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─聖ヨト歴330年 チーニの月 黒 一つの日 朝
 訓練所

 「“・・・”」
 「・・・」
 エスペリアと闘護は目の前に転がっているゴミを見た。
 ゴミ・・・いや、元は武器と呼ばれていた物だ。
 全てエスペリアの攻撃に耐えきれずに、次々と砕けていった残骸である。
 「“やはり、人間の使用する武器で私たちの攻撃を受けるのは無理ですね”」
 エスペリアはため息をついた。
 「何なんだ、この武器は・・・」
 闘護は吐き捨てると、新しく手にした剣を見た。
 「装飾はゴテゴテついてる癖に、肝心の性能・・・切れ味や、耐久力はお話にならない」
 そう言って、剣を放り投げた。
 「大体、この鎧も鎧だ」
 身につけている鎧を睨む。
 「軽いのは有り難いが、耐久力はお粗末。こんな鎧が役に立つ訳無いだろ」
 闘護は鎧を叩く。
 「こんなもんで戦争なんぞ出来るか」
 闘護は呆れた表情で首を振る。
 「“トーゴ様・・・”」
 「いや・・・」
 そこで、闘護は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 『この世界の人間は自分たちが戦わないから、この程度で十分なんだろうな』
 闘護はエスペリアを見た。
 「もうちょっと、マシな武器はないのか?」
 エスペリアは言葉がわからなくても、闘護が何を言いたいのか、その表情で理解する。
 「“申し訳ありません。トーゴ様に扱える武器は・・・”」
 エスペリアは闘護が放り投げた剣を拾う。
 「“ここにある分しかないのです”」
 そう言って、闘護に剣を差し出す。
 「・・・」
 闘護は無言で剣を受け取る。
 「全く・・・地球の方が、よっぽど破壊力のある武器がそろってる」
 そう吐き捨てると、闘護は剣を構えた。
 「“行きます”」
 「“来い”」
 「“やぁぁ!!”」
 かけ声と同時に、エスペリアが槍を振り下ろす。
 「ちっ!!」
 闘護は一歩前に踏み込むと、槍の刃先ではなく、柄を受ける。
 ガキン!!
 「“っ!!”」
 「くっ!!」
 力勝負になると、断然闘護が有利になる。
 「ぬぉおおおお」
 「“うっ・・・くっ!!”」
 キーン!!
 エスペリアは力の方向を変えて闘護の剣を弾く。
 「うぉ!?」
 闘護の身体がふらつく。
 「“っ!!”」
 その隙にエスペリアは再度槍を振り上げる。
 「くっ!!」
 闘護はとっさに剣を振り上げて防御しようとする。
 しかしその時、闘護の使用する剣ではエスペリアの【献身】を受けきることが出来ないことに気づく。
 『これじゃ防げない!?』
 その一瞬の躊躇が、度し難い隙を生み出す。
 「ぁ・・っ!?」
 ふらついていた身体が、そのまま地面に倒れかかったのだ。
 「“はぁっ!!”」
 エスペリアが槍を振り下ろす。
 「くっ!!」
 闘護は無理矢理剣を振り上げる。
 しかし、そのタイミングが一歩遅い。
 そして、普段なら寸止めを行うエスペリアだったが・・・
 「“あっ・・!?”」
 寸止めを行おうにも、闘護の腕が止まらない。
 崩れた体勢で無理矢理剣を振ったため、力の制御できなかったのだ。
 「っ!?」
 「“ダメ・・!!”」
 二人の攻撃・・・その結果は、エスペリアの槍の方が速かった。
 そしてエスペリアの槍の穂先は、闘護の剣ではなく、左腕に振り下ろされ・・・
 ガキーンッ!!!

 ドサッ・・・
 「えっ・・・?」
 「“あ・・・れ?”」
 闘護は地面に尻餅をついている。
 エスペリアは槍を振り下ろしたまま硬直している。
 闘護の持っていた剣は、既に闘護の手から離れて二人のそばに転がっていた。
 「・・・あ、れ?」
 闘護は自分の左腕を見た。
 「切れて・・・ない?」
 闘護の左腕には傷一つついていない。
 「“・・・と、トーゴ様!?”」
 正気に戻ったエスペリアが、慌てて闘護に駆け寄る。
 「“だ、大丈夫ですか!?”」
 「あ、ああ・・・」
 闘護は左腕の籠手を外す。
 「別に何ともなってないな・・・ちょっと、衝撃でしびれてるけど」
 「“・・・”」
 エスペリアは恐る恐る闘護の腕を見る。
 「“・・・よかったぁ”」
 エスペリアは心の底から安堵したように呟く。
 「“で、でも・・・どうして平気なんですか?”」
 しかし、直ぐに表情を驚愕のものに変えると闘護に問いかけた。
 「え、えっと・・・なんて言ってるんだ?」
 エスペリアの言葉がわからず、闘護は首を傾げる。
 「“どうして、平気なんですか?”」
 エスペリアはそう言って闘護の左腕を指さす。
 「あ、左腕か・・・えっと・・・」
 闘護は頭を掻く。
 「・・・俺にもわからん」
 そう言って首を振る。
 「“・・・”」
 エスペリアは難しい顔で考え込んでいる。
 「ん・・・」
 闘護も自分の腕を見る。
 『どうなってるんだ・・・確かに、あのときエスペリアの槍が俺の左腕に当たった。それは間違いない』
 闘護は自分の腕を振る。
 『なのに、切れてない・・・腕だけじゃない。籠手もだ』
 地面に転がっている籠手に視線を向ける。
 「もしかして・・・俺って無敵なのか?」
 闘護は落とした剣を掴む。
 「“トーゴ様・・・?”」
 エスペリアは闘護の行動をジッと見つめる。
 「試してみるか・・・」
 闘護は左手で剣の柄を掴むと、右手で刃を握る。
 シュッ・・・
 「ってぇ!?」
 「“トーゴ様!?”」
 慌てて闘護は刃から右手を離す。
 「いてて・・・」
 闘護は右手を見る。
 「“だ、大丈夫ですか!?”」
 エスペリアが血相を変えた。
 「切れてる・・・なぁ」
 闘護の右手はスパッと切れていた。
 「“今、治療しますから・・・”」
 エスペリアが闘護の右手に手を添えた。
 「“アースプライヤー!!”」
 エスペリアの右手が光り出す。
 「回復魔法か」
 闘護はポツリと呟いた。
 「“・・・”」
 「・・・」
 「“・・・え?”」
 「・・・あれ?」
 二人は首を傾げる。
 「“怪我が・・・”」
 「なおら・・・ない?」
 光に照らされた箇所─傷は、全然変化せず、血が流れ続けている。
 「“そ、そんな・・・”」
 エスペリアは愕然とした表情で魔法を唱えるのをやめた。
 「・・・」
 闘護は自分の右手をジッと見つめる。
 傷からは血が流れ続けていた。
 「とにかく・・・魔法がダメなら、応急手当を・・・」
 闘護は支給されたハンカチで右手を縛る。
 「“・・・”」
 エスペリアは申し訳なさそうに目線を伏せる。
 「気にしないでくれよ。たいした傷じゃないんだから」
 闘護はニヤリと笑う。
 「剣がナマクラで良かったよ。名刀だったら指が無くなってたかも」
 そう言って地面に落ちてる剣を見た。
 「“トーゴ様・・・”」
 「だから、そんな顔をするなって」
 エスペリアを励ますように闘護は笑った。
 「“俺は、平気だ”」


─同日、昼過ぎ
 城の一室

 「“魔法が効かない・・・?”」
 「“はい。それに・・・私の【献身】も受け止めました”」
 「“・・・”」
 「“レスティーナ様・・・”」
 「“トーゴ・・・彼は何者なのでしょうか?”」
 「“・・・”」
 「“それで、今は?”」
 「“はい。今日は訓練を中止しました”」
 「“そうですか・・・”」
 「“やはり、トーゴ様には戦闘に参加してもらわないほうが・・・”」
 「“私もそう思います。ですが・・・”」
 「“ラキオス王の決定・・・ですか”」
 「“・・・”」
 「“も、申し訳ありません。失礼なことを・・・”」
 「“いえ、よいのです、エスペリア。それよりも、今はトーゴのことをどうするかです”」
 「“はい・・・”」
 「“・・・あなたの槍を受け止めたと言いましたね?”」
 「“はい”」
 「“ですが、普通の剣では傷を負う・・・”」
 「“(コクリ)”」
 「“以前、あなたと戦ったときも、マナの波動を受けてダメージを受けていませんでした・・・もしかしたら”」
 「“マナによる攻撃に耐性が・・・?”」
 「“そう考えれば、説明がつきます”」
 「“はい。私たちスピリットの攻撃はマナを込めたもの。マナがなければ、永遠神剣の攻撃力は激減します”」
 「“その根幹となるマナに耐性があるのなら・・・確かに、ダメージを受けないのも頷けますね”」
 「“はい”」
 「“ですが、守りだけではどうしようもありませんね・・・”」
 「“攻撃については・・・やはり、人の武器ではスピリットに太刀打ちできません”」
 「“何か方法はないかしら・・・”」


─聖ヨト歴330年 チーニの月 黒 二つの日 朝
 訓練所

 「“今日は少しテストをさせてもらえませんか?”」
 「“テスト?”」
 エスペリアの提案に、闘護は首を傾げた。
 「“はい。昨日のトーゴ様に起こった事について、少し考えてみたのですが・・・”」
 「俺も、それについては考えてみたよ」
 闘護は左腕を見せた。
 「傷の無い腕・・・だが、衝撃は存在した」
 闘護は次に右手を見せる。
 「傷のある手・・・だが、マナが無かった」
 「“・・・”」
 「つまり・・・」
 闘護は肩を竦めた。
 「“マナは平気。それ以外、ダメージ、受ける”」
 片言の言葉でエスペリアに伝える。
 「“・・・私も、そう考えました”」
 エスペリアは頷くと、【献身】を構えた。
 「“受けてみて下さい”」
 「“わかった”」
 闘護は両腕をクロスした。
 「“・・・ハァッ!!”」
 ガキーン!!
 「“・・・”」
 「“・・・平気、だ”」
 闘護はニヤリと笑った。
 【献身】は、闘護の両腕を切り落とすことが出来なかった。
 「“大丈夫ですか?”」
 「ああ。衝撃はあったけど」
 闘護は両腕をブンブンと振り回した。
 「“斬れてないよ”」


 「“後は攻撃だけですね・・・”」
 「“ああ”」
 闘護は両腕につけた籠手を見た。
 「格闘術で行くか」
 闘護はファイティングポーズを取った。
 「“素手で戦うつもり・・・ですか?”」
 エスペリアが眉をひそめる。
 「“無茶です、いくらなんでも”」
 「“いいから、来い”」
 闘護はにべもなく言い切る。
 「“・・・わかりました”」
 エスペリアは【献身】を構えた。
 「うぉおおお!!!」
 「“はぁあああ!!!”」


─同日、昼過ぎ
 城の一室

 「“それで・・・結局、トーゴの攻撃は全然ダメだった、と”」
 「“はい。私もトーゴ様の攻撃を受けてみましたが・・・ダメージを受けることはありませんでした”」
 「“戦闘力は皆無、ですね・・・”」
 「“ですが、物理的な衝撃はありました。スピリットには通用しませんが、人間であれば・・・”」
 「“それは意味がありません。相手はあくまでスピリットですから”」
 「“はい・・・”」
 「“・・・ごめんなさい、エスペリア。嫌な言い方をしてしまいましたね”」
 「“いえ、大丈夫です”」
 「“それにしても・・・困りましたね”」
 「“前線に出ても、攻撃できないのでは・・・”」
 「“しかし、スピリットによる攻撃ではダメージを受けない”」
 「“・・・どうしますか?”」
 「“しばらくは前線に出て貰います。戦えなくても、死なないのであれば、大丈夫でしょう”」
 「“ですが、あまり意味がないのでは・・・?”」
 「“ええ。あくまで、しばらくの間です。どうするかについては、もう少し考えてみましょう”」
 「“わかりました”」


─聖ヨト歴330年 アソクの月 青 一つの日 夜
 謁見の間

 「“なんだと・・・どういうことだ?”」
 兵士の報告を効いた王は眉をひそめた。
 「“はっ!!トーゴはエスペリアと格闘の訓練を行っていましたが、エスペリアは全くダメージを受けていませんでした”」
 「“それは・・・つまり、トーゴに攻撃力は皆無、ということか?”」
 「“エスペリアの様子を見る限り、そうと考えられます”」
 「“ふむ・・そうか”」
 王はニヤリと笑った。
 「“現在は、専らエスペリアの攻撃を受ける訓練を行っています”」
 「“なるほど・・・おい、そこの者達”」
 衛兵を呼んだ。
 「“なんでしょうか?”」
 「“先ほどの話は聞いたな?”」
 「“はっ”」
 「“明日、数人の兵士を引き連れて、訓練所にてトーゴの訓練相手を務めろ”」
 「“・・・”」
 王の命令に、兵士は目を丸くした。
 「“我々に、ですか?”」
 「“そうだ。どうやら、トーゴには戦闘能力が皆無のようだからな”」
 「“・・・”」
 「“無論、訓練であっても真剣を使え”」
 「“それはつまり・・・”」
 兵士の一人がニヤリと笑った。
 「“あのエトランジェを殺してもかまわない・・・と?”」
 「“訓練中に事故で死ぬことは、よくあることだろう”」
 王はクククと笑った。


─聖ヨト歴330年 アソクの月 青 二つの日 朝
 訓練所

 「ふぁ〜あ」
 寝ぼけ眼をこすりながら、闘護は訓練所に出てきた。
 「・・ん?」
 すると、何か言い争っている声が聞こえてくる。
 「何だ何だ?」
 闘護は声のする方へ行った。

 「ん?」
 いつも訓練を行っている部屋には、エスペリアの他に五人の兵士が居た。
 『なんだ・・・?』
 五人の兵士がエスペリアに居丈高に何かを言っている。
 「“そ、そんな・・・!?”」
 エスペリアが声を上げた。
 「“これは王直々の命令だ!!スピリットごときが口出しするな!!”」
 兵士はそう言ってエスペリアを押しのけた。
 「“で、ですがトーゴ様は!!”」
 「“戦闘能力が皆無というのだろう?”」
 「“・・・!?”」
 兵士の言葉にエスペリアは目を見開いた。
 「“だから、我々が相手をしても大丈夫ということだ”」
 「“ま、まさか・・・”」
 「“そら、さっさと出て行け!!”」
 兵士がエスペリアをドアの方へ突き飛ばした。
 「“キャッ!?”」
 「っと!?」
 ドサッ!!
 よろけたエスペリアを闘護が支える。
 「“大丈夫か?”」
 「“ト、トーゴ様”」
 「“漸く来たか”」
 「・・・」
 闘護はエスペリアを立たせると、兵士を見た。
 「“と、トーゴ様・・・”」
 エスペリアは引き留めるように闘護の服を掴んだ。
 「“今日は・・・お休みに”」
 「“スピリットが口出しするな!!”」
 バシッ!!
 「“!?”」
 兵士の一人がエスペリアを叩く。
 「・・・」
 その瞬間、闘護から殺気が膨れあがる。
 「“ヒッ・・!?”」
 「“貴様ら・・・”」
 闘護はエスペリアを丁寧に引き離すと、自分の後ろに下がらせた。
 「“彼らは?”」
 兵士達を睨みながら闘護は尋ねた。
 「“・・・今日、トーゴ様のお相手をする人たちです”」
 「“わ、わざわざ俺たちが相手をしてやるんだ。感謝しろ”」
 兵士達は不貞不貞しく言った。
 「“そう”」
 闘護は小さく答えると、兵士達を冷静に観察した。
 『剣に槍、盾・・・オマケに物々しい鎧までつけている。全部本物のようだし・・・俺を殺す気満々だな』
 闘護は唾を吐くと、兵士達を睨んだ。
 「“よろしく”」
 「“けっ!いい度胸だ”」
 兵士達は闘護を取り囲むように立つ。
 「“と、トーゴ様!!”」
 「“エスペリア、下がって”」
 闘護はそう言ってエスペリアを後ろに追いやる。
 「“エトランジェ様はやる気のようだぜ。スピリットは手を出すなよ”」
 兵士の一人がエスペリアを睨んだ。
 「“・・・”」
 エスペリアは唇を噛み締めて黙る。
 「“死ねっ!!”」
 五人の兵士は一気に闘護に襲いかかる。
 「くっ!!」
 闘護は最初の槍の一突きが襲いかかる。
 シュッ・・
 槍の穂先が闘護の頬をかすめる。
 「っつ!?」
 頬に刻まれた一文字の傷から血が流れた。
 「“見ろ!!俺たちの攻撃が通用するぜ!!”」
 兵士達は驚喜した。
 「“よーし、もっと嬲ってやる!!”」
 兵士達は楽しそうに闘護に攻撃を繰り出す。
 「ぐっ・・くっ・・・!?」
 兵士達の攻撃に、闘護は完全に防戦一方になる。
 『こいつら・・・俺を弄んでる!?』
 そう思っても、闘護には為す術がなかった。

 遊び感覚で繰り出される攻撃は、闘護にとってかわすことは容易である。しかし、五人が間髪入れずに繰り出すという数的不利には対応にも限界があった。
 更に、死のプレッシャーと弄ばれている怒りが闘護の体力を削り取っていく。

 ドンッ・・
 「っ!?」
 闘護はついに隅に追いつめられる。
 「“これで終わりか・・・楽勝だったな”」
 兵士達は愉快そうに笑った。
 「はぁ・・はぁ・・・!!」
 闘護の身体には致命傷にならない程度の傷が幾つもあった。
 『畜生・・・畜生っ!!』
 そして、心身共に疲労が限界に近い。
 「“とどめは俺にさせてくれ”」
 兵士の一人が一歩前に出た。
 「“おいおい、抜け駆けは・・・”」
 「“こいつには、前に一発殴られたんだ”」
 兵士が叫んだ。
 『この顔は・・・確か、前にぶちのめした奴だ』
 闘護は心の中で呟く。

 その兵士は以前、闘護が叩きのめした男だった。

 「“今度は、俺が殺る番だ”」
 兵士は槍を構えた。
 「“ちっ・・まあ仕方ねぇな”」
 他の兵士は納得して下がる。
 「“トーゴ様!!”」
 エスペリアが駆け寄ろうとしたが、他の兵士が立ちふさがる。
 「“黙って見てろと言ったのがわからねぇのか!?”」
 ドゴッ!!
 「“っ・・!!”」
 兵士の一人がエスペリアの腹に蹴りを叩き込む。
 「“エスペリア!?”」
 「“スピリットの心配なんかしてる暇があったら、てめえの心配をしろよ”」
 兵士はニヤニヤ笑いながら言った。
 「“へへへ・・・”」
 恨みを晴らせる事にテンションが上がっているのか、槍を構えた兵士は狂喜に満ちた笑みを浮かべた。
 「こいつ・・・」
 『楽しんでいる・・・俺を殺すことを』
 闘護の心の中に怒りが充満する。
 「“人間様に逆らうことがどういう事か・・・後悔して死ね!!”」
 兵士が槍を突き出す。
 「“トーゴ様!?”」
 エスペリアの悲痛な叫び声が響く。
 「いい加減に・・・」
 闘護は斜め前に飛び出た。
 シュッ・・
 「“何!?”」
 兵士の槍が闘護の横をすり抜けた。
 「しろ!!」
 そして、そのまま顔面に拳を繰り出した。

 グシャッ!!!

 ドサッ・・・
 「“な・・・?”」
 兵士達の笑みが凍った。
 「“え・・・?”」
 エスペリアの驚愕の表情が凍った。
 「・・・?」
 闘護の表情が凍った。
 「“・・・”」
 闘護の拳を顔面に受けた兵士の顔が・・・潰れている。
 “鼻や歯が折れている”や“顔が変形している”ではない。
 “完全に潰れて”いた。
 皮膚は破け、肉は飛び散り、骨は砕けていた。
 顔面は陥没しており、既に人間の顔をしていない。
 兵士の身体はピクリ、ピクリと痙攣を起こしている。
 「・・・あ、れ・・・?」
 闘護は自分の拳を見た。
 拳には血と肉がこびりついている。
 「・・・」
 闘護は虚ろな眼差しを兵士達に向けた。
 「“ひ、ひぃっ!!”」
 兵士の一人が悲鳴を上げた。
 「“ば、化け物だ!!”」
 「“うわぁああああ!!”」
 四人の兵士はパニックになって逃げ出した。
 「“ト、トーゴ様・・・”」
 エスペリアも震える声で呟く。
 「・・・」
 闘護は、痙攣の収まった兵士に近寄った。
 「・・・」
 闘護はゆっくりとした動作で兵士の生死を確認する。
 「・・・死んでいる」
 そう呟くと、闘護は自分の手を見た。
 「俺が・・・殺した・・・」
 次第に闘護の身体が震え出す。
 「俺が・・・俺が!?」
 闘護は天井を見上げた。
 「ウ・・・ウォオオオオオオオオオオオ!!!!」


─同日、昼
 城の一室

 「“トーゴが・・・人間を殺した?”」
 「“はい・・・”」
 「“それで、トーゴは・・・?”」
 「“部屋に戻っています・・・ですが、かなりのショックを受けているようです”」
 「“そうですか・・・”」
 「“トーゴ様の処遇は・・・?”」
 「“訓練中の事故として処理します。彼が罰せられることはありません”」
 「“そうですか・・・”」
 「“ですが・・・彼は、罰を望むかもしれませんね”」
 「“・・・はい。トーゴ様は自分を責めていました”」
 「“・・・しばらくはそっとしておいてあげましょう”」
 「“わかりました”」


─同日、昼
 謁見の間

 「“・・・”」
 兵士の報告を聞いて王は絶句した。
 「“レスティーナ殿下の命令により、兵士の死は訓練中の事故ということで処理されました”」
 「“・・・馬鹿な”」
 王はボソリと呟いた。
 「“たいした攻撃は出来なかったのではないのか?”」
 「“はっ・・・レスティーナ殿下によると、‘トーゴはスピリットにはたいした攻撃をすることは出来ない。しかし、人間が相手ならば十分な攻撃力を持つ’ということでした”」
 「“・・・エトランジェではない”」
 王は力無く呟いた。
 「“化け物だ・・・排除せねば”」


─同日、夜
 闘護の部屋

 「・・・」
 トーゴは真っ暗な部屋の中、床で胡座をかいて座っている。
 『人を・・・殺した』
 今日、幾度と無く呟いた言葉を心の中で復唱する。
 コンコン・・・
 その時、ドアがノックされ、悠人が入ってきた。
 「神坂・・・」
 「・・・高嶺君、か」
 「・・・聞いたよ。今日の訓練」
 悠人は闘護のそばで身をかがめる。
 「お咎め、なしだってさ・・・」
 闘護は自嘲の笑みを浮かべた。
 「人を殺して無罪なんだと・・・」
 「お前が気に病む必要はないって」
 悠人は闘護の肩を叩いた。
 「お前は殺されかけたんだ。これは正当防衛だよ」
 「・・・もし、君が俺と同じ立場だったら、そういう風に割り切ることが出来るか?」
 「うっ・・・」
 闘護の言葉に悠人は言葉を詰まらせる。
 「どんな理由があろうと・・・俺は人を殺したんだ」
 闘護は自分の手を見た。
 「剣でも銃でもない・・・素手で、だ」
 「神坂・・・」
 「皮膚を裂き、肉を抉り、骨を砕く・・・その感触をはっきりと覚えている」
 闘護は力無い笑みを浮かべた。
 「人を殺すって事を・・・俺は甘く見ていたのかな?」
 闘護は天井を見上げた。
 「戦闘機で敵機を撃墜したり、潜水艦で魚雷を撃って敵船を沈めたり・・・」
 闘護は呟く。
 「爆弾でビルを破壊したり・・・元の世界でそんな話を聞いていると、人を殺す事がゲームみたいに思えてくる・・・」
 「神坂・・・?」
 「銃だってそうだ。離れたところから敵を狙う。弾が命中すれば死ぬ。相手は誰が撃った弾かわからず死ぬし、こっちは殺した相手に自分を知られることもない」
 「お前・・・何言ってるんだ?」
 闘護の口走る言葉に、悠人は眉をひそめた。
 「究極的に言えば、剣や槍だってそうだ」
 「しっかりしろ!!」
 悠人は闘護の肩を激しく揺さぶった。
 「俺は正気だよ」
 闘護は小さく笑った。
 「俺は今、“殺す”事について考えてたんだ」
 そう言って悠人の両手を払いのける。
 「神坂・・・?」
 「元の世界では、人を殺す方法がたくさんある。おまけに、その殆どが自分の手を直接汚すことのない方法だ」
 「・・・どういう、意味だ?」
 悠人が尋ねた。
 「つまり、だ。人を殺すと言ったって、直接自分の手で殺す訳じゃない。武器を使って殺すのが基本だ」
 闘護は悠人の腰に下がっている【求め】を指さした。
 「剣だってそういう意味では直接自分の手で殺す訳じゃない」
 「・・・」
 「元の世界なら、さっき言ったように戦闘機や魚雷、爆弾・・・どれも、相手の死に顔を見る必要もない。ただ、“殺す”という事だけに特化し、同時に極めて効率的な手段だ」
 「・・・神坂」
 「目の前で殺した訳じゃないから、殺した実感が沸きにくいだろうなぁ・・・はは、気楽なもんだ」
 闘護は皮肉っぽく笑った。
 「けど・・・俺が今日やったのは、そんなもんじゃない」
 闘護は自分の手に視線を向けた。
 「人を殺した・・・直接、自分の手で」
 「・・・」
 「殺した感触がダイレクトに伝わってきた・・・相手は殺す気だった。こっちは死ぬかもしれないって覚悟はあったかもしれない。けど、相手を殺す覚悟はなかった」
 闘護は悠人を見た。
 「神坂・・・」
 その眼差しにはすがるような感情が見える。
 「なのに・・・俺は殺した。素手で、相手の顔面にパンチを叩き込んだんだ。普段、エスペリアと訓練しているときと同じ強さで」
 闘護は自分の頭を両手で押さえた。
 「ぶっ飛ばすつもりだった・・・ただ、それだけだった・・・」
 闘護の両手に力がこもる。
 「はっきり残っている殺した感触・・・殺す覚悟もなかったのに、殺した・・・」
 闘護は自分の髪の毛をかきむしった。
 「俺は・・・なんということを・・・なんということを!!」
 「闘護!!」
 ガシッ!!
 「高嶺・・君?」
 悠人は闘護の肩を強く掴んだ。
 「今更・・・人を殺した事で悩んでどうする!!その程度の覚悟だったのか!?」
 「!!」
 悠人の言葉に、闘護はビクリと身を竦めた。
 「俺たちは、戦うと決めたんだ。その時から、殺すか、殺されるか・・・覚悟しなくちゃいけなかったんじゃないのか?」
 「・・・」
 「たとえ、訓練中でも、お前は殺されかけたんだろ!?だから、お前は戦ったんだ。ただ、その結果が・・・」
 「人を殺すハメになった・・・」
 悠人の言葉を遮るように闘護が呟く。
 「それが問題なんだよ。“人を殺した”という事が問題なんだ」
 闘護は首を振った。
 「俺は、人殺しを素直に容認できるほど強くはない」
 「・・・」
 「自分の手が血で汚れる・・・結構、キツいよ。二度としたくない」
 「・・・お前は逃げるのか?」
 悠人がポツリと呟く。
 「・・・何?」
 「お前は逃げるのか、闘護?」
 「逃げる・・・?」
 「人を殺して・・・もう、戦うのは嫌だというのか?」
 「・・・」
 「なぁ、闘護」
 悠人は闘護をまっすぐ見つめた。
 「俺たちの相手はスピリット・・・わかってるよな?」
 「・・・ああ。戦場で戦うのはスピリットだ。戦争を始めるのは人間だがな」
 闘護は吐き捨てるように言う。
 「お前は、スピリットを倒せるか?」
 悠人の問いに、闘護は首を振る。
 「スピリットに俺の攻撃は通用しない」
 「・・・そうだろう?」
 「何が言いたいんだ?」
 「俺はお前と違って、スピリットと戦うことが出来る・・・」
 悠人はそう言って闘護の肩を掴んでいる手に力を込めた。
 「そう、俺は・・・スピリットを“殺す”」
 「!!」
 闘護の体が大きく揺れた。
 「俺にとってスピリットと人に違いなんてない。人を殺すのも、スピリットを殺すのも同じだ」
 「・・・」
 「闘護。お前は、人を殺したことを後悔してる。それは、平和な世界で生まれ育った俺たちにとっては当たり前だ」
 「高嶺君・・・」
 「確かに、お前は人を殺した。それが訓練中だとしても・・・けどな」
 悠人は小さく息をついた。
 「俺は・・・実際に戦場に行って、スピリットを殺さなくちゃならない」
 「!!」
 「俺だってお前と同じだ・・・」
 悠人は俯く。
 「まだ、殺す覚悟がある訳じゃない・・・だけど」
 「・・・」
 「佳織のために・・・佳織を助けるために、俺は覚悟する。絶対に!!」
 「高嶺君・・・」
 「闘護。お前はどうする?」
 「俺は・・・」
 『高嶺君は佳織ちゃんのために自分の手を汚すことを辞さない・・・』
 闘護は己の手を見た。
 『俺は・・・誰のために自分の手を汚す?』
 「高嶺君。俺は何のために戦うべきなんだ・・・?」
 闘護が呟いた。
 「お前は・・・好きにすればいいと思う」
 「え・・・?」
 「闘護。佳織は俺が助け出す。お前が心配する必要はないよ」
 悠人はそう言って小さく笑った。
 「お前に、佳織のため・・・なんて言って欲しくない。と、いうか・・・」
 悠人はそこで、真剣な表情になる。
 「佳織のために殺す、なんてことを言って欲しくないんだ」
 「!!!」
 悠人の言葉に、闘護は大きく揺れた。
 「そんなことになったら、佳織が苦しむ。多分・・・俺一人でも、苦しませると思うから・・・」
 「高嶺・・・君」
 「だから、戦いたくないなら・・・」
 「・・・いや」
 闘護は小さく首を振ると、吹っ切れたように笑った。
 「戦う、よ」
 「闘護・・・」
 「誰かの為じゃない。俺は・・・俺が望むものの為に戦う」
 「望むもの?」
 「俺と君、そして佳織ちゃん・・・この世界に飛ばされた俺たちが生き残るために」
 闘護はニヤリと笑った。
 「そう、生き残るため・・・俺は戦う」
 「闘護・・・」
 「今日のこと・・・そして、これからのこと・・・」
 闘護は自分に言い聞かせるように呟いた。
 「覚悟する・・・戦うこと、殺すことを」
 闘護は立ち上がった。
 「最初にここに残ると決めたのは俺なんだから・・・覚悟しなくちゃならないんだ」
 「闘護・・・」
 悠人も立ち上がる。
 「ありがとう、高嶺君。俺の目を覚まさせてくれて」
 闘護は頭を下げた。
 「・・・」
 悠人は照れたように頬をポリポリ掻いた。


─聖ヨト歴330年 アソクの月 青 三つの日 朝
 館の食卓

 「“おはよう”」
 闘護が食堂にはいると、エスペリアが心配そうに闘護を見た。
 「“おはようございます、トーゴ様”」
 「“今日の訓練はどうする?”」
 闘護の問いに、エスペリアは目を丸くした。
 「“トーゴ様・・・?”」
 「“どうした?”」
 「“今日は訓練を休んでもよろしいのですよ”」
 エスペリアの言葉に闘護は首を振った。
 「“やる”」
 「“トーゴ様・・・”」
 「“俺は平気だ”」
 闘護はそう言うとニヤリと笑った。
 「“・・・”」
 「“ほれ、早く食事にしよう”」


─聖ヨト歴330年 アソクの月 青 三つの日 朝
 訓練所

 「“本当に、大丈夫ですか?”」
 対峙している闘護に向かって、エスペリアは心配げに尋ねた。
 「“平気だ”」
 闘護はそう言って構えた。
 「“・・・”」
 「俺は逃げるわけにはいかない」
 闘護は真剣な眼差しをエスペリアに向けた。
 「“・・・わかりました”」
 闘護の決意を理解したエスペリアはゆっくりと頷くと、【献身】を構えた。
 「“行きます!!”」
 「“来いっ!!”」


 その日から、闘護は格闘技の訓練を続けることになった
 一方、悠人は剣を使いこなすことが出来ない状態が続いていた
 そして、二人が訓練を開始してから一ヶ月の時が過ぎた・・・

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