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─聖ヨト暦332年 エクの月 青 四つの日 早朝
 第一詰め所、周辺

 トサッ・・・
 「ハクゥテ・・・」
 オルファリルがゆっくりと目の前の墓石に花を供えた。

 墓石に書かれている文字は“ハクゥテ”。
 エスペリアに習ってオルファリルが書いた物だ。

 「ゴメンね・・・守ってあげられなくて・・・ゴメンね・・・」
 目尻に涙を浮かべながら、オルファリルは懺悔の言葉を繰り返す。
 【・・・】
 オルファリルの後ろでは、悠人、闘護、エスペリアが沈痛な面持ちで目を閉じていた。
 「パパ・・エスペリアお姉ちゃん・・・トーゴ・・・」
 オルファリルは振り返ることなく呟く。
 「ハクゥテと二人に・・・してくれる・・・かな?」
 「・・・わかった」
 「はい・・・」
 「了解した・・・」
 オルファリルの願いに、三人はその場を去る。
 「・・う・・・うぁああああああ!!!」
 その直後、三人とも背後でオルファリルの泣きじゃくる声が響いた。


─同日、早朝
 第一詰め所、食堂

 「悪いな。つき合わせて」
 椅子に座って沈黙している闘護に、悠人は頭を下げた。
 「いや、感謝するよ。ハクゥテの弔いに参列させてくれて」
 闘護は小さく首を振った。
 「・・・」
 悠人は無言で闘護の対面の椅子に座った。
 「・・・闘護」
 「ん?」
 「俺の選択は・・・間違ってたんだろうか?」
 悠人の問いに、闘護の眉がピクリと動いた。
 「どうして?」
 「オルファは強い娘・・・そう思ってたけど・・・」
 悠人は僅かに俯いた。
 「あのいつも明るいオルファが・・・あんな悲しそうに・・・泣いて・・・」
 「言ったはずだ」
 悠人の言葉を遮るように闘護は口を開いた。
 「いずれ通る道だった」
 「・・・」
 「ただ、それがこんな感じで来るとは思ってなかったがな」
 そう言って、闘護は小さく肩を竦めた。
 「エヒグゥ・・・ハクゥテを飼うと言った時にオルファが傷つく日が来ることは覚悟していた」
 「え・・・?」
 闘護の言葉に悠人は顔を上げた。
 「エヒグゥの寿命はスピリットや人間に比べて短い・・・先にエヒグゥが死ぬことは解っていた」
 「・・・」
 「そして、ハクゥテをオルファの行動で傷つけることも・・・可能性はあると思っていた」
 闘護はそう言って、小さくため息をついた。
 「・・・じゃあ、どうして賛成したんだ?」
 悠人の問いかけに、闘護は真剣な表情を浮かべた。
 「それは飼う時にも言っただろ?“命”というものを知ってもらいたかったからだ」
 「“命”・・・」
 「オルファだけじゃない。第二詰め所のまだ幼いスピリット達もそうだが、“命”というものを理解できてないと思うことがある。それを改善させる為に賛成したのさ」
 「・・・じゃあ、他のスピリット達にも同じ事を・・・?」
 「させようと思ったさ。だけど、彼女たちはオルファをうらやましがってただけだ。まだ生き物を飼うということをよく理解していなかった。だから、許可しなかった」
 「・・・」
 「とにかく・・・」
 闘護は小さく首を振った。
 「自分で全てを背負うな」
 「・・・」
 「トーゴ様の言う通りです」
 その時、エスペリアがお茶を運んできた。
 「これは、私達が決めたこと・・・ユート様だけの責任ではありません」
 「エスペリア・・・」
 カップをテーブルに起き、エスペリアは悠人の前にしゃがみ込んだ。
 「自分を責めないで下さい」
 「・・・ああ、わかったよ」
 悠人はゆっくりと小さく頷いた。


─同日、夕方
 第二詰め所

 ガチャリ
 「ただいまぁ〜」
 扉が開き、ネリー、シアー、ヘリオンが入ってくる。
 「・・・あれ?」
 「灯りがついてないよ・・・」
 ネリーとシアーは首を傾げた。
 「まだトーゴ様は戻ってないみたいですね」
 ヘリオンが呟いた。
 三人はそのまま食堂へ向かった。

 ガチャリ
 「・・・誰もいないね」
 シアーが寂しそうに呟いた。
 「うん・・・あれ?」
 ネリーはテーブルに駆け寄ると、上に置いてあった一通の手紙を取った。
 「これ・・・」
 「手紙、みたいですね」
 ヘリオンがネリーから手紙を受け取ると、早速中身を開いた。
 「・・・トーゴ様からです。今日は帰らないから、夕食は台所に置いてあるので食べるように、ということです」
 「・・・今日はトーゴ様は帰ってこないんだ」
 「じゃあ、ネリー達だけでご飯を食べるんだ」
 ネリーは頷くと、ヘリオンを見た。
 「ヘリオン。早く用意して」
 「え?え?私がですか?」
 突然振られて慌てるヘリオン。
 「うん。だって、ヘリオンは料理の勉強してるんでしょ?」
 「そ、それは・・・」
 「ほら。早く、早く」
 「あ、あぅぅ・・・」
 ネリーの押しに抵抗することも出来ず、ヘリオンはなし崩しに台所へ押しやられてしまった。


─聖ヨト暦332年 エクの月 青 五つの日 昼
 第一詰め所周辺

 「ふんふ〜ん♪」
 包みを抱えてネリーは鼻歌を口ずさみながら歩いていた。
 「ネ、ネリー・・・」
 後ろを心配そうに歩くシアーの声に、ネリーは立ち止まって振り向く。
 「どうしたの、シアー?」
 「本当にそんなにも・・・大丈夫なの?」
 「大丈夫だって。ネリーもシアーも食べるし、オルファだって食べるよ」
 ネリーは自信満々に答える。
 「そ、そうかなぁ・・・」
 「ほら、早く行こ!!」
 ネリーはシアーを急かす。
 「う、うん・・・」
 そう答えるものの、シアーの表情には不安が浮かんでいた。


 「あ・・・オルファだ」
 詰め所の近くに来て、シアーが詰め所の側で空を見上げているオルファリルを見つけた。
 「ホントだ。おーい、オルファ!」
 ネリーが駆け寄ると、オルファリルはゆっくりとネリーを見た。
 「ネリー、シアー・・・」
 「どうしたの、ボーっとして?」
 「別に・・・」
 元気のない声で答えるオルファリル。
 「ふーん・・・あ、そうだ。ほら、これこれ」
 ネリーは抱えている包みをオルファリルに見せた。
 「ヨフアルっていうんだよ。凄く美味しいんだから」
 そう言って、包みからヨフアルを取り出してオルファに差し出す。
 「ほら、あげる」
 「・・・いらない」
 オルファリルはそう言うと、二人に背を向けた。
 「え〜。どうして?」
 ネリーは自分の厚意を拒まれて不服そうに頬を膨らませた。
 「・・・」
 しかし、オルファリルは何も言わずに館へ戻っていった。
 「オ、オルファ・・・」
 バタン
 シアーの声も無視して、オルファリルはそのまま館に入ってしまった。
 「・・・どうしたんだろ?」
 ネリーは首を傾げた。
 「すごく落ち込んでた・・・」
 シアーも心配そうに呟く。
 「二人ともそんなところでどうしたの」
 その時、城の方からエスペリアが来た。
 「あ、エスペリアだ」
 「あら?それは・・・」
 エスペリアはネリーの抱えている包みを見つめた。
 「これ?ヨフアルだよ」
 ネリーは中身をエスペリアに見せる。
 「オルファにもあげようと思ったんだけど・・・」
 「オルファ・・・に?」
 ネリーの言葉にエスペリアは眉をひそめた。
 「うん。だけど、いらないって・・・」
 「オルファ、何だかすごく落ち込んでた・・・」
 「・・・ネリー、シアー。トーゴ様から聞いてないの?」
 「何を?」
 首を傾げるネリー。
 シアーもキョトンとしていた。
 「・・・二人とも、ちょっと来て」
 そう言って、エスペリアが歩き出す。
 【?】
 二人は首を傾げながらも、素直にエスペリアについて行った。


 「これ・・・」
 「お墓・・・?」
 三人の前に小さな墓石が設置されている。
 エスペリアが二人を連れて行った所はハクゥテの墓だった。
 「そうよ」
 エスペリアはそう言ってかがみ込んだ。
 「誰のお墓なの?」
 ネリーが尋ねる。
 「・・・ハクゥテの、墓よ」
 【!?】
 エスペリアの言葉に二人は驚愕した。
 「い、いつ死んだの!?」
 「3日前よ・・・」
 「3日前・・・」
 「トーゴ様はあなた達に言っていなかったのね?」
 エスペリアは腰をかがめて二人と同じ高さの視線にあわせた。
 「うん。ネリーもシアーも聞いてないよ」
 「そう・・・」
 「なに?」
 「トーゴ様から聞いてないの?」
 「う、うん」
 「ネリー達、昨日帰ってきてからトーゴ様と会ってないもん」
 「そう・・・わかったわ」
 エスペリアは頷くと、立ち上がって二人の肩に手を置いた。
 「二人とも。オルファのことだけど・・・今はそっとしておいてあげて」
 【・・・】
 沈黙する二人に、エスペリアは僅かに目を伏せた。
 「あなた達も見たでしょう?今のオルファ」
 「う、うん・・・」
 「元気がなかった・・・」
 「お願い・・・」
 そう言って、エスペリアは頭を下げた。
 「うん・・・」
 「はい・・・」
 ネリーとシアーは、それぞれゆっくりと、少し戸惑い気味に頷いた。


─同日、夕方
 第二詰め所、食堂

 ガチャッ
 「あ・・・」
 「トーゴ様・・・」
 「お帰り、ネリー、シアー」
 食器を並べていた闘護が挨拶する。
 「ちょうどいい。ヘリオンとニムントールを呼んできてくれ。もう夕食だからね」
 「は、はい・・・」
 「わかりました・・・」
 「ん?」
 『なんだ?元気がないな・・・』
 二人の様子に闘護は首を傾げる。

 しばらくして・・・

 ネリー、シアー、ヘリオン、ニムントールが席に着き、最後に準備を終えた闘護が自分の席に着いた。
 「いただきます!!」
 【いただきます】
 闘護のかけ声と共に、食事が始まった。

 カチャカチャ・・・
 暫く、五人は言葉を発することなく食べることに没頭していた。
 しかし・・・

 『・・・ネリーとシアーの様子がおかしいな』
 食事をしながら、闘護は二人を見る。
 いつもなら元気いっぱいに食べ物を頬張るネリーが、ほんの少しずつしか口に運ぼうとしていない。
 シアーも、酷く元気が無さそうに食べていた。
 「・・・ネリー、シアー」
 闘護は食事を止めて二人に声をかけた。
 二人も食事を止めて闘護を見る。
 「どうしたんだ?元気が無さそうだけど・・・」
 【・・・】
 闘護の問いかけに、二人は小さく俯いて沈黙する。
 ヘリオンとニムントールも気になっていたらしく、食事を止めて二人に視線を送っていた。
 「もしかして・・・料理が不味いのか?」
 「ち、ちがうよ!!」
 「ち、違います・・!!」
 慌てて二人は否定した。
 「じゃあ、どうしたんだ?」
 「・・・トーゴ様」
 ネリーは意を決したように闘護を見つめる。
 「ハクゥテが・・・」
 「!」
 ネリーの第一声に、闘護は僅かに眉をひそめた。
 「その・・・死んだって・・・」
 【えぇ!?】
 ネリーの言葉にヘリオンとニムントールが驚愕の声を上げた。
 「・・・誰から聞いたんだ?」
 「エスペリアから・・・」
 「・・・シアーも聞いたのか?」
 闘護の問いに、シアーはコクリと頷いた。
 「そうか・・・」
 「と、トーゴ様・・・」
 「ハクゥテが・・・死んだの?」
 ヘリオンとニムントールの問いかけに、闘護はゆっくりと頷いた。
 「ああ。3日前にな」
 「病気・・・ですか?」
 「違う・・・」
 「じゃあ、どうして死んだの?」
 「・・・」
 二人の問いに、闘護は難しい表情を浮かべた。
 「トーゴ様・・・?」
 「・・・戦いに巻き込まれて死んだんだ」
 【!?】
 闘護の言葉に、四人全員が驚く。
 「戦いって・・・スピリット同士の戦いに、ですか?」
 「ああ」
 ヘリオンの問いに闘護は頷いた。
 「・・・なんで、そんなところにハクゥテがいるの?」
 「オルファが連れて行ったそうだ」
 ネリーの問いに闘護は苦い表情で答えた。
 「どうして連れて行ったの・・・?」
 「さあね・・・多分、ハクゥテがオルファと離れたがらなかったから、オルファも大丈夫だと思って連れて行ったんだろう」
 シアーの問いに闘護は難しい表情で答えた。
 「・・・」
 「何か言いたそうだね、ニム」
 眉間に皺を寄せたニムントールに闘護が問いかける。
 「・・・オルファ、バカ?」
 「ニム。そう言うことは思っても言ったらダメだ」
 「う、うん・・・」
 闘護の厳しい表情に、ニムントールは素直に、少し怖がりながら頷いた。
 「・・・オルファ、すごく元気がなかったよ」
 「うん・・・エスペリアはそっとしておいてって言ってた・・・」
 「・・・そうだな」
 シアーとネリーの言葉に、闘護は小さく頷く。
 「みんな。エスペリアの言う通り、暫くオルファをそっとしておいてやってくれ」
 「でも・・・」
 「大丈夫」
 言いかけたネリーに闘護は優しい笑みを投げかける。
 「彼女は強い・・・また、いつものように笑うようになるさ」


─聖ヨト暦332年 エクの月 赤 一つの日 昼
 エーテルジャンプ施設

 「そうですか、ネリー達が・・・」
 闘護の話を聞いてエスペリアが
 「オルファの様子にはネリーも大分心配していたからな。オルファのことは任せてくれ」
 「・・・すまない、闘護。こんな時に前線に戻ることになって・・・」
 悠人は頭を下げた。

 今日の早朝、ランサから前線が押されているとの報告が来た為、悠人とエスペリアが戦線に戻ることになった。
 そして出発前、闘護は昨日の事を二人に話したのだ。

 「気にするな」
 闘護は首を振った。
 「前線がマロリガンに押されてる以上、お前とエスペリアの力が必要だ」
 そう言って、闘護は悠人とエスペリアの肩を叩いた。
 「こっちは任せろ。それに、お前達と入れ替わりでウルカが明日戻ってくるからな。彼女はオルファと仲がいい。暫くしたら、オルファにも笑顔が戻るさ」
 「闘護・・・」
 「トーゴ様・・・」
 「だから、お前達もいつまでも落ち込んでるなって!」
 闘護はニヤリと笑った。
 「・・・わかった」
 「よろしくお願いします」
 二人は頭を下げた。
 「ああ」
 闘護は力強く頷いた。


─聖ヨト暦332年 エクの月 赤 四つの日 昼
 ダスカトロン大砂漠

 前線は、ヘリヤの道を舞台に変化していく。
 時にはスレギト寄りに、時にはランサ寄りに、ラキオス、マロリガン両勢力の状況によって移動する。
 その日、悠人はアセリア、エスペリア、ヒミカを伴って前線に赴いていた。

 ジリジリと強い日差し。
 このダスカトロン大砂漠の戦いは、確実に悠人達の体力を消耗させていた。
 「くっ・・・」
 悠人は太陽の光を掌で遮る。
 この旧ダーツィとマロリガンを繋ぐヘリヤの道。
 砂漠横断道路とはいえ、俺たちの世界のように舗装されているわけでもなく、朽ち果てたも同然の、辛うじて道があることが解る程度の石畳があるだけである。
 砂塵の中、数メートル先すらもよく見えない。
 度重なる戦闘に加えて、マナ消失圏内での戦いは、想像を絶するほど気力を奪い取っていく。
 味方も敵も、恐ろしく辛い戦いを強いられる。
 「みんな、大丈夫か?」
 悠人は歩を止めて振り返った。
 ザス、と靴の中にまで入り込んだ砂が音を立てる。
 「ユート様こそ、大丈夫ですか?私達はハイロゥを使えば膜のようなものを作れます。でもユート様は・・・」
 エスペリアが心配そうに言った。
 「そうか、そんなことできるんだ」
 悠人の後ろを歩くアセリアを見てみる。
 確かに青白いハイロゥが頭上で輝いている。
 「・・・」
 涼しげな顔をしているのはいつものことだから、アセリアが苦しそうなのかどうかはよく解らない。
 〔契約者よ。妙だ〕
 突然、頭に鋭い頭痛が走った。
 【求め】からの声だ。
 「・・・」
 『何が妙なんだ?別に敵の気配はしないぞ』
 「どうかしましたか?」
 急に黙りこくってしまった悠人に、エスペリアは心配そうに話しかける。
 「いや、なんでもないよ。ちょっと暑さで頭がボーっとしちゃって」
 「そうですか」
 安心したように胸をなで下ろす。
 悠人は正面に向き直って、またゆっくりとヘリヤの道を歩き始める。
 そして、心だけは【求め】に向ける。
 『で、何が妙なんだよ』
 〔近くに妖精達がいる。契約者達ではない、別の妖精達だ。敵意は感じられない〕
 『敵意がない・・・隊の残りはランサの防衛に回ってるはずだから、ここまで来るはずないのに・・・?』
 悠人は眉をひそめる。
 『可能性はあまりないが、敵意がない部隊など、この大地に存在するのだろうか。更に言えば、ここはダスカトロン大砂漠。戦場の真っ只中なんだぞ?』
 〔警戒せよ。違う。かなりの力を持っているようだ〕
 「・・・」
 悠人は腑に落ちない表情を浮かべる。
 『俺には気配は何も感じられない・・・最近、解ったけど、神剣の気配はよほど近くないと感じられないんだ。敵意を抱いている神剣は、その意志が漏れ出すために広い範囲でもわかりやすい』
 悠人は小さく首を傾げる。
 『だが敵意を持たない神剣は、巧妙にその姿を隠されると、寸前まで見つけることが出来ない。ましてや光陰の持つ【因果】のように、気配そのものを感じさせないものさえあるんだ。【求め】は俺に比べても、遙かに過敏に反応する。近くに何らかの部隊が潜んでいるのは間違いないだろう・・・よし』
 「みんな」
 「・・・」
 「何でしょうか?」
 「何ですか?」
 アセリアとエスペリアとヒミカが悠人を見る。
 「敵かどうかは解らない。だけど何か別部隊が付近にいるみたいだ。油断しないでくれ」
 「敵・・・ですか」
 エスペリアの返答を待たず、悠人は周囲を見回す。
 『どこだ・・・?』
 【求め】を強く握りしめて目を瞑る。
 「・・・」
 『・・・だめだ。神剣の気配どころか生物の気配すら感じられない。マナが希薄なこの場所がそうさせているのか、それとも敵が巧妙なのか・・・それもわからない』
 〔契約者よ。このままこの場に止まるわけにもいくまい?〕
 『確かに・・・砂漠で立ち止まるなど、良い事はない。力が消耗した状態を長く続けるのは、戦闘時の危険を上げてしまう。今は昼も夜も、ひたすら前進を続けるしかない・・・か』
 「・・・ダメだ。何も見つからない」
 悠人は首を振った。
 「仕方ない、進もう。ただ、警戒は怠らないようにしてくれ」

 数時間が経ち、随分日も傾き始めている。
 悠人は未だ気配を感じることは出来ない。
 だが【求め】は、微かな気配が等間隔で追ってきているのを察知している。
 『遊んでいるのか!』
 心の中で憤る。
 警戒した状態を続けての行軍は、みんなを更に追いつめていた。
 「みんな・・・大丈夫か?」
 気休めにもならない問いを発するが、大丈夫なわけがない。
 それは疲れ切った顔を見れば解ることだった。
 アセリアすらも、肩で息を繰り返し、いつもは軽々と持っている【存在】を引きずるように歩いている。
 「・・・敵、なのでしょうか」
 エスペリアが心配そうに呟いた。
 「解らないな・・・でも俺たちの味方がいるとは考えづらい。やはり尾行されているんだろうな」
 「・・・」
 沈黙するエスペリア。
 皆も、気力も体力も限界を迎えていた。
 今日の野営の時に襲われたら・・・
 「!!!ユート様ッ!メトラの方向より敵の気配が!!!!」
 突然、ヒミカの叫びが響く。
 メトラの方向・・・つまり六時の報告に一斉に振り向く。
 そちらにあった小さな岩場が閃く!
 キィーン・・・
 マナがその一点に急激に集まっていく。
 「!みんな、伏せろっ」
 みんなは一斉に砂に向かって身体を倒れ込んだ。
 悠人は抵抗のオーラを、出来る限り早くイメージする。
 そして言葉を使わずに【求め】に命令した。
 『防げよ、バカ剣っっ!!』
 シュゥウウウウ!!!
 辛うじてレジストは完成した。
 その次の瞬間!!
 バシュバシュバシュバシュ!!!
 高速で飛来する無数の黒い矢のような光が、悠人の剣の前に展開されたシールドと干渉し合う。
 光が踊り狂い、辺りの砂塵を巻き上げていく。
 そこに嵐が来たかのように強風が吹き荒れた。
 「ぐぅ・・・!!」
 『負けるか!!』
 圧力に徹底的に耐える。
 『だが、このまま二撃目が来たら』
 キィーン・・・・
 また同じ方向が閃く。
 「やばいっ!!」
 『この気配は、レッドスピリットによる広域攻撃魔法だ!!』
 悠人のこめかみに冷や汗が浮かぶ。
 『ダメだ、もう少しでレジストの効果が・・・!!』
 「くそっ!!」
 「・・・ダメ、やらせない!!」
 アセリアは立ち上がり、【存在】の切っ先を光へと向ける。
 悠人のほぼ耳元で、エーテル消沈の魔法を唱え始めた。
 「一時の静穏。マナよ、眠りの淵へと沈め」
 キィイイ・・・・
 アセリアの詠唱と共に、近くの温度が急激に下がっていく。
 「くっ・・・」
 耳が少し凍り付き、鋭い痛みが走る。
 だがさっきの魔法の方向で、大体の位置は解った。
 「あそこだ!いくぞっ!!」
 【ユート様!!】
 後ろでエスペリアとヒミカの声が上がったが、構わず悠人は飛び出した。

 「!?」
 岩場の向こうにいたのは、真っ黒のハイロゥを、頭上に浮かべた7人のスピリット達だった。
 まるで死んだような目で、悠人を無感情に見つめている。
 『このスピリット達は、一体なんだ・・・!?』
 悠人の背筋に悪寒が走る。
 目の前のスピリット達には、アセリア達のような人としての気配がしない。
 そこにあるのは、破壊の意志に満ちた神剣の気配だけ。
 「ふふふ・・・私の妖精達の攻撃を受け止めるとは。流石は勇者殿、といった所でしょうか?」
 7人のスピリット達の後ろから、長身の男が姿を現す。
 「誰だ!!」
 悠人は男に向かって【求め】を構えた。
 この砂漠には似つかわしくない、学者のようなヒョロリとした体型。眼鏡とその杖が、よりそのイメージを際だたせる。
 その歪んだ口元からは、どこか狂気が感じられた。
 「ずっと俺たちをつけていたのは、お前か?一体何処の者だ!マロリガンか!?」
 「お初にお目にかかります。私はソーマ・ル・ソーマ。サーギオスに身を寄せる、ただの人です。勇者殿のように、特別に力を持つわけでもなく、ただ妖精達を率いる無能者、とでも言っておきましょう」
 そう言って礼をする。
 悠人は言葉を返すことなく【求め】の切っ先を向ける。
 どこからか漂う邪悪な気配。
 人を小馬鹿にしたような生理的な嫌悪感を抱かせる。
 「・・・」
 悠人は無言で睨み付ける。
 【ユート様!!】
 「ユート!!」
 エスペリア達が後ろから駆けてくる。
 「ユート様、ご無事で・・・っ!!!」
 エスペリアは突然ピタリと足を止める。
 悠人の前に立つ男を一目見ただけで、表情から血の気を失う。
 「あ・・・ぁ・・・あぁ・・・・」
 ドサッ・・・
 【献身】を地面に取り落とし、ガタガタと唇と歯を震わせているエスペリア。
 顔面を蒼白にして、言葉にならない言葉を上げる。
 「な、どうしたんだよ、エスペリア!しっかりしろ!おい・・・エスペリア、エスペリアッ!!」
 「・・・」
 「エスペリア!!」
 アセリアとヒミカがエスペリアの元に走り寄り、抱きかかえた。
 「・・・ん」
 「エスペリア・・・ユート様」
 アセリアとヒミカは小さく頷く。
 『大丈夫だ、安心しろ・・・ということか?』
 二人は、両側からうずくまるエスペリアを支える。
 『俺も・・・いや、敵から目を離すわけには・・・!!』
 駆け寄りたい衝動を、歯ぎしりをして耐える。
 そんな悠人の表情を楽しむかのように、にやつきながらソーマは続ける。
 「エスペリア。お久しぶりです。ちゃんと私のことを憶えていてくれたようですね。ま、忘れられるものではないでしょうけどねぇ。ふ、ふふふ・・・ククク・・・・」
 『この男、エスペリアのことを知っているのか?』
 悠人は眉をひそめる。
 『今のエスペリアは普通の状態じゃない・・・』
 エスペリアは、ソーマの言葉を耳に入れないように、耳を塞ぎ震えている。
 呼吸は荒く、冷や汗が流れ続けていた。
 今はアセリアとヒミカが支えてくれているが・・・
 「私がここにきたのは、他でもないんです。貴方に預けている、そのエスペリアを返してもらおうと思いまして」
 ソーマはニヤリと笑った。
 「その妖精は元々、私のものなのですよ。ククク・・・よい具合に育ってくれましたねぇ。その可愛らしい顔、張りのありそうな胸、全てが私の理想通りとなりました」
 そう言いながら、エスペリアをなめ回すように眺める。
 『な、何なんだ、コイツは!!』
 悠人は思わずカッとなり、剣を握る力を強くする。
 ごく自然に嫌悪感を誘われる相手だった。
 「いやぁ・・・いやぁっ!!」
 取り乱した様子で叫ぶ。
 これまで見たことのないエスペリアの姿だった。
 「エスペリア!しっかりするんだ。気を強く持ってくれ」
 「何を嫌がっているのですか?ふふふ・・・私はあなたの全てを知っているのでしょう。あなたがどれだけ、心に闇を持っていて、淫乱であるか。何しろ、私が育てたのですからねぇ」
 舌なめずりをするソーマ。
 一言一言がエスペリアの心を抉っているようだった。
 「やめて・・・やめてください・・・」
 「やめるんだっ!」
 〔契約者よ。あの妖精の娘、このままでは精神が壊れる。神剣の力も揺らいでいる。危険だ〕
 『言われるまでもない!!』
 冷静な【求め】の声とは逆に、悠人の心には怒りの嵐が吹き荒れていた。
 『理屈じゃなく、コイツが許せない!!』
 「くっ、貴様ぁああああっっ!!それ以上、何かを言うのなら!!」
 悠人は怒りで我を忘れる。
 憎しみと怒りの力が【求め】からあふれ出す。
 キィーン!!
 「おっと・・・危ないですねぇ。ただの人を相手にエトランジェが本気を出すなんて・・・やれやれ、我が国のエトランジェといい、どうもそちらの世界の人間は、優雅さに欠ける人ばかりですねぇ」
 ソーマと名乗った男は肩を竦めた。
 「今日は挨拶だけです。やり合う気はありませんよ」
 ゆっくりと一歩後ずさり、悠人の間合いから逃れる。
 そうしておいて、ニヤリと笑った。
 「エスペリアッ!!」
 「そ、ソーマ様・・・」
 強い口調で呼ばれたエスペリアは、怯えた返事をする。
 その顔は、恐怖と狼狽に満ちていた。
 『ソーマ・・・“様”、だって?』
 悠人は眉をひそめる。
 「あなたはいずれ頂いていきましょう。よい作品に仕上がっていることを期待していますよ?それまでは、勇者殿の元に預けておきましょう。勇者殿にどのように、よい体にされているかが楽しみですねぇ。ふふふ・・・」
 「・・・あぅ・・・それ以上、言わない・・・で・・・くだ、さい・・・」
 その場で泣き崩れる。
 『何でだ?何であんな奴を!!』
 両手で顔を大嘘の姿はあまりにも痛々しい。
 『エスペリアを悲しませる。その理由はわからないが、絶対に許せない!!』
 悠人の心に怒りが充満する。
 『それにこの男は、スピリットの心を壊すのを楽しんでいる。こういう奴がいるから、この世界ではスピリットが・・・!!』
 「では、ごきげんよう」
 「ふざけんな!!逃がすかっ、ソーマッ!!!」
 キィーン!!
 体内に溜まった怒りの力を解放する。
 【求め】にオーラフォトンの光が乗り、その刀身を二倍近い長さへと変える。
 それをソーマ目掛けて、気合いと共に大上段から振り下ろす。
 「やれやれ・・・お盛んな勇者殿ですねぇ!」
 悠人が斬りかかった、その時だった。
 ソーマの後方に控えたスピリット達が、一斉に悠人に斬りかかってくる!!
 統率の取れた三体のスピリットが、空中の悠人目がけて迫る。
 「く・・邪魔をするなぁっ!!」
 悠人はまずは正面のスピリットに剣を叩きつける。
 剣はしっかりと受け止めたものの、悠人の勢いに押され、大きく弾き飛ばされた。
 『一つ!』
 右からの斬撃をシールドで受け流し、そのまま蹴り飛ばす。
 無表情なスピリットも、その衝撃に顔を歪ませる。
 『二つ!』
 そしてその斬った反動で身体を回転させ、左から迫っていたスピリットに叩きつける。
 悠人の攻撃を受けたスピリットのシールドが砕け散り、手に持った剣を弾き飛ばす。
 『三つ!』
 三対一の空中戦は、悠人の勝利に終わった。
 『後は、ソーマ・・・貴様だけだっ!!』
 「後悔しろ、ソーマっ!!」
 力を最後の一撃に集中させる。
 ソーマの頭に剣が届くかと思ったその時。
 ザンッ!!
 「!」
 背中に衝撃が走る。
 黒い光が悠人を貫いていた。
 胸の辺りにポッカリと穴が開いたような感覚。
 ドサッ
 「がっ・・・」
 全身から力が抜けて、悠人はその場に倒れ込んだ。
 『目の前が・・・真っ暗に・・・!?』
 灼熱の砂も、今の悠人には感じられない。
 体内のマナが出て行ってしまったようだった。
 『な!?身体が・・・うごか・・ない?』
 「ふふふ、いくら勇者殿といえども、ただ一人で戦おうなどというのは、少し無茶ではありませんか?」
 ガシッ!!
 「私の完全な調教による芸術品には敵いません」
 ガシッ!!ガシッ!!
 悠人の頬をソーマの靴が踏みつける。
 踵で踏みにじられ、口の中が切れた。
 「まったく!今日はご挨拶だけ、と言ったのですがねぇ」
 ガシッ!!ガシッ!!
 「愚かしい限りですよ、あなたは!」
 ガシッ!!ガシッ!!ガシッ!!
 楽しそうに、悠人の顔を何度も何度も靴で踏みつける。
 その度に血が滲んでいった。
 ガシッ!!ガシッ!!
 身体には大したダメージはないが、衝撃で悠人は頭がボンヤリしていくのを感じた。
 「エスペリア、あなたは私の元に戻って、完成された芸術品となるのです。陰と陽、清純と淫靡、人と妖精、相反するものの間で揺れ動く心は、まさに繊細な宝石・・・素晴らしい!!あなたは理想の素材として帰ってきました」
 グッタリとした悠人を見下ろし、ソーマはニヤニヤと笑う。
 「これから、あなたを連れ去るまでの間、恐怖と期待に満ちた日々を送りなさい。それが、私があなたを再び手に入れた時の初めての夜を、素晴らしいものとするでしょう」
 ドガッ!!
 杖が悠人のこめかみを直撃する。
 今度のは気絶するほどの激痛。
 それでも唇を噛み締めて意識を飛ばないように堪える。
 『今は立ち上がれない。だが決して、この声、この仕打ちは忘れない。そして・・・あれだけエスペリアを怯えさせたことも!!』
 悠人は気力で耐え続ける。
 『くそ・・・絶対に許さない・・・ソーマァ』
 「それでは、麗しき妖精の皆さん。いずれ私が、あなた達も調教してあげましょう・・・また会いましょう」
 黒いハイロゥのスピリット達が翼を広げる。
 無感情な目を持ったスピリット達に、抱えられたソーマは南の方角へと消えていた。


─聖ヨト暦332年 エクの月 緑 一つの日 夜
 悠人の自室

 「悠人・・・大丈夫か?」
 報告に来ていた闘護は心配そうに尋ねる。
 「あ、ああ・・・」
 『あの時の口の傷・・・まだ治らないな』
 悠人は自分の舌で、左奥歯の下の歯茎を撫でてみる。
 ソーマに踏みつけられた時の裂傷が、何故か未だに癒えていない。

 ソーマとの遭遇戦後、悠人は半恐慌状態のエスペリアをアセリア、ヒミカと共にラキオスへ連れて帰った。
 エスペリアはラキオスに帰還して暫くすると落ち着きを取り戻し、今は第一詰め所で休んでいた。

 もう随分と時間が経つはずなのに、不思議だった。
 キィーン・・・
 〔契約者よ。その傷は肉体的にだけではなく、汝の精神に深く刻み込まれたもの。それ故、汝が心に刻んでいる限り、我の力を持ってしても完全に癒すことは出来ない〕
 即座に【求め】が反応し回答してくれる。
 「・・・」
 悠人は苦い表情で【求め】を見る。
 「どうした?」
 「いや・・・」
 悠人は首を振った。
 『・・・あのソーマとかいう奴。絶対に許せない・・・』
 再び、口内の傷に触れてみる。
 『心に刻まれたものは消えない・・・か。確かに思い出すたびに、怒りが沸き上がってくる』
 悠人は拳を握りしめた。
 『あの声、あの笑い、そしてエスペリアに対する態度。何もかもが許せない』
 〔あの人間は要請の特性をよく理解している。強敵だ〕
 【求め】に言われて、悠人はソーマの配下のスピリット達のことを考える。
 ハイロゥは闇のように黒く、高い攻撃力を誇っていた。
 更に一糸乱れぬ統率された動き。
 ラキオスのスピリット隊にはないものだった。
 『・・・いや、あそこまでの動きは他の国の部隊でも見たことがない。これからあいつらと戦うのか・・・帝国はあんなレベルの連中ばかりなのか?』
 ゴクリと唾を飲み込む。
 「・・・」
 闘護は追及せず、ただ、黙って見つめる。
 『ソーマ隊、瞬が率いているという皇帝隊、その他にも鍛え上げられたスピリット達が多くいるって話だ。ただでさえ、敵は数で上回る』
 「今の自分たちの戦力で勝てるのか?」
 悠人の呟き。
 闘護は僅かに眉をひそめた。
 『いや!!』
 悠人は首を振る。
 『弱気になっちゃ駄目だ!ここまで来たんだ。瞬の手から佳織を取り戻す、もう少しなんだ。あんなソーマとかいう奴に負けてはいられない・・・こんな所で立ち止まれないんだ!!』
 「次は負けない・・・」
 握る力を強くすると【求め】からも、悠人の意志に呼応するように力が伝わってくる。
 悠人は気持ちを高める。
 『次に会ったら、その時は・・・だけど、エスペリアのことも気になる・・・』
 再び、悠人の表情が翳る。
 『二人は明らかに知り合いだった。何かあったのは間違いないのだが、果たしてそれを聞いてもいいものか・・・あの時の様子を考えると、どうしても思い切った行動が取れなくない・・・』
 「・・・くそっ!」
 苦い表情で舌打ちする悠人。
 「・・・」
 そんな悠人に、闘護は深く追及することができなかった。


─同日、深夜
 闘護の部屋

 コンコン・・・
 「トーゴ様・・・ヒミカです」
 「入ってくれ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 部屋に入ってきたヒミカに、闘護は椅子を勧めた。
 「こんな時間に呼び出してすまない。君に聞いておきたいことがあるんだ」
 「・・・エスペリアのこと、ですね?」
 「ああ」
 闘護は頷く。
 「襲ってきたのはソーマと呼ばれる男と七人のスピリットです。スピリット達は全て・・・ハイロゥが黒色でした」
 「黒・・・真っ黒だったのか?」
 「はい・・・」
 「意志はもう消えている・・・と?」
 「おそらく・・・」
 「ふむ・・・」
 闘護は頭を掻く。
 「悠人も歯が立たなかったというが・・・それほど強かったのか?」
 「はい。個々の能力の高さもそうですが、それ以上に統率が取れていました。三位一体での攻撃は・・・私では受けきれなかったと思います」
 ヒミカは悔しげに言う。
 「能力を高め、連係プレーも心得ているスピリット・・・ただし、ハイロゥは真っ黒だった」
 闘護は小さく呟く。
 『と、なると・・・訓練士は、単純にスピリットの自我を消して人形に仕立て、ただ命令に従うようにした・・・と考えられる、か』
 「ちっ・・・下衆が」
 苦い表情で吐き捨てる。
 「トーゴ様?」
 「・・いや、何でもない」
 目を丸くしたヒミカに、闘護は首を振る。
 「それで、エスペリアはそのソーマという奴を知っていたのか?」
 「おそらく・・・エスペリアも向こうも知っている様子でした」
 「旧知の間柄、ねぇ・・・」
 闘護はヒミカを見つめる。
 「確か、スピリット隊のエスペリアは最古参だったね?」
 「はい。エスペリアより前にラキオスにいたスピリットは既に全滅したと聞いています」
 「俺もそう聞いた。原因は不明だが・・・」
 闘護は腕を組んで考え込む。
 「ヒミカ。その時の会話を詳しく教えてくれないか?」
 「わかりました」

 ヒミカはソーマと遭遇した時の事を説明した。

 「・・・以上です」
 「・・・」
 全てを聞き終わった闘護は小さく俯いていた。
 「トーゴ様・・・?」
 「・・・ヒミカ」
 闘護は冷めた口調で声をかける。
 「は、はい!」
 「エスペリアはソーマを“様”づけで呼んでいたんだな?」
 「は、はい」
 「そして、淫乱、淫靡と言った・・・」
 「・・・はい」
 「そうか・・・」
 闘護は顔を上げた。
 その表情は、何かを探るような表情だった。
 「トーゴ様・・・?」
 「・・・説明、ありがとう。休んでくれ」
 「し、しかし・・・」
 「いいから、休んでくれ」
 闘護の口調は微妙に固かった。
 「は、はい・・・失礼します」
 ヒミカは頭を下げると、部屋から出て行った。
 「ふぅ・・・」
 一人になり、闘護は小さくため息をつく。
 ドンッ!!
 矢庭に、机に拳を叩きつける。
 「・・・下衆がっ!!」
 苛立たしげに吐き捨てた。
 『エスペリアに対する侮辱・・・いや、それ以上に気になるのはエスペリアの態度だ。恐れているようだとヒミカは言っていたが・・・何を恐れる?』
 「エスペリアとソーマ・・・調べてみる必要があるな」


─聖ヨト暦332年 エクの月 緑 三つの日 夕方
 謁見の間

 「今日、呼び出したのは他でもありません。帝国のスピリット隊所属のソーマという男についてです」
 人払いの済んだ謁見の間には、悠人と闘護とレスティーナしかいない。
 ソーマのことが聞けるとあって、悠人は身体を乗り出した。
 闘護も、真剣な表情でレスティーナを見つめる。
 レスティーナは視線を手にした紙に落とす。
 「ソーマ・ル・ソーマ。現在は帝国のスピリット特別部隊長。人の身でありながら、スピリット達と行軍を共にする。年齢は四十歳前後。スピリットの教育に関して評価が高い。ソーマが育てたスピリットは、非常に高い攻撃能力と緻密な連携能力を誇る。その中でもエリートのスピリットは『ソーマズフェアリー』と呼ばれ、ソーマ隊として作戦行動を行っている」
 口調を崩すことなく、淡々と読み上げる。
 「特筆する点は・・・『妖精趣味』の性癖を持つ、こと」
 レスティーナの言葉が濁る。
 顔を僅かにしかめ、明らかに不快感を抱いているようだ。
 「成る程・・・やはり、下衆だったわけだ」
 闘護も心底不愉快そうに吐き捨てた。
 「・・・妖精趣味って何だ?」
 悠人は尋ねた。
 「・・・この世界で尤も汚らわしいとされていること。スピリット達を性の対象として扱う・・・それが妖精趣味と言われています」
 「スピリット達を・・・性の対象にする?」
 悠人は目を丸くした。
 『エスペリアが以前、俺にしてくれたこと・・・確かにあの時もエスペリアはスピリットは人に尽くし、奉仕しなければならないと言っていた。だからって、喜んでそんなことをする奴らがいるなんて・・・』
 「・・・」
 悠人は苦い表情を浮かべる。
 『かつて、俺を陥れる為にクソ野郎が仕掛けた罠で知った言葉だが・・・』
 「スピリットは汚らわしいと抜かすバカと、従順なスピリットを弄ぶ腐ったアホ・・・どっちも最悪だな」
 闘護は苛立たしげな表情で吐き捨てた。
 『確かに、どっちも好きになれそうにないな』
 闘護の呟きに頷く悠人。
 「それと・・・」
 怒りに燃える二人に構わず、レスティーナは言葉を続ける。
 「ラキオスのスピリット隊長をしていた可能性があります」
 「何だって!?あんな奴がか?」
 『以前にもラキオスのスピリット隊が存在した、と言うことは聞いたことがあったけど、そんな話は初耳だ』
 驚愕の表情を浮かべる悠人。
 「・・・やはり、か」
 一方、闘護は納得いったかのように頷く。
 「トーゴ?」
 「エスペリアがかつてのラキオスのスピリット隊の唯一の生き残り。そして、その下衆はエスペリアを知っていた。ならば、その可能性は十分にあり得るだろう。何しろ・・・」
 そこで、闘護は侮蔑の表情を浮かべた。
 「クソ野郎なら、やりかねないからな」
 「・・・まだ確信に至ってはいません。帝国軍への参加時期と、その風貌からの推察に過ぎません」
 闘護の暴言に諫言することなく、レスティーナは言った。
 『もし、本当にソーマなのだとしたら、エスペリアとの接点もここにあるかも知れない・・・いや、多分間違いないだろう』
 悠人は拳を握りしめる。
 「今はここまでしかわかりません。巧妙に記録を改変された可能性が高いのです」
 「下衆のくせに、手際の良いことだ」
 闘護は心底不愉快そうに呟いた。
 既に、闘護の中ではソーマ=下衆という図式が成り立っている。
 「・・・だけど、隊長を務めていたとして、ソーマはその時何をしたんだろう?スピリットが誰もいなくなるだなんて、どう考えてもまともな事態じゃないだろ」
 悠人は首を傾げた。
 「当時から下衆だとしたら、考えられる事は決まってくる」
 闘護は肩を竦めた。
 「ラキオスのスピリットを全員犯した・・・というところだろうな」
 「!!!」
 闘護の言葉に、悠人は驚愕する。
 「・・・」
 レスティーナは、闘護と同じ予想だったのか、僅かに眉をひそめるだけだった。
 「そしてエスペリア・・・彼女はどうだったのか。それが問題だ」
 「・・・そうだな」
 悠人は頷くと、レスティーナを見た。
 「引き続き調査を頼む。アイツは危険な奴だった・・・どうもすっきりしないんだ」
 悠人の要請に、レスティーナは一つ頷く。
 それから、酷く気遣わしげな顔をした。
 「ユート、トーゴ・・・このことはエスペリアには内密に。この話題は彼女にとって心を揺さぶることになります。今は大切な時期です。忘れないで下さい」
 「わかった」
 「了解した」
 悠人と闘護はそれぞれ頷いた。


─同日、夜
 第一詰め所、食堂

 『ソーマが、スピリット隊の隊長だった・・・果たして、本当だろうか?』
 「ふぅ・・・」
 悠人は固い椅子にもたれて天井を見上げる。
 「あ・・・ユート様」
 コップやら皿やらが幾つも載ったお盆を持って、エスペリアがやってきた。
 おそらく、オルファリルの部屋から持ってきたものだろう。 
 「あ・・・お疲れ、エスペリア」
 レスティーナの話が頭を過ぎり、悠人はエスペリアの顔をまともに見られない。
 『駄目だ・・・意識しすぎてる』
 「失礼します」
 エスペリアは軽く会釈すると、そのまま台所の方に歩いていった。
 それを悠人は横目で見送る。
 『エスペリアは・・・何を知っているんだろう』
 食器を洗う音が聞こえてくる。
 エスペリアは戦いの後も、決して日常の家事を忘れたことがない。
 『戦いから帰ってきた時、エスペリア達との日常的なやりとりが、どれだけ俺を助けてくれたのだろう』
 悠人は物思いにふけた。
 『今まで戦いに・・・血や破壊に狂うことなくいられたこと。殺すということを当たり前と思わずに済んだこと。少なくとも、その理由の何割かはエスペリアと淹れてくれたお茶のお陰だった・・・』
 「ゴクリ・・・」
 想像の刺激され、悠人は喉を鳴らす。
 『あぁ・・・エスペリアのお茶、飲みたいな・・・』
 「なぁ、エスペリアー」
 悠人は厨房にいるエスペリアに聞こえるように、少し大きな声で呼びかける。
 「はいっ、ユート様。何でしょうか?」
 向こうからも、やや大きな声で返事が来る。
 「後でいいからさ、お茶を淹れてくれないか?出来れば、すっごく熱いヤツ」
 もう一度、大声で返す。
 「はい、申し訳ありません。少々お待ち頂けますか?」
 大きな声で返事。
 『きっとまだ洗い物の途中なのだろう』
 悠人はのんびりと待つことにした。

 「お待たせしました。どうぞ」
 洗い物を終えたエスペリアが、悠人の前にカップを置く。
 「ん・・・」
 『甘いマスカットみたいな香りの中に、僅かに隠されたヨモギのような匂い。これは確か・・・』
 「わかった!ワネクゥのお茶だ」
 久しぶりのお茶当て。
 「正解。お見事です」
 「サンキュ、エスペリア・・・って言っても、随分と鍛えられてきたもんなぁ」
 『香りだけで言い当てるのは、そろそろ特技にしてもいいかも知れない』
 心の中で誇る悠人。
 エスペリアは、お盆を両手で抱き、クスクスと笑う。
 その姿から、ソーマの前での怯え方を想像するのは、あまりに難しかった。
 『うん・・・そうだな。やはりレスティーナの言う通り、エスペリアの過去に触れるのは止めておこう。俺がエスペリアの笑顔を消して、どうするんだ』
 迷いを振り切るように、悠人はお茶を飲む。
 「美味いよ。有り難う、エスペリア」
 「いえ、有り難うございます」
 アセリアもオルファリルもウルカも、珍しく降りてこない。
 広いリビングで、悠人とエスペリアは無言のままお茶を啜る。
 外からは虫の声が聞こえてくるが、全然二人の耳に入らなかった。
 二人はお互い、自分から口を開くことが出来ずにいた。

 この微妙なバランスが崩れることが怖かったのかも知れない。

 「ユート様・・・あの・・・」
 先に沈黙を破ったのはエスペリアだった。
 「・・・あの、私は」
 必死に言葉を続けようとするが、身体はその期待を裏切る。
 カタカタとカップを持つ手が震え、エスペリアはまともに喋ることが出来ない。
 その痛々しい姿を見るのに、悠人の方が耐えられなかった。
 『これ以上、エスペリアに辛い思いをさせたくないのだから・・・』
 悠人は立ち上がる。
 「ごちそうさま、エスペリア。美味かったよ。そろそろ俺、部屋に戻るわ」
 逃れるいい言葉を見つけることはできず、悠人の口から咄嗟に出たのは、あまりにも芸のない言葉。
 「ユート様!お待ちくださいっ!!」
 立ち上がった悠人の腕をエスペリアが掴む。
 ハッとして振り返った悠人を、エスペリアの必死な瞳が見つめていた。
 「・・・どうしてですか?どうして私に聞いて下さらないのですか?」
 エスペリアは泣いていた。
 両の目から、ポロポロと涙をこぼして。
 「エスペリア・・・」
 暖かな雫が、悠人の服の袖を濡らす。
 「ユート様は・・・ユート様はズルいです」
 強く握られた手はそのままに、涙声で訴えかける。
 「あの時のことを、過去のことを聞いて下されば、お話しする決心がつくのに・・・命令して下されば!全部を話せと言って下さればっ・・・私は従うだけで済むのに・・・」
 「・・・っ!?」
 『命令・・・?何で俺がそんなことをしないといけない?何で大切な家族を道具のように扱わなきゃならない?』
 悠人の心の中に怒りに似た感情がわき上がる。
 そしてそれはエスペリアにではなく、それを良しとするこの世界そのものに向けられた。
 『だけど・・・エスペリアにも言いたいことはある!』
 バシッ!!
 「何でそんなこと言うんだよっ!!」
 悠人はエスペリアの手を振り払い、怒鳴りつけた。
 「・・・!!」
 驚くエスペリアに構わず、悠人は感情を爆発させた。
 「俺はエスペリアに無理矢理な命令なんてしたくないし、強制して何かやらせたいなんて思わない!!」
 「ユート様は人です。私の隊長です。主人です。ユート様が主人らしく、私達に命令して下されば迷うことなど無いんです!!」
 振り払われた手を握りしめ、悠人を見据えて大声を出す。
 悠人とエスペリアは睨み合う。
 「何だよ、それは!!俺が命令すれば何でもするのか!?じゃあ、俺が死ねって言っても・・・」
 「そう言って下さればいい!!」
 「なっ・・・!」
 絶句する悠人。
 「私達は迷うことなんてないっ!!何も考えなくていい!!」
 エスペリアは構わず叫んだ。
 『何も考えなくていいだって!?そんな訳あるか!!そんな楽な諦めは許せない!!』
 悠人は怒りの表情で叫ぶ。
 「ふざけないでくれっ!!スピリットだからって、そんなの良いわけ無い!!それが常識だっていうなら、常識を変えろよ!!この世界で育ったエスペリア達がしなきゃいけないことだろっ!!」
 「私達は人じゃありません、スピリットなんです!!」
 エスペリアは目に涙を浮かばせ、叫んだ。
 ここまで強く何かを訴えるエスペリアを見るのは、悠人にとって初めてのことだった。
 「どうして、それがわからないんですか!!いつもユート様は、私達を人と呼びます!私達はスピリットです。人じゃないんです!!」
 「そうじゃない!!俺にとってはエスペリアだって人と変わらないんだ!!何だよ、いつもスピリット、スピリットって!!」
 「私達がスピリットなのはしょうがないことです!!」
 「しょうがないって思いこんでるだけだろ!!」
 「ユート様は、自分が人だから解らないんですっ!!」
 悠人とエスペリアは互いに譲らなかった。
 『だが、どんな生い立ちの不幸があったとしても、今のエスペリアの言葉は間違えているとしか思えない』
 悠人は、現代世界での佳織との生活を思い出す。
 『その時も『しょうがない』で済ませたくなかった。そうしないと、守れなかったのだから。だからこそ、エスペリアの言葉は許せない!!』
 「少しくらい解る!!俺だって、無理矢理戦わされたんだからな!!」
 悠人の言葉に、エスペリアは大きく首を振った。
 睨み付けるようにこちらを見ながら、言葉を叩きつける。
 「剣を握る為だけに生まれて、これまで戦うことだけをしてきたのです。幸せな時間があったユート様に、戦いに明け暮れていた。私達の気持ちは解りません!!」
 「ああ、そうかよ!!」
 悠人はウンザリしたように首を振った。
 「解るわけないし、別に知りたいとも思わねぇよ!!あの男とエスペリアの間に何があったかなんてな!!」
 悠人の言葉は、段々と暴言に近くなっていく。
 止めなければならないことを理解しても、止まらない。
 「妖精趣味のヤツが、エスペリアの隊長だったんだろ?そんな話、わざわざ聞きたいもんか!!」
 「!!」
 エスペリアは口を押さえて後退る。
 目には狼狽が浮かぶ。
 「・・もういいよ。俺はエスペリアの過去なんてどうだっていい。命令なんかしてまで聞きたいとも思わない」
 悠人は捨て台詞のように言って立ち上がる。
 『とにかく、今は・・・エスペリアの顔が見たくない』
 背を向け、廊下の方へと歩き出す。
 「・・・ユート様は、知って、いるのですか?」
 背中から震える声。
 さっきまでのエスペリアとは違う。
 不安と恐怖に満ちていた。
 「知るかよ!!言っただろ、知りたくもないって!!」
 振り返ることなく言い放ち、悠人は早足で部屋を後にした。


─同日、夜
 第一詰め所近くの井戸

 バシャッ!!
 悠人は井戸の水を頭から被る。
 今の季節は冬ではないが水は冷たい。
 「っ!!』
 悠人は危うく、心臓が止まるかと思った。
 〔契約者よ。あの妖精の言葉は正しい。汝はもっと道具として使うべきだ。そうせねば【誓い】を倒すことは難しい〕
 『・・・うるさいぞバカ剣!!少し静かにしてろ!!』
 バシャッ!!
 【求め】を黙らせ、もう一度水を被る。
 〔・・・【誓い】を砕くことが今の汝の使命。忘れるな〕
 『解ってるよ!!でも俺はエスペリアを・・・スピリットを道具だなんて思わない!!』
 悠人は唇を噛み締める。
 『難しかろうが何だろうが、俺は今のまま瞬と戦う・・・そして、このままで勝ってやる!!憶えとけ、バカ剣!!』
 バシャッ!!
 『誰に対しての怒りなんだ・・・?だけど、こんなに冷たい水を被ったのに、あんまり頭が冷えた気がしない・・・』
 「くそっ!!」
 「随分と荒れているな」
 「!?」
 背後からの声。
 振り向くと、闘護がいた。
 「闘護・・・」
 「どうした?冬ではないとはいえ、地下水は冷たい。何度も被ってたら凍えるぞ」
 「・・・」
 バシャッ!!
 悠人は苦い表情のまま闘護から顔を背けると、再び水を被った。
 「・・・何かあったのか?」
 闘護の口調には少し遠慮があった。
 「・・・闘護」
 悠人は振り返らずに話し始めた。
 「ん?」
 「俺・・・最低だよな」
 「・・・どうして?」
 「解ったような口をきいて・・・結局、傷つけるだけだったんだ・・・」
 「・・・」
 「スピリットは・・・ずっと戦いを強いられてきたんだ。俺達みたいに、たかが2、3年しか戦ったことのない人間・・・エトランジェに、彼女たちの気持ちなんて解るわけないのかな・・・?」
 「・・・関係ないだろ」
 「えっ・・・?」
 闘護の言葉に、悠人は振り返った。
 「どんな人生を生きてたかなんて関係ない。自分以外の誰の気持ちを解るんだ?自分の気持ちだって解らないものなのに」
 「・・・」
 「所詮は、他人なんだ。解るなんて無理じゃないのかな?」
 「そ、そんなことは・・・!!」
 「ないのか?」
 「・・・」
 「理解するように努力は出来るが、な」
 闘護は肩を竦めた。
 「一から十まで知るのは無理じゃないか。少なくとも・・・」
 「少なくとも?」
 「ロクに話もしてないようじゃ、ね」
 「!!」
 悠人は体を震わせた。
 「何があったかは知らないが・・・随分と頭に血が上ったみたいじゃないか。冷静に、相手の話を聞いていたのか?」
 「そ、それは・・・」
 「そんな精神状態で相手を理解しようとするのは無謀も良いところだ」
 「・・・」
 「・・・で、誰にキレたんだ?」
 「・・・エスペリア」
 「エスペリアに?」
 悠人の回答に闘護は眉をひそめた。
 「ああ・・・」
 「何で?」
 「彼女が、何もかも諦めてるみたいな事を言ったから腹が立って・・・」
 「諦めてる・・・?」
 「・・・実は」

 悠人は事の顛末を語り出した。

 「・・・成る程」
 一部始終を聞き終えた闘護は納得したように頷く。
 「前に俺が言ったことがそのまま問題になったわけだ」
 「お前が言ったこと・・・?」
 「スピリットという言葉にこだわりすぎると言ったことがあっただろ」
 闘護の言葉に、悠人はハッと顔を上げた。
 「そう言えば・・・確か、イースペリアのマナ消失の事で・・・」
 「スピリットは人間に絶対服従。それがこの世界の理らしいけどね」
 闘護は肩を竦めた。
 「それを言い訳にして、諦める・・・今回、君が怒ったのもそういうことだろ」
 「・・・ああ」
 「まぁ、君が怒ったのは当然だろう。そんな風に命令に従って楽しようなんて考えは甘ったれてるとしか思えないからな」
 「・・・」
 「だけど、ね」
 闘護はジロリと悠人を睨んだ。
 「その後・・・罵り合いをしてどうするんだ?」
 「うっ・・・」
 「君がすべきだったのは、彼女を諭すことだ。更に暴言を吐いて彼女を傷つけて・・・これじゃあ、関係修復も難しい」
 「・・・」
 「・・・と、俺が君を責めても仕方ないな」
 闘護はポリポリと頭を掻いた。
 「・・・闘護」
 「ん?」
 「俺は・・・どうしたらいい?」
 悠人の問いに、闘護は眉をひそめた。
 『謝る事が第一だってわからないのか?いや・・・それに気付く事が出来ないほど、視野が狭くなってるみたいだな。ならば・・・』
 「自分で考えろ」
 「え・・?」
 「自分で考えろって言ったんだ」
 「・・・」
 唖然とした表情で闘護を見上げる悠人。
 しかし闘護は、それ以上何も言わずに悠人に背を向ける。
 「と、闘護!待ってくれ!!」
 「・・・」
 「俺は・・・どうしたらいいんだ!?」
 「だから自分で考えろ。少なくとも・・・」
 闘護はゆっくりと振り返った。
 「こんな所で水浴びをしている場合か?」
 「!!」
 「ま、よく考えろ・・・お前のするべき事を、な」
 そう言い残して、闘護は去っていった。
 一人、残された悠人はずぶぬれのまま空を見上げた。
 「俺がするべき事・・・」


 次の日の早朝、悠人が目覚めた時には、既に館にはアセリアとウルカしか残っていなかった。
 エスペリアとオルファリルは、ランサへ向かったという。
 結局、顔を合わすこともできず、悠人は苦い思いのまま一日を過ごすことになる。
 しかしこの後、更なる試練が待ち受けていることを悠人は知らなかった・・・

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