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─闘護の夢

 「はっ!!はっ!!はっ!!」
 「随分と精が出るな」
 「はぁはぁ・・・光陰か」
 「何かあったのか?」
 「別に何も」
 「じゃあ、なんでそんな追い込まれた顔してんだ?」
 「・・・俺な」
 「ん?」
 「思い上がってたんだ・・・」
 「何に思い上がってたんだ?」
 「今まで、なんでも出来たから・・・本気で何かをしたことって無いんだ」
 「・・・」
 「フルートだって・・・面白そうだからやってみたら、他の奴よりうまかった。だから、音大の推薦が受けられたんだよ」
 「推薦ったって、まだまだ先の話だろ」
 「まあな・・・けど、さ」
 「けど?」
 「今日・・・初めて聴いたんだ。人の心を動かす“音色”ってものを・・・」
 「・・・」
 「俺より年下の子だけど・・・凄かったんだ。俺とは全然違う・・・」
 「へぇ・・・名前は?」
 「高嶺佳織」
 「なんだ、佳織ちゃんか」
 「!知ってるのか!?」
 「知ってるも何も、幼馴染だよ」
 「幼馴染・・・」
 「そっか・・・彼女、フルートをやるって悠人から聞いたけど・・・そんなに巧いのか」
 「巧いなんてもんじゃない。ああいうのを“天才”って言うんだよ」
 「随分と褒めるな」
 「・・・さっき言ったろ。思い上がってたって。彼女のフルートを聴いて、俺のフルートの底の浅さがよくわかったんだ」
 「・・・」
 「だから、なんとなく気が抜けて・・・何もかも忘れてみようと、修練してたんだ」
 「ふーん・・・音楽、やめるのか?」
 「・・・いや、やめない。目的が見えたから」
 「目的?」
 「高嶺さんに俺の持っている技術を教え込むんだ」
 「お前が?」
 「ああ。演奏技術は、まだまだ物足りないと感じたからね。俺でも教えられることがいっぱいある」
 「へぇ・・・」
 「あの子は、技術をマスターすれば絶対に、凄い演奏家になるよ。俺が保証・・・」
 「あ、いたいた!!」
 「ん?」
 「おう。どうした、今日子?」
 「どうしたじゃないわよ。今日、お好み焼きを奢ってくれるって約束してたでしょ」
 「まだ時間あるだろ?」
 「早く行かないと席が無くなるでしょ。ほら、早く行くわよ・・・って」
 「・・・」
 「えっと・・・光陰、この人は?」
 「神坂闘護。前に言ってたろ、道場に新しい奴が入ってきたって」
 「初めまして、神坂闘護です」
 「あ、ど、どうも。岬今日子です」
 「じゃあ、俺達は行くわ」
 「ああ」
 「じゃあな」
 「そ、それじゃあ・・・」
 「ん、今日子。なに緊張してるんだ?」
 「だって、彼でしょ。音大の推薦を取った学生って・・・」
 「ああ」
 「だったら、凄い人じゃない」
 「そうか?」
 「・・・本人に振るか?」


─聖ヨト暦331年 ソネスの月 赤 二つの日 朝
 第二詰め所、闘護の部屋。

 「むっ・・・」
 闘護はゆっくりと目を開いた。
 「んぅ・・・くぁあ・・」
 ムクリと起きあがり、欠伸をする。
 「夢、か・・・」
 『光陰と岬君が出てきた・・・』
 ハァとため息をつく。
 「懐かしいなぁ・・・」
 『ちょうど、佳織ちゃんの演奏を聴いてヘコんでた時か』
 闘護は頭を掻いた。
 「っと、感傷に浸っても仕方ないな・・・起きよう」


─聖ヨト歴331年 ソネスの月 赤 三つの日
 ラキオス国境付近

 佳織を抱いたままのウルカが、合流地点に降り立った。
 見張り以下数名の兵士がそれを迎える。
 「フン・・・人さらい程度ならこなせるようだな」
 「・・・」
 あからさまに向けられた侮蔑の言葉。
 だがウルカは表情1つ崩さず、気を失ったままの佳織を引き渡すと、少し離れた位置に歩いてゆく。
 「スピリット風情が・・・まぁいい。これでシュン様も喜ばれる」
 兵士達は移送の準備を始める。
 あらかじめ用意してあった馬車に乗せようと言うところで、佳織は意識を取り戻した。
 「ん・・ん・・・ここ、は・・・?」
 周囲を見て、見知らぬ兵士達ばかりであることに気づくと、佳織は目を見開いた。
 「ム・・・気がついたか」
 「あなた達は・・・それに、これって・・・」
 「お前をこれからシュン様の所へ連れて行く」
 「瞬様?秋月先輩のこと・・・?秋月先輩はどこですか?」
 混乱していた頭が、漸く連れてこられたという事実を思い出す。
 佳織は自分を拘束する兵士に聞いた。
 「秋月先輩・・・だと?お前如きがシュン様をそのように呼んでいいと思っているのか!!」
 ドンッ!!
 「っ!!」
 突き飛ばされ、倒れ込む佳織。
 打ち付けた痛みに顔を歪めながらも、立ち上がる。
 「私もエトランジェです。その意味がわかりますか?」
 「う・・・」
 エトランジェ。
 その響きに、思わずたじろぐ兵士達。
 それは敬うと共に、また恐怖の対象でもあった。
 「・・・」
 佳織はふるえが表に出ないよう、必死に耐える。
 『泣いちゃダメ。泣いたって、事態は良くならない』
 自分に言い聞かせる。
 「見張りは気を抜くんじゃないぞ。妙なことをさせるな」
 「・・・私は秋月先輩の所へ行きます。妙なことなんてしません」
 「チッ・・・」
 舌打ちを残して、その兵士は離れていく。
 佳織は大きく息を吐く。
 そうして、心を落ち着かせるために、大きく深呼吸をする。
 『ひとつ・・ふたつ・・・』
 そのすぐ側にウルカがやってきて、木陰に隠されている馬車を指さした。
 「・・・」
 思わず律儀にウルカに頭を下げてしまう佳織。
 そのまま馬車の方に歩み去る。
 「・・・」

 馬車の近くには兵士が一人いたが、佳織が恐ろしいのか、側に寄ることも目を合わせることもしない。
 「どれくらいかかりますか・・・?」
 問いかけにも答える声はない。
 後ろをついてきたウルカが先に馬車に乗り込む。
 「“・・・負ける、もんか”」
 日本語でポツリと呟き、佳織は自らの意志で馬車に乗り込んだ。
 「“こんな戦い、意味無いよ・・・秋月先輩に話して止めて貰わないと・・・お兄ちゃん、先輩・・・私、頑張るよ・・・”」
 誰にも聞こえないような、小さな呟き。
 だがそれには、強い意志と大きな決意が込められていた。


─聖ヨト歴331年 シーレの月 青 五つの日 昼
 マロリガン共和国 謁見室

 【求め】の憎む【誓い】という名の神剣。
 同様に、悠人も瞬を許せない。
 「アイツがこの世界にいる」
 そう考えると、悠人はとても落ち着いていられなかった。
 一方、闘護はあくまで冷静に佳織を助ける方法を考えていた。
 二人はレスティーナと協力して、佳織を助けるべく帝国と戦うことにした。
 ファンタズマゴリアに存在するラキオス王国、サーギオス帝国、そしてマロリガン共和国。
 帝国と戦う為に、マロリガンへ使者を送り軍事同盟を持ちかけたのだが、なかなか進展しなかった。
 何度かの使者による連絡の後、レスティーナがマロリガンに赴くことになった。
 側近は行くことを止めたが、信じて貰うためとレスティーナは譲らない。
 結局、悠人達スピリット対の面々が護衛として同行することになった。
 そして、レスティーナはマロリガン大統領と会談に臨んだのだが・・・


 「では・・・我々との同盟関係は結んでもらえないのですね?」
 「・・・申し訳ないとは思うがね」
 マロリガン共和国大統領クェドギンはゆっくりと言った。
 「1つ聞くが、若き女王よ。戦争とはどのようなものか考えたことはあるかね?」
 「・・・?」
 「私はこう考えている。戦いを行うことでしか、結論を得ることが出来ない状態が発生したときに、必然的に起こりうる現象なのではないか、と。つまり、戦争というものは、最終的な平和を得るための手段の1つといえるのではないか?」
 「その考えの行き着く先は、滅亡しかありません」
 「そう、その通り」
 クェドギンは頷く。
 「結局の所、我々が直面している事態の特効薬は人減らししかない。ならば滅亡も必要なのだと私は考える。聡明な女王なら解るだろう?これが世界の業なのだ」
 「・・・」
 「我々の責任ではない。根元的な問題なのだ。仕方なかろう。そしてその滅亡を受け入れるのは、我がマロリガンであってはならないと私は考える」
 「それでは帝国と何が違うのでしょう?」
 「フ・・・違わないだろうな、貴女から見れば」
 クェドギンは小さく笑った。
 「だが私は確信している。現状を打破するには、必ずや戦いが・・・それも大きな戦いが必要だ」
 「和平はないと・・・平和への努力はしないというのですか!?」
 「和平?平和?平和とは戦争が起きていない状態のことを仰っておられるのか?」
 レスティーナの言葉に、クェドギンの表情に怒りが浮かぶ。
 「今までのように、戦争が起きるまで事態を長引かせることが平和というものだと?」
 クェドギンの言葉に、レスティーナは大きく頭を振る。
 戦争のみを話題にしているわけではないのである。
 「エーテル技術に頼り、スピリットに頼る限り、この世界に平和はありません」
 「面白いことを言う・・・」
 クェドギンは皮肉めいた笑みを浮かべる。
 「貴女が引き連れているのはスピリットではないのか?ご自分で仰っていることが、既に矛盾していますよ。それに、エーテル技術を捨ててまで何を得ようと?」
 「恒久平和です」
 「ハハハッ・・・それは素晴らしい!!」
 クェドギンは嘲笑する。
 「ですが、生憎私はロマンチストではないのでね。世迷い言に付き合うほど子供ではないのですよ。私にはとてもではないが実現できるとは思えない」
 「実現可能なはずです。私達が自分たちの業を見つめて、罪を背負う覚悟があれば」
 「ほう、それは立派な心がけですな。しかし、その覚悟を国民に強いるというのはいかがかな?」
 クェドギンは小さく首を振った。
 「とんだ独裁者ですな、貴女も。そんなことは国民達は望んでいない。国民達は自分たちの生活が豊かになることを望んでいる。それに答えるのが施政者の義務ではないかね?」
 「そのエゴがこの事態を招いたのです・・・」
 レスティーナは強い口調で言った。
 「痛みは等しく味合わなければなりません。スピリット達だけに痛みを強いることが、既に戦いの本質から外れているのです」
 「痛みは等しく・・・か。確かに、その意見自体は立派なものかもしれませんな。だが、残念ながらそんな悠長なことを言っていられる時間はもう無いのです。皆で手を取り合って何とかしよう、等という意見で論点を誤魔化したりすれば、いずれ信頼を失う」
 クェドギンはレスティーナを睨んだ。
 「それに、スピリットにまで情をかけるなど・・・我が国では失言どころでは済みませんぞ。スピリットが戦うのは当たり前のこと。痛みを強いているというのは貴女の勝手な意見ですよ」
 「事実でしょう」
 レスティーナは首を振った。
 「戦いの痛みを知らない限り、戦いの果てにあるものは同じ事の繰り返しです」
 「ふむ、平行線ですな。これ以上同じ事を話し合っても、どうしようもありますまい」
 クェドギンは首を振った。
 「貴女の意見は解りました。ですが、私の立場がありましてな・・・我がマロリガンは血で連なる国家とは違う。そして主席たる私の義務は国民の総意を実現すること。子供の戯言に付き合って、現実的な国民を裏切ることは出来ないのだよ」
 「ですが・・・」
 「平行線と申し上げましたが、聞こえなかったようですな」
 クェドギンは“これで話は終わり”とでも言いたげな様子で言った。
 「・・・交渉は決裂というわけですね」
 「無論ですな。予定通り、これから96時間後に、我々マロリガン共和国はラキオス王国に対して宣戦を布告する」
 「戦うしかないのですね・・・」
 「申し訳ないのですが、貴女の言う方法で問題が解決できるとは思えないのですよ」
 「私達は、いつまで愚かな選択を続ければよいのでしょう?」
 「何が愚かなのかは、貴女がお決めになることではありますまい・・・そもそも人間とは、欲深く、利己的なもの」
 クェドギンは小さく上を見上げた。
 「支配されることは望まず、支配することを望む。そうでなければならないのだよ・・・」
 「哀しいことです。そうとしか考えられないことが」
 「・・・そう、悲しいことだ」
 そう言ったクェドギンの表情には、翳りがあった。
 「・・・」
 「ラキオス国境までの安全は保証いたしましょう。我々は帝国とは違いますからな」
 「お心遣い、感謝します」
 レスティーナは部屋から出て行った。
 「・・・」
 その後ろ姿を、クェドギンは何かを含んだ眼差しで見つめていた。


─同日、昼
 マロリガン共和国、廊下

 謁見室の外では、悠人と闘護が待機していた。

 「ふぅ・・・」
 闘護は小さく息をついた。
 「長いな・・・」
 悠人がドアを見ながら呟いた。
 「どういう結果になるか・・・」
 ガチャリ・・・
 その時、扉が開いて難しい表情のレスティーナが出てきた。
 「レスティーナ」
 闘護が声を掛ける。
 「どんな結果になったんだ?」
 悠人が尋ねると、レスティーナは首を振った。
 「マロリガン共和国との戦闘状態に入ります。ユート、トーゴ・・・スピリット達に準備をさせるよう・・・」
 「決裂か・・・」
 『なかなか進まなかったからもしかしたらと思っていたが・・・』
 闘護は大きくため息をついた。
 「こうなった以上は負けることは許されません。帝国との戦いに備える意味でも、マナを大量確保します!」
 「結局、マロリガンも帝国も同じ考えか・・・」
 悠人が呟く。
 「そうです。帝国との戦いのためには、マナがまだ幾らあっても足りないでしょう・・・マロリガンも我が国と同じ事」
 廊下を歩きながら、決意の表情をするレスティーナ。
 レスティーナの緊張が二人にも伝わってくる。
 『無理もない。いよいよ帝国に次ぐ強国との戦いなのだから・・・』
 キーン・・・
 『ん・・・なんだ?』
 一瞬、【求め】が何かに強く共鳴する。
 だが反応はすぐに消え、細かいことは解らなかった。
 「どうした、悠人?」
 悠人の様子に、闘護が尋ねる。
 「いや・・・何でもない」
 悠人は首を振った。
 「・・・結局我々も同じなのです。血塗られた道を歩むことは変わりません」
 二人の会話に気づかず、レスティーナは呟いた。
 「それは・・・そうかもしれないな・・・ここまで来たらやるしかない、か」
 悠人がため息をついた。
 「帰り着き次第、緊急会議を行います」
 「ああ!!」
 悠人は力強く頷いた。


─同日、昼
 マロリガン共和国、廊下

 帰り支度をしているとき・・・

 「っと・・・」
 闘護はキョロキョロと辺りを見回した。
 「どうしたんだ?」
 荷造りをしていた悠人が尋ねた。
 「いや・・・ちょっとトイレ」
 闘護はそう言うと、近くの兵士の所へ走っていった。
 「・・・緊張感のないヤツだな」
 そんな闘護の後ろ姿を身ながら、悠人はボソリと呟いた。


─同日、昼
 マロリガン共和国、謁見室

 「理想主義の若き女王か・・・もう少し扱いやすければな」
 クェドギンはゆっくりと呟いた。
 「しかし、あの父王から、あのような娘が生まれるとは。妃の不義も疑いたくなろう」
 「では、予定通りに」
 マロリガンの兵士の言葉に、クェドギンは頷く。
 「ああ。まだこちらには切り札がある。ここで一気にラキオスの確保しているマナを手に入れれば、帝国にも抵抗できる」
 「エトランジェ達に用意をさせておきます」
 「頼んだぞ。せっかくここまで温存したのだからな。ここで華々しく我が国の力を見せつけてやろう」
 クェドギンはニヤリと笑った。
 「この後はソーン・リームも落とす。“稲妻”の活躍、期待しているぞ」
 「はっ!!」
 兵士は去っていった。
 「・・・この大地を統べるべきは私なのだ・・・そうでなければならない!!」
 クェドギンは呟く。
 「小娘のような理想主義は、帝国には通じない・・・戦って打ち破らなければならぬのだ」
 クェドギンは拳を握りしめた。
 「帝国を倒さぬ限り、我々が勝利したことにはならない・・・ここは・・・人の大地だ・・・!!!」
 そう言ったクェドギンは、謁見室の扉が僅かに開いていたことに気づかなかった・・・


─同日、昼
 マロリガン共和国、謁見室近くの廊下

 「・・・」
 クェドギンの独り言を、廊下の影にいた闘護は聞いてしまった。
 『トイレに行った帰りに、えらい話を聞いてしまったな・・・』
 闘護は足音を立てずにその場を立ち去る。

 『しかし・・・』
 歩きながら、闘護は考える。
 『この国にもエトランジェがいるのか・・・しかも、“達”と言っていた。まさか・・・』
 闘護は眉をひそめた。
 『かつての来訪者と同じ・・・【空虚】と【因果】じゃないだろうか?』
 拳を握りしめる。
 『厄介だな・・・だが、それよりも気になったことがある。“ここは人の大地だ”と言っていたが・・・どういう意味だ?』


─同日、昼
 マロリガン共和国、廊下

 「む、貴殿が【求め】のユート殿か」
 帰り支度を終え、レスティーナを待っていた悠人は、精悍な顔つきをした男に声を掛けられた。
 『この人は・・・会談の後にチラリと見かけた。間違いなく、この人物が大統領だ』
 「・・・初めてお目にかかります。ラキオスの悠人です」
 悠人は頭を下げた。
 『これから戦う相手。憎くはないけど、自然と緊張してしまうな』
 「武勇の程は聞き及んでいるが・・・成る程。確かに戦いに向いているとは思えぬ顔をしているな」
 僅かな時ではあるが、悠人の目を凝視する。
 『なんだ、この人・・・俺を知っているような口ぶりだけど』
 悠人は、こちらを見透かそうとしているような、嫌なプレッシャーを受けた。
 「悪い悪い、ちょっと道に迷ったよ」
 その時、奥の廊下から闘護が慌てた様子で駆けてきた。
 「むっ・・・」
 闘護を見たクェドギンは眉をひそめた。
 「っと・・・」
 クェドギンと視線があった闘護は立ち止まると、頭を下げた。
 「ラキオス王国スピリット隊副長、神坂闘護です」
 「ほぅ・・・お主がか」
 クェドギンは興味深げに闘護を見る。
 「随分と変わった能力を持っているそうだな」
 「・・・さて」
 クェドギンの言葉に、闘護は肩を竦めた。
 「・・・ふ」
 笑みを浮かべ、クェドギンは二人に背を向けた。
 「また会うことになるだろう」
 そう言って、歩き出す。
 「“ここは人の大地だ”」
 その時、闘護がボソリと呟いた。
 ピタリ・・・
 すると、クェドギンがその場に立ち止まる。
 「・・・闘護?」
 「・・・大統領閣下」
 悠人の問いかけを無視して闘護はクェドギンに一歩、歩み寄る。
 「少し・・・お話させてもらえませんか?」
 闘護の言葉に、クェドギンはゆっくりと振り返った。
 「・・・」
 クェドギンは探るような目つきで闘護を見る。
 「たかが兵士の分際で図々しいことは承知しています。ですが・・・」
 闘護も負けじとクェドギンを探るような目つきで見る。
 「是非、お話をしたいと思ったのです・・・」
 「・・・ふん」
 クェドギンは再び闘護に背を向けた。
 「いいだろう・・・こちらへ」
 「どうも」
 クェドギンは歩き出した。
 「お、おい・・・」
 「悪い。ちょっと行ってくる」
 困惑する悠人にそう言い残すと、闘護はクェドギンの後をついて行った。
 「・・・」
 後には、呆然とする悠人が一人、残された


─同日、昼
 マロリガン共和国、ある一室

 「さて・・・」
 通された部屋には、誰もいなかった。
 「掛けたまえ」
 クェドギンは、ソファを勧めた。
 「ありがとうございます」
 闘護は一礼してソファに腰掛けた。
 クェドギンも闘護の対面に座る。
 「・・・早速だが」
 クェドギンは鋭い眼差しを闘護に向けた。
 「どこで、あの言葉を聞いた?」
 「ついさっきです。トイレに行った帰りに・・・」
 「他に、何を聞いたのかな?」
 「・・・」
 闘護は小さく息をつく。
 「答えるのは構いませんが・・・無事に返してくれるのですか?」
 「それは、何を聞いたかによるな」
 クェドギンの回答に、闘護は頷く。
 「当然ですね」
 「では、答えてくれるな?」
 「ええ」
 闘護はコクリと頷く。
 「この国にエトランジェがいること・・・それだけです」
 「そうか・・・」
 クェドギンは小さくため息をついた。
 「無礼を承知で発言させて貰っていいですか?」
 「・・・かまわんよ」
 「では・・・」
 闘護は小さく息を吸った。
 「この国の状態・・・戦力や、その他諸々の情報・・・まぁ、要するに戦争に必要な情報を聞くつもりはありません。聞いたところで答えてもらえるとも思ってませんし」
 闘護の言葉を、クェドギンは何も反応せず黙って聞いている。
 「俺が知りたいのは・・・貴方の真意です」
 闘護はクェドギンをジッと見つめた。
 「“ここは人の大地だ”という言葉・・・これだけなら、当たり前の意味なんでしょうけど・・・」
 闘護はそう言って小さく肩を竦める。
 「その前に、帝国を倒す・・・そう仰ってましたね」
 「・・・」
 「別に帝国を倒さなくても、この世界は人のものだと思います・・・僕は、ですけど」
 闘護はそう言ってフゥと息をつく。
 「なのに、何故そんなことをわざわざ仰ったのか・・・」
 闘護は背もたれに背を預けた。
 「なんだか、そう言ったときの貴方の目は・・・妙に達観しているように感じたんです」
 「・・・成る程」
 クェドギンは口元を歪めた。
 「なかなか面白い男だな・・・」
 「・・・」
 「確か君は、前ラキオス王から嫌われていたようだな」
 「嫌うも何も」
 闘護は苦笑する。
 「いつか必ず殺すつもりでした」
 「ハハハ・・・正直な男だな」
 クェドギンは心底おかしそうに笑った。
 「・・・」
 「・・・一つ、問おうか」
 クェドギンは笑いを止めると、闘護をジッと見た。
 「君はこの世界をどう思う?」
 「この世界を・・・ですか?」
 「そうだ・・・」
 「・・・嫌い、ですね」
 「ほぅ・・・何故だ?」
 「酷く、歪に感じるからです」
 「歪・・・」
 「ここからの意見は、異世界から来た私個人の考えですが・・・」
 闘護はそう断ると、ゆっくりと語り出した。
 「人より力のあるスピリットが、スピリットより力のない人に従う・・・弱肉強食が自然界にとって当然であると考える私には、これが何より歪に感じました」
 「ふむ・・・」
 「スピリット自体も、奇妙に感じます。突然、永遠神剣と共に生まれる・・・生物の誕生方法にしては不自然です」
 「むぅ・・・」
 「そして、マナとエーテル技術・・・」
 闘護は深刻な表情を浮かべる。
 「失礼ですが、この世界の文明レベルはあまり高くないと思います。にもかかわらず、あれほど便利なエネルギーを生み出せる技術・・・違和感を感じます」
 「・・・」
 「僕は実際にエーテル変換施設を見たことはないのですが・・・聞いたところによると、あれは永遠神剣を用いているそうですね」
 闘護は頭を上げた。
 「スピリットの存在もさることながら・・・それ以上に、永遠神剣というものの存在こそ、一番不自然に感じます」
 「・・・なかなか、鋭いな」
 クェドギンはゆっくりと呟いた。
 「鋭い・・・ですか?」
 「・・・話を変えよう」
 クェドギンはソファから立ち上がると、部屋に一つだけある窓から外を眺めた。
 「君は、何故ラキオスに従う?」
 「・・・何故、そんなことを聞くのですか?」
 闘護は訝しげな表情で聞き返した。
 「ラキオスにあれだけ酷い仕打ちを受けながら、それでもラキオスに力を貸す・・・エトランジェの制約も受けないというのに、不思議に思えてな」
 「「四人の王子」という童話・・・これが、実際の歴史に基づいたものだということは知っていらっしゃいますよね?」
 「もちろんだ」
 「ラキオス建国に尽力した【求め】のシルダス・・・彼は、ラキオスを建国した第二王子により抹殺された」
 闘護は拳を握りしめた。
 「当時、世界には四人のエトランジェが存在し・・・全て消えました」
 「そして、現代に再び同じ永遠神剣を持つエトランジェが現れた・・・」
 闘護の続きを言うかのように、クェドギンは言った。
 「僕は、悠人・・・【求め】のユートを守るために、ラキオスに残っています」
 「・・・では、ラキオスのために戦っているわけではない、と?」
 「“国”の為に戦うつもりはありません」
 闘護は言い切った。
 「ただ、人々を・・・生命を守る為なら、戦います」
 「成る程」
 クェドギンは振り返った。
 「しかし、民は君が思うよりも汚く、狡いものだ・・・果たして、そうまでして守る価値があるかな?」
 「別に気にしません」
 闘護は首を振った。
 「僕がただ“守りたい”と勝手に思ってるだけですから」
 「・・・そうか」
 クェドギンはゆっくりと頷いた。
 「最初に尋ねた問い・・・貴方の真意について、教えて貰えませんか?」
 闘護は立ち上がった。
 「・・・君は、レスティーナ女王をどう思う?」
 「・・・僕の問いに答えて貰えないのですか?」
 闘護は眉をひそめた。
 「答えるさ」
 クェドギンは薄く笑った。
 「だからこそ、私の問いに答えて欲しい」
 「・・・機知に富み、人望があり、カリスマ性も備えた、人の上に立つ者としては十分すぎるほどの人間かと」
 「そのような人間が、前ラキオス王から生まれた・・・どう思う?」
 「・・・鳶が鷹を生みましたね」
 「ハハハハハ」
 闘護の言葉に、クェドギンは大笑いした。
 「なかなか正直だな」
 「どうも」
 「まぁ、その通りだ。愚王からあのような傑出した人間が生まれた・・・」
 クェドギンは闘護の顔をのぞき込んだ。
 「不自然だとは思わないか?」
 「・・・閣下。何を仰っているのですか?」
 闘護は眉をひそめた。
 「この混沌とした世界に、突然現れた素晴らしい女王と、その女王に力を貸す若きエトランジェ・・・英雄譚としては、なかなかのものだと思わないか?」
 「・・・」
 『英雄譚・・・確かに、冷静に考えてみればその通りだ。それがどうしたんだ?』
 「しかも、女王は帝国に父を殺された悲劇のヒロイン。エトランジェは妹を帝国にさらわれた悲劇のヒーロー・・・吟遊詩人が喜びそうなお話だ」
 クェドギンの口調に怒りが混じっている事を、闘護は聞き逃さなかった。
 『怒っている・・・英雄譚に・・・ん?待てよ・・・聡明な女王は悲劇のヒロイン。若きエトランジェは悲劇のヒーロー・・・英雄譚だ。確かに、英雄譚だ』
 クェドギンは闘護を見た。
 「いや、吟遊詩人が喜ぶレベルではない。三流作家でも思いつくことができる英雄譚だよ。そう、主人公となる存在も、敵となる存在も、完璧に用意されている」
 『・・・確かに、考えてみればその通りだ。主人公も敵も存在する。どちらも明確だ。オマケに、設定も童話になりそうな程のご都合主義・・・ん?ご都合・・・主義?』
 「・・・ちょっと、待って下さい」
 闘護は小さく首を振った。
 「閣下は・・・今、とんでもないことを仰っているのではありませんか?」
 「ほぅ・・・どういうことだ?」
 「その・・・全てが、“出来過ぎ”だと・・・」
 闘護の言葉に、クェドギンはニヤリと笑った。
 「我々人間の運命を、我々人間以外が決めているとしたら・・・どう思う?」
 「・・・」
 「我々は操り人形・・・この大地を舞台に、壮大な喜劇を演じている・・・もし、そうだったらどうだろうか?」
 「・・・」
 『決められた脚本に沿って、俺達は生きている・・・と、いうのか?』
 闘護のこめかみに冷や汗が浮かぶ。
 「さて・・・私の話を理解できたかな?」
 「では・・・貴方の目的は?」
 「私はな・・・誰かの脚本に沿って喜劇を演じるつもりはないのだ」
 クェドギンはニヤリと笑った。
 「あ、貴方は・・・“誰か”によって決められた運命を打ち破るために・・・戦うということです・・か?」
 「フフ・・・」
 クェドギンの笑みに、闘護は小さく俯く。
 「成る程・・・それならば、ラキオスと同盟を結ばないのは当然ですね」
 「・・・さて」
 クェドギンは一歩、闘護に歩み寄った。
 「君は随分といろんな事を知った・・・知りすぎてしまった」
 更に一歩、踏み込む。
 「このまま返すと思うかね?」
 クェドギンの問いに、闘護はゆっくりと顔を上げた。
 「・・・貴方の考えは、貴方のものです」
 絞り出すように呟く。
 「レスティーナ殿下の考えが、殿下のものであると同じく・・・貴方の考えも、貴方のものであり・・・貴方のものでしかない」
 闘護の言葉に、クェドギンは止まった。
 「どちらの考えが正しいか間違ってるか・・・それが解るのはもっと先の未来です。ですから、本当に貴方の考えが事実かどうかはわかりません。それに・・・この運命がどういう結末なのかは・・・」
 闘護はクェドギンを見た。
 「まだ、わからないのではありませんか?」
 「・・・」
 「ならば、今は殿下について行きます」
 闘護はそう言って頭を下げた。
 「失礼します」
 「・・・」
 沈黙するクェドギンに背を向け、闘護はドアの側まで行くと、そこで立ち止まった。
 「今日の会話は・・・誰にも話しませんから」
 バタン
 最後に言い残して、闘護は部屋から出ていった。
 クェドギンは小さくため息をつき、次いで笑った。
 「なかなか面白い男だな・・・我が国のエトランジェと同類のようだ」


─聖ヨト歴331年 シーレの月 赤 二つの日 昼
 謁見の間

 「正式にマロリガン共和国は宣戦を布告してきました」
 レスティーナは硬い表情で言った。
 「北方五国を統一した私達と、ほぼ同じ戦力となります」
 「同じったって、俺たちは戦いが終わってまだ三ヶ月しか経ってないんだぞ?エーテルの量でいえば差があるんじゃないのか?」
 悠人が尋ねる。
 「そうは言っても、北方と中央部を繋ぐ道は“ヘリヤの道”だけです。攻めるのも守るのも困難な砂漠です」
 レスティーナは続けた。
 「我が国がここまで急成長することは予測できなかったのも加えれば、そう安易に攻めては来ないでしょう。まだ双方の情報部が、探りを入れている状態です。その間に態勢を整えることになるでしょう」
 「ちょうどいい時間稼ぎか・・・」
 『だが、佳織のこともある。時間が稼げることは、決して喜ばしいことだけじゃない・・・』
 悠人は考え込む。
 「しばらくは睨み合いの時となるでしょう」
 「・・・わかった」
 悠人は頷いた。
 「・・・」
 「トーゴ?」
 レスティーナは、悠人の隣で難しい顔をして沈黙している闘護を見た。
 「どうしたのですか?」
 「いや・・・何でもない」
 闘護は首を振った。
 「闘護。何か気になることでもあるのか?」
 「何でもないって」
 悠人の追及に、闘護は手を振る。
 「だけど・・・お前、クェドギンと話してたろ。その時に何か・・・」
 「前にも言ったはずだ」
 悠人の言葉を遮るように、闘護は言った。
 「彼との会話について、俺は何も語るつもりはない」
 「・・・どうしても、ですか?」
 レスティーナの口調は堅かったが、闘護は首を振る。
 「すまない・・・だが、今は言うわけにはいかないんだ」
 「戦況に影響する情報を知っているのに、ですか?」
 「戦況云々以前の問題についての話をしたんでね」
 「どんな話なんだよ・・・?」
 「・・・いずれ、語る。今は何も聞かないでくれ」
 そう言って、闘護は小さくため息をつく。
 「俺自身も、まだ内容を整理しきっていないんだから・・・」


─聖ヨト歴331年 シーレの月 緑 二つの日 昼
 神聖サーギオス帝国 帝都サーギオス

 ガタガタガタガタ─
 揺れる馬車は、決して乗り心地がよいとは言えない。
 窓が常にカーテンで閉め切られているのなら尚更である。
 佳織は、日に何度も気持ち悪くなりながら耐えていた。
 「まだ・・・かな」
 『もう出発して何日経っただろうか?』
 同じような日々の繰り返しに、佳織は日数を数えるのも止めていた。
 会話も、トイレと食事に関するもの以外はない。
 「お兄ちゃん・・・」
 固い決意を持っていたはずなのに、それにも僅かなほころびが出来る。
 代わり映えの無い時間は、それだけ佳織の心に負担を強いていた。
 ─ガタン!と一つ、大きな揺れを残し、馬車が止まった。
 「降りろ」
 「・・・え?」
 自分が降りる理由が見つからず、佳織は問い返す。
 「・・ッ、着いたから降りろと言っている!!」
 兵士は慌てた調子で叫ぶ。
 以前に佳織が言った、エトランジェだという言葉が効き過ぎ、これまでも何かにつけて怯えていたような節が見られた。
 「着いたって・・・」
 馬車を降りようとして、強い光が目に入ってきた。
 勢いよく扉が開かれる。
 眩しさに目を細めながら、佳織は馬車を降りた。
 「んっ・・・」
 目を細めただけでは足りず、日差しに対して手をかざす。
 馬車の中があまりにも暗すぎたのだ。
 眼鏡を掛けていないのも、理由の一つかも知れない。
 「ここが・・・」
 目の前にそびえる巨大な門。
 ここまで来たのだと、萎えかけてきた気持ちが奮い立つ。
 「あ・・・」
 門を見上げていると、佳織の後から出てきたウルカがスタスタとその中に入っていくのが見えた。
 「お礼・・・言えなかったな・・・」
 『私をさらうためでも、助けてくれたのに・・・』
 移動中は近くに常に兵士がおり、礼を言うことが出来なかったのだ。
 「また、会うこともあるよね・・」
 「おいっ、何をしている!さっさと歩け!!」
 兵士が居丈高に急かす。
 「・・・わかっています」
 佳織はレスティーナの真似をして、屹然と答える。
 『強くあろう・・・』
 佳織は心の中でそう思い、促されるまま歩き出した。


 豪奢な作りの城だった。
 兵士に連れられて廊下を歩き、この部屋に来たのはついさっきのこと・・・

 「秋月先輩・・・」
 「佳織、よく来てくれた!」
 ニコニコと笑い、両手を大きく広げて迎えたのは、佳織のよく知る人物だった。
 「報告を聞いてから、今日のことを心待ちにしてたよ」
 「・・・」
 「僕の方から迎えに行こうと思ったんだけど、やることが多くてね。これからは出来るだけ近くにいよう!」
 大喜びの瞬とは対照的に、佳織は気持ちが沈むのを感じた。
 『悪い人ではない・・・そう思いたいのに・・・』
 「コホン」
 室内にいる残りの一人が、面白くもなさそうに咳払いをする。
 そこにいたって、佳織は初めてその男の存在に気づいた。
 「・・・何か用なのか、ソーマ」
 瞬は鬱陶しそうな口調で言った。
 「いえ、別に」
 ソーマと呼ばれた男は特に不快な表情もせずに答える。
 「佳織は僕のために来たんだ。お前はいなくてもいいんだぞ」
 「そうもいかないでしょう。エトランジェには見張りが必要ですからねぇ」
 「フン・・・勝手にしろ」
 二人は互いに視線を合わせようとしない。
 『仲が悪いのかな・・・それに、皇帝らしい人もいない・・・』
 佳織は不安に感じた。
 「佳織!本当に来てくれて良かった」
 気を取り直したように、瞬は佳織に向き直る。
 「僕と一緒にいれば、素晴らしい世界を見せてやれる。あの退屈でつまらない世界なんかとは違うんだ」
 「・・・」
 「僕をわかろうともしない世界・・・僕と佳織の邪魔をするばかりの世界なんていらない。ここが僕のいるべき場所なんだ!」
 佳織は無言だった。
 元の世界を否定し、ここであることを良しとする瞬に、どう言葉を掛ければいいのかわからなかったのだ。
 「・・・秋月先輩。どうして戦うんですか?」
 「どうして?」
 瞬は不思議そうに言葉を繰り返した。
 だがそれも一瞬で、すぐに笑顔になる。
 「ここでは僕の力が必要とされているんだ。そして、僕はそれに応えることが出来る。この世界が僕を必要としているんだよ」
 「世界が・・・?」
 「ああ。この世界に住む人には僕が必要なんだ。強く・・・全てを従えることの出来る人間がね」
 「エトランジェ殿はこの国の勇者ですからねぇ・・・」
 ソーマが言葉を補う。
 しかし、内容に反して口調は皮肉に満ちていた。
 「いや、違う。この国だけじゃない・・・僕はこの世界の勇者なんだ。だから、お前のようなヤツも、逆らわない限り生きるのを許してやる」
 「おやおや・・・」
 ソーマは苦笑を浮かべて肩を竦める。
 「秋月先輩・・・」
 「わかるかい、佳織。僕は選ばれた人間なんだよ。地べたを這い蹲るアイツとは違う。この世界を動かす義務があるんだ」
 「・・・!!」
 『お兄ちゃんのことを悪く言った・・・!!』
 それを感じ取った瞬間、佳織は瞬を敵意を込めた目で睨み付けていた。
 「おや、エトランジェ殿。どうやら、この娘は貴方のことがお気に召さないようですよ」
 ソーマはニヤニヤと小馬鹿にしたように笑う。
 それを睨み付け、瞬は憮然とした。
 「なに、佳織はこれからわかっていくのさ。これまで、どれだけ長い間アイツに騙されていたのかを」
 「・・・お兄ちゃんは、私を騙したりしません」
 佳織は硬い口調で呟く。
 しかし、瞬はそんな佳織の感情の動きを全く気にしない様子で続ける。
 「可哀相に・・・そんなことを考えられないほど、ずっと騙されていたんだ。それは今にわかる。慌てなくていいさ」
 佳織は僅かに俯く。
 『どれだけ話したらわかってくれるんだろう・・・』
 瞬の態度に、佳織は悲しそうな表情を浮かべた。
 「佳織はそれでいい。だけど、アイツは罰を受けないとな・・・もっとも、すぐに受けるのはわかっているがね」
 「罰・・・?」
 瞬の言葉に、佳織は顔を上げて眉をひそめた。
 「これからアイツは、親友とやらと戦うことになるんだ。ククク・・・苦しむ顔が目に浮かぶ」
 「親友って今日ちゃん・・・それとも碧先輩ですか?」
 佳織の問いに、瞬はこれ以上ないほど悦に入った笑みを浮かべて答えた。
 「その両方さ」
 瞬はさも楽しそうに笑う。
 佳織は目の前が暗くなるのを感じた。
 「どうして!?どうして今日ちゃん達とお兄ちゃん達が戦わなきゃういけないの!!?」
 二人がこの世界に来ていたことがショックだった。
 しかも、悠人達と剣を向け合うなどということになる。
 自分の大切な人たちに起きていることに、佳織は震えた。
 「運命さ。運命がそうさせてるんだよ。僕が世界に望まれるように、アイツは世界の敵になる」
 呪詛の言葉を吐きながら、瞬の笑顔が狂気を帯びる。
 「だから、運命はアイツに死を送るんだ。ハハハ・・・これまで、僕の佳織をたぶらかしてきたんだ。報いを受けて、死ぬしかないのさ!!」
 「そんな・・・そんな・・・」
 佳織は蒼白になった顔で、笑う瞬を見る。
 腰の神剣がボンヤリと赤い光を放っていた。
 「止められ、ないんですか・・・?」
 「止める必要はないだろう?」
 瞬は当然のように答える。
 「あいつらはみんなで佳織をたぶらかしてたんだ。全員揃って殺し合うなんて、いい気味じゃないか」
 「・・・」
 「神坂だってそうさ。ラキオスなんて裏切って僕に従えばいいものを・・・」
 そう言った瞬の瞳には、僅かに苛立ちの色が浮かんだ。
 「・・・?」
 『神坂先輩が?どうして・・・そんなことを言うの?』
 一瞬、佳織の心の中に疑問が浮かぶ。
 しかし、深く考える暇も与えず、瞬は笑った。
 「・・・そうだな。そろそろ戦っていてもおかしくない頃じゃないか?僕にはまだ、その報告はないが」
 つまらなさそうに聞いていたソーマを睨み付ける。
 だが、射るような視線を向けられた側は笑うだけだった。
 「さて、知りませんねぇ。私も報告を受けてはいませんよ」
 「・・・どうだかな」
 瞬はあからさまに疑いの視線を向ける。
 「ククク・・・私も信用がありませんねぇ」
 ソーマもまた、皮肉ぽっく答える。
 「僕と佳織以外の人間なんて信じられるものか。大体、お前は僕のことが嫌いだろう。僕もお前なんて嫌いなんだよ」
 「おやおや。勇者殿には嫌われてしまいましたか」
 ヤレヤレとばかりに肩を竦める。
 それを忌々しげに一瞥し、瞬は佳織へと向き直った。
 「佳織・・・いつまでも僕の隣で笑っていてくれ。それが佳織の幸せなんだから」
 「・・・」
 佳織は唇を噛み締めるしかなかった。
 涙は流さない。
 泣いても何も好転しないことは凄くよく解っている。
 だから、佳織は心の中で強く願った。
 『もし、神様がいるなら・・・みんなを戦わせないで!!』


─聖ヨト歴331年 シーレの月 緑 四つの日 昼
 リュケイレムの森

 未だ本格的な戦闘が始まっていないとはいえ、マロリガン共和国のスピリットもしばしばラキオス領内に侵入していた。
 それらの迎撃作戦はもちろん、悠人達スピリット隊が行っていた。
 そして、今日もまた迎撃の為にリュケイレムの森へ出陣していた。

 「ふぅ〜っ!やっとやっつけたよぉ〜」
 「お疲れ様、オルファ。きつかったけど、何とかなったな」
 『敵も、さすがは精鋭部隊だな・・・各色のスピリットの構成がしっかり考えられてる』
 悠人は額の汗を拭った。
 『拠点の性質をふまえて編成されては、こちらの対応も慎重にならざるを得ない。エスペリアの助言がなかったらヤバかったかもしれないな。そろそろ、こっちも気合い入れないと・・・』
 「ね!パパ!!ねぇねぇ・・・あっちで何か動いたよぉ?」
 考え込む悠人は、オルファリルの声に気付かない。
 『特に砂漠が問題だな。これ以上、あそこに赤のスピリットを投入されたら・・・』
 「パパってばぁ〜、あっちあっち」
 腕を引っ張るが、悠人は反応しない。
 『アセリア達を支援に回して、敵のスキルを封じるとして・・・でも、そうすると前衛の攻撃力ががた落ちするしなぁ』
 「パパ〜。う〜〜〜。もういいもん」
 焦れたオルファリルは頬を膨らませて走り出す。
 『とりあえずレスティーナと相談してみないと・・・って』
 「あれ?オルファ?どこ行ったんだ?」
 ふと、悠人はオルファリルが居なくなってることに気づいた。
 『どこに行ったんだ・・・?』
 「お〜い、オルファ。勝手に離れるなよ!!」
 悠人は神剣を使って気配を探した。
 『【理念】の位置は・・・あまり遠くないな』
 悠人は安心して、そちらへ移動する。
 「!?」
 悠人が気を緩めた瞬間、オルファリルの気配が一気に加速して離れていく。
 しかも、まるで何かに追われるように、ピョコピョコと左右に揺れている。
 「まさか敵かっ!?くっ・・・オルファッ!!」
 これ以上離されないように、悠人は急いで走り出した。

 「【理念】の動きが止まった?」
 数分間の追走。
 オルファリルの持つ神剣は、その動きを止めた。
 気配が消えたのではないところを見ると、どうやら最悪の事態ではないようである。
 「おーい!オルファ、どこにいる!?返事をしてくれ!!」
 「は〜〜いっ!!」
 森の奥から、オルファの脳天気な返事が聞こえてくる。
 その声に危険は感じられず、悠人は胸をなで下ろした。
 『全く、心配させて・・・』
 苦笑が浮かぶが、それも余裕の表れだった。
 「パパ、見てみてぇ〜。すごいんだよ」
 「こらっ!オルファッ!」
 強い口調で名前を呼ぶ。
 突然、大声で呼ばれたオルファは、ビクッと身体を硬くする。
 「ここは戦場なんだぞ!?安全かどうかもわからないのに、フラフラ動いてたら危ないだろっ!オルファだけじゃない、他のみんなも危なくなるんだぞ」
 後半は言い聞かせるように、ゆっくりと言って聞かせる。
 オルファリル自身は、体が小さくて防御は苦手であり、一人の時を狙われたら非常に危険なのだ。
 『なのに・・・オルファはそのことを自覚していない!!』
 「・・・ごめんなさ・・い」
 泣きそうな顔で、胸の何かを抱きしめる。
 「あ・・・ごめんな、大きい声出したりして。でもさ、俺は誰にも死んで欲しくないんだ。だからさ・・・もう、危ない真似はしないでくれ。頼む」
 アセリアにも伝えた言葉を、悠人は目をそらすことなく、オルファリルに一言一言をしっかり言って聞かせる。
 「う・・・ん・・・わかったよ。ごめんなさい・・・パパ・・・」
 「わかってくれればいいよ。・・・ところで、そのごそごそしてるのは何だ?」
 悠人はオルファリルの腕の中で、モゾモゾと動いている白いものに視線を移した。
 『アレは何だ?』
 「う、うん。パパ、これ・・・」
 のぞき込むとウサギそっくりの動物が、オルファリルの腕から逃れようと動いている。
 『コイツが・・・エヒグゥってヤツか?』
 「ごめんなさい。エヒグゥ見つけて・・・ここまで追っかけちゃったの」
 さっき怒られたことをよほど反省しているのか、俯いて元気なく答える。
 『落ち込む様を見るのは辛いけど・・・ここで甘やかすのは駄目だ。心を鬼にして・・・だけど・・・エヒグゥにはそれなりに興味があるし・・・』
 葛藤の末、悠人はオルファリルの腕の中で動いているものの頭を撫でた。
 「へぇ〜、これがエヒグゥか」
 『人が怖くないのか?』
 頭頂部に、何かコブみたいなものがある。
 『これが、ツノ・・・何だろうか?』
 「ねぇ・・・パパ。このエヒグゥ連れ帰っていい?」
 「いいって・・・どうするんだよ。ウサギ・・・じゃなかった、エヒグゥなんて」
 「佳織と約束したの。絶対にエヒグゥを見せてあげるって。捕まえたらパパみたいに、オルファもプレゼントするって」
 『佳織との約束を守るためにしたのか・・・こりゃ、怒るどころか感謝しないと駄目だな』
 オルファリルは優しくエヒグゥの背を撫でる。
 無邪気に戯れる姿が微笑ましかった。
 「うーん・・・連れて帰っていいのか、よく解らないけど・・・ちゃんとオルファが面倒見るなら良いんじゃないかな」
 「いいの?パパ、ほんと?」
 「大丈夫だろ・・・多分だけど」
 オルファリルの顔がパッと明るくなる。
 キラキラした瞳が悠人を見つめていた。
 「ありがとう、パパ!オルファ、もう勝手に一人で動いたりしないよ!!」
 さっきまで泣きかけていたとは思えないほど明るい。
 『まぁ、この方がオルファらしいか』
 「でも生き物を飼うっていうのは大変なことだぞ。毎日、面倒見なくちゃいけないし」
 「大丈夫だよ。オルファ、ちゃんとやるもん!」
 「エスペリアをあてにしちゃ、ダメだからな」
 「うん!!」
 満面の笑みを浮かべるオルファリル。
 つられて、悠人も笑顔を浮かべてしまう。
 『・・・この笑顔に弱いんだよな。駄目だ駄目だと思いながら、つい甘やかしてしまう』
 「でも約束だぞ。ちゃんとオルファが面倒見るんだからな?」
 笑顔のまま、大きく頷くオルファリル。
 『・・・いつも返事はいいんだよなぁ』
 「ありがとう、パパ♪エヒグゥ、よろしくね」
 ニッコリとエヒグゥに笑いかけるオルファリル。
 『少し、軽く決めすぎたかな・・・だけど、これでオルファが命というものについて学んでくれるなら、安いよな』
 悠人は心の中で納得した。


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 「オルファがエヒグゥを飼いたいって言うんだけど・・・駄目かな?」
 悠人の提案に、エスペリアと用事で館に来ていた闘護は眉をひそめた。
 「困りましたね。エヒグゥですか・・・」
 「?何か問題があるのか?」

 議題となっているのは、オルファリルが連れ帰ってきたエヒグゥの『ハクゥテ』のことだった。
 ちなみに、ハクゥテとは、こちらの世界で言うパスタのようなものだ。
 佳織の『ナポリタン』の所以にかけて、オルファリルが前から考えていたらしい。

 「エヒグゥは香草が好物なんだよ」
 闘護は肩を竦めた。
 「オルファのことだから放し飼いでしょうし・・・庭園に柵を作らないと全部食べられてしまいます」
 エスペリアはため息混じりに呟いた。
 『そうか、そういう問題もあったのか・・・やっぱり簡単に承諾しちゃまずかったかもしれない』
 「エスペリア・・・ゴメン。勝手なことしちゃって」
 「い、いいえ!お気になさらないで下さい。私もユート様のお考えに賛成なのですから」
 目をそらして顔を曇らせる。
 「あの娘の生い立ちは、少し特殊ですから・・・」
 『オルファの生い立ちに何があるんだろう?』
 「何があったか、聞いていいか?」
 悠人が尋ねた。
 「俺も知りたいな」
 闘護も頷く。
 「・・・はい」
 エスペリアは少し迷ったが、やがて頷いた。
 「オルファの生い立ちは、どう特殊なんだ?」
 「・・・以前に、私達のスピリット隊は実質二代目であるという事をお話ししたのを、憶えていらっしゃいますか?」
 『そう言えば、そんなことを聞いたことがあるような・・・確か先代のスピリット隊は、隊長共々全滅したとか。ただ一人、エスペリアを残して』
 「ああ。覚えてるよ」
 悠人が答えた。
 闘護も頷く。
 「その時から、ラキオスは方針を変えたのです。スピリットの中でも・・・特に力が強い者は、出来る限り戦いに特化させる、と」
 エスペリアは沈んだ表情を浮かべる。
 「それまでは戦術訓練や、教育なども行っていました。理性という者が、人を守る上で必要と判断されていたからです」
 「・・・」
 悠人と闘護は難しい表情でエスペリアの話を聞く。
 『エスペリアは、スピリットとして人を超えた力を持っている。だけど、それを除くなら、ごく普通の女の子だった・・・それにくらべると、アセリアやオルファ、そしてもう一つの館のスピリット達は、神剣や戦いのことを優先している』
 悠人は唇をかんだ。
 『人間らしいスピリットと、人間らしさを与えられなかったスピリット。一体、どちらが幸せだったのだろう?』
 「・・・それじゃ、オルファのあの性格って・・・?」
 悠人の問いに、エスペリアはコクリと頷いた。
 「・・・は・・・い。方針変更後の・・・教育の結果です」
 「命を大切にする心は、戦う上で邪魔ってわけか・・・何様のつもりだ」
 闘護は不愉快そうに吐き捨てた。
 『オルファが命を奪うことに罪を感じないのも当然だ。ずっと、そういう風に教えられてきたのだろうから・・・・』
 悠人は強く憤る。
 「それでもあの娘は、賢くて、とても優しい娘です。私の可愛い・・・自慢の妹なのです」
 「うん。オルファは良い娘だよ。本当に・・・」
 「そうだな」
 エスペリアの言葉に、悠人と闘護は同意する。
 『アセリアや、他のみんなだってそうだ。戦わされているだけのスピリットに罪はないんだ・・・だけど、もし無自覚すらも罪だとしたら。俺たちはどうすればいいんだろう・・・?』
 悠人は考える。
 「ですから、ハクゥテを飼うのは賛成なのです。もしかしたら、これはラキオスのやり方には逆らうことになっているのかも知れません」
 目を伏せ、辛そうな顔をするエスペリア。
 「いいじゃないか。国策なんて無視すれば」
 闘護は軽い口調で言った。
 「トーゴ様・・・」
 「少なくとも、レスティーナは反対しないだろ」
 闘護はニヤリと笑う。
 「トップが反対しなければ、下の有象無象共が何を言おうと気にする必要はない」
 闘護の悪口に、エスペリアは目を丸くする。
 「と、トーゴ様・・・それは言い過ぎかと」
 「そうかな」
 闘護は肩を竦めた。
 「・・・」
 「悠人はどう思う?」
 沈黙するエスペリアをおいて、闘護は悠人に尋ねた。
 『戦いに純化していった結果は、神剣との一体化しかない。エスペリアはそれを恐れているんだ・・・』
 「俺も賛成だよ」
 悠人は強い口調で言った。
 「・・・でも不安が・・・」
 「ねぇねぇ!パパ、エスペリアお姉ちゃん!ハクゥテの餌って何あげればいいのかな?ハクゥテ、ここのミコーネの葉、食べたがってたみたいだけど」
 「だ、だめです!!それは大切な一苗しかないものなんですから!!」
 窓の外からのオルファリルの声に慌てるエスペリア。
 「そか!こらハクゥテ、それ食べちゃダーメ!」
 「ああっ・・!!ハクゥテを止めて、オルファ!!!今、行きますから!!」
 普段からは考えられない勢いで外に飛び出していくエスペリア。
 『何というか・・・まぁ、微笑ましい・・んじゃないだろうか?』
 悠人は苦笑する。
 『でも、スピリットって難しいな・・・』
 「戦うことしか教えないのは、明らかに間違っているよな?」
 悠人は闘護を見た。
 「当然だ。それは道具としての生き方しか認めないということになる。心を持った生物に対して、そんな考えは傲慢以外の何物でもない」
 闘護は答えた。
 『戦って勝つというのは、相手を倒すということ。いや、殺しているという方が正しい。俺だって、もう何人も殺してしまっている。だが、決してそれを忘れるわけにはいかない』
 悠人は拳を握りしめた。
 『俺や・・・多分、エスペリアが感じているもの。罪の意識を持ち続けながら』
 「戦っていく苦しさ。出来ることなら、オルファにはそんな苦しみを味わって欲しくないな・・・」
 悠人は呟いた。
 「・・・難しいな」
 悠人の呟きに、闘護は眉をひそめた。
 「・・・ああ」
 悠人は頷く。
 『それは叶わぬ望み・・・いつかは必ず、命の大切さを真に知る日が来る。そして、その日はオルファリルが苦しさを知る日にもなるんだ・・・』
 悠人は、予感ではなく確信に近いものを感じた・・・

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