─聖ヨト歴331年 レユエの月 緑 二つの日 朝
第二詰め所、食堂
バーンッ!!
「どういうこと!?」
ヒミカが怒りの表情でテーブルを叩きつける。
【・・・】
対面に座っているセリア、ナナルゥ、ニムントール、ファーレーンは沈黙する。
「トーゴ様の命を狙ったですって!?何を考えてるの、あなた達は!!」
「ひ、ヒミカさん・・・お、落ち着いて下さい」
ヘリオンが遠慮がちに制止しようとする。
「あらあら〜、それは無理ですよ〜」
ハリオンが相変わらずの笑みで首を振る。
「ど、どうしてですか?」
「だって〜、セリア達の行動に非があるのは明らかですもの〜」
そう言ったハリオンは、眉が八の字を逆さにしたようになっていた。
「そうだよ。絶対に許せないよ!」
「ゆ、許せないよ・・・」
強い口調でネリーが、遠慮がちながらもはっきりとシアーが、それぞれ言う。
「で、でも・・・トーゴ様は許したんじゃないんですか?」
「・・・えぇ」
ヘリオンの問いに、ファーレーンは頷く。
「だからって、謝ってお終い・・・って話じゃないでしょ!」
ヒミカが口を尖らせる。
「王の命令だからって、そんな簡単にトーゴ様を疑っていいと思ってるの?」
ヒミカは首を振った。
「信じられないわ・・・」
「何が信じられないって?」
【!!!!!!】
全員が、声のした方─食堂の入り口を見た。
「朝っぱらから、随分と険悪な雰囲気だな」
そこには、問題の闘護が居た。
「と、トーゴ様・・・」
「ヒミカ。何が信じられないんだ?」
闘護はヒミカの言葉を遮るように訪ねる。
「・・・セリア達がトーゴ様を暗殺しようとしたことについてです」
ヒミカはキッとセリア達を睨んだ。
「あれ?何でそんなことを知ってるんだ?」
闘護は目を丸くする。
「朝、これが届きました」
ヒミカがテーブルの上に置いてあった書簡を闘護に渡す。
「何だ、これ?」
闘護は書簡を開けて中に目を通す。
「・・・何だ、これ?」
先程と同じ言葉を、今度は酷く不愉快そうな口調で呟く。
「トーゴ様が暗殺されそうになった経緯が書かれています」
「みたいだな・・・」
闘護は吐き捨てた。
『前にセリア達が俺を殺そうとしたことか。時間、場所・・・事細かに書かれてる』
「ちっ・・・」
闘護は苛立たしげに舌打ちする。
「いくら謝罪しても、許されることではありませんよ〜」
「そうか?」
闘護の素の返事に、ハリオンは珍しくガクリと頭を下げる。
「と、トーゴ様〜」
「別に良いじゃないか」
闘護は本当にどうでもよさそうな口調で言った。
「ど、どうしてですか!?」
「原因は俺にあるからだ」
ヒミカの問いに、闘護は肩を竦める。
「トーゴ様に・・・?」
「俺がクソ野郎・・・王のことだけど、そのクソ野郎に嫌われてるからな。彼女たちはクソ野郎の片棒を担がされただけだ」
「・・・トーゴ、口が悪い」
ニムントールの呟きに、ヒミカがキッと睨み付ける。
「ニム!!」
「いや、彼女の言う通りだよ。王をクソ野郎なんて呼ぶのは、口が悪いじゃ済まされないかもしれないけど」
闘護は苦笑する。
「まぁ、俺とクソ野郎の確執については今更言うことはないだろう」
「確執って何?」
ネリーがその場にそぐわない、間の抜けた質問をする。
「ね、ネリー・・・」
シアーも、少し呆れ気味にネリーを見る。
「こっちの考えと向こうの考えがぶつかって、仲が悪いことだよ」
闘護はそれでも真面目に答える。
「で・・・そういう理由があるから、彼女たちが一概に悪いとは言えない」
「そんなことはないですよ〜」
ハリオンがノンビリした口調で反論する。
「初めて会ったファーレーンとニムはまだしも〜、セリアとナナルゥは問題ですよ〜」
「そ、そうですよ!!二人はトーゴ様を信頼してなかったんですから」
ヒミカが頷く。
「ナナルゥは、命令に忠実に従っただけだし、セリアに関しては、疑われるようなことをした俺にも非がある」
闘護は肩を竦めた。
「疑われるようなこと・・・ですか?」
ヒミカが眉をひそめた。
「夜中にコッソリ館を抜け出したんだよ。それをセリアが見つけて怪しんだんだ」
「何でコッソリ抜け出したの?」
ネリーが訪ねる。
「木偶を取りに行ったんだ」
「木偶?」
「暗殺対策用のおとり人形だ」
「あ、暗殺対策・・・ですか?」
ヘリオンが震える声で呟く。
「ああ。そんな物を用意しないと安心できなかったんだよ」
闘護は苦笑する。
「そんなことをする俺だって、問題あると思うけど」
【・・・】
全員、沈黙する。
その時
ガチャン!
「ん?」
玄関の扉が開く音がする。
続いて、兵士が食堂に入ってきた。
「スピリット隊副長トーゴに告ぐ」
兵士は懐から紙を取り出し、闘護の前に差し出す。
「今すぐ、城に出頭せよ」
「今すぐ?」
「そうだ」
兵士の回答に、闘護はポリポリと頭を掻いた。
「・・・わかった。直ぐに行こう」
「早急にせよ」
兵士はそう言って出て行った。
「・・・さて」
闘護はゆっくりと振り返った。
「とりあえず、話は中断。この後は、自分の部屋で待機しておいてくれ」
「待機・・・ですか?」
ヒミカの問いに、闘護は頷く。
「そう。こんな状態じゃ、訓練なんてさせられない」
【・・・】
闘護の言葉に、全員沈黙する。
「じゃあ、ちゃんと待機しててくれよ」
闘護はそう言い残して食堂から出て行った。
残されたスピリット達は、しばらく気まずそうに顔を見合わせていたが、一人、また一人と自分の部屋へ戻っていった。
─同日、朝
謁見の間
普段なら膝を突いて頭を下げる場所で、闘護はポケットに手を突っ込んだまま立っている。
その表情は、嫌悪と侮蔑だけが色濃くうつっていた。
同時に、周囲を威圧する殺気を放っている。
【・・・】
衛兵達も、そんな闘護に何も言えない。
「さっさと用件を言え」
闘護はぶっきらぼうに言った。
「貴様に新たな任務を与える」
闘護の態度など全く気にせず、王は酷薄な笑みを浮かべながら言った。
「イースペリアの“マナ消失”について、わが国はイースペリアの復興に必要なだけのマナを確保できなかった」
「・・・」
「そこで、だ」
王は心底愉快そうな表情で続ける。
「スピリットを処刑し、復興に必要なマナを確保せよ」
「・・・は?」
王の命令に、闘護は唖然とした。
「・・・父様?」
レスティーナもまた、絶句する。
「もう一度、言ってくれ」
闘護がゆっくりと聞き返す。
「聞こえなかったのか?」
王は哀れむように言った。
「スピリットを処刑せよと言ったのだ。マナを確保するためにな」
「・・・寝言は寝て言え」
そう吐き捨てるなり、闘護は背を向けた。
「このままでは、イースペリアの人間はどうなるであろうなぁ?」
ピタッ・・・
王の言葉に、闘護の足が止まる。
「ダラム、ミネアの人間は、今でも“マナ消失”の影響によって不自由な生活をしておる。貴様は、その者達を見捨てるのか?」
闘護はゆっくりと振り返った。
「理解したか?」
「だったら、戦争なんぞするな。戦争に必要なエーテルを全て復興にまわせばいい」
「馬鹿を言うな」
闘護の言葉を、王は一笑に付す。
「今更サルドバルトが和平を受け入れるはずも無かろう」
「・・・」
「わかったなら、さっさと処刑せよ。スピリットはいくらでも替えがきくからな」
「断る」
闘護はキッパリと言った。
「やはりか」
王は闘護の回答を予測していたのか、相変わらずニヤニヤ笑いながら頷く。
「しかし、これは命令なのだ」
「父様。幾ら何でもそれは・・・!!」
「現在の我が国の保有マナで、イースペリアの復興を行うことが出来るか?」
「!!!」
王の言葉に、レスティーナは愕然とする。
「レスティーナよ。どうだ?復興は可能か?」
王の問いに、レスティーナは苦悩の表情で首を振る。
「いいえ・・・」
王はわが意を得たりという笑顔で言う。
「と、いうことだ」
「馬鹿な!!」
闘護は首を振った。
「それとも、貴様はイースペリアの人民を見捨てるというのか?」
「このクソ野郎が・・・」
闘護はジロリと王を睨んだ。
「ッ!!・・・ふ、ふん!!」
王はビクつくが、闘護から目線を外すことで耐える。
『ちっ、昨日の報復命令か・・・どうする?断れば、イースペリアの復興に支障が出る。マナを調達するには、領土を増やすかスピリットを殺すか・・・』
闘護は考える。
『サルドバルトを攻めるにしても、すぐは無理・・・』
難しい表情を浮かべた。
『何かマナを得る方法・・・何か他に方法があれば・・・』
小さく目を見開いた。
『そうだ、方法を見つければいいんだ!』
「それしかないな・・・」
闘護は小さく呟くと、王を見た。
「理由は理解したが、その命令を聞くことはできない」
「貴様は・・・」
「代替案を考えさせてくれ」
王の言葉を遮るように闘護が提案する。
「代替案?」
「そうだ。スピリットを処刑せずに、復興に必要なマナを確保する方法を考えさせてくれ」
闘護の言葉に王はしばし考え込むが、不意にニヤニヤと笑って鷹揚に頷いた。
「・・・よかろう。ただし、与える時間は五日だ」
「父様、五日は少なすぎるのでは・・・」
「それ以上の時間はやれん」
レスティーナの言葉を遮るように王が言った。
「五日ね・・・やってみよう」
闘護は了承する。
「五日過ぎても代替案が無かった場合は、スピリットを処刑する」
「・・・」
「無論、貴様にも責任を取ってもらおうか」
王は心底愉快そうな笑みを浮かべる。
「責任・・・?」
「五日の時間を無駄にした責任だ」
「・・・」
「貴様を処刑する」
【!!!!】
王の言葉に、謁見の間にいた武官、文官全員が絶句する。
「と、父様!!」
「それが目的か」
レスティーナの言葉を遮るように闘護が吐き捨てた。
「それが嫌だというのであれば、即刻スピリットを処刑せよ・・・処刑できるなら、な」
王は馬鹿にするように笑った。
『どうやら、俺は勇み足を踏んだか・・・』
「どこまでもクソ野郎だな」
闘護はウンザリした表情で王を見た。
「・・・いいだろう」
「トーゴ!!」
レスティーナが声を上げる。
「ただし!!」
闘護は王に向かって指を突きつけた。
「こちらからも条件をつけさせてもらおうか」
「条件だと?」
「もしも、代替案を出し、マナ不足を解消したら・・・」
闘護はジロリと王を睨んだ。
「ッ!!」
「二度と俺にちょっかいをかけるな」
闘護はゆっくりと言った。
「・・・」
「わかったな?」
「わ、儂がそんなことを約束する必要は・・・」
「わかりました!!」
王の言葉を遮るように、レスティーナが叫んだ。
「れ、レスティーナ!!何を勝手な・・・」
「感謝する」
王の言葉を遮るように、闘護が言った。
「それとレスティーナ王女。相談したいことがある」
「いいでしょう。後ほど、別室で聞きます」
「どうも。では、失礼する」
闘護は踵を返して謁見の間から出て行った。
「レスティーナ!!何を勝手なことを・・・」
「あのままトーゴの提案を拒否すれば、彼は父様を殺していました!!」
王の言葉を遮るようにレスティーナは叫んだ。
「ここは、彼の提案を受け入れましょう!!」
「ぐぅ・・・」
王は悔しそうに呻く。
『ここまでするのですか、父様・・・トーゴを殺す為なら、他の者を巻き込むのですか・・・』
レスティーナは心の中で憤る。
─同日、朝
城の一室
しばらく中庭で待っていた闘護は、侍女に呼ばれてとある一室に連れてこられた。
コンコン
「入りなさい」
「失礼する」
ドアが開き、闘護が入ってきた。
「早速だが、用件に入りたい」
「ええ、わかってます」
レスティーナは頷いた。
「マナについての情報がほしい」
「マナについて・・・ですか?」
「ああ。マナの日産量、一番マナの多い地域・・・マナに関する情報なら何でもいい」
「やはりそうでしたか」
レスティーナが小さく頷く。
「やはり?」
「既に、エーテル研究所に手配してあります」
レスティーナの言葉に、闘護は目を丸くし、次いで頭を下げた。
「助かる。資料は、第二詰め所の方に運んでもらえないか?」
「構いませんが、ほかの場所へ持ち出したりしてはなりませんよ」
「わかった。それじゃあ、すぐに頼む・・・ところで」
「何ですか?」
「悠人とエスペリアに手伝って欲しい。構わないか?」
闘護の問いに、レスティーナは首を振った。
「無理です・・・」
「無理?」
「悠人をはじめ、第一詰め所の者達は全員ラースの防衛に向かいました」
「何だと?何時行ったんだ?」
レスティーナの言葉に、闘護は目を丸くした。
「今日の早朝・・・トーゴが来る一時間前です」
「俺が来る前?そうか・・・これも奴の策略か」
闘護は唇をかんだ。
「・・・」
レスティーナは申し訳なさそうに俯いた。
『まてよ・・・?もしかして・・・』
「あの文書は奴の仕業か」
闘護は苦々しげに吐き捨てた。
「あの文書?」
「セリア達が俺の命を狙ったことが詳細に書かれている文書だよ。それのおかげで、詰め所の雰囲気は今、最悪だ」
「・・・」
レスティーナは絶句した。
『俺を孤立させて、仲間をバラバラにして・・・そこまでして、俺を苦しめたかった訳か』
「おまけに、勇み足を踏んだみたいだな・・・俺を殺す口実を作ってしまったか」
「トーゴ・・・」
「ならば、一刻の猶予もない・・・失礼する」
闘護はそう言って踵を返した。
「トーゴ!!」
その後姿を、レスティーナが引きとめた。
「何だ?」
「・・・父様の命令、本当に申し訳ありません」
レスティーナは深々と頭を下げた。
「・・・」
「トーゴは、ラキオスのために戦っている・・・それなのに、父様は貴方に対して酷い仕打ちを・・・」
「君が気にする必要は無い」
闘護は振り返ると、首を振った。
「あのクソ・・・ゴホン。王が俺を排斥しようとするのは、ある意味当然だろう」
闘護はそう言って肩を竦めた。
「俺が異端者であることは間違い無い」
「ですが、それは理由にはなりません」
レスティーナは悲しげに呟く。
「・・・君は、自分の父を尊敬していないのか?」
闘護はレスティーナの顔を覗き込んだ。
「・・・」
「ずっと気になっていたんだ。君は、王に対して妙に反発しているように感じる」
「・・・そうかもしれません」
レスティーナはゆっくりと頷いた。
「いたずらに戦火を広げる父を、私は軽蔑しているかもしれません・・・」
「いいのか?俺にそんなことを言って」
レスティーナの言葉に、闘護は目を丸くする。
「構いません。それに、トーゴは父に密告するような人とは思ってませんから」
レスティーナの言葉に、闘護は苦笑する。
「確かに・・・」
「これ以上、罪もない命が消えていくことを、私は・・・止めさせたいと思ってます」
「そうか・・・ならば」
闘護は厳しい眼差しをレスティーナに向ける。
「なぜ、止めない?」
「・・・私には、その力がありません」
レスティーナは力無く言った。
「今のラキオスは、父が全てを統括しています。たとえ王女といえども、反対することは出来ません・・・」
「そんな独裁体制に、どうして誰も文句を言わない?」
「父は・・・自分以外の物には無頓着です。ですから、あからさまな圧政を敷いたりすることもありません」
「・・・大した政治家だな」
闘護は軽蔑に満ちた口調で呟く。
「父が居る限り、私に出来ることは多くはありません・・・」
「・・・」
闘護はレスティーナをジッと見ている。
「?何ですか?」
「だったら、王が居なくなれば良いんじゃないのか?」
「!!」
闘護の言葉に、レスティーナは絶句する。
「そうすれば、君が政権を継ぐことになる。ラキオスの政治は思いのまま・・・」
パンッ!!
「馬鹿にしないで下さい!!」
レスティーナは闘護を睨んだ。
「父を殺してまで王になろうと考えるほど、私は落ちぶれてはいません!!」
「・・・君を愚弄したようだな。すまん」
闘護は素直に頭を下げた。
「・・・いえ」
「だが」
闘護は厳しい表情を浮かべた。
「悪いけど、俺は王を殺す気満々だ」
「トーゴ・・・」
「己の野望のために“マナ消失”を引き起こす。命を軽んじる王・・・クソ野郎の考え方は絶対に許せん」
我慢の限界を超えたのか、闘護は王の呼び方を変える。
『これは私憤だ。誰かの為の怒りじゃない、俺自身の身勝手な怒り・・・それは解っている。その上で・・・』
「いつか、必ず俺はあいつを殺す・・・それだけは言っておくよ。もっとも・・・」
闘護は苦笑する。
「多分、ラキオスの人間なら誰でもわかってるかもしれないことだけどね」
「・・・」
「とにかく、やれるだけのことはやる」
そう言って、再びレスティーナに背を向ける。
「・・・」
「レスティーナ王女」
闘護は入り口の前で振り向かずに止まる。
「・・・」
「クソ野郎は最悪だが・・・君は信用できそうだ」
闘護はそう言い残して出て行った。
─同日、昼前
第二詰め所
ガチャリ
「ただいま」
詰め所に帰ってきた闘護は、息をついた。
【トーゴ様!!】
その時、食堂からヒミカとセリアが血相を変えて飛び出した。
「な、何だ!?」
突然の事に、闘護も目を丸くする。
「これは本当ですか!?」
ヒミカが手に持った紙切れを闘護に突き出す。
「これって・・・」
闘護は、突き出された紙切れを受け取ると、早速目を通す。
「・・・ハハハ、やってくれたな」
闘護は紙切れを握りしめると、全く笑ってない口調で笑った。
「どういうことですか・・・私たちを処刑するって・・・?」
セリアが震える声で尋ねた。
「・・・説明するから、全員を食堂に集めてくれ」
闘護はそう言い残して階段を上がった。
残された二人は顔を見合わせた。
「・・・私はネリー達を呼ぶから、セリアはナナルゥ達をお願い」
「え、ええ・・・」
ヒミカの言葉に、セリアは頷いた。
コンコン
「ネリー、いる?」
「あ、ヒミカ。いるよ」
ガチャリ
扉が開き、中からネリーとシアーの顔が見える。
「シアーもいたのね」
「うん」
「二人とも、すぐに食堂に集まって」
ヒミカの言葉に、二人とも首をかしげた。
「でも、トーゴ様が部屋にいるようにって・・・」
「トーゴ様の命令よ。いいから、早く」
ヒミカはそう言って次の部屋に向かう。
コンコン
「は〜い、だれですか〜」
「私よ、ヒミカ」
「あらあら、ヒミカですか〜」
ガチャ
「どうしたんですか〜?」
「すぐに食堂に来て頂戴」
「食堂ですか〜?でも、トーゴ様は・・・」
「トーゴ様の命令だからいいの。早く降りてきて」
ヒミカはそう言って、次の部屋に向かう。
コンコン
「ヘリオン、いる?」
「あ、はい」
ガチャリ
「ヒミカさん。どうしたんですか?」
「今すぐ食堂に来て」
「食堂にですか?」
「そうよ。トーゴ様の命令が出てるから」
「は、はい」
ヒミカはヘリオンと一緒に食堂へ向かう。
コンコン
「ナナルゥ、いる?」
「はい」
ガチャリ
「今すぐ食堂に来て頂戴。トーゴ様の命令よ」
「わかりました」
ナナルゥの返事を聞くと、セリアは次の部屋に向かった。
コンコン
「はい、誰ですか?」
「私よ」
「セリアですか。どうぞ」
ガチャリ
「どうしたんですか?」
「ファーレーン。今すぐ食堂に来てほしいの」
「食堂・・・ですか?しかし、トーゴ様は・・・」
「トーゴ様の命令よ。すぐに来てね」
ファーレーンの返事を待たずにセリアは次の部屋に向かう。
コンコン
「・・・誰?」
「私。セリアよ」
ガチャリ
「・・・何?」
「ニム。今すぐ食堂に来て」
「食堂・・・?でも、トーゴが・・・」
「トーゴ様の命令よ。だから早く」
「・・・わかった」
二人は食堂へ向かう。
最後に入ったセリアとニムントールが席に着き、食堂に闘護を除く第二詰め所に住んでいる全員が集まった。
席は朝の時と同じ―つまり、まだわだかまりが残ったままである。
「大変なことになったの」
ヒミカが緊迫した表情で口を開いた。
「王様が、マナの不足を理由に私達スピリットの処刑を命令したわ」
【!!!】
続くセリアの言葉に、その場の空気が凍った。
「私達を処刑・・・ですか?」
ファーレーンは唖然とした表情で呟く。
「ええ。五日以内に、マナを得る方法を何か提案しない限り・・・」
セリアが厳しい表情で言う。
「・・・ムリ。そんなの」
ニムントールがボソリと呟く。
【・・・】
その場にいる全員、彼女の言葉が真実であることを理解してるため何も言えない。
「だが、やるしかない」
【!!!!!】
突然の声に、全員が食堂の入り口を見る。
そこには、硬い表情を浮かべた闘護がいた。
「みんな集まってるな」
「トーゴ様。どうして、こんなことになったんですか?」
ファーレーンが尋ねる。
「俺がクソ野郎に嫌われているから」
闘護は簡潔に答えた。
「クソ野郎って・・・王様のことですか?」
ヒミカの問いに、闘護は頷く。
「だから、まず俺は君たちに謝らなくてはならない」
闘護は深々と頭を下げた。
「すまない。俺とクソ野郎の確執に君たちを巻き込んでしまった」
【・・・】
「なんとしても、代替案を考え出してみせる」
闘護は顔を上げると、決意の表情で言った。
「何か方法があるんですか〜?」
ハリオンの問いに、闘護は首を振った。
「わからん。とりあえず、マナについての情報を用意してもらったから、まずはそこから調べようと思う」
「マナについての情報?」
ヒミカが呟いたとき、玄関のドアを叩く音がした。
「来たか」
闘護は振り向くと玄関の方へ向かった。
「・・・こんなにあるのか」
闘護は目の前の馬車に唖然とする。
一メートル四方の木箱が十箱、荷台に積まれている。
「早く運んでくれないか?」
御者の言葉に頷くと、闘護は箱を一つ持ち上げた。
「むっ・・・」
『かなり重い・・・ギッシリ詰まってるな、こりゃ』
闘護は慎重に運び出す。
ドンッ
「ふぅ・・・」
箱を床に下ろすと、闘護は小さく息をついて再び背を向けた。
「と、トーゴ様!!」
「ん?何だ、ヒミカ?」
「それは・・・?」
「資料だよ」
そう言い残して、闘護は食堂を出る。
「資料って・・・」
ネリーは目を丸くする。
「こんなにもあるの?」
「まだまだあるぞ」
闘護が新たな箱を持って食堂に入ってくる。
ドンッ
「・・・ちょっと、手伝ってくれないか?」
闘護は申し訳なさそうに問いかけた。
その後、ヒミカ、ハリオン、セリア、ナナルゥ、ファーレーンに手伝ってもらい、全てを運び終えた。
【・・・】
ネリー、シアー、ヘリオン、ニムントールは唖然とした表情で目の前に詰まれた箱を見ていた。
ドンッ
「これで全部だ・・・」
最後の箱を置いた闘護がフゥと息をついた。
「あの・・・トーゴ様?」
「何だ、ネリー?」
「これ・・・全部調べるの?」
ネリーの言葉に、闘護はコクリと頷いた。
「ああ」
「・・・無理」
ニムントールがボソリと言う。
「ニ、ニム!!」
ファーレーンが慌てて注意する。
「だって、お姉ちゃん・・・」
「無理かもしれないけど、無理じゃないかもしれない」
闘護は肩を竦めた。
「とにかく、やるだけやる」
闘護はそう言って早速、箱の一つを開けた。
「・・・」
中を見て、闘護は絶句する。
箱には、ギッシリと隙間無く書類が詰まっていた。
「・・・これはホネだな」
闘護は頭をポリポリと掻いた。
「あの・・・」
その時、ヘリオンが恐る恐る手を挙げた。
「ん?どうした、ヘリオン?」
「わ、私・・手伝いましょうか?」
「・・・いいのか?」
闘護は驚いたように尋ねた。
「は、はい」
「・・・じゃあ、頼む」
闘護は頭を下げた。
「私も手伝うよ!!」
「手伝う〜」
ネリーとシアーが挙手する。
「私も手伝います〜」
「わ、私だって!!」
ハリオンとヒミカが進み出る。
「・・・ありがとう」
闘護は申し訳なさそうに、しかし嬉しそうに言った。
闘護はハリオンとヒミカの前に箱を一つ、ヘリオン、ネリー、シーアの前に一つ置いた。
「それじゃあ、お願いするよ」
【はいっ!!】
五人は早速箱を開けて中の書類を手に取る。
「・・・あ、あの!!」
それを見ていたセリアが声を上げた。
「ん?」
「わ、私も・・・手伝わせて下さい!!」
セリアの声が大きかったため、全員が目を丸くする。
「あ、ああ・・・」
「私も手伝います」
ナナルゥが立ち上がった。
「私も手伝わせて下さい」
「・・・手伝わせて」
ファーレーン、ニムントールも立ち上がった。
「みんな・・・」
「私達だって、トーゴ様の手助けをしたいんです」
セリアの言葉に、ナナルゥとファーレーンが頷く。
ニムントールも少し遠慮がちに頷く。
「・・・1つ、言っておくけど」
闘護は肩を竦めた。
「もしも、俺への贖罪の意識があるなら・・・やめてもらう」
【!!】
闘護の言葉に、セリア達は身を竦ませた。
「・・・そういう意識、あったんだな」
闘護はため息をつく。
「本当に、あのことについては気にしてないんだがなぁ・・・君たちは、許せないのか?」
闘護はヒミカ、ハリオン、ネリー、シアー、ヘリオンを見た。
「それは・・・」
「彼女たちは決して自分勝手な考えで俺を殺そうとしたんじゃないんだぞ」
闘護は渋い表情で五人を見た。
「そもそも、クソ野郎が俺に“妖精趣味”があるってデマをファーレーンとニムントールに流したのが原因なんだ」
「“妖精趣味”・・・ですか?」
ヒミカが眉をひそめる。
「ああ。で、セリアも俺の誤解を招く行動を見て、クソ野郎の言葉を信じてしまった」
闘護は頭を掻く。
「彼女たちは、俺が君たちを襲うかもしれないと思ったから、クソ野郎の命令に素直に従ったんだ。ナナルゥだって、決して悪気があった訳じゃない」
【・・・】
闘護の言葉に、五人は沈黙する。
「彼女たちが俺の命を狙ったのは、ある意味、君たちの為だと思ったからだ。そう思わないか?」
「そ、それは・・・」
ヒミカは唇をかむ。
「なぁ。彼女たちを許してやってくれないか?」
闘護はセリア達四人を見た。
「俺は彼女たちを責めるつもりは全くない。君たちも、これ以上彼女たちを責めないでやってくれないか?」
【トーゴ様・・・】
ネリーとシアーが“それでいいのか?”という視線で闘護を見上げる。
「・・・私・・・」
その時、ヘリオンが震える声で言った。
「最初にトーゴ様と会った次の日に・・・トーゴ様を殺せって命令・・・されました・・!!」
【!!!?】
ヘリオンの突然の告白に、スピリット達は驚愕する。
「食事に毒を入れろって・・・毒を渡されて・・・」
ヘリオンの瞳に涙が浮かぶ。
「知ってたよ」
「!?」
闘護の言葉に、今度はヘリオンが驚愕の表情を浮かべた。
「訓練の帰りに、命令されてたね。毒の入った小瓶を渡されて」
「・・・見てたんですか!?」
ヘリオンの言葉に、闘護は頷く。
「だから、食事を作るって言い出したんだ。ああ言えば、君に責任はないから責められることもないと思ったんでね」
闘護は苦笑する。
「・・・」
突然の言葉に、ヘリオンは絶句している。
「あの日の夜、毒を返すところも見てたよ」
「・・・ごめんなさい」
ヘリオンの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
震える声で何度も謝る。
「ごめんなさい・・ごめ・・っ」
ギュッ・・
ハリオンが泣いているヘリオンを、優しく抱きしめた。
「ずっと、辛かったでしょう〜」
「・・ぁ・・」
「正直に話してくれて、ありがとう〜」
「・・ぅ・・ぁ・・・・うわぁああああ!!」
ついに耐えきれなくなったヘリオンは、ハリオンの胸の中で号泣する。
「トーゴ様」
ハリオンは訴えるような視線を闘護に向けた。
「わかってるって」
闘護は頷いた。
「なぁ。みんな」
闘護は全員を見回した。
「俺の命を狙ったこと・・・もう、全て水に流してやってくれないか?」
そう言って、闘護は苦笑する。
『って・・・俺のこと何だよな』
心の中で呟いた。
「・・・そうですね」
ヒミカがゆっくりと頷いた。
「ヒミカ・・・」
セリアが呟く。
「これ以上、私達でいがみ合ってても仕方ないでしょう?」
「・・・」
「そうだね」
ネリーが頷く。
「仲が良いのが一番だよ!」
「うん・・・仲良し」
「ネリー、シアー・・・」
ニムントールが二人を見た。
「そうですね〜」
ハリオンがヘリオンの頭を優しく撫でながら言った。
「肝心のトーゴ様が怒っていないのなら、これ以上私達が責める意味がありませんね〜」
「そういうことだ」
闘護は頷く。
「もう、このことについては不問だ。いいね?」
闘護は全員を見回した。
「トーゴ様・・・本当に、いいのですか?」
ファーレーンが申し訳なさそうに尋ねる?
「いいんだよ」
闘護は言い切る。
「さて・・・」
闘護はセリア、ナナルゥ、ファーレーン、ニムントールを見た。
「手伝ってくれるかい?」
「は、はいっ!!」
「はい」
「もちろんです!!」
「・・・うん」
四者四様の返事に、闘護は満足げに頷いた。
「それじゃあ、頼むよ」
そして、スピリット達は食堂で、闘護は自室で資料の調査に入る。
しかし、あまりの資料の多さに、なかなか作業は進まない。
作業を初めて数時間が経ち、日も落ち始めた頃・・・
─同日、夕方
第二詰め所、食堂
「・・・あれ?」
「どうしたの、ニム?」
横で資料を整理していたファーレーンが尋ねる。
「これ・・・」
ニムントールは、読んでいた資料をテーブルに置いた。
「これ・・・マナの日産量をまとめた表ね」
ヒミカが呟く。
「ここ・・・」
ニムントールが指差した箇所に、セリア達は視線を走らせる。
「あら?数値が・・・他の日はそんなに差が無いのに、この日だけ多いわね」
セリアが呟く。
「何でだろ?」
「うーん・・・」
ファーレーンが、他の月のマナの日産量の資料をパラパラめくってみる。
「・・・あっ!?」
「どうしたの!?」
「これを見てください!!」
ファーレーンは、めくっていた資料をテーブルの上に置く。
「ほら。この日・・・」
「330年、アソクの月、緑、四つの日・・・凄いわ。他の日の倍近く観測してる・・・」
セリアは資料をつかんだ。
「すぐにトーゴ様に見せましょう!!」
ファーレーンとニムントールは頷いた。
─同日、夕方
闘護の部屋
「ふむ・・・」
渡された資料を、闘護は注意深く見る。
「どうでしょうか?」
セリアが尋ねた。
「アソクの月、緑、四つの日か・・・この日って何かあったっけ?」
「・・・確か、バーンライトのスピリットが攻めてきた日です」
「ああ、やっぱり」
セリアの言葉に、闘護は納得したように頷く。
「これは単に倒したスピリットのマナを観測しただけだ」
「それでは・・・」
「解決方法の糸口にはならないな・・・」
闘護の言葉に三人はため息をつく。
「もう一方は・・・ん?」
闘護は日付を見て眉をひそめた。
「聖ヨト歴330年、チーニの月、青、三つの日ねぇ・・・この日って、何があったんだ?」
闘護の問いに、三人は首を捻る。
「さぁ・・・私は知りません」
セリアは首を振った。
「知らない・・・」
「申し訳ありません。私も知りません」
「ふむ・・・随分と前だな」
闘護は考え込む。
「えっと・・・確か、俺と悠人が日付を理解したのが、チーニの月からだ・・・その直前にあったこと」
闘護は天井を見上げた。
「・・・ん?」
「どうしました、トーゴ様?」
変な声を上げた闘護に、セリアが尋ねる。
「いや・・・ちょっと待てよ・・・」
闘護は立ち上がった。
「確か、この日は・・・」
そのまま書棚に向かう。
「えっと・・・これだ」
そして、書棚に収まったノートの一冊を手に取った。
「トーゴ様、それは?」
セリアが尋ねた。
「日々の記録だよ」
そう答えて、ペラペラとページをめくる。
「・・・あった、この日だ」
闘護は椅子に座ると、開いたノートを机の上に置く。
セリア達はノートをのぞき込んだ。
「聖ヨト歴330年、チーニの月、青、三つの日・・・この日ですね」
ファーレーンが呟く。
「俺たちがこの世界に来てからか・・・えっと、何があったんだ?」
聖ヨト歴330年、チーニの月、青、三つの日
朝、エスペリアと兵士が来る
俺と悠人を連れて行こうとした。抵抗したら俺を殺そうとした
俺は兵士を殴る
その後、王の前に連れ出される
そこで、俺と悠人はエスペリアと戦わされる
「そうだ。この日、俺はエスペリアと戦ったんだ!」
突然闘護は顔を上げた。
「そうだ・・・あの日は・・・」
「“トーゴ様・・・行きます”」
エスペリアは槍を振り上げた。
すると、槍の周囲に光の粒子が集まる。
『来るか!?』
闘護はジリ足で後ろに下がる。
「“やれっ!!”」
王の叫び声と同時に
「“はぁっ!!”」
エスペリアが槍を振り下ろすと同時に
パァアアア!!
緑色の光の奔流が闘護に襲いかかる。
「うぉおおおおおお!!!!!!」
闘護は両腕をクロスして光の奔流に飲み込まれていく・・・
バシュウッ!!
「“・・・え?”」
エスペリアは絶句した。
「・・・え?」
闘護も絶句する。
「神坂・・・お前・・・」
悠人が唖然とした口調で呟いた。
「あれ?何とも・・・ない」
闘護は自分の身体を見た。
「“そんな・・・マナの波動を受けて何ともないなんて・・・”」
「俺はエスペリアの攻撃を受けた・・・」
闘護は小さく呟く。
『あとで、あれはマナの波動と聞いた・・・マナの波動・・・受けた瞬間、白い煙が出た』
ガタッ
闘護は立ち上がる。
『そうだ・・・白い煙がマナなら・・・神剣魔法を受けたときにいつも発生している』
「・・・よし」
闘護は呆然としている三人を見た。
「ちょっと城に行って来る」
「えっ!?」
セリアが声を上げるが、闘護はそれに構わず部屋から出て行ってしまった。
「・・・なにか思いついたの?」
ニムントールが首を傾げる。
「さぁ・・・?」
ファーレーンは首を捻った。
─同日、夜
城の一室
ガチャン
「失礼します」
部屋に入るとすぐに挨拶する。
「こんな遅くにどうしたのです?」
呼び出されたレスティーナは少し不満げに尋ねる。
「マナを観測する装置というのは無いか?」
「マナを観測する装置・・・ですか?」
レスティーナは考え込む。
「ありますよ。観測するだけですが・・・」
「それ、借りれないか?」
「それは出来ますが・・・どうしてですか?」
レスティーナの問いに、闘護は周囲を見回した。
「詳しくは言えないんだ。どこに誰が潜んでるかわからないからな」
闘護の言葉に、レスティーナは眉をひそめた。
「・・・何か、代替案を考えたのですか?」
「ああ。まだ、確実じゃないけど」
闘護は頷いた。
「そうですか・・・わかりました。明日の朝、装置をそちらへ持って行きましょう」
「いや、装置は訓練所に持っていってほしいんだ」
「訓練所・・・ですか?」
「ああ」
「わかりました。では、明日の朝、設営を行うよう手配します」
「ありがとう。よろしく頼む」
闘護は一礼してレスティーナに背を向けた。
「トーゴ」
その背に向けて、レスティーナは声を掛けた。
「何か?」
闘護は首だけレスティーナに向ける。
「貴方は・・・何故、ここまでするのですか?」
「ここまで?」
「自分の命を賭してまで、スピリットを守るのは何故ですか?」
「守りたいからだ」
闘護は即答した。
「・・・ならば、最初から父様の命令をはねつければ良かったのではないのですか?」
「イースペリアを放っておく訳にはいかない」
またも闘護は即答した。
「・・・」
「聞きたいのはそれだけか?ならば、失礼する」
闘護はそう言って、唖然としているレスティーナを置いて出て行った。
─聖ヨト歴331年 レユエの月 緑 三つの日 朝
訓練所
「さて・・・始めるか」
闘護はゆっくりと言った。
「あの・・・トーゴ様」
闘護の前に対峙しているヒミカが困惑気味に口を開く。
「一体、何をするつもりですか?」
「魔法を受けるだけだよ」
闘護は肩をすくめて言った。
【・・・】
その二人を、離れた所でセリア達が見ている。
「トーゴ」
訓練所に設置された装置のすぐ側に立っているレスティーナが声をかけた。
「何を考えているのです?」
「見てればわかるよ」
闘護はニヤリと笑うと、ヒミカを見た。
「さぁ、来い!!」
闘護は両腕をクロスして防御の体勢をとる。
「は、はいっ!!」
ヒミカは【赤光】を構えた。
「フレイムレーザー!!」
詠唱を終えた瞬間、レーザー光が闘護に向かって射出される。
バシュウッ!!
「くぅ・・・」
レーザー光を浴びた闘護の体から白い煙が吹き上がった。
「あぁ!!!」
その時、装置を見ていた研究者が声を上げた。
「どうしたのです!?」
そばにいたレスティーナが尋ねる。
「マナの発生が確認されました!!」
「なんですって!?」
【えぇ!?】
闘護を除く全員が声を上げた。
「どうやら・・・仮説は正しかったようだ」
闘護はニヤリと笑った。
「と、トーゴ様。これは・・・」
「もう一回、やってみてくれ」
ヒミカの問いを遮るように闘護が言った。
「は、はい」
ヒミカは再び【赤光】を構える。
「フレイムレーザー!!」
バシュゥッ!!
「くぉ!!」
魔法を受けた闘護の体から白い煙が吹き上がる。
「またです!!」
研究者が再度声を上げる。
「マナの発生が確認されました!!」
研究者の言葉に、レスティーナは驚愕の表情で闘護を見た。
「どういうことですか・・・?」
「さっき、神剣魔法を受けた俺の体から白い煙が出たろ」
闘護は肩を竦めた。
「それが、マナそのものだったんだ。アレはマナの煙ということになる」
「マナの・・・煙?」
「どうやら、俺は神剣魔法をマナに直接変換することが出来るみたいだ」
「何だって!?」
闘護の言葉に、研究者が声を上げた。
「そんなことがありえるのか・・・?」
「さぁ?」
闘護は肩を竦めた。
「だが、現実に起こっているんだからありえるんだろう」
闘護はそう言うと、ヒミカを見た。
「さぁ、どんどんやってくれ」
「は、はい」
ヒミカは頷く。
ガスッ・・・
「ハァハァハァハァ・・・」
【赤光】を地面につき、杖代わりにしてヒミカは荒い息をつく。
「どうやら、これ以上は無理か・・・」
闘護も少し肩を上下に揺らしていた。
フレイムレーザーを連続で十発以上放ったヒミカは、疲労困憊の状態だ。
「も、申し訳・・・ありません・・・」
「いや、仕方ない。休んでいてくれ」
ヒミカは頷くと、セリア達のいる所に戻っていく。
「ナナルゥ」
「はい」
闘護はナナルゥを呼んだ。
「神剣魔法を俺にあててくれ」
「わかりました」
ナナルゥは【消沈】を構える。
「アークフレア!!」
ドゴォオオオ!!!
詠唱を終えた瞬間、闘護の周囲に火柱が立ち上がった。
「ぐぉおおおお!!!!」
バシュゥウウウウウウウウ!!!
火柱の大きさに比例するように、闘護の体から立ち上がる白い煙の量も多くなる。
「凄い!!凄いですよ!!」
研究者は感嘆の声を上げる。
「発生量がどんどん上がってます。もう少しで日産量に達します!!」
「・・・凄い」
唖然とした表情で闘護を見ていたレスティーナは呟いた。
「はぁはぁはぁはぁはぁ・・・」
ナナルゥは、【消沈】を杖代わりに荒い息をつく。
アークフレアを連続で二十発近く放ったナナルゥは、既に限界に近かった。
「はぁはぁ・・・ナナルゥ」
闘護も荒い息をつきながらナナルゥに声をかける。
「はぁ・・・君も、しばらく休んでくれ」
「はぁはぁ・・・わかり・・ました」
ナナルゥはフラフラした足取りで戻っていく。
「次・・・ファーレーン・・・それから・・・」
闘護は首を振ると、ヘリオンを見た。
「ヘリオンもだ」
「二人同時にですか!?」
声を上げたのはセリアだ。
「無茶です!!」
「大丈夫だって」
闘護は笑った。
「ですが・・・」
「ほら、時間がもったいない」
セリアの言葉を遮るように闘護は言った。
「二人とも来てくれ」
闘護の言葉に、ファーレーンとヘリオンはどうするべきか迷うそぶりを見せる。
「ですが・・・」
「少し休んだ方が・・・」
「いいから、早くしてくれ」
闘護の返事はにべもなかった。
「・・・はい」
「わかりました・・・」
結局、二人とも折れて闘護に向かって神剣を構えた。
【アイアンメイデン!!】
「はぁはぁはぁはぁ・・・」
二人のアイアンメイデンをそれぞれ五発、計十発受けた闘護は、膝に手をついて荒い息をつく。
「トーゴ様・・・もう、止めましょう」
ヘリオンが提案するが、闘護は首を振る。
「いや・・・まだ、まだ」
闘護は額の汗を拭うと、顔を上げた。
「しかし・・・」
ファーレーンも反対の意を表すが、闘護は無視する。
「さぁ・・・二人とも。はぁはぁ・・・続ける、ぞ」
「トーゴ!!」
レスティーナが闘護のそばに駆け寄った。
「休みましょう。貴方はもう限界のはずです」
「だい・・・じょうぶ・・・俺は、まだ・・・」
ガクッ!!
突然、闘護の膝が沈んだ。
「トーゴ!?」
慌ててレスティーナが闘護を支える。
【トーゴ様!?】
スピリット達も闘護に駆け寄った。
「はぁはぁはぁはぁ・・・まだ、だ・・・」
闘護は立ち上がろうとするが、膝が震えて満足に動けない。
「ダメです、休まないと〜」
ハリオンが珍しく厳しい口調で言った。
「俺は・・・まだ、やれる・・・」
それでも闘護は必死になって立ち上がろうとする。
「トーゴ・・・」
「クソ野郎の思い通りに・・・させるか」
血走った目で、呟く。
「誰も・・・死なせない・・・」
レスティーナの手を振り払うと、フラフラになりながらも立ち上がった。
「いく・・・ぞ・・・」
そう呟くなり、闘護の身体はそのまま前のめりに倒れかかる。
ドサッ・・・
「トーゴ!!」
【トーゴ様!!】
倒れた闘護にレスティーナとスピリット達が駆け寄った。
「・・・」
「トーゴ・・・」
闘護は意識を失っていた。
やむを得ず、ヒミカ達は訓練所のベンチに闘護を寝かせた。
「トーゴ様・・・」
「大丈夫・・・?」
ネリーとシアーが闘護の側で心配そうな表情を浮かべる。
「疲れて寝ているだけですよ〜」
ハリオンがホッとしたように笑った。
「無茶するから・・・」
ニムントールがボソリと呟く。
「・・・トーゴ様は」
セリアが口を開いた。
「なぜ、ここまでするのですか?」
「・・・そうですね」
セリアの言葉に、レスティーナは顔を伏せた。
「ユート様の妹であるカオリ様を助けるためなのですか?」
ヒミカが尋ねると、レスティーナは首を振った。
「確かに、それもあるでしょうが・・・今回は違います」
「違う?なにが違うのですか?」
ファーレーンが尋ねた。
「今回、トーゴがここまでする理由は・・・イースペリアとあなた達のためでしょう」
「イースペリアと私たちの・・・?」
「既に聞いていると思いますが・・・今回の代替案を出す目的は、父様の“スピリットを処刑する”という命令を中止させるためです」
レスティーナはそう言って、寝ている闘護に視線を向けた。
「もし、失敗すれば自分は処刑される・・・しかし、闘護はそのことを少しも恐れていません。こんな無茶をするのは、自分よりもあなた達の為だからでしょう」
闘護の前髪を優しくなでる。
「トーゴは自分よりも自分以外・・・ユートやあなた達を優先してしまう。そして、その結果自分を窮地に追い込んでいく・・・」
「・・・前にエスペリアが言ってました」
ヒミカがゆっくりと呟く。
「トーゴ様は真面目すぎる、優しすぎると・・・」
「・・・そうですね」
レスティーナが頷く。
「・・・もっと自分勝手になったらいいのに」
ニムントールがボソリと言う。
「ニム。そんな言い方、しないの」
ファーレーンが嗜めるような口調で言った。
「でも、ニムの言う通りかもね」
ヒミカはため息をついた。
「父様と衝突する理由も、自分以外の為・・・」
レスティーナは沈んだ表情で呟いた。
「そういえば・・・イースペリアの戦いが終わって謁見の間で怒ってたときも、自分が殺されかけたことより、イースペリアの人たちのことで怒っていましたね」
ファーレーンが呟いた。
「セリア達の暗殺未遂も、気にしてませんでしたね〜」
ハリオンがゆっくりと言った。
「・・うぅ・・・」
その時、闘護がうめき声を上げた。
「トーゴ!?」
【トーゴ様!?】
「あぁ・・・あれ?」
闘護はゆっくりと目を開けると、周囲を見回した。
「ここは・・・?」
「訓練所だよ。トーゴ様」
「ベンチの上です・・・」
ネリーとシアーが説明する。
「ベンチ・・・俺は・・・気絶したのか?」
額に片腕を置いて尋ねた。
「はい」
ナナルゥが答える。
「そうか・・・」
闘護はそう言うなり、ムクリと起きあがる。
「と、トーゴ!?」
「続き、やるぞ・・・」
まだふらつき気味の身体を無理矢理起こす。
「だ、ダメです!!」
「まだ休んでないと!!」
ヒミカとセリアが闘護の身体を押さえる。
しかし、闘護は二人の腕を振り払った。
「大丈夫・・・」
闘護は立ち上がると、フラフラと歩き出す。
「いけません!!」
「そんな状態じゃ無理・・・」
ファーレーンとニムントールが両側から闘護の腕を掴む。
「無理じゃないって・・・」
闘護は小さく笑った。
しかし、顔中に汗を浮かべたその表情に説得力はなかった。
「俺は、まだまだ動ける・・・それよりも」
闘護はヒミカ、ナナルゥ、ファーレーン、ヘリオンの順に視線を移した。
「君たちこそ、大丈夫か?」
「わ、私達よりもトーゴ様の方が・・・」
「俺のことは気にするな」
ヒミカの言葉を遮るように闘護は言った。
「さぁ、続きを・・・」
パシーン!!
「れ、レスティーナ様・・・?」
ヒミカが目を丸くした。
いや、ヒミカだけではない。
その場にいた全員が唖然とする。
叩かれた闘護ですら。
「自分勝手もいい加減にしなさい!!」
レスティーナは強い口調で叫んだ。
「あなたは、周りにどれだけ心配を掛けているかわからないのですか!?」
「・・・」
「もっと自分を大切にしなさい!!あなたの命はあなただけの物ではないのですよ!!」
レスティーナの瞳には、涙が浮かんでいた。
「・・・」
「わかりましたか!?」
「あ、ああ・・・」
闘護は呆けた口調で頷く。
「わかったのなら、しばらく休みなさい!!」
そう言ってレスティーナは強引に闘護を引っ張ってベンチの上に座らせる。
「・・・」
闘護は目を白黒させてレスティーナを見上げた。
「何ですか?」
「いや・・・その・・・」
闘護は首を振ると、俯いた。
「・・・心配してくれて、ありがとう」
闘護は俯きながらボソリと呟く。
「えっ・・!?」
闘護の言葉に、レスティーナの頬が赤くなる。
「すまなかった・・・ちょっと、無茶が過ぎたな」
そう言って、闘護はベンチの背もたれに背を預けた。
「はぁ・・・」
「・・・大丈夫ですか?」
レスティーナは闘護の頬に手をやった。
「・・・痛かったよ」
闘護は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい」
「・・・どっちかって言うと、心の方に効いたな」
そう言って、闘護はハァとため息をついた。
「そっか・・・俺って、自分の命を粗末にしてるように見えるのか」
「・・・」
「他のみんなも、そう思うかい?」
闘護は、レスティーナの後ろで心配そうに見ているヒミカ達に尋ねる。
「・・・そうですね」
ヒミカがゆっくりと頷く。
「トーゴ様は、自分の命が狙われてもあまり気にしていないと思います・・・」
「ふむ」
ヒミカの言葉に、闘護は腕を組む。
「正直なところ・・・俺は、命を狙われたことはあっても、“死ぬ”って感じたことはないんだよね」
闘護は空を見上げた。
「最初に、謁見の間でエスペリアと戦ったときも、何故か恐怖が湧かなかった・・・全然死ぬ気がしなかったんだよ」
そう言って苦笑する。
「イースペリアの“マナ消失”については・・・」
そこで、闘護は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「トーゴ?」
闘護の態度にレスティーナは眉をひそめた。
「・・・あの時は、悪寒がした」
「悪寒・・・ですか?」
セリアが聞き返す。
「ああ。今、考えると、あれは虫の予感だったんだな・・・ま、とにかくその時だけだよ、恐怖を感じたとしたら。それ以外は、何故か恐怖が湧かなかった。もっと言うなら・・・」
闘護は視線をレスティーナ達に戻す。
「死ぬ気がしなかった」
【・・・】
「ま、ただ鈍感なだけかもしれないけどね」
闘護は肩を竦めた。
「・・・では、トーゴ様は命を粗末にしているわけではない、と?」
セリアの言葉に、闘護は頷く。
「そうだ。俺は、自分を大事にしてる」
『・・・と、思う』
心の中で蛇足な一言を呟く。
「信じていいのですね?」
レスティーナが真剣な眼差しで尋ねた。
「ああ。決して命を粗末にはしない」
闘護は力強く言った。
「・・・わかりました。貴方を信じましょう」
そう言って、レスティーナは優しい笑顔を浮かべた。
「ん・・?」
『あれ?この笑顔・・・何処かで見たような・・・?』
「どうしましたか、トーゴ?」
「あ、ああ・・・別に」
レスティーナに声を掛けられ、闘護は慌てて首を振った。
「さ、さて・・・」
闘護は立ち上がった。
「そろそろ・・・始めるか」
「今度は、無理をしないように」
「わかってるよ」
レスティーナの言葉に、闘護は苦笑しながら頷いた。
「行くよ、ヘリオン、ファーレーン」
【はいっ!!】
─同日、夕方
訓練所
ドサッ・・・
「はぁ・・・」
闘護はベンチに腰を下ろすと、ゆっくりと息をついた。
「ユート様、大丈夫?」
「大丈夫?」
ネリーとシアーが駆け寄ってくるが、闘護は小さく笑って首を振った。
「大丈夫だよ」
「本当ですか?」
ヒミカが心配そうに尋ねた。
「ああ・・・ちょっと休んだら、すぐに詰め所に戻るよ」
「・・・トーゴ」
そこへ、レスティーナが浮かない表情で近づいてきた。
「ん?」
「あの・・・ちょっと、聞いていいですか?」
「何を?」
レスティーナはネリーとシアーに視線を向けた。
「ネリー、シアー。席を外して下さい」
「えぇ?」
レスティーナの言葉に、シアーは目を丸くする。
「ごめんなさい。トーゴと二人で話をしたいのです?」
「・・・わかりました。いこ、シアー」
「う、うん」
ネリーはちょっと不服そうに頷き、シアーと二人で行ってしまった。
「二人きりで・・・何を聞きたいんだい?」
闘護はレスティーナを真っ直ぐ見つめた。
「トーゴは・・・自分が何者であるか、考えたことは無いのですか?」
レスティーナの問いに、闘護は眉をひそめた。
「自分が何者かって・・・?」
「そうです」
「ふむ・・・」
闘護は頭を掻いた。
「神剣魔法が効かない。永遠神剣ではダメージを受けない。普通の武器ならダメージを受ける」
フゥと息をつく。
「“マナ消失”で死なない。神剣魔法をマナに変換できる」
肩を竦めた。
「何者なんだろうねぇ・・・?」
「・・・ですから、尋ねたのですが・・・?」
闘護の問いかけに、レスティーナは面食らった。
「さぁね」
闘護は首を振った。
「わからないな」
「・・・知りたくはないのですか?」
「・・・何でそんなことを聞くんだ?」
「もしも貴方が望むなら、研究所で調べることができます」
「やだね」
闘護は首を振った。
「トーゴ・・・」
「だって、そうなると・・・俺は研究所で調べられるんだろ?モルモットみたいに」
「・・・ですが、そうしなければ調べることは・・・」
「そんなことをしてまで俺は知りたくない・・・と、言うよりも」
闘護は周囲を見た。
『よし。研究者は誰もいないな』
小さく頷くと、闘護はレスティーナを見た。
「俺はね。研究者を信用することができないんだよ」
「研究者・・・を?」
「君が側にいれば、話は別だがね」
闘護は肩を竦めた。
「俺一人だけ、研究所に行って調べられる・・・とてもじゃないけど、そんな危険なことは出来ない」
「何故、信用できないのですか?」
「クソ野郎の息がかかってないと言えるかい?」
「!」
「だから、調べるつもりはない・・・それに」
「それに?」
「何故か、俺は・・・自分を知りたいと思ったことが、あまりないんだよ」
闘護はそう言って、ポリポリと頭を掻いた。
「・・・どういうことですか?」
「確かに、俺はこの世界では間違いなく特殊な存在だろう。エトランジェでもないし、人間でもない。まして、スピリットですらない」
「・・・」
「だけど・・・今の俺は、自分が望む行動をしている。ならば、それでいいじゃないか」
闘護はニヤリと笑った。
「正直、俺は自分が何者であろうと、自分の望むままに行動できるのなら構わない。わざわざ知りたいとは思わないね。第一、面倒くさい」
「そ、そうですか・・・」
闘護の回答に、レスティーナは面食らった。
「少なくとも、今は自分が何者か知らなくても困ってないしね」
「わかりました。ならば、無理には勧めません」
「悪いね。わざわざ提案してくれたのに」
「いいえ、構いませんよ。ですが、もしも気が変わったなら、何時でも相談して下さい。是非、協力しますから」
「ありがとう。もしも、本当に自分が何者であるか知りたくなった時は、お願いするよ」
「ええ」
─聖ヨト暦331年 レユエの月 緑 四つの日 夕方
訓練所
「大丈夫ですか・・・?」
作業を終えてベンチで休んでいる闘護に、レスティーナは心配そうに声を掛けた。
「ああ・・・」
「今日で、目処が立つ量のマナを確保することが出来ました」
「そうか・・・これで、誤魔化せるだろう」
「誤魔化す・・・?」
闘護の返答に、レスティーナは眉をひそめた。
「どういうことですか?」
「・・・」
闘護は周囲を見回す。
セリア達は技術者と共に設備を運びに行ったため、この場には闘護とレスティーナしか残っていない。
「誰もいないな・・・」
「トーゴ・・・?」
「今から話すことは俺の推測だ・・・だから間違ってるかも知れないんだが・・・」
「何ですか?」
「実はね・・・」
闘護はレスティーナを見た。
「これまでの作業・・・多分、意味がない」
「意味がない?」
「ヒミカ達の神剣魔法をマナに返す・・・確かに、観測できるマナは多いだろう。神剣魔法の威力に比例した量のマナが発生してるんだから」
そう言って、闘護は小さく首を振った。
「だが、考えてみてくれ・・・神剣魔法を放っていたヒミカ達はどうなっていた?」
「どうなっていた・・・?」
「疲労していただろ」
「え、ええ・・・」
「つまり体力を消費して、神剣魔法を詠唱している・・・違うか?」
闘護の問いに、レスティーナは頷く。
「その筈ですが・・・それが?」
「消費した体力を戻すためにはどうするか?答えは、食事や休息・・・加えて、スピリットの育成にはエーテルが必要になる」
闘護は小さくため息をつく。
「今までレベルアップに利用していたエーテルの一部は、確実に神剣魔法で外部に放出・・・回復するために、新たにエーテルを使う」
「あっ・・・!!」
レスティーナが声を上げた。
「気づいたみたいだな・・・」
闘護は、我が意を得たりと頷く。
「つまり、育成に用いたエーテルを、再びマナに変換しただけに過ぎない・・・と?」
「そう。だから、この作業は・・・何の意味もない」
闘護は首を振った。
「ですが、それは予測では・・・」
「確かにそうだ。だが、根拠もあるにはある」
「根拠?」
「神剣魔法の威力・・・日が経つにつれて、少しずつ落ちてたよ」
「・・・」
「おそらく、今まで彼女たちの強化のために注いだエーテルが減少したからと考えられないか?」
「・・・考えられます」
レスティーナは神妙な面持ちで頷く。
「俺の推測は、そこから来ているんだ。だから・・・例えば、敵の神剣魔法に対して同じ事をしても・・・今度は、その敵が消滅した際に発生するマナが減少する。結果的に、取得するマナの量は変わらないだろうね」
「では、これまでしてきたことは・・・」
「イースペリアの復興に必要なマナを“一時的に”確保することはできる。約束を破った訳じゃない・・・誤魔化しではあるが、な」
「・・・」
「近いうちにサルドバルトと戦う事になるだろう・・・その時に得るマナをイースペリアの復興に回してくれ」
「わかりました・・・」
「頼むぜ」
闘護は背もたれに背を預けた。
「トーゴ・・・」
「ん?」
「貴方は・・・どうして、イースペリアのことを気にするのですか?」
「・・・」
「貴方がイースペリアの為にそこまで頑張る必要は・・・」
「俺はイースペリアの救援に失敗した」
闘護はボソリと呟いた。
「俺は、イースペリアで戦って・・・そして、結局誰も助けられなかった」
「トーゴ・・・」
「だからこそ・・・今、生き残り、難民として生活に窮している人々の為に出来ることがあるのなら、俺はやる」
「・・・」
心配そうな視線を向けるレスティーナに、闘護は苦笑した。
「ま、無茶はしないさ。約束したろ、命は粗末にしないって」
─聖ヨト歴331年 レユエの月 緑 五つの日 朝
謁見の間
「・・・」
差し出された報告に、王は絶句した。
「これで、目処は立っただろ」
闘護は疲れ切った口調で言った。
「・・・」
「スピリットの処刑は中止だ」
闘護はそう言って王に背を向けた。
「あ、そうだ」
しかし、すぐに後ろを振り返る。
「約束通り、二度と俺にちょっかいをかけるな」
そう言ってジロリと睨んだ。
「・・・」
絶句したままの王はなにも言えずに硬直している。
闘護は小さく肩をすくめると、謁見の間から出て行った。
「・・・何なのだ、ヤツは?」
王は信じられないような口調で呟いた。
「ストレンジャーです」
レスティーナが冷静な口調で答えた。
「・・・」
「約束に従い、トーゴには今後手出しをせぬようにしましょう」
「し、しかし・・・」
王はそれでも納得がいかない表情を浮かべる。
「約束を違えれば、父様の命が危険です」
レスティーナの言葉に、王は真っ青な顔をする。
「父様」
「ぐぅ・・・くそっ!!」
王は悔しげにうつむいた。
その様子に、レスティーナは安堵の息をついた。
『トーゴの方法は、根本的にマナを増やす方法ではない。しかし、父様はこれ以上トーゴに手を出すことはない・・・』
レスティーナは小さく拳を握りしめた。
『よかった・・・本当に、よかった・・・』
─同日、朝
城の廊下
「くっ・・・」
ガッ
外に出るなり、闘護は膝をついた。
「はぁはぁはぁ・・・」
【トーゴ様!!】
外で待っていたヒミカとセリアが慌てて闘護に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
ヒミカが闘護の左肩を抱いた。
「ちょっと・・・疲れた、かな」
闘護はそう言って苦笑する。
「早く休みましょう」
闘護の右肩を抱いたセリアが言った。
「ああ・・・」
二人に支えられながら、闘護は歩き出した。