─聖ヨト暦332年 レユエの月 赤 一つの日 夜
スピリットの館 周辺
「・・・あれ?」
悠人は、頭を冷やすために庭に出ると、そこには先客がいた。
「アセリア・・・?」
アセリアは星を見ていた。
ただ無心に、その奥の何かに心を飛ばすように。
『・・・一人になりたかったんだけどな』
瞬への憎しみに囚われすぎている自分。
今日子や光陰と戦わなくてはならない恐怖。
悠人は、それらが頭の中でグチャグチャになっていて、まとまりがつかなくなってる事を自覚したので、頭を冷やそうと思って外に出たのだ。
『・・・まぁ、アセリアならいいか』
近寄り、アセリアの横に並ぶ。
「アセリア、ここいいか?」
「ん・・・」
コクリと頷く。
許しが出たので、悠人もここで星を見ることにした。
『こうしていれば多分、自然と頭も冷えるだろう。横にアセリアがいるなら、尚更だし』
悠人はそのまま、目を閉じた。
ざわざわと木々がざわめく。
「ユート・・・」
「ん・・・どした?」
「この空の向こう・・・ハイペリアに・・・ユートの世界があるのか?」
「そうみたいだな・・・本当に空の向こうかは解らないけど。この世界じゃない場所に、俺のいた世界があるらしい」
『元の世界か・・・懐かしいな。ここに来てから大分経つし、郷愁の念が募るのも当然か・・・』
悠人は苦笑する。
『それに、この世界では辛いことの方が遙かに多い。だというのに、生きていることを元の世界にいるときよりも実感できるのは何故だろう?生きるため、佳織を助け出すためだからって、多くの命を奪ってる・・・そんなの許されるわけ無いのに』
悠人は自分の掌を見つめる。
『自分の手が、血の色をした罪で汚れていることも解っている。元の世界に帰れたとして、果たして平静でいられるかどうか・・・それでも、俺はこのまま進むしかない。佳織を助けるためには、今日子や光陰達とも・・・』
クイッ
自分の世界に入りかけた悠人を、アセリアは服の裾を引っ張って呼び戻す。
「海の彼方・・・星の世界・・・龍の爪痕の彼方・・・私は・・・ハイペリアに行ってみたい」
アセリアは空を見上げ、遙か遠くの世界に思いを馳せる。
『アセリアは少しずつ無くしていた何かを手に入れようとしている・・・そんな気がする』
「アセリアって、初めて逢ったときから変わったよな」
「・・・そうか?わたしは、わたしだけど・・・」
アセリアはいつもの口調で返事をした。
「ああ・・・そうだな。うん、その通りだよ」
悠人は苦笑しながら頷く。
「ユートの世界は・・・ユートにとって良い世界か?」
空を見上げたまま、再び問う。
アセリアの質問はストレートだけど、それ故に逆に悩んでしまうものもあった。
「うーん・・・悪い世界じゃないと思うよ。俺のいた国は平和だったしさ」
悠人は元の世界のことを思い出す。
『確かに、そう悪くはなかった。だが、俺には将来の展望など無く、佳織を幸せにするという目的以外、何をすればいいか解らなかった・・・いや、将来の展望という点では、闘護みたいに進路が決まっていたのならともかく、おそらく同世代の連中も変わらなかっただろう。俺にはみんな同じように、ただ漠然と生きているように見えたし・・・』
「でも、国によっては戦争してる場所もまだあるよ。人だって、一杯死んでる。だけどさ・・・それでも、俺の生まれた世界なんだ」
笑って、そうアセリアに答えた。
「だから、やっぱり好きなのかも知れないな。自分のいた世界がさ」
「そうか・・・うん。私も、この世界が好きだ」
アセリアは小さく笑った。
「そうだ。ユート・・・前の質問の答え・・・解ったか?」
「ん?なんだっけ?」
「私とユートの、生きる意味と生まれた理由」
そう言って空に向かって手をかざす。
指の隙間から強く輝く星々が、アセリアの瞳に映った。
「俺の生まれた意味か・・・」
悠人もアセリアと同じように手をかざす。
そして同じ星空を見つめながら、少し考えてみる。
『意味なんて、あるのだろうか?関わった人が次々と死んでいく俺なんかに』
「俺はさ・・・ずっと自分が不幸を呼んでいると思ってた。本当の両親も、佳織の両親も、それから佳織自身まで巻き込んじゃってさ」
「ユート・・・」
「俺の家族はみんな死んでいくんだぜ?俺だけ残して・・・」
悠人は自身の頬が引きつっていることに気づく。
自分で知らない内に自嘲の笑みを浮かべていたのだ。
アセリアはそんな悠人を困ったような、悲しいような表情で見つめていた。
「疫病神だとか、死に神だとか・・・みんな言ったし、俺だって正直そう思ってる。だって、みんな不幸になっていくんだぜ?」
悠人はアセリアから視線を外した。
「佳織も・・・俺の近くにいたから、不幸になってる」
「・・・ユートだって・・・不幸じゃないのか?」
アセリアの問い。
『俺が不幸じゃないのか・・・か。そんなことを言って貰える権利が、果たして俺にあるのだろうか?』
「・・・」
少しだけ考えると、色々な出来事が脳裏を過ぎった。
『佳織との生活の日々、今日子と光陰とのバカ騒ぎの日々、アセリア達との生活、戦いの日々・・・その全てが自分自身を形成している。不幸なだけじゃなくて、そのどれもがやはり必要なんだ・・・』
「俺は・・・多分、ただ不幸って訳じゃないと思う。佳織や今日子達もいたし・・ここでアセリア達とも出会えたし。良いことも多かったからな」
そよそよと涼しい風が木々を揺らす。
「うん・・・きっとそう・・・」
アセリアは、左手でそっと髪を押さえた。
「ユートは私に・・・色々な物をくれた。それはきっと・・・とても大切なもの・・・ユートと出会えて・・・うん」
言葉を切り、ジッと悠人を見る。
いつもよりも、随分と女の子らしい笑みだった。
「・・・私は幸せ!」
恥ずかしいセリフを、臆面もなく言う。
「!!」
目を合わせた瞬間、悠人の胸が高鳴る。
ゆっくりと、頬が熱くなっていった。
「うん、それに・・・私は不幸はもらってない」
「あ・・・」
アセリアの呟きに、悠人はハッとする。
『不幸はもらっていない。それは、自分を疫病神だという俺へのフォローだろうか』
「有り難う、アセリア・・・」
「うん」
「俺も、探さなきゃな・・・アセリアと同じように、自分の生まれた意味ってのをさ」
『もしかしたら、一生その答えにはたどり着けないのかも知れないけど』
心の中で蛇足する。
「私は・・うん・・・見つけた」
「へぇ・・・見つかったのか。良かったな」
「・・・うん!」
素直に頷くアセリア。
その顔には無垢で美しい微笑み。
『・・・駄目だ。勝手に顔が熱くなって、見てられない』
悠人はつい顔を背けてしまう。
『なんかアセリアが凄く可愛く見えてしまう・・・』
悠人は高鳴る鼓動を押さえて普通通りに話しかける。
「・・・星、綺麗だよな」
「うん・・・」
二人は無言で空を見る。
星の青、月の白、そしてマナ蛍の黄金。
様々な色を持つ光が周囲を照らしていた。
【・・・】
二人は、暫くの間その光に魅せられていた。
─聖ヨト暦332年 レユエの月 赤 二つの日 昼
闘護の部屋
「ふぅ・・・とりあえず、今日はここまでにするか」
書類の整理が一段落し、闘護はゆっくりと息をついた。
『さて・・・少し休むか』
トントントントン!!
「ん?」
けたたましいノックに闘護は眉をひそめた。
「誰だい?」
「トーゴ様!トーゴ様!」
帰ってきたのは元気いっぱいの声。
『この声は・・・』
「ネリーか?」
「シアーもいるよ。入ってもいい?」
「・・・いいよ」
ガチャリ
「失礼しまーす」
「し、失礼します・・・」
扉が開き、ネリーが元気いっぱいに、シアーが少し遠慮がちに入ってくる。
「どうしたんだ、二人とも?」
「トーゴ様、今ヒマ?」
ネリーの単刀直入な質問に、闘護は目を丸くする。
「暇って・・・まぁ、仕事は終わったけど・・・」
「だったら、一緒に買い物にいこ!!」
「買い物?」
「うん!」
「買い物って・・・何を買うんだい?」
「え?」
闘護の問いに、ネリーは目を丸くする。
「・・・決めてないのか?」
「えっと・・シ、シアーは何かないかな?」
「え、えぇ!?」
突然話題を振られたシアーはしどろもどろになる。
「・・・何で、買い物に行きたいって思ったんだい?」
二人の様子に呆れつつ、闘護は尋ねた。
「だ、だって・・・ネリー達もお金を使えるようになったのに、まだ一回も使ったことがないから・・・」
「う、うん・・・」
二人の回答に、闘護は僅かに眉をひそめた。
『そういえば、セリアが“漸くスピリットがお金を持つことが出来たのに、忙しくて使う機会や時間がなかなか無い”と言っていたな。二人も、漸く暇が出来て使ってみたいと思ったのか・・・』
「それで、俺を誘ってくれたのか」
「ダメ、かな・・・?」
「・・・ダメ?」
「いいよ」
上目遣いの二人に闘護は苦笑して頷く。
「何を買うかは、後で決めよう」
─同日、昼
ラキオス城下町
「うわぁあ・・・」
「ふわぁ・・・」
市場を歩きながら、周囲をキョロキョロと目を輝かせて見回す二人。
「おいおい、二人とも市場は初めてじゃないだろ?」
「うん。だけど、買い物は初めてだもん」
「初めて・・・」
「そうか」
二人の様子に闘護は頬を緩めた。
『そういえば・・・』
「二人とも、どれくらいお金を持ってるんだ?」
「えっと・・・これだけだよ」
二人は腰に下げた小さな革袋を闘護に見せた。
「これだけか?」
「うん」
「(コクリ)」
「・・・」
「・・・トーゴ様?」
「どうしたの?」
沈黙する闘護に二人が首を傾げた。
「い、いや・・・」
『これだけじゃ・・・お菓子を買うだけで終わりそうだな』
ポリポリと頭を掻く。
「そういえば、トーゴ様はお金を持ってないの?」
「俺か?俺は持ってないな」
闘護は肩を竦めて苦笑する。
「え?え?どうして?」
「個人的な買い物は殆どしないからね」
『それに、必要な物は経費で落とすからなぁ・・・多少、私用で使う物でも』
心の中で思ったことを素直に口にしない闘護であった。
「まぁ、とにかく・・・何か欲しい物はあるかい?」
「えっと・・・」
「うんと・・・」
暫し考え込む二人。
「あ・・・」
ちょうどその時、三人の前をお菓子を持った親子が通り過ぎた。
「お菓子、か・・・」
闘護は小さく呟いた。
「ねぇねぇ、トーゴ様」
「あの・・・」
二人は闘護の方を向いた。
「何だい?」
「ネリー、お菓子を買いたい!!」
「シ、シアーも・・・お菓子を買いたい・・・」
「・・・いいよ」
二人の言葉に闘護は笑った。
「それじゃあ、俺のお薦めの店を紹介しよう」
暫く歩いて・・・
「俺が知ってる中で、お薦めのお菓子はここだな」
闘護が連れてきたのは、ヨフアル店だった。
「うわぁ・・・」
「・・・人がいっぱい」
「繁盛してるな」
ヨフアル店の前には行列が出来ている。
「とにかく並ぼう」
「うん!!」
「・・うん」
暫く並んで・・・
【えへへ・・・】
両手に抱える紙袋を見ながら嬉しそうに笑う二人。
「ふぅ・・・」
『結局、有り金を全部はたいてヨフアルを買っちゃったか』
二人の後ろを歩く闘護は小さく苦笑する。
「トーゴ様!早く食べよ!!」
立ち止まって振り返ったネリーが急かす。
「そうだな・・・さて、どこで食べるか」
闘護は周囲を見回す。
「・・・ん?どうした、シアー?」
「・・・」
その時、闘護はシアーが三人から少し離れたところを見ている事に気付く。
つられて闘護はシアーの見ている所に視線を向けた。
「子供・・?」
シアーが見ていたのは、二人の女の子だった。
『年上と年下の女の子・・・か』
二人はヨフアル店の端に置かれていたベンチに座って一生懸命ヨフアルを頬張っている。
『美味しそうに食べてるが・・・あ』
年上の方の女の子が、年下の方の女の子の口元についていたヨフアルの欠片を拭った。
「どうしたの?」
二人の様子に気付いたネリーも女の子達の方を見た。
「あ・・・あの子達・・・」
「姉妹、だな・・・」
ネリーの呟きに、闘護が言った。
「うん・・・姉妹・・・シアーとネリーと同じ・・・」
「そうだね。ネリー達と同じ!」
二人は笑顔で言った。
「姉妹・・・か」
闘護は小さく呟く。
『そう言えば・・・スピリット同士に血の繋がりは無いんだよな。でも、ネリーとシアーは双子として扱われている・・・』
「何故、か・・・」
「ねぇねぇ、トーゴ様、シアー」
ネリーがじれったそうに二人を睨む。
「ネリー、早く食べたいよ!」
「・・そうだな」
「う、うん・・・」
「じゃあ、俺のとっておきの場所で食べようか」
【とっておきの場所?】
闘護は、二人を連れてかつてレムリアに連れられて行った高台へ向かった。
「うわぁ・・・」
「ふわぁ・・・」
「ここがこの町で俺の知っている一番の場所、だな」
感嘆の声を上げる二人に闘護は得意そうに言った。
「すっごーい!!」
「綺麗・・・」
「ふふふ・・・」
闘護は小さく笑うと、腰を下ろした。
「ほら、二人とも」
「はーい」
「は、はい・・」
闘護に促され、二人は闘護の左右に腰を下ろす。
「えへへ・・・」
ネリーは嬉しそうに笑うと、早速紙袋からヨフアルを取り出す。
「おいしそう・・・」
シアーも取り出したヨフアルを見て嬉しそうに笑った。
「はい、トーゴ様」
「ど、どうぞ、トーゴ様」
そして二人は、同時にヨフアルを闘護に差し出した。
「・・・くれるの?」
「うん」
ネリーが元気よく頷いた。
「ありがとう・・・遠慮無く貰うよ」
「はい」
「ど、どうぞ」
闘護は二人からヨフアルを受け取った。
「それじゃあ・・・頂きます」
【頂きます】
闘護の真似をする二人。
【パクッ!!】
そして同時にヨフアルを頬張る。
【モグモグ・・・ゴクン】
「どうだい?」
闘護の問いに、二人は目を丸くして一言。
【美味しい!!】
「・・・なぁ、二人とも」
二人から貰ったヨフアルを平らげ、闘護は口を開いた。
「モグモグ・・・なぁに?」
口を動かしながらネリーが聞き返す。
「君達は仲が良いね」
「ムグムグ・・・はぁい」
口を動かしながらシアーが答える。
「・・・」
『聞いても無理だな。食べる方が大切みたいだし』
答えるよりも食べることに集中している二人に、闘護は苦笑する。
『それにしても・・・スピリットの姉妹、か』
闘護は空を見上げた。
『以前、エスペリアから聞いたことがある・・・ネリーとシアーは同じ日に同じ場所に現れて、顔が似てたことから双子の扱いをされていると聞く』
チラリと、一生懸命ヨフアルを食べている二人に視線を送る。
『一方で、アセリアとセリアもやはり同時期に現れたという・・・なのに、似ているのは名前だけだ。姉妹扱いもされてない・・・』
「・・・なぁ、二人とも」
「モグモグ・・・なぁに?」
「二人とも、自分たちが姉妹だって事をどう思う?」
「ゴクン・・どう思うって・・・」
ネリーは首を傾げた。
「ムグムグ・・・ゴクン」
頬張っていた物を呑み込んだシアーも首を傾げる。
「えっと・・・」
「ちょっと、質問が悪かったな」
闘護は苦笑する。
「つまりだ。自分たちが姉妹であることをどう思う?」
「ネリー達が?」
「そうだ」
「幸せだよ」
ネリーは簡潔に答えると、シアーを見た。
「ね、シアー」
「うん。幸せ・・・」
「・・・ぷっ」
二人の答えに闘護は吹き出す。
「ト、トーゴ様?」
「どうしたの?」
「い、いや・・・悪い悪い」
首を傾げた二人に闘護は謝ると、納得したような笑みを浮かべた。
「そうか・・・幸せか」
「うん」
「どうして幸せなんだい?」
「だって・・・シアーと繋がってるんだもん」
「うん・・・ネリーと繋がってるから・・・」
「繋がってる、ね・・・」
闘護は納得したように頷く。
『確かに、姉妹というのは絆の一つだ。そういう繋がりを感じているのは幸せなことなんだろうな・・・』
「羨ましいな・・・」
「え?」
「ふぇ?」
「いや・・・なんでもないよ」
小さく首を傾げる二人に、闘護は笑顔を返した。
─同日、夜
闘護の部屋
コンコン
「はーい。誰だい?」
闘護は書類から顔を上げて返事をする。
「セリアです」
「おう、どうぞ」
ガチャリ
「失礼します」
扉が開き、中に入ってきたセリアが一礼する。
闘護は立ち上がる。
「お帰り、セリア」
「はっ」
「早速だが報告を聞きたい」
そう言って、セリアに椅子を勧める。
「失礼します」
セリアは一礼して闘護の対面にある椅子に腰掛けた。
「前線の状況は?」
「我が国、マロリガン共に一進一退の状況です。現在は、僅かにランサ寄りですが・・・」
「ふむ・・・負傷者は出てるか?」
「多少の小競り合いはありますが、重傷者はいません」
「そうか・・・」
「明日から暫くの間、内務に就きます」
「わかった。よろしく頼む」
「はっ!」
セリアは立ち上がり、再び一礼した。
「失礼します」
「待った」
「え・・?」
顔を上げたセリアは突然の呼び止めに小さい声を上げた。
「セリア。君に聞きたいことがあるんだ」
「はっ・・・何でしょうか?」
「君とアセリアは同時期にラキオスに配属されたんだよね?」
「はい」
「・・・」
僅かに、闘護は探るような視線をセリアに向けた。
「何でしょうか?」
「・・・君はアセリアと姉妹みたいな関係になりたいと思ったことはないか?」
「・・・は?」
闘護の問いに、セリアは目を丸くした。
「あの・・・仰っている意味がよく解らないのですが・・・」
「・・・悪い。質問を変えよう」
闘護は小さく首を振った。
「君は・・・家族を持ちたいと思ったことはあるか?」
「家族・・・ですか?」
「ああ。例えば・・・妹とか・・・」
「妹、ですか・・・」
セリアは小さく首を傾げた。
「うん。そうだな・・・ネリーとかヘリオン達を妹みたいに・・・」
「妹と意識したことはありません」
闘護の言葉を遮るようにセリアははっきりと言った。
「そ、そうか」
「ですが、私にとってみんな大切な仲間です」
「・・・」
「それだけですか?」
「あ・・・い、いや、もう一つ」
呆気にとられていた闘護は、気を取り直すように首を振った。
「その・・・家族とか姉妹とか・・・何か“絆”を持ちたいと思ったことはないか?」
「“絆”ですか?それなら、既にあります」
「第一、第二詰め所のみんな・・・だね?」
「はい!」
セリアは強い口調で言い切った。
「わかった・・・ありがとう」
「はい・・・あの、トーゴ様」
「ん?」
「どうしてそのような質問を?」
「・・・いや、ネリーとシアーを見ててね」
闘護はポリポリと頭を掻いた。
「スピリットには血縁関係はない。だが、彼女たちは双子と認識されている・・・それを見て思ったんだ。二人とも、姉妹という“絆”を求めていたんじゃないかってね」
「・・・」
「人間は親から生まれるが、スピリットはそういう意味の親が不明だ。だけど、心を持つ生物なら・・・“絆”を求めるのは当然だし、そうなって然るべきだと思う」
闘護はそう言ってセリアを見つめる。
「ネリーとシアーは同じ時に同じ場所に現れたから双子だ・・・君とアセリアもそうだと聞いた。だから、君達もそういう関係を願ったことはないかと思ってね・・・」
「・・・そういうことでしたか」
セリアは納得したように頷く。
「もしかして・・・気を悪くしてしまったか?」
「いえ、そんなことはありません」
闘護の言葉に、セリアは慌てて首を振った。
「そうか・・・よかった」
少し安心したように笑う闘護。
「あの・・・トーゴ様には兄弟は・・・」
「兄弟?」
「はい。ユート様にはカオリ様がいるように、トーゴ様には弟か妹は・・・」
「俺は一人だよ」
セリアの言葉を遮るように闘護は言った。
「そ、そうですか・・・失礼しました」
「気にしないで良いよ」
恐縮するセリアに闘護は苦笑する。
「ま、それだけ確認できたら十分だ。ありがとう」
「いえ・・・それでは失礼します」
再び一礼して、セリアは部屋から出て行った。
「ふぅ・・・」
一人になると、闘護は息をついて椅子に座り込む。
「家族・・・“絆”か・・・」
小さく呟いてみる。
『俺の家族・・・父さんと母さんは捨て子だった俺をずっと養ってくれた。俺にとって、二人は本当の両親も同然だ・・・だけど、俺を生んでくれた両親はどうなんだろうか?』
ポリポリと頭を掻く。
『俺を生んだ両親と俺を育てた両親・・・育ててくれた両親との“絆”だけで充分かもしれないが・・・』
「・・・俺を生んだ両親は、何故俺を捨てたんだろうか?」
呟いた疑問に答えるものはいなかった。
─聖ヨト暦332年 レユエの月 赤 四つの日 夕方
館の食卓
「あれ・・・?」
悠人は、ふと見たリビングでウルカがボンヤリと佇んでいた。
『なにしてんだろ?』
家事(のようなもの)で疲れたわけではなさそうである。
悠人は何となく気になって、話しかけてみることにした。
「ウルカ、どうしたんだ?」
「ユート、殿・・・手前に用事が・・・?」
「いや、なんかボンヤリしてたみたいだからさ。どうかしたのかって思って・・・」
「それは・・・気を回させてしまいました。手前はただ、くつろがせてもらっていただけです」
言葉とは違い、くつろいでいた様子はない。
それどころか、心理的にかなり参っているようであった。
「・・・本当に、それだけなのか?」
「・・・はい」
やはり、声は沈んでいる。
『これでなんでもないはずがない』
「何か、あったのか?」
「・・・」
「話してくれないか?そうじゃないと、わからないからさ」
「しかし、これは手前のことで・・・」
「この館にいる限り、みんな家族だって思ってるよ。少なくとも俺は」
「家族・・・」
信じられない言葉のように呟く。
ウルカはゆっくりと悠人の顔を見た。
「スピリットの手前が、家族・・・?」
「ああ。エスペリアも、アセリアも、オルファも、闘護も・・・それから他のみんなも。みんな、俺にとっては大切な家族だ」
「・・・成る程。ラキオスのスピリットが、こんなにも生き生きとしている理由がわかりました」
大きなため息をつき、肩の力を抜くウルカ。
少しは重い空気を取り払うことが出来ただろうか。
「ユート殿・・・有り難うございます」
ペコリと頭を下げる。
何度か見たウルカの仕草。
いつものように、心からそう思ってくれているようで、嬉しくなった。
「手前に部下がいたことは、前に話しましたか・・・?」
「ああ、聞いた」
「手前の名からウルカ隊と呼ばれていたのですが・・・その、解散させられたと、エスペリア殿から、そう伺いました」
「そう、か・・・」
「そして、元から我が隊にいた者が何処に行ったかは誰も知らない、と」
そこで言葉を切る。
表情から、ウルカがどれだけ部下を大切にしていたか知れた。
「手前は上にいる者として、かなりの未熟者でした。しかし、手前を助け・・・慕ってくれたのです」
「帝国にも、そういうのがいたんだな」
『漠然としたイメージで、帝国のスピリットは人間性なんて持ち合わせていないと思っていた。こういう思いこみが危ないんだな・・・』
「はい・・・手前などには勿体ないほど、よくできた部下達でした」
冷静な顔をしているが、肩が震えている。
後悔と寂しさ、それらが何度も過ぎっているのだろう。
「誰も殺せぬスピリットなど、欠陥品と呼ばれても仕方ないというのに」
「・・・殺せない?」
「はい・・・手前には、何かを殺すことなど出来ませぬ。腕が止まり、それ以上はどうにも・・・」
言葉を続けるのに疲れ、軽く頭を振る。
『斬れない・・・斬るのにためらう・・・ウルカもなんだ・・・俺と同じなんだ・・・』
「手前はここでのうのうと過ごし、手前の代わりに汚れ役を務めてくれた部下は・・・」
ウルカは拳を握りしめる。
「こんな事・・・こんな事が許されましょうか!」
ドンッ!!
ウルカは感情の高ぶるまま、テーブルを殴る。
「あ・・・すみませぬ」
「いや、いいよ・・・怒りは腹にためるとロクなことないし」
「はっ・・・」
恐縮するウルカ。
人を斬れず、今は神剣の力をも失ったスピリット。
『もう少し、ウルカと話した方がいいかな・・・』
心配と後ろめたさ、それからもっといろいろな感情で、ウルカの情緒はかなり不安定になっていた。
「お茶でも淹れるか。まぁ、エスペリアほど上手くはないけどさ・・・ウルカも飲むだろ?」
「ユート殿・・・有り難う」
「気にすんなって」
立ち上がり、キッチンへと向かう。
『俺も・・・エスペリア達に助けられたからな。美味しいお茶を淹れて、心を落ち着かせてやることが出来れば・・・』
悠人はそう思い、何度となく見た手順を思い出すのだった。
─聖ヨト暦332年 レユエの月 緑 一つの日 昼
ウルカの部屋へと続く廊下
『また剣を教えてもらおうかな』
そんなことを考えながら、悠人は廊下を歩く。
『ウルカの凄さは、剣を教えてもらってからよりわかった。本人の気質もあるだろうけど、修練を重ねた剣技は凄まじい・・・絶対に習得したい』
コンコン
「ウルカ、入っていいか?」
「ユート殿ですか。どうぞ・・・」
扉を開け、中に入る。
ウルカの部屋は、相変わらず綺麗に整理されていた。
「どうされましたか?」
「えっと・・・ウルカ、今ヒマか?」
「取り立ててすることもありませんが・・・」
「だったら、また剣を教えてくれないか?」
剣と聞いて、ウルカの表情が僅かに動く。
「・・・わかりました。お相手つかまつりましょう。では、この間の場所で・・・」
「おうっ!」
『やはり思うところがあったんだな・・・』
─同日、昼
スピリットの館 周辺
言葉もなく、スタスタと歩くウルカ。
二人はすぐに目的の場所にたどり着いた。
訓練棟に辿り着いたウルカは、悠人から距離を取って居合いの構えを取る。
「ユート殿が学ぶべきは、論を越え身体で会得するもの・・・さぁ、かかって参られよ」
「・・・ゴクリ」
ウルカの構えには隙がある。
いや、わざと見せて悠人を誘っているのだ。
だがここで打ち込まなければ上達しない。
悠人は大きく剣を振りかぶった。
「いくぞ・・・たぁぁぁあああああっっ!!」
「・・・はぁっ、はぁーっ!」
「ここまでとしましょう」
「サンキュ・・・」
地面に両手をついて、荒い息を繰り返す。
例によって、ウルカは涼しい顔をしていた。
「や、やっぱり・・・ウルカは、強いな〜・・・」
「手前などより、剣の声が聞こえるユート殿達の方が、遙かに強い筈。まだ、力の使い方に慣れていないだけでしょう」
「そ、そういうもんか・・・?」
『とても信じられない・・・そもそも、剣の声なんて強さと関係あるのか?』
悠人は驚きを隠さずに尋ねる。
「なぁ、ウルカ・・・やっぱり、その、違うもんなのかな。剣の声が聞こえると」
「・・・ある・・・筈です。手前にも、昔は聞こえておりましたから」
「は?」
「剣の声・・・あれは忘れられませぬ」
目を閉じて、静かに語る。
『何処か恐れを含んでいるような・・・そんな感じだ・・・』
「・・・それって、俺が聞いていいことか?」
ウルカの目がチラリとこちらを見る。
『決して興味本位で、面白がって聞きたい訳じゃない。だけど、心の傷に触れてしまうのかも・・・』
尋ねて僅かに後悔する悠人。
「・・・あれは、まだ初陣に出たばかりの頃でした。剣の声は強く、ただそれに従い、同胞を殺すことが使命だと疑いも持たなかったのです」
「それは・・・」
『神剣に殺し合いを強制される・・・それが普通だというのは、どんな状態なのだろう・・・』
悠人は心の中で呟く。
「手前だけではありませぬ。多くの者がそうであり・・・今も変わらぬのです」
ウルカは首を振った。
「とにかく、罪の意識などなく、手当たり次第に斬り捨てておりました」
「・・・」
『スピリットとはなんなのだろう?人に使われ、剣に使われ、本当にそんな存在なのか?』
悠人は小さく首を振った。
『俺にはわからない。だけど、今話しているウルカがそうだなんて、とても思えない』
「しかしある日、戦場で突然その声が途切れました。戦闘は終わっていたものの、そこで手前は初めて気がついたのです」
ブルッ、とウルカの身体が震える。
拳を強く握り、どうにか先を続けた。
「手前が自分で殺した者達の山・・・見渡す限りが金色の霧となる様を・・・戦慄、しました。己が行いだというのに」
「ウルカ・・・」
「その時より、一度も剣の声は聞こえませぬ。同時に、手前は止めを刺すことが出来なくなり・・スピリットとして、外れてしまいました」
語るウルカは寂しげだった。
「・・・」
『スピリットとして、外れた・・・そうか、根が真面目なだけに、辛いことも多かったのだろう。それに、『殺さなくてよくなった』ではなく、『殺すことが出来なくなった』ということも問題だったのかもしれない』
「声が聞こえていた頃と、今の手前。比べるなら、明らかに今の方が弱いでしょう・・・これが、声が聞こえた方が強いという理由です」
ウルカの抱える迷いや葛藤・・・そこには、神剣の声が聞こえないからこそのものも多そうだった。
『トラウマのようなもの、なのかもしれない。だけど・・・』
「でもさ、これで良かったのかもしれないな」
「良かった・・・とは?」
「スピリットって枠から外れたんならさ、そんなウルカにしか出来ないことがあるんじゃないか?」
「手前にしか出来ぬ事・・・?」
「ああ。多分、何かあるんじゃないかな」
『根拠はない。だけど、そんな気がする。ウルカは、エスペリア達とは別の意味で人間らしいように感じたんだから・・・』
悠人は拳を握りしめた。
「あるのでしょうか・・・そのようなことが」
「きっとあるさ。時間だってタップリあるんだから、ゆっくり探せばいいって。それに、もし昔のままだったら、今こうやって俺と一緒にのんびり話してるなんていうこともないだろうしな」
「ユート殿・・・はい」
少しだけ、ウルカの顔が明るくなる。
『うん・・・きっと、これでいいんだ』
「さてと、もう少し体を動かすか」
「はい・・・手前もお供いたしましょう」
目を閉じて、澄ました顔をするウルカ。
だけど、何となくその雰囲気はいつもよりも柔らかい感じがした。
─聖ヨト暦332年 レユエの月 緑 三つの日 夜
悠人の部屋
ドタン!!バタン!!
廊下から聞こえてくる音に、悠人は眉をひそめた。
「何の騒ぎだ?一体・・・っわぷっ!!」
ガバッ!!
ドアを開けたと同時に悠人の視界が真っ暗になる。
『なんだこれ?なま暖かいし、フサフサしてて・・・』
「こらっ!ハクゥテッ、待ちなさ〜い・・・ってパパ!?
聞こえてくるオルファリルの驚きの声。
カリカリと、悠人の横顔を小さな爪がひっかいている。
悠人の顔面に、ハクゥテの腹がくっついていたのだ。
「もがもがっ!」
悠人は手探りで首の辺りを掴み、ひょいと持ち上げる。
抵抗することもなく、顔から剥がれるハクゥテ。
「パパ。そのハクゥテ捕まえてくれたんだ。あははは・・・」
笑って誤魔化そうとするオルファリル。
しかし、悠人は渋い表情でオルファリルを見つめる。
「こら、オルファ。エスペリアに放し飼いは駄目だって言われてるだろ?この前だって、それで香草を食い荒らされたばかりじゃないか」
「だってだって!ハクゥテ、狭いお部屋だと可哀相なんだもん。ちっちゃな檻だと走り回れないもん」
「それにしたってなぁ・・・」
コイツの悪事(?)はなかなかのものだった。
まず、香草の被害・・・あの時のエスペリアの落胆ぶりは、見ていて哀れになるほどだった。
『本当に大切にしてるもんなぁ・・・』
食事を運ぶアセリアの足下にまとわりついて、バランスを崩させたこともあった。
『あの時は、頭からスープを浴びたんだよなぁ』
当然、悠人は悶絶し、戦闘でもないのにエスペリアの癒しの力の世話になることになった。
基本的に放置されてる為、被害は各所に出ている。
いつの間にか、糞の掃除までがエスペリアの仕事になっているくらいだ。
『・・・ん?』
よく見ると、今もハクゥテの口に香草の枝が見える。
『エスペリアの落ち込む顔が浮かんでくるな・・・』
「ハクゥテの面倒は、オルファが見るって約束だろ?それに、エスペリアに頼っちゃいけない、って言ったじゃないか」
悠人は少しだけ強い口調で叱りつける。
すると、オルファリルは不満げに唇を尖らせた。
「え〜。オルファ、ちゃんとハクゥテのこと見ているよ?ご飯もちゃんと上げてるし、一緒に遊んでるもん」
「あのな、オルファ。面倒を見るっていうのは、遊ぶことだけじゃないだろ?」
悠人はヤレヤレといった口調で言った。
「糞の始末だってあるし、みんなの迷惑の後片づけだってあるんだからさ。その辺は全部エスペリアがやってるじゃないか。それじゃ、ハクゥテのお母さんとは言えないぞ」
「オカアサン?オカアサンってなに?」
オルファリルは首を傾げた。
『そうか、お母さんって単語は初めてなんだっけ。何処まで通じるか解らないけど、説明してみるか・・・って、何か本当に父親になったみたいだな』
悠人は頬をポリポリと掻いた。
『ごく自然にそう思うのは、背のこともあるが、俺にとって『当たり前』であることを知らないのも大きいんだな』
「えっと・・・お母さんってのはママって事。オルファは俺のことをパパって呼ぶだろ?パパっていうのは男の親の意味で、ママは女の親のことなんだ。で、俺がパパだったら、オルファはママになるだろ?」
悠人は必死で説明するが、かなり強引になっていた。
『根本的に親がどういうものなのかは言ってないけど・・・まぁ、いいか』
悠人の説明をオルファリルは黙って聞き続けていた。
意味が通じたかは謎だが、段々と顔が緩んでいく。
「そっかぁ〜、オルファがママ何だぁ〜。そっかぁ♪」
オルファリルは下を向いたまま、ママという言葉を何度も呟く。
その様子は、何かとても嬉しそうだった。
『拙い説明ながら、意味は通じたみたいだな』
「だからな、オルファはちゃんとハクゥテのこと見ていないと駄目なんだぞ」
オルファリルの姿を見たせいか、ハクゥテはそちらへ移ろうと、じたばたもがき始める。
しかし、野生とはいえ相手はただのウサギ(のようなもの)。
悠人から逃げ出すには力が足りない。
「ほら、オルファ」
悠人は笑って、オルファリルにハクゥテを渡す。
「ハクゥテ、おいで」
オルファリルの胸に抱かれると、安心したように大人しくなる。
甘えるように、小さな胸に頬をすり寄せた。
「オルファ、もう一つ忘れちゃいけないことがあるぞ。ハクゥテのママになるって事は、ハクゥテがあったことの責任を、ちゃんと取ることなんだからな」
「せきにん?」
「ああ。もしハクゥテが悪いことをして、エスペリアやアセリアに迷惑をかけたりしたら、それはオルファがちゃんと謝らないといけないんだ」
「ふぇ?何で?ハクゥテはハクゥテだよ?」
不思議そうに聞き返してくる。
少し理解しにくかったかもしれない。
『でも、これは知っておかないといけないよな。そうしないと、いつかオルファ自身が後悔することになる・・・そんな気がする』
「ママになるっていうのは、そういう事なんだよ。ハクゥテが暴れたら、それはママであるオルファがちゃんと後片づけしなくちゃいけない。エスペリアはハクゥテのママじゃないだろ?じゃあ誰がハクゥテの面倒を見るママなんだ?」
悠人の言葉を神妙な顔で、黙って聞き続けているオルファリル。
言葉を切るたびに、小さくオルファリルの唇は何かを繰り返すように動く。
『オルファって、知らないだけなんだよな。これも教育の結果ってヤツか・・・』
悠人は心の中で憤る。
「ハクゥテのママはオルファだよ。そっか、オルファがちゃんとしないといけないんだ・・・」
小さく、だが強い声で呟きながら、しきりに頷く。
それから手を挙げて大きく返事をした。
「うん、わかった!オルファはハクゥテのママを頑張る♪いつでも、ちゃんと一緒に居てあげるんだ!」
大きく宣言してみせる。
「まずエスペリアお姉ちゃんと、アセリアお姉ちゃんの所に謝りに行ってくる。その後、花壇の手入れしてくる。えっと、それからそれから・・・」
指を折って、やらなくちゃいけないことを数えていく。
一つずつハクゥテの後始末を数えていくと、すぐに両手では足りなくなった。
見る見るうちに、オルファリルの笑顔が凍り付く。
「・・・こんなにすること、あるんだ」
もう既に両手は二往復を越えてしまった。
悠人は声が小さくなっていくオルファリルの頭に手を乗せる。
「どうにもならない時は、俺達に相談すればいいよ。そういう時は俺もエスペリア達も、きっと助けるからさ」
「うん♪パパ、ありがとうっ」
青ざめた顔も何処へやら、元気いっぱいの顔で返事をする。
「ハクゥテ!ちゃんとママが、ずっと一緒にいてあげるからね!!」
ハクゥテをギュッと抱きしめる。
心地よさそうに小さな鳴き声が上がった。
─聖ヨト暦332年 レユエの月 緑 五つの日 夜
悠人の部屋
キーン!!
「ぐぁぁあああっっ!!」
真夜中、突然悠人を襲う強烈な頭痛。
ベッドの上を転がり、床に転がり落ちた所で、本格的に悠人は目が覚めた。
「こ、こ、このバカ剣っ!!なにすんだっ!?」
〔起きたか・・・〕
「起きるに決まってるだろっ!!もっとマシな起こし方はないのかよ!?」
〔時が惜しい・・・契約者よ。漆黒の妖精の元へ行け〕
「漆黒の妖精・・・ウルカの所か!?」
『何かがあったのか・・・!?』
そう考えて悠人は、【求め】が自身の身体を操って、ウルカを襲わせようとしたことを思い出す。
「お前また、何か企んでるんじゃないのか・・・?」
〔企み、だと・・・?我はただ契約を履行するのみ〕
【求め】は少し不愉快そうに言った。
〔それよりも、漆黒の妖精の剣がおかしい・・・【誓い】の策略に使われておるやもしれん〕
「なっ!【誓い】・・・瞬かっ!?」
『佳織だけでなくウルカまで・・・くそっ!!せっかく戦いから離れて新しい生き方を探してるのに・・・』
悠人は拳を握りしめる。
『その姿は俺にとってとても眩しいものなのに・・・』
〔急げ、契約者よ・・・〕
「わかってるっ!!」
悠人は跳ね起きると、【求め】を手に取り部屋を飛び出した。
キン・・・キーン・・・
ウルカの部屋に近づくに連れ、悠人は徐々に妙な気配を感じるようになった。
『これは・・・何だ・・・?』
キーン・・・
『ウルカ自身の気配じゃない。敵対していたときに感じたものとは、どこか違う・・・まるで、俺がこの世界に来た時みたいだ』
悠人は拳を握りしめた。
『あの時の記憶なんて、もう殆ど覚えていないけど、この妙な気配だけは肌が覚えてる。明らかに普通のスピリットのそれと違う・・・』
〔あの妖精の持つ神剣・・・どこか、我々と違う〕
【求め】の言葉に、悠人は眉をひそめた。
『何だ?それはどういう意味だ!?』
〔・・・〕
【求め】の答えは返ってこない。
そうこうするうちに、悠人はウルカの部屋の前についた。
「ウルカッ!!」
ドンドンドン!!
「・・ぅ・・・・く・・・」
中から、うめき声のような物が聞こえてくる。
「ウルカッ・・・ウルカッ!!」
ドンドンドン!!
『どうする、剣で扉を壊すか・・・!?』
「ユー、ト・・・殿・・?」
何度目かの呼び声に返事があった。
ガチャ・・・
それと共に扉が開き、ウルカが顔を覗かせる。
「ウルカ、何かあったのか?」
「何か・・・とは?」
ウルカは平静を装うとしているが、顔色は悪く、誤魔化せてはいなかった。
『気配だって、こんなに不安定になってる・・・』
【求め】を通して伝わってくるウルカの気配に、悠人は心配そうにウルカを見つめる。
「ウルカ、その・・・身体に異常はないか?」
「・・・手前なら、大丈夫です。悪い夢に、少しうなされただけですから」
何でもないように澄ました顔をするウルカ。
『嘘だ!そんは筈はない!!』
「そんなわけないだろ!?」
「え・・・?」
悠人の叫びに、ウルカは驚きの表情になった。
「ウルカ・・・苦しいときに助けてもらうのは、別に悪いことじゃないと思うぞ?」
「・・・」
悠人が踏み込んで聞くと、ウルカは目を伏せた。
『やはり、言いにくいのか。それとも、まだ俺に遠慮があるのか?・・・どっちでもいい・・・ウルカに何かしてやれれば・・・』
「・・・」
悠人はウルカを見つめる。
『今の俺には、特にしてやれることなど無い・・・だけどそれでも、ウルカの力になりたいんだ!!』
「俺じゃ大したことなんて出来ないだろうけど・・・だけど、辛いなら言ってくれよ」
真っ直ぐウルカの目を見て悠人は言った。
『どこまで通じるか解らない。でも、せめてこれだけは・・・』
「ウルカもここにいるんだ・・・俺から見たら、家族の一人と変わらないんだ。だから・・・心配くらいさせてくれよ」
悠人の言葉に、ウルカの瞳が揺れる。
そして、それを悟られないように、さっと伏せられた。
「・・・ユート殿、有り難うございます。手前には、その気持ちだけで・・・十分です」
「・・・そっか」
『今はまだ、ここまでしか行けない・・・踏み込まれることを、ウルカが望んでいないんだ』
「じゃ・・・また明日な」
「はい・・・」
ギィ・・・バタン
〔良いのか、契約者よ・・・〕
『ああ・・・もし何か起きたら、その時どうにかしてやる。その時はまた教えろよな、バカ剣』
〔・・・〕
呆れたような【求め】の気配。
だが悠人にはそうすることしか出来なかった。
『ウルカだって、言いたくても言えないことくらいあるだろう。それなら、俺は出来る限りバックアップしてやるだけだ』
悠人は拳を握りしめる。
『エスペリアに、オルファに、アセリアに・・・俺がそうしてもらったように』
─聖ヨト暦332年 レユエの月 黒 一つの日 朝
第一詰め所、食堂
「ふぁあああ・・・」
悠人は欠伸を隠そうともせず歩く。
「今日の朝ご飯は何かな・・・と」
ガチャリ
「あれ?」
部屋の中には既にウルカがいた。
「あ、ウルカ。おは・・・よ、う?」
「ユート殿・・・おはようございます・・・」
「あ、ああ・・・」
顔色が悪い。
明らかに体調を崩していた。
『・・・結局、眠れなかったんだろうな』
神剣の干渉か、ウルカはうなされていた。
『【求め】も普通じゃないといっていたが、その通りだ』
「ウルカ、本当に大丈夫なのか?」
「・・・この程度のこと、大事ありませぬ」
一目でわかる嘘。
心配をかけないようにしているのだろうが、それが完全に裏目に出ていた。
「それでは・・・手前はこれで」
「あ・・・」
悠人がそれ以上何か言う前に、さっさと引っ込んでしまう。
話を聞こうとしてくれないのでは、どうしようもなかった。
『闘護に相談してみるか・・・神剣を使っているエスペリア達には話しづらいし』
「俺一人じゃどうしようもないよな・・・」
─同日、夕方
第一詰め所近くの森
「・・・という状態でさ。ウルカも大分参ってるみたいなんだ」
「ふむ・・・」
悠人の説明を聞いて、闘護は難しい表情で頷く。
「正直、このままウルカが耐えられるかどうか・・・心配なんだよ」
「そうだな。今の話を聞く限り、あまり良い状況ではなさそうだ」
「どうしたらいいと思う?」
「・・・さて」
闘護は頭を掻いた。
「彼女の性格は・・・頑固だよな」
「ああ・・・」
「こっちからアプローチをかけても、そう簡単に頼ってはくれないだろうし・・・」
「・・・」
「しばらくは様子を見るしかないだろうな。ウルカから頼ってくるまでは・・・」
「だけど、それじゃあ・・・」
「わかってる。しばらくは、それとなく彼女の様子に注意してくれ。俺も、お前がいない間は出来るだけ彼女の様子を見ておくから」
「・・・わかった」
「だが、何が彼女の神剣に干渉しているんだろうか・・・」
闘護は腕を組んで考え込む。
「わからない・・・ただ」
「ただ?」
「うろ覚えだけど・・・俺が最初のこの世界に来た時に感じたものと同じような気配がするんだ・・・」
「最初・・・アセリアに助けられた時か?」
「ああ。その時俺を襲った奴・・・そいつの気配に似てるような・・・」
「ふむ・・・どういうことだ?」
「さぁ・・・」
「・・・ヨーティアに相談してみるか?」
「そうだな。俺から聞いてみるよ」
「頼む。何かあったら知らせてくれよ」
「ああ」