作者のページに戻る

─聖ヨト歴330年 レユエの月 黒 五つの日 朝
 館の食卓
 
 「“ユート様。あのとき以来、剣の声がするということはありませんか?”」
 食事中に、エスペリアが突然切り出した。
 『あのとき・・・アセリアを押し倒したときのことか』
 「“あ、ああ、大丈夫だよ。それよりも、剣の力が使えないことの方が問題かな”」
 悠人は答える。
 『・・・嘘だな』
 闘護は漠然と思った。
 『随分とやつれている・・・かなり、まいってるみたいだ』
 そう思っても、悠人の為にやれることがない闘護はただ、黙っているしかない。
 「“本当ですか?お顔の色が優れませんが・・・”」
 「“パパ、びょーき?”」
 オルファリルが心配そうに尋ねてくる。
 「“いや、違うよ。病気なんかじゃないさ。ただ寝付きがなんか悪いんだよ”」
 「“神剣は場合によっては心を蝕みます。その欲求に答えないと・・・”」
 「“いや、コイツはただ俺を苦しめたいのか、頭痛をさせるだけさ。ちょっときついけど大丈夫だよ”」
 エスペリアの言葉を遮るように悠人は答える。
 「“本当に・・・大丈夫なのですね?”」
 「“パパ、大丈夫?”」
 「“大丈夫さ。みんな心配性だなぁ。さ、早く食べないと次の訓練に遅刻しちまうぞ”」
 悠人は努めて明るい口調で言った。
 【“・・・”】
 エスペリアとオルファリルは、相変わらず心配そうな表情で悠人を見る。
 「“本人が大丈夫って言ってるんだから大丈夫なんだろ”」
 その時、闘護が口を挟んだ。
 「“トーゴ様・・・”」
 「“だろ、高嶺君?”」
 闘護が悠人に尋ねる。
 『ほら、高嶺君』
 『闘護・・・すまん』
 アイコンタクトで会話をすると、悠人は頷く。
 「“闘護の言う通り。ホント、大丈夫だから”」

 結局、それ以上エスペリア達は追及しなかった。


─聖ヨト歴330年 ホーコの月 緑 一つの日 昼
 謁見の間

 『相変わらず、この視線には慣れないな・・・』
 悠人は心の中で呟く。
 周囲の好奇と嫌悪に満ちた視線。
 それを感じるたびに、自分やエスペリア達スピリットが見下されているように思う。
 『エスペリア達は、ずっとこの視線に耐えてきたのか・・・』
 「高嶺君」
 その時、隣にいた闘護が小さく声をかけた。
 「何だ?」
 「何を考えていたかは知らないけど、随分と機嫌が悪いようだな」
 「・・・ここに来ると、いつもイライラするんだよ」
 悠人はブスリとした表情で言った。
 「なるほどね」
 闘護は納得したのか、沈黙する。

 「“エトランジェよ。時は満ちた・・・さぁ、我々のために働いてもらう時が来たぞ”」
 王がゆっくりと語り出す。
 「“この王都より北に向かった、リクゥディウス山脈に龍が住む洞窟がある。そこに赴き、マナを解放してくるのだ”」
 王の言葉に、周囲が騒然とする。
 身分の高いと思われる初老の男は、目を剥いて王に抗議している。
 『それほど、龍というのは恐ろしい存在なのか・・・?』
 悠人は漠然と思った。
 「“静粛に、皆のもの。これは既に決定された事なのだ”」
 王は低く、圧迫感のある声で言った。
 すると、周囲はしんと静まりかえる。
 『ふん・・・誰も、王には頭が上がらないのか』
 闘護は内心で、周囲の人間を嘲る。
 「“確かに・・・いままで、リクゥディウス山脈の龍は、我が国の守り龍として代々祭られてきた。しかし・・・既にそんな無意味なものを存在させておくことは出来ない時代となったのだ”」
 『ふん・・・』
 悠人は鼻を鳴らすと顔を上げた。
 「!?」
 その時、悠人の視界に入ったのは、嘲りとも哀れみともつかない表情で王を見ているレスティーナだった。
 「“国を護ることも出来ない龍など。存在させておく価値が本当にあるとは思えぬ”」
 王はそんなレスティーナの顔など全く気づかずに続ける。
 「“龍を倒せば大量のマナが解放される。あの山脈はもちろん我々のエーテル変換の領域である。それに・・・”」
 ニヤリと笑い、王は悠人に視線を投げかける。
 ちょうど顔を上げていた悠人と王の視線がぶつかる。
 そして、王はゆっくりと悠人を指さす。
 「“そのためのエトランジェなのだ・・・”」
 王がそう言った瞬間、あれほど不安そうな表情をしていた周囲の人間は、安心した表情に変わっていく。
 『自分がやらなくていいとわかった途端、これか・・・』
 悠人の心にジワリジワリと怒りが充満してくる。
 『どこまでもクソな奴らだ』
 闘護は心の中で吐き捨てた。
 「“エトランジェよ。無論、やってくれるな?”」
 闘護の呟きに気づかず、王は尋ねる。
 その顔には、歪んだ笑顔が張り付いていた。
 『コイツの笑顔・・・瞬と同じだ。他人を見下した表情・・・』
 悠人は唇を噛み締める。
 『佳織を人質に強制しているヤツが・・・よく言うっ!!』
 悠人は拳を握りしめた。
 『あの頭痛を耐えてでも・・・こいつらを!!』
 その時、
 クイッ・・・
 「!?」
 悠人の服の裾が引っ張られる。
 『エスペリア・・・?』
 悠人の後ろにはエスペリアが控えている。
 『そうだ・・・ここに来る前に・・・』
 悠人は先程あったエスペリアとの会話を思い出す。

 「“ユート様、トーゴ様・・・どんなことを言われても、決して怒りを爆発させないで下さいませ”」
 「“今は耐えるときです。カオリ様のためにも・・・そして、ユート様達のためにも”」

 『サンキュ、エスペリア』
 悠人は後ろを小さく振り返り笑顔を返した。
 エスペリアは安心したように裾を放す。
 そして、悠人は努めて無表情で王を見た。
 「“・・・”」
 王は相変わらずニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべている。
 悠人は王を睨むことなく、口を開いた。
 「“ラキオス王の命・・・しかと承りました”」
 悠人は表情を変えることなく続ける。
 「“我々は全力を持って、リクゥディウスの龍を討伐し、ラキオスにマナを持ち帰ります”」
 悠人は胸に手を当てて、はっきりとした口調で宣言する。
 「“う・・うむ”」
 それを受け、鷹揚に頷くラキオス王。
 『ん?あの目は・・・』
 「君に恐れを抱いたみたいだな」
 闘護が小さく呟く。
 闘護の言うとおり、一瞬、ラキオス王の目には悠人を恐れるような色が見えた。
 『ふん・・・いい気味だ』
 悠人は心の中で呟く。
 「“よく言った。それでこそ我が国が誇るエトランジェ”」
 王は悠人達を見回した。
 「“スピリットと共に、明朝出立せよ”」
 「“ハッ!!”」
 「“解っていると思うが・・・失敗の報告など、受け付けぬぞ”」
 「“はい、わかっております!”」
 悠人は素直に頭を下げる。
 「“というか・・・”」
 その時、闘護が口を開く。
 「“失敗したら・・・怒り狂った龍が王都を襲うかもね”」
 【!!!!!】
 何気なく呟くその一言が、周囲の人間の恐怖心を一気に覚醒させた。
 先程以上のざわめきが起こる。
 「“トーゴ様!!”」
 エスペリアが真っ青な顔で闘護を見る。
 「“君は黙ってて”」
 闘護は片手をあげてエスペリアを制する。
 「“ラキオス王”」
 そして、闘護は立ち上がった。
 その瞬間、騒然とした周囲は一気に静まりかえる。
 「“な、なんだ!?”」
 王は明らかに恐怖した表情で聞き返す。
 「“我々が失敗した場合、あなた方がどうなるか・・・その事については、覚悟はお済みでしょうね?”」
 「“・・・”」
 王は絶句している。
 「“・・・ま、別に良いですけど”」
 返答しない王に、闘護は首を振った。
 「“どうせ、もう命令は受理しましたし。今更やめろと言われてもやめませんから”」
 闘護は酷く冷たい口調で言った。
 「“・・・”」
 王を始め、周囲の人間は一様に恐怖の表情を浮かべている。
 「“トーゴ!我々を愚弄すると許しませんよ!!”」
 その時、レスティーナがゆっくりと言った。
 「“我がラキオスの王族は、聖ヨト王国の末裔。そのような覚悟が出来ないと思うのか!?”」
 凛とした口調で叫ぶ。
 闘護はレスティーナを見た。
 『あの目・・・成る程。彼女は覚悟が出来ているみたいだな』
 内心、小さく笑う。
 『彼女だけでもマシか・・・ならば』
 「“無礼をお詫びする”」
 闘護はゆっくりと頭を下げた。
 「“わかればよい”」
 レスティーナがゆっくりと言った。
 「“では、もう一つ”」
 しかし、闘護は顔を上げて王を見た。
 「“な、何だ!?”」
 「“今回も攻める作戦・・・私には不向きかと”」
 闘護はそう言って己の手を見る。
 「“私は攻撃力が皆無です。また、スピリットの攻撃には耐えられても、龍の攻撃には耐えられるかどうか・・・”」
 闘護が難しい顔で呟く。
 その瞬間、王が酷く愉快そうに笑った。
 「“ハハハ、何を言っている?お前達全て、討伐に参加すると言ったであろう?”」
 「“ですから、私が行っても足手まといにしか・・・”」
 「“攻撃は出来なくとも、盾くらいにはなるだろう?”」
 闘護は王の目を見た。
 闘護は、その瞳に嫌悪と嘲笑の光を感じた。
 『ふん・・・やはり、な』
 闘護は膝を折った。
 「“わかりました。私も参加します”」
 「“うむ”」
 王は鷹揚に頷く。
 闘護は悠人を見た。
 「俺の用は終わりだ」
 闘護の言葉に頷くと、悠人は再び顔を上げた。
 「“我が剣【求め】に誓い、龍討伐の命を果たします”」
 悠人の宣言に、周囲の人間がざわめく。
 「“うむ。では、準備をしっかり行うように・・・下がってよい”」
 「“はい”」
 悠人達が立ち上がった。
 その時、
 「“エトランジェ達よ”」
 レスティーナが声をかける。
 「“あ、はい”」
 「“何か?”」
 悠人は素で、闘護は冷静に返事をする。
 「“あなた達の身体はこの国全体のもの・・・必要とされている。必ず無事に、帰ってくるように・・・”」
 レスティーナがゆっくりと言った。
 「・・・」
 悠人は半ば唖然とした表情で聞く。
 一方、闘護はレスティーナではなく、王を見ている。
 『王の表情が険しいな』
 レスティーナの横顔を、王は苦々しい表情で見ている。
 『まさか・・・俺に対しても無事で帰ってこいなんて言ったのが気に入らないのか?』
 闘護は心の中で呟く。
 「“はい、殿下。ありがとうございます。必ず戻ります”」
 悠人が頭を下げて言う。
 「“・・・善処する”」
 闘護はぶっきらぼうに答えた。
 その時、闘護は王の表情が明らかに不愉快なものになった事を見逃さなかった。
 「“わかればよい・・・では、成果を期待する”」
 「“はいっ!!”」
 悠人を先頭に、闘護、エスペリア達が続く。


 「なぁ、闘護」
 歩きながら、悠人は闘護に声をかけた。
 「何だ?」
 「さっき、王に口答えしてたけど・・・」
 「ああ」
 「自重しろよ」
 「自重したよ」
 闘護は肩を竦めた。
 「あれでか?どう聞いても挑発にしか・・・」
 「最初の質問は当然の質問だ」
 悠人の言葉を遮るように闘護は言う。
 「これからやること・・・そのリスクは、俺たちだけにある訳じゃない。命令を下したラキオス王国にツケを払って貰う可能性は十分ある」
 「それは・・・そうだが・・・」
 悠人は難しい顔で押し黙る。
 「“・・・”」
 エスペリアは、二人の言葉がわからず、口を挟めない。
 「二つ目の質問・・・俺の事については」
 闘護は忌々しげに表情を歪める。
 「確認・・・と、ヤツの気を紛らわせてやっただけだ」
 「・・・どういう意味だ?」
 闘護の言葉の意味がわからず、悠人は尋ねる。
 「確認したかったのは、俺を戦場に出す意図・・・答えは、君たちの盾になるため」
 「前と同じ、盾になれってことか」
 「いや、レスティーナとは意味合いが違う」
 闘護は吐き捨てるように言った。
 「?」
 「あのクソ王はね。俺に死んで欲しいのさ」
 「闘護に・・・死んで欲しい?」
 「そうだ」
 闘護は頷いた。
 「俺はクソ王の表情をずっと見ていた。俺に“盾になれ”と言ったときの目からは、嫌悪を感じたよ」
 「・・・」
 「これは被害妄想じゃないと断っておく。クソ王の奴、俺に盾になれと言ったが・・・アレはむしろ、盾になって死んでくれって意味だよ」
 「・・・」
 「その後、レスティーナが“帰ってくるように”って言ったとき、不愉快そうな表情をしてた。おそらく、俺には帰ってきて欲しくないからだろう」
 闘護はそう言うと鼻を鳴らす。
 「これはあくまで俺の推測だけどな・・・間違いないだろうね。訓練中に殺そうとしたぐらいだからな」
 「闘護・・・」
 「で、気を紛らわせたってのはな・・・」
 闘護は肩を竦める。
 「あのクソ王、最初の質問で随分と肝を冷やしただろ。次の質問で、少しストレスを解消させてやったんだ。自分の優位を気づかせるために、な」
 闘護はペッと唾を吐く。
 「あの手合いは、猜疑心が強く嫉妬深い。下手にストレスをため込ませると、後々面倒になるんじゃないかと思った」
 「・・・」
 「だから、憂さ晴らしをさせてやったんだよ・・・わかりやすくていいね。ああいう野郎の思考は」
 闘護は嘲笑しながら言う。
 「・・・だけど、それなら結局お前は危険じゃないのか?龍の攻撃に耐えられないかもしれないのなら・・・」
 「それは君たちも同じだろ。それに・・・」
 闘護はニヤリと笑った。
 「どうせ、最初から行くつもりだったんだ」
 「・・・」
 「盾になる・・・そして、帰る。それが・・・」
 闘護は拳を握りしめた。
 「俺の任務だ」


─同日、夕方
 悠人の部屋

 「ふぅ・・・」
 悠人は息をついた。
 「どうした?」
 対面の椅子に座っている闘護が尋ねた。
 「いや・・・さっきのことを思い出してた」
 「さっき・・・?」
 「謁見の間のことだよ」
 悠人は肩を竦めて苦笑する。
 「よくもまぁ、あんな大見得切れたよな・・・」
 「そんなに難しいことか?」
 闘護の言葉に、悠人は眉をひそめる。
 「闘護。お前はケンカを売り慣れてるかもしれないけど、俺は慣れてないんだよ」
 悠人の言葉に、闘護は目を丸くする。
 「それもそうか・・・はは」
 「ははは」
 二人は愉快そうに笑った。

 「ふぅ・・・」
 ひとしきり笑うと、悠人は窓の外を見た。
 「・・・綺麗だなぁ」
 夕日の映えた空は美しい赤色に彩られている。
 「確かに・・・綺麗な夕日だ」
 闘護も頷く。
 「佳織も今・・・この夕日を眺めているのかな?」
 悠人がボソリと呟く。
 「・・・かもな」
 「もし佳織に傷一つでもつけてみろ・・・その時は・・・」
 悠人の表情が険しくなる。
 「高嶺君」
 闘護がたしなめるように呼びかける。
 「・・・ああ、わかってる」
 悠人は頷くと、目を閉じて心を落ち着かせる。
 「・・・」
 しばらくして、悠人は目を開けた。
 「落ち着いたか?」
 「ああ」
 悠人は頷く。
 「俺は・・・佳織を助けて・・・元の世界に帰る」
 『だが、それで何をする・・・?帰って何を・・・?』
 悠人の心の中にふと、新たな疑問が浮かんだ。
 コンコン
 その時、ドアがノックされた。
 「“はーい?”」
 「“パパ!!オルファだよ。入っていい?”」
 「“ああ、いいよ。ドアは開いてるから”」
 「“は〜〜い♪おじゃまするねぇ〜”」
 ドアを開いて勢いよくオルファリルが入ってきた。
 「“あ、トーゴだぁ”」
 オルファリルに声をかけられ、闘護は右手を挙げて挨拶する。
 オルファリルは悠人の所へ駆け寄って、膝の上にちょこんと座り込む。
 「“えへへ〜♪”」
 「“どうしたんだい?”」
 ニコニコ顔のオルファリルに、悠人が尋ねる。
 「“ね、パパァ”」
 「“ん?”」
 「“さっき王様の前のとき、カッコよかった〜!へへ、惚れ直したよぉ♪”」
 「“ぷっ!”」
 闘護が吹き出す。
 「“なんか変だな、その言い方・・・?惚れ直したって、何?”」
 「“そうかなぁ・・・言葉通りなんだけどなぁ?でも、ホントにパパ、カッコよかったよ!”」
 ニコッと笑って言うオルファリルに、悠人は苦笑する。
 「“サンキュ、オルファ。でも俺、本当はちょっとビビってるんだ”」
 「“えぇ?何でなの?”」
 「“自分で言っておきながらだけど、龍退治なんて、さ・・・”」
 「“確かに、な”」
 闘護も頷く。
 「“大丈夫だよ♪だって、パパ強いんだもん”」
 オルファリルは無邪気に笑った。
 「“ありがとな、オルファ・・・でも、俺はそんなに強くないよ”」
 悠人の言葉にオルファリルは首を振る。
 「“そんなことないよぉ〜。オルファ、わかってるんだから”」
 「“そうかな・・・?”」
 悠人は小さく首を傾げた。
 「“ウン!!ホントのホントだよ?それに、みんなも解ってるんだから”」
 「“みんな?”」
 闘護が小さく首を傾げた。
 「“アセリアお姉ちゃんも、エスペリアお姉ちゃんも、それに・・・”」
 指を折りながら名前を挙げてゆく。
 「“カオリも・・・きっと王女さまもだよ♪”」
 やけに自信たっぷりにオルファリルは言う。
 「“・・・じゃあ、高嶺君はちゃんと頑張らなくっちゃいけないな”」
 闘護は苦笑する。
 「“けど、みんな俺をかいかぶってると思うぞ”」
 悠人が照れたように言う。
 「“かいかぶってるって、なぁに〜?”」
 「“本当よりも、その人を凄いって思うことだよ”」
 『お、これは上手く説明できたよな』
 悠人は心の中で呟く。
 オルファリルも意味を理解したらしく、うんうんと頷く。
 「“そんなことないもん♪オルファの目は確かだよぉ”」
 「“なんだそれ?”」
 「“ふっふぅ〜、オルファの目ってスゴイんだよ?”」
 「“そうなのか?”」
 「“敵さんだって、見るだけで大体の強さがわかっちゃんだから”」
 「“へぇ・・オルファってそんな特技があるんだ。意外だなぁ”」
 悠人が目を丸くする。
 「“えへへ・・・すごい?スゴイ?”」
 オルファリルは目をキラキラさせて問いかける。
 「“凄いな、オルファ。そんな特技があるなんて知らなかった。意外だよ”」
 「“意外はひどいよぉ。ほら、『コーボーも筆の誤り』!うん、うん、そんな感じ〜♪”」
 「“・・・それは違う気がする”」
 闘護が頬をポリポリと掻く。
 「“あれ、そうかな?”」
 「“どんな感じだ、それ?”」
 悠人が首を傾げる。
 「“・・まぁいいや♪気にしない気にしない♪”」
 『うぅ・・ちょっとサバサバしすぎな気が・・・』
 悠人は心の中で心配する。
 「“オルファ。俺の強さはどうなんだい?”」
 闘護が尋ねた。
 すると、オルファリルは難しい顔をしてうーんとうなる。
 「“トーゴの強さは・・・よくわからないなぁ”」
 「“へ?”」
 オルファリルの回答に闘護は目を丸くする。
 「“俺の強さ、わからないの?高嶺君の強さはわかるのに?”」
 「“うん・・・ごめんね、トーゴ”」
 オルファリルはすまなさそうに言った。
 「“いや、別に良いけど・・・”」
 闘護は首を傾げた。
 「“俺って何者かな・・・?”」
 「“エトランジェじゃないのか?”」
 「“・・・そうなのかなぁ”」
 闘護は頭を掻く。
 「“ま、俺のことはいいか。今は・・・”」
 闘護は悠人を見た。
 「“龍退治の方が重要だな”」
 「“・・・”」
 悠人は押し黙る。
 「“ね、パパ達は怖い?明日の龍さん殺しに行く作戦”」
 「“さて・・・どうだろ?”」
 闘護は言葉を濁す。
 「“不安じゃないって言ったら嘘になる・・・な。失敗するのは怖いし、戦うこと自体も怖い”」
 「“そっか・・・あ、そーだ!”」
 オルファリルは何を思いついたのか、モゾモゾと動き始める。
 「“お、おい・・・”」
 「“ん・・しょ、よいしょ・・・っと”」
 オルファリルは悠人の膝の上で膝立ちになると、悠人の頬を両手で掴む。
 「“ふ、ふぁ?”」
 「“オルファ・・・一体何を?”」
 闘護が尋ねる。
 「“パパ、ちょっとこっちに頭下げて〜”」
 「“な、何だ・・・急に?”」
 「“いーから、いーからぁ♪”」
 オルファリルに促されて、悠人は少し頭を傾けた。
 「“うん、はい!じゃあ、ちょっとそのままでいてね〜♪”」
 オルファリルはそう言うと、悠人の頭を両手でなで始めた。
 「“お、おい・・オルファ?”」
 「“し〜っ!・・コホン”」
 オルファリルはゆっくりと瞳を閉じた。
 「“暖かく、清らかな、母なる光・・・”」
 「“・・・?”」
 闘護は目を丸くした。
 「“すべては再生の剣より生まれ、マナへと帰る”」
 綺麗な歌声が、悠人の部屋にしみこんでいく
 「“たとえどんな暗い道を歩むとしても・・・”」
 軽く目をつぶり、微笑みを浮かべながら歌うオルファリル。
 「“精霊光は必ず私たちの足下を照らしてくれる”」
 闘護も悠人も、オルファリルの歌に魂を奪われていた。
 「“清らかな水、暖かな大地、命の炎、闇夜を照らす月・・・”」
 それは美しい歌。
 「“すべては再生の剣より生まれ、マナへと帰る”」
 それは少し悲しい歌。
 「“どうか私たちを導きますよう・・・”」
 二人とも、声を出すことが出来ない。
 「“マナの光が私たちを導きますよう・・・”」
 静かに、オルファリルの祈りの歌は終わってゆく。
 『・・・何だ、この感じは?』
 悠人は心の中で呟く。
 『凄く神々しい・・・オルファの歌う姿は・・・』
 闘護は心の中で呟く。
 「“えへへ・・・これで終わりっ♪ね、ね、どう?元気出た?”」
 歌い終えたオルファリルは、笑顔で尋ねる。
 「“ああ、出たよ”」
闘護が頷く。
 「“ありがとう、オルファ。でも一体、何の歌なんだ?”」
 悠人が尋ねた。
 「“んーと、これはね、私たちのお祈りなんだって!”」
 「“スピリットのお祈りなのか・・・気持ちが落ち着いたのはそのせいかもな”」
 悠人が呟く。
 「“そうかも〜。オルファもエスペリアお姉ちゃんから教わったんだよぉ♪”」
 「“この国のスピリットだけが歌ってたのかな・・・?”」
 闘護が首を傾げた。
 「“うーん、わかんない・・あ、でも、ず〜〜〜っと昔からあるお祈りみたい”」
 「“スピリット達の、スピリットのための祈り・・・か”」
 「“すべては再生の剣より生まれ、マナへと帰る・・・ねぇ”」
 闘護は腕を組んで考えるポーズを取った。
 「“どうしたの、トーゴ?”」
 「“いや、ちょっとな”」
 「“ちょっと?どうしたんだ?”」
 「“何となく、その歌に興味が沸いたんだ”」
 「“興味か・・・”」
 「“オルファね・・これ大好きなんだ♪”」
 「“そっか・・・そうだな。俺もこれ、好きだよ”」
 「“トーゴは?”」
 「“気に入ったよ。”」
 「“うん。この歌を聴くと優しい気持ちになれるし・・・なんか懐かしい気持ちになるんだ”」
 オルファリルは笑顔で言った。
 『スピリット達の祈り・・・か。なんだか切ないな・・・』
 悠人は思った。
 『母なる光、マナの光・・・マナ、か』
 「“何なんだろう・・・?”」
 闘護が小さく呟く。
 「“パパの不安なんて飛んでっちゃえ〜!って気持ちでお祈りしたんだよ?”」
 闘護の呟きに気づくことなく、オルファリルが言った。
 「“ああ、ありがとな、オルファ・・・もう大丈夫だ。ほーら!どっか飛んでっちゃったぞ!”」
 悠人は膝の上のオルファリルを軽く持ち上げる。
 クスクスと笑うオルファリル。
 「“ホント?よかったぁ〜♪”」
 二人の様子を、闘護は微笑みを浮かべながら見ていた。
 「“あのさ・・・”」
 「“??何、パパ?”」
 「“今度、佳織に会ったらさ・・・それ、あいつにも聞かせてやってくれよ。きっと喜ぶからさ”」
 「“うん♪わかったぁ!”」
 オルファリルの笑顔に悠人は頷く。
 「“佳織ちゃんも気に入ると思うよ”」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 その時、
 「“ぐぅっ!?”」
 突然、悠人の表情が歪む。
 「“くそ・・・また、あの・・・声が・・ッ!!”」
 「“!?”」
 悠人の様子に闘護は席を立つ。
 「“パパッ!?パパァッ!!”」
 オルファリルが泣きそうな表情で叫ぶ。
 「“高嶺君!?”」
 「“ぐっ・・ぁあ・・・”」
 悠人は小さくうめくと、不意に瞳を閉じた。
 「“パパッ!?”」
 「“高嶺君!?”」
 『まさか・・・【求め】か!?』
 闘護は悠人の側に駆け寄る。
 「“パパッ!!しっかりして、パパ!!”」
 オルファリルが悠人を揺さぶる。
 「“・・・”」
 その時、悠人の瞳がゆっくりと開かれる。
 「“パパ・・・”」
 「“高嶺君・・・”」
 悠人は二人の呟きに全く反応しない。
 「“・・・さぁ・・・頂くとしようか”」
 「“!!!”」
 悠人が呟いた瞬間、闘護はオルファリルの身体を両手で掴む。
 「“トーゴ!?”」
 「“むんっ!!”」
 そして、一気にオルファリルを悠人から引き離す。
 「“キャッ!?”」
 突然、身体を振り回されてオルファリルは悲鳴を上げる。
 ドンッ!!
 そのまま、闘護は自分の後ろにオルファリルを着地させると、悠人から庇うように立つ。
 「“パパッ!!”」
 「“下がって!!”」
 闘護が叫ぶ。
 「“どーしたの!?パパッ!!”」
 「“アレは高嶺君じゃない”」
 闘護は険しい表情で悠人を睨む。
 「“ちょっと待ってて!!エスペリアお姉ちゃん呼んでくるっ!!”」
 「“待て・・・”」
 オルファリルの叫びに、悠人がゆっくりと口を開く。
 「“えっ・・・?”」
 「“マナを・・快楽を・・・”」
 悠人の口から、抑揚のない声が発し出される。
 「“パパ・・・じゃないっ!?だれっ・・・!?”」
 「“【求め】だ”」
 闘護が簡潔に答える。
 「“!!!まさかっ・・!!だめぇ・・・パパァ〜!!”」
 オルファリルの悲痛な叫びが部屋に響く。
 「“高嶺君!!”」
 「“ヒック・・・戻ってきて、パパ・・剣なんかに・・・取り込まれちゃヤダァアアアッ!!!”」
 「“!!?”」
 その時、悠人の身体がぶれる。
 「“高嶺君!?”」
 「“ぐあぁ・・っ!!”」
 悠人は両手を頭で押さえて苦悶の表情で呻く。
 「“パパァッ!!”」
 「“高嶺君!!”」
 「俺は・・・俺だっ!!」
 悠人は目をつぶり、ひたすら自我を保つことに集中する。
 〔楽になってしまえ!!奪うがいい!!屈服せよ!!犯せ!!犯せッ!!!〕
 「うるさ・・いっ!!俺は俺だ!お前のものにはならないっ!!」
 『くそっ!!ふざ・・けん・・なよっ!!』
 「“パパ!!”」
 その時、オルファリルが闘護の後ろから飛び出し、悠人の身体に抱きつく。
 「“パパ!!だめぇ・・・がんばってっ!!”」
 「“高嶺君!!”」
 『オルファ・・・・・』
 悠人の心の中にオルファリルの声が響き渡る。
 「“がんばって!負けないで・・・パパァ〜っ!!”」
 「“高嶺君!!剣に負けるな!!”」
 〔!?なぜ・・・声が届く?たかがスピリットの声が・・・〕
 『出て行けよっ!!ここは俺のモノだ。お前なんかに・・・食われてたまるかよ!!』
 悠人は【求め】の誘惑をはねのけ、意識を覚醒させていく。
 『もう、お前の声は届かないっ!!さっさと・・・消えろっっ!!!”』
 その瞬間、悠人の心の中に甲高い音が鳴り響く。
 そして、あれほど鳴り響いていた【求め】の声は聞こえなくなっていた。
 「・・・・っふ・・ぅ〜〜」
 悠人はゆっくりと息をついて椅子にへたり込む。
 「“ひ・・・っく・・・パパ・・・パパァ〜”」
 脱力した悠人に、オルファリルはまだしがみついていた。
 ギュッと目をつぶり、悠人の身体を強く抱きしめ続けている。
 その身体は小刻みに震えていた。
 「“高嶺君・・・?”」
 闘護も心配そうに声をかける。
 「“ありが、とう・・・オルファ。もう・・大丈夫”」
 「“ぇえっ!?あ、パパ?”」
 悠人に声をかけられて、オルファリルは目を丸くする。
 「“もう大丈夫?痛くない?苦しくない?”」
 「“ああ・・・今はもう、大丈夫だよ・・・ありがと、な”」
 悠人はゆっくりと答えた。
 「“剣の声をはねのけたか?”」
 闘護が尋ねた。
 「“ああ・・・二人のおかげだ”」
 そう言って、未だに悠人にしがみついているオルファリルを見た。
 悠人はそんなオルファリルに微笑みかけ、手を伸ばして頭を撫でる。
 「“もうどこにも、行かないって・・・心配かけた・・・ごめん”」
 「“うぅ・・し、心配したんだよぉ〜・・・ホントによかったぁ・・・”」
 オルファリルはクシャクシャと泣き出し、悠人の胸に顔を埋める。
 悠人はオルファリルの頭を優しく撫でながら、小さな背中をポンポンと軽く叩く。
 「“・・・俺さ、実はオルファの声が聞こえたから・・・戻ってこれたんだ”」
 「”っ・・・そ、そうなの?でもよかった・・・よかったよぉ〜〜”」
 「“本当に、感謝してる。ありがとな”」
 「“ううん、オルファ・・・パパが・・・居なくなっちゃう方がヤだもん”」
 再び悠人に強くしがみつくオルファリル。
 悠人も、その身体を強く抱きしめる。
 『なんだよ・・・俺・・・守られてばっかりじゃないか・・・!』
 己の弱さ初めて自覚し、悠人は悔しく思った。
 「“ごめんな・・・怖い思いさせて”」
 「“いいよぉ・・・そんなの・・・オルファ、パパが居てくれれば”」
 涙を流すオルファリルを、悠人は強く抱きしめる。
 『結局・・・何一つ・・・出来てない』
 「“な、オルファ、闘護・・・俺さ・・”」
 「“ふぇ?”」
 「“なんだ?”」
 「“俺、明日は頑張るよ。頑張ってみんなを守るからさ・・・見てて欲しいんだ”」
 「“うん・・・わかった”」
 「“・・・ああ”」
 「“でもパパ、どうしたの?急に・・・”」
 「“なんか、さ・・このままじゃダメだと思ってさ”」
 悠人の顔を見上げて、オルファリルは一瞬驚いたような顔をする。
 しかしすぐに悠人に満面の笑顔を見せる。
 「“うんっ!頼りにしてるねっ・・・パパ♪”」
 「“ああ・・・”」
 「“覚悟はできたか・・・”」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 「“ならば、何も言うまい・・・お互い、頑張ろうな”」
 闘護はニヤリと笑った。


─同日、深夜
 食堂

 「ゴク・・ゴク・・ゴク・・プフゥ」
 闘護はコップの中の水を一気に飲み干す。
 「はぁ・・・」
 コップをテーブルの上に置いて椅子に座る。
 「・・・龍退治、か」
 『今更ながら、恐怖が沸いてきたな・・・』
 闘護は天井を見上げた。
 『エスペリアと最初に戦ったときはこれっぽっちも恐怖なんて感じなかったのに・・・』
 両手を頭上に掲げてみる。
 「今回は・・・無事に帰れるか?」
 そう呟いてブルッと震える。
 『っと・・・戦う前から、なに弱気になってるんだ、俺!!』
 頭を振って考え直す。
 「あれ、闘護?」
 後ろで声がする。
 「ん・・・高嶺君か?」
 振り返ると、悠人がドアの側で立っていた。
 「何してるんだ?」
 「ちょっと水を飲んでいた。高嶺君は?」
 「俺も水を飲みに来たんだ」
 悠人はそう言って台所に消えた。
 まもなく、水の入ったコップを持ってくる。
 「ゴク、ゴク、ゴク・・・プハァ」
 一気に水を飲み干すと、テーブルの上にコップを置く。
 「はぁ・・・」
 「どうした?ため息なんかついて?」
 「いや・・・」
 悠人は難しい顔をする。
 『みんな、俺に期待してるのかな・・・エトランジェである俺に・・・』
 「・・・ちぇっ」
 そして、小さく舌打ちする。
 『変なプレッシャー、かけんなよな』
 「高嶺君?」
 「何でもない・・・」
 悠人がそう言ったとき、エスペリアがコップを持って食堂に入ってきた。
 「“・・?ユート様、トーゴ様。まだ起きていらしたのですか?”」
 「“ああ。ちょっとね”」
 闘護が言葉を濁す。
 「“なんか、寝付けなくてさ・・・エスペリアこそどうしたんだ?そのコップ?”」
 悠人が尋ねる。
 エスペリアは、コップがいくつも載った盆を抱えている。
 「“そんなにコップを使ってたのか?”」
 闘護が尋ねた。
 「“はい。オルファが部屋に持っていったコップを取ってきたんです”」
 「“え、そんなにたくさん?”」
 悠人は目を丸くする。
 「“ええ、あの娘は部屋に置きっぱなしにしちゃいますから”」
 クスクスとエスペリアは笑う。
 「“へぇ・・”」
 闘護が納得したように呟く。
 「“ユート様、トーゴ様。明日がありますから・・・あまり夜更かししていると大変ですよ”」
 「“そうだな”」
 闘護は頷く。
 「“ああ・・・いや、わかってるんだけどな・・・”」
 悠人は言葉を濁す。
 「“・・・眠れないのですね?ふふ・・何となく、解ります”」
 「“エスペリアも眠れないのか”」
 「“いえ、私も・・・初陣の時はそうでしたから”」
 「“エスペリアもそうだったのか”」
 闘護が少し驚いた口調で呟く。
 「“怖くて、恐ろしくて、眠れませんでした。足も震えちゃって・・・”」
 「“そっか・・・”」
 『エスペリアでも、そういう頃があったんだな』
 悠人は心の中で呟いた。
 「“でも心配なさらないでください。私たちがお守りします”」
 【え?】
 「“ユート様もトーゴ様も無理なさらないでください・・・カオリ様のためにも”」
 【・・・】
 「“私もアセリアも、ユート様とトーゴ様の楯と剣になりましょう・・・ですから・・・”」
 「“ちょ、ちょっとまった!!”」
 慌てて悠人がエスペリアの言葉を遮る。
 「“そうはいかない。俺も戦うよ!”」
 エスペリアが驚きの表情を浮かべる。
 「“いえ、そんなことは・・・”」
 「“このままじゃ、ダメなんだ・・・佳織のためにも、俺が戦わなきゃ!!”」
 悠人が強い口調で叫ぶ。
 「“・・・正直に申します。私は・・・ユート様にもトーゴ様にも・・・戦って欲しく、ありません”」
 【・・・】
 「“戦うのは、私たちの仕事。お二方とも、スピリットではないのですから”」
 「“スピリットでなくても戦えるし、戦う”」
 闘護が肩を竦めた。
 「“トーゴ様・・・”」
 「“自分が望むものを手に入れるために戦う。それは、他の誰かに任せていいものじゃない”」
 闘護ははっきりとした口調で言った。
 「“・・・エスペリア、聞いてくれ。俺たちは・・・エトランジェなんだろ?”」
 「“・・・はい”」
 悠人の質問にエスペリアは硬い表情で頷く。
 「“だったら、俺たちも戦う使命を持っていることになるんじゃないのか・・?”」
 「“・・・ええ。王はお二方を、戦わせるつもりです”」
 「“だったらさ・・・どうせやらなきゃならないなら、俺は戦う”」
 「“右に同じ。それに、盾になるのは俺の仕事だ”」
 闘護が少しおどけたように言う。
 「“その結果、命を・・・落とすことになるかもしれないんですよ”」
 エスペリアは眉をつり上げて、強い口調で抗議する。
 「“それでも・・・エスペリア達だけにやらせるわけにはいかないって”」
 闘護がゆっくりと言った。
 「“・・・”」
 「“自分たちが戦えると解っている以上、逃げるわけにはいかない”」
 「“それに、スピリットだって、女の子だろ?女の子だけ戦わせるなんて、俺には出来ない”」
 悠人が言った。
 「“!!・・・ユート様・・・”」
 驚愕の表情を浮かべるエスペリアに、ユートは優しく笑いかける。
 「“それにさ、俺は佳織を助けるためにも・・・強くなりたいんだ”」
 「“でも・・・戦うというのは・・・とても辛いことです”」
 「“わかってる。だからさ・・・俺も、エスペリア達と一緒に戦わなきゃならない”」
 「“これは、俺たちの戦いでもあるんだ”」
 闘護の言葉に、エスペリアは納得したように小さく息をついた。
 「“・・・わかりました。そこまでの覚悟でしたら、私はもう何も言えません”」
 「“迷惑、かける”」
 「“すまない”」
 闘護と悠人は頭を下げた。
 『あの剣を持ったときから決まってたんだ・・・戦って勝つか、そのまま死ぬか』
 悠人は心の中で覚悟する。
 「“温かいミルクを持ってきますね。少々お待ち下さい”」
 お盆を持ったエスペリアは台所へ消えてゆく。
 「“ふぅ・・・”」
 悠人はテーブルに突っ伏した。
 「さて・・・覚悟は出来た」
 闘護は小さく呟く。
 「後は野となれ山となれ、だ。な、高嶺君?」
 闘護は悠人を見た。
 「・・・」
 悠人は突っ伏したまま小さく肩を上下させている。
 「・・・ま、少しぐらいうたた寝させてやるのも良いか」
 闘護は立ち上がると、台所へ向かった。

 「“エスペリア”」
 「“あ、はい?”」
 ミルクを温めていたエスペリアが振り返る。
 「“俺はもう寝るよ”」
 「“え?ミルクは・・・”」
 「“冷たいままで貰うよ”」
 「“冷たいままで?”」
 エスペリアが首を傾げる。
 「“熱いミルクは、呑むのに時間がかかるし、そろそろ眠気が強くなってきたから”」
 「“わかりました”」
 エスペリアはコップにミルクを注ぎ、闘護に渡した。
 「“どうぞ”」
 「“ありがとう”」
 闘護はコップを受け取ると、一気にあおった。
 「“ゴクッ・・ゴクッ・・・ゴクッ・・ぷはぁ”」
 闘護はコップをエスペリアに手渡した。
 「“ありがとう”」
 「“いいえ”」
 「“じゃあ、寝るよ。お休み”」
 「“はい。お休みなさいませ”」
 「“悠人によろしく伝えておいてくれ”」
 闘護は台所から姿を消した。


 ユサユサ・・・
 「“ん・・起きてるよ”」
 「“ふふ・・・本当はもう、眠られた方がよろしいのでは?”」
 エスペリアはクスクスと悠人に笑いかける。
 その手には湯気の立つミルクが入ったカップがある。
 「“はい、お待たせしました”」
 カップを悠人の側に置く。
 「“ああ、ありがとう”」
 悠人はカップを手に取る。
 「“少し甘くしてみました。お口に合うとよろしいんですが・・・”」
 「“ん・・・うまいよ。って・・・エスペリアは?”」
 「“ありがとうございます、ユート様。私は大丈夫ですよ”」
 「“そっか・・・なんか、俺だけ悪いなぁ”」
 「“・・・すみません、ユート様。実はさっき、台所で頂いてたんです”」
 ペロッと舌を出すエスペリア。
 『!!か、可愛いなぁ・・・』
 悠人は少しドキドキしながら、カップに口を付ける。
 「“おいしいけど、これ、何が入ってるんだい?”」
 「“まずミルクを軽く沸かして、それに乾燥させたネネの実を一つ入れたんです”」
 「“なるほど、その甘さなんだ・・・”」
 悠人はミルクを飲みながら周囲を見る。
 「“あれ、闘護は?”」
 「“トーゴ様はもうお休みになられましたよ”」
 「“そうか・・・これは飲まなかったの?”」
 「“はい。少し前に、冷たいミルクをお飲みになって部屋に戻られました”」
 「“ふーん・・・”」
 悠人はカップに残っているミルクを見た。
 「“エスペリアって、色々なことを知ってて、強くて、それでいて料理も上手でお茶を入れるのも上手い・・・”」
 そう言ってエスペリアを見る。
 「“なんていうか、スーパーマンだよなぁ”」
 「“スーパーマン、ですか?・・・それは、何でしょうか?”」
 きょとんとするエスペリア。
 「“ごめんごめん、俺の世界の言葉だった。”」
 「“ふふ・・そうだったんですね。ちなみに、どういう意味なのですか?”」
 「“欠点とかがなくて、素晴らしいっていうこと。褒め言葉だよ”」
 悠人の言葉にエスペリアはふっと表情を曇らせる。
 『あれ?何か嫌みに聞こえたのかな?』
 「“・・・そんなこと・・・ありません”」
 「“あ、ごめんな。なんか悪いこと言っちまったみたいだ”」
 「“あっ・・・いえ、違います。そんなことないです・・・”」
 何かとりつくような口調でエスペリアは答える。
 「“本当にごめん。なんか気になったら謝る・・・”」
 「“いいえ、ユート様。気になさらないで下さい”」
 「“いや、でも・・・”」
 「“でも、ではありません。そんなに私たちに気を使わなくても大丈夫です”」
 「“あ・・・うん。ごめん・・”」
 「“ほらまた!最近のユート様は謝ってばかりですよ”」
 「“う・・・”」
 「“もったいないです。ユート様はもっと堂々とされていい方なのですから”」
 「“・・・はい”」
 「“トーゴ様を少し見習った方がよろしいですよ。あの方は、いつも堂々としてらっしゃいますから”」
 「“闘護かぁ・・・あれは、どっちかというと不貞不貞しいんじゃないのか?”」
 「“プッ・・ユート様、酷いですよ”」
 「“ハハハ・・・”」
 二人は、ここにいない人物の悪口を言って笑う。
 「“・・・今日はもうお休み下さい”」
 ひとしきり笑って、エスペリアは言った。
 「“これ以上考え込まれては、身体に障りますよ?”」
 「“ああ、わかったよ。もう寝ることにする”」
 悠人は立ち上がった。
 「“お休み、エスペリア”」
 「“お休みなさいませ、ユート様・・・”」
 悠人は挨拶をして食堂から出た。


─聖ヨト歴330年 ホーコの月 緑 二つの日 朝
 リクディウスの森

 「“見送りもなく、旅立つは二人のエトランジェと三人のスピリットのみ・・・か”」
 闘護は木々の隙間から見える王城に向かって呟く。
 「“・・・”」
 悠人は一握りの不安が混じった表情で【求め】の柄を握りしめている。
 「“行きましょう、ユート様”」
 二人の後ろに控えていたエスペリアが言った。
 「“聞いた話によれば、バーンライトの兵も同じく魔龍を狙っているとのことです。なるべく急がねば・・・”」
 「“・・ん、ならユート、トーゴ。急ごう”」
 アセリアが普段の調子で言う。
 「“そうだな”」
 闘護が振り向いて頷く。
 「“パパ!がんばっていこ♪”」
 オルファリルの言葉に、悠人も振り返る。
 『誰も死地に赴くような顔をしてない・・・』
 悠人は思った。
 『死ぬための戦いじゃない。生きるための戦いなんだ』
 悠人は右手を握りしめる。
 「“わかった、行こう!”」
 皆が頷く。
 『佳織・・・必ず帰ってくるくるからな!・・・必ずだ!!』

作者のページに戻る