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─聖ヨト暦332年 ホーコの月 黒 一つの日 昼
 ヨーティアの研究室

 ガチャリ
 「失礼する」
 扉が開き、闘護が入ってくる。
 「おう、来たか」
 ヨーティアは読んでいた本から顔を上げた。
 「今回は何の用だ?」
 「いきなり本題かい?もうちょっと余裕ってモンを・・・」
 「生憎、こちらは仕事があるんだ。だから・・・」
 「ナナルゥのことかい?」
 「!」
 ヨーティアの言葉に、闘護は小さく眉を動かした。
 「彼女、孤児院で孤児達の世話をしてるそうだね」
 「・・・ああ。俺が勧めた」
 「勧めた?命令したの間違いじゃないのか?」
 ヨーティアが意地悪そうに笑う。
 「さぁ。それは想像に任せるよ」
 しれっと言い放つ闘護に、ヨーティアはヤレヤレと肩を竦める。
 「とにかく、わかってるなら早く用件を言ってくれ。彼女の休暇の手続きが・・・」
 「まぁ、待て」
 ヨーティアはそう言うと、テーブルの上に置いてあった二つのコップの家の一つを闘護に差し出す。
 「・・・これは?」
 「飲め」
 そう言って、闘護に押しつける。
 「飲めって・・・」
 渋々闘護はコップを受け取ると、中を覗き込む。
 『この色は・・・』
 「お茶か?」
 「ああ。この私がアンタの為に用意したものさ。なかなかお目にかかれないよ」
 得意そうに言うヨーティア。
 「・・・」
 『ヨーティアが?何故だ?何故俺の為にお茶を淹れる?』
 しかし、闘護は訝しげにコップの中身を見つめ続ける。
 「どうした、トーゴ?」
 「・・・何を企んでいる?」
 そう言って訝しげな視線をヨーティアに向けた。
 「企んでるって・・・大した言いぐさだね」
 ヨーティアは眉間に皺を寄せた。
 「私が厚意で淹れてやったお茶を飲めないってのかい?」
 ヨーティアの言葉に、闘護は更に視線を鋭くする。
 『厚意・・・ヨーティアが、俺に厚意でこんなことをするとは思えないな。何か・・・何かある。もしや・・・』
 「・・・飲めないな」
 そう言ってコップをテーブルに置いた。
 「おい・・・」
 「何を企んでる?あなたが酔狂でお茶を淹れるとも思えない」
 「あのなぁ・・・」
 闘護の言葉にヨーティアは顔をしかめる。
 「まさか、毒ではないだろうが・・・何らかの薬が入ってるんじゃないのか?」
 闘護の口調に怒りが混じり始める。
 「答えろ」
 「・・・ったく。呆れた奴だね」
 ヨーティアは観念したように手を振った。
 「あ〜、もういいよ。飲まなくていい」
 「・・・」
 「わざわざ淹れてやった物を飲まないなんて、無礼な奴だ」
 ヨーティアは不愉快な口調で言った。
 「あなたが俺に厚意でお茶を淹れる・・・そんなことを額面通り素直に受け入れる事は出来ない。あなたは一癖も二癖もある性格・・・何か企んでいると考えておかしいか?」
 「っ・・・」
 ハッキリと言った闘護に、ヨーティアは絶句する。
 「もう一度聞く。返答次第では・・・」
 闘護は身構える。
 「だぁ!わかった。わかったから・・・」
 慌ててヨーティアはコップを指さす。
 「そのお茶には媚薬が入ってたんだよ」
 「ビヤク・・・?」
 「そう。興奮させる薬だよ」
 「興奮・・・媚薬か!!」
 闘護は理解したように小さく頷く。
 「アンタのガス抜きをしてやろうと思ったんだよ。ただ、それだけだ」
 「・・・そうか」
 ヨーティアの言葉に、闘護は構えを解く。
 「納得したかい?」
 「一応。ただ、ガス抜きとは・・・どういう意味だ?」
 「アンタがイッパイイッパイになってると思ったからさ」
 「・・・」
 「アンタは何でも自分で背負おうとする。だけど、そんなことを続けてたらパンクするだろう?だから、ガス抜きしてやろうと思っただけ」
 「・・・そうだったのか」
 『本当に俺への厚意だったのか・・・』
 闘護は頭を下げた。
 「すまない。あなたの厚意を踏みにじってしまった」
 「いいよ。謝らなくったって」
 ヨーティアは鬱陶しげに手を振った。
 「・・・だが、ガス抜きで媚薬とはどういうことだ?」
 顔を上げた闘護は渋い表情を浮かべていた。
 「あれ?わからないのか?」
 ヨーティアは首を傾げる。
 「媚薬でガス抜きって言ったら決まってるだろ」
 「・・・セックス」
 闘護の呟きにヨーティアはニヤリと笑う。
 「そうだ。男と女が肌を合わせれば・・・」
 「興味がない」
 ヨーティアの言葉を遮るように闘護は吐き捨てた。
 「興味がないって・・・」
 「そういうことは、互いの合意があってするべきだと考えている。慰め合いなど御免だ。まして、薬に頼るなんて言語道断も甚だしい!」
 闘護は怒りの口調で言った。
 「ああ!もうわかった、わかった」
 心底ウンザリして、ヨーティアはブンブン手を振った。
 「アンタを誘って悪かったよ!もうしないから!」
 「そうして貰いたい」
 そう言って闘護はヨーティアに背を向けた。
 「ったく、頭の固い奴だね・・・だが、憶えておけ」
 その背に向けてヨーティアは言葉を投げかける。
 「自分一人で何もかも背負ったら、最後は潰れるだけだ。しかも、背負った物もろとも・・・ね」
 「生憎、俺は背負えると思った物しか背負わない」
 背を向けたまま闘護は答える。
 「自分の限界は弁えているつもりだ。出来ること、出来ないこと・・・それを見誤らないように心がけている」
 「そうかい。それじゃあ、私の心配は余計だったね」
 ヨーティアは拗ねた口調で言った。
 「・・・心配してくれたことは感謝する。だが、こんな方法で慰められたくない」
 闘護はゆっくりとヨーティアの方を向いた。
 「失礼する」
 「待て待て」
 「まだ何か?」
 明らかに不機嫌な様子で闘護は尋ねた。
 「ユートには言っておいたが、アンタも知っておいた方がいい情報がある」
 「・・・」
 ヨーティアの言葉に、闘護はしかめていた眉を元に戻す。
 「帝国のスピリットが、一組の男女に殺されたらしい」
 「一組の男女・・・まさかマロリガンの!?」
 闘護の言葉にヨーティアは肩を竦めた。
 「さぁな。ユートもそう考えたようだがわからん・・・ただ、訓練を受けた帝国のスピリットの部隊が、男の一撃で壊滅したそうだ。スピリットどころか、エトランジェでさえそんな芸当は困難だろう・・・それが真実ならば、だが」
 「エトランジェならば、神剣を持っている。その男の神剣は?」
 「さぁな。ただ、女は杖を持っていたらしい」
 「杖・・・ならば、岬君とは違う・・・?」
 「ユートもそう言ってたよ」
 ヨーティアは煙草に火をつけた。
 「そもそも、この世界に存在するエトランジェ用の神剣は四つ・・・【求め】、【誓い】、【空虚】、【因果】の四つだけだ」
 「ああ。既に契約者は存在している。まぁ・・・」
 闘護はポリポリと頬を掻いた。
 「例外もいる」
 「確かに、ね」
 ヨーティアは闘護をジロリと睨んだ。
 「だが、アンタでもその男みたいな芸当は無理だろ?」
 「ああ。そもそも、俺はスピリットに攻撃できない」
 特に恥じた様子もなく答える闘護。
 「つまり、その男女はストレンジャーではない・・・スピリットやエトランジェとは比較にならない能力を持った存在ということになるだろう」
 「・・・敵か味方か、それが知りたいな」
 闘護は真剣な表情で呟いた。
 「そうだね。帝国のスピリットを倒したから味方、と決めつけるのは早計過ぎる」
 ヨーティアも難しい表情で頷いた。


─聖ヨト暦332年 ホーコの月 黒 三つの日 夜
 ラキオス城内

 報告が終わり、悠人は謁見の間を出て第一詰め所へ戻ろうとしていた。
 その途中・・・

 『あれ・・・ヨーティア』
 廊下の奥からこちらへと歩いてくる。
 キョロキョロと何かを探している様子だが、悠人と目があった瞬間に勢いよく走ってきた。
 『・・・ものすごく、嫌な予感がする』
 「ああ、ちょうど良かった」
 「もしかして、俺を捜してたのか?」
 「話していて退屈しないし、適任だろう?今、暇そうだし」
 「・・・まぁ、いいけどな」
 『面倒だけど、逆らうような気力も理由もないし・・・』
 悠人は導かれるまま、ヨーティアの部屋に向かった。

 特にエスコートするつもりもないらしく、ヨーティアはさっさと自分の場所を確保した。
 「ほら、バカみたいにボッとするな。立ってるだけなら出ていってもらうぞ」
 「・・・自分で引っ張り込んだくせに」
 「ん・・・?それもそうか。まぁ、その辺にかけてくれ。茶でも出そう」
 「・・・どういう風の吹き回しだ?」
 「酷いな。それでは私の常識というものが疑われそうだぞ。私だって客を招けば茶ぐらい出すさ」
 「はは・・・悪い悪い」
 『相変わらず大量の本で雑然としていたが、不思議と暖かさを感じるんだよな・・・』
 悠人は気怠い身体を引きずって、空いた場所に腰を下ろす。
 『もう少し落ち着いたら、俺もほんの一冊くらい読んでみてもいいかもな。文字を覚え・・・書くことも出来るようになって・・・となると、それがいつになるかはまだ解らない、か』
 悠人は小さくため息をつく。
 『佳織を助け、自由の身になった後─全てはそこからだ・・・』
 ギリ
 無意識のうちに奥歯を噛み、身体に力が入る。
 「待たせたね」
 「・・・え?」
 無造作に差し出されたカップ。
 それがヨーティアの入れてくれたお茶だと気付くのに、悠人は数秒かかった。
 「ん、どうした?」
 「・・・いや、ありがとう」
 『ここがどこで、俺は何をしてるんだ・・・?』
 「ふふん・・・感謝するんだね。私の入れた茶はなかなかにレアだぞ」
 ヨーティアはニヤリと笑った。
 「何せ、レスティーナ殿でさえ、まだ一回しか飲んだことがないくらいだ」
 「へぇ・・・」
 悠人はカップの中の液体を見る。
 色は普通、香りはこれまでエスペリアやイオに入れてもらったことがない種類のようだった。
 「ま、ぐいっといってくれ」
 「んな、酒じゃあるまいし」
 「景気悪いのは性に合わないんでね」
 軽口を叩くヨーティア。
 お茶の味に興味のある悠人はカップに口を付けると、ゆっくりと傾けた。
 「んぐんぐ・・・う゛っ」
 それは、不味かった。
 ただひたすらに、不味かった。
 『いや、多分ベースは悪くないのだと思う。しかし、普通のお茶に上乗せされた部分が決定的にヤバイ。えぐみと渋みと不自然な甘さと・・・あとは何だ?』
 「どうだい?」
 「い、いや、これは・・・その・・・」
 「なかなかの自信作だよ。・・・うん、我ながら上出来」
 味について言及しようか悩む悠人の前で、ヨーティアはコクコクと喉を鳴らす。
 研究室に籠もっているせいか、その喉は白く、お茶を飲み干すために艶めかしく蠢いていた。
 「これは・・・こういう味、なのか?」
 「ああ、そうさ。どこか変なところでもあったかい?」
 「い、いや・・・」
 悠人は思わず目を逸らす。
 『味覚の差か、それとも俺の方だけ不味いのか・・・』
 心の中で疑問に思いつつも、問いただすことをためらう。
 「そう・・・残念だね。もっとわかりやすい味にすれば良かった」
 「・・・は?」
 「十分変な味にしたと思ったのに。あぁ、ユート、もしかして味音痴か?」
 「変なって事は、この味は・・・」
 「ああ、やはりわかっていたか。おかしいとは思ったんだ」
 からりと笑顔を浮かべるヨーティア。
 整ってはいるが、それだけに腹立たしさが増すのも確かだった。
 「・・・まぎらわしいことを」
 「怒るな、怒るな」
 ヨーティアはニヤニヤと笑った。
 「そんな所にまで気を回そうとするから、余計に疲れるんだぞ?」
 教え諭すような口調。
 ヨーティアはヨーティアなりに悠人を気遣ってくれたのだ。
 「ちなみに、味は悪いが疲れたときに一番効きそうなのを入れておいた。効果の程は、この天才のお墨付きさ」
 「へぇ・・・」
 『どこの世界でも、良薬は苦いものなのだろう』
 悠人は納得したように返事をする。
 「ところで、キチンと休んでるのか?顔色が悪すぎるぞ」
 「休んでる・・・つもりだけど」
 「つもり・・・か。私の見たところ、あまり休めていないようだけどね」
 「そうかな」
 『正直、焦りはあった・・・いつまで戦い続けるのか?佳織は無事でいるのか?』
 「・・・どうでもいい部分まで悩んでそうだね。それもユートらしさといえば、それまでなんだろうけど」
 言葉を切り、ジッと悠人を見る。
 『こちらの内心はかなりの部分までお見通しということか』
 「で、調子はどうなんだい?」
 「悪くない・・な。戦いにも慣れたし、戦果もそこそこ出てると思う」
 『そう、戦いには慣れた。剣術も体捌きも、この世界に来たばかりの頃とは比べものにならないだろう。でも、マナに還るスピリットは、もう見たくないな・・・』
 答えながら、悠人は苦悩する。
 『どんな理由があっても、命を奪うなど許されない。だけど、佳織を助けるためには・・・』
 「・・・なるほどね。コイツは重傷だ」
 「何がだ?」
 「カオリを思うあまり、自分を追い込みすぎてるってことさ」
 「!!!」
 「いちいち表情に出すな。反応に困るじゃないか」
 ヨーティアは肩を竦めた。
 「全くユートは・・・そんなことをずっと考えているようだから、余計に疲れて周りに心配をかける。トーゴを見習え」
 相変わらず、余裕の態度でくつろいでいるヨーティア。
 「闘護・・・を?」
 「アイツは賢いぞ。自分にできることとできないことを明確に分けてるから、迷うこともない。オマケに、本音をズバッと言うだろ?ストレスもたまらんだろうな」
 「・・・」
 「どうだい?もっと力を抜いてみないか?」
 「それは・・・」
 『言っていることは正しいけど、なんだか面白くない。それに、何だろう。少し甘い香りがして・・・誘われてるような・・・何だ・・・これ・・・』
 悠人の中で起こる若干の異変。
 だが、それに気付かず、ヨーティアは言葉を続ける。
 「私だって人間のバカさ加減は知ってるつもりだ。楽観的になれとは言わないが、少し気を抜くくらいは良いだろう?」
 「・・・」
 「そうだ。せっかく周りに女が多いんだ。気晴らしにデートにでも行ってみたらどうだ?」
 「デート、ね・・・」
 『佳織がどんな目に遭っているのか解らないのに、デートをして楽しく過ごすなんて、許されるわけがない・・・』
 渋い顔をしているのが解るはずなのに、ヨーティアは上機嫌に先を続ける。
 「私も含めて美人揃いだ。誘うにしろ誘われるにしろ、男冥利に尽きるだろう?」
 「・・・」
 「む・・・反抗的な沈黙だね」
 「いや、別にそういう訳じゃないけどさ。なんかイマイチそんな気分になれないって言うか・・・」
 「そうだね・・・案外、レスティーナ殿を誘うと面白いかも知れないね。アレもなかなかに鬱憤が溜まっていそうだから」
 「レスティーナが・・・?」
 『あんなに強く見えるのに、レスティーナでさえそうなのか・・・』
 「誰だって、そんなに強くはない・・・少なくとも心は。だから、あまり内側に抱えすぎるな」
 そっと、教え諭す言葉。
 母性を感じさせる力強さがあった。
 「少しは周りに吐き出せ。お前はこの世界で独りぼっちではないはずだぞ?」
 「・・・ヨーティア・・・俺は・・・」
 「確かにユートはこの世界の人間じゃない。それは事実だが・・・逆を言えば、たったそれだけのことでしかないんだ」
 「それだけのこと・・・?」
 「そっちの世界でもいろんな人間がいなかったかい?信頼に足る人間、足らない人間。良い奴、悪い奴。多分、そんなに変わったもんじゃないだろう?」
 「・・・ああ、そうだな」
 「そりゃ、同じ世界の人間って考えれば、孤独なのかもしれないさ。だけどね。お前を心配してる奴なら、何人もいるんだ。それだけは忘れないでくれよ」
 「・・・」
 ふと、悠人の脳裏にエスペリア達の顔が浮かぶ。
 彼女らは、確かにこの世界での家族だった。
 「私にとは言わないが、そういった奴らを少しくらい安心させても良いんじゃないのかい?」
 「・・・心配、かけてたか?」
 「なに、気にするな」
 ヨーティアは手を振った。
 『改めて、ヨーティアは大人だ。随分と気持ちが軽くなった気がする・・・』
 「それから、味方は多く作っとくんだよ。少数だから立場が弱いっていうなら、多数になってしまえば良いだけなんだから」
 「ヨーティア・・・」
 「お、私また良いことを言ったね」
 ヨーティアは嬉しそうに言った。
 「だけど、いくら格好良くても惚れるなよ。私は年上好みなんだ。そうだな・・・惚れるならエスペリアやアセリアにしておけ」
 ケラケラと、実に楽しそうに笑う。
 陰湿さの欠片のない表情に、悠人も笑みを誘われた。
 「ヨーティア、本当に有り難う」
 「いいって、いいって。大体私だって、自分の利益とぶつかるようなら、あっさりユートを見限るかも知れないぞ」
 「それは仕方ないだろ。俺だって、自分の都合で戦ってるんだし」
 「ああ、そういえばそうだったな。それより・・・身体は何ともないか?」
 「ん・・・なんともって・・・んっ・・・ん!?」
 ドクンッ!
 突然、悠人の心臓が大きく脈打った。
 次に視界が霞み、段々と頭がボンヤリとしてくる。
 「・・・ん・・・う・・・なんだ・・・?」
 目眩にも似た感覚。
 身体の奥から熱くなってくる。
 「・・・くっ」
 目の奥がチカチカと瞬き、カップを取り落としそうになる。
 「どうした?」
 「いや・・・なんでも、ない・・・」
 『身体が怠い。しかも疲れのせいではなく・・・』
 「そんなに苦しそうにしてさ・・・ほら、もう少し楽になりな」
 ヨーティアの手が、悠人の二の腕の辺りを撫でる。
 その瞬間、小さな快感が悠人の背中を駆け上がった。
 「な、なんだ・・・」
 「ふふ・・・どうした?」
 「うぁっ、ちょっ、ちょっと待った!!」
 「慌てた声を出すな。見苦しいぞ」
 「いや、そんなんじゃなくって・・・!」
 「ふぅ〜〜〜」
 「うぉうっっ!!」
 「たまには、我慢せずに甘えてみるのも良いさ」
 「なんだこれ・・・俺・・・俺、は・・」
 『何で、ヨーティアを抱きたいなんて・・・』
 「ほら・・・」
 ヨーティアは全て解っているように、悠人の手首を掴んで自らの肌へと導く。
 手の平の軽い汗ばみ、鼻腔をくすぐる微かに甘い体臭。
 それらが悠人の意識を少しずつ突き崩していく。
 「う・・く・・・」
 『おかしい・・・こんなの・・・』
 「そう・・・遠慮なんてしなくていいんだ・・・」
 耳元で囁かれる声は全てを許していた。
 予想以上に豊かな膨らみを揉みしだく。
 「んふ・・・ん、ん・・・」

 「ふ・・・慣れてないな。女を抱くのは初めてか?」

 「それは・・・」

 「いや、答えなくても良いさ。そんなのはあまり重要な事じゃない」

 『ヨーティアって、こんなに綺麗だったっけ・・・?』

 「うぅ・・・あ、ああ・・・」

 「ほぅ・・・鍛えているだけはあるね。良い身体をしている」

 「ヨーティア・・・」

 「ふふ・・・慌てなくても逃げはしないぞ・・・まぁ、仕方ないか。少し薬が強すぎたかも知れないな」

 「クス、リ・・・?」

 「俗に言う媚薬という奴だ。使うのは初めてだが、今のお前を見る限り、効き目はなかなかのようだな」

 「・・・(ゴクリ)」

 「あまり緊張するな。女の裸が怖いっていう訳じゃないんだろう?それに・・・薬を盛った私に復讐してみるのもいいかも知れないぞ?」

 「ヨ・・・ティア・・・」

 「ああ・・・来い。私が受け止めてやるから」

 「んふっ・・・ん、ん、ん・・・そうだ、なかなか上手いぞ・・・ふぅっ、ん・・・」

 「悪い・・・俺、我慢できない・・くぅっ!!」

 「我慢できるものじゃない。たっぷり明日の朝までは治まらないはずさ」

 「そんな強いクスリを・・・?」

 「半端なのじゃ面白くないからねぇ・・・」

 「・・・くぅっ!!」

 「んっふ・・・こら、そんなに慌てるな・・・はぁ、わ、私は逃げないから・・・ぁうっ、ん、んふ」

 「はぁ、ぁ・・んっ、いいぞ・・・上手いじゃないか」

 「はむっ・・・んっ、くちゅっ!」

 「こうして見ると・・・ふふ、なんだか可愛いな。はぁうっ!んっ、ひゃぁぁっ・・・私もか段々感じて・・・あぁぁぁんっ」

 「ヨーティアも、感じて・・・」

 「当然だ・・・んくっ、こんな事をしていれば・・・ぁ、だ、誰だって・・・くふ、ん、んっ・・・私まで媚薬を飲んでいたら、間違いなく朝まで続けてるぞ」

 「はぁっ、はぁっ・・・俺、もう中に・・・」

 「ああ・・・ん?」

 「・・・え?」
 「あー、ユート。悪いが、今日はここまでだ」
 ヨーティアは立ち上がった。
 「このアイデアはいける!うまくいけば、戦況が一変するぞ」
 「え・・・え・・・!?」
 『突然何を思いついちゃったんだんだよ、この人!?』
 慌てる悠人。
 「さぁ、研究に入るから、さっさと出ていってくれ」
 「お、おい・・・俺はどうなるんだ?さっき、朝まで治まらないって・・・」
 ヨーティアは明るい顔を悠人に向ける。
 笑みの色が濃いほど、悠人の不安は増した。
 「悪いね。私は自分の利益を優先させるんだ」
 「・・・」
 『これは・・・自分で処理しろって事なのか?』
 力ずく、などという事が出来るはずもなく、悠人はすごすごと自分の部屋に帰るのだった。
 『・・・出来るだけ、エスペリア達に見つからないように・・』


─聖ヨト暦332年 ホーコの月 黒 五つの日 昼
 謁見の間

 マロリガンとの戦いが激化し、悠人はラキオスと前線を行き来する日々が続いていた。
 こういう事が出来るのもエーテルジャンプのお陰である。
 そして、帝国の使者が王国を訪れたことを知ったのは、前線から戻ってからのことだった。

 王城内の雰囲気から、それが明るい話題でないことはすぐに解った。
 「・・・」
 側にいる闘護も渋い表情を浮かべている。
 「帝国の連中はなんて言ってたんだ?」
 「デオドガンに設置されたマナ障壁は、帝国に対しても脅威を与えている。その為マロリガンに対して宣戦を布告する、と」
 レスティーナは、険しい顔で答えた。
 「帝国の参戦?それは確かに厳しいな・・・」
 『正直に言って今の状況ですら芳しくないのに、それに加えて物量でもここの戦力でも強大な帝国が混ざるとなると・・・三つどもえの戦いになったり、つまらないイチャモンをつけてきそうで嫌だなぁ・・・』
 悠人は考え込む。
 「作戦行動を妨害しない限り、我が国に対して危害を与えるつもりはない、と言っています」
 「なっ!そんな一方的な話があるかよ!」
 レスティーナの言葉に悠人は興奮する。
 「あいつらは好き勝手に、違う国に入ってくるくせに」
 「そんな国だろ。帝国というのは」
 闘護が吐き捨てるように呟いた。
 「だ、だけど・・・」
 『イースペリアの時、それにこの前のウルカの時も多分そうだ。この世界の争いに、帝国が絡んでないことはないんだ!!』
 感情的になる悠人とは対照的に、レスティーナは冷静にしている。
 「今後、砂漠で帝国兵との遭遇もあり得るでしょう。帝国は自国のスピリット隊に近づくものは全て敵と見なす、と言っています。接触はなりません。必ず交戦になります」
 レスティーナはフゥと息をついた。
 「・・・今、ラキオスはマロリガンと戦争をしているのです。無用の戦闘は出来るだけ避けて下さい」
 あくまで事務的に言う。
 そのお陰で、悠人は少しだけ平常心を取り戻すことが出来た。
 「・・・わかった。でも、接触したときはどうする?ただでさえマナが薄い場所だ。神剣の気配があれば、お互いすぐに解るぜ」
 「・・・もし向こうから近づいてくる場合は、叩かれる前に」
 「わかった・・・それしかないだろうな」
 レスティーナは悠人の答えに頷く。
 「帝国のスピリットはおそらく世界最強だ・・・気をつけろ」
 闘護が心配そうに言った。
 「ああ」
 『生き残らなければならない。そうしないと、佳織を助けるどころではなくなってしまう。俺は、佳織を助けなきゃいけないんだ・・・!!』
 返事をしつつ、悠人は心の中で強く誓った。


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 スリスリ・・・
 「えへへ・・・」
 胸の中でじゃれるハクゥテを、オルファリルは嬉しそうに抱きしめる。
 「いいなぁ・・・」
 側で見ていたネリーが羨ましそうにハクゥテを見つめる。
 「ネリーもエヒグゥを飼ってみたいなぁ・・・」
 「トーゴに頼んでみたら?」
 「うーん・・・」
 ネリーは難しい表情を浮かべた。
 「オルファがお願いした時も、いいって言ったよ」
 「そっかぁ・・・うん、頼んでみる!!」
 ネリーは嬉しそうに頷いた。


─同日、夜
 第二詰め所、食堂

 ガチャリ
 「トーゴ様!」
 ドアが勢いよく開き、ネリーとシアーが入ってきた。
 「どうした!?」
 台所から闘護の声が帰ってくる。
 「ネリー、お腹すいたよぉ」
 情けない声でネリーが返す。
 ガチャッ
 「あ・・ヘリオン」
 「あれ?夕食は・・・」
 次に入ってきたヘリオンは、まだ何も置いていないテーブルを見て首を傾げる。
 カチャ・・
 「ご飯は・・・?」
 続いて入ってきたニムントールが入り口で立ち止まっている三人に尋ねる。
 「悪い。もう少しだからそこで待っててくれ!」
 台所から顔を出した闘護が申し訳なさそうに手を合わせた。
 「はーい」
 「はい・・・」
 「わかりました」
 「ふぅ・・・」
 四人はそれぞれの椅子に座る。
 「あ、そうだ。トーゴ様!!」
 ネリーが台所の方を向いた。
 「何だい?」
 闘護が台所から返事を返す。
 「ここでエヒグゥを飼ってもいいかな?」
 「駄目だ」
 間髪入れず答える闘護。
 「えぇ〜、どうして駄目なの?」
 不満そうにネリーが尋ねた。
 「誰が世話をするんだ?」
 台所から料理の乗った皿を持って闘護が出てくる。
 「もっちろん、ネリーとシアーがするよ」
 「え、えぇ?シアーも・・・?」
 ネリーの言葉にシアーが驚く。
 「駄目」
 皿を置いて、闘護は首を振った。
 「何で駄目なの?オルファはハクゥテを育ててるのに・・・」
 「・・・」
 『オルファのケースは正直、ナナルゥやヒミカ達と同じように、テストと考えている。うまくいけばいいが、そうでないなら・・・ネリー達の心に大きな傷を負わせかねない』
 闘護は難しい表情でネリーを見つめる。
 「ねぇねぇ、トーゴ様」
 「エヒグゥを飼うのはそんな簡単な事じゃないんだ」
 闘護は諭すような口調で語りかける。
 「ご飯やはいせ・・・」
 『って、食事の前に話す言葉じゃない』
 言いかけて闘護は首を振った。
 「?」
 「ゴホン・・・ご飯やしつけ、それに悪いことをしたら叱ったりしなければならない。これは悠人から聞いた話だがね・・・」
 闘護は意地悪そうに笑った。
 「ハクゥテは随分とやんちゃらしい。エスペリアの育てていた香草を食べ散らかしたり、部屋を荒らしたりね」
 「うわぁ・・・」
 「す、すごいですね・・・」
 シアーとヘリオンが目を丸くする。
 「で・・・悠人が見かねてオルファにハクゥテの面倒をちゃんと見るように言ったそうだ。そうなると・・・どうなると思う?」
 「へ?ど、どうなるって・・・」
 突然の問いかけにネリーはしどろもどろになる。
 「答えは・・・詰め所に戻ったらハクゥテの世話で殆ど自分の時間を取れないそうだ」
 「・・・どういうこと?」
 ニムントールが尋ねた。
 「君達はずっと任務に就いてる訳じゃない。当たり前だが休みがあるだろ。その時、その休みを自由に使う。例えば・・・」
 闘護はヘリオンを見た。
 「ヘリオン。君は、休みの時に料理の勉強をしているだろ?」
 「は、はい」
 「こんな風に、好きなことに使える訳だ。オルファはその時間をハクゥテの世話にあててるんだが・・・」
 闘護は再びネリーに視線を戻す。
 「動物の世話をするというのはそんな簡単な事じゃない。さっき言った通り、ちゃんとしつけないと周りに迷惑をかける。しかも、自分の都合で勝手にサボることはできない」
 「・・・なんか、面倒くさい」
 「そういうことだ」
 ニムントールの呟きに、闘護は頷いた。
 「ネリー。もしも君がエヒグゥの世話をするとしたら・・・少なくとも、街で遊ぶなんて暇はないと思った方がいい」
 「えぇ〜!?」
 驚いた声を上げるネリー。
 「イヤなのか?」
 「だ、だって・・・」
 「遊ぶ時間がなくなるから、か?」
 「・・・」
 闘護の問いに、ネリーは黙って頷く。
 「だったら、無理だな」
 闘護は首を振ると、真面目な表情で全員を見回した。
 「生き物の世話をするというのは、そんな簡単な事じゃないんだ」


─聖ヨト暦332年 エクの月 青 二つの日 昼
 哨戒任務の森にて・・・

 戦争が膠着状態になっていることもあり、悠人達は暫くの間、前線から外されることになった。

 『相手が今日子達じゃないってだけで、随分と余裕ができる・・・久しぶりに考える時間が出来たな』
 悠人はゆっくりと思考の海に沈もうとした。
 スリスリ・・・
 「ん?なんだ?」
 悠人の足下に、何かがすり寄ってくる。
 「動物?ってハクゥテじゃないか!?何でこんな所にいるんだ」
 持ち上げてみると、動物はオルファリルの飼いエヒグゥのハクゥテだった。
 悠人にも懐いている為、頬を小さな舌で一舐めする。
 「オッ、オルファ〜〜ッ!!ちょっと来なさい!!」
 少し離れた場所でキャンプの準備をしていたオルファリルを呼びつける。
 声に気がついたオルファリルは火をおこす準備を止め、辺りを見回す。
 ハクゥテが居ないことに気がついたのか、とてもマズイという顔でトボトボと近寄ってくる。
 「・・・」
 悠人の腕の中にいるハクゥテを見て俯く。
 叱られることが解っているのか、悠人と目を合わせようとしない。
 「俺が何を言いたいか解ってるよな?」
 「・・・うん」
 「どうして、ハクゥテを連れてきたんだ?」
 「だって・・・ハクゥテが寂しがるんだもん・・・オルファから・・・離れてくれないんだもん」
 「ここは戦場なんだぞ!前にも言ったよな?オルファの行動で、みんなが危険になるんだ。ハクゥテだって死んじゃうかも知れないんだぞ。オルファはそれでもいいのか?」
 「・・・・ゃ・・だぁ・・!!」
 目に涙を浮かべ、ブンブンと首を振るオルファリル。
 オルファリルがとてもハクゥテを大事にしていることを悠人は知っている。
 『それだけに一瞬も離れたくないんだろう・・・仕方ない・・・』
 「・・・ここに連れて来ちゃったんだから、もうしょうがない。オルファ、自分でちゃんと守ってやるんだぞ?」
 悠人は腕の中でモゾモゾと動くハクゥテをオルファリルに返す。
 「うん、パパ・・・ちゃんとオルファが守るよ」
 「よし、解った。でも責任持って守るんだぞ。いいな?」
 強い口調で言う。
 「うん!」
 目に涙は溜めながらも、しっかりと頷くオルファリル。
 『・・・いい娘だ。本当に』
 キィーン!!
 「!?」
 【求め】から敵の接近を示す警告が、悠人の頭の中に鳴り響く。
 『敵が近い!!』
 「敵が来た!行くぞ、オルファ!!」
 「あ、う、うん!」
 慌ててオルファリルはハクゥテを地面に降ろす。
 「一応繋いでおいた方がいいぞ!後で迎えに来てやれ!」
 「う、うん!わかった!!」
 悠人の言葉に反応して、紐を付けて木の後ろ側に隠すオルファリル。
 「先に行くぞ!!」


─同日、昼
 戦いが終わり・・・

 ブスブスと辺りが焦げる匂いが充満する戦場。
 「みんな、警戒を怠るな。まだ敵の気配はなくなってないぞ。身体を癒して、次の戦いに備えるんだ」
 悠人は他のスピリット達に指示をする。
 戦いに慣れてきたとはいえ、互いの力が近い為、勝ったとしても損害は大きい。
 悠人自身も流石に疲労がたまってきていた。
 「そうだ。オルファ!オルファ〜〜ッ!!」
 悠人はオルファリルを探す。
 『神剣の気配はある・・・そういえば、ハクゥテをキャンプの場所に残してきたんだっけか。迎えに行ったのか?』
 そう考えた悠人は眉をひそめる。
 『何となく胸騒ぎがする・・・』
 悠人は、キャンプの場所へ急いだ。


 さっきの戦場はキャンプから少し離れていた。
 随分と移動しながら戦ったのだ。
 しかし、この辺りにも戦いの跡がある。
 何本もの木が焼け倒れ、地面が抉れていた。
 『ここまでも魔法が飛び火したのだろうか・・・』
 改めて悠人は、永遠神剣の力の恐ろしさを感じた。
 「おーーーい。オルファ、勝手に離れちゃ駄目だぞ。この場所は敵に一度見つかってるんだから」
 キャンプの場所にたどり着くと、オルファリルが座り込んでいた。
 『またハクゥテと遊んでいるのだろうか?』
 「おい、オルファ。ここは危険だから、早く・・・」
 オルファリルは悠人の言葉に反応せずに、ずっと俯き続けている。
 よく見ると小さく肩を振るわせている。
 『まさか・・・!』
 力無く立ち上がるオルファリル。
 胸には眠るように目を閉じている、ハクゥテの姿があった。
 「・・・パパ。おかしいの・・・ハクゥテが・・・」
 震える声。
 いつものオルファリルからは信じられないほど弱々しい。
 「・・・動かないの・・・パパ・・それに、暖かくなくなってるの・・・どうして?」
 「・・・」
 夕焼けに染まる辺りを見ると、木々が焼けただれ、地面は焦げていた。
 更に周辺のマナは消失し、空虚な場所になっている。
 生き物の気配は感じられなかった。
 おそらくは燃える木々の熱か、ガスにやられたのだろう。
 ・・・ハクゥテはもう動くことはない。
 「どうして?オルファ・・・オルファは殺してないよ?何で、ハクゥテ・・・動かなくなっちゃったの?」
 オルファリルの瞳から涙が流れる。
 現実を受け止めることが出来ない・・・そんな顔だった。
 「ハクゥテ・・・ひぐ・・っ・・どうして?まだ・・えぐ・・・カオリに、見せてない・・のにぃ・・・」
 亡骸を抱きしめて嗚咽する。
 『俺がもっとしっかりしていればよかったんだ・・・』
 悠人の胸中に、激しい後悔が押し寄せる。
 『オルファにもっと釘を刺しておけば、そもそもあの時にハクゥテのことを許可しなければ・・・』
 既に、どうにもならないことだけが、頭に浮かんでは消える。
 オルファリルはボロボロと大粒の涙をこぼす。
 「あ・・・えっ・・あぅ・・・ハクゥ・・テェ」
 声にならない声で泣く。
 痛ましいその姿・・・悠人は見ていられなかった。
 『・・・駄目だ!俺は・・・オルファの責任を取らなくちゃいけないんだ!』
 しかし、悠人は拳を握りしめてオルファリルを見つめる。
 「・・ねぇ・・・パパ・・・どうして、動かなくなっちゃたの?どうして?ハクゥテは・・・スピリットじゃない、のに・・うっ、く・・戦ってない、のに・・・動かなくなっちゃった・・・の?」
 涙を堪えながら、オルファリルは声を絞り出していく。
 一言ずつが悠人の胸に刺さる。
 「いいか、オルファ・・・」
 悠人は真っ直ぐ、オルファリルの潤む瞳を見つめた。
 「オルファもハクゥテも、それに敵達も同じ命なんだ。レスティーナも、エスペリアも、アセリアも、みんな同じ命なんだ。何の違いもない」
 「ひぐっ・・そんなこと・・・ないもん・・・違うん・・だ、もん・・っふ・ぅく・・・スピリットは・・・オルファ達は・・死んでもいいけど・・・ほかは、ダメなんだもん!!」
 止まらない涙。
 一滴また一滴と、ハクゥテの動かなくなった体に落ちていく。
 「だから・・・ハクゥテは死んじゃダメなんだもん・・・」
 裏返る声。
 そっとオルファリルを抱き寄せる。
 腰より高い程度しかない身長。
 『何故、この世界はこんな少女にまで、殺しを強いるのだろう?』
 疑問に思いながらも、悠人はオルファリルに尤も残酷な言葉を伝えなくてはならない。
 『それが俺の責任だ・・・』
 「・・・いいか、オルファ。よく聞いてくれ」
 悠人は一瞬瞳を閉じると、ゆっくりと開いてオルファリルを見つめた。
 「ハクゥテが死んだのは、オルファのせいだ」
 「・・・っ!」
 ビクリと震わせ、悠人の腕の中で身体が強ばるのを感じる。
 オルファリルは信じられない、という表情で悠人を見た。
 『俺をパパ、パパと慕ってくれたオルファにこんな目で見られることが・・・こんなに辛いなんて・・・』
 悠人は体温が下がったような気がした。
 『でも、俺はオルファに言わなければならないんだ・・・』
 「オルファがここに連れてこなければ、ハクゥテは死ぬことはなかったんだ。俺達がやっているのは戦争なんだよ。命の奪い合いをしている場所に立っているんだ」
 「・・・えっく・・・だって!・・・だって・・ハクゥテが・・・」
 「いいか、オルファ。よく聞いてくれ・・・俺達は永遠神剣を持っている。俺もオルファも、簡単に命を消すことが出来る力を持っているんだ。その気になれば、この森に住む全部の動物を、一日で皆殺しにすることだって出来る・・・そうだろう?」
 「・・・ひっく・・う、うん・・・」
 「俺達は強すぎるんだよ・・・だからこそ、戦うことをもっと考えなくちゃいけないんだ」
 『この言葉が当てはまるのは、オルファリルだけじゃない。俺自身も同じなんだ』
 心の中で呟く悠人。
 「え・・うぐ・・・かんがえ・・るっ・・・て?」
 「どうして戦うのか・・・本当に、命を奪っていいのか・・・」
 「・・・そんなの・・・わかんないよ・・・」
 「うん・・・俺も、解らない」
 悠人はオルファリルをそっと放すと、いつかのエスペリアのようにしゃがみ込み、目線を同じくした。
 「俺は佳織の為に戦っている。その為に、勝手に敵を殺して、命を次々と奪っている。許される事じゃないのかも知れない・・・」
 「ゆる、す?・・・誰が・・許してくれるの?ハクゥテのことも・・・ハクゥテに許してもらえるの?」
 何かを期待するような瞳。
 どうやったら償えるのか、オルファリルはその方法を求めていた。
 「ここじゃ・・・誰も、許してくれないんだ。誰も・・・責めてくれないんだよ、オルファ・・・だから、自分でずっと背負い続けないといけないんだと思う」
 『俺にも沢山の殺しの罪がある。誰からも断罪されない。ハクゥテの死も、俺の罪の一つなんだ。俺はハクゥテの命を利用して、言葉をオルファリルに伝えているのだから・・・』
 苦い思いを極力表に出さないように悠人は言葉を続ける。
 「じゃあ、じゃあ・・・ハクゥテはもう・・・オルファのこと、許してくれないの?」
 「ああ・・・もう、ハクゥテはいないんだ。だから許してもらうことは出来ない」
 悠人はゆっくりとオルファリルを見つめた。
 「だから考えるんだ。どうしたらハクゥテが許してくれたか、どうすればハクゥテが死なないで住んだのか・・・それを忘れないで考えなきゃいけないんだ・・・だから、俺と一緒に考え続けよう。それしか俺達には出来ないから」
 「もうハクゥテは帰ってこないの?許してくれないの?」
 「っ・・!」
 驚くほどの悲しい瞳。
 悠人は一瞬だが、言葉に詰まった。
 しかし、現実は伝えなければならない。
 『オルファに嘘をついてやることは、俺には出来ない・・・』
 「そうだ、オルファ。悲しいけど・・・それが命なんだ。失った命は・・・無くなった命は、もう絶対に帰ってこないんだよ・・・」
 力一杯オルファリルを抱きしめてやる。
 それは、悠人からの我慢しなくていい、という合図だった。
 「うっ・・・うっ・・・パパッ・・パパッ!!」
 オルファリルの身体が震え出す。
 「ごめんね、オルファのせいで・・・オルファのせいでぇぇ!!うわぁぁ〜〜〜〜〜んっ!!ぅあ〜〜〜っ!!本当にごめんなさい!!ハクゥテェェェ!!ごめんね!ごめんなさいっっっ!!!」
 今まで我慢していた感情を、全て爆発させる。
 大粒の涙が止まることなく流れ続けた。
 ハクゥテの亡骸は、金色のマナに変わることなく、オルファリルの腕の中にいつまでも在り続けた。


─同日、夜
 闘護の部屋

 「・・・そうか。ハクゥテが・・・」
 悠人の話を聞いた闘護は小さくため息をついた。
 「で、オルファは?」
 「泣き疲れて眠ったよ・・・」
 「・・・」
 「・・・なぁ、闘護」
 「ん?」
 「俺は・・・隊長失格だな」
 「・・・」
 「もっと、オルファに厳しく言っていれば・・・ハクゥテを戦場に連れてくることはなかったんだ・・・」
 「今更、“たられば”を言っても無駄だ」
 闘護は首を振った。
 「闘護・・・」
 「確かに、このケースは最悪だな」
 「・・・」
 「オルファは、大切なものを失う悲しみと、大切なものを殺してしまった哀しみ・・・両方を、同時に経験してしまった。ダメージは計り知れない・・・」
 「・・・俺はどうすればいい?」
 「・・・どうすればいいと思う?」
 質問した悠人に、逆に質問し返す闘護。
 「・・・オルファを慰めるつもりだ。だけど、簡単に慰められる事じゃない・・・」
 悠人の回答に、闘護は頷く。
 「それでも、そうするしかないだろうな」
 「・・・」
 「いつかは経験すると思っていた。ただ、オルファは両方を同時に経験してしまった・・・心の傷は深いだろう」
 闘護は悠人を見つめる。
 「一朝一夕でどうにかなることじゃない・・・だけど、それでも慰め続けるしかない。立ち直らせなければならない。それは悠人・・・お前の義務だ」
 「わかってる」
 「俺も手伝うよ。しばらくは辛い時期が続くだろうが・・・」
 「ああ。だけど俺は信じてるよ」
 悠人は拳を握りしめた。
 「オルファは必ず立ち直ってくれる・・・オルファは強い娘なんだ」


─聖ヨト暦332年 エクの月 青 三つの日 昼
 ラキオス城下町

 次の日・・・
 悠人は、城下町を歩いていた。
 先日のオルファリルの一件で沈んでいた気持ちを振り払いたかったし、それに悠人も彼女の言葉を少し信じてみたくなっていた。
 今の状況に一つ問題があるとすれば、それは簡単すぎる、ということかもしれない。

 「なんというか、本当にそろそろ奇遇じゃすまない気がする」
 「ふふ〜ん、運命、運命♪」
 傍らで屈託なく笑うレムリア。
 『この無邪気さというものの知らなさは、やはり特殊なのではないだろうか』
 「運命、か」
 いつものように街に出て、いつものように偶然出逢う。
 この世界に来たところから考えるなら、確かに運命と呼ぶしかないだろう。
 「運命なのはいいとして、これからどうしよっか?」
 「そうだなぁ・・・」
 「せっかくのデートだもん。楽しいところがいいなぁ・・・」
 「とりあえず、ワッフルでも食べながら決めるか」
 「だ〜いさ〜んせ〜い♪ヨフアルだけどっ」
 連れだって、馴染みになってしまった店へと足を向ける。
 悠人とレムリアがこうして一緒に過ごすきっかけとなった場所でもある。
 『まぁ、記念と言えなくもないし・・・』
 「それにしても、ユート君も甘いものが好きになったよね〜」
 「誰かさんが甘いものしか許さなかったせいなんだけどな」
 「私、知らないもん〜♪」
 自然に腕が絡められた。
 自分がエトランジェで、この世界では異質な者で、命のやりとりをしている。
 束の間、悠人はそれら全てを忘れた。
 「慌てて転ぶなよ〜」
 「良いよ。腕組んでるんだから、転ぶ時はユート君も巻き込んじゃうもん♪」
 ギュッ
 腕に力がこもり、レムリアの控えめな胸が悠人の肘に当たる。
 『・・・役得!』
 「まぁ、レムリア一人くらいなら支えきれるかな」
 「おお〜。ユート君、格好良い〜」
 悠人が言うと、テンションの高いレムリアが喝采を送ってくる。
 「はぁ、いいなぁ・・・」
 「ん、なにが?」
 「こうやってのんびり過ごすのが、さ。俺の立場上、いつもというわけにはいかないのが残念だよ」
 「ユート君・・・」
 レムリアの表情が曇る。
 悠人は場を暗くしてしまったことに気付いた。
 「レムリアが気にする事じゃないさ」
 「そう・・・だね」
 わざとなんでもないように言ったが、レムリアの表情は更に曇ってしまった。
 「レムリア、俺はな・・・」
 ドォォンッッ!!
 「きゃっ・・!」
 慰めの言葉を続けようとした瞬間、轟音で全ての音がかき消された。
 「くっ、なんだ・・・っ!?」
 ドンッ、ドォォォンッッ!!
 続けざまに数度の爆発。
 あまりに巨大な力に地面が揺れた。
 「ゆ、ユート君、これって・・・」
 「ああ。敵だ」
 舌打ちをする。
 周囲は既にパニックの兆候が現れていた。
 「まずいな・・・これじゃ敵の思うつぼだ」
 「ど、どうしよう・・・」
 「落ち着け!みんな、落ち着いてくれ!!」
 悠人は大声で呼びかけるが、耳を貸す者は少ない。
 一言で混乱を収めるには、あまりにも人が多すぎた。
 「くっ・・・どうする・・・このままじゃ・・・」
 「ユート君・・・キャッ!」
 人の波に押され、レムリアがよろける。
 悠人は慌てて抱きとめ、守るように支えた。
 しかし、殆どの人が我先に逃げ出す状況では、こうして立ち止まっているのも危険だった。
 「話を・・・落ち着いて話を聞いてくれ!!」
 「お願い、みんな落ち着いて!!」
 「くそっ!なんだってこんな時に!!」
 『警戒して当然だったんだ!!今のラキオスは急激に国土を広げている途上であり、勢いはあっても内部には脆さがある・・・闘護も言ってたのに!!』
 悠人は歯ぎしりする。
 「ユート君、先に行って!多分、スピリットも侵入しているはずだよ」
 「だけどこのままだとやばいぞ。ここの連中が暴徒にでもなったら取り返しがつかなくなる!」
 「帝国の目的は、ラキオス全体に不安をバラ撒くことだよ。不安は簡単に疑いを呼んじゃうから・・・」
 その言葉はおそらく正しい。
 今、王都には占領した地域などからも、多くの人が来ている。
 そして、そういった者大半は、ラキオスという国をまだ殆ど知らないのだ。
 理想を掲げ、理解によって結びつく国。
 そんなラキオスにとって、今何よりも恐ろしいのは不信。
 僅かな疑念から、何もかもが崩壊しかねないのだった。
 「どうする・・・どうする・・・」
 レムリアの肩を抱いている悠人の手に思わず力が入ってしまう。
 キンッ!
 剣が悠人に警告を発する。
 スピリットが一体、こちらに向かってきていた。
 「っ!来るぞ!!」
 「えっ!?」
 「わかるんだ。こっちに向かって、敵のスピリットが来る・・・城にいるみんなは間に合わない。どうにかしてここを収めないと・・・」
 こうしている間にも、敵スピリット達の憎悪が剣を通して伝わってくる。
 『何故だ、何故そんなに憎む?何でスピリットが、こんなに直接的な感情を・・・』
 「早くみんなを避難させてあげないと!!」
 「・・・」
 『どうする?剣で脅してでも言うことを聞かせるか?いや・・・ダメだ!この人数相手だと、より大きなパニックになるかもしれない』
 「考えろ・・・・考えるんだ」
 「・・・ユート君」
 レムリアの紡ぐ、決意の籠もった声。
 いくつもの修羅場を潜ったはずの悠人が、思わず気圧された。
 ただ小さな肩は頼りなさげに震えていた。
 「出逢ってから今日まで楽しかったよ。本当に夢のような日々だった・・・飾らない自分でいることも出来たしね」
 「レムリア・・・?何言ってるんだよ。早く逃げないと」
 「ううん。私は逃げちゃダメなんだよ。私だけは・・・」
 シュル
 レムリアは頭のリボンに手をかける。
 ゆっくりと引き抜くと、長い髪が広がっていく。
 そこには─
 「・・・え?」
 「・・・逃げちゃだめなの」
 「!!!レスティーナ・・・!?」
 目の前の少女の変貌に、悠人は愕然とする。
 「ユート君、ごめんね。私・・・嘘つきなんだ。ごめん・・・本当に、ごめんね」
 「そんな・・・そんなことって・・・」
 『だけど・・・デジャヴ、感覚のズレ、それから時折フッと遠くに行ってしまいそうに見えたことが・・・理解できる・・・できてしまう・・・』
 納得していく悠人。
 「あははは・・・すぐばれるかなって思ってたんだけど、ユート君って鈍いから。でも、他のみんなだって同じだよね・・・ううん。トーゴ君は解ってくれたけどさ・・・。私、ただ髪形変えただけだったのに」
 「闘護、が・・・」
 「だけど・・・たったそれだけで別人になれてたなんて、本当に夢みたいだよ。結局、本当の私なんて誰も知らないから・・・私自身も含めて、ね。あはは・・・」
 自嘲に満ちた哀しい笑み。
 それが、普段は絶対に見ることのないレスティーナ女王の笑顔だった。
 『確かに俺はレムリアが殿下だと気付かなかった。だけど、それは髪形のせいなんかじゃない。女王としての表情とあまりにもかけ離れていたからだ・・・』
 「どっちが・・・本当なんだよ・・・?」
 「わからないよ。もう、どっちが本当の私なのか・・・でも今は!!」
 レムリアはキッと振り返る。
 鉄の意志に彩られた双眸。
 一瞬のうちに、玉座の前で悠人達に命を下す時と同じ、女王の顔になっていた。
 「静まれ!!」
 混乱の中、レムリアの澄んだ声が高く響く。
 「皆、静まるのです!!」
 重ねてもう一度。
 流石にざわめきが一気に集束することはない。
 それでも、人々のうち何人かはレムリアの存在に気付いたようだった。
 「陛下だ・・・」
 「陛下がいらっしゃる・・・」
 混乱の最中、レムリアの言葉が波紋のように広がっていく。
 それほどに力のある言葉だった。
 服装が違っていても、今目の前にいるのは女王レスティーナ以外の何者でもない。
 「陛下がどうしてこんな所に・・・?」
 「そのようなことはどうでもよい。それよりも重要なことがあります」
 レスティーナは自分の声に耳を傾ける人々を見回した。
 「迷わず、指示に従いなさい」
 「ですが・・・」
 「お聞きなさい。この混乱こそが帝国の狙いです」
 ゆっくりと教え諭す。
 混乱は潮が引くように消え、代わりに理解の色が浮かんだ。
 『凄い。これがレムリアの・・・いや、レスティーナ女王の力なんだ』
 「エトランジェ・ユート!!」
 「・・・はっ!!」
 普段と違う呼ばれ方に、悠人は一瞬だけ反応が遅れた。
 慌てて片膝をつき、命令を待つ体勢を取る。
 「エトランジェだって・・・」
 「それなら、スピリットが攻めてきても・・・」
 周囲の者が、ホッとしたように口々に呟くのが聞こえる。
 『成る程、レスティーナがエトランジェを強調したのはこのためか・・・』
 心の中で真意を理解する悠人。
 「侵入した敵スピリットを探索、速やかに排除しなさい」
 「はっ、仰せのままに」
 「敵の来た方向がわかる者はいますか」
 レスティーナの声に答え、数人の市民が進み出る。
 「よろしい。皆は彼らに従って避難するように。私は一旦城へ戻ります。後のことは頼みました」
 ぐるりと一瞥。
 誰も口を開かないのを見て、レスティーナは歩き始める。
 「もっと、レムリアでいたかったな」
 悠人一人にだけ聞こえるように、そんな言葉を残して。
 「く・・・」
 悠人は腰の剣を強く握る。
 『騙されたとは思わない・・・』
 だが、それでもショックは小さくない。
 『だけど、今は・・・っ!!守らないといけないんだ!レムリアが助けようとしている人々を!!』
 悠人は顔を上げた。
 その瞳には強い意志が宿っていた。
 『それが俺の務めなんだ!!』
 悠人は感じるまま、敵を求めて走り出した。


─同日、夕方
 悠人の部屋

 「今日はご苦労だったな」
 報告書を持ってきた闘護は悠人に労いの言葉をかけた。
 「・・・」
 「どうした、悠人」
 「・・・なぁ、闘護」
 俯いていた悠人は、顔を上げた。
 「ん?」
 「お前、知ってたのか?」
 「何を?」
 「レムリアがレスティーナだったことだ・・・」
 「!」
 悠人の言葉に、闘護は一瞬目を丸くし、次いで肩を竦めた。
 「知ったのか・・・」
 「・・・じゃあ」
 「ああ、知ってるよ」
 「いつから・・・知ってたんだ?」
 「さて・・・一年近く前から、かな」
 「一年!?」
 悠人は素っ頓狂な声を上げた。
 「どうして俺に教えなかったんだ!?」
 「どうしてお前に教えなくてはならない?」
 質問に対し、質問で返す。
 「どうしてって・・・」
 「レムリアの正体がレスティーナ。そんなことを知ってどうする?」
 「どうするって・・・」
 「レムリアにあったらレスティーナに接する態度と同じ態度で話すのか?」
 「・・・」
 「どうでもいいじゃないか、そんなこと」
 闘護は馬鹿馬鹿しそうに肩を竦めた。
 「どうでもいいって・・・」
 「レムリアだろうがレスティーナだろうが、一人の女の子であることに代わりはない。違うか?」
 「ち、違うだろ!?」
 慌てて悠人は否定する。
 「何が?」
 しかし闘護は首を傾げる。
 「レスティーナは女王だぞ!レムリアは・・・レムリアは普通の女の子だって・・・」
 「だから、そういう風にしか見ないのが問題じゃないのか?」
 「え・・・?」
 闘護の返答に、悠人は言葉を失った。
 「誰しも、レスティーナを女王としか見ていない。彼女個人を見ようとしない・・・いや、彼女個人など存在しないと思っている」
 闘護の口調には、微妙な苛立ちがあった。
 「だがな・・・彼女にも個人というものがある。女王としての立場によるストレス、自分を出せない苛立ち・・・そういうのを忘れたい為に、彼女はレムリアになっていた」
 「・・・」
 「俺はそういうのは好きじゃない・・・と、いうかね」
 闘護はニヤリと笑った。
 「俺は人の本質を見る。だから、彼女の内面がどういうものか・・・早い時期から興味があった。そしていろんな事があって・・・彼女がレムリアであることを知った」
 「・・・」
 「悠人。お前は、本質を見ることなく、ただ彼女の上っ面・・・女王としての側面しか見てこなかったのか?」
 「そ、それは・・・」
 「だとしたら、俺を責める資格はないね」
 闘護はそう言って悠人に背を向けた。
 「お前が彼女の本質を知ろうとしていたのなら、知っていながら何も言わなかった俺に怒るのは当然だ。だが、そうでないのなら、俺が言う必要なんて無いだろ」
 「・・・」
 「彼女が何者であるか。お前は興味があったのか?」
 振り返る闘護。
 「そ、それは・・・」
 口ごもる悠人に、闘護はため息をついて首を振った。
 「答えられないのなら、お前の彼女に対する興味はその程度って事だよ」
 バタン
 そう言い残し、闘護は部屋から出て行った。
 「俺は・・・レムリアを・・・レスティーナを・・・どう思ってたんだ?」
 自問する悠人に答えを教えてくれる者はいなかった。

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