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─聖ヨト歴331年 コサトの月 青 三つの日 昼
 ラキオス城下町

 快晴の日、悠人は佳織を誘って城下町へ行くことになった。
 エスペリア達は用事があるからと、二人きりで街を散策する。
 決まったとき、佳織は妙に緊張していた・・・

 「わぁ〜〜〜〜♪」
 市場を見た瞬間から、佳織は目を輝かせた。
 石造りの町並みは、ファンタジー好きの佳織にとっては夢のような光景であった。
 「色々売ってるんだね〜」
 「そうだな・・・俺もまだ知らないのがチョコチョコあるけど」
 「仕方ないよ。こ〜んなに多いんだもん!」
 はしゃぐ佳織は、悠人の腕を取って彼方此方に引っ張っていく。
 いつもはそれなりに遠慮が見えるのだが、今日ばかりは好奇心の方が遙かに勝ったようだった。
 「ん〜〜。見たこと無い野菜もたくさんあるんだ〜。果物はレスティーナ王女様に色々食べさせて貰ってたんだけどなぁ・・・」
 「さすがに、料理をする必要はないだろうしな」
 レスティーナは、心配する周囲をよそに、佳織を客人のように扱ってくれたという。
 『だから、望んでいるにもかかわらず、厨房に入るような機会は与えられなかったんだろうな・・・』
 悠人は苦笑する。
 「お料理したかったなぁ・・・」
 「こっちにいる間は、料理することもないかもな」
 「エスペリアさんに頼んで、手伝わせて貰うもん。機会は自分で作らないと」
 佳織は胸を張って言った。
 『こっちに来てから、若干強くなった気がする・・・嬉しい反面、少し寂しいな』
 悠人は心の中で少し葛藤する。
 「あ、お兄ちゃん、次はあっち〜〜」
 『まぁ・・・まだ、十分甘えん坊ではあるか』
 手を引っ張られるまま、隣の露天に視線を移す。
 そこに、悠人の天敵がいた。
 「・・・うわっ」
 「あ〜、ピーマンがあるよ、お兄ちゃん!」
 「そ、そうだな」
 「前から似たようなお野菜があるなって思ってたけど、本当にそっくりなんだね〜」
 「ぐ・・・」
 感心したように『それ』を手にする佳織。
 『何となく、危険な予感が・・・』
 悠人はこめかみに脂汗を浮かべる。
 「ねぇ、お兄ちゃん。今日の晩ご飯、私も作っていいかな?」
 「・・・」
 「これを使って、美味しい料理作るよ〜♪」
 「・・・」
 ダラダラダラ
 悠人の背中に、ものすごい勢いで冷たい汗が流れ落ちる。
 『マズイ・・・非常に、マズイ!!話を変えないと・・・』
 「佳織・・・買い物は後回しにして、もうちょっと見て回ろう。うん。そうした方がいい気がするぞ!」
 「・・・お兄ちゃん」
 佳織が悠人をジト目で見ている。
 『・・・誤魔化し方が甘かったか』
 「ま・・・まぁ、いいだろ?この世界のピーマンは体に良くないんだ。きっと」
 悠人は必死で言い訳をする。
 「・・・そんなこと無いと思うけど。レスティーナ王女様も栄養があるって仰ってたし」
 「ぐぐ・・・っ!」
 『レスティーナも余計なことを』
 心の中で、つらつらと恨み言を並べた。
 「・・・くす。それじゃ、お買い物は後回しにしようよ」
 「え・・・」
 「その代わり、もっと付き合ってね、お兄ちゃん♪」
 再び、強く腕を引っ張る。
 やけに明るい佳織に驚きながら、悠人は歩き始めた。


 「お、お兄ちゃん・・・」
 「ん・・・?」
 “それ”に気づいたのは、佳織の方が先だった。
 悠人達の周囲から少し人が減り、遠巻きにこちらを見ている者が多くいる。
 『何かおかしな感じだな』
 ヒソヒソと言葉を交わし、無遠慮に何度もこちらを見る。
 そのせいで、佳織は落ち着かない。
 『俺が・・・エトランジェだからか・・・?』
 「お兄ちゃん・・・」
 恐がり、悠人の腕に強く抱きついてくる。
 悠人は視線から守るように前に立った。
 「大丈夫だ佳織・・・何もできやしないから」
 「・・・」
 佳織は無言だった。
 向けられる意志を計りかねて、体を震わせる。
 「大丈夫。大丈夫だから・・・」
 「う、うん・・・」
 頷く様子にも力がない。
 『早く、あっちの世界に帰らないと・・・俺はともかく、これじゃ佳織が参っちまう』
 悠人は考える。
 『結局は自然じゃないのかもしれない。俺達がこの世界にいるということは・・・』
 拳を握りしめ、決意する。
 『帰らなきゃな・・・俺たちの世界へ』


─同日、夕方
 第一詰め所近くの森

 「ふぅ・・・」
 街から戻って佳織と別れ、散歩に出た悠人は歩きながら考える。
 『側に佳織がいる・・・だけど、まだ戦い続けなければならない』
 拳を握りしめる。
 『俺は・・・いつまでこんな戦いを続けるんだろう?エスペリア達を守るために戦う・・・これは、正しいはずだ』
 歩みを止める。
 『それに、佳織のためなら・・・俺はどれだけ血で汚れてもいい・・・そう覚悟している』
 空を見上げた。
 「・・・本当に正しいんだろうか?」
 そう呟くと、視線を下ろす。
 「あれ?」
 その時、悠人は森から出て来る闘護を見つけた。
 「ああ、悠人」
 闘護は悠人に気づいて手を振った。
 悠人は闘護の側に近づいた。
 「何してたんだ?」
 「特訓だよ」
 そう言って、闘護はポケットから鉛球を出した。
 「指弾のね」
 「そうか・・・」
 「・・・ん?」
 闘護は悠人の顔をのぞき込んだ。
 「どうした?妙に沈んでいるみたいだけど・・・何かあったのか?」
 「いや・・・」
 悠人はポリポリと頬を掻いた。
 「・・・闘護」
 「なんだ?」
 「俺たちは正しいのかな・・・?」
 悠人の問いに、闘護は眉をひそめた。
 「正しいって?」
 「俺は、仲間を守るため・・・佳織を守るために戦ってるし、スピリットを殺してる」
 そう言って、悠人は自分の手を見た。
 「それって・・・正しいのかな?」
 「生き残るためには戦うしかない・・・そう言ったのは、君だろ」
 「それで・・・いいんだろうか?生き残る為に殺しても仕方ないんだろうか・・・?」
 「・・・結局、今になって迷うか」
 闘護はため息をついた。
 「大方、平和になって・・・戦わなくなって初めて、自分を見つめ直したってところだろ」
 「・・・」
 「当たり前のことだが、“仕方ない”と“正しい”はイコールじゃない」
 闘護はそう言って空を見上げた。
 「前にも言ったが、俺は犠牲は少ない方が良いと思っている。君はどうだ?」
 「・・・俺だって、無駄に血が流れるのは嫌だ」
 「なら、殺さないようにすればいい」
 闘護は悠人を見た。
 「もちろん、敵と相対した以上は戦わざるを得ない。でも、逃げようとする者を不必要に殺す事は止めればいい」
 「・・・」
 「ここは戦乱だし、実際に大切なものを守るためには自分の手を汚すことも覚悟する必要はあるだろう。だから、お前の苦悩は仕方ないことかもしれない。ただ・・・」
 闘護はそう言って小さく首を振った。
 「重要なのは・・・自分の行為から目を背けず、逃げないことだ」
 「目を背けず、逃げないこと・・・?」
 「自分の手が汚れているのなら、その汚れから目を背けるな」
 闘護は悠人の手を取った。
 「お前の手は血で汚れている。俺の手だってそうさ」
 「・・・」
 「だが、ここで自分の手が汚れていることから目を背ければ・・・現実から逃避すれば、迷いが大きくなるだけだ」
 「迷い・・・」
 「お前が迷えば、お前についてくる部下・・・エスペリア達が迷う。そして最後は・・・破滅が待ってるだろう」
 「・・・」
 「いいか。自分のしてきたことを真正面から受け止め、その事実、結果を受け入れろ。認めるんだ」
 闘護は悠人の手を離した。
 「それは大変なことだがな」
 「お前は・・・そうしてるのか?」
 「基本的には、な・・・ただ、俺は殺したことを罪だと思ったことはないんだよ」
 「えっ!?」
 闘護の言葉に、悠人は目を丸くする。
 「戦場に出てきた以上、戦わなくっちゃいけない・・・俺の相手は人間だが、人間は基本的に戦わなくても良いだろ」
 「あ、ああ・・・スピリットが戦うからな」
 「スピリットの勝敗で戦いの決着がつくなら、人間を殺す意味はない。たとえ、指揮官であっても・・・それは、バーンライトとの戦いでわかってる」
 闘護の言葉に、悠人は頷く。
 「だから、俺が今まで殺してきた人間は・・・“俺が殺したい”と思った人間だけだ」
 「殺したい・・・?」
 「そう。俺が、俺の意志で殺した」
 闘護はフゥと息とつく。
 「つまり、俺は俺が望むままに殺した・・・なのに、それを罪だと言うのなら・・・何故、殺す?」
 「えっ・・・ど、どういう意味だ?」
 闘護の問いに、悠人は眉をひそめる。
 「自分がしたいと思ってした行動。それを自分で罪と認める・・・即ち、自責するなら、最初から殺すべきじゃないだろ」
 「・・・」
 「つまり、“殺す意志を持って殺した以上、罪の意識を持ったら、殺さなくても良かったんじゃないのか”ということになる。嫌な言い方をするなら、無駄に殺したって事だ」
 「無駄・・・」
 「それこそ、殺した相手に対する侮辱だ。相手の命をなんだと思ってるんだ、ってことになる」
 「・・・」
 「だから、俺は罪の意識は感じない。殺す意志を持っている以上、それを罪だと思ってはならない。罪だと思うなら、最初から殺さなければいい・・・ただ」
 「ただ?」
 「殺したという事実は受け入れるよ。それが、自分がした事から逃げないっていうことなんだから」
 闘護は悠人を見た。
 「理解、出来た?」
 「・・・ちょっと、難しい」
 「だろうな」
 闘護は苦笑する。
 「ま、別に理解なんてしなくていい。これは俺の考えだし・・・人によっては、詭弁って言うだろうからね」
 「・・・」
 「とにかく、お前はお前の考えを持てば良い」
 そう言って、闘護は悠人の肩を叩く。
 「お前自身が迷わないように、な」
 「・・・わかった」
 悠人は頷いた。


─聖ヨト歴331年 コサトの月 青 五つの日 夕方
 第二詰め所、食堂

 食堂で、闘護が夕食の準備をする前に一休みしている時だった。

 ガチャリ
 「ふんふんふ〜ん♪あら、トーゴ様〜」
 「ん?ハリオンじゃないか」
 食堂に、紙袋を持ったハリオンが入ってきた。
 「何してらっしゃるんですか〜?」
 「一休みしてるだけだよ」
 「そうですか〜」
 ハリオンはそう言って、嬉しそうに笑いながら台所へ向かった。
 『随分嬉しそうだな』
 闘護はふと、ハリオンの様子に興味を持った。
 ハリオンが台所から出てくると、闘護は尋ねてみた。
 「なぁ、ハリオン。随分と嬉しそうだね」
 「えへへ、わかりますか〜?」
 「そりゃあね。それだけニコニコしてたら」
 「実は、クッキーを買ったんですよ〜」
 「クッキー?」
 「はい〜」
 ハリオンは心底嬉しそうに笑った。
 「明日、食べようと思ってるんです。楽しみです〜」
 「そっか・・・でも、何で明日なんだ?」
 「もう夕食ですし、夕食の後に食べたら太りますから〜」
 「あ、成る程」
 「トーゴ様も食べてみますか〜?」
 「いいのかい?」
 「はい。明日になりますけど〜」
 「ふむ・・・もらいたい、と言いたい所だけど、俺だけじゃ不公平だよね。みんなの分はあるの?」
 闘護の問いに、ハリオンは残念そうに首を振った。
 「十一枚しかありませんね〜。全員に配ると、一枚だけになります〜」
 「そっか・・・だったら、いいよ。もしも美味しかったら、今度みんなの分を買ってきくれよ。代金は渡すからさ」
 「わかりました〜」
 ハリオンは笑顔で頷くと、食堂から出て行った。
 「・・・ホント、甘いものが好きだよな」
 闘護は苦笑した。

 その後、夕食の支度をしていた闘護は戸棚の中にハリオンの持っていた紙袋を見つけた。
 一人で食べるようだったので、誰にもその紙袋がなんなのか言わなかった。
 そしてそれが、ちょっとした悲劇を引き起こすことになる・・・


─聖ヨト歴331年 コサトの月 赤 一つの日 昼
 闘護の部屋

 ドタン!!バタン!!
 「な、何だ!?」
 大きな物音に、寝ていた闘護は飛び起きた。
 「・・!!・・!」
 「!!・・!!・・・」
 何か言い争う声が階下から微かに聞こえる。
 「喧嘩か?」
 闘護は頭を掻くと、立ち上がった。

 そして、闘護が階段を下りようとした時・・・

 「いい加減にしなさい!!」
 突然、食堂から怒鳴り声が聞こえた。
 『この声はセリアか・・・』
 闘護は小さくため息をつくと、食堂へ向かった。


─同日、昼
 第二詰め所、食堂

 「何をしてるんだ?」
 闘護は食堂の入り口から中を覗き込んだ。
 「トーゴ様・・・」
 セリアが困惑した表情で振り返る。
 「随分と騒がしいけど・・・」
 闘護は周囲を見回した。
 【・・・】
 すると、ふくれっ面をしているネリーとオルファリル、気落ちして俯いているシアーとヘリオン、そしてプイッと顔を背けて拗ねているニムントールが目に入った。
 「・・・つまり、五人が喧嘩をしていた訳か」
 五人の表情を見て闘護は呟いた。
 セリアは小さくため息をつくと頷いた。
 「そうです」
 「何で?」
 「だって、ネリーとニムが・・・」
 「だって、オルファとニムが・・・」
 「オルファとネリーが・・・」
 「いい加減にしなさい!!」
 セリアはオルファリル、ネリー、ニムントールを一喝する。
 「何があったんだ?」
 闘護が尋ねると、セリアはまたもため息をつく。
 「お菓子の取り合いです」
 「お菓子の取り合い?」
 闘護は首を傾げる。
 「戸棚にあったクッキーをオルファ達が食べようと思ったらしいんですが・・・」
 「戸棚にあったクッキー・・・」
 セリアの言葉に、闘護はテーブルの上に置かれた皿に視線を落とす。
 皿の上にはクッキーが一枚だけ残っている。
 「残った一枚を取り合いになった・・・ってところか」
 闘護の言葉に、セリアは頷く。
 「オルファは二枚しか食べてないんだから、オルファのだよ!!」
 「ニムだって、小さいのを二枚しか食べてないんだから、ニムが食べるの!」
 「オルファは大きなのを食べたでしょ!!ネリーのだよ!!」
 三人はワイワイと騒ぎ出す。
 「ああ、もう・・・」
 ドンッ
 「三人とも落ち着くんだ」
 闘護がテーブルの上に両手をつき、ゆっくりと、重い口調で言った。
 【・・・】
 闘護の迫力に押されて三人とも押し黙る。
 「君達の言い分はわかった・・・ところで」
 闘護はヘリオンとシアーに視線を向けた。
 「君達はどうなんだい?」
 「え・・・?」
 「わ、私達ですか?」
 「そう。君達は何枚食べたんだい?」
 「・・・二枚」
 「わ、私も二枚です」
 「そうか・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「じゃあ、君達にだって食べる権利はあるんじゃないのか?」
 【・・・】
 ヘリオンとシアーは顔を見合わせた。
 「君達も、そう思わないかい?」
 闘護は続いてオルファリル達に視線を向ける。
 「う・・・」
 「そ、それは・・・」
 「・・・」
 闘護の言葉に、オルファリルとネリーは言葉を詰まらせ、ニムントールもバツが悪そうに顔を背けた。
 「さて・・・」
 闘護はヘリオンとシアーに再び視線を向けた。
 「君達は食べたいの?それとも食べたくないの?」
 「え・・・?」
 「そ、それは・・・」
 「正直に言うんだ」
 口ごもる二人に、闘護は少し強い口調で尋ねた。
 「・・・食べたい」
 「た、食べたいです・・・」
 二人の遠慮がちな回答に、闘護は頷く。
 「それなら、五人で誰が食べるか決めたら良いんじゃないのか?」
 闘護は五人を見た。
 「トーゴ様。それが決まらないから喧嘩になってるのですが」
 セリアが少し呆れた様に言った。
 「言い合いをしてたら決まらないさ」
 闘護は肩を竦める。
 「そうだな・・・くじで決めたら良い」
 「くじですか?」
 「そうだ。それなら公平だろ」
 闘護は皿の上のクッキーに視線を落とす。
 「誰が誰よりたくさん食べた・・・食べた枚数が同じでそんなことを主張したら、いつまでたっても決まらない。クッキーの大きさはどれもこれも全く同じなんてことは無いんだから」
 【・・・】
 「だったら、今まで食べた量はノーカウントにして、再度、誰が食べるか決めた方が早いだろ」
 「・・・そうだね」
 オルファリルがゆっくりと頷いた。
 「うん。枚数は同じなんだから」
 「うん・・・」
 ネリーとシアーも頷く。
 「・・・しょうがないなぁ」
 ニムントールも渋々納得したようだ。
 「くじを作る紙を持ってきますね」
 ヘリオンが立ち上がって食堂から出て行った。
 五人の様子に、セリアは安堵の息をついた。
 「ありがとうございます、トーゴ様」
 「俺は何もしてないよ・・・ん?」
 『戸棚にあったクッキー?』

 直ぐにヘリオンは紙とペンを持って戻ってきた。
 「持ってきましたよ」
 ヘリオンは紙とペンをテーブルの上に置いた。
 「ありがと、へリオン」
 ネリーが早速くじを作り始める。
 「ちょっと聞いていいか?」
 そこへ、闘護が声をかけた。
 「何ですか?」
 ヘリオンが聞き返す。
 「そのクッキーだけど・・・戸棚にあったって言ったよな」
 「うん。ネリーとオルファが見つけたんだよ」
 ネリーが何故か胸を張って答える。
 「誰のクッキーか知ってるの?」
 「・・・知らないよ」
 ネリーは首を振った。
 「他のみんなは?」
 闘護の問いに、四人は同時に首を横に振る。
 「そうか・・・」
 「どういうことですか、トーゴ様?」
 セリアが尋ねると、闘護は肩を竦めた。
 「そのクッキー・・・多分、ハリオンのだよ」
 【・・・】
 闘護の言葉に、その場の空気が凍った。
 「昨日、ハリオンがクッキーの入った袋を持ってたからね。聞いてみたら、“明日食べるんです〜。楽しみですよ〜”って嬉しそうに言って戸棚にしまってたからさ」
 見る見るうちに五人の表情が青くなる。
 「ハリオン、お菓子が大好きだからな。無くなってたら・・・」
 「と、トーゴ様!!」
 耐えかねて、へリオンが声を上げた。
 「あの、その・・・は、ハリオンさんには・・・」
 「誰が食べたか言わないでくれって?」
 ヘリオンの言葉を遮るように闘護は尋ねた。
 「・・・」
 「彼女のことだから、間違いなく犯人探しをするよ」
 闘護は酷く冷静に言った。
 「真っ先に疑われるとしたら君達だな」
 「お、オルファはたまたまここに来たから、バレないよね?」
 オルファリルの問いに闘護は肩を竦めた。
 「ネリー達に聞いてみるんだね。ハリオンに怒られるときに君の名前を出すか出さないかは」
 【・・・】
 四人は明らかに“怒られたら白状する”と、視線で答える。
 「セリア。君は彼女達が食べようとしてた所を見ていたのか?」
 闘護の問いかけに、セリアはブンブンと首を振った。
 「み、見てないです!!オルファ達が喧嘩してる所に来たから・・・」
 「そう。だったら止めれなかったか・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「と、トーゴ様!!助けて!!」
 ネリーがすがる様な口調で闘護に頼み込む。
 「助けるって・・・どうやって?」
 「そ、それは・・・」
 「仮にクッキーを買ってくるとしても、時間がかかるし、ハリオンが買ってきたクッキーが売ってる店を俺は知らないよ」
 「・・・」
 闘護の回答に、ネリーは沈黙する。
 「正直に謝るんだ」
 闘護はゆっくりと言った。
 「いくら戸棚の中に無造作に置いていたとしても、確認も取らずに勝手に食べたんだ。怒られるのは当たり前だろ?」
 【・・・】
 「それに、正直に謝った方がハリオンも許してくれると思うぞ」
 「そ、そうかなぁ・・・?」
 ネリーが首を傾げた。
 「絶対とは言えないけど、その方が・・・」
 「許すと思いますか〜?」
 【!!!!】
 突然食堂に響く声に、闘護を含めた全員が戦慄する。
 「ハリオン・・・戻ったのか」
 「はい〜」
 「い、いつからいたの?」
 「トーゴ様がクッキーを私の物だって言った所からです〜」
 闘護とセリアの問いに答えるハリオンの口調は、普段と変わらずのんびりしていた。
 表情もやはりニコニコと笑っている。
 ハリオンはそのままゆっくりと食堂に入ってきた。
 【・・・】
 オルファリル達五人は先ほどから固まったままハリオンの方を見ようとしない。
 「あなたたち〜、私の大切なクッキーを食べちゃったんですね〜?」
 【・・・】
 「食べちゃったんですね〜?」
 【・・・】
 ガスッ!!
 【!!!】
 「食べちゃったんですね〜?」
 ハリオンは【大樹】を床に突き立てた。
 【(コクコクコク)】
 五人は慌てて頷く。
 「楽しみにしていたのに〜」
 ハリオンは眉を八の字にして呟いた。
 「本当に、楽しみにしていたのに〜」
 次第にハリオンの口調が固くなっていく。
 「急いで帰ってきたのに〜」
 ハリオンの眉は次第に逆八の字に近づいていく。
 「あなたたち〜」
 ハリオンは口元に笑みを浮かべながらゆっくりと五人を見回した。
 「覚悟してくださいね〜。二度と勝手に私のお菓子を食べないように教育しますから〜」
 【・・・】
 「トーゴ様、セリア」
 「は、はい!!」
 「何だ?」
 セリアは慌てて、闘護は努めて冷静に返事をする。
 「席を外してもらえませんか〜?」
 「わ、わかったわ」
 「・・・いいよ」
 「お願いしますね〜」
 セリアは逃げるように食堂から出て行く。
 闘護は食堂の入り口まで来て、ハリオン―の後姿―に視線を向けた。
 「ハリオン」
 「何ですか〜?」
 「・・・また、クッキー買ってきていいよ。代金はこっちが出すからさ」
 闘護の言葉に、ハリオンはゆっくりと振り返った。
 彼女の眉は八の字に戻っている。
 「ありがとうございます〜」
 ハリオンの回答に頷くと、闘護は食堂から出て行った。


 「ふぅ・・・」
 食堂から出ると、闘護は息をついた。
 「ハリオン、かなり怒ってましたね」
 セリアが心配そうに食堂の扉を見た。
 「一応、フォローしたから・・・やり過ぎないと思うんだけどね」
 「いいんですか?お菓子を買ってきていいなんて言って・・・」
 「代金は食費から捻出する。幸い、余裕はまだあるしね」
 「・・・」
 「それに、人間関係に関わるんだから、これぐらいはいいだろう」
 「・・・仕方ないですね。あまりハリオンに怒られて元気をなくされても困りますし・・・」
 「そういうこと」
 セリアの言葉に闘護は頷く。
 『もっとも・・・悪いことをしたのは確かなんだから、ちゃんと反省してもいらわないと困るんだけど』
 闘護は心の中で呟いた。

 闘護はその後、オルファリル達にハリオンにどう怒られたか聞いてみたが、全員真っ青な顔でブンブンと首を振って誰も答えてはくれなかった。


─聖ヨト歴331年 コサトの月 赤 五つの日 夕方
 第二詰め所周辺

 「ふぅ・・・」
 闘護は森から出ると、一息ついた。
 『大分連射できるようになったな・・・』
 闘護はポケットに手を突っ込み、中に入っている球を転がす。
 「なかなか使うときが無いけど・・・」
 シュッ!!シュッ!!
 「ん?」
 その時、闘護の耳に風を切る音が入ってきた。
 『何の音だ?』
 興味を覚えた闘護は音のなる方へ歩き出す。

 「はっ!!たぁっ!!」
 シュッ!!シュッ!!
 『ファーレーンじゃないか』
 闘護は、第二詰め所近くで神剣を振るっているファーレーンを見つけた。
 『訓練か・・・』
 近くの木に身を隠しながら、ファーレーンの様子を窺う。
 「やぁっ!!たぁっ!!」
 シュッ!!シュッ!!
 ファーレーンは一心不乱に剣を振っていた。
 『邪魔しちゃ悪いな・・・』
 闘護はファーレーンに背を向けた。
 「はぁはぁはぁ・・・」
 その時、音が消えて荒い息が聞こえてきた。
 闘護はふと、振り返ってみた。
 『あれ・・・何だ、あの表情は?』
 ファーレーンは荒い息をつきながら、酷く沈鬱した表情を浮かべていた。
 「はぁはぁ・・・駄目・・・全然変わってないわ」
 ファーレーンは手に持つ神剣に視線を落とす。
 「どうしてなの・・・?」
 悔しそうに呟く。
 『なんか訳ありっぽいな・・・出しゃばりかもしれないけど』
 「ファーレーン」
 悠人は意を決して声をかけた。
 「!?」
 ファーレーンは驚いて顔を上げる。
 「と、トーゴ様!?」
 「おう」
 闘護は片手を挙げると、ファーレーンに近づいた。
 「随分と頑張ってるみたいだが・・・なんだか、随分と焦っているようだね。何かあったのか?」
 「・・・」
 闘護の問いかけに、ファーレーンは視線をそらして俯く。
 「“全然変わってない”って言ってたね」
 「・・・」
 「何が変わっていないんだい?」
 「・・・なんでもないんです」
 ファーレーンは首を振った。
 「本当かい?」
 「・・・はい」
 ファーレーンの返答に、闘護は小さく頷いた。
 「わかった。だが、あまり無茶をするなよ」
 闘護はそう言ってファーレーンに背を向けた。
 「あ、あの!!」
 その背に、ファーレーンは声をかけた。
 「何だい?」
 闘護はその場に立ち止まって振り返った。
 「あの・・・」
 ファーレーンは暫く何かを迷うようなそぶりを見せたが、やがて首を振った。
 「いえ・・・なんでもないです」
 「そうか・・・」
 闘護はそう答えて再び歩き出した。
 『何か迷ってるみたいだが・・・今はそっとしておいてやるのが一番だろう』
 歩きながら闘護は考える。
 『とりあえず、彼女の様子に注意しておくか』


─聖ヨト歴331年 コサトの月 緑 二つの日 昼
 第一詰め所周辺

 「あれ・・・?」
 館の周りを散歩していた佳織は、近くの小屋に背を預けて座り込んでいる闘護を見つけた。
 「神坂先輩」
 「ん・・・?」
 佳織の声に気づき、闘護は顔を上げた。
 「やぁ、佳織ちゃん」
 「こんにちわ。何してるんですか?」
 「ん・・・考え事、かな」
 闘護はそう言って後頭部を壁に預ける。
 「考え事・・・ですか?」
 「ああ」
 「何を考えてたんですか?」
 「この国に残るか否か」
 闘護の言葉に、佳織は目を丸くする。
 「残るか否かって・・・それじゃあ、先輩は出て行くんですか?」
 「さぁ・・・どうするかねぇ」
 闘護は人事のように呟く。
 『迷ってる先輩・・・珍しいなぁ』
 佳織は興味が湧き、闘護の隣に腰を下ろす。
 「どうして迷うんですか?」
 「うーん・・・」
 闘護は頭を掻く。
 「この国に残るなら今まで通りだし、出て行くならクソ野郎・・・ラキオス王のことだけど、あいつの命を狙うなって言われてね・・・」
 「・・・」
 「どっちもメリットが少なくてなぁ・・・って、どうしたの、佳織ちゃん。目を丸くして?」
 闘護の言う通り、佳織は目を丸くして闘護を見ていた。
 「初めて見ました・・・先輩が“クソ野郎”なんて悪口を言うなんて・・・」
 佳織の言葉に闘護はキョトンとし、ついで苦笑する。
 「そうかな?」
 「そうですよ。どうしてそんな風に言うんですか?」
 佳織の問いに、闘護は肩を竦めた。
 「ま、いろいろあってね・・・」
 闘護の雰囲気に、佳織はそれ以上突っ込めなくなる。
 「そ、そうですか」
 「とにかく、出て行くか出て行かないか・・・さっさと決めないといけないんだけどね」
 闘護はハァとため息をつく。
 「いっそのこと、「四人の王子」の勇者みたいに旅に出る方がいいかな・・・?」
 「あ、先輩もその本を読んだんですか?」
 「佳織ちゃんも?」
 「はい。主人公の勇者がお兄ちゃんにそっくりだったから・・・」
 佳織の言葉に、闘護は頷く。
 「確かに、俺も思ったよ」
 「・・・ちょっといいですか、先輩」
 「ん?」
 「あの話の最後、勇者は旅に出るって書いてましたけど・・・何か、不自然に思いませんでしたか?」
 「不自然・・・?」
 「だって、ラキオス王国が生まれるところに、どうしてそれまで活躍していた勇者がいなくなるのかなぁって・・・」
 「・・・確かに、ね」
 佳織の言葉に、闘護は眉をひそめて頷く。
 「知ってるかい?あの童話は史実を元に作られた話なんだ」
 「えっ!?本当ですか?」
 「ああ。大体二百年前かな・・・ラキオス王国の前身である聖ヨト王国が分裂した頃に、四人の来訪者・・・エトランジェが永遠神剣を持って現れたんだよ」
 「・・・」
 「当時、王国には四人の王子がいてね。第二王子がラキオスを建国した・・・その時いたエトランジェが・・・」
 闘護は真剣な表情で佳織を見た。
 「【求め】のシルダス・・・」
 「【求め】!?」
 佳織は驚愕する。
 「王国が分裂したのとほぼ同時期に、四人のエトランジェも歴史から消えている」
 闘護はフゥと息をつく。
 「だから、シルダスがどうなったかは知らないが・・・」
 「・・・」
 「ん?」
 佳織の表情に、闘護は首を傾げた。
 「どうしたんだい?」
 「・・・レスティーナ王女様に、聞いたことがあるんです」
 「何を?」
 「このお話の結末についてです・・・その時、王女様は教えてくれませんでした」
 「ふむ・・・王国の歴史だ。レスティーナなら知っている可能性も十分あるのに・・・」
 『教えないというのは気になる・・・隠す必要のある歴史なのか?』
 闘護は腕を組んで考え込む。
 『もしも、史実が人々から隠さないといけなかったのなら・・・こちらも考えて動かないと駄目だ』
 闘護は頷くと立ち上がった。
 「先輩?」
 「ちょっと、レスティーナの所に行って来るよ」
 「ええっ、今からですか?」
 「他にも聞いておきたいことがあるからね。じゃあ」
 「あ、せ、先輩!!」
 佳織の制止も聞かず、闘護は走り出した。
 「行っちゃった・・・」
 佳織は立ち上がると、心配そうな表情を浮かべた。
 「王女様にすぐ会えるのかな・・・?」


─同日、夕方
 悠人の部屋

 「ふぁ〜〜〜ぁ」
 悠人は自室のベッドにうつぶせになって息をつく。
 その様子は、完全に気が抜けていた。
 訓練は毎日あるし、体も心もヘトヘトとなのは確かだが、実戦がないというだけで、悠人は心が安まるのを感じていた。
 『まぁ・・・体を動かすだけならスポーツみたいな物だし』
 死と隣り合わせとなる実戦は、猛烈なストレスになる。
 『それに戦いに生き残れても、俺に勝利の喜びなんてなかった・・・あったのは、殺してしまったという罪悪感だけ』
 ハァとため息をつく。

 幸い今は、戦闘状態に入ってる敵国もない。
 情報部の話によると、マロリガン共和国は帝国に対しても、北方五国に対しても中立を守ってきたという。
 帝国もイースペリアのマナ消失事件以来、大きな動きは見せてはおらず、小康状態を保っていた。
 佳織も悠人の目に入る場所にいるため、気が抜けるのも当然だった。
 「さてと!あんまりゴロゴロしてるのも何しな。お茶でも飲んでくるか・・・」
 『あまり変わらない、とは言わないで欲しいな・・・』
 心の中で言い訳をしてから、悠人はベッドから起きあがり、台所に向かった。


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 「エスペリア、いる?」
 台所をのぞき込んでみるが誰もいなかった。
 『時間が時間だから買い物かもしれないな・・・そう言えば、アセリアやオルファがいる気配もなかったし』
 悠人は頬を掻く。
 『もしかして、みんなで買い出しか?確か、食材切れるって言ってたしなぁ。オルファがいれば寝てない限りは、何か物音がしているものだけど』
 悠人は周囲を見回す。
 「・・・そう言えば」
 『第二詰め所のスピリット達と、まとめ買いするって言ってたな』
 悠人は、エスペリアが第二詰め所のスピリット達と一緒に買い物に行くと行っていたことを思い出す。
 『何となく置いてけぼりになったような・・・エスペリアのことだから、俺に気をつかったんだろうけど・・・たまに、もっと遠慮せずに悠人にも仕事を振ってくれればいいのに』
 悠人は食堂に戻る。
 『いつまで経っても、お客様扱い・・・てのもなぁ。あ・・・そういえば』
 悠人は指を折ってぶつぶつと数えてみる。
 『今はコサトの月・・・俺たちの言う8月の12日・・・もう一年半近くここにいる計算になる』
 「もうそんなに経つんだな・・・まぁ、たまには自分でして見るか」
 気を取り直して台所に入り、コンロに火を入れる。
 まるで日本のガスコンロのような装置に、初めて見たときは悠人も闘護も驚いたものだ。
 エーテル技術を使っているこの館特有の物らしいが、文明のレベルから考えると、二人とも凄くアンバランスに感じていた。
 「それでも便利なことは良いことだ、と」
 ヤカンを探して流し台の上の棚を開けるが、皿が並んでいるだけでそれらしき物は見あたらない。
 見回すと台所にはかなりの量の棚がある。
 『この中から探し出すのはえらくホネが折れそうだな・・・』
 「・・・やめよ」
 そう呟き、悠人はコンロの火を落とした。
 『鍋でも使って・・・いや、やっぱいいか』
 心の中で呟き、悠人はすごすごと台所から退散する。
 「あ、お兄ちゃん。こんにちわ」
 リビングに戻ると、ちょうど室内に入ってきた佳織と目があった。
 「お、佳織か。どうした?腹でも減ったのか?」
 「違うよ〜」
 香りは笑って首を横に振る。
 『こんな他愛もないやりとりが少し嬉しいなぁ』
 悠人は小さく笑った。
 『俺は断じてシスコンじゃないけど、『当たり前』が帰ってきてくれたことが素直に喜ばしいな』
 「そうだ。エスペリア達知らないか?さっきから見あたらないんだけどさ」
 「エスペリアさん達なら、買い出しに行ったよ。ん〜、一時間くらい前だったかな?」
 佳織は(悠人達の世界の)時計を見ながらそう言う。
 『一時間か・・・それだとまだ城下町で買い物しているな』
 ここから城下町までは距離が結構ある。
 城門まで行くのも三十分くらいかかるし、そこから城下町までも同じくらいかかる。
 「佳織はついて行かなかったのか?」
 佳織は悠人と違ってエトランジェとして顔が割れていない。
 『外を歩いても、この前みたいに俺と一緒じゃなければ、そんなに問題ないはずだけど・・・』
 悠人はリビングの椅子に座る。
 立ったままの佳織は、少し言いづらそうに悠人のさっきの問いに答えた。
 「う、うん。エスペリアさんがね。私は行かない方が良いって。ほら、私って髪の毛赤いでしょ。スピリットさんに間違われるかもしれないんだって」
 「そっか・・・そうだな。佳織の上、赤いもんな。母さん似てさ。父さんは本当に真っ黒だったけど」
 確かに佳織の髪の色は、母さんに似て赤い。
 赤髪ということで小さい頃は随分と苛められたこともあった。
 その都度、悠人はその相手に殴りかかって問題になったもんだ。
 この世界では赤い髪や青い髪は、スピリットの色ということになっている。
 『佳織が誤解されるかもしれないから、エスペリアは気をつかってくれたんだろうな。スピリットに対しての城下の人々の態度は、決して良いものではないから・・・』
 ちょっとした沈黙が過ぎ、悠人は気を取り直して尋ねる。
 「要するに佳織も暇なのか?」
 「うん。暇になったかな?散歩から帰ってきて、お茶でも飲もうかなって。お兄ちゃんも飲む?」
 「ああ、頼む。実は俺も、お茶を飲もうと思って降りてきたんだけど・・・ポットとか葉っぱがどこにあるかわかるか?俺、いつもエスペリアに任せっきりだから、全然わかんなくてさ」
 「そんなことだと思ったよ〜。お兄ちゃん、エスペリアさんみたいなしっかりした人がいると、本当にぼんやりさんだもんね」
 佳織はクスリと笑った。
 「オルファの面倒も見ているんだから、エスペリアさんは大変だよ。お兄ちゃんも、お台所のことは知ってた方が良いよ?」
 「いーよ、別に。エスペリアか佳織、どっちかは必ずここにいるし。ってことで頼むわ。甘くないヤツが良いかな」
 「は〜い。少し待っててね」
 佳織は嬉しそうに言うと、台所に入っていった。
 異世界にも慣れたのか、言葉を習ったり本を読んだりと、この生活を楽しんでいるようにも見える。
 『佳織って思ったより適応力があるんだなぁ。佳織が側にいて、漸くちゃんと心に余裕が持てるようになった俺とは大違いだ』
 悠人は苦笑する。
 『さて・・・あとは帰るだけだ。何とか方法を見つけないとな。いや、この剣さえあれば、いざとなったら逃げ出すことだって・・・制約があったって、逃げるだけならば出来るかもしれない』
 悠人は【求め】の力の強大さを、龍の魂同盟の戦いで強く実感していた。
 『この力があれば逃げ切ることは出来る。別の国で働きながら、帰る方法を探すことも出来るはずだ』
 拳を握りしめる。
 『・・・でも、エスペリア達はどうする?俺だけ逃げて良いのか?』
 みんなの顔が、悠人の脳裏によぎる。
 『もう、一人一人に情が移ってしまってる。佳織のためなら何をしてもいい・・・って、思ってたのにな』
 「お待たせ、お兄ちゃん」
 その声で我に返る。
 戻ってきた佳織が、手際よくカップをテーブルに並べる。
 エスペリアが入れてくれる、いつものお茶とは香りが違った。
 『・・・なんだろう?』
 「このお茶って・・・いつものと違うよな?こんな香り、嗅いだこと無いぞ」
 「お兄ちゃん、すごいっ!そう、これは私のオリジナルブレンドなんだよ」
 佳織ははしゃぎながら悠人の隣にやってくる。
 「すごいな〜、お兄ちゃん。この違いって、本当に微妙なのに」
 興奮してやたらと褒め称える。
 『確かに、これとシナニィ(バニラの香りに似た香草)のお茶との違いは微妙だ。わかったのも、全てはエスペリアに鍛えられた成果だな』
 「ふふふ・・・この世界のお茶に関しては、ちょっとしたマニアだぜ?」
 悠人は自慢げに笑った。
 「それじゃ、それじゃ、このお茶のブレンドわかる?」
 「えっ!?」
 佳織からの突然の質問に悠人は戸惑う。
 『シナニィに似ているけど、妙にひなびいているような気はするんだけど・・・うーん』
 「ん〜、確か、エスペリアに聞いたことがあったな。このひなびた香りが加わったのは・・・ルクゥテ・・・ルクゥテとクールハテのブレンドだ!」
 悠人は自信を持って答える。
 これはエスペリアとのお茶当てクイズで最難関だった物だった。
 「凄いよ。大正解だよ。うわぁ〜、お兄ちゃん、凄い!私でも多分わからないよ〜」
 やたらと尊敬する佳織に、悠人はまんざらでもなかった。
 『確かに普通ではわからないだろう。味覚と嗅覚を鍛えてくれたエスペリアあってこそだよな』
 「ファンタズマゴリアに来て鍛えられたのは戦いだけじゃないんだぜ」
 心の中でエスペリアに感謝しつつ、悠人は胸を張った。
 「えへへ、そうだね」
 お茶当てクイズを終えた佳織は、両手でカップを持って微笑んだ。
 「えへへ。今日はお兄ちゃんと二人っきりだから、お家にいるみたいだね。ちょっと嬉しいな」
 「そっか。いつもオルファかエスペリアがいるもんな。アセリアはいないけど」
 エスペリア一人の時は気をつかってくれるのか、いつもいつの間にか席を外していることが多かった。
 しかりオルファリルがいると、いつも通りに大騒ぎになる。
 『それも小鳥達を思い出して楽しいもんな』
 悠人はクスリと笑った。
 「みんなどうしてるのかな・・・小鳥達、心配してないかな」
 「そうだな。俺たちがこっちに来てから随分と経つし・・・今日子と光陰も心配しているかもな」
 悠人と佳織、そして闘護の三人以外にエトランジェが現れたという話は聞かない。
 光に包まれてここに来たのは、この三人だけのようだ。
 『・・・佳織のように剣を持っていないって可能性もあるけど・・・』
 「向こうでも同じだけ時間が経ってたら、俺たちは兄妹そろって謎の失踪って訳か・・・」
 「無事だよって、事だけでも伝えたいしね」
 「それが出来ればな・・・まだどうしたら帰れるかなんて解らないからな」
 しんみりとして会話はとぎれる。
 「・・・まぁ、まだ想像も出来ないけど、どうにか探すしかないからな。来たって事は帰れるって事だろう」
 「うん、そうだよ。早く帰らないとダメだよ」
 ポンと手を合わせて、佳織は明るく言った。
 「だって、このままだとお兄ちゃんってば、エスペリアさん達の誰かをお嫁さんにしちゃいそうなんだもん」
 佳織はクスリと笑う。
 「アセリアさんはとっても美人で可愛いし、エスペリアさんもとっても美人ですっごく親切だし。レスティーナ王女様も、凄く綺麗だし、オルファは・・・う〜ん、元気いっぱいだし、うん!」
 オルファリルだけには微妙なフォローが入っていた。
 佳織らしい気遣いに、悠人はつい笑ってしまう。
 「ねぇ、お兄ちゃん。もしも誰かをお嫁さんにするんだったら・・・誰がいいのかな?」
 佳織は上目遣いで悠人を見ながら尋ねた。
 「誰かをお嫁さんにねぇ・・・」
 『女の子ってのはこういう話が好きだなぁ・・・別に結婚なんて考えたこともないけど、せっかく佳織が楽しそうにしてるし、答えてやるか』
 悠人は腕を組む。


─同日、夕方
 城の一室

 闘護の突然の訪問に、流石のレスティーナも驚いた。
 しかし、褒美の答えを伝えにきたという闘護の言葉に、謁見を許したのだ。
 既に公務も終了していた為、城の一室に闘護は通された。

 ガチャリ・・・
 「お待たせしました」
 レスティーナが部屋に入ると、ソファに座っていた闘護はゆっくりと立ち上がった。
 「いや・・・こちらこそ、こんな時間に呼び出して申し訳ない」
 「構いません」
 レスティーナは闘護の前に立った。
 「では・・・答えを聞かせてもらえますか?」
 「ああ・・・だが、その前に聞きたいことがあるんだ」
 「聞きたいこと?」
 「「四人の王子」という童話について・・・」
 闘護の言葉に、レスティーナの眉がピクリと動いた。
 「この童話の主人公は、悠人と立場が同じだ」
 「・・・」
 「いくつかの歴史書を少し読ませて貰ったが・・・約二百年前、これと同じような歴史があった」
 闘護は真剣な表情でレスティーナを見た。
 「この童話は、事実に基づいたものなのか?」
 「・・・はい」
 レスティーナはゆっくりと頷いた。
 「確かに、この童話は実際に起こった出来事を元に作られています」
 「じゃあ、この話のオチはどうなんだ?」
 闘護は続けて尋ねる。
 「第二王子がラキオスを建国した後・・・勇者は消えている」
 「・・・」
 「旅に出たと言うが・・・本当か?」
 「・・・」
 「歴史書には、突然姿を消したとしか載っていない」
 闘護は沈黙するレスティーナを無視して続ける。
 「当時存在した四人のエトランジェ・・・【求め】のシルダス、【誓い】のソードシルダ、【空虚】のラド、【因果】のラスガリオン・・・全てが消えた」
 闘護はレスティーナの顔をのぞき込んだ。
 「他の三人も気になるが、俺が聞きたいのは【求め】のシルダスの結末だ。君は何か知らないのか?」
 「・・・」
 「知っているなら教えて欲しい」
 「・・・知っています」
 レスティーナはゆっくりと呟く。
 「【求め】のシルダスは・・・第二王子によって殺されました」
 「・・・」
 「その力を危険視されて・・・」
 「・・・成る程」
 闘護は納得したように頷く。
 『国を興す為に利用し、用済みになったら消される訳か・・・反吐が出る』
 心の中で吐き捨てる。
 「それなら、俺の答えは決まった」
 闘護は姿勢を整え、レスティーナをまっすぐ見た。
 「俺はラキオスに残ろう」
 「トーゴ・・・」
 「悠人を殺させるわけにはいかないし・・・それに」
 闘護は照れたようにレスティーナから顔を背けた。
 「平和に暮らす人々を守りたい・・・」
 「・・・ありがとうございます」
 レスティーナは頭を下げる。
 「今後とも、よろしくお願いします」
 頭を上げ、優しい笑顔を闘護に向けた。
 「こちらこそ」
 闘護はニヤリと笑った。
 「よろしく・・・レムリア」

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