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 闘護がラキオス王との約束を果たした2日後、悠人達第一詰め所のメンバーがラースから帰還した
 闘護は、悠人とエスペリアに事のあらましを報告するため、彼らが帰還したその日の夕方、第一詰め所を訪れた

─聖ヨト暦331年 レユエの月 黒 二つの日 夕方
 悠人の部屋

 「・・・と、いうことがあった」
 【・・・】
 闘護の話に、悠人とエスペリアは絶句する。
 「クソ野郎は二度と俺にちょっかいをかけないと約束した。これで、後顧の憂いはなくなった・・・と思う」
 闘護は肩を竦めた。
 「と、トーゴ様・・・」
 「何だい?」
 「あの子達は・・・トーゴ様を殺そうとしたのですか?」
 エスペリアが震える声で尋ねた。
 「ああ・・・」
 「な、なんて事を!!」
 エスペリアは首を振った。
 「二度とそんなことをしないように、あの子達にきつく言っておかないと・・・」
 「その必要はない」
 エスペリアの言葉を遮るように闘護は言った。
 「で、ですが・・・」
 「もう彼女たちは十分反省した。君が叱る必要はない」
 「・・・」
 「悠人。お前も、彼女たちを責めるなよ」
 「あ、ああ・・・」
 闘護の言葉に、悠人は慌てて頷く。
 「ま、そういうことだから」
 闘護はそう言って席を立つ。
 「じゃあな」
 「と、闘護!!」
 「何だ?」
 部屋から出て行こうとする闘護を悠人が止めた。
 「その・・・す、すまん」
 悠人は頭を下げた。
 「何がすまないんだ?」
 闘護は首を傾げる。
 「お前がそんな大変なことになってることも知らずに、俺は・・・」
 「気にするな」
 「だ、だけど・・・」
 「別に君達に文句を言いに来たんじゃない。ただ、何があったのか・・・知っておいて欲しかったんだよ」
 闘護は苦笑する。
 「また、面倒なことになったら困るからな」
 「面倒なこと?」
 「もしも、俺がこの話をせずに・・・俺以外の誰かから、俺がセリア達に命を狙われたことがあったって聞いたらどうする?」
 闘護は二人を見た。
 「セリア達を詰問してただろ?」
 「そ、それは・・・まあ」
 「・・・してました」
 闘護の問いに、悠人とエスペリアは肯定の返事をする。
 「そうなると、また彼女たちはヘコむ。そんなことになったら館の雰囲気が悪くなるんだよ」
 闘護は肩を竦めた。
 「だから、知らせたんだ。もう、全て終わったってね」
 「闘護・・・」
 「じゃ、俺は行くぜ・・・っと、そうだ」
 扉の前まで来て、闘護は振り返った。
 「エスペリア。何かお薦めのお茶、ないかい?」
 「お薦め・・・ですか?」
 「そう。お茶がそろそろ切れそうなんだけどさ・・・お茶に詳しい君のお薦めを教えて欲しいんだけど」
 「いいですよ。それならば、お茶の葉を渡します」
 「いいのかい?」
 「はい」
 「ありがとう。じゃあ、頼むよ」
 闘護はそう言って部屋から出て行った。
 そして、悠人とエスペリアの二人が残る。
 「闘護ってさ・・・しっかりしてるよな」
 「はい・・・」
 「第二詰め所は、あいつがいたらもう大丈夫だな」
 「そうですね」
 互いの意見が一致し、二人は頷きあった。


─聖ヨト歴331年 レユエの月 黒 三つの日 夜
 悠人の部屋

 暗い部屋の中
 悠人は眠ることが出来ずに、机に肘を突いて夜空を見上げていた。
 イースペリアのエーテルコアの暴走から、既に一ヶ月近く過ぎた。
 『あのときに発生した“マナ消失”は、ラキオスにまで影響を及ぼしたらしい』
 悠人は考える。
 数々の民間レベルのエーテル施設は稼働不能になり、技術を多く利用している城下町は一時的なパニックとなった。
 「それでも、イースペリアに比べたらってやつか・・・」
 悠人は苦い表情で呟く。
 イースペリアでは、マナ消失と共にエーテル施設の爆発が相次ぎ、多くの人命が失われたという。
 『中枢部・・・あれは間違いなくバカでかい永遠神剣だった』
 悠人は思い出す。
 『エーテル技術って、いったい何なんだ・・・?』
 イースペリアのエーテル変換施設の中枢は、永遠神剣そのものだった。
 『俺の持っているバカ剣とほとんど・・・いや、全く同じ気配を発してた』
 その神剣の暴走によって引き起こされたことは、かなり大きな爆発とその周辺のマナの完全な消失。
 『あの時、俺は確かに聞いた。マナが消える時の断末魔にも似た叫び・・・命が世界から消えていく音を』
 悠人はブルッと震える。
 『永遠神剣が砕ける時の音も、スピリットの声そのものだった・・・』
 そして、“マナ消失”による現象。
 『イースペリアの消滅・・・その混乱に乗じてラキオスの兵が一斉占拠。イースペリア国内を完全に掌握・・・』
 「全部、あの親父の予定通りってことかよ」
 悠人は唇を噛み締める。
 明らかにはされていないが、暴走事件によって死んだ人間の数は数百人ではきかない。
 ラキオス国王は、このような結果になることを知っていて命令したとしか判断できなかった。
 悠人はそうさせた国王にも、実行してしまった自分に対しても苛立ちを覚えていた。
 『クソッ!!』
 コンコン
 「!?」
 ドアを叩く音に我に返る。
 悠人は思考の淵から現実に引き戻させられた。
 「ユート様、起きてらっしゃいますか?」
 訪ねてきたのはエスペリアだった。
 時計は既に、悠人の世界での深夜二時を指していた。
 「・・・ああ、起きてるよ」
 「失礼してよろしいでしょうか?」
 「あ、う・・・ん」
 「失礼します」
 ドアがゆっくりと開く。
 現れたエスペリアの手には、まだ湯気が立ち上るカップが一つあった。
 「ユート様。心を落ち着けるお茶をお持ちしました。それに元気が出るようにおまじないをしておきました。ここのところ、お元気がないようでしたから・・・」
 エスペリアは少し心配そうに言う。
 『きっと、理由は察してくれてるんだ』
 「さんきゅ、エスペリア」
 悠人は礼を言う。
 「・・・ちょっと、な。流石に、ヘコんじまったかな?」
 エスペリアからカップを受け取ってそう言う。
 出来るだけ元気を装って。
 「あ、適当に座ってくれよ」
 「はい。ありがとうございます。少々、お行儀が悪いですが・・・」
 エスペリアはクスリと微笑むとベッドに腰掛ける。
 こんな時の悪戯っぽいエスペリアを、悠人はとても可愛く感じた。
 『少し、楽になったな・・・』
 悠人はエスペリアを見た。
 『イースペリアのことは気にしていない。端から見ればそう思えるかもしれない。だけど・・・・俺は知ってる』
 あの事件の後、エスペリアがふさぎ込んでいたことを、悠人は気づいていた。
 『実際に暴走させてしまったのだから無理もないけど・・・』
 しかし、エスペリアは沈んでる様を表に出すことはなかった。
 『もっと、弱みを見せてくれても良いのに』
 それが、悠人には少しだけ寂しく感じた。
 「・・・じゃあ、お茶、貰うよ」
 悠人はカップを目の高さに掲げて、頂ますを伝える。
 一口飲むと、さわやかな香りが鼻孔を抜けていく。
 「ふぅ・・・」
 悠人は緑色の水面を見る。
 部屋を灯す明かりが反射して、ゆらゆらと揺れていた。
 香りを胸一杯に吸い込む。
 「イースペリアの混乱は収まりつつあるようです。ラキオスの救助隊が、ミネア、ダラム経由で首都に入りましたので」
 「救助か・・・自分たちでやっといて、よく言うよ」
 イースペリアの暴走は、帝国とサルドバルトの仕業ということになっていた。
 もちろん、ラキオスが流布していることだ。
 「イースペリアの国民達は、ラキオス統治下になることを歓迎しています」
 「・・・」
 エスペリアの言葉に、悠人は顔をしかめた。
 『そりゃそうだ。表向きは救助活動をしてるんだから・・・真実は、俺たちしか知らない』
 悠人はハァとため息をつく。
 『あの親父のほくそ笑む顔がちらつく・・・くそっ!!』
 「一体、どれだけのマナが消えたんだろうな・・・」
 マナが消える。
 何にどれだけの影響があるのかは、悠人は知らない。
 しかし、悠人の頭の中には、あのとき感じた断末魔がこびりついていた。
 「わかりません。でも・・・少なくとも旧イースペリア領は、しばらく厳しい時を迎えることでしょう」
 マナが失われる。つまりはエーテルも消える。
 それは、ライフラインを断たれたのと同じ事である。
 イースペリアの国民達は、今までと同水準の生活を送ることは出来ないだろう。
 「これが・・・戦争なのかな?」
 悠人は誰に問いかけるわけでもなくポツリと呟く。
 『戦争・・・この言葉にリアリティを感じたことはなかった』
 悠人は考える。
 『俺たちと、敵国のスピリットとの戦い。その程度の認識しか俺にはなかった・・・けど、今は違う。俺たちがやっていることは、凄い数の命を賭けているんだ』
 悠人は椅子に座ったままうなだれる。
 「闘護が言っていた、戦いについて考えるってことは・・・もしかしたら、こういう事を言っていたのかな」
 「・・・」
 闘護の名が出た途端、エスペリアの表情が一気に沈む。
 「あ・・・」
 『しまった・・・闘護が“マナ消失”に巻き込まれたことをエスペリアはずっと気に負ってたんだ。“マナ消失”の話をしたのに闘護の名を出したのはまずかったな・・・』
 自分の失言に、悠人は唇をかむ。
 「ご、ゴメン、エスペリア」
 「いえ・・・大丈夫です」
 エスペリアは小さく笑った。
 『闘護は“マナ消失”について、エスペリアを責めなかった・・・だけど』
 悠人は苦い表情を浮かべながら、ラキオス王都に戻る直前の会話を思い出す。


 「申し訳ありません・・・本当に申し訳ありません」
 エスペリアは深々を頭を下げる。
 その声は、震えていた。
 「申し訳ありません・・・」
 「・・・君は」
 闘護は無表情でエスペリアを見た。
 「“マナ消失”を起こすことになるとわかっていた上で、エーテル変換施設を暴走させたの?」
 「い、いいえ!!」
 エスペリアは顔を上げると必死で首を振った。
 「私は知りませんでした・・・気づいたのは、操作が終わってからで・・・」
 「・・・」
 「本当に・・・本当に申し訳ありません」
 エスペリアの瞳には涙が浮かんでいた。
 それは、自責と悲哀の涙。
 「・・・命令を下したのは?」
 「・・・ラキオス王です」
 「直接?」
 「・・・はい」
 「そうか」
 闘護はそう答えるとハァとため息をつき、顔面を自分の手で押さえた。
 「全てはあのクソ野郎の企みか・・・」
 「・・・」
 押さえた手の隙間から見えた目に、エスペリアは言葉を失う。
 その目には、凄まじい怒りの炎が揺らめいていた。
 「君が実行した・・・その事実は消えない」
 闘護はエスペリアに背を向けた。
 「・・・はい」
 「反省・・・いや、猛省したか?」
 「えっ・・・?」
 闘護の言葉に、エスペリアは顔を上げた。
 「猛省したかと聞いている」
 闘護は振り返ると、まっすぐエスペリアを見つめた。
 「は、はい」
 「だったら、二度とするな」
 闘護はそう言って再びエスペリアに背を向けた。
 「失敗を後悔し、自責するのは仕方ない。だが、それ以上にしなくてはならないこと・・・それは、反省し、二度と同じ失敗を繰り返さないことだ」
 「・・・」
 「君はクソ野郎の言葉を素直に従いすぎだよ。自分で余計に罪を背負うような真似はやめた方がいい・・・」
 「私は・・・」
 「スピリットだから。人間に従わなければならないから」
 エスペリアの言葉を遮るように闘護は言った。
 「それを逃げ口上に、何度も同じ過ちを繰り返すのか?」
 闘護は首だけエスペリアの方に向けると、厳しい視線を向けた。
 「闘護、言い過ぎだ!」
 悠人が口を挟むが、闘護は首を振った。
 「いつかはぶつかる問題だ」
 「・・・」
 沈黙するエスペリアに、闘護は更に続ける。
 「エスペリア。君はスピリットという言葉にこだわりすぎだ」
 「こだわる?」
 闘護の言葉に、悠人は眉をひそめる。
 「君はいつも、人とスピリットは違う存在だと強調する。強調しすぎる」
 「・・・」
 「そこまで固執する理由は知らないが・・・もう少し、柔軟に考えてもいいんじゃないのか?」


 『スピリットであること・・・人であること・・・』
 悠人は考える。
 『エスペリアはどうして、スピリットであろうとするんだ・・・?』
 「ユート様・・・心が潰れてしまいます。どうか、どうかお一人では背負わないで下さい」
 その時、エスペリアが心配そうに言った。
 「へ?・・・あ」
 『エスペリア・・・俺が苦しんでいると勘違いしたんだ・・・』
 エスペリアは悲しそうな表情を浮かべていた。
 「私たちも一緒に背負います。アセリアもオルファも、私も」
 「い、いや・・・そうじゃないんだ」
 悠人は首を振った。
 「俺は・・・大丈夫だから」
 「ユート様・・・」
 「本当に、大丈夫だよ」
 悠人はゆっくりと言った。
 「ユート様。まだサルドバルトとの戦いの途中です。私たちに出来ることは戦うことだけです。カオリ様のためにも、どうか心を強くお持ち下さい」
 エスペリアは震える声で言った。
 それはまるで、懇願するような励ましだった。
 『そうだ・・・忘れるんだ。そうすれば、戦える・・・佳織を助けるためにも』
 悠人は拳を握りしめる。
 『そうだ。俺は佳織を助けるために戦っているんだ・・・どんなに人を殺しても、スピリットを殺しても、それでもやらなくちゃいけないんだ』
 悠人は改めて考える。
 『いくら辛くても、忘れるんだ』
 自分に言い聞かせる。
 『忘れるんだ・・・明日からの戦いに迷いを持たないように』
 「ああ・・・佳織を助ける。それだけを考える」
 自信はなかった。それでも、そうしないといけない。
 罪の意識に、自分自身が押しつぶされそうだから。
 悠人はカップのお茶を一気に飲み干す。
 「カオリ様のことだけを考えて下さいませ。この戦いの責任は、ユート様にはないのですから」
 「ありがとう」
 悠人は礼を言う。
 『でも・・・本当に責任がないんだろうか』
 しかし、それでも悠人は自問する。
 『少なくとも、佳織がこの世界で辛い思いをしているのは、俺のせいだというのに・・・』
 そう考えて、小さく首を振る。
 『佳織。俺は何があっても負けない。だから・・・』


 聖ヨト歴331年 レユエの月
 龍の魂同盟を破棄し、帝国に与したサルドバルトに対して、宣戦布告を行ったのだ。
 制裁・・・という名目で。
 イースペリアのマナ爆発により、サルドバルトのスピリットは多数消滅した。
 ラキオス国王の野望は、好機を得て、大きく前進しようとしていた。


─聖ヨト歴331年 レユエの月 黒 五つの日 夕方
 第二詰め所近くの森

 サルドバルト王国との戦いに向けて、悠人やアセリア達は訓練に明け暮れていた。
 モジノセラ湿地帯は、各色のエーテルが不安定である。だから、戦いも難しくなると先述訓練で教えられた。
 マナの衝撃に抵抗するための精神集中訓練。
 悠人にはまだ非常に難しく、クタクタになりながら館に戻ってくるところだった。

 「・・・ん?」
 悠人は、森の中に入っていく人物を見つけた。
 『あれ・・・闘護じゃないか?』
 闘護は静かに森の中に入っていく。
 「何してんだ・・・?」
 疲れよりも興味が勝ったのか、悠人は闘護の跡をつけた。


─同日、夕方
 森の中

 「ふっ・・・!!」
 ビシビシビシビシビシビシッ!!
 闘護の小さな叫び声と共に、何かが立て続けにぶつかる音がする。
 「な、何だ・・・?」
 木の陰に隠れてコッソリ見ている悠人は眉をひそめた。
 ビシビシビシビシビシッ!!
 また音が響く。
 『この音は・・・何をしてるんだ?』
 悠人は更に近づこうと一歩踏み出す。
 ポキッ・・・
 『しまった!?』
 不用意に歩き出した為に、落ちていた小枝を踏んでしまった。
 「誰だ!?」
 闘護の叫び声。
 ビシッ!!
 「うわぁ!?」
 同時に、悠人のすぐ側で何かがぶつかった。
 「・・・何だ、悠人か」
 悠人の叫び声に気づいた闘護が悠人の方を向いた。
 「な、何だ、今の?」
 悠人は目を丸くしながら尋ねる。
 「前に見せたろ」
 闘護は悠人の側に来ると、悠人が隠れていた木の幹をさすった。
 「指弾だよ」
 「あ・・・」
 闘護が触っている箇所には、小さな穴が空いていた。
 「悪いな。これは誰にも見られたくなかったんで、つい・・・」
 「い、いや。別にいいって」
 悠人は手を振った。
 「それより、随分と凄い音がしてたけど・・・」
 「ああ。連射の練習をな」
 闘護は肩を竦めた。
 「連射?」
 「マシンガンみたいにやってみたかったんだよ」
 そう言って、闘護はポケットから小さな弾を数個取り出す。
 「見てろよ」
 闘護は弾を握ると、離れた所にある木に向かって拳を向けた。
 「ふっ・・!!」
 ビシビシビシビシビシッ!!
 立て続けに木の幹が砕ける音がする。
 「・・・こんなもんだ」
 闘護は握った拳を広げてみせる。
 握っていたはずの弾は既になかった。
 「・・・すげぇ」
 悠人は唖然とする。
 「ま、未だに実戦で使ったことがないから、意味があるかはわからんけど」
 闘護は肩を竦めた。
 「さて・・・そろそろ帰るか」
 闘護は悠人を見た。
 「どうする?」
 「あ、ああ・・俺も帰るよ」
 「そうか。じゃあ・・・あ、そうだ」
 そこで闘護は思い出したように声を上げた。
 「エスペリアに聞きたいことがあるから、俺もついて行っていいか?」
 「いいよ」
 悠人は頷く。


─同日、夕方
 第一詰め所、食堂

 「エスペリア」
 闘護は食堂で休んでいたエスペリアに声を掛けた。
 「トーゴ様。どうなさったんですか?」
 「前に頼んでいたお茶、手に入ってないか?」
 闘護の言葉に、エスペリアは思い出したように手を打った。
 「すみません。先日届いたのにお伝えするのを忘れてました!」
 エスペリアは頭を下げる。
 「少しお待ち下さい」
 そう言って、エスペリアは台所の方へ走っていった。
 「お茶を頼んだのか?」
 椅子に腰を下ろした悠人が尋ねた。
 「ああ。美味しいお茶があるって聞いたんでね」
 「お待たせしました!」
 エスペリアが袋を持って台所から出てきた。
 「これです」
 「悪いな、エスペリア」
 闘護はエスペリアから小さな袋を受け取る。
 「それじゃあ、帰って試してみるよ」
 「お気に召しましたら、また分けておきますね」
 エスペリアは頭を下げて食堂から出た。
 「終わったのか?」
 椅子に座って休んでいた悠人が尋ねる。
 「ああ」
 闘護は袋を悠人に見せた。
 「頼んでたお茶・・・どんな味か、楽しみだよ」
 「そうか・・・」
 椅子にもたれかかり、天井を見上げる。
 「なぁ、闘護」
 「ん?」
 「サルドバルトとの戦いは楽なのかな・・・」
 「・・・さて、な」
 闘護は言葉を濁す。
 「訓練をずっと続けて来て・・・大丈夫かな?」
 「さて・・・ね」
 悠人は闘護に視線を移す。
 「戦力が圧倒的なら、それに越したことはないだろ」
 「ま、確かに。そうすれば、俺たちがやられる可能性は低くなるし」
 悠人はフゥと息をつく。
 「ぼんやりとしても始まらないぞ」
 闘護が言った。
 「そうだな・・・だけど」
 悠人はテーブルに突っ伏す。
 「疲れた・・・」
 「いきなり弱音か」
 闘護は呆れたように言った。
 「風呂にでも行くか・・・」
 「その方が良い。ゆっくり風呂に入って身体を休めなよ」
 「ああ・・・じゃあ、行ってくる」
 悠人は立ち上がると、闘護に手を挙げて挨拶して出て行った。
 「ったく・・・」
 闘護は呆れたように肩を竦めると、悠人が先程まで座っていた椅子に腰を下ろす。
 「はぁ・・・」
 ゆっくりと息を吐き、体を休める。
 「トーゴ・・・」
 その時、突然声を掛けられた。
 「ん?」
 顔を上げると、アセリアがジッと闘護を見ていた。
 「やあ、アセリア」
 「ん・・・」
 「どうしたんだい?」
 「なんでもない・・・」
 「そうか・・・」
 「ん・・・」
 アセリアは小さく頷くと、食堂から出て行った。
 「ふむ・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「わからんなぁ・・・あの娘は」


─同日、夕方
 大浴場

 ザバァッ!!
 「ぷふぅ・・」
 悠人は勢いよく頭から湯をかぶる。
 心地よい熱が、悠人の頭から全身に染み渡ってゆく。
 『しかし・・・何でこんなに銭湯にそっくりな作りなんだろう?』
 悠人は、ふと考える。
 風呂場の全体的なデザインは洋式に近いが、大きさや置いてある物の役割は銭湯に酷似していた。
 湯船だけは、悠人にとっては少し浅かったが、他の物は全く同じと言っていい。
 『そのおかげ・・・というか何というか、ここにいると結構落ち着くなぁ』
 ザバッ!!
 今度は少し熱くしたお湯をもう一度、頭からかぶった。
 『よし、湯船に入ろう』
 チャプッ・・・
 「っふぅ〜〜・・・」
 「・・・フゥ」
 「・・・真似するなよ、アセリア」
 「違う。真似した訳じゃない。・・・声が出ただけ」
 悠人が座ったまま振り向くと、同じように悠人の方を振り向いた格好のアセリアが視界に入る。
 お湯で濡れた青く長い髪が光に反射して煌めく。
 「ま、いいけどさ・・・」
 「・・・ん」
 悠人は、お湯の中でゆっくりと足をのばし、体の力を抜いてゆく。
 肩が冷えないように、タオルにお湯を浸して何度も拭う。
 『このまどろっこしい感じが、また良いんだよな・・・って』
 悠人は、そこではたと気づく。
 『え、アセリア!?』
 慌ててもう一度振り向くと、確かに湯船の中にアセリアがいた。
 青く長い髪の向こうに見える細い手足。
 「ぅうわぁっ!?」
 「!」
 ピクッと反応して、悠人の方を向くアセリア。
 『間違いなく、本人だ。しかも、当然全裸・・・』
 アセリアはパチッと瞬きをして、前髪を横に撫でつける。
 「な、何でこんな所にいるんだ!?」
 「・・・何で?」
 アセリアは慌てた様子もなく、体を隠そうともしない。
 不思議そうに悠人の方を見ていた。
 『う・・・なんか、こっちの方が恥ずかしい』
 悠人はタオルでさりげなく股間を隠す。
 「・・・ユートは・・・私が風呂入るの、イヤか?」
 「いや、そうじゃないけど!どうして俺が入ってる時に、わざわざ入ってくるんだよ?」
 不思議そうな顔─いや、正確には不思議そうに見える無表情で悠人の方を見るアセリア。
 「違う・・・うん。私が入った時に、ユートも・・・入ってた」
 「は?」
 アセリアの言葉に、悠人は目を丸くする。
 『俺が入ってたから入ったんじゃなくて、入ったら俺の方がいただけって言いたいのか?多分、アセリアの感覚からするとそうなんだろうか・・・よくわからないけど』
 「その通りなんだろうけどさ、なんか・・・それ、違うぞ。アセリア」
 「そうか?何か違うのか・・・」
 悠人の言葉に考え込むアセリア。
 『一体どういう感覚で生きてるんだ、コイツは?恥ずかしかったりはしないのか?』
 悠人は首を傾げる。
 「・・・要するにユートは何が言いたい?」
 「う・・・」
 アセリアは身を乗り出して聞いてくる。
 『そ、そんなに近寄るなっ・・・』
 悠人は、間近ではっきりとアセリアの体が見えてしまい、焦る。
 「・・・それとユート。何でさっきから股を隠してる?」
 「これは・・・つまり・・・」
 「・・・ん?」
 「つ、つまり、前くらい隠せってことだよ!!あ、俺は先に出るからっ!!」
 悠人はタオルで股間を隠しながら立ち上がる。
 ムニュッ
 『ん?何か柔らかい物が足に・・・』
 アセリアが、悠人の足にギュッとしがみついている。
 『・・・〜〜ッ!!む、胸が・・・アセリアの胸が直に足に・・・!!』
 悠人は半ばパニック状態に陥る。
 『うわっ・・・!!』
 一方、アセリアは上目遣いで悠人を見上げている。
 湯気のせいか、頬が少し赤らんでいて、妙に色気がある。
 「・・・ユート、私がいると邪魔?」
 「そ、そうじゃないけど・・・」
 「・・・じゃあ、私が出る。・・・ユートは出る必要ない」
 「わかった、わかったから離してくれ!!俺も湯船につかるから」
 観念して、悠人は叫ぶ。
 「・・・私も居ていいのか?」
 「いい、いい。アセリアは出る必要ないって。だからちょっと離してくれっ!!」
 悠人の言葉を聞いて、アセリアはパッと手を離す。
 急に支えを失い、悠人はつんのめってしまった。
 「うわっ・・・!?」
 ドンッ!!
 「・・・!」
 悠人は勢いよく尻餅をついてしまう。
 「いてて・・・って、ああっ!!」
 『タオルがない!!』
 尻餅をついた拍子にタオルを離してしまった。
 ずっと気になっていたらしいアセリアが、ジッと悠人の股間を見ている。
 『や、止めなさい!!若い女の子が!!』
 悠人は慌てて手で隠し、背を向ける。
 『うう・・・背中にまだ、アセリアの視線を感じるよぉ』
 「見た?」
 悠人は恐る恐る尋ねた。
 「・・・ユート、それは・・・何?」
 「な、何でもないって!!ほら、いいからお前もちゃんと温まれよ」
 「・・・ん」
 アセリアはコクリと頷く。
 『ごまかすことに成功したか・・・って!?結局、アセリアと一緒に風呂に入ることになるのか!?』
 そして、己の状況に再び愕然とする。
 『しっかし・・・どうしてみんな平気で風呂に入ってくるんだ?俺だって健全な男だぞ』
 心の中で毒づく。
 「あ・・・」
 その時、悠人は一つ思い出した。
 『前に佳織にシャンプーを取ってくれと頼んだ時・・・考えてみれば、俺が佳織にやってたことも同じか』
 「・・・ユート」
 『佳織には悪いことをしたなぁ・・・確かにあれは、セクハラかもしれない』
 「これからは気をつけよう」
 『・・・でも、勝手に上がり込んで、勝手に俺の下着姿を見た今日子は違う気がする』
 悠人はウーンと考え込む。
 「・・・ユート。ユート?」
 「わっ!?」
 悠人の随分近くから声がして驚く。
 いつの間にか、アセリアは真後ろまでやってきて、悠人の頭をそっと触っていた。
 やがてそれに飽きたのか、悠人の背中に自分の背中を合わせてくる。
 『あ・・・あんまり、筋肉の感じってしないんだな』
 それは、ひんやりとしたような、温かいような・・・だけど、とにかく柔らかい感触であった。
 『けど、これじゃあ動くに動けない・・・』
 心の中で困り果てる。
 それを察したわけではないだろうが、アセリアはゆっくりと悠人の背中に体重を預けてくる。
 気恥ずかしくなった悠人は、少し離れようと身じろぎした。
 「・・・あー、アセリアさぁ」
 「ユート、このまま・・・」
 『うっ!?』
 アセリアの言葉に、悠人はドキッとした。
 安心しきったアセリアに体を預けられているという状況に、悠人は動けなくなってしまう。
 「・・・」
 「・・・」
 しばらくお互いに無言でお湯につかっていた。
 既に、二人とも随分体温が上がってきている。
 『アセリアの背中も随分温かくなってきたし・・・いつの間にか、動機も落ち着いてきたな』
 悠人は思った。
 『まぁ、アセリアも変に意識してないだろうしな・・・』
 湯気を外に逃がす小さな格子窓からは、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 緩やかに時間が過ぎていく─

 「・・・ユート」
 「ん?どうした」
 「私は・・・スピリット。戦って相手を殺す。それだけの存在だと思っていた」
 「・・・」
 小さな声で呟くアセリア。
 『あのアセリアが、自分から積極的に話しかけてきている』
 悠人は少し驚いていた。
 『アセリアの顔が見たい・・・だけど、今は俺もアセリアも裸だ。アセリアは気にしないかもしれないけど、俺は気にする』
 「・・・私は、もっと私が知りたい」
 「そうか・・・」
 「不思議。前はこんな事、あまり思わなかった・・・」
 「そうだったのか?」
 「うん。でも・・・ユートがここに来て・・・一緒にいて・・・そう思うようになった」
 「アセリア・・・」
 サワ・・・
 悠人の腕に何かが触れる。
 『アセリアの髪・・・か』
 指先でつまんでみる。
 『以外に堅いな・・・サラサラで、柔らかそうに見えたのに』
 「ユートは・・・ユートのことを知っているのか?」
 「うん?俺の事って、どんなことだ?」
 「ん・・・生きる理由・・・ここにいる意味。自分の役目・・・」
 「わかんないな、そんなこと・・・俺も知りたいくらいだよ」
 悠人は答える。
 『今はやるべき事がある。佳織を救うことが、今の俺の全てだ』
 心の中で答えを探す。
 『でも、その先は?この世界で何をすればいい?何の意味があってここにいる?』
 かつて、考えた疑問がわき起こる。
 『そして、佳織を助けられたとして、元の世界に戻って何がある?俺自身は・・・何のためにこの世界に立っているんだろう?』
 そう考えて、小さく首を振る。
 『多分、今の俺にその答えは出ない・・・』
 「そうか・・・ユートも探してる。・・・うん、私と同じ」
 「そうだな。一緒だよ」
 「一緒・・・それが・・・私は嬉しい」
 アセリアの飾り気のない言葉。
 『素直な気持ちを言葉にすることは難しい・・・けど、アセリアはそれが出来る。』
 悠人は素直に頷く。
 「うん・・・ありがとな、アセリア」
 「・・・ん」
 気が付くと悠人は、アセリアと裸で一緒にいることなど気にならなくなっていた。
 アセリアが気にしていないというのもあるが、それ以上に変に気張ること自体がバカらしく思えてくる。
 『思い出すと、世界で一番不幸なのは自分と考えたことも幾度と無くあった・・・』
 悠人は考える。
 『だけどアセリア達は、そんな俺たちよりもずっと辛い宿命を背負っている。それでも自分を捨てるのではなく、自分の意味を探そうとしてるんだ』
 悠人はお湯の中でアセリアの手を探し、握りしめた。
 「ユート、どうした?」
 「アセリアが嫌じゃなかったら・・・もうちょっとだけ、このまま・・・」
 「・・・ん」
 『佳織・・・絶対助け出してやるからな。そしてもし元の世界に帰れたら・・・今度はもっと・・・だから、待っていてくれ、佳織』
 「・・・ユート」
 「ん、なんだ?」
 横を向いたアセリアが、悠人の肩をツンツンと突いている。
 アセリアの肩越しに指さす方向を見ると、日がまさに沈もうとしているところだった。
 「夕日・・・綺麗・・・」
 「そうだな・・・」
 山間に沈もうとしている赤い大きな夕日。
 水面を赤く照らし、お湯の揺らぎに応じてキラキラと輝く。
 その輝きの中に浮かび上がったアセリアの後ろ姿は、とても綺麗だった。
 「・・・ユートの世界に・・・夕日はあるのか?」
 「ああ。同じ色で同じカタチだ」
 「そうか・・・きっと、美しい世界なのだろうな」
 「ここに負けないくらい面白いところだよ。アセリアにも見せてやりたいくらいだ」
 「・・・うん。ユートと佳織が居た世界なら・・・私も見てみたい」
 『いつか佳織を助け出し、戦争が終わったら・・・アセリアを元の世界に連れて行ってやりたい・・・もしも、それが叶うなら』
 悠人はそこで、ふと思う。
 『テレビとか見たら、アセリアはどんな表情になるんだろう・・・』
 「プッ・・」
 「・・・ん?どうした、ユート」
 突然吹き出した悠人に、アセリアは首を傾げる。
 「何でもない、何でもないよ。アセリア」
 「・・・そうか」
 「いつか・・・俺の世界の夕日も一緒に見られると良いな」
 「・・・ん」
 二人はその後も、完全に沈むまで一緒に夕日を眺めていた。


─聖ヨト歴331年 ホーコの月 青 五つの日 昼
 謁見の間

 「一体どういうことなんだ!?」
 側近が荒ぶる王を前に狼狽える。
 報告をする情報部と、怒号で返す父の姿をレスティーナは冷ややかな目で見ていた。
 『イースペリアのマナ爆発など、いたずらに被害を広げるだけでしかない・・・結局は全て帝国の手の上で踊っていただけのこと。どうして、それに気づかないのですか!?』
 「サルドバルト如きの戦力が、我が国を上回っているなどあり得ぬ!!ええいっ、情報部は何をしていたのだっ!?」
 王は悔しげに叫んだ。


 「・・・お呼びでしょうか」
 「・・・」
 悠人と闘護が謁見の間に現れた。
 悠人は跪き、闘護は突っ立ったままである。
 「ユート、そしてトーゴよ。サルドバルトが龍の魂同盟を裏切り、帝国についたのは知っていよう」
 レスティーナは続ける。
 「イースペリアにおいて、帝国により引き起こされたマナ爆発によって、サルドバルトのスピリット達は壊滅したと思われていた」
 『・・・何が帝国によってだよ。あの親父共が画策したことだろうに』
 悠人は心の中で吐き捨てる。
 『レスティーナとは思えない以上、国王が仕組んだんだ・・・俺たちを捨て駒にしようとして!!』
 悠人は強く憤る。
 『【求め】が力を貸してくれたから、あの場を俺たちはしのげた。だけど、それ運が良かっただけのこと・・・』
 歯がみする悠人を無視し、レスティーナは続ける。
 「サルドバルトは帝国の傘下となり、今や我が国以上の兵力を持ち牙を剥こうとしている。ユートよ、エトランジェとしてサルドバルトを陥落させよ。帝国が後ろ盾にいる以上、滅ぶか滅ぼされるか・・・戦うのみ」
 見苦しく取り乱す王に比べて、レスティーナは凛とした態度を取る。
 『戦争、か・・・どれだけの命が失われるのか・・・』
 闘護は小さくため息をついた。
 「敗北は許さぬ。実力以上を発揮してみせるのだ!!」
 王が叫んだ。
 「はっ!!」
 悠人は顔を上げることなく返事をする。
 「お前に言われるまでもない」
 闘護は吐き捨てると背を向けた。
 「〜〜〜〜!!!」
 王は顔を真っ赤にしてあからさまに怒りを露わにする。
 しかし、闘護にこれ以上の手出しは禁物であることを理解しているため、何も言えない。
 「では、私も失礼します」
 『ざまぁみろ』
 心の中で呟くと、悠人も謁見の間から出て行った。


─同日、夜
 第一詰め所、食堂

 夕食が終わり、食堂には悠人、エスペリア、そして第二詰め所から来た闘護の三人が集まった。

 「サルドバルトとロンドを結ぶ道は、敵の工作により通行不能となっています。ルートとしては、ラース経由のものしかありません」
 エスペリアはテーブルの上の地図を指さす。
 「ラースは小さい村であるため、とても防衛力に乏しいです。アキラィスを急ぎ制圧し、防衛拠点としましょう」
 「急ぎ制圧、か・・・」
 闘護は腕を組む。
 「可能なのか?」
 闘護の問いに、エスペリアは難しい顔をする。
 「スピリットの能力が情報にあったものと違いすぎます。どうやら、帝国がサルドバルトの後ろ盾になっているようです」
 「帝国が・・・?」
 悠人が小さく呟く。
 「ま、当然と言えば当然か・・・」
 闘護は肩を竦める。
 「イースペリアを攻めてきたスピリットには帝国の者もいたんだろ。サルドバルトに介入しているのは間違いないな」
 「はい」
 エスペリアは厳しい表情で地図を見た。
 「サルドバルト全土に広がるミスル平原は、肥沃な土地であるため、属性効果が大きく双方の被害が多くなるでしょう。戦うポイントの見極めを行って下さいませ・・・」
 「ミスル平原・・・次の戦場・・・」
 悠人は地図に視線を落とす。
 「マナの攻撃が効かない俺にはあまり関係ないな」
 闘護は肩を竦める。
 「迅速に戦闘を終わらせていきましょう・・・」
 エスペリアはそう言って僅かに俯いた。
 「流れる血は・・・少ない方が良いんです・・・きっと」


─聖ヨト歴331年 ホーコの月 赤 五つの日 昼
 アキラィス郊外

 「はぁはぁはぁ・・・」
 荒い息をつきながら、悠人は側の岩に腰を下ろした。
 「サルドバルドのスピリットは撤退したよ・・・」
 やはり大分消耗した様子の闘護が近づいてくる。
 「今は、正規軍がアキラィスに雪崩れ込んだ・・・ま、程なく制圧するだろ」
 闘護は肩を竦める。
 「そうか・・・」
 悠人はため息をつく。
 「ユート様!!トーゴ様!!」
 その時、エスペリアがアキラィスの方から駆け込んできた。
 「正規軍がアキラィスを制圧しました!!」
 エスペリアは肩を上下に揺らしながら報告する。
 「被害は?」
 「街への被害は小さくて済みました」
 エスペリアの言葉に、闘護は安心したように頷く。
 「まさかこのような形で、ここに足を踏み入れることになるとは思いもしませんでした・・・」
 エスペリアは沈んだ表情で呟く。
 「引き続き首都への道のりを急ぎましょう。次の目的地はバートバルトです」
 「バートバルトね・・・先は長いな」
 闘護は頭を掻いた。
 「これからが大変なのか・・・」
 悠人はハァとため息をついた。
 「ミスル平原を抜けていきます。よく考えて戦わないといけません」
 エスペリアの言葉に、二人は頷く。


─同日、夜
 アキラィス郊外

 悠人達は、キャンプを張って一日休むことにした。
 そして、テントの1つに悠人、闘護、エスペリアが集まる。

 「ユート様、トーゴ様。サルドバルト攻略作戦を説明いたします」
 エスペリアが簡易にしつらえたテーブルの上に地図を広げた。
 「アキラィスより直線で見ると、サルドバルト首都まで近いのですが、広大な湿地帯があり、行軍は不可能です」
 エスペリアは、アキラィスからバートバルトまでの街道を指でなぞった。
 「その為街道を進み、サルドバルト領バートバルトを制圧、続きサルドバルト陥落戦へと持ち込みます」
 「バートバルトの守りはどうなんだ?」
 闘護が尋ねる。
 「バートバルトはサルドバルトの要です。やはり、帝国からかなりの支援を受けているようです」
 エスペリアは厳しい表情で続けた。
 「守りのスピリット達の能力が、明らかに違いすぎます」
 「・・・」
 悠人は難しい表情でエスペリアの話を聞く。
 「特に強化されたブルースピリットが多数配置されていると、情報部から伝達を受けています。ブラックスピリットの少ない我が陣営には、苦しい戦いが強いられそうですね・・・」
 「確かに・・・」
 闘護がウーンと唸る。
 「それでも、俺たちは戦わなくっちゃいけないんだ」
 悠人が拳を握りしめながら言った。
 『佳織のためにも・・・戦って、勝たなくちゃいけないんだ』
 「そうだな・・・」
 闘護も頷く。
 「・・・ユート様、トーゴ様」
 エスペリアはふと、顔を伏せた。
 「私たちは・・・どうして戦いあうのでしょう?」
 「エスペリア?」
 突然の問いに、悠人が目を丸くする。
 「どうしたんだ 、一体?」
 「・・・いえ、何でもありません」
 エスペリアは首を振った。
 「・・・スピリットが戦う理由は簡単だよ」
 エスペリアを挟んで、悠人の反対側を歩く闘護が口を開く。
 「人間が命令するからだ」
 「・・・」
 「命令に従うことが、スピリットにとって当然と考える限り、その答えは変わらない」
 闘護は抑揚のない口調で言った。
 「・・・」
 「闘護・・・」
 闘護の言葉に、二人は沈黙する。
 「・・・ま、よく考えるんだな」
 闘護は肩を竦めた。
 「スピリットは人形ではないんだから・・・」


─聖ヨト歴331年 ホーコの月 緑 四つの日 昼
 ミスル平原

 「敵が潜んでいます」
 斥候から戻ってきたファーレーンが悠人と闘護に報告する。
 「数は?」
 「10前後と思われます・・・」
 「そうか」
 悠人は闘護を見た。
 「少数で一気に叩くのがいいと思う」
 「そうだな。俺が行こう」
 悠人の提案に、闘護は頷いた。
 「任せられるか?」
 「もちろん」
 闘護はニヤリと笑った。
 「セリア、ナナルゥ、ニムントール」
 闘護は後ろを振り返り声をかけた。
 「はい!」
 「はい」
 「なに?」
 「行くぞ」
 闘護はファーレーンに視線を戻す。
 「君もだ。いいな」
 「わかりました!」


 「あそこか・・・」
 木陰に隠れながら、闘護達は前方にサルドバルドのスピリット達を確認した。
 「ナナルゥ」
 「はい」
 「神剣魔法を一気に叩き込んでくれ」
 「わかりました」
 「残った敵は、他の三人に任せるぞ」
 闘護が言った時
 「敵が近づいてきます!」
 ファーレーンが叫んだ。
 「来たか・・・頼むぞ、みんな!!」
 【はいっ!!】

 「フレイムシャワー!!」
 ボォオオオオオオオオ!!!!
 普段とは比較にならないほどの激しい炎の槍が敵スピリット達に襲い掛かる。
 【ウァアアアアアア!!!】
 断末魔の叫びを残して、数人の敵スピリットがマナの霧に帰る。
 残った敵はすぐに陣形を整えると、闘護達の方に向かって来た。
 「行くわよ!!」
 「うん!!」
 「はい!!」
 セリアのかけ声に頷くと、三人が迎撃に向かう。
 「てやぁあ!!!」
 ズバァッ!!
 「!!!」
 セリアの【熱病】が敵スピリットを真っ二つに切り裂く。
 「ハァッ!!
 そこへ、別の敵スピリットがセリアに向かって飛び込んでくる。
 シュッ・・・
 しかし、瞬時にファーレーンが二人の間に割って入り・・・
 「やぁっ!!」
 シャキーン・・・ズバッ
 「ア・・ァ・・・?」
 その刹那、ファーレーンの永遠神剣【月光】が敵スピリットの上半身と下半身を真っ二つに分かつ。
 そこへ、残った四人の敵スピリットがセリアとファーレーンの前方を扇状に取り囲む。
 【!!!】
 四人は一気にセリアとファーレーンに飛び掛る。
 「ウィンドウィスパー!!」
 その時、少し後ろに下がっていたニムントールが神剣魔法を詠唱する。
 パァアアアア
 セリアとファーレーンの体に幾重もの風が纏わりつく。
 ガキガキガキガキン!!
 【!?】
 四人の敵スピリットによる攻撃は、セリア達を守る風に弾き飛ばされる。
 「はぁっ!!」
 「ふぅ・・・っ!!」
 その隙に、セリアとファーレーンは攻撃を繰り出す。
 ズバズバズバズバッ!!
 【!!?】
 あっという間に四人はマナの霧と化した。

 「・・・周囲に、マナの気配はありません」
 警戒していたファーレーンはそう言って永遠神剣を鞘に納めた。 
 続いて、セリア、ニムントール、ナナルゥもそれぞれの剣を納める。
 「大丈夫か?」
 離れた所で様子を見ていた闘護が駆け寄ってくる。
 「はい。負傷もありません」
 セリアが答える。
 「そうか・・・」
 「この平原は、マナが濃い場所ですから、仮に怪我をしてもすぐに回復します」
 「神剣魔法の威力も高いから、ニムの魔法ですぐに治せますよ」
 ファーレーンの言葉に、ニムントールがコクリと頷く。
 「ナナルゥの魔法も凄い威力だったな」
 闘護は感嘆の口調で言った。
 「・・・」
 「えっと・・・」
 無言のナナルゥに、闘護は言葉を詰まらせる。
 「ま、魔法、良かったぞ。また、頼むよ」
 「はい」
 今度はコクリと頷いた。
 『うーむ・・・俺が質問してるのがわからなかったのかな?』
 闘護は難しい顔で考え込む。
 「トーゴ」
 その時、ニムントールが闘護の袖を引っ張った。
 「ユート達が待ってるから、早く帰らないと」
 「おっと、そうだな」
 闘護は頭を掻くと、四人を見た。
 「帰還しよう」
 【はい!】


─聖ヨト歴331年 ホーコの月 緑 五つの日 昼
 ミスル平原

 『この無茶な戦いも、サルドバルトを落とせば一段落だ。そうすれば佳織に会えるかもしれない』
 バートバルトに続く唯一の道を行軍しながら、悠人はそんなことを考える。
 『・・・ん?』
 ふと隣を見ると、アセリアと目が合う。
 「・・・」
 「アセリア、疲れはたまってないか?」
 アセリアが悠人をジッと見つめると、両目を左右に動かした。
 「大丈夫って事か?」
 「・・・(コクリ)」
 アセリアはゆっくり頷き、また前を見据えた。
 『なんだろう、この娘は』
 悠人は考える。
 『無色透明というか、無垢というか、でも反応も淡泊だ。なのに、不思議とコミュニケーションがとれるんだよな』
 悠人は考えた。
 『バーンライトの一件以来、アセリアもエスペリアも俺に対する反応が変わった・・・気がする』
 悠人は二人の態度を思い出してみる。
 『エスペリアは元の少し柔和な態度で俺に接してくれるし、アセリアはなんて言うか・・・俺に懐くようになった』
 悠人がアセリアの横顔を見ていると、アセリアは不思議そうな視線を向けた。
 「?」
 「いや、なんでも・・・」
 「・・・ん」
 一言の肯定。
 アセリアのコミュニケーションは、とにかく疲れない。
 『でも、この無言で行われる会話は不思議な気分だ・・・慣れたとはいえ、聞いてないんじゃないかって思うこともある』
 悠人は頬を掻く。
 『慣れた、か。そういえば・・・もう、随分と戦いに慣れちまったな』
 ふと、悠人は目を伏せた。

 ラキオスは今や、サーギオス帝国、マロリガン共和国に次ぐ、第三の強国にまでのし上がっている。
 そしてサルドバルトを落とせば国力は更に上がり、他の強国と引けを取らないものになる。

 『そうなれば少しは戦況も変わってくる』
 力関係が近い国家が三つもあれば、自ずと戦況は膠着せざるを得なくなる。
 『隙さえあれば・・・帰る方法だってあるはずだ。そう信じなきゃ』
 悠人は心の中で呟いた。
 その時、前を歩いていたエスペリアが、突然足を止める。
 「・・・ユート様。私にはよく解りません」
 「え、どうしたんだよ。急に」
 エスペリアは振り返ると、やや困惑気味な表情をした。
 『いつも理路整然としている彼女にしては珍しいな・・・』
 「イースペリアのエーテル変換施設の守りが手薄だったのは、帝国の・・・あの漆黒の翼の仕業のように思えるのです」
 エスペリアはそこで沈んだ表情になる。
 「・・・とは言え、本当の意味で“マナ消失”の引き金を引いたのは・・・私・・・なのですが・・・」
 エスペリアは目を伏せ、唇をかむ。
 『エスペリアは、イースペリアのマナ爆発と、それによって生じたマナ消失に大きな責任を感じている・・・行軍の途中に、何度も夢でうなされていた・・・』
 悠人は唇をかむ。
 『それが痛々しくて、そんなことをさせたラキオス国王が許せない・・・』
 「あれは、エスペリアのせいじゃない。だから、考えちゃダメだ・・・」
 悠人はエスペリアの肩を抱き、自分に言い聞かせるように言う。
 だが、語尾は少しずつ小さくなってしまう。
 「ありがとうございます、ユート様。そう言って頂けると、少しだけ心が軽くなります・・・」
 エスペリアは少し元気を取り戻したような表情で答える。
 「・・・闘護の言う通り、俺たちは二度と同じ失敗を繰り返さないようにするんだ」
 『本当は俺だって割り切れない・・・けど、今ここで立ち止まっていてもどうしようもないんだ』
 悠人は拳を握りしめる。
 「後悔し続けるんじゃなくて・・・もう二度と、あんな事を起こさせないようにするんだ」
 『先に進まなくちゃならないんだ・・・俺たちは』
 そこでふと、エスペリアの言葉を思い出す。
 「あ、それで、何が解らないんだ?」
 「・・・はい」
 エスペリアは再び困惑の表情を浮かべる。
 「あの時点ではイースペリアやサルドバルトに帝国が関与する必然性が感じられませんし、行動が矛盾しています。帝国の意図がまるでわからないのです。ラキオスをまるで、何かに導いているかのような・・・」
 エスペリアは心配そうな口調で続ける。
 「この北方五国の小競り合いの中、南西のマロリガン共和国は静観を決め込んでいます。ユート様。私には何か、とても不気味に見えてしまいます・・・」


 その後、バートバルトを制圧した一行は、そのまま進軍を続けた。
 そして・・・


─聖ヨト歴331年 エクの月 青 二つの日 昼
 サルドバルド周辺

 悠人達は、遂にサルドバルト城を包囲した。

 「ユート様!サルドバルト城を包囲しました」
 エスペリアの報告に、悠人は頷いた。
 「敵軍も全力を持って抵抗してくるでしょう」
 「こっちの準備は?」
 「完了しています」
 闘護の問いに、エスペリアは力強く頷いた。
 「行きましょう!私たちにマナの導きがあらんことを」
 エスペリアの言葉に悠人と闘護は頷いた。
 そして、悠人は後ろに控えているアセリア達スピリットを見た。
 「いくぞっ!!」
 悠人は叫んだ。
 【はいっ!!!】
 『佳織。早くこんなくだらない戦いを終わらせて帰ろう!!闘護と光陰と今日子と小鳥と、またみんなで馬鹿騒ぎするんだ。だからその為に・・・』


 そして・・・戦闘が始まって半日が過ぎ、日も落ちる頃・・・
 サルドバルトは遂に制圧された。


─同日、夜
 サルドバルト城の一室

 悠人と闘護、そしてエスペリアは崩れた城の一室に集まって報告する。

 「サルドバルトは完全に我がラキオスに降伏しました」
 エスペリアの言葉に、二人は頷く。
 「北方五国はラキオスの制圧下になりました。・・・これで戦いが無くなるならいいんですけど」
 「まぁ、無理だな」
 闘護は肩を竦めた。
 「この後はマロリガン共和国、サーギオス帝国・・・まだまだ相手がいる」
 「・・・戦うことになるのか?」
 悠人の問いに、闘護は仕方なさそうに頷く。
 「クソ野郎はアホだからな。バカげた望みを抱き続けるんじゃないのか?」
 「バカげた望み・・・?」
 「多分・・・世界征服?」
 言った闘護自身も首を傾げる。
 「世界征服・・・?」
 「まぁ、推測だけどね」
 闘護は肩を竦めた。
 「クソ野郎は矮小で度量の狭い小物だ。なのに、人一倍野心は大きい・・・身の程を知らないから、どこまでも野望を大きくすると、俺は思う」
 「・・・相変わらずの毒舌だな。エスペリアが引いてるぞ」
 悠人が突っ込む。
 「気にするな。俺のクソ野郎への口の悪さは今更だろ。ま、それはともかく・・・そう考えると、ラキオス以外の国が滅ぶまで戦いは終わらないんじゃないのか?」
 闘護はエスペリアを見た。
 「エスペリア、君はどう思う?」
 「・・・」
 エスペリアは沈んだ表情で沈黙する。
 「それじゃあ・・・それまで、佳織は・・・」
 「・・・」
 悠人の言葉に、闘護は難しい表情で沈黙する。
 「・・・くそっ!!」
 ドンッ!!
 悠人は壁に拳を叩きつけた。
 「俺は・・・いつまで、こんな戦いを続けるんだ・・・?」
 「ユート様・・・」
 「悠人・・・」
 悠人の問いに答える者はいなかった・・・


─聖ヨト歴331年 エクの月 青 四つの日 夕方
 ラキオス王城

 「今回の勝利によって父様の野望は、留まることを知らなくなっていく・・・」
 レスティーナは憂いの表情で呟く。
 「もうこれ以上、父様に力を渡してはいけない。私が求めているものを得るためには、今、何かをしなくてはならないのでしょうか・・・」
 レスティーナは唇をかんだ。
 「でも、今の私には何の力も・・・」


 聖ヨト歴331年 エクの月
 悠人達はサルドバルト首都を陥落させた。
 これで北方五国は、ラキオスの旗下に統一されたことになる。
 熱狂に湧く兵士をよそに、悠人の気持ちは冷えた。

 「これまで何人のスピリットを斬った?」

 「これから何人のスピリットを斬る?」

 闘護もまた、兵士達の様子を冷めた目で見ていた。

 「スピリット達が命を賭けて戦い、そして得た勝利・・・お前達人間が命を賭けて戦ったわけでもないのに、何故そこまで喜べる?」

 「スピリットの勝利に自分の運命がかかっていることを解っていないのか?それに抵抗を感じないのか?疑問を抱かないのか?」

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