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─聖ヨト歴330年 ホーコの月 黒 一つの日 昼
 エルスサーオ郊外

 「“うぉおおおお!!!”」
 ズバッ!!
 「“!!”」
 悠人の一撃を受け、敵スピリットは声にならない叫びをあげて消滅する。
 「“てやぁあああああ!!”」
 間髪入れず、アセリアが前に飛び出す。
 そして、悠人に攻撃しようと構えていた別のスピリットに向かって【存在】を振り下ろす。
 ザンッ!!
 「“キャァアアアア!!!”」
 絶叫と共に、真っ二つに斬られたスピリットの身体が霧散する。
 「“ハァ!!”」
 「“フ・・!!”」
 その時、悠人とアセリアの両側にいたまた別のスピリットが二人、飛びかかる。
 「“ユート様!!”」
 「“させるか!!”」
 しかし、悠人とスピリットの間にはエスペリアが、アセリアとスピリットの間には闘護が飛び込む。
 ガキンガキン!!
 【“!!”】
 二人は敵の攻撃をしっかり受け止める。
 「“はぁああ!!”」
 ガキーン
 「“らぁ!!”」
 ドゴーン!!
 エスペリアは【献身】で相手をはじき飛ばし、悠人は相手を蹴り飛ばす。
 「“・・・”」
 しかし、四人が固まったことによって、敵の後衛が詠唱を始める。
 「“おっと、そうはいくか!!”」
 すると、闘護が飛び出し、詠唱を始めた敵スピリットの前に立ちふさがる。
 「“ファイアボール!!”」
 詠唱を終えた瞬間、敵スピリットから巨大な火球が放たれる。
 「“うぉおおお!!”」
 闘護はかまわず火球に突っ込む。
 バシュゥッ!!!
 「“!?”」
 しかし、火球は闘護にぶつかった瞬間蒸発する。
 敵スピリットは、目の前で起きた出来事に唖然とする。
 その隙に、闘護の後ろから悠人が飛び出す。
 「“うぉぉぉぉぉっ!!”」
 【求め】を豪快に振り下ろす。
 ザンッ・・!!
 「“あぁああ!!”」
 悲鳴と共に、斬られたスピリットは消滅する。
 ザシュッ・・・
 「“!!”」
 後ろでは、エスペリアが先程ブロックしたスピリットを消滅させていた。
 「“後一人・・・”」
 闘護の呟き通り、敵スピリットは一体しか残っていない。
 「“・・・クッ”」
 形勢不利を悟ったのか、敵スピリットは逃げ出す。
 「“逃がさないんだからぁ!!”」
 その時、悠人達の後方に控えていたオルファリルが詠唱を始める。
 「“マナよ、神剣の主として命ずる。その姿を火球に変え敵を包み込め!ファイアボールッ!!”」
 オルファリルの【理念】から巨大な火の玉が飛び出し、背を向けた敵スピリットに命中する。
 「“ギャァアアアアア!!”」
 断末魔の叫び声と共に、敵スピリットは炎の中に消えていった。

 「“終わったか・・・”」
 悠人は周囲を見回した。
 「“はい。周囲にスピリットの反応はありません”」
 エスペリアが報告する。
 「“ん・・・”」
 アセリアもコクリと頷く。
 「“やったね、パパ”」
 オルファリルが嬉しそうに悠人を見た。
 「“ああ”」
 「“これで安心して龍退治に行けるな。もっとも・・・安心してってのもなんだか変だけど」
 闘護が肩を竦めた。
 「“・・・”」
 「“高嶺君?”」
 悠人は【求め】をジッと見つめている。
 「“ユート様?”」
 「“どうしたの、パパ?”」
 「“【求め】の声が聞こえない・・・”」
 悠人がボソリと呟く。
 「“まだ聞こえてなかったのか?”」
 闘護は目を丸くする。
 「“ああ・・・”」
 「“だが、戦えてたじゃないか”」
 「“あれは、ただ剣を振っていただけだ”」
 「“・・・そうなのか、エスペリア?”」
 闘護が尋ねると、エスペリアは難しい表情で頷く。
 「“はい・・・【求め】はまだ眠っているようです”」
 「“・・・そりゃまずい”」
 闘護は渋い表情で頭を掻いた。
 「“【求め】の力を引き出せないってのは、かなりのハンディだな”」
 「“・・・いえ、大丈夫です”」
 闘護の言葉にエスペリアは首を振った。
 「“エスペリア?”」
 「“私たちがユート様の剣となり、楯となります”」
 「“そうそう。オルファ達が守るからね♪”」
 「“ん・・・”」
 アセリアも頷く。
 「“・・・”」
 三人の返答に、悠人は沈黙する。
 「“・・・当面はそうするしかない、か”」
 闘護は難しい顔でため息をついた。


─聖ヨト歴330年 エクの月 青 三つの日 夕方
 守り龍の寝床

 「“ここに龍がいるのか・・・。どうして、守り龍と呼ばれているんだ?”」
 悠人が尋ねた。
 「“リクディウス山頂の洞窟に住まい、バルガ・ロアーからの使者を討ち滅ぼしました。それ故にそう呼ばれています”」
 エスペリアが答える。
 「“バルガ・ロアーからの使者?”」
 闘護が尋ねる。
 「“世界の裂け目から現れる虚無。マナを食う虚無から、世界を守ると伝えられています”」
 「“・・・そんな言い伝えの龍を倒して良いのか?”」
 「“それが、おっしごとだよ♪パパ”」
 オルファリルが楽しそうに言う。
 「“・・・ん。いこう”」
 アセリアも頷く。
 「“仕事ね・・・ま、確かに仕事だな”」
 闘護は肩を竦める。
 『そうだ・・・俺がやらなければ、佳織が死ぬんだ。バイトだと思えばいい。仕事なんだ!』
 「“行こう”」
 悠人の言葉に全員が頷いた。


─同日、夕方
 守り龍の寝床、最奥部

 「“愚かなる人間共よ・・・か弱き妖精たちを連れて、ここに何しに来たのだ?”」
 『これが・・・龍!!』
 圧倒的なプレッシャーを受けて悠人は戦慄する。

 悠人達の前にいる龍は、二階建ての家と同じほどの大きさだった。
 体中から凄まじいオーラを放っている。

 「“何をしに来たのかと、聞いている”」
 「“私たちはラキオスの使者。偉大なる守り龍よ。私たちはあなたを滅ぼすために参りました”」
 「“大地の妖精よ・・・何故、我と戦う?それが義務だからか?”」
 龍はエスペリアを見た。
 「“それとも自らの意思か?”」
 「“・・・私の意思です。私はラキオスのスピリット。ラキオスの意思が私の意思です”」
 エスペリアは神剣を握りしめ、龍を睨み付ける。
 横顔に決意を漲らせていた。
 「“ふむ・・それもよかろう。幾度もそのようなスピリットをマナの塵としてきた”」
 龍は感情のこもらない声で呟く。
 「“自我を持たぬ事。それも罪の一つなのだから”」
 「“・・・”」
 『罪・・・?』
 龍の言葉に闘護は眉をひそめた。
 「“全力で挑みます。私たちは負けません”」
 「“我を滅ぼすというのか・・・”」
 龍は悠人と闘護を見た。
 「“ふむ。今回は人間を送り込んできたか。今までは妖精だけであったのに”」
 【・・・】
 「“汝も、また虜のようではあるが・・・よかろう。我を滅ぼしてみよ。愚かであることが人間の性なのだからな”」
 龍は一歩前に出た。
 「“我はサードガラハムの門番。ゆくぞっ!!”」
 「“ユート様とトーゴ様は下がっていてくださいっ!”」
 エスペリアが叫ぶ。
 「“アセリア、オルファ!!”」
 「“ん!!”」
 「“はーい!!”」
 三人は前に出た。
 「“アセリア!!オルファ!!”」
 悠人が飛び出そうとする。
 「“ダメだ!!”」
 しかし、闘護が悠人を押さえつける。
 「“闘護!?”」
 「“こっちだ!!”」
 闘護は近くの岩陰に悠人を引きずり込む。
 「“何すんだ!?”」
 「“下がってろ!!”」
 「“馬鹿言え!!俺だって・・・”」
 飛び出そうとする悠人の肩を闘護が掴む。
 「【求め】を使いこなせないお前が何の役に立つ!!」
 「!!!」
 闘護の言葉に悠人は絶句する。
 「今は彼女たちに任せるしかない」
 闘護は悔しそうに呟いた。
 「くっ・・・!!」
 悠人は唇を強く噛み締める。

 「“てやぁああああ!!”」
 アセリアが【存在】を龍に向かって振り下ろす。
 ガキーン!!
 「“・・え!?”」
 しかし、龍の鱗には傷一つついていない。
 「“グォオオオ!!”」
 龍は尾をアセリアに向けて横薙ぎに振り上げる。
 ドゴォッ!!
 「“んぁ・・・!?”」
 アセリアは【存在】で尾を受け止めたものの、その勢いを殺せずに吹き飛ばされる。
 「“アセリア!!”」
 エスペリアが悲痛な声で叫ぶ。
 「“フレイムシャワー!!”」
 バァアアアアア!!!
 後方に下がっていたオルファリルが龍に向かって無数の火の礫を打ち出す。
 「“ガァアアアアア!!!”」
 しかし、龍は口から氷の息吹をはき出す。
 ジュワァアア!!!
 「“えぇ!?”」
 オルファリルの放った火は全て蒸発してしまう。
 「“グォオオーン!!”」
 ドスドスドスッ!!
 更に龍はエスペリアに向かって突進してくる。
 「“くっ・・!?”」
 エスペリアは【献身】を構えて防御態勢を取る。
 ドゴォッ!!
 「“キャアッ!!”」
 しかし、何倍もの大きさの龍の突進に耐えきれるはずもなく、エスペリアは後ろに吹き飛ばされる。
 「“エスペリアッ!!大丈夫か!?”」
 悠人が叫ぶ。
 「“う・・うぅ・・だ、だいじょうぶ・・・です”」
 エスペリアはヨロヨロと立ち上がる。
 「“・・・くっ!!”」
 アセリアも壁に背を預けながら、苦悶の表情を浮かべる。
 「“・・・くそっ!!何だよ、戦いにならないじゃないか!!”」
 悠人が叫ぶ。
 「“伊達に守り龍の名は抱いてない訳か”」
 闘護が悔しげに呟く。
 「“人間よ。何故汝は戦わない”」
 龍は悠人を見た。
 「“その腰の剣は、ただの棒きれにすぎないのか?”」
 龍の眼光に、悠人は完全に立ち竦んでしまっている。
 「“く、くそ・・・”」
 「“所詮は人間か”」
 龍は落胆したように言った。
 「“妖精達に全てを任せ、自らはその楯の影にいる。それで良いのか?人間よ”」
 龍は悠人に続いて闘護にも視線を移す。
 「“・・・痛いとこ、突くねぇ”」
 闘護は悔しそうに呟く。
 「“我はこのまま妖精達を滅ぼす。無論、汝らもマナの塵としよう。哀れな妖精達に命を下した者達も滅ぼすとしようか”」
 「“なんだって!?”」
 『あそこには・・・佳織が!!』
 悠人が愕然とする。
 「“小さき者達の都を火の海としよう”」
 「“ラキオスを攻める・・・”」
 『謁見の間での俺の言葉は真実になるのか・・・?』
 闘護は龍を真正面から睨んでいる。
 「“そんなこと・・・させるか・・・”」
 悠人はゆっくりと呟いた。
 『王都が燃やされてもかまわない・・・だが、関係ない佳織を巻き込むのは・・・許せない!!』
 「“やるしかない!!”」
 悠人は【求め】を構えた。
 『俺がここで戦わないと、みんな死ぬ。なら・・・戦うしかない。勝って帰り着くしかないんだっ!』
 「“バカ剣ッ、目を覚ませっ!俺が死んだら、お前だって困るんだろ!?”」
 悠人は【求め】の柄を強く握りしめる。
 「“俺が契約者だっていうのなら、力を貸せよっ!!”」
 〔・・・我が・・・力を・・・求める・・か?〕
 悠人の頭の中に【求め】の声が響く。
 「“いいから、力をよこせっ!コイツを何とかする力を!”」
 〔ならば・・・代償を支払う・・・より多くの・・マナを・・・汝の血と肉・・・そして・・・汝の・・運命を捧げよ〕
 「“力が手にはいるなら何でもいい!!支払ってやる!!だから・・・”」
 悠人は龍を睨んだ。
 「“俺に、力をよこせぇっ!!!”」
 〔・・・よかろう。汝の求め、しかと受け取った!〕
 その瞬間、悠人の身体に凄まじい力が流れ込む。
 『壊したい・・・目の前の敵を・・・倒したい!!!』
 悠人はその欲求に逆らうことなく、龍に飛びかかった。

 「“でやぁあああ!!”」
 強いマナを込めた【求め】を、渾身の力で龍に向かって斬りかかる。
 ザシュッ!!
 「“ぐぅっ!!”」
 龍の左足に裂傷が走る。
 「“カァアアア!!!”」
 龍は悠人に向かってアイスブレスをはき出す。
 「“させるか!!”」
 闘護が龍と悠人の間に割り込む。
 バシュゥッ!!!
 「“ぐぅ・・・!!”」
 アイスブレスは闘護の身体にぶつかって霧散する。
 闘護の身体には数カ所の凍傷が出来るが、構わず悠人を庇う。
 「“はぁ!!!”」
 その隙に、悠人はジャンプした。
 「“うぉおお!!!”」
 そして、振り上げた【求め】を龍の頭上に叩き降ろす。
 バガッ!!
 「“ギャァアアアアア!!!”」
 龍が悲鳴を上げて首を振り回す。
 悠人はそのまま龍の真正面に着地する。
 「“今だ!!”」
 闘護が叫ぶ。
 「“でやぁあああ!!”」
 悠人はがら空きになった龍の腹に目掛けて【求め】を突いた。

 ドシュッ!!

 「“はぁ・・はぁ・・・”」
 悠人は龍の腹部に突き刺さる【求め】を引き抜いた。
 同時に、なま暖かい返り血が悠人の身体を赤く染めた。
 「“・・・大きすぎる力。また戦いになるという・・・こと、か”」
 龍が、口元から血を流しつつ呟く。
 「“うわっ!?まだ死なないのか、くそっ!!”」
 悠人は【求め】を構える。
 「“ユート様、もう大丈夫ですっ!!大丈夫ですから”」
 エスペリアが慌てて制止する。
 「“もう龍の力は失われていっています”」
 「“・・はぁ・・ふぅ・・”」
 悠人は荒い息を吐く。
 「“高嶺君”」
 闘護が声をかける。
 「“ユート様。落ち着いて下さいませ。落ち着いて下さい・・・”」
 興奮する悠人をエスペリアは抱きしめる。
 「“異界の小さき者達よ・・・汝の持つ、その剣は大きな力を持つ”」
 瀕死の龍は悠人を見た。
 「“異界の小さき者よ。汝は何を求めて戦うのだ?その剣のまま、戦うつもりなのか、それとも別の意思なのか・・・”」
 龍はそこで小さく首を振った。
 「“よい。どちらにせよ。我を倒したのだ。門が開かれたということか・・・”」
 龍は重そうにエスペリアに首を向けた。
 「“小さき妖精達よ。これから始まるであろう事は、そなた達の未来も変えていくだろう”」
 アセリアやオルファリルも、龍の言葉を聞き入っている。
 「“我々は人は好かんが、妖精達は近くに感じている。そなた達に未来があることを願う”」
 「“守り龍様・・・”」
 「“異界の小さき者よ”」
 「“な、なんだ?”」
 悠人が少し震える声で聞き返す。
 「“自らが求めることに純粋であれ”」
 龍は優しく、諭すように言葉を続ける。
 同時に身体全体が霧へと変化していく。
 「“負けぬように・・・小さき妖精達を守るのだ”」
 「“ちょ、ちょっと待てよ!?”」
 悠人は叫んだ。
 「“お前は、俺たちを滅ぼそうとしている龍じゃないのかよ!?”」
 『なんだ?何を言っているんだ!?』
 「“佳織やエスペリア達を守るために、俺は!!”」
 『コイツはただ凶悪で人に害をなす、恐ろしい化け物何じゃないのか!?』
 悠人の頭の中で、様々な思いが錯綜する。
 「“お前は・・・何なんだ?”」
 闘護が呟く。
 「“どうして、そんなに綺麗な目をしている?”」
 「“闘護・・・”」
 「“マナ無き者よ。自らを信じることだ”」
 龍は闘護を見てゆっくりと呟く。
 「“それが心の剣となり、楯となろう”」
 「“自らを信じる・・・”」
 悠人が呟く。
 「“ここで我が滅びることも、またマナの導きなのだろう”」
 龍は顔を上げた。
 「“さらばだ・・・小さき者達よ”」
 龍は最後にそう言って完全に消滅した。
 「“・・・くそっ!!”」
 悠人が悔しげに表情を歪める。
 「“・・・なんだか、随分と話のわかる龍だったな”」
 闘護はボソリと呟いた。
 「“あのラキオスのクソ王の方が、よほどくそったれだ”」
 闘護は吐き捨てた。
 「“・・俺たちは、何のために、誰のために、龍を殺したんだ?”」
 悠人が自問するように呟く。
 【求め】を放し、その場にうずくまる。
 「“マナを解放するため、クソ王のため、龍を殺した”」
 闘護は酷く冷たい声で呟く。
 「“闘護・・・っ!?”」
 悠人は闘護を見上げた。
 『どうして・・・悲しい顔をしている?』
 悠人の疑問通り、闘護は酷く悲しそうな表情をしていた。
 「人間のエゴで龍を殺したんだ」
 闘護は日本語で呟く。
 「龍の言う通りだな・・・人間は好かん。スピリットの方がマシだ」
 「・・・」
 「正直に言うと・・・な」
 闘護は拳を握りしめた。
 「佳織ちゃんさえ王都にいなかったら・・・あんな国、龍に滅ぼしてもらった方がいいと思ったよ」
 「闘護・・・」
 「あの思い上がった愚者共に、己の愚かさを痛感させるチャンスだった」
 闘護の表情はいつの間にか憤怒のものになっていた。
 「“トーゴ様・・・”」
 言葉はわからなくとも闘護の様子を見て、エスペリアは闘護がどういう思いかを理解する。
 「しかし、それは叶えられず、龍は死んだ」
 闘護は小さくため息をついた。
 「龍の言葉・・・重要なことだと思える言葉がたくさんあったが・・・最後に言った言葉が一番俺たちに必要なかもしれないな」
 「最後の言葉・・・」
 「“自分を信じる”」
 闘護はゆっくりと呟く。
 「今は、それが一番だよ」
 そう言って闘護は悠人の肩を叩く。
 「後悔するのは、死んでいった龍に対して失礼だろ」
 「・・・」
 悠人は後ろにいるエスペリアを見た。
 「“ユート・・・様”」
 「“パパ。敵さんは死んだね♪”」
 エスペリアの隣にいたオルファリルが明るい口調で言う。
 「“またオルファ達勝っちゃったよ!”」
 「“オルファ!静かになさい!!”」
 エスペリアがたしなめる。
 「“えー!?ぷぅ”」
 オルファリルは納得がいかない様子で頬をふくらませる。
 「“・・・”」
 闘護は苦い表情でオルファリル達から顔を背ける。
 「“・・・”」
 うずくまった悠人に、エスペリアが近寄る。
 「“ユート様。下山しましょう。私たちは使命を果たしました”」
 「“・・・”」
 「“これで王達もお喜びになるでしょう・・・”」
 「“ああ・・・そうだな。帰ろう”」
 悠人は立ち上がった。
 オルファリルに連れられ、アセリアを後ろに従え、悠人は歩き出した。
 「“・・・”」
 「“トーゴ様”」
 無言で立つ闘護にエスペリアが声を掛ける。
 「“ん?”」
 「“守り龍の言葉・・・トーゴ様を「マナ無き者」と呼びました”」
 「“ああ・・・”」
 「“どういう意味でしょうか・・・?”」
 「“・・・わからん”」
 闘護は首を振る。
 「“エスペリアおねえちゃーん!!トーゴ!!行くよぉ!!”」
 その時、オルファリルの声が洞窟に響き渡る。
 「“はーい。今、行きますよ!”」
 エスペリアは闘護を見る。
 「“とりあえず、今は帰りましょう”」
 「“そうだな”」
 二人は悠人達を追って走り出した。


─同日、夕方
 リクディウス山脈

 『う・・・なんだ?頭が・・・クラクラする』
 悠人の身体がふらつく。
 「“ユート様!!”」
 エスペリアが慌てて悠人の肩を支える。
 「“ユート様・・・大丈夫ですか?”」
 「“はは・・・ちょっと、疲れたかな・・・”」
 悠人はそう言って笑って見せる。
 しかし、その笑みに力が入ってないことは悠人自身もよくわかっていた。
 「“高嶺君・・・”」
 闘護が険しい表情で悠人を見た。
 「“・・・”」
 エスペリアの表情が曇る。
 「“!どうした?”」
 「“パパァ、病気なの?”」
 アセリアとオルファリルも心配そうに悠人の顔をのぞき込む。
 「“大丈夫、だって・・”」
 「“全然大丈夫に見えないよぉ・・・”」
 ドクッ!!ドクッ!!
 悠人の鼓動が異常に強くなる。
 『ぐっ!!ど、どうなってんだ・・・』
 悠人の顔色がどんどん悪くなる。
 「“・・・アセリア。ユート様は私とトーゴ様が看ています”」
 エスペリアはアセリアを見た。
 「“・・ああ”」
 闘護が小さく頷く。
 「“先にオルファを連れて報告に行ってくれませんか?”」
 「“ん・・・わかった”」
 「“え〜。オルファもパパといる〜!!”」
 オルファリルが不満そうに頬をふくらませる。
 「“オルファ。ユート様は大丈夫だから”」
 「“ああ・・・少し休めば、すぐ戻れると思う”」
 悠人がゆっくりと答える。
 「“・・・ほんとう?”」
 オルファリルは心配そうにエスペリアと悠人の顔を交互に見比べる。
 「“ああ、本当だ”」
 悠人は苦しさを表に出さないように注意しながら、力強く頷く。

 オルファリルはそれでも心配そうだったが、最後はアセリアに腕を引っ張られて連れて行かれた。

 「“ふぅ・・・つっ・・・う、はぁ・・・”」
 悠人は気がゆるんだのか、そのまま地面にへたり込む。
 「“大丈夫か、高嶺君?”」
 闘護が悠人の側による。
 「“ユート様、大丈夫ですか?”」
 エスペリアは悠人の額に手を当てた。
 「“ぐぅっ!?”」
 その時、悠人の身体がビクリと震えた。
 「“ユート様!?”」
 「“高嶺君!?”」
 「“なっ、なんなんだ、これは・・・ぐぁああ!!”」
 突然悠人が大声で叫ぶ。
 「“ユート様っ!!ど、どうなされたのですか!?”」
 「“【求め】がっ!!”」
 闘護の叫び声に、エスペリアは【求め】を見た。
 キーン・・キーン・・・
 【求め】は強く輝いていた。
 「“干渉を受けている・・・?それじゃあ、やっぱり・・・”」
 「ぐぁあっ!!がっ・・うぁぁああっ!!あがぁあああ!!」
 ドサッ!!
 「“キャッ!!”」
 「“高嶺君!?”」
 突然、悠人はエスペリアを地面に押さえ込む。
 「うわぁあああああ!!あぁああああ!!!」
 「“キャッ・・・くぅ・・ユート、様・・・”」
 「はぁーっっ!!あぁ、はぁあーっ!!」
 悠人は荒い息を吐いてエスペリアを組み伏せる。
 「はあぁっ・・エスペリア・・ッ!!」
 「“だめです・・・ユート様、負けないで・・・!!”」
 「“高嶺君!!しっかりしろ!!”」
 「“はぁっ、くぅっ・・・辛いん・・だ・・・っ”」
 悠人は顔面汗だくになって苦悶の表情を浮かべる。
 「ぐぁああっ!!」
 「“高嶺君!!”」
 「“くぅっ・・ユート様・・・が、頑張って・・・ください・・っ!!”」
 「あぁっ・・・がぁっ!!」
 「“高嶺君!!”」
 「あがっ、ぐ、ぐぁああああ!!!」
 「“ユート様!!ユート様!!”」
 「“高嶺君!!くっ・・・このっ!!”」
 ドゴォッ!!!
 「がぁっ!?」
 二人の側に駆け寄った闘護は、悠人を蹴り飛ばした。
 悠人の身体はエスペリアの上を通過して、そのまま受け身も取らずに地面に転がる。
 「“トーゴ様!?”」
 エスペリアが血相を変える。
 闘護はエスペリアを跨ぐと、悠人の側に駆け寄る。
 グイッ!!
 そして、そのまま悠人の胸ぐらを掴みあげる。
 「悠人!!」
 「とっ・・とう・・ご・・!!」
 「目を覚ませ!!剣に負けるな!!」
 「う・・うぁあああ!!!」
 悠人は闘護を振り払うと、そのまま近くの木に向かって走り出す。
 「“ユート様!?”」
 「うぉおおおっ!!」
 ガツッ!!ガツッ!!ガツッ!!
 悠人は、凄まじい勢いで自信の頭を木の幹にたたき付ける。
 「くそっ!!くそっ!!くそっ!!」
 「悠人!?」
 「“ユート様、おやめ下さい!!それではあなたがっ!!”」
 「うわぁあああああ!!!」
 悠人は【求め】を抜くと、自分の身体に向ける。
 「あ・・・あぁ・・・?」
 突然、悠人はゆっくりと剣を落とす。
 ドサリ・・・
 そして、力無く地面に倒れた。
 「“ユート様!!”」
 「悠人!!」
 慌ててエスペリアと闘護が悠人に駆け寄る。
 「“ユート様・・・あまり、びっくりさせないで下さい・・・”」
 エスペリアは悠人の上半身を優しく抱き起こす。
 「“はぁ・・・心臓が止まってしまうかと思いました・・・”」
 「“エスペリア・・・ごめん”」
 「“大丈夫か、悠人?”」
 闘護は心配そうに尋ねた。
 「“ああ・・・何とか”」
 「“・・・腹、何ともないか?”」
 闘護は先程蹴った箇所をさする。
 「“・・・ズキズキ、痛むよ・・・”」
 「“すまん・・・”」
 「“いや・・・いいよ”」
 悠人は小さく笑った。
 「“エス・・ペリア・・・”」
 悠人は自分を抱きかかえるエスペリアを見た。
 「“ユート様・・・大丈夫なのですね?”」
 「“ああ、変な頭痛は消えた・・・でも、なんだったんだ、今のは?”」
 「“何でもありません・・何でも・・・”」
 涙声で呟くエスペリアに、悠人は何も言えなくなる。
 「“・・・”」
 しかし、そんなエスペリアを闘護は厳しい視線で見つめていた。
 「“早く、追いつかないと。オルファが心配してる・・・”」
 闘護のそぶりに気づかなかった悠人は呟いた。
 「“はい・・・でも、もう少し休憩してからです”」
 エスペリアの言葉に安心したのか、悠人は瞳を閉じると、すぐに寝息を立てた。

 「“・・・エスペリア”」
 闘護は堅い口調で声をかける。
 「“・・・”」
 悠人を抱きながら、エスペリアは無言で悠人の頭を撫でる。
 「“さっきのは・・・”」
 「“言わないで・・・”」
 闘護の言葉を遮るようにエスペリアは呟いた。
 「“・・・”」
 「“言わないで下さい・・・お願いします・・・”」
 エスペリアの言葉に闘護は苛立たしげに首を振った。
 「“【求め】の支配は強くなっている。悠人にかかる負担はどんどん大きくなっている”」
 「“わかってます・・・!!”」
 エスペリアは絞り出すような声で言った。
 「“悠人を助けるには、【求め】を手放すしかない。だが、佳織ちゃんを人質に取られている以上、それは無理だろうな”」
 闘護は拳を握りしめて続ける。
 「“だったら、悠人に強くなって貰うしかない。【求め】の声に耐えられるように・・・”」
 「“いえ・・・もう一つ、あります”」
 エスペリアはゆっくりと呟いた。
 「“もう一つ・・・?”」
 「“【求め】の望みを・・・満たせば、ユート様の苦しみを軽減することが出来ます”」
 「“・・・本気か?”」
 闘護の問いに、エスペリアは頷く。
 「“しかし、望みと言えば・・・マナを捧げる、か?”」
 「“いいえ・・・本能からの欲求を満たすことです”」
 エスペリアはゆっくりと言った。
 「“本能からの欲求・・・”」
 『つまり、性欲か・・・』
 闘護は苦い表情を浮かべる。
 「“それで、ユート様が救われるなら・・・そして、オルファ達を守ることが出来るなら・・・”」
 エスペリアは決意の表情で呟く。
 「“・・・俺に止める権利はない”」
 闘護はため息をつく。
 「“好きにしなよ”」
 そう言った闘護の表情には、苦悩と自嘲の色が浮かんでいた。


─聖ヨト歴330年 エクの月 青 三つの日 夜
 謁見の間

 「“よくぞ、あの魔龍を打ち倒した!エトランジェの名は伊達ではないようだ。ふぁっはっはっは”」
 王座に座るラキオス王は満足そうに頷く。
 「“これで我が国は龍が保持していたマナを大量得たわけだ”」
 王は心底愉快に笑う。
 「“守り龍などとは所詮は名ばかり。こんな事ならば、もっと早くからスピリットどもをぶつけておくべきだったな”」
 『けっ・・・どこまでも身勝手な・・・ん?』
 その時、闘護の視界に妙なものが写った。
 「“・・・”」
 王の隣には、笑う王を冷めて見るレスティーナがいた。
 『なんだ・・・どうして、そんな目で王を見る?』
 「“エトランジェよ。今回の働きを高く評価している。非力なスピリット共を率い、あれだけ大量のマナを得たわけだからな”」
 「“・・・ちっ”」
 『調子に乗ってるな、この野郎』
 闘護の表情に怒りの色が浮かび始める。
 「“これまで何の役に立っていなかった分を取り戻せたわ”」
 『誰がこの街を守ってきたんだ・・・今回だって』
 悠人は唇を強く噛み締める。
 「“今日よりエトランジェよ”」
 王は悠人を見た。
 「“そなたをスピリット隊の隊長に任命する。スピリット達を使い我が国の先兵を務めるのだ”」
 「“・・・”」
 「“これからはあの館を好きに使うがよい。ある程度の自由は認めよう。スピリット達も好きにしろ”」
 王は悠人の様子にも気づかずに続ける。
 「“大切な道具だからな。使い物にならないようにはするな。ふはっはっは”」
 「“ハッ・・・”」
 悠人は無表情で返事をする。
 『また戦わなくちゃいけないのか・・・』
 「“そなたの義妹のことは任せよ”」
 その時、レスティーナが口を開いた。
 「“働きには報いよう。悪いようにはしない”」
 「“・・・ハッ”」
 「“全てはそなたの働きにかかっていることを忘れぬよう”」
 「“・・・”」
 「“隊長の任については、エスペリアに聞くように。前任者の仕事を知っています”」
 「“承知しました”」
 悠人は、努めて冷静に答える。
 「“うむ、下がってよいぞ。次の戦いまで傷を癒しておけ”」
 王は満足げに頷いた。
 「“戦いはこれから始まるのだからな”」
 「“ちょっと・・・”」
 闘護が挙手する。
 その瞬間、場の空気が一気に緊張する。
 「“な、何だ?”」
 王の表情が一気に怯えのものにかわる。
 「“俺はどうなる?”」
 闘護の問いに、王は呆気にとられるが、すぐにニヤニヤと笑う。
 「“そなたはスピリット隊副長に任命する”」
 「“副長・・・ね”」
 「“それにあたり、第二詰所に移って貰おう”」
 「“第二詰所・・・?”」
 王の言葉に闘護は眉をひそめた。
 「“今後、新たなスピリットは第二詰所に配備される。そなたには、そのスピリット達の管理を任せよう”」
 「“管理・・・?”」
 「“そのエトランジェと共に、スピリットを訓練するのだ”」
 レスティーナが割り込むように言った。
 「“・・・了解した。それと・・・”」
 「“まだ何かあるのか?”」
 「“俺は・・・どうも、ただのエトランジェではないみたいだ”」
 闘護はゆっくりと言った。
 「“だから、エトランジェと区別したい”」
 「“・・・どういうことだ?”」
 王は訝しげに闘護を見る。
 「“エトランジェではない、別の呼称で俺を呼んでくれ”」
 「“別の呼称・・・?”」
 「“そうだ”」
 闘護はニヤリと笑う。
 「“ストレンジャー・・・それが、俺の呼称だ。どうだろう?”」
 「“ストレンジャー・・・どういう意味だ?”」
 「“異邦人・・・他人・・・そんなところだな”」
 「“異邦人・・・他人?”」
 王は闘護の提案に眉をひそめた。
 「“よかろう”」
 その時、レスティーナがゆっくりと言った。
 「“レスティーナ”」
 「“父様。呼称などどうでもいいではありませんか”」
 「“それは・・・そうだが”」
 「“トーゴよ”」
 レスティーナは闘護を見た。
 「“今日より、そなたはエトランジェではなくストレンジャーとなった”」
 「“了解した”」


─同日、夜
 館の食卓

 「“ふぅ・・・”」
 食卓の椅子に座ると、悠人はため息をついた。
 「“さて・・・まずは、おめでとう、か?”」
 対面に座った闘護が、笑み一つ浮かべずに問いかける。
 「“・・・”」
 悠人は何も答えない。
 闘護は、小さく肩を竦めた。
 「“・・・あのとき”」
 「“ん?”」
 「“帰り道・・・エスペリアと話した事・・・”」
 悠人は天井を見上げた。
 「“エスペリアと・・・?”」
 「“エスペリア達がどうして戦うのか・・・龍を倒す必要があったのか・・・”」
 悠人の呟きに、闘護は眉をひそめる。
 「“まだ、迷ってるのか?”」
 「“・・・”」
 「“後者については、今更どう言ってもこじつけになるが・・・”」
 闘護は小さくため息をついた。
 「“龍はラキオスを滅ぼそうとした。だから、倒した・・・それでいいじゃないか”」
 「“・・・じゃあ、エスペリア達が戦っているのは何故だ?”」
 「“・・・スピリットだから、だな”」
 闘護は酷く不機嫌な表情で呟く。
 「“スピリットだったら、どうして戦うんだ?”」
 悠人の問いかけに、闘護は首を振った。
 「“その問いは無意味だ”」
 「“何でだよ?”」
 「“・・・例えば、だ”」
 闘護は悠人の顔をのぞき込んだ。
 「“鳥はどうして飛ぶ?”」
 「“・・・え?”」
 闘護の言葉を理解できず、悠人は固まる。
 「“魚はどうして泳ぐ?”」
 「“な、なんだよ?そんなこと関係ないだろ?”」
 「“本質は同じだ”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“鳥が飛ぶのは当たり前・・・魚が泳ぐのは当たり前・・・そして”」
 闘護の表情が再び険しくなる。
 「“スピリットが戦うのは当たり前・・・そういうことだ”」
 「“何でだよ?”」
 「“それが、この世界の理(ことわり)なんだろ”」
 闘護は吐き捨てるように言った。
 「“理・・・”」
 「“納得いくかどうかは別問題だけどな”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“ユート様・・・トーゴ様・・・”」
 食堂の入り口にエスペリアが立っていた。
 「“エスペリアか・・・”」
 「“・・・なぁ、エスペリア”」
 悠人はエスペリアに話しかける。
 「“本当に龍は、ラキオスに・・・この国に、何か害を及ぼしていたのか?俺にはそうは見えなかった”」
 悠人の言葉に、エスペリアは表情を硬くする。
 「“俺たちは何のために戦って、あの龍は何のために死んだんだろうな・・・”」
 「“・・・戦うことが私たちの役目です”」
 エスペリアはゆっくりと言った。
 「“私たちは道具です。道具が主人の考えを理解する必要はありません。ユート様はカオリ様のために戦ったんです。それは正しいことの筈です・・・それ以上、考えてはいけません”」
 エスペリアの表情には悲しみの色が浮かんでいる。
 「“・・・いけないのです”」
 「“・・・”」
 エスペリアの様子に、悠人はそれ以上問いただせなくなる。
 「佳織のため・・・その言葉を、言い訳にしていくのか?」
 日本語で悠人は呟く。
 『何で、戦うことを正当化してるんだろう・・・』
 悠人は苦悩する。
 「今は、そう考えるしかないだろうね」
 闘護も日本語で呟く。
 「命を奪うことは許されないって考えてたのにな・・・」
 「その思考は、絶対に失わないようにしたいね。ただの殺戮者に成り下がらないためにも・・・」
 「ああ」
 闘護の言葉に悠人は頷いた。


─同日、夜
 闘護の部屋

 食事も終え、闘護はベッドの上で仰向けになっている。

 「「マナ無き者」か・・・」
 闘護は守り龍の言葉を呟く。
 「マナが無い者・・・」
 ムクリと起きあがり、自分の両手を見つめる。
 『この世界の人間は、死んでもマナの霧にはならない。そういう意味で、マナが無いということらしい』
 闘護は夕食後、エスペリアと二人でした話を思い出す。

 「“マナの無い存在は、この世界ではスピリット以外のほぼ全ての生物が当てはまります”」
 「“と、いうと?”」
 「“私たちスピリットは、死ぬとマナの霧となります。これはエトランジェであるユート様も同じです”」
 「“ふむ”」
 「“しかし、スピリットとエトランジェを除く全ての生物は、死んでもマナの霧にはなりません”」
 「“つまり、死体が残ると”」
 「“はい。ですから、守り龍の言葉はおそらくトーゴ様がスピリットでもエトランジェでもない、人間であると・・・”」
 「“それはおかしいだろ”」
 「“・・・はい”」
 「“俺は悠人と同じ世界の人間だ。この世界ではエトランジェになるはず・・・まぁ、ストレンジャーと改称したけどな”」
 「“・・・”」
 「“だとすると、守り龍はどうして俺を「マナ無き者」と呼んだんだ?”」
 「“わかりません・・・”」
 「“もし、言葉通りだとすると・・・俺にはマナが無いことになる。マナが無い・・・マナ・・・無い・・・ん?”」
 「“トーゴ様?”」
 「“なぁ、エスペリア。マナが「無い」って、どういう意味だ?”」
 「“えっ?それは・・・マナを持っていないということでは?”」
 「“じゃあ、エスペリアはマナが「有る」ってどういう風にとらえている?”」
 「“マナが「有る」ですか?そうですね・・・マナを感じたモノなら、マナが「有る」と判断しますが”」
 「“それだ!!”」
 「“え!?”」
 「“つまり、俺にはマナが「無い」んじゃなくて、マナを「感じなかった」んじゃないのか?そう考えると、守り龍が俺を「マナ無き者」と呼んだのも納得がいく”」
 「“ど、どういう意味ですか・・・?”」
 「“エスペリアは、悠人やアセリアを探すとき、どうする?”」
 「“探すときって・・・”」
 「“マナの気配や永遠神剣の気配を感じたりして探したりしないか?”」
 「“それは・・・あります”」
 「“俺に、その方法が適用できるか?”」
 「“・・・”」
 「“どうだ?”」
 「“・・・無理です。トーゴ様からはマナを感じること・・・が・・・”」
 「“出来ないだろ”」
 「“・・・”」
 「“守り龍もそうだったんだよ。俺からマナを感じなかったんだ”」
 「“・・・”」
 「“ん?どうした、エスペリア?何かおかしいところがあったか?”」
 「“トーゴ様は・・・何者なのですか?”」

 「マナを感じない俺は何者か・・・」
 ふと、呟いてみる。
 「ストレンジャー・・・自分がエトランジェとは違うと思ったから、区別する上で考えた呼称だが・・・」
 『じゃあ、俺は一体何者なんだ?』
 何度も浮かぶ疑問を考えてみる。
 『エトランジェと身体能力は変わらないみたいなのに、この世界の人間と同じような生物・・・』
 「わからん」
 そう呟くと、ゆっくりと寝返りを打つ。
 「まぁ、今は考えるのは止めよう」
 『どんなに考えても答えは出そうにないし・・・』
 闘護はそう割り切って、眠りについた。


─聖ヨト歴330年 エクの月 赤 四つの日 朝
 訓練所

 「“ん・・・?”」
 訓練所に出た闘護は、悠人の様子に眉をひそめた。
 「“どうした、悠人?”」
 「“・・・”」
 闘護の声にも気づかず、悠人は呆けている。
 「“おい、悠人”」
 闘護は少し声を大きくする。
 「“・・ん?あぁ、闘護か・・・”」
 「“闘護か、じゃないだろ”」
 悠人は肩を竦める。
 「“ボケッとしてると、怪我するぞ”」
 「“ああ・・・そうだな”」
 「“・・・”」
 全く様子の変わらない悠人に闘護はため息をつく。
 「“なぁ、闘護”」
 「“ん?”」
 「“俺って・・・最低だよな”」
 悠人の言葉に、闘護は眉をひそめる。
 「“何かあったのか・・・?”」
 「“・・・別に”」
 悠人は闘護から視線をそらして呟く。
 「“・・・言いたくないなら、いいけど”」
 闘護は小さく肩を竦めた。
 「“・・・”」
 「“・・・一つだけ、助言するよ”」
 闘護は悠人を見た。
 「“何をしたかは知らないけど・・・後悔する暇があるなら、二度とそういうことはするな”」
 「“・・・”」
 闘護の言葉に、悠人は顔を上げる。
 「“自分を責める前に、反省しろ。反省して、学習しろ。それが重要なんだ”」
 「“・・・”」
 悠人は呆然と闘護を見つめる。
 闘護は肩を竦めた。
 「“とにかく、訓練の時は集中しろよ。じゃないと、怪我するぜ”」
 「“わかってる”」
 「“じゃあな”」
 闘護が去って、悠人は一人になる。
 「“俺は・・・エスペリアを・・・どうして拒まなかったんだ・・・”」
 悠人は自分の掌を見つめる。
 「“どうして・・・拒めなかったんだ?”」


─同日、昼
 訓練所

 「“ん?”」
 訓練所の入り口で、闘護は沈んだ表情のエスペリアを見つけた。
 「“エスペリア”」
 「“あ、は、はい・・・”」
 闘護に声を掛けられて、エスペリアは顔を上げた。
 「“どうしたんだ?ボケッとして・・・”」
 「“い、いいえ・・・”」
 首を振るエスペリアだが、明らかに様子がおかしい。
 「“・・・そう言えば、悠人もボケッとしていたが”」
 「“!!”」
 闘護の言葉に、エスペリアはビクッと反応する。
 「“何があったんだ?”」
 「“・・・失礼します”」
 エスペリアは闘護の横をすれ違って訓練所から出て行った。
 「“・・・さて”」
 エスペリアの背中を見ながら闘護は頭を掻いた。
 『何かあったな・・・悠人とエスペリアの間で』


─同日、夕方
 第一詰め所近くの森

 「何だ、こんな所に俺を呼び出して?」
 闘護は、目の前にいる悠人に尋ねた。
 「・・・」
 悠人は何かを言いたそうな表情で、しかし何も言わずに黙っている。
 「・・・何か、あったのか?」
 闘護の問いに、悠人はビクリと身を竦ませる。
 「悠人・・・?」
 「・・・」
 沈黙する悠人に、闘護はため息をつく。
 「全く・・・俺は超能力者じゃないんだぞ。言わないとわからん」
 「・・・」
 それでも沈黙する悠人に、闘護はあさっての方向を見る。。
 「そういえば・・・エスペリアの様子がおかしかったな」
 「!!」
 闘護の言葉に、悠人は過剰に反応する。
 「・・・何があったんだ?」
 「・・・」
 それでも黙り続ける闘護に、悠人は小さく首を振った。
 「セックスでもしたのか?」
 「そ、そこまでしてない!!・・・って!?」
 悠人が驚愕の表情を浮かべる。
 「・・・図星か?」
 「ど、どうしてそれを・・・」
 「それよりも、話ってそのことか?」
 悠人の言葉を遮るように、闘護が尋ねた。
 「・・・ああ」
 「どうして、エスペリアがそんなことをしたのかわからない・・・ってところか?」
 「いや・・・それは・・・」
 「アセリアやオルファではなく、自分が相手をする・・・とでも言ったのか?」
 「お前・・・何で?」
 悠人は信じられないような目つきで闘護を見る。
 「何度かエスペリアと話をしててな・・・彼女がそういうことをするかもしれないと思ってただけだ」
 「・・・」
 闘護の言葉に、悠人は俯く。
 「何をしたのかは知らんが・・・剣の欲望を抑えるためには、仕方ないことだ」
 「仕方ないだって!?」
 闘護の言葉に、悠人は血相を変える。
 「違うのか?」
 「俺は・・・エスペリアにそんなマネはして欲しくない!!」
 「だったら!!」
 闘護はビシリと悠人の鼻先に人差し指を向けた。
 「剣に打ち勝て」
 「剣に・・・?」
 「剣の声に負けるな。剣を自分の物にしろ」
 闘護は悠人の腰に差してある【求め】を睨んだ。
 「【求め】に身体が乗っ取られたら、どうなるか・・・わかっているだろう?」
 「・・・」
 「お前が剣に負ければ、同じ事が起こる」
 「・・・」
 「お前はずっと剣に負け続けてるんだぞ」
 闘護は厳しい視線を悠人に向けた。
 「確かに、今のところはどうにか事なきを得てるが・・・それでも、エスペリアがお前を疑うのは当然だ」
 「・・・」
 悠人は悔しそうに唇をかむ。
 「彼女がそういうことをするのは、お前を疑っているからだ。彼女の信頼を取り戻したいのなら・・・二度と剣に負けるな」
 「剣に・・・負けない」
 「そうだ」
 闘護は悠人の肩をポンと叩いた。
 「できるか?」
 「・・・やってみるよ。いや」
 悠人は首を振った。
 「やらなくちゃいけないんだ」
 悠人の言葉に闘護はニヤリと笑う。
 「それでいい」


─聖ヨト歴330年 エクの月 青 五つの日 朝
 謁見の間

 条件付きではあるが、佳織と対面させてくれるという。

 「よかったな、悠人」
 走りながら闘護が言う。
 「ああ」
 悠人は短く返事をするだけで闘護の方を見ない。
 『佳織ちゃんのことしか見えてないな、こりゃ』
 闘護は心の中で苦笑する。

 二人は謁見の間に勢いよく駆け込む。
 多少荒くなった呼吸を整え、前を見る。
 そこには佳織がいた。
 「佳織・・・」
 「お兄ちゃん・・・」
 悠人の姿を認めるなり、佳織は瞳を潤ませて走り寄ってきた。
 「お兄ちゃん・・お兄ちゃんっ!!」
 カシャン・・・
 悠人の身体に佳織が飛びつく。
 その勢いで、佳織の少し大きめの眼鏡が外れて床に落ちた。
 「佳織・・・大丈夫だったか・・・?」
 「・・・っ、うんっ」
 悠人は佳織を強く抱きしめる。
 「よかったな、悠人」
 闘護は落ちた眼鏡を拾い上げて、二人に笑いかける。
 「ああ」
 「神坂先輩・・・」
 佳織は視線を闘護に向ける。
 「いいって、今は悠人に甘えなさい」
 闘護の言葉に佳織は頷くと、悠人の身体に顔を押しつける。
 「ごめんなさい・・・ごめんなさい、お兄ちゃん・・・神坂先輩・・」
 「・・・っ!!」
 「・・・」
 佳織の言葉に、二人は表情を固める。
 『佳織・・・違うんだ。お前は悪くない』
 「・・・ごめんな、佳織」
 「・・・っ!!」
 悠人の言葉に、佳織は激しく首を振る。
 くぐもった声で、小さな鳴き声が聞こえた。
 「そんなことしてたら・・・お兄ちゃんも神坂先輩も、壊れちゃうよぉ・・・」
 「佳織・・・大丈夫だから」
 悠人は佳織の背中を優しく撫でる。
 「俺たちは俺たちの意思で決めたんだ」
 闘護はそう言って肩を竦める。
 「お兄ちゃん・・・先輩・・・」
 「なぁ、佳織」
 「・・グス、ぅ・・ん?」
 「オルファに聞いたんだけど、もうこっちの言葉とかバッチリなんだろ?」
 「え・・・?」
 突然の悠人の言葉に佳織は目を丸くする。
 「凄いな。俺なんか、まだ結構危ないのにさ」
 悠人は冗談めかして言う。
 「そりゃあ、当然だろ。真面目に勉強しないからだ」
 闘護がおどけた口調で突っ込む。
 悠人はそんな闘護に視線で“うるさい”と言う。
 「佳織。フルートの練習とかはやってるのか?」
 悠人は佳織に視線を移す。
 「見慣れない食べ物が出ても、好き嫌いとかはするなよ」
 佳織の頭を優しく撫でながら悠人は続ける。
 「私は・・・平気だよ」
 佳織は顔を上げると笑った。
 無理をしているのは二人にも解ったが、それは確かに微笑みだった。
 「うん、だいじょうぶ・・・お兄ちゃんこそ、好き嫌いしないで食べてる?」
 「うっ・・・」
 「確か、リクェムがダメなんだよな」
 闘護がからかうように言う。
 「リクェム・・・あの、ピーマンみたいなの?」
 「・・・」
 悠人は僅かにたじろぐ。
 「ダメだよ、お兄ちゃん。ちゃんと食べなきゃ」
 「うぅ・・あれ、苦手なんだよな」
 悠人は情けない表情を浮かべる。
 「もう・・・」
 佳織は小さく笑った。
 「あまり、エスペリアさん達に迷惑かけちゃダメだよ?」
 「・・・任せろって」
 悠人は頷く。
 「俺、こっちに来てからはしっかり者なんだからさ」
 「ふふ・・・本当かな?」
 佳織は闘護を見る。
 「さあ、どうだろう?」
 闘護が肩を竦める。
 「こういうときは“その通りだ”って、言ってくれよ」
 悠人は恨みがましい視線を闘護に向ける。
 佳織は、小さく頭を振った。
 「信じるよ、お兄ちゃん・・・だから・・・だから・・・あ・・」
 再び、佳織の瞳から涙がこぼれ始める。
 それを隠すように、佳織は悠人の胸に頭を押しつけてきた。
 「お兄ちゃん・・・だから、だから・・・」
 そう言って、言葉が続かなくなる。
 「佳織ちゃん・・・」
 「佳織・・・帰ろう。絶対に」
 「・・・うん」
 悠人の言葉に佳織は頷く。
 「帰って・・・一緒にご飯食べて・・・それから、一緒に遊ぼう・・・」
 佳織は顔を上げた。
 「お寝坊だって、ちょっとだけ許してあげるから、ね?」
 「ああ!」
 悠人は佳織の頭をポンと叩く。
 「また、一緒に演奏しような」
 闘護はそう言って佳織に眼鏡を渡す。
 「はい、神坂先輩」
 その時、レスティーナが奥から出てきた。
 『あれ・・・そういえば、レスティーナの監視下にいなきゃいけなかったんじゃ・・・?』
 悠人は心の中で首を傾げる。
 『もしかして・・・気を利かせてくれたのか?』
 悠人はレスティーナの顔を見るが、その表情からはうかがい知ることは出来なかった。
 「“・・・時間です。カオリ、こちらへ”」
 「・・・」
 レスティーナの言葉にカオリはコクリと頷く。
 『佳織・・・』
 悠人は闘護を見た。
 「(フルフル)」
 闘護は厳しい表情で首を振った。
 「闘護・・」
 「今、逃げたら、ずっと逃げ続けることになる」
 「・・・」
 「我慢だ。耐えるんだ」
 闘護の言葉に、悠人はぐっと唇を噛み締める。
 『そうだ・・・今は、耐えるんだ』
 悠人は、少し赤くなった佳織の目を正面から見る。
 「大丈夫だ、佳織。きっと、またすぐ会えるって!」
 「お兄ちゃん・・・うん」
 佳織はコクリと頷いた。
 悠人はそのまま視線を奥にいるレスティーナへと移す。
 「“・・・佳織のこと、頼む”」
 「“安全は保証しましょう”」
 「“その言葉、違えたときは・・・”」
 闘護はギラリと殺気のこもった視線をレスティーナに向ける。
 「“レスティーナ=ダィ=ラキオスの名にかけて”」
 レスティーナは闘護の殺気に負けじと、凛とした口調で答える。
 「“そうか・・・わかった”」
 悠人と闘護はそのまま二人に背を向ける。
 『俺は絶対に佳織を守る・・・自分の手を汚すことになったとしても・・・』
 『これで後には引けなくなった・・・戦うしかない。俺たちが生き残るために・・・』
 二人はそれぞれ決意を胸に歩き出す。

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