─聖ヨト暦331年 スフの月 青 二つの日 昼
訓練所
「やぁっ!!」
ヒュン!!
「てやぁっ!!」
ビュンッ!!
「はぁっ!!」
ビュンビュン!!
【はぁはぁはぁ・・・】
「大丈夫か、みんな?」
闘護はゆっくりと構えを解いた。
「はぁはぁ・・・ちょ、ちょっと休みませんか〜?」
ハリオンが提案する。
「そうだな・・・少し休もう」
闘護が頷くと、ハリオンをはじめ、ヒミカ、セリアは地面にへたり込んだ。
「ちょっと待ってろ。今、水を持ってくるから」
そう言い残し、闘護は走り去っていく。
「・・・最近のトーゴ様、動きが一段と速くなってない?」
「そうね・・・全然当たらないわ」
ヒミカの問いにセリアが頷く。
「でも、どうしてかわす訓練ばかり続けるのかしら〜?」
「そういえば・・・以前は私達の攻撃を受ける訓練だったのに」
ハリオンの問いに、ヒミカが首を傾げた。
「お待たせ!」
その時、闘護が水の入った瓶を三つ持って走ってきた。
「はい、みんな」
「ありがとうございます〜」
嬉しそうに受け取るハリオン。
「どうも。いただきます」
実直な口調で礼を言うセリア。
「すみません、わざわざ」
少し遠慮がちなヒミカ。
「一休みしたら、訓練をまた始めよう」
三者三様の返答に、闘護は小さく笑った。
─同日、夕方
訓練所
「やぁっ!!たぁっ!!」
「はっ!!」
ガキンガキンガキン!!
「てやぁっ!!」
「っ!?」
ガキィーン!!
「うぅううう・・・」
「くっ・・・えいっ!!」
ガキャーン!!
「あっ!?」
「そこまでだ!!」
闘護が制止した。
「はぁはぁはぁ・・・」
「ふぅふぅ・・・」
荒い息をつくヘリオンとファーレーン。
「大丈夫か、二人とも?」
闘護は二人にタオルを渡した。
「あ、ありがとうございます」
「す、すみません、わざわざ・・・」
二人は受け取ったタオルを使って汗を拭う。
『それにしても・・・ヘリオンは随分成長したな』
二人を見ながら闘護は考える。
『最初に見た時は随分と危なっかしかったが、なかなかどうして。成長速度はトップクラスだったな』
闘護はヘリオンをチラリと見た。
『今ではファーレーンとも・・・いや』
視線をファーレーンに移す。
『ファーレーンは妙だな・・・剣先が鈍いというか・・・気のせいかもしれないけど』
額の汗を拭うファーレーンを見ながら闘護は小さな不安を感じた。
─同日、夕方
訓練所
「ふぅ・・・」
訓練が終わった闘護は、ベンチに座って一息つく。
「あ、あの・・・」
「ん?」
顔を上げると、ヘリオンがいた。
「どうした?」
「その・・・少し、いいですか?」
「いいよ」
「・・・」
ヘリオンは言うべきか言わざるべきか、迷った表情で沈黙する。
「・・・」
闘護は特に問いかけることなく、ジッとヘリオンを見つめる。
「・・・」
「・・・」
暫く二人は沈黙したまま見つめ合う。
『・・・これじゃあ埒があかない、かな』
先に焦れた闘護は小さく頬を掻いた。
「あ、あの・・・」
ところが、闘護よりも先にヘリオンが口を開いた。
「っと・・・ん?」
一瞬驚きながらも、すぐに気を取り直して聞き返す。
「ファ、ファーレーンさんなんですけど・・・」
「ファーレーンがどうかしたのか?」
「その・・・いつもと動きが違うというか・・・」
「・・・動きが鈍かった、とか?」
闘護の問いに、ヘリオンは目を丸くした。
「トーゴ様も気付いてたんですか?」
「何となく、だがね」
「ファーレーンさん、どうしたんでしょうか・・・?」
「さて・・・」
そう言って、闘護は頭を掻く。
「少し調べてみるよ」
「はい・・・それじゃあ、失礼します」
ヘリオンはペコリと頭を下げて立ち去っていった。
「ふぅ・・・」
一人になると、闘護は天を仰いだ。
『何があったのか・・・?』
─同日、夜
闘護の部屋
コンコン
「ん?」
本を読んでいた闘護は顔を上げた。
「誰だい?」
「・・・」
「誰なんだ?」
「・・・ニムだけど・・・」
「ニムか。いいよ、入って」
ガチャリ
「・・・」
中に入ってきたニムントールは、何か言いたげな眼差しを闘護に向けた。
「どうした?」
「・・・」
「何か用があるんだろ?」
「・・・」
闘護の問いかけに、ニムントールは沈黙したまま微妙に視線を逸らした。
「・・・さて」
『ニムの事だから、相談しにくること・・・ネリー達と喧嘩したってことじゃないだろうし、それ以外で考えられる事と言ったら・・・』
闘護はゆっくりとニムントールを見つめた。
「ファーレーンのことで何か言いたいことがあるのかい?」
「!?」
闘護の問いかけに、ニムントールはビクリと身を竦めた。
「・・・図星か」
「・・・何でわかったの?」
「君が俺に相談しにくることといえば、限定されるからね。その中の一つを言ってみたら当たったんだ」
「・・・何かムカつく」
ブスリと呟くニムントールに、闘護は苦笑する。
「それで?ファーレーンがどうかしたのか?」
「・・・お姉ちゃん、この頃悩んでる」
「悩む?」
「時々難しい顔をして・・・ニムが聞いても何も話してくれない」
「・・・ふむ」
『親しいニムにも打ち明けない、か・・・これは厄介かもしれないな』
闘護は頭を掻いた。
「トーゴは何か知らないの?」
「すまないが、俺も知らない」
「そう・・・」
ニムントールはそう言って闘護に背を向けた。
「何だ、用件はそれだけか?」
「・・・うん」
返事をして、ニムントールは部屋から出て行った。
「さて・・・」
一人になり、闘護は天井を仰いだ。
『どうすればいいか・・・』
─聖ヨト暦331年 スフの月 青 五つの日 昼
ラセリオ=ミネア間の街道
闘護はミネアへの支援物資を届ける輸送部隊の護衛する命令を受けた。
そこで、セリア、ナナルゥ、ファーレーン、ニムントール、ヘリオンを伴い、輸送部隊と共にミネアへ向かっていた・・・その道中のことだった
「っ!敵襲!!」
先頭を歩くセリアの叫び声が突然響いた。
「ちっ!!全員散れ!!」
すぐに闘護が命令すると、五人はあっという間に輸送部隊を囲うように散った。
「どこから来る!?」
「前方からです!!」
『ならば・・・!!』
「ファーレーン、ヘリオン、ナナルゥ!!迎撃しろ!!」
『はい!!』
闘護の命令に、三人は飛び出す。
少し離れたところから爆音と剣戟が響き、暫くして・・・
「う・・ぅ・・・」
「お、お姉ちゃん!?」
ニムントールが血相を変えて走り寄る。
「ファーレーン!!」
闘護もすぐに駆け寄った。
ファーレーンはヘリオンとナナルゥに両肩を支えてもらって漸く立っていたのだ。
「大丈夫!?すぐに治療するからね!!」
ニムントールは、すぐにファーレーンに神剣魔法をかけた。
「ヘリオン、ナナルゥ」
闘護は、ファーレーンを降ろした二人を見た。
「は、はい」
「何ですか?」
「ちょっと・・・」
手招きして、ファーレーンから少し離れる。
「どうしたんだ?傷が多すぎる所を見ると、神剣魔法よりも直接攻撃を大量に受けたみたいだが・・・」
小さい声で尋ねる。
「その・・・ファーレーンさんは、前に出すぎて・・・」
「前に出すぎた?どういうことだ?」
「ナナルゥさんの神剣魔法が届かない所まで進んでしまって・・・同時に三人と戦ったんです。そしたら・・・」
「追い込まれたというわけか・・・」
「はい・・・」
「ふむ・・・」
闘護は治療を受けているファーレーンに視線を向けた。
「しかし、随分と無茶だな・・・彼女らしくない」
呟き、ファーレーンに近づく。
「ファーレーン、大丈夫か?」
「申し訳ありません・・・」
治療され続けるファーレーンは頭を下げた。
「無事だったからいいけど・・・あまり無理するな」
「はい・・・」
ファーレーンはシュンとして頭を下げる。
「トーゴ・・・お姉ちゃんを怒らないで」
ニムントールがファーレーンを庇うように言った。
「わかってるよ。だけど、君だって心配したろ?」
「う・・・」
「ごめんなさい・・・」
「お姉ちゃん・・・」
「ったく・・・」
二人の様子に、闘護は小さく苦笑した。
「周囲に敵の気配は?」
「ありません」
セリアの答えに闘護は満足げに頷く。
「そうか」
「トーゴ殿!」
その時、輸送隊を率いる隊長が駆け寄ってきた。
「何です?」
「敵がまた襲ってくる前に出発したいんだが・・・」
「確かに一理ある・・・セリア」
闘護はセリアを見た。
「はい」
「俺と・・・ナナルゥとヘリオンは輸送隊を連れて先にミネアに向かう。ファーレーンの体力が回復したら追ってきてくれ」
「わかりました」
「ニム。引き続き、ファーレーンの治療を頼む」
「うん」
「ファーレーン。体力が回復したらすぐに追ってきてくれ」
「・・・はい」
─同日、昼
ミネア、駐屯地
「物資の受け渡し、終わったよ」
離れた所で休んでいたヘリオンとナナルゥのそばに来ると、闘護は報告した。
「これから直ぐにラキオスに戻るんですか?」
ヘリオンの問いに、闘護は首を振った。
「セリア達がまだ来てないし、救援物資の配給リストを受け取らないと駄目だからな・・・多分、今日一杯かかるから、出発は明日になる」
「そうですか・・・」
「とりあえず、俺達は待ってるだけだし・・・今日は、もう自由にしていいよ」
「わかりました」
ヘリオンは頷く。
「さて・・・」
闘護は伸びをする。
「トーゴ様はこれからどうするんですか?」
ヘリオンが尋ねた。
「ちょっと街の様子を見ようと思ってるんだが・・・」
「街の様子、ですか?」
「ああ・・・どれだけ復興しているか、知りたくてね。だけど、ファーレーン達を待っていないと・・・」
「だ、だったら私が残ってます!」
ヘリオンの言葉に闘護は目を丸くした。
「いいのか?」
「はい!」
『なんだ?妙に主張が強いけど・・・ん?』
その時、闘護はヘリオンの右膝が僅かに震えていることに気付いた。
「ヘリオン、その右膝・・・」
「あ・・・えっと・・・」
闘護に指摘され、ヘリオンは小さく俯いた。
「・・・さっきの戦闘で怪我をしたのか?」
「だ、大丈夫です!!」
「・・・」
「ほ、本当です!!」
「ヘリオン」
「うっ・・・」
「見せてくれ」
「・・・」
「ヘリオン」
「・・・はい」
ヘリオンは申し訳なさそうに頷くと、靴とストッキングを脱いだ。
「あぁ・・・赤く腫れてるな」
ヘリオンの足首が赤く腫れ上がっていた。
「これ、かなり痛いだろ」
「そ、そんなこと・・・」
「正直に言うんだ」
「・・・はい」
強い口調で問いただされ、ヘリオンは観念したように頷いた。
「ふぅ・・・とりあえず、座って」
ヘリオンは闘護の指示に従って、近くに置いてあった箱に腰を下ろした。
「ちょっと待っててくれ」
闘護はそう言うと、テントへ向かった。
暫くして、闘護は氷水の入った革袋を持ってきた。
「ヘリオン、足を出して」
「はい・・・」
「冷たいぞ」
ピタッ・・・
「ひゃっ!?」
ヘリオンが可愛らしい悲鳴を上げる。
「暫く我慢してくれ。ニムが来たら、魔法を使って治療してもらうから」
「はい・・・」
「さて・・・」
『ヘリオンを放ってはおけないな・・・仕方ない』
闘護は立ち上がった。
「あの・・・」
「ん?」
「私は一人で大丈夫ですから・・・トーゴ様は街に行って下さい」
「そうはいかない」
闘護は肩を竦めた。
「このまま君を一人で・・・」
「トーゴ様!!」
その時、セリア、ファーレーン、ニムントールが駆けつけてきた。
「みんな」
「遅くなって申し訳ありません・・・」
ファーレーンが頭を下げた。
「もう大丈夫か?」
「はい・・・」
「そうか」
「ヘリオン、どうしたの?」
セリアが心配そうな眼差しをヘリオンに向けた。
「え、えっと・・・」
「ニム。治療をお願いするよ」
「う、うん・・・」
ニムントールは頷くと、ヘリオンの足下にしゃがみ込んだ。
「うわぁ・・・真っ赤になってる・・・」
「あうぅ・・・」
「治療、頼むよ」
「うん・・・アースプライヤー!」
パァアアアア・・・
神剣魔法の光に照らされ、ヘリオンの腫れ上がっていた箇所から赤みが引いていく。
「・・・ふぅ、終わったよ」
暫くして、ニムントールは詠唱を止めた。
「ヘリオン、どうだい?」
「・・・はい、痛くないです」
ヘリオンは小さく足を振った。
「ニム。ご苦労様」
「・・・別に」
そう言いつつ、照れたように顔を背けるニムントール。
闘護は小さく頷くと、セリア達を見た。
「配給リストが上がるまで一日かかる。今日はここに泊まることになった。今日はもう仕事がないから、みんな自由にしてくれ。それじゃあ、解散」
【はい】
「さ、行くわよ」
「は、はい。ありがとうございます、セリアさん」
セリアがヘリオンに肩を貸し、二人はテントへ向かった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ。心配かけてごめんなさい」
ファーレーンとニムントールは、寄り添ってテントへ向かう。
そして、その場には闘護とナナルゥが残る。
「ナナルゥ。君はどうする?」
「待機します」
「ふむ・・・」
『ナナルゥを連れて行ってみようかなぁ・・・』
何気なく思った闘護はふと、ナナルゥに声をかけた。
「ナナルゥ。俺と一緒に街に出ないか?」
「わかりました」
闘護の提案に、ナナルゥはあっさり頷いた。
「大分復興したみたいだな・・・」
闘護は周囲を見回しながら呟いた。
難民として流れてきた人々は、大半がイースペリアに帰還したり、ここで新たな生活を送っていた。
“マナ消失”の直後は沈鬱だった街の空気も、今では活気に溢れたものになっている。
『レスティーナは約束どおりイースペリアの復興に必要なマナを分配してくれている』
闘護は安堵の息をついた。
「完全に元に戻るのも、そう遠くはないかな・・・」
闘護はそう言って隣を歩くナナルゥを見た。
「君はどう思う?」
「・・・何が、ですか?」
「街の様子を見て、何か感想はないかい?」
「・・・」
ナナルゥは小さく首を傾げた。
「いえ・・・」
「そうか・・・」
『うーん・・・何か彼女の心を揺さぶるようなことがあれば・・・』
闘護は頭を掻いた。
【アハハ!!】
「ん?」
その時、闘護の耳に笑い声が入ってきた。
「何だ・・・?」
「子供達の笑い声のようです」
ナナルゥが、離れた所に見える空き地を指差した。
「あそこから聞こえてきました」
「ふむ・・・ちょっと、行ってみよう」
闘護はナナルゥを連れて空き地へ向かった。
「アハハ!!」
「キャハハ!!」
空き地では子供達がボールで遊んでいた。
「・・・」
闘護はその様子を優しい笑みを浮かべて見つめる。
「・・・」
一方、ナナルゥは普段どおりの無表情で子供達を見ていた。
「あの・・・何ですか?」
「!?」
突然、闘護は背後から声をかけられた。
振り向くと、眼鏡をかけた大人しそうな女性がオドオドした様子で闘護とナナルゥを見つめている。
「何ですかって・・・?」
「子供達をじっと見てましたけど・・・何か用ですか?」
女性は少し小さい声で言った。
闘護とナナルゥを、懐疑的な眼差しで見つめている。
『なんか誤解してるようだな・・・』
「ああ、元気に遊んでるなと思って見ていただけだよ」
闘護は笑顔で答える。
「・・・そちらの方は?」
女性はナナルゥを見た。
「子供達を見ていました」
ナナルゥは簡潔に答える。
「俺達はただの通りすがりだよ。子供達が遊んでいるのを見ていただけだ」
「・・・本当ですか?」
女性は相変わらずオドオドしているが、はっきりと尋ねた。
「本当だよ」
闘護もはっきりと言い切る。
「そう、ですか・・・」
「君は?」
闘護が尋ねると、女性は右手を胸に当てた。
「私はシエラ。あの子達の母親です」
「はは、おや・・・?」
女性の言葉に、闘護は眉をひそめた。
「正確には保母ですが・・・」
「保母・・・ってことは」
闘護は元気に遊んでいる子供達に再び視線を向ける。
「・・・あの子達はイースペリアの孤児なんです」
「イースペリアの孤児・・・」
女性―シエラの言葉に、闘護は拳を握り締める。
「イースペリアは今、孤児院を立てる余裕はありません。ですから、ここで預かっているのです・・・」
「孤児は・・・多いのか?」
「はい」
シエラは沈痛な表情で頷く。
「保母や保父が足りなくて・・・」
「・・・」
闘護は難しい表情で考え込む。
「誰か手伝ってくれる人がいてくれたら・・・」
「それは人じゃないと駄目か?」
「え?」
シエラは闘護を見た。
「人じゃないと、手伝っては駄目か?」
「・・・どういう、ことですか?」
「スピリットは手伝えないか?」
「!?」
闘護の問いに、シエラは目を丸くする。
「駄目か・・・?」
「い、いえ・・・スピリットでも、手伝ってくれるなら歓迎しますが・・・」
「が・・・なに?」
「スピリットは戦争をする存在。こんなことを手伝うなんて・・・」
「ナナルゥ。彼女の手伝いをしてみないか?」
シエラの言葉を遮るように闘護は言った。
「私が、ですか?」
「ああ」
「構いませんが・・・」
「よし。じゃあ、決まりだ」
「え・・?あ、あの・・?」
二人の会話についていけず、シエラは目を白黒させる。
「シエラといったね。彼女・・・ナナルゥに君の手伝いをさせてやってくれ」
「え・・・で、でも・・・」
「彼女はスピリットだ」
「!!」
闘護の言葉にシエラは目を見開いた。
「確かに、君の言う通り彼女は戦争に参加しなければならない。ずっと手伝わせることは出来ないが・・・暇が出来たら手伝わせてやってくれないか?」
「で、ですが・・・そんなことを勝手に決めても・・・」
「俺が許可をする」
「え・・・あ、あなたは?」
「俺はラキオス王国スピリット隊副長神坂闘護だ」
「!!!」
シエラは更に驚く。
「俺が許可を出すから、彼女が前線から帰ってきて余裕が出来たらこちらの手伝いをさせてやってほしい・・・駄目かな?」
「・・・い、いいんですか?」
「ああ」
「で、でも・・・どうして、こんなことを?」
「・・・ナナルゥ」
シエラの問いに、闘護は小さくため息をつくとナナルゥを見た。
「二人で話すから・・・少し、離れてくれ」
「わかりました」
闘護の命令に従い、ナナルゥは二人から距離を取る。
「・・・実はね」
ナナルゥが離れたことを確認すると、闘護はシエラを見た。
「彼女に感情というものを学ばせてやりたいんだ」
「感情・・・?」
「彼女は自我が希薄でね・・・感情を取り戻させてやりたいんだ。それで、子供達と接することで彼らの感情と直に触れ合わせて・・・感情というものが何であるか、教えてやりたいんだ」
「・・・」
「だから、無償のボランティアじゃないんだ。駄目なら駄目って言ってくれ。引き下がるから」
「・・・」
言葉を失ったままのシエラに、闘護は困ったように頭をかく。
「別に断ったからって何かしたりはしないよ。絶対。約束する」
「いえ、それよりも・・・心の無い人に子供達の相手をすることが出来るのですか?」
「それは・・・」
シエラの問いに、闘護は言葉を詰まらせる。
「不必要なことを言って子供達を傷つけるのであれば・・・」
「それは大丈夫・・・だと思う」
シエラの言葉を遮るように闘護は言った。
「どうしてですか?」
「彼女は、誰かを傷つけるような事はしない。いや、彼女自身が傷つくことがない・・・全て受身だからね。嫌な言い方をするなら・・・」
闘護は眉をしかめた。
「人形みたいなものだ・・・何をされても怒らない。彼女から何か行動をすることは殆ど無いから、おそらくあなたの言うことを忠実に守る。だから、子供を傷つける可能性も低いだろう」
「・・・」
「だからこそ、子供達と触れ合うことで・・・感情を学習させてやりたいんだ。彼女自身の感情を取り戻させる為にも」
闘護は頭を下げた。
「戦争の合間だから、いつ来るかも保証はできない・・・だけど、頼む。彼女を手伝わせてやってほしい!」
「・・・わかりました」
シエラの呟きに、闘護は顔を上げた。
「本当か!?」
「一人でも手伝って欲しいですから」
シエラは微笑んだ。
「今日からみんなの・・・」
シエラは離れたところで見守っている闘護に視線を送る。
「お姉さんで」
闘護の呟きに頷くと、シエラは再び子供達を見回した。
「お姉さんになってくれる・・・」
言いかけて、再び闘護を見つめる。
「言ってくれ」
闘護の呟きに、僅かな戸惑いを見せたものの、再度シエラは子供達に視線を向けた。
「スピリットの・・・ナナルゥさんです。毎日ではありませんが、時々来てくれることになりました」
シエラは隣のナナルゥの背を押した。
「さ、ナナルゥさん」
「はい・・・」
ナナルゥは子供達に視線を向けた。
「ナナルゥです・・・よろしくお願いします」
【ハーイ!!】
子供達は元気よく返事をする。
「みんな、仲良くしてあげてね」
【ハーイ!!】
子供達はワラワラとナナルゥの周りに集まる。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、どこから来たの?」
「すっごくキレイだぁ・・・」
「うわぁ・・・長い髪・・・」
子供達に群がれて、ナナルゥはどうしていいのかわからず、シエラを見る。
「・・・」
しかし、シエラは笑うだけで何も答えない。
仕方なく、今度は闘護を見る。
「・・・」
しかし闘護もニヤニヤと笑うだけで何も言わない。
「お姉ちゃん、一緒にあそぼ!!」
「あ、ずるいぞ!!僕と遊ぼうよ!!」
「あの・・・」
何人もの子供達にもみくちゃにされるナナルゥ。
『どうやら、困ってるみたいだな・・・ま、子供達はエネルギッシュな上に自己中心的だからな。暫くはああして振り回された方が良いだろう』
その様子を見ながら、闘護は考える。
『この試みが成功すれば、少なくともここの子供達はスピリットを蔑視するようなことは無くなる・・・他の所でも、スピリットと人間の交流を増やせる可能性も高くなる・・・はずだ』
「さて・・・どうなるか」
一抹の不安と希望を抱きながら、闘護は呟いた。
─同日 夜
ミネア、駐屯地
「トーゴ様・・・」
「ん?セリアか」
テントで書類を見ていた闘護は、セリアの訪問に顔を上げた。
「どうした?」
「あの・・・少しお話が・・・」
「話?」
「はい・・・いいですか?」
「ああ。どうぞ」
「失礼します・・・」
セリアはテントに入ると、闘護の対面にある椅子に腰掛けた。
「で、何だい?」
「実はファーレーンとナナルゥのことです」
「ファーレーンとナナルゥ?」
「はい」
セリアは深刻な表情を浮かべた。
「最近、ファーレーンの様子がおかしいんです」
「おかしい・・・例えば?」
「妙に訓練で無理をするみたいで・・・」
「・・・」
「今日の戦闘も、自分から敵中に突き進んでいったみたいで・・・」
「無茶が過ぎる、か」
「はい・・・」
「ふーむ・・・」
『ニムも悩んでると言ってたし・・・そういえば以前、沈んだ顔して訓練していたことがあったな』
闘護は椅子に背を預けた。
「何故でしょうか・・・?」
「・・・さて」
闘護は小さく首を振った。
「俺は知らないが・・・何か心当たりがあるのか?」
「・・・いえ」
セリアは首を振った。
「・・・前に、沈んだ表情のまま訓練していたことがあったな」
闘護は呟いた。
「沈んだ表情・・・ですか?」
「ああ」
「どうしてそんなことを?」
「わからん・・・ただ、迷っているようだった」
「迷っている・・・ですか?」
闘護は頷く。
「何に迷ってるのかは解らないが・・・少し気になったんだけどね」
「・・・」
「もしかしたら、君の懸念と関係があるかもしれないな・・・少し、聞いてみるよ」
「お願いします」
セリアは頭を下げた。
「ファーレーンの話はそれだけ?」
「はい」
「じゃあ、次はナナルゥの話だね」
闘護の言葉にセリアは頷く。
「どんな話だい?」
「今日、トーゴ様はナナルゥを連れて街に出たと聞きましたが・・・一体、何をなさったのですか?」
セリアは僅かに苛立ちを含んだ眼差しを闘護に向けた。
「何って?」
「ナナルゥが“子供と戯れた”と言っていましたが・・・」
「ああ。彼女に孤児院で働くように命令したんだ」
「孤児院・・・ですか?」
セリアは眉をひそめた。
「ああ」
「何故です?」
「感情に触れあわせてみようと思ったんだ」
闘護は簡潔に答えた。
「感情に・・・?」
「子供達は基本的に情緒豊かだ。喜怒哀楽をはっきり示す・・・だから、ナナルゥをその中に入れて、感情とはどういうものか勉強してもらおうと思ったんだよ」
「・・・」
「ん?何か文句があるのか?」
「・・・いえ」
セリアは視線を逸らした。
「正直に言ってみなよ」
「・・・」
「セリア」
闘護は少し強い口調で言った。
「・・・何を、考えているのですか?」
そう言ったセリアの口調は辛辣だった。
「何って?」
「ナナルゥを人間と触れあわせて・・・どうするつもりですか?」
「どうするつもりって・・・」
「人間がナナルゥを受け入れると思うのですか?」
セリアは闘護に詰め寄った。
「・・・」
ドンッ!!
「トーゴ様!?」
沈黙する闘護を睨み付けるセリア。
「わからないね」
闘護は冷静な口調で言った。
「なっ・・・!?」
「それは、彼女と子供達・・・人間次第だろ」
人ごとのように言う闘護。
「と、トーゴ様・・・」
「俺はきっかけを作るだけ。そこから先は彼女たちに任せる」
「そ、そんな無責任な!!」
「あのなぁ・・・」
闘護は呆れたようにセリアを見つめた。
「俺は神じゃない。きっかけを作ることは出来ても、そこから先・・・ナナルゥや子供達の心までコントロールできないよ」
「わ、私が聞きたいのは・・・」
「ナナルゥが傷つくかもしれない・・・って言いたいんだろ?」
「っ・・・!」
セリアはビクリと身を竦める。
「そんなことは解ってるさ・・・だけどね」
闘護はニヤリと笑った。
「傷ついたのなら・・・それは、感情があるって事だ。ナナルゥにとっては進歩じゃないか」
「ト、トーゴ・・様・・・」
信じられないという目つきをするセリア。
「それにね・・・」
そんなセリアの様子を無視して闘護は続ける。
「子供達は孤児だ」
「こ・・・じ・・・?」
「そう。イースペリアの・・・ね」
そう言って、闘護の表情が微妙に翳る。
「イースペリア・・・“マナ消失”によって親を失った・・・?」
「ああ。そして“マナ消失”の責任は俺達にある・・・ならば、責任をとらなければならない」
「・・・」
「孤児達の面倒を見るべきだ・・・そう思わないか?」
「そ、それは・・・ですが、人間の子供ならば人間が・・・」
「その人間が足りない」
セリアの言葉を遮るように闘護は言った。
「子供の面倒を見る余裕なんて、今のイースペリアの人々には・・・まだ無い」
「・・・」
「ならば、少しでも助けるべきだ。違うかい?」
「それは・・・」
セリアは言葉を詰まらせた。
「本当は俺も手伝うべきなんだが・・・ナナルゥにやらせてやりたいと思ったんだ。理由はナナルゥの為だけじゃない・・・言わなくても解るよね?」
「人間とスピリットの共存・・・」
「そういうことだ」
闘護は頷く。
「これは、その一環・・・同時に、ナナルゥに感情を学ばせる事も目的としている」
「・・・」
「確かに、少し乱暴かもしれないが・・・暫く様子を見てやってくれないか?」
闘護は頭を下げた。
「トーゴ様・・・」
「君の懸念は解る。仲間が傷つくことを恐れるのは当然だ・・・だけど、感情において“傷つく”というものは大切なことなんだよ」
「・・・」
「頼む、セリア」
「・・・わかりました」
セリアの言葉に闘護は顔を上げた。
「セリア・・・」
「トーゴ様が決めてしまったのなら、私がこれ以上言っても仕方ないでしょう・・・その代わり、もしもの時は・・・」
「ちゃんと面倒を見るよ」
「・・・お願いします」
セリアは頭を下げた。
「ああ」
闘護の返事に頷くと、セリアは立ち上がった。
「それでは失礼します」
「ああ。お休み」
「はい」
セリアは頭を下げて出ていこうと、テントの出口に向かった。
「・・・あら?」
しかし、出口で立ち止まる。
「どうした?」
「ファーレーンが・・・」
「ファーレーンが?」
闘護は立ち上がると、出口に近づいた。
「ん?あれは・・・」
出口から外を覗き込むと、ファーレーンが神妙な表情で神剣を持って外に出ていた。
「こんな時間に何を・・・」
言いかけた闘護は、ファーレーンの次の行動に沈黙した。
「はっ!!はっ!!」
ヒュン!!ヒュン!!
ファーレーンは、駐屯地の端にある空き地で剣を振った。
「はっ!!はっ!!」
ヒュン!!ヒュン!!
【・・・】
闘護とセリアは離れたところでファーレーンを見ている。
「はっ!!はっ!!」
ヒュン!!ヒュン!!
「・・・表情が暗いね」
闘護が呟いた。
「はい・・・何か思い詰めているようです」
「どうしたんだろうか・・・?」
二人の会話に気付かないのか、ファーレーンは必死な様子で剣を振り続ける。
三十分後・・・
ガシッ
「はぁはぁはぁ・・・」
神剣を地面に突き、肩で息をするファーレーン。
「はぁはぁ・・・全然・・変わら、ない・・・」
「何が変わらないんだ?」
「!?」
声のした方を慌てて振り向く。
「と、トーゴ様・・・セリア・・」
「よう」
闘護は小さく手を挙げた。
「い、いつから・・・」
「あなたが素振りを始めた時からよ」
「・・・」
「で、何が変わらないんだ?」
闘護の問いかけに、ファーレーンは顔を背けた。
「い、いいえ・・・何でもありません・・」
「何でもないわけが無いだろう」
闘護は間髪入れず言った。
「前も同じように焦った様子で剣を振っていたが・・・」
「!!」
闘護の言葉に、ファーレーンはビクリを身を竦めた。
「ファーレーン・・・」
「・・・」
セリアの問いかけにもファーレーンは無言を貫く。
「・・・仕方ないな」
闘護は小さく首を振った。
「暫く君には前線から外れてもらおう」
【!?】
闘護の提案に、ファーレーンだけでなくセリアも驚愕した。
「な、何故ですか・・・?」
震える声で問いただすファーレーン。
「何故って、君は迷ってるからだ。そんな精神状態で、戦場に出たら・・・」
闘護はファーレーンをジロリと睨んだ。
「死ぬよ」
「・・・」
ファーレーンは唇を噛み締め沈黙する。
「大体、今日の戦闘も無茶をしていただろう。下手したら死んでたぞ」
「・・・」
「一体、どうしたんだ?」
闘護とセリアは心配そうな視線をファーレーンに向けた。
「・・・私は・・・変わらないんです・・・」
ファーレーンは唇を噛み締め、苦い表情のまま呟いた。
「・・・何が変わらないんだ?」
闘護が慎重に尋ねた。
「・・技も力も・・・伸びないんです。どれだけ訓練しても・・・」
「・・・」
『伸び悩み・・・か?』
ファーレーンの言葉に闘護は眉をひそめた。
「みんなが訓練で強くなっているのに・・・私は変わらない・・・それが凄く悔しくて・・・」
「ファーレーン・・・」
「それが焦る理由か」
闘護の言葉にファーレーンは力無く頷く。
「このままでは、取り残されてしまうと思って・・・」
『それで無茶してたら世話無いな』
そう思った闘護だが、矢庭に首を振った。
『だが・・・』
「ファーレーン。俺には、君の悩みが・・・解るよ」
「え・・・?」
「俺もね・・・最近、訓練で受けるダメージが多くなってきたんだよ」
闘護は苦い笑みを浮かべた。
「ダメージ・・・?」
「俺は君達に攻撃してもらって、それを防御する訓練をしてるだろ。だけどさ・・・以前は腕が痺れる程度だったのに、最近はアザがくっきり浮かぶことが多くなった」
【・・・】
「多分、君達の力が上がってきているからだろう・・・反面、俺は駄目だ。どれだけ体を鍛えても変わらない」
次第に闘護の笑みが自嘲のものに変わっていく。
「最近は、殆ど回避の練習ばかりだろ。あれはそういう理由があるからだ」
「そうだったんですか・・・」
心当たりのあるセリアが呟く。
「ファーレーン」
「は、はい」
「周りが強くなるのに自分は成長しない・・・焦るのも当然だ。だが・・・」
闘護はゆっくりとファーレーンに近づいた。
「自分は自分だ。周りを気にする必要はない」
「・・・」
「成長速度は人それぞれ・・・今は伸びなくても、焦ることはない。いつも通り訓練を続ければ、また強くなれる」
そう言って、ファーレーンの肩に手を置いた。
「トーゴ様・・・」
「重要なのは、今、伸び悩んでいることで迷いを持つことだ。例え、今は伸び悩んでいても、これまで積み上げてきた物がしっかりとあるならば、迷うことはない。それらが君を支えてくれる」
闘護は優しい笑顔で言った。
「な、ファーレーン」
「・・・はい」
ファーレーンは安堵の笑みを浮かべた。
「少し・・・安心しました」
「それじゃあ、お休み」
「はい。失礼します」
ファーレーンはペコリと頭を下げると、自分のテントに戻っていった。
「私も失礼します」
セリアがそう言って頭を下げた。
「ああ。お休み」
「はい」
セリアも戻っていき、闘護は一人になると空を見上げた。
「ふぅ・・・」
『やはり心のケアは難しいね』
─聖ヨト暦331年 スフの月 赤 一つの日 朝
ミネア、駐屯地
「ふわぁあ・・・」
テントから出た闘護は大きく伸びをする。
ジャリ・・
「トーゴ・・・」
「ん?」
声のした方を向くと、ニムントールが立っていた。
「ニム。どうしたんだ、こんな時間に?」
「・・・お姉ちゃんに何かしたの?」
ニムントールは探るような目つきで闘護に尋ねた。
「何かって?」
「この頃、ずっと沈んでたのに・・・今日は、凄く明るかったから」
「明るい・・・ね」
『吹っ切れたから、重荷が取れたみたいだな』
闘護は小さく笑った。
「・・・何か知ってるんでしょ」
「何かって?」
「とぼけないでよ!お姉ちゃんに何かしたんでしょ?」
ニムントールは闘護に詰め寄った。
「・・・アドバイスをしただけだよ」
「アドバイス?」
「そう。“自分は自分だ”ってね」
「“自分は自分”・・・?」
闘護の言葉にニムントールは首を傾げた。
「意味は自分で考えるんだな」
「・・・わかんない」
ニムは難しい表情を浮かべて首を振った。
「と、言われてもね。答える気はないよ」
「どうして?」
「ニム。君はファーレーンや俺に何か隠し事・・・もしくは、知られたくない事って無いかい?」
「えっ?」
突然話題が変わり、ニムントールは困惑する。
「誰にも知られたくない事・・・何かないかい?」
「知られたくない・・・」
「ないかい?」
「・・・」
ニムントールは闘護から僅かに顔を背ける。
その様子に、闘護は苦笑する。
「あるみたいだね・・・」
「・・・」
「だったら、そのことについて・・・誰かに追及されたい?」
「それは・・・ヤだけど」
「だろ?」
ニムントールの答えに、闘護は頷く。
「誰にだって知られたくないことはある。例え、どれだけ親しい存在にも・・・ね」
「・・・」
「わかったかい?」
闘護はかがみ込み、ニムントールと同じ高さで視線を合わせる。
「・・・」
「うーん・・・納得、いかないか?」
闘護の問いにニムントールは顔を背けた。
「ふぅ・・・困ったな」
闘護は小さく苦笑する。
「・・・なんで」
「ん?」
「何でトーゴに相談したの?」
そう言ったニムントールは、険しい表情を浮かべていた。
「何でって・・・」
「何でニムじゃなくてトーゴなの?」
「・・・」
『これは・・・嫉妬か?』
闘護は困ったように頭を掻いた。
「何で?」
「何でも何も、ファーレーンから相談した訳じゃないよ」
「え・・?」
闘護の言葉に、ニムントールは目を丸くする。
「たまたま、思い詰めた顔をしていたファーレーンに声をかけて、何を悩んでるのか聞き出しただけだ。それで、アドバイスをした・・・彼女から相談を持ちかけた訳じゃないよ」
「・・・じゃあ、何でニムが聞いても話してくれないのに、トーゴが聞いたら話したの?」
「それは、職権を行使したから」
闘護は肩を竦めた。
「職権・・・?」
「そう。副隊長という立場を使って言わせただけだよ」
「・・・」
信じていいのかどうか、迷うような眼差しで闘護を見つめるニムントール。
「・・・」
暫し沈黙したまま見つめ合う二人。
結局、根負けしたのはニムントールだった。
「・・・わかった」
顔を背けて小さく呟く。
「そうか」
闘護は僅かに安堵のこもった口調で呟く。
「ところで・・・みんなはもう起きたのか?」
「・・・ヘリオンがまだ寝てるけど」
「だったら、起こしてきてくれ。みんな一緒に朝食をとろう」
「うん・・・わかった」
「頼むよ」
そう言って、闘護はテントへ戻っていた。
その後ろ姿を、ニムントールはジッと見つめていた。
「・・・なんか、ムカつく」
その後、昼前に闘護達はミネアを出発、夜にラキオスへ帰還した。
ただ、ミネアへ向かう前とは異なり、ファーレーンの表情が微妙に明るくなっていたことを追記する。
─同日、夜
城の一室
「報告書は読みました」
レスティーナはゆっくりと言った。
「ナナルゥを孤児院で働かせると」
「はい」
闘護はゆっくりと頷く。
「陛下は反対ですか?」
「・・・いいえ」
レスティーナは首を振る。
「人とスピリットの交流を深めることですから」
「はっ・・・」
「ですが、子供を相手にすることには不安があります」
「・・・」
「子供は無邪気で無垢・・・それ故、残酷でもあります。そして、それはナナルゥにも言えること」
レスティーナは不安そうな眼差しを闘護に向けた。
「もしも何かあったら・・・」
「私が責任をとります」
闘護は即座に答える。
「私とて、これが賭であることは否定しません。不測の事態が起きる可能性は充分あります・・・」
「・・・」
「ですが、それでも私は試みるべきではないかと思います」
闘護はレスティーナを見つめた。
「人とスピリット・・・その関係を改善する為にも」
「・・・わかりました」
闘護の強い意志を感じ取ったレスティーナは頷いた。
「この件は貴方に一任します」
「はっ」