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─聖ヨト歴331年 エクの月 赤 三つの日 昼
 謁見の間

 「よくやった。エトランジェ、【求め】のユートよ。儂は今とても気分が良い」
 ラキオス王は上機嫌だった。
 サルドバルトの首都を悠人達が陥落させた後、スピリット隊の監視下の元で、ラキオスの一般兵士達が制圧。
 現在サルドバルトは、完全なラキオス統治下に入った。
 『何なんだ。俺たちのしてる事って・・・膝をついて、頭を下げてるのが馬鹿馬鹿しくなってくる』
 悠人は心の中で悪態をつく。
 『待機してた所を呼び出されたと思ったら、この親父の満面の笑みを見なくちゃならないとはな。闘護が羨ましいよ』
 悠人は小さくため息をついた。

 闘護は、この場には呼ばれていない。
 おそらく、せっかくの戦勝気分を台無しにされたくないのであろう。

 『闘護が来てたら、間違いなく喧嘩してるだろうし』
 悠人は小さく鼻を鳴らした。
 「先程、サルドバルト国王の処刑が終わった。ふっふっふ・・・これで聖ヨトの血は、正統な我々だけとなったのだ。」
 ラキオス王は満足そうに両手を組み笑う。
 「これで北方五国、龍の魂同盟は漸く一つとなった。正統な血筋によって、あるべき姿に戻ったのだ。ふ、ふ・・・はっはっは」
 側近達が、王の言葉に感嘆の声を上げる。
 にわかに謁見の間は笑い声に包まれた。
 それらを聞きながら、悠人は床を睨み付けていた。
 『何が一つになった、だ。俺たちがやったことなんて、侵略以外の何ものでもないじゃないか!!』

 サルドバルトは同盟を裏切り、イースペリアはラキオスの策謀によって壊滅した。
 そして、バーンライトはダーツィに唆され、ダーツィは後ろ盾の帝国に裏切られた。

 『馬鹿らしい騙し合いの勝者になっただけ・・・その先兵が俺たちか』
 悠人は唇を強く噛む。
 『後ろにいた人間達は、安全と勝利が確保されてから、のうのうと歩いてきただけのくせに・・・こんな奴らを喜ばせるために、俺たちは殺し合いをしているのかよ』
 やりきれない思いが悠人の心の中をグルグル回る。
 『こいつらはスピリット達が戦い、死んでいくことを虫が潰れるくらいにしか考えてないだろう。それを解って、逆らうことが出来ない自分が情けない・・・くそっ!!』
 そんな悠人の気持ちなど知るよしもなく、王は上機嫌なまま言葉を続ける。
 「エトランジェよ。今回の働きは値千金と言えよう。何か褒美を取らせようではないか」
 『褒美だと?いるか、そんなもん』
 悠人は心の中で吐き捨てる。
 『好きに使って何を偉そうに言ってるんだ!!』
 「・・・」
 悠人は口を開けば罵詈雑言しかでないと考え、沈黙する。
 「父様。この者の義妹を解放してはどうでしょうか?」
 『え・・・!?』
 沈黙を破ったのは意外な人物だった。
 『・・・レスティーナ王女!?』
 発言者にも、その提案にも驚く。
 「何を言っているのだ、レスティーナよ。それはできぬな」
 あまりに突飛な提案に王は戸惑っていた。
 しかし、レスティーナの顔は真面目そのものである。
 「この者はエトランジェ。どちらにせよ、この国で戦うことしか帰る道はありません。それに、我が王族に逆らうことは出来ないのですから」
 「やけにこの者に入れ込むではないか。おぬしは昔からエトランジェに興味がありそうであったな。何か勘違いがあるのではなかろうな?」
 自分の娘を疑うように言う。
 『前から感じていたけど、この二人の関係はあまりうまくいってないんじゃないか?王は王女を、王女は王を信頼していないように見える』
 二人のやりとりを見ながら悠人は思った。
 「私は聖ヨトから連なる血を持つ者。エトランジェに魂を奪われることなどあり得ません。ただ、あのカオリと話すのも飽きたのです」
 佳織という名前に反応して顔を上げる。
 王女は悠人のことを冷たい視線で見下していた。
 『言葉通り、佳織のことが面倒になっただけか・・・』
 そう思ったものの、悠人にとって決して悪い提案ではないので黙る。
 「それならば良いがな。しかし・・・」
 王は忌々しげな表情を浮かべる。
 「あの化け物をこのままにして、解放するわけにもいかんな」
 「!!」
 『闘護・・・』
 王の言葉に、悠人はビクリと身を竦める。
 「もちろん、ストレンジャーの処遇も考えています」
 レスティーナは予想していたのか、特に驚いた様子もなく続ける。
 「ほう・・・どのような処遇だ?」
 「今後、ラキオスに従うか否か、決めて貰います」
 「何だと!?」
 レスティーナの言葉に、王は目を丸くする。
 「それでは、もしもラキオスを出て行くと言えば・・・」
 「その場合は、父様の命を二度と狙わないように誓わせます」
 レスティーナはそう言って悠人を見た。
 「誓いを破った場合は、エトランジェの妹を再び幽閉しましょう。無論、これまでよりも更に厳しい待遇で」
 レスティーナの目は、酷く冷たいものだった。
 「むぅ・・・しかし、もしもラキオスに残るとすれば・・・」
 「その場合は、これまで通りでしょう」
 「・・・」
 「少なくとも、これ以上トーゴを刺激しない限り、トーゴが父様に危害を加える可能性は低いと思います」
 「・・・」
 王は黙り込み、暫くの時が過ぎる。
 悠人は期待し、次の言葉を待った。
 「・・・解った。エトランジェよ、娘を解放してやろう。だが、娘を連れて逃げようなどと考えぬ事だ」
 「エトランジェよ。わかっているとは思うが、もし今後の戦果が下がるのならば即座に城に戻す。そのことを忘れ無きように」
 レスティーナは厳しい視線を悠人に向けて言った。
 「ハッ!!」
 悠人は内心、小躍りしそうだった。
 『経過はどうであれ、今すぐに佳織が戻ってくるんだ・・・少なくとも、近くにいてやれる。もう寂しい思いをさせないで済む』
 悠人は拳を握りしめた。
 「これまでの働きを見ての恩賞である。これからも、我々を裏切ることのないように」
 「お任せ下さい」
 『佳織が帰ってくる・・・やっと一緒にいてやれるんだ』
 王の言葉にも素直に返事をする。
 「あとで兵に娘を館まで送らせよう。もう良い。先に館に戻っているよう」
 レスティーナの言葉に悠人は再度頭を下げた。


─同日、昼
 第一詰め所、食堂

 「ユート様、おめでとうございます」
 「ありがとう、エスペリア。これで心配事が一つ減ったよ」
 「ふふ、ユート様。とても嬉しそうです。私まで楽しくなってきてしまいます」
 エスペリアはまるで自分のことのように喜んでくれる。
 「今日はカオリ様の歓迎会です。腕によりをかけて夕食を作ります。楽しみにしてらして下さいませ」
 そう言ってエスペリアは力こぶを作る真似をした。
 『俺が言葉すらわからなかった頃、元気づけてくれた時と同じ仕草だ・・・ちょっとした癖なのかな?』
 あれこれと考え始めるエスペリアを見ながら、悠人は思った。
 『今だけは、兵士が戸を叩くのが待ち遠しい・・・』


─同日、昼
 闘護の部屋

 コンコン
 「はーい?」
 部屋で休んでいた闘護は、ノックの主に返事をする。
 「トーゴ様。セリアです」
 「どうしたんだ?」
 「トーゴ様宛の書簡が届きました」
 「書簡?」
 「はい」
 「何だろ・・・とりあえず、入っていいよ」
 闘護はそう言って立ち上がる。
 ガチャリ
 ドアが開き、書簡を持ったセリアが入ってくる。
 「失礼します」
 セリアは闘護の側に来ると、書簡を差し出した。
 「これです」
 「ふーん・・・」
 闘護は書簡を受け取ると、早速中身を開いた。
 「・・・」
 書簡に目を通した闘護は絶句した。
 「・・・どうなさったのですか?」
 書簡を持ってきたセリアが恐る恐る尋ねた。
 「いや・・・」
 闘護は小さく首を振ると、書簡をテーブルの上に放り投げた。
 「・・・」
 無言のまま椅子に座る。
 「トーゴ様・・・?」
 セリアは心配そうに闘護の顔を覗き込んだ。
 「・・・何が書かれていたのですか?」
 そう言って、セリアは書簡に目を移す。
 「見ていいよ」
 闘護は素っ気なく答える。
 「・・・失礼します」
 セリアはそう断ると、書簡を手に取る。
 「こ、これは・・?」
 中身を呼んだセリアは唖然とする。
 「さぁ・・・な」
 闘護は肩を竦める。
 「いったい何があったんだか」
 「・・・」
 コンコン
 その時、ドアがノックされた。
 「はい、誰だい?」
 「悠人だ・・・入っていいか?」
 「ああ。いいよ」
 闘護が返答すると、ドアが開いて悠人が入ってきた。
 「あ、セリア」
 悠人に声をかけられて、セリアはペコリと頭を下げる。
 「どうしたんだ?」
 「あ、ああ。実は・・・あれ?」
 何かを言いかけた悠人は、セリアの手にある書簡に気づいて目を丸くした。
 「もう、伝令が来たのか?」
 「伝令って・・・」
 「闘護がラキオスを出てもいいって・・・」
 「ああ、来たよ」
 闘護は肩を竦める。
 「セリア」
 「はい」
 闘護の言葉に頷くと、セリアは書簡を悠人に渡す。
 「・・・で、どうするんだ?」
 書簡に目を通しながら、悠人は尋ねた。
 「どうするって言われてもな」
 悠人の問いに、闘護はため息をついた。
 「何で、いきなりこんな命令が来たんだろう?」
 「ああ、それはな・・・」

 悠人は、謁見の間での顛末を話した。

 「へぇ・・・それじゃあ、佳織ちゃんと一緒に暮らせるのか?」
 「ああ!」
 悠人は嬉しそうに頷く。
 「おめでとうございます、ユート様」
 「ありがとう、セリア」
 「よかったなぁ・・・これで、俺も肩の荷が下りたよ」
 「闘護・・・今まで、ありがとう」
 「よせよ」
 闘護は照れくさそうに手を振った。
 「しかし、それで俺にも褒美ってことで出たのが・・・こんな命令か」
 悠人の手にある書簡に視線を移し、闘護はため息をついた.
 「ラキオスを出てもよし。ただし、その場合、もしクソ野郎の命を狙った場合は佳織ちゃんを再度監禁ね・・・ま、こんな約束・・・一度、国から出たらどうにでもなるけど」
 「と、闘護!!」
 闘護の言葉に、悠人は血相を変えた。
 「わかってるよ」
 悠人の心配そうな表情に、闘護は首を振った.
 「さすがに、フリーになるとそう簡単にはクソ野郎を狙えないだろうし・・・それに」
 闘護は悠人を見て苦笑する。
 「もしもの時は、お前が俺の敵に回る・・・可能性もあるだろ?」
 「・・・」
 沈黙する悠人に、闘護は肩を竦めた。
 「正直だな」
 「・・・」
 「ま、今すぐ返答する必要も無いだろ」
 闘護はそう言って悠人から書簡を取った。
 「少し考える・・・それで結論を出すよ」


 その後悠人とセリアが出て行き、部屋には闘護が一人残る。
 闘護は椅子から立ち上がると、ベッドの上に身を放り出した。

 「さて・・・」
 『ラキオスを出るか、それとも残るか・・・』
 闘護は考える。
 『ラキオスを出れば、二度とクソ野郎の命を狙わないと誓わなければならない・・・』
 難しい顔でため息をつく。
 『残った場合でも、クソ野郎の命を狙えば佳織ちゃんを即刻城に連れ戻す、か・・・』
 顎に手をやる。
 「結局、どっちもメリットがなさ過ぎる」
 闘護はそう呟くと、テーブルに突っ伏した。
 『出たところで、行く当てがないんじゃどうしようもないし・・・残ったら、今まで通りのクソ野郎と睨み合いをする生活』
 「ストレスの日々か、不安の日々か・・・」
 闘護はため息をついた。
 「難しいねぇ・・・」


─同日、夕方
 第二詰め所、食堂

 夕方になり、闘護は食堂に集まっていたスピリット達に下された命令について説明した。

 「・・・今、何と仰いました?」
 ヒミカが眉をひそめて尋ねる。
 「ラキオスを出て行っても良いってさ」
 闘護は肩を竦める。
 「出て行っても良いって・・・」
 ヒミカは唖然とした表情で呟く。
 「・・・投げやりな言い方」
 ニムントールがボソリと言う。
 「はは・・」
 闘護は苦笑する。
 「しかし・・・なぜ、今になって出て行っても良いと言われたのですか?」
 ファーレーンが尋ねた。
 「褒美だと」
 闘護は心底くだらなさそうに言った。
 「つまり、トーゴ様を自由にしてくれるということですね〜?」
 ハリオンが尋ねる。
 「条件付きだけどね」
 「条件?どんな条件なの?」
 「なんですか?」
 ネリーとシアーが尋ねる。
 「クソ野郎の命を狙うな、だと」
 闘護は吐き捨てた。
 「クソ野郎って・・・王様のこと?」
 ニムントールの言葉に、闘護は頷く。
 「で、それが嫌なら今まで通りにしろだと」
 「・・・なんだか、変な命令ですね?」
 ヘリオンが首を傾げた。
 「確かに変だな」
 闘護は苦笑する。
 「ただ・・・この命令は、俺には通用するんだよなぁ」
 「トーゴ様には、ですか?」
 セリアが呟く。
 「俺がクソ野郎の命を狙ってる・・・これは、ラキオスの人間なら誰だって知ってる」
 そう言って、闘護は自分の掌を見る。
 「国を出なければ、クソ野郎の命令に従わないとダメだが、クソ野郎と会う機会は多いからチャンスはある。国を出たら、自由に動ける代わりにクソ野郎と会う機会が無くなる。しかも、どっちを選択しても俺にとっては佳織ちゃんを人質に取られていることに代わりはしない・・・いや」
 闘護は首を振った。
 「今度は、悠人も俺の邪魔をするだろうし」
 「あの・・・」
 ヘリオンが遠慮がちに手を挙げる。
 「王様の命を狙わなければ・・・」
 「それは無理だ」
 闘護はヘリオンの言葉を遮るように言う。
 「クソ野郎はいつか必ず殺す」
 「・・・」
 「こればっかりは、もう変えることは出来ない」
 そう言うと、闘護は頭を掻いた。
 「でしたら、どうするつもりですか〜?」
 「うーん・・・」
 ハリオンの問いに、闘護はため息をつく。
 「・・・もう少し考えて、結論を出すよ」


─聖ヨト歴331年 エクの月 赤 五つの日 昼
 第一詰め所、食堂

 「うーん・・・」
 悠人は落ち着かない時間を過ごしていた。
 何度も居間と自室を往復しても、なかなか時間が過ぎない。
 「悠人。落ち着けよ」
 食堂の椅子に座っている闘護が呆れ気味に言った。
 「トーゴ様の言う通りですよ。少し落ち着いた方が、よろしいかと」
 あまりに落ち着かない悠人を見かねたエスペリアが、テーブルの上にお茶のカップを置いて言う。
 置かれたお茶は鎮静作用がある物だ。
 「うぅ・・・流石に落ち着けなくてなぁ・・・」
 「仕方ありません。カオリ様とは、もう数ヶ月お会いしてないのですから」
 悠人の様子に思わず苦笑しながら、エスペリアは優しく答える。

 今日はラキオス城から佳織が解放され、第一詰め所に移り住む日なのだ。

 「ここまで・・・長かったな」
 悠人は過去を振り返る。
 『あっという間でもあり、無我夢中だった数ヶ月。戦いを繰り返し、傷つき、それでも俺がやってこれたのは佳織の為だったんだ・・・』
 そして、その佳織が帰ってくる。
 『後は元の世界に帰るだけだ・・・何が何でも帰る方法を見つけてやる』
 ドンドン
 「!!」
 突然、館のドアが叩かれる。何か兵士が叫んでいるのが聞こえた。
 「私が出て参ります」
 「お、俺がっ!!」
 「そのお茶をお飲みになって、少し気を落ち着けて下さいませ。今のままだとカオリ様もビックリしてしまいます」
 エスペリアはそう言って微笑む。
 『・・・正論過ぎて、言い返せない』
 悠人はがっくりと首を落とす。
 「お待ち下さい」
 エスペリアは玄関へと一人で向かっていった。
 「ほら、悠人」
 闘護も、お茶を飲むよう促す。
 悠人はお茶を飲み、落ち着こうと心がける。
 『うぅ・・・落ち着け、落ち着け』
 その時
 「お兄ちゃん!!お兄ちゃんっ!!」
 悠人にとって聞き慣れた・・・そして懐かしい声が近づいてくる。
 「佳織っ!!」
 こちらに向かって駆けてくる足音。
 広い居間に、佳織が飛び込んできた。
 そして悠人の姿を見つけた佳織は、勢いよく飛びついてくる。
 二人は強く抱きしめ合った。
 「お兄ちゃん・・・会いたかったよ・・・寂しかったよぉ・・・」
 「ああ、ああ!よく、よくがんばった・・な・・・」
 「うん・・・うん・・・」
 二人が交わした言葉は少なかった。
 互いのぬくもり、それで十分だった。
 『佳織がここにいて・・・俺がここにいる』
 それを確認するだけで、悠人の胸が熱くなる。
 暫くの間、二人は目を閉じて抱きしめ合っていた。
 そんな二人を、闘護とエスペリアは温かく見守っていた。

 「これからヨロシクお願いします」
 リビングに勢揃いした面々に、佳織はペコリと頭を下げる。
 「ようこそ、カオリ様。元の世界へと帰還するその日まで、この館を自分の家のようにご自由にお使い下さいませ」
 エスペリアは深々と頭を下げる。
 「我々はユート様にお仕えする身です。カオリ様も私たちにとっては主人です」
 「そ、そんな!私こそ、ご迷惑をおかけしちゃって、その・・・」
 エスペリアの態度に、佳織は焦る。
 「ふふ・・・ユート様のように、お優しいのですね」
 エスペリアは優しい笑みを浮かべた。
 「それでは・・・この館に住む者を紹介いたします」
 エスペリアは自分の胸に手を置いた。
 「私はエスペリア、エスペリア・グリーンスピリットと申します。この館の家事全般を担当しております。生活のことで、何かご不明なことがありましたら何なりとお申し付け下さい」
 「よろしくお願いします。エスペリアさん」
 「呼び捨てで構いません。カオリ様」
 「そ、そんなこと。エスペリアさんと呼ばせて下さい。」
 「カオリ様がよろしいのでしたら」
 エスぺリアは頷く。
 「アセリア・・・こっちに来なさい」
 「・・・ん」
 「アセリア。アセリア・ブルースピリットです。ほら、アセリア。ご挨拶なさい」
 エスペリアに促されてアセリアは頷く。
 「うん・・・・私はアセリア・・・ブルーアセリア」
 「よ、よろしくお願いします!高嶺佳織です。いつもお兄ちゃんがお世話になっています」
 「・・・カオリ・・・うん、わかった」
 アセリアは片手を差し出す。
 「はい。アセリアさん。オルファから話は聞いています」
 差し出された手を握り返す。
 「お兄ちゃんと先輩を助けてくれた人だって!ありがとうございます」
 「ん・・・」
 アセリアはコクリと頷くだけの態度に、エスペリアが慌てる。
 「ア、アセリアッ!ちゃんとご挨拶なさい。もう、これだから・・・カオリ様に失礼じゃないですか」
 「いいんです。エスペリアさん。アセリアさん。これからもお兄ちゃんのこと、よろしくお願いします」
 任せろと言わんばかりにアセリアは大きく頷く。
 『・・・なんか、まるで俺が嫁にでも行くみたいな言い方だ』
 ふと、悠人は思った。
 「それでは、最後に・・・」
 「じゃ〜〜〜ん♪カオリ!久しぶりだよ」
 「オルファ!」
 エスペリアの服の影からオルファリルが現れる。
 「やっと、こっちに来れたんだぁ。これからは、ずっとパパと一緒だね。『キノウのトモはキョウのテキ』ってヤツだね♪」
 「うん!!オルファ、これからよろしくね。あと、その言葉、全然違うよ、意味」
 「おお♪きにしな〜〜いっ」
 「・・・ぷっ」
 オルファリルの言葉に、佳織は耐えられずに吹き出す。
 「アハハハ・・・」
 「うふふふ・・・」
 「カオリ様、オルファの紹介は必要ありませんね?」
 「はい。オルファとは何度もお城で会っていたので」
 エスペリアの言葉に、佳織は頷く。
 オルファリルはレスティーナ王女の配慮で、佳織の話し相手として城に呼ばれていた。
 悠人はオルファリルを通して、佳織の近況を聞いていた。
 佳織が長い幽閉生活に耐えられたのも、オルファリルがいてこそだろう。
 「え〜〜!?せっかくだから、オルファも自己紹介したいよぉ」
 オルファリルが不満そうに頬をふくらませる。
 「何を言ってるんですか」
 エスペリアが呆れたように言う。
 「・・・すればいい・・・うん」
 何故か同意するアセリア。
 『・・・アセリアの考え方というか、基準というものがよくわからん』
 悠人は首を傾げた。
 「おほん。オルファはオルファだよ♪オルファリル・レッドスピリット。【理念】のオルファ」
 オルファリルは続ける。
 「嫌いな物はリクェム。好きなものは・・・パパ♪」
 ニコッと、元気いっぱいの笑顔を浮かべる。
 「カオリ、よろしくね」
 「うん。こちらこそ」
 「さて・・・」
 佳織達の挨拶を黙って見守っていた闘護は椅子から立ち上がった。
 「神坂闘護・・・第二詰め所の管理人だ」
 「あれ?先輩はここに住んでるんじゃないんですか?」
 闘護の言葉に、佳織は首を傾げた。
 「違うよ。俺は第二詰め所に住んでるんだ」
 「そ、そうだったんですか・・・」
 「何だ、知らなかったのか」
 闘護は頭を掻いた。
 「まあ、いいか。第二詰め所のメンバーは、後日紹介するよ」
 「は、はい。よろしくお願いします」
 佳織は頭を下げる。
 続いて全員の顔を見直し、改めて佳織は頭を下げた。
 「皆さん、改めて・・・私は高嶺佳織です。高嶺悠人の義妹です。お兄ちゃんと一緒にこの世界に迷い込んでしまいました」
 佳織は自分の手を胸に当てる。
 「私には、お兄ちゃんみたいな剣はないけど・・・エスペリアさんの手伝いを一生懸命やります。よろしくお願いします!!」
 勢いよく頭を下げる。
 「カオリ様、どうぞよろしくお願いいたします」
 「・・・ん・・・カオリ。よろしく」
 「よっろしくぅ♪」
 最後に悠人が佳織と向き合う。
 久しぶりに目の前にいる佳織の姿は、相変わらず小さかった。
 「佳織。俺・・・頑張るよ。もう一人にはさせないからな」
 「お兄ちゃん・・・頑張ろうね」


 「朝、佳織が俺を起こしに来てくれる。やっぱり目覚めの悪い俺と、早く起きて、と奮闘する佳織」

 「向こうの世界では当たり前だったことを、俺たちはやっと取り戻せた。まだ、帰る方法は見当もつかない」

 「だけど今は、佳織が側にいることを喜ぼうと思う」


─聖ヨト歴331年 エクの月 緑 二つの日 昼
 ラキオス城下町

 活気のある市場を、悠人と闘護は何も考えずにブラブラと歩く。
 「初めて来た時には迷ったもんだけどなぁ・・・」
 何回かの外出と警備任務で、街の構造も随分と憶えた。
 前に迷った時はエスペリアを随分と心配させてしまったけど、今なら何とか一人歩きできる。
 「ああ、あの時か・・・道に迷って俺に泣きついてきた」
 闘護の言葉に、悠人は渋い表情を浮かべる。
 「悪かったな」
 「いやいや。迷子になったんじゃ、しょうがないよ」
 闘護はニヤニヤと笑う。
 「ちぇっ・・・」
 悠人はふて腐れてそっぽを向く。
 『ん・・・そう言えば』
 「あの娘はどうしてるかな」
 「あの娘?」
 「ほら、あの時のワッフルの女の子だよ」
 「ああ、確かレムリアだったな」
 「そうそう。やたらと元気の良い、お団子頭の」
 「印象的な出会いだったからなぁ・・・憶えてるよ」
 「ワッフルを落とした時の落胆ぶりなんて・・・」
 「ああ、思い出すと笑えるよな」
 闘護は口元に笑みを浮かべる。
 「“おおぉぉぉ・・・”なんて言ってたもんなぁ・・・」
 悠人も苦笑する。
 「ちょっと強引だったけど、面白い娘だったよな。そういえば・・・この辺りだったっけ?」
 悠人は立ち止まった。
 「ああ、確か・・・」
 闘護も辺りをキョロキョロ見回しながら頷く。
 『ここでレムリアと会ったのは、もうずいぶん前のような気がする』
 悠人はふと思った。
 『あれから結構色々なことがあったもんなぁ。今、こうして生きていることが、むしろ不思議だ』
 そこまで考えて、悠人は首を振る。
 『・・・いや、今日くらいはそんなこと考えなくてもいいか』
 「どうした、悠人?」
 悠人の挙動に、闘護が首を傾げる。
 「ああ、何でもないよ」
 『たまには安らいだ気分になりたいな』
 悠人は、ふとレムリアが教えてくれた高台に行こうと思った。
 「なぁ、高台に行ってみないか?」
 悠人の言葉に、闘護は目を丸くする。
 「奇遇だな・・・俺も行こうかと思った」
 「じゃあ、行こうぜ」
 二人は歩き出す。
 『もしかしたらまたレムリアに会えるかも・・・ってのはさすがに都合が良すぎか』
 『いや、もしかしたら・・・』
 二人とも、小さな期待を胸に路地を歩き回る。
 「確か・・・こっちの方・・・」
 「そこの階段を・・・」

 見覚えのある階段。
 見覚えのある強い逆光。
 記憶にある場所に出ると、そこには見覚えのある人物がいた。
 「・・・え?」
 「・・・あ?」
 「あ、あれ!?」
 お互いの顔をマジマジと眺める。
 驚きは、多分三人とも同じ。
 『けど、何となく、それをそのまま口にするのは俺たちらしくないよな・・・』
 『レムリア風に言うなら、「無粋」かな。それなら・・・』
 「よ、レムリア」
 「こんちわ」
 「ユート君、トーゴ君、こんにちわ!」
 『このくらいが、きっと相応しい。まぁ、何の根拠もないことだけど』
 『それでも、多分悠人も彼女も同じ・・・だと思う』
 悠人と闘護は、レムリアにそれだけの親しみを感じていた。
 「久しぶりだな」
 悠人の言葉にレムリアは頷く。
 「あはは・・・うん、久しぶり。でも・・・本当に会えるなんて、ちょっとビックリかな」
 「俺たちもだよ」
 闘護が答える。
 「今日ここに来たのだって、何となく会えるかなって思っただけだし」
 レムリアの言葉に、悠人と闘護は顔を見合わせた。
 「それって・・・」
 「俺たちと、同じだよな・・・」
 「えぇ、そうなの?」
 「ああ。気分転換に悠人を誘って散歩してたら、ふと思い出した・・・そんな感じだよ」
 「あはっ、奇遇なのかな?」
 「そうだな」
 「うん」
 悠人と闘護の返答に、レムリアの顔が輝く。
 『こぼれ落ちそうな笑顔とは、こういう笑顔なんだろうなぁ』
 悠人は考える。
 『いや、でも実際驚いたなぁ。こういう事って実際にあるんだ』
 闘護は妙に感心する。
 「ほら、いつまでもそんなところに立ってないで、座って座って」
 「お、おう」
 「ああ」
 レムリアが自分の両隣をペチペチと叩く。
 『そこに座れってことかな?』
 『多分』
 二人は目で会話すると、素直に従う。
 「うん、よろしい」
 「なんか、ものすごく楽しそうだな」
 「ふふ・・・まぁね♪得した気分だし」
 悠人の言葉に、レムリアはクスリと笑って視線を遙かな山々へ投げる。
 街の喧噪も、ここまではほとんど聞こえてこない。
 『本当に静かだ』
 闘護は心の中で呟く。
 『吸い込まれそうな青い空。どこまでも続いて見える水面。そして、対岸の向こうに見える山々・・・美しいなぁ』
 「はぁ・・・」
 悠人は感嘆の息をついた。
 『思えば、元の世界では、自然の美しさに触れる機会など、数えるほどしかなかった気がする』
 「綺麗だなぁ・・・」
 「そうだねぇ〜」
 「同感だ」
 悠人の呟きに、レムリアと闘護も頷く。
 『吹き抜ける風が気持ちいい。こんな綺麗な世界の中で、こんなにも高い空の下で、毎日戦わなければならない自分が酷く滑稽だな・・・』
 悠人は小さく苦笑する。
 「このままずっとこんなんだといいのに・・・」
 「・・・ああ」
 「そうだな・・・」
 レムリアの呟きに、悠人と闘護が頷く。
 「でも・・・ホントにまた逢えたね」
 「なんだ。レムリアはまた逢えるって思ってなかったのか?」
 悠人は苦笑する。
 「半々・・・かな。そりゃ、逢えたらいいなって思ってたけど」
 一瞬風が強くなり、レムリアは髪を押さえた。
 そんな何でもない仕草にもかかわらず、少しドキドキする。
 「もしかして、ここにはよく来るの?」
 「俺はこの前来たっきりだけど。悠人はどうだ?」
 「俺もだ。今日は天気が良かったから、何となく・・・ここに来たのは、まだ二回目だよ」
 「へぇ〜」
 「来る途中でレムリアが居るような気がしたけど、まさか本当に逢えるなんて思わなかった」
 「そうだな・・・なんとなく、って感じだ」
 悠人と闘護の言葉に、レムリアは微笑んだ。
 「ふふ・・・私もあれから初めて来たんだよ。ここには」
 少しくすぐったそうな、柔らかい笑顔。
 『見ているだけで幸せになるような・・・そんな感じだよな』
 何となく悠人はそう感じた。
 『あれ・・・?この笑顔は・・・』
 しかし、レムリアの笑顔を見た闘護は眉をひそめた。
 『まさか・・・いや、しかし・・・この笑顔は・・・』
 「?どうしたの?」
 闘護の表情に、レムリアは首を傾げる。
 「・・・いや、何でもない」
 闘護は普段の表情に戻って首を振る。
 「そう?」
 「ああ。何でもないよ」
 「ふーん・・・」
 少し納得いかないような表情を浮かべていたレムリアだが、やがて吹っ切ったように首を振ると、また笑顔を浮かべた。
 「それにしても、偶然ってあるんだね」
 「そうだな〜」
 悠人がのんびり答える。
 「まさか、二人同時に逢えるなんて・・・もしかして、何かの運命だったりして!赤い糸で結ばれてるとか?」
 「へぇ。ここでも赤い糸って言うのか?」
 「あ、そうか。ユート君達はこの世界の人じゃないんだっけ?」
 「ん、まぁな。・・・って、レムリアも知ってたのか」
 「当然だよ」
 「そうなのか・・・?」
 闘護は少し困惑する。
 「うん。トーゴ君は凄く有名だよ」
 レムリアは楽しそうな表情で闘護を見た。
 「王様に逆らうエトランジェ・・・じゃなかったんだっけ」
 「ストレンジャーな」
 闘護が補足する。
 「そうそう、ストレンジャーストレンジャー」
 レムリアはウンウンと頷く。
 「普通の人間と変わらないのに、スピリット達と一緒に戦う戦士だって」
 「戦士なぁ・・・」
 闘護は首を傾げる。
 『敵を殺せないのに、戦士もくそもない気がするけど・・・』
 「それに、ユート君はスピリットを率いて北方五国を制圧した英雄でしょ」
 レムリアはハァと感嘆のため息をついた。
 「二人のこと、今はもう国中の人が知ってるんじゃないかな」
 『国中・・・考えると気が遠くなる』
 悠人は少し目眩がした。
 『どこへ行っても好奇の視線を向けられるのか・・・』
 闘護も小さくため息をつく。
 「えっと、それから赤い糸だけど。赤の運命、赤のマナの導きって聞いたこと無い?」
 「赤の運命・・・ねぇ」
 悠人は闘護を見た。
 「知ってるか?」
 「お話でよく聞くな。ま、俺たちの世界の赤い糸と同じだよ」
 闘護が答える。
 「赤は熱い心の色。レッドスピリットも情熱的な人が多いんだって」
 【情熱的・・・】
 『赤といえばオルファだけど・・・情熱的、なのか?う〜ん・・・しっくり来るような来ないような』
 『ヒミカとナナルゥか・・・ナナルゥはおいとくとして、ヒミカは・・・確かに、情熱的かもしれないな』
 悠人は懐疑的に首を傾げ、闘護は納得したように頷く。
 「どうしたの?」
 「ん、いや・・・」
 「なんでもない、なんでもない」
 悠人と闘護は首を振る。
 「だけど、そんな迷信はどこでも同じなんだな。細かいことが俺達の世界に似てるよ」
 「ふ〜ん・・・そうなんだ・・・って、あ〜っ、忘れてた!!」
 【ん!?】
 何事かと驚く二人に、にゅっと手が伸びる。
 「はい、ヨフアル。まだ焼きたてだよ♪」
 「またか!ワッフル好きだな〜」
 「ワッフルじゃないよ。ヨフアルだよ〜。はーむっ♪」
 呆れる悠人を後目に、世にも幸せそうな顔でそれを口に含む。
 「大体、これ。一人で食べるには多すぎないか?」
 闘護がレムリアの抱えている袋をのぞき込む。
 「んぐ、ん・・・二人の分も買っておいたんだよ」
 「俺達の分ったって、今日逢えるなんてわからなかっただろうに」
 「ま、逢えなかったときは、諦めて自分で食べるつもりだったけど」
 「これを・・・」
 「全部・・・」
 悠人と闘護は唖然とする。
 『この量のワッフルを、いやヨフアルをもし自分が一人で食べたら・・・絶対に胸焼けする』
 『というか・・・こんなに食って大丈夫なのか?』
 「はむっ・・・はむっ♪あ〜、やっぱり美味しい〜♪」
 「そんなに急がなくてもいいだろう」
 闘護が少し嗜め気味の口調で言う。
 「んっ、でもやっぱり焼きたてが一番美味しいし・・・美味しいうちに沢山食べたいし・・・」
 「・・・案外、食い意地張ってるんだな」
 悠人がボソリと呟く。
 「あ、ひどい〜。私、そんなんじゃないもんっ!」
 「説得力無いって」
 闘護が突っ込む。
 「むぅ・・・・」
 【ぷっ】
 むくれるレムリアに、自然に笑いを誘われる。
 『なんだろう、この感じは。異世界で戦いの合間の休息を取っているだけなのに、まるで元の世界で普通に話しているみたいだ』
 『悪くないな。こういうのも』
 悠人と闘護は居心地の良い空気を感じていた。
 「ん〜〜。風、気持ちいいねぇ」
 「そうだな〜」
 「ああ」
 「ユート君もトーゴ君も、なんだかボーッとしてるね。前、見たときはシャッキリしてたよ?」
 「俺は、ちょっとね・・・」
 闘護は苦笑する。
 「俺は普段からこんなんだ。普通だよ、フツー」
 悠人は肩を竦めた。
 「・・・そっか・・・ホントのユート君はこっちなんだ」
 「は・・・?本当の俺?」
 レムリアの言葉に悠人は首を傾げる。
 『本当の悠人・・・普段見ている悠人と違うか・・・成る程』
 しかし、闘護は鋭い眼差しをレムリアに一瞬向けた。
 『どういう意味だ?自分でも知らないうちになんか格好つけたことでも言ったのかな?』
 「なぁ、レムリア。それってどういう・・・」
 悠人が尋ねると、レムリアは笑って首を振った。
 「気にしない、気にしない♪ほら、そんなことよりヨフアル食べよ?」
 「・・・ああ」
 悠人は押し切られるような形で、ヨフアルに齧り付く。
 闘護も黙ってヨフアルを口に入れる。
 表面の少し焦げた香ばしさと、生地自体の甘さが口いっぱいに広がった。
 【美味い】
 二人同時に同じ言葉を出す。
 「美味しいよね」
 「うん、やっぱり美味い」
 「ああ。美味しいな」
 悠人と闘護はそろって頷く。

 並んで座ってヨフアルを食べているだけ。
 『ただそれだけなのに、何故か妙に落ち着くなぁ。レムリアは俺達がこっちの世界の人間じゃないことだって気にしないし、それに戦いのことも考えないでいいからかな』
 悠人はふと、考える。
 「はぁ〜。毎日がこういう日だったらいいんだけどなぁ〜」
 「そう・・・だな」
 「確かに・・・」
 レムリアの言葉に、悠人と闘護は同意する。
 「でも・・・たまにだから、こんなにのんびり出来ることを幸せだって思えるのかも」
 「あ〜、なるほど。それはあるかもな」
 『普段の抑圧ゆえの開放感、それは確かにあるかもしれない・・・まぁ、それだけじゃない気もするけど』
 悠人は頭を掻いた。
 「お仕事の方はどう?」
 レムリアの問いに、二人は目を丸くする。
 「仕事?・・・アレって仕事なのか?」
 「どうなんだろう?」
 「町とか人とか守ってるんだもん。立派な仕事だと思うよ」
 レムリアは強い口調で言った。
 「守る・・・か。俺はそんなこと考えてなかったんだけどな」
 「少なくとも、ここは攻められたことがないからな・・・」
 悠人と闘護はそれぞれ呟く。
 「・・・」
 髪を押さえながらレムリアは首を傾げた。
 『もし、エトランジェが国を守るためにいると、王や王女が発表していたりしたら、俺の言葉は随分と奇妙に聞こえたかもしれない』
 悠人は心の中で呟く。
 「二人とも、この国・・・嫌い?」
 「何だよ、突然?」
 何をいきなり言い出すのかと思い、悠人はレムリアの顔を見る。
 すると、その顔には以外に真剣な表情が浮かんでいた。
 『冗談を言っているというわけではないよな・・・』
 「そうだな・・・俺にもそこのところがよく解らないんだ。実はさ、この国をゆっくり見て回れるようになったのなんて最近なんだよ」
 悠人は肩を竦めた。
 「だけど、ついこの間までこの国のために戦おうなんて思ってもいなかったのは確かだな」
 「そうなんだ・・・」
 レムリアは少し落胆したように呟く。
 「嫌いとまではいかないが・・・気に入らないって所はある」
 闘護はボソリと呟く。
 「国だけじゃない。この世界そのものも、だが」
 「世界そのもの?」
 闘護の言葉に悠人は眉をひそめた。
 「この世界の在り方・・・もっと言うなら、この世界の人間の考え方だな」
 闘護はそう言って空を見上げた。
 悠人とレムリアも、闘護に続いて空を見る。
 「前の戦いで思ったんだけどね。この世界の人間は自分のことを他人任せにしていると感じた・・・それも、戦いを、だ」
 闘護は渋い表情で続ける。
 「スピリットが戦って・・・勝ったか、負けたかで国の運命が決まる。殺し合いはスピリットがすればいい。人間は安全な所で高みの見物。自分たちの運命を他人任せにしていると思うんだよね」
 闘護はそう言って小さく肩を竦めた。
 「だからって人間同士、殺し合いをしろって言いたい訳じゃない。ただ・・・戦う理由を持っている人間が戦わず、命がかかる戦いなんて危険なことはスピリットがすればいい・・・」
 闘護は拳を握りしめる。
 「つまり、自分さえ良ければスピリットがどうなったっていいという考え方が蔓延しすぎている気がする。そして、それが当然のようになっているのが気に入らない」
 闘護はレムリアに厳しい眼差しを向けた。
 「自分の運命を他人にゆだねることに無抵抗・・・俺は、そんなのはまっぴらゴメンだ」
 闘護は肩を竦めた。
 「自分の運命は自分で切り開くべきだ。俺はそう考えている」
 「・・・」
 レムリアは真剣な表情で闘護を見る。
 「おい、闘護。そんなことをレムリアに言ったって仕方ないだろ・・・」
 見かねて悠人が口を挟む。
 「・・・そうかも、な」
 闘護は肩を竦めると、レムリアから視線を外して湖に向けた。
 「ただ・・・人間そのものが気に入らないって訳じゃないよ」
 「・・・どういう、意味?」
 レムリアが尋ねる。
 「俺がどう感じたかは別として、この世界の人々は生きている・・・そう」
 闘護は小さく笑う。
 「毎日を頑張って生きている・・・そういうのは好きだし、守りたいと思う」
 闘護はレムリアを見た。
 「人間に限らず、スピリットや他の生物もね」
 「トーゴ君・・・」
 レムリアは少し安心したような表情を浮かべた。
 「悠人。君はどうだ?ついこの間までは嫌だったみたいだけど?」
 「あ、ああ・・・」
 闘護に話を振られて、悠人は慌てて頷く。
 「今は、ちょっと考え方が変わってきた。この国を守る必要があるんじゃないかと思ってる」
 「・・・え、なんで?」
 「レムリアがいるだろ?」
 「え・・・わ、私?」
 悠人の言葉に、レムリアは目を丸くする。
 「この前会ったばかりで、なんだかわからないうちにだけど、こうやって仲良くできてるしさ」
 悠人は笑う。
 「少しずつこの国のことを知って、いろんな人と話せば、レムリアみたいに仲良くなれる人が他にも沢山いるかもしれないだろ?ちょっと最初に嫌な思いをさせられたからって、この国がどうなってもいいなんて、俺には思えなくてさ」
 「・・・」
 「成る程・・・確かに、そうかもな」
 闘護が頷く。
 「これが俺たちの答えだけど・・・どうだい?」
 二人はレムリアを見た。
 レムリアの顔はキラキラと輝いている。
 「ありがとう・・・私、この国が大好きだから・・・とっても嬉しいよ」
 「う・・・そんな改まって言われると、なんか照れるな」
 悠人は頬をポリポリと掻く。
 「はいっ。それじゃ、感謝の気持ちと言うことで、ヨフアル」
 「何でそうなるんだ!?」
 闘護が突っ込む。
 「え?だって美味しいでしょ。この国を守ってる報酬として、受け取って」
 「なんだよ〜!それって随分と安くないか?」
 悠人の抗議を笑顔で流して、もう一つ渡してくるレムリア。
 「この美味しさにはそれだけの価値があるんだもん」
 何故か得意げに言う。
 気持ちの良い空気に、三人は顔を見合わせて笑う。
 『既に何個か食べてるけど、ワッフルはやはり美味いな』
 闘護はヨフアルを口に運ぶ。
 『自分で安いとか言いながら、隣にレムリアがいるなら、これが報酬でもいいかも』
 口に入れたヨフアルを咀嚼しながら、悠人は思った。

 しばらくして・・・

 「さて、と。忙しい私としては、そろそろ帰らないと」
 「え?何か忙しいのか?」
 悠人が尋ねる。
 「ふふ、まぁね」
 言って、意味ありげにニヤリと笑う。
 子供が会心のイタズラを思いついた姿にも似ていた。
 「ま、彼女がそう言ってるんだからそうなんだろ」
 闘護は肩を竦めた。
 「あ、そうだ・・・ねねっ?ちょっとしたゲーム、しよ?」
 「ゲーム?何だよ、唐突に。なんかレムリアって、そういうところあるよな」
 レムリアの突然の提案に、悠人が口を挟む。
 「女の子はそれでもいいんだもんっ!」
 レムリアは自信満々に言い放つ。
 「あのね。偶然に出会うのは今日で二回目でしょ?だから、三回目の偶然が起きたらデートしよ」
 「なんだそれ?」
 闘護は首を傾げる。
 「デートの約束だよ」
 「そういうことを聞きたいんじゃなくってだな・・・」
 約束と呼ぶにはあまりにも行き当たりばったりで、悠人は思わずこめかみを押さえる。
 『レムリアはこんな風に適当に生きてきたのか・・・?』
 「時間も場所もわからない・・そんなデートの約束。これから先、本当に逢えるかわからないけど、もし逢えたらその瞬間からデートするの」
 「そんな無茶な・・・。大体、俺だって別にいつもウロウロしている訳じゃないんだぞ?」
 悠人が口を尖らせる。
 「私だってそうだよ。こう見えても、毎日忙しいもん」
 「ワッフル食べるのにか?」
 「違うもん!!」
 闘護の突っ込みに、レムリアは再び頬をふくらませる。
 『つついたら気持ちよさそうだな・・・』
 つい、悠人は思ってしまう。
 「そうじゃなくてぇ・・・私たちとマナだけが知っている約束だよ。素敵でしょ?」
 「そんなもんかなぁ」
 悠人は闘護を見た。
 「さぁ?」
 闘護はわからないといった表情で肩を竦める。
 「・・・で、偶然会ってデートって言ったって、何をするんだ?」
 闘護が尋ねた。
 「えっとぉ・・・手、繋いで、お散歩して、私の作ったお弁当食べて・・・」
 「なんか普通というか、ベタベタなデートだなぁ。いかにも人から聞きかじったとか、本に載ってそうな・・・」
 「っっ!!」
 悠人の言葉に、レムリアの顔が真っ赤になる。
 「・・・図星みたいだな」
 闘護が少し呆れた口調で呟く。
 「な・・わ、悪いっ!?」
 「悪くはないけど」
 「まぁ・・・」
 悠人と闘護は顔を見合わせた。
 「と、とにかくっ、そんな素敵なデート!!」
 「いや、せっかくだし、もうちょっと考えた方が良いんじゃないか?」
 「そうだな。もっと良いデートがあるかもしれないぞ」
 悠人と闘護が提案をするが、レムリアは首を振った。
 「いいの。私はああいうデートがしたいんだもん。それでいこっ!!」
 二人が宥めようとすればするほど、レムリアの態度は頑なになる。
 「よ、よく考えてみろ。弁当作って、逢うまでウロウロする気か?」
 悠人が思いとどまらせようと尋ねる。
 「そんなことしないよ」
 レムリアは首を振る。
 「たまたまお弁当を作って、たまたま外に出て、そうして逢えれば運命なんだよ」
 「わざわざ偶然に頼らなくても、普通に約束したらいいんじゃないか?」
 闘護が首を傾げつつ尋ねる。
 「ダメだよ。私は運命がいいんだから。だって・・・」
 【だって・・・?】
 「・・・なんか格好良いし」
 【・・・】
 それを聞いた闘護は呆れたようにため息をつき、悠人は無言でレムリアに近づき、こめかみに握り拳を押しつけた。
 グリグリグリグリ
 「痛い、いたいいたい、イーターイー!」
 レムリアは涙目になって叫ぶ。
 「冗談っ、冗談だからー」
 「全く、何を言うかと思えば・・・」
 「・・・でも、運命を信じたいのは本当だよ」
 【え・・・?】
 僅かに顔を伏せ、二人からはどんな表情をしているのか見えない。
 しかし、その声が沈んでいるのはわかった。
 「結構どうしようもない運命ばっかりだったんだよ・・・でも、こんな素敵な運命もあるなら、それに任せてみるのもいいかなって、今はそう思ってるの」
 「レムリア・・・」
 「だってそれなら、これから先も素敵な日がやってくるって信じられるでしょ?」
 ニコリと笑う。
 悠人には、その笑顔がひどく大人びたものに見えた。
 『やはり、か』
 一方、闘護はその笑顔に確信めいたものを感じた。
 「おまじない・・・教えて」
 【・・・は?】
 突然の問いに、二人は目を丸くした。
 「約束のおまじない。二人の世界にもあるんでしょ?」
 レムリアは二人の顔をのぞき込む。
 「感謝してよ、そっちに合わせてあげるんだから」
 「あ、ああ・・・」
 『約束のおまじない・・・指切りでいいかな。他にもあるだろうけど、俺にはこのくらいしか思い浮かばないし・・・』
 悠人は考え込む。
 「ふむ・・・」
 『おまじないね・・・さて、どんなのがあったっけ?』
 闘護は小さく首を傾げた。
 「あ、向こうとこっちで色々と違うと思うけど、エッチなのはダメだよ」
 「・・・しないって」
 悠人は苦笑すると、闘護を見た。
 「指切りで良いかな?」
 「・・・良いんじゃないかな」
 闘護は頷く。
 「それじゃあ、右手を軽く握って、小指だけを立ててみてくれ」
 「は〜い」
 レムリアは言われた通りに小指を差し出した。
 その小指に、悠人も自分の小指を絡める。
 『な、なんか結構嫌らしいかもしれない・・・』
 悠人は胸が少しドキドキするのを感じた。
 「えっと、これでいいの?」
 「そう・・・って、闘護!」
 悠人とレムリアが絡めた指に、闘護が無理矢理指を絡ませる。
 「これは二人でするもんだろ」
 「仲間はずれにするなよ」
 「だったら、後で別にやればいいじゃないか」
 「それだと、なんだか興ざめだろ」
 「だけどなぁ・・・」
 言い合う二人に、レムリアはため息をついた。
 「あのさ。別にこれで良いんじゃない?」
 レムリアの言葉に、二人はレムリアを見た。
 「こうして三人いて、三人一緒にする約束なんだから、意味があるんだよ」
 「・・・そうだな」
 悠人は納得したように頷く。
 「じゃあ、とりあえず・・・」
 レムリアが立てた小指に、悠人と闘護がそれぞれの小指を絡めた。
 「こうやって指を絡めている間に約束するんだ」
 悠人が説明する。
 「ふぅん・・・それじゃ、約束」
 レムリアはニコリと笑った。
 「次に逢ったらデートするって?」
 「うんっ、と〜ぜんっ!」
 悠人の問いに、力強く頷く。
 「じゃあ、指切った」
 闘護が宣言して指を離すと、レムリアは首を傾げながらも復唱した。
 それから、ニンマリと人の悪い笑みを浮かべる。
 「ふふ・・・でも、二人とも損したね♪」
 「ん・・・俺達がか?」
 闘護は目を丸くする。
 「そうだよ。ほっぺにキスとかそれくらいならしてあげたかもしれないのに」
 「ああ、なるほど」
 闘護は冷静に納得する。
 「う・・・」
 一方、悠人は自然に浮かんでくる邪念を振り払う。
 『想像するな、想像するな・・・』
 「くすっ。ユート君、わかりやすいね」
 「ぐぁ・・・」
 『うぅ・・・あっさりばれてる』
 レムリアにからかわれて、悠人は少しヘコむ。
 「ったく」
 闘護は呆れたようにため息をつく。
 「さて、と。それじゃ、そろそろ行こうかな」
 レムリアは二人に背を向けた。
 「そうそう。もし、どうしても私に会いたいなら、毎日ウロウロするのもいいかもね♪」
 レムリアは楽しそうに言う。
 「少しは確率が上がるかもしれないよ?」
 「そうだな・・・それもいいかもな」
 「・・・え?」
 悠人の何気ない一言に、レムリアは動きを止めた。
 闘護も目を丸くしながら悠人を見た。
 「次に出会ったら、それが運命なんだろ?だけどさ、自分が望むなら、どうにかして運命を引き寄せることだって出来る・・・俺はそう思いたいよ」
 「運命を・・・引き寄せる・・・?」
 「ああ。運命が絶対だなんて思わないからな。少しずつでも、自分が望む運命に近づくことくらい出来るんじゃないかな」
 「へぇ・・・成る程」
 「・・・ユート君って、凄いこと考えるんだね」
 悠人の言葉に、闘護とレムリアは感嘆の口調で感想を言った。
 「そうか?」
 「そうだよ。でも・・・」
 言葉を切り、上目遣いでジッと悠人を見る。
 その口が、さっと笑みを形作った。
 「私とデートするのが望む未来っていうのは、遠回しな告白だったりする?」
 「はぁ!?」
 「へぇ・・・そうだったのか?」
 闘護が目を丸くして尋ねた。
 「ふふふ・・・そうなんだ〜。ユート君が私を、ね〜〜♪」
 「お、おい。なんか強引な誤解してるぞ!?」
 「しっかりと聞いたも〜ん♪それじゃあね」
 「あ、こら・・・」
 レムリアはイタズラっぽい笑顔を浮かべて走り出す。
 制止の声で止まるはずもなく、小さな背中はすぐに町並みに消えていく。
 「まったく・・・」
 悠人の顔に苦笑めいたものが浮かぶ。
 「しっかり、一本取られたな」
 闘護も肩を竦めて笑う。
 だが、レムリアとのやりとりは、清涼剤のように二人の心をさわやかにしていた。
 「俺達も帰るか」
 「そうだな」
 二人は水面を渡る風に押されながら、王城へ続く道をゆっくりと戻り始めた。

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