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─聖ヨト歴330年 スフの月 黒 五つの日 昼
 サモドア郊外

 ラキオス王国スピリット隊は、サモドアを臨む丘に到着した。

 「・・・結構数がいるな」
 闘護は双眼鏡をのぞき込みながら呟いた。
 「ここを落とされたら、バーンライトは終わりだから当然だろ」
 悠人が素っ気なく言う。
 「・・・」
 闘護は黙って双眼鏡を覗き続ける。
 「なぁ、もう十分以上そうやってるけど・・・何を見てるんだ?」
 痺れをきらした悠人が尋ねた。
 「指揮官を捜してるんだよ」
 「指揮官?」
 「そうそう・・・あ」
 双眼鏡の動きが止まった。
 「どうした?」
 「見つけたよ・・・」
 闘護は双眼鏡から目を離すと、皮肉っぽく笑った。
 「奥に引っ込んでる。流石に、城から出てるけどな」
 「・・・」
 悠人は訝しげに闘護を見つめた。
 「で、どうするんだ?」
 「正面突破で行こうか」
 闘護は後ろに控えているスピリット達を見た。
 「君たちには、スピリット達を相手にして貰う」
 【はいっ!!】
 「悠人」
 闘護は続いて悠人を見る。
 「君には、俺の護衛をして貰う」
 「お前の護衛?」
 「そうだ」
 「必要あるか?お前に護衛なんて?」
 悠人の言葉に、闘護は目を丸くし、次いで苦笑する。
 「キツい言葉だな・・・まあ、確かにスピリットから守るって意味では、護衛はいらないな」
 「じゃあ、どういう意味なんだよ?それに何だよ、その格好?」
 悠人は訝しげに闘護を見た。
 「ん・・・ちょっとな」
 闘護は言葉を濁す。

 闘護の服装は、戦闘服の下に小さな鉄板を張り合わせた鎧と籠手をつけている。
 普段着ている、学校の制服は着ていなかった。

 「ま、それはともかく・・・」
 闘護は悠人を見た。
 「俺は指揮官に攻撃を仕掛ける」
 「・・・は?」
 闘護の言葉に、悠人は目を丸くする。
 「だから、頭をやるんだよ。俺は」
 「・・・」
 「何だよ?何か問題があるのか?」
 「・・・いや」
 悠人は首を振った。
 「そんな簡単に指揮官に攻撃できるのか?」
 「難しいね」
 闘護はあっさりと答える。
 「だったら・・・」
 「それでもするんだ」
 悠人の言葉を遮るように闘護は言った。
 「この戦いは、俺が指揮をすると言っただろ」
 「・・・」
 悠人は渋い表情をしながらも沈黙する。
 「トーゴ様」
 その時、エスペリアが口を挟む。
 「なんだい?」
 「ユート様の言う通りです。指揮官を狙うのは難しいかと・・・」
 「する」
 闘護ははっきりと言う。
 「何故ですか?」
 「・・・」
 エスペリアの問いに、闘護は肩を竦める。
 「トーゴ様?」
 「いずれ、わかるよ」
 それ以上の質問は聞かないとばかりに闘護は首を振った。
 「さぁ、行こうか」
 闘護は前に進み出た。


 スピリット同士の戦いは、剣と魔法の応酬である。
 それは、ファンタズマゴリアの人間には到底こなすことの出来ない壮絶な死闘となる。
 戦いが始まって三十分が過ぎた。

 「さて・・・」
 少し離れたところで戦いを見ていた闘護はゆっくりと立ち上がった。
 「行くぞ、悠人」
 「・・・」
 悠人は酷く不機嫌な表情で闘護を睨む。
 「何だよ?」
 「何がしたいんだ、お前は?」
 「?」
 「こんなところで!!」
 グイッ!!
 悠人は闘護の胸ぐらを掴みあげる。
 「ただ戦いを眺めてるだけで・・・何がしたいんだ!?」
 「・・・気分はどうだ?」
 闘護は顔色一つ変えずに尋ねる。
 「最悪だよ!!」
 悠人は投げ出すように闘護の胸ぐらを放った。
 『俺一人、こんな安全なところで突っ立ってるだけ・・・くそっ!!』
 「こんな所でじっとしてるくらいなら、俺はもう行くぞ!!」
 悠人は我慢できずに叫ぶ。
 「・・・そうか」
 闘護はそう呟くと、一歩前に出た。
 「・・・闘護?」
 「行こうか」
 そう呟くなり、闘護は戦線に向かって走り出す。
 「お、おい!!」
 慌てて悠人は闘護を追いかける。

 戦線は入り乱れているが、各軍の戦闘服の違いから、ラキオス、バーンライト両軍の識別はついている。
 スピリットは、人間と違い神剣の気配を感じるため、同士討ちは滅多にしない。
 そして、そんな混戦状況に闘護が飛び込んでくる。
 当然、バーンライトのスピリットは闘護を知らないため、敵と見なして襲ってきた。

 「闘護!!」
 二人のブルースピリットが闘護に飛びかかる。
 「ちっ!!」
 ガキガキーン!!
 繰り出された攻撃を、闘護は両腕の籠手で受け止める。
 「邪魔だっ!!」
 ガシガシン!!
 【!?】
 闘護は強引に二人をはじき飛ばすと、再び駆け出す。
 「と、闘護・・・?」
 そんな闘護を見て、悠人は呆然と立ち止まる。
 しかし、闘護は立ち止まった悠人を放って駆け続ける。
 続いて、レッドスピリットが遠目から闘護に向かって神剣魔法を詠唱する。
 「フレイムレーザー!!」
 無数の炎の槍が闘護に向かって降り注ぐ。
 「ぬぐぅ!!」
 闘護は頭を抱えてしゃがみ込む。
 バシュバシュバシュバシュウ!!
 闘護に命中した炎の槍は全て白い煙となって消滅する。
 「!?」
 神剣魔法が消滅したことに、唱えたレッドスピリットが唖然とする。
 闘護はすぐに立ち上がると、そのまま駆け出す。

 「な、何者だ・・?」
 先程闘護達がいた場所とは、戦線を挟んで反対側・・・
 二人のグリーンスピリットと一人のブラックスピリットに守られた指揮官の人間は呆然としていた。
 「なぜ、スピリットの攻撃を受けて平気なのだ!?」
 「・・・」
 スピリット達は、指揮官の言葉に反応することなく沈黙している。
 「ちっ!!」
 指揮官が吐き捨てる。
 しかし、その間に闘護は近づいてきている。
 「おい、お前ら!!あ、アイツを何とかしろ!!」
 指揮官は闘護を指さして叫ぶ。
 【・・・】
 三人のスピリットは前に出た。

 『黒が一人に緑が二人・・・!!』
 指揮官の所まであと200メートルに迫った闘護は更に駆け出す。
 その時、三人のスピリットが向かってくる。
 『まずは黒・・・』
 闘護は一気に神経を集中してブラックスピリットの手を凝視する。
 「・・・」
 ブラックスピリットは腰に差した神剣の柄を握る。
 『来るっ!!』
 闘護は無理矢理その場で足を止めようとした。
 ズシャァ!!
 地面を抉りながら闘護は一気に減速する。
 「!?」
 その動きで、僅かにブラックスピリットの腕が止まる。
 『今だっ!!』
 闘護はまだ止まらない状態で、そのまま慣性の法則の勢いにそって、再び走り出す。
 そして、止まる前の速度まで一気に加速する。
 ミシミシィ・・・
 『ぐっ!!いつっ!!』
 無茶苦茶な動きをしたため、体中の関節が悲鳴を上げる。
 しかし、それでも闘護は走る。
 「っ・・!!」
 闘護の動きに、ブラックスピリットは剣を抜く。
 しかし、闘護の急ブレーキでタイミングをずらされたブラックスピリットの剣は、闘護の腹を薙ごうとして・・・
 ガシッ!!
 「!?」
 ブラックスピリットの神剣を持った方の腕が、闘護の腕にぶつかり止まる。
 神剣は鞘から抜くことが出来ず、ブラックスピリットは硬直する。
 更に、そのまま闘護は突進を止めない。
 ドゴォッ!!
 「あぅ!?」
 ブラックスピリットは闘護に弾き飛ばされて地面に転がった。
 その横を通過して、闘護は走り続ける。
 【!!】
 しかし、今度はブラックスピリットの後ろにいた二人のグリーンスピリットが永遠神剣を突き出してくる。
 「くっ!!」
 ジャッ!
 闘護は地面を蹴って宙に飛ぶ。
 【!?】
 闘護の身体は、そのままグリーンスピリットを飛び越える。
 ドンッ!!
 闘護は飛び越える直前、グリーンスピリット達の肩を押した。
 【!?】
 グリーンスピリット達も、神剣を突き出した勢いが止まらずそのまま前のめりになる。
 その隙に、闘護は地面に着地すると、スピリット達を尻目に一気に走り出す。

 「ひ、ひぃっ!?」
 守るスピリットがいなくなった指揮官は恐怖一色の顔になる。
 闘護はあっという間に指揮官との間合いを詰めていく。
 「うあああ!!!」
 指揮官は耐えきれず、闘護に背を向けて逃走しようとする。
 しかし、闘護の脚力は指揮官との距離を既に5メートルにしていた。
 タンッ!!
 闘護は地面を蹴ると、一気に指揮官との間合いを詰める。
 そして、左手を四本貫手にすると、指揮官の背中に向けて突き出す。
 ドシュッ!!!

 「あ・・が・・・」
 指揮官の口がパクパクと声にならない声を上げる。
 「・・・」
 闘護は酷く冷静な表情で沈黙する。
 ポタ・・・ポタ・・・
 闘護の左手は、正確に指揮官の左の背中─心臓を貫いていた。
 こぼれ落ちる血は、闘護の左手を朱色に染めていく。
 「・・・」
 闘護は右手を指揮官の右肩に添えると、グイッと押し出した。
 ドサリ・・・
 指揮官は左胸に大きな穴を開けた躯となり地面に落ちた。
 闘護はゆっくりと振り向いた。
 「・・・」
 その顔には、何の表情も浮かんでいない。
 「バーンライト王国のスピリットに次ぐ!!」
 闘護は大声で叫んだ。
 「お前達の指揮官は討ち取った!!これ以上の戦闘は無意味だ!!」
 闘護は血だらけの左腕を掲げた。
 「降伏しろ!!」


─聖ヨト歴330年 スフの月 黒 五つの日 夜
 サモドア郊外

 「その手・・・洗ってないのか?」
 悠人は闘護の左手を見た。
 「・・・」
 闘護は何も言わずに、沈黙している。
 「・・・なぁ。お前、何がしたかったんだ?」
 悠人が尋ねた。
 「・・・さて」
 闘護はため息をついた。

 戦闘は、結局指揮官が倒れても続いた。
 その後、日が落ちて両軍は撤退。ラキオス軍は丘に戻っていた。
 闘護と悠人は、キャンプから少し離れた所に二人でいる。

 「わからずに、あんなことをしたのか?」
 悠人が眉をひそめる。
 「・・・流石に、そこまでバカじゃない」
 闘護は肩を竦める。
 「じゃあ、何であんな事をしたんだよ?」
 「・・・」
 闘護は自分の左手を見る。
 月明かりに照らされた左手は、まだ洗い落としていない血が固まってパリパリと音を立てる。
 「指揮官が倒れると、普通部下は逃げる」
 闘護はゆっくりと呟く。
 「だが、スピリットは逃げない・・・どうしてか、わかるか?」
 闘護は悠人を見た。
 「逃げようがなかったんじゃないのか?サモドアが陥落したら、バーンライトは滅亡するんだから」
 悠人の答えに、闘護は頷く。
 「成る程・・・確かに、それはあるな」
 「何だ、その言い方・・・他に何かあるのか?」
 悠人の問いに、闘護はハァと息をつく。
 「降伏・・・しなかったのはどうしてだ?」
 「・・・降伏?」
 「指揮官を殺してから、俺は言っただろ・・・“降伏しろ”と」
 「あ・・・」
 「俺はな・・・」
 闘護は再び天を仰いだ。
 「指揮官を倒すことで、戦いを終わらせられればいいと思っていた。指揮官が死ねば戦いが終わると思った・・・」
 そう言って自嘲の笑みを浮かべる。
 「だが、実際はそうではない。スピリットにとっては指揮官が死のうが生きようが関係ない。ただ、戦い続ける」
 闘護は悠人に視線を移す。
 「そしてバーンライトのスピリットは、“本当に自分が危機に追い込まれた”時に、漸く逃げようとする・・・本能に忠実という事だ」
 「・・・」
 「ラキオスのスピリットを見てみろよ。アセリアやナナルゥはともかく、他のメンバーは皆、自我を持っている。意志を持っている。理性を持っている。だから、彼女たちは自分で考える事が出来る」
 「・・・」
 「バーンライトのスピリットはハイロゥが黒に変色していた。戦いに特化している証らしいが・・・あれじゃあ、ただの動物だよ。命令に忠実な、本能に忠実な、ね。嫌な言い方をするなら・・・人形と同じだ」
 「闘護・・・」
 「そして、人間は人形を操るんじゃない・・・命令を与えたら、後はほったらかしで、人形は勝手に動く。指揮官とはいえ、ただのお飾りだ」
 闘護は唇をかむ。
 「そんなお飾りをつぶしたところで意味はないんだ。そう、人間を倒しても意味がない。スピリットを倒さない限り、戦いは終わらない・・・それが、俺が今日の戦いで学んだ教訓だ」
 「教訓・・・」
 「そう。教訓」
 闘護は肩を竦めた。
 「悠人。君は、今日の戦いで何か教訓を得なかったか?」
 「教訓・・・」
 「例えば、最初・・・戦いに参加せずに安全な場所で見ていた時、何を思った?どう感じた?」
 闘護の言葉に、悠人は眉をひそめる。
 「最悪だった・・・みんなが戦ってるのに、自分は安全な場所でのうのうとしている・・・何をやってるんだって、思ったよ」
 「だろうな」
 闘護は肩を竦めた。
 「そしてそれが、俺のいつも感じている思いだ」
 「え・・・?」
 闘護の言葉に、悠人は目を丸くする。
 「俺の場合は・・・戦場に出て、それと同じ思いに駆られる。仲間を庇うことは出来ても、敵を倒せない、スピリットに殺されない以上、どうしても自分が狡いと思わずにはいられない」
 「闘護・・・」
 「で、だ」
 闘護は左手を悠人に突き出した。
 「前に君が俺に言った言葉・・・俺には殺し、殺される者の気持ちがわからない・・・」
 「・・・」
 「確かに、俺はスピリットを殺せないし、スピリットに殺されることは・・・多分ないだろう」
 闘護は突き出した左手を握りしめる。
 「だが、人間を殺すことは出来る。そして人間に殺される可能性もあるんだ」
 「・・・」
 「見ろよ、この左手を」
 闘護は左手をかざした。
 「人間を殺した手だ・・・血で汚れている」
 「・・・」
 「なぁ、悠人」
 闘護は悠人を見た。
 「お前はスピリットを何人も殺したが・・・血で汚れたことはあるか?」
 「・・・」
 沈黙する悠人に、闘護は首を振った。
 「スピリットは死んだらマナの霧になる。体中にこびりついた血も、切り裂いた衣服も・・・全てが霧となり、何も残らない」
 闘護は唇をかむ。
 「死体が残らないということは、死んだことを実感しにくい」
 「そうなのか・・・?」
 悠人は首を傾げる。
 「例えば、災害で行方不明が何人ってニュースを聞いたことがあるだろ」
 闘護は悠人を見た。
 「行方不明だから、死んだとは違う。九分九厘死んだと思えても、間違いなく死んだかどうかは・・・遺体が見つからない限り確信は持てないと思う」
 「それは・・・確かに」
 悠人は呟く。
 「だから、死体の残らないスピリットの死は実感しにくい所がある。だが、人間は違う」
 闘護は左手に視線を落とす。
 「人間は死んでもマナの霧にならない。こびりついた血も、肉も、全て残る」
 闘護は自嘲の笑みを浮かべる。
 「人間は殺しても死体が残る。残った死体を見れば、その人間が死んだということがはっきり理解できる。スピリットは死んでも死体が残らない・・・人間が、スピリットが死ぬことに抵抗感を持たない理由の一つは、おそらくそれだろう」
 闘護は悠人を見た。
 「死んだら消える。自分がしたこと・・・殺した証拠が消えるんだ。ちゃんと殺したことを考えない限り、実感は残らないだろう」
 「・・・そう、なのか?」
 「じゃあ、虫を踏みつぶしたときに、虫を殺したとはっきりと思うか?意識せずに、殺したと実感するか?」
 「そ、それは・・・」
 「無意識のうちに殺しているから、殺したって実感がない・・・だから、殺したと思わないんだ。おそらく、この世界の人間にとって、スピリットの死はそういう意味で虫の死と変わらないんだろうな・・・」
 闘護は苦い表情で続ける。
 「だが、人間を殺した場合は・・・死体がマナの霧にはならない。だから、殺した事実から逃げるのは難しい」
 闘護は再び左手に視線を落とした。
 「俺たちは、この世界の人間じゃないから、スピリットを殺そうが人間を殺そうが、同じように感じる。だが、この世界の人間はスピリットの死に無頓着だし、スピリットも殺し合いに無頓着なところがある」
 「・・・」
 沈黙する悠人に、闘護は苦笑する。
 「オルファの場合も、そうだ。“死”を理解してないから、“死”に対して無頓着なんだ。だけど、“死”ってのはそんな軽いものじゃない。命は失われればそれっきりだ。違うか?」
 「それは・・・だけど・・・」
 何か言い返そうとした悠人を差し置いて、闘護は続ける。
 「だからこそ、命は尊い。その尊き命を奪い合うこと・・・どんな理由があっても、それを楽しむような真似はしてはいけないと、俺は思う」
 「闘護・・・」
 「スピリットを殺せない俺に何かを言う資格はない・・・お前はそう言った」
 闘護は悠人を見る。
 「だが、俺は人を殺せるし殺した。スピリットでなくても、殺した事実には変わらない・・・そうだろ?」
 闘護の問いかけに、悠人は苦い表情で頷く。
 「ああ・・・」
 「俺にだって、殺す気持ちはわかる。殺される気持ちは確かに、君たちに比べれば少ないかもしれないが・・・代わりに」
 闘護は悠人を見た。
 「お前が今日感じた無力感・・・仲間は戦ってるのに自分は戦えない。その苦悩を背負う」
 「闘護・・・」
 「なぁ・・・俺には殺し合いについて何かを言う資格はないのか?」
 「・・・いや」
 悠人は小さく首を振った。
 「悪かった・・・俺は、お前の苦悩がわからなかった」
 「・・・」
 「だけど・・・」
 悠人は沈痛な表情を闘護に向けた。
 「それでも・・・今は、生き残るために戦うしかない。その為に、殺すことをためらうべきじゃない・・・俺はそう思う」
 「・・・」
 「殺すことを楽しむのは良くないさ。だけど、そうでもしないと・・・罪の意識に押しつぶされるんじゃないのか?」
 「・・・」
 「だから、俺はこれ以上オルファを責めたくない」
 「・・・そうか」
 闘護は小さくため息をついた。
 「すまん・・・」
 「ちゃんと考えて結論を出してるんだから、謝る必要はないよ」
 闘護は首を振った。
 「いつか、殺しを楽しむことがどういうことなのか、考えることになると思う・・・けど、今は生きることだけを考えるよ」
 悠人の言葉に、闘護は納得したように頷く。
 「わかった。だけど、これだけは憶えておいてほしい」
 闘護は悠人の顔をのぞき込んだ。
 その表情には、悲しみの色が浮かんでいる。
 「犠牲は、絶対に少ない方がいいって事を・・・」
 そう言い残して、闘護は歩き出した。
 「闘護!」
 その闘護を悠人は呼び止める。
 「何だ?」
 「その手・・・洗っておけよ」
 「・・・ああ」
 闘護は振り返ると、小さく苦笑する。
 「明日の指揮は、お前に任せるよ」
 「わかった」
 「じゃあ、お休み」
 闘護はキャンプへ戻っていく。
 一人、残った悠人は空を見上げた。
 「闘護も苦しんでいた・・・」
 悠人は呟く。
 『殺せない闘護に、殺すことを非難されるのは腹がたった・・・俺たちの気持ちがわからないくせに、何を言ってるんだって思った・・・』
 自分の拳を見つめる。
 『だけど、闘護は人を殺すことが出来たし、殺した・・・人とスピリットの違いはあっても、殺すことの重さを感じていたんだ・・・』
 小さくため息をつく。
 『そして、闘護はスピリットを殺せないことに苦悩していた・・・戦うことが出来ないことを苦悩していた・・・』
 悠人は天を仰いだ。
 「闘護だって、戦うことの重さを・・・感じていたんだ・・・」


─聖ヨト歴330年 スリハの月 青 一つの日 朝
 サモドア

 次の日、ラキオスのスピリット隊は再びサモドアに攻撃を仕掛けた。
 バーンライトのスピリットは、前日の戦いで大分消耗しており、悠人達はあっという間に押し切ると、そのまま城壁の中になだれ込んだ。

 城を背後に、最後のスピリット達が守りの壁を作っている。
 「・・・突入する」
 堅い守りの敵を前に呟くと、アセリアはスラリと【存在】を引き抜いた。
 「アセリア!早まってはいけませんっ!!待ちなさい!!」
 アセリアはエスペリアの制止も聞かずに、敵の中に突入していった。
 戸惑うこともなく、剣を向けて突進する姿は、まるで死にに行くようにも見えた。
 「オルファの方がいっぱい殺しちゃうもん♪アセリアお姉ちゃんには負けないんだから」
 そう言って、オルファリルは剣を振り回しながら、敵の真っ直中に突っ込んでいく。
 「やめろっ、やめるんだアセリアァ!オルファ!!」
 『ダメだ・・・こんな戦い方をさせては!!』
 「ユート様!アセリアを追いましょう!!あの娘は、傷つくことを恐れません。剣の声に純粋すぎますっ!!」
 「くそっ!!何で、そんなに危険に飛び込むんだよ!!死にたいのかよっ!?」
 『人が死ぬのは、もう沢山なんだ!!』
 心の中で絶叫する。


 城門を突破しようとしている悠人達。
 一方、闘護とセリア、ナナルゥは城の外で抵抗しているバーンライトのスピリット達と交戦していた。

 「ライトニングファイア」
 ボォオオオオ!!!
 ナナルゥの詠唱が完了した瞬間、前方の敵スピリット二体は炎の柱に包まれる。
 【キャアアアアア!!!】
 「とどめっ・・・!!」
 次いで、セリアが【熱病】を振り上げて前方に飛び込む。
 「はぁっ!!」
 ザシュッ!!
 炎に包まれたままの敵スピリットを、同時に二体とも切り裂く。
 「ハァッ!!」
 「っ!?」
 その時、炎の後ろからレッドスピリットが飛び込んでくる。
 ガキーンッ!!
 「くっ・・」
 「・・!!」
 セリアは咄嗟に【熱病】で受け止める。
 その時、炎が消えて・・・
 「っ!!しまっ・・・!!」
 その向こう側では、別のレッドスピリットが詠唱を始めていた。
 「セリアさん・・・!!」
 ナナルゥが飛び出すが、詠唱を始めているスピリットとの距離がありすぎる。
 「フレイムシャワー!!」
 ガシンッ!!
 詠唱を終えた瞬間、セリアと鍔迫り合いをしていたスピリットが横に飛ぶ。
 「くっ・・!?」
 「・・・!!」
 体勢の崩れたセリアと、セリアに駆け寄ったナナルゥに火の飛礫が降りかかる。
 その時、
 ドンッ!!ズサッ!!
 【!?】
 突然、二人の背後から何かがぶつかる。
 そして、その衝撃で地面に倒れた二人の上に何かが乗っかかる。
 バシュバシュバシュバシュバシュ!!
 その上に、無数の火の飛礫が命中し・・・白い煙を上げて消滅する。
 【!?】
 敵スピリットは唖然として二人の上の何かを凝視する。
 「・・・大丈夫か?」
 二人の上から聞こえた声は・・・
 「ト、トーゴ様!?」
 セリアが驚愕の表情で叫ぶ。
 「・・・」
 ナナルゥも、普段に比べて僅かに目を見開いていた。
 「どうやら、大丈夫みたいだな」
 闘護はそう呟くと、二人の上から退いた。
 「さて・・・」
 闘護は目の前の敵スピリットをジロリと睨む。
 【!!】
 敵スピリットは恐怖の表情で後ずさる。
 「・・・二人とも、まだ戦えるか?」
 闘護は、背後で立ち上がった二人に尋ねる。
 「は、はい!!」
 「戦えます・・・」
 「だったら、後は頼むぞ」
 闘護はそう言って後ろに下がった。
 「えっ・・!?」
 セリアが、戦場には不似合いの間抜けな声を上げる。
 「何故ですか・・・?」
 ナナルゥの問いに、闘護は肩を竦めた。
 「おいおい、忘れたのか?俺はスピリットと戦えないだろ」
 「・・・あ」
 今度は、ナナルゥが間抜けな声を上げる。
 「ほれ、敵はまだ動揺してるぞ」
 闘護の言葉通り、敵スピリットは未だに攻撃するかどうか迷っている。
 「は、はいっ!!」
 「わかりました」
 二人は前に出た。


─聖ヨト歴330年 スリハの月 青 一つの日 昼
 バーンライト王国、陥落した城で・・・

 日も高くなった頃・・・遂に、最後のバーンライト王国のスピリットが倒された。
 城を守るスピリットが消滅し、後方に控えていたラキオス王国の兵士がなだれ込むと、王城は実にあっけなく陥落する。
 殺到し、勝ちどきを上げるラキオス兵士達は、戦い傷ついたスピリット達には目もくれず、ただラキオス王国─人間の勝利に酔っていた。

 「ちっ!」
 闘護は煙の上がる街の中を見て回る。
 「何で中に逃げたんだ・・・市街戦なんかすれば、街に被害が出るぐらいわかるはずなのに・・・!!」
 悔しそうに叫ぶ。

 バーンライトのスピリットは、城外でラキオス軍に押されてサモドア内に引いてしまった。
 その結果、雪崩れ込んだラキオス軍と市街戦を繰り広げることになり、サモドアの住民は逃げまどい、町は破壊されたのだ。

 「それは、指揮官の考え方次第です」
 隣を歩くセリアが呟く。
 「指揮官が市街戦を望めば、スピリットは従うしかありません」
 「馬鹿な!市街戦に持ち込んでどうする!?」
 闘護は叫ぶ。
 「既にバーンライトのスピリット隊は壊滅状態。残った数少ないスピリットで行える作戦は、隠れて戦うしかないでしょう」
 「神剣の気配を感じるスピリット同士、隠れようがないだろ」
 セリアの言葉に闘護は首を振る。
 「くそっ・・・!!」
 「トーゴ様・・・何を怒ってるのですか?」
 セリアは訝しげに尋ねた。
 闘護は立ち止まると、キッとセリアを睨んだ。
 「俺はな。無駄に血が流れる事だけは避けたいんだよ!!」
 「トーゴ様・・・」
 「見ろ!!」
 闘護は周囲を指さす。
 既に住民は全て何処かに逃げたのか、聞こえるのは崩れた家から燃え上がる火の音と、遠くの喧噪だけだった。
 「これだけ街を破壊して・・・立ち直るのに、どれだけの時間がかかると思う!?」
 「ですが、これが戦いなのです」
 「戦いね」
 闘護は酷く不愉快そうに鼻を鳴らした。
 「どうせ、まともに戦うのはスピリットだ。人間様は安全なところで高みの見物をするだけ」
 闘護の言葉にセリアは眉をひそめる。
 「トーゴ様、そのようなことを言うのは・・・」
 「スピリット同士の戦いに勝てばいいんだろ。わざわざ戦いに関係のない住民を巻き込む必要はない!!」
 闘護は悔しそうに叫ぶ。
 「・・・トーゴ様は、どういう戦いを望んでいたのですか?」
 セリアの言葉に、闘護は唇をかむ。
 「最初は、頭を倒せば終わればいいと思っていた。だが、それではダメだった」
 闘護は苦い表情で呟く。
 「次は、スピリットを制圧すればいいと思った。だが、それもこういう事態に陥った」
 「・・・」
 「一体、この世界の戦いって何なんだ?」
 闘護はセリアを見る。
 「スピリット同士の戦いじゃないのか?こんな風に、街にも大きな被害が出るのか?」
 「トーゴ様・・・」
 「リーザリオ、リモドアでも街に被害が出た。戦うのはスピリットでも、人間に被害が出るのは・・・っ!?」
 突然、闘護は口をつぐむ。
 「トーゴ様?」
 「戦争を始めるのはスピリットじゃない・・・戦争を起こしているのは人間・・・」
 闘護は悔しげに呟く。
 「畜生・・・これが戦争か」
 『戦争を起こすのは国なのに・・・被害を受けるのは国民か・・・』
 闘護は戦争の現実に愕然とする。
 「戦争で苦しむのは国民・・・それは、現代でもファンタズマゴリアでも変わらないのか」
 「トーゴ様・・・」
 「そして、戦うのはスピリット・・・くそっ」
 『何なんだ・・・このモヤモヤとした嫌な気分は・・・』
 闘護は悔しげに唇をかんだ。
 「・・・行きましょう。ユート様達が待っています」
 セリアは冷静に言葉を掛ける。
 「・・・ああ」
 闘護は苦悩の表情のまま頷く。


 喧噪の中、悠人は戦闘で傷ついたアセリアに急ぎ駆け寄った。
 「アセリア!!大丈夫か?まさか、どこか斬られたのか?」
 戦いを終えて、その場にうずくまるアセリア。
 白い服に付いた返り血が、金色の霧になり、蒸気のように立ち上っている。
 『アセリア自身が怪我をしたわけじゃないみたいだな』
 悠人はほっと胸をなで下ろす。
 「ほら、捕まれ」
 「・・・ん。べつに」
 悠人は手をさしのべるが、アセリアは素っ気なく答えるだけだった。
 だが、まだ力が戻らないのか、立ち上がろうともしない。
 『消耗しているのか・・・無理もない。敵の真っ直中に切り込んで・・・』
 「・・・いくら何でも無鉄砲すぎるぞ!!」
 「・・・」
 悠人の怒号に、アセリアは眉一つ動かさない。
 「あんな事を繰り返してたら・・・いつか死ぬぞ」
 「別に、いい・・・」
 アセリアは悠人の手には触れようともせずに【存在】を握りしめる。
 相変わらず無表情のままで、悠人の目も見ない。
 叱られたとでも思ったのか、無言で横を見るのみである。
 悠人は、伸ばした手をそのままに、アセリアの横顔を見つめた。
 『・・・まるで子供だよ』
 悠人はため息をつく。
 「アセリア、ユート様に対して失礼じゃありませんか。ユート様は私たちの主人なのですから」
 アセリアの態度に痺れを斬らしたエスペリアが、静かな迫力を秘めた口調で叱りつける。
 「ユート様の言いつけは聞かなければなりません」
 「エスペリア、いいんだ。俺は気にしてないから。大丈夫だよ」
 「でもユート様。隊長命令を、主人の命を聞かないのは、スピリットとしてはあってはならないことなのです。私たちは戦うために存在しているのですから」
 エスペリアも、戦うための存在であることを強調する。
 『前もそうだったけど、俺が隊長になった日からいっそう強く言うようになったよな・・・』
 悠人は僅かに視線を伏せる。
 『エスペリアもアセリアも・・・どうして、みんな死んでいいとか、戦うためになんて、口にするんだよ』
 悠人の気持ちなど知らないのか、エスペリアは更に詰め寄って言葉を重ねようとする。
 「いや、いいんだ・・・エスペリア、悪いけど黙っていてくれ」
 悠人は腕と視線でエスペリアを制す。
 『命令してるみたいだけど・・・仕方ない、こうでもしないと俺の話を聞いてくれそうにないんだから』
 心の中で言い訳をする。
 「・・・は、い。申し訳ありません」
 エスペリアはシュンとしてしまう。
 『ゴメン』
 悠人は心の中で謝ると、アセリアを見た。
 『頑なに人の助けを受け入れようとしない・・・アセリアと俺自身は、同じような気がする・・・』
 「なぁ、アセリア・・・」
 悠人はゆっくりと口を開く。
 「俺はまだアセリアのことはよくわからない。エスペリアのことも、オルファのことだって・・・」
 悠人の言葉を、アセリアは黙って聞く。
 「でもさ・・・俺、この世界に来て・・・アセリアとエスペリアに助けられて、オルファに励まされた」
 「・・・」
 「本当に感謝している。こうして今、俺も、佳織も闘護も生きているのはみんなのお陰なんだ」
 「ユート様・・・」
 「パパ」
 悠人はみんなの顔を見回す。
 『俺一人じゃ何も出来なかった・・・それは、元の世界でも同じだったんだな・・・だから、今、こうして生きられてるんだ』
 「まだ出会ったばかりだから、俺はみんなのことをもっと知りたいと思う・・・ええと、うまく言えないな」
 悠人は困ったように頬を掻く。
 『何を言ったらいいのか・・・でも、アセリアがこのままじゃいけない・・・いや、そんなおこがましいものじゃない。俺自身だって同じなんだ』
 「なぁ、アセリア。確かに俺たちは戦うことが出来る。でも、それだけじゃないはずだ」
 悠人はアセリアの手を見た。
 「アセリアの手だって、剣を握るためだけにあるんじゃないと俺は思う」
 「・・・わたしの、て?」
 アセリアは、片手を剣から放して、ジッと掌を見つめる。
 『そうだ・・・スピリットも人も同じだ。何も違わないんだ』
 「俺たちはこの世界の人の言う通り戦い、たくさんの殺し合いをしてきている。そんな俺たちがこんな事望んじゃいけないのかもしれないけど・・・俺はアセリアに死んで欲しくないんだ」
 悠人はエスペリア達を見た。
 「エスペリアも、オルファも、他のみんなも・・・死んで欲しくないと思ってる」
 『これ以上、俺の周りで人が死んで欲しくない』
 悠人は心の中で呟く。
 『父さんや母さんみたいに、大切な人を失いたくない・・・自分の周りの人間だけ死なないで欲しい。独善的なことだってわかってるけど・・・それでも、それが俺の本当の気持ちだから』
 「・・・もういやなんだよ。近くの人間が死ぬのは」
 「ユート・・・ユートは、私に生きていて欲しいのか?」
 アセリアは小さく呟く。
 視線を悠人に向けて不思議そうに見つめる。まるで、悠人が言った言葉の意味がわからないかのように。
 「私は戦うことしか知らない。その為に生きている。消滅するときまで戦う・・・それが、私」
 アセリアは確認するように、一つ頷く。
 「・・・そんな寂しいこと言うなよ!!」
 悠人は叫ぶ。
 「戦うために・・殺すために生まれて・・・死ぬために生きるなんて・・・そんなの哀しすぎるだろ?」
 「戦うこと・・・それ以外にも、私が生きる必要がある?」
 不思議そうに尋ねるアセリアに、悠人は力強く頷く。
 「ああ。きっと・・・きっと何かある筈なんだ」
 『そう信じたい・・・戦って死ぬ、その為に生きているなんて嫌だ』
 「じゃあ・・・私は・・・何をすればいい?」
 「・・・それは俺にもわからない」
 悠人は首を振った。
 「きっと、アセリア自身にしか解らないことなんだと思う。俺は佳織を幸せにするために生きようと思う。今は守るために、剣を振るう」
 悠人は拳を握りしめた。
 「でも、アセリアには、アセリアの何かがきっとある。戦い以外の何のために、生きているのか・・・とかさ」
 悠人はまっすぐアセリアを見つめた。
 「だから、簡単に命を捨てるようなことはやめてくれ」
 そこまで言って、悠人はふと正気に返る。
 「はは、なんか語ってるな、俺」
 照れくさくなり、悠人は思わず笑ってしまう。
 ずっとさしのべ続けていた手が少しだけ重くなっていたが、それでも決して手を下ろさない。
 「・・・」
 アセリアは、悠人の手をしばらく見つめる。
 しばしの沈黙の後、アセリアは顔をゆっくりと上げた。
 「・・・ん。わかった。ユートがそう言うなら、私は生きてみる」
 そう言って、アセリアはそっと悠人と手を重ねる。
 『生きてみる・・・アセリアが言ってくれた・・・』
 「ああ、俺たちは生き延びようぜ。この先に何があっても、どんなことがあっても」
 「・・・ん」
 アセリアは悠人の手を強く握り返してくれた。
 悠人は笑顔を返す。
 『ほんの少しだけ、アセリアと心が通じたかもしれない・・・』
 悠人は思う。
 『ずっと無視されていたと思ってたけど、それは違ったのかもしれない・・・どうしていいか知らなかっただけなんじゃないか・・・?』
 悠人は小さく笑う。
 『これからもっと分かり合える・・・そんな気がする』
 「ユート様・・・」
 その時、エスペリアが口を開いた。
 「ユート様は変わりませんか?」
 悠人はエスペリアを見た。
 その瞳は真剣で、何かを訴えかけるように見えた。
 「力を持ったことで、変わっていきませんか?」
 「え?」
 悠人に問いかけるエスペリアの声は震えていた。あふれそうな感情を抑えているのが、悠人にはわかった。
 「私たちは戦うためだけの存在です。それは本当なのです。それでも、ユート様は・・・戦い以外に生きろ、と?」
 エスペリアは問いかける。
 『スピリットの辛さ・・・人間である俺にはわからない。いや、それを体験してない俺がわかったなんて言っちゃいけないんだ』
 「わからない・・・俺はスピリットじゃない。だけど、俺はみんなが戦うだけなんて嫌なんだ」
 悠人はゆっくりと言った。
 「俺にとって、アセリア達は人とかスピリットじゃない。その・・・何・・・そう、仲間なんだから。人もスピリットも関係ない」
 『だから生きていて欲しい。幸せでいて欲しい』
 「・・・」
 『ん?』
 悠人はふと、エスペリアがとても優しい眼差しをしてくれていることに気づいた。
 それは、見ているだけで心が温かくなるようなものだった。
 悠人は少し照れたようにエスペリアから視線を外し、アセリアに向ける。
 「だからさ、アセリア・・・もう無茶はしないでくれ。な?」
 「・・・ん」
 アセリアは小さく頷き、悠人の手を取って立ち上がる。
 「ユートの手・・・暖かい・・・」
 「はは、そんな籠手つけててわかるのかよ」
 「・・・ん、なんとなく」
 悠人とアセリアは微笑みあう。
 『いや、アセリアは表情に出したわけじゃないけど・・・柔らかなものが伝わったみたいだ』
 悠人は心の中で呟く。
 アセリアは立ち上がると、悠人の手を放す。
 アセリアはいつも通りの微妙な表情で、エスペリアは優しい笑顔で、オルファはやはり元気に笑う。
 『俺も、気持ちを前向きにしよう』
 悠人は決意する。
 『スピリット達の断末魔・・・命を奪うたびに罪の意識がつもっていく。重みに押しつぶされそうになる』
 悠人は考える。
 『戦うって何だろう?守るって何だろう?俺は何をしているんだ?その答えは見つからない。それでも前に進んでいくしかない。俺たちは生きることしかできない。死んだら・・・そこで終わりなんだ』
 「アセリア、エスペリア、オルファ、行こう。ラキオスに帰ろう!」
 「(コクッ)」
 エスペリアは微笑み、頷く。
 「うん♪」
 オルファリルは、力一杯その場で飛び跳ねる。
 「・・・ん!」
 アセリアはやっぱり微妙な表情で、小さく、だけど強く頷いた。
 「悠人!!」
 その時、闘護とセリアが悠人の所に駆け寄ってくる。
 「闘護、セリア」
 「大丈夫ですか?」
 セリアの問いに、悠人は頷く。
 「ああ。そっちは?」
 「スピリット隊、全員の生存を確認しました」
 「よかった・・・」
 セリアの報告に、悠人は心底安心したように呟いた。
 「・・・」
 「ん?」
 悠人は苦い表情の闘護を見る。
 「どうしたんだ、闘護?」
 「・・・お前の言う通りかもしれないな」
 「何がだ?」
 「・・・何でもない」
 闘護は首を振る。
 「行こう。みんな待ってる」
 「あ、ああ」
 悠人は首を傾げつつ頷いた。


 聖ヨト歴330年 スリハの月
 ラキオスの完全制圧により、バーンライトとの戦いは終わりを告げた。
 だが、平和が訪れることはない。サモドア陥落とほぼ同時に、親帝国であるダーツィ大公国が、疲弊したラキオスに対して宣戦を布告したのだ。
 いまだ大地の傷が癒えぬまま、戦乱は拡大していく・・・

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