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─聖ヨト歴330年 アソクの月 緑 四つの日 昼
 ラース郊外

 「“資料を持って逃亡したスピリットの追撃ね・・・”」
 新たに下った命令を、闘護は面倒くさそうに呟く。
 「“逃亡したスピリットはサルドバルト領に入りました”」
 エスペリアの言葉に、闘護は眉をひそめる。
 「“いいのか?領土侵犯になるぞ”」
 「“サルドバルトとラキオスは軍事同盟を結んでいます。事後承諾になりますが、問題はありません”」
 「“そうか・・・”」
 「“すぐに出発しよう”」
 悠人が急かすように言う。
 「“おいおい、どうした?”」
 「“いや・・・なんだか、体中に力が漲っているんだ”」
 悠人の言葉に、エスペリアは不安げな表情になる。
 「“そうですか・・・”」
 「“早く行こうぜ”」
 エスペリアの翳りに気づかず、悠人はさっさとアセリアとオルファリルが街の外へ行ってしまう。
 「“・・・”」
 「“なぁ、エスペリア”」
 二人きりになり、闘護が口を開く。
 「“大丈夫か、高嶺君は?妙にテンションが高いけど”」
 「“・・・わかりません。今のところは、ユート様の意思ですが”」
 「“・・・”」
 二人は、そろって不安そうな表情を浮かべる。


─聖ヨト歴330年 アソクの月 緑 四つの日 夕方
 アキラィス郊外

 「“はぁっ!!”」
 ザシュッ!!シュゥウウウ・・・・
 最後に残った敵スピリットを、悠人の【求め】が切り裂いた。
 「“終わった・・・”」
 悠人は呟くと【求め】を腰に差した。
 「“はい。任務完了です”」
駆け寄ってきたエスペリアが答える。
 「“終わった”」
 「“パパ!!”」
 その時、後方支援をしていたアセリアとオルファリルが来た。
 「“パパ、パパ!!オルファ、頑張ったよ!!”」
 「“ああ。頑張ったな、オルファ”」
 悠人は飛び込んできたオルファリルを受け止めると、頭を撫でてやった。
 「“えへへ・・・”」
 「“アセリアも頑張ったな。ありがとう”」
 「“ん・・・”」
 悠人の労いに、アセリアは照れた様子もなく頷く。
 「“資料も、これで全部だ”」
 敵スピリットの落とした資料をチェックしていた闘護が呟く。
 「“では、ラキオスに戻りましょう”」
 エスペリアが安心した様子で言った。


─聖ヨト歴330年 アソクの月 緑 五つの日 昼
 謁見の間

 「“スピリット、エトランジェ。報告せよ”」
 レスティーナの凛とした声が、謁見の間に響く。
 「“はい”」
 エスペリアは細かい報告を進めていく。
 「“・・・”」
 「“・・・”」
 悠人と闘護は沈黙してエスペリアの報告を聞いていた。
 「“やはり、その報告からするとバーンライトの兵であろうな。牽制のつもりだろう。賢しいことを・・・”」
 レスティーナが眉をひそめて言った。
 「“今後はしばらく、ラースにスピリットを配置する”」
 「“エスペリア達はラースへ?”」
 闘護が遠慮無く尋ねる。
 「“それは他のスピリット達に担当させる。お前達には別の作戦を行わせる”」
 「“はい”」
 エスペリアが答える。
 「“殿下、更にご報告いたしますと、敵の中にかなりの力を持ったものがいました。バーンライトだけで、あのスピリットを育てるのは困難かと”」
 「“・・・後ろ盾が居る、と。そう感じたか?”」
 レスティーナは目を丸くする。
 「“はい、おそらくは?”」
 「“アセリアよ”」
 「“ん・・・”」
 いつもの調子で返事をするアセリア。レスティーナも慣れているのか、気にした様子はない。
 「“お前は何か感じたか?そのスピリットに”」
 「“・・・つよいちから”」
 アセリアがゆっくりと言った。
 「“でも、とても黒い”」
 「“黒い力、か。だろうな”」
 『ん・・・?妙に嘲るような口調だな』
 レスティーナの言葉に、闘護は眉をひそめる。
 「“よい、アセリア”」
 「“ん・・・”」
 レスティーナはしばし考え込むそぶりをする。
 『なんだ、この王女は・・・何を考えているんだ?』
 レスティーナの態度に、悠人は眉をひそめる。
 「“エトランジェよ”」
 【“ハッ”】
 悠人と闘護が同時に返事をする。
 「“・・・ユートよ。剣は使えたようだな”」
 『なんだ、高嶺君を呼んだのか』
 闘護は小さく肩を竦めた。
 「“今後の働きにも期待する。今回の成果には、王も納得するであろう”」
 「“ありがとうございます”」
 抑揚のない口調で悠人は答える。
 「“そなたの義妹にとっても、よい結果となる”」
 「“・・・”」
 悠人は悔しげに唇をかむ。
 「“余計な事を言うなよ”」
 闘護がボソリと呟いた。
 「“何か言ったか?”」
 「“いえ、別に”」
 レスティーナの追及を、闘護は素知らぬ顔でかわす。
 「“・・・これからは、エトランジェも本格的な訓練に参加するように”」
 レスティーナは厳しい表情になる。
 「“我が国も、スピリット育成が急務のようだ”」
 「“はっ”」
 「“ちょっと待ってくれ”」
 その時、闘護が挙手する。
 「“なんだ?”」
 レスティーナは、特に気分を害した様子もなく尋ねる。
 「“本格的な訓練と言ったが・・・まさか、人間と訓練を行うなんて訳じゃないよな?”」
 闘護の問いに、レスティーナは複雑な表情を浮かべた。
 「“・・・無論、お前達と人間が実戦形式で戦うことはない”」
 「“了解した。それならいい”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“下がってよい”」
 レスティーナは全員を見回した。
 「“身体を休め、次の戦いに万全に望めるように”」
 「“はい、それでは失礼します”」
 エスペリアが礼をする。
 それにならって、全員が礼をする。
 『・・・え?』
 わずかに早く頭を上げた悠人の目に映ったのは・・・
 「“・・・”」
 『王女・・・哀しんでいる?』
 そう感じたのは一瞬だった。
 次にレスティーナを見たときには、いつもの表情になっていた。
 『何だったんだ・・・今のは?』


─同日、昼
 食卓

 「“お疲れ様でした、ユート様、トーゴ様”」
 エスペリアが笑顔で言った。
 「“思ったよりも長い行軍となったのでお疲れでしょう”」
 「“そうだな。ずっと気が張りっぱなしだったし・・・”」
 悠人はハァと息をついて椅子に座り込む。
 「“正直、まだ気持ちが昂っている感じだ」
 「“そうだな”」
 闘護も頷く。
 「“ユート様、鎮静効果のあるハーブを入れたお茶です”」
 エスペリアは悠人と闘護にカップを置いた。
 「“これで眠れば落ち着けると思います”」
 「“ありがとう”」
 「“ありがとう”」
 闘護と悠人はカップを手に取った。
 「“む・・・”」
 『この香り・・・』
 闘護はカップを口元に近づけると、眉をひそめた。
 「“セロリが苦手だと、つらいかもしれないな”」
 悠人はそう言ってカップに口を付けた。
 「“ん・・・このお茶、初めてだな”」
 「“そうですね。やや強い効果があるので、普通の時はあまりお出ししませんから”」
 エスペリアも席に着き、カップに口を付ける。
 「“私も戦いの後くらいにしか飲みませんし、アセリアとオルファは飲みません”」
 エスペリアはカップを置いた。
 「“アセリアはいつも落ち着いてますし、オルファはこのお茶を出すと、飛んで逃げますから」
 そう言ってクスリと笑う。
 「“お仕置きにはちょうどいいんです”」
 『なるほど・・・断るアセリアと逃げ出すオルファか』
 悠人は小さく笑う。
 「“アセリアとオルファは?見かけないけど”」
 「“アセリアはフラリと何処かにいってしまいましたね”」
 エスペリアはそう言ってカップを口に運ぶ。
 「“あの娘は、部屋に籠もっているか、外に一人で出かけちゃうんです”」
 『なるほど・・・いつも居ないのはそれでか』
 悠人は納得する。
 「“オルファは・・・”」
 エスペリアはそこで口ごもる。
 「“エスペリア?”」
 「“その・・・カオリ様のところだと思います”」
 エスペリアの言葉に、悠人はカップを持つ手を止める。
 「“佳織の所か・・・”」
 「“あの娘は、カオリ様にお会いするのが、本当に待ち遠しいみたいですよ”」
 「“エスペリア達って、本当の姉妹みたいだな”」
 「“確かに”」
 闘護も頷く。
 「“姉妹・・ですか?”」
 エスペリアは少し首を傾げる。
 「“私たちスピリットには、そういう血の連なりはありません”」
 「“・・・”」
 エスペリアの言葉に、闘護は額に僅かに皺を寄せる。
 「“だから姉妹というのは、よくわかりません。でも・・・アセリアもオルファも、私にとってとても大切です。私の命と同じくらい”」
 「“・・・”」
 エスペリアの言葉に、闘護は安心したように頬を緩める。
 「“その気持ちは解るかもな・・・俺も佳織も一緒だから”」
 「“え?”」
 闘護が目を丸くする。
 「“どういう意味だい?君と佳織ちゃんが一緒って・・・”」
 「“・・・俺と佳織は、本当の兄妹じゃない”」
 「“えぇ!?”」
 闘護が声を上げる。
 「“本当の兄妹じゃないって・・・どういう事なんだ?”」
 「“俺の両親は俺が子供の頃に事故で死んだんだ”」
 「“そうなんですか・・・?”」
 エスペリアも表情を曇らせる。
 「“その後、俺は佳織の両親に引き取られたんだ。だから、俺と佳織の間に血の繋がりはない”」
 「“・・・だが、君たちの両親は・・・”」
 闘護の言葉に、悠人は頷く。
 「“ああ。事故で・・・”」
 「“・・・”」
 場の空気が重くなる。
 「“俺は佳織を幸せにするって約束したんだ”」
 重い空気を振り払うように悠人が呟く。
 「“だから・・・”」
 「“ユート様は剣を握るのですね?”」
 悠人の言葉に続くようにエスペリアが呟く。
 「“ああ。今の俺には力がある”」
 悠人は自分の手を見る。
 「“佳織を護ることが出来る。エスペリアたちの手伝いだってできるんだ”」
 悠人は拳を握りしめた。
 「“戦いの怖さにも・・・慣れたし”」
 「“・・・”」
 闘護が小さく眉をひそめた。
 「“ユート様、今日はゆっくりとお休みなさいまし。少し、お眠りになられた方がよろしいでしょう”」
 エスペリアは微笑んだ。
 「“あのお茶には睡眠効果もありますので”」
 「“ふぁ〜あ・・・アレ、そんなに眠くはない筈なんだけど”」
 「“フフ、身体は素直ですから。疲れていらっしゃるんですよ”」
 「“むぅ・・・”」
 「“夕食時にはお呼びいたしますので、それまでゆっくりとお休み下さいませ”」
 「“ん・・・そうするよ。なんだか凄く眠くなってきた・・・”」
 悠人は椅子から立ち上がるとドアの方へ歩き出した。
 「“それじゃ、お休み”」
 後ろ手に挨拶をする悠人に、闘護とエスペリアも挨拶を返す。
 「“ああ、お休み”」
 「“よい夢を”」
 悠人が出て行って、食卓には闘護とエスペリアの二人が残った。
 「“・・・エスペリア”」
 「“はい・・”」
 二人の表情は険しいものになっていた。
 「“どうだ、高嶺君の様子は?”」
 「“今のところは剣に取り込まれた様子はありません”」
 「“そうか・・・”」
 闘護はふぅと息をついた。
 「“とりあえずは安心・・・出来るのかな?”」
 「“いえ・・・”」
 エスペリアは首を振った。
 「“今のユート様は弱っていらっしゃいます。その隙を永遠神剣につかれたら・・・”」
 「“・・・彼の精神力に賭けるしかない、か”」
 「“はい・・”」
 「“まあ、あれこれ考えても仕方ない・・・とりあえず、俺も休むよ”」
 「“夕食の時になったらおよび・・・あら?”」
 エスペリアは、そこで闘護のカップを見た。
 「“お茶、口を付けていらっしゃらないようですが・・・?”」
 「“んぐ・・・”」
 エスペリアの問いに、闘護は口ごもる。
 「“いや・・・これは・・・”」
 「“無理にお召し上がりにならなくてもよろしいですよ”」
 エスペリアが気遣うように言う。
 「“エスペリア・・・”」
 闘護は安心した表情になる。
 「“それじゃあ、俺は遠慮・・・”」
 「“残念です。このお茶は体にいいのですが・・・”」
 闘護の言葉を遮るように、エスペリアが残念そうに呟く。
 「“・・・”」
 『飲まなくていいって言ったくせに・・・』
 闘護は苦虫を噛みつぶした表情になる。
 「“・・・だったら、エスペリアが飲めば?”」
 「“私は既にいただきましたから”」
 エスペリアはキッパリ言った。
 「“・・・どうしても、俺に飲めってか”」
 「“いえいえ、無理にお召し上がりに・・・”」
 「“・・・貰うよ”」
 闘護はカップを持つと、半ばヤケクソ気味にカップの中身を口の中に流し込んだ。
 「“%&$&@¥#〜〜〜”」
 飲み終わると同時に、凄まじい表情になる。
 「“どうですか?”」
 エスペリアが意地悪げに尋ねる。
 「“・・・き、効いたよ”」
 闘護は引きつった笑いを浮かべながら答える。


─同日、夕方
 悠人の部屋

 「ウワァアアアアアアア!!!」

 「“ユート様!!どうなされました!?”」
 「“高嶺君!?”」
 勢いよく扉が開き、エスペリアと闘護がなだれ込む。
 「“妖精・・・か”」
 悠人の声は、酷く無機質だった。
 「“高嶺君!?”」
 「“この声・・・まさか、この剣に?”」
 エスペリアは【求め】を睨み付ける。
 「“妖精よ・・・俺にマナをよこせ・・・”」
 「“マナを?”」
 エスペリアは眉をひそめる。
 「“ちっ!!剣に取り込まれたのか!?”」
 闘護が構える。
 「“ユート様!!気を強く持って下さい!!剣に飲まれようとしてます!!”」
 エスペリアも【献身】を構えた。
 「“戻ってきて下さい!!ユート様!!”」
 悠人は無表情でエスペリアを見る。
 「“・・・うまそうだ。美しい声で泣くだろうな”」
 「“・・っ!”」
 闘護は嫌悪を露わにする。
 「“【求め】よ。今は退きなさい!!まだ今ならば、私の方が力が上です”」
 エスペリアは槍を握りなおした。
 「“私と【献身】の力があれば、あなたごとき再生の剣に戻すことなど造作もありません”」
 「“気丈なことだ・・・だが、お前ならば解るであろう?我の力の大きさ・・・そして強さも”」
 「“・・・”」
 エスペリアは一瞬目を細めたが、すぐに無表情になる。
 『エスペリアは、奴の強さを理解して・・・くっ、負ける可能性もあるのか』
 エスペリアの様子に、闘護は唇をかむ。
 「“・・・殺します”」
 エスペリアは冷たい声で宣告した。
 「“私はあなた達が、心を壊すことを知っています”」
 「“心を壊す・・・”」
 闘護が言葉を反芻する。
 「“いずれユート様が、あなたに飲まれるのならば・・・今、死んで頂く方が幸せです”」
 「“・・・”」
 闘護は眉をひそめてエスペリアを見た。
 「“・・・チッ”」
 悠人─いや、【求め】は、小さく肩を竦めた。
 「“ふむ、そうだな。ここは引くとしよう”」
 【求め】はゆっくりと言った。
 「“これから契約者には色々と働いて貰わねば困る・・・勇気ある妖精よ。我はそなたが気に入ったぞ。いずれ、その体と心を頂くとしよう。それまで・・・消滅することのないようにな”」
 「“早く消えなさい!!”」
 エスペリアの恫喝に、【求め】は一瞬強い光を出す。
 「“・・・あ?”」
 「“高嶺・・・君?”」
 闘護が恐る恐る声をかける。
 「“と、闘護・・・エスペリア・・・俺は・・何を・・っ!?”」
 立ち上がろうとした悠人の身体がそのまま床に倒れる。
 「“高嶺君!!”」
 「“ユート様、大丈夫ですか!?”」
 二人はすぐに悠人の側に駆け寄る。
 「“ユート様っ!!ユート様っ!!”」
 エスペリアの呼びかけに答えることなく、悠人の目蓋はゆっくりと閉じていった。


 「“これが、永遠神剣に飲み込まれるということか”」
 悠人をベッドに寝かしつけると、闘護は苦々しげに呟く。
 「“はい・・・”」
 「“そして、契約者・・・高嶺君にはこれだけの疲労を残す”」
 「“・・・”」
 「“随分とあっさり取り込まれたな・・・それだけ、強いのか?この剣の意思は”」
 闘護はベッドの側に立てかけてある【求め】を睨み付けた。
 「“はい・・・”」
 「“【求め】は、マナを欲していたな”」
 「“永遠神剣は、マナを求めます”」
 「“マナを・・・ね。スピリットは、死ぬとマナの霧になる。それを集める訳か”」
 「“・・・いえ、それだけではありません”」
 エスペリアは小さく俯いた。
 「“それだけではない?”」
 「“あのときのユート様・・・いえ、【求め】は、私の・・・身体も求めていました”」
 「“身体・・・それってつまり”」
 闘護の言葉に、エスペリアは耐えるような表情で頷く。
 「“永遠神剣は本能に従って行動します。性欲は・・・本能の一つですから”」
 「“・・・なるほど、あのときの言葉にはそういう意味もあったわけだ”」
 闘護は呆れたように言った。
 「“〔うまそうだ。美しい声で泣くだろうな〕だとぬかしたな”」
 『つまり、レイプするつもりだったわけだ』
 闘護は心の底から嫌悪感を露わにする。
 「“下衆だな”」
 「“いえ・・・”」
 しかし、闘護の言葉をエスペリアは否定した。
 「“永遠神剣とは本来、本能に忠実です。ですから、性欲を満たそうとするのは正しいことなのです”」
 「“そんなことは関係ないね。俺は同意の上で行わない行為は認めない”」
 闘護は吐き捨てる。
 「“高嶺君が、君をレイプしたかった訳じゃないだろ?”」
 「“それは・・・”」
 闘護はベッドの上で寝ている悠人を見た。
 「“高嶺君には、もっと精神的に強くなって貰わないといけないな。永遠神剣の支配に抗えるぐらいに・・・”」
 「“・・・”」
 「“一つ、聞きたい”」
 闘護はエスペリアの方を振り返った。
 「“【求め】と戦って勝てるかい?”」
 闘護の問いに、エスペリアは首を振った。
 「“そうか・・・やはり、さっきの言葉はハッタリだったのか”」
 「“・・・”」
 「“いや、それはそれでいいんだ”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“君たちに戦って貰いたくはないし・・・君だって、高嶺君を殺したくないだろ”」
 「“もちろんです!!”」
 心外そうにエスペリアは叫んだ。
 「“ちょ、ちょっと・・・”」
 「“あ・・・”」
 しかし、側で悠人が寝ていることに気づき、慌てて口を塞ぐ。
 「“ま、まぁ・・・全ては高嶺君次第ということだ”」
 闘護はまとめるように言った。


 今回のラース占拠事件は、バーンライト王国の仕業と後日判明した
 ラキオスは正式に抗議を表明したが、バーンライト王国側は、スピリットの暴走による事故と弁明した。
 両国間に緊張が高まり、更なるマナの確保のため、悠人達にはより過酷な訓練を課せられた。
 大きな戦いが近いことを、否応なしに思い知らされる。
 戦雲が、この大地を包み込もうとしていた・・・
 聖ヨト暦330年 アソクの月
 後に『永遠戦争』と呼ばれる戦いの火は、いまだ小さな燻りでしかない・・・


─聖ヨト歴330年 アソクの月 黒 二つの日 夜
 悠人の部屋

 「ぐぅっ!!」
 突然の頭痛に、悠人はたたき起こされる。
 〔我にマナを与えよ。失われし、エターナルに奪われしマナを奪い返せ〕
 「がぁっ!!」
 『なんだ・・・これは・・・?』
 悠人の心に、アセリア達の裸身が浮かんでくる。
 「どうしたんだっ、くそっ!!これじゃあ、まるで・・・!!」
 『なんだよ・・・何で、思い出すんだ!?』
 初陣の時、初めて【求め】を使ったときに感じた高ぶり悠人を取り込もうとする。
 それは、凄まじく凶暴な衝動─スピリットを嬲り、殺す─そんな衝動が悠人に襲いかかる。
 「ぐぅっ・・・あぐっ!!・・・くそぅ・・・」
 悠人は必死になって己の意識を引き留める。
 「っざ・・けん・・なよ・・・バカ剣・・・がぁっ!!」


─聖ヨト歴330年 アソクの月 黒 四つの日 夜
 佳織の軟禁部屋
 
 「“ここまではわかりましたか?”」
 「“はい・・えっと、大丈夫です”」
 レスティーナの言葉に佳織は頷く。

 レスティーナは、暇を見つけては佳織の所へ足を運んでいた
 そして、少しずつ言葉を教えていく
 何かの役に立てば、そんな配慮からだった

 「“よろしい。それにしても、カオリは物覚えが良くて驚きます”」
 「“そ、そんなことないです”」
 佳織は頬を染めて謙遜する。
 「“あの・・・”」
 「“なんですか?”」
 「“お兄ちゃん達のこと・・・聞いて、いいですか?”」
 「“・・・”」
 佳織の問いに、レスティーナは一瞬考える。
 しかし、すぐに頷いた。
 「“どういう質問にも、というわけにはいきませんが”」
 「“お兄ちゃん達は・・・何をさせられているんですか?”」
 「“それは・・・”」
 レスティーナは佳織をじっと見る。
 「“・・・”」
 佳織はレスティーナの視線をまっすぐ受け止めている。
 「“・・・伝えるべきなのでしょうね”」
 レスティーナはゆっくりと呟いた。
 「“辛くなるとしても・・・真実を知りたいですか?”」
 「“・・・知りたい、です。ううん”」
 佳織は首を振る。
 「“知らなきゃいけないんです。私には、その責任がある筈なんですから・・・”」
 覚悟を決め、レスティーナは頷いた。
 「“エトランジェとは神剣を持って戦う者。ユートもトーゴ・・・”」
 そこで、レスティーナは言葉を止める。
 『トーゴは・・・トーゴはエトランジェ・・・?』
 レスティーナの表情が難しいものになる。
 「“・・・?”」
 「“いえ・・・本当なら、カオリもそうなのです”」
 「“戦う・・・私たちが?”」
 「“ユートはあなたのために既に戦っています。自らの腕を血で染めて”」
 「“!!!”」
 佳織はビクリと肩を震わせた。
 「“人を殺しているんですか・・・?お兄ちゃんが・・・”」
 「“・・・はい”」
 辛い表情でレスティーナは頷く。
 「“そんな・・・お兄ちゃん・・・”」
 「“・・・恨んでくれてもかまいません”」
 レスティーナは決意を固めた表情で言った。
 「“ただ、早まったことだけはしないように”」
 「“早まった・・・”」
 「“ユート達と・・・私が悲しむようなことです”」
 「“え・・・”」
 『死ぬ・・・レスティーナさんが悲しむ・・・』
 佳織が沈黙している間に、レスティーナは立ち上がった。
 「“今度来るときは、別の話し相手を連れてきましょう”」
 レスティーナはそう言って、佳織の返事を待たずに部屋から出て行く。
 「“あ・・・その、お休みなさい”」
 閉じた扉に向かって佳織は挨拶する。
 「“ふぅ・・・”」
 一人残された佳織は窓を開けて夜空を見た。
 「お兄ちゃん・・・」
 『お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・』
 「お兄ちゃん・・・っ!!」
 佳織の瞳から涙がこぼれ出す。
 「寂しいよ・・・お兄ちゃん・・・っ!!」
 『私のためにお兄ちゃんが・・・』
 「んっ・・・」
 佳織は部屋の隅にある鞄からフルートを取り出す。
 涙を拭ってから、そっと口を当てた。
 美しい調べがフルートから流れ出す。
 『この音が・・・お兄ちゃんの所へ・・・』


 「“クッ・・・”」
 部屋の外で調べを聞いていたレスティーナは辛そうに表情を歪めた。
 「“どうして、罪を重ねるの・・・私も、父様も”」
 悲しい口調で発し出される、決して人に聞かれてはならない言葉。
 レスティーナの問いに答えを返す者はいなかった。


─聖ヨト歴330年 レユエの月 緑 三つの日 昼
 館の食卓

 「“ごちそうさま”」
 「“ごちそうさま”」
 悠人と闘護がそれぞれ食事を終える。
 「“ふふ、お粗末様でした。ユート様もトーゴ様も沢山召し上がって下さるので、作りがいがあるんですよ”」
 「“エスペリアの料理が美味しいからだって”」
 「“そうだな”」
 悠人の意見に闘護も同意する。
 「“大したことはありません。そう言いたいところなんですけど・・・”」
 エスペリアは照れたように言った。
 「“少し自信があるんです。料理だけは”」
 「“料理だけって事もないだろ”」
 悠人が言う。
 「“あとは普通ですよ。ただ、やる者がいないので、私がやっているだけです”」
 エスペリアは立ち上がった。
 「“それではお茶を入れてきます。そうしたら、お勉強のお時間ですね”」
 エスペリアの言葉に、悠人はため息をついた。
 「“あぁ〜、この時間がなぁ・・・”」
 「“まだまだ知識が足りないんだから、仕方ないだろ”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“ユート様。戦場では、ちょっとした伝達の問題が死を招くこともあります!!”」
 エスペリアは厳しい表情になる。
 「“このお勉強はお二人にとって、とても大切なことなんです。それに・・・”」
 「“ああ、わかってるって”」
 悠人が軽い口調で答える。
 「“・・・本当にわかってますか?”」
 エスペリアは懐疑的な眼差しを悠人に向けた。
 「“大丈夫、大丈夫”」
 「“・・・投げやりな言い方だな”」
 闘護が呟く。
 「“ユート様?ちゃんと目を見て下さいませ”」
 エスペリアは悠人の顔をのぞき込んだ。
 「“わ・か・っ・て・い・ま・す・か?”」
 翡翠色の瞳が悠人をジッと見つめる。
 「“は、はい・・・わかりました”」
 「“はい、結構です”」
 エスペリアは漸く表情を緩めた。
 「“完全に尻に敷かれてるな”」
 闘護は呆れた口調で言った。
 「“・・・”」
 悠人はポリポリと頬を掻いた。
 「“それでは、お茶を入れてきますね”」
 エスペリアは二人を見た。
 「“いつものクーネヨルキのお茶で良いですね?”」
 「“それでいいよ”」
 「“ああ、サンキュ、エスペリア”」
 「“はい、それでは少々お待ち下さい”」
 食器を抱えてエスペリアが台所へ引っ込んだ。
 「ふぅ・・・」
 闘護は首を回した。
 「ここに来てもう一ヶ月ぐらいか・・・」
 悠人が呟いた。
 「もっとだよ。多分・・二ヶ月は経ってる」
 闘護は肩を竦めた。
 「俺も、最初の頃の日付は知らないけど・・・それでも、二ヶ月はあるはずだ」
 「・・・どっちだって一緒だよ」
 悠人はブスリと呟く。
 「そうだな・・・日数なんて関係ない、か」
 「学園に行って、バイトばかり繰り返したんだよな・・・」
 「あの日常が・・・凄く遠く感じる」
 闘護がポツリと呟く。
 「ああ・・・」
 悠人もゆっくりと頷いた。


─聖ヨト歴330年 レユエの月 黒 三つの日 昼
 館の食卓

 食卓には、悠人と闘護、そしてエスペリア、アセリア、オルファリルがついている。
 『随分とにぎやかになったよな・・・』
 悠人は思った。
 『最初は俺と闘護、それにエスペリアの三人だけだったのに・・・』
 「“アセリア、ちゃんとユート様とトーゴ様にご挨拶なさい!!”」
 「“ん・・・”」
 アセリアはチラリと悠人と闘護に目配せをし、手にしたお椀に目線を戻す。
 「“ふぁ・・・ひょうひえば”」
 「“オルファ。お口の中のものを飲み込んでから喋りなさい。お行儀が悪いですよ”」
 「“ふぁーい”」
 『エスペリアは、本当に二人のお姉さんだよな』
 闘護は思った。
 『和むなぁ・・・』
 闘護は小さく笑う。
 「“んぐんぐ・・・ごっくん。あのね、あのね。カオリに聞かれたことがあるの思い出したの”」
 「“佳織ちゃんが?”」
 「“カオリがね、“この世界には名前があるの?”だって”」
 「“名前・・・ですか?”」
 オルファリルの言葉にエスペリアは首を傾げた。
 「“ええと・・・ないですね。国にはありますけど”」
 エスペリアは悠人と闘護を見た。
 「“ユート様とトーゴ様の世界には、名前がありましたか?”」
 「“そういわれると、よくわからないなぁ”」
 悠人は首を傾げた。
 「“そうだな・・・地球というのはなんだか違うだろうし”」
 闘護も腕を組んで考え込む。
 『そう考えると・・・世界って何だろう?』
 悠人は漠然と考える。
 「“チキュウ・・・ですか?”」
 「“あ、うん”」
 悠人が頷く。
 「“地球っていうのは俺たちが住んでいた星のことで、他にも太陽とか木星とか色々な星があって、その中で人が住んでいるのは地球だけで・・・って!?”」
 「“高嶺君・・・それを言っても・・・”」
 闘護は頭を掻く。
 「“・・・”」
 三人とも、唖然とした表情で悠人を見ている。
 「“えっと・・・つまり、あの空に浮かんでいる星の一つが俺たちのいた世界で、多分ここもああいう風に宇宙に浮かんでいる星で、えっと・・・”」
 悠人は頭を抱える。
 「“宇宙ってのも解らないと思うぞ”」
 闘護が突っ込む。
 「“えっと、宇宙っていう、世界が沢山ある所があの空の向こうにあって、もしかしたら俺のいた世界があの星の一つにあるかもしれないって事で・・・”」
 悠人は半ばパニック状態で説明を続ける。
 「“高嶺君、それじゃあ、解らないと思うよ”」
 闘護はやはり冷静に突っ込む。
 「“つまり、空で光っている星一つ一つが、ここと同じような世界になってて、そこのどれかが俺の世界かもしれないんだよ・・・って!!”」
 悠人は闘護を睨み付ける。
 「“闘護、少しは助け船を出してくれよ!”」
 「“だって、勝手にパニクって、勝手に進めるからね。こっちに出来ることは、冷静に突っ込むことぐらいだよ”」
 闘護は悪びれた様子も見せずに答える。
 「“お前なぁ・・・”」
 「“ちょっと・・・難しいお話ですね”」
 エスペリアが口を開く。
 「“この大地も天空に輝く星と同じということでしょうか”」
 「“この世界はどうかわからないけど・・・そうなんじゃないかな?”」
 悠人が答える。
 「“ユート達の世界・・・ハイペリア”」
 アセリアが小声ながら、突然会話に参加する。
 驚いて、みんながアセリアの方を向く。
 当人は、いつの間にか黙々と食事を続けていた。
 『この娘だけは・・・』
 『よくわからないな・・・』
 悠人と闘護はそれぞれ思った。
 「“ハイペリアって何?何度か聞いたことあるけど”」
 「“ハイペリアとは、私たちの世界の上にあると言われている世界のことです”」
 エスペリアが説明する。
 「“空に輝く月の浮かぶ天井、遙か海と龍の爪痕の彼方の世界・・・人が死ぬと、ハイペリアに運ばれると言われています”」
 「“あの世のことかなぁ?”」
 「“アノヨ?”」
 オルファリルが首を傾げた。
 「“人が死んだらそこに行くって言われているところだよ”」
 悠人が説明する。
 「“まぁ、俺たちの世界でも呼び方はいろいろあるけど・・・”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“じゃ、じゃ、パパの世界ではスピリットが消えるとドコ行くの?”」
 興味津々でオルファリルが尋ねてくる。
 「“俺たちの世界にはスピリットはいなかったなぁ・・・”」
 「“まぁ、俺たちが見たこと無いだけかもしれないけど”」
 悠人の説明に闘護が補足する。
 「“なぁんだ。そうなんだ〜”」
 オルファリルは残念そうに呟く。
 「“そうそう、スピリットは消えたら、再生の剣に戻るんだよ♪”」
 「“再生の剣?”」
 悠人が聞き返す。
 「“はい。口伝ではそう伝えられています”」
 エスペリアが口を開く。
 「“再生の剣より生まれマナへと帰る、と”」
 「“再生の剣・・・ねぇ”」
 闘護が呟く。
 「“永遠神剣のことか・・・?”」
 悠人は闘護を見た。
 「“さぁ・・・俺たちはスピリットのことについて何も知らないからな”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“・・・ん。ハイペリアへ行けるのは、人だけ・・・”」
 『アセリア・・・なんだか凄く集中して話しを聞いているような』
 悠人は思った。
 「“アセリアは、ハイペリアってのに興味があるのか?”」
 「“うん・・・ハイペリア、行ってみたい”」
 『ハイペリアには興味があるんだな』
 闘護は思った。
 「“でも、世界に名前がついてないと、微妙にしっくり来ないな”」
 悠人は腕を組んだ。
 「“カオリがね。ここって“ふぁんたずまごりあ”みたいって言ってたんだよ”」
 「““ふぁんたずまごりあ”ですか・・・なんでしょうか?”」
 「““ふぁんたずまごりあ“・・・何処かで聞いたような”」
 悠人は首を傾げる。
 「“・・・確か、佳織ちゃんが読んでた小説に出てくる世界じゃなかったか?”」
 闘護が呟く。
 「“あ、そうだ!!そういえば・・・”」
 悠人が思い出したように頷く。
 「“カオリとね、決めたんだよ♪アッチとコッチかだと言いにくいから、コッチはファンタズマゴリアでアッチがハイペリア”」
 オルファリルが嬉しそうに言う。
 「“この世界がファンタズマゴリア・・・俺たちの世界がハイペリア、か”」
 闘護はゆっくりと呟く。
 『俺たちの世界が現実か、この世界が現実か・・・混乱するけど』
 「“俺たちの世界が夢じゃないって、思えるな・・・”」
 悠人は感慨にふける。
 「“ねっ!どう、パパ、トーゴ?”」
 「“そうだな・・・その方が、わかりやすいから、これからはそう呼ぶようにしよう”」
 「“うん。俺も賛成”」
 悠人の言葉に闘護は頷く。
 「“やったぁ!カオリにも報告しなくちゃ。ファンタズマゴリアとハイペリア〜”」
 「“ほらっオルファ、はしゃがないの。食事中ですよ”」
 『どう見ても、普通の姉妹だよな・・・』
 二人の様子に悠人は思った。
 「“オルファって、簡単に佳織と会えるのか?”」
 「“うん。王女様が時々、話し相手になるようにって。オルファ、カオリとお話するのが楽しみなんだ♪”」
 「“そっか、ありがとな、オルファ”」
 悠人の表情に安堵の色が浮かぶ。
 「“よかったな、高嶺君”」
 闘護が励ますように肩を叩く。
 「“ああ”」
 悠人も頷く。
 「“さ、ハイペリアのお話は食事の後にしましょう。冷めてしまいますよ”」
 エスペリアがそう言うと、アセリアが立ち上がった。
 「“・・ん。戻る”」
 「“もう食べたのですか?いつもながら早いですね”」
 「“・・・ん”」
 エスペリアの問いかけにコクリと頷く。
 『うーむ・・・なかなかアセリアのペースはつかめないな』
 闘護は思った。
 四人は部屋から出て行くアセリアの後ろ姿を見送った。
 「“アセリアお姉ちゃん、楽しそうだね〜”」
 「“ええ、本当に”」
 【“えっ、何が!?”】
 悠人と闘護は裏返った声で同時に尋ねる。
 「“ええ。ユート様とトーゴ様が来てから。特に、ユート様がお気に入りのようです”」
 エスペリアが笑った。
 「“そうなんだ〜。パパはカンケルゥだねぇ〜”」
 「“カンケルゥ?”」
 悠人が首を傾げた。
 「“とても好かれているという意味ですよ、ユート様”」
 「“そうそう、カオリにオルファ。アセリアお姉ちゃんにエスペリアお姉ちゃんっ!!”」
 「“こ、こらっ!!な、何を言ってるんですか!?”」
 オルファリルの言葉にエスペリアは慌てる。
 「“私は、ユート様は大切なお客様であって、別に変な気持ちなどは・・・だ、第一・・そ、そんなことを言うのはユート様に失礼ですよ!!”」
 焦るエスペリアに、悠人も照れたように顔を赤くする。
 「“その割に、エスペリアの顔は赤くなってるぞ”」
 闘護が面白がって言う。
 「“わ、私は別に・・・”」
 「“高嶺君も顔が赤いぞ”」
 「“お、俺は別に・・・”」
 二人とも、顔が真っ赤になる。
 「“本当だぁ。パパとエスペリアお姉ちゃん、顔が真っ赤だぁ〜”」
 オルファリルが無邪気に言う。
 「“お、俺、ほとんどアセリアに無視されてるんだけど・・・”」
 話題を変えようと、悠人が口を開く。
 「“楽しそうな素振りなんてしてるのかな?”」
 「“い、いいえ、あれで普通なんですよ。あの娘は”」
 エスペリアも落ち着きを取り戻して答える。
 「“そうなのか・・・?”」
 「“そうそう”」
 オルファリルが頷く。
 「“へぇ・・・二人が言うならそうなんだろうな”」
 闘護が言った。
 『自信ないなぁ・・・』
 悠人は心の中で呟く。


─聖ヨト歴330年 レユエの月 黒 四つの日 夜
 館の食卓

 トンッ・・
 「“ふぅ・・・”」
 用を足した闘護は静かに扉を閉める。
 『寝直すか・・・』
 闘護は音を立てずに歩き出す。
 その時・・・
 「“・・!!”」
 「“!!!”」
 食堂の方で何か音がした。
 「“なんだ・・?”」
 闘護はソッと食堂の方へ向かう。

 「“アセリア・・・マナが欲しい・・・アセリアが欲しい・・・”」
 『高嶺君?それにアセリア・・・!?』
 食堂には、アセリアと、そのアセリアを抱きしめる悠人が居た。
 「“乾く、喉・・・苦し・・・乾・・”」
 「“ユート!?”」
 ドンッ・・・
 悠人は無抵抗なアセリアを床に押し倒す。
 「“・・ッ!”」
 アセリアは微妙に表情を歪めた。
 『なんだ、これは・・・?』
 状況がつかめず、闘護は立ち往生する。
 「“ユート・・・”」
 アセリアは抵抗せず、悠人に押し倒されるがままになっている。
 『・・・そういう、シーンなのか?ならば、野暮は・・・』
 闘護はきびすを返した。
 その時
 「“ユート、どうした?”」
 「ハァ、ハァ、ハァ・・・くそっ!!負けるかっ!!!」
 突然悠人が叫ぶ。
 『!?』
 闘護は慌てて食堂に駆け込む。
 「“ハァ、ハァ・・・”」
 悠人はアセリアを跨ぐようにして床に膝をついていた。
 「“高嶺君!?”」
 悠人の状態に、闘護は二人に駆け寄る。
 「“トーゴ”」
 アセリアは闘護に気づいていたのか、特に驚いた様子も見せない。
 「くぅっ!!ダメだ!!そんなの・・・ダメ、だっ!!」
 悠人は唇を強く噛み締めた。
 「“高嶺君!!”」
 『まさか・・・【求め】が!?』
 「“・・・苦しいのか?”」
 アセリアが眉一つ動かさずに問う。
 「“ぐっ・・・ぐぅ・・・うぐっ!!”」
 アセリアの問いに答えを返すことなく、悠人はうめき声を上げる。
 「“た、高嶺・・・君!?”」
 その時、悠人の凄まじい形相に闘護は絶句する。
 「“ユート・・っ!!”」
 アセリアは片手で【存在】を引き抜き、刀身を悠人に向けた。
 「な・・・!?」
 刀身に写る己の顔を見て、悠人は驚愕する。
 「“んっ・・・!!”」
 その瞬間、アセリアはハイロゥを展開した。
 フォン!!
 ハイロゥが悠人をはじき飛ばした。
 「“高嶺君!!”」
 ドサッ!!
 「“が・・っ!?”」
 床にたたき付けられた悠人は小さく身じろぎする。
 「“高嶺君!?”」
 闘護は慌てて悠人に駆け寄る。
 「“う・・はぁ・・はぁ、はぁ・・・”」
 悠人は荒い息をついてうずくまっている。
 「“ん・・・大丈夫か”」
 アセリアはそう言って何事もなかったように立ち上がる。
 「“あ、ありが・・とう。なんと、か”」
 「“エスペリア、呼んでくる”」
 アセリアはそう言って食堂から出ようとした。
 「“アセリアっ!”」
 その時、悠人が叫ぶ。
 「“ん?”」
 「“剣のことは・・・エスペリアには言わないでくれ”」
 「“ん”」
 素直に頷くと、アセリアは出て行った。
 「“ふぅ・・・”」
 悠人はゴロリと仰向けに寝転がった。
 「大丈夫か?」
 闘護が悠人の側に寄る。
 「ああ・・・何とか」
 「剣に取り込まれかけたのか・・・?」
 「・・・ああ」
 「そうか」
 闘護は忌々しげに唇をかんだ。
 「どうやら・・・君は力を手に入れると同時に、とんだ代償を背負わされたみたいだな」
 「・・・」
 「覚えてるか?前にエスペリアを襲おうとしたこと」
 闘護は厳しい眼差しを悠人に向けた。
 「・・・ああ」
 「あのとき、君は剣の声に抵抗した。そして、その結果・・・現在、【求め】を使うことが出来なくなっている」
 「・・・」
 闘護の言う通り、悠人は【求め】の力を引き出すことが出来なくなっていた。
 「力をもう一度手に入れたかったら、剣の声を受け入れる必要があるんじゃないのか?それには・・・」
 「それ以上、言うな・・・」
 闘護の言葉を遮るように、悠人が堅い口調で呟く。
 「・・・わかった」
 闘護も、それきり黙る。

 しばらくして、血相を変えたエスペリアが食堂に駆け込んでくる。

 「“ユート様!!大丈夫ですか!?”」
 「“ああ・・・訓練ばかりで、ちょっと身体がまいってたみたいだ”」
 悠人はすぐに解るような嘘をつく。
 『怖い・・・エスペリアや、オルファが離れていくのは・・・』
 悠人は心の中で呟く。
 「“・・・本当に、それだけですか?アセリア?トーゴ様?”」
 エスペリアの問いかけに、アセリアは沈黙する。
 闘護も肩を竦めて沈黙した。
 「“・・・とにかく、無理だけはしないで下さい。剣の声にユート様はまだ不慣れです”」
 エスペリアは悠人を見た。
 「“もし、お心が苦しいときは、私に何でもお申し付け下さいませ”」
 「“何でも、ね”」
 闘護がボソリと呟く。
 「“・・・ありがとう”」
 闘護の呟きを無視して、悠人は礼を言った。
 『【求め】の意思・・・俺の欲望も、確かにその中にある・・・エスペリア達の身体を求めている』
 悠人はエスペリアを見た。
 『俺は・・・最低、だ・・・』
 悠人は心の中で謝罪する。


 「“すぐに寝たみたいだ”」
 悠人の部屋から出た闘護は、残っていたエスペリアに報告する。
 「“そうですか・・・”」
 エスペリアは少し浮かない表情で呟く。

 悠人を部屋に連れて行き、廊下には闘護とエスペリアの二人が残っていた。
 既に、アセリアは自分の部屋へ戻っている。

 「“それでは、私も失礼します”」
 エスペリアは闘護に礼をして背を向けた。
 「“エスペリア”」
 その時、闘護はエスペリアを呼び止める。
 「“なんでしょうか?”」
 エスペリアの声は、少し固い口調であった。
 「“さっきの“何でも”というのは・・・”」
 「“・・・言葉通りの意味です”」
 エスペリアは振り返らずに答えた。
 「“・・・剣の求めに答える、ということか?”」
 「“それで・・・ユート様がアセリアやオルファを襲わなくなるのであれば・・・”」
 「“・・・”」
 「“失礼します”」
 エスペリアはそう言って自分の部屋に消えていった。
 そして、廊下には闘護が一人残る。
 『アセリアやオルファを襲わなくなる・・・』
 「・・・身体は楽になるかもしれない。けど」
 闘護は悠人の部屋の扉を見た。
 『悠人が二人を襲うと考えてると疑ってるのか・・・』
 「心は・・・余計傷つくかも、な」

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