作者のページに戻る

─聖ヨト暦332年 ホーコの月 赤 二つの日 昼
 ラキオス城、城下町

 仕事が一段落し、暫くの休暇を得た闘護。
 第二詰め所のメンバーが全員出払っていた為、一人で城下町に出る・・・すると、偶然か必然か、レムリアと邂逅したのだ。
 再び出逢ったレムリアは、今までと同じように闘護と接し、闘護もレムリアを“レムリア”として見ていた。


 「ほらほら、こっちこっち!」
 「お、おいおい。ちょっと待ってくれって」
 レムリアに引っ張られて焦る闘護。
 「もう。せっかくの休みなんだから有意義に使わないともったいないでしょ!」
 「それはそうだが・・・」
 「だったら早く・・・あれ?」
 突然レムリアは立ち止まり、傍らにある店を見つめる。
 「どうしたんだ?」
 「ううん。あそこにもキッサテンがあるんだ」
 レムリアはそう言って店を指差す。
 「キッサテン?・・・あぁ、喫茶店ね。ちょうど良い。それなら少し休んで・・・」
 言いかけた闘護は、その店を見て唖然とする。
 「どうしたの、トーゴ君。固まっちゃって?」
 「・・・なぁ、レムリア」
 「なぁに?」
 「あの店・・・喫茶店じゃないぞ」
 「へ?」
 「あそこは・・・」
 『って、ちょっと待て。こんな天下の往来で話す内容か?』
 言いかけて、闘護は首を振る。
 「どうしたの?」
 「・・・後で教える。とにかく、あそこは喫茶店じゃないからな」
 闘護はそう言って逃げるように歩き出した。
 「あ、待ってよ!」
 それを慌てて追いかけるレムリア。

 結局二人は、その後ヨフアルを買って高台へ向かう。

 「フゥ・・・いい気持ち」
 高台に吹いてくる風に当てられ、レムリアは気持ちよさそうに笑った。
 「そうだな」
 隣にいる闘護も頷く。
 「さぁ。お楽しみの時間だよ〜」
 レムリアはそう言うなり、闘護の抱えている紙袋をひったくった。
 「えへへ・・・」
 紙袋の中にはたくさんのヨフアルが詰まっていた。
 「パクッ」
 その一つを取り出し、早速頬張る。
 「ムグムグ・・・うん、美味しい!!」
 心底幸せそうに笑うレムリア。
 「俺ももらうよ」
 「うん」
 レムリアの許可を受け、闘護も紙袋からヨフアルを取り出して口に入れる。
 「モグモグ・・・」
 「ムグムグ・・・」
 暫し、黙ってヨフアルを食べ続ける二人。

 「はぁ・・・食べた食べた」
 レムリアは空になった紙袋を闘護に手渡す。
 「ったく・・・結局、半分以上は君が食べたな」
 闘護は呆れた様に呟く。
 「だって、美味しいんだもん♪」
 「・・・そう答えられたんじゃ、納得するしかないな」
 苦笑すると、闘護は紙袋を丸めてポケットに突っ込んだ。
 「あ、そういえば・・・」
 レムリアは思い出したように手を打った。
 「さっき、キッサテンじゃないって言ってた店があったよね。結局、何の店なの?」
 「っ!?」
 突然話題を振られ、闘護はガクッと身をゆする。
 「ねぇ、教えてよ」
 「・・・いいけどね」
 闘護は小さくため息をついた。
 「あそこはラブホテル・・・だな」
 「ラブ・・・ホテル?」
 「そ。わかる?」
 「えっと・・・愛のホテル?」
 「・・・違う」
 「じゃあ何なの?」
 「あそこはね。男と女が一緒に入ってセックスをするところだ」
 「セッ・・・!!!」
 簡潔な回答に、レムリアの顔が真っ赤になる。
 「理解したようだね」
 「じゃ、じゃあ・・・」
 「ん?」
 「私・・・あ・・・あぅ・・・」
 真っ赤な顔のまま懊悩するレムリア。
 「どうしたんだ?」
 「あぁ・・・えぅ・・・」
 「レムリア?」
 「はっ、はい!?」
 闘護の問いかけにレムリアは飛び上がった。
 「どうしたんだ?」
 「な、なんでもないよ!」
 裏返った声で答えるレムリア。
 『そんな様子でなんでもないわけがないだろう・・・だけど、聞いて教えてくれるとも思えないし・・・』
 「そうか」
 「そ、そうだよ。あ、あはは・・・」
 引きつった笑顔を浮かべるレムリアに、闘護は深く追求しなかった。
 そして、ゆっくりと高台の下に広がる湖に視線を落とす。
 「なぁ、レムリア」
 闘護は眼前の光景を見つめながら口を開いた。
 「な、なぁに、トーゴ君?」
 「時々さ・・・自分がしていることが正しいのかどうか、迷うことってないかな?」
 「自分が・・・していること?」
 「ああ」
 闘護は腰掛けている石畳の上に寝転がった。
 「俺はね。基本的に自分がしたことを後悔することはないんだ」
 「・・・」
 「なぜなら、常に“俺はこうした方が良い”と考えて行動しているから・・・独善的な奴なんだよな、俺は」
 自嘲の笑みを浮かべる闘護だが、レムリアは首を振った。
 「いいえ・・・それは、私も同じです」
 レムリアは沈痛な表情で呟く。
 「・・・」
 闘護は驚いたように目を丸くした。
 レムリアの口調はレスティーナのものだったからだ。
 「自分が迷えば、民が迷う・・・だから、絶対に自分の決断を否定することはできません」
 「だけど、いつもいつも自分の決断が・・・少なくとも、周りの人間がそれを“正しい”と判断しない時もあるだろ?」
 「はい・・・」
 「そういう時はどうする?」
 「・・・私は私の決断を信じます」
 「そうか」
 レムリアの回答に、闘護は安心したように頷く。
 「さてと・・・」
 闘護はムクリと起き上がった。
 「そろそろ帰るか・・・?」
 「うん、そうだね・・・」
 二人は立ち上がると、階段の前に来た。
 「それじゃあ、また」
 「うん。またね」
 手を振って、二人は別れた。


─聖ヨト暦332年 ホーコの月 赤 四つの日 昼
 第一詰め所、食堂

 見た目では、ウルカは小康状態を保っていた。
 「・・・」
 ゆっくりと、お茶を飲んでいるウルカだが、小さく震えている。
 何をしても神剣の干渉を避けられるものではなかった。
 『だったら・・・せめて近くにいた方が・・・』
 悠人はウルカから目を離さなかった。
 「っ・・・はぁ・・・」
 「ウルカ、大丈夫なのか?」
 「手前は・・・平気です。痛みには慣れております故」
 カタン
 手が震え、カップを倒してしまう。
 「あ・・・」
 「ほら、無理するなって」
 悠人は手近にあった布巾で拭きながら言う。
 ウルカはしょんぼりと俯いてしまった。
 『・・・何とか出来ないものかな』
 「・・・」
 ウルカはすっかり黙り込んでしまう。
 キーン・・・
 「・・・来る」
 「は・・・?」
 悠人が聞き返したときには、ウルカは既に立ち上がっていた。
 「お、おいウルカ!?」
 「行かねば・・・手前が・・・!」
 独り言のように呟いて、走り出すウルカ。
 今のウルカを一人にするわけにはいかず、悠人も立ち上がった。
 〔契約者よ・・・遠くに妙な気配がある〕
 「何!?」
 突然悠人の頭の中に【求め】の声が響く。
 〔黒き妖精の向かった方向だ。強大な力を感じる〕
 「おい、じゃあまさか・・・」
 〔ふむ・・・あまりに強大だが、スピリットか。この力では、契約者でも、あの黒き妖精でも敵うまいな〕
 「敵、か・・・」
 〔可能性は高い〕
 【求め】は落ち着いていた。
 だが、悠人は冷静ではいられるはずがない。
 「・・・ったく、一人でどうするつもりだってんだっ!!」
 悠人は毒づくと、ウルカの後を追って走り出した。


─同日、昼
 ラキオス城郊外

 「悠人!!」
 「闘護!?」
 城の外で闘護が血相を変えて駆け込んできた。
 「闘護、ウルカを知らないか?」
 「知ってるも何も、それを言いに来たんだよ。さっき凄い勢いで走っていったけど・・・どうしたんだ?」
 「解らないよ!ただ、敵が近づいてるらしいんだ」
 「敵!」
 悠人の言葉に闘護は目を丸くする。
 「ウルカはどっちに行ったんだ?」
 「城下町を抜けていった。多分、外に向かったんだと思う」
 闘護の言葉に、悠人は精神を集中させる。
 『・・・いた!!城の外へ向かってる!!』
 「くそっ!!」
 「悠人!!」
 走り出した悠人を、慌てて闘護が追った。


─同日、昼
 ラキオス城周辺の草原

 「くそっ!!」
 ラキオスの外に出たが、ウルカの姿は見えなかった。
 『体調を考えれば、簡単に離されるはずがないのに・・・』
 「ウルカ・・・無茶するなよ・・・!」
 悠人は必死で走り続ける。
 小さいがウルカの気配はあった。
 領土に侵入してきたスピリットへと、確実に近づいていく。
 「バカ剣っ・・・手を抜くなっ!!急がないとウルカが・・・くそっ、何でこんなに速いんだ!」
 【求め】の不満を正面から押さえつける。
 『ウルカがあの気配の主と出会う前に、何とか追いつかないと・・・』

 その遙か後方を、闘護が必死に追っていた。
 「はぁ・・はぁ・・・」
 『くそっ!なんて速さだ・・・』
 これ以上離されないように、必死で走り続ける。

 どれくらい走ったか・・・ウルカも強力なスピリットも、すぐそこまで近づいていた。。
 「二人の気配が、止まった・・・くっ!!」
 『もうすぐ見えるはずだ。全力で走りすぎて満足に戦えるか解らないが、この際仕方ない』
 悠人は拳を握りしめる。
 「・・・っ、はぁっ・・・ウルカぁっっ!!」
 『見えた!!』
 そう思った瞬間、悠人は叫んでいた。
 視線先で、驚きに染まった顔が悠人を凝視する。
 「ユート殿・・・」
 「間に・・あった・・・!まだっ、無事だなっ!?」
 ウルカと、それからもう一人。
 見た目は普通のスピリットだが、感じる気配に悠人は圧倒されるばかりだった。
 〔先程の気配の主だ・・・気をつけろ〕
 「お前は何者だっ!?」
 「・・・」
 返事はない。
 その瞳には、どんな感情も含まれていなかった。
 「ウルカ、加勢する!」
 「手前だけで、平気・・・です・・・」
 チラリと視線を向けてくる。
 その瞬間に敵のスピリットが動いた。
 「・・・うくっ!」
 ギンッ!!
 無造作に振られた剣を、ウルカはどうにか受け止めた。
 そのスピードに、悠人は目を剥いた。
 『昔のウルカより、速い・・・!?』
 キン!!キン!!カィン!!
 連続して繰り出される斬撃。
 ウルカはどうにかそれを凌いでいた。
 「ウルカぁっっ!!」
 我慢できず、悠人は割って入る。
 『昔の俺なら反応すら出来ない速さだが、今なら違うはずだ!!』
 「たぁぁぁっっ!!」
 ギィィィンッ!!
 「・・・」
 「くぅぅっっ!!」
 少しも力を入れているようには見えないのに、その一撃は酷く重かった。
 『普通に受けていたら、剣を弾き飛ばされてた・・!!』
 「くっ!!」
 「ゆ、ユート殿・・・!!」
 「無理するなって・・・言っただろう」
 「しかし、手前は・・・」
 「しかしも何もあるかっ!いいから少し離れてろ!!」
 悠人は剣の力を解放して、一気に押し返していった。
 「うぉおおおおっっ!!」
 ギィン!!
 「・・・っく」
 僅かに表情が歪む。
 それは感情ではなく、反射的なものだったかも知れない。
 だが、悠人は心にチクリとした痛みを感じた。
 『考えるな・・・抑えた状態で勝てる相手じゃない・・・』
 悠人はすぐに迷いを振り切る。
 「・・・」
 ゆらりと動くスピリット。
 『力とスピードは俺より上、多少の技など無意味に違いない』
 ヒュンッ!!シュッ!!ヒュンッ!!シュッ!!
 「くぅっ・・!!」
 単純な斬撃が、何度も悠人を襲う。
 動きは読めるのに、それをかわすスピードがない。
 無理矢理神剣で受け止めるが、凄まじいパワーに腕が痺れ、体力がドンドン削られていった。
 『どうする・・・このままじゃジリ貧だ・・・!!』
 「ユート殿、危ない!!」
 「・・・っ!」
 見上げた瞳に映る、黒い翼。
 悠人はハイロゥのことを完全に失念していた。
 ヒュンッ!!

 「ユート殿・・ッ!!」
 悠人は地面を転がっていた。
 横合いからやってきたウルカが、悠人を抱きかかえるようにして飛んだのだ。
 「さ、サンキュ・・・ウルカ」
 「いえ・・・手前にはこれくらいしか・・・」
 立ち上がり、悠人は自分のいた場所を見る。
 半径一メートルくらいの範囲が深く抉れていた。
 「くっ・・・攻撃力じゃ、差があるな」
 「・・・邪魔、だ」
 スピリットが感情のこもらない目で、ウルカを見つめる。
 一瞬のうちに、神剣の気配が膨れあがっていった。
 「神剣よ・・・汝の枷を取り払え・・・シンクロニシティ」
 シュゥ・・・・
 「なっ・・・う、ぁっ!!これは・・・これ、はっ!?」
 ギュゥン・・・ギュゥン・・・ギュゥン・・・
 「ウルカッ!?」
 かざされたスピリットの手から、力が放たれる。
 魔法の発動を感じた瞬間、ウルカが苦しみだした。
 〔【拘束】の力が膨れていくのを感じる〕
 「なにっ!?ウルカッ!!」
 「だい・・じょうぶ・・・手前は・・・ぐぅっ、あぁああっっ!!」
 ウルカはやせ我慢も出来ず、地面を転げ回る。
 苦しみに顔が歪み、叫び声を上げ続けた。
 「悠人!!ウルカ!!」
 その時、闘護が漸く駆けつけてきた。
 「闘護!!」
 「悠人!!ウルカは・・・っ!?」
 「うぁああっっ!!」
 「ウ、ウルカ・・・!?」
 転げ回るウルカを見て闘護は唖然とする。
 「今度は・・・範囲を、広げて・・・」
 バサァァッッ!!
 敵スピリットのハイロゥが黒い光を放つ。
 『!!』
 二人は距離を取ってかわそうとするが、範囲が広すぎた。
 「くぅっ!!」
 闘護は両腕を眼前で交差し防御態勢をとる。
 「ちぃっ!バカ剣っ・・・守れぇっ!!」
 キーン!!
 悠人は【求め】の力を解き放つ。
 キィーン・・・
 青い光が溢れ、ハイロゥの攻撃を遮った。
 『範囲を広げた分、威力そのものは落ちたか・・・それでも、攻撃力は凶悪だけど』
 悠人はゴクリと唾を飲み込む。
 「・・・広すぎた、か」
 表情もなく、スピリットが呟く。
 機械の誤差を修正するような物なのか、ゆっくりと次の攻撃を繰り出す体勢を整えていく。
 「次が来るぞっ!!」
 闘護が叫ぶ。
 「くそっ、早くどうにかしないと、ウルカが・・・!!」
 悠人はチラリと視線を向ける。
 「ぐぅ・・・うぐっ・・・がぁっ!!」
 ウルカは起きあがることも出来ず、地面を掻きむしっていた。
 『力を解放して、一気に倒す!出来るか?』
 〔・・・可能だ。確率は五分五分といったところだが〕
 『十分だっ!!』
 悠人は【求め】の返事に満足する。
 『こんな相手に、5割も勝率があれば十分だった』
 「闘護、行くぞっ!!」
 悠人は【求め】の力を少しずつ解き放つ。
 溢れてくるエネルギーを刀身に集めていった。
 「それしかないな・・!!」
 闘護も構えた。
 「・・・」
 スピリットも構える腕に力を込める。
 表情のない顔に、悠人の心の中に再びやるせない思いが過ぎった。
 『・・・考えるな。せめて今だけはっ!!』
 「うぉおおおおっ!!」
 悠人は一気に飛び出した。
 「でやあっ!!」
 そして、力を込めた【求め】を振り下ろす。
 ガキーンッ!!
 スピリットの神剣と【求め】が激突する。
 「・・・!!」
 スピリットの表情が僅かに歪む。
 しかし、すぐにスピリットの神剣が光り出す。
 「悠人!!」
 「くっ!!」
 「アークフレア・・・!!」
 ボォオオオオオ!!!
 「うぉおおお!!」
 悠人の周囲が燃え上がる。
 「くそっ!!」
 闘護は飛び出すと、そのまま悠人の元に駆け出す。
 バシュウウウウウ!!!
 「くっ!!」
 闘護の身体に触れた魔法がマナの煙になる。
 「!?」
 その煙に、スピリットの視界が遮られた。
 「悠人!!」
 「うぉおおお!!!」
 その隙に、悠人は振り上げた神剣をもう一度煙に巻かれたスピリットに向かって振り下ろした。
 ズバァッ!!
 「ぁ・・・っ!?」
 悠人の【求め】が、スピリットを袈裟懸けに切り裂いた。
 シュゥウウ・・・
 「はぁっ・・・」
 「やった、か・・・?」
 スピリットは、ゆっくりとマナの霧へと変わっていく。
 悠人と闘護はそれを見届けることなく、ウルカへと視線を移した。
 「あぁっ・・・う、あぁぁああああっっ!!」
 「ウルカッ」
 「しっかりしろっ、ウルカッ!!」
 「ち、近寄っては・・・くぁっ・・離れて・・・」
 ウルカは先程と同様に苦しみ続けている。
 「スピリットは倒したんだぞ!?」
 闘護が叫んだ。
 「くっ・・!!」
 『おい、バカ剣っ、どうなってるんだっ!!』
 〔黒き妖精の剣は、力を増幅させられた。原因である先刻の妖精が倒れようと、一度増幅された力は戻らないだろう〕
 「何だと!?」
 『戻らない!?ずっと、このままだというのだろうか』
 【求め】の言葉に、悠人は愕然とする。
 「どうした、悠人!?」
 「くっ・・・ウルカの神剣は力を増幅されて・・・スピリットを倒しても治らないんだ!!」
 「なにぃっ!?」
 「くそっ!!」
 悠人は唇を噛む。
 『いくらスピリットといえど、それでは精神が保たない・・・』
 「どうする・・・どうすればいい!?」
 「何か方法は・・・」
 焦りを露わにして二人は考える。
 「ユー、ト・・・殿・・トーゴ・・・ど、の・・・・はな・・・」
 ウルカは苦しさに喘ぎながら、二人を遠ざけようとする。
 『これは・・・本当にまずい・・』
 「くっ・・・」
 闘護は拳を握りしめる。
 『手段はないのか・・・俺の時はどうだった?』
 悠人はかつて自分が神剣に呑み込まれた時を思い出した。
 「乗っ取られかけて・・・そこから、戻ってきた。そうだ・・・心で神剣を押させつけることが出来れば・・・!!」
 『本当に大丈夫か・・・いや、迷うな!!』
 「悠人、何か思いついたのか!?」
 「・・・ああ」
 悠人は頷くと、ウルカを見た。
 『ヨーティアも、ウルカの精神は強いと言っていた。ウルカだって・・・きっと戻ってくる!!でないと、ウルカが─』
 「ウルカッ、剣に身を任せろっ!!!」
 「・・・っ!?」
 「何!?」
 悠人の言葉に、ウルカと闘護は目を丸くした。
 「それから身体を奪い返すんだ!そうすれば、きっとその声に惑わされなくなる!!」
 「そんなっ・・・そのような、ことっ!!」
 苦悶の表情で、ウルカは頑なとして受け入れない様子だった。
 「悠人、それは危険すぎるんじゃないのか!?」
 闘護も悠人の提案に否定的だった。
 『二人の言い分はわかる。自分の身体を、自分じゃないものに操られる恐怖は、俺もよく知っている・・・だけど!!』
 「ウルカッ!!」
 「だめ、ですっ・・・くぁぁっ・・・ユート・・殿・・・近寄られては・・・」
 「悠人!!」
 ウルカと闘護の制止も聞かず、悠人はウルカに近づいていく。
 そして、肩に手をかけて、一気に顔を近づけた。
 「!?」
 目の前の光景に、闘護は絶句する。
 「んむっ・・・!?」
 悠人とウルカの唇が重なる。
 ドンッ!!
 ウルカは目を見開き、次の瞬間には恐ろしいほどの力で悠人を突き飛ばしていた。
 「はぁっ・・あ、はぁぁっ・・・」
 「・・・っく」
 「悠人!!」
 地面に倒れた悠人に闘護が駆け寄る。
 「ウルカ、は・・・」
 起きあがった悠人が見たのは、先程のスピリットのように、意志が感じられなくなったウルカだった。
 「これは・・・目が・・・」
 闘護はブルッと身を震わせた。
 だが、悠人は小さく頷く。
 『まずは・・・成功・・・か?今、ウルカの意志と【拘束】、二つの意志が体の中で激しくぶつかっているはずだ。これで、ウルカが勝てば・・・!!』
 悠人は拳を握りしめる。
 『神剣に対して、絶対的なアドバンテージを得られるはずだ。・・・もしも、俺の場合と同じならば』
 「ウルカッ!!」
 「あ・・・くぅ・・・【求め】を・・・滅ぼさねば・・・」
 【・・・!?】
 二人が驚愕した瞬間、ウルカが飛び込んできた。
 「はぁっ・・・おぉぉぉ・・・っっ!!」
 ヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!
 「うわぁっ!!」
 「うおっ!!」
 二人はウルカの太刀を必死になってかわす。
 「そんなっ、は、早すぎる・・・!?」
 「どういう事だ!?」
 闘護が叫んだ。
 「こんな短時間で神剣に身体を奪われるはずが・・・」
 「待てよ・・・ウルカはずっと前から神剣と戦ってたんじゃないのか!?」
 「あっ・・・」
 悠人は愕然とする。
 『もう、精神をギリギリまで疲弊させていたとしたら?本当もう、乗っ取られる寸前だったとしたら?』
 「そん、な・・・俺が、ウルカを・・・」
 ヒュンッッ!!
 突っ込んできたウルカが、居合を繰り出す。
 シュッ・・・
 悠人はかわしきれず、腹の部分を浅く切り裂かれてしまった。
 「悠人!!」
 「・・・!!」
 ヒュン!!
 「うわぁっ!!」
 駆け寄ろうとした闘護も、ウルカの居合に後ろに退かざるを得ない。
 〔惑うな・・・迷いは、弱さを呼ぶ〕
 悠人の頭の中に【求め】の声が響く。
 「そうは言っても・・・ウルカッ、しっかりしろっ!!」
 「殺す・・・【求め】を・・・エトランジェを・・・死ね・・・【求め】・・・砕け散れ・・・」
 ウルカは虚ろな眼差しで剣を振るう。
 『攻撃なんて出来るはずがない!!だけど・・このまま耐えるのは・・・』
 悠人の頭の中に、諦めの感情が芽生え始める。
 シュッ!!シュッ!
 「あくぅぅっ・・・」
 「悠人!!」
 ウルカは闘護を無視して悠人にばかり執拗に攻撃を繰り返す。
 「ウルカ・・・もうお前はいないのか・・・?」
 シュッ!!シュッ!!
 「おい、ウルカぁぁっ!!!」
 ピクリ。
 ウルカの身体に僅かな震えが走る。
 「ふぅ・・・っっく、エト・・ランジェ・・・ころ、す・・・」
 ウルカの表情が少しずつ戻ってきた。
 細かく頭を振り、よろけながらも間合いを詰める。
 『・・・まだ、大丈夫だ!ウルカはいる!!』
 チャキ・・・
 ウルカは剣を鞘に戻し、居合の構えを取った。
 ただしその動きに力は込められていない。
 「ウルカ・・・ウルカぁっ!目を覚ませ!そんなに、無理して戦う必要なんてないんだっ!!」
 悠人の絶叫。
 「ク・・・」
 ウルカは小さく呻く。
 『ラキオスで過ごしていたウルカ。確かに不器用だったけど、それでも何かをしようとする態度に、俺はスピリットの可能性を見たような気がしたんだ。戦いだけなんかじゃない。スピリットだって、他の生き方がある!!』
 「帰ってこいっ、ウルカぁぁぁああああっっ!!!」
 「ぐぅ・・あぁっ、あぁぁぁぁああああっっ!!」
 ウルカが突然、頭を掻きむしって暴れ始める。
 神剣を鞘ごと落とし、地面を転げ回った。
 【ウルカッ!!】
 「くっ、て・・手前・・はぁっ・・・あ、うぁぁっ!!神剣に・・・負け、くふっ・・・負け、ぬ・・・」
 キィィィンッッ!!
 【拘束】がフワリと浮き上がる。
 甲高い音をあげ、ウルカの上空で止まった。
 「ウルカ!!神剣に呑み込まれるな!!」
 「ウルカ!負けるんじゃないっ・・・オルファも・・・俺も闘護も・・・みんなだって待ってる!!!」
 「待って・・・手前、を・・ユート殿・・・?・・ぅくっ、はぁっ、あぁぁあああっっ!!」
 カッッ!!
 神剣から光が漏れた。
 「あれは!?」
 闘護が神剣を指さした。
 神剣から漏れ出た光に追われるように、黒い霧のようなものが吹き上がる。
 「何だ!?」
 〔わからぬ。だが・・・黒き妖精が安定を取り戻していく〕
 「なんだって!?」
 【求め】の言葉に悠人は声を上げた。
 ウルカの意識は、不安定だったはずが、嘘のように安定していた。
 「はぁっ、はぁっ・・・ユート殿・・・トーゴ殿・・・」
 二人を見る目にも、意志の光がある。
 何が起こったのかわからないが、そんなのは関係ない。
 「自我を取り戻した、か・・・」
 「よかった・・・」
 闘護と悠人は安堵の息をつく。
 「剣の声が聞こえる・・いや、これは・・・」
 ウルカの顔色にも特に問題はなかった。
 多少の疲労は見られるが、その辺りは無理もない。
 「勝ったんだな、【拘束】に」
 「ユート殿、この剣は・・・なっ!?」
 何事かを口にしようとしたウルカが絶句する。
 「あれは!?」
 闘護がウルカの背後を指さした。
 悠人が振り返ると、倒したはずのスピリットに、【拘束】からでた黒い霧が吸い込まれていくのが見えた。
 「なん、だ・・・と・・・」
 〔契約者よ、気をつけろ。あの者の力・・・先程までとは比べものにならぬ〕
 「そんなこと・・・言われなくてもわかってる、バカ剣!!」
 『少し離れた場所にいるのに、凶悪な気配を感じる。この強さは・・・今の俺を、完全に上回っているだろう』
 悠人は【求め】を構えた。
 「俺達・・・いや、悠人を狙ってるのか!?」
 起きあがったスピリットは悠人を見つめる。
 「コロ、ス・・・エトランジェ・・・ヲ・・・」
 言葉が聞こえた時、視界にスピリットはいなかった。
 ギィィィンッッ!!
 「ぐぁあああっっ!!」
 悠人は凄まじい力で吹き飛ばされる。
 「悠人!?」
 「ユート殿っ!!」
 「ま、まだ、大丈夫だ・・・」
 悠人は【求め】を杖代わりに起きあがる。
 「くそっ!!」
 闘護がスピリットに向かっていく。
 「ジャマ・・・ダ・・・!!」
 そう呟いた瞬間、スピリットの姿を闘護は見失う。
 ズガァッ!!
 「うわぁっ!!」
 闘護も先程の悠人のように、凄まじい力に吹き飛ばされる。
 「闘護!!」
 「トーゴ殿!!」
 「ぐっ・・・くそっ!!」
 闘護はすぐに起きあがるが、僅かにふらついていた。
 「ここは、手前が・・・」
 ウルカが【拘束】を構える。
 『敵は異常なまでに強かった。体力を消耗したはずのウルカが、満足に戦えるとも思えない。それに・・・今のあれは、ウルカよりも速かった・・・』
 「ダメだっ、逃げろっ!!!」
 悠人が叫んだ。
 「コロス・・・コロス・・・」
 ちらりとウルカが悠人を見る。
 そこに浮かぶのは、確かな決意だった。
 「まさか・・・死ぬ気か!?」
 澄み渡った表情は、死に際したものにも見えた。
 『そんなことさせるわけにはいかない・・・なのに・・・くそっ!!身体が・・・動かないっ!!』
 「ウルカっ・・・逃げろっ、ウルカぁああああっっ!!!」
 悠人の絶叫が響き渡る。
 「行こう、【冥加】・・・手前らの進むべき道を。はぁぁぁあああっ!!」

 ズバシュッ!!

 「・・・え?」
 「・・・あ?」
 悠人と闘護は呆然とする。
 二人とも、目の前の光景が信じられなかった。
 圧倒的なスピードを持ったスピリット。
 それが、一歩も動けずにマナの霧と化した。
 「な、なんとまぁ・・・」
 「はは・・・はははは・・・」
 二人の顔に、自然と乾いた笑みが漏れる。
 金色の向こう側で、ウルカが神剣を鞘に収めた。
 「ユート殿・・・お怪我は・・・」
 「大丈夫だ・・・ちょっと待たないと動けなさそうだが」
 「トーゴ殿は・・・」
 「大丈夫だ」
 僅かにふらつきながらも、闘護は二人の側へ近づいてくる。
 「それは、良かった・・・です・・・」
 ウルカはゆっくりと悠人の前までやってきて、小さく笑みを浮かべる。
 その表情のまま、クタリと崩れ落ちた。
 「お、おいっ・・!!」
 「ウルカッ!!」
 慌ててウルカを抱きしめる悠人と、駆け寄ってくる闘護。
 「ラキオスまで、ユート殿を運べたら良かったのですが・・力を、使い果たしてしまいました・・・」
 「そっか・・・」
 「あんな戦いのあとでは、無理もないな」
 闘護は納得したように頷く。
 「まぁ、少しゆっくりしよう・・・敵だって、きっと連続では来ないさ」
 「そうだな」
 「はい・・・」
 日が傾きかける中、三人は暫しの間目を閉じるのだった。


─同日、夕方
 ラキオス城 周辺の草原

 悠人が身体に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。
 「さて、と・・・もう大丈夫か」
 「そうだな」
 闘護も立ち上がる。
 「ウルカは大丈夫か?」
 「はい・・・手前のことなら、心配・・は・・・」
 立ち上がるが、ダメージは残っているらしくよろめいた。
 悠人は慌てて近寄り、倒れないように支える。
 「はぁ・・・ウルカってすぐ無理しようとするんだな」
 「・・・申し訳ありませぬ」
 ウルカは恥じ入ったように顔を伏せ、頬を赤らめる。
 『まぁ、この過剰なほどの謙虚さがウルカなんだろうな』
 悠人はふと考える。
 「日も落ちるし、そろそろここを発たないと・・・」
 「そうだな」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 『だけど、どうすればいいんだろう。こんな状態では、王都まで歩かせるわけにもいかないし・・・』
 「・・・仕方ないか」
 「は・・・?」
 「よっと・・・」
 ヒョイッ・・・
 悠人は説明を一切せず、いきなりウルカを負ぶった。
 「成る程、その手があったか」
 闘護は感心したように手を叩く。
 「なっ・・・ユート殿、何を・・!?」
 「夜になる前には帰りたいだろ。で、ウルカがまともに歩けないなら、こうするしかないじゃないか」
 「それはっ・・そう、ですが・・・」
 なおもブツブツ言うウルカを無視して、悠人と闘護は歩き始める。
 『前にも感じたが、やはりその身体は軽いよな・・・』
 悠人はそんなことを思った。
 「それで、ウルカ・・・結局、どうなったんだ?」
 「どうなった・・・とは?」
 「【拘束】だよ。なんか別の名前で呼んでなかったか・・・?」
 チィン・・・
 悠人の問いに答えるわけではないだろうが、腰に下げた神剣が軽く音を立てた。
 「確か【冥加】と呼んでいたな・・・」
 「ああ・・・」
 闘護の言葉に頷く悠人。
 「この剣は【冥加】・・・これこそが手前の剣。手にした今だからこそ、それがわかります・・・声も聞こえます故」
 答える声は、僅かに弾んでいた。
 「そうか・・・」
 『神剣の声に対するコンプレックスは、相当強いものだったのかも知れないな』
 悠人は安心したように微笑んだ。
 「先程は加減を誤りました。初めてでは、流石に思うようにはコントロール出来ませぬ。もっと精進せねば・・・」
 「ははは・・・」
 「ウルカらしいな」
 笑う闘護と納得する悠人。
 いつになく饒舌なウルカに、二人も楽しい気分になってくる。
 「いつも、これくらい喋ってくれると嬉しいんだけどな」
 「あ・・・」
 悠人が言った瞬間、口をつぐんでしまった。
 「ん・・・どうした?」
 「・・・」
 ウルカは答えない。
 『指摘されて、初めて気がついたのか・・・?』
 闘護はふと思った。
 「俺さ・・・ウルカがいて、よかったと思う」
 悠人はポツリポツリと語り出した。
 「そりゃ、敵としては強すぎたし、最初に助けたのだってオルファがどうしてもって言ったからだけど・・でも、それから一緒に暮らして、一生懸命な姿を見て、俺は忘れずに済んだんだ」
 『くすぶっている想い。誰も殺したくない・・・ここでは甘すぎる気持ち・・・だけど・・・』
 「俺は・・・スピリットを殺していいなんて思えない。でも、戦いのせいにして忘れようとしたかも知れない・・・ウルカが、いなかったらさ」
 【・・・】
 悠人の言葉に耳を傾ける闘護とウルカ。
 『戦わなくていい環境なら、スピリットも自然に生きられる。戦争の道具にしてしまったのは人間なのだから・・・ウルカは俺にそれを教えてくれたんだ』
 「ウルカは・・・ラキオスに来て、良いって思えたか?」
 「・・・」
 返事の代わりに、ウルカの腕に力がこもる。
 『うっ・・・』
 悠人の背中に当たっている柔らかな感触が強くなった。
 『そういえば、俺・・・ウルカにキスしちゃったんだよなぁ・・・いくら他に方法が思いつかなかったといっても・・・』
 悠人は自己嫌悪に表情を曇らせる。
 「どうした、悠人?」
 その表情に、闘護が首を傾げる。
 「い、いや・・・」
 悠人は慌てて首を振る。
 「あ、その・・・ウルカ」
 そのまま悠人は、迷うような口調でウルカに声をかける。
 「はい・・・」
 「あの・・・あの、さ」
 悠人はチラリと後ろを見た。
 僅かにだが、ウルカの頬が赤くなっている。
 「うっ・・・そ、その・・・これから、どうする?」
 悠人は照れた表情で尋ねる。
 「なに照れてんだ?」
 「な、何でもないよ!」
 闘護に突っ込まれて、悠人は慌てて首を振る。
 「そ、それで・・・ウルカ。さっきの質問だけど・・・」
 「手前は・・・戦います。ユート殿とトーゴ殿の恩に報いねばなりませぬ」
 「俺は何もしてないよ・・・それより、戦うつもりなのか?」
 「無理して戦うことはないと思うけど・・・」
 「あ・・・」
 ウルカの頬の赤みが少しだけ増した。
 一瞬考え、だがすぐに言葉を続ける。
 「無理では・・・ありませぬ。手前にとって、戦いは重要なもの・・・ですから」
 すっかり落ち着いた言葉。
 『俺の背中で安らいでくれているのか・・・何となく、くすぐったいな・・・』
 悠人はふと思った。
 「今はまだ、他のものが見えませぬ。これまで・・・戦いを通して、全てを見てきた故」
 「そっか・・・」
 『やはり、ウルカは不器用だ。でも、その不器用さはいいことなのかもしれない・・・』
 悠人は小さく頷いた。
 「それに・・願いも、あるのです」
 「願い?」
 「部下を・・・同胞を、あそこから助け出したい」
 ウルカはゆっくりと言った。
 「別の生き方があることがわかれば・・・手前らとて、変われるかもしれない、と」
 「ウルカ・・・」
 「・・・難しい願いだな。この世界はスピリットが戦うのが当然という。ウルカの願いは世界そのものを変えようとするものだ」
 闘護はボソリと呟いた。
 「闘護・・・」
 「・・・だが、俺も願いたいな」
 小さく笑ってウルカを見つめる。
 「・・・そうだな」
 『俺も出来ることなら、力になってやりたいな・・・』
 悠人も頷く。
 「その願いの為にも・・・手前はお二人と共に戦わねばなりませぬ」
 そう言ったウルカの瞳には、迷いが見えた。
 『それでも、ウルカは前に進もうとしている・・・ならば、俺が止める必要は何処にもありはしない』
 「はぁ・・・じゃあ、単純に頼もしい仲間が増えるのを喜ぶとしようか」
 「・・・だな」
 「微力を尽くします」
 ウルカの息が悠人の首筋にかかる。
 その熱を感じながら、悠人はゆっくりと王都に戻っていく。
 クスクスと笑うウルカ。
 『何となく、こんなのもいいか・・・』
 悠人は何となく笑った。
 一方闘護は、その隣を歩きながら既に別のことを考えていた。
 『ウルカが無事に神剣の支配から逃れられて本当によかった。とりあえず、問題が一つ片づいたな』
 安堵の表情を浮かべる。
 『だが、そうなると彼女を戦いに参戦させるように命令が来るだろう・・・幸か不幸か、彼女自身が戦うことを望んでいる。ならば、特に止める必要はない』
 小さく頷く。
 『ウルカの実力はかなりのもの・・・だが、それでもウルカはスピリットであることに代わりはない。おそらく光陰や岬君たちエトランジェとは実力以前の壁がある・・・さて、どういう戦略を立てるか・・・』
 「どうした、闘護?」
 「ん?」
 突然声をかけられ、闘護は顔を上げる。
 「何か難しい顔をしてたけど・・・」
 「ん・・・」
 『今は余計なことを言う必要もないな』
 闘護は肩を竦めた。
 「何でもないよ」
 「そうか・・・?」
 「ああ」
 「ならいいけど・・・」

 そのまま三人は夕焼けの草原を歩いていった。


─聖ヨト暦332年 ホーコの月 緑 二つの日 夕方
 第一詰め所、食堂

 会話もなく、食事が進む。
 警戒任務でオルファリルがいない、というだけで、第一詰め所の食事は本当に静かになってしまう。
 『・・・何か、重いなぁ』
 悠人はふと思う。
 『エスペリアの料理は美味しいし、別に険悪というわけではないのだが、誰も自分から話そうとはしない。食事を取るというだけならこれでも支障はないが、どうせなら楽しく食べた方がいいに決まってるんだ。やっぱここは、俺が何とかしないと!』
 パンを千切って口に運び、しっかりと咀嚼する。
 『さて・・・誰に話しかけるかを慎重に選ばないと』
 悠人は視線だけを動かし、周囲を見回してみる。
 『アセリアもウルカも食べるのに夢中だし、そもそも何の話題を振って良いかよく解らない。やはりここは無難にエスペリアに話しかけよう』
 「うん。今日の料理も美味いよ、エスペリア」
 「あ・・・そうですか?」
 エスペリアの顔がほころぶ。
 「ユート様のお口にあってよかったです」
 「本当にエスペリアって料理上手いよな」
 『こうして俺が先に口を開けば、みんなも喋りやすくなるだろう』
 そう思った悠人だが、ウルカもアセリアも悠人の顔をジッと見るだけだった。
 「な・・・何だ?そんな人の顔をジロジロ見て」
 「いえ。あまりにお二人の中がよろしいので」
 「・・・ん」
 「なっ!!」
 ウルカが微笑みながらいい、アセリアが頷く。
 悠人はそんな二人を前に、顔を赤くするだけだった。
 「つがい、とでも言うのでしょうか。手前にはそう見えます」
 「つがっ・・・つがいだなんて・・・」
 「・・・ん」
 焦るエスペリアと、しきりに頷くアセリアが好対照だった。
 悠人は口を挟むことも出来ず、呆然と推移を見守る。
 「さながら、オルファ殿は娘。アセリア殿がエスペリア殿の妹という所でありましょうか」
 「な・・・あ・・・」
 「うん」
 表情はあまり変わらないが、アセリアは嬉しそうだ。
 パクパクと、軽快なテンポで食事を口に運ぶ。
 「そ、そんなことを勝手に・・・キャッ!!」
 ゴトン!コロコロ・・・
 慌てたエスペリアは、テーブルの上にある調味料の瓶を倒してしまう。
 「す、すみません・・・」
 ペコペコと謝りながら、零れた調味料をふき取る。
 その動きも、普段からは考えられないほど雑だった。
 「それで、ユート殿は?」
 「え、お、俺が何?」
 「エスペリア殿のこと、どのようにお考えで・・・?」
 カチャーン
 今度は悠人がスプーンを取り落としてしまった。
 「な、仲間だ、仲間っ!大切な・・・」
 慌てて答えると、悠人はスプーンを拾い上げる。
 「ほら、ウルカやアセリアと同じっ!」
 「そうです!それだけですっ!」
 悠人の言葉に、エスペリアが強く頷く。
 「ふむ・・・何故、エスペリア殿が否定を?」
 「えっ?それは・・その、ユート様がお気を悪くされますから・・・」
 「いや、俺はそんな・・・」
 「え・・・?」
 エスペリアはポカンと悠人を見る。
 『頬を染めて、妙に可愛らしいな・・・って、今はそんなことを考えてる場合じゃない!!』
 「えーと・・・」
 「あ、その・・・」
 二人して言葉を失う。
 沈黙する二人を、ウルカは意地の悪い目で見る。
 「はっきり言って、手前にはお二人が好き合・・・」
 「違うっ!」
 「違いますっ!」
 遮ろうとした声が見事にハモる。
 二人は思わず顔を見合わせると、妙に気恥ずかしくなって俯いた。
 「やはり仲がよろしいです」
 「・・・ん」
 「う・・・」
 「はぅ・・・」
 今度は同時に絶句してしまう。
 そんな悠人達を見て、ウルカは普段にないほど楽しそうに笑っていた。
 「良いではありませぬか。手前はそんなお二方を見ていると、心が安まります」
 「・・・ん」
 アセリアは、何度も何度も頷いていた。
 「・・・アセリア、しつこいぞ。ウ、ウルカも、もう少し別の安らぎを探してくれっ」
 「そうですか。しかし、エスペリア殿は満更でもないようですが」
 「・・・は?」
 「え、えぇっ!?」
 ゴトン
 驚いた拍子に、エスペリアは再び調味料の瓶を倒してしまう。
 「す、すみませんっ」
 「動揺は、真実の証ではありませんか?」
 「ぐ・・・ウルカ、もう勘弁してくれ・・・」
 「うぅ・・・」
 『う〜・・・顔から火が出そうなほど恥ずかしい・・・何となく思っていたことを他人に指摘されると、ここまで恥ずかしいとは思わなかった・・・』
 悠人は頬を掻く。
 『だけど、それは俺にとって幸せな恥ずかしさかもしれない。でも、この追及の激しさは・・・ウルカも立派に女の子なんだな・・・』
 心の中で反省する悠人であった。


─聖ヨト暦332年 ホーコの月 緑 五つの日 夕方
 ラキオス城、廊下

 「ふぅ・・・」
 『漸く戦争関連の事務はケリがついた・・・後は、詰め所の庶務についてまとめないと・・・』
 報告書を提出し、闘護は一息つきながら廊下を歩いていた。
 「くそっ・・・」
 『戦線が押されてるからスピリットを可能な限り投入しろ・・・か。おかげで、内務のしわ寄せが全部俺に来る』
 不機嫌そうに眉をひそめる。
 『第二詰め所だけじゃなくて、第一詰め所の分も受け持つ羽目になるとは・・・』
 「ったく・・・これじゃあ、いつまで経っても終わらない」
 ぼやく闘護。
 「おーい、トーゴ」
 その時、後方から呼びかけられた。
 「ん?ヨーティア・・・」
 振り返ると、ヨーティアが息を切らせて駆け寄ってくる。
 「ちょうどよかった」
 「ちょうどよかった?」
 闘護はヨーティアの言葉をオウム返しに呟く。
 「いやぁ、実は腹が減ってねぇ・・・イオは仕事でいないしさ。マトモな飯が食いたいんだよ」
 「・・・それで?」
 「あれ?わからないのか?」
 心底不思議そうな表情を浮かべるヨーティア。
 「・・・まさか、俺に飯を作れと?」
 「そのまさかだよ。なんだ、本当にわからなかったのか?」
 「飯なら城にいくらでも作ってくれる人がいるだろう。彼らに頼んでくれ」
 闘護はそう言って背を向ける。
 ガシッ
 しかし、ヨーティアは素早く闘護の腕を掴んだ。
 「城のバカ共はまともな飯も作れないんだよ。お前は第二詰め所で料理を作ってるんだろ?」
 「・・・」
 振り返る闘護に、ヨーティアはニヤリと笑った。
 「セリア達から聞いたぞ。お前は料理が上手いんだってね」
 「だから、俺に作れと?」
 「そうだ」
 「断る」
 「何で?」
 「俺は忙しいんだ」
 「あたしだって研究することが残ってるんだ。お前だけ忙しいと思ってるんじゃないよ」
 ヨーティアは渋い表情で言った。
 「・・・生憎、あなたの飯を作る為に割く時間はないんだ」
 そう言って闘護はヨーティアの手を払いのけた。
 「仕事は後から後から増えてくる。片づけないと溜まる一方なんだよ」
 「そんなことは解ってる。だけどそれはお前だけじゃ・・・」
 「大体、飯を作れなんて贅沢を言わないでくれ」
 闘護は不機嫌そうな表情を浮かべる。
 「こっちだって、マトモに飯を食ってないんだ。仕事に追われて作る暇もないから、残り物を食べるしかないんだよ」
 「残り物って・・・第二詰め所はあんた以外にも作れるのがいるだろ?」
 目を丸くするヨーティアに、闘護は首を振った。
 「俺しかいない。今は全員前線に出払っている」
 「・・・」
 「そういうわけだ。あなたが忙しいように俺も忙しい。頼み事は、暇のある人にしてくれ」
 そう言って闘護はヨーティアを置いて歩き出す。
 「お、おい、トーゴ!!」
 その言葉に振り返ることなく、闘護はスタスタと行ってしまった。
 「・・・かぁあああ!!」
 一人、取り残されたヨーティアは乱暴に頭を掻いた。
 「あいつはこの私をなんだと思ってるんだ!!」


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 「ふぅ。やっと一息ついた・・・」
 食堂の椅子に座った悠人はため息をついた。

 隊長である悠人は、前線とラキオスとの往復を繰り返していた。
 前線では部下の指示を、ラキオスに戻ればすぐに会議の連続。
 情報部に前線の情報を渡し、作戦部にスピリット部隊の運用を伝える。
 本来、情報を説明する役を担っていた闘護はラキオスから動けない。しかも、その代役となるエスペリアも前線に張りついている状態の為、悠人がする羽目になっているのだ。
 前線である砂漠地帯と、ラキオス本城の行き来は、いくらエーテルジャンプが導入されたとはいえ辛いものがあった。

 「あと一時間で前線か・・・」
 気温の落差とせわしなさは、思いの外精神を消耗させる。
 椅子に座ったまま、悠人はガックリと肩を落としていた。
 窓から吹き込む風が、前髪を揺らす。
 『砂漠の熱風と違って、心地よい涼しさが身体に染みるな。もう少し、静かにこうしていよう・・・』
 悠人は目を瞑った。
 『考えなきゃいけないことも、やらなければならないことも沢山ある。今日子と光陰の事、佳織の事、瞬の事。この国の事。自分に一体何が出来るのか・・・だけど、今だけは、心をカラッポにしよう。あと暫くの間だけは・・・』
 「おーーーーーーい!!」
 そよぐ風の気持ちよさを台無しにする声が聞こえてきた。
 「・・・またかよ」
 ヨーティアの声だった。
 悠人は静かな残り一時間を諦めざるを得ないことを悟った。


 「なんだ、今日はユートしか帰ってきてないのか」
 ヨーティアはそう言って食堂を見回した。
 「それにしても、なかなか小綺麗な部屋じゃないか。やっぱエスペリアがいると違うねぇ」
 『ヨーティアにもイオがいるだろ!』
 心の中で突っ込んでから尋ねる。
 「何の用だよ。ここまで来るなんて珍しい」
 いつもは悠人だろうが、レスティーナだろうが、構わず自分の部屋に呼びつける。
 出歩くのが面倒という理由だけでだ。
 そんなヨーティアがこんな所まで歩いてくるのは珍しい。
 「何の用だ、はないだろ?いや〜、イオも建設指示で外しててさ〜。飯を食わせてもらおうと思ったんだけどね。ハハハ・・・やれやれ、食事担当が席を外すなんてね」
 フゥとため息をつきながら首を横に振る。
 悠人は呆れを通り越し、何か底知れぬ怒りを感じてしまう。
 「城で食えばいいだろ。城でっ!そんな理由でこんな所まで来んなっ!!」
 「そう言うなよ〜。エスペリアの料理を、私にも食べさせておくれよ〜。城のバカ共ときたら、飯もまともに作れやしないんだ。絶対スピリットが作る飯の方が美味い。レスティーナが可哀相に思えてくるね」
 すり寄り懇願する。
 「今日はエスペリアはいない!エスペリアは前線だ!」
 悠人は強い口調と言った。
 「オルファもいないし、アセリアは・・・まあ論外だけど。とにかくだ、飯を作る人はいない」
 『横着している罰だ。トボトボと腹を空かせたまま帰るがいい!』
 ビシッと外を指さす悠人。
 「なーに言ってんだい。ちゃんといるじゃないか、飯を作る人は」
 そんな悠人の勝ち誇った笑顔をよそに、満面の笑みで俺を指さすヨーティア。
 「なっ・・・!何言ってるか、よく解らないな」
 「・・・いくらボンクラだからって、今の言葉の意味がわからないのはどうかと思うぞ、ユート。解らないなら教えてやるけど」
 「哀れみの表情で見るな!!」
 悠人は怒鳴る。
 「あのな。俺は今から一時間で前線に戻らなくちゃいけないんだ。それまでの時間くらい休ませろ。何で俺がヨーティアの飯を作らなきゃいけないんだよ」
 「私だって、すぐに次の研究をしなきゃいけないんだ。お前だけが忙しいと持ったら大間違いだぞ?」
 偉そうにというか、自信たっぷりに答える。
 ヨーティアの中では、悠人が飯を作ることは決定事項で、それに対して一片の疑いも迷いもないのだろう。
 「そんなっ・・・だったら、第二詰め所にいる闘護に頼めよ!」
 「頼んだよ。そしたらアイツ、“あなたが忙しいように俺も忙しい。頼み事は、暇のある人にしてくれ”と言ったんだよ。ったく・・・アイツはこの天才の価値を解ってない!!」
 ヨーティアは口を尖らせる。
 『闘護とヨーティアって相性悪いよな・・・』
 悠人はふと、場違いなことを思う。
 「まぁとにかく・・・そういうことだ。作れ」
 「そういうこと・・・って、ハァ〜〜〜」
 『もはや何を言っても無駄だな・・・』
 悠人は諦めたように首を振った。
 「あーもー・・・わかったよ。適当に作るぜ?俺、こっちの材料よく知らないから、何が出来ても文句言うなよな」
 「お、流石はエトランジェ殿、話が解る!何でも良いから、頼むね〜」
 居間の椅子に座り、笑顔で手を振るヨーティア。
 「まったく・・・」
 悠人はぶつくさ言いながら、台所に入った。

 『天才・・・ねぇ』
 テーブルの向こう側でハクゥテ(こちらの世界のパスタ)を貪る自称天才科学者を、疑いの目で眺めていた。
 「ぅむ・・・なかなかイケルじゃないか。これは・・・ラキオスの料理なのか?」
 「んー・・・ちょっと違うかもなぁ。材料はこっちのだけど、料理自体は俺の世界のだ」
 『あり合わせの材料があればこれくらいは作れる。エスペリアのお陰で材料の外見と味は大体解ったし』
 悠人は少し得意げに言った。
 「ふーん。なかなかやるもんだねぇ・・・」
 ふむふむ、と頷いて再びハクゥテを頬張るヨーティア。
 『喜んで食べている姿を見ると、作った人間としてはやはり嬉しいな・・・』
 作る前の苛立ちはどこへ行ったのか、悠人は笑った。
 「ふぅ、ごちそうさま。美味かったよ」
 エスペリア達にも食べてもらおうと多めに作ったにもかかわらず、ヨーティアが一人で四人分を平らげてしまった。
 『こんなに大食いだったのか・・・』
 悠人は唖然とする。
 「そうだ!ユートにも報告しておこう」
 「ん、なんだ?」
 悠人は皿を片づけながら返事をする。
 「ちょっと小耳に挟んだことなんだけどね。帝国のスピリットが、一組の男女に殺されたらしい」
 「え?それって今日子達のことか?」
 わからん、というように肩を竦めるヨーティア。
 「・・・スピリットに対抗できる存在は、スピリットかエトランジェだけだ。だけどエトランジェだって、訓練されてる上に強化されてる帝国のスピリットと戦うのは、そう楽な事じゃない。なのに、その男の攻撃一発で、その部隊は壊滅したっていう話さ。本当か嘘かはわからんけどな」
 「もうちょっと詳しく解らないのか?えっと、光陰・・・男の方はオルファの【理念】をもっと大きくしたような剣で、女の方の剣は細身で雷を使ったとか、そういうの!」
 「女は杖を持っていたらしい」
 「杖だって?ってことは、今日子じゃないよな・・・また別のエトランジェが来てるのか!?」
 「・・・実際の所はよく解らない」
 ヨーティアは首を振った。
 「私の知る限り、この大陸に伝わるエトランジェ用の神剣は、【求め】【誓い】【空虚】【因果】の四本しかない。知っての通り、既に剣の契約者が存在するだろ?」
 「それは、確かにそうだなぁ・・・じゃあ、エトランジェって訳じゃないのか・・・」
 『帝国と交戦した、というのが気になる。もしかしたら同じ目的なのかも知れない』
 悠人は考え込む。
 「まだ何ともいえないがね。とにかく警戒してくれ。あまりに得体が知れない」
 「わかった。闘護には・・・」
 「伝えてないよ、まだ」
 「だったら俺が・・・」
 「いいよいいよ。私が伝えとくさ」
 ヨーティアは立ち上がった。
 「さぁて、と。そろそろ時間だろ?私も研究室に戻るとするよ・・・ユート、美味かったぞ」
 ニカリと笑い、改めて礼を言う。
 「俺の得意料理だぜ。当たり前だ」
 悠人も笑顔で返した。

作者のページに戻る