─聖ヨト歴332年 ルカモの月 黒 五つの日 昼
謁見の間
「初めてお目にかかります、賢者殿。ラキオスを治めているレスティーナ・ダィ・ラキオスです。歓迎いたします」
「初めまして、レスティーナ殿。ここまで北方には来たことなかったけど、なかなか良い環境みたいだね。マナが淀んでいない」
「そう言って頂けると光栄です。民達や、ここにいる協力者がいてこそです。多くの力が一つになっているからなのです」
「馬鹿が少ないのは良いことさ」
ヨーティアはニヤリと笑った。
「私は長い前置きは嫌いでね。人払いして貰って構わないかい?レスティーナ殿とユート・・・あと、一応あんたも残ってもらうか」
ヨーティアは闘護を見た。
「・・・」
闘護は義務的な態度で小さく礼をする。
「四人で話をしたい」
「承知しました。皆の者、しばし席を外すよう」
レスティーナが言った。
「はい。行きますよ、オルファリル」
「え〜〜!?オルファも賢者様のお話を聞きたいよぉ」
オルファリルは不服そうに言う。
「こら!オルファ、失礼でしょう」
「いいから、いいから。あとでお嬢ちゃん達の館にも行くからさ。今は我慢さ。ね?」
「うん♪わかった。約束だよ」
「ああ、約束だ」
うん、と頷いて退出するオルファリル。
エスペリアは少し困ったような顔でそれを見送り、自身も優雅に一礼してから続いた。
「さて、と」
四人だけが残り、ヨーティアはゆっくりと口を開いた。
「改めて自己紹介をしようか。私はヨーティア・リカリオン。自他共に認める大天才だ。どちらかというと、周りが馬鹿なだけだが」
ヨーティアは悪びれずに言う。
「前は帝国の研究所にいたんだが、あまりに頭が悪い連中が多すぎてな。それで、嫌気が差して辞めちまったって訳。それ以来、あの洞窟で好きに色々と研究してたのさ」
「何だ、追い出された訳じゃないのか。俺はてっきり、いい加減な性格のせいで追放されたのかと思ったよ」
悠人が茶々を入れる。
「バカタレ。天才は何をしても許されるんだ。そんなことも知らないのか?」
「そんなわけあるか!それにバカタレはないだろ、バカタレは・・・って、俺もちゃんと自己紹介してなかったっけ?」
「ああ、知っているよ。名前はタカミネ・ユート。ラキオス所属のエトランジェ。この世界とは別の世界か現れた」
スラスラと悠人の事を語る。
「タカミネ・カオリという義妹がいて、現在彼女は帝国のエトランジェであるアキヅキ・シュンの元で監禁されている。カオリを助けるためにラキオスに協力しているんだろ?」
「なっ・・・?どうして、そこまで・・・」
驚愕する悠人に、ヨーティアは自慢げに胸を張る。
「ふふん・・・天才には天才なりの情報網ってのがあるのさ。あんたも色々苦労しているみたいだね〜。ま、よろしく。これから暫く世話になるよ」
続いてヨーティアは闘護を見た。
「んで、アンタがトーゴ・カンザカ・・・ホント、あんたは何者なんだろうねぇ?」
「・・・ストレンジャーだ」
闘護は肩を竦めた。
「命を何度も狙われたってのに、どうしてラキオスにつくんだ?もしかして、マゾか?」
「俺には俺の理由がある」
「だから、それが知りたいんだって・・・」
「貴女にそれを教える義務はない」
「何だ、随分な態度だねぇ・・・目上の人に対する口の聞き方ってものを知らんのかい?」
「貴女は、いきなり相手の懐に土足で上がり込むのが趣味ですか?」
闘護の言葉に、ヨーティアはムッとする。
「・・・趣味じゃないな」
「だったら、これ以上人のプライバシーに首を突っ込まないで貰えませんか?」
「わかったわかった。ったく、つまらんヤツだ」
ヨーティアは鬱陶しそうに首を振った。
「じゃ、最後は・・・」
ヨーティアはレスティーナを見た。
「私も自己紹介は必要ありませんね?」
レスティーナが言うと、ヨーティアは頷いた。
「まあね〜。ラキオスのレスティーナ王女・・・今は女王陛下か。帝国の軍事研究所の連中も、レスティーナ殿の才気には警戒していたよ。公明正大を良しとする性格を持ち、聡明で実行力があり、更に高い求心力を持つ・・・正直言って、先代の王とは正反対だねぇ」
そう言って、ヨーティアは首を振る。
「いや、野心家っていうところは似ているといえるか。ただ、その程度が全然違うけどね・・・」
「賢者殿は手厳しいですね」
レスティーナは、特に気分を害した様子もなく言った。
「あ、その賢者殿というのは辞めてもらえるかい?賢者であることは当然のことだが、一応親から貰った名前もあるんでね」
「それではヨーティア殿と呼ばせて頂きます。書簡を繰り返すこととなりますが、我がラキオスに協力して頂けますか?帝国を打ち倒すために」
「一つ質問しておこうか。レスティーナ殿は何のために帝国を倒す?」
レスティーナの問いに、ヨーティアは問いで返す。
「まさか、ユートと同じくカオリ殿を助けるのが目的・・・って訳じゃないだろ?何かとんでもない野心を持っているんじゃないのかい?」
『レスティーナの野心?一体なんだ?』
ヨーティアの問いに、悠人は目を丸くする。
『これは好都合だな・・・彼女の野心、是非とも知りたい』
闘護はレスティーナをジッと見つめる。
「・・・」
レスティーナは厳しい表情を浮かべ、しばし沈黙する。
その視線はじっとヨーティアを見つめる。いまだ窺い知ることの出来ない本心を探るように。
しかし、沈黙は長くは続かなかった。
レスティーナは小さく息を吐き、肩の力を抜く。
「この大陸からエーテル施設を全て消滅させることです。今、世界を支えるエーテル文明は壊滅です」
「なんだって!?」
レスティーナの言葉に、悠人は驚愕する。
「・・・成る程」
一方、闘護は小さく頷く。
「く・・・ふふ・・・あっはっは!そうか、そう来たか。なるほどね。うんうんうん」
ヨーティアは笑いながら、満足げに何度も頷く。
「確かにレスティーナ殿、野心家のようだ」
『この大陸からエーテル施設をなくす?』
悠人は混乱する。
エーテル技術は、悠人達の世界でいう石油や電気。いわば文明の生命線である。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どうしてそんなことをする必要があるんだ?」
「『ラクロック限界』というのをユートは知っているか?」
「『ラクロック限界』・・・?」
悠人は首を傾げる。
「マナの限界量のことだ」
闘護がゆっくりと言った。
「へぇ、知ってるのかい?」
ヨーティアは驚いたように呟く。
「多少は・・・」
闘護は頷く。
「な、何なんだよ、それは?」
悠人が尋ねた。
「聖ヨト王国の末期。つまり今から約300年前当たりにエーテルという存在が発見された。空間に存在するマナから無尽蔵に作られる動力源だね。万能の力と皆に喜ばれた。エーテルは平等に与えられるため、争いの火種になることはないと・・・だが」
ヨーティアは一旦言葉を切る。
「そうは問屋がおろさなかったわけだ。ラクロックという学者の実験によって、この世界のマナ量が定量である可能性が示唆された。マナとエーテルは同じもの。『ラクロック限界』と名付けられたその理論は世界中に広まった」
ヨーティアはハァとため息をつく。
「無限と思われたものが有限とわかった。その時には既にエーテルがなければ回らない世界になっていた。そこからマナの争奪合戦が始まったのさ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。えっと・・・マナは有限だから、奪い合うって事か?」
ヨーティアの会話に、悠人は頭の中で整理しようとする。
「そうだ。わかりやすく言えば、エーテルって言うのは俺たちの世界で言う石油と同じだ」
闘護は肩を竦めた。
【石油・・・?】
闘護の呟きに、レスティーナとヨーティアは目を丸くする。
「石油がエーテルと同じって・・・?」
「石油の埋蔵量は既知なんだ。使い続ければなくなり・・・新たなエネルギー源を探さないといけない。だけど、そんな物はすぐには見つからない。だから、大国が石油資源を求めて産油国に干渉するのさ」
「あぁ・・・成る程」
『現代にたとえると、わかりやすいや』
闘護の説明に、悠人は納得したように頷く。
「石油って何だい?」
ヨーティアが興味津々な様子で尋ねた。
「俺たちの世界でのエネルギー源だよ。ただ、マナと違ってエーテルに変換して使用した後、再びマナに戻る訳じゃない・・・使ったら無くなる。それっきりな物だがね」
闘護が答える。
「安全かい?」
「使い方次第、だな・・・って、今はそんなことを話してる場合じゃないのでは?」
ヨーティアの問いに、闘護は首を傾げた。
「おっと、そうだったね」
ヨーティアはレスティーナを見た。
「さっきの続き、頼むよ」
ヨーティアの言葉に、レスティーナは頷く。
「私達がエーテルに頼る限り、この世界の混乱は決して消えることはありません。それならば、エーテルをもつ国家を全て破壊して、エーテル技術を封印すればいいのです。私の目的は世界の統一とエーテル技術の封印です」
「・・・」
『・・・知らなかった。レスティーナにそんな秘めた計画があったなんて』
悠人は驚愕する。
『世界を救うなんて、実感の湧きようがない・・・だけど、レスティーナはそこを見続けていた・・・俺は、佳織ともとの世界に帰ることしか考えていない。それが間違っているとは思わないけど・・・』
あまりの視点の違いに、悠人はこれまで以上にレスティーナが遠い存在に思えた。
「さすがレスティーナ殿は馬鹿じゃないようだね。今、しなくてはならないことを解っている」
ヨーティアは頷く。
「ラクロックは後年、『ラクロック限界』に説を追加してるんだが、殆どの人はそれを笑い飛ばした。それはマナとエーテルがと実は等価じゃないというものだ。エーテルからマナに戻すたび、ごく僅かだが、マナが減少しているという実験結果が出たのさ」
そう言って、ヨーティアはハァとため息をつく。
「だけど誰も信じたくない話だから、まったく相手にされなかったんだ。ちゃんとした実験結果まで残っているのにな・・・帝国の馬鹿共は、この実験結果を信じようともしなかった。このままでは世界から何もかもが消える、という警告からも目を背け続けた」
ヨーティアは馬鹿らしそうに言う。
「仕方がないでしょう。今まで築き上げてきた文明が崩壊するなんて事を許容できる人間なんてそうはいない」
「ま、そういうことだ」
闘護が言うと、ヨーティアはコクコクと頷く
「いい加減、私も嫌になっちゃってね。こんな馬鹿しかいない世界ならば、いっそ消えてなくなった方が良い。そう思ったから、ずっと隠居生活をしていたわけで。でも・・・そうも言っていられなくなったね」
レスティーナの目を見つめながらニヤリと笑うヨーティア。
『どことなく楽しそうだな』
ヨーティアの視線に、闘護はそう感じた。
「はい。これからはラキオスの一員として、私達を支えて下さいますか?この世界の未来のために・・・」
「私はただの馬鹿は嫌いだが、ちゃんとした目的のある大馬鹿は嫌いじゃないよ」
「ユートやトーゴ、そしてアセリア達が協力してくれるからです。私一人では成し遂げることは出来ません」
「ユート、トーゴ。あんたらはどうなんだい?」
「えっ、俺達?」
悠人は、突然話を振られて慌てる。
「ふむ・・・」
闘護は考え込む。
「・・・」
悠人も押し黙り、自分の胸を探る。
『こっちに来たばかりなら、迷うこともなかった。だけど、エスペリア・・・アセリア、オルファ・・・もしかしたら、この世界に関わりすぎたのかも知れないな』
悠人は、迷いをはっきりと自覚した。
『佳織を守ること・・・戦いを見届けたいということ・・・』
「俺は・・・手伝うよ」
僅かの葛藤の後、悠人は覚悟したように頷く。
「ここまで関わっちまったしな。最後まで付き合うよ。それに・・・アセリア達のことも放っておけないしさ・・・助けられた恩くらいは返したいんだ」
「同感だ。それに、レスティーナの理想は正しいと思う。ただし、俺はこの世界の為じゃない。この世界の生命の為に、戦おう」
悠人と闘護の回答に、レスティーナはホッとしたような表情で二人を見る。
「礼を言います。エトランジェの力に対抗できるのは、エトランジェであるユートとストレンジャーであるトーゴしかいないのです。もうしばらく、私を、この国を支えて下さい・・・」
レスティーナの表情には、深い信頼の色があった。
「了解した」
闘護は冷静な表情を浮かべながら一礼する。
『な、なな、何でそんな風に見るんだよ・・・!?』
一方、悠人は一気に顔が熱くなり、慌てて目をそらす。
「・・・どこまで出来るかわからないけどさ。俺がやれるところまでは協力するよ」
「おっ、なかなか格好良いじゃないか。もてる男は辛いな!」
「そんなんじゃないって!!」
ヨーティアの言葉に、悠人は必死に否定する。
闘護は特に焦る様子もなく、小さく肩を竦めるだけだった。
「おやおや、ストレンジャーに比べてエトランジェは随分と照れ屋さんだねぇ」
ケラケラと笑うヨーティア。
『うぅ・・・突然何を言い出すな、この人は?これからもからかわれそうな気がする・・・』
不吉な予感に、悠人はそっとため息をついた。
「それじゃ、暫く厄介になるよ。研究自体も進めたいから、具合の良い部屋も用意してくれ」
「解りました。本城の広い客室を用意しましょう。好きに使って下さい」
「よし。最後に三つだけ約束してくれ」
「はい。なんなりと」
「一つ。永遠神剣とスピリット、それにマナの研究をしたい。そこんところは協力して欲しい。資金の面でもね」
「解りました。それはこちらもお願いしたいですから」
「二つ。私はあくまでも客人だ。ラキオスの臣下じゃない。申し訳ないが、そこの所は理解して貰いたい」
ヨーティアの言葉にレスティーは頷く。
「三つ。優秀な人材とか器用な人材は一人もいらないから、とにかく根性のある奴をよこしてくれ・・・それだけだね」
「わかりました」
「あとは作業をずっとしてるから、厨房をいつでも空けておいてくれると有り難い。あ、材料さえいつでも補充しておいてくれればいい。料理はイオがいれば何人分でもまかなえるからさ。その三つさえ守られてりゃ、何でも協力させて貰うよ」
「最高の待遇でお迎えします。ヨーティア殿。共に理想を実現する暇で戦いましょう」
「おうさ。よろしく、レスティーナ殿、ユート、トーゴ」
「よろしくな、ヨーティア」
「よろしく」
各自挨拶をする。
『非常に心強いのは確か・・・だ。変な人だけど』
悠人は心の中で呟いた。
「ああ・・・そうだ。忘れてた忘れてた」
ヨーティアが何かを思い出したと、ポンと掌を叩く。
「・・・?」
「ちょっと試してみたいことがあってね。私の研究所の施設じゃちーとばかり追いつかないものさ。あらかじめ言っておくならば・・・とにかく、凄い物だ!」
ヨーティアは、両手を一杯に広げて、凄い物だ!ということを全身で表現する。
『自信満々の表情から見ても、かなり大がかりな物を作ろうとしていることはわかるけど・・・』
悠人は、まだこの自称大天才がいまいち信頼できていなかった。
「凄い物って言ってもさ、一体どう凄い物なんだよ」
「んー・・・まぁ、凄いとしかいいようのないものだな。今、この大陸でこれを作れるのは私くらいだろう」
「い、いや・・・だから、俺はどう凄いのかをだな・・・」
「ボンクラに話してもわかるものじゃないねぇ」
「あ、そうっすか・・・」
『子供の喧嘩みたいだし・・・もういいや』
悠人は呆れた様にため息をついた。
『凄いったって・・・問題はどう凄いか、だが・・・問うても答えは期待できないな』
「悠人。天才と呼ばれるんだ。口だけではないだろう」
闘護は小さい声で耳打ちする。
「そうかなぁ・・・レスティーナ。本当にこの天才様って大丈夫なのかな?なんか俺、不安なんだけど・・・」
ヒソヒソとレスティーナに囁くと、イオがこっちを見る。
表情はあまり変わらないけど、何となく抗議されてるような気分に悠人はなった。
『あ・・・なんか、アセリアとのコミュニケーションが役に立ってる気がする・・・』
悠人が小さな感動を味わっていると、レスティーナは目配せをして頷く。
『信じようって事か・・・』
「こりゃあ、かなりのエーテルを投資して貰わないと出来ないことなんだ。あと、完成するまでは機密にするため、誰にも何であるかは詳しくは話さない。それでもいいかい?」
「そんな無茶苦茶な・・・」
貴重なエーテルをそんな訳のわからないことで大量消費させるなんて、この戦況からすると考えられないことだった。
だが、レスティーナは大真面目に考えている。
「投資することは構いません。ですが・・・」
「大丈夫。必ず役に立つはずさ。投資したエーテルに、必ず見合う物を用意させて貰うつもりだよ」
ヨーティアは自信満々に言う。
「・・・わかりました。ヨーティア殿がそう仰るならば、そのようにさせて頂きます」
「おっ、話が解るね!さすが私が認めた権力者だ。それじゃ遠慮なく使わせて貰うよ」
『うぅ・・・本当に大丈夫なのだろうか・・・』
不安そうな悠人の腰を、闘護は肘で突いた。
「お前が心配しても仕方ない。ここは、彼女を信用しよう」
「・・・」
悠人の表情は晴れない。
闘護は仕方なさそうにため息をついた。
『ま、とりあえずはお手並み拝見だ・・・天才と呼ばれる能力、しっかりと見させてもらうよ』
闘護は心の中で呟いた。
「そうだ。お〜い!イオ。ちょっと、こっちに来てくれ」
「はい、なんでしょうか?」
ヨーティアに呼ばれてイオが来る。
「改めて紹介するよ。イオ・ホワイトスピリットだ」
「イオです。よろしくお願いいたします」
イオは頭を下げた。
「白のスピリット?そんな種族がいるのか?」
悠人は闘護に耳打ちする。
「さぁ?俺も初耳だ」
闘護は小さい声で答えた。
「白のスピリットとは・・・」
レスティーナも目を丸くする。
「おそらくイオ一人だろうね」
ヨーティアは頷く。
「なぜか神剣の呪縛を受けていないんだ。イオとは龍の爪痕に近いラシード山脈で出会ってね。それ以来、研究を手伝って貰っている」
「ヨーティア様には良くして貰っております」
「イオの言う通り、戦闘力はほとんどないんだけどね。その代わり、指導者としての力はかなりのもんさ。訓練士や技術者としての腕は、私が保証しよう」
ヨーティアはイオの肩を叩く。
「きっと戦力になる。イオ、よろしく頼むね。しばらくはレスティーナ殿の命に従ってくれ」
「解りました。皆さん、よろしくお願いいたします」
イオは再度頭を下げた。
大天才、最高の頭脳、賢者。
それらの異名を持つ女性、『ヨーティア・リカリオン』が協力してるらしい。
ボサボサ頭で、大口を開けて笑い、悠人をからかう女性。
正直、頼りになるのか解らない。
だが、技術部は彼女の加入を歓迎した。
悠人達に新たな力が加わったのだ・・・多分。
聖ヨト歴332年 ルカモの月
ラキオスとマロリガンを隔てるダスカトロン大砂漠。
どちらにも砂漠を突破しきる決定的な戦力はなく、長い膠着状態が続いていた。
─聖ヨト歴332年 エハの月 赤 一つの日 昼
神聖サーギオス帝国 帝都サーギオス
コンコン
控えめなノックの音に、佳織は頭を上げた。
椅子に座ったままで、返事を返す。
「・・・どなた、ですか?」
瞬でも、世話に来るメイドでもないことはすぐに解った。
こんなノックをする訪問者を、佳織は知らない。
ガチャリ・・・
一瞬間が空いてから、ドアが開かれた。
その奥から現れた顔に佳織は見覚えがある。
「あなた、は・・・?」
「・・・」
沈黙。
無言の圧力に、佳織は身を縮ませる。
ウルカは何度か口を開こうとしたが、言葉が出なかったようで、結局俯いてしまった。
「・・・」
「・・・」
睨み合い・・・ではない。
別々の理由から、お互いに顔を見ようとしなかった。
「・・・?」
いつまで経っても何も言われないのが不思議になり、佳織は視線をあげる。
そして気づいた。
目の前の人物が、酷く緊張しているらしいことに。
「あ、あの・・・」
「ハッ!!」
「ひゃっ!?」
反射的に返事をするウルカに、佳織は面食らった。
「あ・・・」
失敗に気づき、ウルカは顔を赤らめる。
このようなことに、あまり慣れていなかった。
「あ、えと・・・ウルカさん・・・ですよね」
「・・・は、はい」
「ウルカさん。あの時、私を守ってくれて、ありがとうございます・・・私が怪我したら、お兄ちゃん・・・心配しちゃうから」
「・・・おにい、ちゃん?」
訝しげにウルカは呟く。
「やっぱり、知らなかったんですね・・・」
それを見て、逆に佳織は得心したように頷いた。
「この前、最後に攻撃してきた人が、私のお兄ちゃんです。ふ、普段はとっても優しいんです・・・けど、あの時は一生懸命になり過ぎちゃって・・・」
佳織の声は徐々に小さくなり、消える。
悲痛な面持ちで、ウルカは俯いた。
「・・・エトランジェ殿の妹君であられましたか」
「い、妹君〜!?」
ウルカの言葉に、佳織は唖然とした。
「気に障られてたなら申し訳ありませぬ」
「あ、うぅ〜〜・・・」
ウルカの言葉は時代がかっていた。
そのせいで、幾つか佳織には解らない単語が出るのだが、尊重しようという気持ちは伝わる。
「でも・・・本当にありがとうございます。お兄ちゃんって心配性だから、私が怪我してないだけで少しは安心してくれると思います」
「礼など・・・手前が引き起こしてしまったこと故・・・」
「ううん、お兄ちゃんが言ってました・・・スピリットさん達は悪くない、剣の声に従っているだけなんだって」
「剣の声・・・」
ウルカはポツリと呟く。
剣の声・・・それはウルカにとって、コンプレックスのような物だった。
「それすらなく・・・手前は・・・」
「・・・え?」
「・・・いえ、なんでもありませぬ」
ウルカは首を振り、浮かんできた疑問を打ち払う。
佳織はその様子に首を傾げて見せたが、すぐに零れるような笑顔を浮かべて見せた。
「でも・・・ウルカさんみたいな人がいて良かった」
「・・・は?しかし手前は・・・」
「私って人を見る目があるんですよ。ウルカさんは絶対にいい人です」
佳織は自信を持って言う。
「・・・」
向けられる笑顔に、ウルカはこれまでになく動揺した。
「手前は・・・その・・・」
「・・・あっ!ウルカさん・・・スピリットさんってここに来て良いんですか?」
「・・・」
ウルカはゆっくりと首を振る。
佳織は瞬の命令で連れてきた大切な客人。
人とも認められないスピリットが、軽々しく目通り出来るものではなかった。
「なら、今日は帰った方が良いです。そろそろ、夕食の時間ですから・・・」
「・・・」
小さく礼を返し、部屋を出て行こうとするウルカに、佳織は話しかけた。
「えーと・・・また、来て貰えますか・・・?」
「しかし、手前は・・・」
「私、ウルカさんはいい人だと思います・・・だから・・・」
ウルカは信じられないといった顔つきで、佳織を見る。
そして、すがるような視線を受け、慌てて目をそらした。
「確約は出来ませぬが・・・」
「・・・はいっ!私、待ってます」
「それでは・・・」
佳織に見送られながら、ウルカは部屋を後にした。
その心の中に、モヤモヤとした物を残して・・・
─聖ヨト歴332年 エハの月 赤 二つの日 昼
マロリガン、執務室
「全面降伏か・・・デオドガン、思ったより早かったな。商売人だけあって、引き時だけはわきまえてると見える。次はいよいよアイツとの戦いか・・・」
クェドギンはニヤリと笑った。
「運命に逆らうものの力、どこまで通じるか楽しみだ」
ガチャリ
「よぉ」
「まったく、ノックくらいしたらどうだ」
「あぁ、悪い悪い。“稲妻”達はもっと鍛えた方がいいな。あれじゃラキオスには勝てない・・・あそこのエトランジェは強いぜ」
「・・・」
「神剣に魂を全部呑まれたような、ヤワなスピリット達じゃあ駄目だ」
「ほぅ・・・あのユートとかいうエトランジェの力は侮れないか。それほど力があるようには見えなかったが」
「油断は出来ないぜ。ボーっとしてるように見えるけどな・・・苔の一念岩をも通す、ってな」
「・・・よし、部隊の訓練はお前に任せよう。ラキオスに対抗できるのはもちろん、帝国にも負けぬように鍛え上げてくれ」
「ああ、わかった。ところで、もう一人の・・・」
「ストレンジャーだな」
「会って話をしたんだんだってな。どうだった?」
「・・・面白い男だ。お前の言う通りだったよ」
「だろ?」
「こちらに引き込みたかったんだが・・・」
「断られたのか?」
「ああ」
「ま、仕方がないな。アイツがいる以上、ラキオスを抜ける事はないだろうし」
「理より情を取る、か」
「甘ちゃんなんだよ。それが短所で・・・長所でもあるのかな」
「ふん・・・いずれにせよ、我々の前に立ちはだかることは確実だ。その時のためにも・・・」
「わかってるって。こっちだって負けるわけにはいかないんだ」
「頼むぞ」
クェドギンは拳を握りしめた。
「・・・人の力がどれほどのものか、見せつけてくれる」
─聖ヨト歴332年 エハの月 緑 一つの日 昼
ヨーティアの研究室
「マロリガンによって、デオドガンが陥落しました。これで我が国と、マロリガンのマナ保有量はほぼ同量となるでしょう」
レスティーナは厳しい口調で言った。
戦争には色々と準備をしなくてはならない。
国内の体制を整えること。食糧の確保、制圧後の支配の準備・・・
その為には最低、三ヶ月以上の期間が必要である。
北方五国戦争を終え、南下するための準備期間が終わろうとしていた矢先の出来事だった。
一時間前、悠人と闘護はヨーティアの研究室に呼び出された。
イオの案内で部屋に入ると、そこには例によってレスティーナとヨーティアが待っていたのだ。
レスティーナは、相変わらず散乱した研究室の質素な椅子に座っていた。
レスティーナから告げられたのは、マロリガン共和国によるデオドガン制圧の報告だった。
「マロリガン共和国の戦力ってどれくらいの物なんだ?俺が知ってるのは、帝国に次いで軍事力が高い、ってくらいなんだけど・・・」
悠人が首を傾げた。
「エスペリアから以前聞いた情報。軍事バランスで言えば、北方五国を統一したラキオスが第三位、第二位にマロリガン、第一位はサーギオス帝国となる」
闘護はそう言って、レスティーナを見た。
「問題はラキオスとマロリガンの戦力差だ」
「マロリガンは数多くのスピリットを保有しています。第一部隊から第八部隊までの基本部隊と、首都を防衛する親衛隊の存在が確認されています」
そこで、レスティーナは表情を曇らせる。
「ただしクェドギンが大統領に就任してからは、軍備拡張が活発になっているはずです。現戦力は未知数・・・としか言えません」
「なんだかはっきりしないなぁ・・・もうちょっと具体的な情報はないのか?」
「すみません・・・」
悠人の言葉に、レスティーナは素直に謝る。
「スピリットの情報なんて、どこの国でも最高機密だ。仕方ないだろう」
闘護は少し悠人を責めるような口調で言った。
「そりゃ、そうだけどさ・・・」
「それに・・・」
闘護は小さく肩を竦めた。
「ラキオスの情報部から有用な情報が降りてきたことなんてほとんどない。当てにする方が間違いだ」
「・・・」
闘護の遠慮のない物言いに、流石のレスティーナもシュンとする
「おいおい、そんな言い方はないだろ」
ヨーティアは眉をひそめる。
「ラキオスはここまで、大規模な戦争準備をしていなかったからね。大陸南部に関しては地盤が何もないのさ。足場がなきゃ、それこそ何にも出来やしないことは、あんたにだって解るだろう?そう、レスティーナ殿を責めるな」
「俺はレスティーナを責めるつもりはない。俺が責めてるのは、前王が作った役立たずの情報部だ」
闘護はトゲのある口調で言った。
「・・・ホント、あんたって前のラキオス王が嫌いなんだねぇ」
「そうなるだけの理由がある」
「わかってるよ。あんたが何度も殺されかけたってのはね」
ヨーティアは肩を竦める。
「とにかく・・・情報がない事には変わりない。どうするんだ?」
闘護が尋ねた。
「そうだな。実際問題、これじゃあ動きようがない」
悠人が難しい顔で呟いた。
「わかってるって。だから、この天才が手助けしてやろうじゃないか」
「こ、こら!くっつくなっての!」
口に銜えた煙草を、上下にプラプラとさせながら悠人の身体にのしかかる。
彼女はこうやって悠人をからかうのが楽しいらしい。
『非常に迷惑だ!!』
心の中で叫ぶ。
「二人には迷惑をかけます」
悠人とヨーティアがじゃれているのをよそに、レスティーナは悠人と闘護に頭を下げる。
「君を責める気は全くないよ。ちょっと言い過ぎたな・・・すまない」
闘護も頭を下げる。
「そうだよ。俺だって、別にレスティーナを責めた訳じゃないんだ。ヨーティアが勝手に!」
悠人は慌てて弁解する。
当のヨーティアは、困っている悠人を見て満足そうにすると口を開いた。
「では、私が知っている情報を披露させて貰うよ。大砂漠の正体がデオドガンの起源であることは・・・ユートとトーゴは知らないか」
ヨーティアは悠人から離れたかと思うと、懐から取り出した新しい煙草に火をつける。
「初耳だなぁ・・・こっちの世界でもそんなのあるんだ?」
「そりゃそうだ。経済活動がない世界は存在しない」
ヨーティアは肩を竦める。
「大砂漠は大陸の中央に広がっている。そこで、北方と南方を結ぶために、俺たちの世界で言うキャラバンが生まれた。それがデオドガンの起源だよ」
闘護の説明に、ヨーティアは頷く。
「今の聖ヨト暦以前はロードザリア暦と言ってね。その時期はとても貿易が盛んだったんだ。デオドガンの人々は、北方と南方を繋ぐ商隊の護衛と仲介人の末裔さ」
『ロードザリア・・・初めて聞く言葉だ』
「おっと・・・話がそれた」
ヨーティアは気を取り直したように煙草を銜え直す。
「まぁ、デオドガン周辺に遺跡があってね。そこの研究をしている奴から聞いた話があるのさ。大まかに言って、重要な点は二つ・・・」
「・・・」
3人はヨーティアの言葉の続きを待った。
「デオドガンのスピリット部隊は、精鋭だったようだ。数はともかく、単体の力は侮れないらしい。加えて、よほど補給を確保できない限り、砂漠地帯でのデオドガンとの長期戦は難しいと言われていた。防御に徹して、相手の補給切れを待つ・・・それがデオドガンを今まで生き残らせていた戦略さ」
一旦言葉を切るヨーティア。
煙草の煙を口から吐く。
「でも、マロリガンの新しい部隊にはそれが通じなかったらしい。いつもみたいに膠着状態すらならずに、あっという間に戦闘が終了したらしいからね」
「あっという間だって?」
悠人は目を丸くする。
「ああ、本当にすぐの出来事だったらしい」
「・・・」
ヨーティアの言葉に、悠人は沈黙する。
「攻撃は防衛に比べて圧倒的に難しい。補給はもちろん、防衛施設が作られて防御に徹した部隊というのは、簡単に倒せるものではないはずだ。よほどの戦力差がない限り、そう易々と攻め落とされるはずがない」
闘護は眉をひそめた。
「デオドガンとマロリガンのスピリット部隊の力は、今までほぼ互角と言われていました。それが、あっさりと覆されたわけですか・・・情報の強化は急務ですね」
レスティーナは、自責の念を感じさせる強い口調で言った。
情報部の報告では、ラキオスとデオドガンのスピリット単体戦力も互角とあった。
「新しい部隊の話がまず一つ目だ。んで、この二つ目がもっと困りものかもしれん・・・その部隊の指揮官は、神剣を持った二人の・・・人間らしい」
ヨーティアは本の上に置いてある銀の灰皿に灰を落とし、ため息混じりで言った。
「!?人間、ってことは・・・」
悠人は驚愕の表情を浮かべる。
「それは、エトランジェ・・・と言うことですか?」
「さてね。まだ、はっきりとした情報って訳じゃない」
レスティーナの問いに、ヨーティアは首を振る。
「だけど、一瞬で三体ものスピリットを霧に変えるなんて芸当が出来る人間なんて、私は知らないねぇ・・・そんなことが出来る武器の存在もね」
「・・・エトランジェだよ」
闘護はボソリと呟いた。
その呟きに、他の三人の視線が闘護に集まる。
「間違いない。マロリガンにエトランジェが居ることは・・・」
そこで、闘護は苦い表情を浮かべた。
「クェドギンの口から直接聞いた」
【!!!】
闘護の言葉に、三人は驚愕する。
「と、闘護!!何でもっと早くに言わなかったんだよ!?」
「約束したんだよ。誰にも言わないってな」
闘護はそう言って小さくため息をついた。
「ここまで情報が割れたんだったら、今更言っても言わなくても同じだろ。だから言ったまで、だ」
「・・・」
「では、エトランジェの正体は?」
レスティーナの問いに、闘護は首を振る。
「それは知らない・・・ただ」
「ただ?」
「ヨーティアの情報から推測すると、エトランジェは二人いることになる。俺はその二人が持つ神剣が・・・」
「【空虚】と【因果】だろ」
闘護の言葉を遮るようにヨーティアが言った。
キィーン・・・
「!?」
『何だ?【求め】が反応を・・・』
悠人は【求め】をチラリと見た。
「・・・推測ですが、そう考えています」
それに気づかず、闘護は言った。
「可能性は高いねぇ」
ヨーティアは頭を掻いた。
「な、何だよ、その【空虚】と【因果】ってのは?」
悠人が尋ねた。
「今から200年ほど前・・・聖ヨト王国が分裂したときに現れた四本の神剣のうちの二つだよ」
ヨーティアは肩を竦めた。
「ちなみに、残りの二つはお前が持っている【求め】と秋月君が持っているヤツだ。おっと、名を口にするなよ。それが反応する」
闘護は悠人の腰の【求め】を指さした。
『瞬・・・アイツが持っている神剣・・・』
「まあ、それはおいとくとして・・・エトランジェがマロリガンに二人いるというのは厳しい」
闘護は肩を竦めた。
「・・・」
『自分で言うのも何だけど、エトランジェの力はスピリットに比べても強力だ・・・と思う。神剣の格の違いなのか、別の世界から来た人間だからなのかは解らないけど・・・』
悠人は不安そうに俯いた。
「まぁ、そう不安になるなっ!!」
「うわっ!?」
いきなりの大声に、悠人はビックリして思わず声を上げてしまう。
ヨーティアは、机から飛び降りると、悠人の身体にピタリと密着してきた。
「ラキオスにだって、強いエトランジェに賢いスピリット、美しくて優秀な指揮官殿までいるだろう?あ、あと得体の知れないヤツもいるよな」
ヨーティアはチラリと闘護を見た。
「ま、確かに得体は知れないね」
闘護は肩を竦めた。
「それに、切り札の大天才様だってついてるんだ。何とかなるさ」
「おい、こら、離せっての!」
肩を押さえ、押しつけられる胸から身を離す。
「まったく・・・本当にその天才様は大丈夫なのかよ?」
「な、失礼なヤツだな。まぁ確かに・・・一つ気になることもないことはない」
「気になること・・・ですか?」
レスティーナが聞き返す。
「その新部隊の件なんだが・・・スピリットの精神は殆ど神剣に呑まれていないようだ」
「どうして、そのようなことが解るのですか?」
「ああ、その知り合いってヤツは長いことスピリットの研究してた奴でね・・・その辺りは詳しいんだ」
何か変な笑顔を浮かべるヨーティア。
『苦笑のような、懐かしむような・・・』
悠人はそう感じた。
「そうでしたか。それではマロリガンのスピリット達は、神剣に魂を呑ませることなく、強化に成功したということになりますね・・・」
レスティーナが呟く。
『当然だな。運命に抗うのなら・・・“常識”的な方法を使うよりも“非常識”な方法を選んだ方が可能性が上がる・・・しかも、それに成功した、か』
闘護は難しい表情を浮かべた。
『スピリットを強化するためにはエーテルも必要だが、何より腕のいい訓練士の存在が鍵になる』
「かなり実力のある訓練士を味方につけてるんだろうな・・・」
悠人は眉をひそめて呟いた。
「その辺りは情報にも探らせましょう。彼らにはもっと働いて貰わねばなりません」
レスティーナは何事か考えを巡らせながら呟く。
それから、真っ直ぐに悠人と闘護を見た。
「ユート達には、マロリガン兵を迎撃してもらうことになります。その間に、こちらも出来る限りの情報を集めます」
「わかった」
「バックアップは任せるよ」
「はい」
悠人と闘護の返答にレスティーナは力強く頷いた。
─同日、昼
エーテル変換施設中枢部
悠人達は、ラキオスのエーテル変換施設の中枢部に来ていた。
イースペリアで見たのと同じように、巨大な永遠神剣が結晶体に突き刺さって浮遊している。
「考えてみれば、ラキオスの動力中枢って初めて入ったな・・・」
悠人は呟く。
「中枢部は、国家の最高機密部です。技術部の人間でも、極めて少人数しか入ることは許されません」
「そういうこと。何せここからラキオスが所有している各地のエーテル変換施設と連結しているからね。いわば本拠地さ。ここが叩かれたりしたら、もう立ち直ることは出来ない」
ヨーティアは肩を竦める。
「イースペリアでは、これが爆発したのか・・・」
闘護はボソリと呟いた。
「・・・」
闘護の呟きに、レスティーナは表情を沈ませる。
ポカッ
「イテッ!?」
「おい、トーゴ。レスティーナ殿を傷つけるんじゃない」
ヨーティアが目をつり上げながら言った。
「別にそういうつもりはない。ただ・・・」
闘護は空中に浮かぶ神剣を見上げた。
「これだけ大きければ・・・爆発すれば、都市一つが蒸発するのも頷けるな」
「そりゃそうだ。これはとんでもないエネルギーの固まりなんだからな」
ヨーティアは神剣に視線を向けた。
一方、悠人は空中に浮かぶ神剣を見上げながらボンヤリと考える。
『あの結晶はいったい何なのだろう?ラキオスもイースペリアと同じく、この結晶が爆発するとあの“マナ消失“が発生するのだろうか?』
イースペリアでの事を思い出し、悠人は全身が震える。
「・・・であるから、っておい、ボンクラ!!ちゃんと話を聞いてるのかね?」
ヨーティアは悠人を睨む。
「ああ、悪い悪い。別のこと、考えていた」
「まったく・・・まぁいい。今日呼んだのは他でもない。私がラキオスに身を寄せてから、ずっと研究、開発を続けてきた物が、遂に完成したのさ」
ヨーティアの手がさした先には、巨大な結晶の下に魔法陣のような物と、その上に浮かぶ冠状の水晶がある。
中央部には扉のような物が設置されている。
「これは・・・!?ヨーティア殿!!」
レスティーナは目を丸くする。
「嬉しいじゃないか。レスティーナ殿は私の研究を相当調べてくれていたらしいね。これで遂に完成さ」
レスティーナの反応に、ヨーティアは嬉しそうに言う。
「もしかして、これは噂に聞いた転移装置・・・?」
闘護もまた、驚愕の表情で呟く。
「へぇ。アンタも知ってるのかい?」
「ああ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺だけ話が読めないんだけど」
悠人が慌てて声を上げる。
「順を追って説明していこう」
ヨーティアは悠人を見た。
「マナとは命そのものだ。前にも話したな?」
「あ、ああ・・・」
「だから我々、この世界の人間にもマナは含まれている。血と肉、そして魂たるマナがそなわり人の姿を成しているんだ」
ヨーティアは自分の身体を指さし、次いで悠人の身体を指した。
「だが、ユートやアセリア達は違う。純粋にマナそのもので肉体が構成されている。命が物質化した存在とでも言おうか」
悠人は何となくヨーティアの言っていることが理解できた。
『俺たちが斬られたらマナの霧になるけど、この世界の人間が斬られてもマナの霧にはならないもんな』
「マナは世界中に存在している。そこで問題だ・・・ユートの身体はマナで構成されている。ユートを構成しているマナも、アセリアを構成しているマナも同じマナと言える。では、ユートをユートたるものにしているのは何だ?」
「え、俺?俺が俺であるために必要なもの?」
ヨーティアの問いに、悠人は目を丸くする。
『な、なんだそれ?いきなり随分難しいことを言うなぁ・・・』
「えっと・・・俺の身体はマナで出来ているんだよな?んで、アセリアの身体もマナで出来てる。で、エーテルに変換するのも同じマナって事を言いたいんだよな?ってことは、俺を俺としているもの・・・俺しか持ってない物・・・心とか、そういう物か?」
悠人は首を傾げつつ答える。
『自分で言ってても、なんだかめちゃくちゃ非科学的な答えに聞こえるな。そもそも、心なんて何かすらよく解ってないし』
悠人は鼻で笑われ、またボンクラと言われると予想していたが、ヨーティアの反応は意外な物だった。
「お〜〜。ボンクラにしてはまともな答えだ。その通り、心だよ」
「へ?」
「ユートをユートたる物にしているのは、ユートという概念・・・心と言ってもいいだろう」
ヨーティアはフゥを息をつく。
「さて、次だ。マナは世界中のどこにでもある・・・肉体を構成する物は場所を限定しない。心は形のある物ではなく、あくまで概念的な物であり、距離などの空間に束縛される物ではない・・・さて、ここから導き出される答えは何だ?」
「・・・さっぱりわからない」
『心は人に宿る物だし、マナで身体を構成されていると言ってもいまいちピンと来ない・・・』
ヨーティアの説明がよく解らず、悠人は頭を掻きむしる。
「心を設計図、マナを材料として考えてみるんだ」
闘護がゆっくりと言った。
「設計図?材料?」
「いいか?物を作るには設計図と材料・・・あとは技術がいるんだが、それはおいておこう。とにかく、設計図と材料が必要になる。わかるか?」
「あ、ああ・・・」
闘護の問いかけに、悠人は頷く。
「エトランジェやスピリットは、マナによって身体が構成されている。そしてマナはどこにでもある。お前の身体を構成する材料はどこにでもある訳だ。無いのは設計図・・・すなわち、お前の心」
闘護は悠人の左胸を指した。
「ヨーティアは、お前の心さえあれば、この世界のどこにでもお前を生み出すことが出来る・・・と言いたいんだ。違うかい?」
闘護はヨーティアを見た。
「ん〜・・惜しいね」
「惜しい・・・?」
「心・・・設計図は一つしか存在しない。だから、ユートという存在は一人しか存在しないんだ。ユートはここにいる一人だけだからね」
「・・・つまり、心と身体は別物だって言うことか?」
「おっ!冴えてるね。その通りだよ」
悠人の言葉に、ヨーティアは大きく頷いた。
「以前、報告で呼んだことがあります」
その時、レスティーナが口を開いた。
「心だけを飛ばし、肉体を別の場所で復元する・・・エーテルジャンプ理論。帝国内で積極的に研究されてはいたものの、最終的に安定させることが出来ず、実用化には至らなかったと」
「ほほ〜、さすがはレスティーナ殿。極秘だった上に、かなり下火になっていた研究だったんだけどね」
レスティーナの言葉に、ヨーティアは目を丸くする。
「肉体をマナで構成された物に限定されるが、ある地点から別の地点へ、瞬時に心だけを飛ばし、その場所のマナで肉体を再構成する・・・これがエーテルジャンプさ。理屈は単純だろ」
「具体的には何が出来るんだ?」
悠人の問いに、闘護はガクリと頭を下げ、ヨーティアは呆れたようにため息をつく。
「あのなぁ・・・」
「さすがボンクラだねぇ・・・そうだな、わかりやすく言うなら瞬間移動って言う方がわかりやすいな」
「なるほど・・・瞬間移動・・・って、そんなワープみたいなのが出来るのか?」
「ワープ?なんだいそりゃ?」
悠人の言った言葉に、ヨーティアは首を傾げる。
「えーと、なんか俺の世界では瞬間移動する装置をワープ装置とかって言うんだよ。な、闘護」
「まぁ・・・そう呼ばれてるけど」
「へぇ〜!さすがはハイペリア。この技術も既にあるとはねぇ・・・」
ヨーティアは感嘆の口調で言う。
『実際には存在しないんだけど・・・』
『実現してる訳じゃないんだけどな』
闘護と悠人は同じ事を考えるが、口にはしなかった。
「俺やスピリット達を一瞬で何処かに移動させることがこれからは出来るようになるって事だよな」
「話の流れの結論を言えばそうだ。最後に付け加えるならば、帝国は実用化できなかったが、私にはイオがいた」
ヨーティアは得意げに笑った。
「イオが持つ【理想】は特殊でね。神剣同士の結びつきを手助けする力あるのさ。従って、私達は帝国より技術では上に行ったことになる・・・今のうちだけかも知れないけどね」
「素晴らしいです、ヨーティア殿!!では、エーテルジャンプ装置は完成した、と考えてよろしいのですね?」
「ああ。ただし、今作られたのはまだ受け手側だけだ」
ヨーティアは装置を見た。
「エーテルジャンプ装置は、中央制御部と、端末部に分けられる。中央制御部からはどの端末に飛ぶこともが出来るが、逆に端末部からは、必ず中央制御部にしか飛ぶことは出来ない」
ヨーティアは3人を見た。
「そのことだけは憶えておいてくれ。ま、戦況に応じて、適当に建設を行っておいてくれ。中央制御部が出来たら、また連絡するよ」
「成る程。これは凄い発明だな」
闘護は感心したように頷いた。
「・・・ヨーティアって、本当に天才っぽいところがあるんだな」
悠人はボソリと呟く。
「っぽいとはなんだ!っぽいとは!!」
ヨーティアは憤慨する。
説明が終わり、悠人達が帰ろうとしたとき・・・
「おい、トーゴ」
ヨーティアが帰ろうとした闘護を呼び止める。
「何か?」
闘護は振り返った。
「ちょっとあんたに確認したいことがあってね・・・残ってくれ」
「わかった」
闘護は前で止まっている悠人とレスティーナを見た。
「では、私達はこれで」
「じゃあな」
二人が出ていき、部屋には闘護とヨーティアの二人が残る。
「で、何を確認するんだ?」
闘護はヨーティアの前に立った。
「あんたの身体について何だけどね・・・」
ヨーティアは立ち上がった。
「俺の身体?」
「あんたの身体から、エーテルを感知することが出来ない・・・わかってるね?」
「ああ」
「感知できないということは、あんたはエーテルで構成されてない・・・ってことになる」
「・・・」
眉をひそめる闘護に、ヨーティアは手を振った。
「あんたがユートと同じ世界から来たことを疑ってる訳じゃないさ。ただ、今言ったことは事実だろ?」
「・・・」
「で、だ。あんたの身体がエーテルで構成されていないと推測される以上、エーテルジャンプシステムを利用できるかどうか・・・わからないんだ」
「・・・」
「だから、あんたの身体を調べて、使えるかどうか・・・」
「断る」
ヨーティアの言葉を遮るように闘護が尋ねた。
「断るって・・・」
「俺を調べるとなると・・・時間が必要だろ?」
「まぁ・・・一ヶ月ぐらいはかかるけど」
「一ヶ月?冗談じゃない」
闘護は首を振った。
「これから戦いが始まるって時に、そんな長い間、戦線を離れることは出来ない」
「だけど、それじゃあシステムを使うことはできんぞ」
「システムを使えないからって、移動できない訳じゃない」
「・・・今まで通り、馬で移動するってのかい?」
「俺一人なら、それでも構わないだろう」
「おいおい、そりゃあ大変だろう」
ヨーティアは呆れた口調で言った。
「ラキオスから馬を飛ばせば、7日前後でランサに到着する。往復14日なら・・・まぁ、我慢できないことはない」
「ほ、本気かぁ!?」
闘護の提案に、ヨーティアは目を丸くした。
「ある程度時間がまとまったら調べてもらっても良いけど、これから出陣って時に一ヶ月もの間研究室にいるなんて出来ない。俺はスピリット隊副長なんだから」
「はぁ・・・わかったよ。好きにしな」
ヨーティアは面倒くさそうに手を振った。
「わざわざ提案してくれたのに、すまない」
闘護はペコリと頭を下げた。
「では、失礼する」
そう言い残して、部屋から出て行った。
一人、残されたヨーティアはボソリと呟く。
「マイペースだねぇ・・・」
─同日、昼
神聖サーギオス帝国 帝都サーギオス
相変わらずの控えめなノックに、佳織は笑みを浮かべた。
「どうぞ・・・入って下さい」
ゆっくりとドアを開け、ウルカが入ってくる。
数度の来訪を経て、佳織はすっかりウルカとうち解けていた。
「また・・・話を聞かせて頂けませぬか?」
「はいっ、喜んで!」
最近は、こうしてウルカを相手に話すときだけ、佳織は安らぐことが出来た。
血や神剣の力に飲まれていないものと話す機会など、他にはない。
「今日は何のことにしようかなぁ・・・あっちの世界のことはこの前たくさんしたし・・・う〜ん、オルファのことなんていいかな」
「オルファ・・・?」
佳織が口にした名前に、ウルカは反応した。
「えっと・・・赤色のスピリットで、お兄ちゃんのことを『パパ』って呼ぶ女の子なんですけど・・・」
「ふむ・・・確かに、幾度か見かけたことがあるような気がします」
ウルカは顎に手を当てて考え込む。
幾度か見たことがある・・・それは言い換えれば、何度も戦ったということだ。
そこに思い至り、佳織の顔が僅かに曇る。
「カオリ殿・・・?」
「あ・・・な、なんでもないです」
カオリは慌てて首を振った。
「えと、オルファのことですよね・・・私、向こうにいたときも、お兄ちゃんを戦わせるために捕まってたんです」
その時のことを懐かしく思い出していた。
悠人に逢えずに辛いはずだったのに、オルファの笑顔と、レスティーナの優しさだけを覚えている。
「そんなとき、オルファはずっと私に会いに来てくれていたんです。ちょうど、ウルカさんみたいに」
佳織はウルカを見上げる。
「だから頑張れるんです・・・あの時も、今も」
「そんな、手前は・・・」
否定しようとするが、佳織は首を振って見せた。
満面の笑顔に、ウルカは胸の内がざわめくのと感じる。
「手前はずっと、このサーギオスで戦い続けてきました。だから、カオリ殿のこと・・・そちらの世界の話・・手前にはとても新鮮です」
「私も、ウルカさんに聞いてもらうのって楽しいです」
「部下達もカオリ殿の話を聞きたがっていました」
ウルカの言葉に、佳織は目を輝かせる。
「部下さん・・・?いいなぁ・・・お話ししたら、楽しいんだろうなぁ・・・」
「全員をここに呼ぶわけにもいきますまい」
「ぷっ・・ふふ」
大真面目な答えに、佳織は声を出して笑った。
「・・・?」
何が面白いのか解らず、ウルカ自身はキョトンとする。
「うふふっ・・・ご、ごめんなさい。ウルカさんみたいに、すっごく真面目なひと達がずらっと並んでたら面白いなって・・・」
「・・・はぁ」
ウルカには、それのどこが面白いのかも解らなかった。
いや、笑うという種類の面白さが、そもそも解らないのだ。
拮抗した敵手と、剣を交える楽しさは知っていたのだが。
「えっと・・・ウルカさんは、部下の人たちとどういうお話をするんですか?」
「手前ですか・・・?」
佳織の問いに、ウルカは考える。
「戦闘以外のことなら・・・そう、最近はカオリ殿に伺った話をしています。だから、皆がカオリ殿と直接話したいという訳なのですが・・・」
「へぇ〜、そうなんですか?」
「どうも手前は話すのが下手で・・・精進せねば」
「・・・くす」
生真面目な態度に、佳織は更に笑いを誘われた。
やはりウルカには、その笑いの意味はわからなかったが、何か心が温かくなるのを感じていた。
「素敵な・・・部下さん達なんですね」
「手前も含め、変わり者揃いに過ぎませぬ」
「ううん。私には、とっても自然に見えます」
「・・・そうでありましょうか?」
ウルカにとって、部下は家族のような者だった。
それを褒められるのは、やはり嬉しい。
「戦うだけなんて・・・寂しすぎます」
「しかし・・・手前らはスピリットですから」
「それでもっ!!」
佳織は語気を強める。
「・・・それでも嫌なんです!!」
「・・・」
「お兄ちゃんにも、ウルカさんにも、アセリアさんにも、エスペリアさんにも、オルファにも・・・それから、部下さん達も。誰にも傷ついて欲しくないんです」
「カオリ殿・・・」
「どうしてスピリットさん達が戦わなきゃいけないのか、私には解りません・・・ううん、ずっと解らないと思う」
佳織の強い言葉に、ウルカは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
何故、戦うのか?
それは、常に自らへと問い続けていたことだった。
「いっそ、私にも剣があったらって、何度も思いました。お兄ちゃんの隣で一緒に戦えたらまだいいのにって・・・」
「カオリ殿、それは・・・」
「はい、ただの『逃げ』・・・です」
ウルカの言葉を遮るように佳織は呟いた。
「それに、こっちに来て、秋月先輩を見て解りました。剣が・・・とっても怖いって事」
「シュン殿を見て・・・?」
「昔と変わって手・・・今も少しずつ変わって手・・・なんだか、怖いんです。お兄ちゃんもそうなるか持って思ったら・・・私、怖くて堪らないんです・・・」
小刻みに震える肩。
ウルカはどうしていいか解らず、空しく口を開閉させる。
「ウルカさん・・・一つだけ、わがまま言ってもいいですか?」
「・・・手前に出来ることならば」
答えを待って、佳織はポケットから小さな者を取り出す。
掌に載せて、ウルカの眼前に示した。
「・・・これは?」
「お守りです・・・これをお兄ちゃんに渡して、伝えて下さい。このお守り、お母さんがくれた物なんです。お兄ちゃんを守ってくれるはず。私は負けないから、お兄ちゃんも負けないで・・・って」
佳織の言葉に、ウルカは困惑の表情を浮かべrう。
悠人は友ではなく、戦場で刃を交えるべき敵だった。
「手前は・・・ユート殿と戦っているのですが・・・」
「出来たらでいいです・・・その、無理はしないで下さい」
「戦うことを、止めはしないのですか?」
ウルカの問いに、佳織は首を振る。
「私に止めることなんて、出来ません。お兄ちゃんの戦いは元々私のせいだし、ウルカさんだって・・・」
サーギオスには馴染めない、ウルカの部下達。
それが存在を認められるのは、裏の仕事を一手に引き受けるからこそだった。
「戦争なんて認めたくないけど、誰かの命を諦めるなんてしたくないけど・・・でもでもっ・・・みんな、色々背負ってるから・・・」
「・・・」
「お兄ちゃんも、ウルカさんも負けないで。みんな大好きだから、私にはそれしか言えないんです」
ギリ─
ウルカの歯が鳴った。
部下を守りたい気持ち、佳織を悲しませたくない気持ち。
どちらを優先させればいいのか解らない。
そして・・・その気持ちの迷宮には、正しい出口などありはしなかった。
「・・・私のせいで、戦いが広がってるのが解るんです。沢山の人が傷ついて・・・死んじゃって・・・」
「・・・」
佳織の苦渋に満ちた声を、黙って聞く。
それを受け止めようとしたとき、ウルカには一つの答えしか残されなかった。
「・・・承知。カオリ殿の言葉、必ずや伝えましょう」
「ウルカさん・・・ありがとうございます」
「礼など申されないで下さい・・・手前は、ユート殿を手にかけてしまうやも知れぬのです」
「ううん・・ううん・・・」
お守りを手渡すと、佳織はウルカの胸に顔を埋める。
身体の温もり・・・トクントクンと、確かな鼓動が佳織の心の中に染み込んでいく。
「ごめんなさい・・・こうすると、とても安心できるんです・・・」
「カオリ、殿・・・」
「あ・・・」
ウルカは、本能とも言える感情に従って、目の前の小さな身体を抱きしめた。
「・・・みんな、どうして戦っているんだろ・・・戦わない方が・・・いいに決まってるのに・・・」
「・・・」
小さな、小さな呟き。
今のウルカには、その呟きに返す言葉は思いつかない。
ただ、抱きしめる腕の力を強めるのだった。