─同日、夕方
第一詰め所、食堂
「・・・そうだな。佳織で良いんじゃないか?」
「えぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!?」
佳織が素っ頓狂な声を上げた。
「な、なんだ!?」
『軽い冗談のつもりだったんだけど・・・』
悠人の思惑を越えるほどに、佳織は狼狽えていた。
「佳織・・・?」
「だ、だだっ、だって〜〜!お兄ちゃんが私だなんて言うから・・・!!」
「いや、冗談・・・何だけど・・」
「・・・え?」
パタパタと動いていた佳織の手が止まる。
一気に顔が赤くなった。
「う、うん。やっぱり冗談だよね。あは、あはははは・・・」
「わ、悪いな。変な冗談言っちゃって」
「え・・・ううん。いきなりで、ちょっと驚いただけだから、気にしないで良いよ」
すぐににこやかな笑みを向けてくれる。
だが、頬にはまだ赤みが差したままだった。
「だけど、冗談を抜いて考えても、佳織は良いかもな〜」
「えぇぇぇ〜〜〜〜!?」
「・・・だから、そんなに驚くなって」
「えっ・・・・・あ!うぅ・・・ごめんなさい・・・」
同じようなことを二度も繰り返してしまい、佳織はしょんぼりとしてしまう。
「・・・まぁ、いいか。とにかく、これまで一緒に暮らしてたんだから、少なくともお互いのことは知ってるだろ?それに分担だって出来るし・・・何より、佳織が近くにいてくれると安心するし」
「・・・それって、お嫁さんとは違うと思う」
佳織は苦笑する。
「そうかもな。でも、こっちに来て、近くにいられない怖さはよく解った気がするよ」
「うん、私も・・・」
佳織はコクリと頷く。
『正直、こっちの世界でお嫁さんだなんて、どうしても考えられないよな。俺の目的は、佳織と一緒に元の世界に変えるだけなんだから』
悠人は頭を掻いた。
「まぁ・・・それはそれとして、真面目に選んで欲しいなぁ」
「まだやるのか・・・?」
悠人の問いに佳織は大きく頷く。
佳織は何故かやる気満々だった。
「うーん・・・例えば、レスティーナ王女とか・・・かな?」
「あ〜〜。うん、いいよね〜。お姫様だし」
佳織の目がうっとりと細められる。
『・・・そういや、昔から佳織はお姫様が好きだったなぁ。元々ファンタジーが好きなだけあって、『お姫様』という存在には並々ならぬ憧れがあるんだろうな』
佳織の様子に悠人は考える。
『それに、大分良くしてもらってたみたいだしな・・・最初こそ、ラキオス王と同じようにしか見えなかったが、今となってはそれが大きな間違いだった。それに後で聞いた話だと、俺が龍と戦うときも、コッソリと見送りをさせてくれたらしいし』
「レスティーナ王女様・・・とっても綺麗だしなぁ・・・それに優しい、格好良いし・・・」
「そうだな。ああいうの、気品があるっていうんだろうな」
屹然とした態度に、強い意志。
更に、神秘性を持っていたりと、お姫様としての魅力はほぼ完全と言っていいだろう。
国民にだって、現在のラキオス王より遙かに支持されている。
「佳織はレスティーナのことが好きなんだな。そんなに優しかったのか?」
「うんっ!だって、暇があったらお話に来てくれたし、誰にも酷いことされなかったし。全部、レスティーナ王女様のお陰だよ」
佳織は笑顔で言う。
「それにね。嘘、つかないんだよ」
佳織がここまで信頼してる人間はそうはいない。
そんな姿を見ると悠人も嬉しくなった。
「・・・あれ。なんか忘れちゃったような。って、あ〜〜。話がずれちゃってるよぅ〜〜!!」
「あ、気づいたか」
「お、お兄ちゃん〜!」
茶化して返すと、ポカポカと叩いてくる。
「ねぇ、レスティーナ王女様のことは本気じゃないの?」
「本気って言われてもなぁ・・・大体、佳織だって本気じゃないだろ?」
「え?えへへへ・・・♪」
佳織は悪戯っぽく笑った。
『何にせよ、身分その他の差が凄まじく大きい。お嫁さんという言葉ともイメージが合わないし、はっきり言って完全に対象外だよな』
悠人は頬をポリポリと掻いた。
『まぁ・・・下僕のような異世界人とお姫様じゃなぁ。救国の勇者とかじゃないと釣り合わないよな。馬鹿らしくて、まともに考える気にもなれないや』
「そっか・・・それじゃ、レスティーナ王女様はなし、っと」
佳織は嬉しそうに笑った。
「ん・・・なんか嬉しそうだな・・・?」
「え、えぇっ!?そんなことないよ」
ブンブンと首を振る。
『怪しいけど・・・必死になってフォローしてるし・・・追及することもないか』
「まぁ、とにかく、恋愛ごとの相手にしては現実味がなさ過ぎるってのは確かだな。第一、俺あの人のこと全然知らないしさ」
「ウェディングドレス、似合うと思うけどなぁ・・・」
「・・・レスティーナ王女はいつもドレスだろ。しかも色は白だし・・・」
『この世界にもウェディングドレスがあるとしたら、似合うのは間違いないよな』
悠人は普段のレスティーナの姿に、ウェディングドレスを重ね合わせて想像してみる。
「でも、そうだな・・・見る機会があるなら見てみたいかもな」
悠人の言葉に、佳織はうんうんと頷いた。
「さっき誰が好きって俺に聞いたけどさ、そういう佳織はみんなが好きなのか?」
うん、と大きく頷く佳織。
「みんな素敵な人たちだよ〜。アセリアさんも、エスペリアさんも、オルファも、王女様も、みんな大好き」
「うん・・・確かにみんな、話してみればいい奴らだよな」
でも最初は全然わからなかった。
レスティーナに至っては、最初は敵だと思っていたくらいだし。
ポットを持ち、佳織のカップにお茶を注ぐ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ん」
「ふふ、なんだかお兄ちゃん、アセリアさんみたい」
「・・・口癖、うつっちゃったのかな」
「えへへ。そうかも」
佳織は口に手を当てて楽しそうに笑う。
悠人もつられて笑った。
窓から入ってくる風が涼しい。
揺れるカーテンを見ながら、悠人達は無言でお茶を飲んだ。
しばらく静かな時間が過ぎた。
『こんなにゆったりと佳織と同じ時間を過ごすのは、どれくらいぶりだろう』
守るべき人間が、手の届く場所にいる。
悠人は、その事に安心できた。
「ね・・・お兄ちゃん」
「うん?」
悠人は夕焼けに染まっていく空を見ながら生返事を返す。
佳織の声はそれだけさりげなかった。
「お兄ちゃん・・・これからも戦わなくちゃダメ、なのかな。まだ神剣を持って、頑張らなくちゃダメなのかな」
「・・・」
肘に顎を乗せたまま、悠人は沈黙を返す。
佳織の問いは、悠人自身が聞きたいことだった。
無言でいる悠人に、佳織は言葉を続けた。
「私ね。別に帰らなくても良いんだよ?お兄ちゃんがいてくれれば・・・元の世界でもここでも変わらないから。お兄ちゃんとずっと一緒なら」
窓の外を見つめる佳織は、夕焼けに照らし出されていた。
赤い髪が金色に輝く。
「何言ってるんだよ。佳織の将来だってあるんだ。元の世界に帰るさ」
穏やかに答えた。
『元の世界に帰り、佳織を幸せにする。それが俺の使命なんだ』
佳織は両手で持つカップと視線を落とした。
「逃げちゃおうよ・・・」
ポツリと呟く。
「お兄ちゃんと一緒だったら、どこでも変わらないよ。誰も知らない何処かで、二人きりで暮らそうよ。この国じゃなくてもいい。何処かの山の中でも、森の中でも、どこだっていい・・・私、お兄ちゃんに戦って欲しくないよ」
勇気を振り絞ったんだろう。佳織の声は震えていた。
『・・・二人で逃げ出すことは何度も考えた。そうしてから探したって、帰る方法は見つかるかもしれない』
悠人は拳を握りしめる。
『【求め】の制約がどこまであるかは解らない。だけど後先を考えずに、この戦いから逃げ出す。その衝動があるのも確かだ・・・』
「俺も戦いたくはない・・・けど」
逃げ出したいという気持ちと同時に、アセリア達を見捨てたくないという思いがわき上がる。
『アセリア達と交わした約束・・・みんなで生き延びようって・・・』
悠人の心の中に葛藤が生まれる。
「私、ね・・・お兄ちゃんが、いてくれれば・・・ずっと一緒なら、他は何もいらないから」
真っ直ぐに見つめる佳織の瞳は潤んでいた。
決意が込められた眼差しは、まるで別人のように見える。
悠人の胸が僅かに高鳴る。
弱々しい佳織ではなく、見たこともない女の子に悠人は思えた。
『何だ、俺?何ドキドキしてるんだ?』
悠人は心臓の鼓動が早まり、顔が少し熱くなるのを感じた。
佳織に悟られないように、ついと顔を背けた。
「お兄ちゃん・・・私じゃ、ダメ?」
「え・・・」
悠人は真意を捉えられなかった。
『佳織と一緒に過ごすことは、父さんと母さんとの約束。悠人自身の生きる意味。だけど今の言葉には、それ以上の感情がこもっていた・・・?』
戸惑う悠人の口は凍り付き、何も言えなくなってしまった。
「答えて、お兄ちゃん・・・私は、アセリアさん達みたいになれないの?」
視線と同じ、真っ直ぐな気持ち。
悠人の心のに突き刺さり、激しくかき回す。
─同日、夕方
城の一室
「!!!!」
闘護の言葉に、レスティーナは絶句する。
「・・・どうやら、ごまかす気はないみたいだな」
レスティーナの態度に、闘護はポリポリと頬を掻く。
「ど、どうして・・・わかったのですか!?」
レスティーナは震える口調で尋ねる。
「・・・さっきの笑顔だよ」
闘護は肩を竦めた。
「えが・・・お?」
「そう・・・前に高台で見せた笑顔と同じ笑顔だった」
「そ、それだけ・・・で?」
「もちろん、それだけじゃないよ」
闘護はニヤリと笑った。
「確信を持ったのは、その時だけどね。疑い始めたのは・・・俺を助けてくれたときだ」
「トーゴを・・・?」
「スピリットの処刑を止めさせた時だよ」
闘護は回想するように天井に視線を向けた。
「俺が神剣魔法をマナに変換する能力を自覚したとき・・・かなり無茶にやっただろ?」
闘護は苦笑する。
「その時、俺を叱ったよな。その後で見せた笑顔・・・それがきっかけだった。そして、高台で見た笑顔で確信を持ったんだよ。ああ、これは同じ人間の笑顔だってね」
「・・・」
「心配するな。誓って誰にも言わないよ」
闘護は肩を竦めた。
「トーゴ・・・」
「誓おう」
闘護は姿勢を整えると、右手を胸に添えた。
「君がレムリアである事実・・・誰にも明かさない」
そう言って闘護は頭を下げた。
「もし、誓いを破ることがあれば、我が命を差しだそう」
「・・・」
レスティーナは闘護の肩に手を置いた。
「あなたの決意・・・わかりました」
「では・・・」
「あなたを信用します」
レスティーナは先程の優しい笑顔を浮かべた。
「感謝する・・・」
闘護はそう言って顔を上げた。
「じゃあ、俺はそろそろ・・・」
ドーン!!!
─同日、夕方
第一詰め所、食堂
「答えてよ、お兄ちゃん」
その時だった。
カーン!カーン!カーン!
突然けたたましい警報が鳴り響く。
『侵入者!?まだ明るいのに・・・!!』
「お、お兄ちゃん!この音って・・・」
「ああ、何か起こったらしいな・・・」
立ち上がり、不安そうな佳織を胸に抱く。
背中を抱きしめながら、悠人は【求め】に心を向けた。
『おい、バカ剣!何事だよ!?』
〔・・・どうやら敵が来たようだ〕
【求め】は悠人に語りかける。
〔数が多い。それにどれも強い。契約者よ、油断するな〕
『くそ、敵って何だよ。場所は?』
〔城の方だろう。寸前まで気配を感じなかった。相当の手練れと見える〕
『この前の残党達だろうか、それとも新手か?とにかく行かないとマズイ。もし、イースペリアであったことをここで繰り返されたりしたら・・・』
拳を握りしめる。
『・・・そんなことさせるかっ!!』
悠人は隣の椅子に立てかけてある【求め】を掴むと、さっき以上にその存在を近く感じる。
その中核となるのは、圧倒的な破壊の欲望。
「お兄ちゃん・・・行くの?」
佳織が心配そうに悠人を見上げる。
「やだよ・・・」
服の裾をギュッと握りしめる。
まるで、二度と会えないかのような必死さだった。
悠人は佳織の頭をクシャクシャと撫でる。
「大丈夫だ。ここで戦うなら俺たちの方が有利だ。アセリア達もいるしな」
悠人は笑った。
「佳織は地下室に入っているんだ。敵がこっちに来ることはないと思うけど、用心はした方が良い」
「・・・」
安心させようと余裕を見せても、佳織は力を弱めない。
「任せろって、俺は佳織の保護者だぜ?絶対に帰ってくる。そうだな、帰ってきたら特定のナポリタン作ってやるからさ。ハクゥテって、こっちのスパゲティー使ってな」
悠人は答えを待たず、少し強引に佳織を引き離す。
悠人を見上げる目には涙がにじんでいた。
もう一度、安心させるために頭をポンポンと叩く。
「・・・約束だよ。絶対に帰ってきてね」
「当たり前だろ!それじゃ行ってくる。ちゃんと地下室にいろよ!!」
佳織に手を振り、駆け出す。
不安を隠しきれないまま、手を小さく振り返す影が見えた。
─同日、夕方
城の一室
「えっ!!」
「な、なんだ!?」
どこか遠くから大きな音が響いた。
続いて、
カーン!!カーン!!カーン!!
「この音は・・・」
「敵襲!?」
レスティーナは血相を変えた。
「馬鹿な・・・ここは北方の奥地だぞ。いきなり攻めるか、普通?」
闘護は呟くと、ドアのそばに行く。
「と、トーゴ・・・?」
「静かに・・・」
そう言って、闘護はドアを小さく開け、隙間から外を覗いた。
すると、廊下には兵士が慌てた様子で駆けているのが目に入った。
「どうやら・・・本当に攻めてきたみたいだ」
闘護は渋い表情でレスティーナを見た。
「まさか・・・なんということ・・・」
レスティーナは信じられないという表情で呟く。
「どこかに避難しないと・・・」
「ですが、ここから出たら・・・」
「・・・少なくとも、スピリットと合流しないと危険だな」
闘護は唇をかむ。
その時、
ドンドンドン!!!
【!?】
乱暴なノックが響きわたる。
「誰だ!?」
闘護はレスティーナを背に置くと叫んだ。
「レスティーナ様!!ご無事ですか!?」
「兵士か・・・入れ!!」
バタン!!
闘護が言った直後、兵士が二人飛び込んできた。
「レスティーナ様!!」
「ご無事でしたか・・・」
兵士はレスティーナの姿を見て安堵の息をつく。
「いったい、何があったのですか!?」
「はっ・・・それが・・・」
「サーギオス帝国のスピリットが城内に侵入したのです!!」
「サーギオスの!?」
兵士の報告に、レスティーナは驚愕する。
「現在、主だった兵士は皆、王と王妃のいらっしゃる寝室の守りに・・・」
「サーギオスの兵士も紛れ込んだのか?」
闘護が尋ねる。
「いや、スピリットだけだ・・・」
「スピリットは、人間を襲わないだろ。守るよりも脱出した方がいいんじゃないのか?」
闘護の言葉に、兵士は首を振った。
「俺達だってそう思ってたさ。だが、奴らは・・・人を襲う!!」
【!?】
兵士の言葉に、闘護とレスティーナは絶句する。
「レスティーナ様はこちらにいらっしゃると聞きまして、急遽我らが・・・」
「人を殺すスピリットが相手じゃ、君達は役に立たない」
兵士の言葉を遮るように言うと、闘護は二人の兵士の側を通りドアに近づく。
「・・・」
そして、注意深くドアを開けると、廊下を見た。
『どうやら、こっちには来てないみたいだな・・・』
「今のうちに脱出するぞ」
闘護は振り返った。
「脱出って・・・どこに逃げるんだよ?」
兵士の一人が尋ねる。
「第二詰め所だ。スピリットと合流する」
「スピリットと・・・?」
「人を殺せるスピリットが相手ならば、こっちもスピリットに戦ってもらうしかない」
闘護はレスティーナを見た。
「いいか?」
「・・・わかりました」
【レスティーナ様!?】
「今は、トーゴの提案を選ぶしかありません」
「は、はい・・」
「わかりました・・・」
レスティーナの言葉に、二人の兵士は渋々頷く。
「行くぞ」
闘護はそう言って部屋から出た。
三人も闘護の後を続く。
─同日、夕方
第一詰め所近くの森
〔急げ、契約者よ。かなりの手練れが城に入り込んでいるようだ〕
『わかってる!!』
悠人は急いで城に向かう。
神剣の力でアセリア達の気配を探すが、解るのは近くにいないということだけだった。
「・・・チッ!!」
『どうして、ここまでの接近を許したんだ!?普段ならこんな事はないはずなのに・・・』
悠人は唇をかむ。
『もっとだ、もっと速く!!』
剣の力で足の力を強化して、城へ最短距離で行ける森の中を走り抜ける。
─同日、夕方
ラキオス王城
『こっちか!!』
敵は城内に進入しているようだった。
既に事切れた兵士達が、何人も倒れている。
『なに!?スピリットは人を殺せるのか!?』
その光景に、悠人は愕然とする。
『スピリットは人を殺さない・・イヤ、殺せないと思っていた。だが、それは飛んだ思い違いだったのか!?』
悠人はゆっくりと歩を進める。
『以前テレビで、制御できない兵器はあってはならないという話をやっていた。見たときには、兵器なんて全部同じだろうと思っていたが、スピリットには自我があって、意志がある。もし人を殺せるとしたら、スピリット達が一斉に蜂起したときに、人間はどうなる・・・?』
ゴクリと唾を飲み込み、慌てて首を振る。
『・・・いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。もしかしたら一般兵士も侵入しているのかもしれないし』
〔今までの妖精とは違うようだ。気をつけろ〕
【求め】にも詳細はよく解らないようだった。
悠人は神剣の気配を探した。
『1つ、2つ・・・くっ、10以上か・・・!?』
目的は解らないが、城の彼方此方に散っているようだった。
『一人で全てをカバーするのは不可能・・・』
悠人は、考える
『敵の行動は襲撃ではなく、侵入だった。ということは、変換施設が標的か!?』
悠人は身を震わせる。
今や、ラキオスの持つマナ量は、イースペリアの比ではない。
ラキオスの永遠神剣が暴走すれば、下手すればこの北方全域にマナ消失が起こるかもしれない。
それに神剣の加護のない佳織はどうなるか。
『・・・エーテル変換施設へ向かうぞ!!動力中枢の神剣は、何があっても守る!!』
─同日、夕方
エーテル変換施設付近
「・・・」
廊下の所まで来ると、外からアセリアが飛び込んできた。
「アセリア、助かる!!このままだと動力中枢が暴走するかもしれない。何とか止めるぞ!!」
「・・・ん」
「エスペリア達は、謁見の間の方に向かったのか?」
「・・・」
アセリアはコクリと頷き、【存在】を抜く。
「?どうした?」
クイッと顎を向けるアセリア。
敵のスピリットの集団が近づいてくるのが見えた。
無言のままに神剣を構え、ハイロゥを展開する。
周辺のマナが高まっていくのを感じた。
ここまで接近されると、もう逃げることも出来ないだろう。
『二人しかいないが、何とか戦うしかない!!』
悠人は【求め】を抜き放ち、オーラを展開する。
「いくぞっ!アセリア!!」
─同日、夕方
ラキオス城、廊下
闘護は廊下の角に隠れて奥の様子を見る。
「・・・」
そこには、二人のスピリットが立っていた。
その姿に見覚えは無い。
『敵か・・・』
闘護は後ろを振り返る。
「駄目だ」
「仕方ない・・・だったら、こっちだ」
兵士の一人―リクという名の男―が歩き出す。
「しかし・・・こちらも駄目なら、第二詰め所へ通じるルートはあと一つしかありません」
もう一人の兵士―シュウという名の男―が呟く。
「・・・かなりの数の敵が侵入しているようですね」
シュウの前を歩くレスティーナが深刻な表情で言った。
現在、先頭は闘護とリクが、最後尾はシュウが歩き、その間にレスティーナがいた。
「・・・なぁ、あんた」
リクは横を歩く闘護を見た。
「あんた、なんであいつらと戦わないんだ?」
「攻撃できないからだよ」
闘護は即答する。
「攻撃できない?」
「そうだ」
闘護はそう言って前方を見た。
再び分かれ道になっている。
「あそこは?」
「右だ」
「右ね・・・」
闘護が呟いた時
「キャアアアア!!!」
─同日、夕方
エーテル変換施設付近
「アァアア!!!」
最後の一人が断末魔の悲鳴を上げてマナの霧に還る。
悠人は【求め】を下ろし、周囲を見回した。
『中枢に近づいているのはこいつらだけか・・・周辺には他に神剣の気配がない』
「狙いはここじゃないのか・・・?アセリア。エスペリア達と合流しよう!」
「うん」
二人は走り出す。
『エーテル変換施設ではない?だとしたら謁見の間の先にある、スピリットの第二詰め所か?しかし・・・わざわざ侵入してまでか?』
悠人は考える。
『どういうことだ・・・わからない』
悠人とアセリアは謁見の間へと急いだ。
─同日、夕方
謁見の間
謁見の間に飛び込むと、ちょうどエスペリアとオルファリルが敵の一体にとどめを刺したところだった。
「エスペリアッ、オルファッ!!」
「ユート様!!」
「パパッ!!」
お互いの無事を確認して安心する。
これで二カ所の敵を排除したことになった。
『あれ・・・?』
「おかしいな・・・最初に感じた戦力より少ない。どういう事だ?」
悠人は首を傾げる。
「第二詰め所のみんなは?」
「現在交戦中です。かなり敵戦力が集中しているようですが・・・全員揃っていますから、問題ないと思います」
エスペリアが報告する。
「敵の集中が目立った第二詰め所でも、変換施設でもないとすると、一体何が目的なんだ?」
「ダメです・・・神剣の気配がわかりません。何かの妨害なのでしょうか」
「・・・」
エスペリアもアセリアを焦りを隠せずにいた。
『確かに、神剣の気配はあるのに、やけにボンヤリしていて捉えにくい』
悠人の顔にも焦りが浮かぶ。
「もしかして、オルファ達じゃなくて、王様達を狙ってたりして」
オルファリルは悠人達を見て、冗談のように笑って言った。
【!!】
悠人とエスペリアは同時に顔を見合わせた。
アセリアも気づいたようだ。
『兵士達の死体を見たはずなのに失念してた・・・今日攻めてきたスピリットは・・・人を殺してるんだ!!』
「エスペリア!マズイっ、王達が危ないぞ!!」
悠人は声を上げた。
『王を助ける義理はない。だが王女には佳織を助けて貰った借りがある。それに、どんなヤツであれ、目の前で死んでいこうとしているのを見捨てることは出来ない!!』
【求め】の柄を強く握る。
「王達の寝所は確か上だよな!?」
悠人の言葉に、エスペリアは大きく頷く。
寝所は本城の上階。
以前、佳織が監禁されていた辺りだった。
「はい!急ぎましょう!!」
「え!?え〜、どうして?」
首を傾げながら、オルファリルも後に続く。
『くそっ!こんな事になるなんて・・・考えてもいなかった』
悠人は唇を噛み締める。
“スピリットに人は殺せない”ということはないのである。
だが悠人は、例外である闘護はともかく、エトランジェである自分が王族に逆らえないような制約があるために、そういうものと思っていた。
【求め】で王族に対して危害を加えようとすると、その考えに反応して【求め】が最大級の強制力を働かせて、悠人を痛めつけるようになっているらしい。
とはいえ、ラキオスのスピリット達は、侵略を防ぐために威嚇することは出来ても、直接人間を殺すことは出来ない。
というよりも、“人に直接危害を与える行動”そのものが、とれないように教育されているのだそうだ。
「なぁ、エスペリア。もしかしてエスペリア達も、人に直接攻撃を加えることが出来るのか?」
走りながら問いかける。
「人に対して殺意を持ったことは、殆どありません」
エスペリアは首を振った。
「私はスピリットに対しても殺意を持って戦っているわけではないと思います。本当は、殺意・・・というものがどういうものか、実感できません・・と思い、ます」
確信がないためか、歯切れの悪い返事だった。
エスペリア達は殺したくて戦っている訳ではない。
命令に従っているだけなのである。
教えられたことには基本的に忠実。
それがスピリットの特性なのだと、以前エスペリアは悠人と闘護に教えた。
『以前、闘護が言っていた・・・“スピリットは命令に忠実すぎる”と。だが、それは育て方によるものだというのか?』
悠人は眉をひそめる。
『と、いうことは、育て方によってスピリットは、色々な行動がとれるようになるのだろうか?』
「そういう風に訓練されたスピリットなら、人を簡単に殺せるって事か・・・一体誰がそんなスピリットを!?」
悠人は唇をかむ。
『簡単に人を殺せるスピリット達。今後、そんなのが敵だと思うとゾッとする』
─同日、夕方
ラキオス城、廊下
「い、今の悲鳴は!?」
シュウがゴクリと唾を飲み込む。
「ちっ・・・」
闘護は舌打ちすると走り出した。
「と、トーゴ!?」
レスティーナが叫ぶが、闘護は止まらない。
ズザッ!!
「!?」
闘護が分かれ道に飛び出したとき・・・
スピリットがへたり込んでいる侍女に向かって神剣を振り下ろそうとしていた。
「貴様!!」
闘護は走り出した。
「!?」
スピリットは、闘護の接近に気づき慌てて闘護を見た。
『髪が青い・・ブルースピリットか!!』
スピリットの横に浮いているウィング・ハイロゥは少し黒ずんでいた。
「!!」
敵スピリットは、闘護に向かって神剣を突き出した。
闘護はそれでも止まることなく突き進む。
ガキーン!!
「!?」
敵スピリットの神剣は、闘護の胴体に突き刺さることなく、弾かれてしまう。
「この・・・」
硬直した敵スピリットの腕を、闘護は掴む。
「でやぁっ!!」
そして、そのまま腕を振って敵スピリットを放り投げた。
ドサッ!!
「ッ!!」
敵スピリットは地面に叩きつけられて小さな悲鳴を上げる。
「やるなら相手をするぞ」
闘護は敵スピリットの前に仁王立ちする。
「・・・」
敵スピリットは神剣を構えた。
「ちっ・・・」
『引いてくれないか・・・だったら!!』
闘護は一気に前に飛び出す。
敵スピリットも迎え撃つように飛び出した。
「フ・・・!!」
敵スピリットの神剣が闘護の左胸に目掛けて突き出される。
しかし、闘護はかわすことなくそのまま受け止める。
ガキン!!
「!?」
神剣は、闘護の身体に当たって弾かれてしまう。
神剣を弾かれ、身体が浮いたスピリットの身体に目掛けて、闘護は拳を叩き込む。
「うらぁっ!!」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッ!!
何発も拳をスピリットの腹や胸に叩きつける。
「アゥッ!!!」
スピリットはうめき声を上げて後ずさる。
闘護はバックステップで一メートル程の間を取る。
「だぁっ!!」
そして、スピリットの腹に蹴りを繰り出す。
ドンッ!!
「クッ!!」
しかし、スピリットはやはり僅かに後ずさる程度である。
「・・・」
闘護も既に予測していたのか、冷静な表情でスピリットを睨み付ける。
「・・・」
スピリットは、何か信じられない物を見たような目で闘護を見る。
しかし疲労はあるらしく、息が荒い。
「お前の攻撃は俺には効かない」
闘護がゆっくりと言う。
「俺の攻撃も効かないだろうが・・・疲れている分、貴様の方が不利だろう」
闘護は一歩前に出る。
すると、スピリットは一歩下がった。
「失せろ」
闘護は抑揚のない口調で言った。
「・・・」
スピリットは、数歩後ずさり、そして闘護に背を向けて一気に走り出した。
「・・・ふぅ」
走り去るスピリットを見ながら、闘護は小さく息をつく。
「おい」
続いて、闘護は直ぐにへたり込んでいる侍女のところへ駆け寄った。
「大丈夫か?」
「あ・・・ぁ・・・」
侍女は半ば放心状態で闘護を見つめる。
「トーゴ!!」
その時、レスティーナとリク達が分かれ道の分岐点に現れた。
「こっちだ!!」
闘護は三人を呼んだ。
三人は闘護の側に駆け寄ってくると、侍女を見た。
「この子は・・・?」
「襲われていたんだ」
シュウの問いに、闘護は答える。
すると、レスティーナがしゃがみ込み、侍女の肩を抑えて真正面からその顔を見た。
「私がわかりますか?」
「あ・・・レ・・・スティ・・ナ・・・さ、ま?」
侍女の瞳に、光が戻り始める。
「大丈夫ですか?」
「あ・・は、はい・・・」
侍女の答えに、レスティーナは安心したように肩から手を離した。
「立てますか?」
レスティーナの呼びかけに、侍女は両手を床について立ち上がろうとする。
「・・・ん・・・駄目・・・です」
「腰を抜かした、か・・・むんっ!」
すると、闘護が侍女の腕を掴むと一気に引き上げた。
「キャッ・・」
小さな悲鳴を上げる侍女を、闘護はそのまま立たせた。
「もう大丈夫だ」
「あ・・・」
闘護は侍女の腕から手を離すと、廊下の奥を見た。
タタタ・・・
「・・・ヤバイな。こっちにもスピリットがいるぞ」
「貴様が音を立てたからだろう」
リクが闘護を責めるように言った。
「止めなさい。今はそんなことを言っている場合ではありません」
レスティーナが諭す。
「は、はっ!!申し訳ありません・・・」
「しかし、これでは第二詰め所には・・・」
「だったら、第一詰め所に行く」
闘護はリクを見た。
「第一詰め所はどう行くんだ?」
「第一詰め所は謁見の間を挟んで反対側にある」
「反対側?じゃあ・・・」
リクの言葉に、闘護は眉をひそめる。
「一旦、謁見の間まで戻らなくてはなりません」
レスティーナが答える。
「ここから謁見の間までどれくらいかかる?」
「二十分は・・・」
侍女の言葉に、闘護は唇をかむ。
「ちっ・・・仕方ない」
闘護はシュウを見た。
「道案内、頼む」
「わ、わかった」
一行は走り出した。
「・・・あ、あの・・・」
走りながら、侍女が口を開く。
「何だ?」
「どうして・・・私を助けたんですか?」
「悲鳴が聞こえたからだ」
「そ、それだけでですか?」
闘護の回答に、侍女は目を丸くする。
見ると、リクやシュウ、そしてレスティーナも唖然としていた。
「悪いか?」
「も、もしもレスティーナ様に何かあったら・・・」
「その時は、俺が囮になって注意を引きつける」
リクの言葉を闘護は遮る。
「その間に、君たちには逃げてもらっていた」
「・・・」
「何だ?何か文句でもあるのか?」
シュウの視線に、闘護は肩を竦めた。
「レスティーナ様は、ラキオスにとってもっとも大切な存在だ。そのレスティーナ様をおいて他の人間を助けるのは・・・」
「悪いがな」
闘護はシュウの言葉を遮った。
「俺は、命に重いも軽いも無いと考えている。助けを求める声があって、それに答えられるなら、俺は幾らでも答えてみせる」
「・・・」
「考え無しなことは、否定しないけどね」
闘護は小さく笑った。
「し、しかし・・・」
「いいえ」
更に問おうとしたリクの言葉を、今度はレスティーナが遮った。
「トーゴの言う通りです。彼女を助けた彼の行動は間違っていません」
「・・・」
「それに、トーゴは私を逃がすことを考えてくれています」
レスティーナの言葉に、闘護は肩を竦めた。
「これ以上、彼を責める必要はありません」
「・・・わかりました」
シュウはまだ不服そうな表情ながら、頷いた。
「それよりも、あのスピリットの格好は見たことがない。あれがサーギオス帝国のスピリットなのか?」
走りながら闘護が言った。
「先程チラリと見ましたが・・・おそらくそうでしょう」
レスティーナが答える。
「サーギオス帝国か・・・」
「今回の奇襲は、何を狙っているのでしょうか・・・?」
リクが呟く。
「城に潜入してきたんだ。何か重要な物を盗むって所だろう。ただ・・・」
闘護はレスティーナの方を振り返る。
「さっきのスピリットは、明らかに彼女を殺そうとしていた」
「!!」
闘護の言葉に、侍女は身を震わせる。
「スピリットは人を殺せないと思ってたんだがな・・・どういうことだ?」
「・・・」
闘護の問いに、レスティーナは苦い表情を浮かべる。
「レスティーナ?」
「・・・今はそんなことを言っている場合ではないでしょう」
レスティーナは闘護の問いを拒絶するように言う。
「早く、我が国のスピリット達と合流しましょう」
「・・・わかった」
レスティーナの表情に、闘護もそれ以上追及しない。
一行は第一詰め所へ急いだ。
─同日、夜
王族の寝所への廊下
城の奥部に繋がる廊下に出る。
累々と重なる死体。
『くっ、人が・・・スピリットに勝てるはずがない』
悠人は唇をかむ。
「・・・ぐ・・・っ・・・」
「!?」
その時、小さなうめき声が悠人の耳に入る。
「うぅ・・・」
再びうめき声が聞こえる。
悠人は、すぐに声のした所へ駆け寄る。
すると、そこでは僅かに身体が震えている兵士がいた。
「大丈夫か!?しっかりしろっ!!」
助け起こした兵士は、胸から脇腹にかけてざっくりと鎧ごと着られている。
カミソリか何か出来られたような鋭すぎる切断面。
致命傷であることは、一目でわかる。
『間違いない、これはスピリットによるもの・・・』
その傷痕に、悠人はゴクリと唾を飲み込む。
既に目の焦点は合ってない。
悠人の声を聞いて、苦しそうに声を絞り出した。
「・・・頼む・・・殿下を・・・レス・・・ティーナ・・殿下を・・たの・・む」
兵士は震える声で呟く。
「すで・・・に・・陛・・下は・・・ス・・ピリ・・ットに・・・」
「なんだって!?」
『ラキオス王が殺された!?』
悠人は愕然とした。
『殺しても死なないような、あの親父が死んだだって!?』
「ガハッ!!」
兵士は突然大量の血を吐くと、ガクリと首を折った。
「お、おい!?しっかりしろ!!」
悠人は乱暴に兵士の身体を揺するが、兵士はなんの反応も見せない。
「・・・ユート様・・」
「エスペリア!!神剣魔法で・・・」
悠人の言葉に、エスペリアは首を振る。
「私達の魔法は、人間には効果がありません・・・」
「だけど!!」
「・・・」
沈痛な表情で沈黙するエスペリアに、悠人は何も言えなくなる。
「・・・くっ!!」
『これが守れないってことか!?』
「畜生っ!!」
悠人は静かに兵士の躯を床に置いた。
【・・・】
沈黙したまま立ち上がった悠人の背中を、エスペリア達は心配そうに見つめる。
「・・・行こう」
悠人はゆっくりと振り返った。
「ユート様・・・」
「王は死んだ・・・けど、レスティーナはまだ生きてるんだ」
悠人は拳を握りしめる。
「彼らの意志を・・・俺たちは継がなくちゃならないんだ」
その顔は、決意に満ちていた。
「まず、レスティーナを探す。行こう、みんな!!」
三人は力強く頷いた。
─同日、夜
ラキオス城、廊下
「・・・」
闘護は、角から廊下の奥の様子をのぞき込む。
「くっ・・・」
そして、その光景に唇をかんだ。
廊下は血の海と化していた。
周囲に広がる血と、所々に倒れている人間。
その全てが痙攣すらしておらず、既に絶命していることは容易に理解できた。
『やはり、サーギオス帝国のスピリットは人を殺せるのか・・・』
闘護は苦い表情で後ろを振り返った。
「スピリットはいない・・・いないが・・・」
【・・・】
闘護の言葉に、四人は沈黙する。
皆、周囲に立ちこめる血の臭いで何が起こったのか理解していた。
「行くよ・・・」
闘護は小さく言った。
─同日、夜
謁見の間近くの廊下
「待って下さい」
分かれ道の様子を見に行こうとした闘護に、レスティーナが声を掛けた。
「何か?」
「その分かれ道を曲がったら、王族の寝室があります」
「・・・で?」
「父様と母様の無事を・・・」
「・・・わかった」
闘護は短く答えると、分かれ道をのぞき込んだ。
「ちっ・・・」
他の所に比べ、そこにはより多くの死体があった。
『死守するつもりで人員を割いたか・・・』
闘護は後ろを振り返った。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。君たちはここで待っていてくれ」
「あ、ああ」
リクが頷く。
「何かあったら、大声で叫んでくれ」
そう言い残して、闘護は走り出した。
ピチャ・・・ピチャ・・・
「・・・」
闘護は床の血だまりを踏みしめる。
踏みたいわけではない。血だまりのないところを探すよりも、血だまりを歩く方が早いと判断したからである。
いや、避けるべきは血だまりではなく・・・
「背を向けた者も殺されている・・・」
闘護は呟く。
廊下に倒れた死体はもはや、廊下を埋め尽くしていると言ってもいい。
殆どの兵士は、闘護の進む方向に頭を向け、仰向けに倒れていた。
「背を向けた者も容赦なく殺している・・・虐殺だな、これは」
苦い表情のまま、闘護は注意深く進む。
そして、ひときわ大きなドアの前に到着する。
「・・・」
ギィ・・・
闘護は注意深くドアを開け、その隙間から中を覗き込んだ。
「うっ・・・」
視界に入った光景に、闘護は戦慄する。
部屋の中央に、二人の兵士が横たわっていた。
そして、その奥にはラキオス王らしい服を着た人間が倒れている。
「・・・」
闘護は、注意深く部屋の中に入る。
そして、倒れている三人に近づいた。
「!!」
『首が・・・無い』
着ている服が普段謁見の間で見慣れたもので、ラキオス王と判断した闘護は息を呑んだ。
慌てて周囲を見回すが、ラキオス王の頭は無い。
「・・・持って行ったのか?」
小さく呟くと、再び闘護はラキオス王の躯を見た。
「・・・」
『クソ野郎・・・俺が殺すつもりだった・・・』
闘護は目を閉じた。
「!?」
その時、闘護は頬を伝う感触に気付く。
そっと指で触ってみると、それは涙だった。
『・・・何故だ?何故、俺は・・・泣いている?』
ゆっくりと、横たわる王の骸に視線を移す。
『殺そうと思っていた人間が死んだ・・・喜ぶべきじゃないのか?何故、泣くんだ?何故・・・いや』
闘護は涙を振り払うと、首を振った。
「今は・・・感傷に浸ってる場合じゃない」
小さく呟くと、闘護は部屋から出た。
ギィ・・・パタン
闘護は静かにドアを閉めると、王妃の部屋に向かった。
─聖ヨト歴331年 コサトの月 緑 二つの日 夜
ラキオス城城内
「ユート様!!」
走っていた悠人達の前方から、セリアが駆けてくる。
「セリア!!」
「ご無事でしたか!!」
セリアは荒い息をつく。
「セリア一人ですか?」
エスペリアの問いに、セリアは首を振る。
「この廊下の奥で、ハリオンとヘリオンとナナルゥがいます」
「他のみんなは?」
「中庭にいます」
「中庭・・・そうだわ!!」
セリアの回答に、エスペリアが声を上げた。
「ど、どうしたんだ!?」
「中庭から第一詰め所に通じる地下道があります!!もしかしたら、レスティーナ様もそちらから避難された可能性があるかと・・・」
「そうか、スピリットが攻めてきたんだから、俺たちと合流しようとするかも・・・」
悠人は頷く。
「行きましょう!!」
「ああ!!」
悠人達は走り出した。
「ユート様!!」
悠人の姿を認めたヘリオンが叫んだ。
「みんな、大丈夫か!?」
駆けつけた悠人の問いに、ヘリオン達は頷く。
「はい」
「ユート様達もご無事でしたか〜」
ハリオンが安心したように言った。
「中庭に急ごう。みんなと合流する」
悠人を先頭に走り出す。
─同日、夜
王族の寝所への廊下
バタン・・・
「・・・」
扉を閉じた闘護は唇をかむ。
『王妃も殺されていた・・・奴らの狙いはラキオス王族か』
闘護は来た道を戻る。
『ならば、レスティーナも狙われている訳か・・・』
階下に降りると、レスティーナが心配そうな表情で待っていた。
「・・・どうでしたか?」
「・・・」
闘護は無言で首を振った。
「・・・そうですか」
レスティーナは納得したように呟いた。
「驚かないんだな」
「・・・予想はしていました」
そう言ったレスティーナの表情は冷静だった。
しかし、レスティーナの表情が一瞬翳ったのを闘護は見逃さなかった。
「そうか・・・」
闘護は小さく呟いた。
「・・・レスティーナ様。早く、避難された方がよろしいかと」
リクの言葉に、レスティーナは小さく頷く。
「ええ、そうですね」
「行きましょう・・・」
シュウが言った。