、戻ることは出来ない』
 悠人は構えた【求め】を見つめる。
 『【求め】はあの戦い以来、沈黙を守っている・・・だが俺には解る。こいつはまだ全部の力を使い切ってしまった訳じゃない』
 柄を握る手に力を込める。
 『そして・・・待っているんだ。俺が自分の意志で、永遠神剣の力を引き出すことを』
 剣を顔の前に掲げて、ゆっくりと集中する。
 木々のざわめき、風の音、様々な雑音が少しずつ消えてゆく。
 この空間に近づく『門』の力を察知する為に。
 『こんなに・・・色々な力があったのか』
 悠人の集中は次第に極限に達していく。
 『神社の一角でしかないこの空間にも、多数の力が働いているのが感じられる・・・その中から『門』でないとわかるものを、一つずつ意識から消していくんだ・・・【求め】と同質の力だけに、心を集中させるぞ・・・』
 キィーン・・・
 『全ての音が消えた・・・辛うじて、自分の鼓動だけが聞こえている。この空間が無風状態の水面のように感じられるくらいに感覚が広がっていく・・・』
 悠人は瞳を閉じた。
 『よし、後は待つだけだ・・・無風状態の水面に穿たれる水滴の一滴を』

 カキッ・・・
 『!!来た!!』
 悠人の瞼がピクリと動いた。
 『空間に波紋を作ったように伝わってくる、この力・・・』
 悠人はすぐさま【求め】の振動に自分の心を重ねる。
 『あの大男・・・タキオスと戦っていたときの感覚が甦ってくる・・・』
 キィーン・・・
 『力の使い方が解る・・・【求め】よ、力を使わせてもらうぞ!』
 悠人は『門』の振動に、【求め】の振動を重ねていく。
 キィーン・・・
 乾いた音が聞こえたその瞬間、【求め】から『門』へと膨大な力が流れ出していくのを悠人は感じ取った。
 「鍵が開いたっ!!『門』が開くぞ!!」
 悠人は叫んで目を開けた。
 カァアアアアアア・・・・
 悠人達の目の前の空間が強力に歪み、光があふれ出す。
 「成功・・・したか!!」
 端から見ていた闘護が叫んだ。
 白い光は次第に集束し、光線が繭のように折り重なっていく。
 ブゥーン・・・・
 何もないはずの空間に、真っ白な光のトンネルが姿を現した。
 「これが『門』・・・」
 呆気にとられている小鳥。
 「“悠人!!”」
 「“・・ユート”」
 「“闘護、アセリア!!”」
 『俺の今の力で開いたものは、多分そんなに保たない。一気に駆け抜けるしかない!』
 悠人は小さく歯ぎしりをする。
 『多分・・『門』が開いている時間は不十分だ。その間に駆け抜けられるかは賭でしかない。失敗したらどうなるかは解らないが、それでも・・・俺たちに選択肢はない!!』
 「“行くぞ”」
 「“おう”」
 「“うん!”」
 闘護とアセリアは決意の表情を悠人に向ける。
 悠人はコクリと頷く。
 「悠人先輩!神坂先輩!アセリアさん!必ず、必ず、佳織達を助けて・・・そして戻ってきてくださいっ!!」
 「解った、絶対だ!!」
 「行ってくるっ!!」
 「コトリ・・・さんきゅ」
 アセリアは小鳥に向かって、日本語で呼びかけた。
 悠人達の言葉を真似したのだ。
 「・・・はい!アセリアさん、悠人先輩のこと、私まだ諦めませんからっ!!」
 小鳥は笑顔でアセリアに叫ぶ。
 それにアセリアもまた笑顔で答えた。
 「“飛び込むぞ!”」
 「“おう!”」
 「“うん!”」
 ブォオオオオオオ!!!
 三人は光の渦の中に飛び込んだ。
 『そうだ・・・必ず佳織を元の世界に戻してやるんだ。今日子だって光陰だって、この世界に戻してみせる!』
 『ファンタズマゴリアでやり残したこと・・・全てに決着をつけて、戻ってくる!!』

 「悠人先輩・・・佳織・・・」
 二人が消えて小鳥は一人残された。
 「私・・・泣かないから!!」


─不明

 光の渦の中・・・
 昇っているのか、落ちているのかすらもわからない。
 「・・ユート!!」
 「闘護、アセリア、手をっ!!」
 声の位置を頼りにお互いの手を伸ばす。
 悠人とアセリアが手を握り合い、その上に闘護が両手を置いた。
 「こ、ここは・・・!?」
 「!?何だ?・・・地上!?」
 光の切れ間に大陸が見えた。
 「・・違う、私達の世界じゃない・・・」
 亀裂から見える地上には、確かに見たことのない文明の建物が並んでいた。
 「別の・・世界?『門』は他の世界にも繋がっているのか!?」
 暫く光の中を通過すると、また別の世界が見えてくる。
 『どう見ても今、俺達がいるのは星々が漂う宇宙空間という感じではない』
 「世界って、一つじゃないのか・・・?」
 闘護は感嘆に近い口調で呟いた。
 『俺たちの世界も、アセリア達の世界も、その一つに過ぎないって事か?』
 悠人はゴクリと唾を飲み込んだ。
 その時だった。
 シュゴォオオオオオオ・・・・
 「くっ・・・今回は前に比べても酷いぞっっ!?」
 悠人が叫ぶ。
 『壊れかけのジェットコースターのように不安定で乱暴だ・・・これは『門』が安定していないからなのか!?』
 「!!!」
 「うわっ!?」
 「・・・ユート!」
 シュォオオオオオオ!!!
 トンネル内が突然歪みだし、別の世界に繋がる亀裂が広がり始めてゆく。
 『くっ・・!!まずいっ!?』
 闘護の掌に冷や汗が浮かんでいた。
 『ダメ・・・なのか!?『門』を完全に安定させるほどの力は、今の【求め】には残ってないのだろうか・・・』
 悠人は唇を噛み締めた。
 ギィイイイイーン!!
 「くそっ・・・このままじゃ・・・!!」
 「ヤバイ・・・どうすれば!?」
 闘護と悠人は焦りを隠せない。
 「ユート・・・」
 その時、アセリアが二人を見た。
 「・・・ユートなら【存在】の残りの力・・・出せると・・・思う」
 「だけど俺は【存在】とは契約してないぞ!」
 「ユートに合わせてみる・・・だから・・・」
 「共鳴か・・・でも、毎回都合良くできるのか?」
 「悠人、迷ってる暇はないんだ!!一か八かでいいから可能性があるならやってくれ!!」
 闘護が必死の形相で叫んだ。
 「・・・わかった!やってみるぞ、アセリア!!」
 「・・・1、2、3・・・」
 アセリアがカウントを開始する。
 「よし、今だ!!」
 カァン・・・キィーン・・・
 悠人は【求め】を【存在】の振動に合わせた。
 しかし、前のように共鳴が起こらない。
 『くっ!やっぱり駄目か!?』
 『ユート・・・自分を・・・』
 悠人の心に直接アセリアの声が聞こえる。
 『そうだ。こんな時こそ落ち着かないでどうするんだ・・・冷静になれ』
 落ち着くように、悠人は瞳を閉じた。
 『もう一度だ・・・これに合わせれば・・・』
 悠人は【存在】が奏でる旋律に、自分の鼓動を合わせていく。
 『もう少し・・・』

 カァン・・カァン・・・カァン!!!

 「合わせた!借りるぞ、アセリア!!」
 「・・・ん!!」
 キィーン!!!
 悠人は【存在】に眠っていた力を空間に向けて解放する。
 共鳴を起こしている神剣の力が、空間に広がってゆく。
 パァアアアア・・・
 そして発生した青白い光が帯となって、トンネルの中の穴を修復していく。
 「やったぞ!これなら・・・」
 「お、おい!?流れが・・・!?」
 悠人の呟きをかき消すように闘護が叫んだ。
 流れが一気にスムーズになり、三人は滑り台を滑るように一気に運ばれていく。
 勢いが増した分、力の濁流に意識が耐えられなくなってきた。
 「うわぁああああ・・・っ!!?」
 『アセリアの握る力が・・・弱くなってる・・・!?力の使いすぎで、意識を失ったのか!?』
 悠人は強くアセリアの手を握りしめた。
 「・・・」
 『駄目だ、俺も・・・意識が・・・』
 悠人は心から、目覚めたときにファンタズマゴリアの大地にいることを祈った。
 次の瞬間、握り合ったアセリアの手を感じたまま、悠人の意識は闇に落ちた。
 「くっ・・・」
 一方、闘護は必死で二人の両手を掴む。
 ズッ・・・
 「っ!?」
 『ヤ・・・バイ・・・汗で・・滑る・・!?』
 ズルッ・・・
 「あっ・・・」
 そう小さく呟いた瞬間。
 闘護の身体は悠人とアセリアから置いていかれるように後方へ消えていき・・・


─見覚えのある、森・・・

 「うぅ・・・ここ、は・・・」
 『冷たいが柔らかな地面の感触・・・ああ・・・俺、気絶していたのか』
 悠人は状況を確認しようとした。
 『記憶が上手く繋がらない・・・えーと、俺はどうしてたんだっけ?』
 手の甲で瞼を擦ろうと持ち上げかけ、悠人は先刻の事に気付く。
 「・・・アセリア!」
 少しずつ晴れていく視界。
 悠人はアセリアとは手を繋いだままだった。
 「森か・・?いや、見覚えが・・・ある・・・あ!!」
 『思い出した!!ここは俺が初めてファンタズマゴリアに来た場所・・・ラキオス国領の森の中だ。あの倒れた木は確かにそうだ!!』
 「アセリア!おい!アセリア!帰ってきたぞ!俺たちファンタズマゴリアに帰ってきたんだっ!!」
 アセリアを揺さぶる。
 「ん・・んん・・・」
 軽い寝言を言って、まだ目覚めない。
 『・・・アセリアは無事だ。とりあえず城に戻ってアセリアの手当をしよう』
 「よし・・城へ向かおう、闘護」
 そう言って、悠人は後ろを振り返った。
 しかし、そこには誰もいない。
 「あれ?」
 悠人は周囲を見回す。
 「闘護・・・闘護!?」
 『おい、まさか・・・』
 闘護の姿はどこにもなかった。
 そして、悠人はもう一つ、重大なことに気付いていなかった。
 アセリアの翼が漆黒の闇に染まっていたことを・・・

作者のページに戻る