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─聖ヨト暦332年 エクの月 緑 五つの日 夜
 ラキオス城付近

 先日、ラキオスで起きたテロ。
 レスティーナはスピリット隊にラキオス王都周辺の警備を行うように指示した。
 そして、その日・・・悠人とアセリアはラキオスの付近を警備していた。

 「・・・ユート、向こうから・・・敵の気配」
 「ああ、わかってる」
 『この気配なら・・・あまり強くはないな。はっきり言って、俺やアセリアの敵じゃないな・・・」
 すると、アセリアはいきなりハイロゥを展開しようとする。
 「アセリア、少し待ってくれ。同時に仕掛けよう」
 「・・・ん、わかった」
 頷いて、開きかけた翼をたたむ。
 トコトコとやってくると、悠人の横に並んだ。
 『最近は言うこと聞いてくれるから、あまり無茶な戦いにならなくていいな・・・怪我をすることも目に見えて減ったし・・・』
 「よし、あそこだ。行くぞ、アセリア!!」
 「ん!」
 二人は飛び出した。


─同日、夜
 第一詰め所

 「おや、トーゴ殿」
 食堂の椅子に座ってお茶を飲んでいたウルカは、顔を上げた。
 「やぁ、ウルカ」
 「どうなされたのですか?」
 「悠人に少し話したいことがあったんだが・・・まだ、帰ってないのか?」
 「はい。アセリア殿と見回りに出ています」
 「ふむ・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「暫くすれば戻るでしょう。ここでお待ちになればいいかと思います」
 「いや。長話にはならないし、探してくるよ」


─同日、夜
 ラキオス城付近

 ズバッ!!
 「ァアア!!」
 シュゥウウウ・・・
 アセリアの一撃を受け、最後のスピリットが断末魔の叫びを残して霧散する。
 「やったな」
 「・・・ユートのおかげ」
 アセリアの言葉に、悠人は小さく照れた。
 『俺とアセリアのコンビネーションも、なかなか様になってきたような気がする。スピリットを殺さねばならないことは嫌だが、それでも二人で成し遂げたことには達成感があった」
 その時だった。
 ヒュォオオオオ・・・・
 「・・・っ!?」
 「何だ、この感覚・・・」
 二人は凶悪なまでに強大な力を感じた。
 「ユート、これ・・・何・・・?」
 「・・・」
 無言で周囲を探る悠人。
 月は雲に隠れ、周囲を闇が覆っていた。
 『永遠神剣・・・なのか?だがこの力、俺と同じエトランジェだとしても・・・』
 「アセリア、気を抜くな」
 「・・・ん」
 『闇の中に、得体の知れないモノがいる』
 悠人はゴクリと唾を飲み込んだ。
 ジャリ・・・
 「お前がラキオスのエトランジェだな」
 現れたのは、黒い大男。
 ただそこにいるだけで圧倒的な存在感を持っていた。
 『何だ、コイツ・・・スピリットやドラゴンとは根本的に何かが違う。それでいて、ただならぬ永遠神剣の気配・・・』
 「お前は、誰だ・・・?」
 「これから消滅するお前達に名乗ることも無かろう」
 大男はゆっくりと言った。
 「主の命令でな。お前達を殺しに来た」
 「!?」
 『主?何のことだ?初対面の俺たちを殺すと言ってのけるくらいだから、味方というわけではなさそうだ・・・それに尋常ではないプレッシャー・・・』
 悠人はゴクリと唾を飲み込む。
 『何だ、この男は・・・!?』
 「アセリア・・・下がってろ。こいつは・・!!」
 「・・・ん」
 アセリアを下がらせる。
 「ゆくぞ!!」
 大男は構えた。


─同日、夜
 第一詰め所、玄関前

 ゾクゾクゾクゾクッ!!!!
 「!!!!!」
 突然襲い来る凄まじい身震い。
 『な、何だ・・・これは・・・』
 「悪寒・・・なんて生易しいものじゃない・・・」
 闘護は周囲を見回した。
 『何か・・・こう、絶対的な存在と対峙したような・・・』
 「・・・まさか、悠人達・・・」
 闘護は走り出した。


─同日、夜
 ラキオス城付近

 「うぉおおおお!!!」
 ガキィ!!
 悠人は、大男の大剣を受け止める。
 ゴォオオオ!!!
 二人の剣がぶつかった瞬間、凄まじい衝撃波が発生する。
 「くっ・・・ぐぅっ!!」
 「ぁあ!!」
 「ふむ・・・」
 衝撃波に苦悶する悠人とアセリアに対し、大男は涼しい顔で受け止めていた。
 「っ・・くっ!!」
 耐えられず、悠人は強引に【求め】を大男の大剣の刃に滑らせた。
 「む・・・ふん!!」
 ギィイン!!
 互いにはじき返し、距離をとる悠人と大男。
 「エトランジェ。なかなかの腕だ・・・だが、出来ればもっと後に手を合わせたかったな」
 「はぁはぁ・・・」
 『なんだ、こいつ・・・強すぎる・・・』
 悠人は荒い息をつきながら【求め】を構えた。
 たった一度の衝撃波を受けただけで、悠人とアセリアは立っているのも辛いほどのダメージを受けてしまった。
 ゴォオオオオ・・・・
 今この瞬間も、男の前進からは凄まじい衝撃波が吹き出している。
 二人は必死で衝撃波を耐えていた。
 『この力の性質は俺の・・・エトランジェのオーラと同じものだ。だが、いくら何でもレベルが違いすぎる!!』
 「俺はもうあんたとは逢いたくないな・・・こんなデタラメな力となんて、早々闘ってられるかよ!!」
 喋りながらも冷や汗が止まらない。
 『正直、これほどまでに恐怖を感じたことはない。キツイ戦いも結構あったし、死にそうな怪我をしたことだって一度や二度じゃないけど・・・今回はそういうレベルじゃない!!』
 今の悠人の心に渦巻いているのは、どうしようもないほどの絶望感だった。
 「つれないな。まぁ、仕方あるまい・・・」
 大男は残念そうに呟く。
 「・・・ゆ、ユート・・・私・・・じゃ・・・もう・・・!!」
 アセリアは声を震わせながら、かざしている剣を必死に支えている。
 表情はあまりに辛そうだった。
 限界は近いだろう。
 「くっ!!」
 『俺達の力を合わせても、この男からは逃げることも・・・出来ない!!』
 悠人は歯ぎしりする。
 『あのアセリアが歯を食いしばり、必死の形相で耐えている・・・これじゃ、あとどれくらいもつ・・・』
 「そろそろ、本気で行くとしよう・・・永遠神剣第三位【無我】の力を味わうがいい!!」
 ギュゥウウウウン
 巨大な黒剣の周辺に力が集まっていく。
 あり得ないはずのオーラフォトン量。
 『くそ、一体どうしたら・・・!!』
 悠人のこめかみに汗が流れる。
 『なまじ力を持つからこそ解ってしまう・・・この男がオーラフォトンを解放した瞬間、俺たち・・・いや、辺り一帯は完全に消滅するだろう』
 「ユート!ユート!!」
 「逃げろっ、アセリア!!これじゃ・・・もう助からないっ!!」
 「ユート!違う。私の剣!!」
 キィン・・・キィン・・・キィン・・・
 「!!」
 アセリアの永遠神剣から閃光が四方に放たれる。
 同時に悠人の神剣からも光が漏れ始めた。
 戸惑ったようにしながら、【存在】を必死に押さえようとしているアセリア。
 『これは・・・まさかっ!?』
 「アセリア!共鳴だっ!!」
 悠人は【求め】からも力が溢れていくのを感じた。
 それは【存在】の力と重なり、急激に増幅されていった。
 『剣を通じて、アセリアの鼓動が解る。永遠神剣の力・・・鼓動・・・死にたくないという思い・・・』
 キィイイイン・・・
 二人の全てが重なって、一つになる。
 『・・・これならっ!!』
 悠人はこれまでに感じたことのない力に、僅かな勝機を見いだす。
 『いや、勝てなくてもいい・・・生き残れれば!!』
 「もっと共鳴させてみる!剣の振動に、俺の鼓動に合わせてくれ!!」
 アセリアに向かって叫ぶ。
 『一か八かだ・・・上手くいく保証も、どうにかなるという確信もない。だけど、生き残るにはこれに賭けるしかない!!』
 「・・・合わせる?・・・うん、やってみる!」
 「頼むアセリア!ありったけの力をぶつけてやるんだ。二人の剣を完全に共鳴させれば!!」
 「お前達の力で、俺の一撃を退けることは出来ん。覚悟を決めろ」
 大男の言葉に、悠人は首を振った。
 「覚悟なんて決めたって、意味がない!やってみなきゃわかんないことだって沢山あるだろ!」
 『ユート・・・私の力、全てを・・・ユートにっ!!』
 アセリアの声が悠人の心の中に直接響く。
 二人は精神を完全にリンクさせたのだ。
 キィイイインン!!!!!
 その瞬間、途方もない力が満ちてゆく!!!
 「行くぞ!!俺たちのマナを、全てをオーラフォトンに!!!」
 悠人は構えた。
 「【求め】よ!!」
 キィン!!!
 「【存在】よ!!」
 カァン!!!
 【全ての力を!ここにっ!!】
 シュゥウウ!!
 「そろそろだな」
 大男は剣を振りかぶる。剣には力が満ちている。
 「消滅しろ!この世界のマナの塵となれ」
 ビュンッ!!!
 剣を振り下ろす。
 ドゴォオオオオオオ!!!
 巨大な刀身から、黒い衝撃波が放たれる。
 直撃すれば、間違いなく二人を消し飛ばすであろう攻撃。
 『食らったら終わり・・・どうせなら・・・徹底的に抵抗してやるっ!!!』
 悠人とアセリアは出し惜しみなどせず、引き出せる限りの力を集め神剣を振りかぶる。
 「いっけぇぇぇええええ!!!」
 「でやぁあああああああ!!!」
 アセリアと悠人は同時に叫び、剣を振り下ろした。
 ビュン!!!!カァアアアアアアアーン!!!
 オーラフォトンが具現化し、巨大な魔法陣が展開する。
 圧倒されながら、恐怖を感じながら。
 それでも二人は、遂に諦めはしなかった。
 「・・・そうだっ、諦めてたまるかっ!!」
 「うんっ・・・諦めないっ!!」
 いつになく強い口調のアセリア。
 心が更に深く重なり、再び力が跳ね上がる。
 ドゴオオオオオオオオ!!!
 二人の金色のオーラが、黒いオーラとぶつかる。
 二つのエネルギーが炸裂し、辺りが光に包まれていく。
 『こんなもの、絶対に耐えきってみせる!!』
 悠人は気合いを入れた。
 カァアアアアア・・・
 『な・・・!?』
 突然、地面の感覚が消えた。
 不思議な力に包まれ、悠人の視界がブラックアウトする。
 肉体的な感覚すら消える中、ただ、アセリアの鼓動だけが悠人をつなぎ止めた。
 『悠人さん・・・心を向けて下さい・・・力を貸します』
 その時、悠人に語りかける声。
 「!?」
 『まただ・・・これは・・・この世界に来たときの・・・!?』
 「誰だ!?君は誰なんだ!!」
 悠人は口に出して叫んだ。
 「心してください。ここを逃れた先では、何も手助けできません。自分の力で・・・」
 「君は・・・!?」
 「私は・・・あなたを・・・ずっと・・・まも・・・て・・・た」
 声が途切れ途切れになり、ついには消える。
 それから悠人は、グラグラと目眩のような感覚に襲われた。
 暗かった視界が、今度は金色の光に包まれていく。
 『この光は、俺がこの世界に来たときと同じ光・・・?・・・まさか!』
 「ユート、ユート・・・何が・・・?これは・・・」
 アセリアの狼狽が悠人に伝わってくる。
 「・・・ユート・・・」
 「アセリア・・・」
 何がどうなったのかすらよく解らないままに、悠人達は同時に意識を失った。
 ザザッ!!
 「悠人!!アセリア!!」


─西暦2008年 12月18日 夜
 神木神社、境内

 ガツン!!


 『堅くひんやりとした床の感触・・・』
 悠人は頬に感じる感触に僅かに眉をひそめた。
 「“う・・・っく・・・”」
 『体中が痛いし重い。目を開けるのも面倒だ・・・』
 手にある感触。
 『軽々と扱えていたはずの剣さえ、やけに重たい・・・俺はどうしたんだっけ・・・どうにも意識がまとまらない・・・』
 悠人は目をゆっくりと開ける。
 『妙に暗いけど・・・そっか、夜だからか・・・』
 「“ん、あれ?何で俺、神社なんかに・・・”」
 ゆっくりと首を振った。
 『うぅ・・夜とはいえ、何で冬でもないのに、こんなにも寒いんだ・・・』
 「“・・って、・・・えっ・・・神社!?”」
 見慣れた社が目に入り、悠人は愕然とした。
 「“ここは・・・元の世界か!!!!”」
 慌てて立ち上がっる。
 「“っ!?”」
 瞬間、悠人は激しい目眩に襲われた。
 「“くっ・・!!”」
 両手を膝に当て、倒れそうになるのを耐える。
 「“まさか・・・これまでのが、夢?”」
 悠人は深呼吸を数回してから辺りを見回すと、倒れて気を失っているアセリアの姿があった。
 「“アセリア、アセリアッ!!無事か!?おいっ、アセリア!!”」
 『まさか死んでいるんじゃ・・・!?』
 アセリアの頬をペチペチと叩く。
 『今まで夢を見ていたのか・・・いや、アセリアが倒れてる。どうなってんだ!?』
 混乱しつつ、アセリアの様子を見る。
 「“ん・・んん・・・”」
 「“おい!アセリア、大丈夫か?”」
 「“ん・・ユート・・・だいじょ・・・ぶ・・・”」
 悠人に抱きかかえられたまま、力無く口だけ開くアセリア。
 声には元気が無く、身体もグッタリとしている。
 辛うじて意識があるだけ、といった感じだった。
 「“ここ・・・は?”」
 「“嘘みたいだけど・・・俺の世界のようだ”」
 悠人は半信半疑な口調で呟いた。
 『自分で言っても信じられない。何故自分がここにいるのか、どうして戻って来れたのか。そもそも本当に現実の光景なのか・・・何も解らない。ただ、風景を見る限り、俺のよく知っている神社の境内だ・・・』
 「“ユートの世界・・・ハイペリア?ここが・・・?”」
 「“まだ解らないけど・・・多分そうだと思う”」
 悠人はゆっくりと呟いた。
 「“アセリア、立てるか?”」
 「“ん”」
 立ち上がろうとするアセリアだったが、やはり力が入らないのか、その場でフラフラしている。
 『調子が悪そうだ。まずは休ませることが必要だ・・・』
 「“アセリア、とりあえず俺の家に行って休もう”」
 『・・・こうする意味は流石にわかるよな』
 悠人はアセリアの前にかがんで背を向ける。
 「“・・・うん”」
 「“それから考えよう・・・”」
 「“・・・ん”」
 ゆっくりと悠人の背中に体重がかかっていく。
 『鎧を身につけている割に、その身体はとても軽いな・・・』
 そのまま石段の方に歩き出す。
 『何故、俺は今ここにいるんだ?』
 境内から見下ろす町並みは、平和で退屈な悠人の日常そのものの風景だった。
 冬そのものの寒さ。
 悠人が旅立った日と同じような風が吹いていた。


 二人が去って十分後・・・

 「・・・うぅ・・・」
 ムクリ・・・
 「・・・こ・・こは・・・・?」
 キョロキョロ・・・
 「・・やし、ろ?神社、か・・・」
 ズキッ!!
 「ぐっ!!あ、たま・・・が・・・い、たい・・・」
 ジャッ・・
 「・・か、えろ・・・う・・・」


─西暦2008年 12月19日 7:30
 高嶺家、リビング

 次の日の朝。
 目覚めた悠人は、改めて元の世界に戻ってきたことを実感する。
 一応どうやって世界の壁を越えたのか、悠人は考えていた。
 『あの男と戦い、巨大な力がぶつかり合ったことで、空間が歪むとかしたんじゃないか・・・まるでご都合主義だけど、原因とおぼしきモノはそれしかないだろう・・・』
 永遠神剣の力、オーラフォトンの力。
 『今までのモノも魔法みたいで現実感がなかったのに、今回の出来事はそれの更に上を行く。神剣の力というのは、一体何処までのことが出来るものなのだろう?』
 「“それに、あの声も気になるよなぁ・・・”」
 悠人は気を失う前に聞こえた声を思い出す。
 『・・・何処かで聞いたことがあると思うんだけど』
 「“よっ・・・と”」
 そんなことを考えながら朝食の準備をしている。
 『腹が減っては何も出来ない。これだけは何処の世界も変わらないし』
 匂いにつられてか、佳織の部屋のドアがガチャリと開く。
 『重い木の扉の音に慣れ親しんだからか、この軽い音も新鮮な感じがするな』
 悠人は音のした方を向いた。
 「“ユート・・・”」
 『うっ・・・!』
 アセリアの制服姿。
 その姿は違和感だらけだった。
 別に似合わないという訳じゃない。
 むしろよく似合っている。
 『だがこう見ると、アセリアが美形であることを・・・いや、半端ではない美少女であることを再認識してしまうんだよな。そう言えば、これほどまでの容姿の持ち主には、モデルや映画俳優でも見たことないよなぁ』
 悠人はなるたけ冷静に取り繕う。
 「“いい匂い・・・おはよう、ユート”」
 「“おはよう、アセリア。顔、洗って来いよ”」
 「“ん・・・”」
 スタスタと洗い場の方に歩いていくアセリア。
 『うーん。動じないというか、図太いというか、何も考えてないというか・・・多分どれも正解だろうな。ファンタズマゴリアに召還されたときの俺とは大違いだ』
 そう思いつつ、料理を再開する。
 『お、イイ感じだ!』
 フライ返しを使って真ん中で割り、絶妙に焼き上がったベーコンエッグを、それぞれの皿に盛りつける。
 付け合わせのトマトとレタスが、色合いを引き立てた。
 『黄身は半熟だし・・・うん、我ながら良い出来だ』
 棚からマグカップを二つ取り出す。
 『インスタントだけど、コーヒーの準備もしておこう』
 それから、ちょうど焼き上がったトーストを皿の上に乗せ、バターを手早く盛りつけた。
 「よっと・・・」
 『久しぶりなのに、随分手際よくできたな・・・』
 悠人は内心満足しながら自分の椅子に座る。
 『あれ?アセリア、遅いな・・・俺が知る限り、アセリアは風呂以外の行動は手短に済ませてしまう奴だ。顔を洗いに行っただけの割には、随分時間がかかってる・・・』
 「“お〜い!アセリア〜!なんかあったか?”」
 大声でアセリアを呼ぶ悠人。
 「“・・・”」
 『・・・あれ?返事がない』
 「“アセリア〜?”」
 悠人は廊下を歩いて洗面所に向かう。
 すると・・・
 「“・・・ユ〜ト”」
 トイレから情けない声が聞こえた。
 『アセリアはトイレか・・・』
 「“どうした?紙がないなら、戸棚に・・・”」
 「“・・・お尻・・・止まらない・・・”」
 『な、何だ!?何が止まらないんだ?』
 「“腹痛いのか!?大丈夫か?”」
 アセリアの言葉に、悠人は動揺して叫んだ。
 「“違う・・・お尻・・・のお湯・・・止まらない・・・どうしよう・・”」
 『え?お尻の・・・お湯?ああっ!ウォシュレットのことかっ!』
 「“はぁ〜〜〜・・・”」
 悠人は胸をなで下ろした。
 「“それは『止(とまる)』ボタンを押せば止まる”」
 「“・・・とまるボタン・・・ひゃうっ!!”」
 情けない悲鳴のような声が聞こえる。
 「“どした?”」
 「“お湯が動く・・・くすぐったい”」
 「“それは『ムーブ』だっ!!ってわかんないよな・・・”」
 『言葉が解らないって厳しいな。思い出すなぁ』
 感傷に浸る悠人。
 「“・・ユ〜ト・・・”」
 また情けない声。
 「“ええと、そうだ!赤っぽい丸い奴だ。赤い丸。それを押してみてくれ!!”」
 「“・・・ん・・止まった”」
 「“おぅ!良かったな”」
 「“・・うん”」
 「“んじゃ、手を洗って来いよ。飯出来てるからさ”」
 「“ん”」
 思わず悠人は苦笑してしまう。
 『・・って、俺があっちに行きたての頃って、きっとこんな感じだったんだろうな・・・エスペリアの苦労が少し解った気がする』


 『しかし・・・妙な光景だな』
 アセリアが悠人の世界にいて、目の前で悠人の学園の制服を着て飯を食べている。
 『現実の筈なのに、恐ろしいまでに非現実的な感じ。そりゃ俺が突然あっちに行っちまったくらいなんだから、そういうこともあるだろうけど・・・』
 悠人はアセリアを見つめる。
 「“ん?どうした・・・ユート”」
 アセリアが悠人の視線に気付いた。
 「“私の服がどうかしたか?”」
 悠人の視線気付いたらしい。
 口を止めて首を傾げる。
 「“い、いや・・・なんでもない”」
 「“・・・うん”」
 アセリアの着ている制服は佳織の物だった。
 正確に言うと、佳織が次に着るであろうと、勝手に今日子が置いていった物である。
 要は今日子のお古なのだが、同じような体型のアセリアにはピッタリだった。
 『・・・裾とか直してなくて良かった。佳織に合わせてたら、着れないところだった・・・というか、これくらいしか服がないのも問題だよな』
 悠人は小さくため息をつく。
 『俺の服じゃ大きすぎるし・・・大体、スピリットの服って目立ちすぎるんだよな・・・』
 結局、いくつかの理由から、違和感の少ない制服という選択に落ち着いたのだった。
 「“・・・ユート。この服はサラサラして気持ちいい”」
 「“ああ、そうかもなぁ・・・向こうの服は少しゴワゴワしてたし”」
 「“この服は・・・カオリの服なのか?”」
 「“う〜ん、佳織のっていうよりも今日子のだな”」
 「“キョウコ・・・マロリガンの・・エトランジェ・・・”」
 「“・・・そう、あいつの・・・なんだ”」
 悠人は食べかけのパンを皿に置いた。
 重い空気が場を包む。
 「“・・・”」
 『俺はこうして、俺の日常に戻ってきている。でも俺だけしか、この世界には戻ってきていない・・・まだ佳織や闘護、今日子、光陰・・・そして、瞬。皆は、まだあっちの世界にいるんだ』
 「“・・・ん?どうした、ユート”」
 アセリアも両手で持っていたパンを置く。
 「“聞いてくれ、アセリア。俺があっちの世界に行った日って12月18日なんだ。なのに、今日はまだ12月19日”」
 「“・・・?”」
 全く理解できないという顔をするアセリア。
 『うぅ、これは俺が悪い』
 「“あ、ごめんな。今話してるのは、この世界での日付のことなんだ”」
 悠人は少しでも解りやすいように、卓上カレンダーを指さしながらゆっくりと説明する。
 「“うん”」
 「“俺がファンタズマゴリアに行った日はこれ。この日なんだ。12月18日”」
 悠人はカレンダーの日付を指さす。
 「“それで、今日が12月19日・・・俺が向こうにいたのは、一日にも満たないって事になってるんだ”」
 昨日の夜、アセリアを休ませてから、悠人はテレビをチェックしてみて驚いた。
 時間が、殆ど過ぎていないのだ。
 光の柱に飲み込まれたときから、せいぜい数時間といったところだった。
 部屋に埃も溜まってないし、悠人や佳織の生活している形跡も十分すぎるほどある。
 隣に倒れていたのがアセリアじゃなかったら、さっさと夢だと思いこんだことだろう。
 「“・・・よくわかんないな”」
 「“・・・うん”」
 「“時間の流れが違うのか・・・それとも俺たちが過去に戻ったのかは解らないけど”」
 『でも、世界を超えることがあるんだ。それを思えば、時間の流れ方が違うくらい驚くことでもないのかもしれない・・・』
 考え込む悠人。
 「“ユート”」
 「“みんな・・・まだアッチの世界にいるんだよな・・・”」
 拳を握りしめる。
 『あんな大切な時期に、こんな事になるなんて』
 「“ユート。ご飯が冷める・・・冷めたら・・・もったいない”」
 パンを手に取るアセリア。
 「“・・・そうだな。メシ食わなきゃ始まらないよな”」
 「“ん”」
 アセリアに倣って、悠人も少し冷めたパンをかじり始めた。


 同時刻・・・

 「う・・・ぅう・・」
 ゴソゴソ・・・
 「い・・たい・・・もう少し・・・寝る・・か・・・」


─西暦2008年 12月19日 9:50
 高嶺家、リビング

 『朝食をとって随分と時間が経つが・・・困ったことに、何もすることがない』
 悠人は頭を掻く。
 普段ならば学園にいる時間だが、アセリアを置いていくわけにはいかないのだ。
 『この状況で学園なんて行ったところでなぁ・・・』
 「“とは言うものの・・・”」
 テレビを見ているアセリアを眺める。
 興味津々でずっと見入っていた。
 流れているのは、朝のワイドショー。
 面白くもない芸能情報を、やけに楽しそうに話しているコメンテーター達の姿が映っている。
 「“アセリア・・・楽しいか?”」
 「“・・・ん”」
 アセリアは頷く。
 「“言葉が・・よく解らない・・・けど箱の中で人間達が動いているのは・・・面白い”」
 「“あぁ、確かにテレビって向こうにはなかったもんな”」
 「“この箱は、てれび・・・どうして、箱の中に人間が入るんだ?”」
 『なんかお約束の質問だな』
 「“そういう訳じゃないんだよ、アセリア。人が入ってる訳じゃなくて・・・その”」
 悠人は必死で説明する。
 「“放送局っていうのがあって、そこから絵と音を遠くまで運ぶって感じか?ええと・・上手く説明できないな”」
 「“ふーん・・・”」
 頷くアセリアだったが、その表情を見る限りでは、今の説明を何も理解できなかったようだ。
 『うぅ・・・俺って物を知らないなぁ。聞かれても上手く説明できない』
 ヘコむ悠人。
 「“ユート、これは何?”」
 突然、話を変えるアセリア。
 テレビの上に置いてあったCDを、色々な角度から眺めたりしている。
 『きっと、何もかもが珍しいんだな』
 「“それはCD・・・コンパクトディスクって言って、専用の機械にかけてやると、音楽が聴けるんだ”」
 「“ん・・・そうか、音楽・・・うん・・・うん・・・”」
 頷いてCDの光沢を見つめている。
 『アセリアって、こんなに好奇心強かったっけ?』
 「“これ・・・聴いてみるか?”」
 「“・・・うん”」
 何気なく言った悠人の言葉に、真面目な顔で大きく頷くアセリア。
 『なんか目がキラキラしている・・・』
 「“そんなに期待するなって。大したもんじゃないぞ”」
 悠人は苦笑する。
 このCDは悠人が好きなインストゥルメンタルだった。
 CDが再生され、部屋の中に曲が流れ出す。
 「“・・・これがハイペリアの音楽”」
 アセリアは黙って聞き慣れていた曲に、静かに耳を傾けた。
 『いつも聴いていた・・・今はとても懐かしく感じる』
 悠人はアセリアを見つめる。
 楽しそうに聞き入るアセリアの素顔。
 『二人でこうしているのが、とても不思議だな・・・俺たちはファンタズマゴリアで出会い、死線を潜り抜けて、今俺の家にいる』
 悠人は考える。
 『待ち望んでいたはずの穏やかな時間。でも・・・まだ何も終わっていない・・・こんなところでのんびりしている訳にはいかない』
 悠人の拳に汗が滲む。
 『まだ何も終わっていない・・・佳織は無事だろうか?闘護達は?今日子と光陰はどうなってる?こっちで過ごした一日が、今度は向こうの数年とかになっていないだろうな・・・』
 沸き上がる不安。
 「“・・ユ・・ト・・・ユー・・・ト・・・ユート!”」
 ふと、アセリアが悠人を呼んでいた。
 「“ん?あ、ああ・・ごめん。ちょっと考え事してた”」
 「“ユート。私は外に出たい。ハイペリアを見たい”」
 「“そう・・だな”」
 アセリアの提案に悠人は頷く。
 「“何か、向こうに戻る手がかりがあるかもな”」
 「“・・・ん”」
 「“よし、行くか!昼ならみんないないしな”」
 アセリアの顔が輝く。
 あまり変わらない表情からそれを見つけ出せるくらいには、悠人達は時間を重ねていた。
 「“・・うん!”」
 「“でも【存在】は置いていけよ”」
 「“・・・どうして?”」
 「“この国では、あんな物持っていると警察に捕まるんだ”」
 「“・・・けいさつ?”」
 「“ええと、警備隊と同じで・・・とにかくこの国では武器を持っちゃいけないんだ”」
 「“そうか・・・ん、わかった”」
 素直に頷くアセリア。
 少し名残惜しそうに【存在】を眺める。
 『そういえば、昨日家に運ぶ途中、アセリアは剣の声が聞こえなくなったと言っていた』
 悠人は思い出す。
 『確かに俺の【求め】も、この世界に来てからは、一度も語りかけてこない。こっちの世界では、永遠神剣は力を発揮できないのだろうか?』


─西暦2008年 12月19日 10:30
 通学路

 通学路を歩く悠人とアセリア。
 アセリアを見ると、すれ違う誰もが振り返った。
 『そりゃそうだよな・・・こんな髪の色なんて、こっちの世界じゃあまず見かけない。普通に染めたくらいじゃこういう色にはならないのだろうし・・・それに、かなりの美少女というのも理由の一つだ』
 大抵の人は、まず髪の色に驚き、その後ルックスでもう一度驚いていた。
 そしてそんなアセリアを連れているとなれば、当然のように悠人も大注目される。
 『これは・・・かなり照れるな』
 「“どうした?ユート・・・顔が赤い”」
 隣を歩いているアセリアが見上げてくる。
 思った以上に近くに迫るアセリアの顔に、悠人はドキッとした。
 「“い・・いや・・なんでもない”」
 「“・・ん。そうか”」
 アセリアは小さく頷く。
 『考えてみれば、俺って女の子とこんな感じで歩いているのって初めてだ・・・』
 悠人はかつてを思い返す。
 『もちろん、佳織や今日子とは何度も登校していたけど、あれは身内だもんな。世間的に見れば今の俺は、真っ昼間から授業も受けずに美少女とデートしている不届きな奴なのだろうか・・・』
 「“?どうした?ユート”」
 不思議そうに悠人を見るアセリア。
 「“いやごめん、なんでもない・・・”」
 『とにかく、アセリアが普通の人間じゃないことが知れたらどんな事態が起こるか・・・慎重に行動しなければ。あと、知り合いに見つかった日としても、どんな冷やかしと詮索を受けるか解ったもんじゃない』
 悠人はゴクリと唾を飲み込む。
 『当面、そっちの方が危険だ。特に小鳥あたりに見つかりでもした日には・・・』
 「あっ!悠人先輩っ!!!」
 聞き覚えのある声が響いた。
 『・・・噂をすれば影って本当だったんだな』
 妙に冷静に考える悠人。
 「あれ?あれあれあれ〜〜〜!?」
 悠人の脇を通り抜け、正面に立つ小鳥。
 アセリアと悠人を交互に見つめながら不思議そうな顔をする。
 「よ、よう。小鳥、久しぶりだな」
 ついつい、取り繕うような笑顔をする悠人。
 「久しぶりって・・・昨日、会ったばかりじゃないですか!・・・って」
 間近で見たアセリアの顔に、小鳥が一瞬止まる。
 「ああああああああっっっっー!!!!!!」
 「“・・・う!”」
 ビクッとするアセリア。
 悠人は、これから小鳥攻撃に身構える。
 「悠人先輩っ悠人先輩っ悠人先輩!これは一体どういう事なんですか!?佳織や小鳥がいるのに、こんな外人さんの彼女をいつの間にか作って・・・」
 小鳥は一気にまくし立てる。
 「今まで一度もそんな素振りを見せなかったくせに、ってゆーかこんな事が岬先輩にバレた日には殺されるどころじゃ済まないですよ?このことは佳織は知ってるんですか?それとも影でコッソリとかだったら佳織が可哀相で可哀相で・・・」
 『マシンガントーク健在・・・っていうか、時間経ってないんだったな』
 冷静に思いつつも、状況を思い出して悠人は説得を開始する。
 「ちょ、ちょっと待てっ!小鳥、落ち着け!俺に説明させてくれ!!」
 「この彼女さんの名前はなんて言うんですか?こんな綺麗な髪の毛見たことないですよ。ああ〜やっぱり悠人先輩って綺麗なサラサラのロングヘアが好きだったんですね!!言ってくれていれば、私だってストレートにしていたのにぃ〜。あぁ〜、悔しいよぉ〜」
 目一杯近寄ってくる小鳥を引きはがし、落ち着かせる。
 「頼むから、話を聞いてくれ」
 「“ユート・・・この娘は?”」
 言葉がわからないアセリアは、悠人に不思議そうな視線を向ける。
 「“ええと、この子は佳織の友達なんだ。俺のことも知ってる。アセリアのことは誤魔化すから静かにしていてくれ”」
 「“ん”」
 ごにょごにょと打ち合わせをする俺たち。
 「ああっ〜!!何をコッソリと話しているんですか?」
 しかし小鳥はそれを目敏く見つける。
 「私には聴かれたくない、二人だけの秘密って奴ですか?そうなんですね?二人の仲はそこまで発展していたなんてっ!ああん」
 『仲は発展じゃなくて進展だと思うが・・・って、そんな問題じゃないか。どうやら、小鳥も小鳥なりに混乱しているらしい』
 「小鳥っ!!」
 「は、はい!!」
 悠人は小鳥の両方をガシッと掴む。
 『やや強引だが仕方ない。暴走した小鳥を止めるにはこれしかないだろう』
 覚悟を決める悠人。
 しかし何を勘違いしたのか、小鳥は顔を赤らめて固まった。
 「・・ゆ・・・ゆうと・・せん・・ぱい」
 「よく聞いてくれ小鳥。この娘はアセリアっていって、外国からの留学生だ」
 『場所は異世界だが、一応ラキオスという国ではある。嘘は言ってない』
 悠人は心の中で弁解する。
 「アセリアさんって、留学生なんですか・・・」
 「そう。それで今日から俺の家で預かることになったんだ」
 「え!?佳織からそんなこと聞いてませんよ」
 『ぐっ!よく考えれば、そんなこと言わないでよかった』
 悠人のこめかみに冷や汗が浮かぶ。
 『ええい、こうなったら嘘を突き通すしかない』
 「ああ、ちょっと突然だったんだ。佳織がバアちゃんの知り合いの家に行って、入れ替わりって事になっちまったし」
 「ええっ!?佳織って出かけちゃったんですか?」
 「そ、そうそう。亡くなったバアちゃんの実家関係の法事でさ。突然・・・」
 かなり苦しい嘘だった。
 『うぅ、バレませんように・・・』
 「じゃあ佳織って暫く帰ってこないんですか?」
 『しめた!小鳥の意識が、アセリアから佳織に移った。これで何とか誤魔化せるかも』
 悠人はゆっくりと小鳥の身体から手をはなす。
 「そうなんだ。正月くらいまでは帰れないかもな」
 「そっか〜〜。法事じゃしょうがないなぁ。一緒にクリスマスパーティする予定だったのにぃ」
 残念そうな小鳥。
 『ゴメン小鳥・・・今度のは嘘だ』
 「ごめんな・・・」
 「わかりました・・・って!」
 小鳥はまた目を丸くする。
 「それじゃ悠人先輩って、アセリアさんとずっと二人きり!?てゆーか一緒に住んでる?同棲!?まさか・・・」
 「ちがう!!小鳥が考えているようなことは断じてない!!」
 『この難敵を俺は凌ぐことが出来るのだろうか・・・絶望的な気持ちになってくる』
 「“・・・ユート。大丈夫か?”」
 悠人の必死の表情を見て、心配そうな顔。
 この世界の言葉がわからないアセリアには、悠人が小鳥に追いつめられているように見えたんだろう。
 声が漏れないように気をつかって、近づいてくる。
 「“ちょっと待っててくれ!何とか誤魔化すから”」
 「“・・ん。あっ・・・”」
 アセリアの力がフッと抜け、ヨロヨロとバランスを崩す。
 トスッ
 そして、図らずも悠人の胸に飛び込んだカタチになる。
 「あ・・・」
 『しまった・・・』
 悠人はゆっくりと、視線を元に戻す。
 そこには目をパチクリさせている小鳥がいた。
 「ああっっっっ!!」
 そして一気に声を上げる。
 「やっぱり恋人さんなんだ!やっぱりステディさんなんだ!もう悠人先輩とアセリアさんに入り込む隙間なんて、一センチも残ってないんだ!そんな犬も食べないようなラブラブ・シチュエーションに自然になるなんてぇ〜〜!!」
 「誤解だっ!まだアセリアはちょっと時差ボケで・・・」
 「そんな言い訳は聞きたくないです!そうやって、アセリアさんを庇う悠人先輩・・・美しい二人の愛は、時空を飛び越えて何処までも行くんですね。ああ・・・」
 一気にまくし立てる小鳥。
 『時空を飛び越えてって・・・適当に言ってるんだろうけど、当たらずとも遠からじってやつだよな』
 微妙に正しい小鳥の言葉に、悠人は冷や汗を浮かべる。
 「じゃ、じゃあな、小鳥。俺はアセリアを案内しなくちゃいけないから・・・って、あれ?」
 そこで悠人は、はたと気付く。
 「そういえば小鳥はこんな時間にどうして外にいるんだ?」
 「あっ!そうだった!私、お母さんに呼ばれてたんだった!いっけない」
 「そうか!じゃ、早く行った方がいいぞ」
 「・・・悠人先輩、誤魔化してる」
 「そ、そんなことはないぞ!!」
 「む〜〜」
 小鳥は頬をふくらませる。
 「今度、ちゃ〜〜〜んと説明してもらいますから。場合によっては小鳥裁判発動ですから!!」
 「なんだよそりゃ」
 「それじゃ、とりあえず失礼します。悠人先輩」
 小鳥は笑顔に戻って、悠人にペコリと頭を下げる。
 『こういう所は礼儀正しいというか、律儀というか・・・』
 「アセリアさんも、失礼します」
 小鳥はアセリアにも頭を下げる。
 アセリアも反射的に、礼を返した。
 「気をつけろよ〜」
 「は〜い。急がなきゃ・・・!!」
 クルッと踵を返して、道を走っていく。
 『やっぱり凄いな、小鳥は。誤魔化し切れてない気もするけど・・・うん、とりあえずはどうにかなった』
 アセリアは穏やかな表情で、小鳥が走り去った方向を見ていた。
 「“どうした?”」
 「“ん・・・今の娘は・・・オルファに似てた”」
 「“そうか?髪形だけじゃないか?”」
 『そりゃ、オルファも台風みたいな所はあるけど』
 悠人は首を傾げる。
 「“・・・ん、似てると思う”」
 「“そか・・・そうかもな”」
 『佳織がオルファとすぐにうち解けたのは、やっぱり佳織と相性がよかったのかも知れない。小鳥と同じように・・・』
 悠人は納得したように頷く。
 「“ユート、がくえんに早く行こう”」
 「“そうだな。よし、行くか”」


 同時刻・・・

 ムクリ・・・
 「・・・腹・・・減った・・・」
 トコトコトコ・・・
 「何か・・・食べ物・・・」
 カタン
 「・・・ソーセージとミネラルウォーター・・・か」


─西暦2008年 12月19日 10:45
 学園前

 「“ここが俺が通っていた学園だ。佳織や今日子、光陰もここに通ってんたんだ”」
 「“ここががくえん・・・”」
 アセリアは目の前の建物を見上げる。
 「“・・・ここで・・何を?”」
 「“えーと・・・勉強だな。一応”」
 「“勉強・・・やっぱり戦い方を?”」
 「“違う違う。この国では、戦い方は教えないんだよ”」
 「“・・・そうなのか・・・でも、戦うときはどうする?”」
 「“戦いがないんだよ。ここには・・・”」
 悠人は首を振った。
 「“少なくともこの国では、殺し合いはしていない”」
 「“それは・・・いいこと”」
 「“そうだよな。戦ってばかりいるよりは・・・ずっといい”」
 「“うん”」
 眩しそうに校舎を見上げるアセリア。
 『戦いがないってのは良い・・・本当に、良いな・・・』
 心の底からそう思う悠人。
 「“さて、行こう・・・”」
 「“・・中は?”」
 「“今授業中だからな。あんまり長居していると見つかっちまうから”」
 「“そうか・・・見つかると・・・ダメなのか?”」
 「“ちょっと、な・・・佳織達のことがバレたら大騒ぎになるだろ?”」
 「“・・・そうか”」
 『それにアセリアは目立つからなぁ・・・』
 悠人は心の中で呟く。
 『アセリアの容姿はすぐに学園中の噂になるだろう。そして同棲(?)しているのがバレた日には・・・恐ろしい事態になるのが容易に想像できる』
 想像に恐怖し、小さく震える。
 「“・・・ユート、次は何処に行く?”」
 「“そうだな。あの神社にもう一回行ってみよう。何か手がかりがあるかも知れない”」
 「“・・・うん、解った。行こう”」


─西暦2008年 12月19日 21:00
 高嶺家 リビング

 二人が家に帰り着いたときは、もう夜になってしまっていた。
 神社を隅々まで調べてみたものの、特に手がかりになりそうな物は見つからなかった。
 悠人がずっと休憩に使っていた、小さな何の変哲もない神社のまま、何も変わりはない。
 『結局、手がかりはナシか・・・』
 流石にヘトヘトになった二人は、コンビニの弁当で夕食を済ませた。
 既に、夜の十一時を回っている。
 『箸を使ったことのないアセリアが、俺が柄のを見て興味を引かれたのか、練習を始めてしまったのもこの時間になった原因の一つではあるのだが』
 今、二人はキッチンのテーブルに座って、食後のコーヒーを飲んでいた。
 アセリアは苦いのがあまり好きではないらしく、ミルクと砂糖を多めに入れてカフェオレにしつつ、相変わらずテレビに見入っている。
 『俺たち、このままここで暮らすことになるのかな・・・』
 ボンヤリとアセリアの横顔を見つめながら、悠人はそんなことを考えてしまう。
 「“なぁ、アセリア・・・”」
 「“ん?”」
 コトリとカップを起き、アセリアがこちらに顔を向ける。
 「“もし・・・もしもの話だけど。このまま帰る方法が解らなかったらどうする?”」
 アセリアは真面目な顔をして考え込む。
 少しの時間、そうしてから口を開いた。
 「“・・・わからない”」
 「“そう、だよな”」
 「“わからない・・・けど・・・そうしたら、ユートと一緒にいる”」
 「“えっ!?”」
 アセリアの言葉に悠人は驚く。
 「“この世界で・・・ユートと一緒にいる”」
 アセリアは悠人を見た。
 「“・・・ダメか?”」
 「“!?そりゃダメじゃないけど・・・”」
 微妙な表情で返答する悠人。
 『アセリアとこの世界で生きていく・・・二人で寄り添いながら・・・それも良いかも・・・って、なに考えてんだ、俺!!』
 悠人はブンブンと頭を振る。
 「“・・でも・・・エスペリア、オルファ、ウルカ。それに佳織達とも・・・一緒にいたい”」
 「“ああ・・・そうだよな。みんな、一緒がいいよな”」
 「“・・・うん。そのほうがいい”」
 「“ごめんな。変なこと聞いちゃって。みんなが待っているはずだから、さっさと戻らないとな”」
 「“うん”」
 「“そろそろ寝よう。どうもあっちの生活に慣れたせいで、早く眠る癖がついちゃって”」
 「“わかった”」
 「“また明日、神社に行ってみよう。神主さんに話を聞いて、少しでも手がかりを見つけよう”」
 「“ん・・・っと”」
 立ち上がろうとしたアセリアがよろめいた。
 「“どした?大丈夫か?”」
 「“・・・ん。なんか・・目が回る・・・”」
 「“目が・・・?”」
 『そういや昼間も少しフラフラしてたときがあったな・・・スピリットも、貧血になったりするのだろうか』
 悠人はアセリアの表情を窺う。
 「“アセリア、具合が悪いのか?”」
 「“ううん、ちょっと・・目が回っただけ”」
 「“そうか・・・無理はしないでくれよ?”」
 「“ん”」
 一つ頷くと、アセリアはスタスタと歩いていった。
 さっさと寝るのだろう。
 「・・・」
 キッチンに残った悠人は、ボンヤリと今後のことを考える。
 『どうしたら、向こうに戻れるんだろう?』
 チラリと、壁に立てかけてある【求め】を見る。
 『【求め】は何の反応もしない。俺との契約が終わったはずもないのに』
 「きっと、アセリアの【存在】が力を出せないのも同じ理由だろうな・・・とにかく、神剣から情報を得ることは無理か・・・となれば、手がかりがありそうなのは・・・」
 悠人は一人の人物を思い出す。
 『やっぱり、現場と・・・俺が召還されたときにいた巫女さん。俺が【求め】の干渉を受け始めた辺りに、俺の周りに現れた巫女の少女・・・』
 「確か、倉橋時深・・・だっけ?」
 小さく呟く。
 『向こうに召還されたときも近くにいたし、ファンタズマゴリアでは会っていない。もしも彼女と接触できれば、手がかりがつかめるかも知れない・・・いや、本当は彼女も向こうに行ってて、まだ出会ってないだけって可能性もあるんだけど』
 悠人はテーブルの上に置いてある郵便物をパラパラと捲る。
 一日分なので、大した量はない。
 『こういうの見ても、まだ違和感あるよなぁ・・・』
 この家の中には、一切時間の流れを感じられるものがない。
 『ファンタズマゴリアで戦っていた記憶があるだけに、どうもしっくり来ない。明日は神主さんに話を聞いてみよう・・・って、あれ?』
 ふと、郵便物を捲る手が止まる。
 「これって・・・?」
 ダイレクトメールの後ろに、一枚の葉書があった。
 差出人を見て、悠人の身体が硬直する。
 「倉橋・・・時深・・・」
 悠人は心臓がバクバクと激しく打つのが解った。
 『どういうことだ?どうして時深から手紙が来ている?』
 悠人は急いで、葉書を裏返した。

 12月22日の午後3時12分。神社の境内にて、永遠神剣の力を解放するべし
 それまでは決して【求め】の力を使わないこと
 倉橋時深

 内容はそれだけだった。
 『落ち着け!落ち着け!!』
 悠人は立ち上がり、キッチンの蛇口をひねる。
 冷たい水で顔を洗う。
 何度も何度も・・・気分が落ち着くまで。
 俯いたまま、蛇口をしめる。
 『少し整理してみよう・・・』
 ヤカンを火にかける。
 落ち着くためにもコーヒーを入れようと思い立ったからだった。
 お湯が沸くまでの間、悠人は穴が空くまで時深からの葉書を読み返した。


 同時刻・・・

 ムクリ・・・
 「腹、減った・・・」
 トコトコトコ・・・
 「・・・レタス・・・トマト・・・」
 ガシリ
 「・・・食べよう」


 悠人は濃く淹れたコーヒーを啜る。
 それから、改めて文面を見直した。
 「まず俺が初めて時深と出会った日は、12月9日の筈だ」
 『おそらく【求め】の影響で、俺は神社で気を失った。その時に看病してもらったのが、時深との出会いだ。あの時、時深は俺を知っているといっていた。そして・・・』
 もう一度葉書の文面を見る。
 ハッキリと【求め】と書いてある。
 「【求め】のことも時深は知っていた・・・彼女は、俺が召還されることを解っていたんだ」
 『まさか時深もエトランジェなのか?』
 悠人はゴクリと唾を飲み込んだ。
 『突拍子もない話にも、もっともな話にも思える。だけど、永遠神剣のことを知っているからと、単純に結びつけていいものかどうか・・・』
 「・・・待てよ」
 ふと、悠人は世界を超える時を思い出す。
 「気を失う前に聞いた声。あれは、時深の声じゃなかったか?直接会ったのが随分前のことで、記憶は薄れてしまったけど・・・そんな気がする。』
 「確か・・・この先は手助けが出来ない、って言ってたな。それがこっちの世界ではって事なら・・・時深は向こうに・・・ファンタズマゴリアにいるって事か」
 じっと手紙を見つめる。
 『この手紙には謎がある。一つはさっきから問題にしてる、永遠神剣の存在を知ってるということ。そして、もう一つは俺がどういう状況になるのか、あらかじめ知っていそうなこと』
 「・・・考えて解るはずないよなぁ」
 小さく首を振った。
 『確かなのは、時深もただの人間ではない、ということだけ。そんなの、何も解らないのと同じだよな・・・』
 悠人はため息をついて、温くなったコーヒーを一気に飲む。
 「あ・・・そういえばあの時の時深の声って、アセリアにも聞こえたのかな?」
 『もしかしたら、アセリアが何か聞いてるかも知れない。ちょっと聞いてみるか・・・』

 『・・・もう寝ちゃったかな?』
 「“おーい。アセリア・・・まだ起きてるか〜?”」
 コンコン
 ・・・
 無反応だった。
 「“やっぱ、寝てるか・・・”」
 『でもなぁ・・・うぅ・・・ダメだ、気になる!』
 悠人はブンブンと頭を振った。
 『ごめんっ、アセリア』
 心の中で謝りつつ、ノックする。
 コンコン
 「“アセリア!悪いっ!少し聞きたいことがあるんだけど”」
 ・・・
 返事がない。
 『うぅ、しょうがない』
 「“アセリア、入るぞ”」
 ガチャリ
 ドアを開けると、部屋は真っ暗だった。
 気配でアセリアがベッドに寝ていることは悠人にも解った。
 「“アセリア、起きてくれ・・・ちょっとだけ聞きたいことがあるんだ”」
 悠人は布団越しにユサユサと肩を揺らす。
 しかし、反応がない。
 「“あれ・・・アセリアって、こんなに熟睡するタイプだっけ?”」
 その時、ふと指先が額に触れた。
 「“!!!”」
 『熱い!!何だ、この異常な熱さは?』
 悠人は血相を変えてアセリアに呼びかける。
 「“お、おいっ!アセリア、大丈夫か!?”」
 「“ん、ん・・・?”」
 アセリアが目を開けて悠人を見た。
 いかにも苦しそうで、全身が汗でびっしょりになっている。
 「“・・・ユート・・・なんか、熱い・・・”」
 「“大丈夫か!?待ってろ、今水枕持ってくるから!!”」
 「“・・・ん”」

 悠人は戸棚から水枕を取り出し、氷を叩き込む。
 半分くらい入れた所で水を流し込み、それを金具で止めてタオルで何周か巻いた。
 『くそっ!あんなに調子悪そうだったのに。どうして、俺は気付いてやらなかったんだ!!』
 歯がみする悠人。
 『でも、後悔は後だ。まずはアセリアを・・・!!』

 「“アセリア、ちょっと頭を上げてくれ”」
 悠人は水枕を見せた。
 「“ほら、枕をこれと変えるんだよ。少しは涼しいと思うからさ・・・”」
 「“・・・うん。ほんとだ・・・”」
 弱々しく微笑むアセリア。
 汗で濡れた髪がピタリとおでこに張り付いている。
 上気した頬と、熱のせいでトロンとしている目。
 『こんなにもグッタリとした状態のアセリアを見るのは、初めてだ・・・』
 「“ごめん・・・な。俺、全然気付いてやれなかった・・・”」
 「“・・・ううん。大丈夫・・・私も・・・気がつかなかった・・・”」
 アセリアは悠人の目を見て笑う。
 『きっとアセリアも本当に気がついていなかったんだろう。もしかしたら、違う世界にいるから不調は当然と思っていたのかも知れない。だからこそ・・・俺が気をつかわなきゃいけなかったんじゃないか!それなのに、また自分のことばかりで・・・!』
 悠人は唇を噛んだ。
 「“・・・ユート。身体・・・気持ち悪い・・・”」
 「“わかった、ちょっと待っててくれ。今身体を拭く物を持ってくるから”」
 「“・・・うん。お願い・・・”」

 悠人はバスタオルとハンドタオルを抱えて部屋に戻る。
 「“お待たせ”」
 「“・・・ん”」
 辛うじて返事はしているが、随分と辛そうだった。
 『一人で何かできるようにはとても見えないが・・・』
 「“どうする?自分で出来るか?”」
 「“ん・・・身体・・・力、はいらない・・・ユート・・・拭いて”」
 「“わかった。じゃあ悪いけど脱がせるぞ”」
 「“ん”」
 寝間着にしている悠人のシャツ。
 寝汗でビショビショに濡れて、その下の肌が透けていた。
 『こりゃ替えないとダメだな・・・』
 「“アセリア・・・シャツを脱がせるぞ。バンザイできるか?”」
 「“・・・ばんざい?”」
 「“えーと、両手を真上に上げてくれ・・・出来るか?”」
 「“・・・うん。やる”」
 アセリアはゆっくりと手を上げた。
 悠人はそっとアセリアの着ていたシャツを脱がせてゆく。
 下着はつけていなかった。
 だが、この場面では流石に照れるとか恥ずかしいとか思う余裕は、悠人にはなかった。
 「“よし、そのままジッとしててくれ。俺が拭いてやるから、力を抜いてくれてていい”」
 「“うん・・・”」
 悠人は大きめのバスタオルでくるむように、アセリアの汗を丁寧に拭ってゆく。
 アセリアは力を抜いて、身体を全て悠人に預けている。
 『アセリアの身体って、こんなに小さかったのか・・・』
 いつになく頼りなく儚げに見える。
 苦しそうな表情が、一層悠人にそう感じさせた。
 「“少しはさっぱりしそうか?”」
 気休めにもならない言葉。
 それがわかっていても、悠人は声をかけずにはいられなかった。
 「“・・・ん”」
 アセリアは頷く。
 「“・・・ぁ・・・ん・・・少し・・・くすぐったい・・・けど気持ちいい”」
 その微笑みが悠人には辛かった。
 『どうしたらいい?何が出来る?』
 「“アセリア・・・コッチの世界の薬でも飲んでみるか?”」
 悠人は意を決して尋ねてみた。
 『この世界の薬は当然のように、俺たち人間用に出来ている。異世界の・・・ましてやスピリットなんていう、人間外の存在に果たして効くのだろうか?』
 尋ねて、改めて考える。
 『いや、効かないだけならまだいい。もしも何か副作用が起きたりしたら。その時に医者に連れて行くことすらも出来ないのに』
 「“・・・くそっ!”」
 拳を握りしめる。
 『結局、何にも出来ないのか・・・』
 「“・・・ユート。クスリ・・・飲む”」
 アセリアはゆっくりと言った。
 「“いいのか?もしかしたら、アセリアの身体には合わないかも知れないんだぞ?”」
 「“きっと・・・大丈夫・・・”」
 「“え、何か・・・根拠があるのか?”」
 「“・・・うん・・・ない”」
 アセリアの言葉に悠人は小さく肩を落とす。
 「“・・・だろうな”」
 『どうするべきなのか。解熱剤を飲んで熱が下がれば、少しは楽になるだろう。ただ、原因がわからない状態で解熱剤なんか与えるっていうのはどうかと思うし・・・』
 葛藤する悠人。
 しかし、矢庭に頭を振った。
 『これ以上辛そうにしているアセリアは見ていられない。解熱剤を飲ませてみよう・・・』
 「“ちょっと待ってろ!解熱剤持ってくるから・・・”」

 「“まだ、あったよな・・・あ、あったあった”」
 悠人はキッチンに戻って薬箱から解熱剤を取り出す。
 コップに水道水を注ぎ、急いで戻った。

 「“アセリア、とりあえずこれ・・・これを飲んでみてくれ”」
 「“・・・ん”」
 悠人はゆっくりとアセリアを抱き起こす。
 「“これを3錠、口に入れて沢山の水で飲むんだ。あ、噛んじゃダメだぞ?”」
 「“・・・ん”」
 アセリアはコクリと頷く。
 『以前、エスペリアがスピリットは薬を飲むことはほとんど無い、と言っていた』
 悠人はかつて教えられた話を思い出す。
 『効く、効かないんじゃない。高価だから与えない・・・だからアセリアも飲み方を知らないはずだった』
 悠人はアセリアの口を開けさせ、錠剤を入れてやる。
 そしてコップを持ってアセリアの口に近づける。
 「“いいか、ゆっくりと含んで飲み込めよ”」
 「“・・ん・・・コクッ”」
 アセリアは、コップ一杯分の水と一緒に薬を飲み込んだ。
 『あとは効くことを祈るしかない・・・くそっ!!』
 悠人は無力な自分に強い苛立ちを感じた。
 「“ユート・・・ごめん”」
 「“今はどんな感じだ?”」
 「“からだ・・・熱い。あと・・・力が入らない”」
 「“病気・・・なのか?”」
 「“・・・ハイペリアに来たときから・・・少し、だるかった。私は・・・ハイペリアではダメ・・・かも知れない”」
 「“ハイペリア・・・”」
 『ハイペリアではダメ・・・そうだ、神剣だ』
 悠人はハッとした。
 『【求め】も【存在】も、こっちに来てから黙ったままだ。もしも、それがこの世界にマナが無い為だとしたら?スピリットが生きるのにマナが必要なんだ・・・それなのに』
 ゴクリと唾を飲み込む。
 『この考えは、まだ仮説に過ぎない。だけど・・・それ以外の理由は思いつかない・・・』
 「“とりあえず、今日は寝てた方がいい・・・俺が横で見てるから、何か欲しい物があったら、すぐに言ってくれよ”」
 「“・・・ん。ありがとう。ユート・・・ゴメン”」
 「“新しいシャツ、持ってくる”」
 「“いい・・・寝るときは・・いつも着ない”」
 『そうだったのか・・・でも今は冬だしな・・・あ、そうだ』
 悠人はそこで、文明の利器を思い出す。
 「“わかった。でもこの部屋は暖かくしておくからな。あと勝手に汗は拭くぞ?”」
 「“うん。じゃ・・おや・・す・・・み”」
 アセリアはゆっくりと目を閉じると、さっきよりは静かな寝息を立て始めた。
 そっと布団を肩までかけてやり、悠人は自分の部屋でいつも使っているストーブを取りに部屋を出た。


 「アセリアは・・・このままじゃもたないのかも知れない。一刻も早く、あっちに戻らないと・・・」
 悠人は焦りで逸る心を必死に静めようとしたが、うまくいかなかった。
 『とりあえず、俺のストーブをアセリアの所に持っていこう・・・』

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