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─聖ヨト歴332年 エハの月 緑 三つの日 昼
 第一詰め所、食堂

 食堂には、悠人、闘護、エスペリアの三人が集まっていた。

 「ユート様。マロリガン共和国との戦いが始まりました」
 エスペリアはテーブルの上に広げた地図に視線を落とす。
 「今まで戦ってきた国は、ラキオスと比較して大差あるものではありませんでした。ですが、マロリガン共和国は、サーギオス帝国に次ぐ巨大な軍事国家です」
 エスペリアの言葉に、悠人と闘護は難しい表情を浮かべる。
 「デオドガン商業組合を手中に収め、多くのマナを確保しています。これまで以上に気を引き締めなければなりません」
 「ああ」
 悠人が頷く。
 「ダスカトロン大砂漠はマナ消失地帯です。その為、属性効果がとても低く、自軍・敵軍共にスキルの効果が低くなってしまいます。必然的に戦闘回数が増えますから、連戦を覚悟しなくてはなりません」
 「厳しいな・・・それに砂漠を横断する距離はかなり長い。補給も受けれない」
 闘護は厳しい表情で言った。
 「はい。ですから、威力だけではなく、連戦に耐えられるスピリットを投入した方が良いでしょう。ユート様とトーゴ様を中心とした布陣が最良かと思います」
 「成る程・・・」
 悠人が納得したように頷く。
 「厳しい戦いになることが予想されます。それでも・・・私達は戦うしかないのです・・・」
 エスペリアは憂いを帯びた口調で言った。


─聖ヨト暦332年 エハの月 黒 一つの日 昼
 第一詰め所近くの森

 「はっ!!はっ!!」
 ビュン!!ビュン!!
 悠人は一人、素振りを繰り返す。
 ビュン!!
 「はっ!!・・・ふぅ」
 悠人は【求め】を降ろした。
 「はぁはぁはぁ・・・」
 『うーん・・・なんか違うなぁ』
 荒い息をつきながら、悠人は首を傾げる。
 『相手がいないと、イマイチ感じがつかめないか・・・』
 「はぁはぁ・・・ん?」
 ちょうどその時、館からアセリアが出てきた。
 『そうだ!』
 「お〜い、アセリア〜!」
 悠人の声に気付き、アセリアは悠人の方を向いた。
 「・・・?」
 「悪いけど、ちょっと訓練に付き合ってくれないか?やっぱり相手がいないと難しくてさ」
 「うん。わかった」
 特に用事もないのか、あっさりOKが貰える。
 「よし、それじゃ─うわっ!」
 ビュンッ!!
 いきなり、悠人の目の前を切っ先がかすめる。
 「ユート・・・遅い」
 先程まで館の側にいたアセリアは、いつの間にか悠人と数歩離れた所にいる。
 「遅いとかじゃなくて、まだ始めてないだろ!?」
 「でも、敵・・・いつ来るかわからない」
 「う・・・」
 『それはそうなのだけど・・・ああ、もう。気を取り直そう』
 悠人は改めて【求め】を構える。
 「いくぞっ!!」
 「ん・・・」
 アセリアは頷くと、構えた。


─聖ヨト暦332年 エハの月 黒 三つの日 昼
 謁見の間

 謁見の間には、レスティーナをはじめ、武官、文官、そして悠人が控えていた。

 「先程、ヨーティア殿からエーテルジャンプ装置の設置が完了したと報告を受けました」
 レスティーナはゆっくりと言った。
 「中央制御装置はここ、ラキオスに。端末部はランサに設置されています」
 「と、いうことは・・・」
 悠人の呟きに、レスティーナは頷く。
 「・・・準備は整いました。エトランジェ、【求め】のユート。ヘリヤの道を進軍、ダスカトロン砂漠を突破し、スレギトを制圧せよ」
 レスティーナは声高らかに宣言する。
 「はっ!!!」


─同日、昼
 悠人の部屋

 悠人の部屋で、悠人とエスペリアが集まって作戦会議を行った。

 「ユート様。マロリガン侵攻の経路を説明します」
 「ああ」
 エスペリアは机の上に地図を広げた。
 「ランサより、砂漠横断路であるヘリヤの道を南西に向かい、スレギトへと侵攻します」
 そう言いながらゆっくりと、ランサからスレギトまで続いている線を指でなぞる。
 「ヘリヤの道はマナ消失区間であるため、殆どのスピリットの能力が減少してしまうので、ご注意下さい。影響を受けないのは、エトランジェであるユート様とストレンジャーであるトーゴ様のお二人だけです」
 エスペリアの言葉に悠人は頷く。
 「スレギト制圧後は、三つの経路があります」
 続いてエスペリアは、スレギトの上に指を置いた。
 「一つは、北方・・・ソーンリーム中立地帯であるニーハスを経由し、首都マロリガンへ向かう道。の防衛線は薄いものの、かなり遠回りになります。それに、補給なしの戦いが続くことになるでしょう」
 言いながら、マロリガン領の北側を回るように指を動かす。
 「二つ目は、スレギトを南西に向かい、ミエーユの方へと向かう経路。不浄の荒野と呼ばれる、マナ消失が最も著しい地帯です。ミエーユは、マロリガンの大都市です。それだけ防衛力も高いと想定した方がよいでしょう」
 続いて、マロリガン領の中央を真っ直ぐなぞった。
 「最後は、侵攻経路とは異なりますが、旧デオドガン商業組合区であるミライド湖方面に進む道です」
 そして、今度はマロリガン領の南側を大回りするようになぞった。
 「・・・ユート様。長い戦いになります。焦らずに、進みましょう」
 「ああ」
 悠人は頷く。
 「それから、今後の移動についてですが・・・エーテルジャンプシステムを利用します」
 エスペリアは手帳を取り出した。
 「開発者であるヨーティア様の受け売りになりますが、システムの説明をします」
 エスペリアは手帳に視線を落とした。
 「エーテルジャンプとは、私達の身体を一度エーテル化し、別の場所で再構成するものです。マロリガンは実用化していたようですが、マナを大量に消費してしまう不完全なものでした」
 「おいおい、大丈夫なのか?」
 悠人が心配そうに尋ねた。
 「もちろんです。今回実用化された物は、移動時のマナ消費を押さえ、無駄をなくした物です。ただし、移動に必要なマナを減らした代わりに、特別な施設が必要となってしまいました」
 「特別な施設」
 「それがエーテルジャンプクライアントで、通常の施設と同じように、それぞれの拠点に建設できます。このシステムで、エーテルジャンプクライアントが建設された拠点から、エーテルジャンプサーバが設置された拠点へと移動することが出来ます」
 「ふむ・・・」
 「また、エーテルジャンプサーバからエーテルジャンプクライアントへの移動も可能です。ただ、クライアント同士では、移動することが出来ませんので、この点は注意して下さい」
 「わかった」
 「それから・・・」
 エスペリアは少し言い淀む。
 「まだ、何かあるのか?」
 「トーゴ様は・・・この装置を使用することが出来ません」
 「え?」
 エスペリアの言葉に、悠人は目を丸くした。
 「何で、闘護は使えないんだ?」
 「実験段階で、トーゴ様の身体からエーテルを感知できないことから、使用は危険であると判断したそうです」
 「そうか・・・だから、闘護は先にランサに向かったんだな」
 「はい」
 闘護は既にラキオスを出発、ランサへ向かっていた。
 「大変だな・・・闘護も」
 悠人は同情した口調で呟いた。

 悠人はエーテルジャンプシステムを用いて、スピリットと共にランサに到着した。
 そして、闘護の到着を待たずにスレギトへ進軍を開始した。


─聖ヨト暦332年 エハの月 黒 五つの日 昼
 ダスカトロン大砂漠

 スレギトを出発して2日が経った。
 悠人はアセリア、エスペリア、オルファリルを伴ってヘリヤの道を行軍していた。
 そして、“それ”はやってきた・・・

 〔契約者よ〕
 『・・・解ってる。強力な神剣の気配が近づいてくる・・・』
 悠人は【求め】の柄に手を置いた。
 『これは・・・この気配は・・・忘れるはずがない。頭に浮かぶのは、漆黒の翼を広げた姿!!』
 〔来るぞ!!〕
 『・・・解ってるっ!』
 悠人は逸る気持ちを抑える。
 『落ち着け・・・焦るな・・・ここでやられるわけにはいかないんだ・・・』
 キィン・・・
 神剣が小さく鳴る。
 「ユート様!!」
 接近に気付いたエスペリア達も身構えた。
 シュッ・・・
 「・・・」
 数体のスピリットを従えたウルカが、空から舞い降りる。
 「ウルカ・・・ッ!!」
 「・・・」
 悠人の敵意を込めた視線を、ウルカはさらりと流す。
 ウルカは目を閉じ、悠然と構えている。
 「佳織を・・・佳織をどこにやった!!」
 「・・・我が国へ」
 「ふざけるなっ!!」
 静かな声に、悠人は神経を逆なでされる。
 『馬鹿にしてるのか!?』
 ギリギリと奥歯が鳴り、目の前に赤いもやがかかったような気分になる。
 「絶対に・・・助けてみせる!!瞬やお前達がどれだけ邪魔をしてもっ!!」
 「・・・」
 悠人の声に、ウルカはすっと目を開く。
 チラリと後ろを見て手を振り、率いてきたスピリットを大きく下がらせる。
 『何だ?一対一で戦うつもりなのか・・・?』
 神剣に手を伸ばし、ウルカは動きを止めた。
 普通なら、一対一の勝負などあり得ない。
 だが、相手が相手だった。
 「・・・いいぜ。受けて立ってやる」
 悠人は後ろで心配そうに見つめているエスペリアをチラリと見た。
 「みんな、下がっててくれ」
 「で、ですが・・・」
 「ウルカは一騎打ちを望んでるんだ」
 「・・・」
 「ん・・・わかった」
 困惑するエスペリアを置いて、アセリアが素直に頷く。
 「ア、アセリア・・・」
 「大丈夫だ」
 悠人はニヤリと笑った。
 「パパ・・・」
 「・・・わかりました」
 エスペリアは苦悩の表情で頷くと、アセリアとオルファリルを伴って下がった。
 「待たせたな・・・」
 「いえ」
 悠人の返答に、ウルカは小さく返事をする。
 悠人は【求め】を構えた。
 ウルカの無表情を見て、悠人の心中に我慢していた感情があふれ出す。
 『ウルカだってスピリット・・・佳織のことも、ウルカが悪いんじゃないって解ってる・・・だけどっ!!』
 「それでも許せないんだ・・・!!」
 怒りは、眼前の者に向かう。
 今の悠人には、それを止めることなど出来なかった。
 『バカ剣、一気に決めるぞ・・・力を貸せっ!!』
 怒りと焦り。
 負の感情が力に変わっていくのが感じられた。
 普段を大きく超える力が、全身にみなぎった。
 『・・・これだけの力ならっ!』
 「行くぞっ!!」
 悠人は飛び出した。
 「ッ!!」
 ウルカは前傾姿勢を取って前に出る。
 キィン!!
 その直後、悠人とウルカの神剣がぶつかる。
 ギリギリ・・・
 鍔迫り合いは、悠人に分があった。
 「ぐぅ・・・!!」
 「む・・っ!!」
 ウルカは少しずつ押されていく。
 「はっ!!」
 ガキン!!
 「うっ!?」
 ウルカは力の方向を変えて【求め】を弾く。
 【求め】を弾かれ、悠人は
 「はぁああ!!!」
 そして、【求め】を弾かれて体勢を崩した悠人に向かって剣を振る。
 「くっ!?」
 悠人は崩れた体勢のまま、強引に身体を反らせる。
 シュッ・・・
 ウルカの剣が悠人の腹をかすめる。
 悠人はそのまま数歩後ろに下がって体制を整える。
 「はぁはぁ・・・」
 『腹は・・・かすっただけだ』
 「・・・」
 ウルカは再び神剣を鞘に収めて前傾姿勢を取る。
 『やっぱり、ウルカは強い・・・だけど!!』
 悠人は【求め】を振り上げる。
 「うぉおお!!」
 そして、一気に間合いを詰める。
 「!!」
 ウルカは迎え撃つために神剣を抜く!!


─同日、昼
 ランサ

 ラキオスを出た闘護は、約7日間街道を走り続けてランサへ到着した。
 そして、軍の駐屯地へ入ると、馬を馬小屋に置いてくるように言われた。

 「はぁ・・・」
 馬から下りた闘護は、大きなため息をついた。
 「漸くついた、な」
 ボソリと呟く。

 ラキオスから馬を使って約7日
 その間、ラセリオ、ミネア、ダラムを経由し、それぞれの街で馬を替えてきた

 「7日か・・・もう1日、2日は縮められるかも」
 ずっと同じ体勢でいた為に軋む身体を解しながら呟いた。
 『休みたいけど・・・そうもいかないな』
 馬を繋げて、闘護は小屋から出た。
 「トーゴ様!!」
 その時、詰め所からヒミカが走ってきた。
 「ヒミカ」
 「お待ちしておりました、トーゴ様」
 闘護の前に来ると、ヒミカは頭を下げた。
 「いや、こっちこそ。随分と時間がかかってしまったよ」
 「いえ。そんなことはありません」
 ヒミカの言葉に、闘護は苦笑する。
 「まぁ・・・とにかく、現状を知りたい。説明してくれ」
 「はい。とりあえず、こちらへ」
 ヒミカの先導に従い、闘護は詰め所へ向かった。

 詰め所の一室に入ると、暫く待つようにヒミカに言われた。
 闘護は椅子に腰を下ろしてしばらく休憩する。
 すると、続々と第二詰め所のメンバーが集まってきた。

 「トーゴ様、現在ランサにいるスピリットは全員揃いました」
 ヒミカの言葉に、闘護は頷いた。
 「ふむ・・・」
 『ヒミカ、ハリオン、ネリー、シアー、ヘリオン・・・五人か』
 「他のメンバーは?」
 「現在ラキオスにいます。連絡すれば、今日中にこちらに来ます」
 「エーテルジャンプシステムか・・・便利だねぇ」
 闘護は少し嫌みっぽい口調で呟いた。
 「あ、い、いえ・・・その・・・」
 ヒミカが慌てて取り繕うとするが、言葉が見つからずにどもってしまう。
 「悪い。ちょっと、意地悪な言い方だったな」
 闘護は小さく頭を下げた。
 「しかし、全員を呼んでもしかないだろう・・・悠人はもう進軍してるんだろ?」
 「はい。4日前に出発しました」
 「メンバーは・・・」
 「アセリア、エスペリア、オルファの四人です〜」
 ハリオンが答える。
 「少ないな・・・どうしてだ?」
 「ダスカトロン大砂漠はマナが希薄です。ですから、大人数で進軍すると発見されやすいのです」
 「成る程」
 ヒミカの回答に、闘護は頷く。
 「ならば、俺たちも四人で行こう」
 「誰が行くの?」
 ネリーが尋ねる。
 「俺とヒミカ、ハリオン・・・ネリーとヘリオンだな」
 闘護はシアーを見た。
 「シアー。君にはここで待機していてもらう。いいね」
 「は、はい」
 「他の四人は、準備を。悠人達への補給物資も忘れないでくれ」
 【はいっ!!】
 「出発は今日の夜。日が沈んでから行軍する」


─同日、昼
 ダスカトロン大砂漠

 「でやぁっ!!!」
 「っ!?」
 ガキィーン!!!
 一瞬の隙をついて【求め】を跳ね上げる。
 ウルカの神剣は弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。
 「・・・っ、はぁっ、はぁっ・・・!!」
 「ク・・・」
 ガクッ・・
 地面に膝をつくウルカ。
 『今だっ!!』
 遂に追いつめた悠人は、剣を振り上げて─
 「・・・っっ!!」
 そこで、動きを止めた。
 「・・・」
 穏やかな顔で、その刃を受けようとしているウルカに、止めを刺すことが出来なかった。
 『確かに憎い。だけど、真に責めるべき者はその後ろにいる・・・それに、この間佳織を助けてくれた・・・』
 「・・・くっ!」
 悠人はギリギリの部分で心を抑える。
 そして奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと神剣を鞘に戻した。
 「・・・行けよ」
 「・・・?」
 悠人の言葉に、ウルカはキョトンとする。
 「帰って・・・瞬の奴に伝えろ。俺は、必ず佳織を助けてみせる・・・お前みたいな卑怯者に負けるかよ、ってな」
 「・・・」
 ウルカはやはり無言だった。
 不思議そうに悠人の顔を見つめる。
 ウルカは何も言わず、傷を押さえながら神剣を拾い、鞘に収めた。
 『これでいい。俺はスピリットを殺したい訳じゃないんだ』
 「・・・ん?」
 ウルカが剣を納めたまま、再び近づいてきていた。
 『・・・何だ?』
 思わず剣を構える。
 何せ、まだ周囲に何人ものスピリット達がいるのだ。
 だがウルカは、そんな悠人の思いを見透かしたかのように手を振ると、周囲のスピリット達を下がらせた。
 「・・・何だ?」
 「・・・」
 無言のまま、手を差し出してくるウルカ。
 「え・・・これは!?」
 それは、佳織の両親が残したものだった。
 当然のように、佳織はそれを肌身離さず持っている。
 その筈だった。
 「カオリ殿からの伝言を伝える・・・」
 「伝言・・・?」
 「自分は負けないから、ユート殿も負けるな・・・と」
 飾り気のない言葉。
 佳織の言葉にしては無骨すぎるが、それはウルカが伝えているからだろう。
 『本当に・・・佳織が、ウルカに・・・?』
 「そのお守りはカオリ殿から託された物。ユート殿と会うことがあれば、伝言と共に渡してくれ、と・・・では、手前はこれで」
 頭を下げ、大きく一歩下がるウルカ。
 「ウルカ・・・その、ありがとう」
 悠人はぎこちない口調で言った。
 「感謝は必要ありませぬ。所詮、手前は敵・・・ただ、カオリ殿との約束を果たしたかっただけ・・・」
 それだけ言うと、ウルカは翼を広げ飛び去ってしまった。
 『そうか・・・お前も頑張ってるんだな、佳織』
 悠人は渡されたお守りに視線を落とす。
 『佳織から見て、ウルカは信用できるっていうことか・・・もっとキチンと話せば、分かり合えるんじゃないだろうか』
 悠人はウルカが飛び去った方向に視線を向けた。
 『これまでの印象では、彼女は誇り高き武人だった。だけど、もっと他の面もあるのかも知れない・・・アイツがいれば、佳織も寂しい思いをしないで済むかも知れないな・・・』
 お守りを小さく握りしめる。
 『もしかしたら、仲良く座ってお茶を飲んでいるかも・・・』
 「はは・・・」
 悠人は苦笑する。


─同日、昼
 ダスカトロン大砂漠

 「はぁ・・・はぁ、はぁ・・・」
 『一騎打ちを終えて飛び立ってから、体の調子がおかしい・・・傷の痛みと出血による体力の低下。この程度のダメージなど、いつもなら大したことないのに』
 「う・・くぅっ・・・」
 ひときわ強烈な目眩がウルカを襲う。
 ドサッ・・・
 遂に倒れ込み、焼けた砂に頭から突っ込む。
 「くは・・・あ、くぅ・・・」
 荒い息を漏らす。
 神剣を杖代わりにして、どうにか立ち上がった。
 「このようなこと・・・く、身体に力が・・・」
 ポタポタと汗が流れ、砂地に吸い込まれていく。
 それと同時に、体力がこぼれ落ちていくようだった。
 「傷の治りも遅すぎる・・・これは、一体・・・それに、これほどの疲労が続くなど・・・」
 『あり得ない・・・何故、だ?まさ・・・か』
 「剣の力が、失われて・・・?」
 ウルカは原因を考え、その推測に愕然とする。
 『剣の声が聞こえないのは、今に始まった事じゃない。しかし、それでも剣の力そのものは扱えていた・・・だが、ユート殿に負けたことは?確かに強くなっていたが、実力では勝っているはず・・・』
 「このままでは・・・手前は、戦えなくなる・・・?」
 ゴクリと唾を飲み込む。
 『命を奪うのは嫌い・・・だが、戦いそのものには心が躍るものを感じていた・・・』
 「それに、手前が戦えなくなったら、部下達は・・・」

 部下とは名ばかり。
 ウルカと切り離され、実質は人質に過ぎないスピリット達。
 枷になっているのと同時に、掛け替えのない家族だった。

 「役立たずになってしまえば、部下達は・・・」
 唇を噛み締める。
 ウルカの顔が自然に青ざめた。
 「どうすればいい・・・手前は、どうすれば・・・」
 『部下達を守りたい・・・っ!?』
 そう考えたとき、誰にも死んで欲しくないという佳織の顔が浮かんだ。
 「ああ・・・カオリ殿は、これを知っておられたのか・・・」
 『抱きしめた小さな身体。背負わされた重圧に、必死で負けまいとしていた顔・・・』
 「何と、強いことか・・・手前にはとても・・・」
 砂地に足を取られながら、一歩踏み出す。
 倒れても、傷の痛みに目が眩んでも、それを止めない。
 「手前にはまだ見えぬ・・・戦う意味も、何もかも・・・」
 部下の顔、佳織の顔、悠人の顔・・・そして、これまで出会い倒してきた敵の顔。
 それらがウルカの中で螺旋を描く。
 「手前は、何故戦う・・・手前は、何のために生きる・・・?」
 徐々に力が失われていくのを感じながら、ウルカは駐屯地へと歩いていくのだった。


─同日、夕方
 サーギオス、対マロリガン駐屯地

 「どこへなりとも行きなさい」
 やっとの思いで砂漠を越え、駐屯地へと戻ったウルカに駆けられたのは、その言葉だった。
 体調は回復しようはずもない。
 辛うじて出血は止まっていたものの、体力はほぼ限界に達していた。
 そこに来てこの言葉である。
 幾ら気丈なウルカでも、絶望で目の前が暗くなった。
 「・・・それでは、手前の部下達は」
 「ククク・・・部下?今のあなたに部下が必要だとは思えませんがねぇ?」
 ニヤニヤと粘り着くような笑みを浮かべ、ソーマは嘲るようにウルカを見た。
 「しかし・・・」
 「まともに働きもせずに、何を主張するのですか?」
 「・・・っ!!」
 ウルカは唇を噛み締めた。
 さっきまでよりも、更に強い無力感が包み込む。
 「戦いだけが存在価値だったものの・・・弱い貴方に、どんな価値があるというのです?」
 「それ、は・・・手前は戦う意味を・・・それを、知りたく・・・」
 「戦う意味?何という寝ぼけたことを言うのか」
 従順なことがスピリットの美徳。
 そう考えるソーマにとって、ウルカの疑問は醜さ以外の何物でもなかった。
 「剣の声すら聞こえない出来損ないのスピリット。貴方にかけるべき情けも、そろそろ品切れなのですよ。クク・・・本当に、残念ですがねぇ」
 存在価値。
 出来損ない。
 その言葉はウルカの心に突き刺さる。
 「しかし、あなたも惜しかったのですがねぇ・・・私の見たところ、邪魔な物があまりにも多すぎるようですが・・・」
 「邪魔・・・」
 その言葉の意味は、ウルカにはわからない。
 『戦えなくなったことだけが原因なのではないのか・・・?何が必要で、何が不必要なのか・・・?』
 「さぁ、どこへなりと行きなさい。私は慈悲深いですから、戦えないあなたは自由にして差し上げましょう」
 「・・・」
 嘲笑するソーマに、ウルカは背を向けた。
 ゆっくりと足を踏み出し、砂漠へと戻っていく。
 それを見届けると、ソーマは満足そうな笑みを浮かべ、兵士達の元へ戻っていった。
 ウルカの心は絶望で埋め尽くされていた。
 行く当てなどあるはずがない。
 だがもう一瞬でもここに居たくなかった・・・いや、居られなかった。


─聖ヨト歴332年 チーニの月 青 三つの日 昼
 ダスカトロン大砂漠

 闘護達は悠人達先鋒部隊と合流すると、闘護と補給物資を残して一旦ランサへ帰還した。
 そして、悠人達は今、大陸中央部に位置するダスカトロン大砂漠を歩いていた。
 照らす日差しは猛烈な熱気に包まれている。
 いや、猛烈ではまだ足りない。
 想像を超える、というのはこういう事を言うのだろう。
 空と地面からの熱気に頭がボンヤリとする。吹きすさぶ砂塵が視界を奪い、呼吸を困難にした。
 熱砂が風によって運ばれ、小高い丘になる。
 それらが作る影の中は多少マシだが、決して涼しいとは言えない。

 『さすがに辛いな・・・これが砂漠か・・・』
 「ねぇ、パパ。大丈夫?なんか・・・辛そうだよ?」
 息を荒くしながら、ずっと俯いて歩く悠人。
 オルファリルでなくても心配するだろう。
 「平気平気、大丈夫だって!・・・って言いたいんだけどさ。実は俺、暑さに弱いんだよね・・・寒いのも苦手だけど」
 汗を拭い、冗談めかして笑いかける。
 『変に心配なんてかけたくないし・・・』
 「あはは〜。パパったら、なんじゃくぅ、なんじゃくぅ♪」
 腰に手を当ててケラケラと笑うオルファリル。
 『うぅ・・何でこんなに元気なんだ?やはり、スピリットだけに丈夫なのか?』
 悠人はふと、離れた所を歩く闘護を見た。
 「・・・何だ?」
 黙々と歩いていた闘護は、悠人の視線に気付いた。
 その様子に疲れた所はない。
 「い、いや・・・」
 悠人は小さく首を振った。
 『いや、やっぱり・・・俺が軟弱なんだろうなぁ・・・』
 「オルファは凄いな・・・この暑さが平気なのか?正直言って、俺はかなり辛いんだけど」
 悠人は額から溢れ出てくる汗を再び拭う。
 既に、シャツの背中側は汗でビショビショになっていた。
 「オルファだって暑いよぉ〜。でも砂漠は暑いとこなんだから仕方ないもんね・・・」
 『ごもっとも・・・わざわざ暑い場所に来ているんだ。暑いのは当たり前か』
 よく見れば、オルファリルだって随分と汗を掻いている。
 『だけどそうやって割り切れるオルファは凄いよな・・・』
 「・・・」
 ふとエスペリアを見てみると、さすがに少しキツイといった表情を浮かべている。
 『そういえば、緑のスピリットは樹木と大地が力の源なのだって聞いたことがある。だったら、こんな植物も大地も限りなく少ない場所というのは一番相性が悪いよな・・・』
 悠人は考える。
 『逆に、オルファ達赤のスピリットは、火と熱が力の源。エスペリアと比べれば、この砂漠の暑さとの相性はいいのかもしれない・・・』
 「そうすると・・・」
 悠人は横を歩くアセリアを見た。
 『青のスピリットは水の妖精・・・最も相性が悪いはず。さっきから全然口を開かないけど・・・もしかして相当キツイのだろうか?』
 「・・・」
 アセリアはいつもとまったく変わらない顔の様に見える。
 『頑丈なのか、やせ我慢してるのか・・・』
 「ユート様」
 「あ・・・なに?」
 アセリアの横顔を眺めていたら、エスペリアに呼ばれる。
 急ぎ振り向くと、髪の毛が汗で額に張り付く。
 髪の毛を指先で後ろに撫でつけ、手の甲で汗を乱暴に拭う。
 『剣の気配は・・・なしか』
 悠人達はダスカトロン大砂漠に入ってから、敵を素早く察知できるようにと、永遠神剣の割く敵の力をいつもより増幅させていた。
 普段に比べて、約三倍くらいの感度にしている。
 こうすると敵にも見つかりやすくなるが、かなり早く発見できるので、奇襲を受けずに済むのである。
 「・・・この砂漠を横断し、マロリガンへと向かう道は、相手にとって絶好の迎撃場所といえます。いくら何でも、兵がまったく配置されていないのは、さすがにおかしいです・・・」
 「じゃあじゃあ、敵さんも暑くてゆだっちゃったのかも?テミさんみたいに、真っ赤っか〜!」
 オルファリルは元気に冗談を飛ばす。

 ちなみにテミとは、ラキオス西、バートバルト湾沿岸でとれるタコそっくりな生物のこと。
 茹で上げると、そのまま真っ赤なタコになる。
 実際食べてみると、イカに近い味がするのだが。

 「神剣の気配って、隠せないもんな〜。まぁ、こっちとしては距離が稼げるんだから、有り難いと思うしかないよなぁ」
 「だったらいいんだがな・・・」
 闘護がポツリと呟いた。
 『何処かで待ち伏せをしているのは間違いないとおもう・・・だけど、少しずつでも砂漠を進んでいることには変わりないんだ』
 「永遠神剣の力があろうと、足場が悪く、マナそのものが不安定極まりない砂漠での戦いは、出来れば避けたい」
 「・・・そうですね。少しずつ、進軍しましょう」
 エスペリアも納得したように頷いた。


 「はぁ・・・はぁ・・・」
 『息が荒れる。喉が痛い。目がかすむ・・・砂漠の行軍は、予想より遙かにキツいな』
 肉体的な苦痛は、その都度【求め】からの力の供給があるために何とかなっていた。
 だが、断続的に襲いかかる暑さと疲労によって、精神が参っているのが解った。
 「大丈夫ですか。ユート様」
 「・・・ユート?」
 「大丈夫か?」
 皆が心配そうな目で見つめる。
 片手をあげて笑おうとしたが、それもなかなか出来ない。
 結局、弱々しい動きで力無い笑いを浮かべる。
 余計みんなに心配をかける結果となってしまった。
 「パパァ・・・がんばろ?ね?」
 掌を団扇にして悠人を扇いでくれるオルファリル。
 『うぅ・・ね、熱風がぁ・・』
 心で涙を流したが、悠人は少しでも涼しくしてくれようとする、そのオルファリルの気持ちに感謝。
 「ああ、ありがと・・・サンキュ、オルファ。何とか大丈夫だよ。【求め】もいるしさ・・・」
 オルファリルの頭を撫でる。
 『そうだな、心配ばかりかけていてもしょうがない』
 「まだ、敵の気配もないし・・・!?」
 その時、【求め】が心に直接、気配の察知を訴えかけてきた。
 ゾクゥ!!
 「!?」
 ほぼ同時に、闘護も強い悪寒を感じた。
 『何だ・・・!?随分小さい・・・?小さな生き物でも近くにいるのだろうか?』
 悠人は周囲を見回した。
 「何だ・・・?」
 闘護も緊張した面持ちを浮かべる。
 「いや・・・」
 『非常に微弱だが、間違いない・・・マナの気配を感じる』
 すると、岩場の影にチョロチョロと徘徊する小動物の姿が見えた。
 「何だ、トカゲか・・・」
 目をこらしているうちに、トカゲは岩山を登っていき、すぐに見えなくなってしまった。
 『こんなとこでも生きてるって凄いな』
 暑さで朦朧とする頭で、漠然とそんなことを考える。
 『でもやっぱりこの辺には敵はいないのか・・・』
 向き直り、陽炎に霞むヘリヤの道を見据える。
 ヘリヤの道・・・とは言っても、砂漠の真ん中を突っ切っているだけの、おおよそ道と呼ぶにはお粗末な物。
 「・・・」
 一方、闘護は注意深く周囲を見回した。
 「どうした、闘護?」
 「いや・・・トカゲしかいないのか・・・?」
 「それって、どういう・・・っ!」
 『何だ・・・今の違和感は。さっきのトカゲだけじゃ・・・ない?』
 【求め】から感じた違和感。
 『何か懐かしい・・・いつもの永遠神剣のような反応とは明らかに違う』
 「これは・・・?」
 「何か感じたのか?」
 「いや・・・」
 闘護の問いかけに、悠人は眉をひそめた。
 『ただの敵意とは違う気がする。しかしこの、肌寒くなるような雰囲気は・・・何だ!?』
 「やばいような・・・気がする」
 「どうかしましたか?あの岩場に何か?」
 突然黙り込み、岩場を険しい顔で見つめる悠人に気づいたエスペリアが声をかけてくる。
 「エスペリアは何か感じないのか?」
 「いえ・・・何も感じませんが・・・」
 闘護の問いに、エスペリアは首を振った。
 「・・・ちょっと、待ってくれ・・・トカゲ・・・じゃないよな・・・?・・・これは」
 悠人は岩場を見たまま答える。
 どうしたんだろう?と首を傾げるエスペリア。
 暫く三人で見つめていたが、何も出てくる気配はない。
 「・・・気のせい、かな?」
 「何も見えないな・・・」
 「大丈夫ですか?よろしければ、見て参りましょうか?」
 「・・・」
 「ごめん。平気。気にしないでくれ。もう行こうぜ」
 沈黙する闘護を差し置いて、悠人は首を振った。
 『多分考え過ぎだろう。たかがトカゲに対する違和感が消えないなんて・・・』
 悠人は苦笑した。
 「駄目だ、相当疲れてるな・・・妙なところで神経過敏になっているようだ」
 『ただの考えすぎ・・・だよなぁ』
 「・・・」
 一方、闘護は相変わらず岩場を睨み続けている。
 「行こうぜ、闘護」
 そう声をかけ、悠人が前を向いて歩き出した、その時だった。
 ゾクッ!!
 ゾクゥッ!!
 【!!!】
 猛烈な悪寒が悠人と闘護の身体を貫く!!
 「何だ、このマナは!?」
 ほぼ同時に、悠人はすぐ近くで今まで感じたこともない量のマナが集まってゆくのが感じた。
 「あれは!?」
 闘護が宙を指す。
 目視できるほどに輝くマナが、光の線を引いて魔法陣を描き、一カ所へと集束していく。
 「これは・・・オーラフォトン!?」
 光の輪郭が赤から青紫色へと、少しずつ色が変わっていく。
 「やばいぞ、これはっ!!アセリアッ!!」
 「!」
 アセリアの表情が警戒、いや、危機のものに変わる。
 「みんな、距離を取れ!!狙い打ちされるぞっ!!はやくっっっ!!!」
 悠人は『抵抗のオーラ』を使うために、急いで剣を構える。
 『集まってゆくマナの量が違いすぎる・・・そしてこのオーラフォトン!?』
 「これはスピリットに出来る芸当じゃない!」
 「何ぃ!?まさか・・・別の、エトランジェか!?」
 唯一、悠人の側を離れなかった闘護が目を丸くする。
 「間違いない、これは俺が使う【求め】の力と同じ物・・・!!」
 悠人は周囲を見回した。
 オルファリル、エスペリア、アセリアが別々の方向に大きく距離を取ったことを確認する。
 悠人は足下に大きくオーラフォトンを展開させた。
 「間に合えよ、バカ剣!防げ!!レジストッ!!!」
 相手の魔法の完成よりも、悠人の魔法の方が先に発動した。
 辺りはマナによる見えないシールドに包まれ、あらゆる魔法の威力は緩和される。
 でも、向こうの魔法の威力が解らない。
 『油断は出来ない・・・どこまで耐えられる!?』
 ビリビリビリビリ・・・
 空気が刃物のように頬を切り裂く。
 「う、うぉっ!?」
 闘護が驚愕の声を上げた。
 〔契約者よ。あの岩場の上だ。巧妙に気配を消している〕
 【求め】が力の出現位置を特定した。
 『確かに微弱な気配がある・・・さっきの違和感の正体か!!』
 「誰だ・・・!!姿を見せろっ!!」
 悠人は岩場に向かって叫んだ。

 その時!!

 ドゴーン!!!
 「うわぁああ!!」
 「わぁっ!!」
 凄まじい電撃の一撃が悠人と闘護を襲った。
 まともに食らえば、消し炭になっていただろう。
 『レジストオーラを前回で張って、この様か・・・』
 全身が痺れ、力が入らない。
 【求め】を落とさないようにするので精一杯だった。
 「何だよ、畜生・・・」
 「悠人!!」
 「ユ、ユート様っ!?ご無事ですか!?」
 「パパッ!大丈夫?怪我してない?」
 「・・・」
 悠人に駆け寄るエスペリアとオルファリル。
 アセリアは無言で岩場を睨み付ける。
 悠人も敵がいるはずの方向に視線を向ける。
 『くっ・・・コイツは、ヤバイ・・!!』
 これまで戦ったスピリットとは段違いの強さだった。
 「今の一撃は・・・」
 『前に悠人が佳織ちゃんをさらわれた時に、我を忘れて繰り出した神剣魔法に匹敵する威力だ・・・!!』
 闘護は身震いした。
 「こんな力・・・反則だぜ」
 『成る程・・・エトランジェが戦争を左右するわけだ』
 悠人は震える声で呟いた。
 自分の力を受けるなんて事はないから、今まで解らなかった。
 「・・・次は、殺す」
 「!?女の・・・子?」
 響き渡る声は、悠人と同年代と思われる若い女の声だった。
 だが、発せられた言葉からは感情らしいものが一切感じられず、純粋な殺意や敵意と言った、冷たい感情しか伝わってこない。
 「ふふん・・・やっぱり、この程度じゃ駄目だよなぁ。せっかく【因果】で気配を殺していたのにな。さすがはラキオスのエトランジェ・・・ってとこか?」
 【!?】
 それは、悠人と闘護にとって聞き覚えのある声。
 「・・・【空虚】よ。永遠神剣の主の名において命ずる。我らを守りし、雷の法衣となれ」
 淡々と紡がれる言葉。
 紫色の電撃の環が二人の周りに現れる。
 「・・・ま・・・まさか!!」
 闘護は驚愕の表情を浮かべた。
 「今日子っ、今日子かっ!?」
 同じく驚愕していた悠人が叫んだ。
 姿を現した女・・・軽鎧に手甲を身につけていた。
 確かにそれは、マロリガンの戦士を表す物だ。
 だが、それらをまとっているのは、間違いなく今日子だった。
 そして・・・
 「よっ、久しぶりだな。悠人、闘護」
 「光陰っ!!どうしてお前までここに!?」
 今日子の後ろに控えているのは光陰だった。
 「まさかこんな所で今日子と光陰に会うことになるなんて・・・!」
 「どうして君達までここにいるんだ!?」
 悠人と闘護の言葉に光陰は苦笑を浮かべた。
 「どうして、か?それは俺も聞きたいんだけどな。どういう訳か、俺も今日子も・・・この剣を持っている。闘護はともかく・・・悠人、お前もな」
 オルファリルの剣を更に巨大にしたような双剣。
 光陰は、それを片手で軽々と持ち上げながら笑う。
 もう何ヶ月も見ていない笑顔。
 『二人が・・・今日子と、光陰が・・・』
 【求め】から、勝手に力が抜ける。
 懐かしい友人との再会に、悠人の心は躍った。
 『・・・妙だな。さっきの攻撃は、間違いなく殺すつもりだった・・・冗談にしてはタチが悪すぎる』
 「・・・」
 一方、闘護は訝しげに光陰と今日子を見つめる。
 「光陰、今日子!!」
 だが、悠人は闘護のように疑わない。
 悠人の口から、自然と日本語が出た。
 喜びのあまり、痺れも忘れて駆け寄ろうとする。
 「悠人!!」
 闘護が叫ぶ。
 その時だった。
 【求め】からの警戒が頭に響き、悠人は足を止めた。
 「・・・殺す」
 相変わらず、感情のない声。
 悠人達の会話も、まるで耳に入っていなかったようだ。
 「悠人、逃げろ!!」
 闘護が叫ぶ。
 ヒュンッ!
 見せつけるように細身の剣を振り、それから天に掲げた。
 ドーンッ!!!
 「うわぁあ!!」
 悠人の目の前に稲妻がぶつかり、辺りを閃光が包む。
 本気で殺そうとした一撃だった。
 「悠人!!」
 闘護が駆け寄る。
 「きょ・・・今日子っ!!何するんだよ!?」
 『これは・・・俺の知る今日子じゃない』
 悠人は何が起きたのか理解できない。
 「やめろ、今日子。今日の所は挨拶だって言われたじゃないか。大将にまだ仕掛けるな、と言われているだろ?」
 「・・・」
 「なんだよ・・・どういうことなんだよ?どうして光陰達がマロリガンに居るんだ?今のは何のつもりなんだよ!?」
 殺意の伺える攻撃。
 エトランジェとして悠人達の前に立つ。
 『俺と・・・同じなのか?』
 戦わされる理由がある。
 きっと、そういうことなのだろう。
 「・・・」
 闘護は探るように二人を見つめている。
 「悪いけど、こっちにも色々と都合があってな。だからさ・・・俺たちに殺されてくれ」
 打ちひしがれる悠人に、まるで冗談のように言う。
 光陰は不敵な笑みを浮かべた。
 『・・・なにっ!?』
 光陰の手にする永遠神剣から、猛烈な量の力が発せられる。
 その力は今日子よりも更に上。
 悠人の【求め】をすら遙かに凌ぐだろう。
 光陰を中心にして風が舞う。
 今日子の纏う雷に触れると、パチパチと高い音を立てた。
 「光陰、止めてくれ!本気かよっ!?」
 その力は純粋な恐怖と結びついた。
 「ちっ!!」
 闘護は悠人の前に立つ。
 「と、闘護!?」
 「光陰は本気だ。構えろ!!」
 そう言って、両手を広げて悠人を庇う体勢を取る。
 「くっ!!」
 悠人は【求め】を掲げ、力を引き出していく。
 背中を冷たい汗が流れた。
 『まずいぞ、本当に!!』
 光陰は神剣を器用に回転させると、切っ先をピタリと闘護とその後にいる悠人に向けて固定した。
 「永遠神剣・第五位【因果】の主、コウインの名において命ずる・・・」
 「っ!?みんな、下がれ!!俺の後ろに早くっ!!」
 『これは、スピリットの耐えられる力じゃない』
 集まり始めたマナを感じて、愕然とする。
 ゾクッ!!
 「ちっ!!」
 『これはヤバイ・・・くそっ!!』
 「闘護!!お前も下がれ!!」
 「・・・くそっ」
 闘護は悔しげな表情で悠人の後ろに下がる。
 「はぁあああああああっっっ!!!」
 「くっ!保つのか!?」
 【求め】に精神を集中し、持てる力で光陰の一撃に備える。
 それでも、高ぶる光陰の気は尋常ではない。
 「・・・ふっ」
 突然、光陰の気が抜ける。
 辺りに充満していた緊張感も消え、風も止んだ。
 「今日の所は挨拶だ。俺たちの力を悠人達が知らないってのはハンデになっちまうからな」
 光陰は剣を降ろした。
 それに倣うように今日子も細身の剣を収めた。
 「・・・」
 そして、殺意に満ちた瞳に見つめられる。
 「俺たちは、悠人達の戦いをずっと見てきたわけだしな。フェアじゃない・・・俺たちはそろそろ退散しよう」
 「・・・」
 闘護は厳しい視線を光陰に向ける。
 「そんなわけで・・・宣戦布告ってヤツだ。俺たちの防衛戦を突破できるか、楽しみにしているぜ。じゃあ、またな。悠人、闘護」
 「光陰!今日子は、今日子はどうしちまったんだ!?」
 悠人は耐えられずに叫んだ。
 「・・・お前なら解るだろう?永遠神剣【求め】を握り戦ってきたのなら」
 「まさか、今日子は・・・」
 「既に神剣に取り込まれた・・・ということか?」
 闘護の問いかけに、光陰は苦い表情を浮かべた。
 「悠人が、佳織ちゃんのために戦うように。俺たちも、自分たちのために戦うしかないんだよ。悪く思わないでくれ」
 光陰は永遠神剣を空高く掲げる。
 「待て、光陰!!」
 その時、闘護が叫んだ。
 「ん?何だよ、闘護」
 光陰は動きを止めた。
 「岬君が剣に取り込まれた・・・何故だ?」
 「何故って・・・」
 「お前はずっと彼女の側にいたわけじゃないのか?こっちの世界に来て暫くしてから・・・彼女が剣に取り込まれてから合流したのか?」
 闘護の問いに、光陰は神剣を降ろして視線を外した。
 「・・・そんなことを聞いて、どうするんだよ?」
 「もしもこの世界に来た時に、既に岬君と一緒だったら・・・」
 闘護は光陰を睨んだ。
 「彼女が神剣に取り込まれるのを黙ってみていたことになる。そしてその結果、今の状況になったのなら・・・お前は、悠人を殺す為に神剣を取ったと考えられるんだがな」
 「と、闘護!!何を言い出すんだ!?」
 悠人が素っ頓狂な声を上げた。
 「・・・お前の問いに答える義務はないだろ」
 光陰は僅かに苛立ちを含んだ視線で闘護を見た。
 「あるさ」
 しかし、闘護は涼しい顔で肩を竦めた。
 「何でだ?」
 「女一人、守れないような奴なら・・・ぶち殺しても構わないだろ」
 闘護は酷く冷たい口調で答えた。
 「と、とう・・・ご・・・」
 悠人は絶句する。
 「・・・だったら、ぶち殺してみろよ」
 光陰は吐き捨てるように言った。
 「おいおい、俺がお前を殺せると思うか?スピリットすら殺せない俺が?」
 闘護は馬鹿にした口調で尋ねる。
 「闘護・・・お前・・・」
 光陰の声に殺気が籠もる。
 「ま、もしもそうだったなら・・・失望したよ」
 闘護は首を振った。
 「もう少しホネのある奴だと思ってたんだけどね・・・」
 「随分と大きな口を・・・ん?」
 何かを言い掛けた光陰が、ふと、眉をひそめる。
 「何だ?何か言いたいのか?」
 闘護は挑発的な口調で尋ねる。
 「・・・ふっ」
 すると、光陰はニヤリと笑った。
 「成る程、そういうことか・・・」
 「・・・」
 光陰の言葉に、闘護は僅かに眉をつり上げた。
 「だったら、これ以上話すこともないか」
 そう言って、光陰は再び神剣を振り上げる。
 切っ先から、感じたことのない異質なマナの広がりを感じた。
 蒼い光の波紋が広がり、周囲の空間を歪めていく。
 「じゃあな、悠人、闘護。これからは敵同士だ・・・恨みっこなしだぜ」
 光の波紋が広がってゆく中、光陰達の身体が透けてゆく。
 「・・・次は・・・す」
 蒼い光が一瞬強くなったかと思うと、二人の姿は空間に解けるように消えてしまった。
 「何なんだよ、おい・・・なぁ!光陰!!」
 二人がいなくなった砂漠に、悠人の叫び声が響き渡る。

 「どうしようもないな」
 砂漠にへたり込む悠人に、闘護は言った。
 「二人とも・・・岬君はともかく、光陰はやる気のようだ」
 「・・・」
 「もう少し本音が聞きたかったんだがな・・・」
 闘護の呟きに、悠人はゆっくりと闘護を見た。
 「本音・・・?」
 「本気で俺達と戦うつもりなのかどうか・・・」
 闘護は肩を竦めた。
 「それと、どうして岬君が剣に取り込まれたら俺達と殺し合いをしなくちゃならないのか・・・知りたかったんだがな」
 そう言って、闘護は頭を掻く。
 「挑発が過ぎたらしい。俺の目論見を見抜かれた」
 「・・・」
 「さて、どうするか・・・ん?どうした、そんな顔をして?」
 悠人は怒りに震えた表情で闘護を睨んでいた。
 「闘護・・・お前、随分と冷静だな」
 「・・・」
 「本気で・・・本気であいつらと戦うつもりか?」
 「今更何を言ってるんだ?」
 悠人の問いに、闘護は眉をひそめた。
 「光陰はやる気だったろ。どうやって、戦いを回避するんだ?」
 「ふざけるな!!」
 グィッ!!
 悠人は闘護の胸ぐらを掴み上げた。
 「ユート様っ!!」
 「パパッ!!」
 「ユート・・!!」
 ずっと黙って見ていたエスペリア達が叫ぶ。
 「あいつらと殺し合いだって!?そんなことが出来るわけないだろ!!」
 悠人が怒鳴る。
 「だが、少なくとも光陰は自らの意志を持って俺達と戦う気のようだがな!!」
 闘護も負けじと言い返す。
 「こっちに戦う気がなくても、向こうにその気があるのならどうしようもないだろ!!光陰はおそらく、岬君が神剣に取り込まれているからこそ、何らかの理由で戦うつもりなんだ!!」
 「何らかの・・理由?」
 「そうだよ!!」
 悠人の手から力が抜けていく。
 「そして、それが知りたかった。それがわかれば、戦いを回避することが可能だったかも知れないんだ!!」
 闘護は叫ぶ。
 「お前、俺が冷静だって言ったよな!!冗談じゃない!!」
 既に、悠人の手は闘護の胸ぐらから離れていた。
 「光陰と戦うだって!?そんなことが出来ると思うか!?親友と殺し合うことが出来ると思うか!?」
 「と、闘護・・・」
 「俺はそこまで割り切れる人間じゃない!!」
 叫ぶ闘護の瞳には涙が浮かんでいた。
 「だけど・・・だったら、最善の方法を考えるしかないだろ!!どんな手を使ってでも!!」
 「・・・」
 「さっきのやりとりなんて、半分以上は虚勢だよ!!自分でも感心するぐらいに冷静にやれたよ!!だけどな・・・好きでやってた訳じゃない!!」
 闘護は首を振った。
 「俺だって・・・俺だってな・・・!!」
 言い掛けて、闘護は唇を噛み、目をそらす。
 「・・・」
 「俺だって・・・こんな風に叫びたかったさ」
 そう言って、小さくため息をついた。
 「闘護・・・」
 「・・・怒鳴って悪かった」
 闘護は小さく頭を下げた。
 「い、いや・・・」
 「とにかく・・・」
 闘護は西の方を向いた。
 「今は・・・進軍を続けよう」


 「確かに、今日子達もこっちに来てるかも・・・って思ったけど・・・」
 歩きながら、悠人が呟く。
 「どうして・・・二人が敵に回らなきゃいけないんだ・・・!!」
 「・・・」
 隣を歩く闘護は沈黙する。
 「これも・・・俺の求めの代償だってのか?」
 悠人は腰の【求め】を見た。
 「俺が・・・引き込んでるの・・か・・・?」
 腰の【求め】からは肯定の声も、否定の声も聞こえなかった。
 「今は・・・スレギトを制圧することだけを考えろ」
 闘護はボソリと言った。
 「・・・」
 「今、それを考えても答えは出ない」
 そう言った闘護の口調も、酷く沈痛だった。
 「クェドギン大統領の自信も、多分二人のエトランジェがいたからだろうな」
 闘護は話を変えた。
 「あれだけの力を持ってるなら・・・」
 『運命を変えることも・・・可能なのかも知れない』
 闘護は唇を噛んだ。

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