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─聖ヨト暦332年 アソクの月 黒 二つの日 朝
 闘護の部屋

 「ふぅ・・・」
 ベッドの上に寝転がった闘護は、小さい息をついた。
 「ふわぁ・・・」
 『内務処理が終わって、久しぶりの休みだし・・・もう少し寝よ』
 食後の微睡みに身を委ねようとした時だった。
 コンコン
 「ん?」
 ノックに音に、闘護は体を起こした。
 「誰だい?」
 「私です」
 扉の外から聞こえたのは、ヨーティアの助手であるイオの声だった。
 「イオ?」
 「はい。今、よろしいでしょうか?」
 「ん・・・入っていいよ」
 ガチャリ
 「失礼します」
 扉が開き、顔を出したイオが頭を下げた。
 「どうしたんだ、こんな朝早く?」
 闘護はベッドから立ち上がった。
 「はい。主人が研究室に来てくれと」
 「・・・何か新しい発明でもしたのか?」
 「いえ。トーゴ様の身体についてと・・・」
 「・・・わかった」
 闘護は頷いた。


─同日、朝
 ヨーティアの研究室

 「おう、来たな」
 「・・・何だ、これは?」
 部屋に入った闘護は目を丸くした。
 そこには、沢山の書物を押しのけるように、いくつもの機械らしきものが設置されている。
 「お前を調べる装置さ」
 「俺を調べる?」
 「トーゴ。お前、今日は暇なんだろ?」
 「・・・まぁ、休みだけど。どうして知ってるんだ?」
 闘護は訝しげな眼差しをヨーティアに向けた。
 「そんなことはどうでもいい。それよりも、漸く暇が出来たんだ。早速お前の身体を調べたい」
 「・・・」
 「いいな?拒否は許さん」
 「・・・わかったよ」
 闘護は観念したようにため息をついた。


─同日、夕方
 ヨーティアの研究室

 「・・・ダメだ!!」
 バンッ!
 ヨーティアは苛立たしげにテーブルを叩いた。
 「どの計器もぜんっぜん、反応せん!!」
 「・・・そうか」
 幾つもの計測器をくっつけられた闘護はさほど動揺した様子もなく呟いた。
 「これだけ試しても、アンタからはエーテルどころか、マナすら感知できん・・・ホント、アンタは何者なんだい?」
 「さあね・・・こっちの世界の人間でないことは確かだけど」
 ヨーティアの訝しげな眼差しをサラリと受け流す闘護。
 「とにかく、これ以上やっても無駄みたいだな」
 闘護は計測器を外すと、ゆっくりと立ち上がった。
 「・・・」
 ヨーティアは心底納得いかない表情で闘護を見つめる。
 「そんな顔で俺を睨まないでくれ」
 「この天才科学者ヨーティア=リカリオンがわからない・・・それが気に食わないんだよ」
 「そんなことを言われてもな・・・」
 闘護は困ったように頬を掻いた。
 「もしかして、アンタ・・・」
 「化け物とでも言いたいのか?」
 ヨーティアの言葉を遮るように闘護が言う。
 「そうとしか考えられん」
 「いいや」
 闘護は首を振った。
 「俺は化け物ではない」
 「どうして?」
 「確かに、スピリットの攻撃やマナによる攻撃には強い耐性がある。だけど、普通の物理的な攻撃はダメージを食らう。要するに、人間に殺される可能性はあるってこと」
 闘護の言葉にヨーティアは首を振った。
 「ますますわからん。何と言うか・・・中途半端だねぇ」
 「俺もそう思うよ」
 闘護は苦笑する。
 「どちらにせよ、俺を調べる手段はもうないんだろ?」
 「・・・ああ」
 憮然とした口調で答えるヨーティア。
 「結局・・・俺はエーテルジャンプシステムは使用できないことが確定したわけだ」
 「・・・」
 ヨーティアは憮然とした表情で沈黙する。
 「じゃあ帰るよ。俺のために時間を割いてくれてありがとう」
 「・・・気にするな。むしろ、こっちこそすまなかったな。時間を無駄にしてしまって」
 「そんなことはない。感謝してるよ」
 そう言い残し、闘護は研究室から出て行った。

 そして、一人になったヨーティアは計測器を見つめる。
 「人間なのか、エトランジェなのか・・・それとも何か別の存在なのか・・・トーゴ・カンザカ・・・何者なんだい、アンタは」


─聖ヨト暦332年 アソクの月 黒 三つの日 昼
 悠人の部屋

 ウルカを監視下に置くこと。
 それが滞在の条件な為、悠人は前線とラキオスを往復する日々を送っている。
 悠人が戻っている日しか、ウルカの監禁状態は解かれない。
 流石に毎日というわけにはいかないが、休めるときは出来るだけ首都に帰るようにはしていた。
 尤も、監視下に置くとはなっているが、それも絶対ではない。
 常に目の前にいる必要はなかった。
 『・・・逃げ出すとか、そんなことするヤツじゃないよな』
 その点では悠人も信頼していた。
 だから、今も基本的には自由にさせている。
 「えっと・・・きょうはどうするかな?」
 せっかくの休み。
 『出来るだけ有意義に過ごしたいけど・・・形だけでも、ウルカを監視しているように見せた方がいいか』
 悠人は立ち上がった。
 『サーギオスからの投降者ってことで、ウルカを疑っている奴も多いし、俺が居ない隙に、ウルカに酷いことをしようとする奴が現れても不思議じゃないんだから』
 小さく苦笑する。
 『・・・でも、レスティーナや闘護がそんなことをさせないだろうけど』


─同日、昼
 第一詰め所、食堂

 「・・・ここにはいないか」
 『あまりウロウロしてるとも思えないけど・・・』
 悠人がウルカを探しながら廊下を歩いていると、顔が隠れてしまうくらい多くの洗濯物を抱えたオルファリルが通りかかった。
 「おはよう、オルファ」
 「あ、パパ!おはよ〜♪今日も良い天気だねぇ。こういうのを『キツネノヨメイリ』って言うんでしょ?」
 オルファリルは洗濯物を下ろしてちゃんと挨拶をする。
 『うむ、偉い! でも言葉の意味は・・・』
 「・・・全然意味違うって。あ、そうだ。ウルカを知らないか?なんか見あたらないんだけど」
 「ウルカお姉ちゃん?さっき、庭の方に出ていったよ」
 『庭か・・・訓練でもするのかな・・・』
 「さんきゅ。で、オルファはエスペリアの手伝いか?」
 「うん♪洗濯物取り込んだから、次は夕飯の仕度だよ〜。それじゃパパ、ご飯、楽しみにしててね」
 「ああ」
 「ふんふんふ〜〜ん♪」
 オルファリルは機嫌良さそうに奥へと消えていった。
 『さてと、庭に行ってみるか』


─同日、昼
 館の庭

 城の庭に繋がる広い庭。
 「ここにもいないか。どこいったんだろうな・・・」
 『いつもウルカはこの辺りで自主訓練をしているのだが・・・どうも当てが外れたか。訓練じゃないとしたら、散歩かな』
 周囲を見回しながら悠人は考える。
 『買い物・・・とかはイメージに合わないけど、散歩ならば・・・趣味としては地味だが、似合っている気がする』
 納得したように頷く。
 『結構、悩んでるのかも知れないな・・・神剣から離れ、ただ一人になった今、戦うことも出来ないんだから。居場所や存在理由を見失うのも当然だよな・・・』
 「・・・もうちょっと探してみるか」
 悠人は歩き出す。
 『俺が何をして良いか解らないときは、エスペリア達がいてくれた。今度は俺が、誰かのためにその役目をしてもいいよな』
 「あ、そうだ。エスペリアの花壇かも・・・そろそろ花が咲くとか言ってたし、もしかすると、ウルカもそれを見に行ってるのかもしれないな」


 『・・・!!』
 「う・・あ・・・あ・・・」
 エスペリアの花壇に足を踏み入れた悠人は、目の前の光景を疑った。
 「・・・」
 ウルカは一心不乱に花壇の花々に水を与えている。
 いつものレオタード姿(?)ではなく、どこから持ち出したのか、家事用のメイド服に身を包んでいる。
 『似合わない・・・と言ったら失礼だろうけど、これは・・・』
 「あ、あの・・・ウルカ?」
 「・・・」
 凄まじい集中力で、如雨露から流れる水を見つめている。
 ゆっくりと、ゆっくりと・・・まるで一滴たりとも間違った場所に蒔くまいとしているようだった。
 「お〜〜い」
 「・・・あ」
 小さく声を漏らす。
 悠人の声に気づいたのかと思いきや、慌てて水たまりに指を突っ込む。
 そして、おぼれかけていた蟻を助け出した。
 「・・・ふぅ」
 ホッとしたように息を漏らすと、額の汗を拭う。
 『えっと・・・これは・・・どうにも・・・ウルカのイメージと繋がらない。本当に、あの各国を恐れさせていたウルカなのだろうか?』
 「ウルカ、ウルカってば!」
 やや大きい声で呼びかける。
 すると、今度こそ悠人の声に気づいて振り向いた。
 「あ、ユート殿・・・いつから、そこに?」
 「いや、ちょっと前から何だけど。何で水やりなんかやってるんだ?」
 「・・・なりませぬか?手前も、ここに置かせてもらっている以上は仕事をしなければ、と」
 「確かに、それはそうかも知れないけどさ・・・」
 『もうちょっと似合う仕事があるような気が・・・まぁ、勝手なイメージだけど』
 悠人は先入観で考えている自分に少し反省する。
 「エスペリア殿やオルファ殿は、戦いながらも館の仕事をしているではありませぬか。それなのに、手前だけがのうのうと客人の如き振る舞いを続けるなど、とても・・・」
 『客人と呼ぶには、ウルカは控えめすぎるような・・・どちらかといえば、俺の方がそれっぽいよな。俺もちょっとは考えた方がいいかなぁ・・・』
 悠人がどうでもいいことで悩んでいると、ウルカは作業を再開する。
 だが、手慣れぬ様子があからさまに出ていた。
 『あれ・・・?妙だな』
 ウルカの作業を何気なく見ていた悠人は首を傾げる。
 ウルカの作業は休み休みで、その合間に紙切れを見ては、しきりに頷いているのだ。
 「なぁ、ウルカ。その紙って何だ?」
 「これですか?これはエスペリア殿からいただいた作業の概要を記したものです。手前は・・・何も知らぬものですから」
 メモ書きを見せてもらうと、そこには細かな文字でびっしりと書き込んである。
 『花の水やりにそれほどの手順があるようには思えないけど、ウルカの性格を考慮してだろうな。うん・・・流石はエスペリアだな』
 「エスペリア殿は達人です。このように的確な指示を与えるなど、並の者には出来ぬ事」
 ウルカは心底感嘆した口調で言った。
 「これで花たちも、必要十分な水を得ることが出来ましょう。剣の手入れと同じ・・・微妙にせねばなりません」
 花の水やりとは思えないほどの重々しい言葉。
 ここまで生真面目な人物は、なかなか見ないだろう。
 「そんなにキッチリする必要はないと思うけど。オルファなんて適当に見えるぞ」
 「それは長年の経験による間合いでしょう。手前はまだ若輩中の若輩。ここで慎重になりすぎることは、決して臆病ではありませぬ」
 「・・・そうかぁ〜?」
 悠人は懐疑的な表情を浮かべた。
 「はい。先も未熟が故に・・・無用の殺生をするところでした。精進せねば・・・」
 『無用の殺生って・・・さっきの蟻の事だよなぁ・・・』
 ウルカの態度に、悠人は狐につままれたような表情を浮かべる。
 「・・・話の続きは、しばし待って頂けませぬか?まだ水やりが終わらない故」
 「あ・・・あぁ。解った」
 『クールで格好良いと思ってた、これまでのイメージが音を立てて崩れていくような・・・』
 懊悩する悠人。
 「それでは」
 作法に則って一礼するウルカ。
 それからすぐに、作業へと没入していった。
 悠人はその姿をボンヤリと眺める。
 「・・・」
 日差しはポカポカと暖かい。
 花壇のブロックに腰掛けて、ウルカが手入れをしている美しい花々を見る。
 『何だかなぁ・・・』
 一陣の風のようだった動きが、今は花に負担をかけないよう、ノロノロとしている。
 鋭かった視線には、厳しさの代わりに控えめな慈愛。
 『ウルカってこんな性格だったんだなぁ・・・もしも、人がスピリットを戦争の道具にしなかったら。誰もがこんな、普通の女の子のようになれたのだろうか?』
 ウルカの姿を見つめながら、悠人は考える。
 『戦いなんて・・・あっていいものじゃないよな・・・結論は、そうはっきりしているのに・・・それなのに、俺は戦っている。それなのに、スピリット達は戦っている。全員が、自らの意志によらず』
 悠人の表情が、次第に難しいものになっていく。
 『どうして、俺たちは戦っているんだろうな』
 頭の中を何度となくよぎる疑問。
 剣を失ったことで生きる理由も消えたといったウルカを見て、悠人はますますそう思った。
 『それでも俺たちは生きている限り、居場所を探し続けるしかないのだろうか』

 「・・・これで終わり」
 満足そうな顔をするウルカ。
 これまでに見たことがないほど、満ち足りた表情をしていた。
 「時間を取らせて申し訳ありませんでした。それで、ユート殿の話とは・・・」
 「ん・・・いや、いいんだ。そろそろ飯の筈だから行こう」
 「もうそんな時間ですか・・・これほどまでに、時を費やしてしまうとは・・・」
 ウルカは小さく俯いた。
 「まだまだとても、オルファ殿の言う5分という境地には至れませぬ。手前の未熟さです」
 空になった如雨露と水桶を持ち、青い空を見上げる。
 何処か決意にも似た色が浮かんでいた。
 「なぁ、ウルカ。ここでの生活はどうだ?」
 悠人の問いに、ウルカは神妙な顔つきになって首を振った。
 「・・・まだ、わかりませぬ。ただ、サーギオスでは見えぬ物が見える・・・そのように感じることはあります」
 ウルカの声は沈んでいない。
 『そっか・・・気持ちは前を向いてるみたいだ。なんだかよく解らないけど、こんなウルカを見てると嬉しいな・・・』
 悠人は優しい笑みを浮かべた。


─聖ヨト暦332年 アソクの月 黒 五つの日 昼
 悠人の部屋

 『ん〜〜、そう言えば腹減ったなぁ、今日の飯は何だろ?』
 悠人が居ない間の指揮を執るため、エスペリアはランサに残っている。
 たまにやってくるこんな日は、オルファリルが調理を担当するのが慣習だった。
 「ああ見えて、オルファもなかなか料理がうまいからなぁ」
 あっさり目で上品に仕上がるエスペリアの料理とは対照的に、オルファリルの料理は味が濃い。
 いかにも若者好みの味で、現代世界の味付けになれた悠人には、嬉しいと感じることも多かった。
 「ちょっと様子を見に行ってみるかな」


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 「あ、パパ♪」
 食堂に顔を出した悠人を、メイド服姿のオルファリルが出迎えてくれた。
 ちょうど調理の途中だったようで、リビングにはいい香りがしている。
 「ユート殿」
 「あ、ウルカ・・・」
 オルファに続いてウルカもやってきた。
 『ウルカと厨房・・・なんだかとんでもないミスマッチだな・・・でも、一生懸命さは十分に伝わってくるし、それもいいかも』
 「もしかして、ウルカも作ってるのか?」
 「・・・手前にも、何か手伝えることはないかと。剣無き身である以上、せめて家事を手伝ってエスペリア殿とオルファ殿の仕事を軽減しませぬと」
 決意を漲らせ、至って真面目な表情のウルカ。
 悠人は午前中の水やりのことを思い出す。
 『本当に真面目だなぁ・・・けど、そのやる気が完全に空回りしていることを、本人はどこまで解ってるんだろう?』
 「今宵の食事は手前が作りましょう」
 シリアスに決めるウルカ。
 『大丈夫なのか・・・?』
 悠人はコッソリとオルファリルを手招きして呼び寄せる。
 「なぁに?」
 「なぁ・・・大丈夫なのか?」
 そっと、耳元に囁く。
 「う〜ん。わかんないよ〜。オルファもウルカお姉ちゃんの料理って食べたことないし・・・でも包丁使うのは、きっと上手いよ」
 ザクザクと、人型の何かを切り刻むウルカが悠人の脳裏に浮かぶ。
 『・・・はっきり言って、フォローになってない・・・それに、もう一つ重要なのは、包丁使いと味なんて、さほど関係ないだろ』
 悠人のこめかみに脂汗が浮かぶ。
 『凄く上手い人たちの中なら差だって出るだろうけど・・・』
 悠人には、ウルカがその段階に至っているとは、とても思えなかった。
 「あのさ、今日はエスペリアいないんだぜ?これでもし厨房で何かあったら・・・」
 この屋敷の家事を取り仕切るエスペリアにとって、厨房は城における玉座と変わらない。
 『そこを荒らされ、静かに怒れるエスペリアなんて、想像するだけで恐ろしい・・・』
 「うぅ、エスペリアになんて言ったら・・・」
 「ユート殿・・・何か不満があるのならば、手前は退こうと思いますが」
 「・・・え?」
 「思えば手前は元々敵・・・信を置かれぬとて仕方のないことでした・・・」
 「い、いや、そういうわけじゃないんだ。ウルカの料理、興味あるし」
 突然しょんぼりするウルカに、悠人の方が慌ててしまう。
 「そうですか!?」
 悠人の言葉に、ウルカは顔を輝かせた。
 「ならばお任せ下さい。エスペリア殿から教えていただいたとおりに、仕事をこなして見せましょう。では、作業着に着替えてくる故、少々お待ち下さい」
 意気揚々と外に出ていってしまった。
 「・・・不安だ。オルファ、一緒に台所に入ってくれ。頼む」
 「う、うん。わかったよ〜」

 悠人はリビングで神に祈りながら時間を過ごしていた。
 願わくば食べられるものが出てきますように・・・と。
 幸い、こうした祈りが通じたのか、厨房から悲鳴などが聞こえてくる様子はない。
 『・・・というか、厨房がやけに静かだな・・・わかりやすく大騒ぎになってるのも嫌だけど、静かすぎるのも十分怖い・・・』
 「・・・少し、覗いてみるかな」
 席を立ち、コッソリと台所に向かった。

 室内をそっと覗き込む。
 『おっ。やってる、やってる・・・』
 二人が並んで料理を・・・
 『って、あれ?』
 「・・・」
 ふと、悠人は様子のおかしさに気づく。
 オルファリルが困り切った顔で硬直していた。
 『な、何かあったのか・・・?』
 だが、当のウルカは落ち着き払って鍋を見つめている。
 焦った様子など少しもない。
 『へぇ、案外まと・・・も・・・?』
 見ていると、ウルカは洗った野菜を無造作に手に取り・・・
 とぷんっ。
 「これも必要、これも必要・・・か」
 どぽどぽどぽんっ。
 次々と大鍋に材料を放り込んでいく。
 『・・・じゃないっ!!神に誓って、これはまともじゃない!!!』
 〔・・・『誓い』だと・・・?〕
 『違うっ!妙なところで割り込むな、このバカ剣っ!!』
 〔・・・〕
 巨大な鍋から食材が溢れている様は、どこかシュールだった。
 それなのに、鍋を見つめるウルカは満足げに頷いている。
 隣には頼みの綱だったオルファリルの姿がある。
 だがしかし、茫然自失の状態から回復する兆しはない。
 何があったかは推して知るべし。
 そして、これから何が起こるかも想像できる。
 「ふむ・・・エスペリア殿のレシピ通りだと、ここでハヤを10ませ入れる・・・か」
 メモを見て、その都度ブツブツと内容を繰り返す。
 どうやらエスペリアのレシピ通りに作っているらしい。
 『それでどうして、ああなるんだ?』
 明らかに規定の分量をオーバーした具材。
 野菜や香草の組み合わせも、危険レベルに達していることが、悠人にも解った。
 「成る程。ここで隠し味にスゥータスの実を入れる・・・」
 スゥータスの実とは、皮の部分だけを使う香辛料だ。
 中の身の部分はとても苦く、捨てるということは子供でも知っていることだという。
 「・・・はっ!!」
 シュッ・・・
 ウルカは小刀を取り出したかと思うと、素早い剣捌きでそれを全部バラバラにした。
 トプントプンと軽い音を立てて、最も危険な身の部分が鍋に沈んでいく。
 『あ、あああ゛ああ゛あ・・・』
 内心で絶望の叫びを上げる。
 そんな悠人に気づくこともなく、ウルカはスゥータスの皮をゴミ箱に捨てた。
 『あぁ・・・身が入ったらもうアウトだろ。オルファの様子を見る限り、これまでがセーフだったとも思えないけど・・・』
 悠人は少し現実逃避の入った思想にふける。
 『言うなれば、三振がトリプルプレイになったようなものか。いや、逆ベクトルに満塁ホームランでも構わないな・・・』
 絶望的な気分の悠人。
 「う、ウルカお姉ちゃん?ちょっとそろそろ、あの、味見した方がいいか、な?あは・・・あはは・・・」
 オルファリルが引きつった笑顔で言うと、ウルカは思い出したように頷く。
 「味見・・・そういえば忘れていました」
 ウルカは小さな更にスープだけを取って、口へと運ぶ。
 「・・・ずずっ」
 ピタリ。
 口に含んだ瞬間、その動きが止まった。
 「・・・っ!?」
 こんな筈はない、ウルカの顔はそう語っていた。
 「お、お姉ちゃん?大丈夫?なんか凄いお顔になってたよ?」
 「な、なんということでしょう。この味は・・・」
 心なしか、ウルカの顔が青ざめている。
 ショックを受けた様子に、オルファリルは心配そうだった。
 「・・・」
 「この味は・・・」
 ウルカの手が震える。
 「これは・・・隠し味が・・足りなかったせいでしょうか?」
 ゴンッ!
 予想外の意見を受け、オルファリルが壁に頭をぶつける。
 「お、オルファ殿・・・?」
 「だ、大丈夫だよ♪パパなら、きっと食べてくれるから!」
 「しかし、この味では・・・」
 何かを恐れる顔。
 『何というか・・・経緯はどうであれ、味のある表情をするようになったよな。何とかしてやりたい・・・けど、あの料理はなぁ』
 ウルカはそのままシュンとなり、顔を伏せてしまった。
 それを見て、オルファリルは必死にフォローする。
 「アセリアお姉ちゃんのも、美味しそうに食べて・・・あ」
 台所をのぞき込む悠人と、オルファリルの視線が正面からぶつかる。
 とんでもないことを言い始めたオルファリルに、悠人は『取り消せ』とサインを送る。
 ウルカを見上げたオルファリルは、ブンブンと頭を振り、悠人に向かって祈るようなポーズを取った。
 小さく動く唇を読みとっていくと・・・
 『お、ね、が、い・・・お願いって、マジかっ!?マジ、なのか・・・っ!!?』


 「い、いただきま〜す!」
 死への旅立ちを覚悟した悠人。
 「いただきまーす♪」
 諦めかヤケクソか、何故か明るいオルファ。
 「・・・」
 相も変わらず、無口で通すアセリア。
 「・・・頂きます」
 明らかに失敗作であることを解っていて、居心地が悪そうなウルカ。
 テーブルに並ぶどの料理も、一見すると美味しそうに見えないこともない。
 だが、オルファリルの報告によると、調味料のバランスが凄いため、味も凄いことになっているそうだ。
 『これを・・食うのか、俺は・・っ・・!?』
 悠人はゴクリと唾を飲む。
 『覚悟・・するしかない!!』
 悠人が躊躇している内に、アセリアは何の疑いのもなくシチューを口にする。
 「・・・」
 ムグムグと、口を数回動かす。
 ピタリ
 白い喉に流し込まれる寸前、動きが止まった。
 「・・・!?」
 顔が苦痛に歪む。
 急いでオルファリルが水の入ったコップを差し出す。
 「ゴクゴク・・・ぷっ、ゴホッ、ゴホッ!」
 一気に水を煽り、そのままむせるアセリア。
 静かな食卓に、アセリアのむせる声だけが響く。
 『これほどの物とは・・・』
 「お、オルファも食べるよ」
 恐る恐る、シチューに手を伸ばした。
 芋の欠片をスプーンに載せ、ゆっくりとすくい上げる。
 顔の前で止めること数秒・・・遂に意を決して口に入れた。
 「むぐぅっ!!」
 オルファリルは両手で口を押さえ、コップの水を一気に煽った。
 「はぁはぁ・・・。す・・・すっごく・・辛い・・・よぉ」
 「そっ・・・そこまでは・・・っ!!」
 ウルカも一口食べる。
 表情が見る見るうちに変わっていった。
 「ごほっ、ごほっ。こ、これは・・・」
 むせながら、シチューを凝視するウルカ。
 『う〜〜ん。ここまで激しい反応があると、興味が沸いてきてしまう』
 「どれどれ・・・」
 悠人は慎重に掬うと、少し変わった風味のそれを口に含む。
 ドキュン!!
 『・・・〜〜〜〜ッ!!』
 喉の奥から、焼けるような辛さがのぼってくる。
 味がどうというレベルではない。
 『辛さが強すぎて味なんてわからない!?』
 「っ!!!」
 オルファリルが急いで水を差しだす。
 悠人はすぐにコップを受け取り、一口で飲み干す。
 その後何度も水差しから水を注いでもらい、一リットルくらい消費して何とか喉が正常に戻る。
 「・・・っ、ぐぁ〜〜〜」
 見回すと全員が似たような状況だった。
 ジッと料理を見つめ、そのまま沈黙。
 その静けさを破ったのはウルカだった。
 「・・・申し訳ありませぬ」
 恐ろしいほどの神妙さを言葉に載せる。
 放っておくと自害しかねない、と思わず不安になるほどに。
 「気にしないで大丈夫だよ、ウルカお姉ちゃん。辛い以外はなかなか良かったもん。ね?パパ?」
 「あ、ああ・・・」
 『正直、辛い以外は何も印象に残ってないんだけど・・・』
 本音を言わず、曖昧に頷く悠人。
 「いえ、まだ修行が足りませぬ。せっかくの材料も・・・無駄にしてしまいました」
 「そんな気にすることないさ。アセリアだって似たようなもんだったし」
 「・・・ん」
 アセリアがコクリと頷く。
 『しかし、鷹揚に頷く場面じゃないだろ?』
 悠人は心の中で突っ込む。
 「そうでしょうか」
 「そうだよ。アセリアお姉ちゃんも、ウルカお姉ちゃんも、絶対にお料理上手くなるよ。だって、手先器用だもん♪」
 「・・・ん」
 再び、アセリアが自信に溢れた頷きを見せる。
 『この楽観的性格を、少しはウルカも持てればいいのに』
 アセリアの態度に、悠人は一抹の不安と羨望を感じた。
 「・・・必ず、精進いたします」
 ペコリとウルカが一礼する。
 オルファリルがニッコリと笑い、場が穏やかな空気に包まれた。
 「さて、恒例だけど・・・これ、片づけるか」
 「じゃ、パパ。お水、い〜〜っぱい持ってくるね♪」
 苦笑しながらも楽しそうな顔をするオルファリル。
 パタパタと足音をさせ、楽しそうに台所に消えた。
 「ユート殿・・・」
 「さ、食べようぜ。冷めたりしたら、せっかくの料理が台無しだからな」
 「・・・ん」
 絶妙のタイミングでアセリアの相槌が入る。

 こうして悠人達は、また地獄料理を平らげるのだった。


─聖ヨト暦332年 レユエの月 青 一つの日 昼
 闘護の部屋

 闘護は中間報告をする為に悠人を部屋に呼んだ。

 「・・・というわけだ。それで・・・」
 「うぅ・・・」
 腹を押さえて苦い表情で唸る悠人。
 「どうした?調子悪そうだな」
 説明を止めて、闘護は心配そうに悠人を見た。
 「いや・・・なんでもないよ」
 「なんでもないって・・・」
 「・・・」
 「まぁ、いいけどね」
 沈黙する悠人に闘護は肩を竦める。
 『腹を押さえてるところを見ると、変なものを食べたというところか。多分、アセリアの料理だろうな』
 「料理は一朝一夕で上手くなるものじゃない。焦らず、練習すればいい」
 「・・・そうだな」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 「それで、アセリアの腕はどれくらい上達したんだ?」
 「え?」
 闘護の問いに、悠人は目を丸くする。
 「えって・・・アセリアの料理を食べたんじゃないのか?」
 「ち、違うって」
 「じゃあ、誰の料理を食べて腹を壊したんだ?」
 「・・・」
 苦い表情で沈黙する悠人。
 『オルファは料理がうまいし、エスペリアは論外だ。まさか自分で作ったわけじゃないし・・・』
 「・・・ウルカが料理を作ったのか?」
 「!!」
 あからさまに動揺する悠人。
 「おいおい、どうしてウルカが?」
 「・・・今のウルカは、戦い以外のことで自分が出来ることを探してるんだ」
 「戦い以外・・・」
 「ウルカは神剣が使えない自分を役立たずだって思ってるんだ。だから、ラキオスにいる間、何か自分で出来ることはないかってさ」
 「そうか・・・良い傾向だな」
 『戦うこと以外に出来ることを模索する。それは、俺がセリア達にさせてることとおなじだからな』
 闘護は嬉しそうに微笑んだ。
 「ああ・・・うぐっ」
 また腹を押さえる悠人。
 「けど・・・どんな料理だったんだ?」
 興味を持った闘護は尋ねてみた。
 「えっと・・・辛かった」


─聖ヨト暦332年 レユエの月 青 三つの日 夕方
 闘護の部屋

 「・・・よし、終わった」
 闘護はペンを置いた。
 「こちらも終わりました」
 セリアが書類をそろえる。
 「報告書は明日俺が悠人の所に持っていくよ」
 「わかりました」
 「さてと・・・セリア」
 闘護は両手を組み、真っ直ぐセリアを見つめた。
 「君に頼みがある」
 「なんでしょうか?」
 「今後、君はナナルゥと一緒に休暇を取れるように前線に出るスケジュールを組もうと思う」
 「ナナルゥと、ですか?」
 「そうだ」
 「・・・孤児院の件、ですね」
 セリアの回答に闘護はニヤリと笑った。
 「ああ。本当は俺が行くべきなんだが、王都を離れられないからさ」
 「わかりました」
 「・・・」
 「どうしたんですか?目を丸くされて」
 「いや・・・随分とあっさり引き受けてくれたと思ってね」
 闘護は頭を掻く。
 「これは、君の休暇をナナルゥの為に使ってもらうことだよ?」
 「はい」
 「・・・いいのか?」
 「構いません」
 「何故?」
 闘護の問いかけに、セリアは心底不思議そうに首を傾げた。
 「何故とは・・・どういうことでしょう?」
 「自分の休暇というのは、基本的に自分の為に使うことが当然だと思うんだが・・・」
 「私はナナルゥの為に使いたいと思ったから引き受けました。これは、自分が望んだことの為に休暇を使っている事だと思いますが」
 「・・・」
 「違いますか?」
 「いや・・・そんなことはない」
 闘護は首を振ると、小さく笑った。
 「それじゃあ頼むよ」
 「はい」


─聖ヨト暦332年 レユエの月 青 四つの日 昼
 悠人の部屋

 悠人が王都へ帰還したある日。
 闘護が内務の報告をする為に悠人の部屋を訪れた。

 「・・・でまとめておいたからな」
 「・・・」
 「おい、悠人。聞いてるのか?」
 「ん?あ、ああ・・・悪い」
 「ったく・・・なにボーっとしてるんだ?」
 闘護は書類をテーブルの上に放り出した。
 「・・・」
 「なんだか妙に浮かない顔をしてるけど・・・悩み事でもあるのか?」
 「・・・なぁ、闘護」
 「何だ?」
 「俺の実力で・・・本当に佳織を助け出せるかな?」
 悠人はそう言って【求め】を構える。
 「どうしたんだ、急に?」
 悠人の呟きに、闘護は眉をひそめた。
 「時折、焦りに似た感覚に襲われるんだ」
 「焦り・・・?」
 「コイツと一緒に戦ってきて、随分と手に馴染んできたけど、やっぱり何か足りない気がするんだ」
 「・・・」
 「そして、問題があるのは剣じゃなくて・・・俺なんだ」
 悠人の独白に、闘護は難しい表情を浮かべた。
 『自信が揺らいでるみたいだな・・・問題が自分自身にある・・・足りないものがある気がするってことは』
 「技量・・・か?」
 「・・・ああ」
 闘護の問いに、悠人は頷く。
 「うーむ・・・俺は大分強くなってると思うけどな」
 「そうかな・・・正直、自信がないんだよ」
 「・・・だったら、誰か腕の立つ奴に見てもらえばいいんじゃないのか?」
 「腕の立つ奴?」
 「ああ」
 「うーん・・・」
 悠人は考え込む。
 「俺はまだ見たことがないんだけど、ウルカの剣技は凄いんだろ?」
 「あ、ああ」
 『そう言えば、ウルカの剣はすごいんだよなぁ・・・』
 ふと、悠人はウルカと繰り広げた剣戟を思い出す。
 「俺がこれまで見た中でも、間違いなくトップクラスだった・・・衝撃を流し、隙を見逃さず、高い集中力と相まって、その強さは圧倒的だったよ」
 「へぇ・・・」
 「・・・戦闘はこれから更に激化すると思う」
 「・・・」
 「それを生き抜くためにも、俺はキチンとした剣術を学んで、より強くならないと駄目だよな」
 「ふむ・・・だったら、ウルカに教えて貰えたらいいだろ」
 闘護が提案する。
 「そうだな・・・エスペリアは槍でオルファは双剣だから、武器のタイプが違いすぎて、稽古の相手にはなっても二人から剣術を学ぶのは難しいだろうし・・・アセリアは・・・」
 『アセリアは剣だけど・・・教えるのは上手くなさそうだし。そもそも、アセリアは本能で戦ってる気がする』
 「アセリアは?」
 「い、いや・・・アセリアはあんまり先生としては・・・」
 「・・・ま、少し向いてないかも」
 『口数の少なさは致命的だよな』
 悠人の言葉に、闘護も遠慮がちに同意する。
 「でも、その点ウルカなら・・・何となく教えるのが上手そうな気がする」
 『少なくともアセリアよりは』
 心の中で蛇足する悠人。
 「成る程・・・まぁ、とりあえず聞いてみたら?」
 「ああ」
 悠人は立ち上がった。


 コンコン
 「ウルカ、俺だけど・・・今、時間あるか?」
 返事は帰ってこない。
 「・・・」
 二人は顔を見合わせる。
 『無視してる・・・ということはないだろうけど』
 コンコン
 悠人はもう一度ノックする。
 「ウルカ?入るぞ・・・?」
 ガチャリ・・・
 ドアを開け、室内に入る。
 荷物が少ないとはいえ、あまりに生真面目に整頓されていた。
 「・・・あれ、いないのか」
 部屋にはウルカの姿はなかった。
 「散歩か、それとも他の用事かな・・・?」
 「どうする?」
 「うーん・・・少し探してみる・・・」
 キーン!!
 「ぐぉっ!くっ・・・なんだ、いきなり・・・!?」
 「どうした!?」
 突然悠人の頭の中に【求め】の声が響き出す。
 〔相手は【誓い】の元にいた妖精だぞ・・・?信じられるか・・・?いや、信じられまい・・・〕
 キーン!!キーン!!キーン!!
 「ぐっ!!」
 悠人は断続的に、強烈な頭痛に襲われる。
 身体には脂汗が浮かび、思わず膝をついた。
 「悠人!!」
 「ぐ・・・がぁぁぁっっ!!」
 〔マナを・・・【誓い】の眷属からマナを奪え!〕
 「な・・に、言ってやがる・・・この、バカ剣・・・」
 〔マナを・・・ッ!!〕
 キーン!!キーン!!キーン!!
 頭痛、吐き気、それから渇き。
 気も狂わんばかりの感覚が悠人を襲う。
 「悠人!!気をしっかり持て!!剣に呑み込まれるな!!」
 「うぅっ、おぉぉぉっっ!!」
 『駄目だ・・・意識が・・・いや、駄目だ・・・今、コイツに意識を渡したら・・・!』
 悠人は唇を噛み締める。
 気を失いそうな痛みに耐え、大きく息を吸い込んだ。
 「だぁっ、まれぇぇぇっっ!!このバカ剣っっ!!」
 シュゥゥ・・・
 叫んだ瞬間、ピタリと頭痛が止まる。
 さっきまでの痛みが嘘だったかのように落ち着いた。
 「はぁっ、はぁっ・・・ったく・・・」
 悠人は腰の剣を睨み付ける。
 「君を支配をしようとしたのか・・・」
 「ああ・・・ウルカは敵じゃない・・・少しはわきまえろ、バカ剣」
 〔・・・〕
 【求め】からは言葉が返ってこない。
 『やれやれ・・・』
 思い通りにいかなくて拗ねているのか。
 「大丈夫か?」
 闘護が心配そうに尋ねる。
 「冷や汗はたっぷりとかいたが、特に体が怠いなどということもない。それに、もう流石に【求め】も妙なことはしないだろう」
 「そうか・・・」
 「とりあえず、ウルカを探してみよう」


 ヒュッ!!ヒュッ!!
 鋭く風を切る音が響く。
 今は殆ど人が来ない訓練棟、そこにウルカは一人でいた。
 「ひゅぅ・・・はっ!!」
 ヒュッ!!
 仮想の敵に対し、剣を振るう。
 力を使えなくなったせいか、スピードなどは落ちていたが、美しい動きは損なわれることがなかった。
 『空手などによくある、『型』という奴だろうか?』
 「おーい、ウルカ〜〜!」
 悠人の呼びかけに、ウルカは顔を向けた。
 「・・・ユート殿、トーゴ殿。手前に何かご用ですか?」
 「ああ。ちょっといいかい?」
 「はい」
 神剣を鞘に戻して柄から手を離し、ジッと二人の顔を見ながら次の言葉を待つウルカ。
 敵意のないことを示しているのだろう。
 『・・・うーん、武士って感じだなぁ。ハキハキとしたその様子は、見ていて格好いい』
 悠人は何となく感動する。
 「悠人」
 闘護に促され、悠人は頷くとウルカを見た。
 「あのさ、一つ頼みなんだけど・・・俺に剣の使い方を教えてくれないか?」
 「剣?手前がですか?」
 「ああ。俺、もっと強くならなきゃいけない気がしてさ」
 「強く・・・成る程、それでは手前に出来る限りのことをしましょう」
 ウルカは一つ頷くと、悠人から数歩離れ、斜め前に立った。
 剣を振り回してもギリギリ当たらない距離だ。
 『始めるのか・・・?』
 闘護は悠人の後ろに下がった。
 「ユート殿、素振りを何本かお願いします」
 「おうっ!!」
 ビュンッ!!
 【求め】を高く掲げて、全力で振り下ろす。
 ビュンッ!!ビュンッ!!ビュンッ!!
 それを数本繰り返した。
 ウルカはそれを眺め、時折頷く。
 「・・・ユート殿、どなたかに剣術を習ったことは?」
 「いや、無いんだよ」
 「やはり、我流の剣ですか」
 ウルカは目を細め、考え込む。
 『何を教えればいいのか、迷っているのか?』
 ウルカの様子を闘護は観察する。
 「まずは、剣を流れに乗せることが重要でしょう」
 「流れ・・・?」
 「ユート殿の剣には一撃の強さがあります。ですが、戦闘ではそれだけでは足りませぬ。これまでは、周囲の援護がよかったのでしょう」
 「成る程・・・」
 『確かに、かなりの部分で助けられてるとは思ってたな』
 納得したように頷く悠人。
 『確かに、それはあるかも・・・悠人一人で大軍を相手というのは無理だろうな』
 闘護も小さく頷く。
 「・・・でも、流れって何だ?」
 「ふむ・・・」
 ウルカは突然目を閉じた。
 スッ・・
 そして、スラリと神剣を抜くと、無造作に悠人に斬りかかってきた。
 ヒュッ!!
 「うわっ!」
 キン!!
 悠人は慌てて向かってくる刃を弾く。
 そして、体勢を整えようとして・・・
 シュッ・・・
 「・・・え?」
 気がつくと、喉元に剣を突きつけられていた。
 悠人はまだ構え直してすらいない。
 「凄い・・・」
 感嘆の声を上げる闘護。
 「・・・う」
 「これが、流れです」
 喉元から切っ先が外された。
 涼しい音を立てて、剣が鞘に収まる。
 「ユート殿の剣は初撃はともかく、2撃目が遅い。一対一で戦う場合、このように致命的となりましょう」
 「あ、ああ・・・」
 「流れに乗せるためには、剣を思うままに動かせるようにせねばなりませぬ。その為には─」


 「はぁっ・・・はぁっ・・・!!」
 「この程度にしておきましょう」
 結局あれから一時間程度、悠人は素振りを見てもらったり、軽く剣を合わせたりしていた。
 『疲れ、下半身に来たな・・・膝がガクガクだぁ』
 息を荒くする悠人に対し、ウルカは涼しい顔をしていた。
 「お疲れ、二人とも」
 闘護がタオルを渡す。
 「さ、さんきゅ」
 「かたじけない」
 「はぁはぁ・・・う、ウルカって、やっぱり凄いな〜・・・」
 「手前などまだまだです」
 『謙遜・・・ではないな。表情には、本気で反省の色がある』
 闘護は驚いた表情でウルカを見つめる。
 「それよりも、ユート殿の成長の早さの方が驚異かと」
 「そうか・・・?」
 「ええ。手前にはそう見えます。ただし、こういったことは継続することが力となるので、日々繰り返さねばならぬのですが・・・」
 「そう、だよなぁ・・・」
 汗を手ぬぐいで拭き取り、悠人は剣を納めた。
 「・・・戦いは、まだ続くのでありましょうか?」
 「続くだろうね」
 闘護が即答する。
 「そうだな・・・少なくとも俺は、佳織を助けるまでは戦い続けないと」
 悠人は自分の掌を見つめた。
 「場合によっちゃ、帝国全部を倒さないといけないのかもな」
 「そう、ですか・・・」
 ウルカの声が沈む。
 表情もどこか翳っていた。
 「悠人・・!!」
 小さく、しかし厳しい声。
 「バカ!ウルカの事も考えろ!!」
 「え・・・?」
 「手前にも、部下がおりました。今は、ユート殿と戦わぬよう祈るのみです」
 【・・・】
 ウルカの言葉に、悠人はハッとする。
 闘護も、難しい表情で沈黙した。
 部下・・・そこに込められた愛情に、二人は気付く。
 『以前敵であったとしても、今のウルカはラキオスのスピリットだ。いくらレスティーナでも、国で管理しているスピリットを戦わせないでおくことは難しいだろう・・・』
 『戦場で自分の部下と戦うことになったら・・・自分じゃなくても、俺やオルファに殺されることになったら・・・』
 闘護と悠人は、ウルカの立場に苦い思考をする。
 「守る力が欲しいと、初めて思いました」
 ウルカの呟き。
 『かつてはあった力。それも、今は失われてしまっている・・・だからこそ、そんなことを考えてしまうんだろうな・・・』
 「解る、な・・・その気持ちは」
 闘護が小さく頷く。
 「成る程・・・」
 『俺だけが無力感を感じている訳じゃない。闘護だってそうじゃないか・・・そうだよな・・・俺だけが悩んでる訳じゃない。戦うことを当たり前に感じてちゃ、いけないんだ』
 悠人は拳を握りしめる。
 『今にして思うと、必死にウルカを助けようとしたオルファの方が、遙かにまともだ。佳織を助けたって、これじゃ喜んで貰えないかもしれない』
 「ごめん、ウルカ・・・」
 「え・・・?」
 「こんなの狡いと思うけど、先に謝らせてくれ」
 悠人は頭を下げた。
 「戦場であったら、俺はみんなを守るために、それに佳織を助けるためにも、剣を振るわなくちゃならない・・・だけど、俺は無抵抗のスピリットを背中から切ったりは絶対にしない」
 そう言って、頭を上げた。
 「ウルカだって、部下にそう教えただろ?俺もウルカに戦い方を教えてもらってるんだから、それは必ず守るよ」
 「ああ。俺も約束する」
 闘護も頷く。
 「ユート殿・・・ありがとう、ございます」
 ウルカは声を詰まらせて言うと、深々と頭を下げた。
 「俺だって、ウルカの部下とは戦いたくないよ。絶対に強いに決まってるもんな」
 「確かに、な」
 悠人の冗談に、闘護も苦笑する。
 『でも、戦うことになるのは間違いないだろう・・・何で、スピリットと戦わなきゃいけないのかな・・・出会ったのは、こんなにもいい奴ばかりなのに』
 『スピリットとは分かり合えるのに、何故人間同士で分かり合うことは、こんなに難しいのか・・・今はまだ、その答えを見つけられそうもない、か』
 悠人と闘護の苦悩は果てることはなかった。


─聖ヨト暦332年 レユエの月 青 五つの日 昼
 第二詰め所、食堂

 仕事が終わり、闘護は食堂を覗いた。
 『お腹空いたし・・・何か食べるものは、と』
 「・・・ん?」
 「・・・」
 闘護は、椅子に座って熱心に本を読んでいるヘリオンを見つけた。
 『何の本を読んでるんだろう?』
 興味を覚えた闘護は、こっそりヘリオンの読んでいる本を覗き込んだ。
 「ふむ・・・」
 『料理と調理法が書かれてる。これは・・・料理の勉強か』
 闘護はスッとヘリオンから離れた。
 『勉強の邪魔をしちゃ悪いな』
 そう思い、静かに台所の方へ向かった。

 『さて、と・・・まずは喉を潤そう』
 闘護はコップに水を入れた。
 コポコポ・・・
 コップに水を入れる音が響く。
 「あれ?誰かいるんですか?」
 ふと、食堂の方から声がした。
 「ああ。俺だ」
 「トーゴ様ですか?」
 声がしてすぐに、ヘリオンが台所に顔を出した。
 「いつの間に?」
 「ついさっきだよ」
 闘護はそう言ってコップを仰いだ。
 「私、気づきませんでした・・・」
 「ああ。随分集中して本を読んでたからね。こっちも邪魔をしちゃ悪いと思って音を立てなかったんだが・・・水を注ぐ音で気づいたのかい?」
 「は、はい。ちょうど読み終えた時だったので・・・」
 「そうか」
 闘護はコップを流し場に置いた。
 「ところで、熱心に読んでたけど・・・料理の本だったね。何か作るつもりかい?」
 「い、いえ!!ま、まだ私には無理です・・・」
 「どうして?」
 「だ、だって・・・包丁の使い方とかヘタだし・・・」
 「練習、してるのか?」
 「はい・・・でも、全然上手くならなくて・・・」
 ショボンとうなだれるヘリオン。
 「ふむ・・・だったら、俺が教えようか?」
 「えぇ!?」
 闘護の提案にヘリオンは素っ頓狂な声を上げた。
 「そ、そんな!!私なんかの為に・・・」
 「俺は今、腹が減ってるんだ」
 ヘリオンの言葉を遮るように闘護は言った。
 「だから、野菜炒めを作ってくれ」
 「む、無理です!!私には・・・」
 「俺も手伝うから、一緒に作ろう」
 「・・・」
 「ヘリオン」
 「わ、わかりました・・・」
 多少渋々ながらも、ヘリオンは頷いた。

 トン・・トン・・・
 「そう、その調子だ」
 「は、はい!」
 トン・・トン・・・
 ゆっくりとした一定のリズムで包丁を振るうヘリオン。
 闘護は注意深くヘリオンの手元を見つめる。
 トン・トン・トン・・・
 「少しスピードが上がってる。焦らず、一定のリズムで切るんだ」
 「は、はい!」
 トン・・トン・・トン・・・
 「・・・で、出来ました」
 「ん・・・」
 切り終わった野菜を闘護はチェックする。
 「・・・よし。じゃあ、次はラナハナを切ろう」
 「はい」
 ヘリオンはそばに置いてあるボールの中からニンジンのような野菜を一本取りだした。
 「まず皮を剥いて・・・お、おいおい!」
 闘護は慌ててヘリオンを止める。
 ヘリオンは、ラナハナの太い方を自分に向けて、包丁を太い方から細い方へ剣を振るように切ろうとしていた。
 「そんな包丁の使い方はダメだ!それじゃあ、皮と一緒に実も削れてしまう!」
 「え!?ど、どうすれば・・・」
 「皮を押さえながら切るんだ。ラナハナの持ち方は・・・そうだ。そう持って、包丁の持ち方は・・・そうそう。それで皮を押さえながらゆっくりと・・・いいぞ、その調子だ」

 ジュァアア!!
 「野菜は火の通りにくいものから炒めていくんだ」
 「はい!」
 フライパンを振りながら返事をするヘリオン。
 「それから、炒めすぎないように注意するように。水が出てきたら、炒めすぎだ」
 「わかりました!」
 「・・・よし。そろそろいいだろう。盛りつけよう」
 「はい!!」


 「出来た・・・」
 眼前の料理を見つめながら、ヘリオンが感慨深げに呟いた。
 「美味しそうだ」
 闘護も満足げに頷く。
 「それじゃあ、早速食べよう」
 「はいっ!!」
 【パクッ!】
 二人はフォークを使って料理を口に運ぶ。
 「モグモグ・・・ん?」
 「ムグムグ・・・あ、あれれ?」
 そして、同時に首を傾げる。
 「・・・トーゴ様」
 「ちょっと・・・味が薄い、か」
 そう言って闘護はもう一度料理を食べる。
 「モグモグ・・・塩が足りなかった、かな」
 「あうぅ・・・失敗・・ですね」
 ヘリオンはガックリとうなだれてしまった。
 「そんなことないさ」
 闘護は気楽そうに言うと、また料理を口にした。
 「モグモグ・・・充分食べれるよ。いや、薄味が好きな人なら喜ぶだろうな」
 「そ、そうですか?」
 「ああ」
 話しながらも、闘護は手を休めずに料理を食べていく。
 「モグモグ・・・ムグムグ・・・ゴクン」
 いつの間にか闘護は全て平らげた。
 「ごちそうさま」
 フォークを置くと、闘護はヘリオンに微笑みかけた。
 「また、腹が減った時には何か作るように頼んでも良いかな?」
 「は・・はいっ!!」
 先程の落胆はどこへやら。
 ヘリオンは嬉しそうに笑って元気よく返事をする。
 その様子に、闘護も満足そうに笑った。

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