作者のページに戻る

─聖ヨト歴331年 シーレの月 緑 五つの日 昼
 闘護の部屋

 パタン・・・
 「ふぅ・・・」
 闘護は読んでいた本を閉じた。
 『マロリガン共和国・・・議会制とはいえ、議員は殆ど世襲制。おまけに、大統領は半ば傀儡で、長老と呼ばれる六人が政治を執り行っているか』
 小さく首を振った。
 「議会制が聞いて呆れる。何が共和国だ」
 吐き捨てるように呟くと、机の上に置かれたカップに手を伸ばした。
 コンコン
 「ん?誰だい?」
 「セリアです。頼まれていた本を持ってきました」
 「ああ、どうぞ」
 ガチャリ 
 「失礼します」
 セリアは三冊の本を持って部屋に入ってきた。
 「これでよろしいですか?」
 セリアは闘護の前に本を置いて尋ねた。
 「ん・・・」
 闘護はそれぞれの本をチェックしていく。
 「・・・ああ、ありがとう。助かったよ」
 「いえ」
 セリアは一礼する。
 「さて・・・」
 「トーゴ様」
 早速、一冊のページをめくろうとした闘護に、セリアが声を掛けた。
 「何だい?」
 「どうして、このような本を?」
 セリアは自分が持ってきた本を見た。
 「地図帳と経済は解りますが・・・政治の本は何に使うのですか?」
 「何って・・・読むんだけど?」
 「ですから、何故政治の本を読むのですか?」
 「何故って・・・興味があるからだけど?」
 「・・・では、どうして興味があるのですか?」
 闘護の返答に業を煮やしたのか、セリアは少しトゲのある口調で尋ねた。
 「これからぶつかる可能性のある国だからね。仕組みを知りたいと思ったんだよ」
 闘護は肩を竦めた。
 「仕組み・・・ですか?」
 「ああ。共和国なんて名前が付くんだ。共和制を取っているのなら、どんな政治をしているかと思ってね」
 「はぁ・・・」
 「ラキオスは王政、サーギオスは帝政。どっちも、トップが仕切る。だから、共和制を取っているマロリガンがどんな国かと思ったんだけどね・・・期待はずれだった」
 闘護はため息をついた。
 「期待はずれ・・・?」
 「議会を開いて政治をしてるんだ。国民なら誰でも政治に参加できると思ったんだけど・・・なんて事はない。結局は一握りの人間が国政を掌握してた。トップが複数いるだけで、後はラキオスやサーギオスと変わらない」
 「・・・」
 「なんだか、この世界の国は・・・気に入らないなぁ」
 闘護は背もたれに体重を預けて、両腕を頭の後ろに組んでため息をついた。
 「生活が豊かになることだけを優先しすぎる。人間だけを優先しすぎる。それ以外はどうなっても構わないって政治を続けて・・・いつか、取り返しのつかないことに・・・ん?」
 「・・・」
 セリアは唖然とした表情で闘護を見つめている。
 「どうしたんだ、セリア?」
 「・・・トーゴ様は、そんなことまで考えているのですか?」
 「そんなことって?」
 「国とか政治とかです」
 「ああ。悪いか?」
 「いえ・・・良いとか悪いとか、そういう問題じゃなくて・・・」
 セリアは闘護をジッと見た。
 「その・・・余裕があるんですね?」
 「余裕・・・?」
 「いろんな事を考える余裕です。失礼を承知で言いますが、ユート様はあまりそういう余裕がなさそうに見えるのに、同じ世界から来たトーゴ様はこれだけの余裕があるのが凄いと思って・・・」
 「・・・確かに、悠人に対して失礼だね」
 「す、すいません」
 闘護の言葉に、セリアは慌てて頭を下げる。
 「まぁ・・・悠人は悠人で頑張ってるんだ。俺と違って隊長だからね・・・俺の方がゆとりがあるのは間違いないよ」
 「ですが・・・ユート様は、第一詰め所で家事を手伝ったりしてるんでしょうか?」
 「・・・してないかもしれないな」
 「ユート様は、トーゴ様がなさっているような事務処理を出来るでしょうか?」
 「うーん・・・文字書きは出来ないって聞いたけど・・・」
 「ユート様は、ご自分のことを一人でなさることが出来るでしょうか?」
 「・・・さて、どうだろう」
 「ユート様は・・・」
 「ちょっと待った」
 言いかけたセリアに、闘護は手を振った。
 「なんだか随分とトゲがあるねぇ・・・ユートのこと、嫌いなの?」
 「いえ、そういうわけでは・・・ただ、私達の隊長の立場にある者がこれではと思いまして・・・」
 「・・・ま、否定できない所がイタいんだけどさ」
 闘護は肩を竦めた。
 「とにかく、悠人は悠人。俺は俺だ」
 「それは、そうですが・・・」
 「それに、悠人には悠人の良さがある。わかるだろ?」
 「・・・はい。トーゴ様のようにユート様は私達を仲間と見てくれています。私達を、その・・・道具ではなく、個人として見てくれています」
 「そうだ。同時に、悠人は俺と違って君達を率いて前線で戦うことが出来る」
 闘護は僅かに悔しそうな表情を浮かべた。
 「これらはスピリット達の隊長に必要な能力だ・・・だからこそ、悠人が隊長になってるんだよ。大体ね・・・」
 闘護は苦笑する。
 「何でもかんでも一人で出来る奴なんて、面白くないだろ?」
 「お、面白くない・・・ですか?」
 闘護の言葉にセリアは面食らう。
 「そう。そういう奴は、何でも自分でやっちゃって周りには何一つさせない・・・セリア。君は、そういう奴と一緒にいたいかい?」
 「そ、それは・・・」
 「退屈だよ、そんなの」
 答えに窮するセリアをおいて、闘護は肩を竦めた。
 「そんな一方的な関係はよくない」
 「・・・」
 「だから欠点があるからって悪く言っちゃダメだ。悠人は隊長以前に、共に戦う仲間だろ?」
 「は、はい」
 「だったら、悠人の欠点を俺達が補えばいい。お互いに助け合えばいいんだ」
 「・・・」
 「それが、仲間だ・・・そうだろ?」
 「はい」
 セリアは納得したように頷いた。
 「セリア。悠人を支えてやってくれ」
 「わかりました」
 セリアの返事に、闘護は満足げな笑みを浮かべた。
 「よし・・・ところで、話は変わるけど」
 闘護は目の前に積まれた本を軽く叩いた。
 「セリア。君は勉強は・・・嫌いかい?」
 「勉強ですか?」
 「そう」
 「いいえ、嫌いではありませんが・・・」
 「そうか・・・だったら、勉強してみないかい」
 「私が・・・ですか?」
 セリアの問いに、闘護は頷いた。
 「スピリットも教養を身につけるべきだ。特に、君はこの館の中で一番事務処理をしっかりとこなしてくれるからね」
 闘護はニヤリと笑った。
 「君がもっと手伝ってくれると凄く助かる。今のところ、館の事務はもちろん、スピリット隊の運用にかかわる事務は全て俺とエスペリアの二人でやってるんだけど・・・人手が欲しいんだ。どうだろう?」
 「わかりました」
 セリアはコクリと頷いた。
 「私でよければ・・・」
 「助かるよ」
 闘護は立ち上がると、本棚から一冊の本を取り出した。
 「これに、事務処理の方法・・重要書類の種類や、記述方法等がまとめられてる。これを読んで勉強してくれ」
 「はい」
 セリアは本を受け取ると、早速ペラペラとページを捲る。
 「うわぁ・・・凄く丁寧ですね」
 「エスペリア作、だよ」
 感嘆の声を上げるセリアに、闘護は苦笑する。
 「俺も、それを読んで勉強したんだ」
 闘護はセリアの肩に手を置いた。
 「期待してるよ」
 「はい!」


─聖ヨト暦331年 シーレの月 黒 二つの日 昼
 ラキオス城下町

 仕事の合間の休み・・・
 悠人と闘護はふと、城下町に足を伸ばしていた。

 コツコツ・・・
 「レムリア・・・いないかな」
 悠人は視線を僅かに動かしながら周囲を観察する。
 「さて・・・な」
 闘護もまた、悠人と同様に視線だけで周囲を見ている。
 「何処にいるか解らないんじゃな・・・」
 「だけど、俺は逢いたい・・・」
 「どうして?」
 「・・・たぶん、わからないから、かな」
 悠人の答えに、闘護は苦笑する。
 「変な奴だな」
 「変で悪かったな。じゃあ、何でお前はここにいるんだよ?」
 「・・・」
 悠人の問いに、闘護はしばし沈黙する。
 「闘護?」
 「・・・俺もレムリアに逢いたいな」
 闘護は悪びれた素振りも見せずに答える。
 「なんだ。お前も同じじゃないか」
 「そうだな・・・ははは」
 「ははは」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 「ま、二度あったんだから、三度目の偶然くらい起きてもいいと思うんだけどな・・・」
 「うーん・・・どうだろう?」
 闘護は首を傾げる。
 「・・・まぁ、流石に無理か。こうやってぶらつくのも、あんまりないしな・・・」
 悠人は少し残念な口調で呟いた。

 コツコツ・・・
 街の様子は変わらない。
 エトランジェ、ストレンジャーという存在にも慣れたのだろう。
 二人を意識することなく、ごく自然に日々を送っているように見えた。
 「何か、のんびり出来ていいな・・・」
 「そうだな」
 悠人の言葉に闘護は同意する。
 『今なら、人々を守るというのも、建前じゃないと思える。きっとレムリアへの親近感のせいだろうな・・・』
 悠人は心の中で呟いた。
 「さて、と・・・これからどうするかな」
 「うーん・・・」
 「ろくに探してるわけでもないし、これで逢えるとも思えないんだけ・・・ど?」
 「・・・あれ?」
 二人の歩みが止まる。
 視線の先の人物もそれは同じだった。
 呆けたような顔でパチパチと瞬きを繰り返し、信じられない様子で口を開く。
 「ユート、君とトーゴ、君・・・?え、ウソ・・・ホントに・・・?」
 「あー・・・」
 「むぅ・・・」
 予想外の出来事に、悠人はこめかみを押さえ、闘護は頭を掻きながら考え込む。
 『・・・まぁ、こういうときは』
 『とりあえず・・・』
 「・・・久しぶり、レムリア」
 「久しぶりだな」
 「うんっ。久しぶり」
 愛らしい顔に、照れたような笑顔を浮かべ、真っ直ぐに二人を見る。
 驚きはあるだろう。
 だが、それ以上に純粋な嬉しさが見えた。
 「えっと。それじゃ、約束通り・・・」
 カサ─
 嬉しそうに、大きなバスケットを掲げてみせる。
 「デートしよっか?」
 二人に異論はなかった。

 「とうちゃ〜〜く」
 「へぇ、ここはまた・・・」
 「ふむ・・・」
 悠人と闘護は周囲を見回す。
 レムリアに導かれ、街の外れまで来ていた。
 川沿いの草原で、デート場所には最適だろう。
 「ここは初めて来たな」
 「ああ」
 悠人の言葉に闘護が頷く。
 「前の高台と同じで、ここもとっておきの場所なんだよ♪どうかな?」
 「ああ、気に入ったよ」
 「悠人と同じく気に入った。いいね」
 「へへ〜♪良かった」
 レムリアはあからさまにホッとした表情で胸をなで下ろす。
 「あ、そうだ。はい、そっち持って〜」
 レムリアは持ってきた敷物を嬉しそうに振る。
 それはまるで遠足にはしゃぐ子供のようだ。
 「俺達がするよ」
 闘護がレムリアに手を差し伸べる。
 「じゃあ、お任せするね」
 レムリアから敷物を受け取った闘護は、もう一方の端を掴んでいる悠人を見た。
 「悠人、持ったか?」
 「持ったぞ」
 「よし!」
 バサァッ
 端を持ち、タイミングを合わせて芝生の上に広げる。
 大きさは三人が座ってやや余裕がある程度。
 「よいしょっと。ん、ありがと〜」
 レムリアが最初に敷物の真ん中に腰を下ろす。
 「どういたしまして」
 悠人が答えると、闘護も頷く。
 「さ、二人ともも座って」
 【はいはい】
 言われるまま、二人はそれぞれレムリアの左右斜め前─ちょうど、レムリアと向き合うように陣取る。
 二人が座るのを見届けると、レムリアは満面の笑みでバスケットから三段になった重箱を取り出した。
 「ふふふふふふ・・・」
 「お、おぉ・・・」
 「っと・・・」
 レムリアから異様な迫力を感じて二人は後退る。
 『重箱の中身は、前回約束したアレだろうな・・・』
 『レムリアの笑みに自信の輝きが見える・・・』
 悠人と闘護は内心呟いた。
 「見よ!この豪華なお弁当を!」
 【おおっ!!】
 レムリアの声と共に、重箱の蓋が取り去られる。
 その自信に溢れた態度に期待も高まった。
 二人の視線は、否応なくその中身に引き寄せられ─
 【おおおおっっ!?】
 驚愕の叫びを最後に言葉を失った。
 『何だ、コレは・・・?』
 『えっと・・・コレは・・・?』
 「ふふ〜〜ん♪」
 得意げに胸を張るレムリアの前で二人は途方に暮れる。
 今見えている部分─つまり重箱の一番上の段には二種類のおかずが入っていた。
 片や几帳面なほどキッチリと作られたピーマンの肉詰め。
 そして、片や切断面に鮮やかな赤紫の映える謎のコロッケ。
 『リクェムの肉詰め・・・』
 『このコロッケみたな料理は・・・ヤバーい気が・・・』
 悠人と闘護はゴクリと唾を飲み込む。
 二人とも、こめかみに冷や汗が浮かんでいた。
 「〜〜〜♪」
 二人は気付かれないようにチラリとレムリアを見た。
 上機嫌そのもので、二人の一挙手一投足に注目しているのが明らかだ。
 【・・・】
 悠人と闘護は顔を見合わせる。
 『どっちを選んでも・・・ヤバイ、よな?』
 『だけど・・・逃げ場は・・・ない、か?』
 目で会話をする二人。
 【・・・ゴクリ】
 緊張から、二人の喉が鳴る。
 「あ、我慢しなくていいんだよ?お行儀も大切かも知れないけど、男の子はがっついているくらいの方が良いよね♪」
 「え、あ、ああ」
 「そ、そうかもな」
 適当に答える悠人と闘護に、ずいと迫ってくる重箱。
 レムリアは喉の鳴った理由を完璧に誤解していた。
 「さぁ、召し上がれ〜♪」
 「お、おう!」
 「あ、ああ!」
 改めて二人は中身を見る。
 『リクェムだ・・・リクェム=ピーマン。ピーマンなんて食べられるはずがない・・・だって、ピーマンだし』
 「・・・」
 苦悩する悠人。
 『コロッケに似てるが・・・赤紫を中心に様々な色が混ざってる。正体は何なんだろう?毒物、劇物、エトセトラ・・・間違っても身体に良いわけないよな』
 「・・・」
 苦悩する闘護。
 だがしかしいつまでもそうやっているわけにはいかなかった。
 「どうしたの、二人とも?」
 いつまで経っても食べようとしない二人に、レムリアは首を傾げる。
 「い、いや・・・」
 「な、なんでもないよ・・・」
 悠人も闘護も冷や汗を掻きながら答える。
 【い、いただきます】
 「はいっ、どうぞ」
 二人は再び顔を見合わせる。
 『俺は何があってもピーマンは選べないから。コロッケもどきにいってみるよ』
 『じゃあ、俺がリクェムの肉詰めを食べてみるよ』
 互いの獲物を確認し合って覚悟を決めた。
 まず、悠人の挑戦が始まった。
 グジュッ
 掴もうと力を込めた瞬間、衣の隙間から青緑色をした謎の液体が滲み出る。
 「・・・」
 悠人の目が涙目になる。
 「遠慮無く一杯食べてね!」
 そんな悠人の懊悩に気付くことなく、レムリアは笑う。
 「私って男の子とデートも初めてだし、お弁当なんて作ってきたのも初めてだから・・・ふふ、なんだか緊張しちゃうよ♪」
 緊張を口にしながら、レムリアの頬は緩みっぱなしだった。
 その浮かれぶりとは対照的に、二人の肝は冷えていく。
 「コレ作るの大変だったんだよ〜。ユート君とトーゴ君の為じゃなかったら、こんな事絶対に出来ないもん」
 「それは・・・光栄だな」
 「ああ・・・本当に」
 「でしょでしょ〜。この、幸せ者〜♪」
 【はは、ははは・・・】
 二人の口から乾いた笑いが漏れた。
 悠人は幸せそうな声を聞きながら、料理を口に近づける。
 その様を、闘護は真剣な表情で見つめる。
 悠人は、少しつんとした匂いを放つソレを口の中に放り込み・・・

 ブツッ・・・

 「ユート君っ、ユート君っ!?」
 「悠人!!しっかりしろ!!」
 ガシガシ!!
 「・・・はっ!」
 「ど、どうしたの?いきなり止まっちゃったけどっ!!」
 「え、あ・・・何か、別世界が見えたような気がして・・・」
 悠人は呆けた表情で呟いた。
 「えっ・・・そ、それって、そんなに美味しかったって事なのかな?」
 レムリアは心配そうな表情から一点、笑顔になる。
 「・・・」
 一方、闘護は真っ青になる。
 「ふふふ・・・そんな、照れちゃうよぅ〜♪ユート君ってば大袈裟なんだから〜〜♪」
 『大袈裟・・・じゃないよな』
 「天に召されるかと思った・・・」
 「それを言うなら天にも昇る気持ちだよ。あ・・・でも、やっぱり、それはちょっと褒めすぎじゃないかなぁ・・・ふふふ〜♪」
 凄まじくポジティブな解釈をして、レムリアは嬉しそうに身をよじる。
 「・・・」
 闘護は青い顔のまま重箱を見つめる。
 『次は・・・行かないと駄目だよなぁ』
 心の中で覚悟を決めると、リクェムの肉詰めに箸を延ばす。
 「そっちも自信作なんだよ〜♪」
 レムリアの言葉に愛想笑いを浮かべながら、闘護はゆっくりと料理を口に近づける。
 『えぇい・・ままよ!!』
 決死の表情を浮かべながら、一気に料理を口の中に放り込んだ。
 パクッ・・・
 「ムグムグ・・・ン・・・ング・・・ゴクン!」
 「・・・どう?」
 レムリアが期待の眼差しで闘護を見つめる。
 咀嚼したものを飲み込んだ闘護は、目を丸くして一言。
 「・・・美味い」
 「ホント!!やったぁ!!」
 闘護の感想に、レムリアは満面の笑みを浮かべた。
 「本当か、闘護!?」
 悠人は信じられないような表情で尋ねる。
 「ああ。リクェムの肉詰めだよ。ちゃんと味付けはされてる」
 「・・・リクェムの肉詰め?」
 「そう。リクェム・・・まんま、リクェムの味があるよ」
 闘護は悠人がリクェムを嫌っていることを知っている。
 「・・・」
 悠人はゴクリと唾を飲み込んだ。
 「やっぱり、美味しいって言ってもらえると嬉しいなぁ♪」
 そんな二人のやりとりなど目に入らないのか、レムリアはニコニコ笑っている。
 その様子に、二人は苦笑する。
 『普通の女の子だな・・・やっぱり』
 『楽しそうだな・・・』
 闘護と悠人は内心呟く。
 「さて・・・」
 「ふぅ・・・」
 二人は再び重箱に視線を移す。
 『今をどう乗り切るか』
 悠人は胸の前で十字を切り、信じてもいない神に祈りを捧げる。
 『・・・神に祈りたくもなるわな』
 その様子を闘護は笑えなかった。
 「ん・・・ユート君、それって何?」
 「え?」
 「ほら、今指をササッて動かしたやつ」
 「あー、気にしないでくれ。俺の世界でのおまじないみたいなもんだから」
 「おまじない?ユート君もおまじない好きなの?」
 「そういう訳じゃないけど・・・レムリアは好きなのか?」
 「うん。普通の女の子はおまじない好きなものなんだよ」
 「普通・・ねぇ」
 「あ〜〜、なんか疑ってる?」
 上目遣いで抗議してくる。
 「・・・」
 闘護は微妙に探るような目つきで悠人を見つめる。
 「疑うなんてとんでもない」
 「本当に〜〜〜?」
 「本当だって」
 悠人は笑って答える。
 「うん。許してあげる♪」
 「そいつはどうも」
 「ふふふふふ〜〜♪」
 嬉しそうに笑うレムリア。
 『すっごく嬉しそうだなぁ・・・今日のレムリアは、これまでにも増して明るいや』
 レムリアの様子に悠人は思った。
 『どうやら、正体に気付いた訳じゃないみたいだな』
 一方、悠人の様子に闘護は内心安堵する。
 「でも・・・まだ信じられないなぁ」
 「・・・ん?」
 「あのね。私、今日初めてお弁当作ってきたんだよ。それなのにこうやって逢えるなんて・・・私達って、やっぱり運命で結ばれてるんだね♪」
 ニコニコとしているレムリア。
 【・・・】
 この上なく上機嫌で、二人の頬を流れている汗に気付いている様子はない。
 「・・・あ、ずっと話しちゃってごめんね。さ、食べて食べて〜。まだたっくさんあるんだから」
 「れ、レムリアは食べないのか?」
 悠人は必死の口調で尋ねる。
 「え、私?私はいいよ〜、コレはユート君の為に心を込めて作ったんだから!」
 レムリアは手を振る。
 「しかし、こういうのはみんなで一緒に食べた方が美味いよ」
 闘護も悠人に加勢する。
 「あ、そうだよね・・・」
 顎に手を当て、考える仕草。
 やがてすまなそうに手を合わせると、チョコンと頭を下げた。
 「・・・ごめんっ!作る時に一杯味見しちゃって、もうお腹一杯なんだよ」
 『味見・・・したのか?これで!?』
 『確かにリクェムの肉詰めについては、味が調っていたが・・・コロッケもどきは!?』
 悠人と闘護は唖然とする。
 「だから〜。さぁさぁ、遠慮しないで♪」
 「う・・・」
 「む・・・」
 逃げ場を失った二人は、再び重箱を見つめる。
 【い、いただきます】
 押し切られる形で頷く。
 『さて、今度はどちらに箸を伸ばすべきか・・・コロッケの破壊力は体験済み、ならばピーマンの肉詰めを選ぶべきだろうか?闘護も美味いって言ったし・・・でも、ピーマン・・・』
 『うーむ・・・やはりリクェムの肉詰めを選ぶのがいいだろうな。悠人が意識を失うぐらだし・・・というか、本当に味見をしたのか?』
 二人は考える。
 「ほら、二人とも。今度は別のを食べてみて〜♪」
 【・・・はい】
 悩んでいる内にレムリアによって次に食べるものを決められてしまった。
 『うぅ・・・退路は断たれた・・・これはもう覚悟を決めるしかないか・・・いや、無駄を承知でもう少しだけ抵抗を・・・』
 「本当にいい天気だよなぁ・・・」
 悠人は突然話題を振った。
 「?」
 闘護は目を丸くするが、レムリアはなんの疑いもなく返事をする。
 「ん〜〜、そうだね〜♪」
 「芝生の上で寝たら気持ちいいだろうな」
 「え、芝生の上にそのまま?」
 「ああ。こう、草の匂いとか地面の暖かさとか感じながらさ。普通しないか?」
 「普通・・・う、うんっ、するよね」
 レムリアは若干慌てて肯定した。
 『レムリア・・・レスティーナが解らないのは仕方ないとして、普通するか?』
 闘護は内心首を傾げる。
 『なんで慌てるんだ?・・・まぁ、いいか』
 一方、悠人はそんなレムリアの様子を気に留めなかった。
 「それじゃ、あとでお昼寝しよっか?」
 レムリアの提案に悠人と闘護は顔を見合わせた。
 「昼寝か・・・それもいいな〜。たまにはのんびり過ごさないと、頭が死んじまう」
 「・・・確かに、いいかも」
 「へっへ〜〜。それじゃ、膝枕してあげようか?」
 「膝枕か〜、それもい・・・いぃっ!?」
 うっかり答えかけた悠人に、レムリアはニヤ〜ッとイヤらしい笑みを浮かべた。
 口元に手を当ててパタパタと振る。
 「ふふ〜ん、やっぱり嬉しいものなんだ〜♪」
 「ったく、正直だな」
 闘護は呆れたように肩を竦めた。
 「いやっ、ち・・・違わないけど違うぞ!!いやいやいや、嬉しくはあるけどやってくれって言ってるわけではなくてだな!!」
 「ふふふふふ〜〜、ユート君ってイヤらしいんだぁ〜♪」
 「うがぁぁああ〜〜!!」
 悠人は大声を上げ、誤魔化すように目の前の弁当の中身を頬張る。
 ガブッ!!
 「&◇●$&☆□〜〜〜〜ッッ!!!」
 苦く、青臭く、悠人の口の中に絶妙に嫌な風味が充満する。
 『ピーマンの味!!』
 「ぐぅっ・・・むぐっ、む〜〜〜っ!!」
 「お、おい、悠人」
 「わ、喉に詰まっちゃった!?んもぅ〜、そんなに慌てて食べるから〜」
 レムリアはバスケットの中から水筒を取り出すと、テキパキとお茶を淹れてくれた。
 悠人はコップを受け取ると、味を感じないように口の中の物を飲み下す。
 「・・・ふぅ、はぁ・・・助かった、レムリア」
 「大丈夫か、悠人?」
 「ああ、なんとか」
 「くす・・・こんなので死んじゃったら格好つかないよ?」
 レムリアの言葉に、悠人は苦笑する。
 「そうだな。敵と戦ってとかなら、それなりに映えるんだろうけど」
 「あ〜、それでもダメだよ。こうやって仲良くなれたんだから、勝手に死んじゃダメ!せっかくの運命がもったいないよ!!」
 悠人は仮定の話のつもりだったが、レムリアは本気で心配しているようだった。
 「はは・・・運命がもったいない、か」
 「む・・・笑わないでよぅ。ちょっとだけ、本気で言ってるんだから」
 「オッケー、オッケー。レムリアの為にも死なないよ」
 「・・・ホントに?」
 「ホントホント」
 「な〜んか、軽いなぁ・・・」
 「気のせい気のせい」
 「説得力無〜〜い!」
 今度はさっきまでと一転してむくれる。
 「ははは・・・」
 二人のやりとりに、闘護が笑い出す。
 「まったくぅ・・・」
 「ま、俺だって死にたい訳じゃないし、絶対に生きて帰ってくるさ」
 「ん・・・信じてるからね」
 「おう。任せとけ」
 力強く頷くと、レムリアの顔にも笑みが戻った。
 無邪気な様子で重箱をずいっと二人の前に突き出す。
 「それじゃ、しっかりと力つけとかないとね。いっぱい食べて♪」
 「・・・おう、任せとけ」
 「ああ・・・」
 再び悠人と闘護は重箱に重い視線を落とす。
 『二段目以後はどんな物が待っているのか・・・』
 『考えるのも恐ろしいが、彼女をがっかりさせるわけにもいかないな・・・』
 二人は覚悟を決めると箸を延ばす。
 グジュグジュッ。
 コロッケ(もどき)から、再び湧き出る青緑っぽい液体。
 『・・・とりあえず、自分の生命力を信じよう』
 『生き残れますように・・・』
 悠人と闘護は内心祈りながら料理を口に運んだ。


 「ごちそうさま・・・でし、た・・・」
 「ごちそう・・さま」
 「うんうんっ、よく食べたねぇ〜。多すぎるかなって思ったけど、全部食べちゃうんだもん。さっすが男の子♪」
 【は、はは・・・】
 二人は引きつった笑みを浮かべた。

 実際、二人とも何度箸を置こうとした。
 だが、その度にレムリアがこの世の終わりのような表情になってしまい、結局箸を動かし続けるしかなかった。

 『俺も弱いな・・・』
 『ハァ・・・腹、大丈夫かな』
 悠人と闘護は食後のお茶を啜りながら嘆息する。
 『思えば食事中にも、このお茶には随分とお世話になったな・・・』
 「ん・・・でも、このお茶、何処かで飲んだことがあるような気がするな・・・」
 悠人がふと呟いた。
 「え、そ、そうかな?」
 レムリアが動揺する。
 「あ〜〜、ほら、流行ってるやつだから!!」
 「そっか。流行か・・・」
 『それなら何処かで飲んだことがあるだけだろうな』
 レムリアの言葉に、悠人は納得する。
 「よく覚えてるな」
 闘護は感嘆の口調で言った。
 「まぁな。お茶の味はエスペリアに鍛えられてるんだから」
 悠人は得意げに言った。
 「成る程」
 闘護は納得したように肩を竦めた。
 「はぁ〜〜♪でも、目の前で食べてもらうのがこんなに嬉しいなんて知らなかったなぁ」
 「へぇ、やっぱり嬉しいものなんだ?」
 「そりゃそうだよ。きっとこれが料理の醍醐味だね♪・・・今日初めて作ったんだけど」
 「ふ〜〜ん」
 「確かに、それは自分で作らないと解らないからな」
 闘護が頷く。
 「料理の醍醐味か」
 『そう言えば、以前佳織も似たようなことを言っていた気がするなぁ』
 悠人は小さく頷く。
 「毎日こうやってのんびり過ごせたらいいのになぁ・・・」
 「レムリアも普段から忙しいのか?」
 「え・・・あ、うん、それなりにね〜。戦争で苦労するのは戦う人だけじゃないって事だよ」
 「なるほどな・・・」
 『言われてみればもっともだな』
 悠人は頷く。
 「・・・」
 『政治か・・・戦争よりも難しいかもしれないな』
 闘護は小さく嘆息した。
 「じゃあ、せめて今くらいはのんびりしとくか」
 悠人の提案に、闘護とレムリアは頷く。
 「いいねぇ」
 「さ〜んせ〜い。私もゴロゴロする〜〜」
 悠人と闘護が芝生の上に横になる。
 すると、レムリアは二人の間に入ってきた。
 草の匂いに混じって、フワリと甘いような香りがする。
 『こうやって女の子とのんびり過ごしてるなんて、現実感無いなぁ。異世界で戦う・・・こんな今の状況よりは、よほどありそうなものなのに。すっかり、戦いに慣れてしまったのかな・・・』
 『こういうことをしてると・・・戦争してるって現実を忘れるな』
 悠人と闘護はそれぞれ心の中で呟く。
 「ふぁ〜〜。ホントだぁ・・・これ、気持ちいいねぇ」
 疲れが溜まっているのか、レムリアの声は既に夢心地だった。
 悠人と闘護も、満腹感が手伝って徐々に瞼が重くなってくる。
 「あ〜〜、眠いな・・・」
 「このまま寝るか・・・」
 「いいねぇ〜、のんびりお昼寝するのは贅沢だし〜・・・」
 「レムリアは初デートがそんなんで良いのか・・・?」
 「んふ〜、男と女がデートして一緒に寝るのは自然なことなんだよぅ〜」
 悠人の問いかけに、ボンヤリとした声で、オヤジギャグギリギリのセリフを飛ばす。
 「おいおい、意味わかって言ってるのか・・・?」
 闘護が突っ込む。
 「んぅ〜〜〜?」
 レムリアの眠そうな返事。
 悠人も闘護もレムリアも、軽口を叩きながら眠りの淵に落ちていく。
 街の方から聞こえる喧騒も遠のいていく。
 「・・・喧噪?」
 「ん・・・?」
 悠人と闘護は異変を感じて飛び起きる。
 街の方から聞こえてくるざわめきは、普段のそれとは明らかに違っていた。
 「どぉしたのぉ・・・?」
 「レムリア、起きろ。町の様子がおかしい!!」
 悠人は細い腕を掴んで引っ張り起こす。
 「やぁん・・・襲うんなら暗いところでぇ・・・」
 「おいっ、さっさと起きろ!」
 闘護が厳しい表情で叱咤する。
 「何かヤバいぞ!」
 「んん〜〜〜?」
 レムリアは眠そうに目を擦りながら顔を上げる。
 だが、二人の表情から状況を悟ると、一気に顔を引き締めた。
 「頭、はっきりしたか?」
 闘護が尋ねる。
 「うん!はっきりした・・・けど、何が起きてるの?」
 「わからない」
 ドォンッ!!
 爆発音、ついで煙が立ちこめる。
 遠目に見ても、街で異常が起きているのは疑いない。
 「あれは・・・スピリットの攻撃か?」
 「ここからじゃ解らないな。悠人、スピリットの気配は?」
 「駄目だ。もっと近くに行かないと解らない」
 「せ、攻めてきたのかな?」
 「わからない・・・だけど行くしかない。闘護!」
 「ああ!」
 二人はレムリアを見た。
 「悪い、レムリア。デートはここまでだ」
 「うん。仕方ないね」
 悠人の言葉にレムリアは頷く。
 「えっと・・・また、逢えるよね?」
 「今日逢えたのだって奇跡みたいなもんだろ?今更一つや二つ奇跡が増えても変わらないさ。弁当のお礼に焼きたてワッフルを奢ってやるから、楽しみにしといてくれ」
 「・・・うん、わかった。ちなみにヨフアルだよ!」
 悠人の冗談に、レムリアはクスリと笑顔を見せてくれる。
 「悠人」
 「ああ。じゃあ、行ってくる」
 「行ってらっしゃい。気をつけてね」
 「ああっ!怪我しないように、騒ぎが収まるまで隠れてろよ!」
 最後に悠人が言い残すと、二人は騒ぎの中心に向かって全力で走り出した。

 侵入してきたスピリットの破壊工作だったのだが、結局どの国の手の者かはわからなかった。
 マロリガンか、それともサーギオスか。
 どちらにせよ、もう一度防衛体制を見直す必要があった。
 詳細は、妙にやる気のレスティーナに任せ、二人は元の業務に戻った。


─聖ヨト歴331年 シーレの月 黒 四つの日 昼
 訓練所

 「ふぅ・・・」
 「ん?」
 闘護は苦しそうな表情でベンチに座っている悠人を見つけた。
 「どうしたんだ、悠人?」
 「あ、ああ・・・闘護か」
 「随分と苦しそうだが・・・体調、悪いのか?」
 「ちょっとな・・・」
 そう言ってハァとため息をつく悠人。
 「うっ・・!」
 その時、悠人が腹を抱えて苦しそうにうずくまる。
 「・・・腹の調子が悪いのか?」
 「あ、ああ・・・」
 「変な物でも食ったのか」
 「・・・」
 闘護の問いに、悠人は沈黙する。
 『もしかして、先日のレスティーナの・・・いや、違う』
 「そういえば、第一詰め所のみんなも体調が悪そうだったな・・・」
 「・・・」
 「食中毒か?」
 「い、いや・・・」
 「じゃあ、何なんだ?主力のみんなが不調じゃ、いざというときに困るんだがな」
 闘護はため息をついた。
 「・・・わかってるって」
 悠人はブスリと答えた。
 「ったく・・・あ」
 その時、闘護はエスペリアがやはり沈んだ表情で歩いているのを見つけた。
 「おーい、エスぺリア」
 「はい・・・」
 闘護の呼びかけに反応し、エスペリアが二人の方を向く。
 「ちょっと来てくれ」
 闘護が言うと、エスペリアはトコトコと近寄ってきた。
 「何ですか?」
 エスペリアは疲れた表情で首を傾げた。 
 『妙だな・・・随分、元気がない』
 「体調が悪いみたいだが・・・大丈夫か?」
 「だ、大丈夫です」
 闘護の問いに、エスペリアは元気のない口調で答えた。
 「・・・何かあったのか?」
 「何でもありません」
 「何でもないって・・・」
 闘護が言い掛けたその時、闘護の耳に話し声が聞こえてきた。
 「う〜」
 「だ、大丈夫、オルファ?」
 「うん・・・う〜」
 「全然大丈夫そうじゃないけど・・・何かあったの?」
 「な、何でもないよ・・・」
 「でも、凄く辛そうだよ?」
 「ちょっと、お腹を壊しただけ、だから・・・」
 「何か変なものでも食べたの?」
 「えっと・・・」
 「教えてくれよ」
 「!?」
 突然の闘護の参加に、オルファリルは吃驚する。
 【トーゴ様】
 オルファリルと話していたネリーとシアーが闘護を見る。
 「悠人達も調子が悪いみたいだが・・・」
 「・・・」
 オルファリルはチラリと闘護の後にいる悠人とエスペリアを見た。
 【(フルフル)】
 二人は無言で首を振る。
 「な、何でもないよ」
 「・・・」
 闘護は後ろの二人に懐疑的な視線を向ける。
 すると、二人とも俯いて闘護から視線を外す。
 「ったく・・・」
 『何を隠してるんだ・・・?』
 闘護は頭を掻いた。
 その時、闘護の耳に話し声が聞こえてきた。
 「アセリア、どうしたの?今日は動きにキレがなかったけど・・・」
 「何でもない・・・」
 「何でもないって・・・」
 「何でもない・・・」
 「本当に何でもないのか?」
 「!?」
 突然の闘護の参加に、アセリアはビクリと身を竦める。
 「トーゴ様」
 アセリアと話していたセリアが闘護を見る。
 「第一詰め所のメンバー全員が調子が悪そうだが・・・」
 「何でも・・・っ」
 言い掛けたアセリアは、顔を歪めてお腹を押さえる。
 「ア、アセリア!!」
 セリアが慌ててアセリアの肩を持つ。
 「おい、大丈夫か!?」
 闘護も血相を変えた。
 「ん・・・大丈夫」
 アセリアは額に汗を浮かべながら答える。
 「・・・なぁ、悠人」
 闘護は振り返った。
 「何があったんだ・・・?」
 「・・・」
 悠人は苦い表情で沈黙している。
 「エスペリア」
 闘護は真剣な表情でエスペリアを見た。
 「な、何ですか?」
 「・・・何か変なものでも食べたのか?」
 闘護の問いに、エスペリアはブンブンと首を振った。
 「た、食べてません!!」
 「・・・エスペリア」
 闘護はジト目をエスペリアに向けた。
 「・・た、食べて・・ない・・・です」
 エスペリアの口調が弱くなる。
 その様子に、闘護はため息をついた。
 「ま、言いたくないならいいけど・・・」
 闘護は悠人を見た。
 「マジで気をつけろよ」
 「ああ・・・わかってる」
 「エスペリアも・・・」
 続いて、闘護はエスペリアに視線を向けた。
 「第一詰め所の台所の責任者は君なんだから。しっかりしてくれよ」
 「は、はい・・・」
 エスペリアはシュンとする。
 「・・・ユートもエスペリアも悪くない」
 その時、アセリアがボソリと言った。
 「アセリア?」
 「悪いのは私・・・」
 アセリアの言葉に、悠人達第一詰め所のメンバーは何か止めるように、闘護達第二詰め所のメンバーは興味津々にアセリアを見た。
 「何があったんだ?」
 闘護が尋ねた。
 「昨日、私が作った料理を食べた。それが原因・・・」
 アセリアの言葉に、闘護は眉をひそめた。
 「それってつまり・・・」
 「アセリアの料理が悪かった・・・ということ?」
 セリアが目を丸くしながら言った。
 「ん」
 アセリアはコクリと頷く。
 「・・・」
 闘護は無言で悠人を見た。
 「・・・」
 悠人はバツが悪そうに顔を背ける。
 【・・・】
 他の面々も沈黙してしまう。
 周囲に重い空気が充満した。
 『マズッたな・・・何とかしないと』
 闘護は焦りを出来るだけ隠して、頭の中で思案する。
 「ア、アセリアはまだ料理を始めたばかりですから・・・」
 「そ、そうだよ!練習すればうまくなるよ!!」
 エスペリアとオルファリルが必死でフォローする。
 『これだ!!』
 「そうだな」
 二人の様子を見て、闘護は頷いた。
 「練習すればうまくなる。始めたばかりなら仕方ないだろ・・・なぁ、悠人」
 「あ・・あ、ああ、闘護の言う通りだ!」
 悠人は慌てて頷いた。
 「君たちだってそう思うだろ?」
 闘護はセリア達を見た。
 「え、ええ。もちろんです」
 「そ、そうだね」
 「う、うん」
 セリア、ネリー、シアーの3人はそれぞれフォローする。
 「アセリア。練習して美味しい料理が作れるようになったら、俺たちにもその腕前を披露してくれよ」
 「ん・・・わかった」
 闘護の言葉に、アセリアは心なしか嬉しそうに頷いた。


─同日、夕方
 訓練所

 訓練が終わった帰り道・・・

 「闘護!!」
 「ん?」
 後ろから声を掛けられ振り向くと、悠人が近づいてきた。
 「はぁはぁ・・・」
 「どうしたんだ?そんな急いで」
 荒い息をついている悠人に、闘護は尋ねた。
 「い、いや。ちょっと、礼を言いたくてさ」
 「礼?」
 「アセリアのことだよ」
 漸く息を整えた悠人は、闘護を見た。
 「昼休みに、アセリアを励ましてくれて有り難う」
 「励ましたって・・・あぁ、あれか」
 闘護は頭を掻いた。
 「いや、あれは俺が不用意に聞いて彼女を傷つけたからさ。元気づけようと思って・・・」
 「アセリア、あの後“もっと料理を練習する”って言ってたよ。やる気が出たみたいだ」
 悠人は嬉しそうに言った。
 「そうか・・・楽しみだな」
 闘護も笑って頷いた。


─聖ヨト歴331年 シーレの月 黒 五つの日 昼
 ラキオス城下町

 その日、闘護、ヒミカ、ハリオンの三人はラキオス城下町の警護をしていた。

 「特に異常はありませんね」
 「ああ。だが、油断は出来ないぞ。先日の一件があるからな」
 「はい」
 「でも、もう少しで終わりですし、頑張りましょう〜」
 ハリオンがノホホンと言った。
 「まぁ、そうだな・・・ん?」
 「どうしました、トーゴ様?」
 「いや・・・何か良い匂いがしないか?」
 闘護はキョロキョロと辺りを見回す。
 「これは、ケーキの香りですね〜」
 ハリオンが答えた。
 「あ、あそこからですよ」
 ヒミカが指差した先には、小さな人だかりがあった。
 「ちょっと、のぞいてみませんか〜」
 ハリオンの提案に、ヒミカは顔をしかめる。
 「駄目よ。今は仕事中なんだから」
 「仕事っていっても、もう終わりでしょ〜」
 「だったら、先に終わらせたらいいでしょ」
 「でも〜」
 「ま、のぞくだけだからな。少しぐらいならいいだろ」
 闘護の言葉に、ヒミカは目を丸くする。
 「トーゴ様まで・・・」
 「のぞくだけだって」
 『どうせ、持ち合わせが無いから買えないし』
 闘護は心の中で呟く。
 「ほらほら、ヒミカ、トーゴ様、行きましょう〜」
 ハリオンは闘護とヒミカの手を引っ張る。
 「ちょ、ちょっと!?」
 「おっとっと・・」

 「ここか・・・」
 少し離れたところに出来ている人だかり。
 人だかりの中心にはケーキ屋があった。
 三人は人だかりの隙間からカウンタをのぞく。
 「へぇ・・・繁盛してるな」
 闘護の呟きどおり、店はたくさんのお客で繁盛していた。
 カウンタでは、店員が客の注文を聞いて幾つものケーキの箱を用意している。
 カウンタの横では、ケーキを作るキッチンがガラス張りになっていて、中を見ることが出来る。
 「忙しそうに動いてますね〜」
 「大変そう・・・」
 ハリオンとヒミカはキッチンをじっと見ている。
 キッチンでは、ケーキ職人が数人、何かの生地を練ったり、こねたりと、せわしなく動いている。
 「ん・・・?」
 闘護はその中で、ケーキを練っている職人の動きに注目する。
 「なんだか、あの職人・・・動きがぎこちないな」
 「どの職人ですか?」
 「ほら、奥で生地を練ってる・・・」
 「あらあら、本当ですね〜」
 「ちょっとふらついてますね」
 「危なっかしいなぁ」
 「あ、怒られてますよ」
 「仕方ないさ。あれじゃあね」
 「しょんぼりしてますね〜」
 「また、生地を練り始めて・・・って、全然動きが変わってないじゃないか」
 「さっき怒った人がまた怒ってますね〜」
 「でも、あの人もう限界じゃないんですか?」
 「さて・・・あ、泣いて奥に引っ込んだ」
 「限界だったみたいですね〜」
 「そうみたいね・・・あれ?」
 「どうし・・・あ」
 「あらあら〜」
 三人は自分達に周囲の視線が集まっていることに気づいた。
 『・・・ま、俺達は目立つからな』
 闘護は頭を掻いた。
 「おい、あんたら!!」
 【?】
 突然声をかけられ、三人は声の方を向いた。
 するとそこには、先ほどキッチンで怒っていた年配の職人が不機嫌そうに三人を睨んでいる。
 「そんなところにスピリットがいたら客が敬遠するだろ」
 「・・・失礼した」
 闘護は頭を下げる。
 「申し訳ありません」
 「おいしそうだったんで、つい〜」
 ヒミカとハリオンも頭を下げた。
 「ふん。お前らにケーキの味がわかるかよ」
 職人は不愉快そうに吐き捨てた。
 「・・・」
 僅かに闘護の眉がつり上がる。
 「そもそも、スピリットが人間の料理に興味を持つってのが図々しいんだ」
 「・・・それはどうかな?」
 闘護は肩をすくめた。
 「何だと?」
 「人間だろうがスピリットだろうが、料理に対する感想なんて単純明快・・・曰く、美味いか不味いか、だろ」
 闘護は嫌味っぽく笑った。
 「スピリットにも美味しい料理を作れる者はいるし、味のわかる者だっている」
 「どうだか」
 闘護の言葉を職人は一笑した。
 「だったら、下手糞な料理人に不味い料理を作らせておけばいい」
 「!」
 闘護の言葉に、職人の表情が変わった。
 「てめぇ、調子に乗るなよ!!」
 別の若い職人が怒鳴った。
 「下手糞を下手糞と言って何が悪い」
 しかし、闘護は臆することなく嗤った。
 「・・・」
 年配の職人は黙って闘護を見ている。
 「スピリットの作った料理と人間の作った料理。材料が同じなら、後は料理人の腕次第・・・スピリット如きの美味い料理を食べるくらいなら、人間様の不味い料理を食べてればいいさ」
 そう言って闘護は背を向けた。
 「行こうか、ヒミカ、ハリオン」
 「は、はい」
 「は〜い」
 三人は立ち去ろうとした。
 「待ちな!!」
 年配の職人が叫んだ。
 「何だい?」
 闘護は振り返ると、興味がなさそうに尋ねた。
 「そこまで言うなら・・・腕に自信があるんだろうな?」
 「・・・無かったらこんな事は言えないな」
 闘護はニヤリと笑った。
 「だったら、作ってみろ!!」
 【!?】
 年配の職人の言葉に、他の職人や見物客は驚愕の表情を浮かべた。
 「い、いいんですか、そんなことして!?」
 先ほど怒鳴った若い職人が言った。
 「ここまで大口叩くんだ。見せてもらおうじゃねぇか」
 年配の職人は闘護をジロリと睨んだ。
 「・・・いいよ」
 「トーゴ様!?」
 闘護の返答に、ヒミカが驚きの声を上げた。
 「そ、そんなことをして・・・大丈夫なんですか?」
 「さてね・・・」
 闘護は小さく肩をすくめた。
 「さてって・・・」
 「で、あんたが作るのか?」
 ヒミカの言葉を遮るように職人が尋ねた。
 「いや、作るのは彼女達だ」
 闘護はそう言ってヒミカとハリオンを見た。
 「・・・へ?」
 「私達ですか〜?」
 「そう。頑張れ」
 闘護の言葉に、ヒミカの顔色が見る見るうちに青くなる。
 「む、無理です!!ケーキを作るなんて!!」
 「無理かどうかはやってみないとわからない」
 「で、ですが!!」
 「ハリオンはどうだ?」
 「う〜ん・・・やってみないとわかりませんね〜」
 ハリオンはのんびりと、しかし心なしか楽しそうに答えた。
 「だろ?」
 闘護はニヤリと笑った。
 「それに、館で何度か作ってたろ。食べさせてもらったけど、美味しかったよ」
 「そ、それは・・・」
 闘護の言葉に、ヒミカは口ごもる。
 「いつものケーキを作れば良いんだ。気負いする必要は無い」
 闘護はそう言って二人の肩を叩いた。
 「頼んだよ」
 「・・・」
 「はい〜」
 未だ驚いた表情で沈黙するヒミカをよそに、ハリオンは普段どおりののんびりした口調で返事をする。
 「話はまとまったか?」
 「ああ。待たせたな」
 闘護の返答に職人は頷くと、白い服と帽子を二人分闘護に渡した。
 「ほれ。これを着て作れ」
 「わかった」
 闘護はヒミカとハリオンに服を渡した。
 「さぁ、頑張ってくれ」
 「は〜い」
 「・・・」
 「ヒミカ」
 「うぅ・・・は、はい」
 ヒミカは、凄く弱気な口調で返事をする。


 乗り気でないヒミカと、楽しそうなハリオン。
 対照的な二人だが、チームワークは素晴らしく、なんだかんだでヒミカもテキパキと作業をこなしていく。

 「むっ・・・」
 ヒミカのケーキを焼く様子を見ながら、年配の職人が小さい声を上げた。
 「・・・」
 闘護はそれに気づきながらも、尋ねることなくヒミカたちの作業を見ていく。

 やがて・・・

 「で、出来ました」
 ヒミカがキッチン内のテーブルに出来上がったばかりのケーキを置いた。
 「美味しそうですよ〜」
 ハリオンが嬉しそうに言った。
 「・・・」
 職人達は、ジッとケーキを見つめている。
 「見栄えは?」
 闘護が尋ねた。
 「・・・まあまあだ」
 年配の職人の回答に、闘護は苦笑する。
 「さて・・・それじゃあ、早速切り分けてくれないか」
 「はい!」
 ヒミカは、その場にいる職人達の数になるように切り分けた。
 そしてハリオンは、更に切り分けたケーキを乗せていく。
 「さぁ、どうぞ召し上が・・・」
 「待った」
 職人達にケーキを勧めようとしたハリオンの言葉を闘護が遮った。
 「どうしたんですか?」
 ヒミカが怪訝な表情を浮かべた。
 職人達も、闘護の言葉に動きを止めている。
 「このケーキを作ったのはスピリットだよ。人間じゃない」
 闘護ははっきりと言った。
 「ト、トーゴ様!?」
 闘護の言葉に、ヒミカが驚愕の表情で闘護を見る。
 「いいから」
 闘護はヒミカを制すると、職人達を見た。
 「スピリットの作ったモノを食べるのは人間のする行為じゃない・・・というのがこの世界の常識だろ。どうする?」
 『これは賭けだ・・・食べると言えば、この世界の人間とスピリットが共存する上で重要な要因、“食”の問題が解決する・・・食べないと言ったら、また別の方法を考えないといけない・・・』
 闘護はジッと職人達を見つめる。
 「そんなことはどうでもいい」
 年配の職人はそう言って、いきなりケーキを口に放り込む。
 「モグモグ・・・ゴクンッ!!」
 一口でケーキを頬張り飲み込む。
 「・・・どうですか?」
 ヒミカが恐る恐る尋ねた。
 「・・・なかなか、だ」
 職人は一言、呟いた。


 「なるほど・・・確かに、スピリットにも腕の良い奴はいる、か」
 年配の職人(この店の店長だった)はゆっくりと言った。
 「ああ」
 闘護は頷いた。
 職人達は、二人にケーキを作る方法について話し合っていた。
 その様子は、端から見てとても楽しそうだ。
 「店長。一つ、頼めないか?」
 闘護は店長を見た。
 「何だ?」
 「二人をここで修行させてほしいんだ」
 闘護の提案に、店長は目を丸くした。
 「スピリットを、か?」
 「無理な注文だってことはわかっている。それに、毎日来ることはできない。だけど・・・頼む!!」
 闘護は深々と頭を下げた。
 「・・・なんで、そんなことをさせるんだ?」
 「スピリットは戦うだけの存在・・・だが、戦い以外のことも学ばせてやりたいんだ」
 闘護は顔を上げた。
 「それに、自分達が守っているものが何なのか・・・守っているものと触れ合わせてやりたい」
 「・・・」
 二人の会話に、ヒミカとハリオンをはじめ、他の職人達も気づき、固唾をのんで見守っている。
 「駄目だろうか・・・?」
 「・・・腕の良い職人なら大歓迎だ」
 店長はニヤリと笑った。
 「店長・・・!!」
 「お前らも、いいか?」
 【おお!!】
 店長の問いに、職人達は大声で返事をした。
 「ヒミカ、ハリオン。君達はどうだい?」
 「え?わ、私達が・・・いいんですか?」
 ヒミカの問いに、闘護は頷く。
 「店長のお墨付きだ。ハリオン、君は?」
 「もちろんOKですよ〜」
 「よし」
 闘護は頷くと、店長を見た。
 「二人をよろしくお願いします」
 「ああ、任せとけ。一人前のケーキ職人にしてやるぜ」
 店長はニヤリと笑った。

作者のページに戻る