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─同日、夜
 ラキオス城、中庭

 「あ、ユート様だ!!」
 周囲を哨戒していたシアーが叫んだ。
 「みんな!!」
 悠人達は中庭に駆け込んでくる。
 「ご無事でしたか・・・よかった」
 ヒミカが安堵の表情で呟く。
 「レスティーナ様は、こちらへいらしてませんか?」
 エスペリアが尋ねる。
 「?いいえ、来てませんが・・・」
 ファーレーンが答えた。
 「だとすると、まだ城内にいるのか?」
 悠人は城を見つめる。
 「・・・あれ?」
 悠人はある疑問が思い浮かんで、もう一度全員を見回す。
 「闘護はどうしたんだ?」
 悠人の問いに、セリア達は首を振る。
 「私達は見てませんが・・・」
 「第二詰め所にいたんじゃないのか?」
 「ううん。いなかったよ」
 ネリーが答える。
 「ちょ、ちょっと待てよ!?」
 悠人は眉をひそめる。
 「じゃあ、闘護はどこにいるんだ?」
 【・・・】
 悠人の問いに、誰も答えない。
 「ユート様。トーゴ様はスピリットの攻撃に対して無敵です。今はレスティーナ様を優先しましょう」
 「あ、ああ・・・」
 エスペリアの言葉に、悠人は困惑しながらも頷く。
 「もしかしたら、レスティーナ様は既に第一詰め所へ向かったかも知れません。みんなは第二詰め所からここまで来ています。それまで、レスティーナ様を見てませんか?」
 「見てないわ」
 セリアが答える。
 「でしたら、既に向かった可能性が高いと思います。中庭からの抜け道はレスティーナ様もご存じですから」
 「そ、そうか・・・それなら、第一詰め所へ向かう!!」
 悠人はエスペリア達を見た。
 「はい。アセリア、オルファ。行きますよ!!」
 「ん・・・」
 「は〜い!」
 「セリア達は、ここで待機して下さい」
 「わかりました」
 エスペリアの命令にセリアが頷く。
 「行こう!!」
 悠人、エスペリア、アセリア、オルファリルは走り出した。


─同日、夜
 ラキオス城、廊下

 「ところで、どうやって第一詰め所へ行くんだ?」
 闘護が難しい表情で尋ねる。
 「謁見の間から第一詰め所まで約三十分か・・・それまでに敵と遭遇せずに他の仲間と合流できるのかな・・・」
 「だが、廊下を抜けないと詰め所へは行けない」
 リクが首を振る。
 「他に道はないのか?」
 「あります」
 その時、レスティーナが口を開いた。
 「中庭から第一詰め所へ通じる地下道があります。そちらに向かいましょう」
 「中庭なら、ここから十分で着きます」
 シュウが答える。
 「わかった、中庭に向かおう」
 闘護は頷いた。


─同日、夜
 ラキオス城、地下道

 「はぁ・・・はぁ・・・」
 暗い地下道を、悠人は必死になって走る。
 『第一詰め所には佳織がいる。もしもレスティーナを追って敵が第一詰め所に攻め込んだら・・佳織がっ!!』
 「くそっ!!」
 その速度はエスペリア達を後ろに置き去りにするほど早かった。
 先を急ぐエスペリア、アセリア、オルファリルも必死になって後を追い続ける。
 「ゆ、ユート様!!お待ち下さい!!」
 エスペリアが叫ぶが、悠人は振り返ろうともしない。
 「ぱ、パパァ〜、待ってよぉ〜!」
 オルファリルも額に汗を浮かべながら走る。
 「・・・」
 ただ一人、アセリアは相変わらずの無表情で走り続けていたが。


─同日、夜
 ラキオス城、中庭

 悠人達が地下道に入ってから十分後・・・

 「トーゴ様!?」
 監視をしていたファーレーンが叫んだ。
 「あれ、レスティーナ様もいる・・・?」
 隣にいたニムントールが呟く。
 駆け込んできた闘護は、すぐに全員を見回す。
 「みんな、どうしてここにいるんだ!?」
 「エスペリアに言われて、レスティーナ様がこちらへ来る可能性があるということだったので、待機していました」
 セリアが答える。
 【はぁはぁはぁ・・・】
 ずっと走ってきたため、レスティーナら人間四人は、皆荒い息をついていた。
 「そうか・・・って、言ったエスペリアはどこにいるんだ?」
 「エスペリアは、ユート様とアセリア、オルファと共に第一詰め所へ向かいました。既にレスティーナ様が第一詰め所に向かったのではと考えて・・・」
 ヒミカが言った。
 「一足遅かったか・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 『どうするか・・・とりあえず悠人達にレスティーナの無事を知らせた方がいいな』
 考えをまとめた闘護はヒミカ達を見回した。
 「わかった。俺も第一詰め所へ向かうから、君たちはレスティーナ達の護衛を頼む」
 「ハァハァ・・・い、いいえ、トーゴ」
 闘護の提案に、レスティーナは肩で息をしながら首を振る。
 「私達も、第一詰め所へ・・ハァハァ・・向かいましょう。ここ、は・・・ハァハァ・・危険です」
 「わかってる。だが、その状態では無理だろ」
 闘護はそう言ってセリア達を見る。
 「レスティーナ達が落ち着いたら、第一詰め所に来てくれ」
 「わかりました」
 「それでいいか?」
 闘護の問いに、レスティーナはコクリと頷く。
 「わ、わかりました。暫く・・休みます」
 「OK。じゃあ、先に行ってくる」
 闘護はそう言って走り出した。


─同日、夜
 第一詰め所周辺

 悠人、アセリア、エスペリア、オルファリルの四人は地下道を抜け、第一詰め所までもう少しの場所まで来た。

 「はぁ・・はぁ・・」
 悠人は一心不乱に走り続ける。
 アセリア達も地下道で何とか悠人に追いつき、その後ろを走る。
 「ユート様、空を!?」
 その時、エスペリアが叫んだ。
 見ると、空に黒い影が幾つも浮かんでいる。
 「あれはスピリット・・・敵か!?」
 悠人は【求め】を構える。
 「アセリア!!エスペリア!!オルファ!!」
 悠人は叫んだ。
 「ここで迎撃する!!レスティーナ王女を守るんだ!!・・・そして、全員で生き残る。絶対に!!」
 「うん」
 「はい!!」
 「王女様助けるんだから!!」


─同日、夜
 ラキオス城、地下道

 「はぁ・・・はぁ・・・」
 暗い地下道を闘護は一人、走り続ける。
 『今回の奇襲はラキオス王族を狙ったものか・・・?』
 走りながら考える。
 『ならば、残るはレスティーナ・・・みんなが守ってくれるから大丈夫だろう』
 「はぁ・・はぁ・・・」
 この時、闘護の心には僅かながらの安堵があった。


─同日、夜
 第一詰め所周辺

 「これで残りは四体!!ユート様、このスピリット達は帝国のものです!!」
 エスペリアが叫んだ直後、上空からスピリットが舞い降りる。
 さっきまで戦っていた連中とは明らかに異なる気配。
 その中に、悠人の知っているものがあった。
 『まさか、あいつか!?』
 「・・・再びまみえることになるのも、また縁」
 月光と炎の光を浴びて、銀色の髪が輝く。
 闇色のハイロゥ・・・黒い翼をはためかせ、スピリットが悠人達を見据える。
 「やはり・・・!お前か、ウルカ!!」
 悠人は叫ぶ。
 それはイースペリアで対峙した漆黒の翼ウルカだった。
 「何故こんな事をした!?お前も神剣に操られてやっているのか!?」
 「神剣の声は、手前には聞こえぬ・・・それ故に戦う意味を探している。この剣を振るう、意味を・・・」
 ウルカは冷静な口調で言った。
 「何言ってやがる!!これだけ人が死んだんだぞ!?」
 「・・・」
 悠人の叫びにウルカは一瞬眉をひそめたが、すぐに無表情に戻る。
 「ラキオスのユート殿、アセリア殿。手合わせ願おうか。手前はウルカ、漆黒の翼ウルカ」
 名乗りを上げ、大きく前傾姿勢の構えを取るウルカ。
 真っ直ぐに悠人を睨む目から、身震いするほどの殺気が伝わってくる。
 「・・・」
 アセリアがウルカに向かって無言で剣を構える。
 「ユート様、全力で・・・!!」
 エスペリアの言葉に悠人は頷く。
 「出し惜しみはしないさ。そんなの・・・出来る相手じゃない」
 悠人は【求め】を構えた。
 「全開で行くぞ、バカ剣!!」
 集中し、目を細める。
 【求め】は強い相手と戦えるという歓喜に満ちていた。
 ウルカに向けられている【求め】の刀身は、ボンヤリとした青い光に包まれていく。
 『今度は負けない!!イースペリアのようなことを繰り返してたまるか!!』
 握る力を強めて、気迫を剣に込める。
 キーン!!
 纏う光が一層強くなる。
 「いくぞっ!!」
 ウルカ達と悠人達の間に緊張が張りつめる。
 まるで、付近の時間が凍り付いたようだった。
 【求め】が放つオーラフォトンの光に、ウルカは不敵な笑みを浮かべる。
 「これほどの使い手達と戦えることに感謝する・・・参るっ!!」


─同日、夜
 地下道、出口

 「ここは・・・」
 地下道を出た闘護は周囲を見回す。
 周囲は無数の木が生い茂っている。
 「森か・・・第一詰め所は」
 キーン!!
 その時、離れたところで光が見えた。
 「あれは・・・!?」
 闘護は光に向かって走り出す。


─同日、夜
 第一詰め所周辺

 「ぐぅっ・・・!!」
 悠人の返り血がついたウルカの神剣が輝く。
 斬られた傷も、焼けるように熱を持っていた。
 『やはりウルカは強い。まだ、お互いに決定的なダメージはないが、それもいつまでもつか・・・』
 冷たい汗が流れる。
 その悠人の前で、剣に付着した血液が金色のマナとなって消えていく。
 「フ・・・手前らが初手で決着をつけられぬとは。さすがは名高きラキオスのスピリット」
 「・・・」
 アセリアはウルカを睨み続けていた。
 次の行動に瞬時に反応できるよう、重心を低く構え、片時も目を離そうとしない。
 『力量の差があまりにも歴然としている・・・くそっ!!』
 単純な神剣の力なら悠人が勝っている。
 だが、経験と技量においては、ウルカが数段勝っていた。
 『このままじゃマズいな・・・いや、相手に呑まれるな。気を張れ・・・だが冷静に・・・』
 悠人は心の中で何度も呟く。
 緊張で手がじわりと汗ばんだ。
 「・・・ここまでとしよう。手前には別の使命がある故」
 そう言って全身の力を抜くウルカ。
 だが、その瞬間・・・
 「せやぁっ!! 
 力を抜く瞬間を見極め、エスペリアが間合いを詰める。
 最小限の動きで【献身】の一撃を繰り出した。
 「フ・・・」
 喉元に刃が届く数ミリ手前で、エスペリアの腕が伸びきる。
 ウルカは【献身】のリーチを完全に見切り、僅かな動きでかわしてみせた。
 「ハッ!!」
 その隙をウルカは見逃さない。
 即座に一歩踏み込むと、神速の動きで刀を抜き放つ!
 エスペリアは、それについていけなかった。
 シュッ!!
 「あ、あくっ!!」
 当たる寸前に身を引き、致命傷だけは避ける。
 しかし、刃は胸元をかすめて左腕を切り裂いた。
 パッと空中に鮮血の赤が舞う。
 エスペリアは苦痛に顔を歪めながら、後ろに飛び退いた。
 「エスペリアッ、大丈夫か!?」
 「は・・い、この程度は」
 そう答えるが、袖口に血が滲んでいく。
 無事を伝えるはずの声は、明らかに痛みを訴えていた。
 ウルカは無言のまま刀を鞘に納める。
 その間も視線でプレッシャーを与えてきていた。
 『・・・近づけば、やられる。隙が見あたらない』
 エスペリアも片腕では神剣をまともに扱えない。
 悠人は背中に庇うようにしながら、ウルカを見据えた。
 「・・・」
 再び全身の力を抜いて目をつむるウルカ。
 『駄目だ・・・勝てる気がしない』
 夜の闇よりなお深い黒。
 ウルカは雄大な翼をはためかせ、悠人達を威圧する。
 「・・・またの機会を、待つ」
 ポソリと言葉を残し、飛び立つウルカ。
 悠人は我慢できず、その姿に問いかけてしまう。
 「待て!!使命って何だ!?」
 ウルカは空中で振り返り、チラリと悠人の目を見た。
 その瞳には、何故か哀しみのようなものが見える。
 『・・・何だ?あの目』
 妙な感覚だった。
 『何故、俺にそんな目を向ける・・・?』
 ウルカはハイロゥを羽ばたかせると、飛び去っていった。
 「館の方角ですっ!!ユート様、カオリ様が!!」
 「なに・・・まさかっ!?」
 『館に何の用だ?いや、そんなことよりも・・・もし、焼き払われたりしたら・・・』
 悠人は身震いする。
 「くっ!!佳織が危ない・・・行くぞっ!!」
 「はいっ!!」
 『佳織・・・無事でいてくれっ!!』


 離れた場所からも、館の屋根が既に燃え始めているのがよく見えた。
 そして・・・その時。
 〔・・・上だ〕
 【求め】の声で悠人は空を見る。
 悠人の視線の先、ウルカは悠然と浮かんでいた。
 そして、その腕の中には少女が一人。
 「お、おにいちゃーーん!!いやっ!!いや、離してぇっ、離してよぅっ!!」
 「かお・・・り・・・?」
 『バカ、な・・・隠れていたはずなのに、まさかこんな短時間で・・・』
 悠人は信じられないという目つきでウルカと佳織を見る。
 「・・・あまり動くな。落ちる」
 「佳織ぃぃぃぃっ!!!」
 ウルカの言葉と佳織を捕まえていること。
 理解した瞬間、悠人の頭に血が上る。
 心に流れ込む怒りが、悠人の許容量を瞬時に上回った。
 〔消滅させよ。そして、我の力とせよ!〕
 悠人は、破壊をほのめかす声すら心地よく感じていた。
 心の声への抵抗を忘れていた。
 「うぉおおおおおおおっっっ!!!」
 【求め】から流れる力に、悠人の心が塗りつぶされる。
 同時に、悠人の全身に力があふれてきた。
 「ユート様っ!!」
 エスペリアが必死の形相で叫ぶ。
 『うるさいっ!!俺は佳織を・・・佳織を助けるんだっっ!!』
 ウルカは空中で制止したまま、悠人をジッと見下ろした。
 瞳にはどんな感情もない。
 「ユート殿に我が主からの伝言がある。正確に伝えよう」
 ウルカはゆっくりと口を開いた。
 「佳織は僕の物だ。取り戻したかったら、追ってこい。僕がいる場所まで、這ってでも辿り着いてみろ」
 感情を込めず、淡々と語る。
 それにも関わらず、悠人の心に自然と憎悪がわき上がってくる。
 『まさか・・・アイツもこの世界に来ているのか!?』
 僅かに残る理性が、ウルカの言葉に反応する。
 「僕の【誓い】で、貴様の【求め】を破壊してやる」
 「まさか・・・秋月・・先輩?」
 佳織も呆然とした面持ちで暴れるのを止める。
 秋月瞬。
 『アイツが・・・アイツが、エトランジェとしてこの世界に来ているというのか!?』
 「ウルカ・・・お前は瞬の手先かっ!!いや、何故アイツがここに・・・この世界にいるっ!?」
 悠人は感情の高ぶりのままに叫ぶ。
 ウルカは悠人の激情を受け流すと、冷静に答えてきた。
 「シュン殿は我らの主。手前共は【誓い】の元に集う剣」
 【誓い】という言葉に、【求め】が激しく反応した。
 握りが焼けるように熱くなる。
 かつてないほどの憎悪の感情に、悠人は気が狂いそうになる。
 〔砕けっ・・・契約者よ。【誓い】を砕くのだっ!!〕
 【求め】から破壊衝動があふれ出した。
 瞬と【誓い】、二つの対象への憎悪がドロドロに混ざり合う。
 〔【誓い】を砕け!!【誓い】を滅ぼせ!!〕
 今の悠人に、衝動を抑える術はなかった。
 「うぁあああああああああっっっっ!!!」
 『【誓い】を砕き・・・瞬を殺すっ!!』
 【求め】の刀身からは青い炎。
 悠人の身体からは金色の光が立ち昇る。
 力を解放すると、足下に巨大な魔法陣が展開した。
 「!!この力は・・・シュン殿と同じ力?」
 直径が二十メートルにも及ぶ円。
 そこに複雑な紋様が浮かび上がり、幾本もの光条が天を裂く。
 次いで生まれた光のカーテンが、悠人の全身を包み込む。
 悠人は殺意を込め、顔に驚きを貼り付けたウルカを睨み付ける。
 ガササッ・・
 「悠人!?」
 そこへ、闘護が駆け込んできた。
 「トーゴ様!?」
 「エスペリア!!悠人は!?」
 「それが・・・」
 闘護はエスペリアの視線の先にいる悠人を見た。
 ゾクッ!!
 「!?」
 その瞬間、闘護は悪寒を感じる。
 「あれは・・・悠人、じゃ・・ない?それに、この光は・・・」
 「ユート様、いけません!!神剣に心を呑まれてはっ!!」
 「お兄ちゃん、止めてぇーーーっ!!なんだか怖いよ・・・そんなの駄目だよっ!!!」
 エスペリアの声も、佳織の声も、今の悠人にはあまりにも遠すぎた。
 ウルカの腕の中で泣き叫ぶ姿は、悠人の怒りを増すだけに過ぎない。
 そして怒りが膨れあがるに従って、意志は呑まれていく。
 悠人の頭の中は、【誓い】とその持ち主である瞬への憎悪だけになる。
 悠人の心が空っぽになって・・・そこに、魔法陣からわき出す無限のエネルギーが満たされていった。
 「くっ・・・悠人!!」
 闘護は悠人に向かって駆け出す。
 「トーゴ様!!危険です!!」
 エスペリアの制止も聞かず、闘護は止まらない。
 「殺す・・・【誓い】を・・・瞬を・・・!!」
 出口を求め、彷徨う力。
 制御の術を、悠人は何故か理解していた。
 「悠人!!止めろ!!」
 闘護の叫びにも、悠人は振り返ろうともしない。
 「瞬の・・・【誓い】の手先・・・消滅しろぉぉぉぉっっっ!!!」
 悠人は右手を天高く掲げた。
 開いた掌に、全身を駆けめぐるマナの力が集束する。
 バレーボール大の光球が、闇夜に浮かび上がった。
 ゾクッ!!
 「!!」
 再び強い悪寒を感じる闘護。
 「ッ!!手前のハイロゥの中へ。決して離さぬよう・・・」
 「えっ!?」
 驚く佳織を、無理矢理翼の奥へと押し込む。
 黒い光のカーテンが、二人の身体を包み込んだ。
 「く、くそっ!!」
 闘護は悪寒を無視し、闘護は悠人を羽交い締めにする。
 「止めろ!!」
 しかし、悠人は表情一つ変えない。
 「滅びろぉぉぉぉっっっっ!!!」
 掲げた手を握りしめる。
 指の隙間から漏れる光を、魔法陣の中心に叩きつけた!!
 パアアアアアアア!!!
 魔法陣から生まれ出る蒼き光の矢。
 鋭角的に何度も折れ曲がりながら、空中のウルカに向かって伸びていく。
 「・・・ヒッ!!」
 翼の間から外をうかがう顔が怯えている。
 『なんだ?・・・誰だ・・・?いや、誰であろうと・・・我・・・が、【誓い】を打ち倒す邪魔になるならば・・・』
 悠人の心の中で何かが反応する。
 バシュウウウウウウ!!!
 光の矢の幾つかが闘護の背中に命中し、白い煙をあげて消えていく。
 「ぐぉっ!?」
 その瞬間、闘護は背中に激痛を感じた。
 『痛い!!痛い!!神剣魔法と全然違う・・・この痛みは!?』
 凄まじい勢いで増していく背中の痛みに、闘護は苦悶の表情を浮かべる。
 そして放たれた光の矢は、空中のウルカが作り出した闇色の衣にぶつかっていく。
 ゴゴゴゴ・・・!!
 強大な力のぶつかり合いに、地面までもが震動する。
 衝突し、蒼い光は明るさを失っていく。
 それと同時に、闇もその色を薄めていった。
 「憎しみ・・・だがまだ・・・ッ!はぁあああああっ!!!」
 裂昴の気合い。
 ズバァッ!!!
 そして不安定な状態で、ウルカは残りの矢を切り払った。
 「感情に押し流された力では・・・この漆黒の翼を貫くことは出来ませぬっ!!」
 翼こそボロボロになっているものの、本体に傷はない。
 時を同じくして、力を放出しきった【求め】が沈黙した。
 今まで、悠人の心の大部分を占めていた怒りが、波が引くように消えていく。
 『俺は・・・今、何をしていたんだ・・・!?』
 悠人を羽交い締めにしていたはずが、悠人にしがみつく状態になっている闘護。
 「ぐっ・・・」
 小さいうめき声を上げながらも、悠人を放さない。
 空には、静かな瞳で悠人を見据えるウルカ。
 『俺の、攻撃・・・?』
 そして、ウルカの腕にはグッタリとした佳織の姿があった。
 『佳織がいたのに・・・!?』
 地面は抉れ、光から副次的に生み出された熱で、一部がガラス状に結晶化している。
 『もしも、ウルカが耐えられていなかったら・・・俺の手で、佳織を消し炭にしていたかもしれない・・・』
 悠人は身震いする。
 「安心されよ・・・この娘は無事だ」
 「佳織を・・・どうするつもりだっ!?」
 「この娘は頂いていく。シュン殿の言葉、確かに伝えた」」
 ウルカの神剣が黒い光を放つ。
 それを浴びると、ボロボロになっていたウィングハイロゥが、瞬時に再生された。
 そうして、今度は振り返らず、南へと飛び去っていった。
 「カオリ様ぁああああ!!!」
 エスペリアが絶叫する。
 「こっのぉ〜っ、カオリを返せっ!!」
 オルファリルは神剣を構えた。
 「【理念】よ。永遠神剣の主、オル・・・」
 オルファリルの詠唱に従い、【理念】にお前に赤い光を放つ魔法陣が現れる。
 「いけませんオルファ!!神剣魔法では、カオリ様も巻き込んでしまいますっ!!」
 エスペリアがオルファリルの行動をぴしゃりと遮る。
 その声には、どうすることも出来ない苦さがあった。
 「そんなぁ〜、だってだって!カオリが・・・」
 「オルファが魔法を使う方が危ないのですっ!!」
 『そうだ・・・なのに俺は怒りに流されて・・・剣に心を呑まれて・・・佳織を・・・俺の手で、佳織を・・・』
 自らの行動に対する恐怖で、地面に突き立てた【求め】がカタカタと鳴る。
 飛び去るウルカを眺める。
 『くそぅ・・・まるで自分の身体ではないように言うことを聞かな・・い』
 「ちきしょう・・・佳織・・・佳織ぃいいいっっっ!!!」
 叫びながら身体から最後の力が抜ける。
 悠人の意識は、吸い込まれるように闇に落ちた。
 ドサッ・・・
 悠人が倒れ、そして背中にしがみついていた闘護もそのまま悠人の上に覆い被さるように倒れる。
 「ユート様!!トーゴ様!!」
 エスペリアが慌てて駆け寄る。
 「ぐ・・ぅぐ・・・」
 闘護は苦悶の表情を浮かべる。
 「と、トーゴ様・・・」
 エスペリアは、闘護の背中を見て唖然とする。
 「え、エスペリア・・・俺の背中・・・どうなってるんだ?」
 闘護は震える声で尋ねる。
 「・・・す、凄い傷、です・・火傷と裂傷で・・ズタズタに、なってます」
 「そ、そう・・・か」
 闘護はそう言い残して、瞳を閉じた。
 「と、トーゴ様!?」
 エスペリアの叫びを最後に、闘護の意識は闇に沈んだ。


─聖ヨト歴331年 コサトの月 緑 三つの日 早朝
 第一詰め所周辺

 「・・・う」
 「ユート様!?」
 「あ・・・エス・・ペリ・・ア?」
 悠人はうっすらと目蓋を開けた。
 「こ、ここは・・・」
 視界に入ったのは、森の中だった。
 周りには、エスペリアやアセリアをはじめ、第二詰め所のスピリット達もいた。
 「先程の戦いがあった所です」
 「・・・たた、かい・・・?たた・・っ!?」
 ガバッ!!
 「佳織は!?」
 勢いよく起きあがった悠人はエスペリアに叫ぶ。
 「・・・」
 エスペリアは首を振った。
 「かお・・・り・・・」
 悠人はガックリと頭を垂れる。
 「ウルカ・・・帝国・・・瞬・・・っ!!」
 悠人はゆっくりと起きあがった。
 「ユート様?」
 「帝国に・・・行く」
 そう言って、側に置いてあった【求め】を掴む。
 「む、無理です!!そのお体では・・・」
 「佳織を助けないと・・・」
 「誰を助けるだって?」
 その時、悠人の前に誰かが立ちはだかる。
 「・・・闘護?」
 それは、上半身裸で無表情の闘護だった。
 「目、覚めたか?」
 「・・・」
 闘護の問いに、悠人は沈黙する。
 「目、覚めたかと聞いてるんだが?」
 「覚めたよ」
 そう言って、悠人は闘護の横を通り過ぎようとする。

 バキィッ!!

 「がっ!?」
 ドサッ!
 【!?】
 突然の出来事に、その場にいた全員が唖然とする。
 「・・・」
 闘護は拳を突き出したまま固まっている。
 「・・・何、するんだ?」
 地面に尻餅をついたまま、悠人は殴られた頬をさする。
 「目が覚めたかと聞いたんだがな」
 闘護はゆっくりと悠人の側による。
 「だから、覚めたって言ってるだろ」
 そう言って、悠人は立ち上がる。
 「俺は帝国に行くんだ。邪魔を・・・」
 ガシィッ!!
 闘護は悠人の胸ぐらを掴みあげる。
 「全然覚めてないじゃないか」
 「・・・何だと?」
 胸ぐらを捕まれたまま、悠人は闘護を睨む。
 「なぁ・・・さっき、お前何をしたか憶えてるか?」
 「・・・」
 「帝国のスピリットを、佳織ちゃんごと吹っ飛ばそうとしたよな」
 「あれは・・・」
 「あれは?事故とでも言うのか?」
 闘護の口調は、酷く辛辣だった。
 「剣に呑まれた・・・それが理由だと?」
 「・・・そうだ」
 バキッ!!
 「がっ!?」
 悠人の頬に、再び闘護の拳がめり込む。
 「ふざけるな!!事の重大さを理解してないのか!?」
 「うるせぇ!!」
 バシッ!!
 悠人は乱暴に闘護の腕を振り払う。
 「俺は佳織を助けに・・・」
 「死にに行く気ですか?」

 「レスティーナ・・・」
 悠人は闘護の後ろにいるレスティーナを見た。
 「衰弱している今の貴方が行っても、カオリを助けることなど不可能です」
 「・・・」
 「それに、一人で帝国と戦って勝てると思ってるのですか?だとすれば、それは浅はかにも程がありますよ」
 レスティーナの口調は厳しかった。
 「・・・」
 悠人は拳を握りしめ沈黙する。
 「頭を冷やしなさい・・・」
 「くっ・・・」
 悠人は悔しそうに俯く。
 レスティーナはゆっくりと悠人の前に近づくと、そっと悠人の手を取った。
 「約束します・・・絶対に、カオリを助けることを」
 「!?」
 レスティーナの言葉に、悠人は驚愕の表情を浮かべる。
 「だから・・・今は、休みなさい」
 レスティーナは優しい笑顔を悠人に向けた。
 「レス・・・ティーナ・・・」
 「彼女の言う通りにしろ」
 闘護が悠人から視線を外しながら言った。
 「闘護・・・」
 「今のお前は修行不足だ。いくら目の前で佳織ちゃんがさらわれたとはいえ、自制できずに剣に振り回されるようではな」
 「・・・」
 「俺が怒ってるのもそこだ。剣に呑まれて佳織ちゃんを殺そうとした・・・その原因はお前の弱さだ。その程度で助けに行くなんて烏滸がましいにも程がある」
 闘護は再び悠人に視線を向ける。
 「また、同じ事を繰り返すかもしれない・・・今度は、本当に佳織ちゃんを殺すかもしれないんだぞ」
 「トーゴ。言葉が過ぎますよ」
 レスティーナが口を挟む。
 「いや、いいんだ・・・」
 しかし、悠人は首を振った。
 「ユート・・・」
 「お前の言う通りだよ、闘護」
 悠人は闘護を真っ直ぐ見つめた。
 「俺はもっと強く・・・強くならないと駄目なんだ」
 そう言って、【求め】に視線を向ける。
 「バカ剣を使いこなせないと・・・佳織を助けることはできないんだ」
 悠人はレスティーナを見た。
 「その・・・えっと、俺・・・頭に血が上ってて・・・」
 「いいえ。気にしないで」
 レスティーナは首を振ると、後ろを振り返った。
 「城へ戻りましょう」
 「セリア、ヒミカ、ハリオン、ヘリオン。レスティーナ達の護衛を頼む」
 【わかりました】
 闘護の言葉に四人は頷いた。

 レスティーナは一緒にいたリク、シュウ、侍女と共に、セリア達に守られて城へ向かった。
 そして・・・

 「さて・・・俺たちは少し休もうか」
 闘護はそう言ってドサリと地面に腰を下ろした。
 「大丈夫ですか?」
 ヒミカが心配そうに闘護の側に駆け寄る。
 「ああ・・・大分楽になったよ」
 「・・・どうしたんだ?」
 二人の会話に悠人は眉をひそめた。
 「・・・こういうことだ」
 闘護は肩を竦めると、自分の背中を悠人に見せた。
 「あっ!?」
 悠人は目を見開いた。
 闘護の背中は真っ赤になっており、血の線が多々あった。
 その中には、かなり太い線も数本ある。
 「どうして・・・ま、まさか!?」
 「そのまさかだ」
 闘護の言葉に、悠人は震え出す。
 「お、俺、が・・・?」
 「そうだ」
 「!!す、すまない!!」
 悠人は頭を下げる。
 「お、俺は・・・」
 「これが、お前の未熟さだよ」
 闘護はそう言って立ち上がる。
 「ま、正直なところ・・・俺も、ここまでダメージを食らうとは思ってなかったよ」
 「えっ・・・?」
 「神剣魔法を食らっても平気なんだぜ、俺は」
 目を丸くする悠人に、闘護はニヤリと笑った。
 「悪寒はしたけど、お前の技を受けても大丈夫だと思って止めようとしたんだから」
 「・・・」
 「その結果が、これってのも驚きなんだが・・・」
 闘護はフゥを息をついた。
 「大丈夫・・・なのか?」
 悠人が恐る恐る尋ねる。
 「ああ。これでも大分回復してるんだ」
 「・・・」
 「しかし・・・」
 闘護は悠人の腰にある【求め】を見つめる。
 「正直言って、俺は怖い・・・」
 「・・・」
 「それの力は凄まじい・・・しっかりコントロールできなかったら、間違いなく味方を傷つけるよ。俺みたいに、な」
 「・・・ああ」
 悠人は唇を噛み締めつつ頷いた。
 「まあ、お前も十分反省してる・・・とりあえず」
 闘護は小さく首を振った。
 「少し休もう・・・第一詰め所へ行こうか」
 「・・・そうだな」
 闘護の提案に、悠人は頷いた。


─同日、早朝
 悠人の部屋

 キュッ・・・
 「終わりましたよ〜」
 ハリオンが、闘護の背中に包帯を巻き終わる。
 「ありがとう、ハリオン」
 「どういたしまして〜」
 「君たちも休んでくれ」
 「はい、失礼します〜」
 ハリオンは一礼して部屋から出た。
 「・・・」
 ベッドの上に無言で座っている悠人は闘護を見た。
 「どうしたんだ?」
 「・・・本当に、すまない」
 悠人は頭を下げた。
 「俺の傷は治るから気にするな。それよりも、自分がしたことの重大さ・・・剣に呑まれた事を反省しろ」
 「・・・」
 悠人は俯く。
 「しかし・・・なぜ、帝国は佳織ちゃんをさらったんだ?」
 闘護は首を傾げる。
 「理由がわからない・・・」
 「・・・帝国には、アイツがいる」
 悠人がボソリと呟く。
 「アイツ?」
 「・・・瞬」
 「瞬って・・・まさか・・・!?」
 闘護は目を丸くする。
 「秋月君がいるのか!?」
 「ああ・・・だから、佳織を・・・」
 「・・・」
 「それにアイツは・・・【誓い】を持っていた」
 〔【誓い】を・・・砕け・・・〕
 『くっ・・・』
 その名を呟いた瞬間、【求め】から憎悪が流れ込んでくる。
 「【誓い】・・・なんということだ」
 悠人の言葉に、闘護は天井を仰いだ。
 『【求め】に【誓い】・・・伝説の神剣が現れたというのか・・・』
 「これが運命なのか・・・?」
 闘護は皮肉っぽく呟いた。


─同日、朝
 謁見の間

 残った戦力が謁見の間に集められた。
 両親を殺されたレスティーナは、やはり落ち着き払っている。
 「ここにいる全ての者達に、時間を与えます」
 レスティーナはゆっくりと言った。
 「これから、自分たちのすべき事・・・それを考えるための時間を」


─同日、朝
 ラキオス城、廊下

 「自分たちのすべき事・・・」
 悠人はポツリと呟いた。
 『俺のすべき事は・・・佳織を助けることだ』
 はっきりとした答えを思い浮かべる。
 「佳織ちゃんを助けること、だろ?」
 隣を歩いていた闘護が言った。
 「闘護・・・」
 「お前のすべき事、だよ」
 闘護は肩を竦める。
 「違うか?」
 「いや・・・お前の言う通りだ」
 悠人は頷く。
 「お前は何なんだ?」
 「俺のすべき事、か・・・」
 闘護は小さく息をつく。
 「佳織の事は、俺がどうにかするから、お前は気にしなくていいんだぞ」
 「冷たいなぁ」
 悠人の言葉に、闘護は苦笑する。
 「お前にこれ以上佳織のことで迷惑を掛けられないよ」
 「俺は好きでやってるんだから、お前が気にすることはないさ」
 「だけど、その為にお前・・・王に殺されかけたんだろ?」
 「・・・」
 「もう、ラキオスから出て行ってもいいんじゃないのか?」
 「・・・」
 沈黙する闘護に、悠人は小さく首を振った。
 「本当に、自分のことだけ考えて答えを出してくれ。俺と佳織のことは気にするな」
 「悠人・・・」
 「それにしても・・・」
 悠人は眉をひそめる。
 「本当に良いのかな・・・レスティーナの言葉を信じても」
 「・・・どうして、そう思うんだ?」
 悠人の呟きに、闘護が尋ねた。
 「レスティーナは何を考えてるのか・・・何か考えているのは間違いないと思うけど・・・」
 「悠人。お前は、レスティーナを信じることが出来ないのか?」
 闘護の問いに、悠人は難しい表情を浮かべる。
 「佳織が信頼していた・・・だから、俺も信じたいと思う。けど、確証がない・・・」
 「・・・」
 「見極めないと、な・・・」
 「もしも信頼できないと思ったら、どうする?」
 「その時は・・・この国を出るよ」
 悠人は拳を握りしめ、呟いた。


─同日、夜
 闘護の部屋

 「ふぅ・・・」
 ベッドの上で仰向けに寝転がりながら、闘護はため息をついた。
 『面倒なことになったな・・・秋月君と【誓い】、か・・・』
 頭の後ろで手を組む。
 『悠人には黙っていたが・・・秋月君なら、佳織ちゃんを傷つけるようなことはしないだろう・・・』
 ゴロリと寝返りを打つ。
 『彼の佳織ちゃんへの感情は真摯なもので下卑たものはない・・・俺はそう信じている』
 またゴロリと寝返る。
 『むしろ問題は【誓い】の存在』
 ムクリと起きあがる。
 『【求め】に【誓い】・・・かつて世界に現れた四本の伝説の神剣の二つ・・・何が起きようとしてるんだ、この世界で?』
 ベッドから降りると、本棚に入れてある一冊の本を取った。
 『「四人の王子」・・・この世界に戦乱が巻き起こってしまうのだろうか?』
 本を本棚に戻し、窓に寄る。
 『戦乱が起きれば、沢山の命が不幸になる・・・それだけは、何としても止めなければならない・・・』
 窓から外を眺めながら、眉間に皺を寄せる。
 『だが、戦いは始まる・・・もう避けられない・・・』
 自分の両手を見つめる。
 『俺はこの国を出て行くことが出来る・・・国を出て、諸国の救助活動というのも一つ・・・』
 フゥと息をつく。
 「悪くはない・・・悪くはない、が・・・」
 ポリポリと頭を掻く。
 『どうも・・・この国から出たいとは思わないな・・・』
 再び窓の外を眺める。
 『悠人をはじめ、第一詰め所と第二詰め所のみんな・・・レスティーナ・・・』
 「いや・・・レムリア、か」
 クスリと笑った。
 『全く・・・いつの間にか、絶対に守りたいものが増えたもんだな』
 ハァと息をつく。
 「だったら・・・俺の取るべき道は一つ、か」
 そう呟くと、本棚から一冊のノートを取り出す。
 「とりあえず・・・要望をまとめるか」

 そして、それから数日が過ぎた。


─聖ヨト歴331年 コサトの月 黒 三つの日 昼
 謁見の間

 この間のメンバーの他に、多くの文官の姿が見える。
 儀式前特有の、ピリッとした空気が場を包んでいた。
 玉座の前の側近達が、悠人達を見回す。
 差別意識を持つ者も多く、妙に居心地が悪い。
 と、全員そろったところで、レスティーナが口を開いた。
 「皆、よく聞くように。父様・・・ラキオス王は卑劣なるサーギオスの間者達によって倒れました」
 当然、殆どのものは知っているのだろう。
 しかし、ざわめきは決して小さくはなかった。
 「母様もまた・・・父様の後を追いました」
 今度のざわめきは、やや大きい。
 悠人を含め、こちらの方は知らない者も多かったのだろう。
 「決して許されることではありません」
 レスティーナは続ける。
 「この戦乱の時代の無秩序を終わらせない限り、父様の理想したものは達成されないでしょう。父様が求めた平和な世界・・・その理想を愚かな野望のために無にするわけにはいきません」
 『レスティーナは自分が言っていることが偽りに満ちていることを知っているんだろう・・・なぜなら王こそが、身分不相応な野望を抱き自滅していった本人なのだから』
 悠人は心の中で呟く。
 レスティーナは、ラキオス国旗の前まで歩いていき、振り返った。
 「ラキオスの王族・・・第一王位継承者として宣言します。本日より、ラキオスの女王レスティーナとして指揮を執ることを宣言します!!」
 レスティーナの決意に満ちた表情に側近達は歓声を上げる。
 聡明な王女として、レスティーナの人望は高いのだ。
 「エトランジェよ・・・」
 「はっ」
 「これからは更に辛い戦いになるでしょう・・・我々が貴方にした仕打ち・・・恨まれて当然です。今から言うことが勝手であることも解っています」
 レスティーナは真っ直ぐ悠人を見た。
 「それでも、この世界のために、貴方の大切な人を助けるために、私に力を貸してくれませんか?」
 「・・・王女殿下。いえ、女王陛下」
 悠人もまた、真っ直ぐ見つめ返す。
 「俺が今までされたことを忘れることは出来ません。戦いたくない相手と戦わされ、望んでもいない殺し合いを強制させられたことは、今でも許せないと思っています」
 本来は許されないはずの言葉。
 悠人は、あえてそれをぶつけて反応を待った。
 無理もないことだが、謁見の間は喧噪に包まれた。
 「黙りなさい」
 静かな迫力で、レスティーナは全員を黙らせる。
 威厳のある声に、側近達は頭を垂れた。
 確かにラキオス王都は器が違う。
 そして、その目。
 人を騙そうとする者の目ではなかった。
 『・・・信じてみよう。レスティーナを』
 視線で先を促される。
 悠人は頷き、声高く宣言した。
 「・・・ですが、今度は俺にとっても戦う理由があります。帝国にとらわれた佳織を取り戻すための戦いならば・・・それをするために、帝国と戦わなくてはならないのならば、俺は自分自身のためにも、帝国と戦います」
 悠人はレスティーナを見つめる。
 「奪われた者を取り戻すために・・・お互い、力を合わせましょう!!」
 「感謝いたします。ユートよ」
 ふっと視線が柔らかくなる。
 悠人は今、初めてレスティーナの仲間になったのだと感じた。
 「ストレンジャーよ」
 続いて、レスティーナは闘護を見た。
 「はっ!!」
 闘護は返事をする。
 「そなたには以前、この国に留まるか否か・・・選択する権利を与えた」
 「・・・」
 「その答えを、聞かせて欲しい」
 「・・・わかりました」
 闘護はゆっくりと顔を上げた。
 「私は、ラキオス王を憎み、忌み嫌い・・・いずれ殺そうと考えていました」
 闘護の言葉に、周囲は騒然とした。
 しかし、闘護は構わず続ける。
 「ですが、そのラキオス王も帝国によって倒され、私がこの国を出るか否か・・・その選択における重要なファクターは失われました」
 レスティーナは静かに耳を傾けている。
 「よって、この国を出るか出ないか・・・その結論を導く要因を、私は新たに考えました」
 「・・・それは?」
 レスティーナが尋ねる。
 「私はこの国が嫌いです」
 闘護の本音に、先程以上に騒然となる。
 「国だけではなく・・・この世界も嫌いです」
 「・・・」
 はっきりと本音を言う闘護に、悠人達も絶句している。
 「ですが・・・」
 闘護は周囲を見回した。
 闘護の視線に、周りにいる文官、武官全員が身を竦めた。
 「この世界の命は嫌いではありません・・・この世界の生命が、平和に生きることが出来るのであれば・・・そして、その為に戦乱を終わらせようというのであるならば・・・私は、この国に残り、この国のために戦いましょう」
 闘護はレスティーナを見た。
 「先程の貴方の言葉・・・信じて、良いのですか?」
 「もちろんです」
 レスティーナははっきりと答える。
 「では、私はこの国のために戦います」
 そう言って、闘護は頭を下げた。
 「平和のために・・・協力しましょう」
 「感謝します、トーゴ」
 レスティーナは、先程悠人に向けた優しい笑みを闘護に向けた。
 「スピリット達よ」
 そして、レスティーナは二人の後ろに控えるエスペリア達を見た。
 「ハッ!!」
 エスペリアが頭を下げる。
 「これからもあなた達の活躍に期待します」
 「はい。この命、マナの霧となるまで・・・」
 レスティーナは側近達を見回す。
 「これより、ラキオスは国政を高めつつ南下。しかる後、帝国を討つ!!」
 力強いレスティーナの言葉に、謁見室は歓喜に包まれた。

 だが、悠人は単純に喜ぶことは出来なかった。
 『今、このときも、佳織がどんな目に遭わされているかわかったもんじゃない。だけど、正面から帝国と戦うのは、現状では無理だ』
 心の中で、悠人は呟く。
 「反帝国を掲げるマロリガン共和国に使者を」
 レスティーナの号令の元、多くの者が一斉に動き始める。
 自分もその中にいるのだと思うと、悠人は不思議な気分になる。
 『とうとう、こんな事になっちまったな。帝国との・・・大陸全土を巻き込む戦いか・・・』
 ポン
 「悠人」
 考え込んでいる悠人の肩を、闘護が叩いた。
 「お互い、頑張ろう」
 「・・・ああ」
 悠人は頷いた。


─同日、夕方
 城の一室

 コンコン
 「どうぞ」
 「失礼します」
 ガチャリ・・・
 扉が開き、闘護が入ってきた。
 「呼び出して申し訳ありません」
 「構いません。あなたの意見は是非とも聞きたいと思っていましたから」
 レスティーナはゆっくりとソファに腰をかける。
 「とりあえず、これを・・・」
 闘護は一冊のノートを差し出した。
 「これは・・・?」
 レスティーナはノートを受け取ると、ページを捲る。
 「要望書・・・ですね」
 闘護はレスティーナの向かい側のソファに腰を下ろす。
 「・・・成る程、スピリットの待遇についてですか」
 レスティーナはページを捲りながら呟く。
 「はい。スピリットの待遇を改善して欲しいのです」
 闘護はゆっくりと語り出した。
 「昼にも言いましたが、僕にとって守りたいのは人だけじゃない。スピリットもです。彼女たちの生活も・・・守りたいんですよ」
 「・・・」
 「あなたなら期待できると思って持ってきました」
 「・・・わかりました」
 レスティーナはノートを閉じると、テーブルの上に置いた。
 「善処しましょう」
 「感謝します」
 闘護は立ち上がって頭を下げた。
 「では、失礼します」
 「待ちなさい」
 踵を返した闘護を、レスティーナは制する。
 「なんでしょうか?」
 「父様の死を確認した時・・・首はなかったのですね?」
 レスティーナの言葉に、闘護は僅かに眉を動かした。
 「・・・どういう意味ですか?」
 「確認です。気を悪くしたなら謝罪します」
 闘護は小さく頷いた。
 「・・・はい、私が見た時は首はありませんでした。間違いなく」
 「そうですか・・・」
 レスティーナは小さな安堵の表情を浮かべた。
 「私が首を持ち去った・・・と?」
 闘護の問いに、レスティーナは苦い表情になる。
 「あなたが父様を憎んでいたことは皆が承知していますから・・・」
 闘護は納得したように頷く。
 『成る程・・・俺が殺したと疑ったのか・・・ならば、本音を言った方が良いな』
 「首のないラキオス王の骸を見た時・・・」
 闘護は天井を見上げた。
 「何故か・・・涙が流れたよ」
 ざっくばらんな口調で語り出す。
 「え・・?」
 「殺したいと思っていた奴が、いざ死んだら・・・涙が流れた」
 闘護は苦笑を浮かべた。
 「ったく・・・どうなってるんだろうね。俺って奴は」
 「トーゴ・・・」
 「悲しいって・・・理由じゃないと思う」
 闘護はレスティーナを見た。
 「侮辱だって思ったら遠慮なく怒ってくれ。謝罪するから」
 「・・・」
 「俺はな・・・哀れに思ったんだよ」
 闘護は小さくため息をついた。
 「自らの巨大すぎる野望に呑み込まれて・・・その末路が、首無しの身体を晒す」
 「・・・」
 「哀れとしか思えない・・・あまりにも、救われなさすぎる」
 闘護はもう一度息をつく。
 「俺は王を憎んでいた。だが、あの姿を見たら・・・憎しみなんて吹っ飛んだ。残ったのは哀れみ・・・それだけだ」
 「トーゴ・・・」
 「もう、俺は王を憎んではいない。死人を憎み続ける程、俺は執念深くない」
 「・・・わかりました」
 レスティーナは頷いた。
 「トーゴ。あなたの言葉を信用します」
 「ありがとう」
 闘護は一礼すると、部屋から出て行った。





 レスティーナの理想は高く、支配下においた国々さえも好意的に受け止められた。
 否定的なのは、むしろラキオスの重鎮達。
 ことあるごとに足を引っ張ろうとするが、明敏なレスティーナが易々と隙を見せるはずもない。

 悠人は、これまで以上に剣術や戦術を学んだ。
 一日でも早く、佳織を助け出せるように。
 闘護もまた、自らの技を磨き、更に知識を身につけていく。
 己の願いを叶えるために

 しかし、二人はまだ知らなかった。
 これから行く先に、誰が待つのかを・・・


 「うふふふ・・・もうすぐですわ。やっと駒がそろってきたようですね」

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