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─聖ヨト歴330年 スフの月 青 一つの日 朝
 ラキオス近くの丘

 「ふぅ・・・」
 闘護は眼下に見える城を見下ろし、ため息をつく。
 「わざわざ俺一人だけを呼び出す・・・何を考えている?」
 誰ともなしに呟いた。
 「・・・ま、行ってみればわかるか」
 闘護はゆっくりと歩き出した。


─同日、昼
 謁見の間

 「・・・」
 謁見の間に入った闘護は、周囲の雰囲気に小さく眉をひそめた。
 『なんだこの雰囲気は・・・?』
 普段は、闘護や悠人達が来ると、あからさまに嫌悪か恐怖の表情をしていた文官や武官が、今日に限っては緊張した面持ちで沈黙している。
 『・・・レスティーナもいない』
 王の横にいつもいるはずのレスティーナも、今日はいない。
 闘護は訝しみながらも、謁見の間の中央まで来て歩みを止めた。
 「スピリット隊副長、神坂闘護、ただいま帰還しました」
 闘護は深々と頭を下げる。
 「うむ・・・」
 ラキオス王は仰々しく頷いた。
 「して、私を召還した事情は?」
 闘護はゆっくりと頭を上げた。
 「今日より、スピリット隊に新たに二人のスピリットを加える」
 王が合図をすると、謁見の間に二人の少女が入ってきた。
 少女達は、闘護の横をすり抜け・・・
 「!?」
 すり抜けたとき、闘護は奇妙な空気を感じた。
 『何だ・・・一瞬、二人から敵意を感じたぞ・・・』
 闘護は眉をひそめた。
 「【月光】のファーレーン=ブラックスピリットです」
 兜をかぶった少女が頭を下げる。
 ファーレーンと名乗った少女は、頭を上げても闘護に視線をあわそうとしない。
 「・・【曙光】のニムントール=グリーンスピリット」
 緑色の髪を左右のおさげに結わえた少女が闘護を睨み付けるように言った。
 『随分な態度だな・・・』
 「・・・スピリット隊副長、神坂闘護だ」
 闘護は心の中で首を傾げながらも、自己紹介をする。
 「トーゴよ。知っての通り、バーンライトはラセリオとサモドア間の山道を修復し、ここ、ラキオスへ進軍しようとしている」
 王は、そんな闘護やスピリット達の態度などまるで無視して言葉を吐く。
 『空気読めよ』
 「・・はっ」
 闘護は心の中で愚痴を呟きつつ、呆れ気味に返事をする。
 「そなたは、この二人とセリア、ナナルゥを伴いラセリオを防衛せよ」
 「・・・了解した」
 闘護はゆっくりと言うと、王を見た。
 王はニヤニヤと笑って闘護を見ている。
 『何を企んでいる・・・?』
 闘護は訝しげに思いつつも、特に問いつめようとはせず、二人のスピリットに視線を走らせた。
 「二人とも、行こうか」
 【・・・】
 闘護が言うと、二人は何も言わず、動こうともしない。
 「・・・行くぞ」
 闘護は少し強い口調で言った。
 【・・・】
 二人はラキオス王の方を振り返る。
 「・・・?」
 二人の様子に、闘護は眉をひそめた。
 「トーゴの指示に従え」
 ラキオス王は相変わらずの不愉快な笑みを浮かべながら答える。
 「わかりました・・」
 「・・はい」
 二人は不服そうに返事をする。


 二人を引き連れながら、闘護は廊下を歩く。
 「君たちはどこの詰め所に所属するんだ?」
 闘護は振り返らずに尋ねた。
 「・・・第二詰め所です」
 ファーレーンが固い声で答える。
 「そうか・・・」
 闘護はそう言って沈黙する。
 『何があったか知らんが・・・』
 闘護は唇をかむ。
 『随分な態度だな・・・さて、どうするか』
 闘護は考え込む。


─同日、昼
 謁見の間

 闘護達が出ていてしばらくして・・・

 「さて・・・」
 王は、武官の一人を見た。
 「準備は?」
 「既に完了しています」
 「そうか・・・」
 武官の答えに、王はニヤリと笑った。
 「後は、夜を待つばかりだ・・・」


─同日、夕方
 第二詰め所、食堂

 「トーゴ様」
 食事の支度をしようと、台所へ向かおうとした闘護にセリアが声をかけた。
 「なんだ?」
 「今日は、ファーレーンが用事があって食事を抜けます」
 「・・・そうか」
 闘護はため息をついた。
 「残念だな・・・せっかく、お互いを知る良い機会だったのに・・ん?」
 闘護の言葉に、セリアは一瞬厳しい眼差しを闘護に向けた。
 「どうした、セリア?」
 「・・・いえ。失礼します」
 セリアは頭を下げると、食堂から出て行った。
 「・・・何なんだ、あの態度?」
 一人残った闘護は首を傾げた。


─同日、夜
 謁見の間

 「・・・」
 カチャカチャ
 「・・・」
 カチャカチャ
 「・・・」
 カチャカチャ
 「・・・」
 『何なんだ、この食卓は・・・』
 闘護は小さく眉をひそめた。
 現在、食卓には闘護の他にセリア、ナナルゥ、ニムントールの三人が食事をしている。
 しかし、三人の間には妙に緊張した空気が漂っており、誰一人口を開かない。
 闘護も、口を開くタイミングがつかめず、沈黙して食事を続けている。
 『どうなってるんだ?ニムントールやファーレーンも、初対面の割に俺に対して敵意を感じたし、ナナルゥはともかく、セリアの態度もおかしい』
 闘護は心の中で首を傾げながら食事を続ける。


─同日、夜
 闘護の部屋

 バタン
 食事を終え、闘護は一人、自分の部屋に戻る。
 「ふぅ・・・」
 闘護は椅子に腰掛ける。
 『なんだ・・・彼女たちの様子は・・・』
 闘護は腕を組む。
 『何を考えている・・・?』
 闘護は首を傾げた。
 『俺に対する態度・・・彼女たちから感じられたのは、敵意だった』
 闘護は立ち上がると、窓の外を眺める。
 「月が出てないな・・・」
 空に輝くはずの月は、雲に隠されている。
 『さて・・・マンガやゲームだと、こういう日は、大抵の場合・・・』
 ・・・ミシ・・
 「!?」
 闘護はドアの方を向いた。
 『誰かが忍び歩きで近づいている・・・』
 闘護は伏せると、床に耳を着けた。
 ミシ・・ミシ・・ミシ・・・
 音はゆっくりと、闘護の部屋に近づいている。
 『暗殺か・・・お約束だな』
 闘護は立ち上がると、ベッドの下をのぞき込んだ。
 「役に立つ日が来たぞ」


 キィ・・・
 小さな音と共にドアが開く。
 【・・・】
 真っ暗な部屋に、三つの影が僅かに漏れる光によって映し出される。
 「・・・」
 「(コクリ)」
 「(コクリ)」
 影の一つが先頭に、残り二つがその後ろにつく。
 三つの影はそのまま部屋の奥にあるベッドの側に寄った。
 【・・・】
 三つの影は、ベッドの横に並ぶ。
 ベッドはもっこりと膨れあがっており、シーツの端から黒い髪が伸びている。
 【・・・】
 三人は顔を見合わせて頷きあうと、持っていた短剣を振り上げる。
 【!!】
 ドスドスドス!!
 短剣は全て、シーツに突き刺さる。
 「やった・・・!!」
 一番小さい影が叫んだ。
 「何をやったんだ?」
 【!!!!!!?】
 その時、影の後ろで声がする。
 三つの影は慌てて後ろを振り向いた。

 ボッ・・・

 「・・・どういうつもりかな?」
 灯のともったランプをかざしながら、闘護はゆっくりと尋ねた。
 【・・・】
 ベッドの側には、呆然としたセリア、ナナルゥ、ニムントールが立ちつくしている。
 「どういうつもりかと、聞いてるんだが?」
 闘護はゆっくりと歩き出す。
 【!!】
 三人は慌てて構える。
 闘護は、テーブルの上にランプを置くと、再び三人に視線を走らせた。
 「どうして・・・」
 「何故・・・」
 闘護の言葉を遮るように、セリアが呟く。
 「ん?」
 「何故、私たちの行動を読めたのですか?」
 セリアの問いに、闘護は眉をひそめた。
 「・・・その前に、そのシーツをめくってみろ」
 闘護に言われ、ナナルゥがシーツをめくった。
 「あっ・・・」
 セリアが驚愕の声を上げる。
 「木の人形・・・」
 ニムントールの呟き通り、三人が突き刺した短剣が刺さっているのは、木で出来た木偶だった。
 「暗殺対策に作ってもらった物だが・・・まさか、君たちに刺されるとはな」
 闘護は肩を竦めた。
 【・・・】
 「さて、セリアの質問に対する回答だが・・・君たちの行動を読んだ訳じゃない」
 闘護は三人を見た。
 「足音が聞こえたからね。忍び歩きだったから暗殺者が来たのかと思って、すぐにそれを用意したんだ」
 闘護はベッドの上に鎮座している木偶を指さした。
 【・・・】
 「じゃあ今度こそ、俺の問いに・・・」
 闘護が言いかけた時
 【・・・】
 三人は、無言で永遠神剣を召還する。
 「・・・答えちゃ、くれないか」
 闘護はしょうがないと言った表情で頭を掻く。
 「トーゴ様・・・」
 セリアは【熱病】の切っ先を闘護に向けた。
 「死んで下さい」
 その言葉と同時に、三人が闘護に飛びかかる。
 「断る」
 闘護はそう呟くと、三人の足下に飛び込んだ。
 【!?】
 三人の足下をくぐり抜け、闘護は三人の背後に転がる。
 ダンッ!!
 勢いよく飛び起きると、窓の側に寄った。
 「トーゴ様!?」
 「部屋の中でそんな物を振り回されたらたまらないからな」
 闘護は窓の縁に足をかけた。
 「外でやろうか」
 そう言って、闘護は部屋から飛び出した。


─同日、夜
 第二詰め所、外

 ドンッ・・・
 闘護は着地すると、すぐに館の壁にへばりついた。
 シュッ・・ドン、トン、トン
 遅れて、セリア、ナナルゥ、ニムントールが闘護の前に着地する。
 「こっちだよ」
 闘護が声をかけると、三人は永遠神剣を闘護に向けて構えた。
 【・・・】
 その時、雲に隠れていた月が、ゆっくりと姿を現す。
 そして、月明かりは四人の顔を照らし出す。
 『やる気満々だな・・・どうしたものか』
 三人の表情にためらいがないことを感じた闘護は、頭を掻く。
 『とにかく・・・永遠神剣を振り回すのなら対処の仕様がある』
 闘護はそう考えると、コキコキと首を回すと、三人を見た。
 「さて・・・無駄だからやめようか」
 闘護の言葉に、三人は眉をひそめた。
 「無駄・・・ですか?」
 「ああ。無駄だね」
 セリアの問いを、闘護は容赦なく切り捨てる。
 「訓練でわかっているだろ?」
 「!!」
 闘護の言葉に、セリアはビクリと反応する。
 「・・・それでも、命令ですから」
 ナナルゥが呟く。
 「・・・命令、だと?」
 ナナルゥの言葉に、闘護は眉をひそめた。
 「それに・・・」
 ニムントールが一歩前に出た。
 「妖精趣味の隊長なんて・・・いらないんだから!!」
 そう叫ぶなり、ニムントールは【曙光】を闘護に向かって突き出した。
 ガシィッ!!
 「きゃぅっ!?」
 「・・・」
 闘護は、【曙光】をかわすと、その柄を握ってニムントールの動きを止めた。
 「妖精趣味・・・だと?」
 闘護はジロリとニムントールを睨んだ。
 「そ、そうなんでしょ!!」
 ニムントールも負けじと闘護を睨む。
 「・・・妖精趣味って何だ?」
 「・・・へ?」
 闘護の言葉に、ニムントールは唖然とする。
 「妖精趣味なんて言葉、俺は知らない。どういう意味なんだ?」
 「・・・」
 ニムントールは、目を白黒させて沈黙する。
 「妖精趣味とは、スピリットを性の対象としてみることです」
 その時、セリアが口を開いた。
 「性の対象?それってまさか・・・」
 「スピリットと性交渉をすることです・・っ!?」
 セリアの回答に、闘護の表情が変わった。
 「なん・・・だと?」
 「・・・あ・・」
 ニムントールも、闘護の雰囲気が豹変したことに恐怖を感じる。
 「俺がそんなことをする・・・だと?」
 闘護は【曙光】から手を放す。
 ドサッ
 「キャッ・・・」
 ニムントールは尻餅をつく。
 しかし、闘護はニムントールには目もくれずにセリアを睨む。
 「誰が、そんなことを言った?」
 「あ、あ・・・?」
 セリアは、闘護の声に込められた憤怒を感じ取り、後ずさる。
 「誰が言ったと聞いている」
 「ら、ラキオス王・・・が・・・」
 セリアの回答に、闘護は唇をかむ。
 「やはり、あのクソ王か」
 「ち、違うのですか・・・?」
 セリアの問いかけに、闘護は怒りの視線をセリアに向けた。
 「っ!?」
 「当然だろう」
 闘護は堅い口調で言った。
 「だいた・・・っ!!」
 闘護は突然ビクリと反応すると、セリアとナナルゥの背後を睨んだ。
 「おい!!そこの小屋の陰に隠れてる奴!!」
 闘護は、セリア、ナナルゥの後ろ─小さな小屋がある─に向かって叫んだ。
 「と、トーゴ様・・・?」
 闘護の行動に、セリアは目を丸くする。
 ナナルゥは、静かに後ろを振り向く。
 「・・・誰か、います」
 【えっ!?】
 セリアとニムントールは、ナナルゥの向いている方を見る。
 「出てこい!!俺は今、酷く機嫌が悪い。出てこないなら、無理矢理引きずり出すぞ!!」
 闘護の言葉に、小屋の影から男が一人、出てきた。
 「・・・」
 男は黒いローブを身に纏い、闘護達をジッと見ていた。
 「何者だ?」
 闘護が尋ねる。
 「・・・スピリット。そのエトランジェを取り押さえろ」
 男はゆっくりと呟いた。
 「・・・」
 闘護は何も言わずに、男を睨み付けている。
 「さっさとしろ」
 男は、冷たい口調で言う。
 「し、しかし・・・」
 セリアは焦る口調でためらう。
 ナナルゥとニムントールもどうすればいいのか迷っている様子だ。
 「人間の命令に逆らうのか」
 【!!!】
 男の言葉に、三人は雷に打たれたように身を竦ませた。
 「早くしろ」
 男が言うと、三人は怖ず怖ずと闘護に近寄る。
 「トーゴ様・・・」
 セリアが迷いの口調で呟く。
 「・・・」
 闘護は何も言わずに立ちつくしている。

 そして、三人は無言で立ちつくす闘護の身体を拘束する。

 セリアは闘護の右腕を、ナナルゥは左腕を取り押さえる。
 ニムントールは後ろから闘護の腰に手を回して押さえ込む。
 「・・・」
 闘護は何も言わず、抵抗もしない。
 「よくやった」
 男はそう言うと、剣を抜いた。
 「そのまま取り押さえていろ」
 男が一歩、前に出る。
 「・・・フフフ」
 その時、闘護が笑みを浮かべた。
 「何がおかしい?」
 闘護の様子に、男は歩みを止めると訝しげに闘護を見た。
 「これで俺を取り押さえたつもりか?」
 闘護は嘲りの口調で男に尋ねる。
 「な、何だと?」
 「・・・三人とも」
 闘護はゆっくりと首を回して三人を見る。
 「ちょっとばっかり力を込める。怪我をするかもしれないが・・・我慢してくれ」
 【え?】
 闘護の言葉に、三人はキョトンとする。
 「むんっ!!」
 ブンッ!!
 その刹那、闘護は右腕を力一杯振り回す。
 「きゃあっ!!」
 その勢いで、セリアが腕を放してしまう。
 ドサッ!!
 「あぐっ!!」
 セリアはそのまま地面に落下した。
 「はぁっ!!」
 ブンッ!!
 間髪入れず、闘護は左腕を力一杯振り回す。
 「あっ・・!!」
 ナナルゥも、その勢いに耐えきれずに腕を放してしまう。
 ドンッ!!
 「っ!!」
 ナナルゥもまた、そのまま地面に激突する。
 「・・・」
 闘護は自由になった両手で、腰に回されているニムントールの両腕を掴んだ。
 「あ・・・っ」
 「ふぅうう・・」
 そして、強引にニムントールの両腕をゆっくりと身体から引きはがす。
 「あ・・あぅ・・・」
 ニムントールは闘護の力に抗えず、彼女の両腕は闘護の身体から完全に離れた。
 「・・・」
 闘護は掴んでいるニムントールの両腕を放す。
 「あぅっ!」
 ドサッ・・
 そのままニムントールは闘護の背後で尻餅をつく。
 「ば、バカ・・・な・・・」
 男は呆然とした口調で呟く。
 「いくらスピリットといえども、俺に腕力で敵うと思うか?」
 闘護は一歩前に進み出る。
 「ひっ!!」
 男は、闘護から逃げようと背を向けた。
 「・・・」
 しかし、闘護はあっという間に男との距離を詰める。
 ビシッ!!
 「あがっ!!」
 そして、男の首筋に手刀を叩き込んだ。
 男はそのまま地面に崩れ落ちる。
 「ふん・・・」
 闘護は側の小屋の中に入っていく。
 そしてすぐに出てくると、手にロープを二本持っていた。
 「さて・・・」
 闘護は倒れている男の襟首を掴むと、そのままズルズルと側に生えている木に引っ張っていく。
 そして、持っているロープの一本で縛り付けた。
 「おい」
 バシン!!
 闘護は男の頬を叩いた。
 「あぐ・・・ぁあ・・?」
 男はゆっくりと顔を上げた。
 「気がついたか?」
 「あ・・あぁ・・・あひぃっ!?」
 目の前にいる闘護に恐怖したのか、男は悲鳴を上げた。
 「これから質問をする」
 闘護は男の様子に全く興味も見せずに淡々と話す。
 「“はい”なら縦に、“いいえ”なら首を横に振れ。わかったか?」
 「ひぃっ!!た、たすけ・・・」
 バシッ!!
 「ぎゃっ!!」
 闘護は容赦なく頬を引っぱたいた。
 グイッ
 そして、胸ぐらを掴みあげる。
 「俺は“はい”なら首を縦に、“いいえ”なら横に振れといったんだ。わかったか?」
 「(コクコクコク)」
 男は恐怖の表情で何度も頷く。
 「よし」
 闘護は男を解放する。
 【・・・】
 スピリット達は、闘護の行動を呆然と見ていた。
 「ハァハァハァ・・・」
 「まず、最初の質問だ」
 闘護は男の顔をのぞき込んだ。
 「お前は、俺の暗殺を依頼されたのか?」
 「(コクリ)」
 「依頼したのはラキオス王か?」
 「(フルフル)」
 「そうか」
 闘護はフンと鼻を鳴らした。
 「じゃあ・・・いや」
 闘護は小さく首を振ると、後ろを振り返る。
 「君たち」
 闘護に声をかけられ、スピリット達が反応する。
 「こっちに来い」
 【・・・】
 「来いと言っている」
 闘護は有無を言わさない口調で言った。
 三人は恐る恐る闘護の側に近寄る。
 「ニムントール」
 「!!」
 闘護に呼ばれて、ニムントールはビクリと身を竦ませた。
 「この男に、俺を暗殺するように言われたのか?」
 「う、うん・・・」
 ニムントールはコクコクと頷く。
 「(ブルブルブル)」
 男は恐怖に満ちた表情で首を振る。
 「・・・」
 そんな男の様子を、闘護は嘲りの目で見る。
 「ニムントール」
 「は、はい!!」
 「この男はこうして否定しているが?」
 「う、ウソだよ!!そいつが私たちにトーゴを殺せって・・・っ!!」
 言いかけて、ニムントールは自分の口をつぐむ。
 「俺を殺せと言われた、と?」
 「・・・」
 「答えろ」
 闘護の言葉に、ニムントールは今にも泣き出しそうな表情で震える。
 「トーゴ様!!」
 その時、耐えかねたようにセリアが声を上げた。
 「ニムの言葉は本当です。その男が私たちに命令しました」
 「・・・だ、そうだが?」
 闘護は男に視線を戻す。
 「(ブルブルブル)」
 しかし、男は否定を示すように首を振る。
 「・・・これでは、らちがあかないな」
 闘護は肩を竦める。
 「とりあえず、他の質問をするか」
 闘護はそう言うと、スピリット達の方を振り返った。
 「ファーレーンの用事ってのは?」
 闘護はナナルゥを見た。
 「・・・館から避難することです」
 ナナルゥはゆっくりと答える。
 「避難?何で?」
 【・・・】
 闘護の問いに、誰も答えない。
 闘護は諦めたように首を振った。
 「・・・で、ドコにいるんだ?」
 「第一詰め所にいます・・・」
 「そうか」
 闘護は男の方を見た。
 「さて・・・お前の処遇だが」
 「!!!」
 男は目を見開いた。
 闘護は残ったもう一本のロープで猿ぐつわをかませた。
 「ング!!ゥグ!!」
 「一晩そこで反省してろ」
 「ムグゥ・・・」
 闘護はそう言い捨てると、スピリット達を見た。
 「第一詰め所に行く。君たちもついてこい」
 そう言って、闘護は歩き出す。
 【・・・】
 三人は暫し呆然としている。
 闘護はすぐに立ち止まると、三人の方を振り返った。
 「ついてこいと言ってるんだが?」
 【!!】
 闘護の言葉に、三人は慌てて闘護を追いかける。


─同日、夜
 第一詰め所

 誰もいない第一詰め所、食堂。
 ファーレーンは一人、椅子に座っていた。

 「ふぅ・・・みんな、大丈夫かしら」
 ファーレーンはため息をついた。
 カランカラン
 その時、館のベルが鳴らされる。
 『みんなかな?』
 ファーレーンは立ち上がると、玄関に向かった。

 「はい」
 ガチャリ
 ファーレーンは無防備にドアを開いた。
 「こんばんは」
 そして、ファーレーンの視界に入ってきたのは・・・
 「と、トーゴ・・さ、ま・・!?」
 ファーレーンは信じられないという表情で後ずさる。
 「そうだ。神坂闘護だ」
 闘護は閉まり始めたドアを押さえる。
 「ど、どうして・・・」
 「ちゃんと説明するさ。とりあえず・・・」
 闘護は外を指した。
 「第二詰め所に戻ろうか」


─同日、夜
 第二詰め所、食堂

 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 食堂では、セリア、ナナルゥ、ニムントール、ファーレーンの四人が椅子に座って沈黙している。
 「待たせたな」
 その時、台所からカップが四つ乗った盆を持って闘護が食堂に入ってきた。
 闘護はカップを四人の前に置いていく。
 「さて・・・」
 闘護は上座の椅子に座ると、四人を見回した。
 誰一人として、闘護の方を見ない。
 闘護は小さくため息をつくと、少し厳しい視線を四人に向けた。
 「説教の時間だ」

 「まず、俺が妖精趣味というデマについてだが・・・」
 闘護は四人を見回した。
 「どうして、ラキオス王の言葉を真に受けた?」
 そう言って、ニムントールとファーレーンを見る。
 「君たち二人は、今日初めて会ったから仕方ないとしても、だ」
 続いて、セリア、ナナルゥを見る。
 「君たちはどうしてだ?俺はそんな風なことをしているように見えるのか?」
 「・・・」
 ナナルゥは沈黙している。
 「・・・トーゴ様は・・・」
 セリアがゆっくりと口を開く。
 「夜中に、コッソリ館を抜けたことが何度もありました」
 「夜中に?」
 セリアの言葉に闘護は眉をひそめる。
 「そして、第一詰め所へ行き・・・ベルも鳴らさずに中に入っていったことがあります」
 「・・・」
 「違いますか?」
 セリアの詰問に、闘護は頭を掻く。
 「あったなぁ・・・何度か」
 「ですから、トーゴ様は第一詰め所・・・特に、よく話をしていたエスペリアに・・・その・・・」
 セリアの顔が赤くなる。
 「それは誤解だ」
 闘護はキッパリと言い切った。
 「では、何をしていたのですか?」
 「君たちがさっき攻撃した木偶を用意して貰っていた」
 【え?】
 闘護の言葉に、セリア、ニムントール、ファーレーンは目を丸くした。
 「で、木偶って・・・」
 「俺とほぼ同じ大きさの木偶人形を作ってもらうためにね。何度か彼女の所に行って俺の身長やらなんやらを測っていたんだ」
 闘護は肩を竦める。
 「ど、どうして人形を・・・?」
 ファーレーンが尋ねる。
 「三人には言ったが・・・暗殺対策用のダミーさ」
 「ダミー・・・」
 「俺はラキオス王に命を狙われてるんでね」
 闘護はあっさりと言う。
 【!?】
 セリア、ニムントール、ファーレーンだけでなく、ナナルゥですら驚きの表情を浮かべる。
 「そんなに驚くことか?」
 「だ、だって・・・トーゴって私たちの副長でしょ」
 「そんな肩書きは関係ないよ」
 ニムントールの言葉を闘護は笑った。
 「ラキオス王にとって、俺は目障りなんだよ」
 「そ、そんな・・・では、私たちは・・・」
 セリアは震える口調で呟く。
 「俺を殺すために利用された・・・という所だな」
 闘護は肩を竦めた。
 「・・・」
 呆然とするセリア。
 「さて、セリアは俺を疑っていた。ナナルゥ、君はどうして俺を?」
 「命令に従いました・・・」
 闘護の問いに、ナナルゥは抑揚のない口調で答えた。
 「命令・・・ね」
 闘護は眉をひそめる。
 「何か問題が・・・?」
 「あるね」
 ナナルゥの問いに、闘護はあっさりと頷く。
 「まぁ、それは後にしよう。次は・・・」
 闘護はニムントールとファーレーンに視線を移した。
 「君たちは、俺が妖精趣味だという情報を鵜呑みにしたわけだ」
 闘護の言葉に、二人はコクリと頷く。
 「じゃあ、どうしてニムントールだけが俺の命を狙いに来たんだ?そして、ファーレーンは何故第一詰め所にいたんだ?」
 「・・・トーゴが、お姉ちゃんを襲うと思ったから・・・」
 ニムントールがポツリと言った。
 「俺がファーレーンを?」
 「だから、お姉ちゃんは第一詰め所に避難してたの・・・」
 「本当か?」
 闘護の問いかけに、ファーレーンはコクリと頷いた。
 「そうか・・・」
 闘護は首を振った。
 「つまり、ナナルゥ以外は俺が妖精趣味だと聞いて、俺を殺そうとした・・・と」
 闘護の言葉に、三人は頷いた。
 「で、ナナルゥはさっき捕まえた男の命令で俺を殺そうとした、と」
 「はい・・・」
 「そうか・・・ふぅ」
 闘護は頭を掻いた。
 「・・・申し訳、ありませんでした」
 セリアが震える声で謝罪する。
 「勘違いでトーゴ様を憎み、命を狙ってしまうなんて・・・本当に、申し訳ありませんでした」
 「申し訳ありません」
 ナナルゥも頭を下げる。
 「トーゴ様に対し、酷い誤解をしてしまいました」
 ファーレーンは立ち上がると頭を下げた。
 「申し訳ありません」
 「・・・ごめんなさい」
 ニムントールもポツリと謝る。
 「ん・・・まず、最初に言っておくか」
 闘護は頭を掻くと、真面目な顔つきになった。
 「俺は妖精趣味ではない」
 闘護は四人を見回した。
 「エスペリアと何度も会話したのは認めるが、そういうことを望んだことは一度もない」
 「・・・本当に?」
 ニムントールが疑わしげな眼差しを向ける。
 「本当だ」
 闘護はキッパリと言った。
 「俺はそういう行為は、同意でない限り認めないし望まない」
 【・・・】
 四人はジッと闘護を見つめる。
 「ま、口で言ってもなかなか信じてもらえないかな」
 闘護は苦笑する。
 「そ、そういうわけでは・・・」
 ファーレーンが慌てて言うが、闘護は首を振った。
 「これは信頼についての問題だからね。解決には時間が必要だ」
 闘護は四人を見た。
 「しばらく、俺の普段の態度を見ていて欲しい。その上で、判断してくれ。それでどうだろう?」
 闘護の問いに、四人はコクリと頷いた。
 「OK。じゃあ、この問題は一応、ここで終わり。次は・・・」
 闘護はナナルゥに視線を移した。
 「ナナルゥ。君の態度についてだが・・・」
 「私の態度ですか・・・?」
 「そう」
 闘護は渋い表情を浮かべる。
 「命令で俺を殺そうとしたってのは気に入らない」
 「・・・何故ですか?」
 「他の三人みたいな理由なら、解決の余地があるんだが・・・」
 闘護は厳しい眼差しをナナルゥに向けた。
 「何故、命令に従った?」
 「・・・人間の命令だから、です」
 「自分で何か考えなかったか?例えば、俺が嫌いだからとか・・・」
 「いいえ」
 「そうか」
 ナナルゥの答えに、闘護はため息をついた。
 「・・・いけませんか?」
 ナナルゥが不思議そうに尋ねた。
 「いけないね。何がいけないかって言うと、何も考えてないからだ」
 「何も考えていないとはどういう意味ですか?」
 闘護の言葉に、セリアが口を挟む。
 「キツい言い方をするけどね」
 闘護は険しい表情を浮かべた。
 「俺はね・・・与えられた命令にハイハイ従うだけの部下はいらない。命令について、何も考えずに、ただ忠実に遂行するだけの部下はいらない」
 「命令を忠実に遂行する部下は不要?」
 セリアが眉をひそめた。
 「それは、理想的な部下ではないのですか?」
 「・・・確かに、そう考える奴が多いのは事実だ」
 闘護は肩を竦める。
 「しかし、これは戦争だ。命の奪い合いをしている。わかるか、ファーレーン?」
 「は、はい」
 突然問いかけられたファーレーンは慌てて頷く。
 「戦場では、いつも部下が最初に死ぬかというと、そうではない。先に大将が死ぬこともある。もしそうなったら、どうする。なぁ、ニムントール?」
 「え、えぇ?し、知らないよ・・・」
 突然問いかけられたニムントールは慌てて首を振る。
 「その通りだ」
 「え?」
 闘護の言葉に、ニムントールは目を丸くする。
 「命令する存在がいなくなると、兵士はどうすればいいかわからなくなる」
 闘護は小さくため息をついた。
 「ところが、戦場ではそんな呑気なことは言ってられない。迷ってあたふたしている間に死体になっている」
 【・・・】
 「だから、自分で考えるということが必要なんだが・・・これは、一朝一夕で身に付く物ではない」
 闘護はナナルゥを見た。
 「君は、受け身になりすぎている。何故だ?」
 「・・・」
 ナナルゥは小さく首を傾げた。
 「ナナルゥは・・・神剣との同化が進んでいるからです」
 その時、セリアが口を挟んだ。
 「神剣との同化・・・ちょっと待て。それってまさか、神剣に取り込まれるということか?」
 闘護の言葉に、セリアは頷いた。
 「はい」
 「・・・成る程」
 闘護は頭を掻いた。
 「同化が進んでいるから、か」
 「・・・」
 ナナルゥは沈黙して闘護を見ている。
 「だが、自我は消えていないんだろ?」
 闘護の問いかけに、ナナルゥは頷いた。
 「ならば、考える癖をつけろ」
 「癖・・・ですか?」
 「そうだ」
 闘護は他の三人に視線を移す。
 「君たちもだ。自分が何をすればいいのか、何をしているのか、よく考えろ。命令に対してもだ」
 闘護はふぅと息をつく。
 「君たちの指揮官は俺か悠人だ・・・って、君たちは悠人のことを知らないか?」
 闘護の問いかけに、ニムントールとファーレーンは頷く。
 「スピリット隊隊長、高嶺悠人。今は前線にいるが、彼がスピリット隊のトップだ」
 そして、闘護は自分の身体を指さす。
 「俺はスピリット隊副長。君たちの直接のリーダーは俺か悠人になる」
 「トーゴ様・・・それはわかっていますが」
 セリアが冷静に突っ込む。
 闘護はゴホンと咳払いをする。
 「だから・・・指揮系統を明確にする」
 「指揮系統を?」
 「そう」
 闘護は席を立った。
 「とりあえず、今日の説教はこれまで。夜明けまで時間がないけど、しばらく休んでくれ」
 闘護はそう言って後ろ手に手を振ってドアに向かった。
 「おっと、そうだ」
 ドアの前で、闘護は立ち止まると振り返る。
 「な、何か・・・?」
 セリアがおっかなびっくりな声で聞き返す。
 「カップ、飲み終わったら流しに置いといてくれ」
 そう言い残し、闘護は食堂から出た。


 「・・・何なの、トーゴって?」
 四人になって、ニムントールがゆっくりと呟く。
 「普通、殺されかけたら怒るでしょ?何であんなに落ち着いてるの?」
 「・・・トーゴ様は、暗殺を予期していたからでしょう」
 セリアがため息をついた。
 「最初から、私たち・・・とは思わなかったみたいだけど、命を狙われることは考えていたから、冷静に対処できたのね」
 「私たちを疑っていた可能性は・・・」
 「多分、あるでしょうね」
 ファーレーンの言葉にセリアはため息をついた。
 「・・何それ?最初から疑ってたの・・・?」
 ニムントールが憤慨した口調で呟く。
 「ナナルゥは、何か気づかなかった?」
 セリアが尋ねる。
 「・・・今日は、皆さんの様子がおかしかったと思います」
 ナナルゥがボソリと言った。
 三人はナナルゥを見る。
 「おかしかったって・・・?」
 「皆さん、トーゴ様を避けていました。それから食事の時に、トーゴ様は皆さんの様子を観察していました」
 【・・・】
 ナナルゥの言葉に、三人は言葉を失う。
 「おそらく、トーゴ様は何か気づいていたと思います」
 「・・・そうね」
 セリアはため息をついた。
 「確かに、態度に表れてたかもしれないわね」
 「・・・私も、謁見の間でトーゴ様と視線を合わしませんでした」
 ファーレーンが呟く。
 「・・・私、トーゴを睨んだ気がする」
 ニムントールが俯く。
 「はぁ・・・もう少しで取り返しのつかない過ちをしてしまうところだったのね・・・」
 セリアは天を仰いだ。
 「はぁ・・・」
 「はぁ・・・」
 ファーレーンとニムントールもため息をつく。
 「・・・」
 ナナルゥは微妙に眉をひそめていた。


─聖ヨト歴330年 スフの月 青 二つの日 朝
 謁見の間

 「スピリット隊副長、神坂闘護。参上しました」
 「・・・」
 平然と挨拶をする闘護を、ラキオス王は唖然とした表情で見ている。
 ラキオス王だけでなく、側近、武官、文官も同じ表情である。
 ガサガサ
 「静かにしろ」
 グニュ
 「ムグッ」
 闘護は、足下に転がっている男─昨晩襲ってきた暗殺者─の背中を踏みつけた。
 「・・・」
 王は、何も言えずに闘護の行動を呆然と見ていた。
 「あ、この男ですか」
 闘護はしゃがみ込むと、男の髪の毛を掴み、顔を上に上げた。
 「グッ・・」
 「昨晩、私の命を狙ってきた暗殺者ですよ」
 闘護はそう言って王をジロリと睨んだ。
 「ヒッ・・・!!」
 「依頼者はまだ聞いておりませんが・・・」
 「し、知らん!!儂は知らんぞ!!」
 王は酷く動揺した口調で叫んだ。
 「・・・この男の取り調べはそちらに任せましょう」
 闘護はそう言って掴んでいた男の頭を放した。
 ゴンッ
 「グッ!!」
 男はうめき声を上げる。
 「ところで、ラキオス王」
 闘護はゆっくりと立ち上がった。
 「な、何だ・・?」
 「どうも、指揮系統が混乱しているようなのですが」
 「・・・?」
 闘護の言葉を理解できなかったのか、王は眉をひそめた。
 「スピリットに対して、勝手に命令をしている輩がいるようなのです」
 そう言って、闘護はジロリと王を睨んだ。
 「ヒィッ!!」
 「それが誰かは言及しませんが・・・スピリット隊の隊長は悠人であり、副長は私です」
 闘護は自分の胸を指した。
 「今後、余計な混乱を防ぐためにも、指揮系統は統一した方がいいと思います」
 「・・・」
 沈黙している王を無視して、闘護は話を進める。
 「スピリットへの命令は、隊長である悠人、もしくは副長である私を通して発令して下さい。それ以外の者の命令には従わないようにスピリット達に厳命させます」
 【!?】
 闘護の提案に、周囲は騒然となる。
 「馬鹿な!!そんな勝手なことが・・・」
 「戦場で!!」
 王の叫びを断ち切るように、闘護が叫んだ。
 「指揮系統が混乱すれば、あっという間に全滅の憂き目を見るかもしれません!!」
 「ぐっ・・・」
 ラキオス王は詰まる。
 「戦争に勝つためです。指揮系統は統一しなくてはなりません!!」
 闘護は一歩、前に出た。
 「ラキオス王・・・この提案、受け入れて貰えますね?」
 「ぐぅっ・・・」
 王は苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
 「受け入れて貰えますね?」
 闘護は更に強い口調で尋ねる。
 「・・・わ、わかった」
 「感謝します」
 闘護は一礼した。
 「では、今後スピリットに命令を行う場合は、私か悠人を通して下さい。それ以外の人間の命令は・・・」
 そこで、闘護は怒気を含んだ視線で王を睨んだ。
 「ヒィイッ!!」
 「従わないように言っておきますから」
 闘護はそう言って、クルリと王に背を向けた。
 そして、そのまま歩いていく。
 「あ、そうだ」
 入り口まで来て、闘護は再び王の方を向いた。
 「な、何だ!?」
 王は恐怖に満ちた口調で尋ねる。
 「セリアとナナルゥは王の命令通り、ラセリオの防衛に連れて行きます。ニムントールとファーレーンについては、ラースの防衛につかせます」
 そう言って、闘護は王の返事も聞かずに謁見の間を出て行った。

 「何故だ!?」
 闘護がいなくなり、ラキオス王は叫んだ。
 「何故生きている!?何故殺せなかった!?」
 王は床に転がされている男を睨んだ。
 「!!」
 男は恐怖の表情を浮かべる。
 「連れて行け!!」
 王は兵に命令する。
 男は兵に引きずられて謁見の間から退場した。
 「ぐぬぅ・・・」
 王は苦い表情でため息をついた。
 「スピリットへの命令はエトランジェごときを通じなければならないだと・・・?」
 王の表情は見る見るうちに憤怒のものになる。
 「エトランジェの分際で小賢しい!!」


─聖ヨト歴330年 スフの月 青 二つの日 朝
 第二詰め所、食堂

 食堂には闘護を始めセリア、ナナルゥ、ニムントール、ファーレーンの四人がそろっている。

 「昨日の命令通り、セリアとナナルゥは俺と一緒にラセリオの防衛に行ってもらう」
 「はい」
 「わかりました」
 セリアとナナルゥは返事をする。
 「ニムントールとファーレーンは、ラースの防衛について貰う」
 「ラース・・・ですか?」
 闘護の命令にファーレーンは目を丸くする。
 「なぜ、ラースに?」
 「ラキオスにいて欲しくないからだ」
 闘護はあっさりと言った。
 「なんで?」
 ニムントールがぶっきらぼうな口調で尋ねる。
 「あのクソ王が変なマネをしないように、だ」
 「・・・トーゴ、王が嫌いなの?」
 「まあね」
 ニムントールの問いに、闘護は即答する。
 「そ、そうなんですか・・・」
 ファーレーンが少し引いた口調で呟く。
 「だったら、どうしてラキオスにいるの?」
 ニムントールが遠慮無く尋ねる。
 「人質がいるしねぇ・・・」
 闘護は頭を掻いた。
 「俺一人、逃げるわけにもいかないんだよ」
 そう言って苦笑する。
 「ま、それはともかく、ラセリオの防衛には本隊からも数人が行っているから、セリアとナナルゥだけで十分だ。それに・・・」
 闘護はニムントールとファーレーンを見た。
 「俺は君たちの実力を知らない」
 【・・・】
 「俺はいきなり実戦で力を見るなんてことをするつもりはない」
 「・・・わかりました。私たちはラースの防衛につきます」
 ファーレーンが答える。
 「頼むぞ」
 「任せて」
 ニムントールが答える。
 「出発は1時間後だ」
 闘護はそう言って立ち上がった。


─聖ヨト歴330年 スフの月 青 二つの日 昼
 リュケイレムの森

 街道を、闘護、セリア、ナナルゥの三人は歩いている。
 隊列は、闘護が先頭、セリアとナナルゥがその後ろに横隊で並んで歩いている。

 「トーゴ様」
 セリアが声をかけた。
 「なんだい?」
 闘護は少し速度を落として、二人に
 「何故、我々を罰しなかったのですか?」
 セリアの言葉に、闘護は目を丸くした。
 「罰しなかったって?」
 「たとえ王の言葉を信じたり、命令に従ったりしたにせよ、我々はトーゴ様の命を狙いました。なのに何故、私たちを罰しないのですか?」
 「そんなの簡単だ」
 闘護は肩を竦めた。
 「俺の暗殺は、いずれ行われていた。そのお鉢が君たちに回ってきただけのこと」
 「・・・」
 「今回の件は、君たちの、俺に対する信頼度の低さが原因で発生した。そしてそれは俺の責任だ。君たちを責める前に、まず俺が精進するべきなんだ」
 「・・・」
 「だから、君たちを罰するつもりはない」
 「・・・それは、甘いと思います」
 セリアは俯いたまま呟く。
 「セリア?」
 「どんな理由があれ、私たちは上官を殺そうとしたのです。それは・・・」
 「クソ王は俺より位が上だぞ」
 闘護はセリアの言葉を遮るように言った。
 「俺より上の人間が命令したんだ。従うのは当然じゃないのか?」
 「し、しかし・・・」
 「そんなに罰して欲しいのなら、戦いで償ってくれ」
 「えっ・・・?」
 闘護の言葉に、セリアは顔を上げる。
 「俺の命を狙った代わりに、仲間の命を守ってやって欲しい」
 「トーゴ様・・・」
 「それともう一つ・・・これはナナルゥにも言えることだが」
 闘護はセリアに続いてナナルゥに視線を移した。
 「自分の命を最優先しろ。自分の命を最優先にしつつ、仲間の命を守ってくれ」
 「トーゴ様・・・」
 「ちょっと無茶苦茶な命令かもしれないけどね・・・」
 闘護は苦笑する。
 「わかったかな、二人とも?」
 「・・・はい」
 「わかりました・・・」
 「OK。じゃあ、行こう」
 闘護は再び前に出て歩き出した。

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