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─聖ヨト歴332年 チーニの月 青 五つの日 夜
 ダスカトロン大砂漠

 悠人達は猛烈な日射の中の行軍を避け、日が沈んだ後にダスカトロン大砂漠を進んでいた。
 今の気温は寒いくらいだが、暑さよりは体力を失いにくい。
 だが、歩を進めるたびに砂に足を取られて、どうしても疲労は蓄積する。
 『たまったもんじゃないな・・・』
 悠人は唇を噛み締める。
 ダスカトロン大砂漠の敵は、日差しや熱だけではない。マナが非常に不安定なのだ。
 空気中の酸素濃度のような物だろうか、さっきまで楽だったのに、突然息苦しくなったりする。
 『砂漠での連戦で、みんな消耗しきっている・・・この辺りは、特にマナが薄そうだしな』
 振り返れば皆が肩で息をしている。
 「闘護、いけるか?」
 隣を歩く闘護に声をかける。
 「俺は大丈夫だ。マナの影響を受けてないからな」
 そう言いつつも、闘護の顔には疲労が浮かんでいる。
 『マナの変化には平気でも、体力の消耗は俺達と同じなんだろうな・・・』
 悠人は心の中で呟く。
 マナの影響を受けない闘護は、悠人やエスペリア達スピリットに比べて、マナの激しい変化には耐性がある。
 しかし、実際に進軍する際に消耗する体力は悠人達と同じなのである。
 しかも、永遠神剣の加護がない為、直射日光や気温の急激な変化による体力の消耗は悠人達以上なのだ。
 「・・・天然の要塞か」
 悠人は呟いた。
 稲妻部隊の度重なる奇襲と、補給なしでの行軍は、心身共に消耗させていく。
 「だが、それももう少しだ」
 闘護がゆっくりと言った。
 「スレギトを落とせば、何とかなる」
 『光陰達のことも・・・それから考えればいい』
 心の中で呟く闘護。
 過酷な砂漠での戦いを続けながらも、悠人達はマロリガン軍を押していた。
 「ああ。このまま、こちらの集中が切れないうちに・・・」
 〔契約者よ。妙だ・・・〕
 その時、突然悠人の頭の中に【求め】の声が響いた。
 『何だよ』
 〔神剣の気配が全くない〕
 『全くだって?』
 悠人は眉をひそめた。
 〔気をつけろ・・・何かを仕掛けてくる気かも知れぬ〕
 『気をつけろったって・・・こんな砂漠のど真ん中に何が・・・』
 「どうした、悠人?」
 難しい表情を浮かべる悠人に、闘護が声をかけた。
 「いや・・・神剣の気配がなくなったって【求め】が・・・」
 「神剣の気配が?」
 「だけど、砂漠に入ってからは神剣の気配が途切れたことはなかった」
 悠人は首を傾げる。
 どんな時にも稲妻部隊が一定間隔で悠人達を包囲していた。
 隙あらば攻め込み、隙がないならプレッシャーを与えながら消耗を待つ。
 面白みはないが、確かに有効な作戦だった。
 「どういうこと・・・」
 ゾクゥッ!!!
 「っ!?」
 突然、闘護は悪寒を感じた。
 「どうした、闘護?」
 「何かヤバイ感じが・・・」
 【あれはっ!?】
 その時、二人の背後から大きな声が上がった。
 【どうした!?】
 二人が振り返ると、皆が上空を驚愕の表情で見上げている。
 カァーン・・・
 「こ・・・これはっ!?」
 悠人はポカンと空を見つめる。
 真っ白な月が浮かぶ空に、虹色のオーロラが突如として現れていた。
 『あれは・・ヤバイ!!』
 闘護は考える前に、勘で危機を感じ取る。
 〔契約者よ!退けっ。急いでこの場を離れるのだ〕
 悠人の頭にも、最大級の警告音が鳴り響く。
 「悠人、撤退だ!!」
 闘護はせっぱ詰まった表情で叫ぶ。
 〔早くしろ!急げ!〕
 「ぐっ」
 バチッ!!
 『求め』の声に頭痛を感じながら呻いた時、悠人の右手の袖の辺りに金色の光がスパークしているのを見つける。
 炸裂する光と音。
 美しいと呼ぶには、あまりに激しかった。
 「な、なんだ!?」
 オーロラの光が強くなっていく!
 シュゥウウウウ!!!
 同時に、闘護の体中から白い煙が吹き出す。
 「こ、これは・・・マナ!?」
 「と、闘護!!」
 「くっ・・・撤退だ!!今すぐここを離れろ!!」
 闘護が大声で叫んだ。
 「全速力で北東へ・・・ランサまで戻るんだ!!」 」
 悠人も振り返って叫ぶ。
 「怪我をしている者は、ウィングハイロゥを持つ者がサポートしろ!急げ、時間がないっ!!」
 悠人の声を聞くやいなや、一斉に撤退を開始する。
 〔おそらく、マナの調和が崩れた嵐がやってくる〕
 「マナの調和が・・・崩れた嵐!?」
 【求め】の言葉に悠人が眉をひそめる。
 「マナの調和・・・そうか、マナが来るのか!!」
 『ならば、この煙はマナその物・・・』
 闘護は今も吹き出し続ける煙を睨み付ける。
 「俺が殿をつとめる。闘護、お前は・・・」
 「俺も残る!!」
 悠人の言葉を遮るように闘護が叫ぶ。
 「何を言ってるんだ!!みんなを連れて・・・」
 「みんなが撤退するまで持ちこたえる必要がある。俺ならば、お前みたいにスパークせずに煙が吹き出すだけで済むだろう。これがマナによるものなら、な」
 闘護はそう言って、悠人の隣に立つ。
 「今は、時間を稼ぐことが重要だ。」
 「・・・わかったよ。バカ剣、いくぞっ!!」
 悠人は精神を集中し、抵抗のオーラを展開する。
 出来るだけ広範囲に、オーラを壁のように操作した。
 闘護は悠人を挟んでオーラの壁の向こう側に立って両手を広げた。
 「耐えられるだろうか・・・」
 「さぁな。だが、やるしかない」
 悠人の弱音に、闘護は肩を竦める。
 カッ!!
 オーロラが一瞬、強く光ったかと思うと、周囲の音が消えた。
 『くるっ!!』
 「行くぞっ!!」
 悠人は集中力を高める。
 「おうっ!!」
 闘護も気合いを入れた。
 ドォオオ!!!!
 凄まじい轟音と共に、マナの衝撃波が襲いかかる!!
 バチバチバチバチ!!!!
 剣をかざし、オーラの盾を展開しても、悠人は身体が引き裂かれそうになるのを感じた。
 『ぐっ・・・立っていることさえ難しい、か!!』
 シュオオオオオオ!!!
 闘護の全身から凄まじい量の白い煙が吹き出し、闘護を覆い尽くす。
 『ち、力が・・・抜けてくる・・・やはり、これをすると疲労する、か・・・』
 必死で踏ん張る二人。
 「く、くそっっ、バカ剣!限界までシールドを大きく展開するぞっ!!」
 更に悠人は力を込める。
 「こい、つは・・・キツイ。だ、が・・・まだ、まだ・・だ!!」
 闘護も踏ん張る。
 「みんなが・・・この場所を離れるまで持ちこたえられれば!!」
 「そう、だ・・・それで十分だ!!」
 「気合い入れろよ、バカ剣!!」
 大きく展開したシールドのオーラは、悠人の精神が消耗していくのと同時に、ドンドンと力を失っていく。
 「ぐぉおお・・・!!」
 闘護の身体から吹き出す煙も、闘護の疲労が増加すると同時に、次第に量が減っていく。
 しかし、嵐が過ぎ去る気配はない。
 「少なくとも、あと10秒持ちこたえれば・・・!!!」
 「逃げ、られる・・・!!」
 「はぁぁぁぁっっっっ!!」
 「うぉおおおっっっっ!!」
 カアアッッ!!
 バシュウッッ!!
 「あと、8、7、6・・・」
 悠人の身体が嵐に切り裂かれていく。
 同時に身体からエーテルが抜けていくのを感じる。
 「5・・・4・・・」
 闘護の身体が嵐に揺らされる。
 同時に身体から力が抜けていくのを感じる。
 「せめてみんなの気配がもっと離れるまでは!!」
 「あと3秒・・・!!」
 「!!みんなの気配が消えた!!」
 悠人が叫ぶ。
 「この嵐の中に残っている気配は!?」
 闘護が問い返す。
 「もう・・・ない!!」
 「よしっ!!3、2、1・・・!!」
 シュウ・・・
 「よしっ、シールドの範囲を狭めるぞ!!」
 悠人は【求め】に命令し、抵抗のオーラを壁からドーム状にして、闘護と二人が入る範囲までに絞る。
 「ふぅ・・・」
 闘護も構えを解く。
 「これで、しばらくは保つ」
 悠人はほっと一息ついた。
 「俺の分のシールドを張ってくれてるけど・・・大丈夫なのか?」
 闘護が心配そうに尋ねた。
 「ああ。お前がいくらか請け負ってくれたから、何とか余裕はある」
 「そうか・・・だけど、もっと奥に入ったら・・・」
 「・・・間違いなく保たないだろうな」
 二人は苦い表情を浮かべた。
 「・・・とにかく、俺達も退却しよう」
 闘護の言葉に頷くと、悠人は精神力でシールドを展開する。
 そして二人は、急いでランサ方面へと走り出した。


─聖ヨト暦332年 チーニの月 赤 三つの日 夕方
 ダスカトロン大砂漠

 撤退中のエスペリア達と合流した悠人と闘護は相談の末、ランサへの撤退を決断した。
 ウィングハイロゥを持つセリア、ネリー、シアー、ヘリオン、ファーレーンは闘護、ヒミカ、ナナルゥ、ハリオン、ニムントールを連れて一足先にランサへ向かった。
 悠人はアセリア、エスペリア、オルファリルと共に遅れてランサへ向かっていた。
 その道中・・・悠人、エスペリア、オルファリルは哨戒を行っていた。

 「あれ?」
 オルファリルは突然周囲を見回した。
 「どうしたのですか?オルファ」
 エスペリアが尋ねた。
 「何か声が聞こえたような・・・」
 「声?」
 「【理念】が・・言ってる・・・あのお姉ちゃんを助けて・・・って」
 何を感じたのか、オルファリルは悠人の所へ駆け寄ってきた。
 「パパ、パパ!ちょっといい?」
 「え?」
 『なんだなんだ?』
 オルファリルが、酷く慌てた様子でやってきた。
 「はぁ・・・はぁ・・・」
 「そんなに慌てるなって・・・で、どうしたんだ?」
 「神剣が・・・【理念】がね。あっちに行けって!」
 オルファリルはそう言って向こうを指さした。
 「ずーっと言ってるの!急げ、急げって!だからパパも、早く、早くぅっ!!」
 「・・・はぁ?」
 『何を言いたいのか、全然解らない』
 悠人はオルファリルの肩に手を置いた。
 「落ちつけってば。もう少しわかりやすく頼むよ。一体、何があるんだ?」
 「んとね、んとね・・・」
 オルファリルは勢い込んで話そうとするが、頭が空回りしてしまうようで、結局何も解らない。
 「はぁ・・・はぁ・・・」
 「ああもう。とりあえず、深呼吸でもしろって。ほら」
 「すぅぅぅぅ〜〜〜〜・・・はぁぁぁぁああああ」
 オルファリルはやたらと大げさな深呼吸をする。
 『でもまぁ、言うことを素直に聞いてくれるのは助かるな』
 心の中で苦笑する悠人。
 「落ち着いたか?」
 「ふ〜〜〜・・・うん。落ち着いたよ」
 「じゃ、順を追って説明してくれ」
 「【理念】がね。オルファに話しかけてきたの。あのウルカってお姉ちゃんが危ないって」
 「ウルカが危ない・・・?どういう事だ?」
 『あの一騎打ちで負った傷は、確かに浅くなかったけど、あの程度ならもう治ってるはずだよな・・・それに、こんなすぐに出てくるとも思えないし・・・』
 悠人は首を傾げる。
 『戦士として、ウルカには感じる部分がある。それに佳織も信頼しているようだし、出来れば戦いたくない・・・だけどそれでも、強大な敵だし、助ける理由にはならないよな』
 困惑する悠人をよそに、オルファリルは続ける。
 「なんだかもう、マナが消えちゃいそうなくらいに弱くて。それに・・・剣の気配がないよ。それなのにウルカお姉ちゃんは感じるんだよ。変だよ」
 「剣の気配がない?でもウルカの気配はあるって・・・?」
 オルファリルの言葉に、悠人はますます混乱する。
 『普通に考えれば、関わらない方がいいよな・・・だけど、気になる・・・』
 「・・・オルファはどうしたいんだい?」
 「オルファは・・・行ってみたい。そうした方がいい気がする」
 少し迷っているようだったが、そうはっきり言った。
 悠人を見る目には、真剣さがありありと浮かんでいた。
 「・・・そうだな。行ってみるか」
 「うんっ!有り難う、パパ」
 満面の笑みを浮かべるオルファリル。
 『この笑顔を見ると、これでいいと思えるよな。さーて、あとは罠じゃなければいいけど・・・』


 「パパ、もうすぐだよ!最後に反応があったとこ、この辺だもん」
 悠人にはウルカを追跡することは出来なかった。
 悠人では、消えた気配の場所など覚えられないし、そもそもそれが微弱すぎた。
 「・・・どこだ?剣の気配もスピリットの気配も、俺にはわからないな・・・」
 「あ、ちょっと待って・・・なんか、聞こえるよ!」
 オルファリルは耳を澄ませた。
 「どっち・・・?あっ・・・あっちだよ。パパ!!」
 キョロキョロと辺りを見回し、駆け出すオルファリル。
 悠人にはただ砂漠が続いているようにしか見えなかった。
 『何で、オルファには解るんだ・・・?』
 疑問は残るが、ゆっくりと考える暇はない。
 悠人は離されないように、先行するオルファリルを追いかけた。


 「パパ!あそこだよっ!!」
 オルファリルの示した方向には、確かに人影があった。
 『なんだ・・・酷く弱々しいマナだな。神剣の気配は・・・ほぼゼロじゃないか』
 悠人は眉をひそめた。
 「急がなきゃ!!」
 オルファリルは駆け出す。
 『何故ここまでこだわるのだろう・・・?』
 オルファリルの様子を見て、悠人は首を傾げた。


 オルファリルが全力で走ると、悠人よりも早い。
 さっさと人影のところへ到達して、しゃがみ込んでいる。
 その人影は、確かにウルカだった。
 オルファリルに抱きかかえられ、グッタリとしている。
 「・・・ん・・・く・・・」
 「大丈夫?今お水出すから、ゆっくり飲んで」
 「オルファ、俺が代わるよ」
 悠人はそう言って、ウルカを腕に抱く。
 オルファリルは腰に付けていた小さな水袋を取り出し、ウルカの口に近づける。
 「・・・ん・・・くふっ」
 ほぼ無意識のまま口に含み、むせる。
 水の匂いを感じたせいか、ゆっくりと身体が動き出した。
 『これなら・・・大丈夫か?』
 肌はカサカサし、人間で言う脱水症状を起こしているようだったが、流石はスピリットと言うべきか。
 今すぐ命に関わるほどでもないようである。
 悠人はひとまず安心し、心配そうに覗き込んでくるオルファリルの頭を撫でてやった。
 『だけど本当に脱水症状なら、あんなに勢いよく水を飲ませるのは危険かも・・・布は、応急処置用のがあったな』
 悠人はポケットから取り出した布にたっぷりと水を含ませ、口元に当ててやる。
 そして、ウルカがゆっくりと飲み込んでいくのを確かめる。
 その姿には、とてもではないがあの凄腕剣士の面影は残っていない。
 『・・・何があったんだ?』
 二人が暫く見守っていると、目蓋がピクリと動いた。
 「おっ・・・」
 ゆっくりと目が開いていく。
 赤い瞳が数度瞬いた。
 「う・・く・・・こ、こは?き、貴殿・・・は・・・?」
 まだ光に離れていないのか、焦点が合わず、悠人のことも解らないようだった。
 「俺だ。ラキオスの悠人だ。弱っているようだから助けたんだけど・・・まさか、罠じゃないだろうな?」
 「ぱ、パパ。大丈夫だよぅ。もうウルカお姉ちゃんは敵じゃないから」
 『敵じゃない・・・オルファの言葉は直感だろうな。背後を考えると、とてもじゃないけど、簡単に信じることは出来ないし。それにウルカは、佳織を帝国に連れ去るのにも使われたのだから・・・』
 悠人は探るような目つきでウルカを見つめる。
 「・・・ラキオスの、エト・・・ランジェ殿か?」
 「ウルカ・・・聞きたいことがある!佳織はどこだ!?」
 「・・・殺せ。手前はもう・・・剣さえ使えぬ・・・ただの用無し」
 ウルカは悠人から視線を外した。
 「長らえようと、生き恥をさらすだけ・・・」
 「駄目だよ!ウルカお姉ちゃんが死んじゃうなんてヤダよ!!」
 その時、オルファリルが涙目になって叫んだ。
 「貴殿は・・・」
 「【理念】がね。剣が言うんだ。ウルカお姉ちゃんを死なせちゃ駄目だって」
 「神・・・剣が・・・?」
 「うん!」
 オルファリルは強く頷いた。
 『どうしてかは解らないけど、オルファはウルカの生存を望んでいる・・・俺だって、ウルカ自身を憎んでいる訳じゃない。佳織のことで、まだ釈然としない物は残っているけど・・・』
 「・・・わかった。ウルカを連れて行こう。それでいいな、オルファ?」
 「有り難う!パパ」
 悠人の言葉に、オルファリルは満面の笑みを浮かべて頷く。
 「く・・・どう、して・・・手前・・・を?」
 「オルファの善意だ。俺は、お前の持ってる情報が欲しい・・・だから助ける」
 『佳織が帝国でどのように扱われているか・・・お守りを託されるほどなら、きっと知っているはずだ』
 悠人の言葉に、ウルカは僅かに目を細めた。
 「手前が・・・喋る、と・・・でも?」
 「・・・口を割らせる方法なんて、いくらでもある」
 「ぱ、パパァ〜」
 オルファリルは泣きそうな顔になる。
 悠人はオルファリルから目を逸らして先を続ける。
 「・・・俺は別にあんたをどうこうしたいとか、特に思っちゃいない。でも、佳織の居場所だけは答えてもらう・・・絶対に、だ」
 「なぜ・・・それほど?」
 「アイツは・・・佳織は俺の助けを待ってる。俺の助けが必要なんだ・・・」
 悠人は掌に力を込めた。
 「俺は絶対に佳織を取り戻す。それが、今の俺がやらなきゃならないこと・・・俺にしかできないことなんだ」
 そして、ウルカを見た。
 「だから俺は・・・あんたが元気になったら、聞き出さなきゃいけないんだ・・・その、解ってくれると、嬉しい」
 少し脅しておくつもりが、最後の方は要請になっていた。
 悠人は、肝心なときにしっかり出来ない自分に苦笑する。
 「・・・」
 「オルファは俺の荷物運びと道案内を頼む。ウルカは俺が負ぶっていくから」
 「じゃ、じゃあ?」
 「連れて行くって言っただろ?」
 「うん♪わかったよ。ウルカお姉ちゃん、良かったね?」
 「・・・」
 返事はない。
 『囚われの身になるのだから当然か・・・』

 「よいしょ・・・と、案外軽いな」
 武装解除の意味も込め、ウルカの神剣はオルファリルに持たせる。
 相変わらず気配は薄かった。
 『バカ剣、どうなってるか解るか?』
 〔・・・休眠状態に入っているようだ。理由はわからぬが〕
 『休眠状態、ね・・・剣を使えないというのは本当なのか』
 「さてと、行くか」
 上機嫌のオルファリルに引きずられるようにしながら、悠人はウルカを背負ってキャンプへと向かった。
 『ウルカのこと、報告しなきゃマズイだろうな・・・』


─聖ヨト暦332年 チーニの月 緑 一つの日 昼
 謁見の間

 ランサに撤退した悠人は、早速ウルカを伴ってラキオスへ帰還、レスティーナにウルカのことを報告した。

 「・・・良いでしょう。漆黒の翼と恐れられた彼女も、今は力を失っています。本音を言えば、少しでも現在の帝国の情報が欲しい、ということもあります。ただし、隊長として責任を持って監視し、決して間違いの無いように」
 「サンキュ、レスティーナ」
 レスティーナが了承したことに、悠人は素直に感謝した。


─同日、昼
 第一詰め所

 コンコン
 軽くノックする。
 普段は使われてなかった部屋だが、今はウルカが居た。
 「・・・何でしょうか」
 「俺だけど、入っていいか?」
 「ユート殿ですか・・・はい」
 悠人は扉を開け、部屋の中に入る。
 ウルカは目をつぶり、中央に座っていた。
 「・・・何してるんだ?」
 「時もありますので、瞑想をしていました」
 「それはまた・・・渋いな」
 「そうでしょうか?手前は毎日しておりますが」
 『似合っているとは思うけど、地味というか何というか・・・』
 悠人は小さく苦笑する。
 「ま、いいか。それよりも、レスティーナから許しが出たぞ」
 「許し、ですか」
 「ああ、ラキオスにいてもいいってさ」
 『正直、俺は許可が出るとは思っていなかったけど・・・まさか、レスティーナが押し通してくれるなんてな・・・』
 悠人は先程のレスティーナの言葉を思い出す。
 『俺だって、今のウルカに戦う力はないと説明したけど、レスティーナの後押し無く、議会を黙らせることは出来なかっただろうな。はぁ・・・なんか段々、レスティーナに頭が上がらなくなってきたなぁ・・・』
 何としても佳織の情報を得たいという悠人の気持ちを、レスティーナはくみ取ってくれたのだろう。
 「・・・すみませぬ。手前などのために」
 「礼ならレスティーナに言ってくれよ。・・・会えるかは解らないけどな」
 「しかし・・・」
 「俺は何にもやっちゃいないさ」
 そう言ったのに、ウルカは深々と礼をした。
 きっと、これが性分なのだろう。
 「さて、滞在の条件だけど」
 「はっ・・・」
 「・・・そう堅くなるなって」
 悠人は苦笑する。
 「条件は二つ。帝国側の情報を提供すること、それから俺の監視下に入ること」
 ウルカの状況は、投降者よりも虜囚に近い。
 その上、ただでさえまともに扱われないスピリットだ。
 本来なら、こんなに丁重に遇されるはずがない。
 「手前を・・・たったそれだけで許す、と?」
 「ああ。正直俺だって、酷い目に遭わせるのが好きな訳じゃない。殺し合いなんて・・・したくてするもんじゃないからな」
 「・・・」
 「で、どうする?話す意志はあるか?」
 『話して欲しいけど、ウルカの正確から考えるとどうかな・・・エスペリアに輪をかけて真面目そうだからなぁ・・・』
 ウルカは悩むように目を閉じる。
 数秒間の思案の後に、ゆっくりと口を開いた。
 「手前も、助けられた恩を返したいのですが・・・」
 「話せない、か?」
 悠人の声には、明らかに落胆の色が滲んでいた。
 「いえ・・・その、手前も内情など知らないのです」
 「・・・は?」
 『内情を知らない?どういう事だ?』
 ウルカの言葉に、悠人は目を丸くした。
 「手前は、上に嫌われておりました故」
 「嫌われたって・・・」
 「中央にいる時間は短いもの。手前と部下は、常に前線を回り、戦っておりました」
 悠人はふと、エスペリアに聞いたことを思い出した。
 ウルカの名は誰でも知っている、どこの戦場でも有名だということ。
 『あの強さで各地の戦場を回っていれば、そりゃ有名にもなるよな』
 悠人はエスペリアの話には理由があったことを理解する。
 「役に立てず・・・すみませぬ」
 「いや、いい・・・それじゃ、佳織の居場所は・・・?」
 『お守りのこともあるから、会ったことがないわけはないだろう。だけど、内情を知らないなら、これも期待は出来ないか・・・』
 小さな失望感に悠人は僅かに肩を落とす。
 「カオリ殿は・・・首都におられます」
 「首都か・・・サーギオスの・・・」
 「シュン殿の計らいで、行動以外の不自由はありませぬ。暴力を受けることもないでしょう」
 「そっか。無事は無事なんだな・・・?」
 悠人の言葉に、コクリと頷く。
 瞬に捕らわれたという状況は良くはない。
 良くはないけど、無事が解って悠人は何処かホッとした。
 「ウルカから見て、佳織はどう見えた?元気だったか?」
 「カオリ殿は・・・強い。そう・・・手前などより、よほど強そうに見えました」
 ウルカは天井を見上げた。
 「自分を信じ、ユート殿を信じ・・・それから、手間をも信じて下さった・・・手前に微笑んでくれました」
 「そっか・・・」
 『まったく・・・俺の知らない内に、どんどん強くなっていくな』
 レスティーナ、オルファ、そしてウルカ、この世界でのいくつもの出会いが、佳織にはよい経験になっているらしい。
 そこまでなら良かった。
 『瞬・・・アイツはきっと笑ってる。佳織を手元に置いて・・・!力ずくで、佳織を拘束して・・・ッ!!』
 それを思うだけで、悠人の心の中に怒りの炎が燃え上がった。
 「ユート殿・・・手前も・・・いや・・・」
 ウルカの呟きに、我に返る。
 瞬や【誓い】のことを考えると、悠人はどうも冷静になれなかった。
 「・・・とにかく、俺の監視下に入ってもらうんだけど、特に行動を制限するつもりはない。まだ身体も本調子じゃないだろう。しばらくはゆっくりしてくれよ」
 「はい・・・すみませぬ」
 「じゃあ、俺は行くから・・・」
 再び深々と礼をするウルカ。
 『別にそんなことはしなくて良いんだけど・・・ま、いいか。なんだか似合ってるし』
 悠人ははそのまま部屋を出た。
 歩き出した悠人は、サーギオスの首都にいるという佳織を想う。
 『ウルカの話では、強く見えたというが、寂しさは消えるはずがない。佳織・・・待っててくれよ・・・』


─聖ヨト歴331年 チーニの月 緑 二つの日 夜
 第一詰め所、食堂

 足止めされ、帰還した悠人。
 ウルカの件は済んだものの、そうなると戦わなくなって、考える時間が与えられて・・・考えなくてよかったことを考えなくてはならなくなってしまう。
 そして、それは悠人を苦しめる現実・・・今日子と光陰が敵に回った事であった。
 同じ苦しみを感じている闘護がまだラキオスに到着していない今、悠人は一人で考えなくてはならなかった・・・

 「なんで・・・だよ・・・」
 『変わり果てた今日子。俺に剣を向ける光陰・・・』
 悠人は拳を握りしめる。
 「あんなに一緒だった奴らと俺は・・・っ・・・!!」
 『親友達と剣で斬り合う?殺し合う?』
 「・・ははっ・・・」
 カラッポの声で笑う。
 『馬鹿馬鹿しい・・・だけど、これが・・・現実なのか』
 悠人は背筋が凍る思いだった。
 背中に冷たい汗が流れる。
 「くそっ。なんでだ・・・なんでこんなことに」
 ガチャリ・・・
 入り口の扉が開き、誰かが入ってきた。
 「エスペリア・・・?」
 「はい」
 呟きにすら返事をくれる。
 そのいつもと変わらない様子に、悠人は少しだけ安心した。
 「・・・」
 「・・・」 
 二人とも無言のまま時間が過ぎる。
 エスペリアは話しかけるでもなく、悠人の隣に佇んでいた。
 『どうしよう・・・どうするべきなのだろう・・・この苦しさも、口に出せば少しは軽くなるのだろうか?』
 結論が出ないまま、衝動に任せて口を開く。
 「なぁ、エスペリア・・・」
 「はい」
 「俺は戦わなきゃいけないのかな?あいつらと・・・」
 「・・・」
 「本当に大切な友達だったんだ。毎日、会ってさ」
 「ユート様・・・」
 「馬鹿話したり・・・一緒に遊んだりしてさ・・・そういう、仲間だったんだよ」
 悠人の手が震え始める。
 「ユート、様・・・」
 「こんな・・・剣なんか向けたり、向けられたりするような相手じゃないんだ・・・その、筈なんだ・・・」
 『怖い・・・嫌だ・・・・こんな事を考えるのも、これが現実なのも』
 悠人は頭を抱えた。
 「なぁ・・・俺は、戦わなきゃいけないのか?」
 「・・・それは」
 悲痛な声。
 悠人の感情と、多分に重なる声。
 「頼む、教えてくれ。エスペリア・・・俺の大切な人は・・・みんな俺から離れていくのか・・・?」
 『こんなの、エスペリアに聞くことじゃない・・・だけど喋るのを止められない』
 強い苦悩が悠人を襲う。
 『辛い。怖い。逃げたい・・・なのに、逃げられない。逃げられないから戦ってれば、今みたいなことになる・・・』
 悠人は掌を見た。
 『いっそ死んだら楽に・・・駄目だ!!俺は死ぬわけにはいかない。それだけは・・・駄目なんだ』
 「くっ!!」
 ドゴン!!
 拳を振り上げ、机と叩きつけた。
 「・・・どうすりゃいいんだよ」
 「・・・っ!!」
 スッ・・・
 「え・・・?」
 拳が温かい掌に包まれる。
 「ユート様・・・」
 エスペリアは悠人の腕全体をそっと胸に抱いた。
 柔らかな感触が伝わり、悠人は一瞬頭が真っ白になる。
 「ユート様・・・ユート様・・・」
 悠人の腕を抱きしめたまま、心を押しつぶされそうな声で何度も名前を呼ぶ。
 赤くなった拳を、優しく撫でながら。
 「エ・・・エスペリア・・・?」
 「・・・え、あ・・・あっ、申し訳ありません」
 エスペリアは耳まで赤くして、パッと離れる。
 悠人は何となく腕に寂しさを感じた。
 「あ、あの、えっとこれは・・・」
 恥じらい、しどろもどろになる。
 普段とは明らかに違う様子に、悠人までなんだか意識してしまう。
 「いや・・・その、少し落ち着けたよ」
 「・・・本当ですか?」
 安堵したように表情を緩めるエスペリア。
 「ああ・・・多分」
 「それなら、よかったです」
 優しい顔で微笑むエスペリア。
 その表情に悠人は心臓が高鳴るのを感じてしまう。
 「では、私はこれで・・・」
 「あ・・・うん、有り難う。エスペリア」
 「ユート様・・・負けないで下さい」
 エスペリアは一礼して食堂から出て行った。
 「負けないで下さい・・・」
 エスペリアの言葉を悠人は反芻する。
 『なんだか・・・大きな力になってくれる気がする』
 悠人は拳を握りしめた。
 『佳織のこと。今日子や光陰のこと・・・考えることはまだまだあるけど、エスペリアが居てくれれば、全て何とかなる気がする』
 「俺ってヤツは・・・」
 悠人は、自分の単純さに呆れた。
 だが、エスペリアの存在が今の悠人にとって救いになっていることは確かだった。
 「サンキュな、エスペリア」


─聖ヨト歴332年 チーニの月 黒 一つの日 昼
 ヨーティアの研究室

 数日が経ち、闘護がラキオスに帰還すると、早速作戦会議を開くことになった。
 場所は、ヨーティアの研究所。
 メンバーは悠人、闘護、レスティーナ、そしてヨーティアの四人だ。

 ヨーティアは難しい顔で、机に座って報告書に目を通す。
 「・・・報告を聞く限りだと、エトランジェやスピリットの仕業じゃあないねぇ・・・しかも普通の戦術兵器とかでもない・・・また、厄介な物を持ち出したもんだ」

 突如わき起こった謎の嵐によって、悠人達はダスカトロン大砂漠からの撤退を余儀なくされた。
 今になってみれば、稲妻部隊の撤退の鮮やかさも頷ける。
 きっと、最初から悠人達を特定の地点まで誘い出すことだけが目的だったのだ。

 『押してると思ったけど、あれはそう思わされてただけか』
 マロリガン側の作戦を読み切ったつもりで、その後ろにある本物の罠に気づかなかった。
 『被害が大した物でなかったからよかったものの・・・仲間を失っていたらと思うと、今更ながら恐怖を感じる』
 ゴクリと唾を飲み込む悠人。
 「魔法みたいだったけど・・・範囲も威力も桁違いだ。あんなの使えたら、それこそたった一人に国ごと壊滅させられちまうぞ・・・!!」
 荒れ来るマナの光と、強烈な風・・・美しくすら見える光景。
 思い出すだけで、悠人は背筋が寒くなった。
 マナの力を直接感じられる悠人達にとって、鋭利な刃物に晒されているのと変わらなかった。
 『あそこにもうしばらくいたら、どうなっていたか・・・少なくとも、今こうして無事ではいられなかったはずだ』
 悠人はゴクリと唾を飲み込む。
 「あれは一体、何なんだ?どうやらマナそのもののようだが・・・」
 闘護が神妙な面持ちで尋ねる。
 「エーテル技術で防衛施設を作れることは知ってるな?」
 ドサッ・・
 ヨーティアは、机に報告書を投げ捨てると、組んだ膝の上に手を載せる。
 「祭壇とかだろ?確か周りのマナを活性化させるって・・・」
 悠人の回答に、ヨーティアは頷く。
 「そうだ。エーテルを特定の方向に活性化させることで、その力に方向性を持たせ、特定の力を増幅させる。これが防衛施設として考えたときのエーテル技術の使い方だ」
 そこで言葉を切り、ヨーティアは悠人と闘護を見た。
 「さて、防衛施設として使えるなら、当然攻撃施設としても使うことが出来ると考えるだろ?エーテルは、結晶化させずに生のまま放出してやれば、マナに戻ることは知ってるだろ?戻るときに出る力を使って何かできないかと試した奴らが居たんだ。んで、やってみたら・・・出来たんだよ、これが」
 「何だよ!?そんなことが出来るなんて初耳だぜ!!」
 「話しは最後まで聞け。だからボンクラなんて言われるんだぞ」
 「そう呼んでるのはヨーティアだけだって!!」
 必死の悠人の抵抗を五月蠅そうに手を振って遮るヨーティア。
 『うぅ・・コイツは・・・』
 「出来たとは言ったが、簡単だとは言ってないだろ?エーテル変換施設も、防衛施設も、エーテルジャンプ装置だって、誰もが簡単に作れたら、それこそ問題だ」
 ヨーティアは肩を竦める。
 「・・・話を戻すぞ。はっきり言おう。エーテル技術を応用して攻撃施設を作ることは・・・出来る」
 「!!」
 『冗談じゃない。スピリットでなく、悠人達のようなエトランジェでもなく、普通の人間だけで、あんな力を引き出すなんて・・・』
 悠人はヨーティアの言葉に驚愕する。
 「ならば、あの嵐はマロリガンが・・・何か装置を作って起こした物だと?」
 闘護が重い口調で尋ねる。
 「おそらくね・・・つっても、報告書の通りだとするとだけどさ。少なくともこの乱れは自然に起きる物じゃない。これはエーテル技術で人為的にマナの嵐を引き起こしてるのさ。私達は『マナ障壁』なんて呼んでたけどね・・・あーあ、また随分な広範囲でバッサリとやってくれちゃって・・・」
 苦笑しながら地図を眺める。
 「嵐の範囲は、砂漠を殆ど縦断している。これでは侵攻なんて不可能だ」
 闘護は首を振った。
 「ヨーティア。マナ障壁っていうのはどんなモノなんだ?」
 悠人が尋ねた。
 「簡単に説明するとだな、二つの機械から構成される大がかりな仕組みの装置さ。二つの機械っていうのは、発信器と受信機みたいなモノだ。その両方を起動させておいて、その間の空間をマナ消失空間にすれば条件は全て整うのさ」
 ヨーティアは肩を竦める。
 「あとは発信器から受信機に向かってエーテルを送るだけ。エーテルは結晶化させず生のまま放出すると、マナに戻るということは知っているだろう?特にマナが無い空間だったりすれば、急激にマナに変換してしまう。そしてそこには元々マナが無いわけだから・・・」
 「その空間で一気に大量のエーテルがマナに戻る?」
 悠人の呟きに、ヨーティアは目を丸くする。
 「おっ、ボンクラにしては上出来だ。まぁ、そんな感じでマナに戻るときの余力みたいなもんで嵐が起こるってわけさ。エーテルがマナに戻る瞬間に発生する力が、大気中を荒れ狂うわけだ。一つ一つは大したことないとしても、何せ数が違うからね」
 【・・・】
 「んで、その流れてきたマナを受信側が受け取ってエーテルに変換していくんだ。送信側が空っぽになった頃に、今度は元々受信していた側を送信に、送信していた側を受信側に切り替えてやるだけさ。起動に大量のマナを食うっていうことを除けば、後は半永久的に動き続ける絶対的な盾となる。スピリット達じゃ突破できない。あの砂漠は殆どがマナ消失空間みたいなもんだからね。効果は絶大だし、条件としては完璧だねぇ・・・」
 大きくため息をつく。
 その様子から、簡単にどうにかなる問題ではないとわかる。
 「そう・・・だな。あれより先に進むのは無理だ。嵐の中、少しでもいただけで、身体が引き裂かれるかと思ったもんなぁ」
 「悠人が耐えられないくらいだ。特に身体の小さなオルファなど、ひとたまりもないだろう」
 闘護はそう言ってため息をつく。
 「まてよ?でも最初に大量のマナが必要なんだろ?こんなマナが希薄な砂漠のどこに、受信機とか送信機を設置したんだ?」
 悠人が首を傾げる。
 「その答えは簡単だよ」
 闘護はそう言って地図に視線を落とす。
 「砂漠の真っ直中にあって、装置を置けそうな場所・・・」
 「あ!」
 闘護の言葉を遮るように悠人が叫んだ。
 「気がついたか?どうしてマロリガンが、突如デオドガンに侵攻したか。やっと繋がったな」
 ヨーティアがやれやれといった様子で呟いた。
 「デオドガンは、この大地のほぼ中心に位置している。もう一つの配置を変えるだけで、かなり広範囲をカバーできる」
 闘護が補足説明をする。
 「いや〜・・・でも、まさかマロリガンがマナ障壁を使ってくるとは予想してなかった。後手に回っちまったか」
 ヨーティアはボリボリと頭を掻いた。
 「ヨーティア。マナ障壁ってのは、結構よく使われてる物なのか?少なくとも、過去にこんな物を使ったという事例はないはずだが・・・」
 「ああ、闘護の言う通り。マナ障壁ってのは色々と厄介な部分が多い代物でね・・・今まで実戦で使われたことはないはずだ。そもそもこれは、我らが帝国研究所時代に担当していた物なんだよ。研究成果は殆ど吹っ飛んだはずだけど、まぁ書き置きくらいは帝国に残ってたかもしれないし」
 「吹っ飛んだ?なんか事故でも起こしたのかよ」
 悠人は眉をひそめる。
 「まぁ、ちょっとね・・・いろいろあんだよ、人生にゃ」
 『うぅ・・・ヨーティアの実験のせいで建物が吹っ飛ばされる映像が目に浮かぶ』
 悠人は小さくため息をついた。
 「でもじゃあさ。マロリガンは帝国の技術を提供してもらったり、技術者を派遣してもらってる・・・とか?」
 「・・・まぁ、それもないと思うねぇ。帝国はどんな見返りがあったとしても技術協力なんか絶対にしないし、技術者の派遣だって出来やしないよ」
 「え?なんでだよ」
 「さっき言ったろ?吹っ飛んじまったってさ」
 【・・・】
 『ヨーティアは簡単に言っているが、もしかしてものすごく大変なことがあったのではないだろうか?』
 『技術者も全て吹っ飛ぶような爆発・・・どんな規模なんだよ?』
 悠人と闘護は思わず絶句してしまう。
 「まぁ、まだ調べることは多いやね。わざわざあんなモンを復活させたんだ。それなりに改良も加わっているだろうし。一度技術部の連中を連れて視察してみないとなぁ・・・今は何とも言い切れない。すまん」
 ヨーティアは頭を下げた。
 「いや、いい。こっちこそ頼む」
 闘護は頭を下げた。
 「でもだとすると、こっちから手を出すことは出来ないか?」
 悠人の問いに、ヨーティアは頷く。
 「そうだね。下手に動くのはやめた方がいい。マナ障壁ってのは一回起動させちまうと結構厄介なんだよ。マロリガンがちゃんと制御できてるなら、こっちばっかり一方的に攻撃されるしね。敵が抜けて攻撃してくるときに弱めて、こっちが追おうとするときには、戻すだけでいいんだ。ま、もう少し調べさせてくれ。対処する方法はすぐ調査してみせる。それまでは・・・何とか耐えてくれ」
 「わかった・・・やってみる」
 「・・・それに気になることもあるのさ。マナ障壁に関してはね」
 含みのある口調でヨーティアは呟いた。

 研究所を出て、二人は歩き出す。
 二人とも、正直自信はなかった。
 疲労は抜け切れていない上、砂漠での戦いは向こうに一日の長がある。
 更に、一方的に攻撃を受けるかも知れないのだ。
 「ゆっくりしてる暇はない・・・」
 闘護が呟いた。
 「それに、向こうが時間を稼ぎながら戦力が整うのを待ってるとすれば、これまで戦ってきたのが、全部無駄になる」
 悠人は苦い表情で言った。
 『だけど・・・今日子や光陰との戦いが先延ばしになるんだ・・・』
 『二人との戦いを回避する方法を考えられる・・・』
 二人は戦いが膠着状態になることに、小さな安堵を感じていた。


─同日、昼
 第一詰め所、ウルカの部屋

 コンコン
 「失礼するよ」
 「ユート殿・・・」
 ウルカは、部屋の中央で座っていた。
 「そちらの方は・・・」
 「神坂闘護だ。スピリット隊副長を務めている」
 闘護は先んじて挨拶をする。
 「ウルカです」
 ウルカは立ち上がるとペコリと頭を下げた。
 「弱っていると聞いたが・・・大丈夫みたいだね」
 「はい・・・感謝しています」
 「そうか・・・」
 闘護は小さく頭を掻いた。
 「少し質問していいかい?」
 「はい」
 「OK。じゃあまず・・・力が戻ったら帝国に戻るつもりかい?」
 「お、おい!?」
 闘護の問いに驚いたのは悠人だった。
 僅かな沈黙を経て、ウルカは首を振る。
 「・・・いいえ。手前は放逐された身です・・・」
 「そうか・・・じゃあ、次の質問だ。君が放逐された理由は?」
 「・・・」
 沈黙するウルカ。
 「罠、かな?」
 「闘護!!」
 ストレートな質問に、悠人が声を上げる。
 「・・・戦えない手前に価値はない・・・ということでしょう」
 ウルカは悲痛な表情で呟く。
 「・・・そうか」
 「闘護、もういいだろ!!」
 「ああ。わかった」
 闘護は頷く。
 「君の言葉、信用しよう。ここでゆっくりしてくれ」
 「・・・かたじけない」
 ウルカは頭を下げた。

 バタン・・
 「ふぅ・・」
 闘護は小さくため息をつくと歩き出した。
 「おい、闘護」
 部屋から出た悠人は、闘護を睨み付ける。
 「何だよ、さっきのは?あんな言い方はないだろ」
 「あんな言い方?」
 「ウルカを敵みたいに扱ったことだよ」
 「敵みたいって・・・」
 「解るだろ。彼女が弱ってることぐらい、マナが少なくなったことで・・・」
 「生憎、俺はマナを感じることなんて出来ないんだよ」
 悠人の言葉を遮るように闘護は言った。
 「・・・」
 「それに、彼女はサーギオス帝国の一員だったんだぞ」
 「それは・・・」
 「彼女が言ったことを鵜呑みにしすぎじゃないのか?」
 闘護はジロリと悠人を見つめた。
 「・・・」
 「何か理由があるのか?彼女を信用する理由が」
 「それは・・・」
 「それは?」
 「・・・オルファが敵じゃないって・・・」
 「オルファの言葉を信じてるのか?」
 厳しい口調で問う闘護。
 「・・・それに、ウルカは佳織からお守りを預かっていた」
 「お守り?」
 「佳織の両親の形見なんだ・・・それを預かるくらいだ。佳織もウルカを信頼していたと思う・・・」
 「・・・」
 「俺達と戦ったのだって、命令されたからだ。だから・・・その・・・」
 「・・・悠人。お前はウルカを信じてるんだな?」
 「・・・ああ。信じてる」
 悠人は力強い口調で答えた。
 「わかったよ」
 闘護はヤレヤレといった様子で頷いた。
 「だったら、俺が反対する事もない」
 「闘護・・・」
 「ただし!!」
 ビシッ
 闘護は悠人の鼻先に指を突きつけた。
 「信用するということは、責任を持つということだ・・・ちゃんと、彼女の面倒を見ろよ」
 「・・・ああ!」
 「・・・OK」
 ポン
 闘護は悠人の肩を叩いた。
 「ま、気負いすぎるな。俺やエスペリア達もいるんだ」
 「闘護・・・」
 「助力がいる時は、いつでも言えよ」
 そう言って、闘護は再び歩き出す。
 「・・・って、ちょっと待て?」
 『助けるって・・・じゃあ、何であんなキツいことを言ったんだ?』
 悠人は眉をひそめた。
 「おい、闘護・・・お前・・・」
 「お前の覚悟を確認したかったんだよ」
 闘護は振り返るとニヤリと笑った。
 「レスティーナが認めた以上、俺が反対しても仕方ないだろ」
 「・・・」
 「じゃあな」
 片手を振って立ち去る闘護の後ろ姿に悠人は頭を下げた。
 『ありがとう、闘護・・・』


─同日、夕方
 闘護の部屋

 コンコン
 「はい?」
 「ヒミカです。少しよろしいでしょうか?」
 「ああ、いいよ」
 「失礼します」
 ガチャリ・・・
 「どうしたんだ?」
 闘護は本から顔を上げた。
 「少しお聞きしたいのですが・・・」
 部屋に入ってきたヒミカは真剣な表情で闘護を見つめる。
 「・・・」
 『随分と真剣だな・・・さて』
 闘護はゆっくりと本を閉じる。
 「いいよ。何を聞きたいんだ?」
 「・・・“漆黒の翼”について、です」
 「・・・」
 「何故、“漆黒の翼”は捕虜になっているのでしょうか?」
 「何故って・・・どういう意味だい?」
 闘護は首を傾げた。
 「“漆黒の翼”は最強と謳われるほどの剣士。大人しく捕虜になるのは・・・」
 「弱っているからじゃないのか?悠人はそう言っていたが・・・」
 「確かに、私もランサで彼女を見た時にそう思いました。ですが・・・」
 「何かの罠かもしれない・・・と?」
 「・・・はい」
 「うーん・・・」
 闘護はポリポリと頭を掻く。
 「その可能性はないとは言えないけどね・・・」
 「第一詰め所に軟禁するということですが・・・大丈夫でしょうか?」
 「さて・・・まぁ、大丈夫だと思うけど」
 「どうしてそう思われるのですか?」
 「悠人を信じてるから」
 「・・・は?」
 闘護の返答に、ヒミカは唖然とする。
 「だから、悠人を信じてるから。悠人が大丈夫だと判断したならば、俺はその判断を尊重する」
 「で、ですがもし・・・」
 「何か起きたら、その時はその時。ちゃんと対処するさ」
 「対処って・・・」
 「どうにかして取り押さえる・・・それに彼女の噂、聞いたことがないかい?」
 「噂・・・ですか?」
 「そう。“漆黒の翼はスピリットを殺さない”って噂」
 「・・・あります」
 「真実かどうかははっきりしてないけどね・・・直に会って見た限り、彼女が俺達に攻撃を仕掛ける可能性はないと思う」
 「・・・」
 沈黙するヒミカに、闘護は苦笑する。
 「安心できないかい?」
 「いえ・・・その・・・」
 「大丈夫」
 闘護は立ち上がると、心配そうなヒミカの正面に立った。
 「悠人を信じろって」
 ポン
 ヒミカの肩に手を置く。
 「トーゴ様・・・」
 「何があっても大丈夫だ」
 闘護は力強い口調で言った。
 すると、ヒミカの顔にも安堵の色が浮かんでくる。
 「・・・はい。わかりました」
 「うん。それと、“漆黒の翼”じゃなくてウルカ、な」
 ヒミカは、闘護の言葉に頷いた。
 「はい。お邪魔をして申し訳ありませんでした。失礼します!」
 バタン
 来る時の重い雰囲気は何処へやら。
 ヒミカは元気よくお辞儀をして部屋から出ていった。
 「ふぅ・・・」
 一人になると、闘護はゆっくりと息をついた。
 「全く・・・アフターケアも大変だな」


─聖ヨト暦332年 チーニの月 黒 三つの日 夕方
 闘護の部屋

 「・・・」
 闘護は真剣な表情で、分厚い本に目を通している。
 コンコン
 「どうぞ」
 ノックの音に、闘護は本から目を離すことなく返事をする。
 ガチャリ
 「失礼します」
 扉が開き、ポットとカップの載ったトレイを持ったセリアが入ってきた。
 「お茶をお持ちいたしました」
 「ああ、ありがとう」
 闘護はセリアの方を見ずに答える。
 セリアは無言でテーブルの上にトレイを置くと、カップにお茶を注いだ。
 「どうぞ・・・」
 そして、カップを闘護の傍らに置いた。
 「ああ」
 闘護はやはり上の空で返事をするだけで、カップに目をやらない。
 「トーゴ様・・・」
 セリアは心配そうに闘護を見つめる。
 「少しお休みになられた方が・・・」
 「ああ」
 「・・・私の話、聞いてますか?」
 「聞いてるよ」
 「・・・」
 セリアはため息をつく。
 「こちらに戻られてから、休むこともなく何を調べているのですか?」
 「過去に神剣に取り込まれたスピリットが再び自我を取り戻した実例があるかどうか」
 闘護は本に視線を落としたまま答える。
 「・・・おそらく、ないと思われます」
 セリアが沈痛な口調で呟いた。
 「・・・何だと?」
 闘護は漸く本から顔を上げた。
 「以前エスペリアから聞きました。ハイロゥが黒化したスピリットが再び自我を取り戻したことはない・・・と」
 闘護はゆっくりとセリアに視線を移す。
 「確か・・・なのか?」
 「はい・・・」
 「・・・そう、か」
 闘護は大きなため息をついた。
 「よくよく考えてみたら・・・もしも、自我を取り戻す方法があるなら、光陰だって試してるよな」
 「・・・コウイン?」
 「ああ、セリアはいなかったからわからないか」
 闘護は苦笑する。
 「君達が合流する前に、俺達を襲撃したエトランジェだよ」
 「・・・トーゴ様とユート様のお知り合いであると?」
 「ああ。エスペリアから聞いたのかい?」
 「はい」
 「そうか・・・」
 闘護はカップに口を付けた。
 「なぜ、マロリガンに・・・?」
 「さぁね」
 闘護は肩を竦める。
 「俺や悠人、佳織ちゃんはラキオスに現れた。秋月君はサーギオスに現れたらしい。と、なると・・・マロリガンに誰かが現れてもおかしくはないだろう」
 「・・・」
 「それが知り合いだったとは思わなかったけどね」
 そう言って、カップを置く。
 「光陰は、岬君の為に戦うつもりだろう・・・岬君はあの様子から神剣に飲み込まれていると思う」
 闘護は読みかけの本を軽く叩いた。
 「岬君が元に戻れば、光陰が俺達と戦う理由もなくなると思って調べてたんだがな・・・無い、か」
 「トーゴ様・・・」
 「仕方ない。別のアプローチを考えるか」
 闘護は本を閉じると、カップを取った。
 「エトランジェについての文献を調べてみるか・・・」
 そして、一気にカップの中身を煽った。
 「私も手伝います」
 その時、セリアが口を開いた。
 「セリア?」
 「神剣に取り込まれた者の自我を取り戻す方法・・・私も調べてみます」
 セリアは真剣な表情で闘護を見つめる。
 「それは、ナナルゥの為にもなりますから」
 「そうか・・・確かに」
 『神剣に取り込まれかけているナナルゥを助ける方法が見つかるかも知れない・・・か』
 闘護は頷く。
 「頼むよ」
 「はい」
 セリアは力強く頷いた。

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