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─聖ヨト歴330年 アソクの月 赤 四つの日 夕方
 館の食卓

 「ふぅ・・・」
 悠人は椅子に座ってボーっとしていた。
 「くぅ・・・ぐぅ・・・」
 闘護は、テーブルに突っ伏して寝ている。
 『何で・・・俺は剣を使いこなせない?』
 悠人は自問する。
 『俺には何が足りないんだ・・・?』
 悠人は闘護を見る。
 「ぐぅ・・・かぁ・・・」
 「呑気なもんだな」
 妬みの混ざった口調で呟く。
 『闘護って、一体何者なんだろ・・・?』
 闘護がエスペリアやアセリアの攻撃を受け続ける訓練をしていることを悠人は知っていた。そしてその結果、闘護は体中にアザを作っていることも。
 しかし、それらの怪我があっという間に自然治癒しているという。
 『エスペリアも、“トーゴ様の回復力は尋常ではありません”って言ってたしなぁ・・・』
 悠人は首を傾げる。

 一度、闘護にそのことについて聞いてみると次のように言った。
 「理由はわからないけど、助かるよ。回復魔法が効かない俺には、自然治癒しか傷を癒す方法がないんだから」

 「ホント、呑気だよなぁ・・・」
 「がぁ・・・かぁ・・・」
 悠人の懊悩に気づくことなく、闘護はイビキをかきながら寝続ける。
 「はぁ・・・」
 悠人はため息をつくと、再び己について考える。
 『剣の力を引き出せったってなぁ・・・』
 悠人はため息をついた。
 「“ユート様?”」
 「わぁ!?」
 突然エスペリアが悠人の眼前に出てくる。
 どうやら、何度か呼んでいたのに悠人が気づかなかったらしい。
 「“ど、どうなさいました?”」
 「“いや、何でもない”」
 悠人は首を振って答える。
 「“そうですか・・・?”」
 エスペリアは納得していない様子だが、大人しく引き下がった。
 「“そろそろ勉強を始めましょう”」
 エスペリアの手にはお茶の載った盆がある。
 『勉強か・・・』
 悠人は寝ている闘護を揺すった。
 「おい、闘護」
 「うん・・ううん・・・んあ?」
 闘護がゆっくりと起きあがる。
 「勉強を始めるぞ」
 「ん?あぁ・・・そんな時間かぁ」
 闘護は欠伸をしながら呟く。
 「“お疲れのようですね・・・大丈夫ですか?”」
 エスペリアが心配そうに尋ねた。
 「“大丈夫、大丈夫”」
 闘護は掌を振って答える。
 「“そうですか・・・?”」
 「“ああ。早く始めよう”」
 「“・・わかりました”」
 悠人の言葉に、エスペリアは頷いた。
 「“では・・・今日は、言葉の勉強と、この世界についてお教えいたします”」


─聖ヨト歴330年 アソクの月 赤 四つの日 夜
 大浴場

 「ふぅ・・・」
 悠人がゆっくりと息を吐く。
 「気持ちいいなぁ・・」
 闘護がゆっくりと呟いた。
 館の中にある大浴場には、現在悠人と闘護の二人が入浴していた。
 「あぁ・・・」
 悠人はそう呟いて掌をかざす。
 「ん?どうしたんだ?」
 悠人の行動に、闘護が尋ねる。
 「いや・・・これから、俺たちに何をさせるつもりなんだろうなぁ・・・と思って」
 「戦闘訓練させてるんだから、戦争だろうな」
 闘護の言葉に悠人は眉をひそめる。
 「やっぱりそうか・・・」
 「今日、別のスピリットが来るって言ってたろ。この館には今、エスペリアとアセリアの二人だけだ。二人の色は緑と青。新しいスピリットは・・・」
 「赤・・・強力な神剣魔法の使い手」
 悠人は苦い表情を浮かべながら呟いた。
 「戦いか・・・」
 「俺は覚悟が出来てるけどね」
 闘護は肩を竦めた。
 「・・・」
 悠人はザブリと浴槽から立ち上がる。
 「出るのか?」
 「ああ」
 「そうか・・・俺はもう少し入って・・・ん?」
 ガタッ・・・
 闘護が言いかけたとき、突然脱衣所で音がした。
 「何だ!?」
 悠人の顔に緊張の色が浮かぶ。
 「エスペリアもアセリアもまだのはず・・・」
 闘護が立ち上がった。
 「まさか・・・また兵士達か?」
 悠人は構えた。
 すると、脱衣所の扉が開き・・・
 「パパ!パパ!!パパァーーッ!!」
 「・・・ぇ?」
 「・・・な?」
 脱衣所から赤い髪の小さな女の子が飛び出した。
 「パパァ!!」
 そして、その子は素っ裸のまま悠人に飛びつく。
 「えっ!?えっ!?」
 抱きつかれた悠人は、目を白黒させる。
 「“パパ、パパ、会いたかったよ〜!!”」
 「な、なに??」
 『会いたかった・・・?』
 辛うじて少女の早口を聞き取った悠人は、更に混乱する。
 「ちょ、ちょっと、危ないから離れて・・・っ!?」
 「た、高嶺君!?」
 闘護も、目の前の光景に唖然としている。
 「“飛んできたんだよっ!!”」
 今度は、悠人の後頭部に腕を回し、自分の顔を離して悠人の顔をジッと見つめる。
 『な、何なんだ・・この子は?』
 悠人は飛びついている子を見る。
 『佳織と同じくらい・・・光陰が見たら放っておかないぐらいの美少女だよな』
 「パパッ!!」
 「こ、ここ・・・こらっ!?」
 「その子・・・何で、高嶺君をパパって呼ぶんだ?」
 闘護が当然の疑問を口にする。
 「さ、さぁ・・・俺にも何がなんだか」
 「“ユートはカオリのお兄ちゃん!オルファのパパ、ユートォ〜”」
 「え、えーと・・・」
 少女の言葉を闘護は頭の中で翻訳しようとする。
 しかし、その前に闘護が答える。
 「高嶺君が佳織ちゃんの兄で、オルファのパパ・・・オルファってのはその子の名前だろうな」
 「な、なるほど・・・って?」
 二人は同時に目を丸くした。
 「佳織だって!?佳織がどうかし・・・わっ!?」
 「パパ!パパ!」
 バランスを崩して、悠人と少女は浴槽に勢いよく倒れ込む。
 「高嶺君!?」
 ザブーン!!!
 「“こら、オルファ!!お風呂の中で遊ばないの!!”」
 脱衣所の方から別の声が聞こえて、少女がビクリと身を竦める。
 「“だってオルファ、楽しみにしてたんだもん”」
 ドアがガラリと開けられる。
 「あ、エスペリア」
 闘護が間抜けな口調で呟く。
 浴室に入ってきたエスペリアは、少女のものらしき服を抱えていた。
 「“もう、こんなに服を散らかして・・・”」
 「“エスペリアお姉ちゃんも一緒に入ろうよ”」
 「“私は後かたづけをした後に・・・”」
 そう言いかけたエスペリアの視界に、素っ裸の少女と、素っ裸の悠人、素っ裸の闘護が入った。
 そして、エスペリアと悠人の視線が合う。
 「あ、あははは・・・」
 悠人が愛想笑いを浮かべる。
 「・・・なんてお約束なんだ」
 闘護はヤレヤレと首を振って呟いた。
 エスペリアの表情がたちまち凍り付く。
 「“!!!!も、申し訳ありません!!ユート様、トーゴ様!!”」
 エスペリアは顔を真っ赤にして後ろを向く。
 「“あはは、お姉ちゃんの顔、真っ赤だぁ〜”」
 オルファと呼ばれた少女は無邪気に笑うと、悠人の身体に抱きつく。
 「“パパ!オルファのパパ〜♪”」
 少女は悠人の胸に頬ずりする。
 「“えへへへへ〜”」
 「な、何なんだ・・・この子?」
 悠人は唖然とした口調で呟いた。
 「さあ」
 闘護は肩を竦める。


 風呂から上がって、食卓には悠人、闘護、エスペリア・・・
 そして、オルファリルという少女が集まった。

 「“ほら、オルファ。ちゃんとユート様とトーゴ様にご挨拶なさい”」
 「“うん。パパ、トーゴ。オルファの名前はオルファだよ”」
 「いや、それはわかってるんだけど・・・」
 闘護が頬をポリポリ掻きながら言った。
 「それよりも」
 悠人はテーブルに身を乗り出した。
 「聞きたいことがあるんだけど・・・俺は」
 「“パパだよ”」
 「・・・え、えっと・・・」
 「“エスペリア。“パパ”という言葉の意味は?”」
 闘護が悠人に変わって質問する。
 「“いいえ、そのような言葉はありません”」
 エスペリアは首を振って答えた。
 「じゃあ、何で高嶺君をパパって呼ぶんだ?」
 闘護は首を傾げた。
 「“オルファ。パパってどういう意味なんだ?”」
 悠人が尋ねると、オルファリルはニコリと笑った。
 「“えへへ。それじゃあ、ゆっくり言うね”」
 オルファリルの口調がスローになる。
 「“パパ、会いたかったよぉ”」
 「“うん”」
 悠人が頷く。
 「“今日は飛んできたよ”」
 「“えっと・・・”」
 突然、会話が変わって悠人は混乱する。
 「今日は飛んできたってさ」
 闘護がフォローする。
 「そうか・・・飛んできた、か」
 「“ユートはカオリのお兄ちゃん!!ユートはオルファのパパ!!”」
 「ユートは佳織のお兄ちゃん・・・ユートはオルファの・・・パパ?」
 悠人は首を傾げる。
 「全然わからんぞ」
 闘護が言った。
 「“えへへ”」
 オルファリルはうれしそうに笑っている。
 「“えっと・・・パパっていうのはお父さんって意味だぞ”」
 「“そだよ”」
 悠人の言葉を即答で肯定する。
 「どうやら、彼女はパパの意味を知った上で、高嶺君をパパと呼んでるんだ。」
 闘護はジロリと悠人を睨んだ。
 「つまり、彼女にとって高嶺君は父って事になる」
 「な、なんだよ・・・?」
 「まさか・・・彼女は隠しっ!?」
 ゴンッ
 闘護が言い終わる前に、悠人のゲンコツが闘護の頭に命中する。
 「んなわけないだろ」
 「だ、だよなぁ・・・」
 闘護は殴られた箇所をさすりながら頷く。
 「“ねぇ、パパァ。オルファ、お腹空いちゃったよ。もうラースからの道中何も食べてなくって・・・”」
 「え、ええと・・・オルファはお腹がすいた?なんだよ、それ?」
 更に話が脱線し、悠人の表情に苛立ちが浮かぶ。
 「“エスペリアお姉ちゃん。ゴハンは?オルファ、お姉ちゃんのゴハン楽しみにしてたんだよぉ”」
 「“こ、こら、オルファ!!ユート様の質問にちゃんと答えなさい!!”」
 エスペリアの言葉に、悠人は頷く。
 「“ええと・・・どこから話したらいい?”」
 「“出来れば、最初から・・・”」
 「“最初からかぁ・・・あ、そうだそうだ。えっとね。オルファは今日、ラースから帰ってきたんだよ”」
 「ふむ・・・つまり、彼女が今日合流するスピリットだったわけだ」
 闘護が呟く。
 「“でね・・・あ、そうだ。リュカって娘がいてね。そのリュカにお歌を教えてあげたんだよ!!”」
 オルファリルの表情が少し寂しそうなものになる。
 「“オルファ、途中で帰って来ちゃったから全部は教えてあげられなかったんだけど・・・”」
 「“オルファ、話が脱線してますよ”」
 エスペリアが注意する。
 「“あ、そうかぁ・・・えっと、どこまで話したっけ?”」
 「“ラースから帰ってきたところまでです”」
 「“あ、そうそう”」
 オルファリルは思い出したように言う。
 「注意力が散漫なところ、夏君に似てるな」
 「俺も今、そう思った」
 闘護の言葉に悠人が頷く。
 「“えとね、お城で王女さまに報告してね。そこでカオリに会ったんだよ”」
 「会った・・・?」
 オルファリルの言葉に悠人の顔色が変わる。
 『やはり、佳織のことを知ってるんだ』
 「会ったって、佳織と話をしたのか!?」
 「“きゃあ!?”」
 悠人がオルファリルの肩を強く掴む。
 「オルファ、佳織はどうしていた!?無事だったか!?酷いことされていなかったか!?」
 「落ち着け、高嶺君!!」
 「“落ち着いて下さいませ、ユート様!!”」
 「“パパ、痛いよっ!!”」
 オルファリルの訴えに、悠人はハッとした表情でオルファリルの肩から手を離す。
 「あ!!・・・悪い」
 悠人は頭を下げた。
 「“ご、ごめん・・・オルファ。痛かったよな?”」
 『俺って奴は・・・佳織のこととはいえ、なんて事を・・・』
 「“ううん、大丈夫だよ、パパ。パパ、カオリのことが心配なんだよね”」
 「“オルファ・・”」
 「“カオリ、凄く元気だったよ♪王女さまがカオリの話し相手になりなさいって”」
 オルファリルはニコリと笑った。
 「“それで、ずっとお話ししてたんだぁ”」


 「ふむ・・・つまり、彼女はこっちに来てすぐの頃から佳織ちゃんと会って話をしてたんだ」
 「で、佳織との会話の中で家族って言葉が出てきて・・・オルファも家族になりたい、と思った」
 「佳織ちゃんが妹だから、自分は他のが良いって・・・それで娘か」
 闘護は苦笑する。
 「微笑ましい決断だな」
 闘護の言葉に悠人は頷く。
 『けど、何でオルファは家族にこだわるんだ?』
 悠人は心の中で首を傾げる。
 「で、俺たちが訓練を始めたら、今度は彼女の方がラースに回された・・・ってわけだ」
 「“なぁ、オルファ”」
 悠人はオルファリルを見た。
 「“もしかして、佳織って・・・俺よりも言葉、まともに喋ってる?”」
 「“うん。パパより上手だよ。もう、全然”」
 「流石、佳織。頭が良いな・・・って?」
 「“失礼なことを言ってはいけません!!”」
 脳天気に笑っているオルファリルを、慌ててエスペリアが止める。
 「“だってパパ、なんか変だもん”」
 「“こ、こら!!”」
 オルファリルの言葉に、エスペリアはあたふたしている。
 「ふむ・・・つまり、高嶺君の言葉はおかしい、と」
 冷静に突っ込む闘護を睨んでから、悠人は首を振った。
 「“気にしてないよ。俺が下手なのは、自分でもわかってるし”」
 「“ちなみに、俺はどうかな?”」
 闘護の問いに、オルファリルはうーんと首を傾げる。
 「“えっと・・・上手いよ。もしかしたら、カオリよりも”」
 「“そっか。ありがと”」
 オルファリルに誉められて、闘護は得意そうに笑った。
 「ちぇっ・・」
 悠人は少し悔しげにそっぽを向く。
 「“カオリ、トーゴのことはあまり心配してなかったよ。しっかりしてるから大丈夫だって”」
 「“そうか・・・信頼してくれて嬉しい反面、ちょっと寂しいな”」
 闘護はポリポリと頬を掻いた。
 「“でも、パパのことは・・・”」
 「・・・」
 悠人は苦虫を噛み潰したような表情で沈黙する。
 「“カオリがね。パパのことずっと心配してたよ”」
 場の空気に感づかなかったのか、オルファリルが続ける。
 「“痛いことされてないか、非道いことされてないかって”」
 「・・・」
 「“その後ね。いろんな事をお話ししたんだ。パパのこととかトーゴのこととか。キョウコのこととか、あと、オルファに似ているコトリのこととか”」
 『佳織もオルファに同じ印象を受けてたのか』
 悠人は心の中で呟く。
 「“最後はカオリ泣いちゃって、オルファもなんだか哀しくなって、一緒に泣いちゃった”」
 「・・・」
 悠人は耐えるような表情で瞳を閉じていた。
 「高嶺君・・・」
 『佳織ちゃんのこと・・・心配してるんだな』
 「“それでね。オルファがパパの近くにいれるよって話したら、カオリが励ましてあげてって”」
 オルファリルはニコリと笑った。
 「“カオリがお兄ちゃんって呼ぶから、オルファはパパって呼ぶぅ♪”」
 「“オルファ・・・”」
 エスペリアは少し俯き、優しく微笑む。
 「“・・・そっか。ありがとな、オルファ”」
 『オルファは俺が寂しくならないように、パパと呼んでくれるんだ・・・』
 悠人はオルファリルの頭を優しく撫でた。
 「“えへへ♪”」
 オルファリルは嬉しそうに笑った。
 「いい子だな」
 闘護が呟く。
 「ああ」
 悠人も同意する。
 「“ユート様”」
 「“佳織のためにも・・・がんばらなきゃな”」
 「“パパのためにオルファも頑張るぅ!!”」
 「“サンキュ、オルファ”」
 「“サンキュ?”」
 「“私たちの言葉で言う“ありがとう”ですよ”」
 エスペリアが説明する。
 「“悪い、つい癖で使っちまった・・・ごめん、オルファ。えっと・・・ありがとう、オルファ”」
 「“あ、そうなんだ。ううん、気にしないで、パパ”」
 「“さぁ、アセリアも呼んで食事にしましょう。もうシチューもちょうどよくなっていると思います”」
 「“わぁい。久しぶりのエスペリアお姉ちゃんのシッチュー!”」
 オルファリルは全身で喜びを表す。
 「“オルファもお手伝い〜”」
 エスペリアの後を追ってオルファリルも台所へ向かった。
 「オルファみたいな子がいてくれるなら、佳織も安心できるだろう」
 闘護と二人になって、悠人が呟いた。
 「そうだな」
 闘護も頷く。
 「でも・・・」
 『あんな小さな子まで戦わされるのか・・・?』
 心の中で葛藤する悠人。
 「どうした、高嶺君?」
 「・・・いや、何でもない」
 闘護の問いかけに、悠人は首を振った。


─聖ヨト歴330年 アソクの月 緑 四つの日 朝
 闘護の部屋

 カーン!!カーン!!カーン!!
 「な、何だ!?」
 突然鳴り響く鐘の音に、闘護は目を覚ました。
 『何が起こった!?』
 闘護は急いで服を着替える。
 その時、ノックがした。
 「“トーゴ様!!緊急招集です!!急ぎ、謁見の間へ!!”」
 「“わかった!!”」
 闘護は鎖帷子を着込み、籠手とすね当てを付ける。
 その上から制服を着て、さらにラキオスの戦闘服を羽織った。
 『初陣の時が来た・・・か』
 あの日、人を殺した瞬間から覚悟したことを思い出す。
 「・・・よしっ!!」
 闘護は部屋から飛び出した。


─同日、朝
 謁見の間

 「“エトランジェ、スピリットよ。我が国に国籍不明のスピリットが侵入した”」
 レスティーナが透き通る声で言った。
 『レスティーナ=ダイ=ラキオス・・・佳織を保護してくれているということだが・・・敵なのか?それとも味方なのか?』
 悠人は心の中で考える。
 『王女の立場だが・・・あのクソ王とはどうも考え方が違う。何を考えているんだ・・・?』
 闘護はレスティーナを見つめながら思った。
 「“今、王は同盟国家との会談のため国を離れている。そのため、今回の指揮は私が執る”」
 『ふん、あの野郎はいないのか』
 闘護は心の中で吐き捨てる。
 「“敵の狙いはラースに建設されつつあるエーテル変換施設であることは間違いない”」
 レスティーナは悠人達を見た。
 「“エトランジェとスピリットは、すぐににラースへ向かい国籍不明のスピリットを完全に消滅させよ”」
 レスティーナは視線を上げた。
 「“おそらくはバーンライトの兵であろう。犠牲は出ようとも、変換施設だけは死守するように。そなた達の命よりも、遙かに重いものなのだからな”」
 「・・・」
 悠人は複雑な表情でレスティーナを見ている。
 「“ご安心下さいませ。この身がマナの霧に消えようとも、ラースの街は奪還いたします”」
 エスペリアが一歩前に出て答える。
 「“それでこそ、我が国のスピリット。期待している”」
 「“ハッ”」
 「“エトランジェよ”」
 「“ハ、ハッ!!”」
 慌てて悠人が答える。
 「“決して他の者たちの足を引っ張らぬようにせよ。解っているとは思うが、そなた達の働きがそなた達の運命を左右することを忘れなきように・・・”」
 『ちっ・・・やはり、佳織は人質か』
 悠人はわき上がる怒りを抑える。
 「“よいな、エトランジェよ”」
 「“ハッ”」
 『くそっ・・・何でこんな奴に頭を下げなきゃならないんだ!?』
 〔そ・・うだ・・・憎む・・・マナ・・・を・・〕
 『な、何だ・・・?今の声は?』
 悠人は小さく表情を歪めた。
 「“早速支度にかかれ。準備が整い次第、アセリア、エスペリア、オルファリル、そしてエトランジェはラースの街に”」
 「“ハッ!!”」
 悠人が返事をする。
 「“ラキオスに勝利を”」
 エスペリアが頭を下げながら言った。
 「“ちょっと待て”」
 その時、闘護が立ち上がった。
 「“なんだ?”」
 「“悪いけど、俺は降りるぜ”」
 闘護は肩を竦めて言った。
 「闘護!?」
 「“トーゴ様!?”」
 「“・・・どういうつもりだ?”」
 レスティーナが厳しい視線を闘護に向ける。
 「“スピリットを相手に、俺に何が出来るんだ?”」
 闘護はバカバカしそうに笑った。
 「“攻撃できない俺が出たって無駄だから、行かないぜ”」
 「闘護・・・」
 「“ならば、人質がどうなるか・・・”」
 「!?」
 レスティーナの言葉に、悠人の表情が凍った。
 「“そういう問題じゃない”」
 闘護は首を振る。
 「“俺が出ても、何の役にも立たない。攻撃力のない俺に何が出来るんだ?”」
 「“他の者達を護る盾くらいにはなろう”」
 レスティーナは冷たく言い放った。
 「“・・・言い切ったな”」
 闘護はさしたる動揺も見せずに言った。
 「“いいだろう。君の命令に従い、俺も出陣する”」
 闘護はそう吐き捨ててレスティーナに背を向けた。
 「・・・」
 「“・・・”」
 唖然とする悠人とエスペリア。
 「“二人とも、行くぞ”」
 闘護の催促に、二人も慌てて謁見の間から出て行く。


 「おい!!」
 漸く追いついた悠人は、闘護の肩を掴む。
 悠人の後ろにいたエスペリアが心配そうに二人を見る。
 「さっきはどういうつもりだ!?」
 「どういうつもりって?」
 闘護はケロリとした表情で尋ねる。
 「佳織が・・・佳織が人質になってるんだぞ!!」
 「わかってるよ」
 悠人の怒りを受け流すように、闘護は答える。
 「だったら、何で口答えした!?」
 「向こうの真意を確かめたかったからだ」
 闘護はそう言って悠人の手を払った。
 「真意・・・だと?」
 「俺をどうするつもりか・・・」
 闘護はそう呟くと肩を竦める。
 「“盾になれ”と言った。つまり、俺がそういう役目に就くことを理解して言っている」
 闘護はそう言って歩き出す。
 「・・・どういうことだ?」
 闘護の隣を歩きながら悠人が尋ねる。
 エスペリアは二人の話している言葉がわからず、黙って後をついて行く。
 「敵のスピリットを殲滅することを優先させるなら、俺が行く必要はないだろ。攻撃力は皆無なんだから」
 「それは・・・確かに・・・」
 悠人も闘護の理屈に首を傾げる。
 「つまり、言葉通りさ。俺に君たちを守る盾になれって言ったんだよ。レスティーナは」
 「お前に・・・?」
 「俺は、スピリット相手なら十分盾になれる。君たちを守るぐらいは出来るからな」
 闘護はニヤリと笑った。
 「・・・」
 「“・・・”」
 闘護の笑みに、悠人とエスペリアは何も言えずに沈黙する。
 「さぁ、行こうか」
 闘護は元気よく言った。


 そして、悠人、闘護、アセリア、エスペリア、オルファリルの五人はラキオスを出立、ラースへ向かった・・・


─聖ヨト歴330年 アソクの月 緑 四つの日 昼
 リュケレイムの森

 「!!」
 突然、アセリアが構える。
 「“ど、どうしたんだ!?”」
 アセリアのただならぬ表情に、悠人も周囲を見回した。
 「“ユート様!!トーゴ様!!伏兵です!!”」
 エスペリアも構えを取っている。
 「“私たちが迎撃します。お二方は下がって下さい!!”」
 「“アセリア!!オルファ!!”」
 「“・・・ん”」
 「“うん、やっつけちゃんだからっ。パパ、見ててね”」
 「“行きます!!”」
 三人は一気に飛び出していく。
 「・・・」
 悠人は呆然と三人の後ろ姿を見ていた。
 「高嶺君」
 闘護はポンと悠人の肩を叩いた。
 「ここは、彼女たちを信じよう」
 「あ、ああ・・・」
 闘護の言葉に、悠人は逡巡したが、やがてコクリと頷いた。


 しばらくして・・・

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 悠人は【求め】を構えて荒い息をつく。
 戦いは悠人から離れたところで起こっているが、戦場の空気が悠人に【求め】を構えさせたのだ。
 「・・・」
 闘護は、悠人のように動揺することはなく、冷静な表情で沈黙していた。
 既に人を自分の手で殺し、戦うことを覚悟した闘護は、初陣の戦士にしては奇妙なほど落ち着いている。
 「“ヤァッ!!”」
 ズバッ!!!
 「“キャァアアアア!!!”」
 エスペリアの一撃が決まり、最後の敵スピリットが絶命する。
 「“ユート様、トーゴ様。戦いは終わりました。剣を下げても大丈夫ですよ”」
 「ああ」
 闘護が頷く。
 「・・・」
 エスペリアに言われても、悠人は構えを解こうとしない。
 エスペリアの槍についていた衣服や血は、マナの霧に消えていく。
 『これがスピリットの死・・・そして、俺も死ねばこうなるのか・・・?』
 初めて、死を目の当たりにして悠人は身体の震えを止めることが出来ない。
 「高嶺君・・?」
 悠人の様子に闘護が訝しげな眼差しを送る。
 「“お怪我はありませんでしたか?”」
 エスペリアが笑顔で問いかける。
 「!?」
 しかし、悠人は恐怖に引きつった表情で後ずさる。
 「“ユート様・・・”」
 『ど、どうしたんだよ。いつものエスペリアじゃないか・・・何してんだ、俺!?』
 「“ち、ちがうんだ・・・お、俺・・・”」
 悠人は呂律の回らない言葉を繰り返す。
 「“・・・申し訳ありません。私たちも少し休みます。どうか心を落ち着けてくださいませ”」
 エスペリアは哀しそうな表情で頭を下げた。
 『俺の恐怖に・・・気づいたんだ』
 エスペリアを傷つけたことを悔いつつも、悠人は落ち着きを取り戻すことが出来ない。
 「“ご、ごめん・・・エスペリア”」
 「“気になさらず。ユート様は初陣なのですから。落ち着いたら、および下さいませ”」
 「“パパ、どうだった?オルファの活躍!”」
 「“オルファ、こっちに来なさい”」
 「“え〜っ?どして?せっかく敵さんやっつけたのにぃ?”」
 「!?」
 オルファリルの言葉に、闘護の表情が凍った。
 「“いいから!!”」
 「“ぶぅ〜”」
 それに気づかず、エスペリアはオルファリルの手を引いて離れた場所へ移動する。
 オルファリルは不満そうな表情で悠人の方を振り返った。
 「きっと褒めて欲しかったんだろうな・・・」
 悠人が呟く。
 「だが、あまり良いことではない」
 闘護が渋い表情で言った。
 「闘護?」
 「殺したことを誇られてもな・・・」
 闘護はそう言って悠人を見た。
 「さて・・・さっき、エスペリアに対して恐怖を感じたのは・・・まぁ、仕方ないさ」
 闘護はドサリと腰を下ろした。
 「・・・」
 「ほら、高嶺君も座れ」
 闘護に急かされて、悠人は闘護の隣に座り込む。
 「目の前で殺しを見れば、誰だって恐怖する。実際に殺した俺だってそうだったろ?」
 闘護がわざと明るい口調で言う。
 「闘護・・・」
 「言いたいことがあるなら、言いなよ。聞いてやるからさ」
 闘護はニコリと笑った。
 「・・・俺だって、佳織のために戦うって覚悟はした・・・したつもりだったんだ」
 「・・・」
 「けどっ!!」
 悠人は闘護を見た。
 その目には恐怖と葛藤が混じっている。
 「戦うことなんて簡単に出来ない!!」
 「・・・」
 「実際に、目の前にあんな光景があって・・・俺だって、いつ死ぬか解らないんだ」
 「戦場でのセオリー・・・知ってるか?」
 闘護は瞳を細めて悠人を見た。
 「セオリー・・・?」
 「‘殺られる前に殺れ’ってな・・・よく聞くだろ」
 闘護はそう言って肩を竦める。
 「正直、俺もこんな風に考えるようになったのは最近さ。そう・・・」
 闘護は自分の手を見つめた。
 「自分の手で殺したとき、だ」
 「・・・」
 「結局、戦争なんてそんなもんだ。戦場にいる以上、敵に遭遇した以上、死にたくなければ先に倒すしかない」
 「・・・それは、わかってる・・・わかってるけど!!」
 「“ユート”」
 その時、二人のすぐそばからアセリアが顔を出した。
 「“!?”」
 「“うわっ、アセリア!?いつからそこに!?”」
 「“さっき”」
 闘護と悠人の動揺を気にすることなく、アセリアは答える。
 「“脅かすなよ・・・”」
 「“戦わないのか?”」
 「“・・・戦わないんじゃなくて、戦えないんだよ。剣がうんともすんとも言わないんだ”」
 アセリアの視線から逃げるように、悠人は視線を外す。
 「高嶺君・・・」
 「“・・・剣が・・・使えない”」
 『・・・でも、どうしてかわからない・・ちくしょうっ』
 悠人は唇を噛み締める。
 「“戦う気がないから、剣も答えない。剣はとても素直だから”」
 アセリアは抑揚のない口調で言う。
 「“ユートが戦いたくないなら、戦わなくていい”」
 無表情で抑揚のない口調に、悠人は悔しそうに唇を噛み締めた。
 『畜生・・・俺は・・・俺は・・・』
 「“・・・怖いんだよ”」
 悠人はアセリアを睨み付ける。
 「“あんなの見たことないし、自分が誰かを殺すなんてリアルになれないんだよ”」
 「・・・」
 『俺はもう十分リアルになったんだな・・・』
 悠人の言葉に闘護は顔をしかめる。
 「“リアル?ユートは戦うのが怖いのか?”」
 「“アセリアは怖くないのか?あんなふうにいつ消えて無くなるかわからないのに”」
 「“・・・私は剣のためにいる。剣が戦えと言うならば、戦う”」
 「“剣に従うだけなんて・・”」
 悠人が愕然とした表情で呟く。
 「“アセリア!!こっちに来なさい”」
 エスペリアが三人の前に現れる。
 「“話の途中でいつの間にか居なくなるんですから”」
 「“うん”」
 アセリアは頷いてオルファリルの居るところへ向かう。
 「“申し訳ありません、ユート様”」
 「“いや・・・俺も落ち着いた。さっきは・・・その、ごめん”」
 「“いえ。気になさらないで下さいませ”」
 エスペリアは笑顔で答える。
 「“ここを突破しましょう。それからです。おそらくはまだ伏兵が潜んでいると思います・・・アセリアも油断をしないでください”」
 「“ん・・”」
 「“オルファ!移動しましょう”」
 「“はーい。ねぇねぇ、アセリアお姉ちゃん!これ、ネネの実だよ。あっちで見つけたんだぁ〜。はい、あげる”」
 「“ん・・・”」
 「“はい、パパもトーゴもエスペリアお姉ちゃんも”」
 「“ありがとう、オルファ”」
 「“ありがとう”」
 「“サンキュ”」
 悠人はオルファリルの頭を撫でてやる。
 「“えへへ♪オルファ、よくわからないけど・・・元気出してね”」
 オルファリルはアセリアの方へ走っていった。
 すると、エスペリアが悠人に近づいた。
 「“エスペリア・・・”」
 今度は、震えることもなかった。
 エスペリアはそっと頬を撫でる
 「“ありがとう・・・”」
 悠人の言葉に、エスペリアは優しく笑った。
 『今度は・・・この笑顔に答えたい』
 悠人は心の中で強く誓った。
 「どうやら、少しは吹っ切れたみたいだな」
 闘護が悠人の肩を叩く。
 「闘護・・・」
 「行こうぜ」
 「ああ」
 二人はエスペリア達の後を追って歩き出した。


─同日、昼
 リュケイレムの森

 「な、何だ・・あのスピリットは!?」
 突如現れた赤のスピリット。
 だが、その力は圧倒的なものだった。
 「こいつは・・・強敵だな」
 闘護も冷や汗を浮かべながら呟く。
 「“ユート様!!あのスピリットは危険です!!下がっててください!!”」
 エスペリアが叫ぶ。
 「“ヤバイ・・・すぐに追いつかれるぞ”」
 悠人が焦りの表情で叫ぶ。
 「“オルファ、アセリア!!ユート様をお願いっ!!”」
 一声叫んで飛び出すエスペリア。
 「“俺も行くぞ!!”」
 闘護が飛び出す。
 「“エスペリア!!闘護!!”」
 「“ん・・・”」
 悠人を庇うようにアセリアが立つ。
 「“エスペリアお姉ちゃんっ!!”」
 「“下がって、オルファ!!”」
 エスペリアの叫び声に、オルファリルもその場に止まる。


 シュシュシュシュッ!!
 エスペリアと闘護の前に立つスピリットは、矢継ぎ早に攻撃を繰り出してくる。
 「“くっ!!”」
 「“きゃっ!!”」
 闘護もエスペリアもギリギリで攻撃をかわし続ける。
 「“・・・”」
 スッ・・・
 敵スピリットは後ろに下がり、一旦間合いを取る。
 「“エスペリア!!俺が前に出て攻撃を受け止めるから、その隙に!!”」
 「“わ、わかりました!!”」
 闘護の提案にエスペリアが頷く。
 「“行くぜ!!”」
 闘護が前に飛び出した。
 その瞬間、敵スピリットが詠唱を始める。
 「“インフェルノ!!”」
 「な・・!?」
 「“えっ・・!?”」


 ドゴォーン!!!
 「“きゃぁあああああ!!!”」
 凄まじい爆発音と悲鳴、そして立ち上る炎。
 「“お姉ちゃーーん!?”」
 「“エスペリアッ!?”」
 『まさか・・・エスペリアが!?』
 聞こえた悲鳴がエスペリアであることは、すぐにわかった。
 『また・・・俺の周りの人が死ぬ?俺の・・・せいで?』
 「“エスペリア!!エスペリア!!”」
 「“ユート!!”」
 駆け出そうとした悠人をアセリアが押さえつける。
 「“はなせっ、アセリア!!エスペリアを助けないと!!”」
 「“今は、ダメ・・・ユートを護る”」
 「“どうしてだよっ!?エスペリアが死んじまう!!俺のせいで!!俺のせいで!!”」
 「“・・・ユート、落ち着け”」
 「“落ち着いていられるかよっ!!どけっ、アセリア!!”」
 「“・・・”」
 「“お姉ちゃん!!今行くから!!”」
 オルファリルが炎の中に飛び込んでいく。
 「“オルファっ!!離せ、アセリア!!離せっ!!”」
 「“・・・ユートが行ってどうなる。役に立たない”」
 「“!!!”」
 アセリアの抑揚のない口調で発し出された言葉。
 それが悠人の心に突き刺さる。
 『俺は・・・無力、なのか?』
 かつて言われてきた、己の無力さを痛感させる言葉が次々と悠人の心を抉る。
 『もう・・・たくさんだ!!』
 瞳から流れかけた涙を振り払う。
 「“ん・・・。エスペリアは強い”」
 悔しそうな悠人を励ますように、アセリアが言う。
 「“それに、トーゴも行った。トーゴにはスピリットの攻撃が効かない”」
 「“・・・”」
 『エスペリアなら大丈夫・・・闘護もいるから・・・そう言いたいのか。けど!!』
 ガサガサ・・
 「“!?”」
 草むらをかき分けて、傷を負ったエスペリアと彼女を支える闘護、そして後ろには心配そうなオルファリルが現れた。
 「“ュート・・・様。ご無事、でした・・・か?”」
 今にも倒れそうなのに、それでも悠人に向かってエスペリアは笑った。
 「“エスペリア・・・”」
 「“くぅ・・・申し訳、ありません・・・”」
 そう言って、エスペリアが膝から崩れ落ちる。
 「“っと!?”」
 慌てて闘護がエスペリアを支えた。
 「“エスペリアッ!!”」


 「・・・正直、驚いたよ」
 闘護が呟いた。
 「エスペリアが、あそこまで魔法に弱いとは・・・あれなら、下手に離れない方がよかった」
 その口調には、自責の念が込められていた。
 「俺なら、神剣魔法にも耐えられたのにな・・・」
 「・・・」
 悠人は何も言わず、エスペリアを見る。
 オルファリルに介抱されて、エスペリアは大分元気を取り戻している。
 「マナを大量に消費したらしい。外傷は大したこと無いから、休めば大丈夫だ」
 闘護は努めて明るい口調で悠人に言う。
 「・・・」
 エスペリアは悠人と視線が合うと微笑み、小さな声で言った。
 「“ご無事で・・何より、です。ユート様・・・”」
 「“・・・何で、何でだよ”」
 悠人は堪えられないといった様子で口を開いた。
 「“高嶺君・・・”」
 「“何言ってるんだよ!!あんな危険な敵と何で一人で戦おうとした!?”」
 「“・・・”」
 『結局、盾になれなかった・・・な、俺は』
 悠人の言葉に闘護は唇を噛み締める。
 「“今だって、もしかしたら死んじまったかもしれないじゃないかっ!!危険な事して、何かあったらどうするつもりなんだよ!?”」
 悠人の怒声に、エスペリアは少し困ったように微笑む。
 そして、水を一口飲んでゆっくりと話し出した。
 「“ユート様。私たちは、戦うためにいます。それが私たち、スピリットの役目なのです”」
 エスペリアの表情が真剣なものになる。
 「“ユート様・・・トーゴ様は人です。私たちは人を護ります。それが、私たちが存在している理由なのですから”」
 エスペリアは表情を崩した。
 「“お二人のために、私が消えることなど・・・たいした問題ではありません”」
 平然と言い放つエスペリアに、悠人は怒りと悲しみに満ちた表情を浮かべる。
 「“俺のために、消えることが問題ないだって?”」
 「“それが、スピリットの生き方という訳か・・・”」
 闘護が苦い表情で呟く。
 『俺だって、佳織を助けるために・・・佳織のためだけに、戦場に来ている。だけど・・・そのために、他の誰かが死ぬのは嫌だ!!』
 「“・・・自分が死ぬだけで佳織が助かるなら、俺だって喜んで死んでやる!!”」
 悠人は喉の奥から絞り出すように言った。
 「“でも、それじゃダメなんだ!!俺が生きてなきゃ、佳織は助けられないんだよっ!!生き続けなきゃ・・・”」
 「“高嶺君・・・”」
 「“パパァ・・・”」
 「“だから・・・勝手に。勝手に消えようとなんかするなよっ!!俺を残していかないでくれっ!!そんなことをされて、残された奴はどうすればいいんだよっ!?」
 悠人の瞳から涙がこぼれ落ちていく。
 「“もう俺の前で・・・誰も消えてほしくない!!勝手に死んだりしないでくれっ!!頼むから・・・”」
 「“高嶺君・・・”」
 「“ユート様は、私たちに生きろ・・・と、仰るのですか?スピリットである私たちに”」
 「“そうだ!!エスペリアもアセリアもオルファも!!こうして俺と話して、一緒に生きている人間じゃないか!!”」
 「“私たちは人間じゃありません。スピリットなのですから”」
 エスペリアは哀しそうな表情で言う。
 「“なんだよそれ!!そんなことどうだっていいだろ!?俺にとっちゃ同じなんだよっ!!」
 悠人は涙を我慢しようとせずに叫ぶ。
 「“俺はエスペリアが・・・みんなが死ぬのが嫌なんだ!!人間もスピリットもない!!”」
 「“・・・”」
 悠人の言葉に、エスペリアは沈黙する。
 「“俺も、高嶺君と同じ気持ちだ”」
 黙って聞いていた闘護が口を開く。
 「“人間でなくても、心があるのなら・・・意思があるなら、それは人と同じだ。“自分が何かをしたい”という意思があるのなら、人間と変わりなんてない”」
 闘護はエスペリア達を見た。
 「“君たちは自分たちをスピリットであって、人ではないと思っている。それを無理に変えろとは言わない。けどね”」
 闘護は悠人を見た。
 「“俺たちは、君たちが人であろうとスピリットであろうと・・・どっちでも同じだ。死んでほしくない。生きてほしい”」
 闘護の言葉に、悠人はコクリと頷く。
 「“トーゴ様・・・”」
 「“同じなんだよ・・・何が違うもんか”」
 悠人は腰に差している【求め】を掴んだ。
 「“エスペリア、教えてくれ。前に、俺の剣は眠っているって言ったよな?”」
 表情を引き締めて、コクリとエスペリアは頷く。
 「“俺も戦う・・・誰も、死なせるもんか。佳織も、エスペリアも、アセリアも、オルファも・・・闘護も”」
 悠人はエスペリアを見た。
 「“どうやれば剣をたたき起こせる?方法を教えてくれ!!”」
 「“・・・”」
 「“頼む、エスペリア!!俺は力が欲しい!!戦う力が!!”」
 悠人は真剣な眼差しで叫ぶ。
 「“パパ・・・”」
 「“・・・”」
 エスペリアの表情が悲しみとも哀れみともつかないものに変わったが、すぐに消える。
 そして、厳しい表情で悠人を見た。
 「“ユート様・・・ユート様の剣はまだ眠っています。これは以前にもお話ししたとおりです”」
 エスペリアの言葉に悠人は頷く。
 「“ユート様の剣は、何らかの理由によって休眠状態にいるようなのです。私の【献身】を通じて、それはわかります。・・・理由はわかりません”」
 エスペリアは首を振った。
 「“力を持つ永遠神剣で強引に剣自身に語りかければ・・・あるいは。ただ・・・”」
 「“ただ?”」
 「“はい・・・ユート様の剣【求め】が、本当にユート様の力になるか・・・それはわかりません”」
 エスペリアの表情が不安なものになる。
 「“・・・ユート様の剣は、力が強すぎるのです。強すぎる剣は、運命すら変えるといわれています。私は・・・それが不安なのです”」
 「“それでも、いい”」
 悠人は頷く。
 「“俺はそれでも力が欲しい。もう嫌なんだ・・・何もしないでいるのは”」
 「“・・・わかりました。それでは試してみましょう”」
 エスペリアはアセリアを見た。
 「“アセリアと【存在】ならば、【求め】に語りかけることができるでしょう。私の今の力では、ユートさまをお助けできません。申し訳ありません”」
 「“気にしないでくれ。アセリア、頼めるか?”」
 「“ん・・・”」
 コクリとアセリアは頷く。
 「“一つ、聞いて良いか?”」
 闘護が口を開く。
 「“なんでしょうか?”」
 「“強すぎる力が不安と言ったが・・・どうして不安なんだ?”」
 闘護の問いに、エスペリアは目を伏せた。
 「“永遠神剣は、その強さに比例するように、神剣の意思も強力なものになります”」
 「“神剣の意思・・・?”」
 「“はい。神剣は持ち主に語りかけてくるのです”」
 「“それは聞いたことがある。不愉快で・・・不吉な声だった”」
 悠人が苦々しげに呟いた。
 「“神剣の意思に持ち主の意思が負けると・・・神剣に取り込まれます”」
 「“取り込まれる?それってまさか・・・神剣の意思に従う傀儡(くぐつ)になる・・・?”」
 「“はい・・・”」
 「“なるほど・・・”」
 闘護は納得したように呟くと、首を振った。
 「“高嶺君の永遠神剣は第四位だったね。数が小さいほど強いから、四なら確かに強力だな”」
 「“・・・”」
 「“エスペリアの不安は、高嶺君が永遠神剣に取り込まれるかもしれない・・・というものだったんだ”」
 闘護は悠人を見た。
 「“そんなリスクを背負っても・・・力を望むのか?”」
 「“・・・ああ”」
 闘護の問いに、悠人は力強く頷いた。
 「“今の俺には、戦うしか選択肢がないんだ”」
 「“そうか・・・”」
 「“大丈夫。俺は神剣に取り込まれたりしない”」
 「“・・・信じるぞ、その言葉”」
 闘護はそう言うと、一歩下がってアセリアを見た。
 「“横やりを入れてすまなかった”」
 「“ん・・・いい”」
 アセリアはそう言って自分の永遠神剣を抜いた。
 「“ユート・・・剣を、私の剣と重ねて”」
 「“わかった”」
 悠人は自分の剣を抜いた。
 「“アセリアが私たちのなかで、一番に剣の言葉がわかります。ユート様、アセリアに全てを任せてください”」
 アセリアの言葉に悠人は頷く。
 「“お願いします。アセリア”」
 「“頼む”」
 「“ん・・・”」
 アセリアはコクリと頷く。
 悠人は震える手で【求め】の柄を握りしめる。
 『でも・・・佳織のために、俺のために、今はやるしかない』
 「“・・・どうする?ユート”」
 「“頼む、アセリア”」
 「“・・・ん。ユート・・・、意識を・・・重ねて”」
 アセリアの【存在】と【求め】を重ね合わせる。

 そして・・・

 「“大丈夫?大丈夫?”」
 悠人が目を開けると、目の前で心配そうな表情のオルファリルが立っている。
 「“あ、ああ・・・大丈夫だ”」
 「“よかった〜。パパ、ずぅーっとボーっとしちゃってるんだもん”」
 「“・・・”」
 「“【求め】は目覚めたようですね”」
 エスペリアの言葉に、悠人は頷く。
 「“そう、みたいだ・・・これが、永遠神剣の感覚なのか?”」
 「“アセリアの剣、エスペリア、オルファの剣が感じられる。まるでレーダーでもつけてるみたいだ。これなら・・・戦える!!”」
 「“私の剣が共鳴しています。ユート様は【求め】の力を使えるはずです”」
 「“わかった”」
 「“これでパパもいっしょにたたかえるんだね。ガンバローね”」
 「“そうだな、オルファ”」
 その時、
 キィーン!!
 「“!?”」
 突然、【求め】が甲高い音を発する。
 「“敵・・・囲まれた!?しかも、二部隊以上!!”」
 「“なんだと!?”」
 闘護が驚愕する。
 「“・・・みたいですね。申し訳ありません。私がこんな状態でなければ・・・”」
 エスペリアが悔しそうに呟く。
 「“ここは何がなんでも突破しよう。俺も、出来る限りアセリア達の手伝いをする”」
 「“覚悟は・・・できたみたいだな”」
 闘護が真剣な表情で言った。
 「“ああ”」
 悠人は力強く頷いた。
 「“OK。ならば何も言うまい”」
 闘護は肩を竦めた。
 「“アセリア、オルファ、力を貸してくれ”」
 「“まかせて!!”」
 「“・・・ん。わかった”」
 悠人は一歩前に出た。
 「“俺には今、戦う力がある。ずっと欲しかった力があるんだ!!”」
 悠人はアセリアとオルファリルの方を向き頷きあう。
 「“闘護。お前は、エスペリアを・・・”」
 「“任せろ。今度は守り抜いてみせる”」
 闘護は自信に満ちた口調で答える。
 「“なんとかやってみよう、俺たちで”」
 悠人は己を奮い立たせるように叫ぶ。
 「“行くぞっ!!”」

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