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 バシュウッ!!

 「“・・・え?”」
 エスペリアは絶句した。
 「・・・え?」
 闘護も絶句する。
 「神坂・・・お前・・・」
 悠人が唖然とした口調で呟いた。
 「あれ?何とも・・・ない」
 闘護は自分の身体を見た。
 「“そんな・・・マナの波動を受けて何ともないなんて・・・”」
 エスペリアは信じられないという表情で呟いた。
 「“ば・・・ばか・・・な・・・”」
 王が驚愕の表情で呟いた。
 周囲の人間も、目の前で起こった出来事に言葉を失っている。
 「“エスペリア!!”」
 その時、姫が叫んだ。
 「“そのエトランジェは後にしなさい。まずは・・・”」
 姫は悠人を指さした。
 「“そちらのエトランジェと戦いなさい”」
 「“!!・・は、はい”」
 エスペリアは頷くと、悠人を見た。
 「“ユート様・・・”」
 「エ、エスペリア・・・」
 悠人はまだ信じられないような目つきでエスペリアを見る。
 「“行きますっ!!”」
 エスペリアは槍の穂先を悠人に向けた。
 「高嶺君!!」
 「“!!”」
 闘護の声と同時に、エスペリアは一気に悠人との間合いを詰める。
 シュッ・・・
 そして槍を水平に薙いだ。
 すると、悠人の前髪が数本、地面に落ちる。
 『・・・今のは、わざと?』
 エスペリアの技に、悠人は戦慄した。
 「“次は・・・外しません”」
 エスペリアは再び槍を構えた。
 『何故、エスペリアが・・・いや』
 悠人は目の前の剣を見た。
 『エスペリアはわざと・・・俺に剣を取るチャンスをくれたのか』
 「高嶺君!!」
 「・・・やるしかないのか」
 悠人は覚悟を決めて剣を取った。
 その瞬間、エスペリアが飛び込んできた。
 「!!」
 ガキーン!!
 「“!?”」
 エスペリアの槍を、悠人は手にした剣で受ける。
 その時
 〔マナを・・・〕
 『この声!?』
 悠人の頭の中に、かつて聞いた声が響く。
 ガキン!!
 互いの刃をはじき返し、二人の間合いが広がる。
 「・・・」
 そんな二人の剣戟に、闘護は絶句していた。
 『なんだ・・・身体が軽い』
 悠人は周囲を見た。
 『エスペリアの動きが見える・・・それに、周りに人間の動きが鈍い・・・』
 「“よく避けました・・・ですが”」
 エスペリアは槍を構えなおした。
 「“ユート様・・・これから、私たちスピリットの戦いを教えて差し上げます”」
 「・・・」
 「“もう、ユート様の刃が私に届くことはありません”」
 エスペリアは歌うように言葉を発する。
 『何を言っているのか、全部わかる・・・何でだ?』
 悠人はエスペリアの言葉を全て理解していた。
 「“永遠神剣の主たる、【献身】のエスペリアの名において命ずる・・・風よ、私の守りとなって!”」
 エスペリアの詠唱が終わると同時に、緑色の光がエスペリアを包み込む。
 「“風・・・いや、マナの盾か!?”」
 悠人は叫んだ。
 「高嶺・・君?」
 『なんだ・・・今のは、彼女たちの言葉だ。何故、高嶺君が話せる・・・?”』
 悠人の叫び声に、闘護は眉をひそめた。
 「“せめて、苦しまないように一撃で・・・”」
 エスペリアが小さく呟いた。
 『あの盾は破れない・・・どうする・・・どうする!?』
 悠人は脂汗を浮かべる。
 「“そこまで!!双方、剣を引きなさい!!”」
 その時、姫が声を上げて二人を制止した。
 それを聞いて、エスペリアは安堵したように槍を降ろす。


 「“どうですか、父様?やはり、このエトランジェは本物のようです”」
 姫はそう言って悠人を見る。
 「“未だ神剣は覚醒してません。それでも、エスペリアと渡り合うのならば”」
 「“ふむ・・・及第点といったところか”」
 「“はい”」
 「“よかろう・・・スピリットよ、剣を引け”」
 王は悠人を見てニヤリと笑った。
 「“エトランジェよ・・・なかなか期待できるようだな。一刻も早く、その【求め】を使えるようになってもらわんとな”」
 『【求め】だと・・・この剣か?』
 悠人は眉をひそめた。
 「“エスペリア。もう戻りなさい”」
 「“はい、失礼します”」
 エスペリアは二人に力のない笑顔を送ると、そのまま姿を消した。
 「“エトランジェよ。明日からスピリットともに訓練に参加するのだ。死にものぐるいでな・・・”」
 「“エトランジェ。その【求め】を手放さないように。剣の声を聞き、その力を己の物とせよ”」
 その言葉に、悠人の怒りが爆発した。
 「“知るかよ、そんなこと!!何故、俺たちをエスペリアと戦わせた!?それに・・・佳織はどこにいるっ!?”」
 「“そのようなことを知る必要はない。【求め】を使えるようになることだけを考えよ”」
 「“何勝手なこと言ってんだ!!”」
 『こいつらにこの力を使ってやったら・・・佳織を助けられ・・』
 ドクンッ!!
 『ぐっ・・・また・・・!?』
 悠人の身体が地面に崩れ落ちる。
 「高嶺君!?」
 悠人達のやりとりを呆然と見ていた闘護が、慌てて駆け寄る。
 「“フフ・・・元気なエトランジェだ。主には逆らえんというのに。お前がその剣を握っている限りは、な”」
 『くそっ!!』
 「“もうやめよ。このままでは心が壊れる。心も体もすでに縛られている”」
 姫の言葉に、悠人はそれでも立ち上がろうとする。
 『う、おお・・・』
 ドクンッ!!!
 「がっ!?」
 今までの物とは比べ物にならない衝撃が悠人を襲う。
 『く・・そ・・・』
 ドサッ・・
 「高嶺君!!」
 悠人はそのまま意識を失ってしまった。


 「“ほう・・ははは、やはり、このエトランジェは拾い物だ。ここまで耐えるとはな!”」
 「高嶺君・・・」
 「“ははは!!頼もしいぞ・・・”」
 王の笑い声が響き渡る。
 「・・・貴様ら」
 闘護は王と姫を睨み付ける。
 「“っ!?”」
 闘護の視線に、王はあっという間に表情を凍らせる。
 「なんだかよくわからんが・・・高嶺君を嗤うことは許さんぞ」
 闘護はゆっくりと立ち上がった。
 「“くっ・・”」
 王は明らかに怯えている。
 「“それ以上の無礼は許さぬ!!”」
 その時、姫が威圧感を持って叫んだ。
 「“我々には人質があることを忘れるな!!”」
 姫の叫び声に、闘護は眉をひそめた。
 「何を言ってるんだ・・・?全然わからん」
 闘護はそう言うと一歩前に出た。
 「“ヒッ!!お、おい、お前達!!”」
 王は怯えた声で兵士達を睨んだ。
 「“そ、そのエトランジェを・・・”」
 「“トーゴ!!”」
 王の言葉を遮るように姫が叫んだ。
 「!?」
 突然名前を呼ばれて闘護は目を丸くした。
 「“下がりなさい!!”」
 「・・・」
 『何だ・・・あの目は?』
 闘護は眉をひそめた。
 『あれは命令している目じゃない・・・』
 姫の瞳には、厳しさと申し訳なさが映っている。
 『あれは・・・そうだ、嘆願している目だ』
 闘護は考えた。
 『何を企んでいるかは知らんが・・・いいだろう』
 「わかったよ・・・」
 闘護は後ろに下がった。
 「“・・・”」
 闘護の行動に、姫は安堵の息をつく。
 「今回は引いてやるよ」
 闘護はそう言うと、倒れている悠人を背負った。
 「じゃあな」
 「“お待ちなさい!!どこへ行くつもりです!?”」
 姫が叫んだ。
 闘護は振り返ると、肩を竦めた。
 「“エスペリアの家、もどる”」
 片言の言葉で答えると、闘護は再び歩き出した。


─同日、昼
 エスペリアの部屋

 「うぉっ!?」
 悠人は汗だくの顔で目を覚ました。
 「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」
 悠人は荒い息をつく。
 「“ユート様。お体の具合は大丈夫ですか?”」
 悠人の頬を優しく撫でる手。
 「エス・・ペリア・・」
 悠人はゆっくりと呟いた。
 「目、覚めたみたいだな」
 エスペリアの後ろから闘護が現れた。
 「闘護・・・」
 「“大丈夫ですか?”」
 「“ああ・・・”」
 「悪夢を見ていたみたいだな」
 闘護は心配そうに言った。
 「ずっとうなされていたぞ。佳織ちゃんの名前を呟きながらな」
 「・・・そうか」
 悠人は額の汗を拭った。
 「“身体は大丈夫だと、思う。ちょっと頭がボンヤリするけど・・・”」
 「“!!”」
 「!!」
 『何だ・・?』
 悠人の言葉に、エスペリアと闘護は目を見開いた。
 「“・・・”」
 エスペリアは悲しそうに悠人の手を握りしめる。
 闘護は何か納得いかない表情で悠人を見ている。
 『二人とも・・どうしたんだ?』
 「“よかった・・”」
 エスペリアは安心したように呟く。
 「“・・・エスペリア、さっきのこと・・・聞いていいか?”」
 「“はい・・・ユート様とトーゴ様のこと・・・そして、この世界のことをご説明しましょう”」
 エスペリアはゆっくりと話し出した。


 「“それでは失礼します。お二人とも、ゆっくりお休み下さい”」
 キィ・・バタン
 エスペリアが出て行って、部屋には悠人と闘護が残った。
 「ふぅ・・・」
 悠人は疲れた表情でベッドに寝転がった。
 「高嶺君」
 「・・・何だ?」
 闘護は先ほどまでエスペリアが座っていた椅子に腰を下ろした。
 「悪いけど疲れたんだ・・・話なら、後にしてくれ」
 「そうはいかない」
 「神坂・・・?」
 悠人は訝しげに闘護を見た。
 闘護の表情は、何か奇妙な物を見るかのようなものだった。
 「さっき、エスペリアと何を話してたんだ?」
 「さっき・・・?」
 闘護の問いに悠人は眉をひそめた。
 「聞いてなかったのか?」
 「聞いてたよ」
 「なら・・・」
 「言葉がわからなかった」
 闘護の言葉に、悠人は唖然とした。
 「わからなかったって・・・」
 「高嶺君。君はさっき彼女たちの言葉を話していた」
 闘護はジッと悠人を見た。
 「どうして、突然彼女たちの言葉を話すことが出来たんだ?」
 「どうしてって・・・」
 悠人はベッドのそばに立てかけてあった剣を見た。
 「その剣を手にしたら・・・いつの間にか、わかるようになったんだ」
 「ふーん・・・」
 闘護は剣に手を伸ばした。
 「この剣を・・・ねぇ」
 「ああ・・・」
 「まぁ、それはいい」
 闘護は剣を置いて再び悠人を見た。
 「とにかく、そう言うわけだから・・・何を話していたのか、教えてくれ」

 悠人は、エスペリアから聞いた話を闘護に語った。

 「・・・」
 「これで終わりだ」
 全てを聞き終わった闘護は絶句していた。
 「元の世界に戻る方法はわからない・・・」
 「・・・そうだ」
 悠人の返答に、闘護は頭を抱えた。
 「まさか、本当に異世界だったとは・・・」
 「・・・」
 「今更、ここを出ることも容易じゃない、か」
 闘護は悠人を見た。
 「ここを出て生きられる自信・・・あるか?」
 闘護の問いに、悠人は首を振った。
 「自信とかそういう問題じゃない。佳織が人質に取られている以上、俺は戦う」
 「・・・そうか」
 「神坂。お前はどうする?」
 「俺は・・・」
 闘護は唇を噛み締める。
 「君たちをここに引き留めた責任がある」
 「・・・」
 「残るよ。少なくとも、佳織ちゃんを取り戻すまでは」
 「ありがとう・・・」
 悠人の礼に闘護は首を振った。
 「礼を言われる事じゃないさ」


─同日、別室

 「・・・うぅ・・ぐすっ」
 佳織は豪華な部屋にいた。
 既にこの部屋に入って数日が経過したが、未だに佳織は部屋の広さになれていない。
 現に、佳織はベッドの上で小さくうずくまっていた。
 『お兄ちゃん・・・神坂先輩・・・』
 心の中で呟く。
 闘護の言葉に押されて軟禁状態になることを受け入れた佳織だが、それでもその理不尽な仕打ちに納得してるわけではなかった。
 『どうして・・・』
 コンコン
 「!?」
 ベッドから飛び降り、後ろに下がる
 ガチャリ
 「!!」
 部屋に入ってきたのは姫だった。
 「・・・」
 姫は痛ましげな表情で佳織を見た。
 「あっ・・・」
 佳織は青ざめる。
 「“怯えないで”」
 姫が一歩、前に出る。
 「っ!!」
 姫の話している言葉が理解できない佳織は、更に怯える。
 「“・・怯えないで”」
 姫は暖かい笑みを浮かべると、優しい口調で言った。
 「・・・」
 姫の様子に、佳織は怯えた表情のまま、しかし後ろに下がるのをやめた。
 「“大丈夫です。あなたに危害を加えるつもりはありません”」
 「・・・」
 「“そう言えば、言葉がわからないのでしたね・・・”」
 姫は一歩、前に出た。
 「!?」
 佳織はビクリと身を竦めた。
 「“大丈夫・・・大丈夫ですよ”」
 姫は怯える佳織に優しく言った。
 「・・・」
 姫はまた一歩、前に出る。
 そして、ゆっくりと佳織に近づいていき・・・
 フワッ・・
 「!?」
 佳織の身体を優しく抱きしめた。
 「“大丈夫です”」
 姫は佳織の背中を撫でながら言った。
 「あ・・え、えっと・・」
 「“落ち着いて・・・危害は加えません”」
 「あぁ・・・」
 『この人・・・暖かい・・・』
 「“誰にも手は出させませんから・・・必ず”」
 既に佳織は抗おうともせず、姫に抱かれるままになっている。
 「・・・お兄ちゃん達に・・・会いたい」
 「“え・・・”」
 「お兄ちゃん達に会いたい・・・会わせて・・・お兄ちゃん達は無事なの?」
 佳織の言葉に姫は少し困った笑みを浮かべる。
 「“不自由はあるでしょうが、我慢してください。決して、悪いようにはしません”」
 「お兄ちゃん・・・お兄ちゃんっ!!」
 佳織は堰を切ったように泣き出す。
 「“っ・・・”」
 そんな佳織の様子に、姫は唇をかんだ。
 「“あなた達を会わせてあげることはできません・・・”」
 姫はそう言って目を伏せた。
 「“私も父様も、許されるべきではないでしょう。ですが・・・きっと、いつかあなた達を自由にして差し上げますから”」
 姫は佳織の背中を優しく撫でる。
 「うっく・・・ぐすっ・・・」
 「“あなたに危害は加えさせません。この私が絶対に”」
 『この人・・・悪い人じゃ、ない?』
 姫の様子に、佳織は思った。
 「“だから泣かないで・・・ね?”」
 「・・・」
 『多分・・・いい人、だよね』
 佳織は、心の中でそう結論づけた。
 「“落ち着きましたか?”」
 「心配してくれたのかな?えっと・・・ありがとう、ございます」
 佳織はペコリと頭を下げる。
 「“どうやら、大丈夫みたいですね”」
 姫は安堵した表情を浮かべた。
 「“あ、でも・・・名前ぐらいわからないと不便ですよね”」
 姫は佳織を離すと、自分を指さした。
 「“私は、レスティーナ。あなたの名前は?”」
 続いて、佳織を指す。
 「?なんだろう・・・」
 「・・・レスティーナ、レスティーナ」
 「レスティーナ・・・?」
 佳織が呟くと、姫はニコリと笑った。
 「名前・・・だよね。レスティーナ、さん?」
 「“通じた、の?”」
 佳織の言葉に、姫─レスティーナは目を丸くする。
 「“えっと・・・それで、あなたは?”」
 レスティーナは、掌を佳織に向ける。
 「わ、私のことかな?私は・・・佳織、です」
 佳織はそう言って自分を指さす。
 「佳織・・・佳織・・・」
 「“カオリ・・・ですね”」
 「・・・通じた、みたい。はい・・そうです」
 カオリは笑って頷く。
 レスティーナも、安心したように笑う。
 「“ふぅ・・わかってよかった”」
 レスティーナはそっと佳織の肩を抱いた。
 「“カオリ・・・負けてはいけませんよ”」
 『この人・・・私のことを、心配してくれてるんだ』
 レスティーナから発せられる空気でそう感じた佳織は、コクリと頷いた。
 「大丈夫・・・私、頑張る」


─同日、城のある一室

 「“そうですか・・・ユートは聖ヨト語を・・・”」
 「“はい。おそらく、一時的なものと思われますが・・・”」
 「“あのとき、【求め】と意識が直結したことによって、言語能力が飛躍的に上昇したのでしょう。時が経てば、失われていく知識ですね”」
 「“はい・・・”」
 「“ところで、もう一人・・・トーゴはどうでしたか?”」
 「“特に、お変わりありません。私のマナの波動を受けて、傷一つありませんでした”」
 「“そうですか・・・”」
 「“トーゴ様は一体何者なのでしょうか・・・?”」
 「“わかりません。こんな前例は存在しませんから。今、わかっていることは・・・”」
 「“エトランジェでありながら、レスティーナ様やラキオス王に逆らうことが出来る存在・・・そして、マナを受けても平気であること”」
 「“それだけですね・・・”」
 「“どうなさいますか?”」
 「“しばらくは様子を見ましょう。いずれ、第二詰所に移って貰うことになるでしょうが・・・”」
 「“第二詰所にですか?”」
 「“父様が、彼を抹殺したがっていますから・・・エトランジェの二人を引き離すつもりでしょう”」
 「“ラキオス王が・・・?”」
 「“強大な力を持ち、己に逆らう存在を認めることが出来るほど、父様は寛大ではありませんから”」
 「“レスティーナ様・・・”」
 「“ですが、彼はもしかしたら・・・父様のブレーキとなってくれるかもしれません”」
 「“・・・”」
 「“エスペリア。二人の世話・・・よろしく、頼みますよ”」
 「“はい、レスティーナ様”」


─聖ヨト歴330年 チーニの月 緑 二つの日 昼
 館の食卓

 【ふぅ・・・】
 食事を終えて二人は椅子に座ってゆっくりとくつろいでいた。
 「“お待たせしました。どうぞ”」
 エスペリアが、二人の前にお茶の入ったカップを置く。
 「ああ、ありがとう」
 「ありがとう」
 「“どうぞ、暖かいうちに召し上がれ”」
 悠人と闘護はそれぞれカップを口に運ぶ。
 「甘酸っぱい香りだな・・・ん、うまい」
 闘護が呟く。
 「味も甘酸っぱいな。少し苦みがあるけど」
 悠人はそう言ってエスペリアを見た。
 「“おいしい、これ”」
 片言の言葉でエスペリアに意志を伝える。
 「“うん”」
 闘護も頷く。
 「“ふふ、良かったです。今日のは何点ですか?”」
 エスペリアが二人の前に掌を差し出す。
 続いて拳を握りしめ、ゆっくりと指を立てていく。
 親指を残して四本の指を立てた。
 「今日の得点か・・・」
 闘護は腕組みをして考え込む。
 「ん・・・そうだなぁ」
 悠人も同じポーズで考える。
 『俺たちの口に合う物を作ってくれてるんだから、真面目に答えなくっちゃな』
 悠人は心の中で呟くと、ゆっくりと頷いた。
 「四点満点だ!!」
 悠人は自信を持って指を四本立てた。
 「“いち、に、さん、よん”」
 エスペリアは悠人の指を数え終わるとぱあっと笑った。
 「“四点!!やっと、ユート様から満点をいただけました”」
 続いて、エスペリアは闘護を見た。
 「“トーゴ様。何点ですか?”」
 「うーん・・・そうだな」
 『香り、味・・・やはり、これなら』
 「満点だ!!」
 闘護も指を四本立てる。
 「“いち、に、さん、よん”」
 闘護の指を数えると、エスペリアは再び破顔した。
 「“やりました!!”」
 エスペリアがお盆を抱きしめて喜ぶ。
 「“この館のみんなは、あまり気にしないから張り合いがないんです。今日のは自信作でしたから、とてもうれしいです”」
 「・・・」
 「・・・」
 エスペリアの言葉が早すぎて、二人は何を言ってるのかよくわかっていない。
 「“それでは、失礼します”」
 エスペリアは雑巾とお茶のポットを持って、二人の対面に座った。
 「“ユート様、トーゴ様。今日から、少しずつ言葉の勉強をしましょう”」


─同日、夕方
 少女の部屋

 「つ、疲れた・・・」
 部屋に戻るなり、悠人はベッドの上に倒れ込む。
 「はぁ・・・少しは、身に付いたかな」
 闘護もイスに座り込んでグッタリしている。
 「夜もやるんだよなぁ・・・」
 悠人はウンザリした口調で呟く。
 「仕方ないって。早く言葉を覚えないと、コミュニケーションが全然とれないんだから」
 「わかってるけどなぁ・・・」
 悠人は天井を見上げた。
 「何で、あのときは喋れたのに、今は駄目なんだろう?」
 悠人は、剣を持った直後の事を思い出しながら呟いた。
 「ズルは駄目だってことだろうな」
 闘護はからかうように言った。
 「ちぇっ・・・」
 「ま、勉強ってのは基本的に努力しないと身に付かないんだから」
 闘護はテーブルの上に置いてある童話を取った。
 「神坂・・・まだ、やるのか?」
 「復習をしときたいんでね」
 闘護はそう言うと、童話を開いた。


─聖ヨト歴 300年 チーニの月 黒 四つの日 朝
 館の食卓

 「ごちそうさまでした」
 「ふぅ、ごちそうさま」
 闘護と悠人はそれぞれ食事を終える。
 「“お粗末様でした”」
 エスペリアが、二人の使った食器を片づけていく。
 「“コーヒーを入れますね。少々、お待ち下さい”」
 エスペリアが食器を乗せた盆を持って奥へ引っ込む。
 食卓には、闘護と悠人の二人が残る。
 「・・・やっぱり、ここは地球じゃないのかな?」
 悠人が天井を見上げながら呟いた。
 「さぁ・・・聞いた話だと、そうなるな」
 闘護は肩を竦めて言う。
 「俺たち・・・どうして、こんな所に来たんだろう?」
 「その質問は、前に俺がしたろ」
 「・・・」
 「“何故”ここに来たのか、なんてことは今更どうでもいいだろ」
 闘護がそう言ったとき、エスペリアがコーヒーの入ったカップを運んできた。
 「“お待たせしました”」
 「“ありがとう、エスペリア”」
 悠人が聖ヨト語で答える。
 「“どうぞ”」
 テーブルに湯気の立つカップが三つ、置かれる。
 「“失礼します”」
 エスペリアは一言言って椅子に座る。
 「頂きます」
 闘護が最初にカップに口を付ける。
 「“では、お勉強を始めましょう”」
 エスペリアは早速本を取り出す。
 「お願いします」
 悠人は頷く。
 「お願いします」
 闘護も悠人に続いて答える。


 「“今日はここまでにしましょう”」
 「“ありがとう、エスペリア”」
 「“ありがとう”」
 二人が言うと、エスペリアは笑顔で頷いた。
 「“お二人とも、どんどん上手になってますよ”」
 エスペリアの言葉に、二人も少し顔をほころばせる。
 「“あ、そうでした”」
 その時、エスペリアが思い出したように呟いた。
 「“今日はアセリアが帰ってくるんです”」
 「えっ・・・?」
 エスペリアの言葉が早口であったため、悠人は聞き取れなかった。
 「帰ってくる・・・アセリア、が?」
 エスペリアの言葉を断片的に聞き取れた闘護が呟く。


 言葉を覚える速度は、断然闘護が速かった。
 既に、簡単な文字は読めるようになっていたし、日常会話のスピードでも、ある程度は意味を掴むことが出来た。
 一方、悠人は日常会話をするには、まだまだ読解力が不足していた。


 「アセリア?何だ、それ?」
 「さぁ?知らない言葉だけど・・・」
 闘護はエスペリアを見た。
 「“アセリア、何?”」
 「“アセリアは名前です”」
 「名前・・・アセリア・・・」
 闘護はそう言って悠人を見る。
 「アセリアって名前?」
 「そうじゃないのかな?」
 悠人の言葉に、闘護は首をかしげつつ頷く。
 「“アセリア、誰?”」
 闘護が尋ねると、エスペリアは困ったように首を傾げる。
 「“えっと・・・ここに来てくれたらいいんですが・・・”」
 その時、外でギィィという音がした。
 「“あ、アセリアが来ました”」
 「アセリアが、来る?」
 「“少々、お待ち下さいませ”」
 エスペリアはペコリとお辞儀をして、玄関の方へ走っていく。
 「何だ?」
 悠人が尋ねた。
 「アセリアが来るって言ってた。アセリアってのは名前だから、多分エスペリアの知り合いじゃないのか?”」
 闘護が答えた。
 「ふーん・・・」
 悠人はコーヒーを口に入れた。
 「“ほら!アセリア。あなたが前にお連れした方々ですよ。ちゃんと、ご挨拶をしなさい”」
 しばし沈黙
 「“いいじゃありません。そういうことはキチンとしないとダメですよ”」
 「なんだ・・・?」
 悠人が首を傾げた。
 「なんだか、エスペリアが怒ってるみたいだけど・・・よく聞こえないなぁ」
 闘護も首を振った。
 「“ちょっ・・アセリア!!こら、待ちなさい!!”」
 エスペリアの声が響く。
 「“アセリア!もう、困った娘なんだから・・・”」
 エスペリアが困った表情で戻ってくる。
 「“エスペリア、どうした?”」
 闘護が片言で尋ねる。
 「“はぁ・・・申し訳ありません。アセリアに挨拶をさせようとしたんですけど・・・”」
 エスペリアは片手を頬に当ててため息をつく。
 「アセリア・・・?」
 「“アセリアは私と同じスピリットです。たった今、警備任務から帰ってきたところです・・・って”」
 エスペリアは再び困った表情になる。
 「“難しいですよねぇ・・・”」
 「わかった、今の話?」
 悠人が闘護を見る。
 「全然」
 闘護は首を振った。
 「アセリア以外は、“帰ってきた”、“今”、あとは・・・“同じ”と“私”だけ」
 「・・・それじゃあ、全然わからない」
 「ああ」
 二人はそろってため息をつく。
 「“やっぱり、アセリアを呼んできましょう。ユート様とトーゴ様にご挨拶をさせないと”」
 エスペリアは二階を見上げて言った。
 『もしかして・・・今、二階に上がったのがアセリアなのか?だとしたら・・・』
 「俺たちを、そのアセリアって子と顔合わせさせたいのかな?」
 悠人の言葉に、闘護は頷いた。
 「かもしれないな」
 「それなら、俺たちが行けばいい」
 悠人は立ち上がった。
 「そうだな」
 闘護もそれに続く。
 「俺たちが行くよ」
 悠人が二階を指して言った。
 「“そんな。お二人は、ここでお待ち下さい。あの娘を連れてきますから”」
 エスペリアの表情の変化で、彼女が何を言ったのか、二人はすぐに理解できた。
 「いいよ。一緒に行こう」
 「“・・・わかりました。あの、その・・・”」
 エスペリアにしては、珍しく歯切れが悪い。
 「“アセリアは良い娘なんですけど・・・その・・・ちょっと、人見知りをするというか・・・”」
 エスペリアの言葉が理解できない二人は黙っている。
 「“その・・・失礼があるかもしれませんが、ご容赦下さいませ”」
 エスペリアはそう言って頭を下げた。
 「えっと・・・まぁ、とにかく行こう」
 言葉がわからない悠人は、エスペリアを促した。
 悠人に促され、悠人、闘護、エスペリアの三人は廊下に向かう。
 「“はぁ・・・アセリアが失礼をしなきゃいいんですけど”」


 コンコン・・
 「“アセリア?”」
 シーン・・・
 コンコン・・・
 「“アセリア、入りますよ”」
 エスペリアはドアを開けて中に入った。
 「珍しいな、彼女にしては」
 闘護が悠人に耳打ちする。
 「普段なら、挨拶を待って入るのに」
 悠人も頷く。
 二人はエスペリアに続いて中に入った。
 「あれ・・・この光?」
 悠人が呟く。
 「見たことがあるぞ・・・これは」
 闘護はそう言って部屋の中を見る。
 すると、ベッドの上に座り込んでいる少女が目に入る。
 少女は、巨大な剣を抱きしめていた。
 「あ・・・」
 「“アセリア。ユート様とトーゴ様ですよ。ご挨拶をしないと、アセリア”」
 「?」
 「??」
 「“アセリア!!”」
 エスペリアが語気を強める。
 「“・・ん”」
 少女はピクリと反応する。
 「この声・・・聞き覚えがある」
 悠人が少女を見た。
 「君を助けて、俺たちをここへ運んできた娘だ・・・」
 闘護が感慨深げに呟く。
 「この娘が・・・アセリア」
 悠人が前に出た。
 少女─アセリアは悠人が近づいても剣をじっと見ている。
 「“ユ、ユート様?”」
 「“・・・”」
 悠人が近寄っても、アセリアは何の反応も示さない。
 「君があのとき、助けてくれたんだろう?ありがとう」
 悠人はそう言って頭を下げた。
 「“・・・”」
 アセリアは剣から悠人に視線を移すが、何も言わない。
 「“こ、こら!アセリア、ちゃんとご挨拶をしなさい。お二人はお客様なのですから”」
 エスペリアが叱りつける。
 すると、アセリアは悠人と闘護に視線を向けると一言
 「“ん、アセリアだ”」
 ベッドに座ったまま、短く呟く。
 「えっと・・・」
 悠人は後ろを振り返る。
 「アセリアだ、って言っただけだろうな」
 闘護がそう言って肩を竦める。
 「“そんないい加減な。もう!ユート様もトーゴ様も困ってしまいますよ”」
 「“・・・”」
 「“もう・・・ユート様、トーゴ様。申し訳ありません”」
 エスペリアが申し訳なさそうに頭を下げる。
 「いいって。気にしないから」
 闘護が笑って答える。
 「えっと・・・“助けてくれて、ありがとう。アセリア”」
 悠人が片言の言葉で助けてくれたお礼を言う。
 「“それと、俺たちを、連れてきてくれてありがとう”」
 闘護も続いて、お礼を言う。
 「“ユート様・・トーゴ様・・・”」
 「(コクリ)」
 アセリアが無表情で頷く。
 『これが、彼女のスタイルなんだな』
 特に気分を害することもなく、闘護は思った。
 「マイペースな娘だな」
 闘護が呟く。
 「ああ」
 『無愛想だけど、悪い娘じゃないんだな』
 闘護の言葉に頷きながら、悠人は思った。

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